異聞 艦隊これくしょん~艦これ~ 横鎮近衛艦隊奮戦録   作:フリードリヒ提督

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お久しぶりです、天の声で御座います。

青葉「恐縮です、青葉です!」

あかり「紲星あかりです!」

 紲星あかりちゃん、天の声サイドのガヤということで、契約()はしてないと言う事は前にツイッターでは言いましたが、小説登場は今のところ考えていません。
というのも、出すとして非常に悩ましいからです。主に立ち位置やら出番やらの関係です。
ただでさえ100人以上登場していて使い切れていない(現状半分以上がほぼ駒扱い)ので、提督周りのキャラクターでないと確実な使いどころがないのですが、副官枠が大淀、連絡官が鏑木三佐(オリキャラ)、秘書艦枠が基本金剛で埋まってしまっているので、枠がありません。
 そもそも連絡官や副官の所で紲星あかりを使うと言う点に関してはそもそもが私は違うと思う訳で・・・

あかり「なんでですか!?」

 キャラに馴染まないでしょ。
大淀は副官キャラとしては非常に適任だし、鏑木一佐は近衛艦隊には絶対混じらない外部キャラと言う立ち位置で、知り合いのネットユーザーをリモデル(本人許可済み)して完成させたキャラなので、言っちゃえば連絡官と言う立ち位置は最も相応しい。
 その点あかりちゃんは大体の場合が明るいキャラとして描かれる(形は様々だが)傾向が強いからそういうキャラとこの硬い2枠は合わない。

あかり「うぐぐ・・・。」

さりとてどっかの秘書枠にしろ艦娘枠にしろ、出そうとすると間違いなく腐らす。ので今のところ出す予定はありません。

青葉「本心は?」

出したい(迫真)

青葉「でしょうね・・・。」

 でも出しても意味のない役回りばかりなので断念しています。無念。(以上は2019/03/28当時の見解)

 そして今回は解説事項はありません!
 お待たせしたファンの皆様には大変申し訳なく、そして、お待ち頂き有難うございますと言わせて頂きたいです。時間に押されつつ組み上げる事が出来たプロットを手に、本編に参りたいと思います!

追伸:日向改二万歳!

天の声・あかり・青葉「「スタートです!!」」


第4部2章~航空決戦! ―コモリン岬の白鯨(はくげい)を討て!―~

―――2054年もいよいよ11月に入った頃。

この時期と言うのは、横鎮近衛艦隊の面々も再び落ち着いた平時の日々を過ごしており、艦隊は研鑽と戦力増強を重ねる日々を送っていた。遠征任務以外には出撃任務もなく、休暇を取る艦娘もまた増えていた。のだが―――

 

 

11月1日7時18分 中央棟2F・提督執務室

 

この日、いつも通り提督執務室の自身の椅子に座っていた直人は、前方の空間に視線を置いて難しい顔をしていた。

「・・・。」

 

大淀「・・・どうされました?」

 

提督「いや―――金剛いない事って、こんな違和感あったっけって思って。」

 

大淀「あぁ・・・金剛さんが、秘書艦席に座っているのが普通でしたからね。」

 

 彼がじっと見つめていたのは金剛のいつも座っている秘書艦席だった。よりにもよって金剛が休暇を取るのは、直人をして流石に違和感と意外さを禁じえなかったようである。更にはついでと言わんばかりに榛名も休暇届が出ており、2人揃って本土に行ってサイパンを留守にしていたのだ。

 

「まぁ、そんな事が出来る程度には、艦隊の指揮官級も育ってきた、と言う事かね。」

 これまで金剛は艦隊の総旗艦として、未熟な旗艦級艦娘達を支える立場として休暇を取る事を手控えてきた節がある。事実直人が声をかける以外で、彼女が休暇を取る事は稀であったのも事実である。

だがこの時艦隊は瑞鶴と霧島が分担して艦隊指揮を代行、演習を神通が総指揮をとる形で、また遠征業務はいつも通り大淀が取り仕切る形で、金剛と榛名抜きで艦隊が運営されていたのだ。これはいよいよ大きな一歩と言えるだろう。

 

大淀「それはそうと、本日の秘書艦、どうされます?」

 

提督「・・・。」

 

金剛がいないと言う事で当然その事に思い当っていた彼は、顎に手を当て首を傾げて考え込んだ。そして一人の艦娘を呼び出すのである。

 

 

~7時27分~

 

長波「えっ、私が!? なんで!!?」

 

提督「()()()()()だ、諦めてお縄に就かんかい。」

 

長波「ちぇ~っ、それだったら妙高さんとか神通さんとか、他にもいただろ?」

 

提督「気分だ。」

 

長波「気分・・・。」

 

直人の散々な言い分を聞いてげんなりする今回の不幸な艦娘は長波であった。

 

長波「はぁ、分かったよ仕方ないな。」

 

提督「助かるぜ。」

 

長波「ま、金剛さんがいないし、一人じゃ大変だろうしな。」

 

提督「ありがと!」

 

長波「―――提督、そんな無理矢理頼み込むようなヤツだったか・・・?」

 

提督「無理矢理ってか命令だかんね?」

 

長波「拒否権なしかよ・・・。」

 

提督「そうだぞ!」

 

長波「やれやれ、なら最初からそう言えよなー。」

 

清々しいまでの笑顔で言い切る直人に、苦笑と共に秘書艦席に着く長波なのであった。

 

 

 その翌日、同じ手口で鳥海を秘書艦に任じ(快諾され)、執務を終えた午後、直人は明石に呼び出される。

呼び出し先は造兵廠、ここへ明石が呼びつけるとして、理由は一つしか思い浮かばなかった・・・。

 

11月2日13時54分 造兵廠前

 

明石「あ、提督がお見えになりました。提督~!」

 

提督「ほーい! ん、隣にいるんは翔鶴か。」

 

翔鶴「提督!」

 

 呼び出された直人を造兵廠の前で待っていたのは、明石と、装いを新たにした翔鶴であった。

明石に見せられたその最終的なスペックは、直人に驚愕を与えるには十分に余りあったと言える。

 

 背後の背部艤装は大型化し、それまで右肩にマウントしていた飛行甲板が背部艤装の左サイドに可動式でマウントされ、中折れ式でスペースを取らないよう配慮され、右側には矢筒が開口しており、瑞鶴と同じように背部艤装と一体化した形状になっているが、斜め45度になっているのが差異となる。

 飛行甲板の形状もアングルドデッキと舷側エレベーター2基を含む4基のエレベーター、艦首に2基、アングルドデッキに1基、合計3基のカタパルトを備えた近代的な仕様になっており、翔鶴を改造したと言うよりは、翔鶴の名を冠した二代目と言う風情に名実共に仕上がっていた。これは戦没している海上自衛軍初の大型空母であった「しょうかく」とのマリアージュの結果である。

 

 対空火器に関しては何故か現代式のCIWSや速射砲ではなく、第二次大戦(WWⅡ)後に配備を開始され普及した、Mk.33/34 3インチ(76.2mm)艦砲システムを装備している。

これはどうやらSCB-27A仕様のエセックス級の影響を受けたもののようで、25mm機銃が翔鶴の装備からは姿を消していて、片舷に連装型のMk.33を10基、単装型のMk.34を6基、合計で26門ずつを搭載した。

 それどころか高角砲は10cm単装高角砲へ換装されたが、揚弾機構が電動化、半自動装填機構が自動化された完全自動砲「10cm単装高角砲改」となり、翔鶴極改二ではこれを舷側部に新設したアイランド部に片舷4基づつ装備している。連装高角砲が単装になっているのは、大きなアイランドを用意する事が難しかったからであろう。

 

 航空艤装は前述の3基のカタパルトを搭載、これは蒸気式カタパルトではあるものの、現在の搭載機は零戦の最終型(五四型)や流星などであることから、能力的には十分と言える。

更に甲板やエレベーターは将来の大型新型機運用に備えての改修が施され、飛行甲板の装甲化による甲板強度の向上と防弾化、その耐熱化による噴式機運用への対策、それらを支える構造材やエレベーターの新設計による耐用重量上限の引き上げが為された。

 そして格納庫は2段を維持し、艦首がエンクローズドバウに改修された事を受けての格納庫の一部開放化、格納庫1段ごとの天井高の1m引き上げ、格納庫構造の再構築による防御面での改良を含め、形式上は翔鶴の拡大発展型となるこの空母型艤装は、戦訓や技術を参照した最新鋭空母にも劣らない能力を手にしたと言っても過言は無かった。

 

 艦娘に艦のサイズは関係ないとしても、そのカタログ上は全長280m、飛行甲板までの深さ25.3m、水線幅28.5m、更に艦首や艦尾の上部構造により、飛行甲板のサイズは273.6×35.3m、更に艦橋も右舷中央部に建て直され、煙突と一体化されたその姿は、大鳳型の設計を反映した、この世界に於ける大鳳に次ぐ新型とされた「改大鳳型航空母艦」そのものであり、排水量は実に4万6300トンに及ぶ大型空母である。

この大きさは翔鶴型より二回り以上大きく、大鳳型やエセックス級とでさえも一回り大きく、その諸元はミッドウェイ級航空母艦に匹敵、その搭載機数は現時点で悠々と100機を超えてしまったのである。

それでいて速力は機関出力の大幅な増大で当初の34ノットを完全に維持したばかりか、1ノット増加して35ノットとなっており、瑞鶴と問題なく艦隊行動が可能となっている。これが何を意味するのか、極改装はいとも容易くIFを手繰り寄せると言う事を意味していたのである・・・。

 

 

提督「これは―――。」

 

 直人が驚愕した様な声をどうにかして平静で装うとしたのはありありと分かった。当然だ、いくら事態が事態だったとはいえ、これは新たな艤装を―――新たな艦級(クラス)を生み出したに等しいのだから。

 

翔鶴「翔鶴、戦列に復帰します。」

 

提督「うむ・・・明石。」

 

明石「なんでしょうか?」

 

提督「よくやった、と言いたい所だが、これだけのデータは何処から来た? 搭載機数121機だと? 翔鶴型の基本設計ではこれだけの事は出来ん筈だ。」

 

明石「それは、これまでの戦訓や運用データです。膨大なデータの蓄積が、例え別世界であろうとその“可能性(もしも)”を引き寄せるんです。」

 

提督「可能性(もしも)・・・それは、安定性は大丈夫なのか?」

 

明石「そこは御安心下さい。」

 

提督「何故言い切れる?」

 

明石「この極改装の仕組みは、PIPL(ピップル)システムを下敷きにしたものです。暴走に備えたリミッターは万全を期しております。これは金剛さんも同様です」

 

―――PIPLシステム、通称「ケッコンカッコカリ」と呼ばれるそれは、このようなところで息吹を増していた。この極改装は、言うなればこのPIPLシステムを発展させ、膨大なデータを要する事と引き換えとして、艦娘を全くの別物へと生まれ変わらせる事が出来るシステムだったのである。

 そもそも金剛に対し極改装が出来た要因は、彼女がその指輪を受け取っていた事、明石がシステムについてのデータを取り、そのリミッターが過剰過ぎるほどに強固な事を確認、逆用した事。

この事がなければ、翔鶴はこのような短期間で、これだけ強く、逞しく再就役する事は不可能だっただろうことは想像出来る。

 

提督「・・・分かった。だが、艤装の安定性には万全を期してくれ。最大出力で回しても大丈夫な様、マイナーチェンジは決して怠るな。」

 

明石「お任せ下さい。」

 

翔鶴「この力があれば、今まで以上にお役に立てます!」

 

誇らしげにそう胸を張って言う翔鶴。

 

提督「頼むぞ。」

 

直人は簡潔にそう答えたのみだった。

 

提督(条件こそあるが、確かにこの技術は強力だ。だが―――)

 

この技術を乱用する事にどのようなデメリットがあるか―――運用には慎重を期さねばならん。

 

彼はこの強力で且つ魅力的でもあるこの技術に対し、危機感を抱かざるを得なかった。綺麗な花には棘がある様に、うまい話には裏がある様に。決して明石を疑う訳ではなかったが―――。

 

 

その日の夕方、彼は鳳翔と談笑していた。

 

16時17分 艦娘寮一号棟1F・鳳翔の部屋

 

鳳翔「・・・提督。」

 

提督「どした。」

 

鳳翔「時々、思う事があるんです。」

 

提督「・・・?」

 

珍しく神妙な面持ちになる鳳翔の言葉に、直人は耳を傾ける。

 

鳳翔「提督は私を、司令部防備艦隊の旗艦として、扱って下さっています。ですが、いつか、私達のような存在が、世界からその存在する価値を無くすとしたら、私達は、どうなるのでしょうか。」

 

提督「それは・・・。」

 

鳳翔「私達は艦娘です。本来、このような事を考えるのは、筋ではないかもしれません。ですが敢えて、問題として提起するべきだと、そう思ったんです。」

 

提督「・・・。」

 

 司令部防備艦隊は、他の3個艦隊に比べて余裕のある立場であり、その旗艦である鳳翔も、最初期の頃から艦隊に在籍する艦娘の一人として、多くの物事を考えたに違いない。

その鳳翔をしてこの思いに至らしめたのは必然とも言うべき事柄でもあった。現在のところ艦娘は「戦争に必要不可欠な駒」としてその存在価値を認める、若しくは“認めざるを得ない”存在としてその存在を赦された者達だ。

だが、深海棲艦との戦争が終わった時、彼女たちはどう遇されるのであろうか。鳳翔が不安に思うのも、故無き事ではない。

 事実として、艦娘に対する抑圧を行うないし、そもそもその存在自体を認めない者達が一定数いる事は、過去の実例がそれを立証し給う所である。

それを踏まえれば、殆どの人間が具備する事を赦されなかった“力”を備える艦娘達を、人間達が戦後に排除しようとするかもしれない、と言う事である。

そんなことになれば、それまで艦娘達がしてきた事は完全に否定された事になり、その存在意義も意味を失ってしまう。

 

提督「俺はまだ、それを語るには時期尚早だと思う。だが―――」

 

鳳翔「・・・?」

 

提督「―――俺は必ず、お前達を守る立場に立つ。俺だけじゃない、これは提督達、全員の義務だろう。」

 

鳳翔「・・・ふふっ、提督なら、そう言って頂けると思ってました。」

 

提督「当たり前だろう。大事な部下達だしな。それに俺は、ここにいる艦娘達を家族も同然と思ってる。同じ家族を、守らずしてどうする?」

 

鳳翔「提督・・・。」

 

提督「俺は、もう家族の元を離れて久しいからな。その俺にとって家族と呼べるのは、お前達だけ。だがそのおかげで、少なくとも寂しくは無いよ。」

 

鳳翔「―――当然です。」

 

提督「・・・?」

 

鳳翔「提督は皆さんに慕われていますし、よくして下さいますから。それに・・・」

 

提督「それに?」

 

鳳翔「―――例え皆さんが貴方の元から離れても、私は、貴方の傍にいます。絶対に、寂しい思いにはさせませんから・・・!」

 

提督「・・・ありがとう。」

 

 表立っては彼はそう述べただけだったと言う。しかし鳳翔には彼の心中に言語化出来ない複雑な思いがある事も分かっていた。

だからこそ鳳翔は何も言わなかったし、彼にとっても、それで充分であった。

 

 

夕食の際、今度は大鯨とエンカウントする。

 

20時51分 食堂棟1F・大食堂

 

大鯨「あの、提督。」

 

提督「どした。」

 

食事を口に運ぼうと手を動かしながら直人が答える。

 

大鯨「私、折角航空母艦に改装して頂いたのに、どうしてまた潜水母艦なのでしょうか・・・。」

 

提督「うん、そりゃね、改装する時に潜水艦娘達からあんだけ猛抗議されりゃ考えてしまうよね。」

 

大鯨「え、そうだったんですか!?」

 

提督「いやそうなんだよ・・・あれ、大鯨は知らなかったのか。」

 

大鯨「え、えぇ。あの子達、私の知らない所でそんな事を・・・。」

 

提督「因みに、“ユーちゃん”は関係ないぞ。」

 

大鯨「そ、そうですか。」

 

U-511(さつき1号)「―――あ、提督。」

 

提督「ん、やぁユーちゃん。ここにきて4か月になるが、調子はどうだい?」

 

U-511「は、はい。大分、慣れて・・・きました。」

 

提督「それは何より。」

 

 “さつき1号”ことU-511が横鎮近衛艦隊に着任したのはこの年の7月の事である。FS作戦直前、鈴谷改装の裏で、横鎮近衛艦隊に対する辞令が発せられていた訳である。

そもそもはと言えば、彼女はポート・モレスビー攻略作戦やその時同時に起こったトラック沖海戦の最中に、遣日潜水艦作戦によって単身インド洋を突破してきた剛の者であり、実の所、配属先未定の所を直人が拾ってきた艦娘である。

 配属先未定だったのには実の所理由がない訳ではない。と言うのは、U-511は日本語の知識がプリンツ・オイゲンなどと比べてまだない状態で、その慣熟に時間が必要だったことがまず一つ。2つ目は、潜水艦戦力が全体として充足率が高かった事が挙げられる。

と言うのもこの時期になると新型の潜水艦、「潜特型」伊四〇一が各地の艦隊に着任しており、一方で横鎮近衛艦隊にはいない。彼が利用したのは正にその状況であり、U-511を除くと5隻しかいない状況は現在でも変化していない。

 

U-511「オイゲンさんや、レーベもいるから・・・この艦隊の事、分かって、来ました。」

 

提督「そりゃ良かった。」

 

U-511「はい。それでは・・・。」

 

提督「・・・最初の頃って肌白かったけど、最近はなんかちょっと焼けてきてない?」

 

大鯨「確かに・・・。」

 

明石「―――おっ、潜水艦隊と提督の会合ですか?」

 

突然の呼び声にびっくりする直人、動揺しながらなんとか言葉を返す。

 

提督「お、おどかすなよ。まぁそんなとこだけどさ。」

 

明石「すみません♪ で、そんなお二方に提案です。」

 

提督「どった。」

 

明石「潜水艦、増やしたくないですか?」

 

提督「増やしたい。」

 

大鯨「素直ですね。」

 

明石「そんな素直な提督さんに、ちょっと早いサンタさんです!」

 

提督「おっ、なんだか藪から棒ですがなんざんしょ。」

 

今日もノリノリの明石さんに軽いノリで付いていく直人である。

 

明石「実は青葉さんの持ってる情報網から得た話なんですが、例の潜特型、大型建造で建造するレシピを入手しました!」

 

提督「―――マジで?」

 

 ちょっと身を乗り出しながら食いつく直人である。ユーちゃんと話しながら潜水艦戦力の不足に嘆息している真っ最中であったから尚更である。

 

明石「明日やってみません?」

 

提督「―――よろしい、一度やってみよう。」

 

ちょっと考えた後彼はそう答えたのであった。

 

 

11月3日6時57分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「さて、建造発注も終わったし早速―――」

 

執務を、そういいかけた時、卓上の3D投影コンソールが着信を告げる。

 

提督「執務室。」

 

明石「“建造棟です、3回で当てましたよ!”」

 

提督「お前マジでか!?」

 

 史実では不運な最期を遂げた明石であったが、ここでは諸氏もご存じの通りとんでもない幸運艦である。その豪運はこの時もいかんなく発揮されていたと言えよう。

 

明石「“高速建造剤はどうしますか!?”」

 

提督「使って、どうぞ! すぐに行く!」

 

明石「“はいっ!”」

 

大淀「良かったですね提督!」

 

提督「いやホンマに・・・資源ドカ食いしなくて良かった。じゃ! 行ってくる!」

 

大淀「はい!」

 

 

7時02分 建造棟1F・建造区画

 

提督「明石っ!」

 

明石「提督!」

 

「え、提督?」

 

提督「よくやったぞ明石! で、そちらが?」

 

明石「はい! さ、自己紹介を。」

 

「あ、はい! 潜特型二番艦、伊四〇一です。しおいって呼んでね。」

 

提督「はいよろしく。」

 

タッタッタッ・・・

 

大鯨「―――提督、お呼びでしょうか?」

 

提督「ナイスタイミング、潜水艦の新人だ。」

 

こんな綺麗なタイミングでやって来るのは、大淀がすかさずインカムで呼び出したからである。因みに大淀はインカムを使い明石がソリビジョンを使ったのは、実はこの時明石は身に着けていなかったからである。

 

しおい「へぇ。あなたがここの提督さんなんだ。」

 

提督「そうだぞ~、お前の提督だぞ。」

 

しおい「了解! よろしくお願いします!」

 

提督「ん。大鯨、艦隊案内してあげて。訓練参加はその後でいいよ。」

 

大鯨「はい!」

 

この時直人は、しおいが大鯨の名を聞き首を傾げたのを見る。

 

提督「―――あぁ、そうか。しおいは“大鯨”を知らないのか。潜水母艦の大鯨、またの名を航空母艦龍鳳だ。潜水艦隊の旗艦をしてるから、覚えておいてくれ。」

 

しおい「あ、龍鳳さんか! よろしくお願いします!」

 

大鯨「はい、よろしくお願いしますね。」

 

実はしおいの進水は44年3月11日、就役に至っては45年1月で、彼女は佐世保生まれであり、龍鳳は呉が母港であった上、大鯨が改装されたのは42年の暮れの事だった為、“大鯨”の名をしおいは知らないのである。

 

提督「と言う事で大鯨、あとは任せるぞな。」

 

大鯨「はい!」

 

提督「んじゃ、俺はまた戻るよ、大淀に怒られるしな。」

 

明石「はい、頑張って下さいね!」

 

提督「ん。」

 

 軽く手を上げて直人はいそいそと建造棟を後にする。かくして横鎮近衛艦隊は見事、7隻目の潜水艦を手にした訳である。しかも戦略的な運用が可能な潜特型潜水艦であり、彼としてもこれは吉報と言えた。

横鎮近衛艦隊はこれによって再び戦略的な作戦の幅を広げた事にもなり、ただでさえ高い戦略作戦能力がかさましされた結果になるのだった。

 

 

11月5日14時、連絡任務でサイパンを離れていた鏑木二佐が本土から戻ってきた。

 

14時29分 中央棟2F・提督私室

 

 戻ってきて最低限の身だしなみを整えた彼女は、純白の二等海佐の制服を着て、左手に膨らんだ茶封筒を携えて直人の下に来ていた。

艦娘としての彼女の扱いは、空自軍の三佐に対して二等海佐の待遇を受ける身なのである。

 

提督「で、どうかしたか?」

 

自室のソファに腰掛けながら彼はそう聞いた。

 

音羽「はい、実は山本海幕長から、こちらを預かってきました。」

 

提督「ほう? また書類が沢山入ってそうだな。」

 

茶封筒を受け取った彼はそう嘆息する。

 

音羽「作戦指令書だと、伺って参りました。」

 

提督「だろうな。」

 

音羽「下がって宜しいでしょうか? 提督。」

 

提督「構わない・・・が、大淀をここに呼んでくれ。」

 

音羽「了解しました。では。」

 

 

鏑木三佐が退室してから10分ほどたった後、代わって大淀が直人の自室に現れた。

 

大淀「お呼びでしょうか。」

 

提督「例の、これだよ。」

 

そういうと彼は目の前の机に書類が入っている茶封筒をドンと言う音と共に置いた。

 

大淀「成程、作戦ですか。」

 

提督「うん。今回も一緒に確認しようとね。」

 

大淀「では、お供させて頂きます。」

 

提督「ん、ありがと。」

 

 そういって大淀に差し出されたハサミを手にすると、彼は慣れた手つきで茶封筒を開封する。

中身は書類の束ともう一つ、今開けたのよりは小さめの茶封筒が入っていた。取り敢えず彼は書類の1枚目に目を通す。タイトルに当たる部分には「アラビア海方面陽動作戦に関する指令書」と書き記されていた。

 

提督「また西方戦線か、好きだね全く。」

 

大淀「しかし陽動と言うのはどういうことなのでしょうか・・・。」

 

提督「その辺はまぁ、書いてあるでしょ。」

 

そう言って彼は読み進める。その内容を要約したものが以下の通りとなる。

 

 

アラビア海方面陽動作戦に関する指令書

発:大本営軍令部総長

宛:横鎮近衛艦隊司令官

 

〇本文

横鎮近衛艦隊は11月中旬を期して、アラビア海方面に潜行し、

指令書に記載されたる当該目標の調査と、可能ならばその掃討を図られたし。

 

 

提督「当該目標ぉ?」

 

いつになく曖昧な書き方に眉をしかめた直人。

 

大淀「なんなんでしょうか・・・。」

 

流石の大淀も首を傾げた。

 

提督「まぁ、読めば分かるか。」

 

そう言って読み進めた直人は、大凡の事情を把握した。

 

 そもそも陽動である理由は、当然主作戦があった。その主作戦と言うのが、サンタイザベル島を含む中部ソロモン諸島方面の基地に対する大規模な輸送作戦の為であった。

ただ、この作戦には輸送船による輸送も内容に含まれており、特に敵に対して目と鼻の先であるサンタイザベル島に対する輸送には、相当なリスクを伴う可能性が高い。

 そこで立案されたのが大規模な陽動を行う事だったが、()()()()()()()()では見当違いなところから兵力が引き抜かれる事になりかねず、大規模とは言うものの、戦力面での話ではそれ程投入する事は出来ない、と言うのが大本営の結論だった。

ではどうするのか、作戦面での規模を大きくするしかない。だがそれを可能にするには、高い練度と戦略的展開能力の大きい部隊でなくてはならない。そこで白羽の矢が立ったのが、紀伊 直人が率いる横鎮近衛艦隊だった、と言う訳である。

 横鎮近衛艦隊は、重巡鈴谷を用いる事で戦略的にも高度な展開能力を有する。

この特徴は、各基地の防備艦隊を除けば稀有な艦隊である事を示しており、しかもその防備艦隊自体は、泊地防衛の観点から引き抜く事は出来ない。となれば、必然的に彼らを使うしかないのだ。

 

 そしてその目標に指定されたのが、アラビア海に潜伏していると思われている「ある存在」の調査であった。

アラビア海は長らく、水上と水中の両面から深海棲艦によって封鎖されてきたが、こと水上に関しては、東アフリカに母港を構えていた空母機動部隊と、アデンを母港としていたインテゲルタイラント率いる水上打撃群が、二度に渡る横鎮近衛艦隊による遠征の結果どちらも壊滅しており、代替する予定の部隊が再建途上である事から、海上封鎖能力は格段に弱まっていた。しかしなおも懸案事項として残っていたのが、敵の水中戦力、即ち潜水艦による脅威だった。

 そして、その中核と思われていたのが―――

 

提督「―――“コモリン岬の白鯨(はくげい)”、か。」

 

大淀「提督は御存じですか?」

 

提督「伝聞程度だがな。最初に“()()”と思しきものに遭遇したのが、インド亜大陸の南だった事からついた渾名だ。尤も、渾名だけでそれが何なのかさえ分かっていない。分かっている事は、それが水中に隠れ潜んで攻撃してくる事だけだ。人前で一度だって姿を晒した事は無い。」

 

大淀「成程、それで正体不明なために付いたのが、“白鯨”の渾名だった訳ですか。」

 

提督「まぁそう言う事になる。最初に見つかったのは戦いが始まって間もない2044年の事だ。それだけに、半分くらい伝説の存在だ、と信じられてさえいる代物だが、存在するのは間違いない()()()。」

 

大淀「らしい、と言うのはどういう・・・?」

 

提督「誰一人として目にした事がないからさ。だからそれがどんな奴で、どんな姿をしているのか、そもそも()()()()()()()さえ分からない。つまり、手掛かりは過去の出没地域だけ、困難極まりない任務だ。」

 

大淀「では、“白鯨”と言うのは一体?」

 

提督「それはアメリカの有名な文学作品が出典元だな。別にそいつが白かったから、とかではないと思う。そんな話さえ聞いた事がない。」

 

 アメリカの文学作品で最も有名なものの一つとしてハーマン・メルヴィルの超長編小説「白鯨(日本版題名)」がある。内容としては、19世紀の捕鯨船を描いた話なのだが、その中に人間に襲い掛かる白いマッコウクジラが登場する。

これに因んで渾名が付けられたのが、今回の標的であるのだ。

 

大淀「でも、それですと・・・。」

 

提督「正体は一切不明。一つだけ分かっている事は、我々の艦船や艦娘を容赦なく攻撃してくる事だけだ。」

 

大淀「それでは探しようがないじゃないですか?」

 

提督「だが、そこで一つだけ手掛かりがある。それは白鯨の出る場所だ。」

 

大淀「場所、ですか。」

 

提督「奴が現れるのはアラビア海とその周辺に限られている事が分かってるんだ。俺達に出されたヒントは、つまりそれだけだ。」

 

大淀「ですが、どうやって展開するんですか? アラビア海に至るまでには、コロンボ棲地が大きな障壁になっていますが・・・。」

 

提督「・・・どうやら作戦の概要によれば、艦隊を二分して展開させるとあるな。」

 

大淀「別働と主隊、と言う事ですか。」

 

提督「・・・あら? 『本隊展開手段については別封資料を参照』と書かれてるな。」

 

大淀「と言う事は先程入っていた・・・」

 

提督「これだな。」

 

そう言うと彼は卓上に出しておいた別封の茶封筒を開け、中身を見る。中身はまた資料と書類の束だったが、彼はそこで一つの発見をする。

 

提督「ん・・・“航空自衛軍”?」

 

 その文言が1枚目に書かれているのを、彼は発見したのだ。

首を傾げてそう呟いたのは当然だろう、本来であれば艦娘艦隊の作戦行動に、航空自衛軍(Japan Air Self-Defense Army)が出てくる事と言えば、大規模な攻撃計画の時くらいなものであって、こんな陽動の為に動員される事は殆ど前例がないのだから。

 

大淀「何故空自軍が?」

 

提督「分からん、一体どういう・・・。」

 

 だが読み進めて行くと、大凡の事情がこれまた把握できた。

大淀の言う通り、ベンガル湾からアラビア海への突破は、コロンボ棲地やアッドゥ棲地がある手前容易な事ではない。

しかもこのコロンボ-アッドゥラインはかつて横鎮近衛艦隊が二度までも突破し、しかもU-511にはアラビア海側から単独での突破を許してしまった場所でさえある。

更に度重なる大攻勢の手前、警戒は2年前とは比較にならないほど強化されていることが、リンガ在地部隊の報告により判明している。そうなって来ると大淀の言う通り、突破は文字通り至難を極めるだろう。

 しかし、そんな中でもU-511はアラビア海側から突破に成功している。と言う事は、これが水上部隊で使えるかもしれないと大本営は邪推したのだ。そこで空自軍の出番と言う事になる訳である。

 

提督「・・・えぇ?」

 

大淀「どうされました?」

 

提督「・・・ムンバイまで空輸するんだってよ。」

 

