異聞 艦隊これくしょん~艦これ~ 横鎮近衛艦隊奮戦録   作:フリードリヒ提督

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新年のお慶びを申し上げます、どうも天の声です。

青葉「もう何日だと思ってやがりますか!! 青葉ですっ!」
(初版投稿日:2019/01/24 07:59)

あかり「切り替え早いですね・・・紲星あかりです。」

無事ですね、我が艦隊も19冬イベの完全攻略に成功致しまして。

青葉「全甲攻略、おめでとうございます!」

いやーありがと。久しぶりに甲勲章取れたから俺も嬉しくってねぇ。ついでに枠も空いたのでこの際既存艦の大幅な戦列復帰を実施してます。

青葉「提督~、わた」

ないです。

青葉「そうおっしゃらず」

ないです。

青葉「ちょっとだk」

ないです。

青葉「(´・ω・`)」

何がちょっとだけだ。改二引っ提げて出直しなさい。

青葉「改二が来たらいいんですね!?」

考えてやらん事もない。

青葉「よーく覚えておいてくださいね・・・?」

忘れるかもしれん。

青葉「そんなーっ!?」

((´∀`))ケラケラ

あかり(コロコロと忙しい人だなぁ~。)

 まぁ兎も角ですね、今年も一年、時折不定期になるかもと言う感じではありますが、艦これと共に、この小説も一意邁進(まいしん)して行きたい所存で御座います。
文才と呼べるものは去年中に恐らく使い果たしてしまっていますが、それでも日々是精進(ひびこれしょうじん)の気持ちで、やっていきたいと考えています。
ですので本年もどうかお見捨てなく、宜しくお願い申し上げます。

それでは第四部、そして2019年最初の章です。長い目でお楽しみ下さい。

全員「「始まります!」」


第四部~勇躍編~
第4部1章~絶体絶命(ピンチ)の一航戦! ベーリング海を脱出せよ!~


―――第二次SN作戦が終わり、横鎮近衛艦隊はサイパンへ帰着した。

鈴谷の修理は明石算定で再び1ヵ月以上を要する大工事となり、その間新たな出撃は差し止めとなった。

 

 第2次SN作戦はその所期の作戦を成功させ、人類軍はニュージョージア島ムンダを含むニュージョージア諸島やブーゲンビル島ブイン、ショートランド諸島などに、基地の設営を成功していた。ブインとショートランド基地への設営は規模の増強と言う意味合いであり、この方面に於ける作戦遂行(すいこう)能力の向上へと繋がった。

そして更にそれを地歩としたサンタイザベル島の基地化は、ガタルカナル方面(ガ島)への作戦遂行に当たっては同島を指呼の間に臨むと言う点で戦略的に重要な意味合いを持たせるに至り、以後この島を巡って死闘が繰り広げられることとなる。

 しかし肝腎のガ島への上陸と基地化は、僅かな間隙をすぐさま塞がれてしまった事により失敗に終わり、サンタイザベル島の基地化の成功とこの失敗が、死闘の引き金を否応なく引かせる結果を生み、東京急行(トーキョーエクスプレス)が、サンタイザベル行きとしてこの海域で再開される要因になったことは、その後の戦局推移に大きなマイナスを齎した事は自ずから明らかだった。

この戦域を預かる佐野海将補もそれを把握していたが、当座は現在の戦線を維持し、敵が消耗するのを待つ方策に方針を速やかに転換させると、サンタイザベル方面にラバウル基地艦隊の一部を割いて展開させ、ブイン、ショートランドは前進警戒態勢をサンタイザベル方面に取らせる事で堅守の構えを取らせたのである。

 

 この一連の動きを後方から見ていた直人はと言えば、鈴谷と麾下(きか)艦艇の修理を急がせると共に、作戦前から引き続いて戦備の拡充、主に航空戦力の拡充を急ぐと共に、より合理的戦備と成す為に、より少数へ絞りつつ戦力を拡大させると言う、量より質への転換を図り始めていた。その過程に於いて、雑多な口径の火砲を寄せ集めて配置していた沿岸砲台が砲の口径をいくつかに統一される事になり、12.7cm/20.3cm/35.6cmの3種類の連装砲が艦娘用の在庫から転用され、砲塔ごと沿岸に設置される運びとなった。

 当然これに伴って、それまで設置されていた12cmや14cm、15.5cmなどと言った口径の火砲は全て取り払われ、これによって弾薬補給にかかる手間とコストを一気に削減する事が出来る訳である。高射砲台もその例外たることは出来ず、艦娘用としては在庫余剰として穴埋めに配備されていた8cmや12cmの高角砲(いずれも単装)が高射砲台から撤去、後継に三式十二(センチ)高射砲の配備を進めると同時に、これも在庫余剰で配備されていた八九式十二糎七連装高角砲が、後継機種である試製一式十二糎七連装高角砲へと更新され始め、これにより高射砲台の防空能力向上を図りつつ、配備門数と補給コストの削減を狙っていた。

 なお余談として、配備の進んだ高射砲である三式十二糎高射砲と試製一式十二糎七連装高角砲はいずれも八九式十二糎七連装高角砲をベースとしていたものである。

 

 装備品の更新に意を用いているのは照空(しょうくう)砲台(文字通り“空”を“照”らす砲台)も同じ事であり、探照灯が戦艦用の大型、150cm探照灯に一部が更新され、夜間空襲への対応能力を向上、陸上対空レーダーも13号対空電探が主軸であったところを、元々対空見張用であった13号が射撃管制から外れ、代わりに四号電波探信儀ニ型(所謂42号電探)が配備を開始した。これにより夜間空襲であったとしてもレーダー管制射撃によって命中率向上を期すると言う、直人の強い意気込みが表れていた。

 

※付け加えておくが、42号電探は間違っても艦載用ではないので注意、本来の用途は陸上対空射撃用電探である。

 

 そんなこんなで、装備製造に配備、新しい兵站体制の整頓などに奔走する日々を送る直人ら横鎮近衛艦隊も、9月中旬頃には何とか出師(しゅっし)(出兵)準備を再び整えつつあった。ネックである鈴谷も、直人の再三の突貫工事の要請により驚くべきペースで修理が進捗、9月17日には一部武装の欠損以外はどうにか形となっていた。

当たり前だがその間にも状況は推移するものである。

 

 

9月18日8時04分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「うーん・・・やはり50口径の高角砲(※試製一式のこと)、艦載出来ないのかなぁ・・・?」

 

大淀「明石さんの方に要望は出しておきましたけど・・・しばらく検討してみる、と言う事でした。」

 

提督「しゃーねーな、暫くは地上に置くか。」

 

「・・・提督、一つ宜しいですか?」

 

提督「何かな?」

 

「余りに熱心で御聞きするのを(はばか)っていたんですが、サイパン島を要塞化するのに、何の意味が・・・?」

 

提督「―――君は、それを知ってどうする気なのかな?」

 

冷然とそう云い放つ直人に、質問の主は特に臆した風もなく告げる。

 

「いえ、私はこちらの実情を本国にお伝えするのが仕事ですが、ただ、疑問に思ったので・・・。」

 

提督「―――。」

 

それを聞いて直人は少し沈黙したが、やがて口を開いてこう述べた。

 

提督「俺に言わせれば、他の提督共が不用心に過ぎると言いたい所なんだがね。」

 

「と、仰いますと?」

 

提督「艦娘が居なければ身も守れんような我々だ。ならば相応の、艦娘が居ない、あるいは少ない時の備えはすべきだろう。ましてやここサイパンが、内南洋の要石と来ていてはな。」

 

「それはその通りだと思いますが、艦娘が居なくなることなんて―――」

 

提督「あるよ、我が艦隊ではね。少なくとも、ほぼ全員出払う事になるんだから当然だ。俺も含めて。」

 

「提督も・・・?」

 

提督「そうとも。鏑木(かぶらぎ)君はここに来たばかりだから知らんだろうがね、司令部に前に停泊している船は私のだよ?」

 

「あの巡洋艦が、ですか・・・!?」

 

提督「そうさ。我が艦隊の母船と言って置くべきだろうね。よく覚えておくといい。これが我々、横鎮近衛艦隊の在り方だ。我が艦隊は私も含め全員で戦う艦隊だ。なぁ大淀?」

 

大淀「その通りです。私達の提督は、敵に胸を見せ、味方に背を向けたもうお人ですから。だからこそ、色んな方がいるこの艦隊は、提督にその信頼を寄せ、一丸となって敵に向かっていけるんです。」

 

「・・・そうですか。」

 

大淀の言葉に感銘を受けた感じもなくただ淡々と、その人物は答える。

 

提督「―――いずれ、君も肌で感じる時が来るだろう。」

 

「そうでしょうね。私も、貴方の部下ですから―――。」

 

提督「おうとも。こき使ってやるから覚悟しとけ~?」

 

「望む所です。」

 

提督「頼もしい事だ。大淀、この書類終わった。」

 

大淀「分かりました。鏑木さん、この書類の転電、お願いします。」

 

「分かりました。」

 

颯爽と去るその後姿を見送る3人。

 

金剛「・・・頼もしい人ネー。」

 

提督「まぁ、そうさな。」

 

何か含ませるかのように返事した直人である。

 

 

―――彼女の名は「鏑木(かぶらぎ) 音羽(おとわ)」。

 艶やかな黒髪をセミロングにし、透き通ったダークグレーの瞳は、どちらかと言うとダークブルーのスピネルのような輝きを持つ。卵型に近い楕円形のフェイスラインに大きく見開かれた二重(まぶた)で配置されたその双眸(そうぼう)は、真一文字に結ばれている事の多いその表情と相まって、見る者に深い印象を与える。眉と鼻立ちはそれほど主張するでもなく、総じて美人と呼んで差し支えない。

体つきも容姿端麗と評せる美しい曲線を描いており、背丈は直人にほぼ並ぶ174.2cm、スリーサイズはB81(C)/W65/H73と履歴書に記載がある。それを空自軍の白い半袖の制服に袖を通しているため、スマートな印象を与えていた。

 肩の階級章を見ると三等空佐のそれであるが、驚くべき事に、この女性士官は弱冠(じゃっかん)まだ21歳でしかないのである。一方の直人がこの年24歳である事を考えると年の差3つ下で早くも士官と言う、異例の出世を()げている人物である。尤も、直人自身は22歳の時に若くして「元帥閣下」と呼ばれる身分であったのだが。

そんなキャリアウーマンがなぜここにいるのか。そこには横鎮近衛艦隊にまつわる中央との問題があった―――。

 

 横鎮近衛艦隊は大本営直属であるにも拘らず中央からは隔絶(かくぜつ)した存在であり、その原因は彼らがサイパンに駐留している事にあった。そのため情報伝達に遅れが生じたりする事などから大本営側が横鎮近衛艦隊の動向を把握していない事が往々としてあり、問い合わせの電文も行き来に数日かかる為、せっかくの現況報告も過去のものとなっている例が相応にあったのである。

この為大本営としては、中央から派遣武官を送る必要があると考えた。と言うのも、横鎮近衛艦隊の第二次SN作戦に於ける行動が、現場指揮官の判断によるものであったとしても大本営が把握したのが少々遅きに失したと言う事もあって、相互連絡の強化を必要とした大本営―――軍令部総長山本(やまもと) 義隆(よしたか) 海幕長(かいばくちょう)(=海上幕僚長の事)の命により、「横鎮防備艦隊付駐在武官」の肩書を帯びて9月2日にサイパンに赴いていたのである。

 

 但し、横鎮近衛艦隊は極秘の存在たる故に、只者である人選をする訳にはいかない。しかしそこには、永納(ながの)前総長が発令していた人事として、「横須賀鎮守府後方支援科勤務」の彼女の存在があった。

本来であれば空自軍の指揮系統であるはずの彼女がそんなところにいるのか、それは然るべき時に語ることにする。

 

 

大淀「―――提督は彼女に、何か含む所がおありだとお考えですか?」

 

提督「そんな事は無い。ただ―――」

 

大淀「ただ・・・?」

 

提督「“悪い前例”もある。警戒するにしくは無いと思ってな。」

 

大淀「そうですね・・・。」

 

 直人が付き合いの浅い人物に心を開くと言う事はまずない。人間としては当然の心理ではあるが、彼もそういった心理はしっかりと持ち合わせているのであった。

ただ今回の人選が、山本海幕長と土方(ひじかた)海将、更に随員として付けられていた大迫(おおさこ)一佐(いっさ)と言う、彼の頭の上げられない3人からの推薦によるものであった事もあり、どこか食えない所があるかもしれないと邪推さえしていたのであった。まぁそれなりにそう言う節も今まであっただけに(いぶか)しむのは当然だったが。

 

提督「またいずれ、司令部案内せんとな。」

 

大淀「まだなさっていませんでしたね、そういえば。」

 

音羽「その事ですが、司令部の施設はあらかた拝見させて頂きました。後はあの巡洋艦だけです。」

 

提督「戻って来るの早いな!?」ガタッ

 

音羽「それ程の量ではありませんでしたので。」

 

提督(10部くらいあったと思うんだが・・・。)

 

音羽「で、私にあの船を案内して頂けるんですか?」

 

提督「鏑木君もいずれ()()()()()事になるだろうしな、母艦である鈴谷の内部を把握して置くに越した事はなかろ。」

 

音羽「それは確かに、どの様な設備があるかと言う事については把握して置いた方が後の為ですし。」

 

提督「その通りだ。だが差し当たっては執務をこなさんとね。」

 

そう言って再び目の前の書類と格闘を始める直人。様々な事を並行して進めているだけに、処理しなければならない事案の量も多いのである。

 

 

さて、状況の変化はまだ存在する。一つは艦隊に、一つは深海側から発せられたものである。

 

 まず艦隊側では、9月7日に戦艦三笠の横鎮近衛艦隊への正式配備が決定したのである。

元より存在が確認されていなかったことと、その存在を隠す事、極秘の筈の横鎮近衛艦隊の存在を知ってしまっている事などもあり、横鎮近衛艦隊への配属希望が受理された形になる。

既に艦隊へは9月13日に着任を済ませており、次の作戦から参加可能と言った状態になっている。

 

 次いで深海側から(もたら)されたのは、驚くに値する情報であった。シンガポール棲地(せいち)が、単独でリンガ泊地に対して停戦を申し入れてきたのである。

シンガポール棲地はリンガ泊地と目と鼻の先にあり、棲地としては小規模だが驚くべき密度で要塞化された陣地を持ち合わせている、堅固な港湾要塞と化していた。

このため当初からリンガ泊地の目の上の(コブ)と言った風情で見られていたが、マラッカ海峡や南シナ海の制海権が、ブルネイとリンガ泊地の艦隊によって完全に掌握されてからは、外部から孤立した孤軍として包囲され続けている状態にあった。

 停戦の申し入れがあったのは9月1日であり、包囲下にありながらも飛行場姫が徒党を組んで講和派の軍門に下ったことが彼らに伝わった事、それが最大の要因であった。

9月3日、2054年度開始と同時に開設された南西方面艦隊司令部(在:リンガ)にて、同艦隊司令官を兼ねるリンガ泊地司令官、北村(きむら)海将補と、シンガポール棲地の代表者たる、戦艦夏姫(かき)「ウォースパイト」の間で会見と交渉の席がもたれ、9月6日に全面的に合意、9月10日に『人類軍と深海棲艦隊東洋艦隊との間における休戦協定』が発効するに至る。

 

 その席上ウォースパイトは、「休戦協定によって、深海から(くら)替えした訳ではない」と言う事を明確に指し示しつつ、深海側の立場として「その地上に居留地を得られるならば、その手段に制限はない筈である」と言う、深海側の通論でもある建前を明かし、その原則に従って行動したまでであるとこの行動を説明した。

そして休戦協定の内容は

『1.シンガポール棲地を()()する事、但し地上施設群についてはその保持を認める』

『2.その見返りとして深海棲艦隊東洋艦隊は、シンガポール島に加え、インドネシア共和国リアウ諸島州南部に属する、シンガポール島周辺の諸島群にその居留を認め、また海域の自由通行権を人類軍に対し認める事』

『3.休戦協定の履行を逐次(ちくじ)確認するため、海域警備をリンガ泊地艦隊によりこれを行う』

『4.深海棲艦隊東洋艦隊は、その悪意無き所を全面的且つ最終的に確認し、深海・人類双方に対する如何なる利害にも関与しない』

『4-1.本協定第4条に基づき、深海棲艦隊東洋艦隊は、両陣営の如何なる軍事行動にも加担しない』

『5.本協定が履行(りこう)されている事が確認される限り、リンガ泊地を通じ、一定の外交及び、周辺諸地域との交易はこれを認め、その交易についてリンガ及びブルネイ泊地艦隊は、その護衛に全責任を負う』

『6.本協定発効と同時に、深海棲艦隊東洋艦隊はその完全かつ公正なる中立たる事を全面的に認め、公的な形による一切の軍事行動は双方共にこれを全面的に禁ずるものとする』

 

 と言う、6条文1項目にて最終合意に達した。

この内容は棲地の解体と完全な中立化とを引き換えに、居留地を持つ事とその範囲を取り決めた上で、他勢力への軍事支援を改めて禁じる代わり、一定の範囲に限る外交権と、周辺地域に対する交易も含めた内政自治権を認め、かつ保証するものであった。

そして更に、協定に付属する条項として次のような項目が加えられた。

 

『1.深海棲艦隊東洋艦隊は、他勢力に対し、如何なる軍事的協力はこれを行わない事を確認する』

『2.深海棲艦隊東洋艦隊は、その保有する艦隊、船舶、居留地に対し、何らかの軍事行動が加えられた、若しくは行われつつあることが確認された場合、直ちにその当該敵性部隊に対する反撃を行う事を認める』

『2-1.第2条に関する攻撃可能な対象は、あくまでも当該敵性部隊のみであり、その策源地に対する攻撃はこれを禁ずる』

『3.第2条を履行する為、人類軍に対しIFF(敵味方識別装置)にシグナルを登録し、また人類軍のIFF情報を共有する』

 

 この付属条項が示すところは、協定に於いて定められた諸勢力に対する軍事協力を行わない事を再確認した上で、シンガポール方面への攻撃に対する個別的自衛権を認め、更にその行使に当たっては先制攻撃をも認めるものであった。

また別途定めるところでは、シンガポールへの亡命深海棲艦もこの受け入れを認めており、講和派深海棲艦隊とは別口とはいえ、平和を望む勢力が、その受け入れ先を確保した事にも繋がったのである。

協定発効日である9月10日に、発効を宣言する声明がシンガポール・セレター軍港にて発表され、その際に「我が艦隊は()()()()を希求するにあらず、()()()()()を望むものであり、これを害さんと企む輩は、これを全面的に排するものである」と、その言葉通り力強く宣言して見せたのである。

 結果として、シンガポールと周辺諸島は完全な中立地帯となり、周辺海域に展開していた包囲艦隊は必要が無くなったのである。これによって、西方への戦略的自由度は格段に上がったと言ってよく、間違いなく有利な要素と考えられるものであって、両陣営とも満足のいく形で協定を締結できた事もあり、南シナ海はまず平和な海となったと大見得を切れるようになったのである。

 

 直人はこの速報が来た時さほど驚く風ではなかったがそれでも、北方棲姫のような者が一人や二人ではなかったのだと言う事については流石に驚きを隠せない様子であったと大淀は述懐する。

ともあれ2054年の8月から9月にかけての期間は、その勢力図に大きな変化は無かったものの、総じて見れば戦略的要件が大幅に変わった期間であった事は間違いない事実であった。

 そしてそんな新たな風が吹く中で、新たな作戦の指令が下る日もまた、刻々と直人の身に迫りつつあったのである。

 

 

9月19日16時13分 司令部前ドック・重巡鈴谷艦首部中甲板

 

提督「―――さてと、ここはまぁ別に知る必要のない場所ではあるがね。主に私以外には明石と夕張しか立ち入らん場所でもある。」

 

音羽「はぁ。」

 

そういうと案内役の直人は通路の行き止まりに厳重にロックされた鉄扉を引く。この日直人は前日の発言を実行に移した訳である。

 

 

ゴゴン・・・

 

 

提督「この扉はいつも思うが重いな。装甲を兼ねてるし止むを得んが。」

 

音羽「これは・・・。」

 

提督「君なら知っている筈だ。“7年前の出来事”をね。」

 

音羽「―――秘匿名、『曙計画』。他人の空似とずっと思っていましたが―――そうですか、やはり貴方が・・・。」

 

提督「そうだよ? いやー、着任した時から名も聞いて来ないんだから焦った焦った。」

 

そう直人はお手上げと言うように手を上げてみせる。実は直人も名乗っていなかったのである。

 

音羽「私は石川好弘少将の麾下に配属になる、と言う風にお伝え頂いていたので、名を聞く必要を認めなかっただけです。どうせ聞いても、“提督”とお呼びするのが筋でしたし、皆さんもあなたを肩書でしか呼びませんでしたから。」

 

提督「それはそうだがね。」

 

直人がこう答えたのにも理由があり、実は近衛艦隊内でも彼の本名を知る艦娘と言うのはほんの一握りなのである。しかも艦娘達も提督とか司令官とか呼ぶので、特に名前を教える必要性がなかった事は理由としてあるのだが。

 

音羽「しかし、これがなぜここに? この艤装は遺失扱いだった筈・・・。」

 

音羽は巨大艤装『紀伊』を見上げながら言う。

 

提督「これが、“俺が司令部を空ける”と言う言葉の本当の意味さ。提督をも戦力化して戦うのが、俺達()()()()の仕事だ。故にこの艤装も俺の半身たる以上、遺失と言う事にして、俺も死んだと言う事になってここにいる。」

 

音羽「極秘の、艦隊・・・。」

 

提督「おうとも。君の経歴も読ませて貰ったがね、成程あの3人が迂闊な人選をする筈はないな。俺の艤装が作られ、改装されたのと同じ三技研。あそこには今もこいつの改修工事も含めたデータが現存しているからな。」

 

音羽「そうだったのですか・・・。」

 

提督「知らなかったのか?」

 

音羽「はい、その様なものの存在は今初めて聞きました。」

 

提督「そりゃそうだ、本当なら“死人に口なし”と言う所、俺は生きてるんだからな。それらのデータも全ては最高軍機扱いだ。俺達が本当は生きてここにいる事も、その戦歴も全て。」

 

音羽「・・・。」

 

提督「当然お前にも働いて貰うぞ。我が艦隊は現状ただでさえ手が足りん、実戦経験もあるそうだが、それらの知識は艦娘としての戦闘では役に立たない事を肝に銘じて置け、“音羽”。」

 

音羽「―――やっと、その名で呼んで頂けました。」

 

