異聞 艦隊これくしょん~艦これ~ 横鎮近衛艦隊奮戦録   作:フリードリヒ提督

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どうも、天の声です。

青葉「どうも! 青葉です!」

前章での宣言通り、この章で第3部は完結です。

青葉「本当に完結なんですね。」

私天の声嘘つかない。

青葉「あっはい。」

と言う事で引き続きゲストです。

あかり「どうも、紲星あかりです!」

青葉「第二のコメンテーター枠ですか!?」

バレたか。

青葉「伊達にここまであなたのコメンテーターしてませんよ。」

まぁ本当のゲストはこちらです。

巻雲「夕雲型駆逐艦、巻雲です!」

改二おめでとう、巻雲ちゃんだよー!

巻雲「ありがとうございます! でも司令官の艦隊に復帰させてください!」

うっ・・・(滝汗)

青葉「私もお願いしますよ・・・。」

わ、枠が・・・(困窮)

あかり「お二人とも、マスターを困らせちゃダメです!」

青葉・巻雲「は、はい・・・。」

(咳払い)―――さて、幕間で登場した新キャラ「箱根佐久」は、私のネットに於ける古い知り合いとのコラボキャラ、と言う事にして置きます。匿名希望との事ですのでお名前は控えさせて頂きます。

巻雲「凄く強い方でしたね!」

強さに関しては虎徹や松っちゃんの様な強者で無ければまぁ勝てません。実力としては非常に高いです。あと、柑橘類中佐が装備していたシーファイアに関しても、ご本人からの強い要望によるものです。

青葉「しっかり反映して行くスタイルな訳ですね!」

ここまでやっていいのかと思う所まで機体がありますが、まぁそれはいいでしょう(苦笑)


さて、今回説明するのは、「第十一号作戦」についてです。久々に史実解説ですね。

 簡潔には第十一号作戦は、日本陸海軍合同によるセイロン島(現・スリランカ)攻略作戦です。ただ作戦内容について陸軍が自信を持つ事が出来ませんでした。

推測ですが大きく以下の点に陸軍は不安を覚えていたと見られます。
・英国東洋艦隊主力が在泊している事
・陸軍の戦力自体が不足しており、戦力の抽出による戦線の均衡崩壊を招く恐れがある
・占領後の統治と補給の保証がない(補給線の長大化)

 また海軍は米豪遮断作戦に集中する意図を明白にしていた為、インド洋作戦の一環として盛り込まれていたこの作戦は、真剣な検討に移る前に廃案となりました。
もし成立していれば、1個師団を主軸とした攻略部隊が投入される予定だったとされています。


とまぁ内容がこれだけなので前章で実行されていた第十一号作戦の経過を簡潔に述べます。本編中で語るべき内容と言う訳でもないので。

 第十一号作戦は一種の欺瞞工作であった訳ですが、その作戦案に余念は無く、ベンガル湾とセイロン正面に対する全面攻勢に打って出ます。
初動こそ劇中で語られた通り大混乱に陥れ、横鎮近衛艦隊が潜り抜ける余白を生み出す事に成功しますが、2週間もすると戦局が拮抗、3週間目には早くも攻勢限界に達した艦隊が離脱します。
 4週間目には準備不足が祟った艦隊の大半が離脱した事により戦線の維持が出来ない事を悟ったリンガ司令部(作戦総指揮)によって作戦の中止が下達され、艦隊は全てベンガル湾方面から撤退しました。
 しかしながら、この戦いに於いて深海側が受けたダメージも小さくなく、超兵器級(オリジナル)1を含む5隻の超兵器級を失い、その他艦種も大打撃を受けた事により、戦力再編に長期間を要する事が確定します。


以上です。

青葉「結局失敗ですからね・・・。」

大本営としても最初から成功を期していた訳ではなく、あくまでカモフラージュだったので、所期の目的は果たしてる訳だ。

あかり「でも何をしに行ったのか、これじゃぁ分からないですね・・・。」

まぁ、実戦こそ最良の訓練とは言うけどもね。準備不足で挑む艦隊が少なからぬ数いると言うのは問題だね。

巻雲「そうですね・・・。」

さて、そろそろ本編行きましょうかい。

来たるべき大作戦、その終幕に何が待つのか―――

巻雲「本編、スタートです!」


第3部14章~遥かなる征旅(せいりょ)、横鎮近衛艦隊抜錨!~

―――重巡鈴谷がサイパンに戻ってから、2ヶ月が経った。

 

 その間作戦行動を行う事3回、修理中の鈴谷以外に移動手段を殆ど持たない直人は、ひたすら戦備の充実に頭を悩ませる日々であった。新たな艦娘が着任する事もその間なく、ひたすら現状有する戦力の質を強化する事に全力を傾注する必要があったのである。

そして鈴谷の修理とそれに連動した改装に係る工期は、明石の真摯なまでの熱心さによって延長され、7月21日に完結すると言う報告を受けていた。彼はそれを承認すると共に、可能な限り急がせる事を怠らなかった。

 

そんな中で、7月18日、横鎮近衛艦隊に対して内命が下った。

 

 

2054年7月18日16時22分 中央棟2F・提督私室

 

提督「zzz・・・」

 

直人はソファの上でだらしなく寝息を立てていた。顔には戦術論の本が乗っていた。直人が昼寝をすると言うのも中々珍しい事なのだが・・・

 

 

コンコンコン・・・

 

 

提督「zzz・・・」

 

 

コンコンコンコン・・・

 

 

提督「zzz・・・」

 

 

「提督ー!」

 

提督「zzz・・・」

 

 

ガチャッ

 

 

「あら、開いていますね。」

 

提督私室の扉が開き、大淀が入室してくる。

 

大淀「あら・・・。」

 

大淀は室内を見渡して直人の姿を認めて、驚き半分、呆れ半分と言う反応をした。直人がそれ程だらしない姿を見せる事は稀だった事もあって驚きはあったのだ。

 

大淀「提督!」

 

提督「・・・んぅ?」

 

大淀「御休みの所申し訳ありません。」

 

提督「・・・うん。」

 

大淀「大本営から、親展文が届きました。」

 

提督「―――そうか、で?」

 

大淀「こちらに。」

 

大淀はその電文を携えて来ていた。

 

提督「うん、読ませて貰おう。」

 

直人はソファから身を起こし、大淀からその電文を受け取った。

 

 

親展

発:軍令部総長

宛:横鎮近衛艦隊司令官

 

本文

 横鎮近衛艦隊は8月初頭を期して、フィジー・サモア方面に対して強行偵察を実施、在地する戦力を調査すると共にその漸減を図られたし。

なお、敵戦力に対し不利と見做される場合は、直ちに撤退する事を認める。また作戦案は貴艦隊に一任するものとする。

 

 

提督「・・・へぇ。」

 

大淀「なぜこのような命令が・・・。」

 

提督「―――ま、今に分かるさ。」

 

大淀「・・・?」

 

 

そう直人が答えた翌日、全艦隊に向けて、大規模作戦の正式な通知が行われたのだ。

 

 

7月19日9時05分 中央棟2F・提督執務室

 

自身のオフィスで、彼はその報告を受け取った。

 

大淀「これが・・・。」

 

提督「“第二次SN作戦”の、内示命令書だ。」

 

その作戦域は広大なものだった。近くはガタルカナルから、ニューカレドニア、フィジー・サモアに至るまで、南太平洋の広大な水域が、今回彼らが陥落せしむるべき目標だった。

 

提督「今だから言うが、俺が検討して来たのはこの作戦の是非の参考となる資料作成の為だ。我々横鎮近衛艦隊は、その一翼を担う栄誉を賜ったと言う訳さ。」

 

大淀「成程。」

 

提督「昨日の命令もこれにまつわるものだ。これで分かっただろう?」

 

大淀「はい、全てが繋がった様な気がします。」

 

提督「金剛!」

 

金剛「作戦の検討デスネー?」

 

提督「話が早くて助かる、頼んだ。」

 

金剛「OKデース!」

 

そう言うと金剛は執務室を飛び出していった。

 

大淀「しかし、これは気宇壮大というべきものです、上手く行くものでしょうか?」

 

提督「上手く行かせる為の我々だからな。」

 

大淀「は、はぁ・・・。」

 

提督「兎も角まずは今回の作戦に当たって必要な要件を精査してみる事だ。それなくしては始まらん。」

 

大淀「そうですね。」

 

大淀はそう頷き、再び執務に二人して戻ったのであった。

 

 

そんな中、明石からの報告が届いた訳である。

 

7月21日10時30分 司令部前ドック

 

そこには、2ヶ月もの間そこを空けていたドックの主が、再び入港しようとしていた。

 

その様子を見ていた男は、思わずこう言わずにはいられなかった。

 

提督「―――おかえり。」

 

大淀「・・・。」

 

 その男は、その船の主であり、外征を行う彼らにとっての“家”であり動く“根拠地”であった。

アラビア海海戦と呼称される戦いから2ヶ月の時を経て、修理と改装を済ませた鈴谷が、司令部の正面に作られたドックに帰還を果たしたのである。その主砲は急かされたせいもあってか変更はなく、20.3cm連装砲を5基10門携えていた。今やそれら10本の砲身は、誇らしげにその鎌首をもたげ、周囲を睥睨していた。

 

 

明石「鈴谷の指揮権を、提督にお返しします。」

 

提督「鈴谷の指揮を掌握する。ご苦労だったな、明石。」

 

明石「いえいえ。提督の為ですから。」

 

提督「で、具体的にどこがどう変わったんだ?」

 

明石「まず、主砲のターレット配置を、伊吹型に準拠しました。これにより8インチ連装砲を問題なく搭載出来ます。」

 

提督「それはいいな。」

 

直人がそう相槌を打つと明石が続ける。

 

明石「次に機関を、改良型である2号艦艇用艦娘機関に置き換えました。同じ四軸推進ですが、機関の占める容積が12%削減され、馬力が4000馬力ほど向上し、燃費が1割ほど削減されました。燃料搭載量に変更はありません。」

 

提督「速力に関しては?」

 

明石「持ってくる途中に全力公試を行いましたが、0.4ノット向上し、37.5ノットです。」

 

提督「武装に関しては?」

 

明石「まず高角砲を全て、長10cm連装高角砲に換装しました。」

 

提督「ほう、見る限り砲塔ではないな?」

 

明石「A型砲架です。大淀さんが搭載しているものと同じです。」

 

提督「成程な、まぁ鈴谷の舷側部高角砲座では砲塔では積めまい、已むを得ざるところだな。」

 

明石「はい。残念ながら。」

 

提督「で、他には?」

 

明石「予定通り、魚雷発射管を5連装に換装しました。また内張り装甲を追加し、魚雷発射管部の防御力を強化しています。」

 

提督「2度ほど誘爆したからな、用心にしくはない。」

 

明石「航空艤装についてですが、カタパルトを呉式2号5型から、一式2号11型に換装しました。」

 

提督「―――それ、伊勢型戦艦が航空戦艦になった時の・・・。」

 

明石「はい、彗星も搭載出来ます。」

 

提督「ふぅむ・・・。」

 

明石「装甲に関しては、舷側部の装甲を120mmに増強しました。これに伴い構造材の配置も手直ししてあります。」

 

提督「防御力の強化はありがたい事だな。」

 

明石「水密防御区画も隔壁を更に細分化したのに加えて、浸水した区画に自動で高分子ポリマーを投入する事で、浸水を食い止めるようにしてあります。」

 

提督「高分子ポリマーと言うと、紙おむつの?」

 

明石「そうですが、吸水した際に膨張して水を凝固するタイプを使用します。」

 

提督「成程、発動のキーは?」

 

明石「各水密隔壁の床面と壁面、天井に敷き詰めています。また壁も二重構造にして、隙間に同じものが。」

 

ここまで来ると最早執念じみた何かを感じる直人であった。

 

提督「ある程度の効果は望めそうだな。」

 

明石「はい。」

 

提督「他には?」

 

明石「艦尾ウェルドックを発着兼用にしました。これにより高速力での帰艦のみの用途でしたが、発艦にも使えるようになり、艦隊の展開速度が概算ですがこれまでの最大で85%に短縮されます。」

 

提督「それはいいな、通路は既存のものを?」

 

明石「いえ、一から設計し直しました。またこれに伴い操舵室を艦首方向へ少しずらす形で移設しました。」

 

提督「手直しが艦全体に及んでいるな。」

 

明石「はい。」

 

提督「航続距離は?」

 

明石「巡航速度に変更は無しで、航続距離は概算8900海里です。」

 

提督「テストの必要もあるが、作戦が間近いしその暇はないな。」

 

明石「申し訳ありません、遅くなってしまいまして。」

 

提督「構わんさ、間に合う様にしつつも細心の注意を払って工事に当たってくれたんだ。感謝こそすれ咎める様な事はしない。」

 

明石「提督・・・!」

 

提督「出港までに万全の態勢を整えてくれ。今度の戦い、並大抵ではないからな。」

 

明石「はい!」

 

直人に激励され、気を引き締め直す明石であった。しかし直人のその発言は、半ば自分に向けられたものでもあり、自分自身を激励するものだった。

 

 

7月27日、直人は大会議室に全艦娘を集めた。

 

15時18分 食堂棟2F・大会議室

 

提督「―――今回、皆を集めたのは他でもない。各指揮官と協議した作戦案が完成を見たからだ。」

 

その言葉を聞いた艦娘達に、無言のざわめきが広がるのを彼は見て取った。

 

提督「まず我々は戦力を二分する。即ちFS方面へ直撃する事になる本隊と、それを側方支援しガ島方面の敵の動きを抑制する別動隊の2部隊だ。」

 

那智「戦力を分散するのか?」

 

提督「と言うよりは、今回の戦いは必ずしも本隊が勝つ必要はない。強行偵察が目的であって戦闘そのものは副次的に生じるだろうモノだからだ。」

 

葛城「それにしたって、なんでガ島なんかに?」

 

提督「葛城は分からなくて当然か。新任の子達以外には改めて言うまでもないが、ガ島には有力な戦力がいる事が明らかだ。そこには強力な航空部隊と、航空機型超兵器と言う二つの脅威も含まれている。これらを吸引し、押し留めて置く事こそ、別動隊の役割だ。」

 

葛城「成程・・・。」

 

提督「別動隊は、霧島を旗艦として、各部隊から兵力を抽出編制する。別動隊は機動部隊と挺進部隊の二つに分かれ、機動部隊は雲龍に指揮を執って貰う。」

 

雲龍「私、ですか?」

 

提督「そうだ。本隊は私が指揮し、麾下艦娘を金剛がやはり直率する。本隊は一水打群と第一艦隊、第一機動部隊で構成する。別動隊の目的はガ島を攻撃し、敵の耳目をガタルカナル周辺海域に釘付けにする事にある。同時に、第二次SN作戦の豪州方面攻勢と言う欺瞞工作を補助する事にもなるが、その為陽動と思わず、精々派手にやって貰いたい。」

 

摩耶「でも本隊は何をするんだ?」

 

提督「本隊はサモア方面に進出し、そこに在地する敵の情勢を、敵と一戦する事によって探る。敵のリアクション自体が、我々に情報源となって帰って来る訳だ。」

 

鳥海「・・・それだけ、なのですか?」

 

鳥海の疑問に直人は首肯して見せた。

 

提督「そうだ。これが先にも言った、戦闘が本旨ではないと言う事だ。」

 

初春「じゃが、敵の動きが統制の取れたものだった時はどうするのじゃ?」

 

提督「その時はその時で、その出方を探って戦訓とすればいい。逆に不統率極まるなら重畳この上ないがね、敵を目の前にして戦わないのは卑怯だと言う近視眼しか持たない輩は、“何処にでも”いるからな。」

 

那智・大井「・・・。」

 

 直人の発言は重大な含意を含んだ。それは、「この横鎮近衛艦隊でさえ、例外足り得ない」ということだった。かつて、彼との間に騒乱を―――其れも深海棲艦との在り方について―――巻き起こした面々の眼光に、穏やかならざるものが映る。彼女らもそれ程、無能で無ければ無知でもない。

直人も彼女らも直接そう口には出さなかったが、剣呑な空気が醸成されるよりも早く直人は更に言葉を継いだ。

 

提督「何度も言って置くが、今回の作戦、特に本隊は、敵と戦う事それ自体が目的ではない、重ねて明言させて貰うが、我々の本隊が取った行動によって、そちらが本旨だなどと敵に思わせる事は避けなければならん。今の所第二次SN作戦の目的は豪州方面の敵拠点を一掃する事となっているが、それが真と見せかける為に、ガ島攻撃は全力で行って貰う。要するに、戦い方に差をつける訳だ。」

 

加賀「その通りだと思いますが、それは手を抜け、と言う事ですか?」

 

提督「それは、手を抜かせてくれそうな相手だった時の論法だ。一度当たってみて、それが我々が全力で当たらねば劣勢であるなら、全力でやる必要がある。徹底するにせよ、いつでも退く事が出来る様に、と言う事にある点に注意されたい。」

 

加賀「成程・・・物は言いよう、と言う事ね。」

 

加賀は皮肉を込めてそう言ったが、直人は答えなかった。

 

提督「今回はあくまで俺の本隊が行うのは威力偵察だ。戦うのは事実だが、のめり込み過ぎないようにしてくれ。その為にも、金剛の手腕に期待させて貰う。突撃戦法も今回は主用しない。」

 

矢矧「と言う事は、長距離の砲撃戦しかしないと言う事?」

 

提督「そうだ。いや、場合によっては例外もあるだろうが、基本は長距離での砲雷撃で敵の出方を探るにある。戦力もだ。水雷戦隊は酸素魚雷を用いた長距離雷撃が主務になるだろう。機会を掴めよ、昼間の堂々たる砲撃戦なんだからな、それに華を添えるのが、お前達の仕事だ。」

 

矢矧「・・・分かりました。」

 

水雷屋としての矜持を甚く傷つける事を彼は心の底で詫びながら、彼は締めくくる。

 

提督「概要としては以上だ。詳しい説明は別途旗艦から直接に聞く様に。艦隊序列は本日18時に公開する。午後の休息の中ご苦労だった、解散して宜しい。」

 

直人はそう述べると、大会議室を後にしたのだった。

 

 

那智(近視眼がどこにでもいる、か・・・。)

 

 那智はその言葉を聞きとがめていたが口には出さなかった。彼女が講和派深海棲艦隊の受け入れに際して強硬な反対論を唱えた事は事実だった。ただ那智が不服とするところは、それによって自己がその様な近視眼の持ち主であると非難される事に承服しかねたのである。

那智は退くべき所を弁えている点で立派な武人である。ただ戦術的な勝利に固執する所があるのも事実であったが。

 

 

大井(ふん・・・言ってくれるわね。私達の誇りを理解もしないで―――)

 

 より直接的な憤激を感じたのは大井だった。彼女としては、姉妹を害する可能性のある存在は全て排するべきであると言う、過激と言うには余りにもベクトルの違う思考の持ち主であった。

そしてその対象は、提督とて例外ではなかった。直人から北上らを守るに当たって不利な命令を受けたならば、彼女は真っ先に不服従の姿勢を示す事は明白であるとさえ言えたのである。

 無論直人の指示が不当であった事は殆どない。しかし不当で無い指示の中に、大井の琴線に触れないモノがないとは、誰にも断言できないのである。まして彼女も武人の誇りは持ち合わせていた、ただ姉妹愛がそれに勝っていただけである。

 

 

 艦娘達が受けた作戦の概要は、そのスケールの規模が余りに大きいが為に、大半は呆然としたと言うのが本音であった。しかし指揮官である旗艦級との討議の末に決定されたものであるだけに、その作戦は良く練られていた。

 作戦規模に唖然とするもの、危惧するもの、憤慨するもの、様々な思案が飛び交う中で、編成が発表された。発表される際は必ず食堂棟前の大きな掲示板に貼り出されるのが常であったが、今回もその前例に則っていた。

 

 

◎艦隊本隊 総勢74隻

第一水上打撃群

旗艦:金剛

第三戦隊第一小隊(金剛/榛名)

第八戦隊(鈴谷/利根/筑摩)

第十一戦隊(大井/北上/木曽)

第十四戦隊(摩耶/羽黒/神通)

独水上戦隊(プリンツ・オイゲン/Z1)

第一航空戦隊(翔鶴/瑞鶴/瑞鳳 216機)

第二水雷戦隊

 矢矧

 第四駆逐隊(舞風/野分)

 第十駆逐隊(夕雲/巻雲/長波/清霜)

 第十六駆逐隊(雪風/天津風/時津風/島風)

 

第一艦隊

旗艦:大和

第一戦隊(大和/長門/陸奥)

第七戦隊(最上/三隈/熊野)

第十二戦隊(五十鈴/長良)

第四航空戦隊(扶桑/山城/伊勢/日向 96機)

 第一水雷戦隊

 阿賀野

 第八駆逐隊(朝潮/大潮/満潮/荒潮)

 第十一駆逐隊(初雪/白雪/深雪/叢雲)

 第二十一駆逐隊(初春/子日/若葉/初霜)

 

第一機動部隊

旗艦:瑞鶴(イタリア)

伊戦艦戦隊(イタリア/ローマ)

第四戦隊(高雄/愛宕/鳥海)

第十三戦隊(球磨/那珂)

第二航空戦隊(蒼龍/飛龍 158機)

第三航空戦隊(赤城/加賀 180機)

第六航空戦隊(飛鷹/隼鷹/祥鳳 180機)

 第十戦隊

 大淀

 第七駆逐隊(漣/潮/朧)

 第九駆逐隊(朝雲/山雲)

 第十七駆逐隊(浜風/浦風/谷風)

 第二十七駆逐隊(白露/時雨/涼風)

 第六十一駆逐隊(秋月)

 

 

◎別動隊 総勢40隻

臨編第八艦隊(挺進部隊)

旗艦:霧島

第三戦隊第二小隊(比叡/霧島)

第五戦隊(妙高/那智/足柄)

第十八戦隊(天龍/龍田)

 第三水雷戦隊

 川内

 第二駆逐隊(村雨/五月雨/夕立)

 第六駆逐隊(暁/響/雷/電)

 第十九駆逐隊(磯波/綾波/敷波)

 

臨編第三艦隊(機動部隊)

旗艦:雲龍

第六戦隊(古鷹/加古/衣笠)

第十五戦隊(夕張/阿武隈/多摩)

第五航空戦隊(千歳/千代田/龍驤/龍鳳 186機)

第七航空戦隊(雲龍/天城/葛城 189機)

 第四水雷戦隊

 由良

 第十八駆逐隊(霞/霰/陽炎/不知火/黒潮)

 第二十二駆逐隊(皐月/文月/長月)

 

 

 以上が今回の編成である。各所から兵力部署の変更が為され、別動隊への抽出を他部隊からの転出で埋め合わせている形になる。第一機動部隊がこの2ヶ月の間に改名された第三艦隊だと言う事は言を俟たないが、本来一水打群の伊戦艦戦隊や第十七駆逐隊を始めとして、これまでと趣を異にする部分も多い編成である。

 しかし編成に当たっては戦力不足が露呈し、特に臨編第三艦隊などは僅か2個駆逐隊を軽巡と重巡で穴を塞ぐ有様だったのである。その点で、最も均衡の取れた編成となっているのは、よりにもよって臨編第八艦隊と言う状態であった。どの部隊も何かしらが欠落していると言う訳である。

 一方で司令部防備艦隊を預かる鳳翔は水上戦力の大幅な引き抜きに対して不安感を示したものの、航空機による索敵に依るしか代えようがなく、その為に東海の運用も認めていたから、鳳翔もそれ以上の反対は示さなかった。

 

余談だが、第五戦隊の重巡那智が陽動に回ると知った時、当人は手加減を必要としない立場に内心留飲を下げたと言われている。ブリーフィング終了後短い時間ではあったが、足柄に愚痴をこぼしていたほどだとも言われている。

 

―――ともあれ、編成序列は決定された、後は率先躬行あるのみである。

 

 

18時22分 中央棟2F・提督執務室

 

大淀「・・・提督、宜しかったんですか?」

 

提督「何が?」

 

大淀「あそこまで言われますと、一部の艦娘達が、面従腹背で、肝心な時に命令に従わない事に繋がりかねません。いえ、それだけならまだしも、それによって作戦の前提が崩壊してしまったら、撤退するにも攻撃するにも、機を逸する可能性すらあるのです。どうか、ご自重願えませんか。」

 

そう言われて直人は少し考え込んだ。

 

提督「大淀の言う所は正しい。だが、今回それ程大規模な艦隊戦をする訳ではない。するとすれば、俺が援護下に単騎突入する程度だろう。彼女らに私の戦術構想を崩す事は出来ないよ、彼女らが従わずとも、それを埋め得る戦力が、私の手元にあるのだから。まぁ、心配し過ぎると言う事は無いからね、この場合は。」

 

大淀「ですが今後、艦隊と提督が不仲である側面があっては―――」

 

提督「大淀。」

 

大淀「は、はい?」

 

語気を強め、険しい顔で彼は言った。

 

提督「私は聖人君主などではないよ、全員と完全に且つ恒久的に信頼関係に在れるとは思っていないし、不満分子があったとしてもそれが少数であればいい事だ。それに、そんなモノまで戦術要因に組み込む事は難しいからな、それは自軍の結束に不満があると言う事になり、自分達の動きに枷を嵌める結果にしかならない。」

 

大淀「・・・。」

 

