異聞 艦隊これくしょん~艦これ~ 横鎮近衛艦隊奮戦録   作:フリードリヒ提督

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どうも、お久しぶりで御座います、天の声です。

青葉「ご無沙汰しております、青葉ですぅ!」

中断するという宣言から随分経ちました(現在17/07/04)が、設定作業の遅延が目立っておりました、この点についてはお待たせした事をお詫びしたいと思います。WoWSをやり過ぎました。

青葉「ま、いつもの事ですねぇ。」

艦これのイベントの方が1ヵ月前から告知がありました。大規模イベントと明言されました。皆さん気を引き締めて行きましょう。またイベント攻略中の更新は、ストップさせて頂きますのでご了承ください。なおこの攻略にはイベ海域レベリングと掘りも含まれますがご容赦下さい。

青葉「そう考えると1月前と言うのはえらい時期に再開しましたね?」

まぁね、そう思わんでもないが、まぁ例のごとく1章に1ヵ月以上かかる公算は大きいので、その辺はまぁ割り切って下さい、ごめんなさい。

青葉「そう言えばサラトガ改二と言う事で沸いてますが、艦載機としてF6F-5とF4U-1Dが来ましたけど、ご感想は?」

なんか取材っぽいね? いいけど。
正直何も感じてないのが本音ですね、それより-5の夜戦型であるF6F-5Nの実装を期待したいです。あと噴式戦闘機。
或いはサラトガ改二に夜間航空戦が出来る能力が来るかなと期待もしている。これについては既存の夜間砲撃戦計算式ではなく、昼戦時並みの火力を出せる別式での話です。

まぁなんにせよね、サラトガは99待機なので、今から期待に胸が膨らんでますよ。

青葉「楽しみにしましょう!」

そうだね。では今回の解説に移ろうか。今回は「艦娘艦隊基本法」について。今後触れる機会が相応にあるだろうからここで簡潔に触れておきます。


艦娘艦隊基本法は、艦娘関連法案の基礎になる事から基本法と付いています。

概要としては大本営や各基地、艦娘艦隊の位置づけや役割、性質を決定づける重要なものです。因みに艦これ界隈でよくネタとして出てくる憲兵隊については、関連法案に制定されています。

簡単に言えば第1編は概要、第2編は大本営についての基本的な構成要件について、第3編は各基地及び艦娘艦隊司令部についての基本構成要件、第4編は各部署の職権とその権力行使範囲の規定、第5編に艦娘艦隊に於ける軍規の規定、第6編として自衛軍との協調路線を位置付けた条項、更に第7編として、艦娘保護/生活管理基本要件があります。

艦娘艦隊基本法は以上7項目で構成されており、曲がりなりにも軍事力である事を考えて、その条文は拡大解釈の余地を小さくするように配慮されています。故にこの法案は編で区切り、章を設け、節で細分化した上でその節の中に条文を複数個入れると言うやり方をしています。それだけ事細かに条文があると言う事になります。

当然条文の中には艦娘に対する処罰規定もあります。これは艦娘による軍規違反に対する適切な罰則を与える為です。劇中で直人が与えた罰則もこれに則ったものです。

因みに劇中では便宜上、特定の条文を引き合いに出す場合、本来法令内で連番になっている条文番号を、〇節の1~条と表記する事にしています。これについてはぶっちゃけてしまいますが、全条文を決定するまでに大変な労力と時間が必要となる事が主な要因でありますが、他に読者の方になるべく分かり易くお伝えする為と言う理由もあります。


今回は以上です、少し難しい内容ですが、これでも出来るだけ噛み砕いて説明したつもりです。

青葉「お疲れ様でした、では早速本編に行きますか?」

だな、お待ちかねだろうし。

でもその前に一つ、読者様に今回の章について説明しておく必要があるね。

今回の章、タイトルが二つあるんだけども、今から始まるこのお話は「慟哭編」になるよ。つまりある時期を境に「激動編」が始まるって事だね。ここだけ頭に入れておいてもらえるといいかな。

では本編、スタートだ!


第三部~慟哭・激動編~
第3部1章~ベンガルの夕闇~


~前回までのあらすじッ!!~

 

 2052年の開設以来1年2か月余、横鎮近衛艦隊は、北はアリューシャン列島、南はニューギニア北方、西はアンダマン諸島、東はトラック諸島に渡る広い戦域を駆け巡り、様々な敵と相対してきた。

時に試練にも見舞われ、提督たる紀伊直人も重傷を負う事態もあったが、その快進撃振りに異論のある者は誰もいない事は確かでもあった。

 2053年6月も半ばに差し掛かった頃、横鎮近衛艦隊の指揮艦『鈴谷』は、トラック棲地を下し、襲撃にあったサイパン島へ帰着を果たし、艦娘達はいつも通りの日常でこそあったが、束の間の休息を味わったのである。

 

 

 

2053年6月18日9時47分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「えー、やっぱりそうなるのぉ~?」

 

大淀「はい、やはり軍令部は、直接報告を受けたい、との事です。」

 

直人が大淀から渡された1枚の電文を見て、天を仰いで呻いた。

 

元はと言えば事前に何の連絡も無しに事後承認の形を、なし崩し的に取らせたのが悪いのだが、当人にとっては面倒極まっていた。報連相の重要性、これはいつでも同じと言う事であろうか。

 

提督「はぁ、まぁ仕方がない。」

 

大淀「いつでも御宜しいとは思いますけど・・・」

 

提督「それはそうだ、こちらの都合に合わせさせて貰う。」

 

特に日程の指定がないのは幸いであった。

 

提督「ところで、余裕が無くて先送りにしていたドロップ判定の方はもう済んだ頃合いかな?」

 

大淀「予定通りならば、その頃合いと思われます。」

 

実は鈴谷の損害は思ったより大きく、結局損傷を受けた艦内工場は、その設備の半数近くを取り換える羽目になったのである。そればかりか高角砲1基と機銃3基が、装備箇所ごと全壊しており、完全に壊れては直せるものも直せないと言う事で、それらの修理と再搭載でドロップ判定まで手を付ける余裕がなかったのだ。

 

無論艦娘の艤装の修理もあったが、特に大破した鈴谷の艤装は損壊が激しく、時間がかかると報告を受けていた。

 

提督「それじゃ、ちょっくら行ってきますかぁ。」

 

そう言って直人は席を立って左うちわで歩き出すのであった。

 

 

10時03分 建造棟1F・ドロップ判定区画

 

ちょっと早めに来過ぎて待たされる羽目になった直人であったが、それでも10時03分には全員出揃った。そこで直人は自己紹介を求めた。

 

谷風「谷風だよ、これからお世話になるね。」

 

提督(お、普通・・・?)

 

涼風「ちわー、涼風だよ! 私が艦隊に加われば、百人力さ!」

 

提督(自信満々だー)

 

卯月「やったぁ! でたっぴょん! 卯月でーす! うーちゃんって呼ばれてまーす!」

 

提督(元気だなぁ)( ̄∇ ̄;)

 

初霜「初春型4番艦、初霜です。宜しくお願いします。」

 

提督(この子も普通だ)

 

今回は駆逐艦しかいなかったようで全4隻である。

 

提督「俺がここの司令官だ、着任早々ご苦労だとは思うが、明日からは早速訓練に参加して貰う。だがその前に、施設を一通り見て置いた方が良かろう。陽炎!」

 

陽炎「はいはい、了解!」

 

呼び出されていた陽炎が心得た様子で返事をする。

 

提督「施設の案内は陽炎がしてくれる。どこに何があるか位は覚えて置く様に。」

 

4人「「はいっ!」」

 

新着の4人は揃って返事をした。

 

提督「うむ。んじゃ陽炎、あと任せた。」

 

陽炎「分かってるわ、じゃ、案内するわね。」

 

と、陽炎は谷風達に言って、4人を連れ立って建造棟を出た。その一足先に、直人も建造棟を去っていた。

 

 

12時26分 食堂棟1F・大食堂

 

食堂の一角で、吹雪は一人食事を摂っていた。その左の胸元には、先日直人から司令部防衛の功績について、功一等との評定で賜った殊勲賞が輝いていた。余程嬉しかったらしく、司令部にいる時は胸元にいつも付けていた。

 

この日は水曜日なので祥鳳が炊事担当である。いつもこざっぱりとした和食を出す事で、一定の評価がある。

 

「向かい側いいか、吹雪。」

 

吹雪「あ、はい、どうぞ。」

 

相席を所望したのは直人である。

 

提督「いやー、祥鳳の味噌汁は出汁の取り方が良くて美味いんだよなぁ、頂きます。」

 

そう言って直人は自分の昼食に箸を付ける。そのまま会話もなく淡々と食べ続けたが、ふとこう漏らす。

 

提督「随分あれ以来訓練頑張っているみたいじゃないか、神通が感心してたぞ。」

 

吹雪「は、はい。私も皆さんに負けてられませんから。」

 

提督「そうか、競争意識があるのはいい事だ。だが行き過ぎも良くないぞ。」

 

吹雪「肝に銘じます、司令官。」

 

訓練は、ただ淡々たるものではダメで、ある程度の競争意識がその効果をぐっと引き上げる事がある。今吹雪が話した事は、艦隊にとってもいい傾向であると映った。

 

提督「しかし連日の猛訓練だからなぁ、俺も時折訓練はするがあれほどの事はしないから大変そうだな?」

 

吹雪「まぁ、もう慣れっこになっちゃいました。」

 

提督「うわぁ、いやな慣れだなぁ何とも・・・。」

 

吹雪「そうなんです、嫌な慣れってあるものなんですね。」

 

提督「全くだ、俺なんて毎日毎日大淀に書類作業が遅いと怒られるのに慣れてしまってなぁ。」

 

と心にもない事を言う。

 

吹雪「アハハハッ、それは大変ですね。」

 

提督「おかげで毎日頭が痛いよ全く。」

 

そう言いながら直人は、吹雪の顔に笑顔が戻っている事を確かめたのである。

 

 

この後、地獄耳の大淀に捕まった事は言うまでもない。

 

 

6月18日10時18分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「うーむ。」

 

1枚の書類を見て唸る直人。因みにこの日は曇天だ。

 

大淀「どうされましたか?」

 

提督「いや、明石からの改装具申書、なんだが・・・。」

 

そのリストに大型艦が含まれていた。

 

提督「“陸奥”と“霧島(改二)”、それに最上・三隈・利根か・・・。」

 

大淀「戦艦が2隻ですか・・・コスト面では多少余裕もありますから、宜しいのでは?」

 

提督「うーん・・・まぁ、いいか。」

 

割となし崩し感はあるが直人は承認する事にした。やはり戦力の増強は大きいからである。

 

金剛「でも・・・ヤッパリまだ鋼材に余裕がないデスネー。」

 

提督「そうなんだよなぁ・・・。」

 

1回の海戦で損傷する艦娘が多い事もそうだが、何より自己修復機能を持つ鈴谷への鋼材の補充が、鋼材補充の面でかなり足を引っ張っている所があるのは確かであった。

 

提督「そう言えば、トラック諸島への部隊移動はどうなってるんだ?」

 

大淀「艦娘艦隊の第三陣までは既に到着した模様です。移築資材を乗せた輸送船が24日に到着予定と言う事でしたので、順調に進展していると言っていいと思われます。」

 

提督「いや、順調と言うには早いな。見かけだけと言う事もある。パラオートラック航路上の対潜哨戒を怠るなよ。」

 

金剛「了解ネ!」

 

高雄基地隊のトラックへの移動は、現状順調に推移していると言っていい。但し現状の話であって、先のことまで分からぬのが常であるからこそ、用心する事は必要なのだ。

 

最近は艦娘達を遠征に駆り出す事が増え、主に対潜哨戒などで実績を上げているのだが、全く人手が足りていないのが実情であったと言う事もある。

 

提督「潜水艦はホントにどこからともなく現れるからな、厄介極まる。」

 

金剛「ワタシも最後はそうでしたネー。」

 

提督「潜水艦滅するべし、慈悲はない。」

 

金剛も台湾海峡で米潜水艦「シーライオン」の雷撃を受け、駆逐艦浦風諸共撃沈されている。潜水艦によって戦艦が撃沈された例の一つであるが、この事は日本が対潜攻撃能力を余り重んじてこなかった事の反動であった事は確かである。

 

提督「対潜攻撃力については我が艦隊はまだ不足しているからな、最新型の装備への換装を急がせたい所だが。」

 

大淀「中々捗々しくありませんね、換装率はまだ1割程度でしょうか・・・。」

 

提督「うーん、開発しても中々出ないしなぁ、三式爆雷は・・・。」

 

大淀「―――もう少し何とかなれば、いいのですが・・・」

 

提督「無理を言っても仕方がない、可能な範囲でやる事だ。」

 

大淀「そうですね。」

 

直人の言葉で思い直す大淀であった。

 

 

そして話題は、現在の艦娘艦隊の戦況に移って行った。

 

 

提督「ベンガル湾方面にはようやく艦娘艦隊が通商破壊戦を展開し始めたな。」

 

大淀「話では、王立タイ海軍も参加しているとの事でしたが。」

 

提督「インドネシア海軍もだ。南西方面諸国の海軍も参加していると伝え聴いている。」

 

アジア諸国の海軍は、実は相当数の艦艇が残っている。これは南シナ海が外界からの進入をシャットアウトしやすい地域である事と、マラッカ海峡やスンダ海峡の狭隘さに救われている事が要因になっている。

 

更に日本国海上自衛軍が、東シナ海で中国海軍やフィリピン海軍との合同作戦で敵を阻止できていた事、その海上自衛軍自体がかなりの打撃を敵に与えていた事から、深海側の関心を向けさせていた事が要因になっている。

 

金剛「戦力としてはどうなんですカー?」

 

提督「さぁ、そこまで聞いている訳ではないからな、ま、大本営に行ったらついでに聞いて来よう。」

 

大淀「話では、退役寸前だったと言うチャクリ・ナルエベトも出撃しているそうです。」

 

提督「ほう、南西方面唯一の空母か。ま、通商破壊には使えるのか。」

 

空母チャクリ・ナルエベトは、王立タイ海軍が保有している1万トン級の小型空母である。同国初の空母で国産なのだが、設計が二転三転して当初は所定の性能を発揮する事が出来なかった。

 

その後外部からの技術提供を受けて改修され、F-35Bを運用出来る様になっている為、性能に不満があった割には息の長い艦艇となった。ただ、第一次対深海戦争の始まる頃には、退役間近と言われていたのだ。

 

???「そりゃあF-35にはステルス能力あるからな。」

 

と、唐突に誰かの声が聞こえてきた。

 

提督「いつの間にいたんだ蜜柑野郎。」

 

柑橘類「銃撃すんぞ。」

 

提督「待たれよ洒落にもならん。」

 

現れたのは柑橘類少佐、割といつもやっている軽口のたたき合いである。

 

提督「で、どうした?」

 

柑橘類「なに、基地航空隊の増強要請だよ。」

 

提督「1000機近いのにどうしろと。」

 

柑橘類「いやいや、機種統合と縮小の上でのお願いさ。」

 

提督「ほう・・・聞こうか。」

 

直人が柑橘類少佐の具申に興味を示す。

 

柑橘類「今のとこ、基地航空隊には色んな機体が入り混じってる。紫電改やその艦載機型、更に艦戦版紫電改と機種が被る零戦やら爆装零戦なんかもいる。端的に言えば、1つの機種に色々と居過ぎなんだな。」

 

提督「確かにその通りだ、んでその機種を統合して数を減らした上で機種転換をしたい訳か。」

 

