異聞 艦隊これくしょん~艦これ~ 横鎮近衛艦隊奮戦録   作:フリードリヒ提督

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どうも、イベ期間もいよいよ大詰めですね、天の声です。

青葉「どうも! 提督から増員を頂きました! 青葉です!」

いぁーね、秋雲、活用してあげて下さい?

青葉「勿論です!」


えーそれでは、のっけからお詫びなのですが。

ケイ氏さん、コメント一つ取り上げてませんでした、申し訳ありません!(昔の大失態である、いやはや。)

青葉(やっと気づいたか。)

と言う事でこの場にてご紹介させて頂きます。

ケイ氏 さん
『これは…まさかの「プラズマちゃん」!?』

エブリスタ側黎明編序章10章へのコメントです。ご明察で御座います。やっぱりネタ不足な分やっときませんと、ね?

青葉「この辺りもう切実ですよね。」

ただこの小説では電ちゃんの出番自体が少なくなりそうです、まぁ人数が人数だけにどうしようもないので、ネタが思いついた時に考慮すると言う事で御勘弁下さい。


さてそれでは本題に入りましょう。今日(今回)は史実放談です。但し今回ネット上の情報に頼りますので、不正確な部分もあります。

青葉「拝聴しましょう。」


1935年9月26日、岩手県沖で海軍演習を予定した海軍では、函館港にて臨時に『第四艦隊』を編成、これは日華事変時の二代目第四艦隊とは別のものであるが、これらが主力・水雷戦隊・潜水戦隊・補給部隊の4群に分かれ、9月24日から25日にかけて函館港を出港した。

この時の第四艦隊の編成は次の通り。


重巡洋艦:妙高・那智・足柄・羽黒(第五戦隊)
軽巡洋艦:最上・三隈(左2艦は後重巡)・木曽・那珂 ほか5隻
駆逐艦:初雪・白雪・白雲・薄雲・叢雲・潮・曙・朧・天霧・夕霧(ここまで那珂麾下4水戦)・睦月・菊月・三日月・朝風・春風 他
航空母艦:鳳翔・龍驤
その他:潜水母艦大鯨


総計41隻もの大艦隊による演習が、かくも重大な事態になろうとは、誰も想像し得なかったであろう。


9月25日、水雷戦隊(4水戦)の駆逐艦初雪で溺者一名が発生、旗艦那珂より『此ノ際油断大敵ナル事ヲ銘記セヨ』と注意を呼び掛けた。

演習当日、即ち35年9月26日、既に岩手沖への台風接近は報じられていたものの、この日の朝の気象情報により、午後には艦隊がこれに遭遇する事が明らかとなった。

第4艦隊司令部では反転退避する事も提起されたが、既に海況は悪化の一途を辿っており、多数の艦による回頭で衝突する危険も懸念され、また台風の克服も訓練上有意義とされ、予定通り航行を続けた。

主力部隊は台風の中心に入り、最低気圧960mbarと最大風速34.5m/sを観測、右半円に入った水雷戦隊は36m/sを記録し、波高20mに達する三角波が発生した。(Wikiより抜粋)

結果転覆艦は居なかったものの、駆逐艦夕霧が艦首を切断(行方不明27名)、これを救援しようとした初雪も艦首切断(行方不明24名、後艦首曳航試行の後断念/撃沈)、更に空母龍驤では波浪により艦橋損傷、鳳翔は前部飛行甲板を損傷する事態に陥った。

更に重巡妙高では船体中央部の鋲が弛緩、軽巡最上では艦首部外板にしわと亀裂が発生、睦月・菊月・三日月・朝風では波浪の為艦橋を大破した。また駆逐艦春風では魚雷発射管を損傷している。

日本で初めて全面的に溶接を採用した潜水母艦大鯨に於いては、船体中央水線部及び艦橋前方上方外板に大型のシワが発生した。

これらを含め全19隻に何らかの損傷が発生し、全体で54名の殉職者を出す大惨事となった。

演習後、野村吉三郎海軍大将を長とする査問会が開かれ、原因究明に当たった結果、特型や最上型といった、溶接で建造された新鋭艦艇の損傷度合いが大きい事から、それらの溶接技術を大々的に採用したことが原因とされた。

無論当時の溶接技術が発展途上の未熟なものだったことは否定出来ないが、主要因となり得ないと言うのが、今日の見方である。即ち以下3点によるものである。(以下Wikiより抜粋)


1.当時世界的に想定されていた「荒天時の波浪」は、波高/波長の比が1/20の波だったが、第四艦隊が遭遇した波浪は各艦の観測によれば(数字の信頼性に若干疑問があるが)1/10に達し、当時の艦体設計強度を遥かに超える海況であった。

2.軍縮条約により保有艦艇数の制限を受けた結果、規定内での排水量を確保しつつ一艦ごとの戦闘力を引き上げるため、できうる限りの武装を装備することになった。その結果、船体強度を計算値ぎりぎりに下げられていた。

3.この事件の前、同年7月の艦体異常の報告(牧野造船少佐による特型駆逐艦の艦体強度に対する提言)があったにも拘らず訓練を強行させた。


総じて言えば、軍縮による個艦能力第一主義と排水量制限の間における設計・計画上の妥協と、太平洋の台風(荒天)に対する認識の甘さからくる構造力学的問題が、この事件の主因である。

この事件の後、条約型の全艦艇にチェックが行われ、そのほぼ全てが改修を要する事が判明したが、そもそも船体強度不足が原因であったため最終的には『船体強度の向上』が優先され、損害の少ない峯風型が参考とされた。更に要改修と見做された艦艇は次々に改修工事を施された。

当時既に旧式化としていた峯風型を参考にした結果、溶接によって建造されていた物がリベット打ち(鋲打ち)に退行すると言う結果を生んだ。これが再び溶接に戻るのは戦時中の事である。


以上が、第四艦隊事件のおおよそ全容だな。

青葉「お疲れ様です!」

ありがとう。しかし情報が不足している。参加艦艇41隻全てを調べ切る事は出来なかった。なので書籍などで情報をお持ちの方は御提供頂ければと思う。そうすればより確度の高い物になる筈だ。

青葉「正確な情報は現代に於ける基本ですからね。」

その通りだ青葉よ。


そう言えば、イベント攻略中にこちらをチェックしてみたら気付かぬ間に7000閲覧と6000応援を突破しておりました。更に沢山のスターもありがとうございます。(エブリスタ時代の感謝を忘れないスタイル)

青葉「読んで頂ければ頂けるほど中の人が頑張り続けると思うので、これからも宜しくどうぞ!」

余計な事は言わんで宜しい!(焦


コホン、さて、今回のお話は北方海域が舞台となる。と言っても日本本土から見れば近場だが、この時はまだ十分危険な海域だった場所だ。

それでは、始めるとしよう。どうぞ。


第2部7章~寂寞(せきばく)の千島列島―葛藤と大洋―~

2053年1月20日、セレベス方面へ出撃した艦隊は、タウイタウイで極秘裏に給油を受けて帰ってきたとはいえ、疲労の極にあった事は否定できない。その為この日はダウンしている艦娘が多かった。

 

 

 

8時37分 中央棟2F・提督執務室

 

 

大淀「・・・宜しかったのですか?」

 

提督「いいのー! 俺がいいって言ったらいいのー!」

 

大淀「そんな駄々をこねる様に仰られても・・・」^^;

 

提督「まぁ、金剛にもたまには休みをやらんとな?」

 

霧島「その代理として呼ばれたのが私だった訳ですが。」

 

実はこの日、金剛は直人の言で(正確には命令で)1日休養を取っていた。

 

提督「ま、今日1日頼むよ。」

 

霧島「お任せください、司令。」

 

因みに朝潮の続投では無かった理由は、朝潮は5日連続で秘書艦代行であった事と、この日は朝当直の哨戒任務で司令部を留守にしていたからである。

 

提督「あ、大淀さん、ここは大丈夫だから、下に降りて無線受信状況見張ってて? 何かあったらすぐ報告でよろしく。」

 

大淀「了解しました。」

 

直人の指示で大淀が執務室から去った後、直人は霧島と共に執務を始めるのだった。

 

提督「あ、髪の毛ちょっとはねてるな、後で直しとこ。」

 

おいおい。

 

 

 

大淀が退出した10分後、入れ替わりに明石が執務室に来ていた。

 

明石「六航戦艦載機機種転換の準備、整いました!」

 

提督「宜しい、どの位かかるか?」

 

明石「機材も揃ってますから、そうかからないと思います。」

 

それを聞いた直人は即決した。

 

提督「分かった、早速済ませてくれ。後六航戦には転換後すぐに慣熟訓練を開始する様に伝えてくれ。」

 

明石「分かりました! でも隼鷹さん、後着ですから転換出来ないですね。」

 

飛鷹隼鷹祥鳳からなる六航戦は、この内隼鷹が遅れて着任している為、データ量的にも練度的にも機種転換は出来ず、暫くは九六式艦戦のままで戦う事になる。

 

提督「しかし、赤城を除けば初の母艦航空への天山の配備だな。」

 

事実現在の横鎮近衛空母部隊の主力攻撃機は九七式艦攻を使用していた。しかし能力は後継機に劣る為、直人も早急な機種転換を望んでいた。

 

明石「そうですね、ではこれで。」

 

提督「うん、あ、あとドロップ判定も頼むぞ。」

 

明石「お任せあれ!」

 

胸を張って明石が退出する。

 

霧島「これで航空戦がより有利に運べますね、提督。」

 

提督「その通りだ、六航戦の後は五航戦だ。一航戦は悪いが最後だな、疲労度合いと消耗を考えても、それが適当だろう。」

 

霧島「そんなに損失があったのですか?」

 

これも事実で、航空反撃の際に敵戦闘機とかち合ってしまい、一航戦は戦闘機10、艦爆19、艦攻21が未帰還となった。更に敵主力への爆撃に際しても敵陸上機部隊の迎撃で戦闘機7、敵艦隊攻撃で艦爆18、艦攻19が対空砲火によって未帰還となっている。

 

この内赤城は天山と彗星、零戦五二型を搭載しているが、これらの損失は戦闘機18機中6機、艦爆27機中13機、艦攻18機中8機と、何れも酷くて5割弱の損失に留まっている。

 

何分損失が多いのは弱防弾の日本機の性とはいえ、残りは艦攻45機艦爆艦戦18機を擁する加賀航空隊(97式艦攻・99式艦爆・零戦21型)によるものである事からも、性能不足はお分かり頂けるであろう。

 

因みに一航戦だけではなく二航戦も、出撃機数の6割強が未帰還となっている。

 

提督「今後を考えると、あまり損失を出し過ぎる事も良くない。だからこそ機体の性能を上げていく必要に迫られる訳だ。」

 

霧島「戦備増強は戦略の基本、ですね。」

 

提督「よく出来ました、まぁその一環だな。艦の数を増やすだけではだめだ、問題はその艦の搭載している装備の質だからな。」

 

霧島「お言葉、よく分かります。」

 

霧島はその言葉に賛意を示した。直人が言ったのは個艦能力第1主義であるが、当時の日本海軍ではそれが為に戦時になって問題が噴出しているのだ。

 

しかし艦娘であればそれも心配が余りない。と言っても砲そのものの重量で艤装浮力が押されるので、普通は身の丈に合わない砲を積むと鈍重になる。扶桑や金剛型、改扶桑型(伊勢型)では46cm砲の積載さえも無理が出て来るが。

 

提督「艦艇用の装備も、徐々に刷新して行かねばな・・・。」

 

直人はしみじみとそう考えていたのだった。

 

 

 

9時14分 中央棟1F・無線室

 

 

大淀「・・・、っ!」

 

大淀のレシーバーに、大本営からの通信文が飛び込んで来た。

 

大淀「・・・これは・・・。」

 

和文モールスで送られてくる信号をメモしつつ、大淀は脳内で軽く解読してみた。それは、指令文であった。

 

 

 

明石「後は、報告だけっと・・・♪」

 

その5分後、明石は建造棟から中央等に入っていた。

 

大淀「急いで提督に・・・」

 

大淀・明石「あ・・・」

 

解読を終えた大淀と中央棟エントランスホールで鉢合わせた。

 

そして二人はどちらが何言うともなく走り出していた。

 

 

 

提督「今日の分はこれで終わりかな、っと。」ポン

 

直人は執務室で最後の書類にハンコを押していた。

 

霧島「お疲れ様でした。これからどうします?」

 

直人の仕事が終わったのを確認した霧島が訊いた。

 

提督「そうだな、一人釣りでもしようか。」

 

霧島「いいですね~。私もお供していいですか?」

 

提督「お? いいぞ~。」

 

意外な申し出に驚きつつも快諾する直人である。

 

 

<竿はある?

 

無論です。>

 

 

言葉を交わし直人が出口へ向かう。そしてそのドアノブに手を掛けた瞬間、“そのドアノブがひとりでに動いた”。(様に思われた。)

 

 

バン!!

 

 

勢い良く扉が開く。

 

明石「機種転換終わりました!」

 

大淀「大本営から入電です!!」

 

しかし見渡してもパッと見提督の姿が無い。

 

霧島「て、提督、大丈夫・・・ではないですよね?」

 

提督「う、うん、すっげー痛い・・・」

 

明石・大淀「あ・・・。」

 

二人も漸く、事態を理解した。

 

直人は執務室側から見て右側のドアに押しやられ、180度回ってドアと壁の間で板挟みにされていた。

 

 

 

提督「・・・。」^^#

 

流石にお怒りである。

 

明石・大淀「・・・。」m(__)m

 

当事者2名は土下座である。

 

提督「で? 何故二人して大人げなく扉蹴破る勢いで飛びこんで来たのかな?」

 

明石「いや、えと・・・。」

 

大淀「う・・・それは・・・。」

 

提督「・・・。」

 

直人はこの様子で察した。

 

提督「どうせ、どっちが先に報告するかだろう? 子供じゃあるまいし。」

 

ざっくり切り捨てる直人である。

 

明石「め、面目ないです・・・。」

 

大淀「言葉もありません・・・。」

 

提督「それはもういいから頭を上げ給え、話を聞こう。」

 

流石に見かねた直人がそう言った。怒気も吹き飛ばされてしまった。

 

明石「あ、私は、六航戦の機種転換終了の御報告を・・・。」

 

提督「ご苦労様、大淀は?」

 

大淀「大本営から指令が入電したので・・・。」

 

提督「詳しく聞こうか、霧島、釣りは後だ。」

 

霧島「はい。」

 

そして直人は大淀からの報告を聞くべく再び執務机に着いた。

 

―――氷嚢を後頭部に括りつけながら。

 

 

 

―――4分後

 

提督「―――強行偵察任務?」

 

大淀「はい、その様に来ております。」

 

提督「なんでそんな任務がうちに来るんだ・・・?」

 

作戦指令書の内容は、『アリューシャン海西端部強行偵察』と言う物だった。

 

提督「要は制海権確保の為に作戦を行いたいがデータが足りないよって、先行偵察を行いたいが適任がいない、と言う所か。迂遠な事だ。」

 

と直人は言う。

 

大淀「そ、そこまでは、どうでしょう・・・?」

 

提督「それはいいとして、何か付随資料とかは送りつけて来てるか?」

 

大淀「FAXでですか?」

 

提督「しかあるまい。」

 

今更言わすなと言わんばかりである。

 

大淀「あの、まだ確認を―――」

 

提督「はようせい!!」バン

 

大淀「はい今すぐッ!!」ダッ

 

流石にブチギレた。

 

 

・・・バタン

 

 

明石「・・・大淀さんが仕事にミスを出すなんて、珍しいですね・・・。」

 

提督「―――そうだな、余程慌ててたらしい。」

 

 

 

数分して大淀が戻ると、直人はすっかり機嫌を直していた。

 

提督「これが資料か。」

 

大淀「はい。」

 

ただ大淀の方はすっかり恐縮していた。

 

提督「・・・成程? これで納得がいった。」

 

大淀「と、言いますと・・・?」

 

大淀は直人の顔を覗き込んで言った。

 

提督「この北方海域には数件、超兵器級の出現報告があるようだ。古い物ではSN作戦時、新しいとつい先週だな。」

 

大淀「超兵器級、ですか!?」

 

提督「その何れもが、ただならぬ雰囲気を感じた、と艦娘達が証言していたらしく、更に一部がこれと交戦したようだ。」

 

明石「それで、結果は!?」

 

矢も盾もたまらないと言った様子で明石が聞く。技術者としての本能がそうさせたものだろう。

 

提督「・・・6隻からなる1個梯団では勝てんよ。損害率7割を出して撤退したそうだ。」

 

大淀「大損害ではないですか!」

 

大淀は驚いてそう言う、明石も驚愕を隠しきれなかったようだ。

 

霧島「で、どうします? 司令。」

 

霧島がそう尋ねると直人も答えた。

 

提督「我が艦隊は対超兵器戦闘に勝ってきた実績もある。無論幸運だっただけであるにせよ、実績は実績だ、故にこちらに回されてきたものだろう。」

 

大淀「受けなくては非礼に当たる、ですね?」

 

提督「正解。」

 

直人はウインクをしてそう言った。

 

霧島「ですが、ここから千島なら丸4日かかる筈ですが・・・。」

 

提督「そうだな、疲労を考えると2日以上の連続航行をやるのもまずい。」

 

船舶の運用は、基本的に二交代制か三交代制である。

 

しかし艦娘はその身一つで大洋を渡る。それを考えるならば、疲労が瞬く間に蓄積するのは自明の理だ。

 

提督「まぁ、横須賀と大湊を経由するのがいいだろう。ちょっと強行軍にはなるが5日かけるのが現実的かね。」

 

霧島「それで十分かと。」

 

