異聞 艦隊これくしょん~艦これ~ 横鎮近衛艦隊奮戦録   作:フリードリヒ提督

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2021年最初の、そして2020年度最後の投稿になります、どうも天の声です。

青葉「遅過ぎですけど年明けてます、青葉です!」

最近筆が随分と遅くなっちゃいました・・・。

青葉「他作品はどうなってるんです?」

どれもあんまり進んでないからねぇ・・・花騎士の方がそれなりに進んでるから多分次はそっちになると思うよ。

青葉「まぁ、下手の横好きと言いますか、単なる趣味ですので、温かく見守って頂ければと思います。」

それ私が言うとこなんだけどなぁ・・・まぁいいか。

青葉「いいんですね・・・。」(・ω・;

今回は一応海戦フェイズですが、正直今回はそれもおまけです。その代わり、かなり掘り下げた内容になっているかと思いますね。

青葉「戦闘がおまけと言うのも、久しぶりですね。」

 まぁね。あちこちの伏線だったり、物語世界の物事を掘り下げると言った事に意を用いた結果、プロットの考案と併せてかなり遅れてしまいました。その分、物語に新たな深みが出せる様に気を配ったつもりなので、お楽しみ頂ければと思います。

青葉「表現にも注意していますが、それでも世界観的にダークな部分や、セクシュアルな領域も今回扱っていますので、苦手な方がいるかもしれません。同人系でも扱われていますが、艦娘の轟沈後に関する描写がある事について、最初に前置き致します。」

 なるべくどんな方でも読める様に配慮はしましたが、逆に言うと出来たのはそこまでで、直截的な表現はある程度避けられませんでした。この点に思いを致した上で、苦手な方はブラウザバックして次の投稿を待つか、その部分は飛ばして頂いても構いません。
 それと今回はカメオ出演させたキャラクターがいます。実は所縁のある人物だったりもするので、その点もお楽しみに。

青葉「では!」

本編スタートっ!!(焦)

青葉「むぅ・・・。」


第4部4章~跳梁の深海棲艦隊、友軍基地を死守せよ!~

1

 

 2054年12月10日、まだこの時直人は休暇で本土にいたが、この日彼は思う所もあり、金剛と榛名を伴ってある場所に来ていた。その場所が特に彼にとって何かある訳では無いが、そこで起きた事が、重要な意味合いを持った場所である。

 

12月10日(日本時間)9時59分 第一京浜国道(国道15号)・東京都大田区六郷土手付近

 

ブウウウウ・・・キキッ―――

 

提督「ここまでか、15号の北限は。」

 

「ハッ。どうされますか?」

 

提督「いい、ここからは歩く。この場で待て。」

 

「承知しました。」

 

提督「行こうか、二人とも。」

 

金剛「OKデース。」

 

榛名「分かりました。」

 

 直人は横鎮で付けてもらったドライバーを、自家用車と共にその位置に待たせると、瓦礫と化した15号線の跡をなぞりながら、2人を引き連れて太田区域へと入っていった。

この周辺は既に一帯が瓦礫と化し、京急本線などの鉄道鉄橋は跡形も無く崩落している。流れて行く多摩川だけが、昔日の面影を偲ばせているが、その川岸にあったものも面影は殆ど残っていなかった。

 

提督「―――これが、“東京の今”だ。」

 

金剛「oh...」

 

榛名「話には聞いていましたが、これほどとは・・・。」

 

提督「そう、何も残っていない。かつて東洋有数の人口を誇った大都市が、今ではこの通り、瓦礫の山さ。」

 

歩きながらそう語る3人の目線の先には、幾筋かの白煙が細く立ち上っていた。かつての大空襲で焼け出された人々の中で、この地に残る事を選択した人々が作ったバラックが、そこにあるに違いなかった。

 

提督「この状況下でも、最優先で東部方面軍の各駐屯地は再建された。例え廃墟と化そうとも、東京一円は守らなければならなかったからな。18号はその為の補給線としての役割も担っている訳だ。送電もされているが、あくまで軍用に限られているから、事実上東京復興は実行もままならぬままに放棄されている。」

 

榛名「第二次東京大空襲の傷跡、ですね・・・。」

 

 第二次東京大空襲に於いて被害を受けた範囲は、東京二十三区に留まらない。多摩地域はもとより、神奈川、栃木、埼玉、千葉の各県に跨る広大な範囲が被災した。南は多摩川周辺地域から、北は利根川周辺まででが絨毯爆撃の被害を受け、被害総額も算出する事すら不可能なほど、この時受けた打撃は大きかった。

この時判明している50万人に迫る死者数もあくまでこの時の概算であり、戦後判明した所になる正確な数字は、この数字を大きく上回る事になるのだ。

 多摩川周辺地域の内、大半は北岸までにほとんど空襲被害が局限されていたが、東京都多摩市や町田市の北部、その周辺の神奈川県川崎市などと言った多摩川南岸にも絨毯爆撃の一部が及び、横浜市街も別の爆撃で爆撃対象とされ多くの死傷者を出している。現在大本営が入る旧ランドマークタワーの頂部がごっそりと無いのは、その時の爪痕である。

 

 3人はずんずんとその奥へと進んでいく。この一帯は河川への侵入を試みた深海棲艦との間で激戦が戦われた場所でもあり、かつての町並みは完全に打ち砕かれ、遠方に見えるかつてのビル群は、面影も無く崩れ落ちている。否、多摩川だけでは無い。東京一円を流れる川は勿論、その周辺部でも、この時初めて確認された陸戦型の小鬼との陸戦が、中央・港両区を中心に広範囲で展開され、瓦礫の中での戦闘は、その時点で廃墟と化していた東京周縁の被害に輪を掛けたのだ。

暫く進んだ頃、直人は出し抜けに言った。

「―――この景色が、深海棲艦がかつて、俺たちにした仕打ちの結果だ。」

 

金剛「?」

 

提督「奴らは初めの内は、俺たち人類を皆殺しにするかのような勢いがあった。この風景も、何十年も昔の事として、日本国民の脳裏から忘れ去られようとしていたんだ。それがまさか、再現されるだろうとは夢にも思わなかっただろうがね。」

 

榛名「提督・・・。」

 

