朝食を飛行機内から物色した俺は、大量のキャリーバックの山付近で、せっせと丸太を運んでいた。
それを今度は地面に突き立てて、何本も並べる。
丸太は結構重いが、引きずってから片端を持って持ち上げれば、無理という訳もない。
またその際に上手く立てれるよう事前に穴を掘り、その上にもう片端を浮かせれば、ちょっとしたテコの原理で簡単に立てれる。
その後に土を埋めて固めれば、とりあえずはOKである。
この作業を、先程立てた丸太に接する形で再度行う。
その後も、もう一度。
もう一度。
もう一度。
この作業を何度も何度も俺は繰り返す。
時折接する方向を90度回転させて、丸太を立てていく。
完成した今からみると、頭上からは"口"の形に見える。
「さて、完成だな」
聳え立つ丸太を一本蹴飛ばして、真四角防壁を一部崩壊させる。
これで中に入ることが出来る。
今俺が作ったこれは、家だ。
いや、家というよりは小屋……粗製小屋、というか現状ではまだ防壁でしかないけど。
最初に言っておくが、俺は人間である。
食べなければ腹減りで蹲るし、眠らなければ意識はすぐに刈り取られる。服が無ければ風邪をひくだろう。
そんな俺が、放浪者暮らしのサバイバルを、出来るはずが無い。
村などを見つけるというのも一つの案ではあるが、現状ではそれを行うのは躊躇われる。
何しろ、『解体マスター』という呪いのパッシブスキルが付き纏っているのだ。
俺が村に入った暁には漏れなく、村中の家が丸太と化す事だろう。
それはそれで面白そうな光景ではあるが、相手側からすれば迷惑以外の何者でもない。
故に、村の探索を行うのは得策ではないのだ。
……まあ、村がそもそも付近に無いっていう可能性もあるけど。
「あとは、これを被せて……っと」
先程作った丸太防壁の上に、そこら辺で拾ってきた大きめの葉っぱをいくつか被せ、その端に石ころを乗せる。
超脆性能屋根の完成だ。
葉っぱは、手をいっぱいに広げても足りないくらいの大きさであり、1㎡はくだらない面積がある。日本の百均で見た資料にあったが、外国のジャングルにあるような、なんとかイモの葉に似た見た目だった。
葉っぱも石ころも、俺の『解体マスター』の影響は受けないようで、普通に持てた。
普通って、ありがたいことなんだな。
さて、とりあえず家(とは呼べない屋根付き防壁)は完成した。
次作るべきなのは、やはり熱源だろう。
と言っても、やれる事と言ったら原始的な、摩擦によって火をつけるアレな訳だが。
正直言って、やれる自信がない。
だが、やるしかない。偉い人も言っていた、やるんじゃ無い、やりなさい! と。
「それじゃあ火付け用の道具はこれとこれと……これでいいか」
キャリーの山の隣に広げられた数々の(拾った)物品の中から、剥がれた木の表面のようなものと、丈夫そう枝、それと長めのつる草を手に取る。
向きを180度回転させ、目の前の落ち葉を見る。
自分が先程かき集めてきた、木の葉である。全て若干腐っているので、燃えやすいだろう。
勿論、外に燃え葉が広がらないように、石ころで囲んでいる。これには厚く葉っぱを敷き詰められるように、大きめの物を選んで使った。
「それじゃ早速、やりますか」
俺の高速回転術が、今こそ真価を発揮しようとしていた。
——衛生兵! 衛生兵ぇぇえええ!!
そんな音が、自分のポケットから鳴り響いた。
ポケットの中をのぞいて見ると、そこには自分のスマホがある。
どうやらスマホの着信音のようだ。
「んん? 誰だろうか、電話やメールと言った基本機能が消えた、このスマホに連絡を入れてくる奴は」
いや、連絡機能が消えたこのスマホはもはや、スマホと言えるのだろうか?