柑橘類「そう言う事、実際このサイパンはトラック棲地陥落で空襲の危険は減ったがゼロじゃない、ニューギニアのビアク方面からの空襲も予想されるしな。」

 

提督「成程? そこでより効果的な機種が欲しいとそう言いたい訳か。」

 

柑橘類「いや、編成が手間なんでこざっぱりとまとめて欲しいってのが本音さ。」

 

大淀「確かに今、戦闘機だけでも6機種存在していますから、統廃合してもいいかも知れませんね。」

 

提督「そうだな・・・」

 

直人は少し考えてから、

 

提督「分かった、前向きに検討させて貰う。」

 

と返事をした。実際余りの機数の多さに管理コストが莫大なのであるから、そう言うのは当然だった。

 

柑橘類「恩に着る、そんじゃぁな。」

 

提督「おう。」

 

柑橘類少佐はそそくさと引き上げていった、どうやら忙しい中おいでなすったらしい。

 

提督「・・・烈風でも開発出来たらねぇ?」

 

大淀「おやりになられますか?」

 

提督「すぐにやれってのは、無理だね。」

 

大淀「そうですね。対潜兵装と並行して少しずつやらせます。」

 

提督「そうしてくれると助かる。」

 

基地航空隊の強化が決定した瞬間であった。

 

提督「後は南方方面への戦闘行動が出来ればいいんだが。」

 

大淀「トラック棲地陥落で、その活路は開けたと思いますけど・・・」

 

提督「ん? いやぁ、まだ駄目だ。作戦をするなら、やはり前線基地がいる。」

 

大淀「ラバウル、ですか・・・。」

 

提督「そうだな・・・そこしか適地はない。」

 

ニューブリテン島ラバウルは、同島の東端に位置する港町だ。尤も、この頃は島民が脱出した為に既に廃墟になっていたが。

 

大淀「提督は、ラバウル制圧の任務が来るとお考えですか?」

 

提督「うちには来ないだろう、多分佐鎮近衛の仕事じゃないかな。強行偵察位ならトラックに移って来る艦娘艦隊でやる筈だ。」

 

佐鎮近衛第一艦隊は、泉沢和征が指揮する艦隊で、近衛艦隊では揚陸戦を受け持っている。因みに横鎮近衛は前哨戦部隊で、水戸嶋氷空の呉鎮近衛が戦場の火消し役、浜河駿佑率いる舞鎮近衛が防衛戦を担当している。

 

つまり押しなべて主力を担う訳ではなく、相応の能力が求められる役回りを担っているのである。

 

提督「でも佐鎮近衛との共同作戦位は、あるかもしれんね。」

 

直人はそう考えていた。

 

 

一方で艤装倉庫では、数人の艦娘が艤装の整備に勤しんでいたのだが、その中に一人の戦艦がいた。

 

10時32分 艤装倉庫

 

日向「瑞雲の整備も、きちんとしなければな。」

 

日向である、どうやら搭載機である瑞雲の整備中の様だ。

 

伊勢「お、日向、先に来てたんだね、探したよ。」

 

日向「伊勢か、それはすまない。」

 

伊勢「いいって。あー、また瑞雲の整備?」

 

と、伊勢は日向の手元を見て言った。

 

日向「あぁ、何よりも大事なのは搭載機の整備だ。特に私達は瑞雲と言う難しい機体を使う。爆撃から弾着観測まで、用途は様々だ、整備はきちんとしなければ。」

 

と、熱弁を振るう日向である。

 

伊勢「確かにそうだけどねぇ、随分熱心じゃない?」

 

日向「やれるだけ改良をしているからな。」

 

伊勢「それって妖精整備員達の仕事なんじゃ?」

 

日向「いや、彼らは整備だけだ、改修までは手が回らない事が多い。」

 

言ってしまえば、航空運用艦娘達は運用者であると同時に、メーカーにも相当するのだ。

 

噛み砕いて言うと、艦娘達は自分の経験を基に艦載機をチューンナップして行く。そこに搭乗員達の意見を取り入れ、自分だけの艦載機になって行き、そこに艦娘達の考え方や理想的な姿が浮かび上がってくると言う訳だ。航空機の運用を行う艦娘達は日夜そのようにして、自身の実力を高めていると言えるだろう。

 

多少性能差により運用上の不便はあるが、それを意に介するより少しでも強力な艦載機を創り上げる事が大事なのだ。

 

伊勢「ふーん、重要だね、そう考えると。」

 

日向「あぁ、特に私達は、立体的な航空砲撃戦をする特殊な位置取りにある。その分、磨きをかけねばな。」

 

日向の瑞雲への思い入れは、並大抵のものではないようだ。

 

 

翌日、直人は訓練の視察を行った。

 

6月19日9時47分 司令部前埠頭

 

 

ドン・・・ドドン・・・

 

 

提督「ほーう、駆逐艦娘の練度の向上ぶりが見えるようだな。」

 

遠雷の様に聞こえてくる砲声を聞きながら、直人は双眼鏡で訓練中の様子を見ていた。

 

大淀「ここ数日間で、駆逐艦娘は砲撃の命中率が平均3%上がっています。」

 

提督「そんなに上がっているのか、それは凄いな。」

 

「そりゃそうでしょ、私がしっかり鍛えてるからね♪」

 

と、埠頭のすぐ下から機嫌の良さそうな声が聞こえてきた。

 

提督「その声は――――北上か。」

 

北上「おぉ、さっすが~、声だけで当てられちゃった。」

 

提督「褒めても何も出んぞよ。それよりどうだ、駆逐艦たちの様子は。」

 

北上「ん~、私の教えてるのは、軽巡洋艦の砲撃を駆逐艦に当てはめたものなんだけどさ、結構呑み込みが早くてね~、上達してるかな。」

 

北上は数の多い駆逐艦の嚮導を担っているのだ。最初こそ渋られたものの、直人の頼みとあらばと引き受けてくれたのである。

 

提督「それは何よりだ。吹雪はどうだ?」

 

北上「あの子はとりわけ上達も早いかな、一時が嘘みたいだよホント。」

 

提督「それは良かった・・・。」

 

北上「随分吹雪に入れ込んでるねぇ、どうしたの?」

 

北上がそう聞くと、直人は答えにくそうにしながらも、言葉を選びつつ答え始めた。

 

提督「なんと言うかな・・・あいつを見てると、時々心配になるんだ。」

 

北上「へぇ~? なんでまた。」

 

提督「うぬ・・・どう言えばいいかな、真っすぐ過ぎて、“周り”が見えてないように思えると言うか・・・昔の自分を見ている様でな。」

 

北上「ほーう、提督にもあんなんだった時があるんだ。」ニヤニヤ

 

提督「否定出来ないのが辛い。」

 

直人がそう言うと北上はこう言った。

 

北上「そっか、興味はあるけどー・・・今はいいや。それじゃ~私は戻るね。」

 

提督「おう、頼んだぞ~。」

 

北上「うん、任せといて。」

 

直人にそう告げると、北上は演習海域に戻って行った。

 

大淀「訓練中に嚮導艦が抜け出してくるなんて・・・」

 

提督「いや、あれはあれでいい。目の前で見ている時には見えなかったものが、別の視点から見ると見える時もあるからな。」

 

大淀「は、はぁ・・・。」

 

提督「――――そうか、大淀は訓練時の嚮導をした事がないんだったな。」

 

大淀「は、はい・・・恥ずかしながら。」

 

提督「別に恥じる事ではないさ、艦にはそれぞれの歴史ってものがあるからな。」

 

大淀にそう言い含めて、彼は再び訓練風景に目を移すのであった。

 

 

6月20日15時03分 司令部前ドック/重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「んー、被害受けた部分は全て修理が終わっているな、弾薬の補充状況は・・・」

 

直人はサークルデバイスを展開して、鈴谷の状態をチェックしていた。

 

「ちわ~っす提督!」

 

とそこへ勢いよく闊達な声が聞こえてきた。

 

提督「・・・なんでここが分かったし。」

 

「如月に聞いてきたんだ~♪」ニヒヒッ

 

提督「やれやれ・・・で、何の用だ、“鈴谷”。」

 

鈴谷「凄い、なんで分かったの!?」

 

提督「持ち上げたって何にも出ないぞ。」

 

ただのお世辞に直人はそう切り返す。羅針艦橋にやってきた鈴谷は、直人に対してこう言い放った。

 

鈴谷「提督の顔が見たくなっただけ!」ババーン

 

提督「じゃぁ帰りなさい!」ドーン

 

にべも無かった。

 

鈴谷「なんでぇ~?」

 

提督「この鈴谷のメンテナンス中なんだけどな? 私。」

 

鈴谷「知ってる。」

 

提督「なら静かにしてくれないか。」

 

鈴谷「え~? 退屈だしー。」

 

提督「ほーん?」キラーン

 

直人アイ.sが光った時は悪知恵が働いた証拠である。

 

鈴谷「へっ?」

 

提督「よし鈴谷、じゃぁ俺に代わって鈴谷メンテナンスしてくれ。」

 

鈴谷「ちょっ、なんでそうなるの!?」

 

提督「“ヒマ”なんだろう?」ニッコリ

 

鈴谷「いやっ、それはそうだけど!」

 

提督「そーか、それならやってくれるな?」ニッコリ

 

鈴谷「あー、私急用を~」

 

提督「提督命令だ、鈴谷。」キッパリ

 

鈴谷「職権乱用だー!?」ガーン

 

提督「だいいち、元は自分の一部だったんだろうが、お前にやって貰えた方が整備効率もいいだろう。」

 

鈴谷「そ、それはそうだろうけどさ・・・」

 

提督「何なら沖合で航行訓練もしてきていいぞ。」

 

鈴谷「むー・・・」(嫌って言えない雰囲気に・・・)

 

こう言う場面では直人は鈴谷より一枚上手であったようだ。

 

鈴谷「ハァ――――しょうがないなぁ、やったげる。」

 

提督「どうもありがとう。」ニコッ

 

鈴谷「――――ッ!」ドキッ

 

直人は巧みに鈴谷をやり込めて羅針艦橋を去って行く。

 

提督(クックック、いや~、一本取ったり♪)

 

しめたもんだと思っていた。

 

 

鈴谷「・・・。」

 

エレベーターに姿を消した直人を見送った鈴谷。

 

鈴谷「――――やるしかないか・・・。」(あれ、なんで私、こんなにドキドキして――――)

 

肩を落としながらも、その心中は穏やかではない。

 

鈴谷(ま、まさか、これが“恋”ってヤツ? いやいや、まさか私が提督に限ってそんな・・・///)

 

しかし、否定できる材料は、何もなかったのだった。

 

 

6月27日7時02分 中央棟1F・無線室

 

大淀「到着している無電は・・・っ、これは、作戦指令書、しかも、緊急?」

 

大淀はすぐにその2文字の意味を悟って、椅子を蹴る勢いで無線室を出た。

 

 

一方の直人はその時、朝食を終えた直後で食堂にいたのだが・・・

 

 

7時07分 食堂棟1F・大食堂

 

提督「どうだ涼風、艦隊には慣れたか?」

 

涼風「うん、皆いい人たちだし、何とかやってけそうだよ。」

 

提督「そいつは良かった。」

 

直人は執務室に行く前に、涼風と話をしていた。

 

涼風「いや~、実戦が待ち遠しいよ。」

 

提督「フフッ、そうか、俺もお前の初戦果、期待してるぞ。」

 

涼風「あぁ! 任せとけってんだ!」

 

直人はどうやら涼風をいたく気に入ったらしい。

 

 

大淀「提督、すぐに執務室においでください!」

 

提督「そうか、分かった。涼風、今日の訓練も頑張れよ。」

 

涼風「おう、そんじゃぁな!」

 

そうして涼風と別れた直人は、大淀と共に執務室へと向かうのであった。

 

 

執務室に言った直人が大淀から聞かされた内容は、直人の想像斜め上を行くものであった。

 

提督「へ? トリンコマリー棲地空襲だ? なんでまた。」

 

大淀「近く、南西方面艦隊がセイロン方面に対し大規模な攻勢を行う予定だそうでして・・・。」

 

提督「コロンボ棲地を攻略するに、側方にもう一つ棲地があるのでは邪魔だと、言いたい訳か。」

 

大淀「と、思われます。併せて大本営から、至急出頭せよとのことです。」

 

その言葉に直人は耳を疑った。

 

提督「は? では俺はどうすればいいのだ、出撃部隊の指揮を誰が執る?」

 

大淀「金剛さんにお任せになるが宜しいかと。」

 

提督「はぁ~、延び延びにしていたが、流石に限界かね。」

 

直人はその実、わざわざ出頭も面倒でそれを先延ばしにしていた節がある。が、それも我慢ならぬと大本営から言ってきた訳である。

 

提督「分かった、実戦部隊の指揮は金剛に執らせよう、鈴谷の方は・・・」

 

大淀「そこは一人、ベストな代役がいるのではありませんか?」

 

提督「・・・成程、ではそうしようか。」

 

大淀「作戦立案に移りますか?」

 

そこで本来なら直人は首を縦に振るが、この時ばかりは横に振った。

 

提督「いや、作戦の立案については金剛と艦娘艦隊側に一任する。やはり、実行する当事者による立案が一番だからな。」

 

大淀「分かりました。」

 

提督「各艦娘は朝食後待機。サイパン飛行場は連山改の発進用意を。」

 

大淀「発令します。」

 

大淀は直人の指示を伝達する為執務室を後にした。

 

提督「・・・向こうは梅雨時だな、雨具持って行かなきゃ。」

 

そう言って直人も身支度をする為に執務室を後にしたのであった。

 

 

その後金剛らは基本的な作戦の骨子を2時間程度で練り上げ、10時18分には鈴谷への物資搬入が完了した。

 

10時30分には、参加する艦娘達が重巡鈴谷への乗艦を済ませ、直人が彼女らに訓示を与えていた。

 

 

10時31分 重巡鈴谷前甲板

 

提督「――――今回の出撃に当たり、俺は同行する事が出来ない。よってその全指揮は、金剛らに一任する。皆(みな)は平素から練り上げてきた実力を発揮し、作戦目標の粉砕に尽力して欲しい。」

 

熱弁を振るう直人、そこで言葉を一旦切ってから、こう続けた。

 

提督「しかし、俺が皆に期待する事は敵の撃滅ではない。艦隊全員の帰還である。これを、第一の命令とする。作戦後、皆の壮健な姿を再び見る事を、楽しみにしている。」

 

大淀「敬礼!」

 

 

ザザッ

 

 

出動部隊の艦娘達が、直人に対し敬礼する。

 

今回編成された部隊は次の通り

 

第一水上打撃群

旗艦:金剛

第三戦隊第一小隊(金剛/榛名)

第八戦隊(鈴谷/利根/筑摩)

第十一戦隊(大井/北上/木曽)

第十四戦隊(摩耶/羽黒/神通)

第二航空戦隊(蒼龍/飛龍)

第二水雷戦隊

 矢矧

 第二駆逐隊(村雨/五月雨/夕立)

 第八駆逐隊(朝潮/大潮/満潮)

 第十駆逐隊(夕雲/巻雲)

 第十八駆逐隊(霞/陽炎/不知火/黒潮)

 第十六駆逐隊(雪風/谷風(※))

第一水雷戦隊(臨時編入)

 川内

 第四駆逐隊(舞風)

 第六駆逐隊(暁/響/雷/電)

 第十一駆逐隊(吹雪/初雪/白雪/深雪)

 第二十一駆逐隊(初春/子日/若葉/初霜(※))

 

第一航空艦隊

旗艦:赤城

第三戦隊第二小隊(比叡/霧島)

第六戦隊(古鷹/加古)