 2人がこの世に現れる前の出来事。人類が追い詰められていく様が、その言葉と周囲の情景には凝縮されていた。深海棲艦はこの目の前の風景と同じ様に、見境なく人類に牙を剥いていた―――少なくとも、そういう時期があったのだ。

その象徴とも言えるのがこの2度目の東京大空襲と続く陸戦であり、その事は日本国民が、その総力を以て立ち上がるきっかけにもなった。

 日本はこの時非常時立法を行い国家総力戦体制下にあった。残った国力に様々なテコ入れをし、再開された輸入を元手に反撃をし、ここまで来たのだ。

その過程には膨大な過失と流血があった事も事実である。一時は沖縄すら手放していたし、その疎開の過程で犠牲も出たが、多すぎた悲劇の先に、人類は最後の希望を抱いて立脚していた。その希望こそ、艦娘に他ならない。

 

提督「―――俺達は深海棲艦と10年もの間戦い続けた。10年もあれば、お互い変わるものだと言う事は、もう言うまでもないだろうが・・・それでも人類と深海棲艦の間に残されたわだかまりは、そう簡単に消えはしないだろう。お互い、血を流し過ぎた。」

 

榛名「・・・でも、いつかきっと、乗り越えられる日が来る。そうですよね?」

 

提督「そうだな。例え何十年かかったとしても、我々はわだかまりを捨てて前に進まねばならない。その時期を決めるのは俺達ではなく、次の、更に次の世代の仕事になるだろうな。少なくとも、深海棲艦にも良識ある者達がいた事が、これを後押しするだろう。」

 

 そう締めくくり、再び無言のまま3人は歩き続けた。

やがて彼らはかつて品川駅のあった辺りに辿り着いた。品川駅もまた跡形もなく破壊され尽くしており、かつてのありようからは想像も出来ないほど、遠くまで見渡す事が出来るような、平坦さと瓦礫の山とがそこにはあった。その下にはいくつもの遺体が埋まっている事は明らかだろう。

スカイツリーは基部の崩壊のため倒壊していて、そこからでは跡形もなくなっており、東京タワーは見えていたが半ばからへし折れていた。ビルなど殆ど跡形も無く破壊されていたし、所々に寄り集まる様にバラックがあった。中には破壊された建物の残骸を庇に立つものさえある。

 

―――そこには、「“大都会”東京」の面影はなかった。

霞が関の官庁街も、秋葉原の店舗街も、港区の商業区域や港湾も、いや・・・思いつく限りの全てが尽く破壊され尽くしていた。

まともに残ったのは、中ほどから断ち切られたかに見える東京タワーと、そして・・・

 

提督「ごらん、あれを。」

 

榛名「あれは・・・」

 

金剛「もしかして、宮城、デスカ・・・?」

 

提督「・・・そうだな。今の時代だと、『皇居』と呼ばれているが。」

 

 直人が指さした先には、主を失った旧・江戸城、皇居があった。2045年3月10日の空襲で皇居にも1発の通常爆弾が落下し、皇居南側の石垣の一部が崩落、近くにあった植木2本の枝が一部折れるか焼損した程度で済んだが、宮内庁は大事を取り、第二次東京大空襲直後の3月27日に今上天皇は皇居を退去し、京都の二条城を大急ぎで整備した上で、ひとまずの御座所としたのだ。

有態に言えば、東京が今後も空襲に晒されるような事があれば皇居も危険であり、他に適当な施設の候補も無い上で、インフラが壊滅的打撃を被り、交通・物流の2つに於いて皇居での生活が困難になった事が決定的であった。*1

京都も当然空爆される危険はあったが、今日まで幸運にも京都は戦火を免れている事から、結果論でこそあるがこの判断は正しかったとも言えるかもしれなかった。

 

 主を失った皇居は、手入れをする者も無く荒れ、また空襲によって崩れた石垣はそのままであった。燃やされ、或いは折られた植木も、周りのものと比べやはりその大きさを減じているのが見て取れた。

だが後に調査したところ、皇居の周辺には難民の建てたバラックなどの仮の建物は無かった事が分かっている。天皇家に対する日本国民の心は、この10年続く荒んだ時代を通じて不変であったのかもしれない。

 

提督「今は宮内庁も皇室も、京都に移っている。手入れする者がいる訳も無いし、東京復興計画が戦時で事実上凍結されている今、皇居の復旧は戦後に持ち越されることになるだろうな。第一、これ程までに東京が荒れ果てては、皇居を維持するどころでは無いしな。」

 

金剛「・・・追い詰められてたんデスネー。」

 

提督「そうだな。お前達がいなければ、今頃は・・・。」

 

榛名「―――ですが、現在の情勢も一筋縄ではいかない、そうですよね?」

その問いに対する直人の回答は簡潔だった。

「あぁ。だからこそ、我々も今一度奮起する必要がある―――」

 

 横鎮近衛艦隊の活躍もあり、西はコロンボから、東はミッドウェーとサモア、北はカムチャッカ、南はポートモレスビーに渡る広範な領域を解放し、東南アジアや豪州との交易路を回復した人類側であったが、完全に敵を無力化した訳では無い。欧州や東太平洋方面には未だに多数の棲地が存在し、中部太平洋にもまだ、ウェーク棲地が敵拠点として残っている。

ニューギニア方面の敵勢力は日毎に衰亡の一途を辿っており、最早組織的な戦闘を行う力はないが、ベーリング海と言う比較的日本本土に近い領域に、敵の策源地と見られる超巨大棲地が存在する以上、情勢は決して楽観視出来たものではない。

 敵勢力の後退に伴って日本列島と一部地域との間では通信が回復し始めていたが、米本土との間にはミッドウェーを中継出来るとはいえ、ベーリング海とウェークを起点に未だに厳しい電波妨害が行われており、通信できる頻度は決して多くはない。一方で欧州との間には大陸経由で通信が確立されていたが、欧州から寄せられるのは半ば悲鳴に近い、一刻も早い救援を求める催促の雨であった。

 イタリア陥落の報は、その中に含まれていた。無論この事はイタリアとローマの耳にも彼が入れた。その動揺の程は諸氏の想像に委ねるが、相当狼狽していた事は間違いない。

 