提督「あぁ。やっと呼んでやった。」

 

音羽「・・・航空母艦音羽、提督の戦列に参加します。至らぬ点は御指導下さい。」

 

提督「横鎮近衛艦隊司令官、紀伊直人が貴官の身柄を預かる。俺の為にその力を振るえ。」

 

音羽「Aye(アイ) aye(アイ) sir(サー)my(マイ) admiral(アドミラル).(かしこまりました、我が提督。)」

 

 この時の二人にとって、これが直人の下した、実に最初の命令となったのは言うまでもない事実だった。そしてそれは、その終わりの時まで続く事になる。

鏑木 音羽 三等空佐が持つ、もう一つの名。それは―――雲龍型航空母艦「音羽」。

 

 元々鏑木 音羽は、空自軍のパイロット訓練教程を飛び級扱いで卒業した飛び抜けた才能を持つパイロットで、最終的に厚木をベースとする第7飛行隊の第4小隊長として、パイロットとしての経歴の全てを同隊のF-3Aと共に過ごした。

第7飛行隊配属が2050年、満年齢で17歳の時で、教練期間2年の訓練飛行隊に入ったのが16歳になる前の事である為、戦局逼迫の折とはいえ繰り上げられたパイロットも少なくない中で、これは異色の存在とも言える。

2052年1月に空幕(航空幕僚監部)防衛部に転属となるまでの2年弱の期間に挙げたスコア、実に単独78機、共同151機に渡る凄腕であり、パイロット名鑑にその名を記すれっきとしたエースパイロットである。

 さて、転属辞令を受けた後、その理由である三技研への出向辞令を受け、防衛部員の肩書をそのままに出向、そこで艤装適正があった事から、第2.5世代艦娘の研究に関与、その間に本人も2.5世代艦娘となり、艦娘艦隊に艦籍を置かざるを得なくなった―――と言うのが、大迫一佐の随員になれたそもそもの理由である。この為海自軍では二等海佐の待遇を受けている。

このため彼女自身は曙計画に関与していない。その時はまだ学生だった事もあるが、その為横鎮防備艦隊サイパン分遣隊への駐在武官と言う辞令の体裁が取られたのは当然で、そこで知り得た秘密は関係者以外の外部に漏らさない事、つまり箝口令も課せられている。この為誰が関係者かのリストも彼女は所持しているのである。

 

 

9月21日11時06分 中央棟2F廊下

 

提督「やっべやっべ、トイレついでに寄り道しちゃった。大淀に怒られる・・・。」

 

と、慌ただしく廊下を早歩きで進む直人。

 

 

ガチャッ―――

 

 

提督「・・・うん?」

 

執務室に入るや否や視界に飛び込んできたのは、外套を脱いだ三笠と、その三笠の外套を羽織る電の姿だった。2人は面談用のロングテーブルに向かい合って座っており、三笠が奥側である。

 

三笠「あら、戻ってきたの。机、借りてるわ。」

 

電「お邪魔しています、なのです。」

 

提督「え・・・これは?」

 

困惑の極み、助けを求めるように大淀へ視線をやって直人はそう言ったものである。

 

電「実は・・・」

 

 

~5分ほど前(※トイレに立つ前)~

 

電「雑品倉庫(※食堂棟裏手にある倉庫)にモップしまい忘れてたのですー!」

 

この日の前日、電は掃除当番だったのだが、その時使用したモップをうっかりしまい忘れていたのを、偶然通りがかった廊下で発見したのが事の始まりであった。

 

 

~4分ほど前(※ちょうどトイレに立ったくらい)~

 

電「ハッ、ハッ、ハッ・・・」

 

流石訓練しているだけあって洗練された足取りで走る電。ところが―――

 

三笠「―――!」

 

電「あっ―――!」

 

 

ドン(ビリッ)

 

 

電「あう・・・」

 

中央棟の影から出てきた三笠とぶつかってしまったのである。

 

三笠「大丈夫?」

 

電「あ、三笠さん、ごめんなさいなのです!」

 

三笠「私は大丈夫。それよりこれ・・・」

 

そう言って三笠が電に差し出したのは、制服のセーラーの下の方に付けていた、特Ⅲ型であることを示すⅢのバッジであった。

 

電「どこかに引っ掛けて・・・」

 

と言う電の目には、バッジの留め具にくっついた、布の切れ端が映っていた。

 

三笠「ここでは目立つか・・・ん、比叡!」

 

比叡「あ、はい三笠さん、なんでしょう?」

 

三笠「このモップを片付けてやってくれ。」

 

比叡「は、はぁ・・・。」

 

三笠「電、少し執務室にお邪魔させて貰おう。」

 

電「えっ!?」

 

三笠「別に悪い事をした訳ではないだろう?」

 

電「は、はいなのです・・・。」

 

そう言って電を連れ出した三笠なのである。

 

 

~10秒後~

 

提督「トイレトイレ~」

 

中央棟と食堂棟の間の通路を直人が駆けて行ったのは、その場から二人がいなくなってたった10秒たらずと言うニアミスであったのである。

 

 

~3分ほど前~

 

 

コンコン・・・

 

 

大淀「“どうぞ!”」

 

三笠「失礼する。」

 

大淀「三笠さんですか、どうされました?」

 

三笠「提督は?」

 

大淀「先程用足しに席を立たれました。」

 

三笠「ん―――そうか、まぁいい。そこの応接用の机を借りるぞ。」

 

大淀「は、はい。どうぞ・・・。」

 

三笠は行き違いに気付いたものの気には止めず、そして現在に至るのである。

 

 

提督「そういう事だったか。」

 

事の次第を聞いた直人は得心した。外套を電に着せていたのは、セーラーの下がシャツ1枚だったからであり、そのセーラーは今、三笠の手で繕われていたのであった。

 

提督「しかし三笠が裁縫を出来るなんてなぁ。」

 

三笠「それ程珍しい事ではないだろう?」

 

提督「え、それは・・・。」チラッ

 

三笠「・・・?」

 

大淀「―――何ですかその目は、私にも多少心得はあります。」

 

心外だ、と言いたげに大淀はいった。

 

提督「ごめん。あんまり想像つかなかったもんだから―――」

 

 

コンコン

 

 

提督「入れっ!」

 

切り替えのいい男である。

 

雷「失礼するわって、やっぱりここだったのね。」

 

提督「その様子だと、比叡に聞いてきたようだな。」

 

雷「提督も知ってるのね、何があったの?」

 

提督「実はカクカクシカジカでありまして。」

 

雷「そういう事なら私がいつでも繕ってあげたのに。」

 

提督「・・・できるんだ。」

 

雷「誰がこの艦隊の被服してると思ってる訳?」

 

提督「御見それしました。」

 

雷「分かれば宜しい。提督の制服もやってあげてるんだから。」

 

三笠「―――フフッ。提督と言えど、一駆逐艦娘に頭上がらじ、か。」

 

手を動かしながらそう言う三笠である。

 

提督「茶化さんでくれ三笠。」

 

三笠「何、裁縫用具を入れた小箱を日頃から持ち歩いている事の方が珍しかろう?」

 

提督「それは確かにそうかもしれないけども・・・。」

 

三笠「それに元はと言えば私も不注意が過ぎた。ここは私の顔も立ててくれないかしら?」

 

雷「・・・ありがとうございます。」

 

三笠「分かれば結構よ。さ、こんなところかしら。」

 

そう言って電に手渡されたセーラーは、見事と言う他無いほど元通りと言える出来栄えであった。

 

提督「すごい、縫い目と繋ぎ目が殆ど目立たない。達人だね。」

 

三笠「女としての嗜みも、極めれば一芸たりうる、と言う所かしらね。」

 

雷「はー、あのバカ姉に聞かせてあげたいわね。」

 

三笠「勿論、話しておやりなさいな。“レディ”への道は、そう易いものでなくてよ? では、失礼するわ。」

 

提督「お、おう。」

 

そういうと電から外套を受け取った三笠は、それを羽織った後執務室を後にしたのであった。

 

提督「・・・あれ、いい奥さんなれるで。」

 

雷「何の話よ!」

電「何の話なのですか!」

大淀「何の話ですか!」

 

提督「ハッハッハ。」((´∀`))ケラケラ

 

3人から総ツッコミを受けて笑う直人。和やかなひと時をこの時は過ごしていたものである。

 

 

その、夜の事である。と言うのは、彼が建造棟にある男風呂の脱衣所にいた時の事である。

 

 以前解説もしたが、この艦隊で男風呂は実質提督しか使わない為、女風呂(艦娘用ともいう)に対してその面積は4分の1程度に過ぎず、数人一緒に入れるかどうかと言う所、現実的には3人満足に入れる程度でしかない。

当然脱衣所もせいぜい10人分と言ったところで非常需要に応える為とはいえ不足に過ぎる。

 とは言うものの、こんな極秘の艦隊に来客など早々ある筈もなく、まして泊まりでいつく男客なんている訳もない。

そんな訳で改善も必要としていなかった訳だが、ここに来たばかりのハプニングの時、その湯気が充満したせいで金剛が見えなかった様に、そこそこ広いのは確かである。

それはさておくとしても、その日も一人お風呂タイムと洒落込むべく、直人がその男風呂の脱衣所に、着替えを携えて暖簾をくぐるのである。

 

 

20時37分 建造棟1F・男風呂脱衣所

 

提督「さぁて風呂風呂~♪」

 

慣れた様に自分の着替えをいつも決まって入れている籠に入れ、上着のボタンに手をかけ、2つまで外した―――その時だった。

 

「あの―――提督。」

 

提督「―――!?」

 

思いもよらないタイミングで声をかけられ心身共に硬直する直人。

 

提督「えっと・・・そこにいるのは、だ―――()()か?」

 

必死で頭を回転させてそう言うと、声の主は―――

 

音羽「えぇ、そうです・・・。」

 

いつもの凛とした感じはどこへやらと言う弱々しい調子で答えた。

 

提督「え、まって。ここ男風呂なのだが。」

 

音羽「えぇ、そうね・・・。」

 

直人に対する音羽の二度目の返答は、どちらかと言うと半分自分に向けられているようにも聞こえた。

 

提督「・・・え、どゆこと?」

 

音羽「えっ・・・?」

 

提督「・・・え?」

 

彼の前に姿を見せようとしない音羽だったが、それよりもこの状況の説明が欲しい直人である。と言う事で少し問い質すと事情はこうだった。

 

音羽「金剛さんが―――」

 

 

金剛「“この艦隊では1日ごとに持ち回りで、提督のお背中をお流しするネー。デ、今日は私のターンなのデスガー―――”」

 

 

音羽「・・・私が、来たばかりなので、その―――」

 

提督「OK、分かった。少し待ってろ。」

 

音羽「あ、はい。」

 

 思わずそう答えてからハッとなって疑問符を浮かべる音羽をよそに、時計をチラ見し、確証を得た様に頷くと、外したボタンを付け直し、脱衣所を出て、建造棟の外廊下の方へ出る。

建造棟の1階は浴場廊下/開発棟連絡通路が右に枝分かれする形で、その南面に沿うように片側の壁面がない廊下になっている訳である。

 

「ワッ!?」

 

提督「見つけたぞ、()()。」

 

金剛「グ、good(グッド) evening(イブニング)sir(サー).」

 

確証を得たのは、彼が大体金剛が女風呂に来るかを知っていたからである。彼も提督である以上、彼らの生活リズムはある程度知悉(ちしつ)していても可笑しくない、と言う訳である。

 

金剛「ど、どうされましたカー?」

 

提督「お前、音羽にいらん事を吹き込んだな?」

 

金剛「ゲッ―――」

 

と声を出して身を翻し逃げ出そうとする金剛の襟首を直人が素早く捕まえると、金剛は勢いそのまま首を圧迫され、カエルが潰されたような声を出して静止する。

 

提督「お前逃げられると思うなよ? 大法螺吹いた責任は取れ。」

 

金剛「せ、責任・・・!?」

 

提督「決まっているだろう3()()()入るんだよ。」

 

金剛「オ、OK・・・。」

 

振り向いて直人の表情を確認する金剛だったが、その剣幕に譲歩の余地がない事を悟るのである。

 

 

20時53分 建造棟1F・男風呂

 

金剛「そしたら比叡がネー?」

 

提督「ハハハッ、そりゃマジかよ。」

 

音羽「・・・。」///

 

 “どうしてこうなった・・・!?”と一番言いたいのは音羽の方だろう。そのあと金剛を連れて戻ってきた直人が、その勢いそのままに音羽を巻き込んで金剛と男風呂に入り、挙句本当に背中を流す羽目になったばかりか、3人揃って同じ風呂に入っているのである。

更に2人揃ってタオルは巻いておらず、音羽だけ巻いている状態で、横で2人は楽しそうに談笑している一方で、音羽は一人赤面して思考の混乱を極める事甚だしいものがあったのである。

 

提督「―――ん? どうした音羽、湯あたりでもしたか?」

 

音羽「いえ、そういう訳では―――」

 

提督「そうだろうな、そういう()()()()()ではないからな。」

 

音羽「―――!」

 

金剛「oh―――♪」

 

完全に場の空気に対しイニシアチブを握る直人、置かれた状況を逆用する術はこう言う所でも役に立つものである。

 

提督「まぁ混浴経験ある方がおかしいともいうけどね、可愛いとこあるジャン音羽。」

 

金剛「うんうん。」

 

提督「そっかそっか~、いやー健全な反応で助かった。」

 

音羽「あう・・・///」

 

金剛「普段全然表情変えないですケド、オフだと別って事デスネー。」

 

提督「オフの音羽可愛い。」

 

金剛「テイトク~?」ゴゴゴゴ

 

提督「可愛いものを可愛い言うても悪い事じゃないやろ!」ムキーッ

 

金剛「む・・・。」

 

音羽「うぅ・・・///」

 

提督「そして更に赤面しておる。どした。」

 

音羽「さ、先に上がります!///」

 

提督「ん、そうか。」

 

金剛「―――!」キュピーン

 

男風呂から音羽が姿を消した事を確認すると、金剛が口を開く。

 

金剛「あの人、()()()って言われ慣れてない口デスネー?」

 

提督「あっ・・・。」

 

納得した直人であった。

 

 

音羽(恥ずかしすぎて死ぬかと思った・・・。)

 

一方で本当に恥ずかしかった様子の音羽なのであった。

 

 

9月23日19時25分 甘味処『間宮』・ベランダ

 

提督「zzz・・・。」

 

 実は甘味処間宮は、どちらかと言うと喫茶店と言った方が雰囲気が近く、こじんまりとしたベランダが付属しているのである。その安楽椅子に身を沈めているのが直人であったのだが、顔に本を被せてがっつり寝ている。

間宮さんもそれを知っているので、直人の体には毛布が掛けられていた。

 

音羽「―――ありがとうございます、間宮さん。」

 

間宮「いえいえ。」

 

その甘味処から出てきた音羽こと鏑木三佐。その足をベランダに向ける。

 

音羽「提督、起きて下さい。」

 

提督「ん・・・うぅ・・・ん? 音羽、か。」

 

音羽「起きて下さい、大本営から指令が。」

 

提督「ん、分かった・・・。」

 

そう言うと直人は手に持った本を閉じ、眠気眼を左手で擦りつつ立ち上がった。

 

音羽(普段の提督とは大違いですね・・・。)

 

威厳なんぞどこへやらである。

 

間宮「提督、これを。」

 

そう言って間宮がコップに淹れて持ってきたのは微糖のコーヒーである。

 

提督「あぁ、ありがと。」

 

短く礼を言ってそのコップの中身を一気に喉に注ぎ込むと、間宮にコップを手渡して襟を正し、まだ些か覚束ない足取りで中央棟に歩みを進める。音羽もその後ろに控える様に付き従った。

 

 

その直人も、執務室に着く頃には目も完全に醒め、雰囲気もいつも通りに戻っていた。

 

19時28分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「待たせたね大淀。」

 

大淀「えぇ、待ちました。」

 

いつも通り、と言う風に大淀が出迎える。

 

提督「で、今回はどんな無茶振りなんだい? 大淀?」

 

大淀「こちらになります。提督が直接開封するようにとのことですのでまだ拝見しておりません。」

 

直人が受け取ったのは封書だった。と言うのも、今回は無電で送られてきた訳ではない。

 

提督「―――成程、音羽の速達便ですか。」

 

音羽「はい、勿論。」

 

提督「そりゃF-3B受領してきちゃったんだから早いわなぁ。」

 

音羽「まだ正式採用前です、提督。」

 

提督「あ、そうだったっけ。」

 

―――XF-3B、概念実証機の通称を受け継いだ日本国産戦闘機F-3Aに、S/VTOL機能を追加した機体である。参考にされたのは三菱 F-35BJ(日本ライセンス版F-35B)の特殊偏向ノズルである“3BSM”であり、これをほぼ継承する形で装備しており、これによって垂直離着陸が可能となっている。

 本来海自軍向けの艦載機として開発をスタートさせていたが、深海大戦の勃発でそれどころでなくなったのもあり、現在実戦テストと言った風情でごく少数が前線配備されているのみなのである。その貴重な1機が今、鏑木 音羽の専用機としてサイパン飛行場と厚木の往来に使用されているのである。

 余談だが、そのXF-3Bに機首両舷には、ダリアの花がペイントされている。花言葉は「華麗・優雅・威厳・不安定」などである。

 

音羽「今それどころじゃないですからね。」

 

提督「そうだな。それは兎も角として、中身を見てみんとな。」

 

そう言うと直人は卓上の文具入れからハサミを取り出すと、素早く封書の口を切り中身を取り出した。その鮮やかな手際、タイムは4.8秒。

 

提督「えーっと・・・?」

 

 

【親展】

発:艦娘艦隊大本営海軍軍令部総長

宛:横鎮近衛艦隊司令官

 

本文

 横鎮近衛艦隊は適宜の時期を選定し、ベーリング海方面の威力偵察を実施されたし。

なお同海域は敵の策源地にして、巨大な棲地であることを踏まえ、実施時期と動員兵力は一任するものとする。また、危険と判断される場合は即時撤退はこれを許容するものとし、その基準も指揮官に一任する。

 

 

提督「―――また威力偵察かよ!?」

 

大淀「またですか・・・。」

 

提督「と言うか“適宜の時期を”っていう表現がやらしいな! これいつでもええよじゃなくって“近いうちにやってね”って事やんけ!」

 

大淀「まぁまぁ・・・。」

 

提督「ホントにいつでもええなら“貴艦隊にとって適当と思われる~”とか言う筈やろ。人が悪いわ~起案者ホンマ。」

 

音羽「いつもそんなものでしょう。」

 

提督「それもそうだがな。やれやれ、とんでもない仕事を()()()()()()()な・・・。」

 

大淀「それこそ一番いつもの事ですよ、提督。」

 

提督「なんか毎回毎回言うてる気がするもん。」

 

実際結構な割合で言っているセリフではあるのだった。

 

提督「会議は明日だ、とりあえずテニアンに連絡をつけておいてくれ。」

 

大淀「どのように?」

 

提督「現地の事情に詳しいオブザーバーが欲しいとな。」

 

大淀「はい、畏まりました。」

 

音羽「どういう事です?」

 

提督「餅は餅屋、と言う事さ。」

 

音羽「・・・?」

 

 

翌9月24日7時14分、食堂棟の大会議室に、艦隊の主要幹部が招集された。内容は今回内示の作戦についての検討の為であった。

 

7時14分 食堂棟2F・大会議室

 

提督「毎度の事だが、朝方からありがとう。」

 

金剛「いつもの事ネー。」

 

直人の指示で集められた主要幹部と言うのは以下の通り

 

艦隊総旗艦(=総司令官)/横鎮近衛艦隊司令部主席幕僚/提督首席秘書艦/

一水打群旗艦/第三戦隊旗艦:金剛 (しれっと肩書増えてとうとう2行書き)

艦隊総旗艦参謀長:榛名

艦隊航空参謀(=空母統監)/一航戦旗艦:瑞鶴

第一艦隊旗艦/第一戦隊旗艦/横鎮近衛艦隊司令部次席幕僚/戦艦統監:大和

第一艦隊旗艦副官/第四航空戦隊旗艦:伊勢

第一艦隊参謀:三笠 (※艦隊規模の大型化に伴う人事)

第二艦隊暫定旗艦:イタリア (※この時未編成)

第二艦隊暫定旗艦副官:ローマ (※更なる暫定人事)

第三艦隊旗艦/第三戦隊第二小隊旗艦:霧島

第三艦隊旗艦副官/提督直属副官/第十戦隊旗艦:大淀

 

と言う、ともすれば肩書が多く、かつ癖のある面々が揃った訳である。更に提督自身の幕僚として以下のような面々がいるが今回は音羽以外いない。

 

横鎮防備艦隊付駐在武官/横鎮近衛艦隊高等参事官:音羽(鏑木 音羽 三等空佐)

横鎮近衛艦隊参謀:初春 (初春型以前駆逐艦統監兼任)

         陽炎 (初春型以降駆逐艦統監兼任)

         長波 (作戦参謀)

         五十鈴(作戦参謀)

         神通 (軽巡統監兼任)

         高雄 (重巡統監兼任)

         川内 (第八特務戦隊旗艦=情報参謀)

         鳳翔 (防備参謀(航空))

         夕張 (防備参謀(水上))

         明石 (兵備参謀)

         天龍 (陸戦参謀)

 

一応言って置くが、この艦隊も軍事組織なのである。むしろその側面を見せる事が余り少ないせいでそんな感じがしないが、直人もしっかりと幕僚団を編成し、体裁を整えているのである。

 

提督「今回の作戦の大まかな内容は既に通知した通りだ。今回はその作戦についての討議を始めると言う訳だ。」

 

瑞鶴「ベーリング海って、かなり緯度が高いところまで行くわね。」

 

提督「そういう事になるだろうね。」

 

瑞鶴「・・・艦載機飛べるのかな。」

 

提督「甲板凍りそう。」

 

瑞鶴「いやいや、それだけじゃ済まないから。」

 

提督「アンテナに着氷しそう。」

 

瑞鶴「本物の船の話よね!?」

 

提督「鈴谷が例外じゃない、どうしよう。」

 

瑞鶴「そうだったわ・・・。」

 

大和「私達艦娘はそれほど影響はありませんが、やはり艦載機の活動効率が問題になりますね。」

 

提督「そうなんだ。特に弓が凍ったりとかしちゃうとね。」

 

 知っての通りだが、木製製品は湿気に弱く、湿気過多だと腐敗してしまう。だが寒冷地で水気を含むような状態の木材を使用すると、中で水分が凍り、しかも水は固体化すると体積が膨張する特性がある為、着氷ならともかく、中で水分を含んでいようものなら構造強度が脆くなってしまうのである。