大淀「まぁ・・・。」

 

 そう、そこに記されていたのは、空輸によるインドへの機動的展開に関する内容だった。大まかにいえば、少数精鋭の艦娘部隊をリンガからムンバイへ空輸し、同市内の海岸線から発進させると言う内容のものであった。

しかし、艦娘を移動させるとなると艤装の輸送も当然せねばならず、そうなって来ると生半可に旅客機を使うと言う訳にもいかない。そんな訳で、空自軍が運用している大型輸送機「C-2A」を使い、素早くしかも確実に、艦娘艦隊を展開させると言うプランが創出され、成立したのである。

 

提督「しかも期日まで指定してあるぞこれ・・・11月14日18時前後に輸送機が離陸できるように、と言う事らしい。」

 

大淀「そうなって来ると、結構ギリギリになって来ますね。急ぎ立案させます。」

 

提督「頼む、具体的な内容については明日作戦会議を行い決定しよう。取り敢えずは全艦隊に出撃準備を下令。どうやら対潜戦闘になりそうだから、その辺りも考慮せんとな。」

 

大淀「分かりました。一旦こちらはお預かりしても?」

 

提督「構わないが、作戦会議の際には一旦持って来てくれ。」

 

大淀「はい。」

 

提督「では急いでくれ、多少ザルでも構わん!」

 

大淀「はいっ!」

 

敬礼を返し、大淀は直人の自室を辞する。

 

提督「―――巨大艤装はどうするかな?」

 

 横鎮近衛艦隊で一番こう言う時に問題なのは、要するに彼の艤装なのだった。通常のものを用いるか巨大艤装で行くかはやはり問題であり、その場合別途輸送せねばならないが、輸送する為の方法も難儀なものなのである。

更に言うと空路輸送する場合は、機密の保持も重要であり、その点を考慮すると普通の手段で運ぶ事は容易な話ではないのだ。そう考えれば、巨大艤装の扱いには自然と慎重にならざるを得ないのが彼の思う所であった。

 

 

11月6日の朝、直人は実戦部隊の幹部全員を会議室に集める。言うまでもなく作戦立案の為である。

 

11月6日7時12分 食堂棟2F・大会議室

 

提督「ん・・・大淀はどうした?」

 

川内「私が来た時はまだ到達日時の算出をやってたけど・・・。」

 

ガチャッ

 

大淀「お、お待たせしました!」

 

提督「おぉ、来たか。」

 

大淀「すみません、思ったより時間がかかってしまいまして。」

 

提督「いや、構わない。全員揃った事だし、始めようか。今回の作戦目標は全員に先立って読んでもらった資料の通り、不明目標の調査だ。」

 

金剛「なんというか・・・随分と曖昧デスネー?」

 

瑞鶴「うん、なんかふわっとしてるって言うか・・・。」

 

提督「そりゃ不明なんだからそうなるだろう。」

 

瑞鶴「まぁ・・・。」

 

提督「で、その行先はアラビア海となる訳だが、今回は海路だけではなく、空路も利用して展開を行う。」

 

瑞鶴「それって・・・!」

 

霧島「輸送機を用いると言う事ですか?」

 

提督「その通りだが、今一度正確を期せば、空自軍航空支援集団に属する、第4輸送航空隊が装備する輸送機を使う。」

 

金剛「と言う事は、どうするネー?」

 

提督「資料読んだか?」

 

金剛「勿論ネ、私が聞いてるのは配分の話デース。」

 

提督「それなんだよな。」

 

金剛「考えてないのネー。」

 

提督「そうじゃないが、その為に会議をするんだよ。」

 

金剛「OKデース。」

 

提督「で、今回はどうやら対潜戦闘がメインになると思われる。そこで、対潜戦闘装備を充実させた艦隊編成が必要となる。」

 

鳳翔「それで、私が呼ばれた、と言う訳ですか。」

 

 直人の言葉に応じた鳳翔は得心したような表情を浮かべた。事実、本来作戦会議の場に司令部防備艦隊の幕僚は呼ばれないからだ。

この日会議室にはその元旗艦であり、司令部防備艦隊が持つ航空戦力の一人でもある鳳翔と、長くその副官を務め、先日代わって旗艦となった香取がいた。

 

香取「それで、どの程度徹底されるお考えですか?」

 

提督「一時的に大規模な編成転換も視野に入れるべきだろう。演習でやるような大規模な対潜掃討演習の時のように。」

 

香取「分かりました。」

 

提督「あとそのベースになる()()()()()()()()のは知っての通りだ。それを念頭に入れてくれ。それと、その関係もあるが、今回の作戦の為に多くの艦を司令部防備から割かねばならん分、第二艦隊は今回、司令部防備に回ってくれ。」

 

イタリア「分かりました。」

 

 そう、実は前回作戦の後第二艦隊が正式に設置され、それに伴う編成転換が実施されたばかりなのだ。これによって第二艦隊は暫く錬成を余儀なくされていたのは事実に近い所でもあったのだ。何せ、新たに編成されたのだから、艦隊行動訓練が必須だ。

それを含む大規模な編成刷新によって部署発令が終わっている為に、直人は注意を喚起した訳である。

 

提督「取り敢えず主力には第一艦隊と一水打群を用いる。陽動には第三艦隊、まぁ妥当な線だが、その方向で進めてくれ。それと対潜掃討の装備と、その経験のある艦娘の起用も含め、艦隊編成の決定を行う。」

 

一同「「はいっ!」」

 

提督「さて、早速だが―――」

 

ピピッ

 

明石「“提督、お取込み中少し宜しいでしょうか。”」

 

提督「―――すまん、先に進めておいてくれ。」

 

インカムの通知音に続いて入ってきた明石の声に直人は急いで会議室を出る。

 

提督「どうした明石。」

 

明石「“この間建造した大型建造の件なんですが、まだチェックの済んでないレーンが一つあるのを忘れていまして。”」

 

提督「お前マジでか。」

 

明石「“すみません。”」

 

明石もたまには失敗するのだと言う事を直人は痛感したが、それどころではない。

 

提督「すぐそっちに行くから確認してくれ。」

 

明石「“はいっ!”」

 

返事の後すぐに向こうから切られ、直人は速足で建造棟へと向かうのだった。

 

 

7時22分 建造棟1F・建造区画

 

提督「明石!」

 

明石「あっ、提督、その・・・。」

 

提督「どうした、新しい艦娘だったのか。」

 

明石「・・・はい、そうなんです。」

 

提督「マジかよ・・・。」

 

明石「すみません、うっかりしてました・・・。」

 

申し訳無さそうに明石が頭を下げた。

 

提督「うーん・・・まぁ、いいさ。それで、その新しい艦娘と言うのは?」

 

明石「あ、それなら別室に控えさせています。」

 

提督「すぐこれへ。」

 

明石「はい!」

 

言われてすっ飛んでいく明石を横目に「危なっかしいなぁ」と内心思う直人であった。

 

 

そして引き合わされたのがなんと・・・

 

「阿賀野型軽巡二番艦、能代。着任しました。よろしくどうぞ!」

 

提督「うん、よろしく頼むよ・・・明石、お前マジでか。」

 

明石「ど、どうやらしおいさんとダブルツモだったみたいでして・・・。」

 

提督「流石だわお前。」

 

明石「あ、ありがとうございます?」

 

提督「よし能代、お前は今日から新設の二水戦の旗艦だ。後で正式な辞令も出すから、すぐ訓練に合流する様に。」

 

能代「わ、私が二水戦の!?」

 

提督「あぁそうだ。不服か?」

 

能代「いえ、光栄ですが・・・着任早々に、いいのでしょうか?」

 

提督「とは言うものの実戦が間近に控えてはいるが、編成されたばかりで日が浅い。だからまずは第二艦隊共々錬成だ。いいな?」

 

能代「は、はいっ!」

 

着任早々とんでもない重しを突き付けられた気がした能代だが、実は矢矧もこの艦隊で通った道なのだと知るのは少し時間を要するのである。

 

 

提督「すまん、戻った。」

 

会議室に戻った彼は事情を説明し、イタリアにも話を通すことを忘れなかった。

 

提督「―――てな訳だ。イタリア、麾下水雷戦隊の旗艦が決まってよかったな。」

 

イタリア「はい、一安心です。」

 

提督「あとは水雷戦隊の戦力だなー。」

 

 実の所、水雷戦隊の隻数は一応、4個駆逐隊16隻が定数となっている。ただ、この数を満たせている駆逐隊は、以前こそかなり希少な部類であり、それ故一つの水雷戦隊に5個以上の駆逐隊が配備されている事も珍しくはなかった。

しかし近来の駆逐艦戦力の増大は、編成上駆逐艦の1個水雷戦隊に対する過剰配備に繋がっていた事もあり、編成の見直しが行われたのは当然であった。

 

翌日、戦闘序列が発表される。その内容が次の通りである

 

 

第一水上打撃群 35隻(水偵35機)

旗艦:金剛

第三戦隊第一小隊(金剛/榛名)

第八戦隊(摩耶/鈴谷/利根/筑摩)

第十一戦隊(大井/北上/木曽)

独水上戦隊(グラーフ・ツェッペリン/プリンツ・オイゲン/Z1)

第一航空戦隊(翔鶴/瑞鶴/瑞鳳 253機)

臨設第百一戦隊(鹿島/睦月/如月/弥生/卯月)

第三水雷戦隊

 矢矧

 第四駆逐隊(舞風/野分/萩風/嵐)

 第十六駆逐隊(雪風/天津風/時津風/島風)

 第十七駆逐隊(浜風/浦風/谷風)

 第十八駆逐隊(陽炎/不知火/黒潮)

 

第一艦隊 41隻(水偵39機)

旗艦:大和

第一戦隊(大和/長門/陸奥/三笠)

第四戦隊(高雄/愛宕/鳥海)

第五戦隊(妙高/那智/足柄/羽黒)

第十二戦隊(球磨/多摩)

第四航空戦隊(扶桑/山城/伊勢/日向 96機)

第五航空戦隊(千歳/千代田/龍驤 155機)

臨設第三十一戦隊(五十鈴/皐月/文月/長月)

 第一水雷戦隊

 阿賀野

 第六駆逐隊(暁/響/雷/電)

 第八駆逐隊(朝潮/大潮/満潮/荒潮)

 第十一駆逐隊(初雪/白雪/深雪/叢雲)

 第二十一駆逐隊(初春/子日/若葉/初霜)

 

第三艦隊 36隻(水偵18機)

旗艦:霧島(航空戦指揮:瑞鶴)

第三戦隊第二小隊(比叡/霧島)

第六戦隊(古鷹/加古/衣笠)

第十四戦隊(長良/由良/名取)

第二航空戦隊(蒼龍/飛龍 158機)

第三航空戦隊(赤城/加賀 180機)

第六航空戦隊(飛鷹/隼鷹/祥鳳 180機)

第七航空戦隊(雲龍/天城/葛城/音羽 269機)

 第十戦隊

 大淀

 第七駆逐隊(漣/潮/朧)

 第九駆逐隊(朝雲/山雲/霞/霰)

 第十九駆逐隊(磯波/綾波/敷波)

 第二十七駆逐隊(白露/時雨/涼風/江風)

 第六十一駆逐隊(秋月/照月)

 

 

 以前までと異なるのは、旧来までの一水打群隷下第十四戦隊(羽黒・神通・摩耶)が解隊され、新たに軽巡戦隊の再編成に伴い第三艦隊隷下の1個戦隊にその名が引き継がれた。

また駆逐隊は大幅な配置転換が実行に移され、第十八駆逐隊から霞と霰の2隻が第九駆逐隊へ異動するなどした。

羽黒は第五戦隊へと復帰、神通も第二艦隊に移ったが、摩耶は第八戦隊付きとして残留し、さらに第七戦隊とイタリア戦艦戦隊が第二艦隊の中核となる為に抽出された。その新編成された艦隊がこちらになる。

 

 

第二艦隊 17隻(水偵11機)

旗艦:イタリア

伊戦艦戦隊(イタリア/ローマ)

第七戦隊(最上/三隈/熊野)

第十三戦隊(川内/神通/阿武隈)

第二水雷戦隊

 能代

 第二駆逐隊(村雨/五月雨/夕立)

 第十駆逐隊(夕雲/巻雲/長波)

 第三十一駆逐隊(朝霜/清霜)

 

第六艦隊(水偵13機)

旗艦:香取

第十五戦隊(香取/鹿島/夕張)

第十八戦隊(天龍/龍田)

第八航空戦隊(秋津洲/瑞穂 24機)

第五十航空戦隊(鳳翔/龍鳳 73機)

 第七水雷戦隊

 五十鈴

 第三十駆逐隊(睦月/如月/弥生/卯月)

 第二十二駆逐隊(皐月/文月/長月)

 第二十三駆逐隊(菊月/三日月/望月)

 第一潜水艦隊

 大鯨

 第一潜水戦隊(伊十九/伊一六八/呂五〇〇)

 第二潜水戦隊(伊八/伊五十八/伊四〇一)

 第一水中輸送隊(まるゆ(ゆ1001))

〇基地航空部隊

 サイパン航空隊

 

 第二艦隊は、奇しくも旧海軍の同名部隊と同じ、夜戦専門部隊として新設され、水雷戦隊も夜戦に長ける第二駆逐隊を基幹として、長波を擁する第十駆逐隊など夕雲型で編成されている。

 第六艦隊はこれまでの司令部防備艦隊と、第一潜水艦隊、更に司令部直属艦艇の一部と基地航空隊を統合再編成する形で編成された艦隊で、編成としては、香取と鹿島、夕張で新たに第十五戦隊を編成した他、瑞穂と秋津洲が第八航空戦隊を編成、大鯨が公式に第一潜水艦隊の旗艦となり、同時に第六艦隊隷下へと編入された。

更にこれまで第一艦隊に属していた五十鈴が、七水戦の旗艦として転入。名取は第三艦隊へ、阿武隈が第二艦隊へと転出している。

 ここで阿武隈が第二艦隊へと転出したのには少々の理由がある。

 

 

 実はこの男、この年の7月に制式化された、阿武隈改二の情報を掴んでいた()()()()()、いつの間にやら忘却の彼方へと流し去ってしまって(わすれて)いたらしく、特に情報を集めるまでもなく、そのまま5か月近い時を浪費したと言う事実がある。

その理由はと言えば、そもそも阿武隈は5500トン級軽巡艦娘の中でも最後の方に着任した(阿武隈の着任は2053年3月終わり頃、矢矧と同時期だった)と言う、時期的な問題がある。

 この頃になると直人の関心は阿賀野型にあり、数の多くしかも旧式と見られがちな5500トン級も、艦隊の護衛や夜襲部隊主力、水雷戦隊旗艦などほぼ完全に充足しきっていた横鎮近衛艦隊にとっては、差し込む隙もなかったのは一端の事実ではあった。

尤もその時は、練度の隔たりがあるとして、防備艦隊入りを命じたのであったが。

 そしていつしか阿武隈の存在は後方部隊勤務と言う事もあってかそれ程注目もされなかったせいもあり、改二の事を思い出したのは、この年の10月の終わりに青葉から聞かされたこの一言であった。

 

青葉「提督、阿武隈さんを()()改二にしてないんですか?」

 

提督「・・・へ?」

 

 この時直人は、そんな話もあったなぁと言う程度の反応であったらしく、詳細を聞かされた時には、軽巡としてはとんでもないその性能に驚く始末であった。

その後彼は明石に阿武隈の改二改装が可能かを問い質すと、図面が必要と言う事になり、直ちにその取り寄せを行い、今に至ると言う次第である。

 第二艦隊が編成を発令された11月1日には既に改装は終了済みであったが、この話がなければ、彼は第二艦隊の編成に踏み切らなかったであろうとも考えられる。

一方で阿武隈の方は、以前から実戦部隊への転属を希望していた事もあり、喜色満面と言う体であった。但し・・・

 

11月7日9時53分 司令部前ドック

 

提督「20時までに出港準備を整えんとな・・・弾薬搬入、艤装もだ、急げ!」

 

鈴谷への物資搬入を陣頭指揮する直人。

 

「提督ー!」

 

提督「お、阿武隈。」

 

阿武隈「またお留守番なんですかー!?」

 

やっぱり来るのである。

 

提督「今回夜戦のチャンスないからな?」

 

阿武隈「砲撃戦だってできます!」

 

提督「今回対潜戦闘だからな・・・。」

 

阿武隈「むーっ。」

 

提督「とにかく今回はダメ。今まで実戦に出てた子も今回は休むんだから贅沢言わないの。」

 

阿武隈「う・・・分かりましたよ・・・もう。」

 

不満しかなさそうである。

 

 

 かくして横鎮近衛艦隊は、20時58分にサイパンを出撃、重巡鈴谷は一路リンガ泊地に向けて針路を取る。と言うものの途中まではペナンへ向かういつもの航路ではあるが。

結局作戦の主体は大筋の通り第一艦隊と一水打群となり、第三艦隊が陽動となっている。この陽動に重巡鈴谷が加わり、一方で巨大艤装は結局空輸となり前線に加わる事になる。

 

マレー時間11月13日21時03分、特に何事もなく横鎮近衛艦隊はリンガ泊地へ入港する。ここで主力を降ろした鈴谷は、明石の操艦で直ちに出港し、主力艦隊は提督と共に一時リンガ泊地司令部を間借りする事になっていた。

 

マレー時間21時25分 リンガ泊地司令部・エントランス

 

 リンガ泊地の司令部は、リンガ島南西部にある港湾部の建物を間借りして成立している。その中で一際大きな建物が司令部となっていた。

 

(まゆずみ)「お待ちしておりました。」

 

提督「手早い対応感謝します。海将補殿は?」

 

黛「司令官は今は自室でお休みになっています。お呼びしますか?」

 

提督「いえ、出撃にはまだ時間がありますし、明日時間が空いた時で。」

 

黛「分かりました。お伝えしておきます。」

 

 司令部で最初に彼を応対したのは、リンガ泊地司令官 北村(きむら) 雅彦(まさひこ) 海将補の副官を務める、黛 敏郎(としろう) 二等海佐である。

黛二佐はこの年36歳、8年前からずっと北村海将補の副官を務めている海自軍士官で、直人とも曙計画でも参画していたメンバーの一人であった。因みにその当時は三等海佐で、昇格の理由は上司がリンガ泊地司令になったからである。

 

 夜が明けた頃、北の方で爆音が響いているのが彼にも分かった。6時27分には、眠りから覚めた彼の元へ、北村海将補がやってきた。

 

11月14日6時27分 リンガ泊地司令部の一室にて

 

提督「おはようございます、海将補。」

 

北村「おはよう。早速じゃが、こちらが今回貴官らを運ぶ輸送機隊の指揮官じゃ。」

 

「井島 三等空佐です。」

 

提督「横鎮防備艦隊サイパン分遣隊司令官、石川少将です。今回はよろしくお願いします。」

 

互いに握手を交わし、挨拶に代える。

 

提督「それで、なにか?」

 

北村「まぁ一つは井島君と引き合わせたかったからじゃな。もう下がってよい。」

 

提督「成程、今回はよろしくお願いします、井島三佐。」

 

「仔細については承っています。必ずや目的地まで送り届けて差し上げます。それではこれにて。」

 

そう言って井島三佐は敬礼して去っていく。

 

北村「―――彼は数少ない空自軍のベテランでな、8000時間は優に飛んでおる。」

 

提督「あの自信ありげな感じも、ハッタリではない訳ですか。」

 

北村「まぁ本当の所を言うとな、今度の作戦の事じゃ。」

 

提督「はぁ、藪から棒に何でしょう。」

 

と、そんな会話をしながら室内に招き入れ、椅子に座る二人。

 

北村「この様子じゃと、また随分と大掛かりな作戦指示を受けた様じゃな。」

 

提督「まぁそんなところですね。」

 

北村「儂も貴官が来る2日前に知ったばかりじゃが、帰りの支援はさせてもらうとしよう。あぁ、遠慮はせんでええぞ、年寄りのおせっかいは、何かと受けておいた方がな。」

 

提督「は、はい。そういう事でしたら、是非に。」

 

北村「うむ、素直な事じゃ。」

 

提督「確かに帰路に不安はあります。敵の追撃を受ける可能性は大いにあると思っていますし、鈴谷の潜水艦哨戒線突破も、如何にするかと考えていた所でしたので。」

 

北村「そんなとこじゃろうと思うてな、実は昨日から既に対潜掃討作戦を展開しておる。尤も、南方での作戦に戦力も割かれておるし、どの程度までやれるかは分からんがな。」

 

提督「お気遣い痛み入ります。」

 

北村「帰りの事は心配無用と言う所じゃ、心置きなく戦ってくると良かろう。」

 

提督「はい、全力を尽くします。」

 

北村「うむ、今朝はそれを伝えたかったのでな。そろそろ、お暇するとしよう。」

 

提督「分かりました。」

 

直人は部屋を立ち去る老提督の背中を見送る。御年71になるこの老人は、今も昔の聡明さを内に秘めている様子でもあり、海自軍の長老として、また一兵卒からの叩き上げの将官として、今も現役で鎮座する名将であるのだった。

 

 

これに先立つ事1時間前の5時26分、ペナンに一時寄港し、補給を受けた重巡鈴谷が、ベンガル湾に向けて出撃していた。

 

5時32分 ペナン西方沖合

 

明石「提督を乗せないのも、久しぶりかな・・・。」

 

大淀「確かにそうかもしれませんね。」

 

 鈴谷の羅針艦橋(ブリッジ)には、主力に加わって不在の提督に代わり、副官である大淀が詰めていた。

別動隊の第三艦隊は、編成改訂によるものは兎も角、今回の出撃に際する編成変更はなし。ほぼそのままの編成であり、艦隊指揮を霧島、航空戦を赤城が預かる形となる。

但し、第七航空戦隊に属する空母音羽(鏑木三佐)のみは臨時に一航戦へ編入されており、彼の指揮を間近で見る事になっていた。

 

大淀「霧島さん、作戦準備はどうなっていますか?」

 

霧島「万事、怠りなく。敵のデータは、更新済みです!」

 

 そして呼び出されていたのが霧島であった。

実はこの作戦の立案に当たって、司令部内では特に反対意見は無かった。そもそも提督の出陣は確定されていた事が要因でもあるが、それ以前に、自分達の技量には自信があった事、無茶はいつも通りだったことがある。

常に無茶なプランを突っぱねていれば、ここでも反対があったのは間違いないが、この程度の()()()無茶はもう慣れっこだった訳である。

 

霧島「私達の問題は、無事収容出来るかどうか。そして、無事に空襲目標を叩けるかです。現在のところ、見込みは十分あります。」

 

大淀「そうですね。主力の側には問題も多いですが、私達の仕事は、コロンボを空襲する事だけです。それも、可能な限り多く、反復して。」

 

明石「その為に、今回の任務では鈴谷を用いての弾薬洋上補給も実施するんですからね。損傷艦の修復も可能ですから、相当持ち堪えられる筈です。」

 

霧島「挙句、今回は飛行甲板を搭載する事で分解機材を多数搭載してますし、限度はありますが、それなりに長い間の航空戦が展開出来る筈です。」

 

大淀「提督もよく考えつかれますね。」

 

明石「あきつ丸さんまで随伴させる事で更に輸送してますし・・・。」

 

 実は、この作戦に当たっては、母艦の鈴谷とあきつ丸が艦載機輸送艦として運用されているのである。それを洋上で譲渡出来るのは、艦娘ならではの芸当と言える。

メインベースとしての鈴谷も航空戦への対策に物資が完全特化されており、普段より艦娘用主砲弾予備弾薬搭載量が半減されたところへ、航空機用弾薬を搭載する徹底ぶりであった。

 

 

 鈴谷が出撃してから主力がリンガを発つまでには、およそ13時間の時差があった。18時07分、リンガ飛行場からC-2A輸送機3機が発進する。

このうち2機には艦娘76人が分乗、残りの1機には提督と巨大艤装、更にリンガから巨大艤装に関わりのあった整備員3名が搭乗した。巨大艤装は鈴谷のリンガ入港の際、荷役クレーンにより格納区画ごと積みだされ、それをコンテナ代わりにそのままC-2Aの貨物室に積み込まれたのである。

 

18時20分 C-2A 3番機貨物室内

 

提督「整備班長、お久しぶりです。」

 

「あぁ、君が生きていたとはね。」

 

各泊地防備艦隊には専属の整備士が基本的に付いており、一部のこだわりを持つ艦娘以外の艤装は全て彼らが整備を担当するのだが、リンガ防備艦隊には曙計画の際に偶然紀伊の整備班長を務めた、現在50代のスタッフが勤務していたのである。

 

提督「まぁ、色々ありまして。」

 

「そうか、まぁ詮索はしないが。」

 

提督「そうしてくれると助かります。」

 

「しかし、またこいつの姿を拝めるとはな、あの時を思い出すよ。」

 

提督「思えば、随分と長い付き合いです。これこそ、因果と言うべきでしょうね。」

 

「全くだ。最終チェックはさせてもらうが、やれやれ、気づけば殆ど別物と言っていいなこれは。」

 

提督「えぇ、この2年半で改修を重ねてますから。」

 

「そうか・・・なぁ、本当ならこいつは、7年の歳月をかけて熟成出来た筈なんだぜ。」

 

提督「―――それを考えると、あの日の失敗は、大きかったですね。すみません。」

 

直人がそう言うと、整備班長を務めた男は(かぶり)を振った。

 

「元々無理な作戦だったんだ、お前さんが気に病む事ではないさ。ま、短い再会ではあるが、お前さんの艤装も万全な状態で送り出してやる。」

 

提督「ありがとうございます、班長。」

 

「“班長”は止してくれ。俺はもう、しがない整備士だよ。」

 

苦笑して男は言った。

 

提督「そうでしたね・・・。」

 

 時の流れと言うものは、時としてある時の互いの身分を変えるものでもある。それが栄達であるかそうでないかは、その者の器量の内でもあろうと言うものだが、こと直人に関して言えば、それは様々な幸運と縁が織り成した奇跡とも言うべきものであっただろう。

 7年前、巨大艤装運用要員と『紀伊』整備班長と言う間柄だった二人は、今、しがない整備員と元帥号を帯びた提督という間柄になっていた。そこにはかつて培った連帯感は、一種の懐かしさとして感じられるものがあったのだった。

 

 そんな二人と、二人を結び付け、且つ直人を戦場へと駆り立てる一因ともなった、因果の巨大艤装を共に乗せて飛ぶC-2A輸送機は、艦娘達を詰め込んだ他の2機と編隊を組み、一路ムンバイに向け、マラッカ海峡上空を飛行するのである。

 マラッカ海峡の中央を飛び抜けた3機のC-2Aは、その後針路を北北西に転じてタイ領パンガー湾の中央を飛行して、パンガーの町の東方上空を通過、そのままアンダマン海の北部に出ると、メルギー諸島のテナセリム島の西で針路を再び変え、ミャンマー・エーヤワディ地方域のヌガプダウ-ミャウンミャの中間を抜けてパテインの町の西方上空を航過、そのままベンガル湾北東部海上に出ると、チェドバ島北西洋上で西ベンガルに機首を向けて飛行を継続する。

 

20時47分 C-2A 1番機貨物室内

 

金剛「ほ、ホントにこれでやるんデスカー?」

 

「えぇ、そうです。使用後は海上で切り離して頂いて大丈夫です。」

 

いともあっさり言い切られ、流石に声が出ない金剛。1番機に乗り込んだ一水打群のメンバーは、同乗したリンガ泊地のスタッフから今回の出撃手順の説明を受けていた。

 

鈴谷「えぇ・・・。」

 

「到着時間の都合で高度は10mで行きますので、心の準備だけしておいてください。」

 

熊野「毎度毎度、無茶ばかりね。」

 

睦月「そ、そうだね・・・。」

 

鹿島「それは流石にちょっと・・・。」

 

グラーフ「本国ではまずしないような発想だな―――うむ、いいだろう。」

 

オイゲン「スカイダイビングだと思えば、何とか・・・。」

 

 臨時編成の第百一戦隊と独水上戦隊のリアクションの対比がまた面白い所である。ドイツ人も時折奇をてらう事はあるが、それでもこんな無茶はまずしない。それを考えれば、日本とドイツの思考の差は歴然としていたとも取れない事は無い。

尤も、横鎮近衛艦隊と言う存在ありきである所もまた否定出来ないのだが。

 だがよりにもよってこんなところで金剛らが慌てているのは、実は元の作戦指令書には展開方法が未定という記述が()()()()()()()からである。

この為金剛などはパラシュートで低空から降下するものだと思っていたのだが・・・。

 

~そのころ3番機では~

 

提督「うへぇ・・・マジで?」

 

「あぁ、中々無茶やらせるよな。」

 

提督「しかも俺は準備してないと?」

 

「バーニアで降りてくれ、との事だ。」

 

提督「おい、これだけで50トンは越えてるんだが。」

 

 実は色々とごっつ盛りな巨大艤装、普通にとんでもない重量を誇っている。参考までに一番大型のもので、駆逐艦用の艤装がフルセットで300㎏、軽巡が1トン弱、重巡で1.5トン、空母は1トン前後、軽空母で駆逐艦並みの420㎏、戦艦では飛び抜けたスケールの大和が5.7トンもある。

当然ながら艤装は金属、それも鉄鋼製なのだから、この重量は当然であるし、そこへ燃料や弾薬も搭載するのだから余計に重量はかさむ。

そして装甲板を持ち厚い鋼板が張られた部位も存在するから、はっきり言って軽い筈がないのである。例えば金剛の持つ展開式装甲板は、あれだけでも左右合わせて100㎏を軽く超える重量を持っているのだ。

 しかし()()と付くだけに紀伊の重量は飛び抜けている。改修前、つまり司令部に最初に搬入された時の重量は驚異の63.4トン、無論現在は大幅な肉抜きやマウント/設計/材質変更などの重量削減策の成果もあって、総重量は52.1トンに抑え込まれていたのである。

 これを見れば、艦娘艤装の能力の一つである重量軽減能力が如何にとんでもないかがよく分かるだろう。

軽いと効果は落ちるが、数値的には最大で30分の1程度にまで落とし込める事が分かっているのだ。まぁどちらかと言えば、重量を削ると言うより艤装を浮かせるという反重力に近いナニカであるが。

具体的に言えば、吹雪型などが持つ手持ち式の12.7cm連装砲は、非稼働状態では10㎏程度の重さがある。それを拳銃のように振り回すのだからお察しである。

 

「計算上は今のバーニアなら15mでも降下に耐える筈だぞ。」

 

提督「うーん・・・分かりました、やりましょう。」

 

「流石の肝っ玉だな、お前さんは。」

 

提督「じゃなきゃこんなきつい仕事続けられてませんよ。」

 

「だろうな。ハッハッハ・・・!」

 

