野獣がセシリアを破った数日後、クラス代表決定戦は二回目の試合を迎える。修復を終えたブルー・ティアーズと共に復活を遂げたセシリアに挑むのは、元世界最強の弟にして世界初の男性IS操縦者である一夏だ。純白のIS、白式に乗り込んで空を駆ける姿には、アリーナを訪れていた観客の多くが「はぇ^~……」と感嘆の声を漏らした。
両者の試合を熾烈を極めたが、しかしやはりと言うべきか、最終的には代表候補生であるセシリアに軍配が上がった。野獣にこそ敗北したものの、セシリアの実力は確かなものであり、その上相手が男だからという慢心すら捨てて挑んだ試合だったのだ。一夏が負けるのも無理もない話だろう。
しかし一夏もただでは負けなかった。近接ブレード、雪片弐型一本しか搭載されていないピーキーな機体を必死で操り、ブルー・ティアーズのビットを全て破壊した挙げ句、セシリア本人すらもあと一歩のところまで追い詰めたのだ。結果として試合には負けたものの、ISをまだ数回しか動かしたことのない初心者が、代表候補生と接戦を繰り広げるなど、普通に考えてあり得ないことである。故に、この事実に気付いた野獣や千冬、そして楯無を初めとする者達は一夏が秘める可能性に戦慄したという。
そしてその翌日、第三アリーナには再び大勢の生徒達が押し寄せていた。学年もクラスもバラバラの彼女達が、一目だけでも見ようとやって来た目的は、一年一組のクラス代表決定戦の最後を飾る試合。世界でたった二人しか存在しない男性IS操縦者同士の、即ち野獣対一夏の試合だ。
この試合の勝敗についての予想は、意外にも五分五分という結果に落ち着いた。野獣が勝つと予想する者の主な理由は、『イギリスの代表候補生を倒したのだから、今回の試合でもきっと勝つ筈』というものであり、それに対して一夏を持ち上げる者は、『千冬様の弟が、汚物が擬人化したようなクッソ汚いステロイドハゲに負ける訳がない』と反論したという。そんな両者の意見が激しくぶつかり合い、誰もが固唾を飲んで見守る中、やがて右側のゲートから純白のISが姿を現した。白式を駆る一夏である。
「お待たせ」
そして一夏が飛び出すのとほぼ同時に、反対側のゲートからサイクロップスを纏った野獣も登場した。まだどこかぎこちなさが残る一夏と比べ、此方は先日の試合もあってか、ISを完璧に乗りこなしている。なめらかな動きで所定の位置まで飛び上がると、野獣は真っ黒なバイザー越しに一夏の姿をまじまじと見つめ、「すっげぇ白くなってる、はっきり分かんだね」と呟いた。
「いよいよですね、先輩。俺、絶対に負けませんから!」
「おっ、そうだな。俺も負けたらCHYに何されるか分かんないし、頑張らないと(使命感)」
お互いに意気込みを語り、握られていた刀を構える。二人が臨戦態勢に入ると、それにつられて観客席からもざわめきが消えていった。しん、と静まり返るアリーナ。そしてそれを破るブザーとアナウンスが、一瞬後に木霊した。
『試合開始!』
「ぉおおおおおおおお!!」
先手を打ったのは一夏だった。スラスターを噴かせ、凄まじい速度で突進してくる彼に野獣は面食らうが、それでも冷静に一夏の刃を受け止める。そのまま二度、三度と打ち合えば、この度に喧しい金属音がアリーナに響き渡った。開始早々、白熱の試合展開に生徒達は大きな歓声を上げる。
しかし、時間が経つと徐々にだが試合が動き始める。それまでは一夏の攻撃を防ぎ、躱してばかりだった野獣が、一転して攻勢に躍り出たのだ。したり顔で刀を振るう野獣とは反対に、一夏の表情にはだんだんと疲れが見え始め、動きにも余裕がなくなってくる。そんな隙を、この野獣が見逃す筈もなく──、
「こ↑こ↓」
「うわぁああ!?」
正確無比な袈裟斬りが一夏を襲い、追い討ちとばかりに胸元目掛けて強烈な蹴りが直撃した。幸いにもそれら二発が当たったのは胸部を守る装甲であり、絶対防御は発動しなかったものの、白式のシールドエネルギーは大きく減少していく。強い、そう内心で確信しながら一夏は逃げるように後退した。
「なんだお前根性なしだな(挑発)。そんなんじゃ甘いよ(玄人先輩)」
「くそっ……!負けねぇ!」
手の中の雪片を固く握り直し、一夏は再び野獣目掛けてスラスターを噴かせた。その際に雪片が二つに分かれ、蒼白の光で形成された新たな刀身が伸びていく。
ありとあらゆるエネルギーを消滅させるその力は、
かつて千冬が使用していた、世界最強の能力である。
「うぉおおおおおおおおお!」