 2054年12月初頭時点でのイタリア情勢は、艦娘戦力を含むイタリア海軍残存部隊が、ナポリ連合海軍や地中海沿岸国海軍の残存艦艇と共に、ジブラルタル経由で犠牲も出しつつフランス大西洋岸やイギリスへ脱出、ローマにあった共和国政府はフランスへと逃れており、イタリア陸軍がオーストリア・スイス・フランス陸軍と共同で、北イタリアの山岳地帯で防衛線を構築して抵抗を続行している状況であった。地上戦で人類側に理がある事は、この時期に於いても明白な状態であり、現時点では防衛線が破綻する恐れは殆ど無いと言っていい。

イタリア国民は「ヴェネツィアルート」と呼ばれたアドリア海側のルートを通じて、中欧から西欧にかけての広範囲に分散する形で疎開、南イタリアやシチリアで住民疎開中に犠牲も生じたが、現在はもぬけの殻である。

欧州戦線は、総括すれば「劣勢」の二文字であり、太平洋戦線も停滞している上、ウェーク棲地と言う獅子身中の虫を抱え、しかもこの日まで陥落させる事が出来ずにいたのだ。人類軍は現状で、打つ手に乏しいのが実情なのである・・・。

 

 

2

 

 その後3人は暫く歩いて回った。新宿や渋谷と言った地域でも、自衛軍の炊き出しによって食い繋ぐ人々が、路上に、或いはバラックを立てて生活していた。正に悲惨と言う他はなく、しかも日本の戦後とは違い、直ちに復興されると言う可能性も、ゼロに近かった。

 

榛名「提督、少し向こうの方を見回って来ても宜しいですか?」

 

提督「分かった。だが一人も危険だろう、金剛を連れて行くといい。」

 

金剛「OKデース。」

 

提督「では後でこの場所で落ち合おう。」

 

 彼らがいたのは、かつて渋谷のスクランブル交差点があった正にその場所であった。周りの建物は全て倒壊し、僅かに残った信号機と舗装とが、その面影を僅かに忍ばせるのみとなっていた。

直人は一度二人と別れて別の方向に歩き出した。周りは一面瓦礫の山、その光景は、彼の胸中に一種の寂しさを感じさせずには置かなかった。

それは、彼の失った物故か、はたまた・・・

 

「―――あら、そこにいるのは幽霊かしら?」

彼に投げかけられた声。金剛とも、榛名とも違う、女性の声。凛とした知性を感じさせるその声に、彼は実の所心当たりがあった。尤も、もう何年も聞いていない声だったが。

「・・・幽霊なら、足はないでしょう。」

普段なら、彼がそう答える事はなかっただろう。精々「人違いだ」と言うのが関の山だったに違いない。しかしその言葉を聞いた声の主は言った。

「まさか生きているなんてね、驚いたわ。」

 

提督「私も往生際が悪かった、と言う所ですかね。」

 

「その様ね。元気そうで何よりだわ、“紀伊くん”?」

 

「そちらこそ壮健そうで何よりです、()()()()。」

そう言って直人は初めて声の方を見た。赤と黒、ベージュを基調とした装束に身を包んだ麗人。この年67歳になる筈だが、その身なりや所作に老いは微塵も感じられない女性だった。

 

「10年振り位かしらね。」

 

提督「えぇ、()()()以来です。今日はお一人で?」

 

「相方と一緒、時々来てるのよここに。」

 

提督「成程・・・。」

 

その一言を境に空気が変わった。厳密に言えば、その女性の方が変えた。無論立ち姿が変わった訳では無いがしかし、その雰囲気は、談笑する時のそれとは大きく変じていた。

 

「・・・!」

 

ドォンドォンドォン!!

一瞬の内に腕を突き出した瞬間、その指先から黒い塊が3連射される。全て弾道が違うそれらは寸分違わず直人に襲い掛かろうとする。

 

「―――!」

直人は1発目を身をよじったのみで躱しつつ、何もない空間に1本の白金剣を取り出し、2発目と3発目を素早く切り伏せて見せた。

 

「―――へぇ・・・この10年位の間で、やるようになったのね。」

その女性はその身のこなしに素直に感心する。

「あの日、貴方にこの力の正体を教えて貰えなかったら、これ程にはなっていないでしょうね。」

そう言って直人は剣を自身の内的宇宙(インナースペース)にしまい込む。

 

 

・・・

 

 

 正確には15年前の事になるが、その頃直人は魔術というものを知らないが故に持て余していた。魔術回路を持つ直人ではあるがそれは隔世遺伝による所が強く、古い記録を辿ると父方の遠縁が魔術師の一家であったと言う経緯を持つ。*2

この為直人はその力を制御する術も、そもそもその力によって生じる不都合にも精通しないまま幼少期を過ごしていた。しかも力の存在を認識していない以上魔力は垂れ流しに近く、それを変えたのが、魔術協会から調査の為に派遣されたこの女性であった。

彼女は直人にその力の事やそのルールを教え、魔術師にはならずとも、魔術を扱う者としての最低限の事を教授した。その過程で彼の力が白金千剣(*3)である事も教えていた事から、ある意味では彼女が彼の魔術の師であると言えるだろう。

直人にとっては頭の上がらない人物の一人でもあり、世話になった人物でもある。尤も、会ったのはこれが二度目だが・・・。

 

 

・・・

 

 

「―――提督って奴?」

 

「余り多くは言えませんが、そうですね。」

直人の格好を見てそう言った彼女に、なんとも歯切れの悪い回答をする直人。まぁ立場が立場なのでやむを得ないのだが、それを向こうも悟ったようだ。

「まぁ、一度死んだ筈の人間がこうして居るんだもの、よっぽどの事情よね。ごめんなさい?」

 

「大丈夫ですよ。最近はどうされているんですか?」

 

「日本にいる魔術師達を私がトップで取り纏めてるわ。全く協会も面倒ばっかり・・・」

 

「ハハハ・・・。」

彼女の率直な愚痴に直人が苦笑すると彼女は言う。

「―――それにしても、随分御自慢の魔術で暴れているようね?」

 

