五月某日、第三アリーナには数多くの生徒達が押し寄せ、満員の状態となっていた。これから始まる一年生のクラス
「はぇ^~……すっごい人混み……」
「まぁ当然よね。これから始まるのは世界で二人しかいない男性IS操縦者と、専用機を持つ中国の代表候補生の試合なんだから」
あまりの観客の多さに思わず感嘆の声を上げたのは、世界で二人しかいない男性IS操縦者の片割れ、野獣。その隣に立つのは外向きに跳ねる空色の髪をした赤い瞳の少女、生徒会長の楯無だ。
「ところで、TTNSはこんなとこにいていいんすかね(素朴な疑問)。自分のクラスの応援とか……なさらないんですか?」
「別にすっぽかしてる訳じゃないわ。一応、男性IS操縦者の護衛って仕事の真っ最中だから。生徒会長はクラス代表と兼任出来ないから試合もなし、安心して仕事に専念出来るのよ」
常時多忙、そう書かれた扇を広げながら、楯無はニヤリと笑みを浮かべる。そしてその時、アリーナにアナウンスが響き渡り、透明なシールドで覆われているフィールドに二機のISが姿を現した。
片方は一夏の駆る純白のIS、白式。操縦者である一夏はまだISを使い始めて一ヶ月程しか経っていないのだが、その動きは非常に滑らかで最初の覚束なさは見られない。野獣やセシリア、箒といったメンバーによる特訓の成果だろう。
もう一方から現れたのは一夏の対戦相手である鈴音とそのIS、甲龍だ。第三世代機に欠けてしまいがちな安定性を重視して作られているらしく、オレンジと黒の装甲、更には凶悪そうな棘付きの
一夏と鈴音は指定の位置につくと何かを話し始めたが、それを野獣達観客が聞き取ることは出来ない。二人の会話はプライベート・チャネルによる通信で行われているからだ。やがて、試合開始を告げるブザーが鳴り響き──二人は同時に前に飛び出した。
開始早々、雪片二型で以て鈴音へと斬り込む一夏。しかし鈴音はそれを手にした大型の青龍刀、双天牙月で受け止める。至近距離で繰り広げられる激しい近接戦闘に、観客席からはたちまち歓声が沸き起こった。
「ICKの奴、やりますねぇ!(賞賛)」
「代表候補生相手になかなか食らいつくじゃない、織斑君も。でも──」
楯無が言葉を濁した瞬間、一夏が弾かれたように後ろへ吹き飛び、そのまま地面へと叩き付けられてしまった。何も見えなかったにも関わらず、電工掲示板に表示されている白式のシールドエネルギーが減少したことに、あちこちが何が起きたのかとざわめく。
「織斑君に零落白夜っていう切り札があるように、凰さんの甲龍にも衝撃砲って奥の手があるのよねぇ……」
「見えねぇってのは恐ぇなぁ……」
鈴音が一夏に放ったのは、衝撃砲と呼ばれる甲龍の第三世代兵器だ。射線が直線のみで単発の威力こそ高くないものの、砲弾と砲身が見えず射角と弾数も無制限という非常に強力なものとなっている。そこに鈴音の高い基礎能力が加わっているのだから、今の一夏には些か荷が重い。一夏も対策の方法を探っているようだが、しかし鈴音の巧みな攻撃に押され続けており、じわじわと追い詰められている。
「このままだと負けちゃうわね~。一体、どう巻き返すつもりなのかしら」
それは心配しているというより、これから何をするのかという期待から出た台詞であった。事実、楯無はバリアーに隔てられた向こう側で戦う一夏を満面の笑みで見つめている。そして、その隣の野獣もまた「大丈夫だって安心しろよ~」と笑っており、不安などは一切抱いていないようだった。
間もなく試合は佳境に突入する。誰もが手に汗握りながら見守る中、しかし一夏の剣が鈴音に届くか否かというところで、それは中断せざるを得なくなってしまった。
アリーナを覆うシールドを破り、招かれざる客が来襲した。
▽△▽△
「乱入者ですって……!」
第三アリーナ全体を揺らす程の衝撃と轟音。それから最も早く立ち直った楯無は、もくもくと土煙を巻き上げるアリーナに目を凝らした。やがて土煙は晴れていき、そこから姿を現したのは一機のISである。だが、その外見は通常のISのそれとはまるで違う。
「なんだあのIS!?(驚愕)」
「
乱入してきたISは全身に深い灰色の装甲を纏った、