一夏は零落白夜を発動させた雪片を、野獣に向かって振り下ろした。零落白夜の消滅効果が及ぶのは、ISのシールドエネルギーすらも例外ではない。直撃すれば最後、ほぼ確実に絶対防御が発動してシールドエネルギーが尽きる。ISバトルにおいて、零落白夜はまさに一撃必殺の切り札なのだ。
だが、
それは、
「遅すぎィ!」
「がっ!?」
雪片を紙一重で躱した野獣の拳が一夏の顔面を捉える。完璧なカウンターだった。受けた本人である一夏すらも何が起きたのか理解出来ず、ただ勢いのままに吹き飛んでいく。そしてその一夏にカウンターを叩き込んだ野獣は、やれやれと言わんばかりに呆れた様子で、はあぁぁ~~…………とクソデカ溜め息を吐き出した。
「あのさぁ……今までCHYと関わってた俺が、
アホくさ、と最後に締め括る野獣。そんな彼を一夏は「あっ……そっかぁ……」と絶望的な表情で見上げた。圧倒的な実力の差に加え、動きや能力すら見切られているともなれば、一夏が野獣に勝つ可能性は皆無に等しい。何せ、野獣は一夏の動きの根幹にある篠ノ之流剣術を極めた千冬と長き付き合いがあり、かつ入学試験において114514秒にも及ぶ接戦を繰り広げているのだから。
既に勝敗は決したと言っても過言ではないこの試合で、しかし、一夏は諦めなかった。
「まだ……俺のエネルギーは残ってます!この白式が動く限り、俺は、絶対に諦めません!」
息を切らしながら、それでも一夏は力強い瞳で野獣に宣言した。そしてそれに応じるように、握られていた雪片もまた一層強い光を放つ。ISには意識に似たものが存在すると聞くが、恐らくはそれが一夏の諦めない心を汲み取ったのだろう。そう判断した野獣は「これって……勲章ですよ」とその口角を上げ、また一夏の攻撃に備えるようにゆっくりと構えを取った。
「……行きます!」
「じゃあオラオラ来いよオラァ!」
瞬間、一夏の白式が爆発的な加速を見せ、凄まじい速度で野獣へと迫る。「『
勝てるかもしれない。
そんな思いが一夏の頭を過るが、しかしそれは直後に野獣が放った右の拳によって砕け、霧散することとなる。
「邪拳・夜逝魔衝音──いきますよ~いくいく……」
重い一撃に後退を余儀なくされた一夏。そんな彼が見たのは、
「ホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラ」
そこからは野獣の独壇場だ。目にも止まらないラッシュが一夏を襲い、そのエネルギーをみるみるうちに削っていく。ISの搭乗者保護機能によって軽減されてはいるものの、その決して弱くはない衝撃に、一夏は成す術もなく翻弄されるだけだ。そしてとうとう、とどめとばかりに叩き込まれた野獣渾身の一撃が、僅かに残っていた白式のシールドエネルギーを刈り取った。
「虎々亜雷音……foo↑気持ちい~!」
「くっ……そぉ……!」
「やったぜ。」とご満悦な野獣と、悔しげに歯を噛み締める一夏。熱い戦いを繰り広げた両者が各々の思いを口にする中、試合終了を告げるブザーと拍手喝采が、第三アリーナに響き渡った。
▽△▽△
「う~ん、やっぱり野獣の勝ちかぁ。いっくんも結構いい線までいってたんだけどなぁ……」
「はい。ですが束様、田所様はまだまだ余力を残していたように思われるのですが」
「そりゃそうだよ」
だって野獣だし、と。この世界のどこかにある隠れ家にて、篠ノ之束はクロエ・クロニクルにふっと笑いかけた。続いて彼女が傍にあったキーボードを適当に叩けば、空中投影ディスプレイに映し出されていた第三アリーナの映像が音もなく途切れる。つい先程までこの二人は、IS学園のカメラをハッキングすることで、一夏と野獣の試合を観戦していたのだ。
「そもそもさ、今のいっくんと野獣が戦って、いっくんが勝てる訳がないんだよね。なんだかんだ言いつつ、あいつも私やちーちゃんと同じ、ある種の天才だし。将来的には分からないけど、やっぱり現時点じゃ敵わないよ」
不意に笑みを消し、珍しく真面目な表情で呟いた束に、クロエは納得したようにこくりと頷いた。その次にディスプレイに映し出されたのは、今回の試合で束が得た白式とサイクロップスの戦闘データである。事細かに記されたそれに束は目を通していき、やがて満足げな表情と共に座っていた椅子から立ち上がった。
「うんうん、ISバトルの結果はともかく、束さんとしてはこのデータが得られただけで十分かな。
第四世代機。未だに第三世代機の製作に取り組む世界を置き去りにして、開発者たる天災は一人次のステップに進もうとしていた。
あっ、そうだ(唐突)。1~6話まで少し修正したのでもう一周してきて、どうぞ(露骨な宣伝)