元整備班長の整備士は笑うが、これこそ他人事ならではである事はお互い分かっていればこそである。

 

~再び1番機~

 

金剛「やるしかないデスネー・・・。」

 

鈴谷「だ、だね・・・。」

 

島風「また飛び降りるんだねー。」

 

 一方で金剛らも覚悟を固める。一応一水打群に属する金剛と島風は過去に1回だけ、飛行中の航空機から飛び降りるという方法で緊急展開した経験がある。(※詳しくは第1部1章)

だが他の艦娘達はその時直人と共にいなかった、あるいはまだ着任していなかった者達なので、不安が拭い去れないのも無理はない事であった。

 

 動揺を隠せない艦娘達と直人を乗せたC-2Aはその後、ベンガル湾北東部を飛び続け、インド東部のフーグリー川河口で針路を若干南寄りの西に変え、インド上空へと入る。こんな回りくどい方法を取ったのは、制空権としては今一つ不安要素の残るベンガル湾強行突破よりも安全だったからで、ここまでくればムンバイまで一直線に直進するだけである。

 

 

インド時間22時02分 ムンバイ海岸線から700m西方

 

 

ゴオオオオオオ・・・

 

 

「カーゴドア開きます!」

 

金剛「―――行きますヨー! 駆逐艦から最初に降りて下サーイ!」

 

一水打群「「了解!」」

 

 

大和「総員起立、駆逐艦から順に降下します!」

 

第一艦隊「「了解!」」

 

 1番機と2番機が、海抜10mと言う水面ギリギリを並行して飛ぶ。3番機は高度500mで現在待機中であり、艦娘達の降下待ちと言う所である。

今回、艦娘を展開する方法は至ってシンプル、C-2Aの後部にあるカーゴドアから()()()()()滑り落ちるだけである。

 

萩風「よ、夜に、しかも、後ろ向きなんて・・・。」

 

流石に蒼褪(あおざ)める萩風。

 

嵐「大丈夫だ、今度はもう置いてったりしねぇよ。」

 

萩風「嵐・・・。」

 

嵐「さ、行こうぜ!」

 

萩風「う・・・うん!」

 

嵐「じゃ、先行って待ってるぜ皆。」

 

萩風「い、行きます!」

 

嵐に励まされた萩風は、二人揃って開かれたカーゴドアの縁に、背を向けるように立ち―――

 

 

ギャリリリリリリリ・・・

 

 

 踵に重心を移して斜めになっているカーゴドアを滑走し、滑り落ちる寸前で足に力を込め、空中へと飛び出す。すると次の瞬間艤装の後部から白いものが展開され、2人の速度を急速に落とし、2人は無事海面へと着水する。

着水した2人が左右に分かれるとすぐさま、駆逐艦二組目の舞風と野分が降下する。

2番機でも同様の手順で第六駆逐隊の4人が先行して降下していた。

 先に降りた駆逐艦娘達に続き、後続の駆逐艦が更に続く。先行した8人は背部艤装艤装後端に装着された装備を切り離し対潜哨戒に入る。

この装備が、艦娘に空輸展開能力を付与した秘訣とも言うべきもので、簡単に言えば減速用の小さなパラシュートを展開する装置だったのである。

 そもそもこの時のC-2A輸送機の速度は、地面効果も使って可能な限り速度を落としてはいるが、それでも600km/h弱の速度が出ている。

艦娘は最大速力でも100km/h超えるかどうかである為速度差が激しく、着水してもスリップや衝撃で艤装を破損しかねない為、減速用の装備が必要不可欠であった、と言う訳である。

俗に「ドラッグシュート(ドラグシュートとも)」と呼ばれるこの装備は、本来スカイダイビングの際に装着する補助用の小型パラシュートを転用したものでもある。所謂特殊装備の一つではあるが使い道も限られる上、格納や使用後装着したままの帰還も難しいと来ている為、海中投棄が認められた訳である。

 

五十鈴「五十鈴より六駆へ、ソナーの反応はどう?」

 

暁「“今のところないわ。”」

 

五十鈴「そう、四駆のほうはどうかしら?」

 

嵐「“こっちも今のところは。”」

 

五十鈴「分かったわ。」

 

臨設第三十一戦隊の降下と同時に旗艦の五十鈴は潜水艦の存在がない事を確認し安堵する。その時には既に軽巡の降下が開始、駆逐艦は既に集結の為に移動を開始しており、3番機も現在海面へ降下を開始したところである。

 

五十鈴「艦隊集結、急いで!」

 

矢矧「今やってはいるけど、流石に縦に長いから時間がかかるわね。」

 

五十鈴「そうね・・・。」

 

鹿島「艦娘の能力にも限界はありますし、兎に角集めましょう。」

 

五十鈴「えぇ。」

 

 この3人以外に阿賀野も含む4人の駆逐艦を指揮する部隊指揮官は、降下範囲の広さに嘆息しつつも、各々の手腕でどうにか部隊を集結させるべく、その手腕を振るう事に全力を注がねばならない事を肝に銘じていた。

このうち臨設戦隊である三十一及び百一の各戦隊は、小規模であったが故に集結を終えていたが、三水戦と一水戦がこの時点で未だ集結を完結していない事、想定内とはいえ早急に集結を完了させなければならないだけに、この4人の責任は重大とも言えるのだ。

 

結局降下には10分以上を要したが、金剛と大和が殿となり、22時13分、艦隊の展開は完了した。そしてその2機が離脱した後ろから艦娘達を追う様に3番機が海面に舞い降りる。

 

3番機の機内では、コンテナが閉じられ、艤装を装着した直人が今正に降下しようとしていた。

 

提督「―――では。またいつか。」

 

「そう在りたいものだな。」

 

提督「お世話になりました。巨大艤装『紀伊』、出撃する!」

 

 そして直人は背部艤装を稼働させ、カーゴドアから空中へと滑り落ち、それと同時にバーニアを全開にし、前下方に噴射して降着速度と対気速度を同時に下げて水面に舞い降りた。なお艤装は格納形態のままで折りたたんだままである。

 

 

ザバアアアアアアアアアン

 

 

提督「結構勢いあったぞ今! バーニアで噴射してなけりゃずぶ濡れ待ったなし。」

 

金剛「提督ゥー!」

 

提督「おう金剛。」

 

金剛「第一艦隊の集結がちょっと遅れてるネー。」

 

提督「当初予定通り、20ノットで行こう、そのうち全員追い付ける筈だ。さ、行こう。」

 

金剛「OKデース! とは言うものの、四航戦と一部駆逐艦だけヨー。」

 

提督「よし、問題ないな! 5艦娘ノットも差があれば行ける行ける。」

 

金剛「また燃料ガ・・・。」

 

頭を抱えてしまう金剛だった。

 

提督「確かに・・・。」

 

そしてそこへ漸く思い至った直人であった。しっかりしてくれ提督よ。

 

提督「まぁ、それは終わってから心配するとしよう。今は前へ。」

 

金剛「デスネ。艦隊、予定通り進発デース!」

 

 直人は艦隊に前進を指示、完全集結に時間こそかかったものの、全体のタイムスケジュールは元々の予定通り進んでいた。

これが、彼らによって「(オン)」作戦と名付けられた、コモリン岬沖海戦の序幕であった。

この()の字は、「(オン)密」の()から転じた作戦名で、穏当に遂行出来るようにと言う願いも込められている。

 

 

22時18分 ムンバイ沖・主力艦隊

 

提督「もうすぐ・・・ってところか。」

 

直人ら主力部隊は、陣形を個別の第一警戒航行序列とし、前衛を一水打群、後衛に第一艦隊にして、その中間に直人の巨大艤装『紀伊』が座位して、20ノットで南下にかかっていた。

 

嵐「“司令、ちょっと来て貰っていいか?”」

 

提督「ん? まぁ、分かった。位置知らせ。」

 

第四駆逐隊の嵐からの連絡で、直人は一時定位置を離れて一水打群の陣に向かう。

 

 

提督「どうした嵐。」

 

やってきた時嵐は陣形から少し後ろに下がっていた。

 

嵐「あぁ、司令。それがな・・・。」

 

提督「・・・?」

 

嵐が見る方向に目を向けると、そこには竦み切った萩風の姿があった。

 

嵐「司令は、私達の最期の事は知ってるか?」

 

提督「一応は、メンタルケアも提督の仕事だし、そのためにはな―――」

 

嵐「なら話は早いな。あの時の事で、萩風は夜が苦手なんだ。司令部にいる時は全然それを思わせないんだが、実戦だとな・・・それも、最近“思い出して”来てるらしくってな。」

 

提督「精神的に参ってる、って訳か。」

 

嵐「簡単に言えばそうかな・・・。」

 

提督「んー、分かった。」

 

直人は萩風の元に向かい、嵐も続いた。

 

提督「萩風ー。」

 

萩風「はっ・・・あ、提督・・・。」

 

提督「どうしたよ、そんなに縮こまって。」

 

萩風「あ、えっと・・・。」

 

萩風は口を開きかけて再びつぐんでしまう。何か嫌な事を思い出したかのように、目を見開き、恐怖に震えあがっているのが、暗闇でもよく分かった。

 

提督「無理して口に出さなくてもいい。そうだろうな、あの最後じゃぁな・・・。」

 

―――ベラ湾夜戦(米側呼称:ヴェラ湾海戦(Battle of Vella Gulf))、第31.2任務群司令、フレデリック・ムースブラッガー中佐(当時 最終階級:海軍中将)が率いる駆逐艦6隻からなる部隊が、中部ソロモン諸島のコロンバンガラ島へ向かう日本海軍の“鼠輸送”部隊を邀撃(ようげき)し、完勝を収めた海戦である。

 この戦いで江風・嵐・萩風の3隻が、突如として襲来したレーダー統制雷撃の鋭鋒にかかって瞬く間に沈没、時雨が唯一生き残り反撃こそしたものの戦果を挙げる事が出来ず遁走し、日本海軍が伝統的に得意とした夜戦の自信を、完全に失わせた戦いである。

 

 萩風はその共通の特徴として夜に怯えを示す事は知られていたが、艦としての記憶が不完全である内は、その理由がよく分かっていない状態である場合が多いのだと言う。

しかしこの出撃の際には既に萩風は元の記憶を思い出してしまっていたのだろう。しかもその時間帯は丁度、萩風が沈んだ時間と殆ど一致していた。妙な偶然もあったものである。

 

提督「―――やはり夜は怖いか、萩風。」

 

萩風「・・・。」

 

萩風は無言で頷く。

 

提督「―――大丈夫だ。今度はあんな結末にはならないよ。仲間達も大勢いるしな。」

 

萩風「でも、私・・・。」

 

提督「―――俺も付いてる。」

 

萩風「・・・司令―――」

 

提督「そんな簡単に、お前がそのトラウマを超えられるなんて、俺も思ってない。ないけど、寄り添う事は出来る。」

 

萩風「―――!」

 

提督「一緒に乗り越えよう。艦娘と言う存在は、過去(おわり)を振り切ってこそだ。今は無理でも、いつか超えられる日が来るさ。」

 

萩風「・・・ありがとうございます。」

 

提督「お前を沈めさせはしない、必ず守る。その為に皆がいるんだ。」

 

嵐「そうだぜ! この嵐様に任せろ。今度は、ちゃんと守ってみせる。」

 

提督「フッ、嵐様もこう言ってるんだ。天下の第四駆逐隊の一人として、頼むぞ。お前がしっかりと戦える舞台も、俺が必ず整えてやる。」

 

萩風「・・・はい。」

 

提督「・・・そうだ!」

 

直人は一つ閃いて、背部艤装に仕込んである個人用火器、SIG(シグ) SAUER(ザウエル) P229を取り出すとマガジンを取り出し、そこから1発の9×19mmパラベラム弾を抜き取る。

 

提督「お守り、と言う程のものではないかも知れんが、これをお守りだと思って、懐に入れておけ。」

 

萩風「え、でも、宜しいのですか?」

 

提督「俺は一応他にデザートイーグルは身に着けてるしなぁ。ま、作戦が終わったら返して貰えればいいよ。」

 

マガジンを元通りセットし、元の位置にしまいながら、造作もなく彼は言った。

 

萩風「は、はい・・・お心遣い、ありがとうございます。」

 

提督「安心したか?」

 

萩風「は、はい。少し・・・。」

 

提督「―――そっか。まぁ、その弾を俺の片割れとでも思って置けば、少しは安心するだろう。それではな。」

 

萩風「は、はい・・・あ、あの、提督!」

 

提督「んー?」

 

去ろうとした直人を萩風は呼び止めた。

 

萩風「私・・・提督に御迷惑をおかけしないよう、頑張ります!」

 

提督「―――あぁ、頑張れ!」

 

萩風「はいっ!」

 

笑顔でエールを送り、直人は元の位置に戻って行った。

 

嵐「・・・。」

 

萩風「・・・嵐さん?」

 

嵐「お、おう?」

 

萩風「私、頼んでませんよ?」

 

嵐「あ、いや・・・。」

 

そう言われて慌てる嵐に、萩風はちょっと微笑みかけて言った。

 

萩風「―――フフッ、もういいわ。ありがとう。」

 

嵐「お、おう・・・。」

 

萩風(そうね・・・皆さんがいる、司令が守って下さる。いつまでも、心配されっぱなしでは駄目ね。)

 

 

提督(やれやれ・・・我ながら不器用な事だ。)

 

 

不安を振り切った。とまではまだまだ言えないまでも、多少なりとて心境の変化のあった萩風と共に、一水打群はその背後に直人を続航させて、アラビア海の沿岸を目指す場所へ向けて進むのである。

 

 

11月15日23時57分 スリランカ上空

 

赤松「行けお前ら! まずは飛行場とレーダーだ、気合い入れてけ!」

 

 11月16日に日付が変わる前、スリランカ島上空の低空を飛ぶ別働隊である第三艦隊の第一次攻撃隊が、一挙にエンジンの出力を上げ、急降下爆撃隊は高度を上げ、戦闘機が飛行場へと殺到する。

天山の水平爆撃隊は500㎏爆弾2発を懸架して飛行場へ、現状艦攻として配備されている流星は250㎏爆弾2発/60㎏爆弾4発を懸架してレーダーサイトと飛行場に分かれて急降下爆撃を担当する事になっていた。

ただ流星は主にレーダーサイトに回され、飛行場は2割強、その比率を埋める形で彗星が投入されている。

 そして戦闘機隊には、夜間飛行に慣れた赤松貞明の加賀戦闘機隊も含めて、新型機が一部投入されている。

 

まずこの作戦前に改、若しくは改二になっていたのが以下の通りである。

 

・利根 改⇒改二

・筑摩 改⇒改二

・足柄 改⇒改二

・初春 改⇒改二

・初霜 改⇒改二

・皐月 改⇒改二

・天津風 無印⇒改

・時津風 無印⇒改

・照月 無印⇒改

・阿武隈 無印⇒改

・朝雲 無印⇒改

・山雲 無印⇒改

・早霜 無印⇒改

 

そして、機種転換も大きく動いていたのだが、それが次の通りなのである。

 

・一航戦 4段階から5段階へ更新(天山に代わり流星が配備、加えて翔鶴艦戦隊が爆戦に)

・二航戦 上に同じ(紫電艦戦型が配備)

・三航戦 5段階から6段階へ(烈風が配備)

・六航戦 一航戦と同じく

・七航戦 上に同じく

 

 これを見ると分かる通りなのだが、

二航戦の蒼龍艦戦隊(藤田隊)が試製雷電改から紫電一一型改に更新、

翔鶴艦戦隊(岩井隊)が零戦五二型丙から六二型に更新、

赤城艦戦隊(板谷隊)に烈風が配備され、

加賀の赤松隊は雷電一一型改から雷電二一型改にグレードアップするなどした。

 艦隊を守る空母の航空隊は、艦攻隊に流星が普及し、彗星も全て三三型となって稼働率が上昇、零戦は五四型に全て統一された形になっている。

 

 そしてこの第一次攻撃隊には、赤城から選抜された烈風が60㎏爆弾、それも三式六番三号爆弾と言う対地クラスター爆弾を装備した機体が12機、飛行場攻撃に参加している。雷電は万が一邀撃された場合の応戦と飛行場への銃撃などに加え、吊光弾による攻撃誘導が目的である。

 

赤松「敵のレーダーは・・・あれか!」

 

 赤松中佐は目ざとく敵のレーダーを発見すると、機体の下部に装備していた吊光弾を投下し、攻撃位置を示す。そこへ流星が殺到し、瞬く間にレーダーアンテナが崩れ落ち、一帯が燃え上がる。それを口火にして、各所にあるレーダーサイトや飛行場に向けて、一挙に攻撃隊が殺到した。

 

 

港湾棲姫「なんだ、何事だ!?」

 

タ級Flag「敵襲デス! 迎撃ノ指示ヲ!」

 

港湾棲姫「なっ!? こんな夜中にどうやって・・・?」

 

タ級Flag「ソノ考察ヨリモ、迎エ撃チマセント!」

 

港湾棲姫「そ、そうだなウェールズ。対空砲、撃ちまくれ! 航空隊は出せるか?」

 

飛行場姫「出セナイコトモアリマセンガ、夜間飛行訓練ヲシタコトガ・・・。」

 

港湾棲姫「構わない、出せるだけ出せ!」

 

飛行場姫「ハッ!」

 

 飛行場姫に対して発せられた命令を履行するべく、彼女は最善を尽くそうとした。しかし、飛行場には既に大穴が穿たれ、2本ある滑走路は既に使用不能、懸命に発進可能なルートを探す戦闘機を目ざとく見つけた雷電が、それに向けて銃撃を浴びせ炎上させる。

更に烈風の三号爆弾が駐機場に降り注ぎ、そこにあった中爆や単発機など数十機を瞬く間に炎上させ、更に格納庫には500㎏爆弾が降り注ぎ、中にあった大型機諸共粉砕する。その火災の光で飛行場全体が鈍く照らし出され、更なる攻撃を誘発する有様では、迎撃機を発進させようが無かったのであった。

 そして勢い余った機体は対空砲陣地や港湾施設などにも殺到し、巻き添えに大炎上させてさえいたのである。

 

 

11月16日0時37分 スリランカ島東方550km洋上

 

赤城「―――随行の彩雲より報告、敵レーダーサイトは壊滅、飛行場は完全に使用不能、航空機180機以上、破壊確実。奇襲は完全に成功したとの事です!」

 

蒼龍「やったぁ!」

 

飛龍「夜間攻撃は、もうお手のものね。」

 

加賀「やりました。訓練の成果ね。」

 

雲龍「まず、最初は成功ね。」

 

葛城「これから反復しないとね。」

 

 葛城の言う通り、彼女らの任務はコロンボへの反復攻撃である。このため夜間攻撃も1回のみで終わらせる訳にいくはずもなく、第三艦隊の指揮を預かった赤城は次の指示を下す事になる。

 

赤城「予定通り第二次攻撃を用意、二航戦、七航戦、用意を。」

 

雲龍「既に出来ています。」

 

飛龍「二航戦、いつでも。」

 

赤城「ではお願いします。」

 

一航戦と六航戦に続き、雲龍型の七航戦と飛龍・蒼龍の二航戦から艦載機が発艦する。第三艦隊の役割は、間断ない空襲によりコロンボの抵抗能力を、徹底的にそぎ落とす事にあったのである。

 

加賀(―――あの子達が、別行動でなければ・・・。)

 

 加賀に言わせれば、一航戦と五航戦が主隊に分離されていなければ、と思う所があった。それだけでも6隻の空母が機動部隊から割かれる、と言うのもあったが、翔鶴や瑞鶴らなどに対する信頼の念もあった。空母の集中投入による打撃力の強化は、ありきたりでこそあれ弱い訳ではないのである。

 

飛龍「二航戦、攻撃隊、発艦!」

 

飛龍がその弓に矢をつがえ、夜闇の空へと放つ。七航戦の雲龍型4隻も次々と艦載機を所定通り発艦させ、コロンボ棲地へと向かわせる。上手く行っていれば、敵のレーダーは既に機能していない、楽な仕事な筈である。

 

 

11月16日、横鎮近衛艦隊は予定通り主力がインド南端・コモリン岬南方30kmに到着した。

 

5時34分 コモリン岬南方30km洋上

 

提督「―――第三艦隊は、どうやら上手くやったな。」

 

予定地点に到着して漸く、彼はそう言った。

 

金剛「赤城サンがコロンボの目を引き付けてくれたネー。」

 

提督「うん。よし、ここで網を張る、対潜哨戒を実施せよ!」

 

五十鈴「OK! 捜索始めるわ!」

 

鹿島「諒解しました!」

 

金剛「私達はここで待機デスネー。」

 

提督「対潜哨戒機を出せる者は全員出してくれ。それ以外は俺と一緒に待機だ。」

 

金剛「OK!」

 

提督「・・・まて、金剛!」

 

金剛「Oh?」

 

提督「金剛はレーダーによる周辺海域の捜索を行ってくれ。不審な物体を発見次第、直ちに報告する様に。」

 

金剛「OK!」

 

翔鶴「あの、提督?」

 

提督「空母部隊は、交代で直掩機を上げてくれ。いいかな瑞鶴。」

 

瑞鶴「分かった。だってさ翔鶴姉?」

 

翔鶴「え、えぇ。分かりました、提督。」

 

金剛に仕事があれば翔鶴に無い訳がない。当然全艦が機関出力を落とす訳にも行かないのだし、これはこれで当然の事の帰結と言えただろう。何はともあれ直人は束の間の休憩を入れる事が出来るのだった。

 

そして休憩に入った残りの艦娘達が戦闘糧食をあらかた食べ終え、各々が暇を持て余し始めた、その時であった。

 

金剛「―――フゥ。レーションの紅茶は、やっぱり・・・ン?」

 

提督「んっ、んっ、んっ・・・」⇐スポドリ飲用

 

金剛「225度方向から飛翔物体4! 到達まで―――あと43秒!」

 

提督「―――んはっ、なんだとぉ!?」

 

大慌てでボトルから口を離し飲み込んでから言う直人。

 

金剛「セカンドウェイブ、225度、3万5000m付近から飛翔物体発射を確認、数量5! 到達まで推定1分15秒!」

 

提督「そいつだ! そいつが“白鯨(はくげい)”に違いない、艦隊は直ちに金剛の指示するポイントに向かえ!」

 

直人は遂に、我が意を得たりと指示を飛ばす。同時に哨戒機にも命令を出し、指定ポイントを空中から探らせにかかる。

 

提督「艦隊戦闘用意! 対潜戦闘に備え!」

 

しかしここで予想外の報告が直人にもたらされた。

 

金剛「飛翔物体判明、対艦ミサイルデース!」

 

提督「な、何ィ!?」

 

金剛「ミサイルファーストウェイブ、到達まで15秒!」

 

提督「機銃だ! 機銃で弾幕を張れ! 主砲では間に合わん! 全艦機銃にて応戦!」

 

金剛「OK!」

 

たちどころに敵のミサイルに目掛けて火箭が幾重にも掴みかかり、流石と言うべきか、その全てが撃墜されていく。

 

提督「第二波に対して弾幕防御用意! 初めての筈だが、上手くやるものだな。」

 

瑞鶴「“提督、私達は!?”」

 

提督「対潜攻撃装備で艦載機を発艦させろ! あと直掩を強化して、敵機の来襲に備えろ!」

 

瑞鶴「“了解!”」

 

提督「四航戦の六三四空は直ちに発艦、対潜掃討を実施せよ!」

 

金剛「水中物体捕捉! 方位225度、距離3万4200、速力38、なお増速中デス!」

 

提督「さ、さんじゅうはちィ!?」

 

水中で38ノットと言う数値はどう考えても只者ではない。そもそも原子力潜水艦でさえ、その最高水中速力は35ノット程度であり、それを3ノットも上回り、なおも増速していると言うのはどう見積もってもおかしいのである。

 

金剛「そんなコトってあるノー!?」

 

提督「いや無いよ! この現代にあってはあり得ないスピード・・・の筈だ!」

 

 水中を進む時の抵抗と言うのは、空気中を進むのとは比べ物にならない抵抗を生じる。単純な話ではあるが、水上艦と潜水艦では受ける抵抗の量が違う為、同じ「船」でも潜水艦は水上艦よりも大きな抵抗を受ける。

これは水中を進む時にはより大きな推進力を必要とする事を意味しており、そうりゅう型潜水艦のような通常動力型(原子力を用いないタイプ)の潜水艦では現在でも早くて水中で25ノット程度なのだ。

因みにWW2で水中高速潜水艦として作られた伊二〇一型で19ノット、UボートXXI型でさえ17.5ノットである為、技術進歩した現代であっても難業である事はお分かり頂けるだろう。

 

金剛「敵速、40を超えたヨー!?」

 

提督「え、これ勝てるん?」

 

矢矧「“それ私達じゃ追い付けないわよ!?”」

 

提督「いやだから判断に困ってるんだよ!」

 

矢矧「“そ、そうよね、ごめんなさい。”」

 

提督「うーん・・・。」

 

 実の所、これに追い付ける駆逐艦がいないのである。

まず旗艦である阿賀野型の阿賀野・矢矧が35ノット、朝潮型が概ね34.85ノット、陽炎型が35ノット、初春型が36.5ノット、特型が37~38ノット、睦月型が37.25ノット、島風でさえ最高速力は40.9ノットである為、端的に言って()()()()()()()()()である、と言う訳である。

追い付けるのは巨大艤装『紀伊』位だが、実は紀伊には欠点があり「対潜攻撃が出来ない」のである。

 

提督「・・・どーすりゃええねん。」

 

金剛「私でも追い付けないデース。」

 

一応金剛極改三は32ノットほど出るのだが、到底追い付ける値ではない。

 

「―――対潜兵装が積めたら・・・。」

 

 彼自身、そう思わない所はない。しかし積めないものと言えば魚雷や水偵なども搭載出来ない。世の中何でも出来るものなんて存在しないと言う事である。

その意味に於いて、巨大艤装は「単騎で何でも出来る事」を目指して作られ「結果として」失敗した良い例であったとも極言する事が出来る。

巨大艤装4体程度でどうにかしようとするには、当時は余りにも物量で負けすぎていたし、それを補う艤装の質も全く足りていなかった。7年前、彼がマリアナ沖に敗北した所以である。

 

提督「―――予想針路を算出、その航路上に駆逐艦を先回りさせ爆雷を投入しろ! 急げ!」

 

金剛「OKデース!」

 

提督「恐らくだが、奴はただの潜水艦では無かろう。超兵器クラス、それもミサイルを積みこの高速と言う事は、イギリスの改ドレッドノートだ。」

 

金剛「British(ブリティッシュ) submarine(サブマリン)!?」

 

提督「推測だ。だが・・・」

 

 間違いない、と彼の知識は告げている。通常のドレッドノートは35ノット、アメリカのノーチラスと言う同じく潜水艦型の超兵器は36ノットである。これを踏まえれば、40ノットを超える超兵器潜水艦は改ドレッドノート位のもの、と言う事になる。

 

提督「―――だとしたら、魚雷の射程と射線には入ってはいかん、魚雷の雷数の関係上、一度撃たれたら被害が尋常じゃなくなるかもしれん。」

 

金剛「私の短魚雷を―――!」

 

提督「いざと言う時は頼む。だが今はその時ではない。」

 

金剛「OK。艦隊、展開を急ぐデース!」

 

提督(だが、我が艦隊に対潜攻撃用に特化された機体なんて・・・どうする―――)

 

何か手はないか、そう考えている時、ひとつの単語が頭をよぎる。

 

カ号―――

 

提督(―――カ号観測機!)