 何が起こるのか、空母艦娘の弓は木製なのだ。つまり予めしっかり乾燥させずに放置(具体的には着雪するような場所に放置)したりすると弓を引いた時にバッキリ逝ってしまうのである。基本的にバンバン出せるのは式神式の軽空母と雲龍型(葛城除く)だけで、千歳型は絡繰りで艦載機を出すと言う関係上、どの戦線でもそうだが管理不徹底だと一発アウトである。

特に北方戦線では、着氷した場合一発で使えないどころか、付着した水分が瞬く間に凍る為、運が悪ければ暫く発着艦不能に陥るリスクがあるのである。誰だこんな面倒な形式にした奴。

 余談だが直人の巨大艤装についている艦載機用連射型ボウガンは強化プラスチック製であるが、機械式である為やっぱり着氷NGである。

 

提督「船だったらヒーター設備で対処出来るんだけどなぁ、中々どうして上手くいかんのう。」

 

陸奥「まぁ、どうにもならないものは仕方がないとして、現実的なところから考えましょう?」

 

霧島「それもそうなのですが、現状ベーリング海方面の戦力とはどのような程度のものなのでしょう?」

 

提督「それについては事情に通じているオブザーバー自体は呼んである。入っていいぞ。」

 

そう直人が呼びかけると、大会議室の扉を開けて、3人の深海棲艦が入室してきた。飛行場姫(ロフトン・ヘンダーソン)駆逐棲姫(ギアリング)、そして防空棲姫(あきづき)である。

 

音羽「―――!」バッ

 

咄嗟に身構えた直人左隣の音羽が、腰元のホルスターから9mm拳銃を引き抜こうとする。

 

提督「“よせ”。」ガシッ

 

直人はその動きを気配だけで悟ると、素早く拳銃の握手(グリップ)を握り締めた右腕を掴んで動きを止める。

 

音羽「“ですが―――”」

 

提督「“いいからやめろ!”」

 

音羽「“―――はい。”」

 

3人に聞こえない様に声を潜め、直人は音羽に手を離させる。

 

飛行場姫「んんっ―――何やら、見慣れん人間がいるようだが。」

 

提督「本土から派遣されてきた駐在武官だ。」

 

飛行場姫「成程。安心するといい、我々は貴官に危害を加える為に来たのではない。」

 

音羽「・・・。」

 

ロフトンの言葉を確認した音羽は、しかし警戒するような眼差しを解く事は無かった。直人の命令があればいつでも銃を抜く位はやりかねないような雰囲気である。

 

提督「はぁ・・・すまんな飛行場姫。まだ個々の事情に全部精通していると言う訳ではないんだ。気にしないでくれると助かるが―――」

 

飛行場姫「いや、むしろ事情を知らぬ者なら当然の反応だろう。気遣いは無用だ。」

 

提督「すまない。」

 

飛行場姫「それと、貴官と私達とはこれから戦友なのだ、ロフトンでいい。で、私に何を訊きたいのだ?」

 

提督「ベーリング海棲地、その陣容と布陣についてだ。」

 

飛行場姫「成程、随分と無理難題を言われたらしいな。」

 

提督「まぁ、そんなところだな。それがいつもの事だ、私と貴官とが矛先を交えていた時もそうであった筈だ。」

 

飛行場姫「そうだな。貴官らは常に我々の急所と弱点を、突くべき最適なタイミングで突いていた。それが出来るからこそ、今回も何とかしてしまうやもしれん。」

 

提督「そいつはどうも。で、本題に入りたいのだが。」

 

飛行場姫「うむ。あの地には、“最強の深海棲艦”とでもいうべき存在が指揮をとっている。」

 

提督「―――!」

 

最強―――その称号を持ちうるであろう相手を彼は知悉している。なぜならその力の断片を有する彼である。知悉していない方が、むしろおかしいと言うものである。しかし、彼が考えたそれと、ロフトンの放った名は別のものだった。

 

飛行場姫「―――“極北棲姫”、と貴官らが呼びならわす深海棲艦だ。」

 

提督「極北棲姫・・・。」

 

直人もその名は知っている。人類軍、特に米露軍が双方に行った対深海への最初の決戦―――ベーリング海の悲劇と呼ばれている戦いで、その中心となった深海棲艦だと言われている存在である。

 

飛行場姫「私達が呼ぶその名は―――ヴォルケンクラッツァー。」

 

提督「なっ―――。」

 

三笠「ドイツの究極超兵器。そう、そんなところに・・・。」

 

提督「・・・成程、中枢部にいるのは確かに大物だ。」

 

駆逐棲姫「それだけではない。その副官として極北棲戦姫・・・リヴァイアサンがいる。」

 

提督「何―――!」

 

大和「究極超兵器が、2隻―――!?」

 

 横鎮近衛艦隊首脳部を、衝撃の渦に巻き込むには十分過ぎる事実。そして恐らく今の戦力では到底抗し得ないであろう事を認めざるを得ないような、圧倒的なまでの差。

そして摩天楼の存在が明確になった事で、第一次SN作戦のアリューシャン別動隊(大湊警備府艦隊)の主力が尽く灰燼に帰した事実と合わせ、恐ろしい兵器の存在が、彼らの頭をよぎった。

 

―――波動砲。

それは、超兵器機関から絞り出すような莫大なエネルギーによって初めて実現された、究極ともいうべき破壊力を持つエネルギー兵器。

 その原理は、超兵器機関内にて生成されたエネルギーは「波(=波動エネルギー)」と言う形で取り出し、しかる後に様々な部分に適切な形(例えば電力とか光線用のβ線など)に変換する事で使用するのだが、波動砲はそのエネルギー置換を行わずに直接薬室内に充填し、その波長を収束させる事で“エネルギーの塊”に変えて圧縮、狙いたい一点に向かって収束された波を指向させ、蓄え込まれた莫大なエネルギーにかけられた圧を一方向に開放し発射する、と言うようなものである。

 平たく言えば、取り出した時はワラ(波動エネルギー)だったものを、縄を作り(これが収束の部分)、その先に鉤を付け(狙いを定める部分)、勢いをつけて投げる(発射する)ようなものである。別の言い方をすれば、極端にはレーザー加工機と原理は同じである。より大きくし大幅に進化させたものである。

 ただ膨大なエネルギーにそのままでは砲自体が耐えられない為、薬室内や砲身内には、エネルギー誘導を兼ねたエネルギー場が別で形成される。更に所要エネルギーの膨大さ故に、発射体制に入るとその間他の事は航行も含め、防御重力場や電磁防壁等の展開を除き一切不可能となり、それらの防御力場に関しても、発射方向は開口しなければならないなど欠点も多い。

 

 そもそも超兵器機関の生み出すエネルギーは、当時未知の代物であり、これを直接取り出す研究は遅々として進まず、結果として様々な形で別のものに変換する技術が先に出来上がってしまったと言うのが本当の所であった。特に最初の超兵器「播磨」に関していえば、搭載した超兵器機関の用法はボイラーの熱源だったのである。炎に負けず劣らず機関が高温になる為で、最も単純な用法であると言えるだろう。無論近代化改修でそれだけに留まる事は無かったが。

そのエネルギーを波として、直接取り出す事に最初に成功したのがドイツであった。この技術は後に開発者である物理学者 ハンス・ウィリバルト・フォン・ローゼンベルガーの名を借りて、「ローゼンベルガー理論」と呼ばれている。

 この理論を用いて作られた超兵器「波動砲」は、エネルギーの持つ超質量に加え、放散される熱と、収束されたエネルギー波長が物質と引き起こす共鳴現象の3つが組み合わさり、砕かれ、溶かされ、引き裂かれ、文字通り塵も残らないような威力を誇る。後に「2門あれば世界が滅ぶところだった。」と安堵の息を連合軍をして漏らさせた、核弾頭をも超える兵器なのである。

 

 

提督「―――恐らく、今の我々では、到底及びもつくまい。」

 

大和「残念ですが、そうですね・・・。」

 

三笠「私などのようなにわか作りの超兵器とは、格が違う。」

 

飛行場姫「幸い、殆どの時間をベーリング海棲地の最深部で過ごしているから、そう中々出戦することは無い。あれはどちらかと言うと、前線指揮よりも後方で全体の局面を統率するのが得意で好きなタイプだからな。」

 

提督「成程、作戦中枢をも担う訳か。」

 

飛行場姫「だが、問題はそれだけではない。」

 

瑞鶴「―――と、言うと?」

 

提督「前衛艦隊、だな?」

 

飛行場姫「あぁ。貴官も知っているかもしれんが、あの地域一帯に散在している前衛艦隊は合計で15個、その内の13個が超兵器級を旗艦とする艦隊だ。仮にそうでなかったとしても、超兵器級に匹敵するような姫級を相手にせねばならん。」

 

霧島「つまり・・・!」

 

提督「十中八九、超兵器と接敵する事になる。威力偵察だから避け得ない現実だ。」

 

榛名「今回も危険であることに変わりはない、と言う事ですか。」

 

飛行場姫「それだけではない。私の知りうる限り、その配備されている超兵器級の半数近くがオリジナルのものだ。それだけに、相手が悪いと全滅もありうる。」

 

提督「なんだって・・・!?」

 

伊勢「すごい相手だね・・・。」

 

イタリア「全滅―――!」

 

ローマ「・・・。」

 

イタリアから来た2隻の戦艦艦娘の脳裏には、何かよぎるものがあったようだ。

 

飛行場姫「もし現在でも配備が変わっていないのなら、内訳はこんなところだ。」

 

シャドウ・ブラッタ

ノーチラス(潜水棲姫のオリジナルの1人)

アームドウィング

天照(アマテラス)

ヴィントシュトース

ドレッドノートⅢ

ペーター・シュトラッサー(クローン)×2

インテゲルタイラント(クローン)×2

アルティメイトストーム(クローン)

シュトゥルムヴィント(クローン)

量産型超兵器レ級

 

飛行場姫「この他に、北方水姫を旗艦とする艦隊と、重巡棲姫を旗艦とする艦隊がある。」

 

提督「・・・堂々たる艨艟だな。」

 

飛行場姫「だがこれだけの編成を残置しておくには、現状としては余りに戦局が悪い。このため手放したものもあるかもしれん。実際予備兵力として空母水姫や護衛棲姫なども抱えているが、これらは随時配置転換で前線に出てくるだろう。」

 

提督「成程。」

 

飛行場姫「そして更に、リヴァイアサンとヴォルケンクラッツァーの直衛艦隊。これらは片方だけで総数10万は下らない。その中には超兵器が最低でも数隻単位で入っている。」

 

瑞鶴「1個艦隊で!?」

 

大和「1つの棲地の全艦隊に匹敵する数じゃないですか・・・。」

 

榛名「桁が違いますね・・・。」

 

金剛「ウーン・・・。」

 

提督「―――それを考えるのは、実際に矛を交える時だ、今ではない。」

 

大淀「そうですね。」

 

駆逐棲姫「ここまで聞いたのだ、彼女らは連れて行くのだろう?」

 

提督「行かざるを得んだろうな。でなければ勝ち目がない。」

 

駆逐棲姫「そうだろうな。」

 

防空棲姫「こちらに来て初の実戦の舞台、相応しい相手であって欲しいものね。」

 

提督「俺としては楽が出来るとありがたいなぁ。」

 

防空棲姫「・・・。」ムスッ

 

駆逐棲姫「同感だ、貴官に無事に帰ってきて貰わないと困りものだからな。」

 

提督「ありがとう。今回はあくまで威力偵察だ。なるべく、楽をして勝つ算段をしていこう。」

 

霧島「“楽をして勝つ”、ですか。分かりました。」

 

 直人がこのような表現をしたのは、前回「必ずしも勝つ必要はない」と言う表現で艦娘達の不興を被ったからである。この対立は一時作戦の遂行にまで悪影響を与えかねない域に達したが、結局作戦の成功後徐々に氷解し、現在では沈静化している。

ついでにこの表現は艦娘一同の納得は呼んだが、防空棲姫は不満そうであった。

 

提督「取り敢えず我々はベーリング海棲地前衛艦隊の一つと交戦、可能な限りその撃滅を目指す。この過程で敵の本軍が出撃してきた乃至(ないし)、遭遇した場合は直ちに海域を離脱する。この点には異存はないな?」

 

艦娘一同「「はいっ。」」

 

提督「ロフトン、敵前衛艦隊1個の戦力はどの程度なんだ?」

 

飛行場姫「およそ2万5000から3万隻と言う所だろう。」

 

提督「よし、まだ相手したことある範囲だ。」

 

金剛「それどころか250万はあるネー。」

 

提督「それもそうだけどな。」

 

飛行場姫「例の人類軍による南方への大侵攻の時か。」

 

提督「そうだな、第一次SN作戦の時だ。」

 

“規模は5個艦隊、1個が50万から70万程度の戦力を従えているようです。”

 

あの時鳳翔から受けた報告の内容が、彼の脳裏をよぎっていた。

 

飛行場姫「あの時は全戦力をソロモン北方沖に差し向けたからあれだけの兵力にはなったが、度重なる激闘で消尽し尽くしてしまった。ラバウルの指揮官は、よほどの切れ者と見える。」

 

提督「日本海上自衛軍でも屈指の名将だからな。」

 

佐野(さの) 葵《あおい》 海将補、30そこそこで閣下と呼ばれる身分のラバウル基地司令官である。但し、完全実力主義の自衛軍に於いて、30そこそこで閣下とは異例とも言うべき昇進ぶりである。この辺りが、佐野海将補の手腕の程を伺わせた。

 

提督「まぁ、私も関与しているかな?」

 

飛行場姫「あそこまでやっておいて疑問系か、全く腹立たしい限りだよ。」

 

苦笑しながら言うロフトンなのであった。

 

提督「ともかく、最大数でも3万隻前後、全艦種で平均して敵艦3隻で艦娘1隻に匹敵すると言うが・・・」

 

瑞鶴「まぁ、一人300隻ってところかしら?」

 

提督「絶対無理、空母以外は。その空母が今回はカギだ。1隻でも多い敵艦の撃沈を。なるべく補助艦に絞り、兎に角キルを稼ぐ事を考えて貰いたい。」

 

瑞鶴「そういう事ね、分かったわ。」

 

提督「出来れば第二艦隊を編成出来れば最上なんだが、駆逐艦の数がな・・・。」

 

イタリア「今回も、金剛さんと共に作戦、でしょうか?」

 

提督「すまんな、その線で頼む。」

 

イタリア「いえ、大丈夫です。」

 

 今回何故、編成されていない第二艦隊の暫定旗艦とその副官がいるのかと言うと、主要幹部会議の雰囲気に慣れて貰う為と言う目的があった。一種の社会勉強と言う奴である。

この第二艦隊も、9月10日に発令された部署であり、艦隊司令部の発足のみを部署したものに現在は過ぎないが、正式発足となった場合、各艦隊から重巡と軽巡の一部、最新型の駆逐艦からなる駆逐隊で夜戦部隊及び水雷戦隊を構成する。

そして現在二水戦旗艦として一水打群に属している矢矧が、二水戦の名を引き継いで第二艦隊に異動、一水打群の水雷戦隊は三水戦として、新旗艦が就任する予定となっていた。

 

提督「さて、この作戦にはもう一つ考えねばならん事がある。」

 

瑞鶴「何?」

 

提督「敵にどうやって見つけてもらうかだ。」

 

大淀「成程、潜入では交戦する可能性が低まってしまいますね。」

 

提督「俺としても楽はしたいが、威力偵察と言う関係上、敵と一戦交えてその程度を調べると言う目的がある。今回もただの偵察ではない事だけ気を付ける必要がある。」

 

大淀「敵に露見するよう最大限目立たせる、と言う事ですか?」

 

提督「こちらから敵を呼び寄せる、或いは飛びつかせると言う事だな?」

 

大淀「はい。」

 

提督「いや、だめだな。」

 

大淀「何故ですか?」

 

提督「こちらの意図が露見した時が怖い。敵が前衛艦隊数個を一挙に叩き付けてきたら、それこそ藪蛇もいい所だぞ。」

 

大淀「そうですね・・・。」

 

大和「敵の潜水艦警戒線にわざと引っかかる、と言う所でしょうか。」

 

提督「程度としてはその位でいいかもしれん。但しこちらを艦娘艦隊と思ってくれるかどうか、だな。」

 

大和「と、いいますと?」

 

提督「今回は特別任務群が随行する。となれば、講和派と思って笠にかかってくるかもしれん。」

 

大和「では、誰かしらを護衛で展開させておきますか?」

 

提督「それも悪くない手だ、三笠は超兵器級だから、燃料は気にしなくていいし、お願いできるだろうか。」

 

三笠「御命じの通りに。」

 

提督「ありがとう。まぁ鈴谷の事は深海でもとうに知れてるとは思うが、念の為だ。」

 

駆逐棲姫「正直申し上げて、杞憂の領域に属するかとは思われます。しかし、全部隊が知っているとも限りませんので・・・。」

 

提督「そこなんだよ。だからこそ、保険を掛けておくにしくは無い、と言う訳だ。」

 

鏑木「あの・・・。」

 

提督「ん? どうした音羽。」

 

鏑木「ここから重巡鈴谷の航続距離で、直接ベーリング海まで?」

 

提督「いや? 幌筵を経由する。以前から利用している策源地の一つでもある事だしな。」

 

鏑木「成程・・・。」

 

提督「しかしそれを置いても、今回も長旅になりそうだな。」

 

大淀「全くですね、伊良湖さんが困る事でしょう。」

 

提督「それを言わんでくれ・・・。」

 

 伊良湖が困る、と言うのは主に生鮮食品についてである。1週間が保存の限度でもあるそれらの食品を航海中に補充する事は困難で、保存食品を使用する他ないからである。

勿論調理すれば大分違うのだが、そう言った事の専門家でもない限り、そんな場面でのレシピには困ってしまうのである。

 

榛名「まぁ、我が艦隊ではいつもの事ですし・・・。」

 

防空棲姫「―――提督。」

 

提督「うん? どうしたあきづき?」

 

防空棲姫「私達が潜航して追従するのでは駄目なの?」

 

提督「・・・あっ。」

 

―――それは、正に目から鱗の指摘であった。深海棲艦は例外なく“潜れる”のである。そしてそれは、その特性を戦術面で活用したあきづきならではの着眼点でもあったのである。

後にあきづきが生み出したこの戦術は、“潜航(Underwater)強襲(Assault)(アンダーウォーター アサルト)”と言う名前で、講和派深海棲艦の戦闘教義(ドクトリン)として成立を見る。

 

提督「・・・ありがとうあきづき。その手で行こう!」

 

三笠「私が骨を折る手間も省けた、と言う事ね。」

 

提督「そういう言い方をせんでくれ・・・。」

 

三笠「冗談よ。」

 

提督「―――ともかく、細部の検討に入ろう。」

 

 

 種々のアイデアと、様々な情報を基にして、横鎮近衛艦隊首脳陣は作戦の立案に入る。それはいつもの事ではあったが、他の艦隊では中々見られないその光景は、横鎮近衛艦隊が組織としての連帯意識を強め、一丸となる事に大きく貢献したと言える。

彼―――紀伊 直人に言わせれば、「戦争もチームプレイが原則であり、サッカーでもチームの中でどう動くかは予め方針を決めておかないと、いざと言う時動けなくなってしまう。戦闘の実戦部隊も同じことである。」と言う事になるのだが。

 

 

9月27日午前7時、横鎮近衛艦隊に出撃命令が発令、戦闘序列公示と共に、乗船命令が下った。作戦検討開始から72時間で、この無茶に見える作戦も立案が終わった辺りは、横鎮近衛艦隊司令部も経験を積んで熟練してきた証拠である。

 

発令された戦闘序列はこのようになっていた。

 

 

第一水上打撃群 35隻

旗艦:金剛

第三戦隊第一小隊(金剛/榛名)

伊戦艦戦隊(イタリア/ローマ)

第八戦隊(鈴谷/利根/筑摩)

第十一戦隊(大井/北上/木曽)

第十四戦隊(摩耶/羽黒/神通)

独水上戦隊(グラーフ・ツェッペリン/プリンツ・オイゲン/Z1 56機)

第一航空戦隊(翔鶴/瑞鶴/瑞鳳 216機)

第二水雷戦隊

 矢矧

 第四駆逐隊(舞風/野分)

 第十駆逐隊(夕雲/巻雲/長波)

 第十六駆逐隊(雪風/天津風/時津風/島風)

 第十七駆逐隊(浜風/浦風/谷風)

 第十八駆逐隊(霞/霰/陽炎/不知火/黒潮)

 第三十一駆逐隊(朝霜/清霜)

 

第一艦隊 44隻

旗艦:大和

第一戦隊(大和/長門/陸奥/三笠)

第四戦隊(高雄/愛宕/鳥海)

第五戦隊(妙高/那智/足柄)

第七戦隊(最上/三隈/熊野)

第十二戦隊(長良/五十鈴/由良)

第四航空戦隊(扶桑/山城/伊勢/日向 96機)

第五航空戦隊(千歳/千代田/龍驤/龍鳳 192機)

 第一水雷戦隊

 阿賀野

 第六駆逐隊(暁/響/雷/電)

 第八駆逐隊(朝潮/大潮/満潮/荒潮)

 第十一駆逐隊(初雪/白雪/深雪/叢雲)

 第二十一駆逐隊(初春/子日/若葉/初霜)

 

第三艦隊 33隻

旗艦:瑞鶴(霧島)

第三戦隊第二小隊(比叡/霧島)

第六戦隊(古鷹/加古/衣笠)

第十三戦隊(球磨/川内/那珂)

第二航空戦隊(蒼龍/飛龍 158機)

第三航空戦隊(赤城/加賀 180機)

第六航空戦隊(飛鷹/隼鷹/祥鳳 180機)

第七航空戦隊(雲龍/天城/葛城/音羽 269機)

 第十戦隊

 大淀

 第二駆逐隊(村雨/五月雨/夕立)

 第七駆逐隊(漣/潮/朧)

 第九駆逐隊(朝雲/山雲)

 第十九駆逐隊(磯波/綾波/敷波)

 第二十七駆逐隊(白露/時雨/涼風/江風)

 第六十一駆逐隊(秋月/照月)

 

第1特別任務群(深海棲艦隊) 6隻

旗艦:防空棲姫

第1.1任務部隊(播磨/駿河/近江 640機)

第1.2任務部隊(防空棲姫(あきづき)/戦艦棲姫(ルイジアナ)/戦艦棲姫(メイン))

 

総予備戦力

重巡鈴谷

巨大艤装『紀伊』(搭載機600機)

 

 