とりあえず、スマホを取り出して電源をつける。
電源がつくとすかさずパスコードを入れ、上から下へとスクロールする。
「でもまあ、この着信音は通知の奴だから、何かお知らせでも届いたのかもしれないな」
アンテナが一本も立っていないのに、通知が来るなんて、不思議な事もあるもんだと、嫌な予感に敢えて気付かないフリをする。
自分だって、なんとなく分かったのだ。通知を入れて来るであろう、相手が。
いやな予感を抱きながら、スマホの画面を覗きこむ。そして一番上のお知らせを見て……固まってしまった。
自分の予想通り、来てしまったのだ。
「……やっぱり届いたのか。新レギュレーション」
そこには、『
無言でアプリ、『レギュレーション』を開いて中身を確認する。
以前であれば中には一つのファイルしかないはずであった。が、今のファイル数は……2。
通知通り、新レギュレーションがインストールされていたのだった。
自らの携帯を地面に叩きつけたいものの、それをしてしまえば起動する最後の現代文明が消え失せる事になる。
イライラするのをなんとか抑えて、新レギュを確認しようと、新しいファイルを開く。
『ver1.0.1 内容
・主人の触れるもの全てを
・常時使用します。
・一定のレベルに達したものの破壊を禁じます。
・主人の身体能力を、二倍に増加させます。』
……なんか増えた。
いや、なんとなく俺を手助けしようとしているのは分かるよ。身体能力二倍、凄く有難い。
「いや手助けする気あるんだったら解体マスター削除しろよッ⁉︎」
まずサバイバルするって言うのにこの呪いの意味不パワーのせいでかなり辛い生活してんだよ。
道具つくれないし、家だって簡易的なものじゃないと住めないし。そもそも食料ですら解体(粉砕)するこの力、マジで邪魔過ぎるんだって。
身体能力二倍ってサバイバルする上でかなり有難い事だけどさ、その前にまず、この解体マスターを削除しろよ。
「ま、文句言っててもレギュは変えるけど」
レギュレーションの選択項目で、ver1.0.1を選択する。
どうせレギュレーションは二つしかないし、使うんだったら機能充実していた方が、俺的には有難い。
それに、この身体能力二倍と言うのだけ見れば、かなり魅力的な機能だからな。
「さてと、それじゃあ作業を再開するとしよう」
俺は再び回転摩擦の作業に戻った。
■
時間は過ぎ去って、深夜10時前。
現在辺りは暗くなってしまい、近場の様子以外はよく見えない。
が、自分のいる家(壁)の近くに焚き火がある為、全く見えないと言うわけではない。
それに、自分の視力が幾分か良くなったようにも思える。
「これが、"身体能力二倍"の力なのかなぁ……」
ポロリと、誰もいない空間で呟く。
身体能力と言われたら、自分がすぐ思いついたのは握力や脚力など、力に関係するものだけだと思っていた。
が、まさか内面まで強化されるとは、思ってもみなかったのである。
まあ自分の先入観による思い込みの可能性もあるが。
「そんな事よりも、これからのことを考えよう」
四分割された飛行機を見て、そう呟く。
今の自身の生活は、キャリーバックや機内食を漁って生活しているようなものである。
目が覚めたのが昨日ではあるが、機内食の消費期限がいつかはわからない。と言うよりも、もう切れているんじゃないかと言わんばかりである。
なにせ、自身の知らない所でかなりの時間が立っているかもしれないのだから。
となると、当然、自給自足の生活をする事になる。
最初の内は、果物を回収して食べるのも良いかもしれない。木の枝や葉っぱを駆使すれば、粉砕せずに回収は可能である。
が、時間が経つにつれ、それでは無理が出てくる。
肉や魚などに含まれる栄養を補給出来なければ、俺はこのまま死んでいくのみだ。
集めた機内食が食べれている内に、果物、動物を狩るサイクルを確立しなければならない。
また、水資源も必要だ。
現在はペットボトルのものと、果物の水分をとって生きているが、ペットボトルのものはいつか切れるし、果物の物では甘みの方が強い。口の中を綺麗にする事は難しいだろう。
そうなると虫歯やのどがやられるなどの症状が出て来るかもしれない。医者や医療知識のないこの場では極めて危険な状態だ。
となると必要なのは、水場と果物の木の確保と、動物を獲る為の道具、か。
前者二つは歩き回って探すことになるだけだろうが、後者のは難しいかもしれない。
ちゃんとした道具は解体マスターによってぶっ壊されるので、作れないからだ。