提督「安心しろ、全員と信頼関係に在りたいと思う気持ちはある、本心だよこれは。だが、それは理想論だと言う事も俺は知ってしまっている。」

 

大淀「提督・・・。」

 

提督「人の心と言うものは、食い違うものなのさ。仕方ないとはいえね。人の気持ちが正確に共有できたら、さぞいいだろうと思うけどね。」

 

大淀「・・・そうですね、出過ぎた事を申しました。申し訳ありません。」

 

提督「いや、別に誤る事は無い、大淀は正しい事を言っているんだから。」

 

 そう言いながら直人が心の内で考える。人と人とは、どうしてここまで分かり合えないのだろう。もし分かり合えているのなら、あの様な事を言わずとも済む筈なのに。生き物とは本質的には相争うように出来てでもいるのだろうか。

そうだとしたら、創造神と言う奴は、とんでもなく悪辣な奴に違いないし、そんな風に世界を創り上げた連中は、ろくでなしに違いない。彼はそう軽蔑すること夥しかった。

 

 

 7月28日6時20分、横鎮近衛艦隊の母艦鈴谷は、一路トラック諸島に向けて出港した。今回の作戦は、出発点が2カ所ある。即ち本隊がトラックから、別動隊がラバウルから出撃するのだ。

 その別動隊もトラック到着後に鈴谷から離れて単独で向かうのである。即ち全てはトラック諸島の中から始まると言ってよい。即ちこの時点で、彼らの作戦は始まっていたと言って大過ない。

 トラック諸島までは42時間程度の旅程を経て到着、7月30日1時丁度、別動隊2個艦隊総勢40隻が霧島に率いられて、重巡鈴谷を後にする時が来た。

 

 

7月30日1時00分 重巡鈴谷下甲板・艦尾ウェルドック

 

提督「今回の作戦、お前達のガ島砲撃が最も重要だ。それなくしてSN作戦の欺瞞は勿論の事、我々が南太平洋の旅客となる事は不可能なのだからな。」

 

霧島「お任せ下さい提督。艦隊の頭脳として、与えられた任務を全うする所存です。」

 

提督「心強い事だ。私からは、40人全員の無事の帰還を心待ちにしている。絶対に死ぬな、生きて帰って、明日の日本を支えろ。どんなザマになってもいい、生き残れよ!」

 

一同「「はい!」」

 

提督「よし、別動隊、出撃せよ! 健闘を祈る。」

 

霧島「了解! 第八艦隊、出撃!」

 

雲龍「第三艦隊、出撃します!」

 

 直人に見送られ、40人の艦娘達が出撃する彼女らはこれからソロモン方面で、本隊の支援なしの孤立無援の戦いを強いられるのだった。2部隊に分かれ御互いに支え合う他に道は無かった。

 しかしそれを支える者達がいる。柑橘類中佐の率いる航空隊がそれだ。この日の早暁、4時18分、サイパンの飛行場から慌ただしく発進したのは、ガタルカナルに飽和攻撃を加える任務を与えられた大編隊である。

目的地はラバウルの2カ所の飛行場であり、編隊の内訳は以下の様になっていた。

 

・四式戦闘機「疾風」乙型 80機

・キ-91 戦略爆撃機 50機

・銀河三三型 80機

・一式陸攻三四型 60機

 

 彼らに与えられた任務は、進出翌日から連続してガタルカナルへの爆撃を行う事であった。戦闘機隊は大型機に予備の搭乗員を分乗させての進出であっただけに、今後の激務が偲ばれた。

 実の所、戦力の強化が続いていたのは艦隊だけでなく基地航空隊もで、屠龍の定数が大幅に削減された所へ疾風乙型が増強され、また戦略爆撃機であるキ-91が艦攻の天山一二型や流星の削減された枠を充当して増強されている。

 

現状の全戦力は下記の通り。

 

戦闘機隊 キ45改 二式複座戦闘機「屠龍」丙型 20機

350機   N1K4-A 艦上戦闘機 紫電三二型改 90機

     A6M7 艦上戦闘機 零戦54型 60機

     N1K2-Ja 局地戦闘機 紫電二一型甲 80機

     キ84-Ⅰ乙 四式戦闘機「疾風」乙型 98機

     キ84-Ⅰ丙 四式戦闘機「疾風」丙型 2機

 

爆撃機隊 キ91 戦略爆撃機 60機

210機   B7A2 艦上爆撃機 流星 70機

     G4M3 1式陸上攻撃機三四型 80機

 

攻撃機隊 P1Y3 陸上爆撃機 銀河仮称三三型 80機

220機  B6N2a 艦上攻撃機 天山12型甲 70機

     B7A2 艦上攻撃機 流星 70機

 

偵察/哨戒機隊 C6N1 彩雲一一型 30機

68機      Q1W1a 哨戒機 東海一一型甲 30機

        H8K1 二式飛行艇一一型 8機

        

その他 キ57-II 一〇〇式輸送機二型 80機

140機  G6M1-L2 一式大型陸上輸送機一一型 20機

    ク7-Ⅱ 大型滑空機 20機(曳航機:一式大型陸上輸送機)

    ク8-Ⅱ 四式特殊輸送機 20機(曳航機:一〇〇式輸送機二型)

 

総計:988機

 

 全体的には機種の整理統合が為されており、この為21機の定数削減となってはいる。中でも疾風甲型や一式陸攻二四型丁などが定数表から姿を消し、他の機体の定数に割り振られているのは特徴の一つと言っていいだろう。

 

 そしてこれだけやって置いて母艦航空隊が強化されていない筈もない。

七航戦は7月初頭に、葛城も含め同じく第4段階の艦載機に統一、雲龍型3隻に流星が行き届いた。

一方で龍鳳も五航戦の周囲環境に合わせ5段階目の機種に全て転換、一航戦も待望の4段階目への機種転換を完了、これにより翔鶴の村田隊を除く全空母に流星が行き渡る事になり、艦隊の攻撃力が著しく強化統一された事は言うまでもない。

 しかしながら、待望される新型艦上戦闘機「烈風」の姿は未だに無く、彼らは画竜点睛も甚だ欠く状態で、決戦に臨む羽目になったと言えない事は無かった。

 

 

1時08分 重巡鈴谷下甲板・ウェルドック⇒艦娘発着デッキ通路

 

提督「やれやれ、せめて、烈風を配備してやれれば、少しは楽なんかねぇ?」

 

明石「事はそう単純ではありません、機体が変われば、それだけに見合った苦労もありますし、機材の調達をまず行う必要もありますから。」

 

提督「うん、それもそうだな。しかし零戦の能力に限界がある以上、新たな機材がいい加減欲しい所ではある。」

 

明石「それもそうですね・・・。」

 

 この二律背反(アンビバレンツ)は、戦い始めてから戦い終えるまで、常々彼を悩ませる事にもなるが、であるからこそ重要な問題でもあったのだった。しかし今度の場合、その悩みはどちらかと言うと、別動隊に龍鳳を付けざるを得なかった辺りに端を発している。

 航空機の質が悪いなら、熟練搭乗員を付けるしかない。しかしそれらは第一線に投入せねばならないと言う矛盾した現実が、第五十航空戦隊に編成される予定だった龍鳳を前線に参加させざるを得なかった理由だった。

 ただ龍鳳としてはそれも本懐であったから、不本意だった直人とはその辺りが異なっていた。

 

―――が、ここで一つのハプニングがあった。否、ハプニングと言うにはささやかなものではあったが。

 

 

1時28分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「別動隊が敵に発見された?」

 

明石「潜水艦と思われるとの事です。」

 

提督「通信じゃなくて何故無電なのだろうな?」

 

直人が首をひねっていたのは、トラック環礁を出たばかりである筈の彼女らが、何故通信でこの事を伝えようとしなかったかである。つまり見つかった事自体はそれほど大事ではないのだ。

 

明石「いやそこですか、別動隊が発見されては奇襲が困難になりますよ?」

 

提督「奇襲? 私はそんなもの端からやって貰いたいとは言ってないよ?」

 

明石「え?」

 

提督「精々派手に触れ回って貰わんとね。不審な艦娘艦隊が南に向かうと。」

 

明石「・・・あっ、成程、そう言う事ですか。」

 

提督「うむ、これで敵の耳目はまず南に向く訳だ。」

 

 彼としてはむしろ、別働隊には踊り疲れるまで踊って貰う事によって、ソロモン方面に敵の目を集中させる狙いがあった。

この為別働隊が出港早々に発見されたと言うのは、“表面上は”それを助長する事が出来るかもしれず、彼はその観点からこれを奇貨と見たのだ。

 

 

しかしこの狙いは裏目に出る。何故なら敵にしてみればトラック諸島は、“中部太平洋戦区”に属する島々だったからである。

 

 

1時37分 ウェーク棲地

 

離島棲姫「不審な艦娘艦隊?」

 

その報告を受けたのは、よりにもよって中部太平洋艦隊司令部があるウェーク棲地であった。担当戦域を考えれば当然の事であるが、直人はこの時それを知らない。

 

離島棲姫「直ちにトラック諸島を偵察なさい、不審な艦が停泊しているのを確認次第報告するのよ。ベロー・ウッド、任せるわよ。」

 

ヌ級改Flag「畏まりました、ウェーク様。」

 

 ウェークの副官ベロー・ウッドが直ちに自己の任務に赴く為傍らを離れる。

中部太平洋方面艦隊は、これまで人類側に情報面で後れを取り続けており、横鎮近衛艦隊の活躍ぶりが、皮肉な事に離島棲姫“ウェーク”に情報の重要性を痛感させる結果を生じていたのである。

 

 

7月31日10時27分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「なんだなんだ?」

 

環礁内に警戒警報が鳴り響く。

 

明石「敵機です提督!」

 

慌てて駆け込んできた明石がその正体を告げた。

 

提督「敵機だと、機数は?」

 

明石「機数は10機ほど、恐らく偵察だろうとトラック泊地司令部が。」

 

提督「そんなしょっちゅうなのか?」

 

明石「ここはサイパンより東に位置する、中部太平洋の最前線の一つですからね、ポナペに講和派の基地が出来てからもずっとな訳です。」

 

提督「成程な・・・では息を潜めるとしよう。」

 

直人はそう言ったが、敵の偵察の狙いがよもや自分自身などとは彼は考えていなかった。しかし、その予想は覆る事になる。それは11時19分に急報が齎されたのが理由だった。

 

大淀「“提督、サイパンから速報です!”」

 

提督「どうした?」

 

サークルデバイスを念の為起動していた直人の下に、通信室の大淀から報告が入ったのが正にその時間であった。

 

大淀「“サイパンが敵に偵察されたそうです!”」

 

提督「何?」

 

それを聞いた彼は思わず眉をひそめた。

 

大淀「“この時期に偵察とは、尋常ではない気がします。”」

 

提督「・・・まさか先刻の偵察は―――」

 

 

しかしその時には既に手遅れであった。ウェークを発った数百機の大編隊が、一路サイパンを目指していたのである。

 

 

提督「大淀、サイパンに至急打電! 大至急全戦闘機を上空待機、完全武装でだ、高射砲も用意、厳戒体制に移行させろ!!」

 

大淀「“はいっ!!”」

 

提督「くそっ、どうやら当てが外れたらしいな。」

 

明石「そ、そうですね・・・。」

 

直人はその幸先の悪さに、何か後味の悪いものを感じずにはいられなかった。

 

提督「―――柑橘類中佐もいないタイミングとはな。」

 

 

 しかし直人はここで作戦を変更しなかった。サイパンに押し寄せた敵機は辛うじて撃退され、前回と同等の被害を出すに至ったものの、ここで変更すれば別動隊のスケジュールに多大な影響があるからだ。

そしてそれは、大本営からの要請にも応えられなくなる事を意味したのだった。

 同日18時03分、別動隊は全艦無事にラバウル第1艦隊司令部に到着、補給と休養に入った。

ラバウル司令部の佐野海将補と第1艦隊の広瀬大佐には事前連絡をして置いた事もあって、ラバウル基地は全面バックアップを惜しまなかった。これにより、態勢は整った。

 

 

が、直人はここで気がかりな事があり、トラック泊地司令部に出頭した。

 

19時22分 夏島・トラック泊地司令部

 

小澤「よく来たな、と言いたい所だが、お急ぎのようだ。早速用件を聞こう。」

 

小澤海将補はこの年44歳、引き締まった精悍な顔立ちをしている中肉中背の将校であり、無駄なく筋肉が付いているのが良く見て取れる。南国暮らしで少し焼けていたが、それがその精悍さを引き立てている。

 

提督「では早速。本日正午過ぎ、サイパンが敵に空襲されました。敵は長距離爆撃機を用い、東の方角から押し寄せて来たとの事です。」

 

小澤「そうだったのか、それで?」

 

提督「どうやら昨晩出した別動隊が、ウェークの敵潜水艦に捕捉されたものと見られます。私としてはソロモン方面に所属するものに発見して貰いたかった所でしたが、それはさておくにしても、午前中の偵察も恐らくは我々の所在を確認する為だったと見られます。」

 

小澤「成程、その後空襲されたのだから辻褄が合う。」

 

提督「我々の所在は敵に知れています。しかし我々は隠密裏にサモア方面に行く必要があります。そこでトラック泊地に、敵潜水艦の掃討をお願いしたいのです。」

 

小澤「成程、例の作戦の目的が知れても不味い訳か。分かった、直ちに通達する。」

 

提督「ありがとうございます、感謝致します。」

 

小澤「これがこちらの仕事でもある事は心得ている。任せて貰おう。」

 

提督「はい、委細お任せします。」

 

 小澤海将補は明快な為人(ひととなり)で知られる人物で、しかも頭脳明晰と来ている。直人の意図するところを素早く汲み取り、且つ即時に実行に移してくれたのである。これにより懸念材料を排除した直人は、安心して鈴谷に帰ったのだった。

 その夜から翌日一杯に渡る潜水艦掃討戦は、敵潜水艦を沈黙させて置くには充分であった。

 

 

いよいよ8月がやって来た。その事は、彼らの作戦開始を伝えるものだった。

 

8月1日13時00分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「錨を上げ!」

 

ガラガラガラと大きな音を立てて、錨を揚錨機が巻き上げていく。

 

明石「いよいよ始まるんですね。」

 

提督「うむ。遠征の始まりよ。」

 

前途に広大な海原を見据え、直人は表情を引き締めた。

 

 

13時03分、重巡洋艦鈴谷は、投錨地を発って、一路針路を東に、トラック諸島を後にした。片道4700kmの長きに渡る、長い旅の始まりであった。

 

 

17時36分 ラバウル基地・ラバウル第1艦隊司令部

 

霧島「挺進部隊、抜錨!」

 

雲龍「機動部隊、全艦出撃!」

 

トラックを離れる事約1200km、横鎮近衛艦隊から遅れる事4時間半、別動隊が予定通り出撃する。雲龍らと霧島らは、外洋に出た段階で二手に分かれて前進する事になる。

 

広瀬「気を付けて下さいねー!」

 

広瀬大佐の声を背に受けて、40人の艦娘達は暮れなずむ海を、一路戦場に向けて駆けるのである。

 

霧島(いつかこの時が来るのではないかと思っていたけれど、思ったより早かったわね。あの日の雪辱を、今―――!)

 

霧島に限らず、そう誓った者は一人二人ではない。直人の意図するところでは無かったが、この時の挺進部隊の編成は、半数近くが第三次ソロモン海戦に代表されるソロモン水域に、因縁浅からぬ者達だったのである。

 

 

~同時刻・ガタルカナル棲地~

 

飛行場姫「敵も最近妙に熱心だな。」

 

 飛行場の有様を見やりながら飛行場姫は言った。ラバウルを飛び立つ敵航空部隊に、ここ数日彼らは悩まされ続けていた。

と言うのも、前例の無い様な大型機の飛来が相次ぎ、そこへブインから飛び立つスイーピングの飛来による迎撃機の減少が重なっていたのである。

 

へ級Flag「確かに、大型爆撃機の連日の飛来は前例がありません。」

 

この大型爆撃機と言うのが、サイパン空のキ-91である事は疑う余地はない。1任務(ソーティー)に稼働機の半数が出撃し、陸攻隊などと共同して2交代で出撃を繰り返していたのである。その護衛に、柑橘類隊の疾風がこれまた稼働機の半数出撃すると言った具合である。

 

飛行場姫「これではラバウルへの報復も不可能だ、飛行場が午前と午後に1度ずつ掘り返されるのではな・・・。」

 

へ級Flag「しかしこれは何かの予兆ではないでしょうか、飛行場姫様。」

 

飛行場姫「またぞろ攻勢があると?」

 

ホノルルの進言に飛行場姫「ロフトン・ヘンダーソン」は眉一つ動かさず言った。人類軍がその程度の気を起こす事くらいは、充分あり得る事だったからだ。

 

へ級Flag「用心に越した事は無いかと存じます。」

 

飛行場姫「そうだな・・・。」

 

 その言葉には、いつになく覇気が足りていなかった。それもその筈、ロフトン・ヘンダーソンもここのところ艦娘艦隊に後れを取り続けていたことが中央の不興を買っていたのだ。

それもこれも横鎮近衛艦隊が度重なる攻勢をかけ、その都度勝ち続けていたからではあったが。しかもこれに関しては、駆逐棲姫「ギアリング」にしても同じ事だったのである。

 そのギアリングは中央に呼び出されこの時戦域を留守にしており、飛行場姫自身もその前に呼び出しを受けていた身であった。

 

 

~2週間前・ベーリング海棲地~

 

極北棲姫「ロフトン、私の言いたい事は分かるな?」

 

極北棲姫“ヴォルケンクラッツァー”は冷たい眼光を飛行場姫に向けて言い放った。その口調には荘厳さと冷厳さとが共存していた。

 

飛行場姫「・・・。」

 

重々しい沈黙と共に傅き頭を下げる飛行場姫。

 

極北棲姫「まさかお前までもがこうまでしてやられるとは考えても見なかったぞ。」

 

飛行場姫「面目、次第も御座いません。」

 

極北棲姫「我々に“敗北”の二文字は必要とされていない。奴らをこの地表から永遠に放逐するまで、我々は戦い続けなければならんのだ。」

 

飛行場姫「はい、その通りだと思います。」

 

ここで抗弁しても無駄と知る彼女は、精一杯の追従の言葉を述べた。

 

極北棲姫「分かっているなら勝て、我々の悲願達成の為にもだ。これ以上負ける事は許さん。たとえどんな形でもな。」

 

飛行場姫「ハッ。」

 

 

飛行場姫(極北棲姫様に、明確な戦略がある様には到底見えない。戦略上負けてやる必要性と言うものも熟知していると考えにくい節もある。どうも奴らの事になると思考が柔軟を欠く様に、私には見受けられるが・・・。)

 

 極北棲姫は、この苦しい情勢下に於いても乏しい戦力を最大限活用する事で戦線を再構築し、人類軍の浸透を最大限食い止めている点において戦略的には非凡な才幹を有している。

ところが、事が対人類攻勢になると、戦略的撤退や確実な勝利よりも大勝利を求める傾向が強く、何らかの怨嗟がある事は否めなかった。

 

飛行場姫(空母棲姫も、敗北を重ねた挙句恫喝されたと言う。これがその恫喝である事は明白である以上、私もいよいよ、覚悟する必要があるか。)

 

へ級Flag「どうかされましたか?」

 

飛行場姫「ん? どうしたか?」

 

へ級Flag「いえ、随分と険しいお顔をなさっていたので。」

 

飛行場姫「いや、心配ない―――。」

 

そう言い切ろうとして、飛行場姫の脳裏によぎったものがあった。

 

飛行場姫「・・・ホノルル。」

 

へ級Flag「なんでしょうか?」

 

飛行場姫「お前は、例え私が何処へ行こうとも、付いて来てくれるか?」

 

へ級Flag「―――私はこの世に生を受けてより、貴女の副官です。何処へなりとも、御供致します。」

 

飛行場姫「・・・そうか。」

 

 

 この時ホノルルが飛行場姫の心理を理解していたかは後世の歴史家にとって評が分かれる所である。

理解していたとする者は「ホノルルは上官の心の内を悟るに鋭敏な優秀な副官であり、であるが故にこそ、上官の窮状をおぼろげながら察し、その時点で覚悟を決めていたのだ」と主張した。

 一方で理解していなかったとする者は、「ホノルルは忠義に篤い優秀な手腕を有する副官であり、その忠誠心で以って、終生尽くす事を心に決めていたからだ」と主張する。

この論争は長く続いたが、当のホノルルの手記に基づけば、「私はこの時、飛行場姫様の心理を理解するまでには及ばなかった。しかし私は、飛行場姫様がより正しい選択をなさるに当たって、間接的に貢献する事が出来たのであろう」と言う事になる。

 ホノルルは上官に対する敬虔なまでの忠誠心を有していたが、同時に全能では到底あり得なかった訳である。故にこそ、彼女は後日の急に驚く事になったし、また自己の決断に長く悩みもしたのである。

 

 

8月2日12時20分、雲龍が指揮する臨編第三艦隊は、20艦娘ノットで挺進部隊より先行して、北回りのコースでガ島北方450kmに到達した。ここで雲龍らは艦載機を全力発進させる事になっていたのである。

 

ガタルカナル時間14時20分 ガ島北方450km

 

雲龍「各空母に下達(かたつ)、艦載機全力出撃!」

 

各空母「「“了解!”」」

 

 雲龍の命令に沿い、全艦載機が母艦を飛び立った。1本の矢も、1本の式神をも残さない全力出撃である。本来ならば半数を残すところこの様な出撃を行うのは、前回同様、敵に錯覚させる為である。

 しかもこの時、薄暮攻撃を期してサイパン空の爆撃部隊ばラバウルを発ってガ島へと向かっていたのである。タイミングの一致だったが、それだけに空母艦載機隊の責任は重大である。

 

 

現地時間15時40分、ルンガ泊地に非常事態を告げる警報が鳴り響いた。敵来襲を告げる警報であった。

 

飛行場姫「―――北からだと?」

 

へ級Flag「そのようです。」

 

 飛行場姫「母艦航空隊に違いない、すぐに索敵の網を張らなければ。やはり奴らの目的は我々を倒す事にあるようだな。」

度重なる空襲やスイーピングに今回の敵来襲の方角から見ても、判断材料としては充分であった。

 

へ級Flag「断固阻止しなくてはなりません。」

 

飛行場姫「当然だ、直ちに稼働機を全て上げろ!!」

 

へ級Flag「ハッ!」

 

ホノルルにそう命じておいて、飛行場姫も艦載機を発進させる。その艦載機も補充が間に合っておらず、定数の5割を割り込む有様であった。

 

 

箱根「全機高度を上げろ、上昇してくる敵機の頭を押さえる。攻撃隊は若干コースを迂回し、敵との会敵時間を間延びさせろ。その間に敵機を処理する。」

 

 攻撃隊長箱根少佐が、無線を使って手早く指示を出す。龍鳳戦闘機隊長兼龍鳳飛行隊長を兼務する少佐は、全く文句の付けようのない空戦指揮官でもあるのだ。

 周密に箱根少佐の艦載機隊が待ち構える中、必死に高度を上げる敵の迎撃機がのこのこと雲上に姿を現す。

 

箱根「―――GO!」

 

 その2000m近く上方に陣取っていた戦闘機隊が、一斉にその翼を翻して襲い掛かる。既に敵先頭集団は雲上に出ており、しかも上昇中で速度が無い事が命取りとなった。運動エネルギーと位置エネルギーで勝負が決する空中戦に於いて、その双方で劣っていては勝ち目は無かった。

 正に雲に叩きつけられるかにも見える強烈な上方からの一打が過ぎ去った時、敵先頭集団はほぼ全滅に近い状態であった。これに対して戦闘機隊は殆ど無傷であり、僅かに2機が軽微な損傷を被ったのみであった。

 深海棲艦機は先頭集団が壊滅させられた空域こそ戦場であると考えて殺到してきたが、そこには攻撃隊の姿はなく、戦闘機が罠を張って出迎えているだけと言う有様だった。

その間隙を縫い、攻撃隊は一挙にルンガ飛行場に殺到した。この時全ての機体は爆装を施しており、対飛行場攻撃がその主任務と定められていた。

 

飛行場姫「迎撃機は何をしている―――!」

 

呼び戻すにしても、もう間に合う距離ではなかった。観念した飛行場姫だったが対空射撃実施の命令だけは怠らなかった。

 

 

一方、その戦いが行われている遥か北方では重巡鈴谷が優雅なクルージングをしていたし、中央スロットでは挺進部隊が12艦娘ノットでタイミングを合わせて突入しようと図っていた。そしてそれを追い越す様にラバウルからの空襲部隊が飛行する。全ては連動した一つの作戦であり、それを見通せるだけの判断材料に、飛行場姫はまたしても事欠いたのである。

 

 

鉄の猛威が過ぎ去ったのは、ガタルカナル時間で16時13分の事であった。あとに残されたのは、空襲で傷ついた飛行場姫と、再び穴だらけになった飛行場の惨憺たる姿であった。

 

飛行場姫(―――この執拗な空襲、何かがある。またしても敵が突入して来ると言うのか、水上部隊にも事欠く、この今突入されれば・・・!)