 今回の作戦は性質として非常に危険である為、横鎮近衛艦隊では編成上にある全ての艦娘を動員。第二次SN作戦で戦列参加したばかりの3隻の駆逐艦や、正式辞令によって作戦後配備された三笠も直ちに投入されるに及び、万全を期さんとする直人の心意気が伺える。

更に七航戦に新任の空母音羽が編成され出撃する事になり、1個航空戦隊であるにもかかわらず、搭載機数は葛城の改装と合わせて269機にまで膨れ上がったのである。

この他に長門・三隈・磯波・朧・霰・谷風・清霜が改に改装、千歳と千代田が航改二に、比叡・霧島・妙高・那智・綾波が改二に改装されている。

 そして超兵器との交戦が確実視されるに及んで、前述の特別任務群も参戦する事になった。この編成で初の実戦であり、ある程度艦隊との艦隊行動訓練も行ってきたが、果たして実戦の場でまだ速成の段階を抜けきれない状況下、今回は艦隊との歩調を合わせて動かす事を断念し、直人の直接指揮で動く事になった。いわば別働である。

かくのごとき強力な陣容を整えて、横鎮近衛艦隊はいよいよ出撃しようとしていた。8時23分、重巡鈴谷はサイパンの沖合でテニアンから出撃した特別任務群と会合すると、幌筵島へ向けて1週間弱の航海に旅立ったのである。

 

 

9月28日8時42分 重巡鈴谷

 

 

ゴオオオオオオ・・・

 

 

提督「デケェなぁ、改めて見ると。」

 

明石「本当にそうですね・・・。」

 

鈴谷が出港した翌日、航行中の鈴谷上空へ、ロフトンのアルケオプテリクスが直掩に現れたのである。後日聞いたところによると、哨戒(パトロール)飛行のついでだったそうな。なんて豪華なパトロール。

 

提督「・・・いつまで付いて来るんでしょ。」

 

明石「流石に最初から指示されてはいないでしょうし、その内離れるとは思いますが。」

 

明石がそう言うのは、現れた方角が南東の方角からだったからである。機体はしっかり規定の米海軍艦載機後期三色塗装(シーブルー・インターミディエイトブルー・インシグニアホワイト)になっている。真っ黒だっただけに違和感が凄い。

 

提督「そりゃぁまぁ。そうだね・・・。」

 

始祖鳥(アルケオプテリクス)と言えば、飛行場姫の決め札(キーカード)だった筈である。実はこれを護衛に出したのは、それ以外に長く飛べる機体がなかっただけが理由ではない。(ただ超兵器である為実質無限に飛べるのだが。)

特別任務群の護衛、それがロフトンの本心だったのであり、哨戒飛行と言うのは欺瞞と嘘であった。即ち、お互いにお互いが重要な戦力であることを認めている証左でもある訳で。

 

提督「ま、付いてくると言うなら好きにさせましょ。ぶっちゃけ内海に等しいから空襲なんて早々ない筈なんだけども。」

 

明石「潜水艦は注意が必要です。」

 

提督「せやな。」

 

 

結局始祖鳥はそれから丸2日間鈴谷の周囲を飛び続け、南へと去って行った。

 

 

10月3日、幌筵時間19時17分、横鎮近衛艦隊の重巡鈴谷は無事に、幌筵第914艦隊司令部に到着する。直人はタラップが下ろされるや否や、即座にルンルンで階段を降り、艦隊司令部へと顔を見せに行くのである。

 

 

幌筵時間19時24分 幌筵第914艦隊司令部・提督執務室

 

提督「よっ!」

 

アイン「おう、ナオ。久しぶりだな。」

 

提督「全くだ。最近は西方と南方に駆り出されっぱなしでな。」

 

アイン「そいつは災難だったな。」

 

提督「何、これも仕事のうちさ。」

 

 幌筵第914艦隊司令官、蒼月(あおづき) アイン、本名「アイン・フィリベルト・シュヴァルツェンベルク」。直人の旧友の一人であり、日独のハーフである。それを証明するような青い瞳と、後ろで一本結いにした長髪が特徴的な印象を与える。

またどちらかと言えば面長なタイプで、これはドイツ人の父親譲りなのだと言う。

 

提督「また補給で世話になるぞ。」

 

アイン「ごゆっくり。すぐ出撃するのか?」

 

提督「いや、明日は大事を取って1日休息を挟む。その間係留しっぱなしになるが構わないか?」

 

アイン「大丈夫だ。」

 

提督「サンキュ!」

 

アイン「それにしても、タラップ降りるときのあの美人さんはどうした?」

 

提督「見てたんか。」

 

アイン「ん? 見たらまずかったか?」

 

提督「いや、本土からの駐在武官でな、3週間くらい前からサイパンに赴任してたんだが、鈴谷に同乗して自分も行く、と言うもんでな。」

 

アイン「成程、ご愁傷さま。」

 

提督「アホウ、慰めんな。美人に囲まれるのはお互い慣れっこだろうが。」

 

アイン「違いないや。」

 

提督「だろ?」

 

アインと直人、会うのは1年ぶりと言うだけあって、その後暫く2人は執務室で談笑の花を咲かせるのであった。積もる話もそれだけあった、と言う事だろう。

 

 

提督「寒いッ!」

 

長話を終えて艦に戻る時には既に日も暮れて、夜の星空が満点を支配していた。幌筵島に限らないが、千島の夜は本当に冷え込みがきついのだ。

 

「提督。」

 

提督「おう、音羽。」

 

音羽「下艦される前のお話では20時までにはお戻りになる筈では?」

 

提督「うっ・・・。」

 

音羽「まぁ別に構いませんが。伊良湖さん、お待ちですよ。」

 

提督「はい・・・。」

 

現在時刻、21時31分である。既に夕食の時間だった。因みにお互い外套を着用しているのだが、音羽はケロッとしているのに対し、直人はすごく寒そうにしている。

 

提督「な、なぁ音羽。」

 

音羽「なんでしょう?」

 

提督「寒くないの?」

 

音羽「いいえ?」

 

提督「そ、そう・・・。」

 

音羽「・・・貼るカイロ、肩甲骨の間に貼るといいですよ。」

 

提督「そ、そうなのか。」

 

音羽「太い血管の通ってる場所に貼るのが効果的ですよ。場所によってはダメなところもありますが、その辺は如月さんに聞かれてはどうでしょうか。」

 

提督「うん・・・ありがと。」

 

音羽「いえいえ。」

 

提督「―――。」

 

その時、直人は確かに見た。

 

―――音羽が、直人に向って初めて、優し気な笑みを浮かべたのを。

 

見間違いだろう、と思われるかもしれないが、直人は夜目が凄く利く方である。見間違いようがない。

 

 それが二人きりだったからなのか、はたまた別の理由かは、直人には分からなかったが、一方で、それほど気にすることでもないだろうと思っていたのも確かであった。

直人はその見たものをそっと心にしまい、タラップを登るのであった・・・。

 

 

10月4日9時22分 重巡鈴谷船底部

 

提督「照明あっても暗いな、ここは・・・。」

 

直人はこの日、大事を取って休息を艦隊に取らせていたのだが、直人は艦内の見回りを行っていた。そのついでに、直人はある区画のチェックに明石を伴っていた。

 

明石「ここですね。」

 

提督「うん。」

 

やってきていたのは船体中央部の船底にある一角である。その鉄の扉を明石が開き、2人で中に入る。

 

提督「これだな。この船の水事情を支える設備。」

 

明石「はい。作戦前にメンテナンスをと思いまして。」

 

 本来であればボイラー(第5缶室)がある場所であるが、鈴谷の搭載している横鎮近衛式2号艦艇用艦娘機関は言ってしまえばガスタービンの様にそれ単体で完結している動力である為、本来あるボイラーがない。

それによって余った容積に、鈴谷は様々な設備を設けているのだ。その一つが、第5缶室跡に設けられている真水精製装置である。

 この艦の真水生成装置は、航行しながら稼働出来るように、ポンプ汲み上げ式だけではなく、水圧取り入れ式も併用するようになっている。この為、装置に直結するように船底には艦首方向に開口した取り入れ口がせり出している。

航行する際に取り入れ口内の海水にかかる水圧を利用して、装置まで海水を送り込むのである。

 

提督「で、一応不具合は無い筈だが・・・。」

 

明石「機械にとってメンテナンスは基本ですから、隙あらば点検しないと。」

 

提督「その通りだな。」

 

そう言いながら明石は、機械と張り巡らされたパイプの中を器用に潜り抜けて、各部のチェックをチェックリストに目を通しながら行っていく。

 

明石「ふぅ、終わりました。」

 

提督「お疲れさま。」

 

明石「じゃ、行きましょうか。」

 

提督「うん。」

 

 明石に言われ、直人は真水精製室を出る。その後ろから明石が出てきて扉を閉じると、直人は艦内の巡回に行き、明石はその後ろをちょこまかと付いていくのである。この日明石は作戦前の各部チェックに行くべく、直人の巡回のお供をしていた訳である。

 

提督「で、特に何もなかったか?」

 

明石「はい! 異常なしです!」

 

提督「何よりだ。航海中に風呂入れんはきついからな。」

 

明石「私達がですね?」

 

提督「俺はどうでもいいんだけどもね、女性には宜しくないよね。」

 

明石「ですね・・・って、提督もどうでも良くないですよ!」

 

提督「アッハッハ―――」

 

 

~一方そのころ~

 

翔鶴「瑞鶴、どこへ行ったのかしら・・・?」

 

 

10時30分 重巡鈴谷下甲板後部・艤装格納庫

 

瑞鶴「・・・。」

 

瑞鶴は一人、黙々と艤装をメンテナンスしていた。この日艦隊には半舷上陸が許可されており、午前は瑞鶴も含まれているのだが、作戦前の緊張からか、このように艦内で過ごす者も珍しくなかった。

 

翔鶴「瑞鶴、ここにいたのね。」

 

瑞鶴「翔鶴姉・・・どうしたの? 半舷上陸、行かないの?」

 

翔鶴「いえ、私はもう戻ってきたから・・・。」

 

瑞鶴「・・・。」

 

翔鶴「・・・どうかしたの?」

 

瑞鶴「―――嘘、私を探してたんでしょ。」

 

悪戯っぽい笑みを浮かべて瑞鶴はそう言い切った。

 

翔鶴「ど、どうして、そう思うの?」

 

瑞鶴「朝と胸当ての結い目がおんなじだもん。幌筵は寒いから外套着なきゃだし、それには胸当て外さなきゃ。」

 

翔鶴「・・・よく見てるのね、流石瑞鶴。」

 

瑞鶴「そりゃそうだよ、姉妹なんだし。で、どうかしたの?」

 

翔鶴「その半舷上陸よ、一緒に行かない?」

 

瑞鶴「んー・・・私はいいや。それよりも艤装をしっかり手入れしとかなきゃ。例え1機1隻たりとも、提督に近づかせない為に。」

 

翔鶴「そう・・・。」

 

「その素晴らしい心意気の瑞鶴になり替わり不肖の身ながら小官がお供しても宜しいですが、如何なさいましょ?」

 

翔鶴「ひゃっ!?」

 

瑞鶴「なっ、提督さんじゃん! なにやってんの!?」

 

物陰からひょっこり現れた直人である。

 

提督「各部巡回中で御座る。」

 

明石「私はそのお伴と言う事で。」

 

瑞鶴「明石さん!」

 

翔鶴「あら。」

 

提督「ま、我ながら余暇を持て余してるんでね。」

 

翔鶴「そういう事でしたら、お願いします。」

 

提督「よし来た。明石、あとのメンテナンスよろしくね。」

 

明石「はい、いってらっしゃい!」

 

直人と翔鶴は、それぞれ明石と瑞鶴と別れ、直人と翔鶴は連れ立って幌筵島へと降り立ったのである。

 

 

10時52分 幌筵第914艦隊司令部敷地内

 

鈴谷を降りた2人は、支給品の外套を着て、当てもなく散策していた。

 

提督「瑞鶴って、凄く真面目だよね。」

 

翔鶴「えぇ、本当に。」

 

提督「その生真面目さに、どれほど助けられてきた事か分からないや。」

 

翔鶴「提督・・・。」

 

提督「いや、勿論お前にも感謝してるよ、翔鶴。お前達新一航戦がいるからこそ、俺も多少の無茶を押し通す事が出来る。これは本心だよ?」

 

翔鶴「ありがとうございます。でも、ご無理と分かっているなら、もう少しお控え願えると嬉しいのですけど。」

 

提督「まぁ、そうだな・・・すまんな。」

 

翔鶴「いえ、謝らないでください! 提督のお考えを実行するのが、私たちの役目なんですから。」

 

提督「・・・ありがとう。」

 

 謝られるなんてとんでもない、とでも言う様に翔鶴は言う。しかし様々な無理を言い、それを押し通してきた直人である。

艦娘達への申し訳なさを覚えない訳にもいかず、いつかそれによって、また誰かが沈むかもしれないと言う想念に駆られた事さえ一再ではない。実際、ただでさえ無理の多い作戦で更なる無理を認めた結果、沈んだのが吹雪だった。

彼も誤る事はある。しかし、作戦と言うものは実行しない限り成功も失敗もない。そして彼の作戦も、成否何れもの例がある以上、彼の無理に無理を重ねた作戦案が何らかの形で破綻をきたした時、作戦は失敗する。それを収拾するにしても艦娘達の技量が問われるのだが、横鎮近衛艦隊は直人の期待にその都度応え続けてきた。しかしその次がどうなるかなど、誰にも予測など出来ないのである―――。

 

提督「勝とう、今回も。対超兵器用の切り札も、今回は連れてきてる。盤面は万全な筈だ。後は俺の器量次第と言う所だが・・・。」

 

翔鶴「・・・自信をお持ちになって下さい、提督。きっと勝ちます。提督を今回も勝たせてご覧に入れますから。」

 

提督「―――心強い限りだ。頼むぞ。」

 

翔鶴「えぇ。その代わり、サイパンに帰ったら労って下さい。瑞鶴にも、瑞鳳さんにも。」

 

提督「まぁいつもの事だしなぁ・・・やれやれ、分かったよ。」

 

翔鶴「ふふっ。」

 

提督「ハハハ・・・。」

 

 翔鶴が思わず笑みを零し、直人が頭を掻いて苦笑する。思えば、五航戦と呼ばれていたころの翔鶴と瑞鶴のコンビがあってこそ、彼は初めて航空打撃戦を挑む事が出来たのではなかったか。

それを思えば、翔鶴の功績はむしろもっと報われてよい筈であったとさえ、後年彼は自ら語っている。しかし、それが出来ないのもまた事実だった。彼らは存在を秘された存在、“影の艦隊(シャドウ・フリート)”であった。

それ故にこそ、直人自身に出来る事は、礼を言う事だけであった。当然、それを済まなく思う気持ちは、彼自身にしか、分かり得ないものだっただろう・・・。

 

提督「―――ん? あれは・・・。」

 

視線の先から、駆逐艦娘が1隻近づいてくるのが見えた。

 

清霜「・・・あ、司令官!」

 

提督「おう清霜、休めてるか?」

 

清霜「もっちろん! 改になって、戦艦に一歩近づけたし、この力をちゃんと使えるように、ちゃんと休まないとね。」

 

提督「うん、いい心意気だ。休むべき時に休むと言う心がけをする、レッスン2と言う所だったが、出来ているようだな。」

 

清霜「―――司令官・・・!」

 

提督「お前の夢に向けて、俺も頑張ってやる。だから清霜も、頑張れよ。」

 

清霜「はいっ!」

 

提督「ではな、またあとで。」

 

清霜「あ、はいっ! 失礼します!」

 

喜色満面と言った面持ちで清霜はその場を後にした。

 

翔鶴「―――“戦艦に近づけた”、ですか。」

 

提督「清霜の夢だそうだ。戦艦になると言うのはな。」

 

翔鶴「微笑ましいですね。」

 

提督「そうだな―――。」

 

作戦を前に、直人には清霜の前途に対して思いを馳せるだけの余裕があったと言う事は確かであった。

 

 

提督「両舷前進! 速力14、進路100!」

 

翌10月5日6時13分、幌筵時間7時13分、重巡鈴谷は特別任務群を伴って、幌筵島を出港する。それは、前代未聞の激戦の幕開けを、静かに告げていた。

 

提督「勝つぞ、何としても―――。」

 

必勝の信念を胸に抱き、確実な作戦案を、完璧にこなすべく、直人はその智謀の粋を結集し始めていた―――。

 

 

10月7日7時39分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「おはよう明石。」

 

明石「おはようございます。」

 

提督「昨晩何か変わった様子は?」

 

明石「午前1時頃に、敵の無線波と思しき電波を探知しています。方角と強度から考えると、本艦から8000mの範囲の右舷方向からのものです。」

 

提督「潜水艦かな。」

 

明石「ソナーに反応はありませんでしたが、恐らくそうだと思われます。」

 

提督「ベーリング海には既に入ってるしなぁ・・・まぁ放っておけ。向こうでも“歓迎”してくれるだろうからな。」

 

明石「分かりました。」

 

 

~3時間ほど前~

 

4時40分 ベーリング海棲地中枢部

 

極北棲姫(ヴォルケンクラッツァー)「何? 重巡が1隻だと?」

 

 極北棲姫こと摩天楼(ヴォルケンクラッツァー)に、哨戒中の潜水艦「グラウラー」から鈴谷に関する第一報が届いたのは、実に3時間遅れであった。その間潜水艦部隊は触接を続け情報を送り続けていたのだが、速力の差で2時間ほどで振り切られたのである。ただ鈴谷側は何もしていない。

 

極北棲戦姫(リヴァイアサン)「えぇ。多分時々報告のあった、“鈴谷”と艦影を一致する艦ね。」

 

極北棲姫「成程、サイパンの連中がベーリング海に―――」

 

極北棲戦姫「どうする? 深海でも有名な部隊よ。戦ってみる?」

 

極北棲姫「我々が出向く程の相手ではあるまい。第8前衛艦隊に迎撃命令を。」

 

極北棲戦姫「了解。」

 

ヴォルケンクラッツァーは自ら出戦せず、前衛艦隊の一つに迎撃の指示を出した。この時点で直人の目論見は達せられた。全力で迎撃命令が出されなかったのは僥倖と言っていい。そして何より、特別任務群は感知されていなかったのである!

 

 

提督「―――警戒レベルを昨日より1段引き上げる。第2種臨戦体制に移行、警戒態勢を崩すな!」

 

明石「了解!」

 

それを把握していた訳ではないが、7時40分に直人は第2種臨戦態勢を発令し、敵襲への備えを厳としたのである。

 

提督「予想会敵海面も、その時刻も不明ではな。」

 

明石「こうする以外ありませんね。」

 

提督「そういう事だ。レーダーも全て稼働させろ、逆探される事は気にしなくていい。」

 

明石「分かりました!」

 

 

その後も重巡鈴谷はベーリング海外縁部を北上、敵中枢を突くかの構えを崩すことなく進撃を続行した。その間殆ど敵の姿は無く、海は平穏そのもののように映った。

 

 

10月08日10時35分 ベーリング海南西部/アッツ島より機首方位20度へ約800kmの海域

 

提督「・・・。」

 

明石「・・・提督!」

 

提督「どうした!」

 

明石「敵の反応です、本艦から右前方、距離3万2000、誤差±4000!」

 

提督「よし、艦娘艦隊、全艦出撃せよ!」

 

 ついに待ち望んだ時が来た、と言う事だろう、直人は麾下艦艇に出撃命令を下した。この日は朝からずっと艦娘達がいつでも出撃出来るよう待機させていた為、全員が完全武装で出撃命令を待っていたのである。

 

提督「出撃順は空母、戦艦、駆逐艦の順、残りは任意だ! 空母部隊は発艦後艦載機を出せ!」

 

瑞鶴「“了解! 瑞鶴、出撃します!”」

 

翔鶴「“翔鶴、行きます!”」

 

瑞鳳「“瑞鳳、出撃します!”」

 

金剛「“一番お先に、金剛、出るネー!”」

 

 両舷のハッチが開かれ、いの一番に4隻の一水打群所属艦艇が発艦する。後部ウェルドックからも続々と艦娘が発艦し、展開した空母からはたちまち航空機が続々と発艦、その周囲を各艦隊の駆逐艦が固め、戦艦部隊は砲戦態勢を整える。

 

提督「主砲、発射体制に入れ! 距離2万で撃ち始めるぞ!」

 

明石「了解! 重巡鈴谷、砲戦体制へ移行します!」

 

その間にも続々とカタパルト発進の報告が相次ぎ、航空隊は上空で編隊を構築しつつある。

 

提督「瑞雲を出せ! 敵を偵察する!」

 

副長「―――!(了解しました!)」

 

金剛「“私も出した方がいいデスカー?”」

 

提督「そうだな、頼む。」

 

金剛「“OK!”」

 

提督「全艦隊砲雷撃戦用意! 第三艦隊は艦載機発艦次第後退せよ!」

 

防空棲姫「“私達はどうすればいいのかしら?”」

 

提督「敵の右側面に潜航状態で回り込んでくれ、タイミングは伝える。」

 

防空棲姫「“了解。”」

 

金剛「“艦隊全艦、展開完了デース!”」

 

提督「第一艦隊は横列陣を形成、一水戦は突撃態勢を維持せよ、一水打群は二水戦を前面に鋒矢陣を構築、完了次第突入せよ。」

 

金剛「“roger(ラジャー)!”」

 

大和「了解!」

 

提督「あと第一艦隊から三笠と第八駆逐隊を抽出する。機動戦力として待機せよ。」

 

三笠「“了解。”」

 

朝潮「“承知しました!”」

 

矢継ぎ早の指示の間に5分が経過した頃艦隊は展開を完了、陣形指示の後、10時41分、最初の砲火が交わされる。

 

金剛「Fire!!」

 

大和「撃てっ!」

 

ローマ「Fuoco(フォーコ)(撃て)!」

 

イタリア「撃て!!」

 

この日最初に放たれたのは、大和と金剛の46cm砲合計21門と、口径で大幅に劣るものの射程で上回る、イタリア製の15インチ(381mm)砲18門であった。第一艦隊の大和の交戦距離は3万m、一水打群の金剛とイタリア、ローマは2万8000mで口火を切ったのである。

 

瑞鶴「“攻撃隊、前進するわ!”」

 

提督「幸運を祈る。偵察機、情報まだか!」

 

明石「現在全速力で進撃中、あと5分で到達します!」

 

提督「敵の詳細が分からんと動きようがない、頼むぞ・・・。」

 

 上空を轟々と、各空母から発艦した200機を超える第一次攻撃隊が航過する。栄が、金星が、アツタが、誉が、幾重にも重なった爆音を響かせ、見敵必殺を掲げるように堂々とした編隊を組む。