「・・・!」

図星なので何も言えず縮こまるしかない直人だったが、そんな彼にかけられた言葉は穏当なものだった。

「ま、教会には黙って置いてあげるわ、根回しもね。魔術協会にとっても、深海棲艦は敵だもの。内々に狩り尽くす様に指示が出ている位にはね。」

 

提督「そうなんですね・・・。」

 

「―――私じゃなかったら、何も言わず刺客を送り込んでいる所だったのよ? 感謝なさい?」

その凄みのある声に直人は、

「肝に銘じて置きます。」

と言うしかなかった。

「それに協会では、魔術の衰退を良しとしない派閥もいてね。提督となった者達が魔術を使って戦っている事について、一定の理解を示しているのよ。そう言う事にも出来るから、何とかなると思うわ。」

 

 魔術協会は長きに渡って、魔術の管理・隠匿・発展を使命としてきた。それは自分達が持つ神秘が漏洩する事を防ぎ、確実に継承し、健全に発展させていくと言う美名の元で正当化され、気付かぬ内に魔術の衰退と言う皮肉な事態を引き起こしていた。そこにつけて深海との大戦が始まり、魔術の基盤となる土地が脅かされた事で衰退する家が出始め、それによって、それまで相互に何を研究しているのかすら知らない(*4)ままでいた空気が変じつつあったのである。遅すぎた開明であったと言えるだろう。

この点は秘匿される事なく受け継がれつつも、継承者の不足で衰退していった霊術とは一線を画するだろう。

 

提督「ありがとうございます。」

 

「その代わり、落ち着いたら時計塔にいらっしゃい? 貴方の魔術には、それなりに興味があるの。それに時計塔のお歴々には、貴方ってそれなりに有名人なのよ? 面白い魔術使いがいるってね。惜しがっている人もいたから、教えてあげたら会いたがると思うわ」

 

提督「行くのはいいですけど、それについては日本の機密に触れるのでちょっと―――」

 

「あら、魔術も隠匿されてきたんだもの。貴方の生死を知った所で、その隠匿位なら造作もない事じゃなくって?」

その言葉に直人は何も反論出来なかった。伊達に年を取ってはいない、彼などより余程弁が立つのだった。良い年の取り方をしたと言うのは、正にこの事を差すのだろう。

「・・・分かりました、では今日の事は内密に。」

 

「えぇ、勿論そのつもりよ。貴方が元気そうで良かったわ、それじゃ。」

 

「はい、また会える事を祈っています。」

 

「そうね―――」

 

 

直人がその場に背を向け歩き去っていくのを見送る彼女の傍らに、もう一つの影が近づいていた。

 

()()。」

 

「あら、そっちは終わったの?」

 

「あぁ・・・今の人は?」

 

「うん、ずっと前に話した事あったっけ。()()()()()()面白い魔術を扱う子がいたって。」

 

「それが今の?」

 

「えぇ。もう死んだと思っていたけれど、密かに生きてたみたい。」

 

「ふぅん・・・まだ若いだろうにな。」

 

「えぇそうね、苦労が絶えないわよねぇ―――」

 

 

3

 

 休暇中の直人に起こった出来事はこれだけでは無かった。東京から日帰りで戻った次の日の夕刻、あてがわれた部屋にいた彼の元に客人が現れたのだ。

 

12月11日(金)17時31分 横鎮構内・艦娘艦隊寄宿舎209号室

 

「まぁ上がってくれ―――」

その客人を快く迎え入れる直人。その客人と言うのは金剛らでは無い。

「お邪魔します!」

その客人は勢いよく玄関へ上がり込み、リビングの椅子に早くも椅子を占めた。その様子に直人は苦笑しつつも、椅子の一つに腰を掛けるのである。

「やれやれ、お前が来るとは珍しいな、青葉。」

その客人に直人はそう切り出した。

 

青葉「いやぁ、ここ2日お尋ねしてはいたのですが、すれ違ってばかりでして・・・。」

 

提督「それは忙しいのに済まんな、色々と立て込んでたんだ。」

 

青葉「本当ですよ、取材で駆け回る多忙な時間を見繕って来てたんですよ?」

 

提督「ハハハ・・・」

 青葉は横鎮近衛艦隊に所属こそしているが、その能力が余りにも戦闘には不向きと言う事もあり、土方海将に掛け合って横鎮の広報部門に加わらせているのだ。秋雲も同じ理由で彼女の下に付けられているのだが、青葉の本来の目的は、内線情報の収集(*5)、即ち諜報任務であり、それ故龍田を長とする第八特務戦隊の麾下にいるのだ。

ある意味では直人以上に気苦労が絶えず、また忙しいと言えるだろう。

「で、今日はどうしたんだ?」

 

青葉「はい、サイパンの明石さんから、提督に指示を仰ぎたいと言ってきているので、それを伝達して欲しいと頼まれまして。」

 

提督「―――成程、それが出来る奴と言えば、鏑木三佐か。」

彼は自身に連絡官として付けられている、若く美しい女性士官の事を思い浮かべて口に出す。彼の麾下の艦娘でもあり戦闘機パイロットでもある。特別に専用の機体も与えられているから、単身本土との間を往来出来るのだった。

「はい。」

青葉が肯定すると直人はその内容に切り込む。

「・・・で、明石はなんと?」

 

青葉「はい、備蓄の中から鋼材の使用許可を求めています。」

 そう言ってテーブルを通じて直人に差し出されたのは、「横鎮防備艦隊造兵廠」と言う差出名で提出された要望書だった。

 

提督「割り当て分だけでは不足と言う事か?」

 

青葉「どうもその様ですね・・・。」

 実は明石の造兵廠には、局長の技術局との共同枠と言う形で、毎月一定量の資材を供給しているのだ。局長が作るのは基本ガラクタのバラックセットの様なものだが、明石は母艦の鈴谷を初めとして、鈴谷専用の各種兵装や基地防備用の様々な設備の造営に携わっている。

最も前者に関して言えば、技術開拓の為にやむを得ない部分はあるのだが。

 

提督「ふーむ、それ程量は多くないな。これで、サイパンに返送してくれ。」

 

青葉「分かりました、鏑木三佐に届けて置きます。」

 

提督「ってあいつこっちにいるのかよ。」

 