第十三戦隊(球磨/多摩/那珂)

第一航空戦隊(赤城/加賀)

第六航空戦隊(飛鷹/隼鷹/祥鳳)

 第十戦隊

 阿賀野

 第七駆逐隊(漣/潮)

 第二十七駆逐隊(白露/時雨/涼風(※))

 第十九駆逐隊(磯波/綾波/敷波)

 第十二駆逐隊(叢雲/島風)

 

(※):今回出撃せず

 

上記が今回編成された艦隊である。第一艦隊が編成から外されているのは、今回の作戦の性質を考えた結果、速攻を重視した為である。それだけの緊急性が要求されたのである。

 

提督「ふぅ、形式ばった事はやはり慣れないなぁ。」

 

訓示を述べて艦を降りた後、彼は大淀にそう言った。

 

大淀「でも、大分様になって来たと思いますよ。」

 

提督「だといいんだけど・・・。それより訓示の時鈴谷が目を合わせてくれなかった、てかむしろ顔背けられた。」

 

大淀「いや提督、何をしたんですか?」

 

提督「俺 に 聞 く ん じ ゃ な い 。」

 

当人として、分かったら苦労しないのである。

 

大淀「えぇ・・・。」

 

流石に困惑した大淀であったが、

 

大淀「こ、心当たりは何かないんですか?」

 

と切り返した。

 

提督「それが不思議な事に何もないんだ?」

 

大淀「疑問形で言われましても・・・。」

 

提督「マジで思い当たる節が無いから仕方ない。」

 

大淀「どうされたんでしょうか・・・。」

 

 

鈴谷(ヤバイ、なんか顔合わせらんないよ~!!///)

 

鈴谷の心中、穏やかではない。それは兎も角として、何とも鈍い男である。

 

 

10時37分、重巡鈴谷はサイパンを慌ただしく出港した。そして10時41分――――

 

~サイパン飛行場滑走路~

 

提督「さてと、行きますかね。」

 

4発の誉エンジンを轟かせ、連山改は暖機運転を行っていた。直人は連山改に搭乗する為に飛行場に来ていた。

 

柑橘類「途中までは護衛してやれるが全行程は無理だ。気を付けて行ってこい。」

 

大淀「ご無事に、お戻りくださいね。」

 

提督「ありがとな、行ってくる。」

 

直人は二人に見送られて、連山改の元に向かった。

 

10時40分、笹部大佐の連山改が、サイパン飛行場を離陸し、針路を0度に取り日本本土へと向かっていった。離陸直後の眼下には、テニアン島とサイパン島の間の水道を抜けていく鈴谷が望見出来た。

 

「“鈴谷より発光信号! 『道中の安全を祈願す』以上です!”」

 

提督「恐らく副長妖精だな。返信、『了解した、貴官ら全員の奮戦と無事を期待す』と送れ。」

 

「“はっ!”」

 

直人は報告してきた機銃員にそう伝えた。

 

提督(無事に帰れよ、お前達・・・。)

 

直人は眼下に鈴谷を望見して、そう祈らずにはいられなかった。

 

 

15時27分、連山改は曇天の厚木基地に無事着陸し、直人は久しぶりに日本の土を踏んだ。

 

基地には既に横鎮からの迎えの車が来ており、直人はそれに乗り込んで横鎮の本庁に向かった。

 

その一方で重巡鈴谷は、マリアナ諸島周辺海域を離れつつあった。

 

 

16時39分 横鎮本庁・司令長官室

 

提督「失礼します。」

 

土方「おう、到着を待っておったぞ。」

 

提督「はっ、出頭を先送りにしてしまい申し訳ありません。」

 

土方「それについてはまぁよかろう、貴官の部隊にも事情と言うモノがある、ま、座りたまえ。あと、君達は席を外してくれ。」

 

土方海将は人払いをして副官達を追い出しながら、直人に応接用のソファに座るよう勧める。窓にはポツポツと雨粒が当たっていた。

 

提督「はい、それでは失礼します。」

 

二人以外の人間がいなくなり、直人と土方海将がソファに腰を下ろすと、すぐに話が始まった。

 

土方「話は聞いた。今回はお手柄だったな、紀伊君。」

 

提督「ありがとうございます。これもひとえに、艦娘達の奮戦の賜物です。」

 

土方「しかし、今回も陣頭指揮だったのだろう。見事なものだ。」

 

提督「私は、こと艦娘達の指揮に関しては、何もしていませんよ。」

 

彼はあくまで謙遜してみせる。

 

土方「そうか、だが一体どうやったのだ? SN作戦の際にも棲地の中には立ち入る事が出来なかったものだが。」

 

提督「はい、その資料がこちらに。我が艦隊の造兵廠長明石からの提出レポートです。」

 

直人が玉付封筒を卓上に差し出す。

 

土方「ほう、拝見しよう。」

 

土方海将はそう言って封筒を手に取り、封を開けると中の書類の束を流し読みし始めた。

 

土方「・・・成程、脚部の艤装に、炭素を用いた防護処理をする訳か。」

 

提督「はい、炭素板では壊れやすい為、鋼材をコーティングする形の措置となっています。」

 

土方「成程な、言われてみなければ気付かない手法だ。で、効果は?」

 

提督「腐食は一切見受けられませんでした。ただ、損傷を受けるとコーティングした炭素が吹き飛ばされる可能性がある為、今後改善の余地があると思います。」

 

土方「うむ、その点ならば、専門の開発機関が柱島泊地にある。そこにこれの転写を回そう。」

 

提督「専門の機関、ですか――――それって、まさか。」

 

土方の言葉の一節が直人は気になった。

 

土方「そうだ、海自軍技術研究本部第三技術研究所、“三技研”だな。」

 

提督「やはりあそこですか。三技研は何度かに分けて見学させて貰いましたが、あれは凄いです、うちの造兵廠等とは比べ物にならない設備が揃っています。あそこを使える氷空が、羨ましいと思った事があります。」

 

土方「そうかそうか、話を通しておくから今度何か一つ発注してみるか?」

 

提督「ハハハ、検討しておきます。」

 

『海上自衛軍技術研究本部第三技術研究所』という正式名称で呼ばれるこの研究所は、かつて現・舞鎮司令長官である吉田晴郷海将が所長を務めていた事もある、海上自衛軍技術研究本部(海自軍技研)に隷属する研究機関の一つである。

 

 この海自軍技研と言うのは、自衛隊の軍への昇格の際に旧・防衛装備庁を発展解消して出来た、日本国防三軍の技術研究部門の内、海上自衛軍の技術研究を担当する機関である。

旧軍で言えば、海軍航空技術工廠(空技廠)や海軍艦政本部(艦本)などをひとまとめにしたと思えば大凡の概要がつかめるだろう。要するに海自軍で使用する兵器に使用する技術の開発や改良などを行う部署である。

 

提督「懐かしいですね、あそこは確か深海棲艦の研究を行っている部署でしたね。」

 

土方「そして、君達の扱っている、巨大艤装の誕生した地だ。」

 

その言葉に直人は感慨を深くする。

 

提督「“あれ”から、6年ですか・・・随分と、長く戦い続けて来たものです。」

 

土方「“あの一件”の後、三技研ではその繋がりで艦娘出現後に艦娘研究もやっているのだ。」

 

三技研は曙計画の製造部門をも担当していて、初期の調整と訓練も、柱島泊地でやっていたのだ。

 

提督「あそこでですか。確かに、巨大艤装を製造したと言う技術的な下積みこそありましたが、可能だったのですか?」

 

土方「現在の所支障は無いとの事で、順調に研究が進んでいるらしい。」

 

提督「そうですか。いや、新しい兵装の開発など、成果を期待したい所ですね、それは。」

 

土方「全く、その通りだ。」

 

久しく会っていなかっただけに、直人と土方海将は思う存分、談議に花を咲かせていた。

 

提督「そう言えば、ベンガル湾通商破壊に東南アジア諸国の海軍が参加していると言う話を聞きましたが、本当なんですか?」

 

土方「あぁ、インドネシア、タイ、フィリピン、ベトナムの各国が艦艇を出し合って参加している。勿論リンガとブルネイ、タウイタウイ泊地の各基地からも、海上自衛軍の艦艇と艦娘艦隊が参加しておる。」

 

提督「ふむ、しかし小型艦艇しかいないのでは?」

 

土方「そうだ、ミサイル艇などの小艦艇が主体だ。我々にはそれらの補助艦艇を出動させる余力が少ない。絶対数も多くない訳だが、そこにこれらの諸国から支援の申し出があり、渡りに船と言う事になった訳だ。」

 

度重なる激戦で日本の海上自衛軍は、ミサイル艇やフリゲートなどの小型戦闘艦の消耗が目立っていた。更にこれらを、日本本土や各艦娘艦隊基地に分配した関係で、小艦艇の基地ごとの絶対数は少ないのだ。

 

そこへ追い打ちをかける様に敵の潜水艦が圧をかけて来ていた上に、海上交通路の保全という任務から中々外部への出撃が出来ないのである。

 

提督「そう言う事でしたか・・・。」

 

土方「特にタイ海軍の空母はそれなりに活躍しておる。ステルス性のあるミサイルと機体自体にステルス性を持ったF-35Bの組み合わせが、通商破壊戦で効果を挙げているようだ。」

 

提督「ふむ・・・。」

 

深海棲艦に近代兵器が通用しないと言うのは、実のところ状況が整っている場合か、一部の例外(超兵器級など)に対しての話なのである。

 

深海棲艦は目視でミサイルを見る事が出来る、しかしそれはあくまでも“視る”だけであって、それを撃ち落とす事が出来るかどうかという段になると『不可能ではない』になるのだ。

 

では深海棲艦がどのようにミサイル攻撃を凌いだか、実際の所それは弾幕の形成なのだ。目視したミサイルに対し、レーダーも使い猛烈な弾幕を形成して破壊するのである。その処理方法は奇しくも、CIWSを生み出し近接防空兵器として装備した、人類と同じなのだ。

 

提督「ステルス能力を持ったミサイルですか・・・コストは高いものの、その点実効は高い訳ですか。」

 

土方「そうだ、いくら目視出来ると言っても、レーダーが捕捉出来なければ目測射撃に依らざるを得ない。更に輸送船団の頭数は非常に少ないから、ミサイルが落とされる心配は少ないとも言える訳だ。」

 

提督「言われてみないと気付かない手法ですが、確かにそうです。」

 

土方「おかげで各国の通商破壊部隊も随分意気上がっておるから、徐々に戦果も伸びている訳だ。」

 

提督「我々の今回の出撃命令は、その側面援護という役割もある訳ですか。」

 

土方「そうだ、単にコロンボに対する攻勢だけではない、これらの貴重な戦力を、出来るだけ消耗させまいと言う目論見がある。更に言えば、ベンガル湾が最早安全な海ではない事を、敵に知らしめる意味もある。」

 

提督「成程、よく分かりました。しかし今回は少々急すぎると小官は考えます。」

 

直人は作戦命令が余りにも急すぎた事に対して苦言を呈する。

 

土方「やはり急だったか、私もそうは思っていたが・・・。」

 

提督「えぇ、恐らく直前になって急遽決まった事だと言う事は理解出来ます。明日大本営に出頭して、その旨上申して来ようと思います。」

 

土方「それが良かろう。作戦行動とは一朝一夕に発動すると言う事は難しいものだ、しかしそれでも実行に漕ぎ着けるとは、流石という所だな。」

 

提督「ありがとうございます。」

 

直人は素直に頭を下げた。

 

土方「さぁ、もっと話をしたい所だが、私もまだ仕事が残っておるのでな。」

 

提督「はい、承知しております。では私はこの辺で失礼させて頂きます。」

 

土方「うむ、今日はゆっくり休みたまえ。」

 

提督「はっ、それでは。」

 

直人は踵を打ち鳴らして敬礼をし、司令長官室を後にした。

 

 

一方・・・

 

 

17時07分 マリアナ諸島西方遠方 重巡鈴谷・羅針艦橋

 

鈴谷「・・・退屈だねぇ明石ちん・・・。」

 

明石「えぇ、そうですね。」

 

重巡鈴谷の羅針艦橋では、鈴谷を預けられた艦娘、鈴谷が退屈していた。

 

鈴谷「提督は、こんなに何にもない時間を、出撃中過ごしてたんだね・・・。」

 

明石「それは勿論そうです。戦場に着くまでは、非常に単調な航海が続きますから。」

 

鈴谷「うへぇ~・・・艦長って、大変だ・・・。」

 

鈴谷はそれまで直接は経験の無かった艦長の立場に、改めて畏敬の念を覚えるのだった。

 

金剛「ハーイ鈴谷!」

 

そこへ金剛が来た。

 

鈴谷「おぉ、金剛さんじゃん!」

 

流石に総旗艦にあだ名を付ける事は憚られる鈴谷である。

 

金剛「どうデスカー? 初めての艦長は。」

 

鈴谷「ここまで退屈とは思わなかったよね、提督も毎度毎度大変だったって事を初めて知ったよ~。」

 

金剛「YES、私達がまだ“艦”だった時は、そんな思いもしませんでしたガ、私達は“艦娘”デスカラ。」

 

明石「そうですね、私達は仮にも、人の体を纏って顕現した身ですから。」

 

そう、彼女達は、紆余曲折こそ経はしたが元々兵器なのだ。『艦娘』という存在が元より、“兵器と、それと共に生きた者達の、善なる意思の集合体”として、女性の姿を以って顕現した存在たるが故に、彼女らはその本質として『兵器』なのであるが、その根源は『人間』なのである。

 

人間と兵器の二つの側面を持つ、この事が、艦娘達の扱いをより難しくさせる原因となっているのだ。

 

 

20時17分 横鎮防備艦隊寄宿舎・209号室

 

 

ザアアアアアア・・・

 

 

提督「雨・・・か。」

 

直人は窓から外を眺めていた。昼間から関東平野はぐずついた天気ではあったが、夜になり降り始めたのである。丁度梅雨時故に、日本本土では雨が多いのだが―――。

(※余談だがサイパンも10月までは雨期であるので割と大変だが劇中では余り描かれない。)

 

提督(雨は、やはり嫌だな。どうも気分が萎んでしまう。)

 

彼は雨が嫌いなのだ。自然の風景でで唯一嫌いなものと言っていい。彼は自然への畏敬を覚える者でこそあるが、雨だけは、どうしても好きになれなかったのである。それが、彼の心象を現していただろう。

 

 

6月28日9時27分 神奈川県横浜・大本営本庁舎/総長執務室

 

提督「石川好弘少将、只今出頭致しました。」

 

山本「ご苦労。」

 

互いに敬礼を交わす二人。やはり人払いをして、互いに話し始める。

 

提督「出頭の遅れました事、申し訳ありません。」

 

山本「それについては良かろう、それよりすまなかったな。」

 

提督「・・・と、言われますと?」

 

山本「今回の出撃命令は、急遽決定されたものである事は既に察していると思う。実は6月25日の深夜に、トリンコマリー棲地に敵の戦力が集結している事を突き止めたのだ。」

 

実のところ、山本海幕長は横鎮近衛艦隊に対する急な出撃要請に躊躇いを覚えたのだと言う。しかしすぐに出せて尚且つ、強力な艦隊が他にいなかった事が、この出撃命令に繋がっていたのだと、山本海幕長は語った。

 

提督「成程、そう言う事でしたか・・・。それについては了解致しましたが、今後は必ずもっと早期の打診を、強く請願するものであります。」

 

山本「了解した、最大限の努力を払う事を約束しよう。」

 

提督「それで、先のトラック棲地攻略についてのお呼び出しと伺いましたが。」

 