突如アリーナに襲来したIS。その外見についてを一言で表すならば、異形である。頭部では無数のレンズがギョロギョロと蠢いており、また腕は足元まで届く程に長い。指の位置には砲身と思わしきものが二つ、左右合計で四つ存在していた。アリーナのシールドを破ったことから、その威力はかなり高いことが予想される。直撃すれば危険だ。
「織斑君と凰さんは……まだアリーナの中なの!? どうして避難していないのよ。先生方は何をして──」
──ミスティアとうどんげ、キスメとメディ♪ 霧雨の子とミスティアとチェン♪ パチェ子の汁を添加したパスタ(神々の~)♪
楯無が驚きの声を上げた直後、遮るように野獣の携帯に着信が入った。電話を掛けてきているのは彼の親友にして、この学園の教師である千冬。この状況で自分に連絡を寄越すとは何かが起こっているのだと判断した野獣は、素早くそれに応答した。
『野獣か。すまないが緊急事態だ。詳しい説明は省くが、現在我々教師は動くことが出来ない』
「ファッ!? それマジ?」
『あぁ。そこで客席にいるお前に頼みたいことがある。閉じている出入口のシャッターを壊して生徒達を避難させてくれ』
珍しく焦ったような声色の千冬に野獣はすぐさま真剣な面持ちとなる。そしてチラリと楯無の方に目をやると、一連の話を聞いていた彼女もこくりと頷いた。
「ねぇ助けて! た、助けて入れて!」
「ああ逃れられない!」
「ライダー助けて!」
「やべぇよやべぇよ……」
野獣と楯無が最寄りの出入口へと向かうと、そこには既に大勢の生徒達が集まっていた。時間が経って正気に戻ってきたのだろう、そのうちの大半が状況を読み込めずパニックのようになっている。二人はそんな人混みをかき分けて進み、辿り着いたシャッターの前で声を張り上げた。
「皆落ち着きなさい! 今からここのシャッターを破壊するわ! 押し合わないようにゆっくりと後ろに下がるように! 慌てては駄目よ!」
堂々たる楯無の指示はその場にいた全員にしっかりと届いた。「暴れるなよ……暴れるなよ……」と皆が恐る恐る後退していく様子を見て野獣は、制服の腰辺りからからぶら下がっている、まるで自らが王者であることを示すように右腕を天へと掲げた小さな淫獣のストラップ──待機形態のサイクロップスを握り締める。そして──、
「イクゾォオオオオオオオオオオ!!」
勇ましい雄叫びと共に部分展開。光に包まれた野獣の右腕だけがISのそれへと変化した。感触を確かめるように数度拳を握った野獣は、
「邪剣・夜逝魔衝音──YO!」
野獣が動くとほぼ同時に刀身が瞬き、ぐらりと傾いたシャッターが重力に引かれて倒れる。分厚く堅固なIS学園のシャッター、野獣はそれをバッサリと斬り捨てたのだ。誰もがその姿に見蕩れ呆然とする中、真っ先に我に返った楯無は再び声を張り上げ、生徒達の避難を開始させた。
「田所君、出入口はここだけじゃないわ! 私はここの子達を見なきゃいけないから、田所君は別のところに向かって!」
「かしこまり!(快諾)」
楯無の言葉を受けた野獣は即座に踵を返し、未だに閉じたままのシャッターを破壊するために走り出す。その途中、チラリと横目で一夏と鈴音の姿を確認した彼は、「頑張れよ、頑張れ」と小さく呟いた。
アリーナでは大切な弟分と妹分が命懸けで戦っている。野獣はそのことに思うところがない訳ではない。しかし今この場で優先すべきは二人の救援に向かうより、無防備な生徒達をいち早く避難させることである。一夏や鈴音と違って彼女達はISを所持しておらず、あの
理性で以て感情を抑え、野獣は一人、避難誘導に奔走した。
▽△▽△
結果として、野獣と楯無が協力した甲斐があったのか、一般生徒の中から怪我人が出ることはなかった。唯一の怪我人は実際に戦闘を行っていた一夏だけで、その一夏が負った怪我も程度は軽く、数日もすれば完治するだろうとのことだった。IS学園は今回の事態を重く受け止め、二度と同じことが起こらぬように対策を講じていくと説明。千冬を初めとする教師達は騒ぎが終わった後も慌ただしく動いていた。