 

 主力部隊の軽空母と航空戦艦などにはこの時、対潜掃討の対策と言う事もあり、対潜攻撃仕様のカ号観測機が搭載されている。

このカ号観測機と言う機体は、萱場製作所(現:KYB)が設計・製造した、旧日本軍が実用化した唯一の実用オートジャイロであり、対潜哨戒と砲兵弾着観測に使用されていた陸軍の機体である。

因みに「オ号観測機」と言う名称もあるが、これは改称された際の名称なので同じ機体の事である。

 日本独自設計の機体ではなく、外来の機体を改設計して製造している為日本で独自で作られた機体ではないものの、それなりに使い勝手は良かったらしく、終戦まで用いられている。ただ実動機は50機そこそこと少なく、大きな役割を果たしたとは言い難い。

この時の横鎮近衛艦隊主力部隊は、運用可能な全ての艦にカ号観測機を搭載していた。その運用艦数8隻、カ号の総数は31機にも上る。

 更にこの時の艦隊にはもう一つの対潜攻撃機が用意されていた。

 

提督「―――搭載艦はカ号観測機及び三式指揮連絡機を発艦させろ! 更に利根、筑摩は零式水偵一一型乙を対潜攻撃装備にて緊急発進! 両隊は空母の対潜攻撃隊を支援して敵超兵器を捕捉、攻撃せよ!」

 

瑞鳳「“了解!”」

 

利根「“承ったのじゃ!”」

 

提督「奴に追い付けるとしたら、それは航空機しかない―――三式とカ号(あれら)を持ってきて正解だったようだ。」

 

 三式指揮連絡機も陸軍が採用した機体であり、日本国際航空工業(現:日産車体)が開発した短距離離着陸(STOL)機である。

その性能は60m弱での離陸を可能とし、向かい風5mであれば30m程度で離陸が可能と言う性能を持ち、丙種特殊船「あきつ丸」で対潜哨戒に用いられた事でも知られている。

 その主な用途は空中指揮や連絡、弾着観測、偵察であり、抜群のSTOL性能に「見え過ぎる」と評される程の良好な視界、不整地でも運用可能な汎用性と優れた点を多く有しており、時期が良ければ戦場の便利屋として重宝されただろうとも思われる機体である。

艦隊に随伴している軽空母に搭載された三式の数は71機、ここに天山、流星、彗星からなる正規空母の対潜攻撃機が加わり、大取物が展開されようとしている。

 

提督「絶対に逃がすな、我々の目前に現れた事を後悔させてやれ!」

 

一同「「“了解!”」」

 

横鎮近衛艦隊が2個艦隊を動員したのに対し、相手は超兵器潜水艦1隻のみ、本来ならば相手が相手であるだけに海戦とは呼ばれないのだが、これはコモリン岬沖海戦の特異な事を示していた点の一つでもあった。

 

 横鎮近衛艦隊の戦術はこうである。

まず零式水偵一一型乙に搭載された対潜水艦磁気探知機(KMX)を使用して改ドレッドノートを捕捉する。この際追跡する形で捕捉する事。

そしてその動きに追従する形で正規空母の艦載機が攻撃を加え、その後からカ号観測機と三式指揮連絡機による攻撃を行う。この間に回避行動を行うであろう事を見越して駆逐艦が急速接近して、爆雷を投下すると言う算段である。

 この三段構えの第一撃に駆逐艦は半数のみを投じ、残りは第二撃に備えるのである。即ち一度の攻撃で終わらせる気は更々無く、反復した攻撃により敵を絶息せしめ、その実力を探るのが今回の目的である訳だ。あわよくば撃沈できれば幸いであるが、それほど上手く行くとは彼も考えていなかったのだった。

 

提督「まずは捕捉からだな。零式水偵一一型乙が、上手く捕捉できるかだが・・・。」

 

利根「“そこは大丈夫じゃろう。歴戦のパイロットが、この航空隊には集まっとるからのう!”」

 

提督「そうだな・・・期待しよう。」

 

 因みになぜ筑摩と利根がこれを搭載しているかと言う理由は、言及するまでもないだろう。単に鈴谷から降ろしたものを代わりに乗せただけである。

そもそも直人の旗艦である鈴谷は、艦娘艤装のデータを反映し、通常艦サイズに展開して作られたスタンダード(Standard)フレックス(Flex)方式の戦闘艦である。この為、艦娘用の装備は重巡に対応するものまでなら何でも搭載する事が可能なのだが、裏を返せば、鈴谷に搭載出来る装備は艦娘でも運用可能と言う事でもあるのだ。

 

提督「各艦、敵の攻撃に留意せよ。確認次第直ちに報告する様に。」

 

そう指示を飛ばしておいて、直人は双眼鏡を当てて探知の様子を注視する。

 

提督「さぁ・・・どうだ・・・。」

 

2分後、探知を行っていた零式水偵が2度バンクを振る。探知成功の合図である。

 

提督「よし。作戦、第二段階へ。」

 

瑞鳳「“了解っ!”」

 

金剛「駆逐隊の展開、間もなく完了デース!」

 

提督「分かった。さて、見ものだが・・・。」

 

 金剛の報告を受ける直人の視線の先で、作戦の第二幕が展開されようとしていた。50機の三式指揮連絡機と、20機のカ号観測機が整然と編隊を組み、探知を行う水偵の先を飛び、水偵からの探知情報を逐一受けて変針を繰り返しつつ、最適な投下位置に向けて動く。

 

金剛「敵深度、100mへ浮上ネ!」

 

提督「この辺は水深が非常に浅い、深くても200m、奴の実用潜航深度は350mと言われていて、それ故に爆雷が通用しなかった、と言う逸話がある。しかし、ここではその縛りは無い。奴は恐らくはその自信の故に戦場を選ばず突進し、“偶然”術中に嵌った訳だ。」

 

金剛「偶然って・・・?」

 

提督「端的に言って、大人しくこんな所に来るとは思ってもいなかったのさ。この通り考えてはあったんだがね。」

 

金剛「え、それじゃぁ・・・!」

 

提督「流石、察しがいいな。“白鯨”と言う位だ、潜水艦位のものだろうと最初から見当は付いていたのもある。所詮作品で語られるような“白鯨”など実在する筈は凡そない。ならば―――深海棲潜水艦、それもただの潜水艦では無いもの、恐らくは旗艦クラスだろうと思っていた。」

 

金剛「改ドレッドノートは想定外だった訳デスカー。」(・・;

 

提督「いやー、ホンマにソレなんだよな。思いもかけない大物が引っかかってしまった。」

 

 などと言葉を交わす間にも、カ号観測機が5機一組で投弾を開始した。このカ号は60㎏爆雷を1発、三式は100㎏爆雷を1発装備できるのだが、陸軍の航空機用爆雷はドラム缶のような円筒型であったと言われている。

しかしそこは横鎮近衛艦隊。艦艇用でさえ三式爆雷と同じような、沈降速度を増したタイプ。であれば、航空爆雷は海軍の爆弾を元にして爆弾型に改良されていたのである。

 

 

~その時~

 

「フン・・・その程度の攻撃で、私は捉えられないわ!」

 

 海中と空中のチェイスの最中でも、彼女―――改ドレッドノートは余裕を保っていた。彼女の戦歴はこれまで百戦百勝、アラビア海沿岸国家の諸海軍を単独で圧倒し、インド海軍の主力をベンガル湾に撤退させる程の暴れぶりを示しているのである。

その気になれば彼女は対潜短魚雷に魚雷をぶつけて相殺する事さえ出来た。彼女の自信も生前のそれと合わせても本物であり、今更爆雷程度では彼女を止められない―――筈だった。

 そして彼女は第二次大戦の時に採った正攻法―――爆雷の直下を掻い潜ると言う戦法を採ったのである。

 

 爆雷と言うものは、深度100mに到達するまでにかなりの時間を要する。例を挙げれば、日本海軍が二式爆雷や三式爆雷を採用する以前主力としていた九五式爆雷の沈降速度は毎秒1.9m、着弾までに50秒強を要する事になる。

それでも通常の潜水艦は当時、水中で早くとも10ノット程度が時代の趨勢だった為、捕捉するに当たっては充分な性能だった。逆に言えば、必要最小限度の性能を保持していたのだ。

 しかし、ドレッドノート級超兵器潜水艦が登場した時、その常識は覆されてしまったのである。その程度の旧態依然とした兵器では、この弩級潜水艦は捕捉出来なかったのだ。

実際に弩級2番艦であった「ドミニオン」は、ドイツの超兵器級である「ムスペルヘイム」の重力砲によってズタズタになって沈み、改弩級であった改ドレッドノート(ドレッドノートⅡとも)は、スコットランドはスカパ・フローで停泊中を、“摩天楼(ヴォルケンクラッツァー)”にレールガンで狙撃されたのが致命傷となっている位、当時の対潜兵器は日進月歩でありながら遂に彼女らを全滅させるには至らなかったのだ。

 

「―――なっ!?」

 

 だがその伝説は遂に覆ろうとしていた。1942年に竣工して以来、殆ど被弾を経験しなかった彼女が、ついに爆雷の洗礼を受ける時が来たのだ。ベースタイプであった世界初の超兵器潜水艦(ドレッドノート)がそうだったように―――。

 

ドオオオォォォォォ・・・ン

 

 周囲に重く響き渡るような重低音と共に、爆雷投下地点の海水が盛り上がる。60㎏でも数発同時に投下すれば威力は凄まじい。水上艦にとっては場合によっては取るに足らない程度だが、潜水艦にとってはこの程度でも致命傷足り得るのだ。

 

提督「命中確認出来れば一番なんだけどな。」

 

五十鈴「“無茶言わないの。”」

 

提督「分かってるよ。それより布陣は?」

 

五十鈴「“投網はバッチリ、あとは誘い込んでくれれば。”」

 

提督「指示して置こう。利根!」

 

利根「“なんじゃ?”」

 

提督「探知状況をこっちにも回してくれ。」

 

利根「“承った!”」

 

転送されてきたデータから鑑みるに、改ドレッドノートは針路を変えていた。直人の算段はこの時点で成立したと言ってよい。

 

提督「瑞鳳! 対潜攻撃機に指令、投網の中に白鯨を誘い込め!」

 

瑞鳳「“了解っ!”」

 

 普段から対潜哨戒を扱っていて、今回も対潜攻撃機の指揮を執る瑞鳳が、カ号や三式指揮連絡機に指示を出す。艦隊を守る為に研鑽を積み重ねている瑞鳳は、的確に攻撃指示を出し、攻撃隊は忠実にこれを実行する。

―――そこからは最早神業の域である。瑞鳳は手に取る様に敵の位置を把握し、適切な戦力を適切な位置に投入し、それと悟られないように、しかし確実に追い込んでいったのだ。

 

 

(まさか・・・この私が―――“潜水棲戦姫”の名を受けたこの私が、爆雷を直撃されるなんて―――!)

 

 実は最初の一撃で改ドレッドノートは被弾していた。最初の一撃は完全にクリーンヒットとなって彼女に打撃を与えていたのである。しかし、彼女は屈しない。その程度の一撃で斃れるほど、改ドレッドノート―――超兵器潜水艦はやわではない。

 

「しつこいわね―――なんとしても、魚雷の射程に潜り込む、そうすれば―――!」

 

 彼女の方にも勝つ見込みは充分にあった。この点においては充分互角の勝負であった。しかし爆雷の連続的な投入によりソナーが使えず、目視で探るしかない状態で、艦娘を発見するのは容易ではない。

上空には低空を悠然と飛ぶ対潜攻撃機の大群がいる。その陰すら彼女には見えている為、どれがどれなのかを判別する必要もあったからだ。

 一方横鎮近衛艦隊にとって容易ならざる事は、戦果が不明瞭な事である。敵にどの程度の打撃を与えているかが分からない以上、彼らは遮二無二攻撃する他無く、それによって生じる無駄を何とか省く必要があったのだ。

その為の策が彼の案じた方法だったのだが、それすら、敵に駆逐艦隊を雷撃されれば崩壊する恐れがある。二重の意味で、横鎮近衛艦隊は苦境に立ったと言えよう。これは余りにも分の悪すぎる賭けであるからである。

 

ドドオオオォォォーーー・・・ン

 

潜水棲戦姫「―――チィッ!」

 

 そこからの状況は一見すれば横鎮近衛艦隊の優勢に見えた。魚雷の照準は時間がかかる事を利用し、艦隊に軸線を向けるとすぐさま爆雷を投下して転進させる事を繰り返したのだ。

そしてそれは、被害を局限する以外にもう一つの効果があった。潜水棲戦姫に限った話ではないが、姫級は旋回半径が大きい。特に超兵器級は顕著であり、しかも水の抵抗も総重量も人一倍である。それは即ち、速力が低下すると補いを付けるのが大変である事を意味している。

 

金剛「敵速、38ノットを下回ったデース!」

 

提督「いいぞ、もう少しだ―――気を抜くな、緊張を切らせば、この策は元の木阿弥だぞ!」

 

 直人が麾下に檄を飛ばす。彼にしてもここが正念場であったのは間違いない、なぜなら上手く行きかけている最中に気を抜いてしまう事は往々にしてあるからである。ここで部下の緊張の糸が切れるような事が、あってはならなかったのである。

既に開幕から30分以上が経過し、カ号観測機や三式指揮連絡機は既に母艦へと戻りつつある中、天山や流星、更には急降下爆撃機である彗星までもが、敵の頭上に爆雷を見舞う。

 

提督「対潜攻撃機の収容と再発艦急げ! 絶え間なく爆雷を落とし続けるんだ!」

 

瑞鳳「“分かってるけど―――!”」

 

瑞鶴「“間は何とか繋いでみるけど、限界あるわよ!?”」

 

提督「チッ―――サイクルを少し落とせ、このままだと継続出来ない!」

 

瑞鶴「“了解!”」

 

提督「爆装可能な零戦は対潜攻撃装備で予備攻撃機として待機! 各母艦からの発艦機数の不足に応じて対応せよ!」

 

翔鶴「“了解!”」

 

部下からの泣き言も即座に指示に反映するのは直人の特徴の一つである。これには配置転換で同行していた音羽も舌を巻く。

 

音羽(的確な情報判断能力と、それを反映し迅速に指示に転換する頭の回転の速さ。これが、紀伊 直人の頭脳の本領・・・。)

 

 彼は決して頭脳明晰である訳ではないが、だからこそ部下の意見を尊重し、より確実な勝利を手繰り寄せる事にその意を用いている。

そんな彼にとって、作戦そのものは順調に思われていた。

 

提督「金剛、敵との距離は!」

 

金剛「ポイントまであと4000、二水戦から距離にして7000ネ!」

 

提督「五十鈴、展開準備!」

 

五十鈴「“その指示を待ってたわ!”」

 

提督「敵の位置と示し合わせ、最適な位置に布陣するんだぞ。」

 

五十鈴「“分かってるわよ!”」

 

なるべく陽気に聞こえるように五十鈴は応えた。

 

提督(―――皆、上手く行くだろうかと不安なのも理解出来る。今回も今回で相当無茶な作戦だ。俺が、しゃんとしなきゃな。)

 

敵を罠にかけるまで、あと一歩。近いようで遠い様にも感ぜられるその一歩は、しかし着実に手繰り寄せられる起死回生の一手であった。少なくとも、彼には手繰り寄せる算段はあったし、十分成算のある策であると彼は確信している。

 

提督「飛翔体及び魚雷に対する警戒を解くな! いつ撃ってくるかなんて分からんぞ!」

 

一同「「“了解!”」」

 

 だからこそ彼は、全軍に周知の事も改めて指示する。そうでなければ、このような状況下で意識を高く保つ事が出来ないのもまた事実であった。

既に敵魚雷の射程圏内でもあり、少しでも気を抜けば、艦隊に大損害が生じる恐れなしとは出来ないだけに、緊迫した情勢は依然として続いていたと言えるのだ。

そして彼が払った細心の注意と努力は、ついに報われる瞬間を迎える。

 

~6時22分~

 

金剛「敵、ポイントD到達! 敵速35.2ノット!」

 

提督「今だ! 所定通り始めろ!」

 

五十鈴「“了解ッ!”」

 

 直人がすかさず指示を飛ばし、五十鈴は事前展開を済ませた陣形から一挙に敵の進路上へと急行する。この時点でドレッドノートと二水戦との距離は遠くても2200m程度で半包囲下に置かれている状態であって、次々と爆雷を投入し始めていた。

 

提督「航空隊、一時退避!」

 

同時に彼は、40分近くに渡って“お祭り騒ぎ”を繰り広げた航空隊を一時後退させた―――

 

 

潜水棲戦姫「爆雷攻撃が、止んだ―――?」

 

その時水中では、投入し終えた航空爆雷と投入し始めた艦艇用爆雷が入れ替わる正にその間であり、しかも改ドレッドノートは駆逐艦が爆雷投入を開始した事に、航空爆雷の爆発音とその反響で気づいていなかった。

 

潜水棲戦姫「・・・今しかない、雷撃用意―――!」

 

 すかさず改ドレッドノートは軸線を“敵主力”に向け、諸元を入力し始める。改ドレッドノートは流石改良型だけあって、水深120mからの魚雷発射をも可能としている。この時の海底への着底ギリギリである80mでも、悠々と発射し得る。

 

潜水棲戦姫(・・・この音は?)

 

その時改ドレッドノートのソナーは、艦娘達の推進音をやっと聴知した。しかし、全てが遅かった。

 

潜水棲戦姫「―――なっ!?」

 

至近に降り注ぐ、単一の潜水艦に降らせるには余りにも膨大な数の三式爆雷改一。150㎏もの炸薬を1発に込めた急沈降爆雷が、正に信管調定深度の一つである、“80m”で炸裂した。

 

ドドオオオオォォォ・・・ン

 

激しい勢いで奔騰する海面の様相は、1万m近く離れた主力からも遠望できた。その下では、猛烈、と言うには余りにも熾烈に過ぎる、爆発と衝撃波の乱打が改ドレッドノートを襲っていた。

 

提督「―――これで、終わりでは無かろう。」

 

金剛「―――敵潜水艦、急速に浮上してくるネ!」

 

提督「・・・味方艦隊を下がらせるんだ! 五十鈴!」

 

五十鈴「“OK!”」

 

彼は咄嗟に五十鈴にそう命じていた。

 

 

そこから十数秒を経ずして、爆雷を強かに見舞った地点から、それによって生じるものとは別の水柱が、天にかかる階の様に立ち上る。

 

潜水棲戦姫「・・・。」ザアアアアアア・・・

 

降りかかる飛沫の中心に、彼女は佇む。

 

潜水棲戦姫「私を、ここまで陥れる敵が現れるとはな。誉めてやろう。だが―――」

 

 白日の下に晒されたその武装は独立型であり、その形状は確かに、後年「潜水棲姫」として知られるものに近いのだが、その形状はメジロザメやホホジロザメなどのような鋭利な形状をしておらず、例えばジンベエザメのような横に幅広な外見をしていた。

全体形状もエビスザメに似た横長の紡錘形状であったが、到底潜水艦とは思えないようなものが、その上部に屹立していた。これこそが、ドレッドノート級超兵器潜水艦が枢軸陣営に齎した恐怖の源泉だったのである。

 

金剛「敵超兵器、浮上したネー!」

 

提督「あぁ・・・まさか―――」

 

長門「“敵艦、()()()()!!”」

 

提督「駆逐艦隊、全艦後退しろ! 性能が正しければ、あれは―――!」

 

 

潜水棲戦姫「“ホホジロザメ(Carcharodon carcharias)”の異名をとった私に、本気を出させた事を悔いて沈め!」

 

ドオオオオォォォォォォォォ・・・ン

 

長月「―――!?」

 

ドゴオオオオォォォォォォォーーーー・・・ン

 

大和「“敵潜水艦発砲! 三十一戦隊の長月大破!”」

 

提督「応戦だ! 主砲発射用意、各個射撃せよ! 一水戦と三十一戦隊は直ちに後退し本隊と合流!」

 

五十鈴「“わ、分かったわ!”」

 

狼狽しつつも五十鈴は迅速に直人の指示を出す。蜘蛛の子を散らす様に遁走する駆逐艦などを、しかし改ドレッドノートはそれ以上相手にせず、その主砲を“好敵手”たる戦艦に向ける。

 

三笠「主砲1番、目標敵超兵器! 撃ち方始め!」

 

ズバアアアアアアァァァァァァ・・・ン

 

 最も早く態勢を整えたのは、12インチ荷電粒子衝撃砲(エネルギーカノン)を主砲とする三笠である。

このエネルギーカノンと言う武装は、通常発射時はエネルギー兵器では大変珍しい、放物線軌道を描いて放たれる特性があり、これは荷電粒子が磁場で容易に偏向する事を逆手に取り、エネルギー量と発射時の加速度の二つの要素を組み合わせる事によってこの弾道を実現したとされる。

ただその技術の詳細は敗戦の混乱で失われた遺失技術(ロストテクノロジー)の一つであり、現在となってはそれを確かめる術はない。

 

潜水棲戦姫「エネルギー弾・・・!?」

 

 一方発射されたものに潜水棲戦姫は驚き、しかして冷静に電磁防壁を展開、この初弾をいなし切る。

三笠に対する改ドレッドノートはその主砲として、20インチ(50.8cm)連装砲を4基8門有している。長月はこの一弾を正確に直撃され大破してしまったと言う次第である。

 

 因みにこの20インチと言う、火砲としては一見とてつもない口径は、製造自体は可能であった大型火砲だが、実際に20インチ砲を搭載しようとして計画された艦が、イギリスにも存在する。

「比類なき(もの)」と言う意味の形容詞を冠する「インコンパラブル(HMS Incomparable)」と呼ばれるそれは、第一次大戦中にバルト海用の大型軽巡洋艦シリーズ「ハッシュハッシュクルーザー」の一環として計画されたものの中止となっている、幻の巡洋戦艦である。

 そもそも弩級超兵器潜水艦はこの時代、「かの海軍卿(※)フィッシャーの亡霊である」と(まこと)しやかに囁かれるのだが、その理由として、実は弩級超兵器潜水艦の時点で18インチ(45.7cm)砲を装備しており、その改良型では順当に火力を向上させただけなものの、それがハッシュハッシュクルーザーの経過と瓜二つである事から来た風聞である。

(※海軍卿=当時のイギリスにおける海軍大臣に相当する役職)

 

 もし仮にこれが偶然だったとしても、現に脅威として目前に立ちはだかっている事実は覆らないだけに、直人としては対応策を迫られる結果となっていたのである。

 弩級超兵器潜水艦シリーズが等しく持つその肩書は―――「超巨大潜水戦艦」。

それは正に、日露戦争の終結翌年に突如として洋上を騒がし、その後の海軍バランスに重大な転機を齎した伝説の戦艦「ドレッドノート」の生まれ変わりであり、その名を継ぐに相応しい魁偉(かいい)な外見と威容を誇った、大英帝国海軍の主力超兵器だった(フネ)であり、それこそが、いま彼らの眼前に姿を現した、敵の正体だったのだ―――。

 

提督「主力を前に出せ、水雷戦隊を守るんだ! 敵は暫くの間潜行出来ん筈だ!」

 

金剛「一水打群、前進デース!」

 

大和「“第一艦隊、前進します!”」

 

提督「空母艦載機は出せるか?」

 

瑞鶴「“武装転換に最短でも30分はかかるわ!”」

 

提督「構わん、準備完了の機体から随時出せ!」

 

瑞鶴「了解!」

 

翔鶴「“こちら翔鶴、岩井隊が一部、直ちに出せます!”」

 

提督「よし、直ちに発進!」

 

翔鶴「“了解!”」

 

 翔鶴はこうした事態を見越していた訳ではないが、対水上艦攻撃用に一部の零戦六二型の爆弾を、対潜用の一式二五番二号爆弾一型ではなく、対地/対艦両用の九九式二五番通常爆弾にしていたのである。

一部の機体は前者の爆弾を既に搭載していたため武装転換が必要となるが、それ以外は直ちに発進できると言う事である。

 

提督「敵からの砲撃に注意、ともすれば一撃で大破させられるぞ! 機会を掴んで徹底的に叩け!」

 

一同「「“了解!”」」

 

超巨大潜水戦艦と横鎮近衛艦隊主力の直接対決。この戦いが「海戦」と呼称される所以であり、コモリン岬沖海戦は、こうして第二幕を迎えるのである。

 

提督「全戦艦と重巡は可能な限りの全速力で前進、前衛の駆逐艦隊を守れ! 俺も前に出る!!」

 

金剛「そう来ると思ってたネー。行きまショー!」

 

提督「あぁ!」

 

提督「よぉし行くぞ! 紀伊航空隊、全機発艦! 主砲、発射!」

 

ドドオオオオオオオォォォォォォォォォーーー・・・ン

 

 横鎮近衛艦隊の力の象徴たる120cm砲が火を噴き、その朗々たる轟音と砲煙を突き破って、左右前方に射出された噴式景雲改二がジェットエンジンの轟音と共に敵に向かって突進する。

 巨大艤装『紀伊』の航空艤装は脚部両舷に設置されているが、左右に開角34度で取り付けられている為、両舷から同時に発艦が可能となっている。

それだけ大きな角度で取り付けられているにも拘らず、発艦と同時に発砲すると針路上に砲煙が拡散するのは、120cm砲が如何にスケールの大きな砲であるかを如実に示すものだろう。

 

潜水棲戦姫「なっ、なんだこの水柱は―――!?」

 

自身の至近に立ち昇る巨大な水柱に改ドレッドノートは思わず驚く。その水柱は、かつてスカパ・フローで受けたレールガンのそれを凌駕する太さと高さであったからである。

 

潜水棲戦姫「少なくとも口径は80cmを上回っている―――まさか、噂の巨大艤装か!?」

 

その推測を裏付けるかの如く、彼女の目前に、紀伊を飛び立った噴式景雲改二が殺到、攻撃を開始するのである。その数60機、同数の噴式震電改の護衛の下突入を開始する。

 

潜水棲戦姫(間違いない、奴らは―――サイパン艦隊!)

 

結論に達するよりも早く、彼女はその迎撃に移っていた―――。

 

 

提督「―――流石だな、対応が早い。」

 

彼はそう独白する。瞬く間に22機の噴式景雲改二が撃墜されてしまったのがその理由であった。護衛していた噴式震電改も巻き添えを食って12機が撃墜されてしまった。

 

提督「金剛、奴の動きに注意しろ、何をするか分からんからな。」

 

金剛「OK!」

 

提督「全砲門斉射! 目標敵超兵器!」

 

 紀伊の80cm砲が立て続けざまに火を噴く。ともすれば視界を遮る事も珍しくないその連続射撃は、見る者を圧倒する迫力を持つ。こればかりはどの艦娘達にも真似が出来ないと言って良い、力の象徴たるに足る兵装である。

最初の120cm砲こそ外したものの、80cm砲の猛射を受けては流石の超兵器もただでは済まなかった。

 

潜水棲戦姫「ぐぅっ!?」

 

 周囲に乱立する水柱は、120cm砲のそれよりは確かに小さいが、威力に於いては実質その倍以上を誇る。何分一度に放たれる砲弾の数はその10倍以上に上り、投射重量比でも圧倒的な格差がある。砲弾1発で見れば当然強いのは120cm砲だが、門数による火力ではこちらの方が優秀である。

 そのうち2発が直撃し、22発は至近弾となったが、その衝撃波は四方八方から改ドレッドノートに襲い掛かり、独立型武装の水線下にダメージを与え、装甲を歪ませていく。

 

 

暁「潜水艦なのに何なのよあの主砲!」

 

雷「とにかく今は後退! 考えるのはあとよ!」

 

暁「そ、そうね!」

 

電「あれ? そう言えば、響お姉ちゃんはどこなのです?」

 

暁「えっ・・・!?」

 

急速後退中の第六駆逐隊、しかし気づくと響の姿がどこにもない。

 

暁「そう言えば、さっきからこっちに砲弾が飛んでこないわね・・・。」

 

 

ザァッザザァッ―――

 

響「そこ!」

 

ドォンドォォォン

 

 主砲を乱射しつつ改ドレッドノートと付かず離れずの位置を立ち回る響、距離は約1万m、目をつけられれば改ドレッドノートの必中距離である。

ただ、本来後退中の第六駆逐隊からも1万3000m以上離れている。戦艦隊も2万m以上は離れている為、今響が撃たれれば、援護できる艦は1隻もいない事になる。

そして眼前の改ドレッドノートは、対空ミサイルと対空火器を動員しつつ、逃げていく駆逐艦隊に砲撃を加えていた。響にとって、それは断固として阻止する必要があった。

 

響(姉さんや妹達に、危害を加えさせる訳にはいかない。主力の合流まで、敵の注意を削がなければ―――!)

 

潜水棲戦姫「ん? なんだあの小さいのは・・・?」

 

 

提督「“響がいない!?”」

 

暁「そうなの! あの子一体一人でどこに行っちゃったのかしら・・・?」

 

一方で以前ひと騒動あっただけに暁はすぐに司令官に、響行方不明の通信を入れていた。

 

 

提督「金剛、響の現在地は分かるか?」

 

金剛「“ちょっと待つネー・・・えっ、なんで―――!?”」

 

提督「どうした!」

 

金剛「“駆逐艦“響”の反応、敵超兵器の至近距離デース!”」

 

提督「なんだと!? 響へ、こちら紀伊、応答せよ!」

 

ザザアアアアアアアアア・・・

 

提督「チッ、超兵器機関のジャミングが―――!」

 

金剛「“テイトク、急がないと響が!”」

 

提督「―――止むを得まい、俺が先行する。各艦援護せよ! 金剛は―――速度差はあるが続け!」

 

金剛「“30ノット差があってもついていくネー!”」

 

 頼もしい返答を得て、直人は機関とバーニアを全開にして前線へ出る。その最大速力は63.7艦娘ノット、金剛が31艦娘ノット程度である事を考えれば倍以上の差がある。島風(40.8艦娘ノット)が追い付けない筈である。

 

提督(全く―――響の奴は!)

 

響の行動は明確な命令違反である。しかも金剛極改三の艤装は、敵味方識別装置(IFF)を戦場で確認する事が出来るから、行動逸脱も丸見えである。

 

提督「瑞鶴、響を救援するから、空中から援護を頼めるか?」

 

瑞鶴「“やれるだけ、やってみるわ!”」

 

提督「感謝する!」

 

瑞鶴「“お礼は後! もう誰も失いたくないんでしょ!”」

 

提督「―――。」

 

瑞鶴はとやかく問うことなく、直人を送り出した。瑞鶴には直人はそうするだろう事は予見できていた。だから彼女は何も言わず、むしろとにかく行けとでも言う様に送り出したのである。

 

 

響「ふっ―――!」

 

 力を込めて水面を蹴る響。左に飛ぶと元居た場所に敵の砲弾が着弾し、水柱が立ち昇る。ポートモレスビーの時は庇って被弾したが、一人であればそう簡単に被弾しないだけの実力は、響も備えている。

しかし実力の格差はいかんともし難かった。響に出来るのは事実上回避する事だけ。駆逐艦の主砲程度で傷を付けられる程、改ドレッドノートの装甲は薄くは無かった。魚雷も既に18本の全弾を撃ち尽くし、3本の直撃を認めたものの、敵は依然として勢いを止める事は無かった。

 そう。これが「駆逐艦娘1隻(ちいさなふね)」に出来る()()であった。

 

響(主砲の威力が足りない・・・でも、敵の注意を逸らす事は出来た。このまま凌げば―――)

 

しかしそれを許すほど、敵も有情ではない事を、痛いほど響は思い知る。

 

響「―――!」

 

敵の発砲を認める響。即座に左斜め後ろに飛び退る。が―――

 

響「っ!?」

 

その刹那、響は最早避けがたい一弾が自身に向かって飛び込んでくるのを認めてしまった。改ドレッドノートは次に響が飛ぶ先を予測していたのだ。そして次の瞬間―――

 

ドオオオオォォォォーーー・・・ン

 

響「ガハッ・・・!」

 

20インチ砲を直撃され、響は尚も浮かんでいた。それ自体が既に奇跡に等しいが、戦闘能力はその全てが失われ、航行能力が辛うじて残されているに過ぎない。

 

響「―――フッ、結局、私は・・・」

 

そう、これでいい。私は、姉妹達を守れれば、それで・・・

 

「響ィィーーーーッ!!!」

 

姉さんは、怒るだろうな―――

 

ブオオオオオオオ―――ン!