山本「うん、実のところ、トラック棲地攻略準備の件については以前耳にしていたが、一体どうやったのかね?」

 

提督「ご説明致します――――」

 

ここからは概ね土方海将に説明した通りなので省略する。

 

 

 

山本「ふむ・・・貴官らの叡智の結晶だな。」

 

提督「お褒め頂き、ありがとうございます。」

 

直人は評価して貰えたことに関して礼を言った。

 

山本「しかし一部とはいえ、三技研と同等の技術力を持つに至るとは、貴艦隊の工作艦だけの力添えではないな?」

 

提督「はい、我が艦隊にて逗留している深海棲艦―――『モンタナ』の力添えあっての事です。」

 

山本「そうか、それなら何よりだ。全ての深海棲艦が、かくあればと願うものだが・・・。」

 

提督「――――海幕長殿は、この戦争には反対だったのですか?」

 

そう聞くと、山本海幕長は首を横に振ったが、その答えは完全な否定ではなかった。

 

山本「いや、そう言う訳ではない、しかし消極的なのは事実だな。余り積極的に出た所で、何かある訳ではない。むしろそれは、我々にとって不毛な戦争に於いて、必要以上に戦線を抱える事に繋がりかねないからだ。だが、中堅将校や艦娘艦隊の若い連中は血気にはやっている者が少なくない、それが困り物なのだ。」

 

提督「深海棲艦は凄まじい兵力を持っています。それに比べれば艦娘艦隊など、些細な数ですからね――――」

 

山本「故にこそ、君達近衛艦隊がいる。我々は勿論、艦娘艦隊の被害を極限させる為の、鋭い槍の穂先が君達だ。」

 

提督「よく理解しております。その基本理念に沿い、我々は行動しているつもりです。」

 

 

“近衛艦隊の基本理念”――――

 

それは、『消耗戦を回避する方針の下、1個艦隊で膨大な戦力と伍する艦娘艦隊を編成し、以ってこれを戦略・戦術的な重要な戦力として運用する』と言うもの。

 

“前哨戦”・“残存掃討”・“戦略的要地防衛”・“強襲揚陸戦”、この4つは、いずれも戦術や戦略面において重要な局面であり、そうした局面で、生半可な部隊を投入する訳にはいかないのである。その為にこそ、近衛艦隊の存在意義があるのだ。

 

 

山本「その点に於いても、今回のトラック棲地の撃滅は、戦略的に見ても重要な意義を持つ。本当によくやってくれた。」

 

提督「はっ、ありがとうございます。これで小澤海将補殿も、生き生きと作戦指導が出来そうですね。」

 

山本「だといいのだが。彼は君も知っての通り、航空戦術の専門家だ。」

 

提督「はい、存じております。必要とあらば、我が基地の航空隊をも、作戦に共同させたいと考えておる次第です。」

 

それを聞くと山本海幕長は表情を綻ばせた。

 

山本「それは彼にとっても何よりの知らせだろう。私からも良く伝えておこう。」

 

提督「ありがとうございます。移駐のほとぼりが収まりましたら、近く挨拶に出向こうと思っていた次第でして。」

 

山本「そうか、それはいい。それも含めて話は通しておこう。」

 

提督「そうして頂けると、ありがたく思います。」

 

山本「ハハハ、他ならぬ君の頼みだ。6年前の事がなければ、今頃我々海自軍は戦力を残していなかっただろうからね。ひとつ恩返しと思って、出来るだけの協力をさせて貰う。」

 

提督「――――海幕長直々にこれ程までのお言葉を頂けましたならば、6年前に我々が命をかけた甲斐も、あったと言うものです。」

 

彼はかつての自身の奮戦が、全く無駄ではなかった事を、この時初めて知った。それは無論嬉しくもあったが、それが故に今、この複雑な立場に置かれている事を想えば、心境は少々複雑であった。

 

山本「そうか。君はあの一件で英雄扱いされるのを酷く嫌っていたと言う話だがね、戦略的な意義は確かにあった、その一点だけを見れば、君は確かに英雄だったと私は思う。だが全体を見れば、作戦は失敗に終わってしまった。君が英雄視される事を嫌ったのも、よく分かろうと言うものだ。」

 

提督「はい、私はメディアによって創り上げられた、虚像の英雄ですから・・・。」

 

山本「嶋田のやりそうな事だ、失敗した事を、国民は知らんのだ。」

 

提督「そうですね・・・。」

 

山本「この話は終わりにしよう。トラック棲地の攻略、ご苦労であった。」

 

提督「はい、ありがとうございます。宜しければ、山本海幕長のお考えを、お聞かせ願いたく思います。」

 

直人がそう聞くと、山本海幕長は言った。

 

山本「私の考えか。近く、ミッドウェー方面に対し攻勢をかける事になるだろう。その際にはまた、貴艦隊の出番もあるだろうから、そのつもりでいてくれ。」

 

提督「分かりました。」

 

山本「それと、ラバウルとその周辺については目下制圧する方向で計画の準備をしている。そこで君が提出したレポートが生かされる事になるだろう。」

 

提督「はっ、早速お役立て頂けます事、光栄であります。」

 

彼の提出したレポートは、実行しようとすると即効性には乏しいのだが、すぐさま生かされる事になるならばそれ以上の事は無い訳である。

 

山本「今話せるのはこんなものかな。」

 

提督「そうですか・・・分かりました、それではこれにて失礼致します。」

 

山本「うむ。君の今後の健闘を祈っているぞ、紀伊君。」

 

提督「ありがとうございます、では、失礼します。」

 

山本「うむ。」

 

直人は山本海幕長と敬礼を交わすと、総長執務室を後にした。

 

 

11時19分 神奈川県横須賀・戦艦『三笠』

 

提督「――――“VR三笠”が節電のため提供休止って言うから来たけど、ホント凄いな。」

 

「本当に、文明の利器ね・・・」

 

提督「そうそう――――!?」

 

直人は唐突に声がしたので慌てて後ろを振り向く。

 

「ふふっ、驚かせちゃったかしら?」

 

提督「全くだよ三笠・・・。」

 

姿を現したのは、艦娘・三笠であった。

 

三笠「ごめんなさいね、そのつもりはなかったのだけれど。」

 

提督「いいさ。その後、変わりないか?」

 

三笠「えぇ。今の所は、まだ気づかれていないわね。」

 

―――原初を知る者―――戦艦三笠。

 

彼女は時折三笠を訪れる彼の前に必ずと言っていい程姿を現し、その都度、何かしらの形で助言を与える存在――――否、それはどちらかと言えば、彼が目指すべき道標を示す者でもあったかもしれない。事実、例え彼女の言葉を忘れ去ったとしても、その言葉によって変わった事は沢山あるのだ。

 

三笠「あなたはよくやっている。本当に、様々な戦いを経験してきた。」

 

提督「褒められている、と思っていいのかな。」

 

三笠「そうね―――――“半分は”。」

 

提督「――――?」

 

その言葉に直人は怪訝な顔をした。

 

三笠「もう半分は忠告よ。」

 

そう言い置いてから、三笠は続ける――――

 

三笠「あなたは様々な戦いを経験してきた。それは、今後も変わらない。様々な戦いを、あなたは経験するでしょう。けれど紀伊直人、あなたはもうすぐ『戦争の真実』を識る(しる)事になるわ。」

 

提督「・・・どういう事だ?」

 

三笠「あなたがどう思うかは、あなた次第。その先をどうするかも、あなたの胸一つ。」

 

提督「それでは説明に――――!」

 

気付けば三笠の姿は掻き消えていた。代わって声が、何処からともなく聞こえてくる。

 

三笠「―――――あなたが、“未来を変えたいと望むならば”―――『恐れないで』。」

 

その声を最後に、三笠の声は聞こえなくなった。

 

提督「――――戦争の・・・“真実”・・・。」

 

彼はその言葉に隠された真意が何だったのか、結局、その時は分からなかった。それを知るのは、暫く後の事である――――。

 

 

その後、横鎮本庁に戻った彼は、エントランスで大迫一等海佐と再会する。

 

12時03分 横鎮本庁1F・エントランス

 

提督「~♪」

 

直人は食堂に向かっているようだ。

 

大迫「ふぅ~・・・お、直人じゃないか!」

 

提督「大迫さん!」

 

名前を呼ばれ振り返った直人はその視線の先に大迫の姿を認める、大迫はすぐに追い付いてきて隣を歩いた。

 

提督「余り外で私の名前を大声で呼ばないで下さいよ、私は英霊扱いなんですから。」

 

大迫「あっ、そうだったな――――すまない。」

 

提督「フフッ、いいですよ、大迫さん。」

 

大迫「しかし戻って来てるって話を聞いて、今朝からちょくちょく探してたんだ、良ければ昼飯一緒にどうだ。」

 

提督「お供しましょう。」

 

そう言って直人は大迫一等海佐と共に食堂へと向かった。

 

 

12時29分 横鎮本庁1F・食堂

 

開放感のある食堂の一隅に、直人と大迫は陣取る。特に直人の身の上が訳ありである為、隅の方に陣取らざるを得ないのだが。

 

提督「――――日の当たる場所に出られる身分じゃありませんからね私は・・・。」

 

大迫「お前の艦隊自体がそう言う立場だ、仕方がないさ。ところで、あれからアルティメイトストームはどうしてる?」

 

提督「一応、捕虜の面倒を見させています、我々には出来ない仕事ですから。それに、アルティも良くやってくれています。」

 

大迫「そいつはまた大胆だな、暴発した時にも制圧する自信はあると見える。」

 

提督「それは勿論ですよ。」

 

直人は胸を張っていたが、内心は穏やかではない。なにせ司令部には第一艦隊の居残り組と、司令部防備艦隊しかいないからである。勿論大和や陸奥もいるので安心は出来るのだが、もし今事を起こされたら・・・と思うと気が気でない事は確かである。

 

大迫「ところで今回は随員を連れていないようだが?」

 

提督「えぇ、そうですね。」

 

大迫「・・・お前という奴は、幹部会を警戒していないのか?」

 

提督「いえ? していますよ?」

 

大迫「なら何で・・・。」

 

そう聞くと、直人が種明かしをする。

 

提督「今の時期に幹部会が動く可能性は充分過ぎるほどあります。ですが彼らは二度に渡って大規模な暗殺計画を起こし、その度に機動人員を擦り減らしています。しかも一度は罠に嵌めての事ですから、今回は慎重になるでしょう。」

 

大迫「それでもし、彼らが来たら・・・?」

 

提督「彼らとて人員が無限にいる訳ではありません、今回は様子を見るでしょう。それほど馬鹿な連中ではないでしょうし。その定石を無視するようなら、私自身の実力を見せるだけです。」

 

大迫「ほ~う、随分と強気なものだな。」

 

提督「そうでも無ければ、今の仕事は務まりませんから。」

 

大迫「成程、それもそうだ。」

 

大迫は納得した様に頷いて見せたのだった。

 

 

その後大迫と直人はいくつか意見交換をしたが、その中にはこんな話もあった。それは、アジア各地に於ける物資の流通に関してだった。

 

提督「――――ところで話は変わりますが、アジア各地の物資状況はどうなんですか?」

 

大迫「正直、いいとは言いかねるな。」

 

提督「といいますと?」

 

大迫「確かにリンガを初めとした各艦娘艦隊の努力のおかげで、南シナ海の安全が確保されつつあり、対岸貿易が復活したまではいいのだが、各国では共に民需物資が不足しがちと言うのが実情で、到底貿易は難しい状態だ。各国ともに、足りないものを補い合うと言う形で貿易が成立しているような形だ。」

 

提督「思っていたよりも、まだ酷いんですね・・・。」

 

そう言うと大迫が続けた。

 

大迫「最も酷いのは中国だ。あそこは今、中国共産党の統制が全くと言っていい程機能していない。この為中国では、往時の馬賊や中国マフィアの勢力が息を吹き返し、しかもチベットなどでは、独立運動が日増しに激化していると言う話だ。総じてバラバラと言わざるを得ない状況だな。」

 

提督「成程、中国海軍が動いていないのは、そう言う理由でしたか・・・。」

 

大迫「それでいて無政府状態だ、軍を動かす余裕なんてどこにもないと言う所だな。」

 

軍を動かす為には相応の軍事費を必要とする、これは自明の理だろう。だがその軍事費がどこから出るかと言えば、それは国家の歳入であり、日本風に言えば「国民の血税」から捻出されるのも当然だ。

 

ところがその歳入が無くなってしまったのならば、軍事費の捻出を行う際、いや、ありとあらゆる政策発動の際に必要となる「財源の裏付け」が無くなってしまうのだ。即ち、ある政策を実行する際に消費する予算が、国家歳入の内のどの財源から出されるのかという事である。

 

無論財源がなくとも、国庫に資金があれば政策の発動は可能だろう。しかしその裏付けをないがしろにしたままで政策を発動してしまうと、その負担が後の世代に押し寄せる事に繋がるのである。これは国家政策の一つである「軍事作戦発動」についても同じことが言えるのだ。

 

提督「中国政府もそれが分かっているからこそ、軍事行動を発動しない、いや出来ないと言う訳ですか。」

 

大迫「それどころか黄河・揚子江流域に於ける大規模な中国陸軍の軍事行動に於いて、中国政府は膨大な軍事費を財源の裏付けなしに行った。勿論これには、中国政府が自国領の解放を自らの主導の元実行すると言う目的はあったにせよ、そのせいで自縄自縛に陥った、と言う事も出来る。」

 

提督「何やら、かつての我が国を彷彿とさせる状況ですね。」

 

大迫「全くだ。」

 

実の所、かつての日本もこれとケースは異なるが、同じ状況に陥った例がある。それがフィリピンに対する軍政である。

 

日本はフィリピン統治を行うに当たり、それまで流通していたペソを流通停止にして軍票に置き換え、更に物資調達を行う際に軍票を乱発した為、かなりのインフレーションに悩まされる事になり住民は困窮、抗日ゲリラ勢力が勢力を伸ばし、占領軍が手を付けられなくなったという事例が存在する。

 

事実44年のフィリピンの戦いが始まった際には、全島のおよそ6割までもが抗日ゲリラによって占拠され、そのゲリラ同士が共産系と米軍支援に分かれていた為戦闘が起こっていたと言う程の無政府状態に近い状態であった。

 

これは統治の失敗によるものだが、中国の現状はこれと似たようなものであったとされる。

 

提督「翻って我が国の状況はどうなっているんです?」

 

大迫「全国民が毎日食っていくので精一杯、という所だな、困窮して軍に入るものも後を絶たない状況だ。故に訓練兵に行き渡らせる食糧がな。」

 

提督「成程・・・。」

 

大迫「まぁ貿易が前より自由に出来るようになった分、マシにはなっているがね。幸い中国の企業は変わらず機能しているし、中国の穀倉地帯も無事だからな。」

 

提督「そうでしたか、なら希望はありますね。」

 

大迫「戦後が思いやられるがね。」

 

提督「それは確かにそうですね・・・。」

 

そのような事に思考を巡らせることは、ともすれば「捕らぬ狸の皮算用」との誹りを免れないものだったが、『戦争とは常に戦後を見据えるものだ』という考え方に於いて、二人の意見は一致していたのである。同時にこれは、この頃の艦娘達の大半には思いもよらない事であったには、違いなかった。

 

 

食堂を出てすぐ大迫一佐と別れた直人は、そのまま茨城県宇都宮市内に移転している防衛省を訪れて大沢防衛相と会談し、横須賀へ戻ったのは午後8時を過ぎてからであった。

 