そんな全てが一段落した頃、窓から差し込む夕日の光に照らされる廊下を、野獣は口笛を吹きながら歩いていた。そんな彼が足を止めたのは、『保健室』と書かれた札のある扉の前である。控えめにノックを二回すれば、少々間を置いてから内側より「入って、どうぞ」と許可が下りた。
「おっ、開いてんじゃ~ん!(様式美)」
「……あっ、先輩!」
ゆっくりと扉を開けて医務室に足を踏み入れた野獣を迎えたのは、ベッドの上で上体だけを起こした一夏だ。部屋に現れたのが野獣であると分かるや否や、一夏は半分程眠たげに閉じていた瞼をパッと上げ、嬉しそうに笑った。そんな彼に野獣も笑みを返し、ベッド脇にあった椅子に腰掛ける。
「おっ、大丈夫か大丈夫か?」
「はい。打撲とかなんとかで体は痛みますけど……このくらいどうってことないですよ」
「怪我人であることに変わりはないんだよなぁ(夢と見紛う微笑)。じゃけん、ちょっと眠ってろお前(優しい気遣い)」
想像より元気な一夏の様子に破顔する野獣。件のISと相討ちに近い形で倒れたと聞いた時には、思わず「ポッチャマ……」と頭を抱えたものだが、今となってはすっかり胸を撫で下ろしていた。
「あっ、そうだ(唐突)。さっきまで箒が来てたんですよ。先輩はすれ違いませんでした?」
「HUKが? 俺はすれ違ってないゾ」
「聞いてくださいよ。あいつ、俺に発破を掛けるために無茶やったんです。敵が目の前にいるのに拡声器なんて使って……いきなりだったからもうびっくりしましたよ」
一夏の口から出た言葉に野獣は「うせやろ?」と困惑したような声を漏らした。一夏曰く、正体不明のISとの戦闘中に突然現れた箒は、あろうことか中継室の機材を使って発破を掛けたのだという。
野獣がそれを聞いていなかったということは、避難誘導でその場を離れていた時に起きたのだろう。それは一歩間違えればあのISに狙われ、大怪我をしていたかもしれない行動だ。全てが終わっているが故に、野獣としては無事で何よりと安堵する他ない。
「俺もなんとか敵は倒せたけど、千冬姉や皆に心配掛けたし……もっと頑張らないといけないな」
「あのさぁ……皆が無事なのはICKとRNが頑張ったからだって、それ一番言われてるから(フォロー先輩)。あんまり自分を追い込まないでくれよな~」
頼むよ~、と。野獣は一夏の頭をくしゃくしゃと撫でる。その時、ガラリと扉の開く音が部屋に響いた。
「お邪魔するわよ~」
「お、鈴じゃないか」
「オッスオッス」
まるで母親のような口調と共に入ってきた鈴音を、一夏と野獣は軽く手を上げて出迎える。そんな彼等を見た彼女は一瞬面食らったようだが、すぐにそっぽを向くように一夏から目を逸らした。
「な、何よ……。結構元気そうね……」
「まぁな。それよりどうしたんだ?」
「どうしたんだって、あんたねぇ……。色々終わって時間が作れたから……その……み、見舞いに来てやったのよ!」
ふんと鼻息を鳴らし、頬を若干赤くしながら言い切る鈴音。その明らかに挙動不審な彼女に一夏は首を傾げる一方、何かを察した野獣は「あっ……ふ~ん……」と一言だけ呟き、そそくさと席を立った。
「あれ、先輩?」
「ちょっとCHYに話……あんだよね。早く行かないと怒られちゃうよヤバイヤバイ……(大嘘)」
そう言ってやや早足で扉へと向かう野獣は鈴音の横を通り過ぎる際、パチリとウインクを一つ残した。その意図に気付かない鈴音ではない。はっとなった彼女とベッドの一夏にサムズアップをし、野獣は保健室を後にした。
野獣が立ち去ったことで保健室は一夏と鈴音の二人きりとなった。鈴音の恋心を知っている彼からすれば、これは彼女の想いを告白する絶好のチャンスを作ったことになる。ただ、彼女の性格的に上手くいかないであろうことを容易に想像出来た野獣は、廊下を一人歩きながらクソデカ溜め息を溢した。
原作一巻の内容はこれで終わりっ! 閉廷!
ハイスピード学園バトルラブコメ淫夢を謳っている今作ですが、先輩のバトルがちょっと少ないような気がするので、次の話ではこのクラス対抗戦で戦わなかった分を戦ってもらおうと思います。
……ぶっちゃけ、原作二巻の内容をここで書くのが割りと楽しみなので、ホモ特有のTNPからホモにあるまじきTNPくらいまでスピードアップしたい。