青葉「いますよ? でも提督の場所は私の方が分かるだろうからって。」

それで2日も空費したのだから高いツケであったかもしれない。尤もそれ程急を要するものでは無いのは直人にも一瞥で分かったが。

 

提督「まぁいいか。じゃぁそのように。」

 

青葉「了解です! それはさておき、提督には耳寄りな情報がありますよ?」

 

「ほう・・・?」

如実に興味を示した直人に青葉はこんな感じで直人に切り出した。

「欧州から度々救援を求める声が届いているのは御存じですよね?」

 

提督「そりゃぁ俺も受け取って来た一人だからな。それがどうかしたのか?」

 

青葉「これは内密にして欲しいんですが、大本営では来年辺りを目途に、欧州への遠征を計画しているそうなんですよ。」

 

「・・・ほう。」

それは彼にとっては耳寄りな話だった。間違いなく彼らの出番となる事は疑いようがないからでもある。

 

青葉「これは誰にも言わないで下さいね? 私も口止めされてますし、まだ本決まりになるような話じゃないんです。」

 

提督「検討段階、と言う事だな。」

 

青葉「そう言う事です、立案もまだなので。ただ、この検討の際に、提督が以前行かれたインド洋西部への航行の事が、ある程度参考にされるらしいって話を聞きましたよ。あぁ勿論、私達の事は伏せられてましたけどね。」

 

提督「まぁ数少ない状況概略を教えてくれるだろうからな・・・。」

 それを聞いた彼は、これまでの苦労も少しは無駄ではなかったかもしれないとこの時初めて思っていた。どれ程巨大な武勲を立てようと、元より死んだ事になっている身の上では、報われる事などありはしない。それ故の特有の無力感が彼にも無かった訳では無いが、それが初めて多少なりとて楽になったのは、正にこの時だったと後に彼は言う。

「分かった。この事は胸に秘めておこう、大淀にも、誰にも言わんようにな。」

 

青葉「恐縮です!」

 

提督「しかし明石の奴、今度は何をするつもりなんだろうな。」

 

青葉「何か作る・・・にしては、ちょっと量が少ないですよねぇ・・・。」

 

提督「確かにな。」

 そんな点で2人が得心したのにも理由はある。と言っても読者諸氏にもお察しの事であるかもしれないが、明石が作るものは大抵大きなものだったと言う事が主な理由としてある。翔鶴極改二に代表される極改装や重巡鈴谷、直人専用の艤装である戦艦紀伊など、やたらと資材を食うものばかりであるからだ。

 

青葉「うーん・・・ちょっと想像がつかないですねぇ。」

 

提督「まぁ、その内分かるでしょう。」

 

青葉「それもそうですね。では、私はこの辺で失礼します!」

 

提督「うん、気を付けてな。」

 

「ありがとうございます!」

そう言って青葉は彼の判が捺印(なついん)された申請書を懐に収め、笑顔で帰って行ったのだった。

 

 

 12月16日、休暇最終日として再設定した15日まで残っていた10人程のメンバーを乗せ、サーブ340改は厚木基地を飛び立ち、サイパンへと戻っていった。本土滞在中にもそれなりに金剛や鈴谷に付き合わされつつも、その金剛は榛名と共に一足先に戻っていた。

それでなくとも機内の空きスペースは、結構な量の土産物等の荷物で占められていたのだが。

戻った直人は17日から執務を再開し、この日からが艦隊の活動完全再開となった。が、明石は何を思ってか建造棟の一切を夕張に任せっきりにし、自身は食事も簡便に造兵廠に籠りっ放しの日々であった。

 

12月19日(マリアナ時間)10時20分 建造棟入口

 

提督「明石の奴、なんでまた造兵廠に籠りっきりなんだ・・・?」

 

夕張「何か作ってる様子ではありましたけどね。でも食事や睡眠はちゃんととってるそうなので、あとのお楽しみって事なんじゃないでしょうか。」

 

提督「流石にちょっと心配だけどなそれは・・・。」

明石に何かあるとたちまち大混乱に陥る節がこの艦隊にはあったので、直人もさすがに心配には思ったのだった。

夕張「それはそれとして、戦力強化の方は成果が出てますよ。今、表で試験中の筈です。新人の子もいますが、ご覧になりますか?」

 

提督「うん、そうしよう。」

 

 直人は夕張に案内されて司令部前の海面を見に行った。この日も艦隊は訓練中で、ドックの周りでは改装を終えた艤装を試す艦娘達の姿が散見された。

今回改装を終えたのは駆逐艦娘が多い。なにせ艦隊戦術を支えるワークホースとして、損害も大きいが戦果もまた大きい子らであるが故、練達の域に達したものも大勢いる。

 

提督「よぉ朝霜。」

 丁度岸壁下に戻って来たのは、その改装を受けた1人である朝霜である。彼女は新しい艤装に満足げき言った。

「おっ、司令じゃんか。今度の艤装はいいぜ、前よりも動けらぁ。」

 

提督「随分立派な艤装になったじゃないか。期待してるぞ。」

 

朝霜「フフン、これでもエースだぜ、任せな。」

 

「おっ? 大きく出たね~。」

直人は笑顔でその軽口に応じる。朝霜が上機嫌なのは新しい艤装だと言う事と、もうすぐクリスマスなのとで相半ばしているのは直人には見え見えである。

朝霜「ハハハッ。夕張~!」

 

夕張「はいはーい。ちょっと行ってきますね。」

 

提督「うん。」

 

 朝霜は今度の改装で改仕様になっている。同時にチューンも施され、朝霜専用と言った風情が強くなっていた。

他にもコモリン岬沖で初実戦ながら目覚ましい活躍を見せた嵐や萩風、その同僚の野分も改となり、暁と潮が改二に、曙・菊月・三日月がやっと改になっている。

大型艦では先日新たに改二改装が可能となった古鷹が改二に、衣笠も併せて遅ればせながらの改二となった。他の艦隊に比べればこの動きは些か遅いが、実戦の機会が少ない故の致し方ない部分でもあった。

 一方でむしろ早過ぎると見える動きもあった、と言うのは・・・

 

大潮「大潮、大抜擢です!」

 