そして6月29日7時10分、直人は連山改に搭乗して厚木を離れた。些か慌ただしい二日間だったものの、彼にとっては貴重な本土滞在であった。この日は天候状態も良好であり、上昇中の機内からは富士山が一望できた。

 

提督(これが、もしかすれば最後の見納めかもな・・・)

 

彼は前線に身を置く者の一人だ。その胸中には、いつ死ぬとも知れないと言う思いがわだかまっている。彼はその想いで、最早見る事が叶わぬかもしれないと、富士の姿を目に焼き付けるのだった。

 

苛烈な前線という環境は、昨日までの安寧が突如崩れ去る様な環境である。故に彼らは常に死を覚悟している。彼の身の回りはこじんまりと、シンプルであり、これと言った私物は余りないのだ。なぜならそれは、戦死した時に残した者達の手間が無いようにである。

 

連山改がサイパンに到着したのは、11時18分の事であったが、サイパンに着陸した直後・・・

 

 

ザアアアアアアアアアアアアア・・・

 

 

提督「・・・。」

 

大雨である。

 

柑橘類「災難だなぁおい・・・。」

 

提督「全くだっちゅうねん。」

 

管制塔の下で雨宿りをしている直人。暫く司令部には戻れそうにないのであった。

 

 

7月4日8時49分、重巡鈴谷がペナン秘密補給港に到着した。

 

到着するまでの間に金剛らは作戦の綿密な検討を行っており、ペナンに到着するまでに詳細な作戦案が出来上がっていた。

 

~重巡鈴谷・ブリーフィングルーム~

 

金剛「何とか作戦は練り終わりましたネー・・・。」

 

赤城「そうですね・・・。」

 

ブリーフィングルームの机の一つには、ちょっとした書類の束になった作戦計画書が出来ていた。

 

榛名「確か、もうすぐリンガから連絡将校が来るんでしたよね?」

 

金剛「えぇ、それを待っている所デスネー。」

 

筑摩「皆さんに一旦休息を取らせてあげますか?」

 

金剛「そうデスネー。」

 

こうして艦娘達に、短いながら半舷上陸の指示が出され、つかの間の休息時間に入った鈴谷。連絡将校は10時46分にペナンに到着した。

 

 

~ペナン秘密補給港・横鎮近衛艦隊司令部仮設テント~

 

連絡将校「――――ベンガル湾の情勢は現状拮抗しています。東南アジアの連合通商破壊部隊と、艦娘艦隊の活躍により、現状ベンガル湾沿岸域に派遣され、展開している深海棲艦隊の動きはかなり弱まっています。今回の作戦はこの機に乗じ、彼らの本拠地に当たる、セイロン島コロンボ棲地の撃破にあります。」

 

まだ若さが残る三等海佐の階級章を付けた、リンガ泊地からの連絡将校は、その場に居合わせた横鎮近衛艦隊の司令部幹部に告げる。

 

榛名「私達はそれに先立ち、トリンコマリー棲地の無力化を行う、という事でいいですか?」

 

連絡将校「はい、そうです。トリンコマリー棲地は、ベンガル湾方面を制圧している敵艦隊にとっては、後方支援基地のような役割を果たしていると考えられます。よってここを無力化する事により、ベンガル湾方面からアンダマン海を窺う敵の動きを抑え込む事が可能であると思われます。」

 

筑摩「それは、リンガ泊地司令官殿のお考えなのですか?」

 

連絡将校「そうです、北村海将補はこれまでの敵の行動からして、その可能性が高いと言っておられました。」

 

それを聞いていた一航艦旗艦の赤城が質問をした。

 

赤城「敵棲地の航空戦力についてはどうでしょうか?」

 

連絡将校「小規模な機動部隊が在泊している筈ですが、空母の数もそう多い訳ではありません。問題は基地航空部隊くらいかと。」

 

赤城「敵機動部隊がコロンボから投入される可能性についてはどうでしょう?」

 

連絡将校「場合によってはあり得ると司令部では考えているようです。現に、インド洋方面には常時、一個空母群が遊弋している事が確認済みですから、警戒が必要かもしれません。」

 

赤城「成程・・・。」

 

そしてもう一つの懸案事項を述べた艦娘もいた。

 

霧島「敵艦隊による、ベンガル湾方面に於ける索敵状況については、どの様な状態なのですか?」

 

これは非常に重要な質問だ。敵に発見される前に空襲を行わなければ、基地航空隊の好餌となる羽目になる。それは即ち、空母部隊が極度の危険に晒される事を意味していた。これに対する連絡将校の返答は次の通りだった。

 

連絡将校「これまでの傾向を見るに当たり、敵潜水艦による哨戒線は、アンダマン諸島の外側からセイロン島の東方50km付近、そしてその中間の三段に分けて配備されています。ですが比較的隙が大きい為、発見率はそれぞれのラインで半々と考えて差し支えなかろうと思われます。」

 

霧島「そのぉ・・・貴官の所属はどちらでしょうか?」

 

連絡将校「は、はい、リンガ泊地司令部作戦部で、主に敵戦力と配置状況の分析を担当しています。」

 

霧島「成程、それでお詳しいのですね、ありがとうございます。」

 

連絡将校「いえ、お役に立てましたなら幸いです。こちらにベンガル湾の敵情についての最新資料の写しをご用意してありますので、総旗艦殿にお渡し頂きたく。」

 

榛名「分かりました、お預かりしますね。」

 

榛名が連絡将校から資料を手渡されたところで、話はより具体的な所に移る。

 

連絡将校「北村海将補は近く大規模な作戦を決行予定である事は既にお聞き及びと思いますが、その為の陽動としての攻撃という位置付けである為、速やかな作戦発動を希望するとの事です。」

 

霧島「それについては存じ上げております、で、そちらの方で何かしらの対応はして頂けるのですか?」

 

連絡将校「現在陽動として、我がリンガ泊地艦娘艦隊の内15個を、ベンガル湾方面に投入し、通商破壊を強化しています。これに対する敵の対抗策として、トリンコマリーに増援として、空母部隊と水上部隊が入港したという通報が先日届きました。これを南方におびき出す為、リンガから防備艦隊と艦娘艦隊3個、護衛隊の艦艇の一部が出撃してコロンボに向かいました。敵の関心は現在の所南北に分散されている模様です。」

 

筑摩「大規模な陽動作戦ですね、ですが私達が出動して行けば、その所在はおのずと明らかになる可能性があるのではないでしょうか?」

 

これに対しての答えは既に用意されていたようで、すぐさま連絡将校は答えた。

 

連絡将校「はい。その点を考慮して、貴艦隊のマラッカ海峡アンダマン海側出口通過後30分の差を置いて、コロンボ方面に対して艦娘艦隊30個を通過させ、敵主力艦隊と潜水艦、基地航空部隊の関心を引き付けます。」

 

赤城「成程・・・では、各所に関心を引き付けている間に、我々は敵の棲地を攻撃しこれを無力化すればいい訳ですか。」

 

連絡将校「そう言う事になります。」

 

榛名「分かりました、こちらでも最終的な検討を行います。」

 

連絡将校「宜しくお願い致します。北村海将補からの事付けになりますが、“貴艦隊の状況を考慮し、已むを得ざる場合は1日ならば延期しても良い”との事でした。」

 

これは実際の所、北村海将補の気遣いが表れていたとも言える伝言であり、長期航海の疲れを癒してからでも構わないと言う事でもあった。

 

霧島「分かりました、その旨金剛に伝えましょう。」

 

連絡将校「ありがとうございます、では小官はこれにて失礼いたします。」

 

そう言って、リンガからの連絡将校は彼女らの元を去った。

 

赤城「・・・これを踏まえて、至急に作戦会議が必要ですね。」

 

筑摩「そうね、直ちに幹部級を呼び戻しましょう。」

 

そうして仮設テントにいた艦娘達は急遽鈴谷に帰艦して、金剛を初め半減上陸で不在の艦娘達の内、金剛を含む幹部クラスの艦娘を大至急呼び戻すと言う作業に入ったのである。

 

 

11時24分 重巡鈴谷中甲板・ブリーフィングルーム

 

金剛「陽動、デスカー・・・。」

 

緊急に作戦会議を開いた金剛が、榛名らから事情を聴いて考え込む。彼女が考えているのは作戦実行時期だ。陽動作戦は感づかれた場合、敵に発生させた効果を失ってしまう可能性が非常に高い為に、出来るだけ急がなければならないのだ。

 

そもそも陽動作戦とは、敵の関心を特定の方面に引き付ける為の作戦を指し、戦略的・戦術的・作戦的な次元に於いてなど、様々な規模に於いて発動する事が出来る応用の幅が広い作戦なのだ。但し、本質的な戦力分散であり尚且つ戦力の節約に留意する特性の為に、察知された場合の危険もまた大きいのだ。

 

金剛「・・・予定通り、明日決行デース。協力して頂く皆さんの為にも、延期は許されません。」

 

榛名「姉さん・・・。」

 

不安げな表情で金剛を見る榛名、彼女が憂慮したのは、金剛が情に流されたのではないかという懸念からであった。

 

霧島「分かりました、その方向で調整します。」

 

金剛「OK。」

 

筑摩「しかし、本当に大丈夫なのでしょうか・・・?」

 

金剛「クラウゼヴィッツも言ってマス、“危険性に対するに当たり最も高貴な精神とは『勇気』である”とネ。」

 

 正確な所を期せば、クラウゼヴィッツの記した著書「戦争論」に次の一文がある。

『軍事行動に本質的に伴うものは危険性である。しかしこの危険性にたいして最も高貴な精神は何であろうか?それが「勇気」である。』(第一篇第一章第二一節)

 

これは要約すると、「軍事行動はどの様なものでも常に危険な行動なのであるが、その危険性に対して最も有効なのは、“勇気”を以ってそれに当たる事なのである。」ということになる。

 

赤城「勇気、ですか・・・。」

 

金剛「YES。軍事行動には常に勇気を要求されマス。既に作戦は始まっているのですから、この上は勇気を以って、突入あるのみデース。」

 

赤城「・・・分かりました、お供致します。」

 

神通「私達の、為すべき事は一つです。」

 

金剛「えぇ、ワタシ達の為に動いてくれる人達の努力を、無駄にしない事。」

 

榛名「―――分かりました、やりましょう。」

 

榛名も賛成に回るに至って、実行の線で全員の意見がまとまった。

 

 

・・・が、そこから突入経路の議論で思いっきり時間を使い、終了したのは19時47分の事であった。

 

 

7月5日6時33分、重巡鈴谷は静かにペナン秘密補給港の岸壁を離れ、アンダマン海方面に向かい前進し始めた。

 

金剛を旗艦とした横鎮近衛艦隊は既に戦闘準備を進めており、士気も非常に高かった。鈴谷は今回艦の制御で出撃出来ないものの、その分艦の戦闘能力を活用するつもりでいた。が、この日は時折土砂降りの雨が叩き付けて来る様な荒れた天気と言う事もあり、敵に発見される事は無かった。

 

 

出港と前後して、サイパン島の司令部にも、鈴谷出撃の旨の無電が到着した。

 

 

6時43分 サイパン司令部中央棟2F・提督執務室

 

提督「そうか、鈴谷が出撃したか。」

 

大淀「はい、友軍艦隊との連携を期す為との事です。」

 

提督「成程? 詳しい事は事後で良いと言い含めて置いたが、報告が楽しみだな。」

 

大淀「そうですね・・・。」

 

提督「・・・どうした?」

 

浮かない顔をした大淀に直人が尋ねると

 

大淀「いえ、少し矢継ぎ早ではないかと思いまして。」

 

と答えた。

 

提督「恐らく急を要する事情があったに違いない。あの金剛が粗末な指揮をするとは考えにくいからな。」

 

金剛は演習での指揮実績も非常に優秀であり、艦隊指揮能力に於いて右に出る者は、直人を含め極少数であるとさえ言われているほどである。

 

その金剛が――――と言う思いが彼にはあった。この信頼感は正しいものだったと言えよう。

 

 

7月6日8時39分 アンダマン諸島西側水域

 

重巡鈴谷は、リンガ艦隊が通常用いているルートで、アンダマン海を抜け、ベンガル湾へと進出した。

 

ベンガル湾は湾とは言うものの、実際には海と呼んで差し支えない程の広大な面積を占有している。波も比較的穏やかな部類に入る。

 

前日と打って変わっての晴天だったが、そこに榛名が不安を覚えていた。

 

~重巡鈴谷前檣楼・右舷ウィングブリッジ~

 

榛名(見通しがいい・・・これは・・・)

 

ウィングブリッジに立つ榛名は、海の上の空気の澄み具合を見て胸中穏やかではない。

 

榛名(敵潜水艦に、遠距離から発見されはしないでしょうか・・・。)

 

そう、空気が澄んでいると言う事は視界が利くと言う事であり、より長距離まで見通す事が出来る。しかしそれは同時に敵からも発見されやすいのだ。

 

鈴谷「榛名ちん、どうしたの~?」

 

榛名「いえ、少し考え事を・・・。」

 

鈴谷「そっか、ならいいんだけど・・・。」

 

榛名「ご心配をおかけしてすみません。」

 

そう言いながら、榛名は自分の心配が杞憂である事を祈るばかりであった。

 

 

~コロンボ棲地~

 

港湾棲姫(コロンボ)

「ナニ!? “鈴谷”ヲ発見シタ!?」

 

榛名の悪い予想は的中していた。彼女らの気付かぬ間に、敵潜水艦の潜望鏡によって捕捉されてしまっていたのだ。鈴谷にはトラック棲地戦の折に既に逆探は装備していたものの、今回は電探装備型の深海棲潜水艦でなかった事から、それさえ反応していなかった。

 

タ級Flag「ハッ、先程、8時41分ニ発見シタト、アンダマン諸島方面ニ展開中ノ我ガ潜水艦カラ報告ガ。」

 

港湾棲姫「ホウ・・・鈴谷ハ何処ヘ向カッタカ?」

 

タ級Flag「針路カラ推測シマスト、ココニ来ルモノカト・・・。」

 

これは完全に欺かれていた。重巡鈴谷は先の会話の直後、榛名の進言により欺瞞針路を取ってコロンボ攻撃ルートに乗せたのである。発見されたのはその直後であり、横鎮近衛艦隊では空母を緊急出撃させて対潜哨戒を実施した為、鈴谷を発見した殊勲の潜水艦はこの時既に、欺瞞航路を見破る暇もなく消息を絶っていた・・・。

 

港湾棲姫「――――周辺海域カラ艦隊ヲ呼ビ戻セ!!」

 

タ級Flag「ハッ!」

 

コロンボの下した判断は正しくはあったが、横鎮近衛の本来の目的を考えれば不正解だった。しかし、これは戦争の本質を思えば仕方のない事であった。何故ならクラウゼヴィッツも語る様に、戦争に於いて行動の基礎となる諸事象の4分の3までは、不確実な霧の中にあるものだからである。

 

 

同じころ、横鎮近衛艦隊司令部では、直人が一つの命令を彼の直属部隊に命じていた。

 

~サイパン司令部中央棟2F・提督執務室~

 

提督「イムヤ、ゴーヤと共に通商破壊作戦に出て貰いたい。」

 

イムヤ「通商破壊作戦ね、分かったわ。行先は何処?」

 

提督「ウェーク島の周辺海域、目的はハワイやミッドウェーからウェークに向かう敵船団の捕捉・攻撃だ。」

 

彼が作戦の基本的な部分を説明すると、イムヤが懸念を示す。

 

イムヤ「周辺海域と言う事は、航路封鎖ではなく海域封鎖と言う訳? 隻数が不足してるんじゃないかしら・・・。」

 

