野獣先輩のIS学園物語   作:ユータボウ

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 成人の日と114514が重なるとはたまげたなぁ……。つまり新成人はホモ(暴論)。


17話 秘密

「お待たせ、アイスティーしかなかったけどいいかな?」

 

 ジャージ姿でベッドに腰掛け、俯いたままのシャルルに、野獣は微笑みながらアイスティーの入ったカップを渡す。それを受け取り、一口飲んだ彼──否、彼女は小さく息をつき、ゆっくりと顔を上げた。

 

「えっと……シャルル、なんで男の振りなんてしてたんだ?」

 

 シャルルが落ち着いた頃合いを見計らい、彼女と向かい合うように座っていた一夏がそう切り出した。後ろで立っていた野獣もまた、その言葉に「そうだよ」と便乗する。

 

「……実家から、そうしろって言われたんだ」

 

「シャルルの実家って、確かデュノア社の──」

 

「うん。僕の父さん、つまりデュノア社の社長からの命令なんだ」

 

 アイスティーで少しずつ口を湿らせながら、シャルルは自らの過去と置かれた状況をポツリ、ポツリと語り始めた。

 

 自分はデュノア社社長の愛人の子であること。

 

 今から二年ほど前に実の母を亡くし、父親の元に引き取られたこと。

 

 IS適性が高いことが判明し、非公式ながらデュノア社のテストパイロットをしていたこと。

 

 やがてデュノア社が経営危機に陥ったこと。

 

 第三世代ISの開発に着手するも上手く進まず、デュノア社は政府からの支援金が大幅にカット。欧州連合の統合防衛計画『イグニッション・プラン』の次期トライアルに選ばれなかった場合、援助を完全に打ち切られ、開発許可すらも剥奪されてしまうこと。

 

 男性IS操縦者と偽ればデュノア社の広告塔になれる他、既にIS学園に入学している本物たちとも接触しやすいこと。

 

 そして、それは一夏達の持つ専用機のデータを盗む上で都合がよかったこと。

 

「──まぁ、こんなところかな。色々やろうと考えていたけど、結局一夏と田所さんにはバレちゃったし、僕はきっと近いうちに本国に呼び戻される。そうなるとデュノア社も終わりだ。潰れるか、他の企業に吸収されるかは分からないけど……もう僕には関係ないことかな」

 

 ははは、と乾いた笑いを浮かべるシャルル。彼女は僅かに残ったアイスティーを飲み干すと、一夏と野獣に向かって深々と頭を下げた。

 

「こんな話聞かせてごめんね。それと、今まで嘘をついていたことも、本当にごめんなさい」

 

「……いいのかよ、そんなので」

 

 そんなシャルルの肩を一夏が掴み、顔を上げさせる。揺れるアメジストの瞳に向かって、彼は叫ぶように声を絞り出す。

 

「いや、いい訳がない。こんなのあんまりじゃないか。子供は、親の道具じゃないんだぞ。絶対、絶対おかしいに決まってる……!」

 

「い、一夏……?」

 

 これまで見たことのない一夏の様子に、シャルルは思わず狼狽える。そして傍らに佇む野獣へと視線を移し、尋ねた。

 

「あの、田所さん。一夏、どうしたんですか……?」

 

「……ICKとCHYの両親は、二人が小さい頃に蒸発したんだゾ」

 

 そう短く答えた野獣は、物憂げな表情を浮かべて息をつく。返答を受けたシャルルは一夏の変化に納得すると同時に、内容の予想外の重さに目を見開いて絶句することしか出来なかった。

 

「……悪い、取り乱した。それで、シャルルはこれからどうするつもりなんだ?」

 

「どうするって……まだはっきりとは分からないけど、まずIS学園にはいられないだろうね。今回のことが明るみに出れば、国際IS委員会もフランス政府も黙っちゃいない。国に呼び戻された後は……よくて牢屋行きとかじゃないかな」

 

「……本当にそれでいいのか?」

 

「いいも悪いもないよ。もう僕にはどうしようもないことなんだから」

 