提督「良かったねぇ~。」

 そう、この時まだ制式化前である大潮の改二改装が施されたのだ。それと言うのも、この改二改装を研究しているのがあの三技研で、言うなれば制式化前の先行生産と言う形で、極秘裏に横鎮近衛艦隊に対し図面が提供されたのだ。

休暇中に戦力強化策について一任されていた明石は嬉々としてこれを実施、正式採用前と言う悪条件を自身の経験で補い完成させた訳である。

日本国内には複数の艦娘技術を研究している機関があり、改良等に纏わる分野の機関も、三技研を含め幾つかあるのだ。そういう意味では、彼の人づてならではのお膳立てを貰ったと言う見方も出来るだろう。

 

大潮「これでもっと、お役に立てますね!」

 

提督「うん、期待してるぞ。てか随分と立派になったなぁ。背も伸びたし。」

 

大潮「そうですねぇ、改装の影響なんでしょうか?」

 

提督「多分そうだろうなぁ、五十鈴辺りもそうだったし。」

 

 これについては()に不思議な艦娘技術、と言う所であった。艦娘達は艤装とリンクしている限りに於いては年を取る事すらない。よって肉体が成長する事も無いのだが、改装するとその拍子に(と言う言い方が正しいのかは必ずしも自信が無いが)身体的に成長が見られるのだ。

これは艦娘種毎や個体毎に差はあるものの、かなり顕著な場合もあるとされている。

 

大潮「では、私はチェックに戻りますね!」

 

提督「うん、頑張ってなー。」

 

先行型と言う事はどうやら明石が伝えていたらしく、そのせいか大潮の張り切り様もいつも以上であった。別段無理をするような子でもないので、直人は微笑ましく思いつつその背を見送るのだった。

 

 昼食の後、艦隊訓練の再開前に直人は執務室に一度来ていた。と言うのは、コモリン岬沖海戦後に着任した艦娘から挨拶を受ける為である。

今回来たのは駆逐艦娘のみであり、4人の新任艦娘が直人の執務机に対面して立っていた。

 

提督「訓練ご苦労、それと休暇中で挨拶が出来ず申し訳なかった。申告を頼む。」

 

「はい。駆逐艦風雲以下4名、提督の麾下へ12月7日付で着任しました。」

 

「うん、宜しく頼む。自己紹介を頼めるかな。」

直人がそう言うと、4人は向かって左から順に自己紹介をする。

「夕雲型駆逐艦、三番艦の風雲です。宜しくお願いします。」

「お、同じく夕雲型駆逐艦、六番艦の高波です!」

「白露型駆逐艦の七番艦、改白露型としては一番艦となる、海風です。宜しくお願い致します。」

「初風よ、宜しく。」

 

提督「どうもありがとう。我が艦隊へようこそ、君達にも期待している。」

 

風雲「ご期待に沿えるよう、微力を尽くしますね。」

 

提督「うん。では訓練に戻って宜しい。」

 

風雲「はい、失礼します!」

 

風雲らは敬礼をすると、急ぎ足で執務室を後にした。

 

提督「・・・我が艦隊にも、まだまだ仲間が増えるな。」

彼がそう言うと、傍らに控えていた大淀が漸く発言する。

「そうですね、ですが、現在の戦力にもご不満なのでは?」

その言葉に直人は、椅子から立ち上がりながら率直な答えを返した。

「まぁそうだな。我が艦隊の規模は、これからますます激化していくだろう情勢には不足し過ぎている。戦力は、有って有り過ぎると言う事はない状態だからな。」

 

大淀「差し当たっては、どちらに行かれるおつもりですか?」

 

提督「―――ひとまずはウェーク。話はそこからだろうと思う。」

 そう言って彼は執務室北側の窓から外を見た。そこからは重巡鈴谷が司令部前ドックで整備を受けている光景が、艤装倉庫の陰から見えた。主砲や他の兵装の一部が取り外されたその姿は、少々物悲しさを覚えさせたかもしれない。

彼の判断は決して的外れなものではない。事実ミッドウェーの警備隊に対する補給の妨げとなっているし、トラック方面、ひいてはソロモン方面への補給路攻撃が可能な場所でもある。パラオ泊地の存在によりニューギニアへの補給路は遮断出来たとはいえ、十分過ぎるほどの戦力を有するウェーク棲地の存在は、人類軍にとっても目の上のたん瘤であった。

「大本営に、打診なさいますか?」

と大淀が言うと、直人は控えめにこう言った。

「・・・いや、必要ないだろう。大本営の参謀連中が、それ位の事を意識していないとも思えない。それに―――」

 

ウゥ~~~~~・・・

 

「“空襲警報! 空襲警報! サイパン東方海上より敵編隊接近中!”」

声の主は飛龍である。全館放送回線で非常事態を告げていた。

「―――それ所でも無くなったな。」

直人が静かにそう言うと、

「そうですね。」

と大淀も静かに答えた。

 

提督「飛龍、迎撃機の発進は!」

 

飛龍「“既に発進中! 空中警戒機も既に会敵予想ポイントに向け移動してます!”」

 

提督「結構だ。香取!」

 インカムで呼び出したのは、司令部防備を担当する第六艦隊の旗艦である香取だ。彼女の元には基地の防御砲台や高射砲を運用する基地防空隊なども麾下に入っている為、文字通りサイパンの防衛を担う存在であり、それ故に応答は殆ど即時だった。

「“はい提督。”」

 

提督「基地防空隊に戦闘態勢を。」

 

香取「“了解。”」

 

提督「大淀はいつも通り、通信を頼む。」

 

大淀「分かりました。」

 

 彼等にとってウェークが目の上の瘤である理由が概ねこれである。ウェーク方面での通商破壊が始まってから不定期にはなったものの、どこからか入り込んだ輸送船の物資によって今でもこうして空襲が実施され、大抵の目的地はサイパンなのである。

艦隊が不在の際でも多数の戦闘機隊によって抑える事は出来ているが、これが続くようでは到底欧州行きなど覚束ない。事実、大本営の作戦担当が苦慮していたのは、この余りに大きな敵性勢力をどの様にして除き、欧州遠征の為の地盤を確保するかにあったのだった。

 