提督「それは承知の上だ。今回の目的はあくまでも、敵の補給を断つ事ではなく示威行動だ。“次はお前達の番だ”とね。」

 

イムヤ「成程ねぇ~・・・。どれ程効果があるかは疑わしいけど、やってみましょうか。」

 

提督「あぁ、頼む。」

 

イムヤ「了解! 第一潜水隊、出動するわ!」

 

この時期、潜水艦部隊はまだ金剛の艦娘部隊司令部ではなく艦隊司令部の直属部隊であり、その命令権は直人にあったのである。

 

大淀「示威行動、ですか・・・。」

 

提督「あぁ、そうだ。心理的圧迫はこの際有効だろうと思ったのだが、果たしてどう転ぶか。」

 

その時、電子的な「ピーッ」と言う音が連続して鳴る。卓上デバイスの呼び出しコールだった。

 

明石「“提督、建造結果出ました!”」

 

提督「分かった、すぐに行く。」

 

そう言うなり直人は急ぎ席を立った。

 

 

8時49分 建造棟1F・建造区画

 

ハチ「グーテンターク・・・あぁ、違った。ごめんなさいね、“ハチ”と呼んでくださいね。」

 

まさかのタイミングではっちゃん着任である。

 

提督「あぁ、宜しく。『伊号第八潜水艦』でいいんだよね?」

 

ハチ「えぇ、そうですよ?」

 

提督「むー・・・“イムヤ、すぐに建造棟に。”」

 

イムヤ「“え、今出撃準備中なんだけど・・・。”」

 

提督「今すぐだ、急用が出来た。」

 

イムヤ「“わ、わかった。”」

 

 

――――1分後、イムヤが建造棟にやってきた。

 

イムヤ「どうしたの司令官――――あー・・・。」

 

提督「お察し頂けたようで何より。」

 

全くその通りである。

 

イムヤ「え、今回の作戦に同行しろって事?」

 

提督「そうだ、実戦は良い訓練になる。今回の相手はうってつけだろう。」

 

イムヤ「え、嚮導艦は・・・」

 

提督「旗艦が責任を持って行う事、幸いイムヤは経験も積んでるからな。」

 

イムヤにしてみればかなりの無茶振りでない事も無かったが――――

 

イムヤ「――――はぁ。分かった、やるわ。」

 

引き受けた。

 

提督「そう言う事だ、訓練ついで実戦に出て貰う。司令部の案内は・・・その後で良かろう。」

 

ハチ「畏まりました!」

 

ハチは快く了承してくれた。その事に彼は少しほっとした気持ちになっていた。

 

 

その後すぐにハチは甲標的を装備するよう指示された後、出撃して行ったのであった。

 

 

提督「いやぁ・・・こんな事もあるんだねぇ。」

 

明石「あぁ、そうですねぇ・・・でも少し遅かったら・・・」

 

提督「ハチは間違いなく居残りだな。」

 

明石「間に合ってよかったです・・・。」

 

提督「全くその通りだな。3隻になった事だし、ウェーク方面海上封鎖作戦の効率が少しは上がるかな?」

 

直人は少しだけそれに期待するのであった――――。

 

 

7月7日8時02分 トリンコマリー棲地東方600km付近

 

重巡鈴谷とその周囲ではにわかに慌ただしい動きが始まっていた。攻撃隊の発艦準備が始まったのだ。

 

赤城「攻撃隊発進準備!」

 

神通「対潜警戒を厳にせよ!」

 

榛名「周辺海域に対し偵察飛行を実施して下さい!」

 

阿賀野「対空警戒、しっかりね!」

 

予定では、トリンコマリー東方600kmの辺りで第一次攻撃隊を発艦させる予定になっている。この1回目の攻撃で敵航空戦力を沈黙させ、この日行われる現在準備中も含めた四度の空襲と、翌日の空襲の為の下準備をしなくてはならなかった。

 

金剛(この1回目の空襲で、敵の様子が判明する・・・それによっては、今後を考えなくては・・・。)

 

もし仮に、奇襲が失敗した場合は、作戦の変更もあり得る状況であるだけに、金剛はその場合の作戦案を考えておかなければならなかったのだ。何故なら反撃を受けたと言う事は、敵は迎撃の準備を整えていたと言う事だからである。

 

赤城「大丈夫かしら・・・。」

 

その心配をしているのは何も金剛だけではない、表立って不安を口にしたのは当の実施部隊である、一航艦の旗艦、赤城であった。

 

加賀「敵の抵抗兵力は僅かな筈、私達の制空部隊なら排除は容易な筈よ。」

 

赤城「でも・・・もし敵が兵力の移動をしていた場合、攻撃隊は大きな被害を受ける事にもなりかねない、油断は禁物よ。」

 

加賀「――――そうね、慢心は、慎まなければならないわね。」

 

今回のトリンコマリー棲地攻撃に際して、一航艦航空部隊は一水打群の二水戦とも共同して、一波当たり90機、八度に渡る空襲を計画している。場合によってはそのタイムテーブルは変更になる可能性もあったが、それによって大損害を出す様では、今後が危ぶまれるのだ。

 

勿論航空隊の練度に不安はない。問題は、彼女らの状況認識の不正確さを問われると言う事、即ち母艦側となる艦娘達の能力を問われかねないのだ。

 

飛龍「“発艦準備、整いました!”」

 

二航戦旗艦である飛龍が発艦準備完了を伝えてくる。

 

赤城「分かりました、周辺海域の安全確認が完了次第全機発艦! 六航戦は直掩機を出して下さい!」

 

隼鷹「“オッケー!”」

 

飛龍「“了解!”」

 

8時21分、周辺海域及び空域の安全が確認された事を確認した横鎮近衛艦隊の各空母は、所定の行動に従い艦載機を発艦させた。

 

第一次攻撃隊第一波は、一航戦航空隊を中心とした120機からなる。内訳は戦闘機50機、攻撃機35機、爆撃機35機で、目的はトリンコマリー周辺の航空基地の制圧にある。これ以降は90機ずつの攻撃を反復し、艦隊が陸地に近づくまでに、極力敵の抵抗力を削る作戦である。

 

これはトラック棲地攻撃の際、敵航空兵力を恐れる余り事前航空攻撃を怠った事から、敵の抵抗力減殺が十分でなかった事の反省を取り入れたものであった。

 

無論各艦娘は棲地攻略戦用の装備を装着しての出撃である。今回の攻撃では無力化が目的でこそあるが、場合によっては攻略を視野に入れていたのである。その為にこそ、敵の抵抗力は極限した方が良いのである。

 

 

空襲が順調に推移しつつあったこの日の13時半前、遂に来るべきものが訪れた。

 

 

13時21分 トリンコマリー棲地東方沖560km

 

初雪「むっ――――電探感あり、敵機!」

 

いつもののんびりした調子だが確かに緊張感漲る声で初雪が報告する。今回第一艦隊から分派され参加している、初雪がいる第十一駆逐隊を含む川内を旗艦とした第一水雷戦隊は、一航艦の指揮下に編入され、一航艦と分離し一個空母群を形成する六航戦の護衛部隊となっていた。第一艦隊は現状手持ちの駆逐艦を全て手放している形となっている。

 

因みに、“空母群”と言う部隊単位はアメリカ由来のものだ。米海軍では1~4隻の空母に護衛艦偵を付け、それを数個束ねる事で機動部隊を編成していた。日本空母機動部隊の様に一カ所に集中するのではなく、数個部隊に分散し、運用していたのだ。

 

隼鷹「機数と方位、距離は?」

 

初雪「んっとね・・・方位224度、距離1万、機数は1機かも、そんなに多くないね。」

 

隼鷹「敵の索敵機かね・・・直掩隊、迎撃!」

 

直掩機を出している六航戦旗艦龍驤がすかさず命令を出すと、上空の零戦隊が直ちに敵の索敵機に向かう。

 

隼鷹「サンキュー初雪。」

 

初雪「どう、いたしまして。」

 

褒められてちょっと嬉しそうだ。

 

吹雪(私も、頑張らないと・・・。)

 

トリンコマリー棲地攻撃の最終段階では、各空母部隊から二個駆逐隊が一水打群に合流して突撃する事になっており、第十一駆逐隊がそれに含まれている。気合が入るのは当然ではあった。

 

 

その後二日に渡り、些か偏執的と言うべき爆撃が繰り返された。

 

攻撃隊は結局12回にわたり、トリンコマリーの対空陣地、航空基地、港湾施設、在泊艦艇、地上砲台に徹底した爆撃を反復し、何一つ残しはしないと言う意思が見え隠れするかのような猛烈な爆撃を行った。

 

敵の在地機は第一次攻撃隊の第一波で尽く地上撃破され、反撃する術は対空陣地のみとなったが、それすら急降下爆撃機の集中攻撃と、零戦の機銃掃射により瞬く間に沈黙を強制された。それ以降は攻撃隊は悠々自適に敵地攻撃を行い、破壊を欲しいままにした。

 

この攻撃に依り、トリンコマリー棲地内にあった設備は殆どが更地と化したと形容されたのだから凄まじいものである。

 

 

7月8日18時22分 トリンコマリー棲地

 

泊地棲鬼(トリンコマリー)

「モウ・・・ナニモナイ・・・ナニモ・・・。」

 

泊地棲鬼は、その光景に愕然としていた。2日前まで、この港はそれなりの活気に満ちていた。しかし今や、その面影は何処にもない。港も、船も、基地も、みな燃えた。あるには廃墟と瓦礫のみ。泊地棲鬼の元に僅かにあった空母部隊は、脱出の途上横鎮近衛艦隊に捕捉され、尽く海中に没し去っていた。

 

停泊していた艦隊は離脱に成功していたが、最早泊地棲鬼の手元には、一兵も残ってはいなかった。

 

泊地棲鬼「終ワリダ・・・ナニモカモ・・・。」

 

泊地棲鬼は敗北に打ちひしがれていた。増援の無いまま、この二日もの間猛烈な空襲に晒され続けたこの地には、最早希望などあろう筈はなかった。

 

“なぜ援軍は来ないのか”と思った事もある。実際には深海棲艦隊による増援部隊は、トリンコマリー救援の為急遽コロンボ周辺部で編成を進めていたのだが、結局は間に合わず、到着した時には既に遅く、そこには何一つ残ってはいなかったのだった。

 

当然その様な事を、トリンコマリーが知る筈はなかったのだが。

 

 

18時29分、沖合に横鎮近衛艦隊の突入部隊が姿を現した――――

 

 

金剛「ファイアー!」

 

 

ズドドオオオォォォォーーー・・・ン

 

 

金剛の号令一下、全艦艇が砲撃を開始する。既に廃墟と化したトリンコマリー棲地に、再び爆音が響き渡る。瓦礫が巻き上げられ、更に細かく砕かれて降り注ぐ。深海棲艦の遺骸が爆散し跡形もなく姿を消していく――――

 

戦艦の主砲による対地艦砲射撃―――――第二次大戦に於いて、これほど将兵の心に衝撃を植え付ける事があったとしたなら・・・それは、万歳突撃と神風特別攻撃隊位のものであっただろう。

 

抵抗力などあろう筈はなく、泊地棲鬼が単身、か細い反撃を試みたのみに留まる。

 

 

――――30分後――――

 

榛名「敵の抵抗、皆無です。」

 

霧島「降伏を勧告しますか? お姉様。」

 

突入部隊として加わった第三戦隊第二小隊の霧島が具申する。

 

金剛「・・・そうデスネ、そうしまショー。」

 

霧島「分かりました。で、どなたを向かわせましょうか?」

 

金剛「そうネー・・・雷電!」

 

雷&電「名前を纏めないで!(なのです!)」

 

同じく突入部隊に加わった第六駆逐隊の二人、息ピッタリである。

 

金剛「ソーリーネー、二人で降伏の呼びかけ、お願いシマース!」

 

電「了解なのです!」

 

雷「わかったわ。」

 

摩耶「んじゃ、アタシは二人の護衛って事で。」

 

金剛「OKデス。グッドラック!」

 

雷と電は揃って降伏を呼び掛けるべく前進して行き、護衛役として摩耶が続く。

 

金剛としても、このまま片付いた方がいいと言う認識に立っていた。

 

 

19時丁度、泊地棲鬼は遂に白旗を掲げた。

 

精神的に打ちのめされた彼女に、これ以上戦い続けさせることは、些か酷な事でもあっただろう。実際に収容されたトリンコマリーはPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症していた事からも、それは汲み取る事が出来るだろう。

 

 

金剛「終わりましたネー。」

 

榛名「えぇ。」

 

敵棲地は消失しつつあった。この成果はどちらかと言えば航空部隊による思わぬ形での敵殲滅と言う結果が齎したものだった。しかしそれはそれとしても、敵の抵抗力を破砕し、敵棲地に白旗を掲げさせた例はこれが最初であった事は事実だ。

 

鈴谷「“いやー、凄い事になってるねぇ・・・。”」

 

艦上から地上を眺めていた鈴谷がおもむろに切り出す。

 

金剛「でもあの瓦礫の下には、何千と言う深海棲艦が埋まってマス。それを想えば、手放しで喜ぶのはあまりよくない事デス。」

 

鈴谷「――――そっか、深海棲艦も“生き物”だからね・・・。」

 

金剛「YES。許して欲しいと言うつもりはアリマセンガ、亡くなった多くの深海棲艦に対して、黙祷しまショー。」

 

金剛は直人の薫陶を最もよく受けた一人である。敵に敬意を示し、蔑視する事無く、対等の相手として戦い、そしてその死を悼む事ができ、何よりも生きて帰る事の大切さを最もよく知る者である。

 

無論、理解しない艦娘達も多い。しかし少なくとも一水打群はその大半が、そうした艦娘達だった。

 

摩耶に連行されてきたトリンコマリーは、金剛らの黙祷している様子を見て、心を打たれる何かを、感じていたようだった。

 

 

その後重巡鈴谷と沖合で合流した一水打群基幹の突入部隊は、来た道を戻ろうとしていた――――その時であった。

 

20時39分 トリンコマリー東方沖80km

 

右舷見張員「“右舷前方敵艦隊、距離1万3千!!”」

 

鈴谷「至近距離じゃん!?」

 

明石「まずいです、金剛さん!」

 

金剛「“急ですが、戦闘隊形を整えてマス!”」

 

その遭遇は全くの唐突だった、彼女らが遭遇したのは、トリンコマリーから脱出した、ル級Flagを中心とした高速打撃艦隊であった。

 

本来ベンガル湾方面に投入される筈だったそれは、トリンコマリー棲地空襲の際に辛うじて離脱したものの、7月8日0時半になって、敵の帰路で待ち伏せするよう命じられていたのである。そのまま12時間以上待ちぼうけを食らう羽目にはなったが、その目論見は達せられかけていた。

 

 

巻雲「巻雲の出番ですね、頑張ります!」

 

だぶだぶの袖を振って意気上がる巻雲、夕雲が同意するように微笑んでいる。

 

吹雪「やらなきゃ、やられる前に――――!」

 

その横で気合いを入れ直す吹雪。

 

川内「吹雪、ちょっといい?」

 

吹雪「川内さん? はい、なんでしょう。」

 

背後から声をかけられた吹雪が振り返って聞く。

 

川内「いい? 吹雪。半端な行動、決断、覚悟では、良い結果は決して得られないわ。駆逐隊の旗艦として、その責任は小さいけれど重大なもの。自分の決断や行動に、決して迷ってはダメ、その覚悟を持つ事。分かった?」

 

吹雪「川内さん・・・はい、分かりました。」

 