 デュノア社の行ったことは紛れもない犯罪行為だ。社長の命令とはいえ、素性を偽って学園にやって来たシャルルもまた、少なからず罪に問われることだろう。どう考えても先が真っ暗であるという事実に、シャルルは自嘲の笑いをこぼした。

 

 そんな彼女に、一夏はふっと微笑みかけた。

 

「だったら、ここにいればいい。ですよね、先輩?」

 

「そうだよ(肯定)」

 

「……え?」

 

 二人の言葉にシャルルは耳を疑う。ここにいればいいとは、一体どういうことなのか。固まった彼女の前に野獣は生徒手帳のとあるページを開き、「見とけよ見とけよ~」と差し出す。

 

「特記事項第1919、試合を終えて寮へ向かうサッカー部員たちが、疲れからか、不幸にも黒塗りの高級車に追突してしまった場合、同乗していた一番学年の高い生徒が後輩を庇い、全ての責任を負わなければならない。また、車の主である暴力団員が示談の条件を言い渡してきた場合は、原則としてそれに従うものとする……?」

 

「先輩、違いますよ。確か二一です」

 

「あっ、そっかぁ……(うっかり先輩)」

 

 一夏の指摘に野獣は慌てて別のページを開き直した。そこに記されているのは特記事項の第二一であり、簡潔にすると『IS学園に在学する生徒は、本人の同意がない限り、あらゆる国家・組織からの干渉を受けない』というものだ。つまり、シャルルがIS学園の生徒である間は、外部からの如何なる要求や圧力にも応じずに済むのである。

 

「凄いね。特記事項って結構たくさんあったような気がするんだけど」

 

「先輩とか千冬姉に言われたんだよ。お前は世界で二人しかいない男性操縦者なんだから、自分を守ってくれるルールはしっかり把握しておけって。まさかこんな形で役立つとは思わなかったけどな」

 

 そう言って一夏は苦笑する。が、その後すぐに真剣な面持ちへと戻った。

 

「正直、これは時間稼ぎにしかならない。根本的な解決には全然なってないんだけど、それでも、卒業までの時間があればいいアイデアの一つくらいは思いつくんじゃないか?」

 

「……僕は、まだここにいていいのかな?」

 

「いいに決まってるじゃないか。俺も先輩も、何かあったら力になるからさ。そのときは遠慮なく頼ってくれよ」

 

 優しく語りかける一夏に、野獣もまた「当たり前だよなぁ?」と笑ってみせる。そんな二人の姿は、絶望の淵にあったシャルルにとって何よりも眩しく、心強く映った。じわりと、彼女の目が涙で滲む。

 

「ありがとう一夏、田所さん……!」

 

 今にも泣き出しそうになりながら、シャルルは二人に向かって精一杯の感謝を告げた。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 シャルルの抱える秘密は一夏と野獣に知られた。とはいえ、それで三人の関係や学園生活が変わったかと言われれば、決してそんなことはなかった。シャルルは今現在も男装をして学園に通い、これまでと同じように過ごしており、そしてシャルルの秘密を知った二人もまた同様だった。変化があったとすれば、せめてこれ以上シャルルの秘密がバレないようにと、二人がさりげなく彼女のフォローに努めるようになったこと、ふとした瞬間の何気ないシャルルの仕草に一夏がどぎまぎするようになったことくらいだろうか。なんにせよ、シャルルの秘密はクラスメイトは勿論、彼らがよく行動を共にする箒、セシリア、鈴音といった面々にも気付かれることはなかった。

 

 そんなある日のこと。授業合間に設けられた休み時間に、一夏と野獣は慌ただしく廊下を駆けていた。その理由はトイレだ。IS学園はISの特徴から実質的に女子校であり、男子トイレを作る意味が限りなくゼロに近かった。そのため男子トイレは学園内にたった三ヶ所しか設置されておらず、休み時間中に用を足すためにはトイレへと全力で走り、また全力で走って教室に戻らなければならないのである。

 