 

 荒廃した大地を見やって飛行場姫は悲観的なシナリオを描き出した。そしてそれは、部分的には正しいものであった。今や霧島ら挺進部隊が、このルンガを目指して突き進んで来ていたのだから。

 しかもこの時ばかりはガタルカナルには水上部隊はホノルルの護衛部隊を残して全て引き払っていたのだ。

 駆逐棲姫ギアリングの麾下にある高速打撃部隊は豪州東部タウンスビルに在ってセーラムの臨時指揮下にあり、

 南方棲姫ワシントンの水上打撃部隊はガタルカナルから800km以上離れたエスピリトゥサント島ルーガンビルに後退して戦力の再編成中、

 南方棲戦鬼ノースカロライナの高速空母機動部隊も、ニューカレドニア島ヌーメアに後退して戦力の再編成中だった。

 

 戦力再建は終わらせていた後者の2部隊は、戦線の再構築に伴い戦力の抽出入を行って訓練途上でいた為に動くに動けない状態であった。

ホノルルの有する部隊は、その戦力抽出の波もあって霧島らと比較すれば過小であり、4個の水雷戦隊に3個の巡洋艦戦隊、6個の駆逐戦隊、2個の戦艦戦隊だけだった。泣いても笑っても、ガ島陸上兵力と含めてもこれがなけなしの戦力だった訳である。

 但し、辛うじてアルケオプテリクスは彼女――飛行場姫――の手中にあって総予備戦力となっていた。過日の損害も修理が済んでいる。

 

飛行場姫(泣いても笑っても、手駒は自分達だけ。これで―――)

 

一体どの様にして勝てばよいのか。戦略的要件を全て失いつつあるこの時、飛行場姫は悲嘆にくれる他なかったのである。

 

飛行場姫(―――まさかな。)

 

 飛行場姫は謀殺の可能性に思い至った。もし戦力再編成にかこつけて彼女の元から戦力を全て撤退させたのだとしたら、敗北は免れ得ない。

そうなれば彼女の責任問題を問われ、更迭ならまだ良し、最悪の場合自害を強要されるか処刑されるかと言う二者択一何れかとなる可能性―――即ち敗北したらどうなるかと言う見せしめとして殺される可能性を、誰がゼロと言い切れただろうか。

 飛行場姫は味方に裏切られると言う可能性を脳裏から振り払いたかったが、疑惑の種を振り払う事は、到底できそうになかった。それよりは、戦って勝つ事に集中せねばならなかったが。

 

 

一方、別動隊の奮戦甲斐あって、無事南太平洋の旅客となった重巡鈴谷乗り組みの本隊は、サイパン標準時の16時20分、ひとまずの安心感を覚えていた。

 

16時20分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「ガ島時間ではもう18時過ぎてるな。」

 

明石「向こうが2時間進んでいますからね。」

 

提督「とは言うものの、向こうに着く時には日付変更線を超える事になる。カレンダーがややこしくなるぞ。」

 

明石「それにしても改めて思えば、少数精鋭の殴り込みで相手の視線を逸らすなんて、普通考えませんよ、普通は全戦力を投入した決戦を望まれると思いますから。」

 

提督「俺はそんな、軍事的ロマンチシズムに毒された人間じゃないよ。一度の決戦が全てを決する時代じゃない、国家総力戦の時代とあっては、尚更だね。」

 

明石「冷静ですね・・・。」

 

その明石の一言を聞いて一言なかるべからずと思ってか、彼は再び口を開いた。

 

提督「心得違いをするな? 俺達は伊達と酔狂で下らん戦争ごっこをしているんだからな。」

 

明石「言われるまでもないですよ、あんな純軍事的に不要とも思えるような物まで作ってる位ですから。」

 

と言うのは霊力刀やKMWシリーズのアヴェンジャー改が代表例である。

 

提督「結局紀伊艦隊はそう言うものだからな、真面目に戦争やってるように演じてるだけよ。」

 

明石「でも真面目なんでしょう?」

 

提督「勿論。」

 

明石「動機はどうあれ真面目なのはいい事ですよ、提督。」

 

直人は二の句を告げようとしたがやめた。この時の明石の発言はいちいちもっともだったからである。

 

提督「それよりだ、計画通りなら間も無く挺進部隊が160海里圏に突入だな。」

 

露骨に彼は話題を転じた。

 

明石「そうなりますね。上手く行くといいんですが・・・。」

 

提督「俺としては任務成功の如何以前に、皆無事であればそれでいいよ。」

 

明石「それが一番ですね。」

 

「全く、甘い事甚だしいわね。」

 

提督「!」

 

突然の声に振り向くとそこには霞がいた。

 

霞「お邪魔だったかしら?」

 

提督「そうでも無いがどうした?」

 

霞「私の方はただの使い走りよ、伊良湖さんが呼んでるわ。」

 

提督「そうか、分かった。」

 

霞「ほら、乗りなさいよ。2回動かすのも面倒でしょう?」

 

そう言って霞はエレベーターで直人と一緒に降りる事にした。直人もその意見には同意見だったのでご同伴に与る事にした。

 

 

霞「―――全く、アンタは常々甘いわね。」

 

提督「そうかな。」

 

霞「アンタはいつも皆が無事でって言うわ。戦争なんだから、そんなの普通はおとぎ話よ。」

 

提督「・・・確かに。俺のエゴではある。」

 

彼は素直に認めた。ただ失いたくないからと言う理由で、全艦隊に生命の尊重を強いる提督と言うのも中々いない。それが道義上の理由であるのもそうであるが、それを振りかざすのではなく、別離したくないからと言う理由で、と言うのは稀有な事例であった。

 

霞「・・・でも、そんなだから皆ついて来るんでしょうね。」

 

提督「―――。」

 

霞からその言葉を聞くと思っていなかった彼だったが、その言葉を彼はありがたく受けておく事にしたのだった。

 

 

 食堂の厨房へ来た直人を待っていた用件とは、“コンロの火の出が悪いと言うので点検して欲しい”と言う、どちらかと言うとメカニックの領域に属する事柄なのであった。

この為彼は即座に伝声管で明石を呼び出すと自分は引き揚げてしまったのであった。

 今更の様だが、新造され直した鈴谷にもちゃんと伝声管はあり、艦橋でしか使えないサークルデバイスに代替するには役割は十分だったが、それなりに声量が無いと厳しいので、艦娘達が使うのには多少の訓練を要するのが難点なのだった。

 だが彼のその思案の一方、挺進部隊は確実に地獄の窯の淵へと足取りを速めていたのである。

 

 

 ガタルカナル時間18時30分、予定通り180海里圏に突入した挺進部隊は、速力を艦隊速力の最大である29ノットに上げ、一挙にガ島へと肉薄せんと図った。ガタルカナル突入の際必ずと言っていいほど行われるパターンである。

いよいよ突入開始と緊張感を高め歩みを早める艦娘達は、さしたる妨害も受けずに日没を迎え、更に4時間弱をかけて、遂に戦闘予定海域に到達する。

 

 

現地時間22時19分 ガ島・タサファロング沖30km

 

霧島「周辺警戒を厳に、何処から敵が来るか―――」

 

夕立「―――!」

 

夕立はこの時、肌がピリッとするような感覚を覚えた。それは夕立の様な艦娘が持ちうる、天性の勘と言う奴であろうか。

 

夕立「―――敵がいるっぽい。多分・・・正面。」

 

霧島「―――!」

 

静かに夕立が告げたのを聞き、一同に緊張感が漲る。

 

比叡「レーダーに敵影と思しきもの発見、正面、距離1万6000。」

 

霧島「了解。挺進部隊、全艦突入!」

 

暁「探照灯、照射するわ!」

 

開口一番、暁が肩に乗せた探照灯を敵に向け走査する。2秒ほどして敵影を探照灯が捕らえた。

 

霧島「全砲門、テーッ!!」

 

霧島の14インチ砲が咆哮する。それが、両者にとって地獄の夜の始まりだった―――

 

 

 この時ホノルルの艦隊は、距離2万を切った時点でレーダーによって敵を捕捉していた。しかし砲戦距離を1万5000に想定した事が仇となり、照射された探照灯によって機先を制される形になってしまった。

 しかし、それも最初だけであった。

 

へ級Flag「艦列を乱すな、戦艦戦隊は前進して盾となれ! 巡洋艦以下の砲撃で敵の補助艦から排除する!!」

 

ホノルルの迅速で的確、且つ鋭い指示は、艦隊が混乱から立ち直るには十分だった。ホノルルの号令一下、戦艦を先頭に艦隊が布陣し、臨編第八艦隊の攻撃に対処を試みたのである。

 

 

比叡「敵の戦艦が前に出て来た!?」

 

霧島「恐らく狙いは私達ではなく補助艦の子達、敵戦艦を優先的に排除します。第五戦隊は急進してくる敵に対処、第六駆逐隊は待機し、残りの水雷戦隊で雷撃を実行、急いで!」

 

長良「了解! 任せといて!」

 

霧島の命令一下、長良と6隻の駆逐艦が隊列を離れ雷撃に最適なポイントを探る。

 

天龍「俺達はどうすればいい?」

 

霧島「まずは長良さん達の雷撃結果を待ちます、判断はその後です。」

 

天龍「分かった。」

 

天龍の双眸が、要望通りの答を得られなかった事に少し残念そうにしながらも頷く。だが天龍は、何も焦る事は無いと考え直した。戦いは始まったばかりなのだ。

 

長良「“魚雷、いつでも行けます!”」

 

霧島「任意発射して下さい。」

 

長良「“了解!”」

 

 

その間、暁は猛射を受け続けていた。無理もない、探照灯を照射すると言う事は最も目立つと言う事を意味してもいる。目視でさえ確認出来る暁に対し、敵艦が立て続けざまに射弾を放り込む。しかしそれらは次第にいら立ちを含有しつつあった。

 

暁「―――。」

 

そんなの、当たらないわ!

 

 

ザザザァッ

 

 

 暁が華麗な足取りで敵の着弾する砲弾の間を潜り抜ける。赤色海域だと言うのに、技術の向上著しい明石の造兵廠によって加工された艤装の着水面は、ほぼ完璧に近い対腐食加工が施されていた。

その上暁の艤装はこの時試作品で、濃硫酸に溶けにくい合金を使用したものを試験運用していたのである。実はこれは編成した直人も知らなかった事実で、明石もわざわざ話を通していなかった代物だったのである。

 それらが暁と組み合わさった時、例え赤色海域だったとしても暁を阻む事は出来ず、暁に降り注ぐ砲弾は、その全てが完璧なまでの正確さで回避されたのである。

 

暁「・・・。」

 

弾丸雨飛の只中を進む暁。

 

暁(あの夜の事、思い出すわね。)

 

暁は、1世紀以上の昔に思いを馳せる。暗い闇を斬り裂いて迫り来る敵の砲弾、瞬く間に被弾し、それ程時を経ず戦闘不能となり、何も為し得ないまま水面下に没した暁。

 

暁(私はもう大丈夫。あの時の様に、やられたりなんか!!)

 

或いは、それは子供っぽい虚勢だったかもしれない。しかし暁はもう駆逐艦だったあの日とは違う。艦娘となって、他の艦娘にはない特技も手に入れた。全てはこの時を―――あの日を超える為に。

 

暁「第六駆逐隊、突撃態勢!」

 

3人「「“了解!”」」

 

 

長良「魚雷発射、目標敵戦艦!」

 

長良に続き、6隻の駆逐艦から39本の“青白い殺人者(ロングランス)”が放たれる。航跡を立てる事無く高速で忍び寄ったそれは、瞬く間に敵戦艦群に水柱を屹立させた。

 

長良「“敵戦艦3隻撃沈確認!”」

 

霧島「よし、全艦突入、私と霧島、第五戦隊で援護します!」

 

天龍「よっしゃぁ! 行くぞ龍田ァ!!」

 

龍田「はぁい、第十八戦隊、行くわぁ!」

 

暁「第六駆逐隊、突撃!」

 

的確に突撃態勢を整えていた第六駆逐隊を先頭に、我が意を得たりと天龍と、その後ろに龍田が続いた。

 

 

ホノルル「くっ、防ぎきれないか―――!」

 

ホノルルは形勢不利を悟り、即座に次の一手に移る。それは戦場の様相を地獄に変える魔手であったのだが、この時それを誰も知る事は無い。

 

 

一方、敵陣への切り込みに戦術をシフトした挺進部隊は、適宜砲門を開き、敵戦力を削ぎにかかった。

 

長良「くっ、凄い砲撃!」

 

綾波「恐らく敵の沿岸砲台ですね。艦隊と共に私達を砲撃しているのかもしれません。」

 

長良「だったら敵陣に潜り込んでしまえば!」

 

綾波「そうですね、行きましょう!」

 

長良「OK!」

 

 長良がこの時頭に思い描いていたのは敵の隊列に割り込む事によって、敵の砲撃を難しくさせると言う、戦術行動の一つであった。これによって沿岸砲台の砲撃が出来ない様にし、五分の状態で戦闘を進めようと言うものであった。

 霧島は最初からその構想を持っており、その援護の為に沿岸砲台の掃討に努めていたのである。

 

霧島「そこ、撃てッ!!」

 

ドドオオオオオオォォォォーーー・・・ン

 

 霧島の主砲が吼え、その一撃の下に沿岸砲がまた一つ粉砕されていく。後に“ルンガ沖夜間強襲”と呼称されたこの戦いの序盤は、ごくごく一般的な戦術行動の応酬によって繰り広げられたと言ってよい。

その為独創性の無い陣形からの独創性の無い火力の応酬と言う、ドラスティックさに欠く事甚だしい状況とは無縁であった。

 

那智「霧島、我々も行かなくていいのか?」

 

霧島「私達では小回りが利かなさすぎます。全体の状況を俯瞰しつつ、全体を支援しましょう。」

 

那智「・・・分かった。」

 

那智はその定石どおりの戦法に不満がないではなかった。前方に敵がいると言うのに積極的に動けないと言うのは歯痒かったものの、旗艦が想定する状況を崩す事は、戦場に於いては許されないのである。

 

 

長良「敵艦隊まで距離2000! 近接戦闘用意!」

 

長良の三水戦が敵を指呼の間に捉える。暁らの六駆と、天龍龍田の十八戦隊もほぼ同様の態勢にあった。

 

 

へ級Flag(ホノルル)「無理に防ぎ止めようとするな、向かってくる正面の艦は後退、その両翼を前進させろ!」

 

 一方ホノルルも当然一手を講じ、左右から包み込むようにして逆に引き入れようとした。これを艦娘達は意に介さず、逆にその先頭集団と根本の中間点に火力を集中する事によって敵艦隊行動の結節点を崩しにかかる。

 しかし結果としては、ホノルルの艦隊行動も、それに伴う艦娘側の対応も失敗に終わり、半端な陣形だけが後に残されていた。

 

へ級Flag「―――。」

 

 

長良「いっくよー! 前へ!!」

 

長良が突撃を命じ―――

 

天龍「行くぞ龍田! チビ共も続け!!」

 

暁「チビって言うな! 第六駆逐隊、続いて!」

 

天龍が六駆を率いて敵陣に斬り込む―――

 

霧島(これで、沿岸砲台に依る敵への援護は―――!)

 

無くなるだろう。

 

 

・・・そう、思われた。

 

 

へ級Flag「今だ! 手順通り突撃!」

 

23時29分、艦娘達の勝利の方程式は、ホノルルの講じた一手によって覆されたのである。

 

 

ザザアアアァァァァァァン

 

長良「―――!?」

 

 

ドバアアアアアアッ

 

天龍「何ッ―――!?」

 

暁「えぇっ!?」

 

 

ザバアアアアァァァァァン

 

霧島「えっ―――!?」

 

妙高「なっ―――!!」

 

 

艦娘達の背後に、霧島らの側背に、突如として立ち上る瀑布とも見える水の壁。それは爆破などではなく、敵深海棲艦が跳ね上げた海水であった。

 

長良「背後に敵ッ!?」

 

その状況を最も早く把握したのは、水雷戦隊を率いていた長良だった。しかしその長良でさえも劣勢は免れ得ぬ所だった。

 

長良「くっ、十九駆は後背の敵に対抗、二駆は正面の敵に、全艦で円陣を組んで防御体制を崩すな!」

 

長良が必死の指示を出す。むしろこの時の長良にはそれが精一杯だった。この時の指示は徹底した防御であった。

 

綾波「了解!」

 

村雨「了解! 夕立!」

 

夕立「突撃するっぽい!」

 

村雨は第二駆逐隊の旗艦として、長良の指示を受けるや即座に懐刀を抜いたと言える。夕立はその爆発的エネルギッシュさで以って一人敵陣へ肉薄していく。

 

長良「きっと霧島達が助けに来る―――それまで!!」

 

長良は村雨が解き放った夕立を遊撃として、援軍の到着まで持久する方針を取ったのである。

 

 

霧島「伏兵!?」

 

一方の霧島達は援軍どころではなく、自分達の身を守る必要に迫られていた。彼女らもまた敵の伏兵のいるラインを踏み越えていたのだから。

 

比叡「妙高さん、お願いします!」

 

妙高「はい、五戦隊、参ります!」

 

那智・足柄「了解!」

 

妙高「足柄、行きましょう!」

 

足柄「OK! いっくわよぉー! 突撃よ突撃ィ!」

 

霧島「両側面は私と比叡で押さえます! 比叡!」

 

比叡「お任せ下さい! 全門、斉射ァ!!」

 

霧島が取ったのは攻勢防御戦術であった。後ろを取った敵に対し逆攻勢をかける事によって防御とする、“攻撃は最大の防御”を体現した戦術である。

 

 

天龍「うらぁっ!!」

 

ザシュゥッ

 

天龍「くそっ、誘い込まれたか!」

 

暁「ど、どうしよう―――!」

 

天龍らも窮状は長良達と同様だった。しかもこちらには

 

天龍「お前らは自分達の身を守れ! 俺たち二人で血路を切り開く、遅れんじゃねぇぞ!!」

 

龍田「そうねぇ、年長者として、それが務めよね。」

 

電「電の本気、見るのです!」

 

雷「私達はこんな所で!」

 

響「そうだね、沈まんさ!」

 

天龍らは夕立や足柄の様に際立った戦力を持たないが故に、包囲下での持久は不可能と判断し、霧島らの所へと駆け戻らんとする為突破を図った。尤も積極果敢な一手に打って出たのである。

 

 

 そこからは、艦娘達が自分達の生き残る為の戦いに移っていた。

夕立が長良と村雨の意を受けて駆け回り、火柱が幾つも上がる。ただ、普段時雨と共にある夕立であるから、今一つ本調子でない様子ではあった。

敵陣を縫うように駆け巡る夕立の動きは規則性が無く、故にこそ敵も対応に右往左往し、その間隙を縫って更に前へと進み、敵を混乱させていく。幾重にも立ち上る火柱とそれに連なる火災は、長良達に撃つべき目標を明示していた。

 

 

足柄「そこ、撃てぇッ!!」

 

 足柄は夜戦の際に第五戦隊の指揮を執る艦娘なのだが、その戦術は巧緻(こうち)を極めた。

彼女はまず敵の布陣の密度を素早く把握すると、密度の薄い部分に突撃して集中攻撃を加えて突き破り、それを埋めようと左右から迫ってくる敵を後退しながら強かな逆撃で損害を与え、その修復によって布陣が粗くなった部分に向けて再び火力を集中すると言う事を繰り返し、敵艦隊に多大な出血を強いていた。

 たった3隻の重巡がこれほどの戦果を挙げたのである。しかもその用兵は迅速果敢にして隙の無いものであり、突入のタイミングも後退のタイミングも完璧に近く、霧島と比叡への攻撃よりもこの3隻を抑え込む事の方に火力が投入されたが、そのスピードは衰える所を知らず、また損害も少なかった。

 霧島と比叡は敵に対し牽制を行う事によって自己の分を弁えた上で戦況を優位に運ぶことに寄与した。これにより霧島らの支援隊は窮地を免れ状況を優勢に持ち込んだのだ。

 

霧島「なんと言うスピードと火力、データにはないわね。」

 

比叡「これなら行けます!」

 

霧島「そうね。ここが踏ん張りどころよ!」

 

 

この話には後日談がある。

 

別働隊が鈴谷に帰投した後、霧島と比叡らからの報告を直人から受けた時の事である。

 

 

8月15日7時17分 重巡鈴谷前檣楼・艦長室

 

提督「ほう、巧妙だな・・・。」

 

比叡「まるで風の様でした。」

 

提督「風か! 敵にも“疾風”の異名を与えられた深海棲艦がいると言うな。」

 

霧島「駆逐棲姫ですね。」

 

提督「うん、そうだった。」

 

敷波「ま、その手の早さで狼の様になって見ても、将来の種は手に入ってないみたいだけどね。」

 

足柄「・・・どういう意味かしら敷波?」

 

眉をピクピクと震わせながら足柄が言う。が、艦娘達の中で彼女程現実感覚に富んだ者が珍しいのは確かだろう。

 

提督「疾風、疾風ね。味方にも、そのような異名持ち(ネームド)が一人位いても良かろうな。」

 

敷波「なら、“俊足の狼”でいいんじゃない?」

 

提督「いや、“疾風ウォルフ”で良かろう。」

 

彼は記憶の渦の中から、古くに知ったその言葉を引っ張り出した。

 

敷波「安直じゃない?」

 

提督「でもその方が分かりやすくカッコいい。」

 

足柄「疾風ウォルフね・・・気に入ったわ!」

 

提督「それは良かった。」

 

実はこの時足柄が“ウォルフ”と言う言葉の意味を知らず、後日それが狼と言う意味のドイツ語である事をはっちゃんから知って憮然としたと言う。

 

その未来の“疾風ウォルフ(ウォルフ・デア・シュトゥルム)”は今、ガタルカナルの海岸を指呼の間に臨む狭隘な海域で、姉妹達を率いてその勇将ぶりを証明している真っ最中であった。

 

 

23時39分 天龍隊

 

天龍「でやぁっ!!」

 

龍田「はぁっ!!」

 

一方天龍らは、絶望的な突破戦を戦っていた。この様な状況では龍田の普段の余裕もどこへやら、裂帛の気合いで以ってその穂先に敵を次々と捉えていく。

 

天龍「どんだけいやがんだ、こりゃぁ。」

 

龍田「そうね、200や300ではない事は確かね。この距離じゃ砲も使えないわ。」

 

電「やぁっ!!」

 

 

ゴシャァッ

 

 

電「それでも今は、やるしかないのです。」

 

電が直人との打ち合いで鍛え上げられた錨捌きを見せつける。

 

天龍「お前に負けちゃ、いらんねぇな。」

 

電「・・・。」

 

天龍「電、お前は姉妹を守れ。1隻も欠けさせるんじゃねぇぞ。」

 

電「それじゃ突破が―――」

 

天龍「いらん事を気にするな。姉妹を護るんだろ。だったらその力、姉妹を護る為に使ってやれ。」

 

電「・・・分かりました、なのです。」

 

電は引き下がって、暁達の元へ戻る。

 

龍田「さぁ、かっこつけたはいいけど、成算はあるのかしら?」

 

天龍「ハッ、龍田がいるんだ、いくらでも成算はあるぜ。」

 

龍田「あらあら、買い被られたわねぇ。じゃ、天龍ちゃんの期待に応えてあげなきゃ。」

 

天龍「頼むぜ、行くぞォ!!」

 

槍と刀を携えて、2人の艦娘は敵中に突き進む。お互い火器が使えない距離の中、彼女達は駆逐艦4隻を庇いながら、霧島達の元へと舞い戻らんとしていたのだった。

 

 

 実はこの時、別働隊の苦境を直人は知らず、呑気に惰眠を貪っていた。ただ、それのみを切り取って非難するのは門が違う。

この時本隊と別働隊は相互が無線封止を行っていた為、横鎮近衛艦隊はそれぞれが孤立していたのである。この為その苦境は知り得なかったし、夜間であるし距離がある為航空支援も出来ず、孤立した状態での戦闘は最初から既定路線であったのだ。

 

 

8月3日0時12分 長良隊

 

 

ドドオオオォォォーーー・・・ン

 

 

長良「くっ!!」

 

身体防護障壁で辛うじて敵弾を防ぎ止める長良。しかし主砲は既に4門が使用不能、戦闘力は半減していた。

 

村雨「援軍は―――!?」

 

綾波「まだ―――みたいですね。」

 

 援軍の到着を待つ方針を取った長良隊は、既に全員満身創痍の状態に陥っていた。

まだ重大な損傷を被っていない所だけが幸いであったが、遊撃の夕立が中破し、使用可能砲門数3、戦闘能力の7割を喪失して長良の元へ戻っていた。夕立の場合は航行に支障は無かったが、村雨と磯波、長良は航行能力の低下をきたしていた。

 

長良「このままじゃ―――!」

 

言いかけて長良は口をつぐんだ。指揮官が最悪の想定を言うには及ばない。それを言えば、駆逐艦達の士気(モラル)に影響がある。

 

長良「なんとしても持たせるよ!」

 

6人「「了解!!」」

 

長良の必死の防御戦闘は続く。しかしその努力は報われようとしていた。

 

 

霧島「あれが最後、撃てッ!!」

 

 

ドドオオオオォォォーーー・・・ン

 

 

そう、霧島隊が遂に敵の伏兵を撃破し去ったのである。

 

足柄「“周囲に敵影なし!”」

 

霧島「よし! 本隊はこれより長良隊を救援する、続いて下さい!」

 

足柄「“諒解!”」

 

比叡「天龍さん達はどうするんですか?」

 

霧島「突破戦闘中と言う報告があったわ、長良さん達は防御に徹してるようだったから、そちらの方が深刻でしょう。私達を待っている筈、天龍さん達を信じます。」

 

比叡「―――分かりました。」

 