その一方直人の手元には情報が不足していた。このため瑞雲の快足を利した強行偵察だけが頼みであった。

 

提督「艦を前に出せ、積極策で行くぞ!」

 

明石「分かりました! 進路修正右20!」

 

提督「主砲発射用意、目標、敵先頭集団!」

 

金剛「“無理は禁物ネー!”」

 

提督「分かってる、心配するな。明石、操艦を任せるぞ。」

 

明石「はいっ!」

 

 明石もすっかり実戦慣れし、鈴谷の戦闘時に於ける操艦を委ねる事が出来るまでになった。直人にとっては戦闘に集中出来る分嬉しい事である。そして直人の命令を受け、艦首に2基搭載された、普段より砲身長も大きさも一回り大きな砲塔が旋回を始める。この鈴谷にさながら巡洋戦艦のような火力を与えるとっておきの一品、10インチ(25.4cm)連装砲であった。

その一方で、隊列を整え正に突入せんとする部隊がある。第二水雷戦隊である。

 

霰「・・・。」

 

陽炎「多いねー・・・。」

 

不知火「油断すれば、すぐさまやられるでしょう。」

 

霞「大丈夫よ、私たちは二水戦の基幹部隊。だからこそ、最大限の訓練を積み重ねてきた。」

 

霰「―――やりましょう。二水戦の、誇りにかけて。」

 

黒潮「おっ、せやね~。」

 

普段物静かな霰が放ったその言葉は、黒潮に珍しいと思わせたようだ。

 

矢矧「―――全艦突入! 我に続け!!」

 

陽炎「十八駆逐隊続航! 旗艦に続け!」

 

朝霜「三十一駆、我に続けェ!」

 

浜風「十七駆、全艦突撃!」

 

雪風「第十六駆逐隊、突撃します!」

 

夕雲「第十駆逐隊、三十一駆を援護するわ! 続いて!」

 

 二水戦は4つのグループに分かれ、各隊毎に突撃を開始する。解き放たれた最強の猟犬達は、敵味方の砲弾が唸りを上げる中を、放射線状に分散しながら一挙に敵との距離を詰める。

 

金剛「“二水戦、突撃を開始したネ!”」

 

提督「了解。」

 

明石「偵察機から第一報!」

 

提督「どうだ?」

 

明石「“敵の規模はおよそ2万8000から3万隻程度と推定される”、との事です。」

 

提督「ロフトンの情報通りの規模だな。敵旗艦に関する情報は?」

 

明石「それが、直掩機に追われつつの偵察の為と思われます、まだです。」

 

提督「瑞鶴! 攻撃隊はどうなってる!」

 

瑞鶴「“あと2分! 制空隊はたった今戦闘に入ったわ!”」

 

提督「分かった。敵艦隊との距離はまだ遠いな。」

 

北上「“こちら十一戦隊、長距離雷撃成功だよ!”」

 

提督「よくやった!」

 

後部電探室「“右前方敵機!”」

 

提督「対空戦闘、任意射撃せよ!」

 

副長「!(ハッ!)」

 

提督「10cm高角砲の威力でもって打ち払ってやれ!」

 

 鈴谷の高角砲は砲架式の10cm連装高角砲に換装されている。このほか25mmの連装機銃も三連装になるなど、艦娘艤装と同じ機構であることを生かすかのように改装されている。既に独自の兵装である舷側副砲群も14cm砲が発射準備を終えており、命令を待つのみであった。

 

提督「―――主砲1番2番、撃てッ!!」

 

 

ドドオオオォォォォォーーーー・・・ン

 

 

 鈴谷の10インチ砲が距離2万で遂に火を噴く。本来設計上で想定されているよりも2インチ(5.08cm)大きいこの火砲は、その重量と大きさ故に砲塔を4基しか搭載出来ない。その代わりとして元の1番砲塔の跡にはこの時、10cm連装高角砲が2基4門、並列で装備され、対空火力を強化していた。

 

明石「偵察機から第二報!!」

 

提督「読んでくれ。」

 

明石「“敵は輪形陣を形成、中央に戦艦及び空母推定合計550以上を認む。”以上です。」

 

提督「偵察機に対して照会せよ、『敵旗艦について情報ありや』。」

 

明石「送ります!」

 

瑞鶴「“攻撃隊、攻撃を始めたわ!”」

 

提督「了解した。明石! 敵との相対距離を2万に保て!」

 

明石「了解しています!」

 

 

ドドオオオォォォォーーー・・・ン

 

 

右舷見張員「右舷に至近弾2!」

 

提督「応急修理班はいつでも動けるよう待機、隔壁は全て封鎖してあるな!?」

 

副長「――――。(万事済ませてあります。)」

 

提督「大変結構だ。」

 

 鈴谷の周辺空域は既に多数の炸裂した高角砲弾が黒煙を浮かべていた。敵の第一次攻撃隊は直掩機によって半数以上が阻止され、その残った半数の更に一部が鈴谷に殺到したに過ぎない。

逆に言えば、ほんの少数の敵機で鈴谷の防空網は突破不可能と言う事でもある。

 

明石「偵察機から報告です!」

 

明石が照会した内容の報告が来た旨を告げる。

 

提督「読んでくれ。」

 

直人は何一つ声色を変えず明石にそう返す。そこは流石だったのだが、その次に告げられた内容に直人は驚く事になる。

 

明石「“敵陣内に、敵旗艦級と思しき艦影を認めず。”以上です。」

 

提督「なんだと―――!?」

 

そんな筈がない報告だった。これを鵜呑みにするなら、目の前の艦隊は、()()()()()()()()()()、横鎮近衛艦隊を相手に()()()()()()()()()()と言う事を意味しているのだから・・・!

 

提督「偵察員の練度も落ちたかな?」

 

明石「そんな筈は・・・!」

 

提督「だったらなんで旗艦はいないなんて報告が来るんだ、そんな筈はない! 寝ぼけるなと伝えろ!」

 

明石「・・・分かりました。」

 

提督「・・・すまん、ちょっとかっとなってしまった、許してくれ。」

 

明石「いえ、大丈夫ですよ?」

 

提督「改めて瑞雲に送ってくれ。“敵旗艦級の発見に努めよ”とね。」

 

明石「はいっ!」

 

明石を通じて自分の意思を伝えた直人。副長がお盆に持ってきたコップの冷水を飲み干して頭を冷やす。

 

提督(そんな筈はない、どこかにいる筈だ―――っ!)

 

明石「どうしました?」

 

提督「電子機器のノイズが、少しばかり気になってな。」

 

明石「特別任務群のものではないでしょうか?」

 

提督「敵艦隊よりも離れているのにか?」

 

明石「あ・・・。」

 超兵器の発する電子機器に対するノイズは、相手にもよるが強く出るのが概ね3万前後、それ以後は徐々に減衰し、8万mから9万mの間で検出できなくなったとされる。この水準は、現在確認されている超兵器級でも同様である事が確認されている。

現在鈴谷は相対距離を2万mで維持しており、特別任務群は別行動中でかなり離れている為、そう大きなノイズは検出出来よう筈もない。

今電子機器にははっきりとノイズが現れており、使用に支障が出る程の強度と来ている為、いるとするなら、確実に敵である筈なのだ。

 この状況に加え、超兵器級に準ずるとも言われる姫級の大半はノイズを発生させないから、姫級であろう筈は殆どない。

姫級ですらないレ級でもノイズは発生するが、量産型超兵器と言う出自故か超兵器級ほどにノイズを発生させはしないし、何より姿形が割れている以上観測員が見逃す筈はないのである。

 

提督「どうなってるんだ・・・?」

 

明石「提督、飛行長から意見具申!」

 

提督「なんと言ってる?」

 

明石「瑞雲2機を直ちに追加で出せるそうです。」

 

提督「うん、()ってくれ。多角的に探すんだ!」

 

明石「分かりました!」

 

直人がそう指示するや否や、鈴谷両舷のカタパルトから、2機の瑞雲が射出される。今回は航巡フォームではない為、先に出した1番機を含めこれが鈴谷艦載機の全てである。

 

提督「なんとしても敵旗艦を見つけ出せ、必ずどこかにいる筈だ!」

 

直人のこの命令は、直ちに関係各所に送られ、攻撃隊も偵察機も、血眼になって敵の旗艦級を探し始める―――その時だった。

 

 

~10時09分~

 

左舷見張員「“左舷敵雷撃機、魚雷投下、雷数2(ふた)!”」

 

提督「取り舵一杯急げ!」

 

明石「取り舵一杯!」

 

敵の魚雷を回避する為鈴谷が急速回頭を行う。20度、40度・・・

 

提督「舵戻せ!」

 

明石「戻します!」

 

 

ズバアアアアアアアアアアン

 

 

艦橋の前を、何かが横切ったのが2人の目に映る。

 

提督「なんだっ―――!?」

 

明石「か、解析します!」

 

 

~同じ頃、後方の第三艦隊~

 

瑞鶴「翔鶴姉、大丈夫?」

 

翔鶴「私は大丈夫よ。それより艤装が・・・。」

 

瑞鳳「瑞鶴さんは翔鶴さんをお願いします、その間私が!」

 

秋月「私と照月もお手伝いします。急いで鈴谷へ退避を。」

 

瑞鶴「お願い!」

 

 翔鶴ら空母部隊を含む第三艦隊は、本隊の後ろ、つまり西方にある雲の下に隠れていた。直人ら本隊はその雲の海域を背にして戦っていた訳だが、この時翔鶴はとことん運がなかった。翔鶴の真上だけ雲が切れていたのである。

突如として雲の中から15機の急降下爆撃機が一斉に舞い降り、翔鶴に向けて投弾、4発が直撃した。これにより翔鶴は大破し、航行が可能なだけとなっていた。

 しかもこの時悪い事は重なるもので、この時第三艦隊には、鈴谷の正確な位置が把握出来ておらず、その照会からする羽目になったのである。

 

提督「なに? 翔鶴が、大破!?」

 

瑞鶴「“鈴谷へ今後送する所なんだけど今どこ?”」

 

提督「敵艦隊から距離2万と言ったところだ。すぐに下がるからこちらへ向かってきてくれ。現在座標をこちらから送る、そっちの場所は分かってるから安心してくれ。」

 

瑞鶴「“了解!”」

 

提督「聞いたとおりだ。明石、急ぐぞ。」

 

明石「分かりました! 取り舵一杯! 進路を西へ取ります!」

 

提督「金剛、大和、本艦は一時下がる、援護してくれ。」

 

金剛・大和「“了解!”」

 

提督「なんでまた翔鶴なんだ・・・それにさっきのは一体―――?」

 

明石「見張員からの証言取れました。“青白い光の帯のようなものが、前檣楼を掠める様に通過した”との事です。別の証言では、それに緑の稲妻が巻き付いていたという証言も。」

 

提督「レーザー兵器か・・・?」

 

明石「分かりません。ただ、証言によるとそれは、鈴谷の“右舷斜め前上方”から入射したそうです。」

 

提督「余計に分からんぞそれ・・・。」

 

明石「とにかく今は翔鶴さんを。」

 

提督「うん、それもそうだな。」

 

直人は大破艦の収容を優先し、検討を先送りにした。この事がこの後、大きな損失を生む事となる

 

 

鈴谷は全速力で西に走り、翔鶴らとの合流を急ぐ。その結果10分後には彼我の距離4000にまで縮まっていた。

 

提督「俺も迎えに行く、さっきのが気がかりになってきた。」

 

明石「お気をつけて。」

 

~10時19分~

 

提督「巨大艤装『紀伊』、出撃する!」

 

電磁カタパルトに導かれ、艦首方向へ巨大艤装が放たれる。

 

 

ザザァァァァッ

 

 

提督「よしっ―――」

 

直人は見事に着水を決める。

 

瑞鶴「提督ー!」

 

提督「おーう!」

 

 

~???~

 

「・・・。」ニィッ

 

 

瑞鶴「翔鶴姉、もう少しだよ。」

 

翔鶴「えぇ―――ッ! 瑞鶴、逃げて!」

 

 

ドンッ

 

 

瑞鶴「えっ―――!?」

 

 

ズバアアアッドガアアアアアアァァァァァァァァァーーーーー・・・ン

 

 

秋月・照月「!?」

 

瑞鳳「えっ!?」

 

瑞鶴「―――ッ!」

 

提督「何ッ―――!?」

 

突如降り注いだ謎の光線と、それに続く大爆発。瑞鶴はこの状況を、一番早く知覚し、そして恐怖に駆られた―――。

 

瑞鶴「翔鶴姉―――!!」

 

 その光線は翔鶴に向かって放たれたもので、翔鶴はそれを直撃された。虫の知らせのようなものでそれを察知した翔鶴が、自分を突き飛ばし、爆発から自分を守ったのだと。

そこまで分かった時、瑞鶴は恐怖で足がすくみ上がっていた。

 

 

提督「翔鶴ッ!!」

 

 

ゴオオオオオオオッ

 

 

一方で大爆発の爆炎の中心に、翔鶴はいる筈だ、そう思い、直人は機動バーニアを全開で吹かす。

 

瑞鳳「そんな・・・!」

 

余りの事態に、その場にいた全員が立ちすくむ。動けたのは直人くらいのものだった。

 

提督(ダメなんだ、これ以上、俺が何かを失う事が、あってはならないんだ! 信じろ、まだ翔鶴は、そこにいると! 誰がこれ以上、俺のものを取り上げる権利があるものか!!)

 

直人は必死に駆ける。爆炎の中に飛び込み、その中心へ―――

 

提督「―――!」

 

そこで彼は、“何か”を見た。そして彼はそれに向かって闇雲に手を伸ばす―――

 

 

パシッ―――

 

 

その“何か”を掴み、直人は引き上げた。

 

 

ザバァッ―――

 

 

提督「翔鶴、翔鶴!」

 

瑞鶴「提督さん・・・?」

 

直人が翔鶴の顔を下に向けさせ、数回背中を叩いてやると、翔鶴が口から海水を吐き出し咳き込む。

 

提督「翔鶴、大丈夫か?」

 

翔鶴「てい・・・とく・・・。」

 

提督「無理に喋るな、傷に悪いぞ。」

 

翔鶴「ずい、かくは・・・?」

 

提督「瑞鶴は無事だ、お前のおかげだ。分かったらおとなしく―――ッ!」

 

直人が背後に悪寒を感じた―――その時だった。

 

 

ザバアアアアァァァァン

    バチイイイィィィィィィィィィ・・・

 

 

提督「―――“あきづき”!」

 

防空棲姫「無線は聞いてたわ。旗艦がいないって聞いておかしいと思ったのよ。早くその空母を下げさせなさい、ここは私がこの防壁で防ぐ!」

 

提督「ありがとう―――急ぐぞ!」

 

一同「「了解!」」

 

 直人は急いで翔鶴を担ぎ上げると、鈴谷に向けて航行し始める。翔鶴は艤装が爆発した際に背中に大けがを負っており、早急な処置が必要だったのだ。

 

提督「明石、翔鶴が負傷した、ウェルドックに妖精を寄越して緊急処置を!」

 

明石「“わ、分かりました!”」

 

提督「―――しかし、敵は一体どこから・・・」

 

防空棲姫「旗艦はいるわ、ちゃんとね。問題は、それが“見えていない”事よ。」

 

提督「―――! 敵艦隊上空の偵察機へ、敵の不審な航跡(ウェーキ)を探せ!!」

 

瑞鶴「どうしたの提督!?」

 

提督「今の言葉を考えるなら、敵は居ないのではなく、“見えていない”だけだ。ならば見えない敵を探すのに最も効果的なのが、航行した後に残る航跡だ。」

 

瑞鶴「・・・成程。敵の正体、分かったね。」

 

提督「確信に近いが証拠が欲しい所だ。まだ推測に過ぎん。」

 

瑞鶴「そうだね・・・。」

 

翔鶴「―――ずい、かく・・・みんな・・・無事で・・・」

 

提督「―――まずいな。」

 

ウェルドックに飛び込む寸前、直人はそう呟いた。幸い誰にも聞かれる事は無かったが。

 

提督「頼むぞ、何としても助けてやってくれ。」

 

妖精たち「―――!」コクリッ

 

提督「行くぞお前達。」

 

瑞鶴「うん。」

 

提督「艦隊へ、一時後退せよ! 陣形再編の後、敵に決定打を打ち込む!」

 

金剛「“お、OKデース!”」

 

大和「“分かりました。”」

 

提督「瑞鶴、第二次攻撃隊を。対艦装備全力で出せ!」

 

瑞鶴「遅滞戦術だね、任せて!」

 

 

瑞鶴「第三艦隊へ、稼働機全機発艦! 編隊は組まなくていいわ、発艦したらすぐに向かって!」

 

赤城「“今すぐにですか!?”」

 

瑞鶴「今すぐよ、艦隊が後退するわ、急いで!!」

 

赤城「“了解!”」

 

瑞鶴「陣形再編成まで、私たちが時間を作る! 攻撃隊、発艦始め!」

 

瑞鶴が鈴谷の至近で艦載機を放つ。緊急発艦された機体は直ちに高度を上げつつ敵艦隊に向かう。

 

瑞鶴「提督、七航戦も出させる?」

 

提督「この期に及んでは出し惜しむ余力はないだろう、出させろ!」

 

瑞鶴「ほい来た。雲龍!」

 

雲龍「“なんでしょう?”」

 

瑞鶴「全艦艦載機を発艦させて、例外はなしよ。」

 

雲龍「“全機ですか?”」

 

瑞鶴「そう全機よ。音羽にも出させて!」

 

雲龍「“了解!”」

 

瑞鶴(翔鶴姉をあんな目に遭わせた奴らに、容赦はしない!)

 

提督「俺も全機発艦させるか。」

 

瑞鶴「あ・・・そうしてくれるの?」

彼女がそう聞いたのは、紀伊艦載機隊だけは瑞鶴の統制下に無いからだった。そんな彼女に対して、直人は仰々しく言って見せた。

「安んじて、お任せあれ。」

「―――うん!」

その表情の裏に、翔鶴に対する焦慮が募る事を瑞鶴は勿論理解した。だが表面上はそんな思いを押し殺して、瑞鶴は笑顔で頷き返した。

「全機連続発艦! 敵艦隊に楔を打ち込むぞ!!」

その瞬間、紀伊に搭載された連射式ボウガンが唸りを上げ、艦載機が次々と展開される。その展開速度たるや、ヲ級を上回るレベルである。

 

金剛「“艦隊後退開始、敵が追ってくるネー!”」

 

提督「少し引き付けろ!」

 

金剛「“OK!”」

 

 11時22分、横鎮近衛艦隊は全部隊が後退を開始、これに釣られる様に敵部隊の一部が追撃を開始、遅れてはならじとばかりに敵本隊も動く。

その様子を、直人は手に取るように把握していた。

 

提督「―――今だあきづき!!」

 

防空棲姫「“了解よ!”」

 

 

防空棲姫「全艦浮上! 敵の側面を叩くわよ!」

 

5隻「“了解!!”」

 

 直人の指示で特別任務群が遂に動く。6隻の姫級及び超兵器級は、横鎮近衛艦隊に追いすがる敵本隊の側面に突如として浮上、近江の艦載機発艦を皮切りに、2隻の播磨型の長砲身56cm砲が轟音と共に連続発射される。

 

 

「なに、なんなの!?」

 

「側面ニ現レタ深海棲艦カラ、攻撃ガ―――!」

 

「講和派ノ艦隊デス!!」

 

「あの裏切り者共ね、全部纏めて沈めてあげるわ!」

 

「敵機ガ・・・!」

 

「なっ・・・!?」

 

 奇襲も完璧なら航空隊のタイミングも完璧であった。特別任務群の強襲に即応するような形で、紀伊制空隊180機と、噴式強襲部隊80機が、ジェットエンジンの轟音と共に戦場へ殺到してきたのである。

艦娘部隊の後退に驕り突入していた深海棲艦隊に、この吹き付ける鉄の暴風に抗う術など残されていなかった。たちまちに数十隻が撃沈破され、その背後から瑞鶴ら第三艦隊の艦載機が波状的に押し寄せようとしていた。これは艦隊の右側面から迫る深海棲艦機も同じ事であり、しかもこの近江が搭載する艦載機は、全てが航空機型なのである。

 その巨体を利して搭載するのは、銀河や雷電、震電改と言った大重量の陸上機であり、烈風や流星などの艦上機も当然搭載している。これらが合計で600機以上も殺到してくるのである。

 

近江「行け! 戦争狂共に目にもの見せてやるのよ!!」

 

近江が艦載機に激励を飛ばす。これが、横鎮近衛艦隊が誇る逆転の一打であった。

 

 

提督「航空攻撃が始まったな。」

 

瑞鶴「流石提督さん、タイミングばっちり。」

 

提督「噴式機だからこそだな、確かあれの艦娘での運用理論の研究はもうちょっとで終わるんだっけな・・・明石が言ってた。」

 

瑞鶴「そうなんだ・・・。」

 

提督「そこから実用化への研究がいるけども。出来たデータは三技研に回す事にもなってる。」

 

瑞鶴「大変だね・・・。」

 

提督「いやホントに。」

 

技術開発の一翼を担ってさえいる横鎮近衛艦隊。しかし技術を作ると言うのは、一様に大変なのである。

 

提督「取り敢えず今は、戦闘に集中しよう。気持ちはわかるが―――」

 

瑞鶴「分かってる。勝たなきゃ。」

 

提督「―――その通りだ。心配するのは、これが終わってからにしよう。」

 

心配しているのはお前ばかりではないぞ。直人はそう言ってやりたい気もしたが、瑞鶴は明敏にその言葉を汲み取って何も言わせなかったのだった。

 

 

~11時32分~

 

提督「―――第一艦隊は左右両翼へ展開、中央に一水打群を配置し突撃態勢を取らせろ。」

 

金剛「OK!」

 

大和「“分かりました。”」

 

直人は後退してきた金剛と合流し、戦列の再編成にその知恵を絞っていた。

 

 

キラッ―――

 

 

提督「うん・・・?」

 

金剛「・・・? どうしたネー?」

 

何かに向かって目を凝らしている直人に金剛が不思議そうに聞く。

 

提督「昼間っから何か光ったような・・・?」

 

金剛「敵機デース?」

 

提督「分かんない・・・ん?」

 

目を凝らしていた直人が光を見る。それは、青白い光であった。

 

提督「金剛逃げろすぐに!」バッ

 

金剛「―――!」バッ

 

 

ズバアアアアアアアアアアアアアン

 

 

提督「あぶな・・・!」

 

金剛「これは・・・!」

 