提督「指令書には可及的速やかに、と添え書きされている。ならば今すぐ編成を考える必要もあるし、早速取り掛かろうか。」

 

ここで大淀が一つ懸念、と言うより注意喚起を提起した。

 

大淀「疲労の関係で、前回投入した艦隊は使えません。」

 

提督「分かっている、それも踏まえて編成しよう。」

 

明石「あのー・・・」

 

と横から躊躇いがちに言う明石である。

 

提督「あぁすまん、下がっていいぞ。」

 

うっかり忘れていた直人もそう言うと、明石は慌てて戻っていった。

 

提督「さて、考えるとしようか。」

 

そうして3人は共に思慮に入って行ったのだった。

 

 

 

午前10時41分 司令部裏ドック

 

 

ヒュッ・・・ボチャン

 

 

提督「平和だ~。」

 

霧島「そうですね・・・。」

 

直人は霧島と共に釣り糸を垂れていた。編成が決まった為改めて釣りに来たのである。

 

提督「しっかし~、最近敵の偵察活動が活発化しているように思える。まるで・・・そう、我が艦隊の隙を伺うかのような、そんな気がしているんだ。」

 

 

グオオオオオオオ・・・ン

 

 

霧島「・・・昨日も戦闘機が飛び立っていましたね。」

 

提督「またかな?」

 

言ってる傍から直人のインカムに連絡が入る。直人は如何なる時でもインカムは外さない。風呂の時以外は。

 

飛龍「“提督、また敵の偵察機です。”」

 

提督「昨日も来てただろ?」

 

飛龍「それどころかここ1週間ひっきりなしです。」

 

直人の言う敵の偵察行動活発化、と言うのは正にこの事を指していた。

 

トラック方面から飛来すると思しき長距離爆撃機は、果敢にも単機で侵入を試みて来るのだ。

 

提督「お出迎えの準備は?」

 

飛龍「万端整えました。」

 

サイパン飛行場の管制レーダーを甘く見てはいけない、仮にも旅客機の航空管制用のものを、深海側を探知出来るように改修したとはいえ、その探知範囲は艦娘装備のレーダーとは比較にならない。

 

提督「それならいいが・・・。」

 

飛龍「ただ、今回はダメかもしれません。」

 

提督「なに・・・?」

 

そう聞いた直人が戸惑いを見せる。

 

飛龍「それが今回、敵偵察機は中高度と高高度の2つにそれぞれ偵察機を投入してきているんです。」

 

提督「・・・間に合わないと言う事か・・・。」

 

飛龍「すみません、やはりここのレーダーだけでは・・・。」

 

提督「いや、いい、今以上の条件は望むべくもないだろうし、詳細写真だけは撮らせぬように、いいな?」

 

飛龍「はい!」

 

飛龍との通話が切れると、直人は溜息交じりに言った。

 

提督「こりゃ、近く何か起きるな。」

 

霧島「と、いいますと?」

 

提督「いや、まだ漠然とした不安があるだけだ、そうと決まった訳じゃない。がここまで執念深く偵察行動を繰り返すとは――――何かあるぞ、これは。」

 

霧島「・・・はい。」

 

霧島もそれに同意した。

 

司令部はこの状況下でも平穏そのものだ。何故なら空襲警報が鳴っていないからだ。彼は飛龍に命じ、偵察だけであれば警報を出さないようにと指示していたのだ。

 

提督「・・・ん? ヒット!」グイッ

 

霧島「む、先手を取られましたか・・・。」

 

少し悔しそうにする霧島。

 

提督「俺だって釣りの腕には自信があるんだ、そうやすやす負けるものか。」

 

霧島「言いましたね?」キラーン

 

ここから見事に釣り対決になったのは言うまでもない。

 

 

~12時06分~

 

霧島「私のデータでは・・・こんな事・・・」

 

提督「俺の勝ちだな、霧島よ。」

 

 

提督:霧島

27尾:25尾

 

 

僅差でも勝ちは勝ちである。

 

提督「データは時と共に古くなるのだよ。データに頼るなど二流の将帥のやり口だ。」

 

情報とは常に最新である方が望ましいのだ。情報戦ではその優位性が如実に出る場合も少なくない。

 

そして情報と言う物は、ひとつの判断材料であって金科玉条の如きものではない。この情報はこうだから定石通りこうしなくてはならない、と言うのでは柔軟性欠如も甚だしい物になる。

 

霧島「は・・・はい・・・。」

 

霧島はその事を、この機にみっちりと教えられてしまったのだ。

 

因みに直人はどうしてるかと言うと、いわゆる一つの“野生の勘”というものであろうか、こうすれば多分釣れる、と言う程度である。

 

それで釣れるのは親の影響なのであろうかはたまた別の要因か、それは置いておこう。

 

提督「食堂行くぞ。」

 

霧島「はい。」

 

直人は霧島を伴い釣った魚を持って食堂に向かった。

 

 

~食堂にて~

 

提督「えっと確か今日の当直は・・・」

 

霧島「鈴谷さんですね。」

※1月20日は月曜日、なので月曜担当の鈴谷

 

提督「そうだったな。」

 

鈴谷「お、提督じゃん!」

 

この日の担当だった鈴谷が目ざとく直人に気付く。

 

因みに担当は結局こうなっていた。

 

 

月:鈴谷

火:満潮

水:祥鳳

木:比叡

金:五十鈴(朝夕)/鳳翔(昼)

土:金剛

日:榛名

 

 

金曜日昼はやはりぶれず鳳翔であった。絶品カレーは外せない。

 

提督「ほい、連絡した通り魚は釣って来たんだけど鳳翔さんは?」

 

鳳翔「はい、提督のお背中に。」^^

 

提督「ふえっ!?」ビクビクッ

 

素で驚く直人であった。

 

鈴谷「アッハッハッハッハ! 凄い顔~ウケるwwww」

 

提督「―――にゃろめー・・・。」

 

嵌められた気がして悔しがる直人であった。

 

鳳翔「お魚は水槽の方で泳がせておきますね?」

 

(クーラーボックスに海水を張ってバッテリー式ポンプ差してた。)

 

提督「あぁうん、お願いするよ。」

 

 実は鳳翔さんは金曜昼の厨房の他、食材管理はやっているのだ。

本土からは6日おきに生鮮食品を始め厨房で使う食材が輸送されてくるのである。この他島内で自給自足する計画が妖精の間で持ち上がっており、その為直人が本土に食用植物の種子を発注すると言う有様であった。

 

提督「さぁどうなりますか。」

 

鈴谷「お任せあれ♪」(^_-)-☆

 

提督「あ、あぁ、頼むぞ。」

 

初めての担当で気合が入っているのは分かるが、それがどうも軽く聞こえてしまうのが鈴谷であった。

 

霧島「・・・。」クイッ

 

鈴谷「・・・。」( ̄∇ ̄;)

 

秩序を守る霧島さん、メガネを動かすだけでこれである。

 

提督「では、飯にするか、霧島。」

 

霧島「お姉様はどうします?」

 

提督「そうだねぇ・・・誘っておきましょ、最近一緒にいる事も少ないしな。」

 

直人もこの頃は、明石や局長、それに大淀、飛龍などとの相談や議論、状況の確認などに精励し、かたや執務に精力を傾けた。

 

金剛は秘書艦だが、プライベートで一緒にいる事自体が、こうした職務に押されてかなり削られてしまっている事も事実ではあった。

 

直人も分かっていながら、それを変えることも出来ずにいたのだった。

 

提督(最近ゆっくりお茶もしていない、せめて、昼食位はな・・・。)

 

直人の本音も、実際ここに尽きた。部下に対する配慮も、彼は時折していたのだ。

 

提督「む、噂をすれば・・・」

 

霧島「え、何処に・・・」

 

と霧島が言って数瞬の間を置き、食堂の扉が外から開かれる。

 

 

金剛「ランチタイムデース♪」

 

 

 

霧島「――――。」

 

『どうして分かった?』という疑問を投げかける視線を見て見ぬフリをし、直人は金剛の方に歩いて行ったのだった。

 

まぁ、気配に鋭敏な直人ならではの芸当だっただろう―――唯一背後は死角だったが。

 

 

 

提督「よう金剛、しっかり休めてるかい?」

 

金剛「提督デスカー、それに霧島も。生憎暇を持て余してるデース。」

 

だろうな、と苦笑する直人だったが、すぐに表情を戻していった。

 

提督「どうかな? 一緒に昼食でも。」

 

金剛「勿論デース!」

 

金剛は快諾したが、直人は内心これに驚いていた。

 

休みを命令したのは直人であり、金剛がそれを根に持ってないか、それを心配していたのだ。尤も、金剛も休息の必要は理解出来ていたので、金剛も機嫌を損なうような事は無かった。何はともあれ直人はその事に内心安堵していたのだった。

 

 

 

横鎮近衛艦隊の食堂の食事は、夜以外比較的質素である。

 

この日の昼食は七分突きの麦入りご飯に、肉じゃがと御新香、それに味噌汁であった。栄養価は多いが少々尖りのあるメニューである。

 

艦娘が作る料理は大抵質素の一語だ。が、質素な中に贅沢さを散りばめる事の出来る艦娘もいると聞く。

 

この食事が質素な理由は、第二次大戦中、特に後期は食糧が不足したことによる。ラバウル要塞と呼ばれたラバウル基地の様な自給自足体制が整ってでもしなければ、南西方面軍位しか、食糧自給の出来る部隊は殆どいない為だ。

 

それでなくとも長期航海中は生鮮食品は死活問題だ。それこそ偶然給糧艦にでも行きあたらなければ、航海中に食糧の補充など不可能だからである。

 

なので保存食に頼る、この結果その最悪を極めると壊血病患者が続出すると言う事もあったほどだ。(とまぁこの例は大体神風型や峯風型駆逐艦までの話である。当時の日本駆逐艦は据え付けの冷蔵庫を持っていなかったのが原因)

 

提督「最近どうにも忙しい、今日も作戦指令書が届いたんだよ。」

 

と直人は金剛に漏らす。彼が金剛を腹心として―――それ以上に―――信頼している証左であろう。

 

金剛「指令書、デスカー・・・。」

 

提督「先に言っておくと、金剛は今回留守番だ、榛名もな。」

 

金剛「なぜデース? いつでも出撃出来ますヨ?」

 

と首を傾げる金剛、まだまだ学が足らないらしいので直人はこう言った。

 

提督「今回は長距離航海になる、それもセレベスに行った時よりも長い距離だ。それを考えれば、セレベス海に出撃した艦娘達は疲労も蓄積しているだろうし、今回はそのメンバーは全員外してあるんだ。」

 

金剛「疲労、デスカ?」

 

提督「そう、真に怖いのは、脳が認識しない“隠れた疲労”と言う奴だ。例え自分が疲れていないと感じても、体が疲れている時がある。それがもしもの時に素早い判断を下せず、時として判断を誤る事にもなる。理解OK?」

 

金剛「リ、了解デース・・・。」

 

金剛も熟慮されていた直人の答えに反論する言葉も無かったのだった。

 

金剛「デモ、駆逐艦の主力は大方投入シマシタよね?」

 

提督「安心しろ、今回は戦闘が目的じゃない。裏を返せば、誰でも投入できる。」

 

この言葉を聞いた金剛は、その真意を洞察する。

 

金剛「――――! テイトク、もしかして・・・。」

 

提督「お前の胸の中にある答えで正解だ。」

 

金剛「・・・いいんですか?」

 

提督「状況が状況だ、止むを得まい。」

 

金剛「そ、そうデスカ・・・。」

 

金剛は以前直人が、“睦月型を出来れば戦場に出したくない”と言っていたのを知っていたのだ。だが今日の状況は、彼の思いを是と出来るものでは無かったのもまた事実ではあった。

 

 

直人の腹案は、睦月型を含む第7水雷戦隊を、作戦部隊として投入する事にあったのである。しかし今一度その事は置くとしよう。

 

 

明石「提督、お食事中すみません。」

 

提督「ん、明石か、どうした?」

 

明石は直人に耳打ちする。

 

明石「ドロップ判定の準備が出来ました、これから取り掛かります。」

 

提督「――――分かった、終わったら俺のインカムに連絡入れてくれ。」

 

明石「分かりました。」

 

そう言って明石は去って行った。

 

霧島「何のお話でした?」

 

提督「あぁ、ドロップ判定の話よ。今日はもう一仕事らしい。」

 

霧島「ご苦労様です。」

 

霧島が労う。

 

金剛「付いて行ってもいいデスカ~?」

 

提督「―――ダメと言っても付いてくるんだろう?」

 

金剛「勿論デース。秘書艦デスカラ。」

 

提督「っ・・・はぁ~・・・。」

 

困った奴だ、と直人は思ったが、まんざらでもない自分もいて余計に困惑する直人であった。公私混同は基本的にしない性格だからである。

 

提督「分かった、好きにしていい。」

 

金剛「ありがとうデース。」

 

何処かしら金剛に甘いのは否定できない直人であった。

 

提督「じゃぁ手早く食っちまおう、冷めるといかんしな。」

 

霧島「フフッ、はい。」

 

金剛「デ、デスネー・・・。」

 

そう言って直人達三人は食事を食べ進めて行ったのだった。

 

 

~建造棟への道すがら~

 

提督「お・・・?」

 

龍驤「お、キミかぁ。こないな時間に金剛と一緒になにしとるん?」

 

提督「何もしてないよ、ドロップ判定の結果を見に行くと言ったら、金剛が付いてくるって言ったからこうなってるだけよ。」

 

龍驤「なんやぁ、デートとかじゃないんやね。」

 

金剛「へっ!?///」

 

龍驤の軽い冗談に赤面しかける金剛。

 

提督「おいおい・・・。第一この島にデートスポットないでしょうに。」

 

龍驤に直人はそう返した、まるで考え込まれていたかのような鮮やかさで。

 

一昔前なら兎も角、である。

 

龍驤「それもせやなぁ、ほな、ウチは行くで。」

 

提督「そう言うお前は散歩か?」

 

龍驤「そんなとこや。」

 

 

 

1月20日13時48分 建造棟

 

 

提督「さて、どうなりましたかね。」

 

金剛「楽しみデース。」

 

建造棟建屋内の東側の一角に、ドロップ判定と復元の小部屋がある。

 

直人と金剛はそこに向かっていた。

 

 

ガチャッ

 

 

明石「ふぅ・・・あ、提督!」

 

その小部屋から明石が出てきた。

 

提督「おう、終わったかい?」

 

明石「えぇ、なんとか。」

 

提督「お、そいつは良かった。お疲れ様。」

 

明石「ありがとうございます。」

 

部下の労を労う直人である。

 

 

 

そう言う訳で。

 

利根「吾輩が利根である! 吾輩が艦隊に加わる以上、もう、索敵の心配はないぞ!」

 

提督「・・・。」( ̄∇ ̄;)

 

ミッドウェーでしくじってた人が何を言う、と本心で思った直人である。

 

北上「アタシは軽巡北上、以後宜しく~。」

 

霞「霞よ、ガンガン行くわよ。付いてらっしゃい!」

 

提督(元気だねぇ。)

 

金剛「みんな頼もしそうデース。」

 

明石「あの、実はもう一人・・・」

 

そう言って明石が続けて直人に耳打ちする。

 

明石「実は今朝造兵廠ドックに漂着した敵の残骸がありまして、それを判定しましたところ一人。」

 

提督「・・・ふむ。」

 

 

で、その結果が・・・。

 

舞風「こんにちわ~! 陽炎型駆逐艦、舞風です~。暗い雰囲気は、苦手です!」

 

提督(元気な奴が増えた。)( ̄∇ ̄;)

 

直人は思わずそう思った。

 

明石「以上4名です。最近結果が既存艦と被る事も多くてですね・・・。」

 

提督「それはまぁ仕方が無かろう。4人とも、以後宜しく頼む。」

 

 

北上「ほいほーい。」

霞「ま、よろしくね。」

利根「うむ、よろしくな!」

舞風「宜しく~!」

 

 

そんな訳で司令部にもまた仲間が増えました。

 

 

 

20時19分 食堂棟2F・大会議室

 

 

提督「夜半の招集ご苦労である。今日金剛含む一部艦娘には休息を取らせてあるから、そのメンバー抜きで今日は始める。」

 

この日休んでいるのは金剛の他、羽黒・摩耶・川内・夕立・綾波・白雪の合計7名である。

 

鈴谷「ふあぁ~・・・。」

 

鈴谷があくびを一つ。まぁ致し方ないだろう。

 

提督「―――――。」

 

まぁ、見て見ぬフリをしたが。

 

提督「まず初めに、新たに着任した北上、利根、舞風、霞の4人を紹介しておく。」

 

新着の4人は直人の右側(直人から見て)に横一列に整列していた。

 

提督「じゃ、適当に座ってくれ。」

 

舞風「はーい。」

 

4人が座るのを見届けると、直人が続ける。

 

提督「北上は第十一戦隊に、利根は第八戦隊に、霞は第十八駆逐隊に、舞風は単独だが第四駆逐隊を編成し、司令部直隷とする。異存ないな?」

 

返問は無い、直人は続けた。

 

提督「では本題に入る。今朝大本営より我が艦隊宛に指令書が届いた。今読み上げるから傾注するように。」

 

そう言って直人が手元にある指令書を開く。

 

 

『特秘令第四号

発 軍令部総長

宛 横鎮近衛艦隊司令官

 

大本営より貴艦隊に対し、1月26日を期日として、アリューシャン海西縁一帯の強行偵察任務を要請する。本作戦は、千島列島の安全確保の為行われる、一大攻勢の準備作戦である。作戦を遂行する際には、万難を排し、誓って成功されたし。』

 

 

読み上げが終わった時、会議室は少しの間静まり返った。

 