―――ここで、この時のウェークに対するオプションがどのようなものであったかを軽く解説しよう。実の所、大本営はこの敵拠点に対して幾つかの選択肢を有していたのだ。

 1つ目は「調略」。つまり、外交交渉に依ってここを中立化、ないし無力化するか、こちら側に引き込むと言う事である。これはシンガポールの一件もあり何度か試みられていたが、これはこの時点で成果を挙げていない為、選択肢としては選びにくい。

 2つ目は「衰弱」。要するに海上封鎖によって補給を断ち、降伏するか、撤退するかを選ばせるというものである。これはその前段階として潜水艦による通商破壊が大々的に実行されているが、完全に成果を挙げてはいないのが現実だった。

この為本腰を入れる必要があるが、長期化は避けられず、且つ長期に渡って多量の戦力を拘束する必要がある為、実現性が低いと言わざるを得ない。

 そして残る3つ目が「制圧」であるが、これも一見難渋すると言わざるを得ない。ウェークは大型の棲地であり、超兵器級の存在も確認している事から、何かしらの外科治療乃至、情勢の変動が無い限りは厳しいのが否めない。

本来ならここでその外科治療(せんぽう)として横鎮近衛艦隊の出番となるのだが、海上自衛軍の消耗が著しい事もあって、大本営はこれと艦娘艦隊が連携させられない以上、ウェークを制圧しても維持出来るか未知数であるとして、一度足を止めざるを得ないと言う判断を下していたのだった。

 一方で横鎮近衛艦隊などによるピンポイント攻撃により、深海側も大規模な戦力再編を迫られている状況であり、このため両陣営の動きはこの所硬直していた。言ってしまえば、近衛艦隊を初めとする精鋭部隊は、貴重な時間を稼ぎ出す事に成功したと言えるのだ。

だが通常艦艇の建造には時間も金もかかる。この事実は、後の情勢に大きな影響を及ぼす事になるのだ・・・。

 

 

4

 

 12月24日、この年も彼らは無事クリスマスパーティーを開く事が出来た。多忙な中良く飾り付けられたイルミネーションや装飾が、司令部全体を彩っていた。直人はそれまでの敵の動向から空襲の恐れありとして、イルミネーションの点灯を「要検討」としていたのだが、敵の空襲がありなおかつ完全に撃退した事で、無事に点灯する事が出来たのであった。時間制限付きではあったものの・・・。

 

17時58分 食堂棟1F・大食堂

 

提督「―――まぁ、司令部からの催しものだから大賑わいだよな。」

 

大淀「そうですねぇ。」

 直人の言う通り、食堂は中から外まで大賑わいである。本来なら今の艦隊の人数でキャパオーバーとはならないのだが、机を並べ直し、豪奢な食事が並べられたこの状態では、鈴生りになって入りきらないのも道理だっただろう。

厨房では当番制になっている調理担当の艦娘達が一堂に会して、その腕を存分に振るっていた。この頃には既に金剛や鈴谷は厨房担当を外れていて、鈴谷が担当していた月曜日に愛宕が、金剛が担当していた金曜日には速吸が入っており、木曜日の厨房を鳳翔と分担していた五十鈴が、対潜哨戒任務等で多忙になった為、全面的に鳳翔が担当する等している。

司令部の立てた企画であるだけに、甘味処「間宮」もパーティーに全面協力し、伊良湖がその応援に入る事で、クリスマスケーキなどの甘味を提供している。直人に言わせれば「偶の贅沢」と言う事であっただろうか。

 

提督「さて、そろそろセレモニーのスピーチかね。」

 

大淀「18時ですね。お願いします。」

 

直人は大淀の声を受けて、大食堂のカウンター前に立った。時間を見ての事かある程度喧騒は収まっていたが、直人が一声掛けると、艦娘達は静かに直人の言葉を待った。

 

提督「―――まずは今年一年、ご苦労だったと言いたい。今年も皆には何度か無理を言ったが、こうして再び、一同に会してクリスマスを迎えられる事は、俺も嬉しい。我が艦隊の活躍もあり、人類軍の戦局はまた一歩、拮抗への天秤を進めたと言える。これも偏に皆のおかげだ、心から礼を言う。本日のパーティー、心置きなく楽しんで欲しい。それが私に出来る、皆への細やかな感謝の気持ちだ。さぁ、始めようか!」

 

オォーー!!

 

直人の最後の一言と共に、パーティーは開始された。辺りには笑顔と喧騒が満ち、それは直人が最も見たかったものでもあった。

 

「全く、我ながら様にならない事夥しいな。」

そう直人が言うと、大淀がせめてもの励ましの言葉をかけた。

「いえいえ、御立派だったと思いますよ。」

 

提督「・・・立派と、言ってくれるか。」

 

大淀「えぇ。私達の提督は、スピーチも立派にお出来になります。」

 

「・・・ありがとう。」

彼は何とか笑ってそう言い、大淀は微笑み返してそれに応じたのだった。

 

 

 直人を含め、彼らは存分にパーティーを楽しみ始めた。彼も多くの御馳走に舌鼓を打ち、久々の贅沢を堪能し、艦娘達と談笑していた。新任の風雲などは歓迎パーティーを兼ねており、四者四様にこのパーティーを楽しみながら、その雰囲気にもみくちゃにされていた。

(しかし、パーティーにすら顔を見せんとはな・・・。)

直人は周囲を見渡してみるが、明石の姿は見えない。未だに造兵廠に籠もりきりなのだろうかと思いをめぐらした時、

「てーとくっ!」

そう彼に声をかけてきたのは鈴谷である。

「どうしたどうした。」

と直人が言うと鈴谷は

「楽しんでるー?」

と言った。

提督「浮かない顔をしているように見えた?」

 

鈴谷「その強がりは、通用しないぞ~?」

 

提督「いやいや、別に何でもないさ。ただまぁ、一つ言う事があるとすれば・・・」

 

鈴谷「んー・・・?」

ちょっと勿体ぶった後、直人は鈴谷にこう言った。

提督「音羽がここにいないのが残念だなって。あいつ所用で今日はいないって言ってたし。」

が、それに対して鈴谷は

「え、さっき見かけたよ?」

と言った。

提督「え、いるの?」

 