川内「うん! 悖(もと)らず、恥じず、憾(うら)まず、私達が受け継いだこの言葉を、忘れないようにね!」

 

吹雪「はい!」

 

―――――『五省』と言う標語がある。

 

一、至誠(しせい)に悖(もと)る勿(な)かりしか(真心に反する点はなかったか)

 

一、言行(げんこう)に恥(はづ)る勿(な)かりしか(言行不一致な点はなかったか)

 

一、気力(きりょく)に缺(かく)る勿(な)かりしか(精神力は十分であったか)

 

一、努力(どりょく)に憾(うら)み勿(な)かりしか(十分に努力したか)

 

一、不精(ぶしょう)に亘(わた)る勿(な)かりしか(最後まで十分に取り組んだか)

 

江田島の海軍兵学校で1932年に訓戒として掲げられて以来、海自でも個々人の自戒を促す標語として残り、そして海自軍に継承された標語である。

 

海自軍も、また艦娘も、曲りなりにとはいえ日本海軍の魂を受け継いだ存在だ。であるならば、彼らもまた、誇り高い戦士であり、心の修養を、怠りなく行ってきたのである。

 

 

結局、深海棲艦による奇襲は、レーダーの効力を以って失敗した。しかしそれでも深海棲艦隊は、強襲を以って活路とせんと試みた。かくして『トリンコマリー沖海戦』が発生する。

 

相互の戦力は、艦娘艦隊が合流を終えて間もない突入部隊の全艦に対し、深海棲艦隊はル級Flagを旗艦にした1500隻ほどの艦隊であった。

 

 

川内「突入!」

 

摩耶「応ッ!」

 

戦陣は摩耶を旗艦とする第十四戦隊が切り、川内の一水戦と第十一駆逐隊がこれに続く形で前に出る。

 

川内「夜戦なんだから、しっかり暴れないとね!」

 

摩耶「フ、その通りだよな!」

 

金剛「夜になると相変わらず元気デスネー。」( ̄∇ ̄;)

 

榛名「そう、ですね、アハハ・・・。」

 

相変わらずの夜戦好きに苦笑する総旗艦とその参謀。

 

金剛「さぁ、ワタシ達も、負けてられないデース!」

 

榛名「はい、いきましょう!」

 

比叡「比叡も、頑張ります!」

 

霧島「敵に一発たりとも、鈴谷に傷はつけさせません!」

 

実は今回、第三戦隊打ち揃っての実戦は久しぶりだったりもする。故に金剛らも気合の入り方が全く違っていた。

 

 

鈴谷「撃て!」

 

 

ズドドオオオォォォォーーーー・・・ン

 

 

一斉に10門の20.3cm砲を斉射する重巡鈴谷。

 

明石「大分慣れて来ましたね。」

 

鈴谷「そうだねぇ~・・・こんな感じの戦いを、提督はずっとやってたんだね。」

 

明石「えぇ。しかし提督は、不平も不満もあまり口にはされません。」

 

鈴谷「そっかー・・・。」

 

「もしかして、提督って意外と無理しているのかな」、鈴谷がそう思ったのも無理からぬ事である。

 

彼の戦い方を見れば分かる通り、彼は前線で戦う事を好む。指揮官戦闘の原則を忠実に守らんとする堂々たる指揮官の一人である。無論、生命の危険について注意を喚起する声が多い事も、直人にとっては承知の上だ。

 

だが、例え自らが戦死する様な事になるとしても、彼は自説を曲げるつもりはなかった。なぜならそれは、「横鎮近衛(艦隊)ある限り自らもまた死ぬ事は無い」と信じていたからに他ならない。それは即ち、圧倒的な艦娘達への信頼感と、不屈の意思の表明でもあった。

 

鈴谷「・・・まぁいっか! 今は兎に角、勝たなきゃね。」

 

明石「そ、そうですね?」(どうしたんでしょうか・・・。)

 

鈴谷の心の内を知らない明石は少々首を傾げるのでした。

 

 

21時10分

 

矢矧「突入、我に続け!」

 

阿賀野「突撃、私に続いて!」

 

川内「フフッ、盛り上がって来たよ!」

 

川内がご機嫌である。

 

吹雪「行きますッ!」

 

川内「行ってらっしゃい!」

 

深雪「各艦吹雪に続け!」

 

第十一駆逐隊が一斉に敵左翼方向に敵陣への肉薄を開始する。無論雷撃を行う為である。

 

大井「私達も負けてられないわね。」

 

北上「教え子には負けられないよね~、第十一戦隊、行くよ!」

 

木曽「おうとも!」

 

雷巡部隊、第十一戦隊が突撃を開始する、目標は敵右翼部隊である。

 

 

吹雪「魚雷、テーッ!」

 

北上「発射!」

 

第十一駆逐隊と第十一戦隊は、ほぼ同時に魚雷を放つ。第十一駆逐隊は36射線、第十一戦隊は大井と北上で40射線の61cm酸素魚雷を敵に投じた計算になる。

 

そしてそれを合図にして、魚雷搭載艦が次々と魚雷を発射する。これが、敵艦隊にとっての“破局”となった。

 

 

林立する水柱、“青白い殺人者”は、夜間では識別不可能なほどまでに水中の色と同化していた。無論出来たとしても、それから逃れる術はほぼ無かったと言っていい。

 

何故ならばそれは、第十一駆逐隊と第十一戦隊の陣形から艦娘達の誰しもの脳裏によぎった、水雷戦術の究極形、三方向同時雷撃が行われたからである。前と左右からの時間差をほぼ置かない同時雷撃を前に、深海棲艦隊はただ薙ぎ払われるしかなかったのである。

 

これによって、戦力の均衡は破られた。

 

 

~22時52分~

 

金剛「着弾・・・今!」

 

 

ズドドド・・・ン

 

 

4隻に同時に砲撃を送り込んだ金剛、瞬時に戦闘不能に陥るか沈没を始める。

 

金剛「退き始めてますネー。」

 

金剛は敵の行動を見てその意図するところを洞察する事も得意であり、今回もその判断は間違っていなかった。そして金剛自身も、その熟達した指揮ぶりは堅実で隙が無いと高く評価される程の腕だ。この際の判断も、そのお眼鏡にかなうものであった。

 

榛名「どうしますか?」

 

金剛「・・・合わせて退きマス。今ワタシ達に、追撃する余力はありマセン。」

 

榛名「分かりました。」

 

実は交戦していた一水打群を初めとした突入部隊は、補給無しで戦っていた為に残弾が乏しくなってきていたのである。これを自ら把握していただけに、その指示は妥当なものであった。

 

金剛「全艦娘に伝達、適宜後退、帰投して下サーイ――――!」

 

 

こうして戦力整頓に入った横鎮近衛艦隊は、相変わらずの退かせると思わせない局所優勢を維持したままの交代を行い、全艦が目立った損傷なしに離脱する事が出来た。それでも数隻が中破、複数隻が小破していると思われた。

 

集計してみなければ確たる事は言えないものの、突発的な敵による故意の遭遇戦でそれだけの損害で済んだ事は、如何に彼女らが夜戦演習に力を入れているかを物語るものであった。

 

23時43分、横鎮近衛艦隊は全艦を収容し、堂々と帰途へと就いたのであった。

 

 

7月9日8時22分 サイパン司令部中央棟2F・提督執務室

 

提督「そうか、全艦無事か!」

 

彼はその知らせに何よりも喜んだ。

 

大淀「はい、作戦は無事成功、トリンコマリー棲地は消滅したとのことです。」

 

提督「確か命令は“無力化した”と言う事であったと思ったが・・・。」

 

大淀「はい。しかし敵、泊地棲鬼が降伏したとの事で、捕虜はリンガ泊地司令部に収容するとの事でした。」

 

提督「成程、それで?」

 

大淀「はい、帰還途上で比較的有力な敵夜襲部隊と遭遇しましたが、応戦の結果、これを敗走させた模様です。」

 

提督「そうか、快勝と言ったところだな。」

 

彼の表情が自然と綻ぶ。当然であろう、部下の勝利が喜ばしくない筈はない。

 

提督「直ちにその旨残留している艦娘達に知らせてくれ。しかしこれで第一艦隊主力は切歯扼腕するだろうな。」

 

大淀「そうでしょうね・・・。」

 

一水打群の挙げた戦果からして、大和を初めとする第一艦隊の主力部隊の面々が、歯噛みをして悔しがらぬ筈はない、彼にもそれは理解出来ていた。それを踏まえた上で敢えて外したのは、前述した通り、快速性能が要求されるとの判断に依る所が大であった。

 

提督「次の時には思う存分活躍して貰わんとな。」

 

大淀「そうなさるが宜しいと思います。では、私は席を外しますね。」

 

提督「うん、頼む。」

 

大淀「はい!」

 

大淀が席を外した後、直人は一人腕を組んで考え事をしていた・・・。

 

 

で、大淀が戻って来た後述べたのが―――――

 

 

提督「大型、やろう。」

 

大淀「最低値ですか?」

 

提督「話早すぎィ!?」Σ(; ・`д・´)

 

大淀「手配致します。」ササッ

 

有能過ぎる副官、それが大淀である。

 

 

――――が、ここで悲劇と取れなくもない事態が発生した。

 

 

提督「17分――――!?」

 

大淀「まさか、こんな時間が出るとは・・・。」

 

そう、“17分”である。

 

提督「・・・阿賀野型狙ったんだけどなぁ・・・。」

 

まだ能代は未着任である。

 

大淀「・・・取り敢えず、建造棟に行かれますか?」

 

提督「いや、少し書類を裁可してから行こうか。」

 

大淀「畏まりました。」

 

それから直人は10枚ほど書類を処理した後、席を立った。

 

提督「五十鈴、お留守番宜しく。」

 

五十鈴「すぐ戻って来るんでしょう? 早い目に終わらせて来なさいな。」

 

この日秘書艦席に座っているのは五十鈴である。好意に満ちた眼差しで見送る。

 

 

7時39分 建造棟1F・建造区画

 

提督「さてと、時間ぴったりだな。」

 

明石「おぉ、丁度来ましたね。」

 

提督(なんか思っていたのと違う。)

 

そう思ってみたその艦娘の要旨は、およそ大型艦とは考えにくい容姿であった。

 

白いスク水に㋴と書いたその艦娘は、まだ幼い風貌を残していた。

 

まるゆ「初めまして、“まるゆ”こと、ゆ1001、着任しました!」

 

提督「君が噂の、“陸軍潜水艦娘”なのか。」

 

まるゆ「はい! 宜しくお願い致します!」

 

提督「あぁ、宜しく。海軍の艦娘達ばかりで少し馴染むのに時間がかかるかもしれんが、皆いい奴らだ、仲良くして貰えると助かる。」

 

まるゆ「分かりました、隊長!」

 

提督(・・・待て? さっき、“ゆ1001”と名乗ったな、本来“まるゆ”と名乗る筈なんだが・・・。)

 

少し疑問に思った彼ではあったが、すぐにその疑問を頭から拭い去る。

 

提督「明石、まるゆ用の武装の原案があったな?」

 

明石「はい、あります。」

 

提督「日の目を見る時が来たぞ、用意してやってくれ。」

 

明石「分かりました! 少し待っててくださいね、まるゆさん。」

 

まるゆ「はい!」

 

こうして、横鎮近衛艦隊に4隻目の潜水艦がやってきた。それは、陸軍の艦娘であり武装もほぼなかったが、どうにかして戦力化の為に最大限努力を払おうと、彼は決めたのだった――――。

 

 

7月12日9時06分、重巡鈴谷は巡航速度でペナンに戻り、一時の休息をとると、14時丁度、ペナン秘密補給港を出港して、サイパンへと帰投を開始する。

 

その間に集計を行った損害状況は、大凡次の通りであった。

 

中破:鈴谷・大井・川内・夕雲・不知火(一水打群)

   深雪(一水戦)

   阿賀野(一航艦)

小破:利根・羽黒・神通・矢矧・巻雲

   舞風・電・吹雪・初雪・子日

   比叡・古鷹・飛鷹・潮・磯波・叢雲・島風

 

大破艦は1隻も発生しなかったものの、セイロン島に接近する以上当然発生する、コロンボ棲地方面からの航空反撃によって飛鷹が小破しており、『航空部隊による上空直衛体制については見直しを要す』と赤城の部隊報告にもある。

 

そして今回も雪風は無傷で戦闘を終えていた。加えて金剛も今回については損害はない。

 

駆逐艦の損害では前面に立って突入した一水戦麾下の駆逐艦に損害が目立ち、川内自身も中破している事からも、突入タイミングが少し早すぎた事が伺える。続いて一航艦麾下の第十戦隊も、普段の任務が空母護衛であり夜戦に対する不慣れさから損害を出していた。

 

だがこれだけの損害で、ベンガル湾の敵に対する有力な補給港の一つを壊滅させた事は非常に大きな成果と言えると、後世の多くの戦史研究家も評価するところとなる。

 

 

7月18日、7日に渡りウェーク沖に展開していた第一潜水隊がサイパンに帰投した。

 

11時37分 中央棟2F・提督執務室

 

イムヤ「第一潜水隊、帰投したわ。」

 

提督「ご苦労様、で、どうだった?」

 

イムヤ「敵補給船団複数に攻撃、10隻は撃沈確実かしらね。後、数隻の護衛艦艇を撃沈して来たわ。その辺りで魚雷と燃料が両方限界になっちゃってね・・・。」

 

提督「いや、それだけ戦果があれば、たった3隻の潜水艦部隊としては上出来だ、長くご苦労だったな、ゆっくり休んでくれ。」

 

直人がイムヤを労って言う。

 

イムヤ「それじゃ、お言葉に甘えさせて貰うわね。ところで新しく着た陸軍の子、使えるの?」

 

提督「輸送任務だなぁ、良くても。元々陸軍の輸送潜水艦だしな。だが、武装はする予定だ、今は潜航訓練だけ頼む。」

 

イムヤ「分かったわ、それじゃぁ私は行くわね。」

 

提督「ご苦労様。」

 

イムヤが執務室から去ると、この日秘書艦席に座っていた高雄がこう言った。

 

高雄「敵の主力艦を撃沈して貰えるとありがたいのですけど・・・。」

 

提督「その考え方はナンセンスだね。潜水艦とは本来、こうあるべき兵器だ。兵器の本質を見誤ってはいかん。」

 

高雄「ですけど・・・」

 

提督「いいか高雄、深海棲艦の主力艦艇が一体何隻いるか分かるか?」

 

高雄「そ、それは・・・」

 

言い淀んでしまう高雄。それもその筈、正確な数など誰にも分かりはしないのだから。

 

提督「分からんだろう、ただでさえ膨大な敵だ、主力戦艦などゴマンといる。それに護衛艦だって当然付いているだろう。その対潜哨戒網を潜り抜ける事は容易じゃない。だいいち、たった3隻の潜水艦で敵の輪形陣突破は不可能だからね。」

 

『古今の戦史において、主要な武器がその真の潜在力を少しも把握されずに使用されていたという稀有の例を求めるとすれば、それはまさに第2次大戦における日本潜水艦の場合である』―――C・ニミッツ米海軍元帥

 

ニミッツ元帥がこう指摘する通り、日本海軍では潜水艦に対する基本的な知識が歪曲していた、と見做すべきであった事は否定すべきではない事実としてそこに存在する。

 

潜水艦は洋上速力がいくら早かろうとも、攻撃目標の目の前で浮上する訳にはいかない。まして当時は水中では10ノットが関の山、それ以下の潜水艦などいくらでもいる。その程度の速力で、10ノットかそれ以上で巡航する艦隊を追撃する事など端から不可能なのである。

 