「はぁ……。もうちょっとなんとかならないかなぁ……? 女子ばっかりの環境には慣れてきたけど、トイレの度に走るのは流石に疲れるぞ……」

 

「俺たちしかISを動かせる男がいないからね、しょうがないね」

 

 足を動かしつつ不満を口にした一夏を、並走する野獣がそっと諌める。そして、間もなく教室に到着する、というときに、その声は二人の耳に飛び込んできた。

 

「何故こんなところで教師など!」

 

「ん?」

 

 足を止め、声のした方へと向かう一夏と野獣。二人が覗き込んだ曲がり角の向こうでは長い銀髪の生徒──ラウラ・ボーデヴィッヒが千冬に何かを申し立てているようだった。

 

「このような極東の地では教官の能力は半分も生かされません! どうかドイツにお戻りください!」

 

「私には私の役割がある。同じことを何度も言わせるな」

 

「役割? 危機感に疎く、ISをファッションか何かと勘違いしているような者たち相手に、一体何をするというのです? それとも、あの男たちですか? それこそあなたには相応しくない! 凡人を絵に描いたような、汚点でしかない弟も! ステロイドで肉体を偽る汚物のような男も──」

 

「黙れ小娘」

 

 ぞくり、と。曲がり角から顔だけを出し、チラチラと様子を伺っていた二人の背筋に悪寒が走った。千冬から十メートル以上も離れているにもかかわらず、この迫力だ。二人の予想通り、至近距離でその威圧を受けたラウラは、遠目に見ても分かるほどにガクガクと震えていた。

 

「貴様があいつらをどう思っているかは勝手だ。だがな、もう一度私の前で弟と親友を侮辱してみろ、私は一人の人間としてお前を許しはしないぞ」

 

「わ、私は、そ、そんなつもりでは……」

 

「もう授業が始まる。さっさと教室に戻れ」

 

 千冬に睨まれたラウラは口をつぐみ、逃げるようにその場から走っていった。その背中を見送った千冬は眉間を押さえ、深く深く嘆息する。

 

「……で、お前たちはいつまで隠れているつもりだ? そこでチラチラ見ていたのは分かっているぞ」

 

「いや、覗き見るつもりはなかったんだけど……」

 

「ふっ……まぁいい。ラウラにも言ったが休み時間ももう終わりだ。早く戻らないと間に合わんぞ」

 

 ばつの悪そうな顔をしながら姿を現した一夏たちに、千冬はにやりと小さく笑みを浮かべる。そんな彼女に二人は頷くと、早足でそそくさとその場から立ち去っていく。

 

 そんなとき、野獣だけが何かを思い出したように「あっ、そうだ」と呟き、足を止めて振り返った。

 

「千冬」

 

「なんだ?」

 

「ありがとう」

 

 その言葉に千冬の動きがピタリと止まった。目を見開き、珍しく感情を露にした彼女に対し、野獣は気恥ずかしそうに頭を掻いた。

 

「いやさ、さっき怒ったのってBDWGが俺とICKのことを言ったからじゃん。これはもうお礼の一つや114514つくらい言わないと足りないかなって」

 

「……別にお前や一夏のために言った訳ではない。それと、そんなことを言っている暇があるならさっさと教室に行け。遅刻しても私は知らんからな」

 

「おっ、そうだな。遅れたらYMD先生に怒られちゃうよヤバイヤバイ……」

 

 先程までの真面目な表情はどこへやら、いつものへらへらとしたお調子者の笑みを浮かべ、野獣は教室の方へと向かっていった。やがて彼の背中が見えなくなると、今度こそ千冬は廊下に一人だけとなる。

 

「ありがとう、か……。いくら感謝しても足りないのは私の方だよ、野獣」

 

 一人残された千冬は既に見えなくなった親友の台詞を思い出し、その表情を綻ばせた。

 




 ボーデヴィッヒってTDN表記だとBDWGになるんですよねぇ(wiki参照)。まぁ多分次回呼ぶときにはLURになるからええやろ。

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