初春「して、此度の戦いには誰を以って任に充てるのじゃ?」

 

提督「いい質問だ。今回出撃するメンバーは、セレベス海へ出撃したメンバーは全員除外する。」

 

これはここまでに数度言っていた事の反芻だ。

 

扶桑「あら、では、私達はお休み、ですね?」

 

提督「付け加えて言うなら第二戦隊の4隻は全員出撃しない。今回は迅速さの方が重要と判断し、高速艦艇のみを選抜する。」

 

初春「ほう・・・?」

 

初春も関心を持ったようだ。

 

提督「では編成を発表する。まず本隊は快速の水雷戦隊をメインとする。二水戦・第十戦隊の前回残留組と旗艦、更に七水戦の旗艦含め9隻を以って、強行偵察隊とする。」

 

長月「わ、私達が、か!?」

 

提督「不満か?」

 

そう問うと長月はとんでもないと言う様子で首を振った。

 

長月「いやいや! むしろ願っても無い事だ。しっかり任務を果たさせてもらう。」

 

皐月「久しぶりに出撃かぁ。」

 

文月「そうだね~。」

 

如月「私も出撃なのねぇ・・・。」

 

各々言葉を交わす睦月型の艦娘達に、直人はこう付け加える。

 

提督「言っておくが、戦闘は二水戦と第十戦隊がメインになる事は念頭に置くように。旧式故戦闘を絶対避けよとまでは言わんが絶対に無理はするな。名取、その辺りは頼むぞ。」

 

名取「は、はい。分かっているつもりです。」

 

提督「あくまで七水戦の任務は偵察艦としての役割だ。非常時以外戦闘は避けてくれ。」

 

二十二駆・三十駆「はーい。」

 

提督「言うまでもないと思うが、神通と長良、お前達は七水戦の水先案内と露払い役だ。その為に二つの水雷戦隊を投入するんだ、責任は重大と心得よ。」

 

2つの水雷戦隊のそれぞれを指揮する長良と神通が頷く。

 

霞「・・・と言う事は・・・。」

 

陽炎「私達十八駆も出撃ね。」

 

霞「着任早々なのにいきなり出撃なのよね・・・。」

 

提督「そうだな・・・では、寄港先で軽く揉んでやれ、神通。」

 

神通「分かりました。」

 

そう、今回は訓練時嚮導艦を務めている神通が自ら出陣するのである。戦果に期待したい所である。因みに言うとその寄港地での霞に対する訓練によって、霞や舞風がなんとか実地での実戦に耐えられたという見方もできる。

 

提督「続けて支援部隊だが、この任には霧島を旗艦とし、指揮下に比叡と第七戦隊、六航戦と第四駆逐隊を配する。」

 

このチョイスに驚くのは当然ながら舞風である。

 

舞風「え・・・駆逐艦、私だけ・・・?」

 

提督「舞風は第七戦隊の指揮下に入ってくれ。主に最上の瑞雲隊と共同して対潜警戒を頼む。」

 

舞風「えっと・・・護衛するメンバーは・・・」

 

ざっとこんだけ:比叡・霧島・飛鷹・隼鷹・祥鳳・最上・熊野

 

舞風「・・・ガンバリマス。」

 

提督「すまんな・・・駆逐艦の数が・・・足りんのだ・・・。」

 

舞風「い、いいって、大丈夫、何とかなるよ!」

 

舞風、割とポジティブである。

 

提督「おう・・・この支援部隊の任務は、偵察隊の交戦が生じた場合支援する事にある。霧島、頼むぞ。」

 

霧島「お任せください、司令。」

 

霧島も自信の程を覗かせる。

 

今回の編成は、ざっと下記の通りになる。

 

 

本隊 旗艦:神通

◎偵察隊

・第七水雷戦隊

名取

第二十二駆逐隊(睦月/如月/皐月/文月)

第三十駆逐隊(長月/菊月/三日月/望月)

◎警戒隊

・第二水雷戦隊

神通

第八駆逐隊(朝潮/大潮/満潮)

第十八駆逐隊(霞/陽炎/不知火/黒潮)

・第十戦隊

長良

第二十七駆逐隊(白露/時雨)

第十二駆逐隊(叢雲/島風)

 

支援隊 旗艦:霧島

第三戦隊第二小隊(比叡/霧島)

第六航空戦隊(飛鷹/隼鷹/祥鳳)

第七戦隊(最上/熊野)

 第四駆逐隊(舞風)

 

 

提督「以上、質問は?」

 

神通「一つ宜しいでしょうか?」

 

神通が挙手する。

 

提督「どうぞ?」

 

神通「私が不在の間、訓練を担当する方はどうしましょうか?」

 

分野別で鳳翔と神通の二人が担当している訓練嚮導だが、神通がいないとなれば代役が要る。

 

提督「その点は考えてある。北上、球磨、多摩!」

 

北上「ん・・・?」

球磨「なんだクマ?」

多摩「にゃ・・・?」

 

提督「お前達3人が代わりに訓練嚮導艦を務めてくれ。」

 

北上「え、マジでー・・・?」

 

面倒臭そうに言う北上。

 

提督「マジだが?」(真顔)

 

真顔で返され北上は二の句を告げられなかった。

 

球磨「んー・・・まぁいいクマ、やるクマ!」

 

多摩「んにゃ。」コクコク

 

姉二人は一応快諾。

 

北上「え・・・」

 

球磨「北上は嫌クマ?」

 

北上「え!? あー・・・わかった、やるやる。」

 

姉にそう言われるとやらざるを得ない次第であった。

 

提督「ありがとう、助かるよ。」

 

この人事は決して論拠の無いものではない。

 

この3人は何れも海軍兵学校や海軍機関学校の練習艦だった経歴を持っているのだ。勿論木曽と大井もだ。

 

大井「私にはやらせてくれないんですね。」

 

その大井が皮肉っぽく言う。

 

提督「遠出から戻ってきといて更に訓練嚮導を連続でやるのはハードワーク過ぎる。希望するなら明後日から合流するといい。」

 

大井「・・・分かりました。」

 

大井はこの切り返しに沈黙する。

 

鳳翔「あの・・・。」

 

次に声を上げたのは鳳翔だった。

 

提督「鳳翔さん、何か?」

 

鳳翔「あ、はい。祥鳳さんと飛鷹さんの慣熟訓練はどうしますか?」

 

提督「発着は出来る様になってるのか?」

 

鳳翔「はい、明日から外洋での発着訓練だったのですが。」

 

流石ベテランだな、と舌を巻く直人だったが言葉を続ける。

 

提督「それならば航海中に並行してやれば良かろう。」

 

鳳翔「あ・・・それはそうですね、分かりました。」

 

鳳翔はこれで納得した。

 

提督「他に質問がある者は?」

 

今度こそ質疑の声は上がらなかった。

 

提督「宜しい、では出撃艦は各自出撃準備、全艦揃い次第出港してくれ。以後は霧島に任せる。」

 

霧島「了解しました。」

 

提督「うむ、これで以上だ。夜分遅くご苦労だった、解散して宜しい。」

 

そうして会議室に集まった面々は、思い思いに退室して行った。

 

 

 

大淀「提督、寄港地がどこであるか、言わなくて良かったのですか?」

 

提督「霧島に話を通しておけば、後は大丈夫だろうと思ってな。」

 

これは直人が如何に艦娘達を信頼していたかを示すものだろう。艦娘の長所短所を知っているかは兎も角としても、艦娘を信頼しなければ何にも出来ないのが提督であるのも事実だった。

 

この時期の直人は、確かに世間一般の提督然としたものだっただろう。

 

提督「本当は俺が直々に出て指揮をしたいがな。」

 

その本人は出て行って闘いたい葛藤と戦っていたが。

 

大淀「今は堪えて下さい。」

 

提督「分かってるんや・・・。」(´・ω・`)

 

その提督の暴走をしっかり抑える大淀さんでした。

 

提督「で? 横須賀と大湊に話は通したのか?」

 

そう切り返すと大淀は事もなげに言った。

 

大淀「土方海将と大湊警備府の田仲海将補には、既に段取りも済ませてあります、御心配なく。」

 

提督「そ、そうか。何かと手間をかけるな。」

 

大淀の仕事の早さに舌を巻きつつ言うと大淀はこう言った。

 

大淀「当然です、私はこんな提督の副官なんですから。」

 

軽い嫌味だった。さしもの直人もこれには若干過去の行いを顧みるのだった。

 

 

 

20時41分 司令部裏ドック

 

 

直人は金剛を引き連れて、見送りに来ていた。

 

霧島「・・・それでは。出撃します、司令。」

 

提督「おう、いってらっしゃい。」

 

金剛「いってらっしゃいデース。」

 

返された言葉に、霧島は少し微笑んで言った。

 

霧島「・・・はい、行って参ります。」

 

提督「全員無事に連れ帰ってくれ。初めての旗艦任務だと思うが、頼むぞ。」

 

霧島「分かっています。一同揃ってまた、ただいまと言えるように。」

 

霧島はそう言って踵を返す。

 

提督「―――頼むぞ。」

 

直人は、徐々に小さくなる艦娘達の後ろ姿を見送ってそう呟く。

 

金剛「・・・提督の気持ちが、なんとなく分かる気がしマース。」

 

提督「―――そうか。」

 

直人は出撃する彼女達を見送る度に不安になる。彼女らが再び、必ずここに戻って来るとは限らないからだ。

 

提督「命ってのは―――」

 

金剛「・・・?」

 

直人は金剛に言う。

 

提督「命ってのは意外に呆気無いものだ。俺の父親なんざ、あの頼もしいがっしりとした後ろ姿をした、自衛軍でも、いや当代一のスナイパーが―――殺されたって帰ってくると思わせるような奴でさえ、あっさりと逝っちまった。」

 

金剛「――――!」

 

金剛は息をのんだ。

 

彼の父親は陸上自衛軍きってのベテランスナイパーで、日本沿岸を解放する戦いで数々の武勲を挙げ、それに匹敵する数の窮地をも潜り抜けた、正にレンジャー並みの男だった。

 

在日米軍として駐留していたある米軍士官をして、『世界一優秀な手腕の狙撃部隊指揮官』と称された程の、有能な男であった。

 

しかし自衛軍が増援を送った黄河流域における一連の攻防戦の折、レ級と思しき敵深海棲艦に狙撃地点を吹き飛ばされ、還らぬ人となった。彼の率いた部隊の内生存者は僅かに2名のみ、その内の一人が直人とも付き合いのあった人物だったことから、彼は親の形見の銃を、今でも使い古して使っているのだ。

 

提督「どんなに嫌な奴でも、何時までも生きている訳も無し。戦場に立つ以上は皆等しく平等なのだ。例え、艦娘であろうが人間であろうが、例え俺でも、『死ぬ』と言う意味では平等だ。」

 

金剛「・・・。」

 

提督「だからこそ、祈らずにはいられない。無事に帰って来いとな。」

 

金剛「分かりマス提督。」

 

金剛が直人に言う。

 

提督「うちの連中は、少々無鉄砲すぎるのが玉に瑕だからな・・・。」

 

金剛「ウッ・・・。」

 

過去にやらかした前科もあるだけに、金剛に反論の言葉は無かった。

 

提督「兎に角だ。俺達もお前達も何れは死ぬだろう、だが戦場で死んでくれるな、出撃しても必ず戻ってこい。俺が常々言っている事だがな。」

 

金剛「ハイ・・・。」

 

金剛は改めてその事を心に刻むのだった。

 

 

 

だが20時58分、出撃したばかりの霧島艦隊から通信が入ったのは、直人が浴場に向かおうとした正にその時であった。

 

大淀「・・・なんて格好なんです。」

 

提督「いいじゃない別に。」

 

実はこの男意外と形から入るタイプで、夜は浴衣で過ごしてる時がままある。

 

と言ってもサイパンがかなり温暖な気候なだけなのだが。

 

大淀「提督が浴衣で歩き回るって・・・。」

 

提督「二種軍服も暑いんです。三種支給して下さい。」

 

海軍に限って言うと、第一種軍服は黒い冬服、第二種軍服は白の(階級によっては金モールが付く)夏服と言う認識でいいのに対し、第三種軍服は南方戦線の気候に合わせて作られたカーキ色で軽装の軍服である。

 

ラバウルで航空戦を指揮した草鹿任一海軍少将が着ていた軍服もこれである。

 

大淀「あー、まぁ分かりますがそれどころではありません。」

 

提督「うむ、そうだな。報告せよ。」

 

毅然とした口調で言う直人である。

 

大淀「はい、先程出撃した艦隊が敵の潜望鏡を発見し、爆雷攻撃を実施、これを撃沈した。との報告が入りまして。」

 

提督「なに? 潜水艦だと?」

 

報告を聞いた直人は怪訝な顔をした。普通潜水艦が、何の策も無しに、しかも出撃してくる艦隊と遭遇する程、基地に近い位置に進出する事が果たしてあり得るだろうか、直人は自身にそう問いかけていた。

 

提督「・・・臭いな。」

 

大淀「は・・・?」

 

この時大淀は、自分がまだ風呂に入っていなかった事から意味を履き違えかけたが、直人の次の発言で理解する事になる。

 

提督「このところ、敵の偵察が連日来ているな?」

 

大淀「え、あぁ、そうですね・・・。」

 

提督「それに加えて潜水艦の撃沈報告だ。確実なのか?」

 

大淀「はい、堂々と水面直下まで浮上していたらしく、撃沈は確認した為確実とのことです。」

 

欺瞞行動と言う事も考えられたが、取り敢えずそれは隅に置く。

 

提督「他に何か霧島は言って来たか?」

 

大淀「はい。潜水艦発見の直前に、謎の通信が発信されたのを傍受したと付記してあります。」

 

提督「流石は霧島だ、艦隊の頭脳を自称するだけの事はある。」

 

直人は合点がいった。

 

提督「その潜水艦の任務も恐らく偵察行動だ。我が司令部の動向を逐一監視していたに違いない。沈めても沈めなくてもデメリットはあるがな。」

 

大淀「敵が近く動く、と言う事ですか?」

 

提督「連日の航空偵察と潜水艦の出没、この二つから推測出来るのはそれ位だろう。」

 

直人はそう言いつつ内心では確信していた。

 

提督「潜水艦も恐らくは複数潜伏しているだろう。しかし現在対応策は打てない状況にあるし、難しい所だ。」

 

彼にとって苦渋の選択だった。

 

大淀「では・・・。」

 

提督「KMXでもあれば、話は別なんだが・・・。」

 

KMXとは、日本海軍の開発した航空機搭載用対潜水艦磁気探知機のことである。正式名称は『3式1号探知機』と言う。どんな代物であるか簡単に言うと、鉄製の艦艇は必ず磁気を帯びている。従ってその周囲には波紋の様に固有の磁気の広がりがあるから、これを航空機の機上で捉える装置である。

 

分かりやすく言えば金属探知機もこれとちょっと似た原理である。金属探知機は内側に磁場を作り、そこに金属を通すと磁場が変化するからこれを検知する。この金属探知機に電気コイルを通すと、そのコイルの端子に電圧が生じるので、これを上空で捉えるのがKMXと考えればよい。

 

しかし言うのは簡単だがいざやると一筋縄ではいかない。電圧と磁気場の関係は、距離の四乗に逆比例して急激に弱まる為、機上に届く時は非常に微弱な信号になってしまうからだ。

 

しかもこれを様々なノイズから選別する必要がある。飛行機の爆音による音圧や、地磁気から発する環状電流もそうだし、潜水艦の発する磁気と地磁気とでは、強さが比較にならないのだから殆ど絶望的といってよい。

 

しかし日本の研究陣はこの難題を見事克服し、昭和19年4月より九六式陸攻や対潜哨戒機『東海』などに搭載が始まった。しかし対潜哨戒機が活動出来る機会も限られてきていた時期だけに、少しばかり遅過ぎたと言うきらいがない訳では無い。

 

しかしこの兵器はアメリカにすらない、当時としては正に画期的な新兵器であり、終戦後進駐したアメリカ軍もこの技術に驚かされたと伝えられる。

 

 

提督「KMXはアメリカ潜水艦にとって恐るべき新兵器だったに違いない。事実何故見つかっているかも分からず、追い回された挙句に浮上降伏したものもある程と聞く。」

 

大淀「惜しむらくはその登場時期でしたね・・・。」

 

提督「確かにそうだ、いずれはKMXも手に入れたいものだ。しかしなんにせよ無い物強請りしても仕方があるまい。今は泳がせておいてやろう、それで向こうのアクションが分かる筈だ。」

 

大淀「分かりました。」

 

同時に直人は警戒態勢の強化を指示して、浴場へと向かったのであった。

 

 

~浴場(男湯)にて~

 

提督「・・・。」ーωー

 

のんびりと湯船に浸かる直人。

 

提督(練習航海か・・・ちょっと根回ししておくか。)

 

直人が考えている練習航海は寄港地が多い為、その手回しが必要な事は改めて言うまでもない。

 

提督(・・・この作戦が終わり次第実施準備だな。)

 

直人はそう考えていた。

 

 

 

1月20日

 

 

~大本営本部ビル・とある部屋~

 

嶋田「このところ、サイパンの横鎮近衛艦隊の戦力拡張には目を見張るものがある。」

 

久々に集まった幹部会の面々に、嶋田が懸念を言い立てる。

 

牟田口「その通りだな。」

 

来栖「どうやら近々、何か大掛かりな兵装を作るようだ。」

 

嶋田「大がかりな兵装と言うと、全島要塞化か?」

 

嶋田が訝る。

 

来栖「どうやらこれまでは小規模な砲台程度にしていたものを、完全な要塞にするようだ。」

 

牟田口「それは凄いな。」

 

気の無い声で牟田口が言う。

 

嶋田「それだけではなく、近く造兵廠の造船設備で何か作るらしい。」

 

牟田口「それで?」

 

嶋田「議長、その様な事を仰っている場合ではありません。もし今、横鎮近衛が反逆すれば、我々は真っ先にここから追いやられるのは確実なのですぞ!」

 

土方「ほう、反逆と言うと?」

 

ここまで黙っていた土方が口を開いた。

 

嶋田「横鎮近衛による軍事的手段による我々の告発だ。我々4人は“曙計画”でかなり無理のある根回しもした。その証拠や痕跡さえも隠匿し、国民や議会の目から誤魔化してきた物が白日の下に晒される。」

 

来栖「そうなれば、我々とて今の地位には留まれん。しかも目下、奴を止められる部隊などいない。」

 

土方「だが紀伊直人本人が反逆の意志ありとする証拠は何かあるのですかな? それに私自身は“曙計画”で貴官らのしたような不正は一切していない、少なくとも私は無傷と言う訳だ。」

 

来栖「なっ!」

 

嶋田「貴様、どう言う事だ。その様な事は一度として言わなかったではないか!」

 

土方「言って恥じる事も無ければ言う必要も無い事だった、ただそれだけのこと。逆に不正をしたならそれは告発されて然るべきだろう。」

 

嶋田「貴様は――――」

 

牟田口「その通りだな、土方君。もし仮に紀伊直人によって弾劾されるならば、我々もそこまでだ。」

 

来栖「議長!?」

 

牟田口「だが、反逆すると言う明々白々な“証拠”は無いのだろう? 全ては虚像の上の恐怖に過ぎん。」

 

嶋田「・・・。」

 

嶋田が額の汗を拭う。

 

牟田口「奴ら4人に自由裁量を与えたのは他ならぬ我々ではないかね。である以上、好きにさせておけ。“我々と利害が一致する内”は、な。」

 

来栖「・・・仰る、通りですな。」

 

土方(―――紀伊君、君ならこの様な状況、見過ごす訳は無かろうな・・・。)

 

嶋田「―――分かりました、では証拠を探しましょう。揺るぎの無い証拠を。」

 

来栖「だがこれまでにやった艦娘を潜り込ませる手はもう使えん。川内などは奴に篭絡され、今では奴の忠臣と化したではないか。」

 

嶋田「兎に角手は打つ。それでいいだろう?」

 

来栖「あぁ、杞憂であればそれで良し、事実ならば掣肘せねばならん。」

 

 

~サイパン島~

 

提督「へっぷしっ!!」

 

風呂上がりの提督、牛乳瓶持って立ちクシャミ。

 

雷「あら、風邪?」

 

提督「いや、そんな事は無い。」(誰か噂してるな・・・?)