提督「―――もしかして、反射鏡!?」

 

金剛「どういう事ネー!?」

 

明石「“提督! 偵察機から入電!”」

 

提督「どうした!」

 

明石「“『敵艦隊の中央に、明らかに大なる航跡を認む。但し、敵艦影を認めず。』以上です!”」

 

提督「分かったぞ、敵の正体が!」

 

金剛「oh!? それって一体?」

 

提督「シャドウ・ブラッタだ、間違いない。航跡があって艦影がないと言う事は、自然と答えは一つになる。」

 

金剛「面倒デスネー・・・。」

 

提督「奴は光学迷彩システムを採用している。超巨大ステルス戦艦とはよく言ったものだが、あいつは電波ではなく人の目を欺く訳だ。フィラデルフィア実験で見事に成功して見せたからな。」

 

フィラデルフィア実験―――都市伝説として有名な逸話であるが、この世界では実際に実施されている。勿論テスラ・コイルによる消磁実験(※)などではない。

 

※テスラ・コイル(高周波・高電圧を発生させる変圧器)によって生じる磁気を使い、金属製である艦が持っている磁気を打ち消す事により、レーダーの目を逃れようとしたらしい。

但し、これで免れ得るのは「金属探知機(及びこれと同じような原理の対潜水艦磁気探知機)」であって、電波の反射により敵を探知するレーダーを免れる事は出来ない。

 

 1942年7月16日、小型の超兵器機関を用いて改装し作られた試験艦アルベマールに設置された、光学迷彩システムの試験が行われ、アルベマールはシステムが設定された部分(艦中央部のみで実験していた)を不可視化する事に成功したのである。

この際のデータを基にした光学迷彩装置を搭載したのが超巨大ステルス戦艦「シャドウ・ブラッタ」なのである。

原理については現在でもアメリカの最高機密とされており詳細は明らかになってはいないが、光の屈折を人工的に周囲に起こさせる事で光の軌道をレンズを通すかのように捻じ曲げる事によって不可視化すると言う説が最有力である。

 何はともあれ物理的な不可視化である為、付け入る隙は勿論ある。それは先程偵察機の報告にあった「航跡」と言う訳である。

 

提督「偵察機へ、巨大艤装からの航跡の方角を逐一報告せよ!」

 

金剛「どうするんデース?」

 

提督「狙い撃つだけの事さ。」

 

 

――Fデバイス、2番限定展開――

 

 

直人が右腕に呼び出したのは、“大いなる冬”のレールガン部分である。

 

金剛「―――成程ネー。」

 

提督「その前に、だ―――」

 

直人は言葉をとぎり、ヴルツブルグレーダーで先程光が見えた方角を走査する。

 

提督「あった―――!」

 

呟くが早いか、直人は15cm高射砲を連射する。

 

 

―――ドォン・・・

 

 

提督「ビンゴ!」

 

金剛「あれは―――!」

 

提督「見た感じ、どうやら反射鏡を搭載したオートジャイロってとこだな。上からは丸見えだったようだが。」

 

金剛「気づくのが、遅すぎたネー。」

 

提督「悔いるのは後だ! 今ではない。」

 

金剛「・・・デスネー。」

 

提督「あきづき、そっちはどうだ!」

 

防空棲姫「“今のところは優勢ね、でも敵超兵器の目がこっちに向いたかもしれないわ。”」

 

提督「分かった。」

 

それだけ応えると、直人はレールガンを敵方に構える。

 

提督「―――。」

 

鈴谷の放った瑞雲からの報告を元に、彼は照準を付けていく。

 

提督「誤差修正―――発射!!」

 

 

バアアアアアァァァァァァァァーーーーー・・・ン

 

 

 耳を(ろう)するレールガンのけたたましい発射音が辺りに響き渡る。

放たれた砲弾は青白い閃光となって敵陣を一直線に突き抜け、そして―――

 

 

ドゴオオオォォォォ・・・ン

 

 

「“敵、正体不明艦に命中した模様!”」

 

提督「よしっ!!」

 

 その報告と前後するように、敵陣の中から新たに煙が沸き上がるのを彼は見て取り、更にその煙の根元を目掛け照準を合わせ2発撃つ。

それらも命中したと弾着観測役の瑞雲偵察員が告げる。

 

提督「煙さえ吐かせりゃこっちのモンよ。」

 

金剛「やったネー!」

 

 

「くっ・・・! やってくれるじゃない! こうなったら―――!」

 

 

提督「全艦、突―――」

 

 

ズバアアアアアアアアアアン

 

 

提督「くぅっ!?」

 

突如巨大艤装の脇を掠めたレーザー光線に驚く直人。

 

金剛「“大丈夫ネー!?”」

 

提督「俺は無事だ、被害は?」

 

金剛「“ナッシング!”」

 

提督「結構。全艦突入せよ! 特別任務群は突入を支援せよ、航空攻撃はこのまま続行!」

 

横鎮近衛艦隊が再度の突撃を開始する。航空攻撃の結果、敵艦隊は既に1万隻を超す損害を出し、艦隊と合わせるとこの時点で戦力の半数以上が撃沈、若しくは戦闘不能に陥っていた。あと一歩、と言う所で、敵旗艦の正体さえも露見したのである。

 

明石「“偵察機より報告、敵旗艦が姿を現しました!!”」

 

 

「全エネルギー、兵装へ! 私の姿を見た事を、後悔させてやる!!」

 

「“深海幽玄姫(ゆうげんき)”様!」

 

深海幽玄姫「全艦突撃! 私達前衛艦隊の力、見せてあげるわ!」

 

敵味方双方から呼ばれるその二つ名―――“幽玄姫”シャドウ・ブラッタ。蜃気楼の先に身を潜め、多くの米露軍艦艇を沈めてきた、人類軍にとって怨敵とも言うべき一人である。深海棲艦にしては清廉にして堂々たる風格を放つ超兵器級深海棲艦である。

 

 

提督「幽玄なる姫のお出ましですか、しかし突撃してくるとは―――では、一戦お相手仕らん。全軍突撃せよ! 瑞雲も、駆逐艦も、全員闘え!!」

 

全員「「「“了解!”」」」

 

深海幽玄姫の前衛艦隊による突撃に対し、直人が出した命令が電撃的かつ苛烈な突撃命令であった。武装上半分を白く塗装した講和派深海棲艦からなる特別任務群も、乱戦に向けてその支援体制に入る。

 

提督「さて、いっちょ暴れるか。」

 

一水打群の後方400mから、巨大艤装『紀伊』が続く。鈴谷と第三艦隊は後方待機を命じられ、名実共に直人はフリーハンドで敵陣に乗り込める事になった。

 

提督「全砲門斉射! 撃てー()ッ!」

 

 

ドドオオオオオオオオォォォォォォォォーーー・・・ン

 

 

 巨大艤装『紀伊』が誇る120cm砲が、その砲身からゲルリッヒ砲弾を、炎と爆炎と共に吐き出す。語るに窮するほどの爆音と砲煙がまき散らされ、それに続くように要塞砲である80cm三連装砲、51cm連装砲が火を噴く。

合計砲門数、120cm砲2門、長砲身80cm要塞砲24門、51cm要塞砲32門の合計58門、加えて五式十五糎高射砲20門と、蛟龍Ⅱ型40隻による雷撃能力、600機に渡る艦載機による航空打撃戦力を兼ね備える巨大艤装。それが、巨大艤装『紀伊』なのである。

 航空戦力は近江に匹敵し、砲戦能力に於いてはヴォルケンクラッツァーを上回り、艦載艇搭載能力で甲標的母艦である千歳型を上回り、揚陸能力でデュアルクレイターに並び立つ。

更には明石やヴェスタルを上回る泊地修理能力までも持ち、これらの多彩且つ大重量な装備に機動力を与える為の艦娘機関はこれまた艦娘では到底及びもつかないような大出力であり、補助動力としてのバーニアは初期から比べても強化・効率化され重量も削減、緊急回避も容易になっている。

 そして度重なる改修により軽量小型化の改修が積み重なった結果、初期の鉄塊のような武骨なシルエットは、シャープでコンパクトなデザインへと(おもむき)を一新していた。

そこには初春や龍田などに使われている艤装浮遊接続技術も補助的に使われ、腰部円盤型艤装の体への接続面が大幅に減ったことにより腕も自由に巡らせられるようになった。

 副砲も51cm連装要塞砲に関しては初春主砲の様に浮遊しており、いざと言う時には最大距離こそ短いが、全方位攻撃(オールレンジアタック)のような事も出来る汎用性を手にしている。

 

金剛「“敵との距離1万2000!!”」

 

提督「全艦へ、全火器及び兵装使用許可! 躊躇うな! ぶつけるつもりで行け!!」

 

金剛「“OK!!”」

 

 金剛からの無線にも砲声と着弾した爆音が混じる。連続射撃を行いながら両者が距離を詰めている証拠である。

既に直人からも敵艦影が徐々に判別出来るようになりつつあった。

 

提督「そろそろ俺の航空隊も帰ってくる頃合いではあるが―――」

 

直人は空を見上げる。戦場から帰投して来る流星改や震電改の姿が垣間見えている。しかし乱戦域への突入をしている時に、悠長に収容再発艦をしている場合ではない。

 

提督「戦いながら、と言うのも難しい注文だな。やってやるしかないが。」

 

煩雑を極める乱戦になりそうだと言う予感が、彼にもし始めているのであった・・・。

 

提督(しかし、シャドウ・ブラッタか、道理で超兵器級だと分かるような大きな反応じゃない訳だ。)

 

 

深雪「おっひさしぶりぃ! 深雪スペシャル、いっけぇ!!」

 

叢雲「ハアアアアッ!!」

 

深雪がお得意の体術を敵軽巡に叩き込み、叢雲が肩を並べ数隻の深海棲艦に裂傷を負わせる。

 

提督「近づけると、」

 

チャキッ

 

提督「思うなぁ!!」

 

ズバアアアアアン

 

イ級「ガギャアアアアアッ!?」

 

 乱戦の中直人も奮闘する。抜刀からの霊力刃の投射で一刀の下に敵駆逐艦を沈める。

両軍が激突して既に10分、敵に大打撃を与えたことは確かだが、横鎮近衛艦隊側の損害も甚大なものになっていた。

戦艦長門は左舷艤装が根元から断ち切られ、大和は多数の被弾により2番主砲が使用不能、全ての副砲を失っている。重巡古鷹は3基の主砲の全てを大破させられ既に後退、足柄も右肩の主砲を失いながらも、なお継戦し続けていた。更には名取と五十鈴は携行艤装を喪失、陽炎や初雪も同様の事態に陥っており、状況は一様にいいとは言い難かった。

 しかしそれでも、その場その場の連係プレーにより、轟沈艦だけは辛うじて出さぬまま状況は推移しており、余りの砲煙の多さに暗がりの様になりつつある混戦の中、彼我の攻撃機が獲物を求めて果敢な「夜間」空襲を敢行する。

 

 

足柄「これだけの乱戦では難しいけれど、絶対に離れない事が肝心ね。」

 

妙高「そうです。常に僚艦の位置を把握するように努めて!」

 

これだけの高速で彼我の航跡が入り乱れるような状態では、僚艦を追う事すら困難を極めるのだが、そんな中で第五戦隊だけは、1艦も(はぐ)れる事無く、多少の損害を受けながらも隊列を保っていた。

 

 

音羽「―――非秩序的極まりないですね。これが普段の戦術なのですか?」

 

瑞鶴「場合によりけりね。ここまでの乱戦と言うのも中々例がないけど・・・。」

 

音羽「普段はどうなるんです?」

 

瑞鶴「距離を保って砲戦か、中世の陸戦の様に近距離砲撃戦での突破を図るか、まぁどちらかと言う感じね。」

 

音羽「成程・・・。」

 

瑞鶴から話を聞いた音羽は納得したように頷いた。基本的にこの2つは艦娘艦隊の基本戦術として採られることの多い戦術である。無論実際にそれを判断し実行するのは艦娘達である場合が圧倒的に多いのだが・・・。

 

 

提督「―――あれは!?」

 

彼我入り乱れる乱戦の最中、一切味方とも出会わないまま孤軍奮闘を続ける『紀伊』。その時右前方、煙の向こうに見慣れないシルエットが映る。向こうも同じタイミングで気づいたらしい事が直人には手に取って分かった。

 

提督「間違いない、旗艦だ―――!」

 

 彼が判断した理由は、その観察の所見としての、武装が上方向に絞られた外見をしている事である。前から見れば台形になっている感じである。

この形式の艦艇は実際に艦船設計として前例がある。「タンブル・ホーム船型」と呼ばれるものがそれで、古くは木造帆船から使われ、ズムウォルト級を初めとするステルス性を重視した艦艇でも採用された船型である。因みに喫水線下も含めると菱形に見えるのが特徴である。

メリットは、水平方向からくる電波が、上部に当たると空へ、下部へ当たると海へ反射され、元の方向へ戻る電波の量を減らすのである。

(余談だが、レーダーから電波の照射を受けたときにアンテナの方向に電波を反射させる能力の尺度、即ちレーダーに映るシルエットの大きさの事をレーダー反射断面積(RCS)と言うのだが、タンブル・ホーム船型はこのRCSの大きさを、これを採用していない艦船に比べて小さく出来ると言う事である。そして小さく出来る=もっと小型の船だと思わせられる、と言う事を意味している。)

 但し、シャドウ・ブラッタはこのタンブル・ホームに加えてSWATH船型と言う、水と触れる部分を出来るだけ削った双胴船のような形態であり、タンブル・ホームだけではない事に注意が必要である。実験艦「シー・シャドウ」に似通っているスタイルである。

 

提督(主砲よし、副砲よし、補助砲よし、全砲門装填よし―――発射!!)

 

 

ドドドドドドドドオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォ・・・ン

 

 

 砲身をほぼ水平に倒し、全ての砲門が一斉に開かれる。発砲遅延機構により、連続的かつ巨大な砲声が響き渡る。

同時に煙のヴェールを引き裂いて、敵の旗艦と思われる艦影から砲弾が送り込まれてくる。シャドウ・ブラッタの主砲である20インチ(50.8cm)3連装砲のものであった。

 

提督「ふんッッ!!」

 

直人が即座に足に力を入れて咄嗟に左へ飛び退る。航行の勢いも乗せたジャンプは辛うじてこれを回避し、かつて右舷51cm砲座のあった部分をすり抜ける。もし改装で後部に移設されていなければ直撃は避けられなかっただろう。

 

 

ドドドオオオオオオォォォォォォーーー・・・ン

 

 

一方で煙の向こうからは幾つもの爆発音が折り重なって響き渡る。余りの投射弾数の多さゆえに躱し切れず、10発以上が命中したと直人は判断した。

 

提督「とどめだ―――!」

 

直人は艤装をパージし、フロートとバーニアで安定させておくと、極光を鞘から引き抜き、一気に敵影に向けて距離を詰める。

 

深海幽玄姫「―――!」

 

提督「・・・。」

 

一瞬、直人とシャドウ・ブラッタの目が合う。シャドウ・ブラッタは覚悟を決めて目を(つむ)り、直人はその覚悟を見て取った。

 

(我流―――二刀十字斬!)

 

放たれたのは、すれ違いざまの神速の二連撃、正面から横薙ぎに、すれ違った後背中に向けて振り向かず180度縦に、相手にしてみれば下から上に振り抜くと言う工程を、すれ違いながら流れる様に行うと言う、磨き上げられた剣技を持つ者でなければ不可能な技である。

 

 

ズババァァァッ

 

 

深海幽玄姫「私の・・・負け、か・・・。」

 

 

ドゴオオオオオオォォォォォォーーーー・・・ン

 

 

提督「ふぅ―――。」

 

直人は呼吸を整えつつ、刀身に着いた血糊を懐から取り出した和紙でふき取ってから鞘に納めると、艤装の元へ戻って再装着し、戦闘に復帰する。

 

提督「よしっ。全艦隊へ、敵旗艦を撃沈せり!」

 

それは彼が放った、勝利宣言であった―――。

 

 

 その後敵艦隊は、12時45分までに文字通り全滅するまで戦い抜いた。その一因には、シャドウ・ブラッタからの撤退命令が出なかったことも一つの要素として存在したが、ともあれ彼らは少なくとも、命令には忠実な深海棲艦達であった。

一方でその死を覚悟の奮戦は横鎮近衛艦隊に少なかろう筈もない打撃を与え、圧倒的に不利な情勢下において尚、これは善戦したと言ってよかった。無論不利であったのは艦娘達とて同様でこそあったものの、彼女らには相応の経験もあり、特に取り乱すでも躊躇する風もなかった。

 航空隊の損害は172機出たが、各母艦ごとの損失は多くても20機強であり、それほど痛手を負った訳ではない。しかしそれでも200名を超す搭乗員が未帰還となった。

洋上ゆえの哀しさで、撃墜されたパイロットの生還率は著しく低くなってしまうのである。

 他方、心配されていた航空隊の出動効率については問題なく所定の割合を叩き出し、本隊が乱戦に挑む前の段階で敵に大打撃を与えるのに貢献した。殊に音羽隊の活躍が目立ち、僅かな機数にも拘らず、小編隊ごとによる戦術と技量によってその少なさをカバーし、且つ回転率を向上させる事により多大な戦果を出している。

人為的な悪天候にも似た乱戦下に於いてもその戦術が有効であると言う事も認められ、以後瑞鶴の指示でこれらの項目について研究が行われる事になった。

 

 結果的には勝利を収めたものの、大破艦31、中破艦47を初め、損傷を負わなかった艦は殆どなく、今回も乱戦の只中にありながらなお無傷だった雪風や、第三艦隊の殆どの面々を除けば、その艤装や体には、生々しい傷が刻まれていた。

中には煤汚れが付着した者もおり、火災や零距離と言う条件で戦い抜いた力戦敢闘の跡が、ありありと見て取れた。

 そして一番の痛手は―――一航戦の二番艦である翔鶴が艤装全損、自身も重傷で鈴谷のオペ室にそのまま運び込まれたと言う事実である。手術は成功し、病室の一つに身を横たえていたが、直人や他の艦娘達が見守る中にあって、未だに目を覚ましていない。

 

 

10月8日17時37分 重巡鈴谷中甲板・トレーニングルーム

 

その日の夕刻、直人と瑞鶴は二人で話をしていた―――

 

提督「すまない、瑞鶴・・・俺の作戦指導のミスだ。直掩機の比率を下げていなければこんな事には―――!」

 

作戦前の立案の段階で、直人は相手が超兵器級であると言う情報から、攻撃隊への戦闘機の比率を増やし、その一方で直掩機を削減する事で帳尻合わせをした。その結果、ローテーション出来る戦闘機の数が相対的に減り、迎撃網がその分荒くなってしまったのである。

 

瑞鶴「それは違うよ提督! たまたま雲に切れ目があったのだって、あれは運が悪かっただけで、翔鶴姉が狙われたのも―――」

 

提督「だとしても、敵にその悪条件を突破させる様な状況を、作り出した責任がある。」

 

瑞鶴「提督・・・。」

 

提督「正直、向ける顔もない。これまでの実績を信用したからこそ、この作戦は立案された。だが一方で、過去の前例を、敵が超えて来ないなどと言う確証もなかった。それを見落とした責任は、やはり俺に帰せられるべきだろう。」

 

瑞鶴「・・・。」

 

提督「もし翔鶴が、このまま目を覚まさなければ、俺は一生、艦娘達に顔向け出来ない「そんな事言わないでよ!」―――ッ!」

 

瑞鶴がそう、涙ながらに叫ぶ。

 

瑞鶴「私が知ってる提督さんは、そんな事言わない。もっと毅然としてて、明るくて、優しくて、皆を思いやってくれる。弱い所なんて全然ないような、そんな人。私達だって人間なの、大怪我をすることだってある。でも―――翔鶴姉が目を覚まさないからと言って、私達から目を背けたりしたら・・・私、絶対に貴方を赦さないから。」

 

提督「・・・。」

 

瑞鶴「喪いたくないのは分かる。私だって、翔鶴姉を失いたくないもん。それに、責任感じちゃうのも分かるよ? 私も、翔鶴姉だけじゃない、空母の皆を率いる責任がある。でも、私と貴方では、負うべき責任の大きさが違う!」

 

震える声で瑞鶴が言う。彼女は決して、直人を責めてなどいなかった。むしろこのことがきっかけで、彼が後ろを向いてしまった時こそ、彼女は彼を許せなくなるだろう。直人にはそれだけ担うべき責任があり、例え一人を失ったとしても、彼が他の全員を率いて行かねばならない以上、提督自身に、立ち直って貰うしか道は無かった。

 

瑞鶴「私は貴方に、謝って欲しくない。謝罪されたってどうしようもない事だってあるもの。それに私は、翔鶴姉はきっと目を覚ますって、そう信じてるから。」

 

提督「瑞鶴・・・。」

 

瑞鶴「だから、私からお願い。見た目だけでもいいから、普段通りの貴方でいて? 提督が動揺する気持ちは凄く分かる。でも、上に立つ貴方がそんなに動揺してたら、他の子達まで動揺してしまう。皆を落ち着かせるためにも、お願い。」

 

提督「・・・分かった、そうしよう。」

 

瑞鶴「・・・ありがとう。」

 

提督「・・・。」

 

直人にも、瑞鶴が自分を責めていない事は良く分かった。むしろ心配させていることが分かった時、直人はそのお願いを聞き届けたのだった。心配させた、それがせめてもの詫びだった―――。

 

 

提督「様子はどうだ、雷。」

 

21時を過ぎた頃、直人は再び様子を見に病室にやってきた。

 

雷「相変わらずダメね。出血が多すぎたのが祟って、まだ昏睡状態。輸血で凌いだけど、まだ時間がかかると思うわ。」

 

提督「そうか・・・。」

 

雷「―――シャンとしなさい、司令官? 司令官がシャンとしなきゃ、皆困るんだから。」

 

提督「分かってるさ―――分かっているとも。」

 

雷「・・・そう。」

 

その時の雷には、彼のその言葉が、どこか自分に言い聞かせているように聞こえたと言う。

 

 

医務室を出た直人は、廊下で偶然グラーフ・ツェッペリンと鉢合わせた。

 

グラーフ「また、翔鶴(ショウカク)の見舞いか?」

 

提督「あぁ、そうだ。」

 

グラーフ「―――存外甘いのだな、提督(アドミラール)は。たかが1隻の為に全体の指揮を放擲(ほうてき)するなど。正気とは思えん。」

 

提督「俺は正気だったさ、勿論。」

 

グラーフ「―――だとすれば、それは“一般人として”の正気だ。“軍人として”のものじゃない。」

 