高雄の発言は伝統的な日本海軍の戦術ドクトリンに則ったものでこそあるが、そうであるが故に非現実的なのである。

 

提督「潜水艦はもっぱら敵輸送船団攻撃に使用するべきだ。それ以外の艦艇に挙げた戦果はただのまぐれに過ぎないよ、高雄。」

 

高雄「そう、ですね・・・。」

 

反論の余地などない。なぜならそれは、太平洋戦争で立証された通りの結論であるからに他ならない。

 

直人ら提督には、こうした誤った認識を是正する事もまた役目の一つとなっているが、それには極めて複雑な知識が必要となる。それだけに難しいと言う事については事実であるが、それでもなお、その自己の職権に基づいてやらねばならないのもまた、提督と言う仕事であった。

 

 

13時07分、イムヤらが持ち帰った僅かな残骸のドロップ判定が終了、直人が呼び出された。それは即ち、新着艦が来た事を意味している。

 

提督「明石~。」

 

建造棟の一階にある建造区画を訪れた直人は、明石を呼びつける。

 

明石「あ、提督!」

 

提督「呼んだと言う事は、そう言う事なんだろう?」

 

明石「はい。さぁ、自己紹介をどうぞ。」

 

そう言われて明石の後ろに控えていた艦娘が直人と目を合わせ、敬礼をしつつ自己紹介をする。

 

浜風「駆逐艦、浜風です。これより貴艦隊所属となります。」

 

提督「うん、俺がここの提督だ。何もない所だが、皆いい奴らだ。気楽に、肩の力を抜いて、一つ宜しく頼む。」

 

答礼を返しつつ直人はそう述べた。が、心中は別である。

 

提督(噂通りのプロポーションだな、お前のような駆逐艦がいるか。)

 

まぁ確かに、何処がとは言わないが、駆逐艦らしからぬ体つきなのは事実である。

 

 

が、直人が本当に驚かされたのが、その後行った能力テストだった。午後は訓練が終わっている為、午後に着任した艦娘は全員が一度このテストを受ける事になるのだが――――

 

 

13時47分 司令部前訓練水域

 

 

ドオオオォォォォーーーー・・・ン

 

 

魚雷攻撃用移動式標的にまた一本の水柱が噴き上がる。

 

 

提督「・・・大淀、駆逐艦の平均雷撃命中率は?」

 

大淀「約37%、ですが・・・。」

 

その光景に大淀と直人は岸壁から慄然とした眼差しを送っている。

 

提督「んで、今の時点で投射した魚雷は?」

 

大淀「12本です、その内7本命中・・・。」

 

提督「大凡、2本に1本か・・・。」

 

平均率を大幅に上回っている事に直人は驚きを隠せない、しかもまだ訓練前でこれである。

 

結局、浜風が投射した全魚雷16本中、実に10本が命中した。これは割合にして実に62.5%と言う、驚異の数値である。

 

 

終わってから直人は、司令部前の岸壁で浜風に聞いた。

 

提督「なぁ浜風。」

 

浜風「なんでしょう?」

 

提督「どこでそんな技術を身に着けたんだ? 新入したばかりでこれだけの技術は中々だと思うんだが。」

 

浜風「さぁ・・・気付いたら“出来た”と言うしか・・・。」

 

提督「・・・。」

 

そう言われてしまうと彼も黙り込むしかなかった。

 

大淀「提督、これは――――」

 

提督「まぁそれについては、一旦置くとしよう。今日はもう休んで宜しい。」

 

浜風「はい、失礼します。」

 

浜風は直人に敬礼すると、その場を立ち去った。

 

提督「・・・大淀。」

 

大淀「は、はい・・・。」

 

提督「今のを聞いてどう思う?」

 

大淀「――――特異点、でしょうか。」

 

提督「としか考えられまい。実際主砲の射撃については他の駆逐艦娘が新入した際の数値と大差ないのだからな。」

 

何より決定的だったのは――――気付いたら出来た――――と言う発言だ。どうやら思ったより上手くいった事に困惑したものであるらしかったが、これは直人の指示で条件を変更して数度繰り返させても、大凡6割前後の命中率を出している。例え魚雷本数を予備魚雷無しの8本のみにしても同様だった。

 

これだけ上手くいってしまうと、偶然ではなく何かある、と浜風も思ったらしかったが、この数値を見たならば無理もない事は御承知頂けるであろう。当然直人も大淀も、明石も何もしていない。

 

提督「これは・・・期待の新星が現れたもんだな。」

 

大淀「成程、磨けば光る、と?」

 

提督「あぁ、恐らくこれは序の口だ、得意な部分を伸ばしてやれば、とんでもない傑物に化けるやもしれん。」

 

直人は浜風のポテンシャルに、一つの可能性を見出しつつあったが、それが結実するのは、少し先のことになる。

 

 

7月20日17時22分 造兵廠

 

提督「で、作ってみた結果がこれ、と。」

 

明石「はい、そうです。」

 

直人が見せられたのは、まるゆ用の戦闘用装備だ。

 

腰部固定式単装の53cm(533mm)魚雷発射管2個と、次発装填装置からなり、腰部リングの両サイドに1本づつ魚雷発射管を装備する形式で、非常にシンプルな造りになっている。

 

明石「まるゆさんは、他の方と比べても腕の力が余りある方ではありませんし、霊力の値もそれほど遜色がある訳ではありませんので、こういった簡潔な装備にならざるを得ない、と言うのが実情でして。」

 

提督「成程、で、陸奥の艤装を参考にした、と。」

 

明石「は、はい、その通りですが、なぜお分かりに?」

 

提督「腰部リングで体に固定する艤装は数えるほどしかないからな、分かるさ。」

 

形状として長門型の艤装をリメイクしてシンプルにしただけなのであるから、一瞬で見抜かれたのは当然だった。しかし兎も角これで、まるゆに魚雷攻撃が出来る様になったことは事実だ。

 

提督「取り敢えず、試験運用だけしてみようか。」

 

直人は明石にそう指示した。

 

 

18時26分 中央棟2F・提督私室

 

今更のようだが、艦娘寮の部屋には普通にキッチンがある。艦娘達は基本的には食堂で食事をする事が多いが、自炊をする事も可能なのである。艦娘達がその給金を使う数少ない機会として、横鎮近衛艦隊でもちょくちょくニーズがある。

 

その給金は大本営から出されるのだが、自炊をするに当たり必要な食材や調味料などは、横鎮近衛艦隊に限って言えば、全て本土から取り寄せる事が可能となっている。この辺は大迫一佐の完全なバックアップがあってこその芸当だったが。

 

勿論直人の私室にもキッチンはあり、時折自炊をするのだが・・・。

 

鳳翔「たまには、男の方のお料理を頂くのもいいかも知れませんね。」

 

提督「ハハハ、そりゃどうも。」

 

直人にはこの鳳翔の言葉が建前と映っていた。なぜならこの日の厨房担当は本来榛名なのだが、まだ帰投していない為に足柄が担当していたからである。主に油モノ中心の腹の底にズドンとくる料理が主体なので、鳳翔にとっては中々辛いものであるらしかった。

 

鳳翔(その代わりと言っては何ですけれど、素晴らしい殿方のお食事にご相伴させて頂けることは、光栄ですね。)

 

そう、半分本心なのである。この辺りが見抜けないのは、このケースでは酷と言うものではあろうが。

 

 

その日彼が作ってあげたのはシンプルな和食であったが、鳳翔にはなんと花丸を貰った。が、この事が後日にちょっとした禍根を残す事になる・・・。

 

 

翌日、7月21日12時53分、鈴谷がサイパン島に帰着、それを以って、作戦は完全に終了した。帰還途上、鈴谷修理用の鋼材を艦娘の艤装修理用に用いたおかげもあって、艤装の損傷はほぼ完全な修復を完了していた。

 

~司令部前ドック~

 

提督「ご苦労様。」

 

金剛「どうってことないネ。」

 

直人が金剛の労をねぎらっていると、その金剛の背後から鈴谷が司令部方向に歩いて来るのを見た。その鈴谷と目を合わせた時、鈴谷が慌てて目を逸らした事に気付いた彼は、少なからぬ落胆を覚えたものである。

 

金剛「――――提督ゥ?」

 

提督「ん・・・どうした?」

 

金剛「どうかしたんデスカー?」

 

提督「うー・・・ん、いや、なんもない。」

 

金剛「嘘デス。」

 

提督「嘘じゃない。」

 

金剛「顔に出てマス。」

 

提督「・・・。」

 

やっぱり金剛相手に隠し事は出来ないようだ。

 

提督「――――なんて言えばいいのかな・・・」

 

直人は適切な言い方を探し始めた。が、今ひとつピンとこず、大淀と話した内容の繰り返しになったのであった。

 

摩耶(まさか、あの提督でも三角関係とか・・・あったりすんのか・・・?)

 

その近くで聞き耳を立てていた摩耶はふとそう思った。

 

摩耶(まぁ、男一人だからなぁ・・・うん。)

 

適当に納得していた。

 

 

が、“まだ”そんな大仰な状態でない事は、読者諸氏にはお察し頂けるであろう。実際そんなものではなかったのだが・・・。

 

 

 

13時07分 艤装倉庫裏

 

直人が執務室に戻る途中、彼は金剛に語ったものである。

 

提督「まずは戦勝おめでとう、と言っておこうか。」

 

金剛「ありがとうデース。」

 

提督「トリンコマリー棲地の無力化に留まらず消滅させるとは、思ってもみなかったよ。」

 

金剛「無益な戦いは避けるべきデス、戦わなくて済むなら、それに越した事は無いネー。」

 

これは理に適っている。ただただ殲滅するのではなく、犠牲や浪費を押さえながら最大の成果を挙げると言う考え方は正しい。しかしその適用の仕方を間違えれば、後日に禍根を残す事にもなりかねない。

 

提督「何より、全員が無事に帰ってこれた事が、我々にとっての勝利とも言えるが。」

 

金剛「――――!」

 

提督「敵の数が圧倒的に多い以上、我々は消耗する訳にはいかん。我々艦娘艦隊は少数精鋭で戦っている以上、1隻喪失するだけでもダメージが余りにも大きい。何よりも、艤装は壊れたらまた作ればそれで済むが、“艦娘”はそうはいかん、経験を積んだ艦娘を失う事は大きな打撃だ。それに――――」

 

直人は一度言葉を切って続ける。

 

提督「お前達を失う事は、俺には耐えられん。お前達の命は、何にも代えられないからだよ。」

 

金剛「テイトク・・・。」

 

提督「艦娘達の敢闘精神は貴重だが、敵と刺し違えては、その敢闘精神も無駄になる。そう容易く戦場で死を選ぶ事は、戒めねばならんし、俺はそうして欲しくないんだ。そう言う意味でも、お前はよくやってくれているよ、ありがとう。」

 

金剛「――――ワタシは、真面目にやってるだけネ。」

 

金剛はそう謙遜して見せただけであった。

 

提督「・・・そうか。」

 

直人もそれが分かったが、それだけ返すとその話題を終わらせたのだった。

 

 

結局のところ、この戦いは戦術的・戦略的に艦娘艦隊の勝利に終わった。

 

艦娘に一切の消耗なく、しかも最小の損害で敵艦隊と敵泊地の双方を撃滅した事は、正しく戦力差に劣る側の戦い方の模範たり得ただろう。しかしこの戦いも、その資料は機密扱いとなった為、知られる事は無かったのだが・・・。

 

大本営から先駆けて伝えられた大規模攻勢の情報、それを前にして、彼らは航空戦の特性を改めて見つめ直す機会に恵まれたと言えよう。その意味では、十分に意義のある戦いであった。

 

 

7月28日6時37分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「第一潜水隊に命ずる。全艦を以ってスエズとイタリアを経由してドイツに向かえ。」

 

ハチ「遣独潜水艦作戦、ですね?」

 

提督「そうだ、大本営から直々の指令だ。お前達に頼みたい。」

 

実はこの遣独潜水艦作戦は、単なる連絡に留まらず、ドイツ海軍艦娘艦隊から太平洋の友軍への増援を回航すると言う任務を内包している。それだけに、大本営としてはより確実なルートからこの任務を打診し、成功させてほしいという願いがあったのである。

 

イムヤ「・・・意見具申、いいかしら?」

 

提督「良かろう。」

 

そう言うとイムヤが述べた意見は、直人を十分納得させ得るものだった。

 

イムヤ「旗艦をハチに委譲したいのだけれど。」

 

ハチ「えっ、私に!?」

 

提督「・・・一応聞こう、理由は?」

 

イムヤ「彼女は現地の事に精通しているわ。だからこそ、旗艦としてドイツとの協議をしてほしいの。何より、一度行って帰ってきた実績もあるもの、十分、任務に堪えられるわ。」

 

提督「・・・良かろう、受理する。」

 

ハチ「提督・・・?」

 

提督「君の知見と経験を、存分に生かす、これはチャンスと思って、やって貰いたい。」

 

それだけ言われては、ハチも異論はなかった。

 

ハチ「・・・そこまでご信任頂けるのならば、お応えします。」

 

提督「うむ、頼むぞ。」

 

ハチ「はい!」

 

かくして7月28日、遣独潜水艦部隊は、伊8・58・168と、ゆ1001の4隻を以って、一路ドイツ・ヴィルヘルムスハーフェンまでの長い航海に旅立って行ったのである。

 

 

様々な思惑が交錯し、太平洋では目まぐるしく様相が移り変わりゆく中で、横鎮近衛艦隊のみはただ一つ、嵐の前の静けさか、平穏を保っていたのである。しかしその裏では、牙を研ぎ澄まし、力を蓄える強力な艦娘達の姿があったのだった――――。




艦娘ファイルNo.102

陽炎型駆逐艦 谷風

装備1:12.7cm連装砲
装備2:九四式爆雷投射機

トラック棲地攻略戦で得た残骸からドロップ判定で着任した艦娘4人の最初の一人。
江戸っ子キャラだが東京とは縁がない大阪生まれ呉所属の駆逐艦。
取り敢えず特異点は見受けられなかった普通の艦娘である。


艦娘ファイルNo.103

白露型(改白露型)駆逐艦 涼風

装備1:12.7cm連装砲
装備2:61cm四連装魚雷

横須賀生まれ佐世保所属の江戸っ子艦娘、こりゃもう分かんねぇな。()
直人とも仲が良くちょくちょく喋る間柄。


艦娘ファイルNo.104

睦月型駆逐艦 卯月

装備1:12cm単装砲

ハイテンション系睦月型駆逐艦。
取り立てて特徴がある訳でもないただの睦月型である。


艦娘ファイルNo.105

初春型駆逐艦 初霜改

装備1:10cm連装高角砲
装備2:61cm四連装魚雷

最初から改で着任した艦娘で、トラック棲地戦のデブリからは最後の艦娘。
特に取り立てて特異点は無いが、最初から改である分のアドバンテージはある。


艦娘ファイルNo.106

巡潜三型潜水艦 伊八

装備無し

3隻目の潜水艦。
着任早々に実戦場での訓練と言う事でウェーク方面通商破壊に駆り出されたおかげで比較的早く練度が向上している。
遣独潜水艦作戦から帰還した経験を持つ事からドイツ行きの旗艦を拝命した。


艦娘ファイルNo.107

三式潜航輸送艇 ゆ1001(まるゆ)

装備無し(着任時)

大型建造で偶然にも着任した陸軍潜水艦。
明石の考案した装備のおかげで何とか戦えるようになっており、ついでに言えば、まるゆの着任で遣独潜水艦作戦が可能になってもいるのだが。
自己紹介から少し他のまるゆとは違う様子だが果たして・・・?

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