 

響「!!」

 

 突然の爆音に驚いて空を見上げると、そこには12機の流星改が編隊を組んで雷撃コースに入っていた。

尾翼に刻まれた識別番号は

「YK-4

 311」

濃緑色迷彩に黄色の文字で刻まれたその機体は―――紀伊雷撃隊の1番機であった。

本来なら友永少佐の機体だが、今回飛龍に乗って遥かベンガル湾の為、指揮官代行が搭乗している。

 

提督「全砲門開け、この距離を外すんじゃないぞ!」

 

 巨大艤装『紀伊』の事実上のメイン火力である長80㎝三連装要塞砲24門が、砲身をほぼ水平に倒して斉射を放つ。当然外す筈は無い、『紀伊』の妖精達も、直人と共に戦場を駆け巡った歴戦の勇者たちである。放たれた24発の全てが、改ドレッドノートの防壁に向かって直進する。

 改ドレッドノートも電磁防壁と防御重力場による防御障壁を備えている。原理的には前者は艦周囲の重力を増大させる事によって実体弾を失速させて被弾を抑えるもので、電磁防壁は艦の周囲に強力な電磁場を展開する事によって、エネルギー兵器の軌道を拡散させ、艦本体に直撃させないようにするものである。

電磁防壁はその副産物として、砲弾の信管を誤作動させる事も出来る。艦砲用の砲弾は基本的に電気信管だから、信管の電気回路に電気が流れてしまえば爆発するのだ。

 

 しかし横鎮近衛艦隊は格が違った。彼らは電磁防壁による早期炸裂のリスクを避ける為、全砲弾がショート防止対策済みの信管になっていたのである。

それでも防御重力場によって14発は水面に叩き落された。しかし一部は水中弾効果によって難を逃れ、24発のうち実に18発が直撃したのである。

 

潜水棲戦姫「グッ・・・!」

 

艦全体に渡って満遍(まんべん)無く直撃した80cm砲弾は、十分過ぎる打撃を改ドレッドノートに与えていた。それによって怯んだ隙に、直人は響の元へ急いだ。

 

提督「響!」

 

響「っ! 司令・・・官・・・。」

 

提督「こんな所で何をやってる、下がれと言った筈だ、さっさと下がれ!」

 

響「・・・。」

 

直人のこんな言葉遣いを殆ど聞いた事がない響は、思わず逃げるように味方の後を追った。響はこの後直人の後に続いていた金剛と第五戦隊に無事収容される事になる。

 

提督「―――。」

 

 

潜水棲戦姫「あれが噂の、巨大艤装か。中々どうして、恐ろしい相手だ―――。」

 

提督「“敵超兵器に告ぐ。降伏せよ、寛大なる処遇を約束する。降伏せよ。”」

 

潜水棲戦姫「―――負けを認めるのは悔しいが、これでもかつては、大英帝国の栄光を担った身だ。易々と敵に、下りはしない!」

 

 

チカチカッ―――

 

提督「ッ―――!?」

 

 発砲炎を認めた直人は咄嗟に右に飛んだ。その直後に20インチの巨弾が直人を掠め後方の水面に落下する。

そして向き直った時には、既に敵の姿は掻き消えていた。

 

提督「なっ、一体どこに・・・。」

 

 その返答は、26射線にも及ぶ雷跡によって報われた。直人は懸命に機銃で以て掃射し、または回避に努めたが、それでも2本の直撃は避けがたかった。

当然巨大艤装がその程度で何らの機能を削がれた訳でも無かったが、その隙に改ドレッドノートは、彼らの手の届かぬ場所へと遠ざかってしまったのだった。

直人は金剛に探知を続けさせ追撃を続行したものの、7時07分にその反応をロストした為、それ以上の追撃を断念して、全航空隊を収容した。

 結果として見れば、直人は超兵器級深海棲艦の能力を過小評価し、画竜点睛を欠いた事になる。潜航不能と見做された敵は、ダメージコントロールによって無理矢理潜航し、彼らの歯牙を掻い潜って逃走してしまったからだ。これについて彼は「後顧の憂いを残した」との批判を免れないだろう。

 

 コモリン岬沖海戦はこうして終息した。麾下艦艇に出た損害はそれ程多くなかったが、駆逐艦3隻(響・長月の他に大潮が後退中に被弾)大破、戦艦2(比叡・扶桑)、重巡1(妙高)、軽巡2(五十鈴・矢矧)、駆逐艦6が損傷したに留まる。ただ航空機の損害はたった1隻を相手取ったにしては余りに多く、48機を失っている。

 しかし、戦いはまだ、半ばを過ぎたばかりであった。彼としてはこんなところで勝利とも敗北とも分からない戦いの余韻に浸っている余裕は無かったのだ。

 

 艦隊は集結を急ぎ、7時28分、その進路を東へ向けた。言うまでも無くコロンボへ向かう為である。お忘れの方がいるといけないので改めて説明すると、この作戦は副目標として、コロンボ泊地への直接攻撃が含まれている。

これを踏まえて横鎮近衛艦隊は第三艦隊(機動部隊)と母艦である鈴谷を分派し、第一艦隊と一水打群で以てコモリン岬沖の調査にやってくる一方、第三艦隊はコロンボを猛爆して、敵戦力の徹底的な漸減に努めていたのだ。

 

 

7時31分 コロンボ棲地

 

ウゥ~~~~~~・・・

 

港湾棲姫「今日もか・・・。」

 

うんざりしたような表情で空を見上げる港湾棲姫「コロンボ」、既に東の空に攻撃隊の機影が芥子粒の様に見えていた。

 

港湾棲姫「対空陣地、順次射撃!」

 

タ級Flag「既ニ今日2回目デスネ。」

 

港湾棲姫「ウェールズか。全く敵もしつこいな。普段なら既に攻撃再興を期して後退している筈だが・・・。」

 

タ級Flag「ハイ、ヒョットスルト敵は、1個機動部隊デハナイカモシレナイト言ウ推測ハ、当タッテイタカモシレマセンネ。」

 

港湾棲姫「大方いるであろうと思われる海域は絞り込めているが、確実な位置が知れない。尽く哨戒機が撃墜されているからな・・・。」

 

 この言葉を説明するに、航空攻撃によって哨戒に出せる機体が地上で撃破されてしまった事を無視する訳にはいかない。

最初の一撃でその余波を以て港湾施設に殺到した攻撃隊の一部は、そこに係留されていた飛行艇や水上機、敵艦の一部にも銃爆撃を加え、飛行艇は擱座・全損も含めその半数が飛行不能、水上機は4割、艦艇にも駆逐艦などの小艦艇に被害が出たほか、港湾施設の貨物揚収設備にも打撃を受け、その後の行動に大きく響く事になったのである。

 また苦し紛れに出した哨戒機は、前哨として出していた艦偵により逐次捕捉され、駆けつけて来た直衛戦闘機によって撃墜されると言う事態に陥っていた。

これによって第三艦隊は大まかな場所こそ特定されていたものの確実性がなく、またコロンボには索敵攻撃をしようにも、飛行場が徹底的に痛めつけられ、在地機(修理中の機体も含む)が50機に満たなくなってしまったこの状況では動きようがなかった。

 

 唯一機動戦力たる艦隊も、第三艦隊の捜索は実施していたが、空母を持たない艦隊が哨戒艦隊には多く、結果として多数の損害を出して未だに功を奏さずと言う状況であった。この為主力艦隊はコロンボ周辺にいたが、一方でこれらも獲物の無くなった攻撃隊の標的となり、6970隻を数えた同艦隊は、実働可能戦力が半減すると言う甚大な損害を出していた。

また沿岸砲台にも執拗な爆撃を加えられ、機能不全に陥らされていた事から、敵がいよいよ上陸してくるのではないかという観測も、コロンボ棲地の司令部幕僚の間で広まっていた。

 ここで恐るべきなのは、巨大艤装「紀伊」は陸戦部隊による上陸戦遂行能力をも持ち合わせており、しかもこの時はその装備を搭載していたのである。

ただこの時第三艦隊は厳重は無線封止を実施しており、どの程度戦果を挙げ得たかについて、直人の下に情報は無かったのだが・・・。

 

 

7時31分 コモリン岬沖

 

提督「全艦隊続いているな。」

 

金剛「ばっちりデース!」

 

提督「よし、三十一と百一の両戦隊は、大破した艦艇の護衛に回れ。第一・第三両水雷戦隊は原隊に復帰、艦隊はこれよりコロンボに向かう。伝達しろ。」

 

金剛「OK!」

 

 金剛は直ちに命令を伝達し、伝達された各部隊は直ちに命令を実行に移す。いよいよ戦いは佳境を迎えようとしていた。コロンボへの直接砲撃に向けて、彼らが動き始めたのである。

隊伍を組んで前進する彼女らに、迷いはない。彼の命令であるから、そして、彼と共に練り上げた作戦でもあったからだ。この提督と艦娘達とが相互に信頼し合うこの関係こそが、横鎮近衛艦隊の強みと呼べるなら、彼らは間違いなく最強の艦隊であっただろう。

 

一方でその頃、第三艦隊はと言うと・・・

 

 

7時41分 コロンボ東方沖

 

蒼龍「ホントにハードな仕事ねー今回・・・。」

 

飛龍「でも、もう少しの筈だし、頑張ろ、蒼龍!」

 

意外と士気の高い二航戦である。

 

雲龍「艦載機を消耗したそばから積み直して再編成するって、そう簡単じゃないのがよく分かるわね・・・。」

 

葛城「事前研究なしでやらせる作業じゃないわよこんなのぉ!」

 

天城「もう暫くの辛抱です、踏ん張り抜きましょう!」

 

 そう、実の所、洋上で艦載機を補充する作業と言うのはそう簡単な話ではない。あきつ丸への搭載や母艦たる鈴谷に積載するのと諸空母の搭載方法は全く違う為、例えば鈴谷で分解梱包しているものは、まず組み立ててから艦娘達の力でそれぞれの形式に還元せねばならないのだ。

その還元する作業が、艦娘達にとって実は意外と大変であるらしく、普段は補給担当の妖精さん達が担当している作業と言う事もあってか、空母艦娘達の消耗が普段よりも激しかったのだ。そして、消耗が激しかったのは艦娘だけではなかった。

 

~重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋~

 

大淀「流石にもう、梱包してきた機材がなくなってきましたね・・・。」

 

明石「流石棲地です。対空砲による損害だけでも目を見張らざるを得ないものがあります。」

 

 実の所、消耗が激しいのは第三艦隊の艦載機隊の方が現時点では遥かに大きい。と言うのも、彼らはここまで累計50時間を超える長時間に渡っての攻撃で、累次攻撃回数は実に20回を超えていた。これほどまでの猛攻撃を加えると言うのは、空母部隊では余程の事が無ければまずしない事である。

これを可能としたのは、開幕の3回を大規模な攻撃で始め、それによって敵の要撃能力を徹底的に奪い去った後、各航空戦隊単位で綿密なローテーションを組み、数十機規模の小規模な攻撃を執拗に繰り返す事にした為で、これによって敵の能力回復を阻害し、戦力補充を阻止し、敵の意のままに動かさせない事で、間接的に主力部隊をも援護する。

それが第三艦隊の任務であり、赤城らが汲み上げた緻密なローテーションが可能とした芸当でさえあった。

 

大淀「予定では、もうそろそろ主力はコモリン岬沖を離れる筈ですが・・・。」

 

実はこの時大淀らも、この時点で既に彼らがコモリン岬沖を離れた事は知らなかった。近傍海域にいたことは間違いなかったが。

 

明石「もう少し踏ん張らなければ、ですね。」

 

大淀「えぇ、殆ど予備機材は掃き尽くしました。これ以上は持ちませんが、逆に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()んですよ。」

 

明石「そうですね!」

 

 鈴谷・あきつ丸が搭載してきた航空機の数は総数で71機分。これは分解・梱包した上に両艦の艦載機を全て下した上で、鈴谷の偽装煙突も取り外して荷積みした事によって可能になったのだが、一方で消耗した艦載機は総数295機、搭乗員は5割以上が未帰還となっている。

第三艦隊が含む4個ある各航空戦隊の稼働機は既に良くても6割強であり、特に三航戦では稼働機が54%付近まで減ってしまっている。七航戦でも稼働機は定数の55%程度に過ぎず、碌に戦えるのは残りの2個航空戦隊(第二及び第六)に過ぎないのだ。

 そして残った機材は艦上偵察機「彩雲」2機、「二式艦偵」1機にのみである。だが、積み込んできたこれらの機材が無ければとっくに稼働率が5割を割り込んでいても不思議ではなかったレベルの損害であり、それを考えた時、直人の判断は正しかったことがはっきりとしていた。

 

赤城「・・・今日一杯攻撃すればいい、そう言う予定の筈。」

 

加賀「でも、お互いに現状の報告は無いわ。つまり情報は共有できていない、提督達がどうなっているかも。」

 

赤城「私達に出来るのは、信じる事だけ。攻撃隊を出しましょう、私達は作戦通りにやり遂げるまで。」

 

加賀「えぇ。」

 

 別動隊を指揮する赤城としては、それ以上の行動は急を要しない限りは控えなければならない。当然作戦通りに、当初の意図をより効果的とする事が期待できる策を考えるも、赤城の裁量には含まれる。

だがここまでくれば赤城も正攻法以外取るつもりはない。敢えて策を弄すれば、陽動だと気取られる可能性も出てくるからである。慢性化した攻撃は、逆手に取れば相手の思考の硬直化にも繋がるのだ。

 

比叡「今日はまだ敵影は見当たらないわね・・・。」

 

霧島「えぇ。でも、索敵警戒を怠らないように。私達の居所が敵に察知されれば、それだけでも私達は窮地に陥ってしまうのよ。」

 

比叡「分かってるよ、霧島。」

 

霧島「長良さん、異常はない?」

 

この作戦では大淀が鈴谷を離れられない為、護衛部隊である第十戦隊は長良が旗艦代行として、長良が務める第十四戦隊旗艦と兼務する形になっている。

 

長良「大丈夫です霧島さん、異常ありません!」

 

霧島「“了解、油断しないように。”」

 

長良「はい! ・・・ふぅ。水雷戦隊の旗艦かぁ、よく考えたら久しぶりだなぁ。」

 

由良「“感傷に浸るのは後にしてくれない? 長良姉。”」

 

長良「わ、分かってるわよっ!」

 

 提督諸氏は余り印象にないかもしれないが、日本の空母機動部隊を護衛する部隊を率いていたのは、最初期に臨時編成で旗艦を務めた阿武隈を除けば、長良が初代である。そもそも大淀は務めていない。そういう意味では、「かつてと同じ形に戻った」だけとも言えるのだ。(尤も二代目として臨時旗艦を務めた事がある秋月が麾下にいるのだが。)

 だが兎も角にも第三艦隊は総数36隻に過ぎない。小部隊と言うには多すぎるが、だからと言って水上部隊の襲撃を受ければ、空母主体の部隊であるだけに脆い。霧島が気を張っているのは当然であった。

 

長良「おっ、今日3回目の攻撃隊だね。」

 

一方でやる事がない長良は、正確に攻撃隊の発進回数を数えていた。

 

長良「これで25回目かぁ。大丈夫なのかな?」

 

詳しい事情を知らない長良は、機動部隊の稼働機がどの程度残ってるのかがちょっと気になったが、何気ない思案の末数秒後には忘れ去り、元の任務に戻ったのであった。

 

 

 港湾棲姫「コロンボ」が異変に気付いたのは、10時12分の事だった。この時も横鎮近衛艦隊による航空攻撃が行われたのだが、その攻撃はそれまでの東海岸からではなく、西から、即ちコロンボへ直接殺到するコースでやってきていたからだ。

しかも艦隊は逆探知を防ぐ為にレーダーを切っていた為、早期警戒が出来ない状態であった・・・。

 

~10時13分~

 

港湾棲姫「どういう事だ!?」

 

タ級Flag「西方ニ敵ガ現レタト言ウ事デショウカ?」

 

港湾棲姫(これまでは東方からの進入だったから対空砲の起動や艦隊の退避が出来た、だがレーダーが壊滅し、目視に拠らざるを得ない現状、もう間に合わない―――!)

 

タ級Flag「ドウシマスカ!」

 

港湾棲姫「―――対空砲は配置に就け! ウェールズは艦隊を率いて港外に出て、敵機を迎撃せよ!」

 

タ級Flag「ハッ!」

 

 戸惑いつつも、コロンボは迎撃命令を出す。飛行場姫は既に倒れたものの、艦隊はそもそも退避命令だった為、むしろこれまで直掩機を除き艦載機は用いて来なかった。だが事ここに至っては出し惜しみをしている場合ではない。

そして違和感を感じていたのは、何もコロンボのみではなかった。

 

タ級Flag(・・・この状況ではレーダーを切っている場合ではない。それに何かが変だ。)

 

 港湾棲姫の直衛艦隊旗艦である「P(プリンス)O(オブ)・ウェールズ」は、上記のような考えに基づき、それまで切っていた各種レーダーを起動させるのである。

この時横鎮近衛艦隊本隊はコロンボ西北西116km付近におり、艦載機による攻撃を行いつつ棲地に突入しようとしている段階であった。この時点でウェールズの対水上レーダー「Type271」には何も映っていない。だがその異常性は、この時点で明らかであった。

 

10時18分 横鎮近衛艦隊本隊

 

提督「間もなく赤色海域だ、周辺警戒を怠るな!」

 

金剛「OK!」

 

 一方で横鎮近衛艦隊本隊では、金剛極改三が装備する「AN/SPY-1D」多機能レーダーが、発進する敵空母の迎撃機を的確に捉え、直掩機の分布状況は勿論その高度や進行方向までも的確に掴んでいた。そしてその情報は必要な分だけ攻撃隊に伝えられ、それに沿って護衛戦闘機が展開を始めていた。

 

瑞鶴「あと数分で攻撃開始よ。」

 

提督「うん、成功を祈ろう。」

 

瑞鶴「提督さんの航空隊も全機投入でしょ? 大丈夫よ、信じましょう?」

 

提督「そうだな。」

 

ここで瑞鶴の脇に控えていた鏑木三佐が直人に質問をした。

 

音羽「・・・提督は、何か策をお持ちなのですか?」

 

提督「ない事もないが、この状況では正面から当たる他はない。既に我々の存在は暴露された以上、敵の相当な抵抗は覚悟の上だしな。」

 

音羽「では、艦砲射撃後は離脱されるのですか?」

 

提督「上陸部隊は積んできているけどな、そこは状況次第って感じでもある。」

 

音羽「成程・・・。」

 

提督「現地の状況は依然不明だ。同時に出した偵察機の情報待ちってところかね。」

 

 第三艦隊が挙げた戦果が不明な以上、彼はその戦果を知る為に自ら偵察機を出して確認せねばならない。

上陸戦も当然視野に入れた今回の作戦は、この面に於いて非常に不便極まる状態に陥る事必定であったのは、言うまでも無く直人自身が一番よく知っていたと言える。

 一方で驚天動地の状況に陥ったのはコロンボ棲地側であった。

 

~同時刻・コロンボ棲地~

 

港湾棲姫「なにっ!? 敵機総数が、700を超える―――!?」

 

タ級Flag「“正確ナ数ハ算定不能デスガ、間違アリマセン!”」

 

港湾棲姫「―――とにかく迎え撃て! たとえ圧倒的劣勢だったとしても、やる事は変わらない!」

 

タ級Flag「“ハッ!”」

 

 コロンボの判断は至極真っ当であった、しかしそれには戦力が不足していた。深海棲艦隊東洋艦隊本隊の戦力は、既に半減程度にまで落ち込み、艦載機も度重なる攻撃で6割以上が母艦と共に、若しくは空戦によって失われ、そんなところに襲い掛かって来たのは、巨大艤装『紀伊』から飛び立った西沢広義率いる噴式震電改168機と、瑞鶴艦戦隊(岩本 徹三少佐)の零戦五四型24機を中核とする一水打群制空隊であったのだ。

 しかもこれらが的確に誘導されながら襲来するのでは、どう工夫しても勝つ事は容易ではない。だがウェールズは逆境に抗う事を決意する。最期の一兵まで抵抗する事が、コロンボの命令であった。

 

 そして、深海棲艦隊の直衛戦闘機隊と、横鎮近衛艦隊の制空隊が真っ向から衝突する。その帰趨は両軍の推測通り、深海棲艦隊側の惨敗に終わるのである。

深海棲艦隊側の直掩機は、追加で発艦させたものも含めると780機を揃えたものの、練度と形勢に格段の差がある横鎮近衛艦隊制空隊を前に583機を失い、近衛艦隊側制空隊の損害、21機未帰還、48機放棄、73機被弾と言う結果に終わるのである。

 

ウェールズ「対空戦闘!!」

 

 序盤の段階で敵の突入を阻止し得ないと知ったウェールズは対空戦闘の開始を即座に告げる。そこへ最初に突入したのは、瑞鶴艦爆隊(坂本 明大尉指揮)の彗星三三型24機であった。少し遅れて、33機を擁する翔鶴艦爆隊(岩井 勉大尉指揮)の零戦六二型が、250㎏爆弾を腹に抱えて続く。

 

~10時25分~

 

瑞鶴「攻撃隊よりト連送!」

 

提督「こちらでも受信してる。制空隊の状況は?」

 

瑞鶴「同行した艦偵からの報告だと、概ねこっちが優勢ね。攻撃隊も一部で妨害は受けてるけど、数は多くないわ。」

 

提督「金剛の誘導が上手く行ったか・・・。」

 

 当然の事だが、この海域にも人類側に対する深海側の電波妨害は行われている。赤色海域である分、大本なだけにその強度は他の海域の比ではないが、金剛の他の艦娘にはない送受信能力の高さが実現した誘導策であったと言う事は確かである。

これに関しては同じく極改装を施された翔鶴でもまず及ばない、金剛極改三の強みである。

 

提督「第四航空隊、手筈通りにやってくれよ・・・。」

 

 

~10時29分~

 

「“駆逐艦アマゾン24、大破!”」

「“駆逐艦サヴィージ8、沈没!”」

「“空母イーグル38、航空機発艦不能!”」

「“駆逐艦イレクトラ3、航行不能!”」

「“軽巡リアンダー15、通信途絶!”」

 

タ級Flag「撃チマクレ! 敵ヲ近付ケルナ!」

 

 先陣を任された急降下爆撃機による猛攻に続き、艦攻隊が理想的な雷爆同時攻撃を実行に移すと、瞬く間に状況は深海側の不利に傾いて行った。しかし深海側も必死の抵抗をつづけ、無視出来ない損害が攻撃隊側にも出ていた。

 だがその状況は、突如として襲い掛かった超速の鉄鷲によって破られる事になる。

 

タ級Flag「ナ、ナンダ、アレハ・・・!?」

 

 攻撃開始から遅れる事10分、潜水棲戦姫(改ドレッドノート)との戦いを生き延びた38機の噴式景雲改二が、低空を840km/hと言う超高速で急迫したのである。咄嗟に一部の深海棲艦がこれに反応するが、時限信管の修正を待たず射撃を始めた為、高射砲弾が空を切る羽目になり、一瞬の隙に外周防空網を突破する事に成功、主力の戦艦や大型空母に対して爆撃を敢行する。

 

港湾棲姫「まずい―――対空砲、発射始め!」

 

 そして一挙に突破を果たした噴式強襲部隊は、そのままコロンボ港湾に迫り機銃掃射を行う。直人が執った策は、噴式強襲から攻撃を行うのではなく、通常攻撃から先に行い、その只中に噴式景雲改二を突入させると言うものだった。

そしてその策は見事に当たり、瞬く間に敵艦隊はその主力を擦り減らす結果になり、対空砲火を減殺する効果を生んだのである。

 

「港湾棲姫サマ、新タニ敵機ガキマス!」

 

港湾棲姫「何―――!?」

 

悪い事は続くものである。そのタイミングで第三艦隊の攻撃隊が再度攻撃を加えてきたのだ―――。

 

 

10時40分―――

 

ウェールズ「撃テ!!」

 

提督「テーッ!」

 

 そしていよいよコロンボ沖で両軍は激突する。空襲が終わろうとした正にそのタイミングであり、隊伍を立て直す余裕をすら与えない直人の采配が、この日も炸裂する。既に隊伍は乱れに乱れ、しかもその戦力は残存戦力の4割以上が戦闘不能になっていた。しかしそれでも勢力としては2100隻を数えており、辛うじて戦力を保っていたと言える。

 

金剛「Fire(ファイア)!」

 

大和「射撃始め!」

 

 しかし、満身創痍で相手取るには余りにも相手が悪すぎたと言えよう。横鎮近衛艦隊が保有する全戦艦の主砲が一斉に火を噴き、巨大艤装『紀伊』の想像を絶する火力が、それに連なって満身創痍の敵艦隊に容赦なく叩き付けられる。

 

ドドオオオオォォォォォーーーー・・・ン

 

金剛「“大丈夫ネー!?”」

 

提督「くっ!? まだ敵は戦力を残していると言うのか―――!?」

 

 直後に巨大艤装『紀伊』に火力が集中し始め、周囲に水柱が立ち上る。敵は本来なら既に指揮統制が崩壊していても可笑しくないのにも拘らず、目の前の敵は未だに、組織的戦闘を継続している。

だが、平均して深海棲艦6隻で艦娘1隻に匹敵すると言う個体能力の差を考えると、2100隻と言う数は余りに過少に過ぎた。しかもこの場には、艦娘が10人束になっても太刀打ちする事さえ敵わない巨大艤装がある。

 その猛威は、たった1隻で敵の1個艦隊をも覆滅し得ると()()()()()存在である。それは些か大きすぎると言える誇大宣伝であったとしても、虚構と為り果てる事を許さなかった存在なのだ。そんな存在から放たれた「返礼」が齎した効果は、敵の組織的抵抗を打ち砕くには十分過ぎた。

 

ドオオオオオオォォォォ・・・ン

 

タ級Flag「ナ、ナンダアノ爆発ハ―――!?」

 

「“戦艦ラミリーズ11、爆沈!”」

「“戦艦ヴァリアント6、沈没!”」

「“戦艦レナウン9、轟沈!”」

「“戦艦ハウ3、大破炎上中!”」

「“戦艦マレーヤ31、大破、航行不能!”」

・・・

 

タ級Flag「馬鹿ナ・・・タッタ1度ノ砲撃デ―――戦艦11隻ヲ喪ウダト!?」

 

 『紀伊』への集中攻撃のツケは、余りにも高くついた。彼は敵艦隊にいる無傷の戦艦の中から目標を選定し、精密射撃を放ったのだ。結果として評定した18目標の内11目標に直撃弾を生じさせ、直撃しなかった艦も至近弾により大なり小なりの損害を受けていた。

しかもそれらはウェールズが苦心の末に立て直した、東洋艦隊本隊の中軸を担う艦ばかりであった。それが瞬く間に行動不能にされてはたまったものではなく、この時点で勝敗は決してしまったのである。

 

提督「敵の抵抗が弱まったぞ、一気に押し込め!」

 

 その瞬間を見逃さず彼は攻勢の強化を命じる。決してウェールズも敵を侮った訳ではなかった。だが相対した敵はその程度では止められなかった、ただそれだけの事であった。瞬く間に戦況は艦娘艦隊優勢に傾き、直衛艦隊の被害は時間と共に加速度的に増加していった。

 

10時50分、艦隊は予定通りコロンボ棲地を射程に捉えた。当初の予定と違い四航戦と一水戦、第十一・十二各戦隊を残敵の掃討に充てる事にはなったものの、大破艦艇とそれを守る臨設戦隊を除く全ての艦が、持てる火砲の全てをコロンボに向けて、今や遅しと提督の指示を待っていた。

 

金剛「“準備OKデース!”」

 

提督「―――よし。」

 

 

港湾棲姫「とうとう・・・来たのか・・・。」

 

港湾棲姫も使う事の出来る火砲の全てを敵に指向していた。しかしその使える火砲と言うのは港湾棲姫の武装が殆どであり、沿岸砲は僅かであった。

 

港湾棲姫「残存の砲台は準備出来次第射撃せよ。そう容易く、敗れはしない―――!」

 

 

提督「撃てぇぇぇっ!」

 

港湾棲姫「Firer(ファイアー)!」

 

 10時51分、コロンボ棲地の意地と、横鎮近衛艦隊常勝不敗の誇りとがぶつかり合う激闘の第二幕が幕を開けた。

無数の砲門が一斉に火を噴き、吐き出された煙が艦娘達の航行と共に置き去られ、風に流されていく。飛び出した灼熱した砲弾は、見敵必殺を誓った仇敵へと、放物線を描いて飛翔する。更に一航戦の艦載機が容赦なく襲い掛かり、発砲した沿岸砲を目ざとく見つけ、これを沈黙させる。

 実の所港湾棲姫『コロンボ』の下に残った沿岸砲は、8インチ(20.3cm)砲5門、6インチ(15.2cm)砲19門、5インチ(12.7cm)砲12門に過ぎなかった。小部隊が相手であれば、これだけでも足り得たかもしれないが、相手は2個艦隊である、勝てる道理は最初からない。

対抗し得るとすれば、コロンボの武装のみである。多勢に無勢でこそあるものの、その火砲は唯一16インチ(40.6cm)砲であり、大和型は無理だがその他の戦艦の装甲であれば容易に貫通しうる力を持つ。

 

港湾棲姫「私は―――全ての港湾棲姫の祖、これ以上、好きにはさせん!」

 

 10年以上の時を過ごし、成長と学習により知能を発達させたコロンボは、稼働しうる全ての兵器を用いて反撃を試みる。彼女こそが、ポートダーウィンやトラックにも配備されていた港湾棲姫の、オリジナルであった。故にその主砲はコピー達の15インチ(38.1cm)砲などではない。

深海側によって“製造”された当初、彼女は所詮超兵器級のデータをモチーフにして設計された“人形(デザインユニット)”に過ぎず、後方兵站を担う泊地級深海棲艦と言うものを生み出すための母体としての役割しかなかった。事実、彼女をベースモデルに、港湾棲姫はおろか全ての陸上型深海棲艦は生まれたと言っても大過は無い。

 しかし、そう言った経緯によって生まれた彼女もまた超兵器級であった。その力の大半は棲地の維持に使われるとしても、その残った力でも、艦娘数隻程度では勝つ事さえ覚束ない実力を持ったのである。

 

愛宕「“高雄が大破したわ!”」

 

提督「なんだと―――!?」

 

そのコロンボの初弾は第四戦隊旗艦『高雄』を捉え、その直前に「沿岸砲台からの損害微弱」と言う報告を受け取っていた直人を驚愕させたと同時に、自身の能力の高さを実証した。

 

提督「撃ちまくるんだ、間断なく!」

 

 しかし動揺ばかりもしていられないのが指揮官の宿命でもある。直人は油断なく応射するよう檄を飛ばし、自らも砲門を開く。

彼をしても、今回の相手は今までの港湾攻略とは毛色が違うと言う事を、感じさせるには十分な一撃だったと言う事である。

 

 

―――その後、戦闘は更に激烈を極めた。

コロンボが長年かけて築き上げた数多の港湾施設が、砲撃を受けて崩落する。右往左往する雑役用小鬼(トロール)が、建物の崩落に巻き込まれ、また炸裂した砲弾によって次々と倒れる。

コロンボも大和や金剛の46cm砲、紀伊の120cm砲や80cm砲を複数発被弾し、しかしまだ健在のまま攻撃を続ける。この時点で、それまでの港湾とは余りにも違い過ぎるだけのタフネスさを発揮し、16インチ砲が沖合の敵艦隊に向かって火を噴く。

 横鎮近衛艦隊側も、一人、また一人と艦娘達が戦線離脱を余儀なくされ、直人もまた余りの堅牢さに舌を巻く。僅か30分弱の間にコロンボ棲地も被害は甚大であったが、横鎮近衛艦隊側でも大破12、中破18を出していた。

 

11時32分 横鎮近衛艦隊本隊

 

瑞鶴「“敵沿岸砲台、全て沈黙したわ!”」

 

提督「―――!」

 

 その報告こそが、直人の待ち望んだものだった。直人は砲撃開始前、偵察機を事前に出して観測させ、沿岸砲台の応射が無くなるまで監視を続けさせたのである。

そもそもからして、艦砲射撃を始めた時点で敵沿岸砲台の抵抗は微弱に過ぎた。これは第三艦隊の大手柄であったが、そこから彼は作戦を変更、強襲上陸を仕掛ける事にしたのである。その為の瑞鶴への指示であり、彼はこの時を待ったのである。