霧島の決断は、ある種に於いては正しく報われた。もしここで天龍隊を先に救出しようとしていれば、長良隊は無事では済まなかっただろう。しかもこれ以上海域に留まる事は、敵航空機の航続圏離脱を考えると危険であった。

 

 

23時29分、霧島本隊は長良隊を包囲する敵陣の一角に猛攻を加え、長良隊はそれに呼応する形で一点突破を挙行、7隻全員が無事の帰還を果たす。

 

霧島「遅れてすみませんでした。想定外の事態がこちらでも起きまして。」

 

長良「―――そんな事より天龍さん達を! 霧島さん達もそうだったなら、あの人達も!」

 

霧島「勿論、あの6人も救出した後、海域を離脱します。」

 

冷静に言う霧島だったが、タイムリミットは刻々と迫っていた。

 

 

23時31分―――

 

天龍「ハァ―――ハァ―――」

 

高速で艦娘機関を稼働させながらの白兵戦は、天龍と龍田の体力をどんどん奪い去った。電の奮戦の結果第六駆逐隊にも深刻な被害は無かったが、それでも暁が中破する等無傷では済まされなかった。

 

龍田「もう少しかしら。」

 

天龍「恐らくな。」

 

だがその直後、天龍達を驚愕させる出来事が起こる。

 

 

ドゴオオオォォォォーーー・・・ン

 

 

突如立ち上る水柱、しかもそれは立て続けざまに天龍達の方に迫ってくる。

 

天龍「砲撃だと!?」

 

龍田「味方を撃つ事も躊躇わない訳ね―――!」

 

しかしその弾着は、取り囲む深海棲艦らの内側に集中していた。その正体は沿岸砲台からの精密射撃である。

 

 

ヒュルルルルル・・・

 

 

天龍「お前ら伏せろォ!!」

 

天龍が六駆に叫び、自らも伏せようとした正にその瞬間だった。

 

 

ドオオオオオォォォォォーーーー・・・ン

 

 

天龍「―――!?」

 

天龍への至近弾の瞬間、彼女の左目に、焼けつくような激痛が走った。この時龍田は天龍の右隣りにいた為気づかない。

 

龍田「大丈夫!?」

 

天龍「あ、あぁ・・・!」

 

しかもこの時戦闘の緊張感からその痛みの意味を介していない天龍は、そのまま敵陣へと再び斬り込んでいった。しかし、どこか調子が狂う中で更に数発の至近弾を受ける―――

 

 

ゴオオオオオ・・・

 

 

龍田「ッ!」

 

周囲に鳴り響き始める航空機の爆音に龍田の足が一瞬止まる。それに伴ってか、後方から聞き慣れないサイレンが鳴り響く。

 

天龍「サイレン? ということは・・・。」

 

響「味方だね。」

 

 

戦場に到着したのは、泊地夜間爆撃を挙行すべく訪れた、柑橘類中佐の疾風丙型が誘導する60機の爆撃機編隊だった。目的は勿論挺進部隊の援護だったが、発進が機材トラブルで遅れてしまったのである。

 

 

その後、天龍達6人は援護を受けて辛うじて包囲を突破、中央スロットを予定合流地点である、サヴォ島西北西沿岸のポイントに引き始める。天龍は龍田に担がれながらの離脱であったが。

 

0時55分、予定ポイントには既に脱出成功の無線を受けていた霧島達が待っていた。

 

霧島「天龍さん―――!」

 

天龍「よぉ、何とか戻ったぜ。」

 

比叡「天龍さん、左目が―――!」

 

天龍「え・・・?」

 

雷「―――ちょっと私が診るわ!」

 

霧島たちの反応がおかしい事に気付いた雷が即座に天龍の顔を覗き込む。龍田はそれに合わせて天龍をしゃがませる。

 

雷「えっ―――!?」

 

天龍の顔を見た雷までもが凍り付いた。左目から滴る血もそうだが、その瞼が落ちくぼんでいるようになっているのに気づいたからだ。

 

雷「左目が・・・潰れてる―――?」

 

天龍「―――!?」

 

天龍はやっと、戦闘中からの違和感の正体に気付く。片目が潰れた事によって、距離感覚が正確でなくなって、視野も狭くなっていたのである。後者については周囲が暗闇だからだと思っていたのだが。

 

天龍(あの焼けつくような痛みは、まさか―――!)

 

天龍が受けた最初の至近弾の際、天龍の左目を断片が掠めたのである。それによって左目は斬り裂かれ、もう二度と視えなくなってしまったのである。

 

雷「止血は離脱しながらするわ、行きましょう。」

 

霧島「分かりました。」

 

 負傷した天龍を連れ、挺進部隊は戦場を後にする。時間が稼がれている内に、海域を離脱しなければならなかったのである。8月3日0時57分の事であった。

飛行場砲撃は失敗、逆に三水戦と十八戦隊はほぼ全艦が損害を被って、ルンガ沖をしり目に離脱せざるを得なかった。

結果としては第三次ソロモン海戦の結果をそのまま再現してしまったのであったが、全艦が鉄底海峡(アイアンボトム・サウンド)を離脱する事に成功した時点で、かつての敗戦を覆し、しかも戦略的には本隊の目的に貢献してもいる。

 が、艤装の損傷は直せても、天龍の左目が治せる訳ではない。このご時世、義眼の技術はまだ実用化一歩手前の段階であり、天龍がまた元の両眼で視る事が出来る様になるまで、未だに十数年を要するのである。

しかし、天龍の生来の左目は、二度と戻らない事は確かであった。

 だがそれと同時に、挺進部隊の献身的かつ必死の戦闘によって、当初の彼女らの目的である、ソロモンへの敵の耳目の集中と言う目的は達したのである。

これによって、横鎮近衛艦隊は、厳戒態勢を採るソロモン諸島の敵軍をあざ笑うように南太平洋をサモアへと向かうのだった・・・。

 

 

8月3日の11時から4日2時にかけて、別働隊はラバウルに帰投し、横鎮近衛艦隊のトラック帰投を待つ事になる。その間母艦航空隊は、ガタルカナル空襲に協力する事になってもいるのだが。

 

そして、いよいよ作戦は佳境を迎える―――

 

 

サイパン時間8月8日午前2時37分、米領サモア時間7日午前6時37分、横鎮近衛艦隊本隊母艦の重巡鈴谷は夜明け前に、サモア北沖360kmの洋上にあった。

(サイパン時間はトラック・ラバウルなどと同じ時間テーブル)

 

8月7日6時37分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「やっと、ここまで辿り着いたな。」

 

明石「別働隊の皆が、しっかりやってくれたみたいですね。」

 

提督「そうだな。だが、ここで失敗したら全ては無駄になる。しかし、フィジー方面からさえも何も来ないとは驚きだな。」

 

明石「警戒態勢下に無いのではないでしょうか?」

 

提督「だとしたら別働の陽動作戦は成功しているな。あとは、我々の仕事よ。」

 

明石「はい!」

 

南下する直人達の左手から、やがて朝日の陽光が艦橋に差し込んでくる。払暁の艦隊出撃が終わった後の事である。

 

提督「金剛! 大改装後初の実戦だ、気を引き締めていけ!!」

 

金剛「“了解デース!”」

 

 そう答えた金剛はシルエットを一新していた。より長砲身化した46cm砲、大型化した重厚な防盾、スマートに要所要所が纏め上げられ、CIWSや35mm機関砲で身を固め、新しく装備されたフェーズドアレイレーダーで長距離索敵能力を手にした金剛の姿がそこにある。自衛艦と一部の巡視船の力を組み合わせた超戦艦、金剛である。

そのカラーリングは全体的に白くカラーリングされ、一部のパーツに喫水線の赤が混じる。両手に白い手袋を装着し、暁にも使われた新しい合金も脚部艤装に導入されている。インカムはヘッドセットに置き換えられていて、通信能力も上がっている。

 そのくせ服装は殆ど変わらないのであったが、手袋以外に胸ポケットが追加されている。更に袖の幅が切り詰められているのと、カチューシャの左右に突き出た部分の形状が六角形になっているのも外見で分かる特徴である。

 

提督「7月に施した改装以来初の実戦だが、大丈夫なんだろうな?」

 

明石「極改三になっておりますので、実戦でも問題ありません。」

 

提督「そうか、そりゃ結構。全艦に臨戦態勢を、空母部隊は空襲部隊を発進させろ。敵はもうそろそろ哨戒機を発進させるぞ。」

 

瑞鶴「“了解、空母艦載機を発艦させるわ。”」

 

提督「艦隊陣形を整備、いつでも同航砲撃戦に移れるようにしてくれ。空母部隊はここで分離する。護衛艦不足に付き摩耶を付随させる。秋月と一緒に空母を空襲から守れ。」

 

摩耶「“わ、分かった。”」

 

少し残念そうに摩耶がそう応じたが、素直に行ってくれただけ直人は安心したのだった。

 

提督「独立独歩の気風は尊重すべきだがね、制御が大変だ。戦意の高さも尊ぶべきものだがねぇ・・・。」

 

 頭を掻いて彼は言うのである。独立独歩の気風は、人として生きる上では重要な位置要素だ。士気の高さも戦場に立つ上では珍重さえすべきものである。

しかしどちらも大きすぎる場合、暴走を招く危険がある為、制御する側、即ちその上に立つ者の負担は大きくなる道理である。

 

提督「まぁ、今はそれはいい。全艦隊、第一種臨戦態勢のまま前進!」

 

横鎮近衛艦隊はこの時点で臨戦態勢を取った。

 

 

空襲部隊がサモア棲地を襲ったのは、7時21分の事である。

 

 

7時21分 サモア棲地・タフナ

 

 米領サモアの中心都市であったタフナは、米軍の基地が設けられていた事もあった場所である。現在の状況は英領インド洋地域のディエゴガルシア島同様、無人となっている。

そこに早朝の空襲警報のサイレンが鳴り響いたのは、既に上空に到達された後であった。

 

防空棲姫「な、こんな所に、敵―――!?」

 

実の所、こんなへき地での戦闘はこれまで例がない。それは人類軍もフィジーの奪取には力を尽くしたものの、サモアを直撃するような動きが無かった事に依る。

 

防空棲姫「げ、迎撃を、早く!!」

 

そう命じた時には水平爆撃隊は既に投弾後であり、飛行場の使用不能まで数刻を要しないであろう事は明白であった。瞬く間に飛行場を使用不能にされた深海側は、やむを得ず対空砲による迎撃に切り替える。

 

防空棲姫「ルイジアナ!」

 

戦艦棲姫「ハッ。」

 

防空棲姫「艦隊と地上の全防空火力を集中するわ、可能な限り撃ち落としなさい!」

 

戦艦棲姫「承知しました。」

 

防空棲姫「目にもの見せてあげるわ―――。」

 

 

7時53分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「何!? 未帰還機多数だと!?」

 

報告を受けた直人は思わず仰天した。

 

瑞鶴「“敵の防空能力が尋常じゃないわ。いえ、今までだって尋常じゃなかったけれど、今回のはとびきりね。”」

 

そう返す瑞鶴の声にも勢いがない。顔面蒼白であろう事は容易に想像がついた。

 

提督「―――損害は?」

 

瑞鶴「“攻撃参加機数218機中、未帰還機、162機―――”」

 

提督「かっ、潰滅だと・・・?」

 

瑞鶴「“残念だけどそうね・・・。”」

 

提督「―――。」

 

 直人は足元が揺らいだような錯覚に囚われた。ここ最近、これほど大きな損耗率を出した例が見当たらないからである。

彼は自身が長期に渡って練成して来た航空隊に自信を持って来ただけに、この打撃は彼の想定を根底から覆すものだった。

 

提督「―――第二次攻撃は中止だ、余りに打撃が大きすぎる。戦果はどうなった?」

 

瑞鶴「“奇襲は成功して、飛行場と一部港湾施設に打撃を与えたわ。敵艦隊に対する攻撃は・・・。”」

 

提督「・・・分かった。戦いには相手があっての事だ。それに、百戦して百勝とも行くまい。」

 

瑞鶴「“・・・そうだね。第二次攻撃中止、了解。”」

 

明石「・・・提督。」

 

提督「大丈夫だ、これは威力偵察、必ずしも必勝を期する事は無いのだが―――。」

 

 さしもの直人も鼻白まざるを得なかった。今回彼が相対した敵は、そう容易い相手出ない事を、肌で感じ取らされる思いなのである。

容易ならざる相手を目前にして、慄然しない彼ではない。相当な消耗と苦戦とを、覚悟しなくてはならなかった訳である。

 しかし、彼はそれだけの事は分かっていてなお憶するところでは無かった。強敵との戦いはむしろ武人として臨む所、その点に関して、那智と彼には何らの相違も無かったのである。

だが、それこそが軍人と言う人種が、如何に救われ難い人種であるかと言う証左でもあっただろう。

 

 

 横鎮近衛艦隊が、その“容易ならざる敵”を水平線上に発見したのは、8時49分の事であった。

防空棲姫は敵機の帰投方向から敵艦隊のいる方角を割り出したし、横鎮近衛艦隊はサモアに向かって南下していたのだから、邂逅する事自体が自然ではあったが。

 

提督「砲戦用意、取り舵一杯!」

 

防空棲姫「砲戦用意!」

 

 その指示が出たのは殆ど同時であった。金剛は200km先から正確に敵の陣容まで察知しており、それによると、艦艇9700余隻、その中に姫級か3隻含まれていると言う事であった。

この時はまだ誰もが防空棲姫の存在を知らなかった為、直人も額面通りと受け取っていた。

 

提督「行けるか、金剛。」

 

金剛「“いつでもOKデース。”」

 

提督「よし―――」

 

直人はこの時先制出来る事を確信した。しかしこの時だけが、この作戦で直人が想定通りに事を運べた一幕なのである。

 

提督「金剛、精密測距で3万7000で砲門を開け、敵に先制打を浴びせたい。」

 

金剛「“遠いデスネ・・・了解デース!”」

 

金剛の主砲に仰角がかけられる。その仰角はほぼ最大に近く、火器管制とマルチターゲティングシステムが、金剛の能力を助け照準を素早く終わらせる。

 

金剛が直人の指示通り砲門を開いたのは、9時14分の事だった。

 

 

9時16分 深海棲艦隊側

 

 

ズドドドドオオオオォォォォーーー・・・ン

 

 

防空棲姫「こ、この距離で撃って来るとは・・・。」

 

戦艦棲姫「射撃中の敵艦は、どうやら1隻のみのようです。」

 

防空棲姫「成程、くせ者ね。それより周辺の友軍との連絡はまだ取れないの!?」

 

戦艦棲姫「スバ基地、依然応答がありません。」

 

防空棲姫「どういう事なの―――!?」

 

この時、想定通りに事が進まなかったのは防空棲姫もであった。と言うのも偶然の産物や結果としてではなく、この場合は人為的なものであった。

 

 

 実の所、戦力再編の影響を受けているのは南西太平洋方面艦隊全体の共通した事情であり、その中でフィジー・サモア方面のみが例外ではあり得なかったのだ。

本来、フィジー諸島の深海棲艦基地があったスパには、クローンとはいえ離島棲姫が在地して、戦艦棲姫1が他に在泊し、有力な機動部隊なども有していたはずなのだが、その連絡がつかないのだ。

 これまでに立案された防衛計画では、そのいずれかに敵が来た場合は、もう片方から増援軍を繰り出して救援すると言う計画だったのだが、その片翼から返事も無いのである。

 

 

防空棲姫「―――スパ基地に対しては呼びかけを続けなさい。同時にルーガンビル基地にも連絡を取って救援を要請して。私達の戦力は不足していると言っていい状況、助けが必要なのは事実よ。」

 

戦艦棲姫「はい。」

 

ルイジアナにそう命じておいて、防空棲姫は進撃の足を早め、少しでも早く砲戦射程に捉えられるように努めた。

 

 

提督「よし、先手は取ったな。徐々に距離を詰めようか。」

 

明石「―――提督! 敵は同航戦を取らず、前進して射程に捉えんとするようです!」

 

提督「む・・・まぁ、敵としては当然だろうな、落ち着いて対処しろ、大和は3万5000の段階で―――」

 

 

ドドドオオォォォ・・・ン

 

 

提督「―――射撃を開始したな、残りの戦艦は3万で射撃開始せよ。水雷戦隊と第十一戦隊は雷撃を準備して待機、長距離雷撃で牽制できるようにしてくれ。」

 

直人はままならんなぁと思いながらも、各所に指示を出していった。

 

 

防空棲姫「―――。」

 

 9時半になって、本格的な砲撃戦に両者の戦艦部隊が移った時、防空棲姫は一つの思案に辿り着いた。

フィジーに友軍はいないのではないかと言う疑惑である。戦力再編の話自体は防空棲姫も聞いていたからである。

 

防空棲姫(でももしそうだとしたら、何故私の所に話がないの・・・? フィジーのスバ基地は私の管轄下だった筈、普通は上級司令部である私の所にまず話がある筈なのに・・・。)

 

しかしその思考は同時に、友軍の援護なしでの迎撃策を打ち出す必要に迫られた事も意味していた。

 

防空棲姫(・・・この手で行きましょう。)

 

 思考が一巡した後ルイジアナを通じて出した指令は、奇しくも、ホノルルの発したものと本質では変わり映えの無いものであった。

しかしながら防空棲姫の発したのはより直接的なものであったと言えるだろう。防空棲姫は敵艦列に見慣れない軍艦(フネ)が、周囲を守られつつも存在する事に気付いていたのである。

 

 

こうして横鎮近衛艦隊本隊と防空棲姫率いる深海棲艦隊との戦いは始まった。それはルンガ沖夜間強襲の序幕とは正反対に、独創性の欠片もない陣形から、独創性の欠片もない火力の投射が、躍動感に欠ける戦闘隊形によって行われていたのである。

 

 

提督「―――敵も慎重だな。普段なら猪突して我が艦隊の側面から食い破ろうとする筈だが。」

 

 深海棲艦隊のドクトリンは、基礎としては突撃とそれに続く短距離砲撃によって砲弾の威力を最大ならしむる事によって、その機動力と打撃力の双方を利して一挙に敵艦列を突破・分断して、以後の戦闘を圧倒的優位に進めると言うのが一般的である。

これが艦艇数に於いて人類軍に対して大幅に優位に立つ深海ならではの、突破分断戦術に連節した分進合撃戦法を具現化しており、言うなれば電撃戦を洋上に再現したものと言える。

 ところが目前の深海棲艦隊は、何の故あってか前進しようとせず、距離を保って砲撃するだけであり、直人の目論みが徐々に外れつつあることを彼は自覚せざるを得なかった。

 一方横鎮近衛艦隊が紀伊提督直々に採った戦術は、所謂“双頭の蛇”と呼ばれる戦術だった。

これは一見縦列陣に見えるのだが、両端いずれかを攻撃しようとすればもう片方の端が喰らい付き、中央突破を図ろうものなら両端が敵を取り囲む形で襲い掛かると言う壮大なものであった。

 但しこれは、深海側のドクトリンを逆用しようとした結果実行に移されたものであって、この戦法は無力化されつつあったと言える。

 

提督「―――敵もそうそうやられはしないと言う事か。」

 

明石「どうなさいますか?」

 

提督「―――距離を徐々に詰める。全艦隊順次回頭右に25度、各水雷戦隊は遠距離雷撃を行え!」

 

金剛「“OK!”」

 

矢矧・阿賀野「“了解!”」

 

 距離約3万を維持しようとする敵艦隊に対して、陣形を維持しつつ接近を試みる事を、この時彼は選択した。

ただ、この時の直人の指揮は、大和からすると「いつになく精彩を欠いていた」と言う。と言うのも実の所それには理由があった。

任務の性質上積極的攻勢はこれを是とする必要性が必ずしもない威力偵察と言う任務に於いて、敢えて積極攻勢を取って良いものなのか、彼の中に迷いがあったのである。

 攻守ともに巧妙な直人であっても、その思考はしばしば智よりも勇に偏りがちなのであり、それを立証する数々の事象が、それを肯定してもいる。

しかし今回、敵地に深く踏み込んで置きながら積極性に乏しい威力偵察と言う任務は、直人の指揮に迷いを生じ、結果としてそれが彼にとっては想定外の事象を数多く引き起こさせたのである。

 しかもそれが、元々攻勢を得意とする彼ならば尚の事であり、それ故に今回この任務に彼が抜擢された事については、適材適所の基本に悖る事であったのではないだろうか。

 

 

結果論からすれば、最初の40分強はどちらに優劣をつけるとも言い難い拮抗状態にあった。艦娘艦隊が積極性を欠き、深海棲艦隊も積極策に打って出る契機を探っていたのが理由であった。しかしこの時直人は妙な違和感に苛まれていた。

 

 

9時57分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

「“右舷喫水線下に被弾! 高分子ポリマーによる処置は既に完了!”」

 

提督「妙だな、被弾している砲弾の威力が妙に小さい。」

 

明石「恐らく駆逐艦クラスの艦砲かと思われます。」

 

提督「距離2万2000、普通は射程外だが・・・小賢しい奴が居るな。」

 

明石「姫級に、ですか?」

 

提督「そうだ。妙に本艦に砲撃を集中してくる奴が居る。被害が馬鹿にならんぞこのままでは。」

 

明石「どうしますか?」

 

提督「・・・敵に積極性が皆無と言う事は、敵にそうさせる“何か”があったに違いない。ならばこの際、一挙に殲滅する挙に打って出るとしようか!」

 

明石「はいっ!」

 

提督「全艦へ、これより攻撃に移行する。敵が来ないと言うのなら、こちらから出向くとしよう。健闘を祈る。」

 

直人が遂に断を下す。彼と、彼の指揮下にとっては、その指示は明快な意味を持って響き渡った。艦娘達にとっては、彼にとってはそれで充分だった。

 

―――充分である筈だった。

 

 

戦艦棲姫「敵艦隊、攻勢に移ります!」

 

防空棲姫「へぇ・・・来るんだ。いいわ、じゃぁ始めなさい。」

 

戦艦棲姫「ハッ!」

 

 

10時01分―――

 

 

ザバアアアァァァァァァーーー・・・ン

 

 

提督「なんだっ―――!?」

 

 

金剛「エッ―――!?」

 

 

大和「後ろ―――!?」

 

 

瀑布が如く水の壁が、彼女らの背後に屹立する。それは、ガ島沖の再現であった。

 

提督「後部主砲、応戦しろ―――」

 

直人は即座に事態を把握したが、その言葉の最後は、響き渡る爆音に取って代わられ、伝えられる事は無かった。

 

 

 そう間を置かずして、背後に突如として敵が現れた事を知った艦娘達であったが、その時既に鈴谷が受けた被弾は10発以上に上っていた。

その被弾箇所は後甲板から4番・5番主砲を粉砕して前檣楼に至るまでの広い範囲に渡り、マストの破壊により一時的ではあるが通信が途絶さえしたのである。

 

金剛「第一艦隊は後背の敵に対応! 一水打群は私に続くネー!!」

 

艦隊総旗艦である金剛が直ちに指揮を執るが、艦娘達の動揺に少なからざるものがあったのは確かである。

 

榛名「―――鈴谷! 鈴谷応答して下さい! こちら榛名、鈴谷応答して下さい!」

 

榛名が呼びかけを続けても、帰って来る声は未だない。

 

 

~重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋~

 

提督「―――いてて・・・。」

 

気絶していた直人が目を覚ます。羅針艦橋はいつも通りであるようだった。

 

提督「・・・明石、おい明石。」

 

直人は傍らでやはり気絶している明石を起こそうとする。

 

明石「う・・・提督・・・。」

 

提督「良かった、大丈夫か?」

 

明石「い、一体何が・・・。」

 

提督「本艦が被弾しただけだ、被弾箇所のチェックと修復を急いでくれ。俺は巨大艤装で出る。」

 

明石「いけません、危険です!」

 

提督「今の戦況の方が遥かに危険だ! 副長、戦闘指揮を頼む。明石、任せるぞ。」

 

 静かな、しかし決然としたいつもの表情と声色が彼に戻ったのを、明石は感じ取った。明石は悟ったのだ。この人にはやはり、地味な仕事は性に合っていないのだと言う事を―――。

 10時04分、巨大艤装『紀伊』は、損害が拡大する鈴谷から、発艦する事に何とか成功した。それは苦境に立つ艦娘艦隊を救う唯一の道であった。―――少なくとも彼は、そう確信していたのだった。

しかしそれが仕組まれたものでこそなかったとはいえ、それにさえ疑義無しと出来ざる出来事が起こった。

 

 

ドドオオオオォォォォォーーーー・・・ン

 

 

提督「なっ!?」

 

鈴谷の左右に瀑布が屹立する。しかも直人が射出、着水した直後であっただけに非常に危険であった。

 

金剛「テイトク!!」

 

思わず金剛も叫び声をあげる。

 

提督(左右に敵―――!!)

 

鈴谷を一挙に沈めんとしたその策は、偶然にも巨大艤装を纏った直人をも捉えるものであった。しかし、この場合は包囲する側よりもされた側の方が遥かに強かった。

 

提督(金剛ほどではないが―――!)