提督「俺は元より民間人の出だけど、そう言えばこの事は言ってなかったね。」

 

グラーフ「・・・成程、そのあたりに、非合理な判断の由来がある訳か。」

 

提督「まぁ、そうかもしれんな。」

 

グラーフ「だとしたら、到底正気とは言えないな。」

 

提督「―――正気で戦争に勝てるのか?」

 

グラーフ「―――!」

 

提督「正気で戦争に勝てるんだったら、俺たちは今頃こんな苦労をせずに済んでいる筈だ。いいかグラーフ、心得違いをするな。俺たちは“伊達と酔狂”でこんな戦争ごっこをやってるんだからな。それだけに、勝たねば意味がないし、何かを失う事などあってはならないんだ。なにせ、()()()()()だからな。」

 

グラーフ「・・・成程、正気ではないな。」

 

提督「それを正気でやるからこそ、俺たちは正気ではないのさ。」

 

グラーフ「フッ―――そうだな。ならば付き合ってやろう。私は、本国から切り離された存在だ。どの道、アドミラールに従う他に道もない。」

 

提督「・・・ありがとう。」

 

グラーフ「礼はいらんさ。アドミラールの成したいように私を使って欲しい。そうすれば、私達は生き残れるのだろう?」

 

提督「あぁ、約束しよう。」

 

グラーフ「うむ。」

 

 

10月9日15時33分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「明日には幌筵に辿り着けるな。」

 

明石「そのはずです、予定通りと言う感じですね。」

 

提督「今日は波も珍しく穏やかだしな。」

 

明石「行きは大荒れだったんですよね・・・。」

 

提督「いや全くよ。船酔いする艦娘続発で参った参った。」

 

明石「自分で波に乗る分にはまだしも、船に乗るのは慣れてない人達がまだまだいますからね・・・。」

 

艦娘でもやはり自分で航行するのと、船に乗るのとでは感覚が違うのだ。と言うこれは一つの証左だったろう。艦娘達が人間足り得る所以の一つでもある。

 

雷「“提督!”」

 

提督「どうした。」

 

雷「“翔鶴さんが目を覚ましたわ!”」

 

提督「分かった、すぐ行く! 明石、ここ預けるぞ!」

 

明石「はい、行ってらっしゃい!」

 

 

15時37分 重巡鈴谷中甲板・医務室

 

 

カンカンカンカン・・・

 

 

 走って直人が医務室に辿り着く。翔鶴の病床の周りには、雷や瑞鶴、瑞鳳など、少数ではあるが艦娘達が集まっていた。

 

雷「―――! 翔鶴さん、司令官が来たわよ!」

 

瑞鶴「提督さん・・・。」

 

提督「・・・。」

 

翔鶴「提督・・・。」

 

小さな声ではあったが、翔鶴は確かに彼を呼んだ。

 

提督「翔鶴、目が覚めたんだな・・・。」

 

翔鶴の横たわるベッドの傍らに跪いて直人は言った。

 

翔鶴「作戦は・・・?」

 

提督「無事成功だ。お前の艦載機も、他の子達全員で収容してくれた。無理をさせて、すまない・・・。」

 

翔鶴「いいんです・・・提督の、お役に立てることが、私にとって一番、嬉しい事ですから・・・。」

 

その翔鶴の言葉を聞いていた彼の目から、涙が零れ落ちた。

 

提督「―――ありがとうな・・・! お前を連れて帰れて、良かった・・・良かった・・・ッ!」

 

翔鶴の左手を取り、縋る様にして彼は泣き崩れる。翔鶴の人事不詳によって張りつめていた緊張の糸が切れた、その瞬間だった。

 

瑞鳳「泣かないで提督・・・。」

 

瑞鶴「そうだよ、笑おう・・・?」

 

提督「うっ・・・ぐすっ・・・ううっ・・・」

 

 思わず声をかけた二人も、その様子を見て二人で肩を竦める。それはその涙が、心からの安堵から流れるものだと、2人には理解出来たからである。

後に「第一次ベーリング海海戦」と呼称された戦いは、正にこの瞬間終わったと言っていいだろう。

 

艦娘艦隊横鎮近衛艦隊、総兵力119隻・2576機。

深海棲艦隊ベーリング海棲地第8前衛艦隊、総兵力2万9250隻・6794機。

 

 横鎮近衛艦隊は文字通り巨大艤装『紀伊』や特別任務群も投じて、強力な洋上航空戦力を展開させる事が出来、これにより彼らは勝利を収め得たと言っても過言は無い。

ただこの結果は、紀伊 直人自身が信奉する大艦巨砲主義を否定する結果であり、水上打撃群と言う、少数精鋭による火砲を主軸に航空機との有機的結合を狙った新機軸として彼の打ち出している、「水上打撃群思想」に待ったをかける結果であった事は皮肉と言わざるを得ない。

 尤もこれについては、別働戦力としての水上打撃群が有用である事は過去の戦訓から見ても立証はされていた事から、特に誤りであった訳ではないのだが。

 受けた打撃は決して小さくはなかった。しかし、心配された翔鶴も意識が回復したことを初め、全員が再び生還した。

初実戦を飾った戦艦三笠も、100隻以上を自慢の兵装で撃沈してその勝利に貢献しており、目立った損傷も発生しなかったのだった。

 

 一方で戦略的に見ると、ベーリング海棲地は1個艦隊を丸ごと喪ったものの、横鎮近衛艦隊がそれ以上の戦闘を避けて撤退したことにより、戦術的には横鎮近衛艦隊の、戦略的にはベーリング海棲地の勝利に終わった。

もし戦闘を継続して居ようものなら、あまつさえ短期決戦の方針を取っていなければ、もたつく合間に2個の前衛艦隊が押し寄せてきたであろう事は、戦後の検証によって明らかになっているところである。

そうなっていれば、横鎮近衛艦隊は初めて、勝算の無い絶望的な戦いに陥れられ、全滅か、よくても壊滅していた事は間違いない。故に直人の「戦略的撤退」は、それまでに発生していた損害の大きさからしても、またその現状から言っても正しい判断であったと言えよう。

 「勝算の無い戦いはしない」と言う、紀伊 直人が持つ絶妙なライン上に於ける采配の妙味が、この戦いで真価を発揮したのだ。と言い換える事もできる。失う事の是非よりも、彼は根本的に、「負け戦は損しか残らず、そんな戦はすべきではない。」と言うテーゼを信条としている。

戦って勝てるなら彼は戦うだろうし、勝ち目もなく、また方策もなければ彼は逃げる。見逃す、と言う言い方は、この際余り適切ではないのである。何故ならそれが戦う者としての真理であり、また常識でもあるからである。

 

 

10月10日16時11分、重巡鈴谷は幌筵に寄港し、補給を始めた。その間に直人は雷から、翔鶴の所見を尋ねていた。

 

16時32分 重巡鈴谷中甲板・医務室

 

提督「それで・・・?」

 

雷「ま、纏めたところを言うと、背中全体にやけど、破片による裂傷7か所、ビームによる焼損跡が1か所、左腕にも裂傷2か所、右腕には破片が1つ食い込んでた他に裂傷3か所、それと爆発の衝撃で肝臓と脾臓、小腸への内臓損傷、その原因になった肋骨の剥離骨折が4か所、更に内蔵出血も含め出血多量と。外科手術も含めた処置は全部終わって、意識も回復した訳ね。本来なら2ヵ月絶対安静と言う所よ。」

 

提督「・・・雷って手術まで出来たっけ?」

 

雷「妖精さんがやってくれたのよ。ついでに傷跡についても、ほぼ残らないと思うわ。外見上は元通りになるわ。私達が艦娘であることに感謝しないとね。ただ、帰ってから高速修復剤による処置が必要になるわ。その処置さえ終われば、2日で動けるようになると思うけど。」

 

提督「分かった、手配して置く。」

 

明石「それと、翔鶴さんの艤装についてなんですが。」

 

提督「うん、聞こうか。」

 

明石「翔鶴さんの艤装は9割以上が破壊されて、最早現状では機能しません。辛うじて艦娘機関だけは機能を残していますので、それだけは修理出来ます。」

 

提督「残ったのは、艦娘機関(コア)と艦載機だけ、と言う事だな。」

 

明石「残念ながら。」

 

直人が艦娘機関の事をこの時「コア」と言ったのはモノの喩えである。ただ、艦娘機関が艤装のコアの役割を担っているのは事実である以上、この例えは正しかった。

 

提督「当面は予備の艤装を使うしかないか?」

 

明石「はい、フルスペックとは到底言い難いですが・・・。」

 

提督「それは仕方があるまい。それよりも復旧の手を考えるべきだ。」

 

明石「そうですね・・・いっそ、極改装による昇華を図ってみるのも手ではないでしょうか?」

 

提督「・・・出来るのか?」

 

明石「やっては見ますが、出来なければそれまでです。」

 

提督「いや、やれるならそれに越した事は無い、やるだけやってくれ。」

 

明石「分かりました。」

 

提督「ともかく全ては無事に帰りついて後の事だ。我らは本拠より遥か北方に在りて、何事にも不自由する身だ。艦内工場の方はどうだ?」

 

明石「1日18時間稼働で修理出来る範囲では修理しています。ここまでで40隻ほどは修理を終えました。」

 

提督「そうか、戦場を離脱して2日しか経って無いから、1日20隻ペースで、軽い損傷を修理出来るのはありがたい事だな。」

 

明石「私に出来るのはこの位ですから。お任せください。」

 

提督「そうだな。適材適所、万事任せる事にするよ。」

 

明石と直人の間には、2年以上の付き合いで築かれたチームワークが成立していた。それによって良い成果を得た例は枚挙に暇がないが、突然に突拍子もない発案をして直人を困らせた例も枚挙に暇がない。

 

明石「お任せください!」

 

しかし彼女は、仕事を任される度、満面の笑顔と共にこう言う。それは提督に頼られる事の一方で、自分の技術や実績に、自信を持っている証拠でもあるのであった。

 

 

 重巡鈴谷は翌日(10/11)8時20分、幌筵島を出港した。そして特に変わり映えのしない航海の後、10月16日、サイパン時間16時39分に、サイパン島へと帰着した。

直人は絶対安静の為ストレッチャーで下艦する翔鶴に付き添う形で下艦し、建造棟まで付き添ったのだった。

 

 

10月17日8時10分 建造棟1F・判定区画

 

提督「しかし今回仕事が早かったね?」

 

明石「今回に関しては損傷の大きい艦しか修理の必要なのが残ってませんでしたし、それらも艦内工場で少しずつ修理はしてましたから。」

 

建造棟をいつも通り歩きながら話す二人。

 

明石「あと、今回も特異点はありません。」

 

提督「分かった。さて、ご開帳と行きましょ。」

 

明石「はい。」

 

明石がそう応じ、待合室にいる艦娘3人を直人の前に招き寄せる。直人は軍帽を改めて被り直して佇立する。

 

明石「こちらの3人になります、提督。さ、自己紹介を。」

 

嵐「陽炎型駆逐艦、嵐だ。」

 

萩風「同じく、萩風です。」

 

鹿島「提督さん、お疲れさまです。練習巡洋艦、鹿島、着任です。うふふ。」

 

提督「この艦隊を預かる、紀伊 直人だ。宜しく。」

 

嵐「よろしく!」

萩風「よろしくお願い致します!」

鹿島「よろしくお願いします!」

 

提督「うむ。」

 

明石「あら・・・萩風さんと嵐さんと言えば―――」

 

提督「うん、そうだね。と言う事でもう呼んであるねん。」

 

明石「いつの間に呼び出しを・・・。」

 

提督「フフフ。」

 

「提督ぅ~、呼んだ~?」

「司令、来ました!」

 

提督「窓の外に歩いてるのを見つけたのだ。こっちだこっち!」

 

舞風「はーい!」

 

野分「舞風走らない!」

 

提督「いいよのわっち。」

 

嵐「―――!」

 

萩風「え・・・!」

 

舞風「―――はぎぃに、嵐だ!」

 

野分「ホントだ・・・!」

 

提督(野分、思わず口調変わってないか。)

 

舞風「やっとこれで四駆が揃ったね!」

 

野分「そうね、やっと・・・!」

 

萩風「―――良かった、貴方達がいてくれるなら・・・!」

 

嵐「よっしゃ、天下の第四駆逐隊、完全復活だ!!」

 

鹿島「・・・。」ニコニコ

 

舞風「―――あっ、そうだった! 司令部の案内、だよね?」

 

提督「おう、そうだぞ! お前は2回目だからもう分かってるね。」

 

舞風「もっちろん! 舞風にお任せ~!」

 

提督「はいはい。」

 

苦笑しながら応じる直人である。ともあれこれで第四駆逐隊の4隻が遂に勢ぞろいする事になった訳でもあり、非常にめでたい事である。

その4人がキャッキャウフフしている横で、鹿島が提督に声をかけた。

 

鹿島「提督さん。」

 

提督「どうした?」

 

鹿島「いい艦隊ですね。笑顔に満ちてて。舞風さんと野分さんを見たら分かります。」

 

提督「・・・そうだな。」

 

鹿島「私、この艦隊に来れてよかったです。こんな素敵な場所に呼んで頂けて、私、嬉しいです。」

 

提督「―――評価されてるなぁ、初対面の艦娘にまで。」

 

音羽「その評価は正当なものだと思いますよ? もう少しご自分を評価なされては?」

 

提督「うおっ、音羽かい。」

 

音羽「大淀さんがお怒りです。お急ぎ下さいね?」

 

そつない感じで音羽がそう言ったのを聞いて直人は背筋に少し寒いものが走るのを感じる。

 

提督「そら舞風! 早く案内行って来い! 鹿島も連れてけよー。」

 

舞風「りょーかーい!」

 

提督「じゃ、行こうか音羽。」

 

音羽「はい。」

 

提督「やれやれ・・・。」

 

直人は音羽を伴って急ぎ足で建造棟を出る。その日の空は、清々しいまでの快晴であった。

 

 

10月19日10時06分 中央棟2F・提督執務室

 

この日、訓練への復帰を終えた翔鶴が、直人の下に挨拶に訪れる。

 

翔鶴「ご心配をおかけしました。」

 

提督「経過良好で何よりだよ。もう大丈夫なのか?」

 

翔鶴「まだ多少痛みは残ってますが、もう大丈夫です。」

 

提督「そうか・・・今回は、お前にも無理をさせたな。すまん。」

 

翔鶴「いえ! 謝られる必要はありません。私は、やれるだけの事をしたつもりです。それで十分なんですよ?」

 

提督「・・・そうか。まぁ、暫くは無理のない範囲で訓練を続けてくれ。その間に戦列復帰に向けて艤装の修繕策を考えておく。」

 

翔鶴「分かりました。では、失礼します。」

 

短く敬礼を交わし、翔鶴は執務室を後にする。

 

提督「・・・ふぅ。」

 

音羽「良かったですね、提督。」

 

提督「ん、うん。そうだな・・・。」

 

大淀「・・・どうかされたのですか?」

 

提督「いや・・・俺も、まだまだだとね。」

 

音羽「どういう事ですか?」

 

提督「無理に無理を重ねねば、作戦の一つも立案出来ん。戦力の無さもそうだが、立案能力に関しても、不足する点が多い・・・俺もまだまだだ。」

 

大淀「ですが、提督はその中でもよくやってらっしゃいます。」

 

提督「結果論だ、それは。運が良かっただけさ。それだけではないにしろ・・・。」

 

音羽「ですが、運も器量の内です。」

 

提督「そうかねぇ・・・。」

 

大淀「そうですとも。運を味方に付けなければ、物事も上手く行きませんから。」

 

提督「運だけで何でも左右されてはたまったものではないな。」

 

直人はそう苦笑して言い、音羽と大淀は一様に首をかしげた。一方で金剛は自分の処理すべき書類と取っ組み合っていて聞いていない。

 

提督「運などに俺の命運を左右されてたまるか。俺は自分の長所によって成功し、短所によって失敗するだろう。全て、俺の器量の内だ。」

 

 彼は自信無き小人ではなかったし、また自信しかない小人でも無かった実績と実力、そしてそこからくる自信とを身にまとわせる。それが結果として「覇気」となり、従う者に安心感を与え得る。故にこそ、横鎮近衛艦隊の司令官は、彼でなくてはならなかったのである。その温厚ながら一面では強烈な個性を持つ彼に付き従う艦娘達なのだから。

 

 

10月22日18時34分 造兵廠建屋内

 

明石「―――あ、提督!」

 

提督「やぁ、来たよ。」

 

 直人は明石に呼び出され、造兵廠にやってきていた。

この造兵廠は様々な試作兵器の開発は勿論の事、艦娘技術の研究や、通常兵器の製造、艦船生産までこなし得る多目的な兵器工場である。重巡鈴谷の船体ブロックは勿論、30cm速射砲やアヴェンジャー改など、様々なものがここで生み出されている。

 

提督「それで、“翔鶴”に目途が付いたとは?」

 

明石「はい。私が御許可を頂いて検討していた極改装の件なんですが、どうやら行けそうです。」

 

提督「本当か!?」

 

明石「はい、これだけのデータがあれば行けます。」

 

明石がそう言って提示したのは、過去の翔鶴の戦歴に(まつ)わる、膨大な電子データの数々だった。

 

提督「―――凄いな、修理や補修、改造の一方でここまでの事を・・・。」

 

明石「皆さんの艤装改良には、データは必須ですから。そしてその近代化改修の最たるものが極改装です。データが必要なのは、言ってしまえば当然なんですよ。」

 

提督「それは、巨大艤装も例外ではない、と。」

 

明石「勿論です。」

 

提督「成程。で、結局翔鶴の艤装本体の方はどうなったんだ?」

 

明石「艦娘機関と、脚部の機能は何とか。ただあと残っているのは皆さんで回収した艦載機と、矢筒だけなんです。」

 

別のテーブルに移動しながら明石の説明を受ける直人、そのテーブルに置かれていたのは、翔鶴の背部艤装と脚部艤装の一部である“靴”であった。

 

 艦娘の艤装になっている靴の部分は、舵を装備したハイヒールである事が多い。

ただこれ自体は補助的な役割しかない事がこの時期既に明らかになっていて、これゆえ横鎮近衛艦隊の脚部艤装の靴は、ヒールを軍靴並みの最小限に留め、推進機としての役割のみを持たせるようにしている。つまりハイヒールではなく“靴”である訳である。

 これにまつわる話なのだが、艦娘艦隊では平時のヒール付きの靴着用は禁止されている。ここで言うヒールは、女性用の棒のようなヒールの事で、理由は「足を痛める恐れがある為」である。

横鎮近衛艦隊でもこのルールは遵守する方向であり、この上で脚部艤装の改修も行われたと言う次第である。

 

提督「脚部艤装も靴しか残らなかった訳か・・・。」

 

明石「脚甲も吹き飛んでいましたから・・・。」

 

提督「うーん・・・。」

 

明石「ほぼ新造、と言う形にはなりますが、極改装は可能です。」

 

提督「・・・余剰の翔鶴の艤装で代替は出来んのか?」

 

明石「フレームから置き換わりますから余計に時間がかかります。」

 

提督「うん、説明の前に設計図あるなら見せようか。」

 

明石「はい、すみません。」

 

 ご尤もの指摘を受けて明石がこれまた電子データの設計図を、今度は3Dホログラフィックで出す。

空母艦娘もしっかりとした背部艤装がある。でないと艦娘機関が装備出来ないからだが、広報用には背部艤装を付けず地上で撮影したり、CG合成であたかも背中に何もつけないまま航行しているようなものもある。赤城や蒼龍などがその例だが、実際には艦橋などのアイランドを模したものがしっかりとある。

 翔鶴型のスタンダートタイプは翔鶴のもので、矢筒と背部艤装は別個になっているデザインで、舷側も含めたアイランドが背中と平行に取り付けられたようなデザインとなっている。この為辛うじて矢筒が残ったのである。

一方の瑞鶴は基本的な部分は同じだが、矢筒が右肩上がりに一体化して取り付けられており、利便性が向上している。

 

 そして提示された翔鶴極改二の設計図は、彼の想像を上回る設計で作られていた。

右肩に取り付ける長大な飛行甲板はアングルドデッキとカタパルトが追加されており、旧来までの飛行甲板とは似ても似つかぬ形状に。また背部艤装は矢筒と一体型になり、かつ取り外しができるデザインになりつつ大型化、艦橋の構造も隼鷹に準じた煙突と一体化した大型島型艦橋となり、一回り大きくなった背部艤装からは、明らかに艦娘機関が強化された事を窺い知る事が出来る。

 

明石「弓は木製の和弓から、カーボン製の洋弓に変更、甲板は今後の新鋭機を見据えて構造を強化した上で耐熱処理を施し、噴式機にも対応出来るようになっています。」

 

提督「搭載機数は?」

 

明石「80機を予定しています。」

 

提督「脚部艤装も大きく形が変わるな?」

 

明石「まぁそうなりますね。より本格的な装甲になります。」

 

 脚部は靴の部分がよりコンパクトになり、舵が靴の底面と一体化し、靴の高さが幾分か低くなる。この一方でバルジは小型化されつつも健在となるが厚底の靴と言う仕様は変化がなく、脚部は膝の上まで装甲で覆われている。この装甲も仕様が変更され、前後2枚の装甲板を金具で繋ぎ合わせる事で形成され、下にはニーソックスを履くようになっている。また膝を曲げるとこれだけでは膝が露出するのだが、それを防ぐ為にここにも別で曲面形成の装甲板がある。

 

提督「鎧を付けているのと左程変わらんね。」

 

明石「以前は革鎧に近いような代物でしたからねぇ・・・。」

 

提督「そういやそうだったな。完全に金属製なのか?」

 

明石「ニーソを履くようになってる時点で言わせないでください。」

 

提督「おっす。」

 

金属製の装甲は革製と比べても防御力で勝る。しかも付記されている仕様上はチタン合金製であり、鋼鉄合金よりも防御で勝る筈である。

 

明石「航空艤装は現代に近いものになり、噴式機の運用が可能になっています。この為に甲板の耐熱化と構造強化を実施しました。更に“噴式機の母艦運用の為の概念実証”で実用化できた噴流防御を、身体防護障壁に機能として持たせました。これでブラストに艦娘が耐えられます。」

 

提督「つまりこれで完全に、噴式機への対応が可能になる訳なのか?」

 

明石「理論上はその筈ですが、まだ概念実証の域を出ていません。なのでもう少し技術的な習熟が必要かと。」

 

提督「成程・・・で、噴式機の研究開発についてはどうなってるんだ?」

 

明石「そこは御安心を、提督の艦載機からデータが取れていますから、4機種揃えられます。」

 

提督「流石は明石だな。」

 