 

提督「スロープ展開、陸戦隊出撃せよ!」

 

 腰部円盤状艤装は、両サイド下面に開口部が設けられておりスロープが展開されるようになっている。ここが舟艇の発着口であり、使用する時にはしゃがんでスロープ先端が水面に着くようにする必要がある。

また出てくるときは当然のように小さい状態で出てくるが、発着中に大型化すると危険な為、身体防護障壁を通すと出る時は大きく、入る時は小さくなるようになっている。艦娘艤装はこう言った芸当も出来ると言う訳である。

 そして開かれたスロープから、大発ではない2種類の小型の艦艇がコロンボ棲地に向けて出撃していく。

 

―――二等輸送艦(第百一号型)。

大戦中期に日本が開発・建造を行った、陸上戦力を輸送するための小型輸送艦である。

排水量は基準で870トンあり、220トン分の載貨能力を持ち、16ノットで航行可能、規模としては連合軍の中型揚陸艦(LSM)に近い規模であり、全備重量36トンの五式中戦車であれば6両搭載できる。

 設計としては陸軍の大発動艇(大発)を拡大したものであり、全体の構造はまるごと流用したと言ってよく、その本来の用途は砂浜に直接乗り上げる事(ビーチング)によって搭載した兵員を揚陸する事にある。

 またもう1種類の艦は『一等輸送艦(第一号型)』と呼ばれるもので、搭載量300トン、大発動艇4隻、速力22ノットの小型舟艇母艦と呼べる性質のものである。こちらは基準排水量が1500トンもあり、旧式の駆逐艦と同等レベルの大きさがあり、主砲も12.7cm連装高角砲1基と、その貫禄に恥じないだけのものを装備している。

 紀伊が搭載している人員は海軍特別陸戦隊2個陸戦隊3000人、これを14隻の一等輸送艦に分乗させ、更に別個で30隻の二等輸送艦で180両の五式中戦車を輸送するのだ。

 

提督「上陸目標地点はモラトゥワ付近の海岸線だ、迅速に展開せよ!」

 

 紀伊はこの時の為に自身を含む4隻で艦隊から南へ下り、揚陸可能地点にいつでも輸送艦を展開出来るようにしていたのだ。これこそ、いざと言う時には単艦でも行動発起が可能な巨大艤装の強みであると言えるだろう。

11時34分、第二次大戦において日本軍が為し得なかった、スリランカ(セイロン)上陸作戦がこうして開始されたのである。

 

矢矧「“提督、そっちの様子はどう?”」

 

提督「上陸作戦はもう始めてるよ、敵の抵抗は・・・まぁ静かなもんだ。」

 

矢矧「“了解、こちらも可能な限り間接的に援護するわ。”」

 

提督「了解、任せるよ。」

 

音羽「巨大艤装『紀伊』・・・大幅な改修が施されているのは見た目でも分かりますが、まさかこんな事まで・・・。」

 

直人に護衛で付いていた鏑木三佐が目の前の光景に瞠目する。

 

提督「せやで。俺の艤装は、間違いなく人類軍で最強のものだ。どんな艦娘艤装でも、この艤装には勝てない筈だ。」

 

音羽「・・・。」

 

提督「ま、それでも深海棲艦隊には、単独では勝てんがね。」

 

音羽「それが軍隊同士の戦争と言うものですから。」

 

提督「その通りだ、だからこそ、出来る限り戦力は保全せねばならん。艦娘のタフネスさは賞賛すべきものだが、過信すればあたら貴重な戦力を失う。その点、第三艦隊はよくもまぁこれ程までの状況を生み出したと褒めてやりたいくらいだ。」

 

音羽「上陸作戦により、戦闘の収束を早める事で、艦隊の損害を低減。かつコロンボを攻略する事により、戦略的にはアラビア海及び紅海、アフリカ沿岸部への展開を可能とし、スリランカ解放により基地を前進させる事も可能になる。」

 

提督「・・・よく分かったな。」

 

音羽「提督はいつも、巨視的な観点から戦場を見ていますから。」

 

提督「・・・。」

 

 鏑木三佐は戦場で鍛え上げられた生え抜きのパイロットであるが、三佐と言う階級はつまり、彼女もれっきとした士官なのである。

日本に於いての士官養成課程である「自衛軍幹部候補生課程」をトップクラスの成績を収めて修了している鏑木三佐は、部内でも切れ者として知られているほどの明晰な頭脳の持ち主であり、しかも心理カウンセラーの資格持ちと言う、本当の意味でのキャリアウーマンなのである。

その彼女からすれば、この程度の事はお見通しだったのである。

 

 

一方で当然ながらこの動きはコロンボの知る所であった。

 

港湾棲姫「上陸部隊か・・・まぁいい、今は兎に角目の前に集中だ、地上部隊に任せよう・・・。」

 

 コロンボとしては、ただでさえ圧倒的に不足する火力を、更に分火する訳にはいかず、棲地守備隊に一旦預け、艦娘を片付ける方にその意を用いる事にしていただけである。

ただこの時、コロンボは艦娘側上陸部隊の規模と質に於いて大きな事実誤認をしていた節がある。当然の事だが、コロンボ市街から20km程度離れたモラトゥワの、しかもその沖合の海上など直接視認が出来る筈がない。

またこれも当然ながら、強力な艦砲射撃を現在進行形で受けている状況に於いて、そこから目を離せば自身の首を縄で絞めると同等であった為、重視する事は出来なかった。

 故に仕方がない事だが、これが結果としてコロンボを窮地に陥れる事に繋がってしまったのである。

 

 作戦概要としては、まず一等輸送艦より発した第一波上陸部隊が着岸次第上陸地点付近の安全を確保、その後二等輸送艦が順繰りに着岸して第十一戦車連隊を揚陸して枢要部への進撃を開始すると言う寸法である。尤も、戦車連隊と言いながら師団規模の戦車を装備しているのは、巨大艤装『紀伊』ならではの芸当でこそあるが、これでは第十一戦車「師団」である。

 ただこれについては当の本人もこの時期、彼らを連隊扱いはしていなかったそうである。

 

提督「沖合10kmで舟艇を展開させろ、いつも通りの手順だ、焦らずやれ!」

 

 いつも通りの手順だからこそ、直人は檄を飛ばす。いつもやっている事だからこそ、失敗する事は極力なくさなければならないからだ。しかも今回の手順は敵前上陸であり、とすれば、手違いによる遅延は即、上陸部隊の被害に繋がりかねないのだ。

友軍に極めて不利な状況の下、より多くの兵を海岸に如何に上陸させるか、これは重要な事であった。

 

音羽「上陸空中支援、開始します。」

 

提督「お願い。」

 

音羽「了解。」

 

 応えて音羽は弓を番え、陸地に向けて放つ。そして展開された5機の艦攻は、海岸に向かって飛び、接岸を試みる上陸船団の正面に、空中から煙幕を幾重にも張り巡らし、敵の反撃を阻害しにかかる。

それに続いて艦爆隊が海岸部にいる敵地上部隊を目ざとく発見し、爆撃の洗礼を見舞う。止めに艦攻隊が水平爆撃で海岸障害物を破壊し、上陸の為の障害を取り除いていく。

 

「―――じゃ、ボクも行ってくるよ、司令官!」

 

黄色い髪をたなびかせ、装いを一新した一人の艦娘が、直人に声をかける。

 

提督「あぁ・・・行ってらっしゃい。“皐月”。」

 

皐月「ふぅ・・・皐月、出るよ!」

 

 駆逐艦皐月は、五十鈴を旗艦に編成された臨設第三十一戦隊に編入されていた艦娘の一人で、作戦前に改二改装を受けた艦娘の一人である。

コモリン岬沖海戦では対潜戦闘のエキスパートとして改ドレッドノート攻撃に貢献し、今また、地上戦に打って出ようとしていた。

 その腰の左には一振りの軍刀が、そして背中には横向きで、「武功抜群」と揮毫(きごう)された白鞘が下げられていた。

本来であれば皐月改二が持っている刀は白鞘に収められている筈であり、普段皐月も使う事は無い。だがそれを軍刀(こしら)えの鞘に納め、左に下げているのは、皐月自身の意思によるものである。

 

 と言うのは、横鎮近衛艦隊は考えうる限りのありとあらゆる任務を遂行する事は皐月自身もよく知っている。しかもその刀は、()号輸送作戦時の皐月艦長『飯野(いいの) 忠男(ただお)』少佐との思いの詰まった品でもある。

だが皐月は、自身が敬愛する司令官の為に、自分の運用の選択肢を広げて貰う為に、敢えてその刀を抜く決断をし、この作戦を討議している鈴谷艦内で、密かに明石に作って貰った軍刀拵えと共に上申したのである。

 

 

11月8日13時24分 重巡鈴谷中甲板・ブリーフィングルーム

(※ここだけサイパン時間)

 

提督「いざとなれば上陸する!?」

 

皐月「ボクも、司令官の役に立ちたい。少しでも多く。」

 

提督「その気持ちは嬉しいけど・・・。」

 

皐月「―――大丈夫だよ、今の僕なら、この刀を抜ける。それに、明石さんに作って貰ったんだ。」

 

そう言って見せたのが、前述の軍刀拵えの黒い鞘であった。

 

提督「い、いつの間にこんなものを―――明石からは何も聞いてなかった・・・。」

 

皐月「内緒にしてって言ったもん♪」

 

提督「・・・。」

 

直人は少し考え、考えた後こう述べた。

 

提督「・・・分かった。但し、護衛は一人付ける。それでいいね?」

 

皐月「司令官・・・!」

 

提督「確かに、お前の覚悟、受け取ったぞ。」

 

直人に皐月の覚悟は伝わっていた。でなければ、皐月が今こうして出陣しようとはしていない筈である。

 

 

~現在~

 

提督「・・・やれやれ。皐月も立派になったもんだ。」

 

「ま、“親がいなくても子は育つ”って事かしらね?」

 

提督「待て待て、語弊がありすぎるぞ。」

 

「フフッ、冗談よ。真に受けた?」

 

提督「まさか。それよりも早く行かんと、置いて行かれるぞ、叢雲。」

 

叢雲「分かってるわよ。じゃ、行ってくるわね。」

 

提督「叢雲も、気を付けて。」

 

その護衛役である叢雲と軽口を叩き合った後、彼はそう言って送り出した。

 

叢雲「あら、心配してくれてるなら、気遣いは結構よ。死ぬつもりなんてないわ!」

 

提督「当たり前だ、無事に帰って来い!」

 

叢雲「勿論! 叢雲、出撃するわ!」

 

 皐月に続き、叢雲も直人の元を離れ、輸送艦の後を追う。今回は陸上に割いた艦娘は最小限であったが、それでも叢雲を第十一駆逐隊から、臨設第三十一戦隊から皐月を割いて、確実な地上制圧を期した訳である。

尤もこの話には余談があり、この時の皐月は艤装面に於いては対潜兵装を重視した装備構成になっており、砲撃戦はおろか上陸戦にも装備が足りず、結果として臨時設置された2個戦隊は護衛や対潜戦闘以外の事は水準以下にしかこなせない状態である為、皐月を割いても特に問題が無かった事もあるのだ。

叢雲に関しては砲雷撃戦に支障がない範囲での最大限の対潜装備をしている為、皐月を援護する分には充分であった。

 

 

一方で第三艦隊でも、現地で行動中の攻撃隊からの報告で、主力のこの動きを掴んでいた。

 

瑞鶴「棲地への上陸作戦が始まってる!?」

 

翔鶴「私の彩雲からの報告だから、恐らく間違いないわ。」

 

 攻撃隊はしばしば戦況を報告して来るが、それらが見る状況と言うのは攻撃の合間に垣間見たものである為、搭乗員による誤認が多く見られるのが難点となる。それを解消する為、直人の発案で攻撃隊には必ず数機の偵察機を随伴させ、逐一状況を報告させるようにしている。

これによる情勢の把握と言う手法はしばしばこれまでも見られたが、今回の場合、立案されていた作戦の中でも派生も派生の項目を直人が実行に移した事で、瑞鶴が驚いたのも無理は無かった。

今回の場合、情勢判断次第では上陸作戦を行う事はそもそもの作戦案で既に決定していた。但しそれにはいくつかの条件が付されていた。それが、

 

・敵沿岸砲台の妨害を受けない事

・敵陸上機の妨害を受けない事

・敵艦隊の妨害を最小限にとどめる事

・上陸地点の安全が確保されている事

 

の、以上4点である。これが満たされない限り、本来上陸作戦は決行される筈がないものであった。この4点は敵が大規模棲地であるだけにほぼ揃わないと言ってよい難条件であった為、言ってしまえば、上陸作戦を事実上封じる為の理由付けに等しかったのがその要因の一つだ。

 

瑞鶴「・・・もしかして、やり過ぎちゃったかな。」

 

翔鶴「そんな事は無いわ瑞鶴。むしろ今は、提督の作戦を支援するのよ!」

 

瑞鶴「それ私のセリフー!」

 

翔鶴「フフッ、そうだったわね。」

 

瑞鶴「もう・・・全空母へ、稼働機を再編成し攻撃隊発艦! 提督さん達を援護するわ!」

 

 直人が理屈で組み上げたその前提は崩れてしまった。正確に言うと、第三艦隊の波状攻撃が故に、その前提を突き崩してしまったのである。しかしその為に、念の為搭載してきた地上部隊は、今回日の目を浴びる事となったのだった。

 

 

 11時59分、海軍陸戦隊の第一波が海岸に上陸を開始、海岸部を守備していた敵小鬼群との間に戦端が開かれる。敵は機関銃の十字砲火や迫撃砲による火力支援によって抵抗したものの、空母音羽からの航空支援を受ける陸戦隊が概ね優勢であり、海岸部は約15分で陸戦隊が制圧、二等輸送艦が海岸へ侵入を開始する。

 

提督「ここまでは成功だな。」

 

音羽「敵の抵抗は現在の所軽微ですが、今から20分以内に周辺地区からの部隊が集結を終えると思われます。」

 

提督「何両の戦車を揚陸できるか、か。」

 

音羽「はい、陸戦隊の重火器の揚陸は間に合わない可能性もあります。」

 

提督「その通りだ。どれだけの間、橋頭保を確保出来るかで、この戦いは決まる。」

 

 既に二等輸送艦は2隻が揚陸を終え、合計12両のチリ車が戦闘に加入しているが、全体総数から見ればたったの12両であり、しかも敵の総数は海軍陸戦隊を軽く上回る為、陸軍戦車隊がどれだけ敵を押し込めるかがカギであった。

最初に揚陸された第十一戦車連隊(師団編成)の先遣中隊は、既に小隊毎に縦列を組んで海岸から前進、各部隊の支援行動に移っていたが、如何な88mm砲とは言え、たった12両では火力不足は明白であった・・・。

 

 

金剛「厳しい、デスネー・・・。」

 

 一方で一水打群と第一艦隊は苦境に喘いでいた。特に第一艦隊の損害は甚大であり、既に戦艦陸奥が3番砲塔が被弾誘爆し大破、長門も中破するなど第一戦隊に無視出来ない損害が出ていた。

第一戦隊は三笠と大和が辛うじて繋いでいたが、第五戦隊は足柄を除いて戦線を離脱、第四戦隊に至っては所属する3隻の高雄型が全て離脱するなど、まともに動けるのは五航戦と第一戦隊のみ(第十二戦隊と一水戦は残敵掃討中)と言う状態であった。

 その心配をしている一水打群も榛名が既に中破、摩耶小破、羽黒大破など損害が続出しており、金剛自身も至近弾数発を受けて小破している状況であった。

 

鈴谷「どうすんの!? このままじゃ・・・!」

 

金剛「分かってマース! でも・・・!」

 

 そもそもこの戦いに「予備戦力」などと言うものは存在しない。するとすれば第三艦隊だが、航空戦力以外からは支援を受け付ける事は出来ないと言ってよい。その航空戦力ですら消耗に消耗を重ね、再建の時間を必要とさえしていたのである。

一航戦と五航戦も敵射程県外から航空機を繰り返し発艦して支援に努めていたが、勢いが衰える様子がまるでない、それどころか航空隊にもかなりの損害が発生し始めているところだったのだ。

 

提督「戦況は不利、か・・・。」

 

金剛「“早く戻ってきて欲しいネー!”」

 

提督「分かった、こちらも上陸部隊は全て出撃を終えているからすぐに戻るとする。」

 

金剛「“Thanks!”」

 

提督「と言う訳だ、全速力で戻るとするか。」

 

音羽「艦隊の苦戦の状況は覆せないかもしれませんが、艦載機を発艦させながら行きましょう。」

 

提督「ん、いい提案だ、そうしよう。」

 

金剛からの緊急連絡を受けた直人は直ちに北上を開始、2隻ともに艦載機を緊急発艦させながら、金剛らとの合流を急ぐ事になる。

 

 

皐月「やああああっ!!」

 

叢雲「はああああっ!」

 

皐月が振りかざした刀を振り下ろして小鬼級を両断する。その後ろで叢雲が槍を振るって奮闘する。その後方では五式中戦車が88mm砲と37mm砲を駆使して懸命の火力支援を続けていた。

 

叢雲「全く、どんだけいるのよ!」

 

皐月「10匹斬ったところから、覚えてないよっ!!」

 

ズバアッ

 

叢雲「あー、それは私もね。兎も角、主力の集結を待つ間は動けないわね。」

 

皐月「それまで、持ちこたえるかだね!」

 

叢雲「先にバテるんじゃないわよ。」

 

皐月「もっちろん!」

 

叢雲(全く、ホント元気ね、この子。)

 

 そう思いながらも頼もしいと感じている叢雲でもあった。だが数の劣勢は余りにも覆し難いほどこの時点では大きく、頼みの艦隊による支援も港湾棲姫に対する攻撃が苦戦を強いられていた事から低調にならざるを得ず、一見均衡を保つかに見えた地上戦闘は、実の所薄氷の上にあるに過ぎなかった。

事実として周辺では深海棲艦の地上部隊が兵力を集結させつつあった。その航空偵察結果は、モラトゥワの北に大型の機甲小鬼(トロール)40以上が、横鎮近衛艦隊にとっては初めて姿を見せ、更に四足歩行型の重火器搭載タイプが少なく見積もって50以上、歩兵に相当するオートマトンタイプは2000以上が既に集結を終えていた。東と南も同等の敵が集結を終えつつある。

 ここで問題になるのが機甲小鬼と言う地上部隊型深海棲艦で、“機甲(きこう)”の2文字に違わず多脚式などと言うちゃちな事を言わない、装軌(そうき)式の足回りを持った装甲戦闘車両を模した外観を持つ小鬼級である。

詳細は省くが重装甲を持つ相手である事は間違いなく、且つ機動力も十全以上に備え、オートマトンとの直接協力から機動力を利した追撃戦までこなし得る、深海棲艦陸上部隊の中核を成すタイプであると考えてよい。ここで重大なのは、陸戦隊が一般的に保有している八九式中戦車では、この敵を撃破する事は()()()であると言う事実である。

 

しかしそれが、()()()()陸戦隊には当てはまらないと言う事を、彼らはその装備で以て思い知らせることになる。

 

 12時20分頃には半数の部隊が揚陸を完了、砲隊や戦車隊(※180両あるチリ車の一部)、更に第十一戦車師団は既に1個連隊半が上陸を完了、しかし150両を超える敵機甲小鬼を前には苦戦する・・・筈であった。

 

ドゴオオォォォォォーーー・・・ン

 

 英国の「チャーチル歩兵戦車」や「コメット巡航戦車」にも似た魁偉な外観を持つ機甲小鬼が、たったの一撃で装甲を貫徹され撃破される。それを成したのは、戦車隊ではなく、砲隊であった。その一撃を放ったのもまた、見るものが見れば奇妙に映る車両だった。

その外観は装甲兵員輸送車の上部に長砲身の対戦車砲を装備したような外観をしていた。その砲身は長く、口径は75mmと、対戦車火器としては十分な大きさを持っていた。

 

―――“試製七(センチ)半対戦車自走砲 ナト”。

「四式中型装軌貨車」を改修利用し、「試製五式七糎半戦車砲(長)II型」をモデルとした「五式七糎半対戦車砲」1門を搭載した対戦車自走砲である。装甲は薄いものの火力は十分であるこの自走砲を、陸戦隊の砲隊は10門配備しており、その内6門が現在戦闘に参加している状態となっている。

 更に支援を行う野戦砲はこれも対戦車砲と同じように機械化されていた。

―――“試製四式十二糎自走砲 ホト”。

日本軍で最も多用されたとも言われる軽戦車「九五式軽戦車 ハ号」の車体に、旧式兵器再生の目的で明治44年(1911年)に正式採用され、当時の野戦重砲兵向けの中型重砲として導入された「三八式十二糎榴弾砲」を搭載、対戦車用の新型砲弾として「三八式十二榴タ弾(弾種:成形炸薬弾 装甲貫徹力:140mm)」も引っ提げ、歩兵支援用の自走砲として13両が配備され、うち8門が前線にある。

 

 機械化され、機動力を持った紀伊要塞陸戦隊の砲隊は、前線を縦横に駆けまわり、重圧を受け、今にも崩れ去りかねない前線を懸命に支えた。砲隊と歩兵隊の間を繋ぐような形で、30両もの五式中戦車を装備する陸戦隊戦車隊が歩兵への直接支援を行い、第十一戦車師団は独立して対戦車戦闘を敢行し、機甲小鬼を砲隊と協力して着実に打倒した。

しかし敵も果敢に反撃し、戦車師団や砲隊、戦車隊にも被害が生じていた。だが、時間が経てば経つほど、当初の苦戦は好転し、依然として苦境に立っていたが、後続の上陸成功が相次ぐにつれて、前線には兵力が充足するに至るのだ。逆に言えば、この状況を耐え忍びさえすれば、横鎮近衛艦隊は勝利し得るのである。

 

提督(最優先すべきは主力の崩壊を防ぐ事、であれば、可能な限り合流し、艦隊を後退させる他に手はない。)

 

 現在の状況から考えるに、横鎮近衛艦隊本隊は既に戦闘に耐えうる状態ではない、戦闘部隊としては既に成立していないのだ。であれば、可能な限り早く後退させ、態勢を整えなければならない。

 

~12時31分~

 

提督「金剛!」

 

金剛「提督!」

 

提督「すぐに部隊を後退させろ、応急修理をやる。」

 

金剛「OKデース!」

 

金剛に異論が在ろう筈は無かった。それだけ部隊の継戦能力は限界を迎えていたのである。

 

提督「三笠! 部隊の後退を援護する、手伝ってくれ。」

 

三笠「了解したわ。」

 

提督「音羽も至急後退し、瑞鶴の指示を仰げ。」

 

音羽「Rogar.」

 

提督「三笠、連続射撃はどの位出来る?」

 

三笠「15分ね。」

 

提督「十分だ、10分で下げさせ、5分で逃げるとしよう。と言う事だ金剛、急げ!」

 

金剛「お任せデース!」

 

金剛は急ぎ麾下部隊を統一指揮し、最短距離でコロンボ棲地の射程圏外に逃れる様に行動を開始する。

 

提督「さて、始めますか。」

 

三笠「えぇ。」

 

提督「主砲発射!」

 

ドドオオオオオオオオオオォォォォォォォーーー・・・ン

 

三笠「発射!」

 

ズバアアアアアアァァァァァァン

 

命令一下、直人の120cm砲と、三笠の荷電粒子衝撃砲(エネルギーカノン)が光を放つ。続けて副砲なども射撃を開始し、矢継ぎ早にコロンボには砲弾とエネルギーの束が送り付けられていく。

 

港湾棲姫「くっ―――!?」

 

 一方で港湾棲姫の側はと言うと、一挙に形勢が逆転した感があった。三笠の攻撃でさえ精一杯の所で逸らしているのに、そこへ超大口径の砲弾が雨のように降って来るのだ。耐えるにも限界はすぐにやってきた。

 

ドドオオオオオオオオオォォォォォーーー・・・ン

 

 緑色の光線が地面を抉り取り、そこへ80cmの巨弾がまるで耕すかの如く、それまでの弾痕を上塗りしていく。コロンボの電磁障壁によって弾き飛ばされたエネルギーの残滓がそこかしこで土ぼこりを舞い上げ、一部では爆発が起こる。

当然コロンボも反撃する、猛然と16インチ砲が火を噴き、持てる火器の全てが反撃を行う。

 

ドゴオオオォォォォン

 

港湾棲姫「くあっ・・・!」

 

―――しかし彼女を以てして、被弾を全て防ぐ事など出来よう筈は無かった。

超兵器級であるが、元より交戦が前提である訳ではないコロンボである。防御力は相応に低くならざるを得なかったのだ。

 しかも相手は、ありとあらゆる装甲を貫徹()()()、戦艦紀伊の120cm口径漸減(ゲルリッヒ)砲である。

しかもこの砲自体も明石によって改修され、以前は100cmまで先細りしていた(以前は装弾筒付で砲弾先端部の軟鉄が押し潰され、それが装弾筒を後ろに押し出す形で外して100cm砲弾となる形式だった)のだが、これがシンプルな形式に直された事によって、砲口口径が115cmにまで拡大していた。

 

 これが意味する事は、純粋な砲弾の威力向上である。長大な砲身から放たれる強烈なガス圧を余すところなく活用するこの形式は、115cmと言う途方もない口径の徹甲榴弾を、通常の艦砲以上の初速で送り出し、それらと遜色ない良好な弾道で目標に送り込む事を可能としている。当然その質量と運動エネルギーから発揮される装甲貫徹力は、大和や金剛の46cm砲や、未だ利用されていないものの51cm砲をも軽く上回る。

 そんなものを本来非戦闘用である港湾棲姫が、オリジナルとはいえ完璧に捌ける筈がない。しかもそれだけではなくエネルギー弾や80cm弾と言ったこれまた威力の高い攻撃も伴って掴みかかって来るのだ、苦境に陥ったのは当然だった。

 

提督「あと6分―――!」

 

 一方直人は、これまでこの砲弾が防がれた事が殆どないと言う自信こそあったものの、港湾棲姫の撃破ではなく友軍の後退援護の為、深入りを避ける事でいつでも退ける様にしていた。

故に距離の遠さから敵からの命中率は低かったが、敵への命中率も低くなっており、到底全力とは程遠い状態にあった。

 それでもなお自己の能力を最大限に活用し、2万6000mと言う長距離砲撃戦で、しかも想像を絶する大口径砲を用いているとはとても思えない精密さで砲撃を繰り出す辺りは、巨大艤装の真髄の一端を指し示していたと言って大過は無い。

何故なら砲弾が大きいと言う事は、それだけ空気抵抗や風の影響が大きいと言う事であり、その分弾道がブレやすくもあるからである。

 

提督「この距離でこの正確さ、流石に陸上砲と艦載砲では精度が違うな。」

 

三笠「―――私達はその数少ない例外でなくって?」

 

提督「・・・そうだな。その通りだ。」

 

 その声色は、久しく直人が耳にしていなかった旋律だった。

三笠はサイパンに来て以来、以前彼が受けていた様なイメージとは異なる人物像を表出させていた。

それは、かつて彼が三笠に姿を現す度に彼に言葉をかけていた、その時のミステリアスな感じとは対照的で、面倒見がよくおおらかな女性像とでも言えばよいのか、声色も明るい様に思われた。

 彼もその声色の変化にも気づいており、特に問い質した訳でもなかったのだが、彼はこの時、声色が変わった理由が分かったような気がした。

彼女が声のトーンを落とす時、それは彼女が真剣な時である。

 

提督「煙幕をいつでも展張出来る様にして置こう、あと5分ちょっとだ。」

 

三笠「そうね・・・。」

 

 そう言って彼は正面を見やる。幾筋もの煙が立ち上る、かつてコロンボ市街だっただろう大地に、被弾したコロンボの姿があった。未だに抵抗をやめる事無く、その砲口は盛んに火を噴き、その様子は遠く直人らからも望見する事が出来た。

コロンボもこの状況では陸上への対応に余力を割く事は出来ず、結果として地上戦は陸戦隊有利に傾きつつあった。

 

 

12時43分 モラトゥワ橋頭保

※戦車妖精視点

 

車長「正面2時方向に敵機甲1、距離およそ500!」

 

砲手「砲旋回―――照準よし、装填よし!」

 

車長「撃て!」

 

ドオォーーー・・・ン

 

 第十一戦車師団第十一戦車連隊は、橋頭保の北側に展開して、敵の逆襲をことごとく退けつつあり、一部では進撃路を打開しつつあった。これは他の諸隊や皐月・叢雲両名の奮戦あっての事でもあったが、戦場の砲兵としての戦車連隊の尽力が力としては最も大きい。

 

ドゴオオオオオオオオン

 

車長「1体撃破! これで4体だな。」

 

無線手「“車長殿! 大隊長車から、『“に48”地点に敵機甲出現、対応されたし』と指示が来ております!”」

 

車長「よし、転進する。操縦手、三時の方向に転進だ!」

 

操縦手「“了解!”」

 

車長「―――! 敵歩兵(※)左前方に出現、移動しつつ射撃する、榴弾射撃用意!」

※オートマトン型の事は敵歩兵とも呼称されていた。

 

装填手「只今!」

 

砲手「砲、旋回!」

 

車長「いる辺りに落ちればいい、焦るなよ。」

 

装填手「装填、よし!」

 

車長「撃て!」

 

ドオォーーー・・・ン

 

 転進中に大急ぎで放たれた主砲の一撃は、どうにか敵歩兵の真ん中に着弾し、閃光と爆炎と共に粉塵を巻き上げる。

そこを目掛けて味方の歩兵が小銃を撃ち込み、敵を制圧していく。

 

車長「よしっ―――」

 

ドゴオオオオオオォォォォォーーー・・・ッ

 

 直後、この幸運な五式中戦車は突如撃ち込まれた対戦車ロケット弾によって、そこで運を使い果たしたかの如く弾薬が誘爆し撃破されてしまう。既に第十一戦車師団第十一戦車連隊は、60両を定数とする保有中戦車の内、この車両を含んで14両が既に失われている。

特に先遣隊として上陸した第一大隊は、定数20両の内8両を失うと言う大損害を受けていた。しかもその内の6両は、上陸開始30分以内に撃破されたものであり、戦車師団の第二波として上陸した第二十一戦車連隊第二大隊が、上陸直後の戦闘で失ったもの4両(内修理後再利用可能1両)だったのと比較しても、激戦だった事が分かる。

 だが被害報告は上陸初期に比べれば俄然(がぜん)減ってきており、この事は戦局が優位に運ばれつつある事を示したものと言えるだろう。

 

 

~12時44分~

 

バチバチバチバチ・・・

 

提督「全く、手酷くやられたもんだな・・・。」

 