 

無論ながら直人がこの密談を知る術はない。

 

雷「お風呂上りはきちんと体温管理しないとダメよ?」

 

提督「流石医療課主任だ、心して置こう。」

 

そう言って牛乳瓶の中身をぐい飲みする直人。

 

雷「フフッ。」

 

提督「――――間宮さんのフルーツ牛乳(゚д゚)ウマー」

 

雷「そうね、ホントに美味しいわ。」

 

平和である。

 

 

 

この戦争を通じて、近衛艦隊へ唯一かつ大なる命令権を持っていたのが大本営軍令部ではあったが、その権限は主として幹部会と言う、大本営総長でさえその存在をも知らされていない裏の主に依る所が大きかった。

 

無論軍令部総長も近衛艦隊の存在を把握する者のみがなる資格を持つという条件(これは大本営そのものが近衛艦隊の上位組織である為)から、現軍令部総長兼海上幕僚長である山本義隆海将も命令を発する事はままあった。今回に関してはそうした命令の一つである。

 

しかしどちらにしても、近衛艦隊に対する命令は、命令とは形ばかりの“指令”でしかなく、無論ながら強制力は弱い。その点は山本も、直人も、牟田口さえもよく承知する所であった。

 

 

 

明けて1月21日8時51分、執務を開始していた直人は昨日聞きそびれた事を大淀に訊いていた。

 

 

~提督執務室~

 

提督「そう言えば大淀。」

 

大淀「はい、なんでしょう?」

 

提督「昨日の潜水艦撃沈の件だが、あれは誰が撃沈したのか、言って来てるか?」

 

その言葉を聞いた大淀が手元にあった書類をめくり始める

 

大淀「あ、はい。えっと・・・あぁ、ありました。文月さんですね。」

 

それを聞いた直人は憮然とした。

 

提督「文月か・・・。」

 

大淀「どうかされましたか?」

 

提督「ん? あぁ、いやいや、聞いて置きたかっただけなんだ。」

 

そう言いながらも直人の心境は、嬉しい様なそうでない様なと言う具合で複雑であった。

 

提督(危ない事はするなと、常々あれほど言って置いたのになぁ。)フッ

 

大淀「・・・?」

 

そう、この男、睦月型が割合自由奔放な子が多いので、お節介をかける事もしばしばである。

 

あるときは・・・

 

 

~司令部裏ドック~

 

菊月「待たんかぁ!!」

 

皐月「へへ~ん!」

 

提督「―――――ドックの周りで暴れるな、危ないぞ!」

 

 

 

またある時は・・・

 

 

~食堂~

 

文月「~♪」ユラユラ

 

提督「椅子の前を浮かせてゆらゆらさせると危ないぞ、文月。」

 

文月「あ、うん、分かった。」

 

提督「頼むから危ない事だけは、するんじゃないぞ?」

 

文月「はーい。」^^

 

提督(全く、この笑顔を傷物にはしたくないものだ。)

 

 

 

今回の出撃前にも・・・

 

 

~また司令部裏ドック・夜半~

 

提督「いいか睦月型諸君。くれぐれも危険な行動だけは慎むように。今回の君達の任務は情報を集める事だ。それを良く心する様に。」

 

睦月型「はいっ!」

 

提督「まぁなんだ、危ない事はせず、また元気に帰って来て欲しい。睦月、1番艦として、しっかり頼むぞ。」

 

睦月「はい!」

 

 

 

提督「~~~・・・。」カリカリ・・・

 

故にこの時の直人の心境も複雑であった。

 

大淀「・・・。」

 

大淀にも何となくそれは察する事が出来たので、彼女も敢えてそれ以上は言わなかったのだった。つくづく優秀な副官である。

 

 

グゥゥゥゥウウウゥゥゥゥ・・・ン

 

 

提督「・・・また要撃か。」

 

大淀「その様ですね・・・。」

 

提督「大淀、無線室に戻り、彼我の状況推移に気を配れ。何かあればすぐに俺のインカムの方で報告してくれ。」

 

大淀「はい、承知しました。」

 

金剛「ここはワタシ達にお任せデース!」

 

大淀「ではお願いします。」

 

そう言うと大淀は足早に去っていく。

 

提督「・・・。」

 

「杞憂であればいいが」―――と直人も漠然とであるが、何か起こる予感だけがしたのだ。

 

無論そう茫洋と感じ取っただけでありその時は口に出さなかった。しかしこの予感を、彼はすぐに振り返る事になる。

 

 

 

午前11時31分―――

 

 

~提督執務室~

 

提督「なに? 潜水艦を撃沈した?」

 

大淀からの報告によれば、哨戒5班の駆逐艦五月雨が敵潜水艦を捕捉、これを同班の夕立と共同して撃沈したと言うのだ。場所はサイパン南西沿岸沖17km程である。

 

因みにこの哨戒5班は他に時雨が所属しているが、今回は出撃で司令部を留守にしている為、哨戒5班は暫定的に2隻体制となっている。そんな中でよくぞ見つけたという一面はあるが。

 

提督「ふむ・・・敵がいよいよ本格的に偵察行動を仕掛けてきたと見るべきだな。となれば艦隊の出港は通報された事になる。」

 

大淀「どうしますか?」

 

大淀の問いかけに直人は反問する。

 

提督「どう、とは?」

 

大淀「ここは一旦作戦を中止して、艦隊を呼び戻すべきでは?」

 

提督「いや、それはしない、あくまでも敵のアクションを待つことにしよう。」

 

大淀「些か消極的過ぎはしませんか?」

 

提督「安心しろ大淀、このサイパン要塞、そう敗れはせんよ。」

 

自信たっぷりにそう言う直人。

 

大淀「・・・?」

 

提督「サイパン東方海上80kmの円周上に哨戒線を張れ、常時3個哨戒班を展開させ敵の動きを警戒する。」

 

大淀「3個哨戒班となると最低でも6隻、最大9隻の駆逐艦を展開させる事になりますが。」

 

横鎮近衛で編成している哨戒班は原則として同型の駆逐艦3隻からなる。無論例外はあるが今は省く。

 

提督「当然だ、範囲はかなり広いんだからな。」

 

そう言って直人はサイパン周辺海域の地図とコンパスを出し、サイパンを中心に80kmの円周哨戒線を書き入れる。その範囲は南南東から北東までと言う広範なものだった。

 

大淀「これだけの範囲を海上哨戒するのですか!?」

 

提督「そうだ、多少穴があっても構わん。航空隊も動員して常時警戒する。」

 

それを聞いた大淀が言った。

 

大淀「航空機を動員するなら、駆逐艦を哨戒に出す必要は、無いのではありませんか?」

 

これはもっともである。駆逐艦の哨戒範囲はせいぜい20km弱、対空哨戒ならそれより遥かに短い範囲になる。

 

対して航空機は海上・対空哨戒共に申し分ない範囲の捜索が可能だ。

 

提督「何事にも万全を期すと言うだけの事だ。それに夜間は哨戒機は飛ばせないし、昼間にしても、目は出来るだけ多い方がいいだろう?」

 

大淀「ですが―――」

 

提督「多少の無駄は覚悟の上だ、だがこの司令部を守る為の策だ、理解してくれ。」

 

大淀「―――分かりました。」

 

直人自身、自分の危惧が杞憂であればいいと思ってはいた。

 

提督(杞憂であればそれで良し、だが――)

 

最悪の場合は―――直人はそこまで考え至っていた。だからこそ過敏なまでの警戒網を敷くのである。

 

大淀「ですが、言う程の事は起らないのではありませんか・・・?」

 

大淀がそんな事を言う。

 

提督「・・・。」

 

直人は少し考えて言った。まるで不安を払うかのようなそぶりであった。

 

提督「―――そうかもしれん。大淀の言うとおり言う程の事では、無いかも知れん。」

 

大淀「・・・。」

 

提督「だがこうも言うだろう。“何かあってからでは遅い”、と。」

 

大淀「――――!」

 

何かあってからでは遅い、それは太平洋戦争における戦訓でもあった筈である。大淀がそこに思い至った時、大淀はこれに同意したのである。

 

 

 

太平洋戦争に於いて、日本軍の取った作戦の捉え方として最も正しいのは、「陣取り合戦」ではないかと思う。

 

要するに日本軍は点と点を取り、それらを繋いで線にする事でそれを自己の領域と見做していた。と言う事である。これはミッドウェー作戦や陸軍の中国戦線における作戦を見れば明らかであろう。敵が仕掛けてくればその行動発起点を潰すと言う手は帝国陸軍の常に使う策だった。

 

しかし、点は所詮点である。と言う事を見落とした帝国陸軍は敗れ去った。占領地政策が、あまりにもおざなりにされ過ぎた結果である。加えて日本は中国大陸で蛮行を働き過ぎた。この事も民心に多大な影響を与えたものだろう。

 

つまり、陣取りゲームと見做すには、その戦域は広すぎ、その空間的な大きさと奥行きは、日清・日露両戦役の比では無かった、その事を日本軍部は認識できなかったのである。

 

 

 

1月21日(火)12時23分

 

 

~食堂にて~

 

提督「・・・。」クールクル

 

つい手癖でこの日の昼食、あっさりめのダシつゆのうどんをかき混ぜながら、直人は一人若干深刻な感じで思慮に耽っていた。

 

提督(これまで殆ど報告の無かったサイパン周辺での潜水艦撃沈、それも2日連続でその情報が来た、となると、敵もかなり無理をして情報集めに精を出しているようだ・・・。)

 

不気味に蠢動する深海棲艦の思考を、直人は敏感に読み取ろうと試みていたのだった。

 

満潮「どうかしたの? 司令官。」

 

そこへやってきたのは、この日の厨房担当の満潮である。エプロンと三角巾を着けている。

 

提督「あ、いや、なんでもないよ。」

 

満潮「そう・・・うどん冷めるわよ。」

 

提督「あっ・・・。」

 

微妙に手遅れだった。(※ちょっとぬるい。)

 

そしてそう言い残して去っていく満潮を見送りながら、直人は再び思案を巡らせる。

 

提督(問題はその無理をしている理由だ。深海棲艦だって戦力は有限である筈だし、その戦力たる潜水艦を投げ捨てるような真似をしてまで情報を集めるのは何の故あっての事なのか、そこが鍵だな。)

 

うどんをすすりながら直人は徐々に問題の核心へと近づく。

 

提督(潜水艦の任務と言えば、偵察・哨戒、そして通商破壊だ。)

 

 潜水艦の特徴の一つがその特性にある。第1次大戦期のドイツ潜水艦作戦を指導したパウエル海軍大将の著書「潜水艦論」の中に出て来る、『遍在性(へんざいせい)』と言う言葉が最も正しいであろう。

つまり、「何処にでも存在する・ありふれている」と言う事である。潜水艦の特性として遍在性と言う言葉で説明する場合、何処にでも出現しうると言う事になる。

例えば大戦後期、アメリカ潜水艦は大胆にも日本本土の港の中にまで入り込み、荷積み中の船舶が次々と沈められた―――。

 即ち潜水艦の特徴はその高い隠密性であり、何処へでも出かけて行って任務に従事する事が可能な唯一の艦艇が、潜水艦なのだ。と今は御理解頂きたい。

 

提督(まず通商破壊をやるなら、何もこんな危険海域まで進出する事は無い。小笠原列島線や南シナ海で十分な筈だし、今回の場合その可能性は低いと見て後の二つだ。)

 

そう考えて再び一口うどんを口に運んで続ける。

 

提督(哨戒ならそもそもここまで進出する筈はない、よって可能性として残るのが偵察だが、仮にそうだとして消耗を恐れない様なその強行偵察の意図だ。一体何が起きようとしているのか、そこが重要なんだ。)

 

 潜水艦による強行偵察と、連日長距離爆撃機を用いた空中を堂々と侵入する偵察飛行。連日深海棲艦側は横鎮近衛の情報収集に励んでいる様にも見受けられる。

(※トラックからサイパン島までならPBY-5 カタリナタイプの航空機も敵にはないではないが、どうやらB-17タイプでもバカスカ落とされる為投入を躊躇っている様だ。)

 

この二つから導き出せることは『敵が何か行動を起こそうとしている』と言う事である。

 

提督(そもそも敵のB-17の策源地でさえ、明らかにはなっていない。探りを入れてないだけではあるが、もし前回の様に超兵器級深海棲艦から送り込まれているとすれば、再度の水上侵攻も考えうる情勢だけに、非常にまずい―――。)

 

直人が東方海上に哨戒線を策定したのもこの重大な懸念からである。今敵艦隊が来襲すれば到底洋上で食い止める事は不可能だからだ。

 

直人にはそれが理解出来るだけに、より深刻ではあったのだが。

 

提督(やめよう、飯の時位―――)

 

不安を振りほどく様に直人は考えるのをやめ、食事に集中するのだった。

 

 

 

13時57分 中央棟2F・提督執務室

 

 

大淀「水上侵攻・・・ですか。」

 

直人の危惧を聞いた大淀もすぐに思案したが、答えは直人のそれと同じであった。

 

提督「今、敵の水上侵攻があるならば、奴らを阻止する事は出来ん、出撃した艦隊は既に父島の辺りの筈だ。呼び戻しても間に合うまい。」

 

腕を組んで瞑目しつつ直人は言った。

 

大淀「主力艦は全て出払っていますから、今攻撃を受ければ防衛するのは至難ですね。」

 

 水上侵攻を危惧する最大の要因はここにあった。水上戦力の基幹部隊である第二戦隊と第一戦隊が全艦出払っていることが、事の重大さを際立たせていたのは事実であった。

まして、その主力たる第1艦隊が全力出撃しており、尚且つ他の艦隊からも駆逐艦が引き抜かれた上、司令部防備艦隊の手持ちには、現状駆逐艦が1隻もいない。こうなると艦隊そのものがあてにならないと見做さざるを得ず、頼みの綱は砲台のみである。

 

提督「我々には砲台による鉄壁の防御陣がある。だが、それとて雲霞の如く押し寄せる敵艦隊に対し、どれだけ持ち堪えられるかと言う勝負だ。恐らく空海同時攻撃を加えられそう長くは持つまい。」

 

 霧の艦隊が攻めてきた時は、サイパン砲台はその完成度の高さを見せつけた。また帯同していた敵深海棲艦の艦載機は艦娘艦隊に注意が向き、砲台は結局手付かずのまま放置されていた。

しかし航空機による砲台攻撃が行われた場合、射撃すれば即時発見は免れず、破壊の憂き目を見る事は必定である。しかも推測ではあったがこの砲台の存在自体は既に敵に知られているだろう。であるならば、空から探して艦砲で撃つ、と言うスタイルを採るであろう。

自分が敵指揮官の立場ならそうする、と直人は考えていた。

 

大淀「そこで何かしらの策がいる、と言う事ですね?」

 

提督「そうだ。敵の艦隊が進撃してくるようならば、基地航空隊と空母部隊による航空(反復)攻撃によってこれを漸減し、司令部に残る艦娘全員を出動させて迎撃、然る後砲台による砲撃で勝敗を決する、と言う三段構えで行こうと思っている。」

 