 

直人は全火器を展開して、それを左右に指向し、連続的に射撃した。その一撃は密集していた敵の艦列を直撃し、1発で数隻がまとめて吹き飛ばされた例すらあった程に苛烈を極めた。これにより直人は自分の窮地と鈴谷の窮地をまとめて救ったのである。

 

提督「安心しろ金剛、俺は大丈夫だ。それより攻撃に出るぞ、行こう!」

 

金剛「―――OK!」

 

敵の挟撃を食い破って来た直人の無事を確かめるや否や、金剛は元の勇敢さを取り戻し、直人と舳先を同じくして突撃する。

 

提督「全艦砲撃用意、目標、正面敵艦隊先頭集団!」

 

オイゲン「了解!」

 

金剛「照準良し、いつでも行けるネー!」

 

提督「よし! 順次射撃開始!」

 

提督「発射(ファイエル)!」

 

金剛「発射(ファイヤー)!」

 

オイゲン「発射(アプシーセン)!」

 

三者の砲撃に続き、続々と艦娘達が戦闘に加入する。事ここに至ってようやく、彼特有の躍動感ある攻勢ドクトリンが息を吹き返したと言う訳であった。金剛に言わせれば、「ようやく彼らしさが戻って来た」と言う所であっただろう。慎重だとか臆病とか言う言葉は彼らしくないのである。

 

 

防空棲姫「なっ―――!?」

 

 一方、鈴谷を陥れる事に成功した筈の防空棲姫は、その有様に驚愕せざるを得なかった。

敵の戦力を、攻勢に際して二分させる事に潜航からの後背強襲によって成功し、更に鈴谷が手薄になった隙を左右からの潜航挟撃によって自軍によって埋め、敵の旗艦と見られる大型艦に対し王手(チェック)をかけた筈だった。

しかし、そのチェックの一手を、思いもよらない火力によって粉砕されてしまっては面食らうのも当然であっただろう。

 しかもその先陣を切るのは、見慣れない大型戦艦――これは極改装によって誤認された金剛――と、それを遥かに凌ぐスケールの巨大な艤装であった。

 

防空棲姫「―――正体不明の敵艦2隻、全艦警戒しなさい!」

 

戦艦棲姫「防空棲姫様、あの巨大な艦影、情報にあった“巨大艤装”と言うものでは無いでしょうか?」

 

防空棲姫「・・・!」

 

 その情報は防空棲姫も耳にはしていた。無論ルイジアナを通じてでこそあったが、その際『それが“サイパンの艦隊”で運用されている兵器であり、艦隊司令官が自ら駆り、大型の母艦で運用される』と言う情報が付随していたのである。

 

防空棲姫「まさか、あれが“例の艦隊”と言う訳!?」

 

戦艦棲姫「情報と照らし合わせれば。」

 

防空棲姫「―――。」

 

その傍若無人ぶり(キャリア)については防空棲姫も聞き及んでいた。各地に神出鬼没に現れては、的確にその場その場の急所を突き、超兵器級を数多く下し、挙句講和派深海棲艦隊(うらぎりものども)が勢力として成立するのに大きく働きかけた称賛すべきながらも憎むべき敵であると。

 

防空棲姫「・・・面白いわ。この力と、あの巨大な艤装の力、どっちが強いか試してみましょう。」

 

戦艦棲姫「―――防空棲姫様?」

 

防空棲姫「私が前線に出るわ。貴方達の全力で支援なさい、ルイジアナ。」

 

戦艦棲姫「―――ハッ!」

 

お互いが、お互いの思うように事を運べない中、策謀と、時に力ずくでそれを打開しようとする両者。その両雄が今、一堂に会しようとしていたのは、10時15分の事である。

 

 

10時15分 横鎮近衛艦隊・第一水上打撃群

 

金剛「巨大な反応が前面(まえ)に出てくるネ!」

 

提督「なに!?」

 

 直人は艤装の機能を使って遠望する。艤装に取り付けられたレーダーや遠望、測的などの機能は、基本的には視覚的に働きかけるものが大半である。

通信に関してはインカムを介する場合や、身体防護障壁内で霊力を振動させる事によって聴覚的に訴えかけるのだ。この遠望と言う機能は、ホロスクリーン形式で表示できるのだ。

 

提督「―――あれか。恐らく旗艦だろう。」

 

金剛「どうするネー?」

 

提督「・・・敵の旗艦さえ沈めれば、敵の指揮系統は混乱し、戦闘にも優位になる、一挙に火力を集中だ、撃ちまくれ!」

 

金剛「Yes(イエス) sir(サー)! 全門斉射!!」

 

 

ドドドオオオオォォォォォォーーー・・・ン

 

 

 金剛が誇る4基の3連装主砲が、後に直人が「優美さと力強さを兼ねる」と評した、“長大”と言うには余りにも長大に過ぎ、“大口径”と評するには通常戦艦級ではトップ5に入るレベルの巨砲―――55口径46cm砲をもたげ火を噴く。

12門にも及ぶその巨弾の重量は、原型となった45口径のそれに対し、1.7トンの大きさになっていた。その12発の弾頭は、30秒毎に再装填され、自動計算によって算定された最適な仰角と主砲角を常に維持し続け、刻々と変化する条件に正確なまでに対応する能力を持つに至った。

 そしてその能力はこの時も遺憾なく発揮され、12発全てが、防空棲姫に対し少なくとも夾叉(きょうさ)する。夾叉する―――“筈であった”。

 

 

提督「ッ―――!」

 

金剛「え―――!?」

 

 金剛達は見てしまった。その光景を。

直人が最初の目撃者となり、直人が最初の突破者となった、しかしこの世界には、“鈴谷に用いられた技術(サークルデバイス)”を成立させる為に“参照(データライズ)された技術(テクノロジー)”を除いて“現存しない”筈のモノ。

 

彼らがかつて邂逅し、戦った、大きな脅威の―――それは片鱗だった。

 

 

ドオオオォォォォォ・・・ン

  バヂイイィィィィィィ・・・

 

 

提督「な、なんだ、あれは―――!」

 

余りの事態に、彼の思考が一瞬漂白される。

 

金剛「砲撃が、空中で―――!?」

 

 金剛の砲撃は寸分違わず直撃する筈だった。しかしそれは結局1本の水柱さえ上げる間もなかったのである。

直人が、金剛が呆然と佇立(ちょりつ)する中、それをあざ笑うかのように敵の砲撃が周囲に着弾する。

 

提督(―――あの防がれ方、まるで・・・!)

 

明石「“提督!”」

 

提督「明石か、どうした!」

 

明石「先程の現象をこちらでも“観測”出来ました!」

 

提督「お前観測機材なんていつの間に・・・各艦は砲撃続行、敵随伴艦を潰せ! 明石、続きを聞こう。」

 

明石「は、はい! 過去のデータを参照したんですが、該当する情報がありました!」

 

提督「それで?」

 

明石「あの防御方法に該当するのは電磁防壁でも防御重力場でもありません―――“クラインフィールド”です!」

 

提督「クラインフィールド・・・。」

 

彼の結論も同じであった。やはりかと思いながらも、彼は納得する思いであった。

 

提督「奴ら、“霧の艦隊(きりのれんちゅう)”からとんでもない遺産を受け取ってやがった―――!!」

 

―――かつて、超兵器級の鳴動による時空・次元レベルの干渉波により、自らを“霧”と称する謎の艦艇群が出現、横鎮近衛艦隊は“蒼き鋼”と、深海棲艦隊太平洋艦隊は“霧の艦隊”と手を組んで戦ったことがある。

この現象は後日の直人らによる人類と深海共同の検証により、同時期に複数の超兵器が太平洋海域でアクションを起こした事による相乗作用により発生したものであったと言う結論が導き出されている。

 この時、直人らが鈴谷を建造中だった事もあり、制御用デバイスとして参考にしたのが、メンタルモデルたちの艦艇制御能力であり、その技術と様式を参考にして、直人や明石などが鈴谷をコントロールする際に用いるサークルデバイスが完成した。

これが横鎮近衛艦隊の受け取った遺産(ギフト)だった訳だが、深海棲艦は最悪の意味に於いてリアリストであったと言える。

 

金剛「クラインフィールド、この世界からは消えた筈じゃ―――!」

 

提督「俺達がサークルデバイスに必要な技術を受け取ったのと同様、彼らも技術供与を受けていたと言う事だ。明石! 侵蝕弾頭の在庫はどうだったか?」

 

明石「“殆どサイパン島で、設備も原料も貸与されたものだったので補充が利きません。”」

 

侵蝕魚雷―――横鎮近衛艦隊では侵蝕弾頭と呼ばれているそれには、この世界にはない元素「タナトニウム」と、それを加工する特殊な技術を要する為、タカオやイオナから一時貸与を受けて生産していたのである。

 

提督「・・・殆ど?」

 

明石の口走った単語を直人は聞きとがめる。

 

明石「“本艦、鈴谷が搭載している弾薬の中に、8インチ侵蝕弾があります。弾数は36発だけですが。”」

 

提督「少数限定かよ・・・。」

 

明石「“すみません、こんな事になるとは・・・。”」

 

提督「已むをえまい。通常弾頭で効果なしとすれば、まずは臨界に達しさせる事だ。」

 

明石「“はいっ!!”」

 

 その一言で直人の意図を汲んだ明石は、前部主砲塔に侵蝕弾頭を船倉から急遽運ばせる。

それを装填し、発射態勢を整えたのは10時27分であり、測距を終えて砲撃を開始したのは、10時29分の事であった。

 

明石「発射!!」

 

 

ドドオオオォォォーーー・・・ン

 

 

鈴谷の前部主砲6門が轟音と共に火を噴く。当然の如く砲撃訓練を積んだ鈴谷の砲術班は、この時その訓練成果の極致を見せ、6発の侵蝕弾頭を防空棲姫のクラインフィールドに叩き付ける事に成功したのである。

 

 

バシュウウウウゥゥゥゥゥゥ・・・

 

 

防空棲姫「これは、まさか侵蝕弾頭!? なんであいつらが―――!?」

 

戦艦棲姫「―――例の艦隊は、あの事件に際しては転移してきた別の一団と手を組んで戦ったと言う報告があります。その際に提供を受けたのかと。」

 

防空棲姫「成程、そう言う事。でもこの程度で、私の防壁を破ろうと思わない事ね。」

 

 防空棲姫の武装外装は強制波動装甲によって構成されている。クラインフィールドのジェネレーターとしての機能を持つこの装甲は、元はと言えば鉄であった筈のものである。それが特殊な相転移の結果生まれた素材「ナノマテリアル」によって構築される装甲板となっている。

この技術は深海側でもブラックボックスが多過ぎ、それが故に防空棲姫には一つの欠点があったとされている。

 6発の侵蝕弾頭は、その尽くが防がれてしまったものの、クラインフィールドに対して大きく消耗を強いた事は事実であった。

 

 

提督「全砲門斉射!!」

 

 そこを見逃さず、彼は全火力を防空棲姫一点に集中する事で、状況の打開を図ったのである。

彼は旧き日の記憶を掘り起こす。クラインフィールドは、運動エネルギーに対し同等のエネルギーを接触物体に返す事によって、任意の方向に接触物体の運動エネルギーを逸らす事が出来る防壁なのだと。

 しかし全てをいなす事は出来ず、その一部は蓄積され、一定限度を超えると消失してしまうのだと言う事も彼は正確に記憶していた。

彼はかつて、データが無い事をいい事に、レールガンを用いた長距離砲撃で破った事もあるが、今回は力押しとの併用を図ったのである。

 120cm砲が、80cm砲が、51cm砲までもが、昨今行われて来なかった斉射を行う。各口径ごとに別々の測距を行い、別々の弾道を描くその砲撃は、芸術的なまでの正確さを以って、防空棲姫を目掛け殺到する。

 

 

―――Fデバイス、モジュール3限定展開

 

 

防空棲姫「くぅっ―――力場制御、作動率、67%!!」

 

戦艦棲姫「防空棲姫様!」

 

防空棲姫「大丈夫、この程度の乱打なら!」

 

 

提督「―――狙点固定完了、発射!」

 

 

バアアアァァァァァァァァァーーー・・・ン

 

 

大気との摩擦でプラズマ化し、青白く光る飛翔体が、右腕に限定展開された大いなる冬から放たれる。音速を遥かに超える飛翔体は、かつてコンゴウに放たれた時よりも早く着弾する。その彼我の距離、2万ジャストである。

 

 

ドオオオオオオオオ・・・ン

 

 

防空棲姫「なっ―――なんて力、間に・・・合わないッ―――!!」

 

必死の形相でエネルギーを制御する防空棲姫。だが―――

 

 

パキイイイイイィィィィィ・・・ン

 

 

防空棲姫「くぅっ!!」

 

 コンゴウに放った、あの夜は再現された。経験もないような巨大な運動エネルギーは、クラインフィールドでさえも、経験の無い者には通用する事を証明し直したのである。

しかし、直撃には至らなかった。辛うじて武装の左舷の側面を掠めただけであった。その点コンゴウよりも幸運に恵まれたと言えるだろう。

だが防空棲姫にとっては自身の武装に傷をつけた相手自体が初めてであった。尤も、実戦経験すら殆どなかった身ではあるが。

 

防空棲姫「なんなの、あれは―――!!」

 

防空棲姫は畏怖の念を禁じ得なかった。彼女の防壁を破った者など、今まで存在しないだけに尚更であった。

 

戦艦棲姫「大丈夫ですか、防空棲姫様?」

 

防空棲姫「え、えぇ、大丈夫。それより敵が突入して来るわ、正面の布陣を固めなさい! スバとルーガンビルにはまだ繋がらないの!?」

 

戦艦棲姫「―――畏れながら・・・。」

 

言いづらそうにするルイジアナの表情を見やり、防空棲姫は嘆息する。

 

防空棲姫「―――そうね、間に合わないのは分かってるわ。」

 

戦艦棲姫「防空棲姫様・・・?」

 

防空棲姫「恐らく、私達は捨て石にされたのよ。こんな辺境を守る意味は、最初からなかったのは分かってはいた。だけど・・・!」

 

戦艦棲姫「防空棲姫様・・・。」

 

 だが、防空棲姫が、生まれてこの方この地の防衛に全力を尽くしてきたのは事実だった。補給も必ずしも保証できず、戦力の配備も思うに任せない中、いざとなれば自らの力を以ってしてでも防衛するつもりで、今まで尽くしてきた。

その献身は今、最悪の形で裏切られようとしていた。スバ基地には今、一兵たりとも存在しなかった事が、後の検証で明らかになっている。即ち防空棲姫は、彼女から見た、今対峙する敵に対し、味方から供物として差し出された訳である。

 無論そう言った意図では無かったし、連絡不行き届きであったとする証拠もあり、決してむげに捨てられたと言う訳ではない。あくまでも結果的に、タイミングとしては最悪を極めていたとしか言いようがないのである。

 

防空棲姫「・・・いいでしょう。それならば死力を尽くしましょう。深海棲艦隊ここにありと言う事を、奴らに見せてやりましょう。」

 

戦艦棲姫「―――分かりました。」

 

防空棲姫「全艦隊に。私達は本国から見放されたわ。この上は目前の敵と戦って死ぬか、降伏以外の道はない。降伏したい者はそうなさい。それ以外の者達は私に従い、戦い抜きなさい!」

 

 10時36分に防空棲姫から下された悲壮な命令。それでも尚、脱落者は存在しなかった。それは防空棲姫が、如何に部下の信頼を得ていたかを表すものだった。

開戦した時9740隻を数えた防空棲姫艦隊も、今や4000隻弱にまで撃ち減らされ、今もなおその数は減少の一途を辿り続けていた。後背を襲った3900隻にもなった伏兵も既になく、敵第一艦隊は既に前線へと復帰し、鈴谷も危機的状況からは脱した。

 

 

10時38分 横鎮近衛艦隊・第一水上打撃群

 

明石「“提督、敵艦隊から、通信が入っています!”」

 

提督「―――全艦隊に流せ。」

 

明石「“は、はい・・・!”」

 

 

―――私は、深海棲艦隊、南西太平洋方面艦隊所属、サモア艦隊指揮官、防空棲姫である。

―――貴艦隊と言う、称すべき敵手と出会えた事を、私は誇りに思う。

―――遠路遥々我々を討ちに来たことを光栄に思うと共に、私はこの地を預かる者として、

―――最後の一兵まで抵抗するであろう。

―――今日の如き状況を待ち望んだ訳ではないが、私の麾下から降伏する者が出たとしても・・・

―――寛大なる処遇を与えられん事を希望する。

―――我らの母なる深海に、栄光あれ。

 

 

提督「―――聞いたか皆。彼らの様な堂々たる武人を打ち倒さねばならない事は、俺も残念だ。だが我々には勝たねばならん理由がある。何人であれ、それが敵ならば、我々は勝たなくてはならんのだ。降伏する者があればそれに対する発砲は全て禁ずる! あくまでも友好的にやれ。例え指揮官がその旗を降ろすとも、堂々と迎えてやろうじゃないか。」

 

大井「はぁ・・・艦娘艦隊が、聞いて呆れるような話ではあるわね。でも、付き合ってあげるわ。」

 

北上「そうだね~、戦わなくて済むなら、それが一番だよ、大井っち。」

 

大井「北上さん・・・。」

 

提督「・・・行こう。この戦いを、終わらせよう。」

 

一同「「“了解ッ!!”」」

 

提督「水雷戦隊、全隊突撃! 第一艦隊は右翼、一水打群は左翼に展開して反包囲を敷け!!」

 

直人の命令一下、横鎮近衛艦隊は最終局面へと向けて動き始めた。

 

 

防空棲姫「戦艦を前面に投入! 正面から引き抜いた巡洋艦及び駆逐艦を左右に展開して応戦なさい!!」

 

防空棲姫もそれに対して、戦術の粋を結集して応戦するのである。こうして横鎮近衛艦隊と防空棲姫艦隊は、その最期に、知力と武力の粋を集めた堂々たる正面決戦を挙行したのである。それが、この戦いのフィナーレを飾る場面であった。

 

 

 11時を過ぎる頃、深海棲艦隊はその数6隻を数えるのみとなっていた。防空棲姫はこの時僅かに、戦艦棲姫2人と重巡1隻、駆逐艦2隻を、残すのみだったのである。

深海棲艦側の組織的抵抗は既に終わりを告げ、弾薬も底を見せ始めていた。横鎮近衛艦隊に対しては37隻もの大破艦を出させており、残りも少なからぬ損害を負ったものが大半を占めていた。

 しかし、そこらあたりが限界であった。短くも激しい激闘の末、勝利と言える状況にまで持って行ったのは、横鎮近衛艦隊であった。既に9個の小艦隊が降伏したのを始め、損害をものともしない猛攻によって、遂に勝利に王手(チェック)をかけたのである。

 

 

11時10分 横鎮近衛艦隊

 

提督「―――砲火が目に見えて弱まっておるな。」

 

金剛「弾薬が尽きたと言う事ネー?」

 

提督「それは何とも言えん。が―――」

 

榛名「・・・提督。」

 

提督「どうした?」

 

榛名「今一度、降伏を勧告なさってはどうでしょうか?」

 

金剛「榛名・・・。」

 

榛名「私は、ほぼ無抵抗な相手を、沈めようとは思えません。どうか―――」

 

提督「・・・分かった、そうしよう。」

 

それ以上直人は言われなくても理解する事だった。直人は我が意を得たりと首肯すると、敬意を表するべき敵手に対し、通信回路を開こうとするのである。

 

 

~防空棲姫艦隊~

 

防空棲姫「・・・負け、ね。」

 

戦艦棲姫「いいえ、この寡兵で、これだけの戦果を挙げ得たのです。それだけでも―――。」

 

防空棲姫「・・・そうね。」

 

戦艦棲姫「私達は、十分に戦い抜きましたとも。一部の艦隊も、名誉ある降伏を選んでくれたようです。」

 

防空棲姫(この防空棲姫が・・・この“あきづき”が敗れるとはね・・・。やはり、戦術を学んだだけではダメと言う事ね、経験の差が、歴然とし過ぎていた。)

 

しかし防空棲姫の心に悔しさはない。初めて、これだけの戦いに参加し、これだけやれたのだ。その点、悔いるべき何ものも無かった。

 

防空棲姫(でも私は結局、信用していた筈の部下に裏切られ、同族から見放された。ここで死ぬのも、彼らの思う壺かもしれないわね―――)

 

 本来ならば、防空棲姫は五分以上の戦いが出来た筈なのだ。周辺海域に在った大戦力と、自身の力と手腕を以てすれば、1個艦隊程度の相手ならばそれ程脅威では無かった筈だった。しかし彼女は結局、彼女の直属艦隊のみで横鎮近衛艦隊と戦い、敗れたのである。

本来与えられた戦力を運用する事を許されず、不本意な劣勢を強いられ続けた事に、彼女は中央への不信感を募らせずにはいられなかった。裏切られたという意識を拭い去る事は出来なかったのである。

 その時であった。横鎮近衛艦隊から、通信が送られて来たのである。

 

 

―――敵将に告ぐ。

―――私はサモア方面強行偵察艦隊司令官、石川 好弘少将である。

―――貴艦隊の勇戦ぶりとその手腕に、心からの敬意を表する。

―――私は一個人として、貴官との共存を心から望む次第である。

―――貴官にその意思があらば、武器を降ろし、投降されたし。

―――寛大なる処遇を約束すると共に、賢明なる判断を期待するや切である。

 

 

防空棲姫「降伏勧告・・・?」

 

戦艦棲姫「―――防空棲姫様。」

 

防空棲姫「・・・そうね。打ち棄てられたも同然の状態で、これだけやってのけたんですもの。中央がどう思おうが、最後まで彼らの掌で踊る必要はないわね。」

 

戦艦棲姫「お待ちください防空棲姫様。ここは敢えて、即答を避けるが宜しいかと存じます。」

 

防空棲姫「・・・そうねルイジアナ、分かったわ。」

 

結局防空棲姫は15分の猶予を求め、その間に心中を整理すると、14分後に、降伏勧告を受諾する旨通達したのであった。

 

 

11時26分 横鎮近衛艦隊

 

提督「終わったか・・・。」

 

金剛「今回も、私達の勝ちネー。」

 

大井「はぁ・・・全く、歯切れの悪いこと夥しいわね。」

 

提督「そいつはすまなかったね大井。」

 

大井「ふん、1mmもそう思ってない癖に。」

 

提督「フフフ・・・。」

 

穏やかに笑いながら、彼は戦いが終わったかを再確認するかのように、サモアの島影を今一度仰ぎ見るのであった。

 

提督「捕虜の収容はどうだ?」

 

明石「“ほぼ完了しています。暴発防止の為の監視は付けますか?”」

 

提督「―――向こうの指揮官も投降してくる。必要なかろう。」

 

明石「“分かりました。”」

 

提督「・・・よし、全艦隊、警戒体制に移行。戦いは終わった。全艦武器を納めろ。これは、命令だ。」

 

直人の命令は、遺漏なく実行された。解き放たれていた甲標的も全て収容され、艦載機も全て母艦へと戻った。全艦娘が艤装を待機状態へと戻し、最小限度の人員だけを残して帰艦する。

 

そうして、防空棲姫を迎え入れる準備が、着々と整えられた。

 

 

11時47分 重巡鈴谷直下

 

金剛(浮いてるネー・・・。)

 

榛名(そうですね・・・。)

 

二人が神妙な顔つきで出迎える中、直人は姿勢を正して、防空棲姫を迎える。背部と脚部艤装のみの状態にして来たのだが、改めて見れば艤装を身につけるのが男性と言うのも珍妙な取り合わせという雰囲気がないではなかった。

 

防空棲姫「貴官が、艦隊司令官と言う事でいいのかしら?」

 

自身の武装から水面に降り立ち、防空棲姫は敵の指揮官に対しそう告げる。

 

提督「如何にも。」

 

防空棲姫「敗残の身を、貴官にお預けするわ。この船はサイパンに帰投するのでしょう?」

 

提督「―――何故そう思われる?」

 

防空棲姫「あら、貴方達の噂は深海でももちきりよ?」

 

提督「・・・成程。では改めて、我が旗艦“鈴谷”にお招きする。貴官らの身柄も、私の名前で預からせて頂く。宜しいかな?」

 

防空棲姫「えぇ、勿論よ。」

 

 

 かくして、「サモア沖海戦」と呼称される戦いは終焉する。深海棲艦側の損害、参加艦艇数13640隻中13634隻。うち投降せるもの581隻を数えるのみで、残りの艦は文字通り玉砕した。

投降した小艦隊はいずれも、横鎮近衛艦隊の烈火の如く勢いに押し切られ、継戦を断念したものがその全てであったとされている。

 これに対し横鎮近衛艦隊は艦艇74隻、艦載機830機を投じ、うち前線参加艦艇数は艦娘50隻に巨大艤装1基、母艦たる鈴谷を合わせて52隻。紀伊の艦載機は結局参加していない為、これが全戦力となった。対し損害は大破37隻、中破8隻、小破2隻。

損害を被らなかったのは金剛と榛名、雪風の3隻に過ぎず、艦載機は第一次攻撃隊―――そしてこの戦い唯一の攻撃隊の参加機162機に加え、索敵機5機を失った。

 両軍ともにその損害率に於いて9割を超す打撃を受けたのは、横鎮近衛艦隊では初の事であった。しかし直人が攻撃隊を差し止めさせたのは、結果として艦載機隊の損害率を20%程度に留めた事を考えると賢明であったと言わざるを得ないだろう。

ただ、駆逐艦級5~10隻で駆逐艦娘1隻、戦艦級3~5隻で戦艦級艦娘1隻に匹敵すると言われる実力差であるにもかかわらず、この戦力差を覆し得たか、また覆された穴を埋めたのかについては、やはり防空棲姫や戦艦棲姫の存在があり、巨大艤装や金剛極改二の存在があった事は事実だろう。