それに、戦い反対流血反対の俺に、動物を狩る、捌くことは難しいだろう。
となると必然的に簡易的な罠を使って捕まえ、簡単な血抜きをして放置、丸ごと干し肉にでもするしかない、か……。
それか俺が殺害や死体に慣れる事だろうな。
「うーん、やる事多すぎて頭が痛くなってきた……」
サバイバルではなくて、現代日本で普通に暮らしたいと、心からそう思った。
朝になった。
遭難三日目の朝である。
「さーて、早速やっていきますかー!」
軽く背伸びをして、身体をほぐす。
今日行うのは、付近の安全の確保だ。
現在、墜落した飛行機の近くに簡易的な小屋と焚き火を建て、なんとかギリギリの生活拠点を確保した。
だが、外装が出来ても内装が無ければ、動けなくなって死ぬだけである。
だが、今はそれより先にやる事がある。
つまり、外敵からの防衛策である。
周りを見渡してみる。
四方八方、見る限りの、木 木 木。
草が伸びきっていて、まさに自然の権威がむき出しだった。
植物天国のようだ、この森は。
そして、植物と言う名の餌があれば、当然草食動物もいる。
餌を求めて、この森に根付いているはずだ。
さらに、これだけの食料があれば草食動物だって、かなり繁殖しているものとみられる。
ここは、肉の資源庫でもある可能性が、極めて高いのだ。
その肉の資源を求めて、今度は肉食動物もがやってくる。
そして草食動物を喰らって、こっちも繁殖していく。
その際に残った食べ残しは土に還って、また栄養となって植物に回収される。
なんて良い食物連鎖なのだろう。
人の手が入ってないから、各勢力が超拡大しているのだろうな。
——だが、その食物連鎖の中に、自分が入る事にはなりたくない。
死にたくなんか、ないのだ。
それでも、それも何もしないままだと、叶わないだろう。
人間であるから、動物に比べて身体能力は良くない。
更に人間の特権である、道具というチートも解体マスターによってキャンセルされている。
詰まる所、弱者なのだ。今の自分は。
——しかし、何もしない訳ではない。
「とりあえず範囲はこのくらいでいいかな」
そう言いながら、淡々と木の枝を等間隔で地面に突き刺していく。
その枝は大小細太様々だが、どれも先端は尖っている。それを2列、隣同士で重ならないように並べている。
踏んでしまったら、実に痛そうだ。
「これを後、何十分とやるのかぁ……」
そう言いながら1人涙を流す。
ソロプレイだから、当然全て1人でやらなくてはならない。更に、道具使用禁止という縛りプレイでもある為、疲労は半端ないのだ。
因みに、今やっているのは、動物避けの罠である。
刺されば痛い事ぐらいは動物でも分かるので、とりあえずこれを拠点を中心に一周させ、安全を確保しようというものである。
まあ知能があるものだと飛び越えてきそうではあるが。
そんなでも、何もしないよりはマシなのである。
深夜になった。
今日の昼に行えるものは、全て行った。
トゲトゲの防衛線を張り、動物に進入を防ぎ、そこを突破された事を考えて、その内側に丸太を横向きに配置した第二の防衛線を張る。
正直無駄に思える作業だが、一定の安全ぐらいは確保しなければいけないだろう。
それでも時間が余ったので、付近の森の探索がてら、片っ端の大木を丸太にしてきた。
これは自分があっちに行ったという道しるべでもあり、材料集めでもあり、見晴らしをよくする為でもある。
そのせいか、何となく墜落現場付近の空間が広くなった気がする。
まあ実際に広くなっているんだけどね!
「さーて、今日
今日の夜食は、鳥そぼろご飯弁当である。
鳥そぼろとそぼろ卵、ピンク色の奴がまぶされたご飯に、ちょっとした漬物、そしてわらび餅がついた、箱型弁当である。
機内食も美味しそうではあったが、それとは別の箱が落ちていたので拾ったら、これがあった。その中身が大層美味そうだったので、今日の夜食に決まった訳だ。
因みに昨日の夜食はハンバーグ弁当だ。
デミグラスソースが掛かったハンバーグやコリコリのブロッコリーがとても美味しかった。
ポテトは少しふやけていたが、範囲内である。
と言うよりも、このサバイバルの中、こんな贅沢が出来るなど、なんて運のいい奴なのだろうか、自分は。
「それじゃ、頂きま〜す!」
箸をそぼろ弁当へと近づけ、口に運ぶその直前、目の前に突如、影が出来た。
なんだなんだと思い、顔を上げる。
するとそこには、
「おいにいちゃん、随分美味そうなもん食ってんじゃねえか?」
片刃の剣を片手に持ちながらこっちを覗き込んでいる、ニヤニヤした男たちがいた。
……はい?