「オルルァ!」
先制攻撃を仕掛けたのは野獣。彼は前に飛び出すや否や、固く握り締めた右の拳を楯無へと全力で放った。機体自体が加速していることも相まって、その一撃は恐ろしく速い。しかし、読んでいたとばかりに楯無は短く息を吐き、その容易く躱した。
野獣から見て右側に回り込んだ楯無は、そのまま得物である大型のランス──蒼流旋を振り下ろす。それを防ぐことは困難と判断した野獣はあえてスラスターを点火させ、一気に前へと突っ込んだ。ギリギリのところで蒼流旋の軌道から逃れた野獣に対し、楯無はニィとその口角を上げた。
「なかなかやるじゃない。そうでなくっちゃ!」
「行きますよ~……行く行く……!」
大きく旋回し、再び楯無へと迫る野獣。楯無はそれを先程のように避けることはせず、今度は真っ正面からぶつかった。ギィィィン、と甲高い金属音が盛大に鳴り響く。
互角に見える両者の凄まじい攻防は、しかしやがて野獣が優勢に立ち始める。己の拳と大型のランス、どちらが取り回しに優れ、素早い攻撃を繰り出せるかは明らかだ。この至近距離での近接戦闘では、圧倒的な手数の野獣に軍配が上がったのである。
「ホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラ」
「ふっ……!」
それでも決定打足り得るような攻撃は食らわず、野獣の拳を的確に捌き続けていることから、楯無が如何に高い技量を有するかが分かるだろう。彼女の背負う無数の肩書きは伊達ではない。
「はぁっ!」
ラッシュの中に見出だした僅かな隙とも呼べぬ隙、楯無はそこを狙った。その際彼女の右肩を野獣の左手が捉え、衝撃に仰け反りそうになるが、それを楯無は歯を食い縛って堪える。そんな中で突き出された蒼流旋は寸分違わず野獣の右脇腹に直撃し、彼を大きく後退させた。同時に苦悶の声が溢れる。
「オォン! アォン!」
「っ……やっぱり一筋縄ではいかないか」
肉を切らせて骨を断つ。捨て身とも言える攻撃をしなければならない状況に持っていかれたことに、楯無はあらためて野獣の強さを実感した。
しかし、彼女は負ける訳にはいかない。
学園最強の名の下に、大勢の観客達の見守るこの戦いは、絶対に征さねばならないのだ。
「(アクア・クリスタル稼働率上昇。本当ならもっと終盤まで温存しておくべきだったんだけど……そんなことをしている余裕はなさそうね)」
楯無が命令を下した瞬間、両脇を浮遊していたパーツから更なる水が溢れ、彼女を覆うヴェールが分厚くなる。まさしく水の鎧だ。その変化に野獣は「はぇ^~……」と感心したように声を漏らしながら、しかしその表情は確かに険しさを増していた。
「さぁ、勝負はまだまだこれからよ!」
高らかに宣言するや否や、蒼流旋を構えて突撃する楯無。その勢いに
扱える水の量が増えたことにより、その水を攻撃に利用している蒼流旋の威力は、当然ながら上昇している。加えて野獣が受けたのは文句なしの直撃である。結果、絶対防御の発動によりシールドエネルギーは一気に減少、全体の三割以上を削られた野獣は盛大に吹き飛ばされ、アリーナの壁に激突しては「ヴォエ!」と悲痛な声を上げた。
「どうかしら、蒼流旋による本気の一撃は?」
「アーイキソ……クゥ~ン……(瀕死)」
不敵な笑みを見せる楯無に対し、一方の野獣は覚束ない操縦でフラフラと体勢を立て直す。戦況が楯無へ一気に傾く中、しかしその目はまだ死んでいない。漆黒のバイザー越しに向けられる眼光に、楯無はゾクリと背筋を震わせた。
「ふふっ……いいわよ田所君……! そういう諦めの悪いところ、嫌いじゃないわ!」
「じゃあオラオラ来いよオラァ!」
YO! と、野獣が吼え、バイザーから黄金色の閃光が放たれる。が、いくら奔流が大きくともその軌道は直線、楯無にとって避けることなど造作もないことだ。
「お前のそこが隙だったんだよ!」
「っ、
しかし、避けられることは野獣も承知の上。極太の光線を囮にスラスターを素早く噴かし、数十メートルは離れていた間合いを一気に詰めた。意趣返しとも取れるその行動に楯無は軽く目を見開き、纏っていた水と蒼流旋で防御の姿勢に移行する。
「邪拳・夜──」
野獣が拳を振りかぶった瞬間、ガシャンと音を立てて装甲が変形した。眩い光に包まれた右腕が迫り、楯無の頬を一筋の汗が伝う。