 結果としてこの戦いは、巨象同士の戦いに華を添えただけであるとする事も出来るだろう。11時50分、横鎮近衛艦隊は捕虜と艦娘の全てを収容し、それまで通ってきた航路を戻り始めたのであった。

 

 

その帰還の途上、日付変更線を過ぎた後、直人は防空棲姫と語らおうと一席を設けた。防空棲姫はルイジアナに自分の旧部下達を預けると、彼の艦長室に大淀の案内の元訪れたのであった。

 

8月10日15時32分 重巡鈴谷前檣楼・艦長室

 

金剛が二人の為に紅茶を淹れて下がると、直人がおもむろに口を開く。

 

提督「そう言えば、私の本当の名前を名乗っていなかったな。」

 

防空棲姫「いや、存じ上げているわ、紀伊提督。」

 

提督「やれやれ、名前まで通っていたのか。」

 

防空棲姫「貴方の事を噂しない者はいないわ。憎悪にしろ畏敬にしろ、貴官は人類軍の指揮官として深海では最も有名な人だし。何故だかお分かりにはなると思うけど―――」

 

提督「―――7年前の件、か。」

 

防空棲姫「あの時人類軍は貴官らを喧伝してやまなかったようだけど、その話は我々も耳にし、記録していたのよ。それが、突如として艦娘共と共に前線に再び姿を現した巨大艤装と、その装者の情報とを、かつての記録から引き出した、と言う訳ね。」

 

提督「記録とは、中々失われるものではないからな。ところで貴官の名を伺っていなかったな。」

 

防空棲姫「―――“あきづき”、と言うわ。貴官は知っていると思うけれど?」

 

提督「・・・大日本帝国海軍所属の駆逐艦、では恐らくないな、その様子だと。」

 

防空棲姫「そう、その三代目に当たる船ね。我々深海によって撃沈された、海上自衛軍だったかしら、それに所属していた船の名ね。」

 

JS Akizuki(あきづき), DD-115は、あきづき級護衛艦(二代)のネームシップであり、今は伊豆大島沖に沈みもうその威容を残さない船である。2012年竣工の旧式艦だったのも手伝ってか、2046年初頭の伊豆南方沖海戦で撃沈されたのである。

 

提督「三代目か・・・。」

 

防空棲姫「貴官達の言う霧が去った後、その技術を取り入れる形で造られたのがこの私。尤も、彼らに言わせれば会心の出来とは言い難かったらしいわ。現代艦の建造と言う面では未だに壁も多いのは知っていると思うけれど、ミサイルは無く、主砲は旧日本海軍の秋月型のもの、引き継げたのは強制波動装甲だけ。霧と言うオーバーテクノロジーでも、どうも越えがたい壁と言うものはあるらしいわね。」

 

提督「強制波動装甲だけではダメだったのか・・・。」

 

防空棲姫「だが、この主砲は実質戦艦レベルの装甲の貫通が可能でもあるの、自慢ではないけれど、それなりに自負する所よ。」

 

提督「成程、事実破られてはいるからな。」

 

事実、日向が口径に対して明らかに尋常ではない威力の砲弾を受けて大破してしまったと言う事実が、直人にも既に突き付けられていたので、防空棲姫のその自負の程には彼も納得する所であった。

 

防空棲姫「そういった特徴を、彼らは見ようともせず、結局僻地に配備され、実戦を殆ど経験する事は無かったのよ。」

 

提督「―――。」

 

防空棲姫「そして挙句の果てには戦力を何一つ告げられぬ内に引き抜かれた。私は例え僻地だと言う事は分かっていても尚、全力を尽くしたつもりだった。この様な形で裏切られるとは思っても見なかったけど―――。」

 

提督「そうか・・・。」

 

深海棲艦は一枚岩ではない、直人はその事を再確認させられる思いであった。一枚岩であるならそもそも裏切ったとか裏切られたとか、そのような想念とは無関係でいられるだろうからである。

 

防空棲姫「差し出がましい様だけど、一つお願いがあるわ。」

 

提督「ん? 私に出来る事であれば伺おう。」

 

防空棲姫「―――貴方の下で私を使って欲しいの。」

 

提督「・・・?」

 

直人はその真意を測りかねる。それが顔に出たのであろう、防空棲姫は自らの思う所を、直人に披歴するのである。

 

防空棲姫「私が講和派深海棲艦隊に合流するのはいい。けど、私はそこに行く前に、こうして貴方と言う燦然たる将星を目の当たりにしてしまった。兵士は有能な部下にこそ使える事を良しとする、でしょう?」

 

提督「それはその通りだが・・・。」

 

防空棲姫「それに私と言う存在は、他の深海棲艦に対しても浮き過ぎている。この身に授かった力にもブラックボックスが多過ぎて、量産化に手間取っていると言う話よ。変に共同作戦と言われても運用上難しい所はあるし、何より私は実戦経験に欠けている。それでも私は、私を売り渡したも同然のあしらい方をした連中に、“恩返し”をしてやりたいのよ。そうでないと、私のプライドが許せない。提督、お願いできないかしら。」

 

提督「―――不文律ではあるが、我々が合同する事は、講和派深海棲艦隊との間では戒める所だ。」

 

防空棲姫「・・・。」

 

提督「だが、アイダホやアルウス、ほっぽちゃん―――北方棲姫とは気心のある程度知れた仲だ。話せば分かって貰えるだろう。話を持ち出してみない事には何とも言えないが、あきづきの意向は、必ず伝えさせて貰う。」

 

防空棲姫「―――型通りだけれど、欲しい答えは貰えたわ。」

 

提督「それは良かった。」

 

防空棲姫「それはそうと、そう遠くない時期に、南方戦線が崩れるかもしれないわ。」

 

提督「それはどう言う事だ?」

 

防空棲姫「最近中央のお歴々が、南西太平洋方面艦隊の各艦隊司令官を中央に一人ずつ償還しているわ。ただ用があって呼び寄せている、と言うよりは糾弾に近いわね。」

 

提督「・・・それで?」

 

防空棲姫「南西太平洋方面艦隊は一種辺境区域の艦隊と言う趣が強くてね。中央の主流から外れた者達の配流地(はいるち)、と言う側面が無い訳ではないの。それでもみんなプライドはあるから、仮に自分の命が“同族によって”脅かされると知っても、中央に対する忠誠を、堅持し得るかどうか。」

 

提督「まさか、飛行場姫を始めとする艦隊が亡命してくる可能性があると言う事か!?」

 

防空棲姫「どの規模になるとは言えないわね、何処まで波及するかは未知数ですもの。」

 

提督「確かにそうかもしれんが、それは・・・。」

 

防空棲姫「ま、耳に入れて置いてちょうだい。多分、間違いなく驚きを軽減して適切な措置を取れるようになると思うわ。それが提督に力を貸して貰う対価よ。」

 

提督「承知した。」

 

 直人は思っても見ない情報を得る事が出来た事に驚きを隠せなかった。が、それ以上に、深海棲艦同士の心理上の対立が一部で修復不能なまでに深刻化している事を、その情報によって知らされる事になった訳である。

 更に言えば、彼は思わぬ人材の仕官要請を受けた訳であって、これは直人としては寝耳に水と言う所ではあったものの、結果としては喜ばしい事である筈であった。

ただ、深海と艦娘の混成艦隊は、彼も述べた通り講和派深海棲艦隊との間の協議の中で不文律となって戒められていた条項であった。彼が付け入る事が出来る間隙は、それが不文律で明文化されていない事であっただろう。

 彼としても、この強力な深海棲艦を艦隊麾下ないしそれに類する形で迎える事が出来れば、それは何よりも貴重な存在となりうること請負であった。故に彼も防空棲姫の要請をその場では一度承っておいて後日の協議の種にしたと言う一面もある。

 

 

 しかし、深海棲艦側がサモアの失陥を知ったのはそう遅くはならなかった。

早くもその失陥した日の夕刻には、到着した使者がサモア棲地の消失を報告したのを皮切りに、どうやら降伏したであろうことまでは足取りが掴めていたものの、スパ基地に友軍がいなかった事、ルーガンビル基地が中央からの命令で無線封止した事が仇となり、「いつ、誰が、(どこのうまのほねが)どの程度の戦力で」来襲したのか、完全に不明な状態であった為に対応の施しようもなかった。

 更に言えば、防空棲姫と言う要の試金石が欠けたことによってサモア方面の防衛は破綻した事は事実であった。しかし中央はその点は重要と捉えておらず、戦力の純粋な減少だけを重要視して再建に努めていた。

 

だが一人だけ、その敵戦力を正確に推察した者がいた。それは南西太平洋方面艦隊司令官、飛行場姫(ロフトン・ヘンダーソン)であった。

 

 

ガタルカナル時間8月8日20時17分 ガタルカナル棲地中枢

 

飛行場姫「―――例の(サイパン)艦隊だ、間違いない。先日来たのも奴らによる陽動だ!」

 

へ級Flag(ホノルル)「では―――!」

 

飛行場姫「奴等の狙いは初めからサモアだったのだ! 我々ではない!」

 

へ級Flag「奴等は今頃、勝利の凱歌を挙げている筈です。如何為さいますか?」

 

飛行場姫「―――ホノルルの艦隊は4割を喪っている、今から展開しても網は張れんな、已むをえまい・・・。」

 

へ級Flag「・・・。」

 

飛行場姫「―――始祖鳥(アルケオプテリクス)を出す。あの船を沈め得るのは、これだけだ。」

 

 

8月12日10時20分 重巡鈴谷

 

 日付変更線を超え、洋上を走る鈴谷は、時計をサイパン標準時に合わせて航行を続けていた。

その前檣楼・羅針艦橋(ブリッジ)で、彼は暇を持て余していたのである。

 

提督「暇じゃのぉ~・・・。」

 

持参してきた本もあらかた読み尽くし、艦娘達と語らうのにも飽きると、やる事を無くした彼は無趣味に育ってしまった事を後悔しながら空を睨むのである。

 

後檣楼電探室

「“こちら後檣楼電探室、レーダーに反応あり!”」

 

提督「は、この海のど真ん中でか?」

 

後檣楼電探室

「“イレギュラーではありません、反応があります!”」

 

提督「距離と規模を。」

 

後檣楼電探室

「“左舷方向距離100km接近中! 反応―――”」

 

そこで電探手が絶句した。

 

提督「―――どうした、報告しろ!」

 

後檣楼電探室

「“―――反応、極めて大!”」

 

提督「・・・ふぇっ!?」

 

その報告を直人の明晰な頭脳が受信するまでに3秒を要した辺りが、余りにも突然の来襲を物語っていただろう。兎に角彼は対空戦闘用意を鈴谷全艦に告げると、双眼鏡に取りつくのであった。

 

 

20分もしない内に、その威容は直人の前に再び雰囲気を圧して現れる。かつて鈴谷を襲った災厄級の損害を齎した相手が今、修理を終えて再び彼の前に姿を現したのである。

 

提督「主砲左舷に旋回! 弾種徹甲、向かって右側の翼に照準を合わせろ!!」

 

明石「どうするんです!?」

 

提督「分からんか、揚力のバランスさえ崩せば、コース取りをやり直すしかない、そこが狙い目だ。艦娘艦隊を高速発進、ウェルドック準備だ急げ!」

 

明石「はいっ!」

 

提督「金剛っ!」

 

金剛「“発進準備始めるネー!”」

 

提督「主砲を対空電探と連動させろ、細かな修正は高射装置からの指示を待て!」

 

明石「指示、送ります!」

 

提督「高角砲及び機銃座発射準備、有効射程範囲(イエローゾーン)に入り次第射撃せよ!」

 

副長「―!(了解!)」

 

副長が短く答え、指示を復唱し各部署へ伝える。

 

提督「前回の様にはいかんぞ、機関最大戦速用意! 原側から第一戦速へ!」

 

14ノットから20ノットへと加速しつつ、鈴谷は迎撃態勢を整える。その間にもアルケオプテリクスは既に捕捉済みの目標に一直線に突き進んでくる。

 

提督「慌てるな、距離1万で撃て。」

 

 直人は冷静だった。一度遭遇した事がある相手である以上、その対策は考えてあるのだから、焦る必要は無かった。その間にも距離はどんどん詰められる。

50km、30km、15km・・・どんどん計測距離計の数値が小さくなる。最大速度を出して鈴谷に向かって肉薄して来ている事は明白だった。

 

提督「主砲を使わないのか―――!」

 

明石「提督!」

 

提督「分かっている。用意―――」

 

 直人が右腕を掲げる。その視線の先には敵との相対距離が出ており、それを睨んで彼はタイミングを計っていた。

息を飲む一瞬、緊張感が最高潮に達し、正に緊迫感と呼ぶに相応しい雰囲気が、艦全体を包み込む。彼のタイミング一つで、この艦の運命が決まるのである。直人の額に汗が滲んでくるのを自覚しながら、その一瞬を迎える。

 

提督「―――撃てぇッ!!」

 

一気に右腕を振り下ろし、相対距離1万100で直人は射撃を命じた。

 

 

ドドオオオォォォォォーーー・・・ン

 

 

5基10門の8インチ砲が一挙に火を噴き、正に爆弾倉を開こうとするアルケオプテリクスにつかみかかるかの様に飛翔する。

 

提督「頼む―――!」

 

直人が祈ったその刹那である―――

 

 

ドゴオオオォォォォォーーー・・・ン

 

 

アルケオプテリクスの左主翼の半ば程に、複数の爆発が煌めき、遅れて爆音が轟くのを彼は確かに知覚した。アルケオプテリクスは左主翼の揚力が減った事により左によろめいて攻撃針路から外れる。

 

提督「よしっ! 主砲撃ち続けろ!!」

 

会心の笑みを浮かべながら彼は命じる。主砲はアルケオプテリクスを追従しながら徹甲弾を送り込み続ける。それにより更に数発の命中弾を与え、各部にダメージを与えるが、致命傷にはならない。

 

明石「敵機増速、新たに攻撃針路に入ります!」

 

提督「なにッ―――!?」

 

そもそもアルケオプテリクスはその巨体を持ち上げるのにすら過剰なレベルの揚力を有していた。その気になれば片翼になろうとも帰投する事が出来る。それを考えると、時間稼ぎにしかならない事は直人も承知していたが、余りにも立て直すまでが早過ぎたのである。

 

提督「敵翼面に火力を集中しろ!」

 

明石「駄目です、測距が間に合いません!」

 

提督「馬鹿な、何処からそんな出力が!?」

 

明石「的速800kmを越えます! この速度、改アルケオプテリクスだったのでは!?」

 

提督「そんな―――!?」

 

 直人も予期し得なかった現実がそこにはあった。厳密には修理を行った際に改修を施して“改”にバージョンアップしただけではあったのだが、そんな事情を彼らが知る由は端からなかった。

急激と言うのが相応しい程の速度で急迫する悪しき始祖鳥。鈴谷のクルーは一様に、この後に待ち受ける破局を思い浮かべ戦慄した。その海空戦に訪れた破局は正に突然であった。

 

 

ドゴオオオオオオォォォォォォーーーー・・・ン

 

 

提督「どうした!?」

 

鈴谷に何が起こったのかと思い明石に思わずそう問いかける直人。

 

明石「分かりません、アルケオプテリクスが爆発しました!!」

 

提督「なんだって!?」

 

直人は思わず敵の方を見やる。機体下面から朦々(もうもう)と黒煙を引きながら辛うじて飛んでいる始祖鳥の姿がそこにはあった。

 

提督「一体―――」

 

 何が起こったのか、そう更に言い募ろうとした直人の言葉は、言うまでもなく目前に於いて説明され証明された。

明緑色の煌めきを放つ光線が、アルケオプテリクスに薙ぎ払う様に注ぎ込まれたかと思うと、触れた所が溶解した後爆発を起こし、大損害を与えていたのである。

 

提督「レーザー兵器だと!?」

 

明石「エネルギーの照合を―――こ、これは・・・荷電粒子衝撃砲(エネルギーカノン)です! 使用された重粒子は、恐らく中性子と見られます!!」

 

 エネルギーカノンは、荷電状態の重粒子(バリオン)を充填した薬室内に対して、同じバリオンを超高速で叩きつける事によって、そのバリオン同士の衝突の勢いで前方に投射されるエネルギー兵器である。

第二次大戦当時に発見されていた重粒子とは陽子と中性子のもののみであった為、このいずれかを用いているものしか歴史上存在しない。

 この原理で発射される場合、薙ぎ払うと言う事は出来ないように見えるが、衝突させたバリオンが薬室に残り、更にその後ろから加速されたバリオンがやって来る為、最初のものより威力が左程変わらない光線が出るのである。

しかし当時の技術では、超兵器技術とその莫大なエネルギーを用いても連続照射限界は4.7秒が限界であったと言い、同様の兵器は、未だ再現に至っていない。

 

提督「古典的か!!」

 

明石「そうじゃなくてですね!」

 

提督「分かっている! そんなものを持っている船はそんなにいない。しかも現存する船と言えば―――。」

 

明石「エネルギーの放射された方向を特定、本艦の1時から3時にかけて、本艦の前方25度方向の付近から発射された模様! 対水上電探が距離3万6000に艦娘らしき艦影を捕捉、IFFに反応あり!」

 

提督「こんな所に、艦娘・・・?」

 

明石「隻数1、単艦でこちらに接近してきます!」

 

提督「妙な事もあるものだな・・・。」

 

前檣楼見張員

「“敵巨大航空機、離脱する模様!”」

 

提督「助かったか・・・。」

 

明石「提督、艦娘発艦中止を!」

 

提督「許可する。金剛! 発艦中止!」

 

金剛「“えっ、中止デスカー!?”」

 

提督「そうだ中止だ、敵は大損害を被って離脱した。これ以上は無用だ。」

 

金剛「“了解デース。”」

 

提督「あ、ちょっと待て!」

 

金剛「“Oh・・・?”」

 

提督「明石、あの艦娘はどうすればいいだろう?」

 

明石「ひとまず収容すればいいかと思います。事情を聞けば何故ここにいたかも分かりますし。」

 

明石が述べたのは正論であり一般論に過ぎなかったが、それでも直人は決断に迷った分その答えを是とした。

 

提督「よし、金剛に命ずる。誰か4隻程選び取って、鈴谷前方に出現した友軍艦を収容して貰いたい。」

 

金剛「“了解ネー!”」

 

金剛は特に疑問にも思わず直人の命令を受理すると、鈴谷・瑞鶴・秋月・雪風の4隻を選抜してウェルドックから発進した。艦内工場で満足に修理を終えられたこれら5隻の艦娘達は、鈴谷を追い越して鈴谷のレーダー波が捉えた目標に向かって前進して行くのである。

 

 

正体不明(アンノウン)の艦娘”との距離を2万5000まで縮めた時、その艦娘から通信が入った。

 

「“―――前方の艦へ、この通信が聞こえるならば応答されたし。”」

 

提督「通信?」

 

明石「発信元は前方の艦娘からです。」

 

提督「・・・どうする?」

 

明石「本来でしたら黙秘する所ですが、回収班も出してしまいましたし・・・。」

 

提督「―――そうだな。」

 

直人は意を決して通信回線を開く。

 

提督「こちらは横鎮防備艦隊、サイパン分遣隊所属、重巡洋艦鈴谷である。貴艦の所属と艦名を伝えられたし。」

 

 

(やれやれ、急に押しかけたとは言っても、まさかこの艦齢(とし)になって、名前を尋ねられるなんてね。)

 

その艦娘はそう苦笑しながらも、誇り高く直人の問いかけに答えた。

 

「本艦は大日本帝国海軍所属、連合艦隊旗艦、三笠である! 貴艦隊への合流を希望するものである!」

 

 

提督「三笠―――三笠だって!?」

 

明石「御存じなんですか!?」

 

御存じも何も、と言おうとした直人は思わず口をつぐんだ。彼にとっては時折会うだけの存在だったが、それが今こんな大海のど真ん中にいる鈴谷を探し当てやって来たと言うのである。

 

提督「いやいや、大日本帝国海軍の戦艦では唯一現存する船だぞ知らん訳がないだろう。」

 

明石「そんな事は分かってます! そんな言い方をされるのは卑怯です!」

 

提督「す、すまん。こんな言い訳は卑怯だったな。」

 

明石「それで、どうなのですか?」

 

提督「―――横須賀の鎮守府司令部に出頭した際、寄り道程度に寄る戦艦三笠で時折会っていた。その時鎮守府の管理下に入る気はないと言っていたと思ったが・・・。」

 

明石「あの三笠が、艦娘に・・・。」

 

提督「あぁ、俺も最初は驚いたがね。それにしても、我が艦隊に合流だって・・・?」

 

明石「どう対処しましょうか・・・。」

 

提督「取り敢えず招き入れよう。大淀!」

 

インカムで呼び出すとすぐ返事が来た。

 

大淀「“どうされましたか?”」

 

提督「俺の代わりにブリッジに入ってくれ、出迎えの用意をする。」

 

大淀「“承知しました。”」

 

提督「と言う事で、行ってくる。」

 

明石「はい! 行ってらっしゃい。」

 

明石は振り向かなかったが、直人は気にも留める風では無かった。えらい事になったものだ、と彼は心の中で呟いたが、それでも自分の責務を怠る事はしない。彼はそう心で決めていたからである。

 

提督「今月に入って珍しいお客さんが2人もとはね。」

 

口に出してはそう述べたのみであったと、明石は後年述べている。

 

 

 2054年8月12日10時56分、それは横鎮近衛艦隊所属重巡洋艦「鈴谷」に三笠が収容された日時として記録されるものである。驚くべき客人を迎える事には慣れている筈の直人にあってもこの出来事は予想外であり、大慌てで身だしなみを整えたものである。

 彼にしても平和な航海の真っ最中から突然の戦闘状態に放り込まれ、それが落ち着かぬうちに今度は三笠と言う客人を迎えたのだから、運命の女神の何と悪戯好きな事かを痛感させられずにはいられなかった。

ともあれ、直人は防空棲姫の時と同じように艦長室に三笠を迎える事にしたのである。

 

 

11時08分 重巡鈴谷前檣楼・艦長室

 

提督「この様な所にまでよく辿り着けたものだね、まぁ。おかけください。」

 

直人がソファの一角を勧め、自分も腰掛ける。

 

提督「最初に確認して置きたい事がある。アルケオプテリクスに撃ち込まれたエネルギー弾は、やはり三笠が?」

 

三笠「えぇ、そうね。結局逃げおおせたみたいだけれど。」

 

提督「そうか・・・やはりな。」

 

 戦艦三笠―――日本海軍が明治29年に推進した「六六艦隊計画」に基づき、英国・ヴィッカース社バロー=イン=ファーネス造船所で建造、1902年3月1日に就役して以降、日本海海戦に代表される輝かしい武勲を立てた後、1923年に一度除籍となった。

しかし、1939年に小型超兵器機関の実験艦として再就役し、『量産型超兵器』超大和型戦艦建造の為に必要なデータの全てがこの三笠によって提供されている。

 武装としては一介の戦艦としての装備がそのまま転用され、威力不足の各砲門は荷電粒子衝撃砲(エネルギーカノン)として再構成され、速力は32ノットにまで大幅に向上、煙突も必要なくなり、燃料補給さえ不要となった。

47mm速射砲は対空火器に置き換えられると同時にパルスレーザーを搭載、艦橋も再設計されてレーダーを装備し、名実共に準超兵器級戦艦として再就役を果たした。1941年2月の事である。

 

 その後の三笠の戦歴も栄光に彩られている。開戦時には単艦でミッドウェー島に展開して漣らと共に砲撃を実行、飛行場設備を使用不能に至らしめ揚々と引き上げたのを筆頭に、豪州方面へ潜入してのシドニー砲撃、マダガスカルへの直接砲撃を始め、ソロモン水域でも中部ソロモン水域での戦闘で獅子奮迅の活躍を播磨と共に演じた。

マーシャル諸島沖海戦では偶然クウェゼリンに展開していた事から同基地を対空砲火によって守った後出撃、敵機動部隊を捕捉すると、猛追して空母2隻他を海の藻屑と化したあと、必死の救援要請の元ハワイから飛来したアルケオプテリクスを快刀乱麻の如く断ち切り、最悪の状況になるのを未然に防いだばかりか、中部太平洋攻略の為に用意された予備兵力をむざむざと喪った事により米軍の計画を遅延させる事に成功した。

 大戦後半になっても制海権を失いつつある中奮戦に奮戦を重ね、ビアク突入をマリアナ来寇による計画変更による単艦突入でなお成功させ、船団護衛の任については潜水艦や航空機に対してその猛威を振るい、レイテ突入にも多大な貢献を示した。

度重なる激闘で播磨や近江が傷つき沈む中でしぶとく生き残り続けると、超大和型(和泉型)戦艦「和泉」「出雲」等と共に本土防衛の最後の要として45年6月の沖縄突入の際にも残留、遺された僅かな航路の防衛にも走り回り、ソ連参戦の折には日本本土空襲の為に出撃したジュラーヴリグを舞鶴北方の日本海で撃墜し、スターリンの顔にすら泥を塗った戦艦として知られている。

 

そして現代、連合国をして「巨鳥キラー」「旧時代の亡霊」「老婆・老婦人」「幽霊戦艦(Ghost Battleship)」と呼ばしめたその勇姿は、再び横須賀の三笠公園にあって、その歴史を後世に伝える役割を担い、超兵器機関と共に眠りに就いている―――筈であった。