この戦法は何も真新しいものでは無い。漸減要撃戦術を局地版に縮小しただけの事である。

 

大淀「それ以外でしたら、どうしますか?」

 

提督「うん、航空攻撃なら哨戒線にかかり次第戦闘機によるインターセプトを行う。何も無ければ・・・」

 

大淀「――――無ければ?」

 

提督「いつもの通り。頭を掻いて、誤魔化すさ。」

 

大淀「はぁ・・・。」(嘆息

 

何の屈託も無くそう言いつつも直人の心中には、この事に関して確信に近い何かが確かに存在した。

 

それが現実のものとなるや否や、彼らはまだ知らない――――。

 

提督「潜水艦も動員しよう。」

 

ぽっと出のアイデアである。

 

大淀「まさかイムヤさんをですか?」

 

提督「そうだよ? 駆逐艦は主力の一部が出払ってて現行体制では支えきれんから、その穴を埋める時に投入する形を取る。訓練も兼ねてぜひやろうと思う。」

 

大淀「は、はぁ・・・分かりました。」

 

その反応から大淀が何を思ったか直人にも分かった。

 

提督「――――ハハハッ、流石にトラック島にイムヤを単身送り込むなんてことはしないよ。無謀極まるからね。」

 

大淀「お見通しでしたか・・・。」

 

提督「それで? 潜水艦隊司令殿の所見は如何かな?」

 

イムヤのみとはいえ潜水艦であるのでその訓練は神通にも鳳翔にも手に余るものだった。

 

そこで直人が目を付けたのが大淀であった。大淀は元々潜水戦隊旗艦と言う用途で作られており、その為通信設備が充実していた。また大淀には本職程ではないにせよ潜水艦戦のノウハウがあった。

 

大淀「はい、哨戒なら気兼ねなく出せるかと思います。」

 

その潜水艦隊旗艦のお墨付きを直人は頂いた。

 

提督「ん、そうか。それなら問題ないな。」

 

こうして、イムヤの初実戦が決まった。実戦と言っても哨戒と言う地味な任務でこそあったが、場凌ぎ的な意味で仕方ない一面もそこには存在したのだが――――。

 

 

 

18時00分には早速その第1陣が出動した。

 

 

第1陣には哨戒1班・2班・5班が参加、全部で7隻による哨戒である。

 

3班・4班はどちらも全艦出撃中である。

 

 

~司令部裏ドック・艤装倉庫裏~

 

提督「・・・航空機による哨戒は?」

 

飛龍「一式陸攻二四型乙22機、一式空三号無線帰投方位測定器を装備して夜間哨戒に出します。」

 

提督「結構。重ねて言うが8時間で交代させろ、偵察装備で6000km飛べるとはいっても、搭乗員の疲労は無視出来んからな。」

 

飛龍「分かっています、提督。」

 

 サイパン航空部隊は徐々にその戦力を拡充している。その中で導入できたのが、1式陸攻24型乙である。

一式陸攻は大戦前に正式化されて以来、大戦を通じて改修が続けられたが、その過程で生まれた機体の一つである。

 一式陸攻は一一型に始まり、二二型で初めて全面改修が施されるが、この二二型で搭載したエンジン、火星二一型の減速比からくる振動の強さが問題となり、エンジンを火星二五型に変更したタイプが二四型である。

このタイプは二二型の改修形態を踏襲しており、この中で二四型乙はH-6型捜索用レーダーを装備した二四型甲に、胴体上部砲塔の20mm機銃を短銃身の1号機銃から長銃身の2号機銃に換装したタイプである。

 

簡潔纏め

二二型+H-6型レーダー=二二型甲(二二型甲+改修型火星エンジン=二四型甲)

二二型甲+新型機関砲=二二型乙

二二型乙+改修型火星エンジン=二四型乙

 

 ついでに一式空三号無線帰投方位測定器と言うのは、アメリカで開発された無線帰投装置を国産化したもので、基地(母艦)から電波を放ち、これを装置を搭載した機体が捕えて帰投する方位を確認する、と言う物だ。

 

 さて、H-6型捜索用レーダーであるが、これはアメリカ軍に遅れを取っていた電波兵装の一つである。探知範囲は大型艦に対して100㎞、小型艦に対しては50㎞程度、距離検知誤差は±5%、出力3kWで150MHzの電波を放出する。

日本海軍が唯一実用化した航空機搭載用の捜索レーダーであり、正式には『三式空六号無線電信儀』と言う。目標反射波の表示は最大感度方式であり、かつ波長が2mのメートル波レーダーであった事から航空機の探知は出来ず、対水上用の捜索レーダーとして実用化されたと言う代物である。

だが性能は低いにしろ、サイパン空でも貴重な機上レーダーである。直人はこれを最大限活用し、更に無線帰投装置を用いた夜間哨戒をも実施する構えであった。

 

(以上説明でした。)

 

 

提督「頼むぞ飛龍。敵捕捉の確度の如何は、お前達にかかってる。」

 

飛龍「お任せ下さい、必ず成果を上げて見せます。」

 

頼もしい飛龍の言葉を聞いて直人も安心した。

 

提督「ところでさ飛龍?」

 

飛龍「―――なんでしょうか?」

 

提督「サイパン飛行場って拡張間に合ってるの?」

 

飛龍「あぁ~・・・その件ですか。」

 

実はサイパン空は調子に乗って増やし過ぎている。

 

全て足し合わせて984機の数多に上るのだ。

 

飛龍「実を言うと、航空機の格納機数拡充はまだ間に合ってません。暫くかかると思います。」

 

提督「ぬ、マジか・・・。」

 

飛龍「流石に増やし過ぎましたね・・・。」

 

提督「だが様々な状況に対応出来る様にもなった、どっちがいいんだか。」

 

実際機種転換や機数増強などでも戦力は補強されているのだ。

 

しかし、些か増強し過ぎたのが今の状況である。

 

戦略爆撃機 キ91だけでも41機に増えている。更に機種だけ見てもそれなりに増えている上機体が上位互換されている場合もある為、何度でも言うが結局の所施設拡張が間に合っていないのだ。

 

この機数についてはこの章末に付録として記載させて頂こう。

 

提督「・・・まぁしかたない、取り敢えず可能なペースで拡張を頼む、掩体壕でもハンガーでも構わんから兎に角急いでくれ。」

 

飛龍「はい。ですが私もそろそろ出撃したいです。」

 

提督「すまんな・・・艤装を発見出来るまでは、今暫く辛抱してくれ。」

 

飛龍「はい・・・。」

 

直人はその時飛龍の見せた落ち込んだ表情を見て、どうにもやるせない気持ちになったのだった。

 

 

 

1月22日9時57分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「・・・進水式やんの?」

 

明石「はい、そうです。」

 

提督「・・・最後に報告求めたのいつよ?」

 

明石「おとといの午後1時頃だったかと。」

 

提督「・・・はえぇよ。」

 

唖然としてただそう言う直人。

 

明石「そうは言われましても、防水隔壁さえ仕上げると船体の階層と部屋の間仕切りは簡単なんですよ。」

 

提督「ブロック工法だからか・・・。」

 

明石「はい、その通りです。」

 

大淀「さ、流石と言うかなんというか・・・。」

 

提督「いや早いわ。どういう手品だ。」

 

明石「いえ、ヒュウガさんから教わった技術です。」

 

提督「霧の置き土産か・・・。」

 

道理でブロック形成も鋼材加工も早い訳だと直人は思った。

 

明石がここに来た用件はたった一つ、鈴谷の進水式を今日やると言うのだ。

 

提督「まさか上部構造物も仕上げたのか?」

 

明石「はい、後は装備を据え付けるだけで完成です。」

 

進水までに艦橋など武装以外の構造物は仕上げるのは通例である。

 

提督「で、俺も出席しろってんですね?」

 

明石「いえ、綱切って下さい。」

 

提督「と言う事は訓示も読むんだよね!?」

 

明石「勿論です。御自分の旗艦なんですから。」

 

提督「アッハイ。」

 

半分程度明石の意趣返しであった。

 

提督(ぐぬぬ・・・まぁいいか。)

 

まぁやらざるを得まいと直人も観念したが。

 

明石「わざわざ内地から銀の斧も取り寄せたので、お願いします。」

 

提督「んー・・・分かった。時間だけ教えて。」

 

明石「14時を予定しています。」

 

提督「分かった、飯食ってすぐそっちに行けば済むな。」

 

明石「ではそう言う事で。」

 

そう言って明石は去って行った。

 

大淀「・・・些か急ではありませんか?」

 

提督「いいさ、いずれやる事だしな。」

 

大淀「はぁ・・・。」

 

提督「それに、進水に失敗したり日程を遅らせたりするとその船は不幸になる。それだけはぜひ避けたい。何せ自分の旗艦なんだからな。」

 

 造船業界にはこんな言い伝えがある。

『進水式に失敗した船は後に不運に見舞われる』

これを聞いただけならただのうわ言だと言われるだろう。では例証を示そう。

 日露戦役の折、主力戦艦2隻を一気に失って戦力的に不安を抱えた日本海軍は、新たに2隻の新戦艦を造船した。これが明治40年に就役した一等巡洋艦*1筑波と生駒である。

しかし筑波は進水式当日、進水台が故障し進水不能となり後日改めて進水式を挙行したが、大正6年1月14日、横須賀港内で突如火薬庫爆発を起こし沈没した。

 

こんな例もある。

 1944年10月5日、レイテ沖海戦に間に合わせるべく突貫工事中の空母信濃が横須賀工廠第6ドックから出渠(即ち進水)出来る状態になった。

しかしドックへの注水の際、工員の手違いで海面との水位差が1mもある時に船渠扉が浮かんでしまい海水がドックに流れ込んできた。この為信濃は船渠前壁に衝突し、勢い余ってドックから半分飛び出してしまった。

その後信濃がどう言う運命を辿ったかご存知の通りであろう。44年11月29日潮岬沖で、米潜水艦「アーチャーフィッシュ」の雷撃を受けて沈んだのである。竣工は11月19日、竣工僅か10日後の出来事であった。

 

 偶然であるかもしれない。勿論偶然であるだろう。ただの言い伝えであろう。

しかし筑波も信濃も共に進水に失敗したという共通点を持つ。しかも筑波の場合、山本権兵衛海軍大臣と皇太子殿下(後の大正天皇)臨御の元の進水式であった。

こう言った例は日本でも何例でもあるし、世界的に見ても進水失敗の例は相当数あるのは事実である。それらの艦が軒並み不運ではなかったにせよ、それが不運であった時人々は噂する。『進水式に失敗したからだ』と。

言い伝えとはそうしたものである。そして直人もこの時、“自らの旗艦にその様な運命は背負わせまいぞ”と心に決めていた。

 

ガチャッ

 

金剛「デイリー業務終わったデース!」

 

そこへ戻って来たのがこの女である。

 

提督「おうお帰り、結果どうだった?」

 

金剛「ダメネー、被りの艤装ばかりデス。」

 

金剛は毎日の建造と開発の為に席を外していたのだ。

 

提督「仕方ないな、いつもより多めに資源は使っているのだが・・・。」

 

この時期直人が毎日建造させているのが、提督諸氏の言う「レア駆逐レシピ」である。目当てはこの資材量で建造が多数報告された雪風の艤装である。

 

金剛「仕方ないネー。元々そこまで率は高くないですカラ・・・。」

 

提督「それもそうか、では始めようか。」

 

金剛「OKネー。」

 

提督「あぁそうだ金剛。」

 

思い出したように直人は金剛に声をかける。

 

金剛「ン?なんデスカー?」

 

提督「お前達第一水上打撃群も出て貰うぞ、俺の旗艦の進水式に。」

 

金剛「oh・・・OKデース。」

 

提督「14時から行うから、それまでに今司令部にいる全員を集めておいてくれよ?」

 

金剛「了解ネー。今日はめでたいデース!」

 

提督「そうだな、楽しみだ。」

 

大淀「では手早く書類を終わらせましょうか?」キラッ

 

提督「あ、はい。」ゾクリ

 

直人と金剛、そして大淀も、この報には少なからず喜びを感じていたのである。このところ明るいとは言えない知らせばかりであった彼らにとって、久々の吉報だったのだから、むしろ当然であっただろう。

 

提督「そう言えば大淀、今日の気象情報はどうなっている?」

 

大淀「昼過ぎから雲が多くなるそうですが、雨は降らないとのことでした。」

 

提督「―――今雲殆どないけどなぁ・・・。」

 

直人も言うとおり、この日の朝は千切れ雲が僅かにあるだけの快晴である。

 

提督「・・・まぁ、ままならんものよな。」

 

大淀「そうですね・・・。」

 

サイパンは比較的安定した気候で過ごしやすくはある。内地では梅雨の時期でもサイパンでは内地程降らない、気候に目立って極端さは無いのだ。

 

提督「ま、晴れてる事を祈ろうか。」

 

金剛「デスネー。」

 

そう言って直人と金剛は目の前の書類に取り組み始めた。

 

 

 

―――その報は、唐突であった。

 

 

13時29分 造兵廠建屋内

 

 

提督「お前達集まるの早いな。」

 

金剛「勿論デース、遅刻したら勿体ないカラネー!」

 

鈴谷「そうそう、それに、昔の私を見るみたいで、ちょっと楽しみだしね!」

 

提督「ハハハハ、言えてるな。」

 

蒼龍「でも飛龍は来られないのかぁ、残念。」

 

飛龍は航空管制がある為今はサイパン管制塔にいるのだが。

 

大淀「提督!  緊急入電です!」

 

そこに走り込んで来たのは大淀だった。余程慌てているのか息を切らしていた。

 

提督「なんだ、どうした大淀?」

 

大淀「こ・・・これを・・・」スッ

 

ゼェゼェと息を荒げる大淀が差し出した一枚の紙を、直人は受け取る。

 

提督「なんだ―――?」ペラッ

 

その内容にさっと目を通した直人は驚いた。その内容は直人の直感が、的確にそれを的中させていたからである。

 

 

 

その打電文に曰く『サイパン東南東165海里、高度5500付近に敵爆撃機の大編隊発見、なお、B-17タイプにあらず、形状から見てB-24タイプと思われる』

 

 

 

提督「―――事実か!? 誤報ではないのだな!?」

 

大淀「713-19号機からの正確な情報です、現在こちらに向かっているとの第2報もあります。」

 

この時直人は即座に二つの事を決断していた。

 

大淀「提督、今回の進水式は―――」

 

提督「予定を早めて行う。」

 

大淀の言葉を遮って直人は言った。

 

大淀「提督!?」

 

提督「B-24の巡航速度は最大で346km/時だ。加えて航続距離も非常に長く恐らく1000ポンド爆弾を山と見舞ってくれるつもりなのだろう。」

 

大淀「恐らくはそうでしょう。」

 

提督「だがまだ50分の余裕はある。」

 

大淀「!」

 

そう、“まだ50分ある”のだ。

 

提督「明石、行けるな?」

 

明石「万事お任せ下さい。」

 

提督「そう言う訳だ。飛龍には別途迎撃の指示を。」

 

大淀「は、はぁ・・・分かりました、従いましょう。」

 

不承不承と言った様子で大淀も承諾した。

 

提督「では、行くか。」

 

直人を先頭に、艦娘達が建屋を西側に出る。

 

その正面にある船台には、前檣楼や甲板と言った船体の基本構造を完成させた、まだ艤装工事のされていない1隻の巡洋艦が、進水準備を終えた船台の上にその姿を見せていた。

 

 

臨席する艦娘達が背後に直立不動で整列し、直人は演台に立つ。

 

支綱切断の為の銀の斧は既にマイクスタンドの隣にある、木箱の中に収められている。

 

マイクは事前にテスト済みである。なお明石は進水準備とすぐに艤装工事に取り掛かれるよう準備する為、局長と共に別の場所にいる。

 

提督「・・・。」

 

こうして演台に立つと、成程寂しい進水式だ、と感ずる直人である。

 

戦艦加賀(進水時は戦艦)の進水式には10万人が詰め掛け、負傷者まで出たと言う。それに比べれば殺風景である。

 

直人は神妙な面持ちで言葉を発した。

 

提督「1月6日、建造を開始して以来僅か16日にて進水式を迎えた事は、誠にもって驚きと言う他ない。開戦より間も無く10ヶ月、今だ戦局は我に利、在らざるものの如しであるが、その中、この新巡洋艦の進水は、今後の戦局に大きな影響を与えるものと、確信するものである。」

 

直人は予報通り天気の崩れ始めたサイパンの空に訴えかける様に言葉を紡ぐ。

 

その雲行きは正に、この船の行く手が、波乱に満ちたものである事を予見するかの如しであった。

 

提督「この1隻に戦局挽回の期待を込め、本艦を、“鈴谷”と命名するものである。」

 

鈴谷「!」

 

 2053年1月22日13時42分42秒、僅か16日で船体完工相成った巡洋艦に、艦名が授けられた瞬間である。

それは同時に、今もフィリピンの海に沈む巡洋艦鈴谷の、100年以上の時を越え、面目を一新した復活の日でもあった。

 

明石「“提督、進水準備全て整ってます!”」

 

直人はそれを聞き、傍らの木箱を開ける。その中には刃の左側を上に寝かされた銀の斧が輝きを放っていた。

 

提督(この左側の刻まれた3本の溝と、右側の4本の溝は、それぞれ神仏の加護を願う為のものだったな。)

 

刃の左側の3本の溝は三貴子(みはしらのうずのみこ:アマテラス・ツクヨミ・スサノオ)、右側の4本の溝は四天王を表している。

 

提督(八百万の神々よ、そなたらの加護が我が艦に授けられんことを――――)

 

そう念じ、直人は銀の斧で、綱を切断する。

 

鈴谷の船体が、海に向けて滑り始める。

 