「逝魔衝音─────!」
突き出されるは文字通り必殺の一撃。
結果、楯無は野獣渾身の一発にアリーナの反対側まで弾き飛ばされることになる。
「がっ……!? ごほっ! ごほっ……!」
猛スピードでアリーナのシールドに突っ込んだ楯無は、胸の辺りを押さえながら大きく咳き込んだ。その手に握られている蒼流旋は根元からひしゃげてしまっており、もう武器として使用することが出来ないのは誰の目から見ても明らかであった。また、先程まで彼女を包んでいた水のヴェールもその大半が消滅してしまっている。
それでも楯無のシールドエネルギーは残っていた。得物と鎧を犠牲にし、尚も余りある衝撃を
「ウッソだろお前!? 何故生きている!?(驚愕)」
「お姉さんにも意地ってものがあるのよ……。ちょっと前にISに乗り始めたばかりのルーキーに負けてなんていられないの」
サイクロップスの切り札とも呼べる邪拳・夜からエネルギーを放出し、破壊力を何倍にも底上げした必殺の一撃──逝魔衝音を以てしても勝負を決められなかったことに、驚愕を隠すことが出来ない野獣。そんな彼に楯無は軽口を叩いて気丈に振る舞ってこそ見せるが、内心では冷静に現在の状況を見極め、分析していた。
「(シールドエネルギー残量は残り四割……。さっきのパンチで削られた分も四割ということは、もう一回食らえば本当に終わりね)」
けれど、と楯無は使い物にならなくなった蒼流旋を捨て、
「(
仕込みが終われば勝利は確定する。
恐れるべきは短期決戦だ。
「(TTNSの操る水が)すっげぇ少なくなってる。(今がチャンスだって)はっきり分かんだね(野獣の慧眼)」
「っ……まぁそうなるわよね」
楯無のIS、ミステリアス・レイディは水のヴェールを使うことで、その防御面での脆さをカバーしている。その水のほとんどが先の攻撃で霧散した今、彼女を守るのは身体の要所にある薄い装甲だけなのである。今が攻め時ということを的確に見抜いた野獣はニヤリとしたり顔を浮かべ、一気に加速して楯無に襲い掛かった。
「よし、じゃあぶちこんでやるぜ!」
「そう簡単には、やられないわよ!」
持てる力を振り絞り、激しくぶつかり合う野獣と楯無。そのシールドエネルギーはお互いに半分を切っている。ここで攻め切ることが出来れば野獣の、仕込みが完了するまで逃げることが出来れば楯無の勝利だ。
鞭のようにしなり、伸縮する蛇腹剣を華麗に操り、楯無は迫る野獣を懸命に牽制する。野獣もまた負けてはおらず、様々な角度から振るわれる刃を見切っては躱し、弾き、時にはバイザーからのビームまで駆使して楯無を打ち倒さんとしている。その手に汗握る接戦の行く末を、観客達の誰もが固唾を飲んで見守った。
そして──戦況は動いた。
「しまっ……!?」
楯無が振るったラスティー・ネイルの一撃。精神を磨り減らす激しい高速戦闘の最中、極めて不安定な体勢から繰り出された一手は、これまでのどの攻撃よりも甘いものとなってしまった。それを野獣は見逃さない。
「こ↑こ↓(ワイヤーの受け止め所)」
「なっ、掴まれ……!?」
蛇腹剣の刃同士を繋ぐワイヤーを左手でガシリとキャッチした野獣は、それをロープのように勢いよく引っ張る。その先にいるのは当然、剣の持ち手たる楯無だ。警鐘を鳴らす直感に従って手を離すも、しかし飛び出してきた野獣はすぐそこまで来ている。
「最後の一発決めてやるよオラ!」
その言葉と同時に放たれた拳に、殴られた楯無の意識が揺らぐ。システムが一斉に警告を鳴らす中、霞む視界にはトドメとばかりに右手を固く握り締める野獣の姿が映る。
勝負あった。
一般の生徒も、従者である虚も、妹である簪も、当人である野獣すらも、それを確信した。
「──
ただ一人、楯無を除いて。
「ファッ!?」
「はぁ……やっと終わったわ……」
全身から力を抜き、大きく息をついた楯無。対する野獣は腕を構えた状態のまま、
「どうかしら、ミステリアス・レイディの誇る切り札……
「お姉さん許して(懇願)」
「ふふっ……ダ、メ。じゃあ今までの仕返しをたっぷりさせてもらおうかしら(一転攻勢)」
余裕を示すようにその場でくるりと回り、バイザーの延長線上からすっと身を引いた楯無は、パチンとその指を鳴らした。