明石「勿論です。翔鶴さんの戦列復帰も兼ねているんですから、気合入れてやりますよ! そ・の・か・わ・り、資材はお願いしますね?」

 

いい笑顔で言ってる事は実務的である。

 

提督「分かったよ。やれやれ、それを強請(ねだ)るのが目的か。」

 

明石「当然です。いい仕事にはいい道具もそうですが、いい材料も必要です。」

 

提督「御尤もだ。資材については請け負おう。心置きなく作業に当たってくれ。」

 

明石「ありがとうございます!」

 

提督「今回の案件が終わったら、間宮のスイーツでも奢るよ。」

 

明石「本当ですか!?」

 

提督「しっかりと計画通り出来ていればの話な。」

 

明石「あ、はい。分かりました!」

 

 こうして直人は、明石のやる気も底上げして造兵廠を後にする。後日の完成を楽しみにする彼であり、明石にしてみれば技術屋としての知的好奇心も込めた大作の完成の予感があった。

 

 

翌日、本土との連絡官である音羽がサイパンへと、爆音と共に戻って来た。

 

10月23日8時39分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「ご苦労様。」

 

音羽「ありがとうございます。」

 

提督「それで、何か伝言とかあったりするかい?」

 

音羽「まず山本海幕長から、“貴艦隊の活躍、見事なり”との祝辞を頂いてきました。また今回の戦闘で得られた情報は全て、今後の立案に可能な限り役立てると言う事です。」

 

提督「そうでなくては困る。何の為に翔鶴があのような目に遭ったか分からんからな。」

 

音羽「その翔鶴さんについて、土方海将と大迫一佐から、無事を祝するとのお言葉を頂いています。」

 

提督「ありがたい事だ。」

 

音羽「また大迫一佐からは、“必要なものがあればいつでも言ってきて欲しい”との言伝(ことづて)も頂きました。」

 

提督「了解した。」

 

音羽「それと、明石さんのデータについては、柱島に出向き、無事納入してきました。」

 

提督「分かった。これで心置きなく、と言うとこだな。」

 

音羽「―――報告は以上です。」

 

提督「ご苦労様。で、初の実戦はどうだったかな?」

 

音羽「・・・パイロットとしての実戦とは、やはり勝手が違いますね。海の上を実戦で航行すると言う感覚に、まだ慣れません。」

 

提督「そのあたりは今後の訓練で解消されていくだろう。何分実戦同様の猛訓練だしな。」

 

音羽「そうですね。ただ―――」

 

提督「・・・?」

 

音羽「“送り出される側”と、“送り出す側”との、心境の違いと言うものは理解出来ました。」

 

提督「・・・そうか。」

 

音羽「では、職務に復帰します。」

 

提督「いや、今日は1日休んでいい。」

 

音羽「ですが―――」

 

提督「命令だ、休め。向こうでは碌に休めなかっただろうしな。」

 

音羽「・・・分かりました。失礼します。」

 

直人に命じられて音羽は執務室を後にする。

 

大淀「提督。」

 

提督「分かってる。あんな言い方しなくても、休んでくれる子だって事はな。」

 

大淀「では・・・」

 

提督「ああでもしないと、あいつは素直に休まん。絶対に、“私は大丈夫”だと言い張るに決まってるんだからな。」

 

大淀「そう言えば、そんな事もありましたね。」

 

 そう、実は着任して間もない頃、同じような状況で休めと言われた音羽が、自分は「疲れてなどいない」と言って休んでいいと言われたのを固辞しようとした事があるのだ。

その時は理路整然と直人が押し通ししぶしぶ引き下がらせたと言う経緯もあり、直人は今回にべもなく休ませたと言う次第だったのだ。

 

提督「さぁ、書類の決裁をするぞ。」

 

大淀「はい。」

 

 

音羽(心配されてますね、私も・・・。)

 

扉の裏でそのやり取りを聞いていた音羽である。

 

「―――どうしたの、音羽。」

 

音羽「あ・・・。」

 

瑞鶴「・・・?」

 

現れたのは瑞鶴だった。手には書類を手にしている。

 

音羽「いえ、何でもありません、失礼します。」

 

瑞鶴「初実戦、よく頑張ったわね。」

 

音羽「・・・ありがとうございます。」

 

瑞鶴「うん。それじゃぁね。」

 

そう言うと瑞鶴は音羽と入れ替わるように執務室へと入っていく。

 

 

提督「翔鶴艦載機の損害がな・・・。」

 

瑞鶴「他の子の艦載機と比べても率が凄く高いのよ。」

 

 瑞鶴の携えていた書類の内容は、母艦航空隊の被害状況と戦果を、各母艦ごとに纏めたものであった。

この書類自体は作戦が終われば毎回毎回提出されるものであり、空母統監である瑞鶴の主幸で、搭乗員の証言その他を集計するなどして最終的な戦果や損害を直人に報告するのである。

 

提督「82%か・・・。」

 

 その内の1枚、翔鶴の書類に記された消耗割合の数字こそ、翔鶴航空隊の激闘を物語るものだったと言えるだろう。

改であった翔鶴の搭載機数は占めて84機。しかし、第一次ベーリング海海戦で失われた翔鶴艦載機は、戦闘による損失51機、修理不能として廃棄されたものが17機の合計68機に及んだ。

その後追加でニコイチ修理が行われた結果更に1機が失われ、翔鶴航空隊の機数は15機(艦戦4機・艦爆1機・艦攻2機・艦偵8機)にまで低下していた。

しかもこの数値はあくまで総機数であり、稼働機は9機(艦戦2機・艦爆1機・艦攻1機・艦偵5機)と言う、搭載定数に比べれば余りの過少さであった。

 

提督「で、補充の見込み立たず、か。」

 

瑞鶴「母艦の方が無くなっちゃったからね・・・残余の搭乗員は今のところ、サイパン飛行場にいるわ。機材は各航空隊の補充に回ったからほぼないけれど。母艦が復旧出来ればいつでも。」

 

提督「分かった、他の母艦についてはどんな感じだ?」

 

瑞鶴「その書類に全部書いてあるけど、少なくとも2割以上の損害を被ってるわ。音羽航空隊も約43%の損害と引き換えに、62隻の撃沈が確実ね。」

 

提督「ほうほう・・・。」

 

書類をめくりながら彼は相槌を打つ。

 

瑞鶴「じゃ、失礼するわね。」

 

提督「うむ、ご苦労様。」

 

瑞鶴は軽く敬礼すると、普段通りの足取りで執務室を後にする。

 

瑞鶴(鏑木さんが戻ってこない、と言う事は・・・提督さんはやっぱり、気遣いの上手い人ね。)

 

執務室から離れながら、彼女はそう思ったのであった。

 

 

提督「金剛。」

 

金剛「何デスカー?」

 

提督「今日確か訓練の日じゃなかったっけ。」

 

金剛「今日は新人さんの処理と検討ネー。」

 

提督「そういう事か、すまんすまん、俺とした事が。」

 

金剛「フフッ。別にいいデスヨー?」

 

提督「そ、そうか。そういえば艦隊の練度の方はどうだい?」

 

金剛「順調デスネー。後で香取さんを呼ぶネー?」

 

提督「そうだな、最近視察も出来てないからな、詳しく聴取したい。」

 

金剛「OKデース。」

 

 

そんな訳で10時38分、訓練教導を終えた香取が執務室へと現れた。

 

提督「お疲れ様香取。」

 

香取「提督も執務、ご苦労様です。」

 

提督「ありがとう。」

 

香取「それで、艦娘達の技量のお話でしたでしょうか?」

 

提督「話が早くて助かる。で、率直にどうかね。」

 

香取「皆さんとても熱心ですから、日に日に向上してます。」

 

提督「それは何よりだ。が、特別何かあったりとかは無いか?」

 

香取「そうですね・・・浦風さんと浜風さんですが、最近特に技量の向上が目立っていまして、浜風さんの雷撃と浦風さんの砲撃は、ともにその水準で他の駆逐艦娘に抜きんでています。」

 

提督「ほう、それはいいことだ。」

 

香取「次に夕立さんなのですが、以前の“タサファロング沖海戦”で発揮した力(※第3部11章~闇よりの強襲!―無謀なる突入作戦―~を参照)の習得に向けて修練を積んでいますが、今のところ成果と呼ぶべきものも・・・」

 

提督「感情がトリガーになるとしたら、恐らく好きに発動出来るようなものでもあるまい。研究と体得もいいが、無理は禁物だ。」

 

香取「承知しています。ただ、霊力発揮量が以前よりも向上の傾向にあります。その力を発動した際にも、霊力の過剰消耗が見られましたので、十分な霊力があることが、発動の条件の一つともみられます。」

 

提督「それはそうかもしれんな。」

 

香取「他には、暁さんの動体視力は目を見張るものがありますね。近頃は感覚を研ぎ澄ます事でより精度の高い回避も可能になったみたいで。」

 

提督「凄いな、まだ伸びるのか・・・。」

 

香取「才能ある艦娘と言うのは凄いですね。伸びしろがどこまであるのか・・・。」

 

提督「全くだ、そう言った才能の持ち主が多数集まってくれたことに、感謝せねばな。」

 

香取「そうですね。」

 

 艦娘とて人である。人である以上才能で左右される事は免れ得ない。

青葉や秋雲がそうであったように、またその対極に暁や金剛、雪風などがいた様に、艦娘にも元より持ち得る素養と言うものがある。暁の才能はその精華を示すと言ってよく、直人も適材適所でその力を振るえるように留意して艦隊を編成しているのである。

 

 

コンコン・・・

 

 

提督「入れ!」

 

「失礼します!」

 

執務室の扉を開けて現れたのは鹿島である。手には1枚の紙を持っている、どうやら書類の一部らしい。

 

鹿島「香取姉、1枚落してましたよ?」

 

香取「あらいけない。ありがとう。」

 

鹿島「いえいえ。」

 

提督「珍しい事もあるものだな、そんなに慌てなくて良かったのに。」

 

香取「いえ、逸早くご報告に上がらなければと思いまして。」

 

提督「真面目だな香取は。いや、結構結構。どうだ鹿島、この艦隊は。」

 

鹿島「本当に、良い艦隊だと思います。賑やかで、笑顔に満ちていて。私、こう言う雰囲気、好きです。」

 

提督「それは良かった。」

 

鹿島「私はまだ基礎訓練中ですけど、私は、第六艦隊に配属になるんですよね?」

 

提督「まぁ、そうだね。」

 

鹿島「どういうお仕事をするんですか?」

 

提督「詳細は香取やらなんやらの方が詳しいと思うが、サイパン周辺の警備と有事の際の防衛、あとは周辺海域を航行する船団の護衛、その航路周辺の事前対潜掃討なんかだな。」

 

鹿島「海上護衛任務、ですか・・・。」

 

鹿島は呟くようにそう言い、あごに手を添える。

 

提督「・・・不服かい?」

 

鹿島「いえ、私もかつては、そう言った任務に従事していましたし、お役に立てると思います。」

 

提督「それについては存じている。正式配置の際はよろしく頼む。」

 

鹿島「はい、お任せください!」

 

提督「うん、では下がっていい。」

 

鹿島「では、失礼致します。」

 

香取は軽く会釈すると、執務室を後にした。

 

香取「・・・失礼しました、書類を落としていただなんて。」

 

提督「構わないよ、結果的に鹿島から話も聞けた。」

 

香取「はぁ・・・。」

 

提督「で、報告事項はさっきので全部かい?」

 

香取「実はもう一つ。」

 

提督「ほう・・・?」

 

含ませぶりに香取がそう言ったのに直人は興味を持つ。

 

香取「江風さんなんですが、性能の上限を明らかに超える火力と雷撃力を発揮していることが分かりました。」

 

提督「それは以前からなのか?」

 

香取「いえ、つい最近です。訓練の度に上昇しつつあります。」

 

提督「それは妙だな・・・炸薬を変えたとか言う話もない筈だが。」

 

香取「なので不自然なんです。」

 

提督「・・・分かった、明石に相談してみる事にする。何か悪影響があってはまずかろうしな。」

 

香取「お願い致します。」

 

提督「うん、ご苦労様。」

 

香取「失礼いたします。」

 

香取は敬礼すると、執務室を出て行った。

 

提督「・・・大淀。」

 

大淀「はい。」

 

提督「最後の話、どう思う。」

 

大淀「ひょっとすると、霊力に関係があるかもしれませんね。」

 

提督「するってーとどういうこったい?」

 

大淀「口調変わりましたね。要するにです。江風さんも霊力の発揮量が向上し、それが火力や魚雷の威力に出ているのではないかと言う事です。」

 

提督「―――ありそうな話だな。だがそれは推測だろう?」

 

大淀「経験則上の話でこそありますが推測です。証拠はありません。」

 

提督「そうだろうね。とにかく、専門家に相談してみる事にしようか。」

 

大淀「はい、そうするのが宜しいかと存じます。」

 

 こういう時こそ、独断と偏見でものを見るのは大変危険である。“餅は餅屋”と言う事もあり、直人は明石に相談を持ち掛ける事にしたのだった。尤も、その明石は今翔鶴の極改装で多忙の身ではあったが。

 

 

そして案の定、明石は手が離せないと言う事で代理で夕張が応対した。

 

15時30分 造兵廠建屋前

 

提督「―――と言う訳なんだが。」

 

夕張「ふむふむ・・・訓練の際に横で見ていた事はありますが―――改めて実例でデータを取りたいんですが、良いですか?」

 

提督「ええで。16時、訓練水域でいいか?」

 

夕張「ではそのようにしますね。」

 

提督「あいよー。」

 

相談を終えて夕張と直人はその場を離れる。造兵廠の中からは、金属を加工する工作機械の音が轟々と唸りを上げていたのが少し離れたところからも響き渡ってきた。

 

 

15時55分 司令部前訓練水域

 

司令部正面の訓練水域で、香取と一緒に江風を待つ直人。

 

提督「―――よぉ江風。」

 

江風「おう提督。」

 

そこへ江風が艤装一式を纏いやってきた。直人は軽装で、背部艤装と脚部艤装オンリーである。

 

提督「すまんな江風、呼び出して。」

 

江風「別にそれはいいけどサ、一体どうしたっての?」

 

香取「江風さんの艤装が、データ上の計測値よりも高い数値の砲力と雷撃力を示していまして。」

 

提督「それで夕張に相談したら、データが欲しいとよ。」

 

江風「なんだいそりゃ、いつも通りだと思うんだけどなぁ。」

 

提督「まぁまぁそう言わず。」

 

江風「うーん・・・わかったよ。」

 

夕張「すみませーん・・・!」

 

そこへ遠くから夕張の声がした。

 

提督「揃ったな、では準備を。」

 

香取「はい。」

 

夕張「フゥ、間に合いました!」

 

提督「間に合ったも何も、普通に4時前や。」

 

夕張「そうでした!」

 

提督「全く、そそっかしいね。」

 

そう言って笑顔を浮かべる直人であった。

 

 

ドォン・・・ドォン・・・

 

 

データを取ると言っても、やる事は単純である。江風正面1000mにある基礎訓練で使う砲撃訓練用標的に計測装置を取り付け、1発1発丁寧に撃ち込んでいくだけである。

 

提督「・・・射撃の成績は優秀だな。」

 

その着弾点を見ながら直人は言った。江風の、中心の円に対する命中率は6割を超えていた。

 

香取「あのレベルは駆逐艦達の間では平均です。」

 

提督「マジで?」

 

香取「もっとやる子は7割以上です。浦風さんや天津風さんなどは実に8割近いレベルですから。」

 

提督「・・・よくやってくれたね。」

 

香取「猛訓練の成果です。」

 

提督「だな。」

 

夕張「・・・これは凄いですね。」

 

提督「お、どうだ?」

 

夕張「あ、はい。どの球も現時点におけるカタログデータに対して、2割近く高い火力です。」

 

提督「それ凄くない?」

 

夕張「それどころじゃありません、艤装がオーバーロードする可能性があります!」

 

提督「やばいね。」

 

夕張「すぐに改修しましょう。」

 

提督「え、でも明石は手が離せないのでは・・・?」

 

夕張「ほら、そこに暇そうにしている深海棲艦が。」

 

提督「・・・。」

 

余りの言い様に絶句した直人である。

 

 

16時28分 技術局ロビー

 

 司令部前ドックの北側には、直近に技術局が建てられている。さほど大きな建物ではないが、造兵廠が本格稼働する前は技術開発を行っていた建物である。

ついでに3床の病室と医務室、薬剤室もここにあり、身体管理課の如月と医務課の白雪、雷はここに詰めている事が多い。

そして、その技術局を預かるのが・・・

 

局長(モンタナ)「ドウシタ今日ハ、連レガ多イヨウダガ。」

 

提督「最近暇そうな局長にお仕事です。」

 

局長「ホーウ。」

 

 “局長”こと、ル級改Flagship「モンタナ」である。

遡る事2年以上前、まだ艦隊が横須賀近郊の八島入江(旧・観音崎)に母港を置いていた時起こった横須賀防衛戦(※第5章~横須賀防衛戦~を参照)の折に直人が自ら白兵戦の末に捕虜とし、その後互恵関係を築いた相手でもある。

 

提督「この江風の艤装の改修を頼みたい。詳細は夕張に説明させるから、仔細は任せる。」

 

局長「チョット待テ。」

 

提督「どした?」

 

局長「イヤ、私ハ構ワナイガ、コレハイツモダト造兵廠(明石)ノ仕事デハナイノカ?」

 

提督「その明石が、手が離せないとの事だったんでな。」

 

局長「成程ナ・・・分カッタ、引キ受ケヨウ。」

 

提督「助かる。お前にしても艦娘のブラックボックスに触れる機会だ、興味があるだろ?」

 

局長「悪シ様ニ言ウンジャナイ。」

 

提督「冗談だよ。じゃ、夕張、江風、あとは預けるぞ。」

 

江風「オウ!」

 

夕張「はいっ!」

 

提督「じゃ、行こうか香取。」

 

香取「はい。」

 

一通り役目を放擲すると、彼はさっさと香取を伴って技術局を後にするのだった。

 

 

 なお、改修作業は2日程度で終わり、特に今回は局長がやらかすでもなかったそうな。なまじ手腕が優秀であるだけに、たまにやらかすと目を覆うような装備の豪華さになる事があるのだから困りものである。

 

 横鎮近衛艦隊は再び元の平静へと回帰した。

多少状況が変わろうとも、彼らが変わる訳ではない。だが、彼らにとっての平穏なひと時は、確かに存在していた。近頃は激務に激動続きのこの艦隊に属する艦娘達の中にも心の余裕を持つ者が出始め、休暇制度が漸くと言っていい時を経て稼働し始めてもいた時期に当たっている。

 既に100隻を優に超える艦艇を有する横鎮近衛艦隊。次なる戦場を求め、その牙はより鋭く、よりしなやかに研ぎ澄まされている。だがその向けられるべき先は、些か複雑になりつつあった。

 

 講和派深海棲艦の出現によって、それまで深海棲艦を掃滅しない限り終わらないと思われていた深海との戦争。しかしそこへ、平和と共存を望む一派が現れた事は、強硬派の論戦に一石を投じるに足りたのだ。

即ち、“深海との講和が可能ならば、無理に戦う必要などないのではないか。”と言う事である。やるしかないと思われていたものではあったが、必ずしもそうでない事に、本意と不本意とを問わず()()()()()のだから。

 そしてその事は、艦娘たち自身の存在意義にも深く根強い疑問を投げかけるに至る。

 

―――自分たちが武器を納めた時、その後どうすればいいのだろうか?

―――この戦争が終わったら、私たちはどうなるのだろうか?

―――この戦争が終わった後、私達に存在する意味はあるのだろうか?

 

図らずも直人が艦娘達に与えようとした“余裕(ゆとり)”は、艦娘達にそうした根源的疑問を抱かせる、心の間隙(かんげき)を生み出す事にも繋がったのであった―――。

 

 

 

~次回予告~

 

 横鎮近衛艦隊に与えられた次なる戦場、

それはベンガル湾を超えてアラビア海に至るルートであった。

西方海域に用意された、横鎮近衛艦隊を誘導しようとする策謀、

危険が待ち構える荒漠の海を目指して今、

装いを新たにした翔鶴と江風、そして横鎮近衛艦隊が抜錨する!

 

次回、横鎮近衛艦隊奮戦録第4部2章、『航空決戦! ―コモリン岬の白鯨(はくげい)を討て!―』

艦娘達の歴史が、また一ページ・・・




艦娘ファイルNo.147

陽炎型駆逐艦 嵐

装備1:12.7cm連装砲C型
装備2:九四式爆雷投射機

 陽炎型駆逐艦の16番艦で第四駆逐隊のメンバー。駆逐隊内では旗艦の野分と小隊(コンビ)を組む。
能力としては平凡でこそあるものの、野分との連携に於いては一日の長がある。
トリビア:実は15番艦の野分より起工から竣工まで嵐の方が早い。


艦娘ファイルNo.148

陽炎型駆逐艦 萩風

装備1:12.7cm連装砲C型
装備2:25mm連装機銃

 陽炎型駆逐艦にして第四駆逐隊のメンバー、小隊内では舞風と小隊(第二小隊)を組む。
こちらも能力は平凡だが夜戦に対する適正に不安を有している。またマイペースで元気な舞風とのコンビと言う事もあり、コンビネーションでは第一小隊に譲る。


艦娘ファイルNo.149

香取型練習巡洋艦 鹿島

装備1:14cm連装砲
装備2:12.7cm連装高角砲
装備3:九四式爆雷投射機

 香取型の2番艦であり、かつては海上護衛総隊の旗艦を務めた事もある海上護衛のエキスパート。
提督に対し司令部防備艦隊の仕事についての質問をしたのにも見られるとおり、真面目で素直な性格である。能力的には艦種の都合もあって中の下と言った塩梅でこそあるが、香取もそうだが高い巡航性能と航行時の安定性、司令艦として運用する分には申し分ない司令部設備を有している。


艦娘ファイルNo.EX1

雲龍型航空母艦 音羽

装備1(17/熟練):零式艦戦五二型
装備2(19):彗星一二型
装備3(23):流星一一型
装備4(3):彩雲一一型

 雲龍型の艤装をベースに噴式艦載機運用を想定した改造を施したもの。適合者は鏑木 音羽。
装備に噴式機は無いが、研究時点で概念実証(艦娘用噴式艦載機が三技研の保有する所でなかった)であった為に、その装備は主に現実のエセックス級の改装を参考にしている。
改とは付かないが雲龍型改相当の艤装である為搭載機数は多いものの、原形の69機に対して62機に搭載機数が減少している。その他の性能については雲龍型改とほぼ同じ。

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