金剛「おぉ・・・。」

 

鈴谷「感無量、だね・・・。」

 

次の瞬間艦首に釣り下げられた薬玉が割れ、中から十羽ほどのハトが紙吹雪と共に飛び立った。

 

金剛「!」

 

金剛はそれを見て、ふと自分の進水式が遠い昔の様に感ぜられるのだった。

 

 金剛の進水式の際、ヴィッカース社に派遣されていた日本人技術者からの要望で、英国での慣習による所のシャンパンの瓶ではなく、日本での慣習であるハトを入れた薬玉を割らせた所、現地の人々から大変珍しがられたと言うエピソードがある。

直人もまた平和を望む男の一人だ。このハトが、平和への道となる事を、彼は切に祈っていたのだった。

 

 

 艦娘達の拍手を一身に受け、やがてその身を海に浮かべた鈴谷の船体は、慌ただしくタグボート数隻の手により艤装岸壁に着けられる。

このタグボートはこの造兵廠に付随していたものであり、妖精さん達の手で運用される。

 

提督「・・・。」

 

直人は真剣な面持ちを崩さぬまま、その様子を見ていた。

 

明石「提督、上手くいきましたね!」

 

そこに明石が歩み寄る。

 

提督「全くだ、大成功だな。」

 

明石「はい!」

 

提督「では明石、後は任せる。」

 

明石「はい! こちらは万事、お任せあれ。」

 

提督「こいつ、言う様になったな。」

 

そう言って明石の額を右の人差し指でツンと突く。

 

明石「フフフッ。」

 

提督「フッ・・・では、征こうか。」

 

金剛「―――。」コクッ

 

直人達は急ぎ造兵廠から司令部へと走る。

 

 

タッタッタ・・・

 

提督「飛龍! 管制塔聞こえるか!」

 

直人は走りながら管制塔を呼び出す。

 

飛龍「“はい! なんでしょうか!”」

 

提督「迎撃の方はどうなっている?」

 

飛龍「“戦闘哨戒中の屠龍丙型20機の他基地から稼働全機を迎撃に上げました。敵編隊はどうやら200機を超えるようです。”」

 

その数に直人は特に驚きはしない。第2次東京大空襲で来襲した敵機は970機、その後も恒常的に200以上の敵が終始日本に来襲していたのだから。

 

提督「迎撃部隊の総数は?」

 

飛龍「“323機です。”」

 

提督「分かった、補給用燃料と弾薬はどうにかする、敵機をこの島に近づけるな!」

 

飛龍「“はい!”」

 

 既に彼らの頭上には、高度を上げ迎撃に向かう戦闘機の大群が視認できた。

沢山のエンジンの共鳴音は、このサイパン上空と言う空間を満たしまだ足りぬと言わんばかりに響き渡る。

 

 

~トラック環礁~

 

泊地棲鬼「フッ、サイパンノ奴ラハ、コレデ終ワリダナ。」

 

不敵な笑みを浮かべ勝利を確信する泊地棲鬼。

 

「イヤ、油断ナランカモシレン。」

 

泊地棲鬼「ドウイウコトダ、“アルウス02”?」

 

アルウス02「ソノママノ意味ダ、敵、イヤ奴ラハ航空戦力ヲ拡充サセテイルノダロウ? “夏島”ヨ?」

 

夏島、と呼ばれた泊地棲鬼は答える。

 

夏島「ナニ、奴ラノ航空機ナド大シタコトハナイ、我々ニトッテトルニタランプロペラ機ダソウジャナイカ?」

 

アルウス02「ダガ偵察ニ出シタB-17ハソノ半分以上ガ落トサレタジャナイカ。」

 

夏島「旧式ノD型ダカラナ。ダガ今度ハ271機ノB-24Eダゾ? アンナ機体トハ比ベ物ニナラン。」

 

アルウス02「ダガ・・・。」

 

夏島「奴ラガ艤装ニ使ウ艦載機ヲ陸揚ゲスルナド不可能ダ、ソウ言ッタノハオ前ダロウ?」

 

アルウス02「“恐ラク”ダ、推測ニスギン。」

 

夏島「兎モ角、今回コソヤツラヲ黙ラセルノダ。敵主力ガサイパンヲ離レタ今ガ好機ナノダカラナ。旧式機ニ乗ッタ素人共ト同ジト見タナラ我々ノ勝チダ。」

 

アルウス02「ソレモソウダナ・・・。」

 

夏島「1000lb(454㎏)爆弾6発装備ノB-24ノ大群ダ、敗レルハズガナイ!」

 

アルウス02(果たして、そうかな・・・奴らがもし・・・)

 

 

 トラック島の深海棲艦は、271機のB-24Eを用いてサイパンを焦土化する腹であった。その爆装量は1機当たり6000ポンド、これが271機翼を連ねる。この大編隊は今正にサイパンに向けてスロットルを上げつつ、洋上を西北西に驀進中であった。

 

 しかしトラック島の深海棲艦達にはこの時、大誤算があった。

サイパン基地の984機の航空機は尽く「艤装として運用/運搬出来る」と言う事に、彼らは気付かなかったのだ。

そして彼らはこれまでの間にその機影に気付くべきであった――――迎撃に上がってきた戦闘機の中に、“明らかに艦載機ではない機体”が“多数”いた事に――――。

しかも隠す気の無い(隠す事の出来ない)、レシプロ双発や四発の大型爆撃機でさえサイパンには在機していたのだ。

 これまで何度でも成功してきた写真撮影で彼らがその事実に気付く事は、その最期の時まで無かったのである・・・否、気付いていれば無謀な偵察行を繰り返す事も無かっただろう。何故ならこれまでサイパン空の被った人的資源喪失はゼロだったからだ。

迎撃に出ても機体は損傷を負う程度、配備早々単機侵入の技量未熟な爆撃機など所詮その程度、しかも場数を踏んだベテランが36機束になって毎回襲い掛かるのだ。墜とせない筈も墜とされる筈もない。

 

その点アルウス02の危惧は現実のものとして彼らを驚愕させる事になるのだ。

 

 

 

 B-24Eの大編隊は洋上に展開する駆逐艦からも捕捉され、サイパン管制塔から指示を受け、H-6レーダーを積んだ哨戒機「東海」3機がこれに触接/監視していた。

326機の戦闘機隊は、1式陸攻24型乙の先導を得て高度6800まで上昇する。因みに補足するが、この段階ではまだ母艦航空部隊はその態勢を整えていない。

 

敵編隊は高度5500付近をキープしたままサイパンににじり寄っていた。

 

機は熟した――――。

 

14時51分、先導の一式陸攻が真下に大編隊を捉え、後続する迎撃戦闘機部隊に通報すると反転、戦闘機は次々とその翼を翻し、眼下の雲海へ、その下に待ち受ける獲物に突っ込んでいく。

彼らに恐れはない。あるのは必殺の心意気と、七生報国の覚悟のみである。

 

 

~同刻 中央棟1F・無線室~

 

この時司令部では、戦闘機隊からの『ト連送(トトトト・・・/全軍突撃せよ)』を受信していた。送信したのは屠龍隊指揮官機である。

 

二式複戦屠龍は複座の双発戦闘機である。なので無線機を装備しているのだ。

 

提督「始まったな。」

 

位置はサイパン島東南東276km、高度6200付近は雲の層がある。

 

大淀「はい、ここを突破されれば、後がありません。」

 

提督「後備の零戦隊は既に発進したか?」

 

基地航空隊零戦隊は零戦六四型を78機装備している。最初は無爆装の六三型だったが、機種転換により零戦最終型である六四型へと更新したのだ。

 

大淀「はい、万が一に備えて分離した零戦29機、しかし迎撃隊を突破されれば、これだけでは防げないでしょう。また零戦隊合わせて17機が故障で引き返しています。」

 

提督「大丈夫だ、弾薬切れを起こせば直ぐに基地に戻れ、と飛龍を通じて言い渡してある。シャトルアタックで出来るだけ阻止する。上手くすれば3周する間はある筈だ。」

 

大淀「味方の奮戦に、期待しましょう。」

 

提督「その通りだ。今は万全の備えをしよう。全島に空襲警報と防空戦闘配備は言い渡してある、後は戦闘機隊次第だ。」

 

島内には艦載砲転用の高角砲や機銃も多数据えてある。いざという時には対空弾幕をお見舞いする事も出来る、言わばサイパンそのものが1隻の戦艦なのだ、と思えばよい。不沈航空戦艦である。

 

その万全且つ鉄壁の空中防御陣を以って彼らは今、リベレーター――――“報復者”の軍勢を迎え撃っていた。

 

 

 

急速に高度を下げ、雲を抜けた戦闘機隊の目の前には、整然と編隊を組んで、だが鼻歌交じりに進む敵爆撃機の大群がいた。

 

先陣を切ったのはダイブ速度制限の比較的軽い紫電改である。

 

艦戦 紫電三二型改84機と局戦 紫電二一型甲52機が、降下の勢いを乗せて零戦や屠龍を追い抜き突撃する。

 

三二型改の武装は20mm4門に13mm2丁、21型甲は20mm4丁、何れも劣らず強力な武装を持つ。

 

この後に続いて陸軍機である四式戦『疾風』一型甲/乙両型合せて54機が突入する。

 

陸軍が自ら「大東亜決戦機」と銘打った、帝国陸軍でも指折りの強力な戦闘機である。

 

武装は12.7mm×2・20mm×2(一型甲)と20mm×4(一型乙)の2種類、敵戦闘機に備えて1型甲も出てきたが、どうやらいないようだ。

 

 

提督「東海からの報告では、敵戦闘機は確認出来ていない。今回ほど仕事の簡単な迎撃も無いだろう。」

 

大淀「はい、B-24は運用高度面ではB-17より下ですから、高高度に行くことは出来ませんし、行ったところで大幅な性能減ですね。」

 

B-24の欠点が実はその点である。B-17より重量のあるB-24は、エンジンや構造が格段に進歩していたB-29とは違い、増えた重量をエンジン出力で補う事が出来なかった。

 

しかも翼面荷重の大きすぎる主翼は、被弾すればあっさりと折れると言う欠点をも内包していた。

 

当然機動力や運動特性も悪い。戦闘機が来た場合、その箱型構造特有の頑丈さと防御機銃に依るしか寄る辺が無い。

 

提督「何機帰って来るか・・・。」

 

大淀「・・・。」

 

 

 

零戦六四型の金星が、紫電改や四式戦疾風の誉エンジンが、屠龍の瑞星が唸りを上げる。

 

B-24の方は唐突に雲を突き破って来た狩人を見て狼狽したようだ。早くも射線を合わせてきた紫電改の射線を躱そうと編隊を乱す。

 

そこへその真上から疾風の20mmが、屠龍の37mmが降り注ぐ。瞬く間に十数機が撃墜された。

 

戦闘機は再び上方へ離脱するもの、下方へ離脱して反転上昇を加えようとするものとに分かれた。再突入する頃には既に敵も態勢を整え、緊密な編隊を組んで弾幕を張る。

 

しかし我が搭乗員妖精、勇敢にも弾幕突破を多数同時に試みる。未熟な銃手、目標選択に迷い、弾幕が散る。

 

そうして再び十数機が撃墜の憂き目を見る。爆弾槽を直撃され爆発四散するもの、主翼を脆く千切り取られ、錐揉みになって墜落するもの、尾翼制御系統を破壊され、もがく内海上へダイブするものが続出する。

 

中には正面上方から銃弾を撃ち込まれ、操縦席を爆砕されるものまであった。

 

戦闘機の直援無き爆撃機が如何に脆弱か、この空戦場は如実に示していた。

 

無論我が戦闘機隊にも、サイズの大きい屠龍隊を始め損耗が発生する。しかし落ちていく機体は、圧倒的に黒一色の角ばった機体のみ、時折緑のまだら迷彩の双発機(屠龍丙型)など極僅かに日の丸が混じるがごく稀である。

 

弾薬切れを起こしても下方へ離脱し基地へ戻り、弾薬と燃料を補給し再び舞い上がる。

 

サイパン沖は正に今、爆撃機の墓場と化していた!

 

 

 

30分強の応酬の後、敵編隊は算を乱して敗走した。そして横鎮近衛史上空前絶後の、空戦史にさえもその名を残す―――しかし公表される事の無い―――記録を打ち立てる。

 

サイパン空の戦闘機隊の内、帰投せざるもの、屠龍9機、零戦6機、疾風4機、紫電改5機の合計24機のみ。

 

それに対しB-24Eは出撃機数271機の内、210機が撃墜され、49機が帰投途中に被弾による損傷が原因で墜落、7機が脚部を損傷しており着陸に失敗して大破、3機が着陸ミスで胴体着陸、無事に帰投した爆撃機、僅かに2機、しかも各所に被弾を受けている中での生還と言う、陰惨たる結果に終わったのである。

 

もう一つ言えば、爆撃に参加した爆撃機の生還率は1%さえも割り込んでいる。敵にとって乾坤一擲の爆撃行は、その大誤算の末に失敗したのである。

 

 

 

サイパンへの攻撃が、この様に割に合わない事は、既に北マリアナ沖航空戦で証明済みである。にも関わらずこの年に入り2度の攻勢である。学習していないとすればただの阿呆だし、していたならそれはそれで思考が単純なのだろう。

 

そう直人は帰投してくる戦闘機隊を見遣りながら考えていた。

 

 

 

14時52分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「終わったな。」

 

大淀「はい・・・。」

 

結局のところ水上部隊の出番は無かった。迎撃隊が全て片付けてしまったからである。

 

提督「金剛。全哨戒班に帰投命令を、厳戒態勢を解く。各部隊に状況終了を伝達してくれ。」

 

金剛「了解デース。」

 

金剛が執務室を去る。

 

提督「―――どうだ? 俺の危惧は当たっていただろう?」

 

大淀「御見逸れしました、流石ですね。」

 

提督「なぁに、なんとなくこうなる予感がしていたんだ。」

 

と直人も肩を竦めて言ったものだ。

 

大淀「今では、その予感が当たっていて良かったと思います。」

 

提督「ほう? 俺は外れて欲しかったんだがな。」

 

大淀「いえ、その予感が無ければ、ただでは済まなかったでしょう。」

 

大淀も安堵した様子で言った。

 

提督「・・・違いないな。」

 

直人はこの事について、それ以上何か言う事は無かった。

 

 

~サイパン島・???~

 

「フン、案外簡単に上陸出来たな。」

 

全身黒ずくめの男が言う。中肉中背、顔は黒い布で覆っており風貌は分からぬ。身なりも黒いマントで隠されている。

 

「“嶋田”から受けた仕事だ、少々面白みには欠けるが、まぁいい。」

 

その男は、手に持った紙を見て呟いた。

 

 

 

―――数分後、男の姿は消えていた。

 

その足跡は、何処とも知れず・・・

 

 

 

一方深海側では・・・

 

 

~3日後・トラック環礁~

 

ヴォルケン「どう言う事だ夏島。我々に知らせず、独断で兵力を集結させ、あまつさえこの時期に貴重な重爆撃機をむざむざ無に帰しただと?」

 

夏島「・・・。」

 

ヴォルケン「なぜこの様な暴挙に出た?」

 

夏島「ケッ、決シテ暴挙デハナイト思ッタカラデス! 人間ト艦娘ドモノ前進基地ヲ潰シ、敵ヲ撃滅スルコトガデキレバ、我々ノ戦況不利モ覆セルトオモイ―――!!」

 

ヴォルケン「その結果が敵をして勝ち誇らせたのだ、分かっているだろう?」ギロッ

 

夏島「・・・言葉モ御座イマセン、ヴォルケンクラッツァー様。」

 

リヴァ「まぁまぁヴォルケン? その辺にしといてあげたら? この時期だからこそ、今前線上級指揮官を左遷したら大変よ?」

 

ヴォルケン「・・・それもそうだ。夏島!」

 

夏島「ハッ―――!」

 

ヴォルケン「今後を慎め。今は時ではない。いいな?」

 

夏島「承知致シマシタ。」

 

ヴォルケン「次は無いと思え。」

 

鋭い剣幕でヴォルケンが去っていく。その途中アルウス02に鉢合う。

 

アルウス02「ヴォルケンクラッツァー様! イラッシャルトハ聞イテイマセンデシタガ。」

 

ヴォルケン「見送りは良い。それより、奴の独断を制止する為にお前を送り込んだのだ、分かっておろうな?」

 

アルウス02「ハ、以後気ヲ付ケマス。」

 

ヴォルケン「宜しい。行くぞリヴァイアサン。」

 

ヴォルケンクラッツァーはリヴァイアサンを伴って去る。

 

この時は偶然ハワイ基地に視察に来ていたのでついでに詰問に来たのである。

 

ヴォルケン「自由裁量を夏島に持たせたのは失策であったか。」

 

リヴァ「そうでもないかもしれないわ。彼女、貴重な情報をくれたし。」

 

ヴォルケン「と、いうと?」

 

リヴァ「サイパンの連中は、艦載機を地上展開出来ると言う事よ。サイパンを落とすのは、一筋縄ではいかないわね。」

 

ヴォルケン「成程な・・・触らぬ神には祟り無しと言う、サイパンの件は保留と言う事にしよう。」

 

リヴァ「えぇ、そうね。」

 

 

 

ヴォルケンクラッツァーの意向と夏島の消極化によって、以後トラック方面の深海棲艦は行動を手控える様になる。

 

これが直人ら横鎮近衛に与えた影響はかなり大きいものがあるが、それは次の機会に述べる。

 

 

 

そしてこの会話が交わされている頃、千島列島で“彼ら”が動いていた。

 

 

1月25日9時41分 得撫島南端南沖合110km

 

 

神通「行きますよ!」

 

川内「前進!」

 

名取「つ、続いて下さい!」

 

 

 

比叡「大丈夫でしょうか・・・。」

 

霧島「大丈夫かどうか確認する為にも、索敵機は飛ばして置くべきでしょう。」

 

この日の午前8時29分、横鎮近衛艦隊選抜偵察隊は北海道東端沖を通過、南千島沖に入っていた。

 

比叡「そうですね、霧島。」

 

霧島「水上機、発進!」

 

最上「了解!」

 

比叡と霧島、陸奥、最上、熊野がそれぞれ2機の零式水偵を放つ。

 

霧島「では私達は、神通さん達の後ろから、陸奥さんに合わせてゆっくりついて行きましょう。」

 

一同「はい!」

 

舞風(き、緊張する・・・!!)