 

提督「―――お前の、三笠の戦歴は良く知っている。披瀝されるまでもなく。如何に偉大であったかも、私には理解出来るつもりだ。だが敢えて問わねばならない立場にある。」

 

三笠「―――。」

 

直人の口から発せられた質問は、単純明快であった。

 

提督「・・・何のつもりだ、三笠。」

 

三笠「・・・確かに、貴方はそう問わなければならない立場ね。提督なのですもの、それは当然。」

 

提督「何が目的だ。私の記憶に間違いが無ければ、君は鎮守府の保護下に入るつもりはないと言っていた。だからこそ今日まで、大本営にこの事は話さずに来た。それが急に宗旨替えをしたとは俺には思えないな。」

 

三笠「・・・戦争が始まって既に12年。そろそろ、私も選択の時が来たと言う事よ。」

 

提督「・・・説明になっていない様だが?」

 

三笠「では言い換えましょう。私は紀伊 直人(あなた)と言う傑物が表舞台に登場するのを待っていた、と言う事よ。」

 

提督「何・・・?」

 

三笠「私が鎮守府の管理下に下るつもりはない、それは今でも変わらないわ。でもあなたは鎮守府のお歴々とは違う。私が待ち望んだ資質を持つ得難い存在だと、認めているのよ?」

 

提督「―――どういう意味だ。」

 

三笠「あなたが他の提督と一線を画する“3つの資質”。艦娘達をいたわり、誰よりも大切にする心。誰よりも前線に立ち、前線の状況を最も知り、人類軍を勝利へと導く識見に富む頭脳。そして・・・」

 

提督「・・・。」

 

三笠「―――あなたが、“歴史を変える”中心人物であるから。」

 

提督「・・・歴史を、変える?」

 

三笠「いつかあなたに言ったわよね? “私は始まりを知る”と。私の超兵器機関は、その祖は“大いなる冬(フィンブルヴィンテル)”と―――あの厄災と、同じもの。」

 

提督「―――ッ!」

 

彼の心臓が一瞬躍り上がる音を彼は確かに聞いた気がした。彼は聞き間違いの余地を探したが、にわかには見出す事が出来なかった。彼の聞いた事に間違いはない。彼女は確かに、あの大いなる冬と出自を等しくすると述べたのである。

 

三笠「だからこそ私は、“始まりを知る”。そして始まりを知れば、おのずとそれは“終わるもの”、物事の始まりから終わりまでを見通す能力、それが、大いなる冬にして持ち得ず、その指の隙間から取りこぼした唯一のもの。」

 

提督「始まりと、終わり・・・」

 

三笠「えぇ。この戦争は本当ならば、永遠に続くともしれないものだった。そしてその中で、人類は滅び去る筈だった。そう―――本当ならば。」

 

提督「・・・。」

 

 彼は想像せざるを得なかった。人類が滅び、その闘争本能に駆られた深海棲艦達は野生の動物をも地表面から一掃し、遂にはその全てが燃え尽きた後の廃墟の中で、自らの同族の血までも食もうとする、その醜悪なまでの“獣達(バケモノ)”の有様を。

人々にとっては自分達の滅亡で終わると信じられた筈の黙示録(ハルマゲドン)が、実は始まりに過ぎなかった事を、自分達が最早知る由もないであろう事をも。

 

三笠「私はその結末を観測し、その後に現在の事象を観測していた。だがある時を境に、最初に見た、滅亡の序曲とも言うべき結末が、観測しづらくなった。人類が生き永らえ、やがて宇宙へと飛び立つ未来を、私は確かに見る事が出来た。何がそうさせたのか。それはあなた達が、歴史の表舞台に立ってからよ。」

 

提督「俺達が・・・?」

 

三笠「あなたがただの復讐の徒だったら、また違っていたかもしれないわね。しかしあなたはその道から外れた。今のあなたは、信義と、勇猛と、知性と、その全てを、あなたは持ち合わせている。そして何より、現実感覚と言うものを、あなたは失っていない。それは戦場で一番大切な事。血で彩られた夢の中に生きないと言う事。」

 

提督「・・・。」

 

三笠「だからこそ、あなたの元へ私はこうして馳せ参じた。言い換えれば、あなたが成長するのを、私は心待ちにしていたと言う訳。元々自由の身の上ですもの、上官を選ぶ自由はあるのではなくて?」

 

提督「―――君は随分と私を買い被るようだがね。」

 

三笠「でもあなたは数々の試練に打ち勝った。あなたの努力は、相応に報われるわ。」

 

提督「君はその先駆でしかないとでも言いたいのか?」

 

三笠「えぇ、そうよ。分かってるじゃない。」

 

提督「―――。」

 

彼は口をつぐまざるを得なかった。

 

三笠「そう言う頭の切れる所も、私が仕えるには相応しい。私はそう感じたのよ? その好意は受け取っておくべきじゃない?」

 

提督「成程、“好意”ね。その好意だけは受け取っておこう。」

 

三笠「・・・?」

 

今度は三笠が首を傾げる番だった。

 

提督「だが好意だけでは組織は動かない。君の要望は誓って横鎮司令部に伝えさせて貰う。と同時に便宜も図らせて貰う。それは確約しよう。」

 

三笠「―――そうね。お願いするわ。」

 

提督「我が艦隊は差し当たっては歓迎しよう。だが、その後はどうなるか保証はしかねる。それだけは覚えて置いてくれ。」

 

三笠「現実的ね、分かったわ。」

 

 彼の言葉に独創性は無かったが、それは現実感覚に富んだ対応だった事に間違いは無かった。

直人は確かに現実の世界に生きていて、そこで生きる術も知っていた。であればこそ、彼は即答を控えた。或いはそれが、三笠の評価したる点の一つだったかもしれない。

彼が時折見せる弱い面とは対照的に彼の人格や価値観は完成されたものと言ってよく、彼が垣間見せる弱さは、何かを失う事に対する恐怖に対して発露するものでしかないからである。

 

提督「取り敢えず今日はこの辺りにしよう、もうすぐ昼食の時間だ。部屋は大淀に言って仕立てさせるから、ひとまずはくつろいでくれて構わない。」

 

三笠「では、お言葉に甘えさせて貰うわ。」

 

そう言って二人は席を外して艦長室を出た。時計の針は既に11時43分を指していた。

 

 

 ガタルカナル時間でその日の14時を過ぎた頃、飛行場姫の元へ、アルケオプテリクスはその焼身の身を騙し騙し宥めすかしながら、どうにか帰還を果たしていた。

揚力も最低限度飛行に差し支えない程度にしか残っておらず、どうにかエンジン系統のうち3つが生きていた事が功を奏した結果だった。

それでも水平飛行にしては異常なほどに機首をもたげ、上昇しそうに見えるそれは一切の高度を稼ぐ風もなく、よろよろとガタルカナルへと戻って来たのである。

 

飛行場姫「なんと言う・・・ことだ・・・。」

 

 自身が持つ最大戦力が、かくの如き結果を生ぜしめた事に、“飛行場姫”ロフトン・ヘンダーソンは悄然(しょうぜん)と佇むだけであった。主砲は殆ど全てが使用不能、操縦系統は3つ用意されていたが2つまでもが破壊、エンジンは4基中1基が燃料供給ルートを断たれ使用不能になっていた。

更に燃料タンクは8カ所存在したが空だった3カ所を含めても5カ所が破壊され、生じた火災は自動消火装置によって消し止められたものの、外板の歪みは如何ともしがたく、その揚力と空気抵抗は膨大だった。

それでも尚帰還を果たし得たのは、この世に二度目の生を受けたこの超兵器に宿された者達が、優秀であったからと言う一語に尽きるだろう。

 

へ級Flag(ホノルル)「飛行場姫、様・・・。」

 

飛行場姫「・・・。」

 

 飛行場姫は傷ついた鳥(アルケオプテリクス)を収容した。それを見ていたホノルルは、長く仕えてきた中でも見た事も無いような上官の姿を目の当たりにしていた―――飛行場姫が、肩を落としていたのである。

彼らが有する事を誇りにさえ思った空中戦艦が、このような形で帰ってこようなどとは、ホノルルの想像の及ばざるところだった。その事を思えば、飛行場姫の心中を察する事は容易だった。だが、その余りにもいたたまれない様な落ち込みぶりは、彼女も見た事が無かったのである。

結局その時、ホノルルは言葉が出てこなかった。掛けるべき言葉を、遂に見出し得なかったのである。

 

飛行場姫「・・・私の、完敗だな。」

 

 その言葉は、それを唯一聞き取ったホノルルが考えた以上の大きな意味を持っていた。

飛行場姫は、この敗北が齎す自分の運命を悟らざるを得なかったのだ。このままでは彼女の命数は、敵の手に掛かっての事ではなく、身内の愚劣なまでの勝利への信仰によって、不名誉の内に使い果たされるだろうと言う事を。そしてそれさえも、彼らの掌の上であろう事をもまた―――

 

飛行場姫(私はこの戦争が始まって以来ずっと、深海の覇業の為に、心血を賭して、協力して来たではないか! それなのに―――!!)

 

 飛行場姫は、深海棲艦隊がこれだけの版図を得る為に、開戦当初から人類軍と激戦を繰り広げて来た、歴戦の将帥だった。彼女が他の前線指揮官達と異なる点は、まず戦略的要件を完全に固めた後、戦術的勝利を収めると言う、完璧とも言うべき戦争哲学を備えていると言う点だった。

更に彼女のクローンは全世界の陸上に配備され、地上航空戦力の展開に貢献してきた。文字通り“心血を捧げて”深海の覇業に尽くしてきた忠臣だったのだ。

そしてその能力に相応しい自己の才幹と能力、そしてその手腕と実力を最大限に生かし得るポストたる、南西太平洋方面艦隊司令官と言う役職(ポスト)を得て、中枢棲姫の麾下でこれまで何度も横鎮近衛艦隊を始めとする、艦娘艦隊や人類軍艦隊などと言った驍敵(ぎょうてき)達と渡り合ってきたのである。

 だがその巨大すぎる功績に対して、主流派から外れた彼女に対し、ただ数度の敗北のみを以って与えられたのは、死へと直結する恫喝であったのだ。勝てればそれでよし、負ければ次は無い―――『勝利か、然らずんば死か―――』飛行場姫が背負わされたのは、自分自身の生命の保証の為に剣を取って戦う事であったのだ。その状況にあって、負ける事など本来あってはならなかったとも言える。

 そして結局、横鎮近衛艦隊に対し飛行場姫は敗れた。無論本来ならば彼女の責任ではない。陽動策に惑わされ、部下である防空棲姫を、戦艦棲姫2隻と共にむざむざ失ったのみである。

しかし組織論で言えば、部下の失態は上司の責任と言う事になる。ことに巨大な兵権を預かっている身なれば、尚更である。

無論信賞必罰は武門の寄って立つところだが、本来防空棲姫は捕虜―――深海側から見れば―――となった事によってその罪を(あがな)っている筈であった。

 しかし今日、捕虜とは言っても降伏するような意思を持つ者達はその身を講和派深海棲艦に移し、敵対する事が最早規定事実と化している以上、その様な結末に至らしめた飛行場姫の責任が問われるところになるだろう。

そうなれば、敗戦に敗戦を重ねた挙句、部下の内から離反者を出したとして、彼女の命運は自ずと定まらざるを得ない所だろう。たとえ隠匿したとしても、いずれ知れる事である。

 飛行場姫にこのまま訪れる運命は、深海棲艦達に対する支配と抑圧を強化する為の“生贄(どうぐ)”として「死を(たまわ)う」道である事を、飛行場姫は明敏に悟らざるを得なかった。

飛行場姫までもを断罪すると言う事が知れれば、確かに支配し抑圧するに当たってもたらす影響は大きいだろう。今でも深海の重鎮、宿将である事に変わりは無いし、かつては深海棲艦隊を主導する最高幹部の一人でさえあった功労者だったのだから。

それでさえ死を賜った。お前達も負ければ命の保証は無いと言う事を知らしめるには、飛行場姫と言う存在は最高純度の流血であるに違いなかった。“自分が断罪される事は無い”等と言う心理的余地を完全に失わせる、権力者にとっては最大限目下の者を威圧する手段であったに違いないのだ。

 

飛行場姫(・・・。)

 

飛行場姫の瞳に悲壮な炎が宿る。それはかつて軍の主流派として権勢を誇った野心家がかつて燃やした、野心のひとかけらであった。

 

 

横鎮近衛艦隊がトラック諸島近傍に到達したのは、8月14日午前の事だった。無線封止を続けていた鈴谷が漸く通信を送ったのは、大本営への転電を要請するものだった。

 

発:横鎮防備艦隊サイパン分遣隊司令部

宛:軍令部総長

親展

 

本文

 サイパン分遣隊はサモア攻撃に成功、同地に駐在せる敵艦隊を潰滅せしめ、同艦隊の指揮官及び一部の深海棲艦は降伏、捕虜となりたり。FS作戦は一部に修正を行う要有りと認むる次第なり。

 なお、敵指揮官は講和派に加勢する意欲示したるも、自己の身の処置に要望ありたる由、講和派と協議する旨、本官の権限に於いて通達す。

 

 

 これが意味し表明する所は、大本営さえ予期し得なかった、横鎮近衛艦隊の勝利宣言であった。命令は確かに強行偵察である筈だった。しかし大本営から見れば、その強行偵察隊が、本来の任務を逸脱して、敵を撃滅してしまったのだと言うのだ。

但し強行偵察隊はまず手始めに一戦して、勝つにしろ負けるにしろ敵の実力を確かめる事にあり、敵の抵抗が取るに足りなかったと言う事を指し示してもいた。故に完全な命令無視と言う訳ではない。事実直人は決戦を行った訳ではないからである。この程度の小競り合いなら年間100回以上は起こるのも事実である。

 ただ逆に言えば、サモア棲地がその規模に見合わないほどにまで弱体化“させられていた”のも事実であった為、そこで彼も作戦の修正を求めたのは正しいと言えた。

 

8月14日21時40分、鈴谷はトラック泊地に入港、その3分後に別働隊がトラック泊地に入港し、鈴谷との合流を果たす。別働隊は既に12日13時19分に、予定通りラバウル基地を出港して、帰投してくる鈴谷との合流を期していたのである。

 

 

21時45分 重巡鈴谷下甲板・艦尾ウェルドック

 

提督「良く、全員揃えて戻ってくれた。」

 

霧島「いえ、作戦目標は果たせませんでした。」

 

提督「そんな事は些細な事だ。戦死者がいなかったのだから―――」

 

霧島「そうですね・・・そうでしたね。いい事です。」

 

霧島がそう言い終える頃には、直人は霧島の背後に視線を向けていて、絶句していた。そこには片目を失った天龍がいたからだ。

 

提督「天龍・・・。」

 

天龍「おう、戻ったぜ。」

 

提督「・・・。」

 

天龍「・・・。」

 

直人は瞑目(めいもく)した。霧島達―――別働隊の諸艦娘達―――がどのような苦戦に晒されていたか、彼は思いを致さざるを得なかった。しかし天龍はこう言う時に慰めても喜ぶような娘ではない。そこで直人は表立ってこう述べたのみに留まる。

 

提督「久々の実戦、よく頑張ったな、天龍。」

 

天龍「おう! 旧式でもやれるもんだ。」

 

提督「全く良くやってくれたよ。報告は翌朝聞かせて貰おう。順次解散して宜しい。」

 

一同「「ハッ!」」

 

 こうして別働隊はその役割を終える事となる。損失艦艇無し、航空機損失を加味しても、別働隊の損害は少ないものであった。柑橘類中佐の航空部隊も翌朝7時にラバウルを発ってサイパンへ帰投する予定となっていた。連日の航空戦により稼働機数は半数になっていたが、それでも壊滅しなかっただけ流石と言えるだろう。

 

提督「さて、帰り支度をしようか。」

 

そう独白して、直人はその場を後にするのだった。

 

 翌日15日12時丁度、重巡鈴谷はトラック泊地を出港、17日6時14分にサイパン島に帰着した。2週間以上に渡る大遠征を終え、漸く彼らの家に帰りついたと言う次第であったが、色々とあり過ぎた結果、そこで彼の仕事は終わりでは無かったのである。

横鎮に対して三笠の処遇について自己の一存に委ねていいかを問う事を始めとして、講和派深海棲艦隊との協議もあったからである。

 

 

8月16日8時17分 グアム島アプラ港深海棲艦基地

 

提督「出迎え有難う。」

 

ル級改Flag(アイダホ)「今回も事前にアポイントメントも貰いましたから。」

 

直人は鈴谷を出し、再びグァム島の土を踏んだ。基地も以前より活況を増した印象が多少ながらあった。

 

提督「しかし鈴谷でないと来るのに不便と言うのもなんと言うかな。グァムとの往来用に小型艦の1隻でも作った方がいいかな?」

 

アイダホ「その方が宜しいかも知れませんね。」

 

提督「ではそうしよう。さて、アルウスに話がある、通してくれ。」

 

アイダホ「伺っております、どうぞ。」

 

北方棲姫副官のまま、講和派深海棲艦隊司令部参謀の一人を務めるアイダホに案内されて、直人は再び司令部庁舎の小会議室に通された。

 

 

8時31分 講和派深海棲艦隊総司令部2F・小会議室

 

ガチャッ―――

 

 

アルウス「お待たせして申し訳ない。貴官らが連れてきた捕虜たちの処理に時間を取ってしまった。」

 

提督「構わんよ。」

 

アルウス「まずは遠路の帰還、ご苦労様と言わせて頂く。」

 

提督「ありがとう。それで、折り入って話がある。」

 

アルウス「言っていたな。それで何事が生じたのだ?」

 

提督「実は・・・」

 

彼はアルウスに事の次第を告げた。案の定、第一声は直人の予想通りだった。

 

アルウス「防空棲姫様が、サイパン島に!?」

 

提督「そうだ、戦艦棲姫2隻も一緒にいる状況だ。」

 

アルウス「―――それで、防空棲姫様はなぜサイパンに?」

 

提督「・・・言いにくいのだが、防空棲姫―――あきづきは、我が艦隊司令部直属に移ることを希望している。」

 

アルウス「それは・・・!」

 

 アルウスは絶句したが、考えて見るとある程度辻褄が合わなくもない話なのだ。直人の様な優秀な指揮官の元に付きたいと思う者がとうとう出てしまったかと言う事をアルウスは考えざるを得なかった。

アルウスにも、そのような心理は理解出来る、彼女とて優秀な上官の元に付きたいと言う心理は確かに存在する。だが結局のところ、人類と深海棲艦が一本の指揮系統で動くと言う事は、彼女にとってはあり得ない事であった。それは過去の経緯(いきさつ)から来るものであって、どうしても越えがたい心理的な壁でもあった。

 

提督「俺も驚いたんだがね、今のところは保留と言う事にしてある。」

 

アルウス「・・・賢明な判断だ。だが―――」

 

提督「明文化されていないが、深海棲艦と艦娘の混成艦隊は、盟約の一環として認められていない。そうだな?」

 

アルウス「そうだ。」

 

提督「だが明文化されていないと言う事は、拘束力は望めないと言う事でもある。そこで、一つ俺から提案がある。」

 

アルウス「・・・?」

 

直人の言質に不安めいたものをよぎらせていたアルウスが首を傾げる。

 

提督「防空棲姫の籍は、そちらにお預けする。そして独立部隊であるという名目で、命令として我が司令部直属として貰おうと言うんだ。そう難しい手順では無いし、アルウス達との盟約と、防空棲姫の希望、双方に適う筈だ。」

 

アルウス「成程、あくまでも最終的な指揮権はこちらにある、と言う訳か。補給に関する責任も、だが・・・。」

 

瞠目してアルウスは考え込んだ。

 

提督「防空棲姫の性能は、深海棲艦隊諸艦艇群の中でも異質のものだ。そうだろう?」

 

アルウス「それはその通りだ。追従できるのも超兵器クラス、それもオリジナルなればこそだろうな。」

 

提督「そうだろうな。だからこそ、やはり大きな組織の一つとして組み込むのは難しい、そう防空棲姫自身も言っていたよ。」

 

アルウス「・・・やれやれ。貴官が詭弁家としての一面を有するとは思っても見なかったよ。」

 

提督「だが、十分付け入る隙ではある。戦術と同じだ、論理もな。」

 

アルウス「―――やれやれ、こんな事なら明文化しておくべきだったかもしれないな。」

 

そう言うアルウスの声色に後悔の色は不思議となかった。むしろ何か吹っ切れたような様子だった。

 

アルウス「分かった。防空棲姫と2隻の戦艦棲姫は、我々からの命令と言う形で貴官にお預けする。よく使ってやってくれ。」

 

提督「ありがとうアルウス、感謝する。」

 

アルウス「そこまで貴官に頼み込まれてはな。」

 

提督「では早速その方向で処理を始めよう。」

 

アルウス「待ってくれ、基地はどうする?」

 

提督「サイパンの隣に、いい場所があるだろう?」

 

アルウス「―――分かった。」

 

こうして、アルウスとの2度目の会談は、合意事項を得て幕を閉じた。その処理に勤しむ中、またしても事件が巻き起こったのは、その会談から3日後であった―――。

 

 

グァムから直人が戻った時、司令部前ドックには明石の出迎えの姿があった。

 

10時27分 司令部前ドック

 

提督「明石が出迎えとは珍しいな。」

 

明石「えぇ、それはもうドロップ判定が出来ましたから。」

 

提督「よしすぐに行こう。」

 

明石「はい!」

 

 

10時35分 建造棟1F・判定区画

 

明石「提督がお見えになりました!」

 

提督「やぁやぁ、御待たせしてすまないね。」

 

こう言う時に、直人は妙に頼りなげに見える。ただそれでも直立して威儀を正すと、その印象が何処へやら吹き飛んでしまうのも不思議な男であった。

 

明石「自己紹介、お願いしますね!」

 

「はい! 連合艦隊直属、給油艦速吸です!」

 

「秋月型防空駆逐艦、二番艦の照月よ。」

 

「あたいは夕雲型駆逐艦、その十六番艦、朝霜さ。」

 

「白露型駆逐艦九番艦、改白露型の江風だよ。よろしくな!」

 

「水上機母艦、瑞穂です。」

 

提督「横鎮近衛艦隊司令官、紀伊直人だ、宜しく。」

 

この頃になると直人も見慣れない艦娘が増えたせいか、特に感慨を覚えるでもなかったが、実は特異点持ちが1人だけいることにはいるのだ。

 

朝霜「ふぅ~ん・・・元帥サマか。大丈夫なんだろうな?」

 

提督「ま、君達のご希望に添えるように努力しよう。」

 

朝霜「そう言って貰ったからには信用するぜ?」

 

提督「勿論。」

 

元帥の階級章を見て訝しんだ朝霜に、さして感銘を受けた様子もなくそれだけ言った直人なのであった。

 

提督「しかし給油艦か。今までいなかった艦種ではあるな。」

 

速吸「お役に立てるでしょうか?」

 

提督「ま、考えて見るさ。」

 

速吸「ありがとう御座います!」

 

実はこの時、速吸と言う船の存在を直人は知らなかったのである。後日文献を紐解いた直人は、速吸が特殊な船であると言う事を初めて知るのである。

 

秋月「秋月、参りました!」

 

その申告の声が聞こえて来たのは、速吸とのやり取りの直後である。

 

提督「お、来たな。新人達に、司令部を案内してやってくれ。お前ならもう出来るだろう?」

 

秋月「はい、勿論です。司令部の事は全て頭に入っています!」

 

照月「秋月姉!」

 

秋月「久しぶりね、照月。」

 

照月「うん!」

 

秋月「では、役務お引き受けします。皆さん、参りましょう。」

 

提督「いってらっしゃーい。」

 

直人は明石と共に6人の艦娘達を見送る。

 

明石「―――実はですね提督。」

 

提督「どした?」

 

明石「あの江風さんなんですが、実は既に改二の状態で着任されてます。」

 

提督「マジでか!?」

 

明石「はい、久しぶりに特異点と言いましょうか・・・。」

 

提督「成程な・・・しかし照月か、六十一駆の戦力が、これで拡充されるな。」

 

明石「はい、そうですね。」

 

提督「機動部隊防空と言う面では、良い事に違いあるまい。」

 

そう口述して、直人は執務室に足を運ぶ事にしたのであった。大淀がそろそろ待ちかねているだろう事は容易に推察できようと言うものである。

 

 

 8月19日、それは、再考された第二次SN作戦が発令された正にその日に当たっていた。

横鎮近衛艦隊は既に作戦に於ける自己の役割を終え、提督自身防空棲姫が横鎮近衛艦隊直属になるのに必要な各種の事務処理と、戦艦三笠に関する内部処理に追われていた。一方で新たな艦娘達も戦闘訓練に精を出し―――這う這うの体ながら―――、先輩達に追い付こうと努力していた。

その一方で防空棲姫の言葉は記憶の片隅に追いやられて認識されざる所であった。その防空棲姫も一時グァム島に出向しており、戦艦三笠は逗留客と言うような体で局長(モンタナ)が預かっていた。珍しく直人も多忙であり、前日には本土に日帰りで飛んでいた程である。

 

8月19日11時16分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「いやー・・・忙しいなぁ最近。」

 

大淀「―――嬉しそうですね?」

 

その珍しい様子に大淀が首を傾げて聞いた。

 

提督「まぁね。これで新しい仲間が手に入るかもしれんのだ、身も入ろうと言うもんだぜ。」

 