愛宕「本当よねぇ・・・。」アララ

 

陸奥「全くよ・・・。」トホホ

 

提督(・・・この二人が一緒に修理て。)

 

 一方の直人と三笠は無事に遅滞戦闘を終えて後方へと下がり、損傷艦艇の修理を行っていた。更には艦載機の発着作業も並行して行い、巨大艤装は繁忙を極めていた。

一航戦と五航戦もそれに同調する形で艦載機を次々と繰り出し、地上部隊の援護と港湾棲姫への攻撃を激しく行っていた。

 

金剛「どうデース?」

 

提督「大丈夫、2人は戦列復帰出来るよ。」

 

金剛「ホッ・・・。」

 

提督「だが三水戦の損害は覆い難いな。3隻は復帰出来ないから、一水戦から第六駆逐隊を引き抜いて前線に投入する。」

 

金剛「OKデース、部署発令するネー!」

 

その時直人が視線を感じ後ろを向くと、その話を聞いていた響が、文月に担がれながら遠巻きに彼の方を見ていた。彼が鋭い目線を向けると、響はプイと目を背けてしまった。

 

提督「・・・。」

 

三笠「―――あの子、一度ビシッと言った方がいいのではなくて?」

 

提督「前にもあったんだよなぁ・・・。」

 

三笠「だからよ。」

 

それを思い出して思わず頭を抱えた直人であった。この会話は響に聞かれないよう声を落としていたので、響には聞かれていない。

 

提督「―――そうだなぁ、流石にそうするつもりではいるんだよ。」

 

三笠「賢明ね。」

 

提督「言うて今回の1件で2回目だからな・・・。」

 

10か月前に起こった1回目の時は懇々と諭し口頭注意と言う処分で済ませた訳だが、処分の軽さが裏目に出たのかと彼は思っていたのである。

 

提督「扶桑、そっちの様子はどうだ?」

 

扶桑「“互角、と言う所でしょうか。残存戦力でも全く諦めていません。”」

 

提督「分かった。牽制と漸減を続けろ。」

 

扶桑「“了解。”」

 

提督「瑞鶴!」

 

瑞鶴「“ザーーー・・・”」

 

提督「あちゃ、忙しかったかな。」

 

音羽「“こちら音羽、代わりに応対します。”」

 

提督「そちらの攻撃状況はどうなっている?」

 

音羽「“逐次航空攻撃を継続していますが、余りいい状況とは言えませんね。”」

 

提督「体勢を立て直しつつあると?」

 

音羽「“概ねその見解で誤りではありません。それに付き瑞鶴より、『可及的速やかな対応を求める』とのことです。”」

 

提督「了解した、そちらも引き続き攻撃を行ってくれ。」

 

音羽「“分かりました。”」

 

提督「やれやれ。敵も流石、手練れだな・・・ハイ、二人とも終わり!」

 

陸奥「うん、ちゃんと動くわね、ありがと!」

 

愛宕「あら、提督が動かないような修理をする訳ないわよ♪」

 

陸奥「えぇ、そうね。」

 

提督「はーい、あとがつかえてるから。」

 

愛宕「はぁい。」

 

提督(急いで戻らんとな、地上部隊の為にも・・・。)

 

 そう、この時にも上陸部隊は、刻々と敵の重心(※)へと迫りつつある。その状況下で、有効な支援を行い得るのは彼ら水上部隊しかいない。

もしその支援が長期に渡って滞れば、上陸部隊は勿論、そこに加わっている2人の艦娘もまた、この遠い地で命を散らす事に繋がりかねないのだ。航空支援だけでは不足が目立つこの状況を改善する為には、急ピッチで修理を終えて、水上部隊による砲撃を加える必要があったのである。

 

(※):この場に於ける「重心」とは、クラウゼヴィッツの「戦争論」での用法による、「敵の戦略的要衝若しくは重要拠点」の事を指す。

 

提督(敵港湾への強行突入か・・・やるしかあるまいな・・・。)

 

 

 13時07分、横鎮近衛艦隊本隊は再度の攻撃の為攻撃前進を開始する。大破した艦は不沈処理を全艦に施し、中破艦は武装や艤装の応急修理で前線に復帰させると言う荒業を行ったが、それでも戦力は当初の半数強、到底初期の効果は得られない事が明らかだった。

 

~13時11分~

 

提督「撃て!」

 

金剛「Fire(ファイアー)!」

 

 直人の号令で一斉に全艦が砲門を開く。だがその門数は、最初に比べれば寂寥の至りと言えるほどにまで減っていた。

それでも艦砲射撃の威力は絶大なものがあり、一度上陸部隊へ向きかけたコロンボの注意を、すぐさま戻させるには十分なものがあった。80cm砲弾や120cmゲルリッヒ砲弾を初めとする紀伊の巨大砲弾の雨は、例え艦娘の数が減ったとしても、それを感じさせないだけの威力があったという事でもある。

 

ドドオオォォォーーー・・・ン

 

提督「ッ―――!」

 

だが敵の抵抗も衰える様子を見せない。早くも2発の至近弾が直人を襲う。

 

提督(少なくとも数発の80cm砲弾を直撃させた筈、それなのにも拘らずこの猛烈な反撃―――)

 

ドゴオオオォォォォーーー・・・ン

 

妙高「あああああっ!」

 

提督「妙高っ!」

 

妙高「うぅ・・・っ、折角、直して頂いたのに―――っ。」

 

この妙高の大破が、彼に決断を促させた。

 

提督「金剛。」

 

金剛「何デース?」

 

提督「―――俺が単騎駆けしてくる。援護してくれ。」

 

金剛「―――!」

 

大和「そんな、危険です!」

 

榛名「余り無理をなさっては―――!」

 

金剛「―――OKデース、Good rack!」

 

提督「―――ありがとう。」

 

金剛の一言を聞いて、直人はバーニアの出力を最大にまで高め、その快速で以て一挙に戦列を離れ、敵に向かって突進を始める。

 

大和「どうして、行かせたんですか?」

 

金剛「―――テイトクが、一番よく分かっていた。このままじゃ勝てない、という事を。」

 

大和「・・・。」

 

金剛「言葉なしにでも、私には分かるネー。あの人は、勝算なしに突っ込む人じゃないデース。さ、援護しますヨー!」

 

一同「「“了解!”」」

 

 実は直人、修理の完了と陣形再編までの僅かな時間の間、金剛とこの後について話した際に、懸念の言葉を口にしていたのだ。

それは他の艦娘の知らない事である為大和などは懸念を表明したのだが、金剛がGOを出したのは、直人が懸念を示すと言う事は、相当な危機感を持っていると同義だった為であり、それを知る金剛はGOサインを出したまでであった。

 

金剛(ちゃんと、戻って来てね・・・。)

 

 

提督(さて、啖呵を切ってきたのはいいけど、生きて帰れっかな。)(・ω・;;

 

一抹の後悔が脳裏をよぎる直人であったが、今はそれどころではない。

 

提督(今はこの状況を何とかしないと。だがこの巨大艤装の大火力で致命打を与えられないとなると―――)

 

 “全力を出し切るしかない。”彼がその結論に至ったのは至極当然だった。これまで彼の兵装は、超兵器級にだってダメージを与え続けてきた。しかし目前の敵は、6トンに迫る巨弾を受けても戦闘を継続している、それも傷を負った風も感じさせずに、である。火力不足を悟ったとしても、無理はなかっただろう。

 

―――我汝に命ず、『我に力を供せよ』と。

―――汝我に命ぜよ、『我が力を以て、全ての敵を祓え』と。

―――我が身今一度物の怪とし、

―――汝の力を以て今一度常世の王とならん。

―――汝こそは艦の王、我こそは武の極致。

―――我汝の力を以て、『大いなる冬』をもたらさんとす。

 

 6節の詠唱を行っている最中の直人は、艤装諸共紫色の霊力の奔流によって包まれ、それが高速航行の影響で尾を引いているようにすら見えた。そして詠唱完了と共にその奔流は絶え、展開された完全仕様のFデバイスを装着した姿となっていた。それは実に第十一号作戦以来7か月ぶりの「大いなる冬(フィンブルヴィンテル)」の顕現であった。

そして更に直人はそこから詠唱を重ねる。

 

―――時此処に満ちたり。終焉の劇場の幕は今こそ開かれん。

―――汝、その力を今一度我に貸し与え給え。

―――終焉の刻は遂に来たれり、此処に断罪の滅光を。

 

提督(―――“終焉の刻来たれり、此処に断罪の滅光を(ヴォーデティウス・イグナティオン)”!)

 

 一つ目の詠唱の結果、彼は自身に紫のオーラを纏い、かつその効果によって移動速度が更に上昇する。それによってコロンボの攻撃は後方に置き去られ、一挙に敵に急迫する。

 

―――闇に眠りし閻王の力よ。

―――出でてその鉄槌を振るえ!

 

提督(―――“閻王撃槌(アビオンヴィルディガーン)”!)

 

 2つ目の詠唱によって、外観に明確な差が出る。展開されたFデバイスが紫のもやとなって霧散したかに見えたかと思えば、それが巨大艤装『紀伊』の武装に力を与え。艤装自体が紫に発光し始めたのである。

一応彼の名誉の為に補足して置けば、この2つの技名も彼の発案ではない。

 

提督「一斉掃射!」

 

ズババババババババ・・・

 

 このとき紀伊が放ったのは砲弾ではなく、紫色の霊力弾であった。「閻王撃槌」の効果は、Fデバイスの展開を解く事を代償に、紀伊の砲門から通常の砲弾に代えてエネルギー弾と同質の霊力弾を射撃するようにする能力なのである。更に「終焉の刻来たれり、此処に断罪の滅光を」にはエネルギー弾のリキャスト(チャージ時間)を短縮する効果もあり、それが拍車をかける形で凄まじい弾幕がコロンボを襲う事になったのである。

 

 

ズドドドドドドド・・・

 

港湾棲姫「くううううっ!!」

 

 コロンボも最初こそ電磁防壁で防げたものの、すぐさま限界はやってきた。たちまち周囲に次々と紫色の光の矢が突き刺さり、時たま土煙を上げるもの、何かの残骸に当たり爆発し煙を噴き上げるものもあり、そしてそれらを除く残りの大多数は港湾棲姫の兵装を、その体を完膚なきまでに破壊する。

 

提督「はああああああっ!!」

 

 元の高速に加えてスキルの力で一挙に距離を詰め、圧倒的な火力を見せつける直人、さしものコロンボもこれには耐えられず、その戦闘能力は急落していった。

そして10分後、2つのスキルは既に切れたものの万全の状態で紀伊の着岸すらも許し、満身創痍のコロンボがそこにいた。

 

ゴオオオオ・・・

 

随所で燃え盛る戦場に、彼は降り立っていた。流石に後方の艦隊も彼諸共に敵を撃つ訳にもいかず、標的を敵地上部隊に変更していた。

 

提督「終わりだ、港湾棲姫。我々は貴官に降伏を勧告する。」

 

港湾棲姫「降伏、だと・・・? 深海の覇道に携わり、その一翼の栄光を担ったこの私が?」

 

提督「栄光は地に堕ちた。これ以上の戦闘は、双方にとって不必要であるばかりか無意味だ。」

 

港湾棲姫「・・・。」

 

提督「・・・。」

 

港湾棲姫(・・・だ。)

 

―――嫌だ。

―――嫌だ!

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ―――!!

 

港湾棲姫「―――成程、我らが栄光の失墜をお前が保証する訳か。だが―――」

 

提督「―――!」

 

 その時彼は明確に感じた。空気の変わり様を、元々ピりついた雰囲気だったものが、変質しようとしていた。ひりつく様な空気が、彼の脳裏を侵していく。

 

港湾棲姫「その証人の―――()()()()は誰が保証するんだ?」ゴォッ

 

ドオオオウウウウウウウウ・・・!!

 

港湾棲姫から放たれる負の霊力の奔流、それは最早満身創痍の敵が放つには不相応に過ぎる量と質を内包していた。その奔流は風を呼び起こし、土煙を舞い上げていく。

 

提督「こっ、これは―――!」

 

そして彼はその現象を知っていた。それは忘れるべくもない体験と共に鮮明に思い起こされる事象でもあった―――。

 

提督「・・・ッ!」

 

フオオオォォォォォォン!!

 

突如土煙を引き裂いて突撃して来る深海棲艦機、直人は咄嗟に15cm高射砲によるレーダー射撃によってこれを退けるが、その動きの変化に彼は驚愕していた。

 

提督「馬鹿な、港湾棲姫自身が航空機を運用する事など、これまで無かった筈―――。」

 

チカチカッ―――

 

提督「くっ―――!」

 

 その光が見えた瞬間、直人は咄嗟に飛び退った後にバーニアを全開で吹かして後ろへ下がる。すると元いた所に敵の砲弾が立て続けざまに降り注ぎ、彼は自身の直感が正しかった事に安堵するのだが、彼はそれがまた、容易ならざる事態が起こりつつあることとイコールであることも察知していた。

そしてそれを裏付ける形で、負の霊力の奔流が晴れ、土煙の向こうから現出したものは―――

 

提督(―――無傷の、兵装だと・・・? いや違う、まさかこれは、アルウスと同じ・・・! 何らかの影響で、奴の奥底に眠る秘められた力を呼び覚まさせたのか!?)

 

 後に「覚醒」と仮に呼称し、定着したその現象は、奇しくも現在の「空母棲姫」アルウスがミッドウェー沖で起こしたものと同一であり、それを証明するように、目の前にいるそれは、それまでのコロンボとは一線を画する力を持っていた。

 

港湾“水鬼”「さぁ・・・本番はここからだ!」

 

提督「―――!」

 

コロンボから飛び立つ無数の深海棲艦機、その一部が、直人を目掛けて襲い掛かる。

 

提督(間に合うか―――!?)

 

 向き直り、測距を大急ぎで掛けるが、目視出来るだけでも彼は20機より先を数えられなかった。

 

提督「ぐっ―――!」

 

間に合わない―――そう思ったのも無理からぬことだった。しかし・・・

 

ブオオオオオオオ・・・

   ドドドッ

 

提督「っ―――!」

 

 直人の頭上を飛び越えていく多数の友軍戦闘機が、直人に正に迫らんとした大群に掴みかかり、たちまち空中戦が勃発する。更にそのタイミングで第三艦隊の攻撃隊までもが到着し、状況がまたしても変わろうとしていた。

 

瑞鶴「“一瞬でも動きが止まるなんて、らしくないわね。”」

 

提督「瑞鶴か! すまん、ありがとう!」

 

 実の所、復活したコロンボから瞬く間に数百機が展開する光景は、当然ながら遠方からでも望見する事が出来るほど目立つものだったのだ。そこで彼女は空中待機の直掩機と緊急発進待機の戦闘機を直人の救援に送り出し、それが間一髪間に合ったのである。

 

瑞鶴「“ほら、空は任せて、提督は本陣を!”」

 

提督「・・・了解したぜ。」

 

 自身も高射砲で敵機をさばきながら彼はコロンボに向き直る。まさかの振出しに戻ったばかりか、最初の状態よりも格段の力の冴えを見せるコロンボであったが、それでも彼が下がらなかったのは、彼なりに勝算があったからに他ならない。

 

提督「―――主砲、斉射! 撃てぇッ!」

 

ズドドドドドドドオオオオオォォォォォ・・・ン

 

 未だ実弾を残していた120cm砲と80cm砲が火を噴く。

彼我の距離は4000m、直人にとって外す道理がなく、瞬く間に10発以上が直撃するが、まるで勢いが衰える様子がないばかりか、一部は入りが浅かった為に弾き飛ばされてしまう。辛うじて航空兵装にダメージこそ与えたものの、明らかに防御力が上がっている事を思い知らされる結果を招く羽目にすらなったのである。

 

提督(貫徹はしているし効果は上がっているが・・・)

 

 威力がやはり足りない。「大いなる冬(フィンブルヴィンテル)」は既に使用済み、砲の残弾は全砲で1割強しかなく、速度を出しにくい地上で艦載機を運用すると言う訳にもいかない。当然潜航艇はそもそも使えないし、陸戦隊も既に揚陸済みで別途戦闘中と来ていた。この状況下に置いて直人に出来る事は極めて限られていたと言ってよい。

 

提督(後退するか、前進するか、前進するなら伸るか反るかの大博打だな・・・。)

 

ここで彼が心配したのは、燃料の残量であった。ムンバイ沖からここまで全速力で突っ走ってきた事と先程のハイブーストのせいで、巨大艤装『紀伊』の燃料は乏しいものになりつつあった。しかも弾薬もなく、威力不足の為にこれでは倒せるかどうかも怪しい。

 

提督(普通なら退くべきところだな・・・だが。)

 

 彼はある一つの手を実行に移す。その為に周囲を見渡し、大きな砲弾痕を見出すと、その中に入って自身の艤装を外した。そうして身軽になった彼は勇躍その身一つで突撃をかけるのである。その右手には、白い手袋を装着して―――。

 

 

港湾水鬼「―――っ、奴は何処だ!?」

 

一方金剛の精密砲撃を被弾し、その爆炎で直人を見失うコロンボ、この時はまだ艤装を外している最中であるが。

 

港湾水鬼(馬鹿な、気配すら消えている・・・。)

 

 

金剛「“提督!”」

 

提督「生きとるよ、反応消えた瞬間通信が飛んで来るとは流石やな。」

 

金剛「“見てる方はビックリしマース!”」

 

提督「すまんすまん、あとこっちへの砲撃は中止だ、地上部隊を支援してやってくれ。あとは任せて貰おう。」

 

金剛「“OKデース!”」

 

 

港湾水鬼「―――。」キョロキョロ

 

「俺を、お探しかなっ!?」

 

港湾水鬼「チッ―――ッ!」

 

ヒュバァッ

  ブゥン

 

ガキイイイン

 

提督「くっ!」

 

闇討ちに失敗した直人は港湾水鬼の腕に弾かれて後ろに飛ぶ。

 

提督「―――そんな上手く行ったら簡単よな。」ザザァッ

 

港湾水鬼「雰囲気が変わった―――何者だお前は?」

 

提督「横鎮防備艦隊サイパン分遣隊司令官。」

 

港湾水鬼「―――そうか、お前が例の艦隊の指揮官か。あの巨大な艤装と言いこれで得心がいった。」

 

提督「・・・。」

 

港湾水鬼「まずはここまでよくやったと誉めてやろう。艦隊は壊滅し、基地もこの有様だ、私も一度は死にかけたが―――これも、運命と言う奴だろうな。だが、それもここまでだ。」

 

提督「さて、それはどうかな。」

 

港湾水鬼「・・・?」

 

提督「俺の艦隊はまだ戦ってる。それに俺個人で言えば、貴様と戦うに際して艤装は必要としない方法がある。」

 

そう言って彼は極光を構えると同時に、背後に5本の白金剣を切っ先を先にし、自分の頭部を中心に半円形に顕現させた。先程は隠蔽性を上げる為に、極光と自己の霊力とを共鳴させずに斬りかかったのだが、もうその心配はないと力を込めた刀身は、白い輝きを放っていた。

 

港湾水鬼「この私に白兵戦を挑むものが現れるとはな―――世の中分からぬものだ。」

 

提督「たまには、武闘派の提督がいても良かろう。」

 

港湾水鬼「フン―――違いない。」

 

少しの沈黙、先に動いたのは直人だった。

 

提督(名を(かた)っても、仕方があるまいな。)

 

そう思いながら下半身に力を籠め、極光を構え、視線を一瞬落して希光の所在を確認する。そして―――

 

提督「紀伊直人、参る!」

 

 一挙に前へ駆け出す。その距離50mを一挙に詰めていく。この所生かされる事がなかったとは言え、彼は自分の足には自信がある。しかも彼は縮地の技法を習得しているから、見た目以上に速く走れるのだ。

これに対しコロンボはその火砲で迎撃しようとしたが―――

 

提督「―――ッ!」

 

ヒュバババッ

 

 彼の手により錬金されて正の霊力を纏い、強化の魔術を重ねられ、鋼鉄をもともすれば斬る事の出来る白金剣が、指向されようとした砲身に突き刺さり、即座に発射不能に陥れていく。

切っ先の鋭い白金製の剣が、亜光速にも迫ろうかという速度で砲身に衝突した際の運動エネルギーで、深海鋼で出来た分厚い砲身を鉄屑の様に射貫(しゃかん)したのだ。

その事実を如実に表すかのように、何本もの砲身に白金剣が深々と突き刺さっているのが見て取れる。

 

港湾水鬼「くっ―――!?」

 

 コロンボもこれは予想できず、自身の機械腕で応戦する。この機械腕と言うのが厄介な代物であり、全長2m、重量は片方だけで100㎏もあると言う代物で、さしもの極光でも闇雲に斬りかかって切れる代物ではない。しかしそこは流石の一品であったと言う事が直後に証明される。

 

ガガアアアアァァァァァァーーー・・・ン

 

金属特有の叫喚が辺りに響き渡り、直人が最上段から極光を振り抜いていた。

 

港湾水鬼「何ッ―――!?」

 

提督(通った―――ッ!)

 

 コロンボが気付いた時には、自身の機械腕に刀に斬られた傷が深々と刻まれていた。霊力刀『極光』は、対深海棲艦用近接武装として、明石が鍛え、局長(モンタナ)が仕上げた、正の霊力を纏った深海鋼で出来た刀である。その強度は素材となった深海棲戦艦ル級の装甲と同じであり、それが提督の力量と相まって、同じ深海鋼を断ち斬ることを可能としたのである。

 

提督「ハアアアアッ!!」

 

港湾水鬼「ぐおおおおッ!?」

 

 ここぞとばかりに直人が更に仕掛ける。熟達された直人の斬撃が、コロンボの機械腕を切り刻んでいく。だが、さしもの極光も、金属同士の斬り合いでは切り口が肉を切るより浅きに過ぎ、重量差も相まって中々懐には入る隙がなかった。何度も弾き飛ばされては砲撃を受けそうになり、それを白金剣で阻止すると言う状況が続く。

 

港湾水鬼「なんだこれは、こんな力見た事がない―――!」

 

提督「当然だ、世界に秘匿されたこの力、貴様らが知る筈があるまい!!」

 

そう言った瞬間彼は背後の白金剣を水平に構え、機械腕に向かって一気に投射する。しかし流石の白金剣も巨大な金属の塊を貫通することは出来ず、斬撃の跡に入った2本だけが突き刺さり、残りは弾き返されてしまった。

 

提督「―――流石の装甲だ、霊力を纏った白金剣でもこれが限界か。」

 

 砲身は運動エネルギーと強化の魔術を施した事によって貫徹出来た白金剣も、金属の塊とも言うべき機械腕が相手では流石に厳しいものがあった。

しかもその恐ろしい所は、コロンボはその体の質量に対して大きすぎる金属の塊を、何不自由ない様に振るって見せるのである。

 

提督(―――あの機械腕自体が一つの装甲として機能している。しかし、“()()()()()”を模して作っているならば、弱点も同じだ。)

 

 人体と言うものは構造的にはむしろ脆弱なものであり、想定された様な負荷にはある程度耐えうるがそれでも備え持つ柔軟性に拠っての()()()()であり、予期し得ない負荷には当然弱いのだ。例えば柔軟性のない部分への打撃がそれである。

裏を返せば、それがベースである以上、全て深海鋼で出来ていたとしてもその弱点は共通する。

 

提督「―――くっ!」

 

ズドオオオォォォォォォ―――ン

 

 振り降ろされた巨大な鋼鉄の拳を咄嗟に飛びのいて回避する直人。100㎏を超す質量が直撃しようものなら、直人ですらもただでは済まない。その重々しい地面との激突音がそれを証明している。

 

港湾水鬼「そんな剣1本程度で、私を崩せるとでも、思うなぁッ!!」

 

 コロンボが再び機械腕を振り上げ、その手を広げる。まるで虫を叩くような要領だが、緩慢さはまるでない。

だが、彼にはその一瞬の隙だけで十分だった―――(てのひら)がありありと見え、しかもその指の関節部分が完全に見えているならば。

 

ヒュヒュヒュヒュッガガアアアアアン

 

港湾水鬼「何―――!?」

 

 機械で手を作る場合、関節の多いその構造は本質的に脆弱である。手の関節部は()()()()()()()()()()()()()()()上にジョイントで結節してある為、装甲化するにも難しく、故に兵装としてはデザイン的に適していないのだ。

しかもこれによって、機械腕の右手は閉じ切る事が出来なくなった。深々と突き刺さった白金剣だったが、深海鋼の硬さから突き刺さる過程で内部で剣が変形し、食い込んだものが多く抜けないのである。

 

提督(固定してしまえば、こっちのもんだ!)

 

港湾水鬼「こざかしい真似をぉぉぉ!!」

 

 コロンボもそのまま腕を振り下ろすが、そもそも刀1本で食って掛かる軽装の直人には掠めもしない。しかもその間隙を縫って直人が一気に本体に向かって肉薄し、それをコロンボが左腕で防ぎ、コロンボの機械腕に刀傷がまた増える。

更に直人を弾き飛ばそうと機械腕を振り、直人はそれを済んでの所で躱すが、それによって再び間合いが開くという事が更に数回続く。

 

提督(意外とあの腕の動きが早いな―――。)

 

 ここにきて彼も、コロンボが操る巨大な機械腕がただの飾りでない事を知り尽くし、急速に考えを巡らせる。

コロンボが装備している機械腕が肉体の腕ごと機械化されているのであればその根元を断ち切ればいいが、相手は飽く迄装備品であり、腕に装着するタイプのものである為、やるとすれば腕ごと断ち切る位しかない。

 

提督(あんまりそれは・・・やりたくないけどな。)

 

ではどうすればよいか、答えは一つしかなかった。

 

提督「はああああっ!!」

 

直人が一気に前に駆けだす。コロンボもこれに即応して再び左手を構える。が―――

 

提督(見えた―――!)

 

 その瞬間直人が5本の白金剣を立て続けに投射する。狙ったのは―――ストレートを繰り出そうと構えられた左機械腕の、人間でいえば肘の裏側であった。

弧を描いて超高速で飛ぶ白金剣は、その全てが狙い通り関節部に突き刺さった。

何故内側である裏を狙ったのかと言うと、表側が完全に装甲化されており隙間が余り無かったと言うのが理由であった。狭い隙間を狙うと言うのは当然白金剣でも難しい技なのである。

 彼にしてみれば、何よりも無力化を最初にしなければならない以上、相手の戦闘能力を完全に奪い去らない事には始まらない。そして、その狙いは見事達成され、左機械腕の肘の関節は完全に動かなくなり、動かそうとしても軋むばかりでピクリとも動かなくなっていた。

 

港湾水鬼「くっ!?」

 

 しかしコロンボもむざむざ懐に入られるようなことはしなかった。咄嗟に左腕の動きだけで機械椀を正面に振りかざし、直人の一撃を防いで弾き飛ばしたのである。これには流石の直人も面食らって受け身を取った。

 

提督「やるな・・・近接戦闘でここまでやる深海棲艦は、アルウス以来だな。」

 

港湾水鬼「やってくれる・・・まさかこの腕がこれほど傷つけられるとは。」

 

コロンボは自らの機械腕を見やってそう言った。一方の直人もコロンボの頑強さ―――“往生際の悪さ”と映っていたが―――に舌を巻いていた。

 

提督(しかも戦意を挫くには至っていない。何か、決定的な一打が無いと―――)

 

・・・ドン

 

提督「ッ!」

 

 それは、遠雷の様に響き渡ってくる音だった。それに気づけたのは、彼が思考を巡らせる為に動きを止めていたからだっただろう。

そして何が起こったかを証明する出来事は、その一瞬後に起こった。

 

ドゴオオオォォォォォ・・・ン

 

港湾水鬼「何ッ―――!?」

 

提督「来たか―――!」

 

港湾水鬼が突如爆発に見舞われたのである―――

 

皐月「“ハァ・・・ハァ・・・間に合ったね!”」

 

インカムに飛び込んできたのは、息を切らしながらおっとり刀で駆け付けた皐月であった。スピーカーからはキャタピラの音も聞こえてくる。

 

提督「皐月か! そんなに急いで来なくてもよかったのに。」

 

皐月「“フフッ、可愛いね。張り切るのはいいけど、ボク達が来るまでに終わってないじゃん?”」

 

提督「ぐっ・・・。」

 

皐月「“ま、加勢するよ、司令官!”」

 

提督「ありがてぇ、頼むぜ!」

 

形勢は一挙に直人の方に傾いた。陸戦隊が幾多の戦闘を経て、遂に到着したのである!

 

港湾水鬼「チィッ―――予備兵力の投入が間に合わなかったと言う事か!」

 

 コロンボは当然、自軍の戦線が突破された時点で、手元に置いていた予備兵力を投入して対処しようとしたのだが、その戦力が戦場に到着するまでに航空攻撃によって減殺されてしまい、完全に阻止するに至らなかったという事情があった。

この結果、陸戦隊は戦力の3分の2と叢雲を拘置されはしたものの、残る部隊がコロンボの元へと辿り着く事に成功していたのである。

 

港湾水鬼(―――まだだ、ここで奴を倒せば、戦局は再び我々の優勢に傾く!)

 

提督(―――ここで俺が(たお)れれば、味方は敗走の憂き目に遭う。それだけは阻止しなくては!)

 

 コロンボにとっては目の前にいる宿敵は、今この場で打ち倒さなければならない相手であり、直人にしてみれば、コロンボから見た自分がそうであるからこそ、ここで斃れる訳にはいかなかった。

 しかしコロンボは甚だ分が悪いと言って良かった。自身の武装は殆どその機能を残してはいなかったからである。

直人の白金剣により砲は使い物にならず、航空兵装もまた、覚醒直後に行われた直人や金剛らの砲撃と直人の白金剣で潰され、上空にいる航空機は艦娘艦隊の艦載機を迎撃するので精一杯。

手元に戦力が残っていないこの状況で、直人に勝つ事の出来る手自体が限定的であった事は否めないが、それでも機械腕はまだ片方が残されていた。

 

港湾水鬼「おおおおおおッ!!」

 

提督「ッ―――!?」バッ

 

ズドオオオオォォォ・・・ン

 

提督(動きが変わった―――いや、向こうから来ただけだが、速い!)