 

陸奥「―――。」

 

陸奥がガッチガチになっている舞風に気付く。陸奥は本来編成からは外されている筈だが、霧島たっての希望で、出撃直前に編入されたのである。

 

陸奥「舞風?」

 

舞風「ひゃいっ!?」

 

テンプレ過ぎる。

 

陸奥「大丈夫、そんなに気負わなくてもいいから、肩の力を抜いて、ね?」

 

舞風「は・・・はい!」

 

舞風も幾分楽になったようだ。

 

熊野「・・・まぁ、致し方ないですわね・・・。」

 

最上「そうだね、僕が舞風の立ち位置だったらやっぱり緊張するかな・・・。」

 

 

 

横鎮近衛艦隊の主力部隊は、30ノットで北東へ進む3個水雷戦隊の後方10kmに控え、21ノットでゆっくりと追尾する形を取っていた。

 

自然水雷戦隊からは引き離される形になり、進めば進むほど水雷戦隊が危険になる構図ではあるが、直人自身この時期に北方からの深海棲艦の侵攻が行われる可能性は低いと見ていた。

 

理由は単純明快、敵が全ての戦線で守りに入っていたからである。

 

 

まず中部太平洋(トラック・ウェーク・ミッドウェー)方面であるが、ミッドウェー方面の敵はSN作戦支作戦以来動きを見せず、トラックの敵はここまでの数度に渡る横鎮近衛艦隊との交戦によってその主戦力が潰滅している。

 

ウェーク島の敵は現状不気味な沈黙を保っていた。

 

 

次いで南方戦線の敵軍だが、こちらはソロモン北方沖海戦の際、直人ら第1任務戦隊の統制順次射撃を受けて以来守勢に入っており、目下増援待ちのようだ。

 

 

西方戦線では目下アンダマン海を争って一進一退の戦いが繰り広げられており、またスラバヤの敵艦隊が依然残存しておりこれが目下のところ目の上の瘤となっている。

 

敵、深海棲艦東洋艦隊は前進基地としてアンダマン・ニコバル両諸島を拠点化して頑強に抵抗を続けており、未だにアンダマン海の制海権を譲る気はないようだ。

 

 

最後に北方方面だが、こちらは十分兵力は保持していたものの、その他戦域でかなりの消耗が発生した為兵力の抽出と再編成が行われており、中には新たに配属された新鋭艦の姿も見え、戦力的には質量共に大幅な低下をきたしている。

 

が、全戦域の中でも最も多く超兵器を持つだけに侮れない存在である。しかしこの北方方面の敵軍に動きは無い。どうやら万全を期す考えのようで、この為北方方面でも敵は防備を強化していた。目下本州の艦娘艦隊が散発的攻撃を繰り返している情勢だが、両軍とも被害は拮抗している。

 

 

以上は青葉の集めてきた情報を直人が総合したものであるが、この情勢下であれば強行偵察は可能と踏んだのだ。その上で各水雷戦隊には「水雷戦隊が敵と接触した際、独力で解決し得る状況下に在っても極力交戦を控え、本隊がこれを処理するものとする。」との旨布告が為されており、その為の作戦予定案は既に立案済みであった。

 

“戦う勿れ”と言う布告は、(なぜか今回参加しない)川内を初めとして一部の艦娘が文句を言ったが、よく理解させてこれを抑えたのである。直人のリーダーシップの成せる業であっただろう。

 

 

~サイパン司令部~

 

提督「睦月型投入は、あくまで“戦わない事”が前提だ。あの布告に納得しない様なら7水戦は出撃させないつもりだった位だし。」

 

大淀「そ、そうなんですか?」

 

提督「そうだよ? それだけ危険な海域であると言う事だ。青葉の集めた情報だけで10以上の超兵器の情報がある、他の戦域にはない量だ。」

 

大淀「ですが、私達にも対超兵器の経験はあります。」

 

提督「しかしそれは下級の超兵器だ。もっと強力な超兵器などゴマンといる、過信はしない事だ。」

 

大淀「は、はい・・・。」

 

直人は決して慢心しない、とは言わないが、かなり慎重に情報を精査するタイプであり、戦略的見地から情報を精査する事の出来る貴重な人材でもある。全超兵器のスペックを知る直人は、これまで交戦した超兵器のスペックが全て低い水準である事を知っていた。上には上がいる、と言う事である。

 

上がいる以上は、下級クラス相当の超兵器級を倒したところで何にもならない、と言う認識を持つべきである、と直人は言っているのだ。

 

その直人の思慮をも命令にした作戦が今、北方海域で繰り広げられていたのである。

 

 

 

会敵の報は、意外に早く齎された、10時37分の事である。

 

 

~新知島沖~

 

神通「・・・ん・・・?」

 

最初に気付いたのは神通である。

 

皐月「敵艦発見! 12時半の方向(この場合針路基準で東の方角)距離1万7000!」

 

長良「索敵機からの情報にはないわよ!?」

 

叢雲「索敵の隙間をくぐられたわね。」

 

長良「そんな!」

 

狼狽する長良だったが神通は流石、落ち着いたものである。

 

神通「全艦で足止めしつつ徐々に引き寄せます、長良さんは本隊に通報!」

 

長良「了解!」

 

名取「各艦進撃速度を落とし砲撃準備! 急いで下さい!」

 

22駆/30駆「了解!」

 

長良「本隊へ、こちら偵察隊、敵艦隊と遭遇、来援を乞う!」

 

陸奥「“来援要請了解したわ、敵の陣容を教えて?”」

 

長良「えっと・・・敵は軽巡級複数を基幹とした水雷戦隊、僅かながら重巡クラスが見えます。」

 

陸奥「“ありがとう、打ち合わせ通り逃げつつ誘い込んで頂戴。”」

 

長良「はい、既にその行動に入っています、お任せください。」

 

陸奥「“分かったわ。”」

 

この作戦行動は両部隊の連携がキーになる。失敗すれば偵察隊はただでは済まないだろう。無論この点については神通も扶桑も承知しており、その上で敢えてリスクの高いこの作戦を執り行おうとしたのである。

 

敵は重巡クラスを中心とし、軽巡級複数を基幹とする大掛かりな水雷戦隊。

 

対しこちらは主力水雷戦隊の内2つを含む3個からなる水雷戦隊であるが、その実態は戦力が半減した上で更に司令部防備艦隊の兵力をも併せた混成部隊であり、練度は平均すれば低いと見做さざるを得ない状態である。

 

中には実戦経験の無い新参の艦艇までも含まれていたのであれば、尚更である。

 

しかし少なくとも4割は実戦の経験豊かな艦娘である。この点艦娘達も、直人も、疑念を抱く余地はない。その前提に立って、この誘引作戦は立案された。直人の許可済みである。なれば後は履行あるのみである。

 

神通「砲戦始め!」

 

長良「一斉撃ち方!」

 

神通/長良「撃て!!」

 

『中部千島沖海戦』と呼ばれる事になる戦いの火ぶたが切って落とされた。午前10時40分の事である。

 

 

10時41分

 

 

比叡「25ノットというのは、意外と遅いですね・・・。」

 

霧島「それでも全速を発揮できるようにしておきなさい?」

 

比叡「は、はい―――。」

 

と言いながら艦娘のノットはざっと船舶のノットの2倍あるので実艦より早いと言う恐ろしい罠である。

 

飛鷹「言ってる場合ですか・・・航空隊出します。」

 

霧島「はい、お願いします。」

 

飛鷹「了解。」

 

そのやり取りを境に六航戦が動く。

 

祥鳳「航空隊、発艦始め!」

 

最初に祥鳳から艦載機が発艦し始める。

 

隼鷹「よぉーっし、いっちょ始めますか!」

 

そして快活に、尚且つ気楽にそう言い放つ隼鷹である。

 

飛鷹「はぁ~・・・。」

 

飛鷹が溜息をついた理由、それは隼鷹がシラフである事であった。余りに気楽に構え過ぎていると見えたのだろう。

 

隼鷹「攻撃隊逐次発艦、始めぇ!」

 

飛鷹「航空隊、発艦!」

 

隼鷹型2艦も艦載機を放つ。

 

余談であるが、この六航戦は飛鷹型と祥鳳型と言う艦型の違う組み合わせになっているが、史実に於いてこれは異例の事だったと言う。最もそうした例はいくらかある訳だが。(例えばマリアナ開戦時の一航戦など)

 

もう一つ付け加えると、当初出撃するのは第1艦隊所属である第5航空戦隊(千代田・龍驤)であった。

 

だが機種転換の成熟訓練を行わなければならない関係上からも、実戦を以って訓練と為す、と言う直人の考えによって、第六航空戦隊が第一航空艦隊の指揮から臨時に引き抜かれて編入されたと言う背景がある。

 

因みにその後方では・・・

 

 

~釧路港~

 

千代田「はぁ~・・・。」

 

龍驤「まぁ、後詰めやしなぁ・・・。」ブルブル

 

そう言う事である。外套を着た二人が釧路港の岸壁に座っている。

 

第五航空戦隊は北海道沖までさらっとついて行き、予備兵力として釧路港に待機していたのである。

 

この時期の北海道と言えばかなり寒いのだが。(この日はバッチリ小雪がちらついている。)

 

ついでに言えば、護衛なんてない。(これも全ては頭数不足の所以。)

 

 

 

舞風「寒い・・・。」ブルブル

 

当然緯度の高くなる千島列島の方が寒い訳だが。

 

陸奥「そう?」

 

平気そうな陸奥さん、それもその筈、戦艦部隊は全員全力に比較的近いので艤装の機関部がそれなりに熱を発するのだ。対して舞風は12ノットも余裕がある分機関部の排熱も小さいのである。

 

因みにこの排熱だが、熱帯性気候などではただ暑いだけになる為、体と艤装の間に断熱材をかませたりなど出撃前に色々準備するらしい。(豆知識だよ!)

 

 

誘引戦術とはいってもやり方は簡単だ。単縦陣を組んで敵に対して「イ」の字型(敵針路を斜めに横切る形)に構えて砲撃を加えつつ、波形グラフの様な蛇行運動を行って敵を誘致しようと言う物である。

 

もし敵が進撃速度を緩めようものなら、反転攻勢に出るように見せかけて敵を更にこちら側へ吊り上げると言う算段だ。

 

神通「・・・見えました、支援隊です!」

 

長良「おぉ!」

 

結果から言えば、この行動は10分程度で終了した。まださほど支援隊と偵察隊の距離が開いていなかったのも理由の一つであった。

 

陸奥「撃て!」

 

霧島「撃てぇ!」

 

最上「てーっ!!」

 

 

 

隼鷹「やれやれ、忙しいこった。」

 

その時六航戦の空母は艦載機の収容作業に当たっていた。

 

六航戦航空隊は支援隊の来援3分前に敵に到達、一斉に襲い掛かって僅か1分で攻撃を済ませ、急速前進してきた母艦に収容するという荒業をやったのである。

 

或いはこれが直人の言う水上打撃群本来の姿であろう。迅速の用兵を以って敵に対し急速にかつ柔軟に対応する、と言う点に於いて、彼らの行動はその模範であった。

 

祥鳳「収容終わりました。」

 

飛鷹「私も終わったわ。」

 

隼鷹「終了っと。」

 

出撃機数各艦28機だけだったこともあって収容作業もすぐに終了した。

 

飛鷹「よし、後退!」

 

 

 

一方で戦艦及び重巡部隊は、敵艦に熾烈な砲火を叩きこんでいた。殊に目立つのは最上と熊野の連射速度だろう。

 

最上「いやー、これだけの連続射撃も久々だね。」

 

熊野「そうですわね、砲火を絶やさないように撃ち続けないといけませんわねぇ。」

 

比叡「ひえ~、凄い勢いで発射されていますね。」

 

霧島「流石、というべきでしょうか。」

 

到底真似できない芸当に比叡と霧島が舌を巻く。

 

最上型の初期の主砲は、15.5cm3連装砲5基15門で、速射性能に優れた優秀な火砲であった。

 

しかし最上型は条約失効後に20.3cm連装砲に換装する予定であった為に、この15.5cm3連装砲は全て取り外されてしまったと言う経緯がある。無論現場からは反対の声も多く上がったと言われる。

 

10秒毎に順次射撃を行う最上と熊野の各砲塔、間断ない砲火は敵艦隊を確実に削り取って行った。

 

敵の掃討までに要した時間は、誘引策の成功から僅かに10分、その間に最上と熊野はそれぞれ700発前後の砲弾を放ち敵の撃滅に貢献した。撃ち尽くしては不味いと考え多少は加減したようだが、それにしても多い量である。

 

10時57分、僅かに残った敵艦が敗走し、第1戦は終結した。

 

 

 

10時59分 新知島南東沖約100km付近

 

 

扶桑「では、水雷戦隊は、引き続き進撃を。」

 

神通「はい。」

 

誘引戦法を成功させた水雷戦隊が再び支援隊を離れ前進を開始する。

 

陸奥「お疲れ様。でもまだ始まったばかりよ、頑張ってね?」

 

舞風「は・・・はい!」

 

元気よく返事を返す舞風だったが、実は魚雷の残弾数が少ない状態であった。その点に舞風も一抹の不安を覚えていた。

 

比叡「ふぅ・・・もう敵はいない、でしょうか?」

 

最上「どうだろう、この結果を見て逃げてくれると、助かるんだけど・・・。」

 

隼鷹「大丈夫大丈夫! あれだけやったんだ、もういないって!」

 

と、余裕を見せる隼鷹と

 

飛鷹「そんな事を言って、またいたらどうするつもりよ?」

 

と勝って兜の緒を締める飛鷹である。

 

 

 

一方、偵察隊の意見はと言うと・・・

 

 

~七水戦&二水戦~

 

菊月「まだ、いるな。」

 

名取「まだって、何が・・・?」

 

菊月の言葉に不安になった名取が訊き返す。

 

菊月「あれが、敵の本隊だった、とは思えない。」

 

菊月はその理由として、先程の敵が余りにも脆すぎる点を証拠に挙げた。

 

神通「つまり、本隊は別に存在していると、そう言うのですか? 菊月さん。」

 

菊月「そうだ、先程の敵艦隊は、どうも本格戦闘をする分には構成にバランスを欠く。我々と同じだ。」

 

どんなに強力な艦艇を揃えても編成にバランスを欠けば十全な力を発揮出来ないのは道理だ。理に適った編成こそが勝利へ至る鍵でもある訳である。

 

陽炎「つまり、敵の本隊の位置を突きとめないと、無事では済まないって事ね。」

 

不知火「ですが、私達は索敵能力にかなり乏しい所があります。」

 

神通「そうですね、予備の2機分を入れても偵察機9機だけでは・・・。」

 

霞「それって、このままじゃ不味いんじゃ・・・。」

 

と先程の戦闘で小破状態の霞が言う。と言っても戦闘に差し支えはない。

 

黒潮「うーん・・・。」

 

と黒潮が考え込んだところへ朝潮が意見を言う。

 

朝潮「兎に角ひとまず前進しましょう、出来るだけ急ぎ足で。そうすれば敵と遭遇する率は下がる筈ですから。」

 

その意見に神通が賛意を示した。

 

神通「そうですね。では全速力でここを抜けましょう。長良さん、行けますか?」

 

長良「勿論!」

 

神通「では全艦最大戦速、この海域を突破します!」

 

一同「了解!」

 

3つの水雷戦隊はそれぞれ行き足を速め、新知島沖を北東方向へ突破すべく進撃を始めた。

 

 

 

一方の深海棲艦の主力艦隊は確かに菊月の推測通り存在していた。

 

位置は新知島北北東にある中部千島の一つ、松輪島の南東約200kmの海上であった。

 

 

~深海棲艦主力艦隊~

 

主力の旗艦は深海棲巡洋艦リ級Flagshipであるが、その旗艦は完全に狼狽していた。

 

リ級Flag「偵察部隊ガ全滅ダト!?」

 

リ級elite「ハイ、ドウヤラ敵ノ少数ノ水雷戦隊ト遭遇シ、コレヲ追ッタトコロ、僅カナ数ナガラ強力ナ敵主力正面ニ誘致サレタモノト・・・。」

 

深海棲艦側の目的は、意外な事に威力偵察であった。どうやら北海道方面のこちらの動向を探りたかったものらしかった。

 

リ級Flag「・・・敵主力ハ何隻ダ?」

 

リ級elite「報告デハ9隻、内3隻ハ空母ダッタソウデス。」

 

この報告を聞いた旗艦のリ級Flagは不敵な笑みを浮かべる。

 

リ級Flag「ヨシ、デハ我々ノ物量デ揉ミ消ストシヨウカ。」

 

リ級elite「ハッ!」

 

敵の主力が、扶桑ら支援隊を標的とし進撃を開始した。

 

支援隊に危機迫る――――!