大淀「は、はぁ・・・。」

 

 妙な所で熱意を出すものだ、と大淀は思ったものの、大淀にとっても喜ばしい話であった為口には出さなかった。

普段が普段だけに、落差が凄いだけの事なのである。根が真面目なので仕事はするものの、嫌だと言う雰囲気をまるで隠す気が無いのではないかと言う時が時たまあるのである。

 

この時金剛は仕事を終わらせて席を外している。大淀と執務室で二人きり、何も起こらない筈はなく・・・

 

提督「・・・大淀。」

 

大淀「はい?」

 

提督「今日の昼食、一緒にどうかな?」

 

大淀「はい、御供させて頂きます♪」

 

大淀もこう言った申し出は嬉しい様だ。まるで蕾が開いたような笑顔が、彼にも好ましく見えたのである。

 

 

コンコンコン・・・

 

 

白雪「“提督、宜しいでしょうか!”」

 

提督「入れ!」

 

 ドア越しの白雪の入室の声を出迎える直人だったが、その白雪が持って来たのは並々ならざる知らせだった。白雪は副官と通信参謀を兼務する大淀が執務室に詰めている間、もう一人の通信参謀として無線室にいる事が多い。

その白雪が、肩で息をするようにして直人の前に現れたのだから、容易ならざることであろうことは想像がついた。

 

提督「どうしたんだ白雪、そんなに急いで。」

 

白雪「はぁ、はぁ・・・ふぅ。申し上げます。先程本司令部宛に、この様な通信文が。」

 

提督「ん・・・?」

 

白雪から受け取った通信文は解読済みの平文ではあったが、その内容は次のようなものだった。

 

発:ロフトン・ヘンダーソン

宛:サイパン島司令部司令官殿

 

本文

小官以下、深海棲艦隊太平洋艦隊所属南西太平洋方面艦隊は、本日を以て貴官を通じ、亡命を希望す。

 

短く簡潔な内容だったが、その意味する所はとてつもなく多いものだった。人類側で言えば、軍団が丸々一つ降伏してきたも同然なのだから尚の事である。

 

提督「なん・・・っ!?」

 

 直人もこれには声を失った。これまで棲地単位の亡命は、北方棲姫の時に例があるものの、その方面に所在する主力がごっそりとこぞって亡命してきたのだから、前例があろう筈はない。

彼は瞬時に、記憶の隅から隅までを探り出そうとした。そしてその中に、防空棲姫の言っていた一言を彼は思い出す。

―――そう遠くない時期に、南方戦線が崩れるかもしれないわ

自分の命が“同族によって”脅かされると知っても、

            中央に対する忠誠を、堅持し得るかどうか―――

 

提督「これが、なぜ我々宛なんだ、グァムの司令部に言えばよかったろうに・・・。」

 

大淀「お許しを頂いて申し上げます。恐らく送り主は相応に誇り高き為人なのではないかと。」

 

提督「・・・成程、一方面の司令官を預かった身だったのだから、誇りを持って降伏できる相手を選んだと、そう言う訳か?」

 

大淀「推測ではありますが・・・。」

 

提督「・・・捜索用レーダーをフルでチェックしろ大至急!」

 

大淀・白雪「はいっ!!」

 

提督「飛龍! いるか!」

 

飛龍「“お呼びですか?”」

 

卓上の3D投影(ホロ)コンソール*1で管制塔を呼び出すと、直人は飛龍に命じた。

 

提督「今すぐ東海を出して真東から南南西を捜索しろ、現在上がっている機体も全てだ、急げ!」

 

飛龍「“は、はいっ!”」

 

 飛龍は何事かが起こったと悟り深くは問わなかった。結果としてその素早い思考と判断は、最良の形で報われるのである。

昼食を終えた時分だった12時41分、飛龍の出させた哨戒機の内の1機が、南東方向からサイパンにやってくる膨大な数の深海棲艦を見出したからであった。

 

 

12時44分 司令部前ドック

 

提督「30万以上・・・」

 

 その数を聞いて彼は思わず反芻した。かつて北方棲姫の亡命の際には25万隻強でしかないものを、どうやら軽く記録を更新してしまったようだ。

しかも今回第二報以降によると、姫級やそれに該当しない複数の艦を発見したと言うから、更に彼は驚いたのである。

 

大淀「と、途轍もない数ですね・・・。」

 

朝霜「おいおいおいおい! 一体どうなってんだ!? あんだけ敵が来ててどうして警戒態勢も発令してないんだ!?」

 

と聞きに来たのは朝霜だった。まぁ当然だったものの・・・。

 

提督「戦闘じゃないからな。」

 

朝霜「ど、どう言う・・・?」

 

提督「亡命してきたんだから戦闘にはならんよ。スマンが出番は無しだ。」

 

朝霜「ぼ、亡命・・・。」

 

提督「自分の命の保証を求めて逃れて来るって事だ。助けて下さいと来てる奴に銃を向けるかい?」

 

朝霜「そ、そうだな・・・。」

 

提督「深海棲艦に限って、なんて考えるなよ? 人間同士でだってそうなんだ、深海棲艦がそうでないと言う事は無いさ。」

 

朝霜「―――そう言えば、局長もいたな。」(・ε・

 

口を尖らせて今更ながらと言う体で言う。

 

提督「そゆこと~。分かってるじゃない。」

 

朝霜「そうだった。ごめん、騒がせちまったな。」

 

提督「いいよいいよ。ビックリするのは分かるから。」

 

朝霜「ハハハ・・・司令もびっくりしたのか?」

 

提督「そりゃぁな。ちょっと前に25万って聞いた時も驚いたが、今回は群を抜いてる。そうだ、出迎えに艦娘を寄越すつもりだから、お前行ってみるか?」

 

朝霜「え、私は―――!」

 

辞退しようとした朝霜の口を塞ぐべく口を開いたのは当の直人である。

 

提督「ま、一つ社会勉強になるだろう。安心しろ、迎えを寄越すとはもう返答してあるから、戦いにはならないよ。」

 

朝霜「う・・・そこまで言うなら・・・。」

 

提督「うむ。代表者は・・・そうだな、差し当たっては妙高に行かせる事にしようか。他に随員を2~3人見繕う事にして・・・お前も行くんだよ、大淀。」

 

大淀「承知しました。」

 

提督「あとは、そうだね・・・」

 

とそこへちょっと離れた所から声が聞こえてきた。

 

鈴谷「今回のお客さん、どっこかなぁ~?」

 

浦風「まだ肉眼では見えんけぇ・・・」

 

鈴谷「まだ水平線の向こうかぁ・・・。」

 

 

提督「そこの二人集合駆け足!」

 

手を2回打ちながら呼びつける直人である。それだけでしっかりとやってくる辺りに、軍隊としてのこの艦隊の精髄はある。因みに直人はドックに折り畳み椅子を持って来て鎮座していたのだが、この時は立ち上がっている。

 

鈴谷「なになに~?」

 

提督「妙高に客人を沖まで迎えに行かせるから、随員として二人とも行ってきてくれ。」

 

鈴谷「えぇ~・・・めんd「命令だ。」―――りょ、了解しました・・・。」

 

面倒臭いと言うのが見え透き過ぎている鈴谷に間髪入れず叩き込む直人である。相変わらずいい性格をしておいでである。

 

浦風「そのぉ・・・発砲されたりせんやろか・・・?」

 

提督「尤もな心配だがもう向こうには伝えてあるから大丈夫だよ。安心して行っておいで。」

 

浦風「・・・うん、了解じゃ!」

 

 そうして納得させると、取り敢えず妙高を呼びに行かせると同時に、出迎えの準備を整えさせるのである。

ただいちいちこうして納得させないといけない辺りに、深海棲艦と艦娘との間にあるわだかまりは深いのであった。この艦隊とて、戦没した船がいないと言う訳ではないのである・・・。

 

提督(きっと吹雪も驚くだろうね、異口同音に同じ事を言いながら―――)

 

そう思いを馳せずにいられない直人でもある。彼はかつて、艦隊で一番目をかけた駆逐艦を失ったのだった―――

 

 

朝霜(こ、これが姫級・・・!)

 

妙高が応対する様を後ろから見ながら、朝霜は姫級の強大な力を感じてたじろいだのである。しかも飛行場姫の後ろには、朝霜がまだ知らない姫級が幾人もいたから尚更である。

 

 

 14時17分、亡命者の代表団は、割り当てられたテニアン沖に向かう艦隊に先行して、サイパン島に到着する。

因みに亡命の申請がサイパンに対して行われた事については、この件についてはグァムからの抗議は来なかった。アルウスが飛行場姫の為人を知っていたからと言うのが最大要因だったようだが。

 

14時18分 サイパン島・司令部前ドック

 

提督「まさかあなたとこうして相まみえる日が来ようとは思わなかった。」

 

ドック岸壁に備え付けられた艦娘用の階段を上って来た飛行場姫を出迎えて、開口一番に直人はそう言った。背後に金剛と大淀が左右に控えている。

 

飛行場姫「私もこのような形で貴官と会うとは思わなかった。私が武人としての本懐を全う出来ていたならば、私は貴官ではなく、貴官の死体と対面した筈だ。貴官と言う良い敵手と巡り合い、何度も矛を交えた事だけで、私の生は良きものと言えるだろう。」

 

飛行場姫の隣には、2人の姫級と、副官兼護衛艦隊旗艦のへ級Flagship「ホノルル」が控えている。

 

提督「光栄の極み。さて、立ち話では悪い、昼食は終わってしまったが、故に食堂の方が空いている。そちらで今回の件が奈辺(なへん)に事情がおありか、そこも含めゆっくりとお話を伺いたい。」

 

飛行場姫「急な申し出にも拘らず歓迎して頂けることを感謝する。」

 

提督「この位はもう慣れている。ではこちらへ。」

 

飛行場姫らを案内し、直人は大食堂に向かったのであった。

 

 

14時25分 食堂棟1F・大食堂

 

 厨房からカウンターを通じて空間の繋がっている大食堂は、昼食後と言う事もあって食後の余韻を漂わせていた。

彼自身は食後であり腹は満たされていたものの、お客人の事も考えるとそうも言えず、軽い軽食を作って差し上げるよう、水曜日(この日)担当の瑞鳳に申し伝えると自らも会席の席に着く。

 因みに水曜日の厨房担当は以前は祥鳳だったのだが、瑞鳳着任後しばらくしてその役割を瑞鳳に代わっている。

ただその瑞鳳はと言うと・・・

 

瑞鳳「今から作るのかぁ・・・超過勤務手当、頂きますからね?」

 

提督「お、おう・・・なんなりと。」

 

瑞鳳「―――。」

 

ちょっとした無茶振りに不機嫌そうであった。

 

瑞鳳「・・・あとで思いっきりハグして、それで許してあ・げ・りゅ♪」

 

提督「―――分かった。」

 

と答えながら「可愛すぎか!」と思ったのは直人の胸中に秘めたる所であった。尤も女の子らしく即物的な要求をしなかったところに、瑞鳳にも容易ならざる心中がある事は容易に想像は付くだろう。当の彼は気付いていないものの。

 

 

提督「さて、少々御待たせして申し訳ない。今軽食の方を用意させているが、その前に、貴官らの亡命の理由を、お聞かせ願いたい。」

 

飛行場姫「―――そうだろうな。少々妙な言い方になるが、我々をして、今日の状況に至らしめたのは貴官だ、紀伊提督。貴官らの艦隊が、我々に対して勝利を得る度に、私は中央から度の越えた恫喝を受けるようになった。

そして先日の敗戦でいよいよ、進退に窮し、そこで一計を案じた訳だ。その結果が、今私に付いて来てくれた大艦隊と言う事になる。」

 

提督「ほう・・・。」

 

駆逐棲姫(ギアリング)「私も、お誘いを受けた時は驚きましたが、(わたくし)どもの立場がそれ程危うきものであると言う事は、十分承知していた事でしたから。私の友人が、共に来てくれなかったのが残念です。」

 

南方棲戦姫(ノースカロライナ)「・・・一度貴官に敗れた事もある身を預ける事は、憤然やるかたない所ではあるが、それ以上に同族に手をかけられるような不名誉な死に方はしたくはないからな。」

 

飛行場姫が粛然と、駆逐棲姫が思い致すように、そして南方棲戦姫が半ば傲然とそう言い放ったのを彼は黙って聞いていた。

 

飛行場姫「深海棲艦隊太平洋艦隊の一翼を担った、南西太平洋方面艦隊残存兵力のほぼ全軍だ。貴官らによって打ち減らされたとはいえ、未だ十分な力は残してあった訳だ。34万7208隻、手土産としてお取次ぎ願えるだろうか?」

 

提督「勿論、その御意向は謹んで、講和派深海棲艦隊司令部にお伝えしよう。先方にとっては決して悪くはない筈だ、第一次SN作戦で赫々(かくかく)たる戦果を挙げた貴官らが戦列に加わるのだから。」

 

飛行場姫「・・・貴官にそう言われると、恐縮の至りだな。」

 

提督「あれは我々人類軍にも失敗の責任は大きい。戦略的に貴官らが勝ったのだから、戦術的に勝ったのは当然だ。」

 

飛行場姫「・・・懐かしいな。あの時、人類軍の全面壊走を防いだのは、貴官自身だったな。」

 

提督「仲間達がいてこそのことだ。」

 

飛行場姫「―――貴官は良い上司と、良い部下をお持ちの様だ、羨ましい限りだ。」

 

提督「上司は兎も角としても、貴官も良い部下をお持ちだ。これだけの軍勢を仕立ててここまで来るのにも、苦労は大きかっただろうに。」

 

飛行場姫「奴らの掌の内で死ぬのを拒んだだけの事だ、何の事も無い。それに、ただ逃げるだけでは芸も無いからな。」

 

提督「・・・そうか―――」

 

 会談はそれから10分少々で終了した。瑞鳳の軽食が運ばれて来たと言う事もあるが、そもそもが30万を超す深海棲艦の処置をしなくてはならなかったからだ。

亡命の受理と合流については、グァムからの迅速な処理による返答により裁可された旨返信が来た為、膨大な数の艦艇は一路グァムに向け南下を始めようとしていた。先行して数百隻が先に向かい、その後順次に向かうとの事であった。

 

 

一方で、その処理に追われている只中、飛行場姫が二度目の来訪に司令部を訪れた。

 

8月20日15時29分 司令部前ドック

 

提督(アフタヌーンティーが・・・)

 

直人はこの時金剛にお茶に呼ばれていたのだが、それを少し先送りしてこちらへ先に来たのだ。お客人の方が大切なのは確かに道理である。

 

提督「あっ、これは飛行場姫殿。」

 

ドックから上がって来た所の飛行場姫を、駆けつけて来た直人が見つけて声をかける。

 

飛行場姫「・・・昨日から思っていたが、その呼び方はもうよしてくれ。ロフトンでいい。」

 

提督「分かった。ではロフトン、ご用件の程は?」

 

飛行場姫「貴官に、紹介したい部下が3人いる。」

 

提督「ほう・・・?」

 

飛行場姫がそう言うと、下に向かって何やら手招きをする。

 

提督「―――!」

 

それに応じて出て来た3人いずれもに、彼は目を見張った。それはただ美人だったからとかそんな理由からではなく、途轍もない力の持ち主だと見抜いたからである。

 

飛行場姫「私の元に配置されていた、艦艇では最大の戦力だ。左から、播磨(はりま)、駿河《するが》、近江《おうみ》だ。」

 

 紹介された順に、播磨の容姿は175cmの直人より少し背が高く、顔の輪郭は卵型、黒髪で短めのおさげが一つ、黒い瞳の目つきも柔和と言う表現が正しく思われ、唇も引き締まっているが線が少し太い。鼻立ちも控えめで、スタイルもいい。服装もハイカラ系の和装(駆逐古姫をイメージすれば分かりやすいか)である。深海らしくモノクロなのが惜しまれる程だったが。

 駿河はその播磨と格好は同じだが背が直人より逆に若干低く、こちらはグレーの髪をセミロングヘアーにしており、播磨よりもシャープな顔立ちに、少しとがり気味に強調された鼻立ちと、磨き上げられたような輝きを持つ、好戦的な色を漂わせる薄氷色(アイスブルー)の瞳と目つき、キリリと吊り上がる眉が印象に残る。体格もスタイルの良さが印象的な播磨より出る所が出ている。

 近江はこの二人とは趣を異にする、と言えるほど背が低く、実測する所160cmほどだと言う。(後の話である)

二人と比べて小顔であり、顔立ちとしては駿河と播磨の中間、輪郭にシャープさを見せながら所々に丸みを帯びていて、髪はダークパープルのツインテール。透き通るような翡翠(ヒスイ)色の瞳は、クリっとした目つきに囲まれて快活そうな雰囲気を醸し出していた。鼻立ちはそれほど目立つでもなく、口元も厚みはそこそこだが線は細い。それなりに引き締まった顔立ちに、元気そうな微笑みを浮かべ、体つきは駿河に負けず劣らず強調する所である。

 

提督「3人とも、超兵器級と言う・・・?」

 

飛行場姫「それもオリジナルだ、紀伊提督。」

 

提督「―――!」

 

彼はいつかに語った事もある。播磨のオリジナルと会ってみたいと。その希望が期せずして叶えられた訳である。

 

播磨「お初にお目にかかります、提督。深海でも武名誇り高い貴殿にお会い出来て光栄です。」

 

提督「こちらこそ、燦然と光り輝く伝説に身を包んだ、貴方に出会えて光栄です。」

 

駿河「播磨型戦艦2番艦、駿河だ、宜しくな。」

 

提督「うん、宜しくお願いする。」

 

近江「近江型航空戦艦、近江です! 宜しく!」

 

提督「こちらこそ、これから仲間同士だ、宜しく。」

 

そう言ってどちらからともなく順に握手を交わす四人。

 

飛行場姫「昨日グァムから来た担当の将校から防空棲姫の話を聞いてな、それで慌ててきた次第だ。なんでも、防空棲姫を独立部隊として貴官が運用するとからしいな。」

 

提督「えぇ、よくご存じで。」

 

諦めたと言う体で直人は言った。

 

飛行場姫「良ければ、防空棲姫傘下に編入して使ってやって貰えないか? 一応その話をする旨先方にも伝えてあるのだが、私から貴官に出来るのは、後は防空棲姫(あきづき)隊に補給を提供する位になるだろう。」

 

提督「―――では!」

 

飛行場姫「そう、私がテニアンに展開して、貴官の指揮する深海棲艦独立部隊の補給全般と、私の旧部下の半数を預かる事になった。駆逐棲姫や南方棲戦姫などが私の麾下に残る事になる。」

 

提督「つまり引き連れてきた姫級の部隊は全部か。」

 

飛行場姫「そうだ、全戦力を再編し、姫級各艦隊に割り当てた半数をテニアンに、あぶれた半数はアルウス殿にお預けする事になる。」

 

提督「心強い事だ。そう言う事であれば、その方向で、我々としても進めさせて頂く事にする。お心遣い、感謝する。」

 

飛行場姫「―――これまでは、私もアルケオプテリクスを運用してまで貴官を追い詰めた敵同士であった。だがこれからは戦友同士、共に戦う盟友として、協力し合いたく思う。それで以って、貴官らへの詫びにさせて欲しい。」

 

提督「ありがたい事だ、お互い胸襟(きょうきん)を開いた仲で行こう。その方が気兼ねが無くていい。」

 

飛行場姫「そうするとしよう。では用件は済んだ、私達は退散しよう。貴官のやりように納得出来ない艦娘共の視線が痛いのでな。」

 

提督「―――すまないな、後で言い聞かせておく。」

 

飛行場姫「貴官も気苦労が絶えんな。では、失礼する。行こうか。」

 

 そう言ってロフトンが身を翻すと、3人の超兵器級も礼儀正しく一礼してから、彼女の後に続いて身を翻すのだった。

 直人はすぐさま金剛の元に行こうとはしたが思い直し、その途中で通信室に籠る大淀の所へ事情を説明した上で、グァムに対する打診の件について指示を与えると、さっさと身を翻して通信室を出たのである。

彼としても、給料分の仕事はしたと言い張りたい所であったのも確かではあったが。

 

 一方講和派深海棲艦隊とのスムーズなやり取りとは対照的に、三笠の一件はことが大きくなり始めていた。横鎮に預けたこの問題は、相手が相手だけに軍令部の一部に波及し、中々その日も消える気配を見せない。

 そんな中8月31日になり、講和派深海棲艦隊テニアン基地の開設と、横鎮()()()()(表向きは()()()()サイパン分遣隊の)麾下に深海独立部隊を配する事が公式に決定した。

しかもこれが辞令と言う形ではなく作戦都合上の「命令」と言う事もあり、大本営も流石に口を差し挟む事は出来なかった。無論詭弁に類する事ではあるが、明文化されていない以上、遺憾の意を反対的見解として述べる以上の事は出来なかった。

 

 この独立部隊と言うのが中々の曲者であり、総兵力こそたったの6隻と、深海棲艦としては余りにも少なすぎるのではないかと言う数だが、その実とんでもない陣容を誇っていたのだ。

即ち旗艦の座に座ったのは防空棲姫(あきづき)で、その副官にサモア艦隊時代から引き続き戦艦棲姫(ルイジアナ)、麾下にもう1隻の戦艦棲姫であるミシガンと、新たに播磨、駿河、近江と言う3隻の超兵器級深海棲艦を加え、それら3隻の幕僚のみと言う少数部隊で構成された、強力極まる水上打撃群だったのである。

 これは現在所謂“あきづき機動部隊”と言う名称で呼ばれる部隊であり、横鎮近衛艦隊からは司令部直隷の「横鎮近衛艦隊特別任務群(スペシャル・タスクフォース)」と呼ばれていた部隊である。

この呼称については出典は提督である紀伊直人氏自身からで、曰く「()()として、()()として我が艦隊に来ているのだから、この呼び方にした。それ以上でもそれ以下でもない。」と言う。

 何はともあれ、直人は防空棲姫の希望に沿い、更にそこへ来た飛行場姫の好意と掛け合わせて、かつてない戦力の『小部隊』を築き上げて見せた事になる。

 

 こうして状況は一歩前進し、8月もいよいよ終わりを告げる。彼としてはこの年の8月は「忙しい」1か月間として記憶に留まっているらしく、比較的子細に思い起こす事が出来たそうである。

彼はこの1ヵ月で強力な戦力を麾下に収め、敵棲地を攻略し、新たな仲間を加えて、様々な工作に骨を折った。それは間違えようのない事実と言う事もあって、無為な日々を送らずに済んだという充実感もあり、実りのある珍しい日々だったと述懐する。

 第二次SN作戦も8月29日には無事完了し、中部ソロモン地域の基地化を大幅に進捗させる事に成功し、コロンバンガラ島やニュージョージア島を始めとする前進基地を手中に収める事が出来た。

 翻って深海側では、南西太平洋方面に於ける防衛線力が一挙にほぼ消滅した事から緊急で戦力再編に迫られる結果となり、差し当たっては唯一残った南方棲姫(ワシントン)の水上打撃部隊を中核として戦力の再構築に入る事になる。

しかし空いた穴は余りに大きく、この地域における劣勢は否定しがたいものと言わざるを得なかった。ラバウル基地側でもこの機を利用するのに奔走している状況でもある。

 

 歴史はいよいよ加速しているかに見える。深海の人心は分裂をきたし、人類軍にとって大きなチャンスが訪れようとしている。その一方で横鎮近衛艦隊のみが、何の故あって惰眠を貪れるものかとばかりに、彼らをも巻き込んだ勢力争いは、加速の一途を強めようとしていた。

翻って見るならば、この年の8月とはそのささやかな始まりに過ぎなかったのである。この先に待ち受ける栄光と受難と苦闘の日々を、彼らはまだ、知る由もないのである。

 

 

――第三部~激動編~ 完――

*1
一応発足時から使っている「モニター投影機」とか「ホログラム端末」と言われていたものの正式名称




艦娘ファイルNo.142

改千早型給油艦 速吸

装備1:洋上補給
装備2:瑞雲

艦隊給油艦(タンカー)として建造された特務艦の1隻。
特に特異点らしきものも無く、至って平凡で戦闘に不向きな艦娘である。


艦娘ファイルNo.143

秋月型駆逐艦 照月

装備1:10cm高角砲+高射装置
装備2:61cm四連装(酸素)魚雷
装備3:23mm連装機銃

秋月に続いて就役した2隻目の防空駆逐艦。
姉の秋月は対爆撃機射撃が得意だったが、果たして・・・?


艦娘ファイルNo.144

夕雲型駆逐艦 朝霜

装備1:12.7cm連装砲
装備2:九三式水中聴音機

夕雲型のエース(自称)で知られる駆逐艦娘。
特異点は表面上無いように見えるが・・・。


艦娘ファイルNo.145

(改)白露型駆逐艦 江風改二

装備1:12.7cm連装砲B型改二
装備2:61cm四連装(酸素)魚雷
装備3:33号対水上電探

久しぶりに来た特異点持ちの駆逐艦。
直人も見慣れない艦娘であった為に改二だと告げられてもそれほど興味を抱く風でもなかったが、ある時を境にその認識を改める事になる。


艦娘ファイルNo.146

瑞穂型水上機母艦 瑞穂

装備1:12.7cm連装高角砲
装備2:零式水上観測機

艦隊にやってきた4隻目の水上機母艦。
こちらも特異点は持ち合わせていないが、航空戦力はある程度運用する事が出来るのも、
千歳型と大差ない。
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