それが合図であったかのように、野獣の左腕が小さく爆発する。
「アツゥイ!?」
「一つ教えてあげるわ田所君。田所君の必殺技を受けて水のヴェールを失った時、私はその水をあえて大気中に霧散させたままにした。
野獣との戦闘中に楯無が行っていた仕込み、その正体がこれだ。得意気な笑みを見せる楯無に野獣はポカンと口を開け、「えっ、何それは……」と脱帽するしかない。
「それともう一つ。ミステリアス・レイディの操る水は厳密にはナノマシンなの。今あなたの周りを漂っているそれらは、私の意思一つで簡単に牙を向く。降参するなら今のうちよ?」
「断る……!(鋼鉄の意志)」
「ええ、そうなると思った。じゃあ名残惜しいけど……これで終わりね」
先程まで凄まじいまでの盛り上がりを見せていたにも関わらず、今はしんと静まり返ったアリーナで、再び楯無はパチンと指を鳴らした。
「──
ナノマシンを発熱させることにより引き起こされる水蒸気爆発が、空中に拘束されて動くことも出来ない野獣を襲う。
「ンアッー!」
『サイクロップス、エネルギーエンプティ! よって勝者、更識楯無!』
勝者を告げるアナウンスに、会場がどっと沸き上がった。
△▽△▽
「お疲れ様、田所君」
試合後、着替えとシャワーを済ませて更衣室から出た野獣を迎えたのは、先程まで試合をしていた楯無だった。その手には二つのペットボトルが握られており、彼女は現れた野獣にふっと微笑むとその片方を彼に手渡した。
「いい試合だったわ。ナノマシンの準備がもう少し遅れていたら、負けていたのは私の方だったかもしれなかったし……。あ、これどうぞ」
「ありがとナス! んにゃぴ……まぁやっぱり経験、ですよね。まだ素人な俺よりTTNSの方が114514枚上手だったってことで、終わりでいいんじゃない?」
「やはりヤバい(再認識)」と小さくぼやきつつ野獣は受け取ったスポーツドリンクを呷った。
「……今日はありがとう、田所君」
「ん?」
学生寮を目指して歩き始め、アリーナを出た直後、ポツリと呟いた楯無に野獣は動きを止め、じっと彼女を見つめた。射し込むオレンジ色の夕日がその横顔を照らす。
「私の我が儘に付き合ってくれてでしょ? 本当はそんな義理もなかった筈なのに」
「そんなの気にしなくていいから(良心)。俺もTTNSとは戦ってみたかったし、実際今日の試合はすっげぇ面白かったから、むしろこっちの方こそ感謝してるゾ」
にっと爽やかな笑みを浮かべる野獣に暫し呆然としていた楯無だが、不意にぷっと吹き出すと声を上げて笑った。
そこにあるのはIS学園生徒会長でも、ロシア国家代表でも、暗部組織の当主でもない、更識楯無という少女のありのままの姿だ。初対面から今日に至るまで見たこともなかった年相応な笑顔には、彼女に友人として接していた野獣をも見蕩れさせる何かがあった。この場に楯無の従者である虚がいたならば、滅多に見られないその表情に目を見開いて絶句していたことだろう。
「うふふっ、それじゃあお姉さんの我が儘に付き合ってくれたお礼に、一つだけ言うことを聞いてあげるわ。勿論、無理のない範囲でだけど」
「ん? 今なんでもするって言ったよね(幻聴)」
が、それもほんの一瞬のこと。楯無の言葉に反応していつもの様子に戻った野獣は、「どうしよっかな~」と大袈裟に溢しながら、学生寮に続く道に大股な一歩を踏み出した。
千冬と114514秒にも渡る激戦を繰り広げておきながら敗北するクソ雑魚先輩。しかしまぁ戦い方とか癖とか知ってる千冬に比べて楯無さんのISは特殊だし、楯無さん自身も国家代表とかいうハイパースペックだから多少はね? 原作での活躍は……ナオキです。
あっ、そうだ。ISの最新巻とアーイキソタイプ・ブッチッパーを始めたのですが、色々とダメみたいですね(諦観)。一夏への惚れ方のバリエーションが底をついてるし、困ったら制裁しとけばいいみたいな空気があるってはっきり分かんだね。あれだけガバガバでいいなら野獣先輩がISを動かしててもおかしくないと思った(小並感)。しかしまぁ、次で最終巻となると少し寂しいような気がする……気がしない?
とりあえずこ↑の↓作品は次回から二巻の内容に入ります。野獣、一夏にシャルルを加えた『迫真IS部 男性操縦の裏技』も始まりますので楽しみにしておいてください(大嘘)。