 

 

 

一方で横鎮近衛艦隊司令部でも千島沖での遭遇戦については早い段階で把握していた。その終結に関しても、その3分後に中継通信で受電していた。

 

 

11時02分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「そうか、無事に済んだか。」

 

大淀「敵は、どの様な目的があってこの時期に仕掛けてきたのでしょうか・・・?」

 

大淀はある意味に於いて当然の質問をした。

 

提督「そうだな、この時期本土へ無理に攻勢をかける意味はない、となれば、威力偵察、と言ったところだろうな。」

 

直人はそう仮説を立てるが、それが的中していることまでは知らない。

 

提督「北方海域の兵力が如何に強力と言っても、それを動員するには相応にコストがいる筈だ。青葉の報告にも、敵は十全を期す構えであろうと書かれている。であれば、不完全な態勢での攻勢は避けて来るだろう、その方が戦理に適っている。」

 

大淀「成程・・・。」

 

戦闘の際、攻撃側は好きな所に随意に兵力を投入できる点に於いて、大きなアドバンテージを持つ。これは戦術論の基本的な部分だ。

 

だがだからと言って、闇雲に攻めればいいと言う物ではない。これが戦理だ。即ち、攻撃側の準備が不完全であれば、攻撃側が敗退する事もあり得る。防御側の戦力と態勢が十分な場所に飛び込んだところで勝ち目はない。

 

逆に言えば、多数の敵を少数で打ち破る事の出来る態勢を作り上げる事は勿論、敵の弱点を的確に突く(と見せかけるだけでもいい)と言う事もまた戦理の内である。青葉の報告書の一文「北方海域の敵は万全を期す構えと思われる」と言うのは、裏を返せば敵は十分な態勢構築が出来ていないと言う事を明確に表しているのである。

 

提督「準備不足が負けを生じうることは、ミッドウェーの先例を見れば明らかだ。敵もそれが分かっていて、その轍を踏む気はない、と言う事だろう。」

 

大淀「た、確かに・・・。」

 

大淀もこの辺り、まだ学ぶべき点は多いようだ。

 

提督「戦理とは、戦うに当たり理に適っているかどうかだからな。適っていなければ攻めもしないし守りに徹することもない、と言う事だ。別に覚えて貰う必要も無いが、覚えておくと何かと役に立つかもしれんな。」

 

大淀「はい、勉強させて頂きます。」

 

大淀は素直にそう言ったのだった。

 

 

 

――――別段、彼女らが意識していた訳では無かった。

 

支援隊の艦娘9人は、結局楽観的に構えてこそいたが、念の為哨戒機は飛ばしていた。

 

しかし、敵襲の方は唐突にもたらされた。12時37分の事である。

 

この時支援隊は捨子古丹(しゃすこたん)島沖にようやく差し掛かるところであり、偵察隊は既に千島沖を抜け、カムチャッカ半島東岸沖を航行していた。距離にして既に300kmは離されている事になるが、元々そう言う予定である為、彼女らに焦りはなかった。しかしその空気は、前述の敵艦隊発見の報で崩れる。

 

最上「敵艦隊!?」

 

霧島「えぇ。2番機へ、その敵艦隊の進路は?」

 

発見したのは霧島2番機。艦隊周辺をぐるぐると警戒していたところ予測もしない敵と遭遇したものらしかった。

 

霧島「―――こっちへ向かってる!?」

 

飛鷹「えぇっ!?」

 

陸奥「規模は?」

 

すかさず陸奥が訊き返した。

 

霧島「―――約500隻ないし700隻、戦艦がいなくて重巡少数に軽巡がメイン、駆逐艦が約350程度と推測。」

 

それを聞いた最上が思わず言う。

 

最上「―――多くない?」

 

最上がその危惧を口に出した時、その陰り出した雰囲気を裂くように剣呑な声が聞こえて来るのだった。

 

 

隼鷹「・・・マジかぁ、こりゃ参ったねぇ~、ヘヘッ。」

 

 

それは隼鷹だった。余裕たっぷりに笑っている。

 

 

熊野「―――隼鷹さん? あなた、状況が分かってらっしゃる?」

 

隼鷹「ん~? 勿論。」

 

熊野「ならなぜ笑ってらっしゃるのです? 死ぬかもしれないんですわよ?」

 

思わず消極的な言葉を吐く熊野だったが、しかし隼鷹は動じない。

 

隼鷹「死ぬ、か。そうかもしれないけどさ。」

 

熊野「あなた―――」

 

隼鷹「でも、“それを真っ先に考える程の暇”は、アタシ達にはない筈だよ?」

 

熊野「――――!」

 

隼鷹の言葉を受けて、熊野には咄嗟に反論するだけの言葉が、無かった。

 

隼鷹「それにまぁ、今は戦わないと、帰って酒を飲む事も出来なくなるしね。」

 

生きて後日の再来を期す、と言うには、彼女らは余りに突出し過ぎていた。退くには遅すぎるのである。となれば、戦う以外に道はない。

 

陸奥「・・・そうね、ここまで来たら、やるしかないでしょ。」

 

舞風「そうそう、皆でやれば、何とかなるよ!」

 

最上「そうだね、立ち向かわなきゃ、何も始まらない!」

 

霧島「その通りですね、やりましょう。」

 

隼鷹は飲んだくれである。しかしただの飲んだくれではない、いつでも陽気でポジティブな飲んだくれである。

 

舞風も含めたそのポジティブさが、曇りかかった雰囲気を吹き飛ばしてしまった事実は否定し難いだろう。そしてこの二人がいなければ、彼女達は負けていたとさえ言えるのだ。

 

比叡「・・・そうですね、諦めても、何も生み出せません。」

 

霧島「その通り。全艦、参りましょう。」

 

全員「はいっ!」

 

扶桑の一声で、当座の方針は定まった。

 

熊野「・・・私とした事が―――」

 

最上「諦めたくなる時だってあるさ、熊野。よく分かるから、それ以上は。」

 

熊野「そう・・・ですわね。」

 

先程の発言を悔やむ熊野を励ます最上である。

 

最上「さぁ、いこっか、熊野、舞風!」

 

熊野「えぇ、参りますわよ!」

 

舞風「さぁ! ダンスタイムの始まりだぁ~!」

 

 

 

隼鷹「先陣は、この隼鷹さんに、お任せあれ!」

 

飛鷹「全くすぐ調子に乗るんだから・・・。」

 

祥鳳「まぁ、参りましょうか。」

 

飛鷹「はぁ・・・そうね。やりましょ!」

 

隼鷹が陸奥らの主隊を離れつつ式神を次々と展開する。続けて飛鷹が巻物を広げ、祥鳳が弓を引き絞る。

 

各艦の砲に仰角が掛けられ、戦闘態勢が確立され始める。

 

零戦が、九六式艦戦が、彗星が、九九式艦爆が、九七式艦攻が、そして新装備の二式艦偵が、彼方蒼穹の空へと舞い上がる。

 

敵艦隊は当初布陣位置から支援隊を追う形で針路を採っていた。これを反転撃滅すべく各艦は態勢を形作る。

 

彼我の距離はおよそ83km程、相対針路であれば遭遇まで1時間かかるかどうか。それよりも早く、航空隊が天を駆ける。

 

僅か9隻の小艦隊は、圧倒的多数の敵を迎え撃つ準備を、完全に整えた。

 

 

 

一方で釧路港から、急遽雪の降りしきる中を出撃する艦娘達の姿があった。

 

龍驤「えらいこっちゃでぇ~!」

 

千代田「ホントにそうよ、急ぎましょう!」

 

龍驤「せや! なんとしても、支援隊を敵から守るんや!!」

 

 敵偵察隊の敵との遭遇を警戒して待機していた第五航空戦隊が、陸奥からの中継連絡を聞き出撃していく。護衛が1隻もいない中での出撃である為危険も伴いはするが、戦力の不足からこの方面に割ける戦力は多くない為、この際贅沢は言えない事は確かだった。

 

 

 

13時07分―――

 

 

陸奥「敵艦隊発見!」

 

霧島「予想通り。」

 

隼鷹「“今航空隊が攻撃中だから、もう少し待ってくださいな?”」

 

陸奥「了解。」

 

熊野「でも、どうしてこんなに早いんでしょう・・・?」

 

舞風「向こうの船足が思ったより早いから、とか?」

 

最上「・・・成程、最大戦速で敵が急迫して来たなら説明がつくね。」

 

霧島「と言う事は―――敵の狙いは速戦即決の筈。比叡!」

 

比叡「えぇ、敵の出鼻を挫いて反撃に出ましょう。」

 

飛鷹「もっとも、航空隊にもある程度出鼻を挫くだけの効果はあったようですが・・・。」

 

熊野「いいえ、敵の進路と速度を鈍らせなければ意味がありませんわ、怯んだ相手でなければ、この作戦は成り立ちませんわよ?」

 

祥鳳「―――それもそうですね。」

 

扶桑「五航戦のお二人は、今?」

 

陸奥「えぇ、多分こっちに向かってる筈、それさえ到着すれば勝てるわ。」

 

扶桑「そうですね、では、参りましょう。単縦陣形成、砲撃戦、準備!」

 

5人「はい!」

 

隼鷹「んじゃ、少し下がろっか。」

 

飛鷹「そうね。」

 

祥鳳「了解。」

 

砲撃部隊6隻は縦列を組み、空母3隻は後ろへ控える。

 

やがて、航空攻撃が、終わる―――

 

隼鷹「離脱完了――――今ッ!!」

 

陸奥「撃てッ!」

 

扶桑「撃て!」

 

最上「テーッ!!」

 

13時21分、砲撃戦が開始された。彼我の距離は約1万9000、間合いとしては少し遠い。

 

 

 

ドドドドォォォーーーーー・・・ン

 

 

リ級Flag「クッ!! ナント正確ナ、ヨモヤコレ程トハ・・・!」

 

リ級elite「ド、ドウシマス!」

 

あまりに正確な砲撃に狼狽する敵旗艦。それもその筈、彼女らの半数が、猛訓練を積んできた精鋭である以上その練度が高いのも自明の理であった。

 

加えて、航空攻撃によって戦力の3分の1近くを沈められ、混乱も収まらず戦列の再編も始まらぬ内に砲撃が始まった事が、敵の混迷を深める結果を生じる。

 

リ級Flag「突撃ダ! トニカク前ヘ!!」

 

リ級elite「ハッ!」

 

敵旗艦、下せる命令はそれだけであった。

 

 

 

一方、再び連続砲撃を行い、最初の数分で敵先鋒の足を止めた支援隊だったが、敵旗艦の命令を受けて更に敵が先鋒に構わず押し寄せてきた。

 

扶桑「後続が構わず前進してくるわね・・・。」

 

最上「ここは敵の先頭部に集中砲撃を加えた方がいいかも知れないね。」

 

霧島「そうですね、全艦、敵先頭に砲火を集中!」

 

霧島「了解!」

 

目標変更も迅速な辺り艦娘達の方が有能だった、今回の場合は、だが。

 

舞風「まだ遠いなぁ~・・・。」

 

有効射程がただ一人(空母除く)16000mの舞風は、些か束の間の暇を持て余している様な状態だった。

 

 

ドオオオオォォォォーーーーー・・・ン

 

 

熊野「まぁ、出番がなくなってしまったのなら、それに越した事はないのではありませんか?」

 

熊野が一度斉射した後で舞風にそう言った。

 

舞風「そ、そうだけど・・・。」

 

剣を抜く事が無いに越した事はないのは道理である。熊野はつまりそう言いたいのである。

 

 

 

隼鷹「収容して再発艦だからなぁ、面倒だけど、やるしかないよねぇ。」

 

祥鳳「そうですね、少し時間はかかりますね。」

 

戻って来る自分達の航空隊を見上げて言う隼鷹と祥鳳。

 

飛鷹「ほら、言い出しっぺがそんな事言わない!」

 

隼鷹「へーへー、分かってますよっと。そんじゃ、“前進して”収容、再発進急げ!」

 

二人「了解!」

 

そう言って3人は航空隊の帰投針路と相対して前進した。つまり敵方へ急速前進した事になるが、この方が時間/距離的に見て有利でもあった。

 

 

 

―――結局、敵艦隊の統制は、およそ45分強で崩壊した。

 

態勢を崩されながらも敵艦隊は数度、鋭く支援隊に迫りはしたがその辺りが限界であったらしく、14時09分、敵艦隊は敗走して行った。

 

しかし彼女らは殊更追う事もしなかった。と言うのは、弾薬の欠乏が顕著になり始めていたからである。最上は主砲弾薬の93パーセントを撃ち尽くし、熊野は89パーセント、舞風は魚雷残弾数0、主砲も72%弾薬を消費した。

 

空母部隊は航空機用弾薬が欠乏し始め、全力1回がせいぜいと言うところ、この状態で交戦しても勝ち目はないであろうことは明白と言う有様である。

 

しかしながら特に目立った損傷は見られず至って意気軒高、弾薬の消費量にさえ目を瞑れば、一応は健在といえた。

 

 

 

―――サイパン島司令部

 

 

提督「―――終わったか。」

 

14時15分、第1艦隊戦闘終了の報告を彼は執務室で大淀から知らされた。

 

また、先行した水雷戦隊が所定の任務に就いた事も同時に報告を受けて、彼は取り敢えずホッと胸を撫で下ろす気分である。

 

大淀「ですが弾薬の消費が大きく、まともに戦える状態ではないようです。」

 

提督「強行偵察隊の本隊を叩いたのだ、恐らく同方面に有力な敵はもういるまい。」

 

大淀「客観的に見ればそうですが・・・。」

 

提督「俺がそう思いたいんだ、そう思わせておいてくれ。」

 

大淀「は、はぁ・・・。」

 

直人はそう言ってこの話を終わりにした。

 

 

 

余談ではあるが、釧路から急遽出港した五航戦の千代田と龍驤は距離が距離だっただけに戦線参加は間に合わず、航空隊の航続圏内に敵を捉え攻撃隊の発艦準備作業を行う中戦闘終結の報が齎され、それを受け釧路へと引き返している。

 

最も、快速空母のペアであれば恐らく間に合ったであろう、と言うのが後に直人の示した見解である。

 

 

 

その後横鎮近衛艦隊の強行偵察部隊は、カムチャッカ半島の旧ペトロパブロフスク・カムチャツキー港に仮泊して補給部隊の来援を待ち、翌26日早朝になって大湊警備府防備隊の輸送部隊が同地に到着した。

 

近衛艦隊は補給物資を受け取って仮泊地を出港、当初予定通りの強行偵察を実施して大湊警備府に情報を通達すべく南下し、釧路沖で五航戦と合同して29日に大湊港に帰投した。

 

この間択捉島沖で大湊警備府宛に情報を発信し、情報収集の任を完遂している。

 

 

中部千島沖海戦の顛末は、それに至る過程こそ慌ただしいものではあったが、最後は平静そのものであった。実際任務を無事完遂し、全員打ち揃って帰還したのだから文句のある筈もなかったのだったが―――。

*1
後に巡洋戦艦に類別変更されることになる




艦娘ファイルNo.85

利根型重巡洋艦 利根

装備1:20.3cm連装砲
装備2:零式水上偵察機

セレベス海周辺掃討戦で得たドロップ判定で着任した艦娘3名の内一人。
筑摩・鈴谷と共に第8戦隊を構成する。
筑摩と同じく強力な索敵能力を生かし艦隊の目の役割を果たす重要な艦娘である。


艦娘ファイルNo.86

球磨型軽巡洋艦 北上

装備1:14cm単装砲
装備2:61cm4連装魚雷

球磨型軽巡洋艦の3番艦。
雷巡としてコンビ関係の大井とだと大井が姉だと思われがちだが実際には多摩→北上→大井→木曽と言う順番となるので覚えとくと誤解が無くていいかもしれない。
しかし大井の様な重雷装艦仕様での参陣ではなく、通常の軽巡としての参陣となった。


艦娘ファイルNo.87

朝潮型駆逐艦 霞

装備1:12.7cm連装砲

朝潮型の最終10番艦(末っ子)、ちょっと捻くれてるけど根は優しい名提督製造機。
これと言って特異点がある訳ではないが個性という意味では一番際立っているかもしれない。(作者談)


艦娘ファイルNo.88

陽炎型駆逐艦 舞風

装備1:12.7cm連装砲
装備2:25mm連装機銃

偶然(?)造兵廠のドックに漂着した敵の残骸を鑑定した結果、利根らと同時に着任した艦娘。
元気とポジティブさだけが取り柄に見えて実は訓練抜きでいきなりの実戦となった中部千島沖で無傷でこの難局を乗り切った潜在能力の高い艦娘である。



章末付録 サイパン基地航空隊全容(2053年1月時点)

戦闘機隊 キ-45改 二式複座戦闘機「屠龍」丙型 76機
362機   N1K4-A 艦上戦闘機 紫電三二型改 94機
     A6M7 艦上戦闘機 零戦六四型 78機
     N1K2-Ja 局地戦闘機 紫電二一型甲 61機
     キ-84-Ⅰ甲 四式戦闘機「疾風」甲型 31機
     キ-84-Ⅰ乙 四式戦闘機「疾風」乙型 22機

爆撃機隊 キ-91 戦略爆撃機 41機
333機   A6M7 艦上戦闘機 零戦六四型(50番爆弾装備) 54機
     D4Y3 艦上爆撃機 彗星三三型 74機
     B7A 艦上爆撃機 流星 59機
     G4M2A 1式陸上攻撃機二四型乙 58機
     G4M3 1式陸上攻撃機三四型 47機

攻撃機隊 P1Y3 陸上爆撃機 銀河仮称三三型 40機
246機   B6N2a 艦上攻撃機 天山一二型甲 54機
     B6N2 艦上攻撃機 天山十二型 71機
     B7A 艦上爆撃機 流星 81機

偵察/哨戒機隊 J1N1-R 二式陸上偵察機 23機
43機      Q1W1a 哨戒機 東海一一型甲 20機

合計984機

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