 

 彼の反応速度も常軌を逸していたが、コロンボの脚力もまた常軌を逸していた。

余りの速さに直人も回避する事しか出来なかったのである。そのスピードに機械腕の重量が乗ったらどうなるか。更に皮肉な事に、直人が付けた刀傷がそのまま鮫肌のような効果を生んでいたから、掠っただけでもダメージを負いかねない。

 

提督「たあああっ!!」

 

しかしそこは彼もさるもの、すぐさま切り返し攻守所変えながらの打ち合いが数度続く。

 

ガアアァァァァァァン

 

提督「くぅっ!」

 

そして再び弾き飛ばされ受け身を取って着地する直人。

 

チャキッ

 

提督「はぁっ!」ヒュバァッ

 

着地し居直った瞬間に彼は今まで抜いていなかった希光を抜き打ちの要領で抜刀して霊力刃を放ち、コロンボが正に仕掛けようとした追撃を未然に防いでみせる。

 

提督(やはり、“アレ”を使う他ないか・・・。)

 

直人は決心し、手袋を付けた右手首を握る。

 

提督「―――魔術制御術式、壱式・肆式、解放!」

 

 既に解放されていた参式―――白金剣の遠隔操作の制限―――に続いて、2つの術式が解除される。

同時に手袋に刻まれた術式が更なる光を放ち、同時に彼の背後に、それまでと規模の違う“異変”が起こりはじめる。

 

港湾水鬼「な―――何が・・・!?」

 

提督「俺の力、その真髄を見せてやる。俺も、ここで負ける訳にはいかないのでな。」

 

彼の背後に現出したのは、100を超える白金剣であった。

 

提督「加減は出来んぞ。それで死んでしまうのであれば、後は処理してやる。」

 

港湾水鬼「―――思い上がるなよ、人間!」

 

提督「フルファイア。」

 

 彼が高々と右手を掲げ、振り下ろす。彼が行ったアクションは、たったそれだけであった。

ただそれだけで、全ての白金剣が彼の意思に従い、加減なしの亜光速に近い最高到達速度で港湾水鬼に向かって飛翔する。コロンボも咄嗟に防御したが、特殊相対性理論に基づいて質量が増した白金剣は、傷ついた機械腕1本程度では止められなかった。

 強靭な構造の機械腕が、立て続けざまに突き刺さり爆発する白金剣に対し、遂に膝を屈する時が来た。幾十本もの白金剣によってズタズタにされた機械腕は、手首の辺りで遂に真っ二つに裂け、残りもボロボロのスクラップの様に崩れ去ったのだ。

魔力爆弾と化した白金剣を相手に、むしろ数十本を耐えたのは、深海鋼が如何に強靭であったかを示していたが、その限界を超えた攻撃を前にしてはたちどころに屈服を余儀なくされた訳である。

 

港湾水鬼「グッ・・・。」

 

そして、コロンボも当然無傷ではいられなかった。脇腹から血を流し、膝を屈して、なお倒れずにいたが、最早戦う力が残されていない事は誰の目にも明白であった。

 

提督「・・・。」ザッザッザッ

 

港湾水鬼「―――お前の勝ちだ。殺すならば殺せ。」

 

提督「それは、本官の本意とするところではない。貴官はたった今、私の捕虜になったところだ、大人しく付いてきて貰おうか。」

 

港湾水鬼「・・・いいだろう。」

 

 例え戦闘マシーンとして“製造(つくられ)”、育成されてきた深海棲艦だとしても、その心は人間とさして変わらない。

例え全てが人とかけ離れようとも、その心は、自分の命を軽んじられる所まで強くはないのだ。コロンボもまた、()()()()()()()ほど割り切りが良くなかったのだった。

 

 

 コロンボを制圧した直人から、戦闘終息の宣言が出されたのは、14時41分の事であった。

艦娘艦隊はしかし喜ぶ暇も惜しみ、直ちに撤収の態勢を取り始めると共に、捕虜となったコロンボを連行する指示も、金剛の手で出されていた。

彼女らには、行動する上で最も重要な物―――()()が不足しつつあったからであり、早急に現海域を撤収し、母艦へ戻る必要に迫られていたのである。

 その時、沖にいたP(プリンス)O(オブ)・ウェールズ率いる直衛艦隊は、壊滅状態、かつ完全包囲下に置かれながらも尚戦闘を継続していたが、意図的に直人がリークを図った終息宣言を聞いた後、14時44分に降伏した。

降伏した際、コロンボ直衛艦隊の戦力は20隻にも満たない数にまで減っており、旗艦のウェールズも負傷していると言う状態であった。

 だがウェールズはその熟達した力量を十全に発揮しており、この為に包囲・足止めを担当した諸部隊は損傷艦を多数出していると言った有様であった。

劣勢に置かれたウェールズが如何に善戦したか、またその麾下艦艇の練度がどれほど高かったかを如実に示していた、一つの証拠とも言えただろう。

 

 その後巨大艤装『紀伊』は、上陸させた部隊の収容を始めた。しかし、激戦を経たその損害は大きく、五式中戦車「チリ」は180両中58両が撃破され、12両が収容後廃棄、47両が大小の損傷を受けるなどし、陸戦隊砲隊も、自走砲13両中5両、対戦車自走砲10両中6両が破壊ないし遺棄された。その他、陸戦隊の各種機材に生じた物的損害も甚大と言わざるを得ないほどの損耗率を示していた。

人的損害も大きく、第十一戦車師団と陸戦隊を合わせて、戦死者(KIA)戦闘中行方不明(MIA)計2149名、負傷者2947名の多数に及び、更に敵の反撃で揚陸作業中に二等輸送艦1隻が大破炎上(その後沈没)、大発5隻を喪失するなど、再建と補充に多大な時間を要する事は明白であった。

 余りの損害の大きさに、輸送艦の中には二等輸送艦百十六号に見られるように空船で戻ってきたものもあったほどである。

 

 15時37分になって全部隊の収容を終えた巨大艤装『紀伊』が、橋頭保となっていたモラトゥワの海岸を離れ、15時に先行して離脱した艦隊の後を追う様にして、空母音羽と駆逐艦皐月・叢雲の護衛の下コロンボを離れた。

これによって、彼らにとっても過酷な作戦行動は終幕を迎えるに至る。最終的に損傷を残した艦は、第一艦隊と一水打群全艦艇の87%にまで及び、弾薬消費比率は全艦平均84%、機体損耗率は第三艦隊で78%、一水打群と第一艦隊を合計して49%(いずれも着艦後放棄されたものを含む)という高比率に及ぶほどの激闘であった。

重大な損傷を受けた艦も24隻に及んでおり、護送を必要としている艦が多数に及んでいた事もあって、快勝とすらとてもいい難い状況であった。

これらの多大な損害の代償として、長年に渡って人類を苦しめ続けた、インド洋の要衝コロンボ棲地は陥落、その指揮官と敗残兵を捕虜とし、スリランカを解放した横鎮近衛艦隊は、傷ついた身を労わりながらも帰途に就いたのであった。

 

 

~17時21分~

 

撤退中の横鎮近衛艦隊に追い付いた直人は、慰労の為各艦娘の下に順に回っていた。その中でプリンツ・オイゲンの下に来ていた直人は、一つの質問をぶつけてみた。

 

提督「で、オイゲンに一つ聞いてみよう。今回の作戦の感想の程を。」

 

オイゲン「感想ですか? うーん・・・まぁ、本国では考えもつかなかった作戦で、斬新ですね。楽しかったですよ?」

 

提督「楽しかったっていう表現もどうかとは思うが・・・。」^^;

 

オイゲン「あ、そうでした・・・。」

 

提督「でも、好印象だって事は分かったよ、ありがとう。」

 

彼が苦笑しながらそう答えると、オイゲンはこう返してきた。

 

オイゲン「いえいえ! でも、特に敵拠点攻撃のような作戦には向かない手法だと思います、すっごく疲れた・・・。」

 

提督「敵艦隊への奇襲とかには使える、という事か。」

 

オイゲン「はい、前段作戦に対してだけだったら良かったと思います!」

 

提督「分かった、今後の参考にしよう。」

 

オイゲン「お願いしますね?」

 

提督「お願いされましょ。」

 

オイゲン「んふふっ♪」

 

こうして直人は、貴重な知見を得る事が出来たのであった。

 

―――空挺艦隊、アリかもしれんな、語感も良い、漢字で書いてもカッコいい。

Admiral(アドミラル)? 何か悪いこと企んでません?(ジトーッ)

そ、ソンナコトナイヨー。

<なんでそんな分かりやすい返しするんですか。

 

 直人も疲弊しきってこそいたが、搭載しているバーニアのおかげで、腰部艤装に座って移動できると言う密かなアドバンテージを持っていた。

それで楽をしていたおかげもあり、その頭脳はこの時些かも精彩を欠く事は無かった。それが子供っぽい悪戯を考えるような思考に費やされてはいたと言っても、である。

 横鎮近衛艦隊は、比較的のびのびとした雰囲気を保ちながら、第三艦隊―――別動隊との合流地点であるポイントRへと向かっていたのであった。

 

 

 ポイントRは、北緯4度48分02秒、東経48度48分05秒の、東インド洋上に設定されていた。第三艦隊は空爆任務が半ばを過ぎた段階で既にこのポイントへと移動しており、

本隊の帰りをずっと待ち続けていたのである。

そこへ本隊が到着したのは、11月17日5時27分の事であった。

 

11月17日4時50分 ポイントR付近西海上

 

提督「こちら“ノーライフキング”、“キャリアー”へ。貴方状況知らせ。」

 

明石「“こちら“キャリアー”、全艦健在! お帰りをお待ちしておりました!”」

 

提督「それは何よりだ。直ちに収容作業を始めてくれ、間もなく合流する。」

 

明石「“了解!”」

 

 第三艦隊は母艦鈴谷やあきつ丸を初めとして結局全艦無傷であった。第三艦隊は合流前に直人の指示で収容を開始、本隊からも要収容の艦を急行させる形で収容に加わらせ、最後に第一艦隊・一水打群の艦艇を収容、巨大艤装も揚収用クレーンで釣り上げられて収容されると、5時41分、海域からの離脱を開始するのであった。

 

 

~艦長室~

 

大淀「提督、大丈夫ですか!?」

 

提督「駄目だ、眠過ぎて頭の中がぐちゃぐちゃになってる。少し、時間を―――」ドサッ

 

大淀「提督! ・・・あぁ、これは暫く駄目ですね。」

 

~中甲板艦尾部・左舷兵員室廊下~

 

萩風「舞風・・・こんな所で、寝ちゃ、だめですよ・・・。」

 

舞風「すー・・・すー・・・」

 

萩風「舞・・・か、ぜ・・・んぅ・・・」

 

 本隊組は既に限界だった。そもそも、第一艦隊と一水打群のメンバー、ついでに直人も疲労の極にあった事は事実(一体何晩寝ずに航行したのかという次元の問題)であり、自室に着くや否や直人も突っ伏すようにベッドに倒れ込んだまま寝息を立て始め、メンバーの中には、舞風やそれに折り重なって寝ていた萩風の様に、自室に辿り着く前に眠気を堪え切れず、眠りの淵へと誘われてしまう者も続出する始末であった。

 第三艦隊のメンバーは母艦と行動を共にしていた為、交代で睡眠も取れたが、殊更長時間母艦と離れて行動した本隊は流石に消耗しきっていたと言う次第であった。

 

瑞鶴「はぁ、全く。今敵が来たらどうするつもりかしら。」

 

明石「まぁまず、起きませんよね・・・。」

 

瑞鶴「私達も艦載機ないのになぁ・・・。」

 

 前檣楼羅針艦橋では瑞鶴と明石が嘆息しながらそう言い合う始末であり、結局手空き要員が辿り着けず寝てしまった者を、それぞれの個室へ運び込むと言う事態になっていた。

負傷者も直ちに医務室へ運び込まれたが、肝心な雷も疲労の為に医務に従事する事が出来る状態になく、それが代行できる白雪も到底職務に耐えうる状態で無かった為、妖精さん達が懸命に治療に当たらざるを得ないと言う状態に陥っていた。

 

 

―――紀伊 直人は夢を見ていた。

 

「遅いぞナオ!」

 

提督「ッ!?」

 

直人「ごめんヒデ、先生に呼び出されちゃってさ。」

 

瑞希「もう、直ちゃん今度は何しでかしたの?」

 

直人「なんもしてないって!」

 

ヒデ「早く部活行こうぜ! 一緒に怒られっからさ。」

 

直人「もうすぐコンクールだもんなぁ・・・ま、いこうか!」

 

瑞希「うん!」

 

ヒデ「OK!」

 

提督「―――緑丘中か・・・。」

 

 彼の夢、それは、彼の母校であった新宮市立緑丘中学校が()()()()()()()()夢であった。

今や新宮大空襲の際に共に全壊し、その姿を残していない昔日の風景でもあり、彼が在学していた時の風景であった。

 

「お前達、もうすぐ吹奏楽コンクールの時期だぞ!」

 

直人「すみません先生、3()()()()()職員室に呼ばれていました!」

 

先生「・・・そうか、それは仕方ないな。早く準備しろ!」

 

直人「はいっ!」

 

提督「―――そんな事もあったな、そう言えば。」

 

中学時代、彼は吹奏楽部でトランペットをやっていた。好きが高じての事であり、将来はトランぺッターを目指す、当時はまだ純真な少年であった。

 

ヒデ「ナオ、ありがとな。」ヒソヒソ

 

直人「いいって。パパっと準備しちゃおうぜ。」

 

提督「・・・懐かしいな、学生時代。結局、高校には行けなかったが。」

 

 彼の学歴は中学までである。なぜなら、中学の卒業式の翌日が、2046年3月19日、新宮大空襲の日だったからである。

彼は前期選抜の時点で、市内の市立新宮高校に入学が内定していたが、空襲によって、物理的に高校が消滅してしまっては埒も開かぬ事だったのは間違いない。

その空襲によって、同級生は半数近く亡くなり、残った面々も、軍に志願するか、地元に残るか、難民として去るかの何れかを選択する事になっていたのである。

 彼が「ヒデ」と呼んでいた親友は奇跡的に助かったが、彼らが死に物狂いで探し続けた佐々木 瑞希は、遂に行方不明のまま、死亡と認定されたのである。

 

提督「もし、あの頃に戻れたなら・・・。」

 

だがそれは、叶わぬ願いであった。

 

 

 マレー時間の11月18日3時27分にペナン秘密補給港へ到着した鈴谷であったが、直人を始めまだ半数の人員が未だに眠りの底から解放されていなかった。

先に述べた雷や白雪を初め、消耗の少なかった者から起床し始めてはいたが、半ば以上病院船のような様相を呈していた感は否めない。

 そんな間にもペナンで燃料などの補給を済ませた鈴谷は、マレー時間午前7時丁度に予定通り出港してしまう始末であった。

 

提督「―――ん・・・んん・・・?」

 

直人がその眠りの底から帰還を果たしたのは、出港後1時間を経た、午前8時06分の事であった。

 

提督「・・・あれからどのくらい―――」

 

ぐぅぅぅぅぅっ――

 

提督「・・・。」(誰もおらんくて良かった。)

 

 時計を見て24時間以上寝ていた事を確認した直人だったが、特に動ずるでもなく、それよりも空腹が先に立った為に艦長室を出るのである。

 

 

 8時42分、朝食を摂った直人が食堂を出た時、彼に声を掛ける者があった。無論鈴谷の艦内であるからその相手とはほぼ艦娘なのであるが。

 

8時42分 重巡鈴谷中甲板・中央通路/食堂前

 

「あの、司令!」

 

提督「ん? あぁ、萩風か。」

 

萩風「その・・・」

 

声を掛けてきたのは萩風であった。彼女は艦隊の中でも怪我は殆ど負っておらず、夜明け前にも起きていた。

 

萩風「これを、お返ししようかと思いまして。」

 

そう言って萩風が差し出したのは、直人があの時萩風に手渡した、9×19mmパラベラム弾であった。

 

提督「ん、あぁ。成程ね。ありがと。」

 

直人はそれだけ言って、萩風から銃弾を受け取る。

 

萩風「その・・・司令。」

 

提督「ん、どうした?」

 

萩風「萩風は・・・お役に立てましたか?」

 

提督「・・・。」

 

萩風の不安は、彼にとっても分からない事ではなかった。彼にも似たような経験があるからだ。だが、彼は決して萩風が役に立たなかったなどとは思いもしなかった。

 

提督「あぁ、役に立ったとも。胸を張っていいぞ。」

 

萩風「司令・・・!」

 

提督「これからも、期待しているよ、萩風。」

 

萩風「―――はいっ! 失礼します!」

 

提督「うん。」

 

直人はにこやかに萩風を見送ると、前檣楼のエレベーターに向かうのだった。

 

 

8時46分 重巡鈴谷前檣楼基部・艦長室前

 

提督「大淀、揃ってるか?」

 

大淀「はい。でも、良かったのですか?」

 

提督「何か?」

 

大淀「いえ、雷さんや暁さんを呼んだのは、何か理由があるのですか?」

 

提督「自分の姉妹が起こした事だ。知る権利が、やはりあるだろう。当事者でもあることだし。」

 

大淀「はぁ・・・。」

 

提督「揃っているならいい、始めるぞ。」

 

大淀「分かりました。」

 

 そう言って彼は自分の部屋のノブに手をかけ、一思いに回して扉を開けた。大淀がその後ろに付き、いつも通りの身のこなしで彼に部屋に滑り込んだ。大淀の役割は、部屋からの退室者を監視する事にあった。

 そして艦長室には、暁と雷の、決して穏和とは言えない視線にさらされながら、手錠を掛けられ、包帯やガーゼをあちこちに付けた響が、普段彼が艦長室で用いている丸机の椅子に座っていた。

響は大破し大怪我を負ったものの、その傷は尽く浅く、また迅速な措置もあって早くも傷は快方に向かっていたのである。この為大破艦の中では唯一、夜間以外医務室に収容されておらず、自由に動けるのである。

 

 その響は、視線を落とし、硬い表情で黙って座っていた。それは彼が対面の椅子に座っても変わらなかった。

部屋の張りつめた空気に、直人が入室しても、四脚ある椅子の2つを占めてベッドの横に並んで座っていた2人は、声を発しなかった。

 

響「・・・。」

 

提督「―――我が事成らず、と言いたいんだろう。お前は一人で抱えすぎるからな、咄嗟に体が動いたのも分かる。」

 

響「・・・。」

 

視線を落したまま、響はじっと聞いていた。

 

提督「だが、結果は結果だ。お前は軍規を乱し、指揮系統と作戦行動に混乱を引き起こした。今のお前は、霞や那智よりもよっぽど問題児だよ。」

 

響「・・・どうしても、夢に見るんだ。姉や、妹達を、失ってしまった時の事を。何度も何度も、目の前で、僚艦が―――姉妹達が傷ついていく。それを目の当たりにする度に・・・あの時の事が、脳裏に()ぎるんだ。―――また、姉妹達を失うかもしれないと、それで気づいたら・・・。」

 

提督「・・・。」

 

響「―――どうしたらいいんだろうね。」

 

提督「―――乗り越えられない悪夢なんてない。例えそれが綺麗事だったとしても、乗り越える事で、初めて人は、精神的に大きくなっていくんだ。過去は清算する事ではなく、礎にする事で初めて意味を為す。だが、響に限らず、駆逐艦の子達には、精神的にも幼い者が少なくはない。すぐにそうしろと言うのは無理だろう。」

 

響「私はまだ戦える! 戦わなければ、姉妹を守る事は―――」

 

顔を上げて目を見張って必死に訴えかけようとする響、だが―――

 

暁「勝手な事言うんじゃないわよ!」

 

提督「―――!」

 

響「・・・暁。」

 

暁「私達は、あの日の私達じゃないわ! 私達は提督を支え、皆と支え合って戦う事が使命なのよ! 一人じゃ何も出来ないからそうするの! 私だって、響にも、雷や電にも、皆にも、提督にだって、ずっと支えて貰ってる。響は、私の事を置いて行っちゃうの!?」

 

響「―――!」

 

それは、暁にとって、魂の叫び声にも等しい訴えだった。

 

提督「今のお前は、()()して戦列には加えられない。俺には暁や雷、電も大事だし、お前の事も、それと同じくらい大事だと思っている。それをむざむざ、喪いたくない。」

 

響「・・・。」

 

彼にとっては、響が姉妹を想うのと同じように、響や、皆の事を想っているのだ。彼の言葉は静かだったが、その心に重く、意味を持つものであった。

 

提督「皐月や文月らが戦場に今回出た事も、ひとえに彼女らを信頼しての事だ。我が艦隊は今、未熟な者や()()()()()()()を戦場に出さなければならないほど、逼迫してはいない。以前は厳重注意に留めたが、今回は二度目だ。軍規を守る為にもそういう訳にはいかん。」

 

響「っ・・・。」

 

 彼は、艦隊に精神的に幼い者が多い以上、十分に信頼が出来、且つ一定の力量を持たない者は前線には出さない方針を、今日まで可能な限り護持している。

それは着任間もない艦娘が即実戦となった例がそれ程多くない事と、信頼と言う面では特別任務群を任用している面で証明が出来るだろう。

 そう言う意味で、今回の出来事で、響は彼からの信頼に反して、少なからずその信頼を損なってしまったのである。

 

提督「―――処分を言い渡す。第六駆逐隊所属、駆逐艦響。艦娘艦隊基本法の定めるところにより、4か月間の予備役編入とする。一度、心身両面の療養に努めるように。以上だ。」

 

響「―――了解。」

 

彼の処罰は、法に則った重い処分であった。響も後ろめたさが今回はあり、その処分を彼女は従容(しょうよう)として受け入れたのだった。

 

 

「・・・異例の処罰ね、全く。」

響が大淀に連れられて艦長室を後にした後、雷はそう言った。

「ここまでの処罰は今まで下したことないんじゃないの?」

 

「そうだな。」

直人がそう返事をすると、暁が直人に

「司令官、その・・・」

と言いかけると、直人はそれを鋭く察してこう返した。

「減刑なら受け入れられないぞ、暁。」

 

暁「でも4か月は長過ぎよ! すぐに前線に出られないじゃない!」

 

提督「心得違いをするんじゃないぞ暁。別にお前達や響がどう思っているかはこの場合問題じゃない。前と事情が異なるとしても、結果として響は、二度までもしてはならない事をしたんだ。

悪い事をしたら、ちゃんと罰しなければならない。俺の言う事が分かるな? 暁。」

 

暁「でも・・・。」

 

提督「―――俺も好きで、こんな事をする訳じゃない。」

 

暁「―――バカ響。なんでまたあんなこと・・・」

 

提督「お前達を、想っての事だろうと言う事は間違いないんだがなぁ―――やれやれ、困ったものだ。」

 

 そう首を振りながら言って、彼は艦長室を後にするのだった。

横鎮近衛艦隊は、艦娘艦隊の中では確かに規律がかなり緩い艦隊であり、相当な部分までが艦娘の裁量に委ねられていた。だが軍事組織に於いて一種の特権的な自由は、組織としての基本原則を忠実に守る事によってこそ保証されるものなのである。

それが履行出来ない者にその特権が保証されなかったとしても、それは与えられた特権相応の責任を担うと思えば当然なのであって、悪徳は罰せられなければならないし、逸脱する事もまた、許される道理はない。

 彼の処分は、そうした原理原則に則った公正なものであった事は誰の目にも明らかであり、その点については一点も疑いの余地はなかった。しかしながら、下す側も、それを見守った側からも、納得しきっていたかと言われればそうではないのが本当の所であった。

その点、下された側が唯一納得しきっていたのは事実であった。

 

 

その後羅針艦橋に戻った彼は、久々の感覚に心を踊らせていた。

 

10時32分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「いやー、久々の艦橋だぁ~!」

 

明石「嬉しそうですねぇ・・・。」

 

提督「そりゃぁもう、自分の家に帰ってきたようなものだもの。」

 

明石「あぁ、成程・・・。」

 

副長「―――――!(いつも通りな感じになりましたね!)」

 

提督「いやー全く・・・ん?」

 

副長と言葉を交わした直人は、ふと副長の頭に見慣れない髪飾りが付いているのを見た。白い髪色なのは前からだが。

 

提督「・・・明石よ。」

 

明石「はい?」

 

提督「副長妖精って髪飾り付けてたっけ・・・?」

 

明石「そう言えば、数日前からこんな感じですけど・・・。」

 

提督「あ、俺が留守の間?」

 

明石「ですね。」

 

副長「~♪」

 

提督「?」

 

副長「――、――!(艦長、見てて下さい!)」

 

提督「お、おう?」

 

副長妖精がそう言うので見ていると、副長の体が光に包まれ、光の中で一人の少女の像を象り始める。

 

提督「―――!」

 

 突然の事に驚く直人。光が消え、副長妖精がいた所には、副長の姿は何処にもなく、一人の少女がそこに立っていた。

 

 

「この姿を見せるのは初めてですね。」

 

提督「え・・・え? 副長?」

 

「はい、副長です!」

 

明石「妖精さんが、人の姿に・・・!?」

 

明石も驚いたように言った。その横で直人は怪訝な顔をして考えていた。

 

提督「・・・どこかで見た様な気がする。」

 

明石「本当ですか?」

 

提督「・・・あっ、思い出した! 昔流行ったキャラクターだ! 今でも結構人気あるけど。」

 

明石「えぇっ!?」

 

副長「はい! 艦長の記憶の中にいた、この子になれる様になりました!」

 

提督「―――紲星あかり・・・!」

 

 グレーのワンピ、黒いジャケット、特徴的なオレンジのインナーに黒いブーツ、特徴的な髪飾り、長い白髪を左右に三つ編みにしているなど数々の特徴が、直人の中で一つの像と結びついた。

 

提督「え、でもなんで紲星あかり? てかその能力はいつから??」

 

副長「んー、気づけば出来る様になってました!」ニコニコ

 

提督(わー、いい笑顔。)

 

説明にまるでなっていない答えを聞いて思わずそう思ってしまった直人である。

 

副長「この姿なのは、私的な理由はないです。艦長がお気に入りみたいだったので・・・。」

 

提督「えっ。えぇ・・・?」

 

副長「妖精と言うものは、本来霊的な存在です。千年の昔から、霊能を使える人達は、その妖精とか精霊とかと、霊的に繋がる事でその能力を使ってきたんです。本来視認出来るだけでも凄い事ですけど、使役出来ると言うのは、時としてこう言う事も起こるんです。」

 

提督「でも俺に霊能力は・・・あっ。」

 

副長「そうです、艤装やこの船を使う事も、霊能の一種です!」

 

提督「関係ないと思ってた・・・。」

 

明石「そうだったんですね・・・。」

 

副長「これからは“あかり”と呼んで頂いても大丈夫です!」

 

提督「お、おう・・・分かった。」

 

 こうして、副長妖精は人の姿に変身する事が出来る様になったのであった。後になって明石はこの現象に対しての推測として「それ(変身)が可能になった要因に、副長妖精自身が経験を積み、霊的な格が上がった事に理由があるのではないか」という説を提唱している。

 

 

 その後、重巡鈴谷は特にアクシデントもなく、サイパン時間11月25日9時04分にサイパンに帰着した。

横鎮近衛艦隊は直ちに本格的な修理やメンテナンスに取り掛かるとともに、平時への体制移行を行った。鈴谷はオーバーホールの為に一旦ドック入りする事になり、全艦隊に一時金が下賜され、休暇が許可された。

大型艦である鈴谷のオーバーホールを妖精達に任せ、明石も休暇を取る事にし、直人も2日間の休暇を申請、その他にも休暇を許可された艦娘からの申請が続出し、結局全艦隊が休みを取る事になった。

周辺警戒は航空隊が一手に引き受ける事になり、艦娘艦隊の訓練も全て休みとなった。それだけ、今回の作戦行動が艦娘達を消耗させたと言う事であっただろう。

 

 彼にとっても予想だにしない作戦案(アイデア)を基に作成された白鯨退治は、こうして終わった。彼らにとって大取物であったが、それ以上に重要だったのは、コロンボを僅か1個艦隊の戦力で陥落させてしまった事だろう。

艦娘艦隊はこれを大きな転換として捉え、新たな作戦行動を計画するだろう。インド洋の宝石が解放された事で、欧州との連絡も容易になる事は間違いなく、欧州の艦隊は以前より容易に地中海と連絡する事が可能になる事は疑いなかった。

だがそれは同時に、海上輸送路の拡大を意味しており、なし崩し的に、艦娘艦隊は増強しなくてはならないであろう。

 

 一方で、主作戦であった海上輸送作戦は成功し、所定物資の8割以上を輸送する事に成功した。サンタイザベル島への輸送作戦や、それに連動した各基地の増強輸送など、予定された作戦行動は全てが完了したと言って良い十全な成果を得ていたのである。

だが期待された陽動の効果は想定された程度までは出ず、相当な戦力が作戦直前に割かれた事は確かだったが、その分艦隊への打撃は大きくなったことが、輸送量の低下に結びついていた。

 

 兎も角にも、人類はその生存領域を再び奪還した。横鎮近衛艦隊の働きはあらゆる艦娘艦隊を凌駕していたが、それでも尚、人類生存域の3割が、その安寧を得たに過ぎないのである。

そしてその横鎮近衛艦隊も、再びのアクシデントとその処罰により、戦力が僅かに低下、士気もそれにより落ちる事は避けようがなかった。提督である紀伊直人もその対応を行わなければならない事は確かであったが、ひとまずは一時に休暇を楽しみたい所であった。




艦娘ファイルNo.108a

翔鶴型航空母艦 翔鶴極改二

装備1(搭載数47):零式艦戦五二型(岩井隊)
装備2(搭載数33):彗星一一型(高橋隊)
装備3(搭載数22):天山一二型(村田隊)
装備4(搭載数19):彩雲

 機関部などを除きほぼ全損した翔鶴の艤装を修復するにあたり、金剛極改三と同じ技術を用いて改修を施した仕様。アングルドデッキにカタパルトの装備、エンクローズドバウへの艦首の変化は、海自軍の大型空母「しょうかく」の姿であるが、艦橋は改大鳳型のそれであるし、武装については下記のように、50年代の装備が施されている。
25mm機銃は全てMk.33/34艦載砲システムへ換装され、高角砲は長10㎝砲の完全自動化モデルに変貌し単装砲に変更、対空火力を大幅に向上させているが、これはエセックス級などの戦後の姿を、現代の装備を作れない妖精さん達が辻褄を合わせる為に別の時空から引っ張ってきたものである。
 このように殆ど仕様を改めた翔鶴は、横鎮近衛艦隊の航空母艦でも極めて強力な打撃戦能力を有する存在として、今後活躍する事になる。


艦娘ファイルNo.150

伊四〇〇型(潜特型)潜水艦 伊四〇一

装備なし

明石の提案で行った大型建造の結果建造された新型潜水艦。
戦略運用を目的に作られたとも言われるだけに大航続距離を誇るが、現状は用途未定のまま、第一潜水艦隊に配備されている。特に特異点もない。


艦娘ファイルNo.151

阿賀野型軽巡洋艦 能代

装備1:15.2cm連装砲
装備2:8cm高角砲

明石の提案で行われた大型艦建造で建造された阿賀野型軽巡洋艦。
建造後すぐに第二艦隊第二水雷戦隊に配備され、編成間もなかった第二艦隊の体制作りと訓練に従事している。

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