「―――ちょっと来て?」

と鈴谷は少し気を回した後、直人の手を引いて艦娘達の間を進む。

「ほらあそこ。」

鈴谷が指さした方を直人が見ると、そこには音羽―――鏑木三佐が、加賀と立ち話をしている姿が目に入った。顔には珍しく笑みを浮かべている。その横では赤城がめちゃめちゃ食べていたが。

「・・・。」

彼はその様子を見て、なぜそんなしょうもない嘘をついたのかと気には止めたものの、

「呼んでこよっか?」

と言いながらちょっと体が動き始めている鈴谷の肩をぐっと掴み、

「いや、いい。」

と言った。

「ん、そっか。」

鈴谷も短くそう言うと、暫く直人と共にパーティーを楽しむのであった。

 

 

12月24日22時17分―――

 

流石に些か疲れた直人は、ドンチャン騒ぎを遠くから目立たない様に眺めていた。

「なーにしてるの?」

その直人に声をかける者がある、どうして気付いたのだろうか。

「―――お腹もいっぱいだし、流石に騒ぎ疲れたよ、()()。」

 

「へへっ、流石だね、提督。」

廊下の陰から姿を現したのは川内である。

「どうしてここに?」

と直人が聞くと、

「提督を守るのが私の仕事。そうでしょ?」

と川内は嬉しそうに言った。胸を張って言えるのが、川内にとってはとても嬉しいようだった。

「こんな時位、休んでもいいんだぞ?」

と、直人も優しく声を掛けると、

「良いの良いの、私がそうしたいんだから。」

と返してきた。これでは直人も何も言えない。

「そうか・・・。」

忠犬め、と心の中で笑いながら、直人は言ったのだった。かつての川内は、直人の命を狙う暗殺者だったのだが、それが如月のお膳立てもあって、今ではすっかり直人に懐いてしまったのだった。

 

川内「前回も、こんな感じだったね。」

 

提督「あぁ。確かに何も変わらない。」

その言葉に含む所を川内は敏感に感じ取った。

「・・・吹雪の事、今でも気にしてる?」

その言葉に彼は言う。

「気にしているとも。あいつが沈んで、まだ建造すら出来ない。だが、いつまで経っても、吹雪の足掛かりが掴めない。そりゃぁそうだ。深海の連中にでも聞かなけりゃならんのだから。」

 

川内「・・・そうだね。私にとっても、可愛い後輩だったから。」

 

 それきり二人はしばし黙ってしまう。直人にとっては、「任せきりにしたばかりに吹雪が沈んでしまった」と言う意識は、確かに存在しただろう。しかもただ沈んだだけでは無い、吹雪はまだ、生きているのだ。しかしどう探せばいい物か、彼もこの時期、途方に暮れていたのも事実だっただろう。

「・・・吹雪も、笑ってくれたかな。」

直人がそう言うと川内が言う。

「笑ってくれたよ、きっと。」

 

提督「―――でも、会ったら、多分叱られるな。」

 

川内「どうして? きっと嬉しいと思うよ?」

 

提督「・・・“()()”ってさ。吹雪の奴、真面目だったから。」

 

川内「あぁ・・・ふふっ、そうだね。」

 それは二人にとって、余りに最近過ぎる昔話だっただろう。吹雪が居なくなって、まだ1年しか経っていないのだから。しかし司令部艤装倉庫には今でも吹雪の艤装が、艦娘機関を失った状態でこそあるが、綺麗に修理され保管されていたし、司令部中央棟にある直人の自室には、吹雪が身に着けていた殊勲賞が、今でもピカピカに磨かれて保管されていた。

直人にとっても川内にとっても、吹雪の代わりなど存在しない。そう言う事なのだ。

 

「―――私達が居なくなるのは、やっぱり嫌?」

川内がそう聞いた。すると直人は声を荒げることなく、しかし力強く

「当然だ。」

と答えてから続けた。

「正直、吹雪が居なくなった時、お前達を失うのが怖かった事もある。俺に、お前達に合わす顔があるのかとも思った。だがそうじゃない。吹雪に対してと同じ様に、お前達に対しても、率いる者として責任ある身だ。だから俺はもう、お前達を失わないように最善を尽くす。」

 

川内「・・・そうだね。」

 

提督「正直、『俺を恨むな』とは言えないだろうな。だがそれでも構わない。俺は、この戦いの最後まで戦う、お前達と共にな。今は、それでいいと思っている。」

 

川内「―――私は何があっても、提督についてく。私がきっと守る。この“川内”の名に懸けて、必ず。」

 川内は彼の艦隊の中で一二を争うほど、彼の闇に生きている艦娘であっただろう。彼を陰ながら支え、彼を害そうとする者達を、必要ならば彼女は排除してきた。皮肉にも、かつて上層部が己の私欲の為だけに仕込んだ川内の力が、今、彼を守る為に用いられていた。

彼とて、既に表向きは死んだ身であるが故に危険な立場だ。それ故に彼にこれと言って出世欲はない。最初から極められるだけ極めてもいるからであったが、だからこそ彼は自身を守る術を必要としたのだ。

川内が独立監査隊時代にどんな目に遭って来たかは兎も角としても、その力が確かなものである事に、間違いはないのだから。

 

「―――戻ろうか。」

「そうだね。」

2人は揃ってパーティー会場へと戻っていく。夜はまだまだ長いのだから―――

 

 

5

 

翌朝早く、直人は明石に呼び出されて造兵廠にやって来ていた。昨夜遅くまでパーティーでどんちゃん騒ぎの中に居た為寝不足ではあったが。

 

12月25日5時28分 サイパン島造兵廠

 

 明石ー・・・!

 

静かな構内に直人の声が響き渡る。返事は少し間を置いて聞こえてきて、機械の間を滑る様に明石が直人の元にやって来た。

 

明石「お出でになりましたね。」

 

提督「言われた通りに来たが、こんな朝早くにどうしたんだ? 流石に眠い・・・。」

 

明石「パーティー翌日にお呼び立てしてすみません。でも、タイミングとしてはいいかと思いまして。」

 

「すると、クリスマスプレゼントの類って訳かい。」

と直人が聞くと明石は

「そう言う事ですね。」

と胸を張って言った。

 

提督「でもこの時間である必要は?」

 

明石「まだ日の出前ですし、プレゼントが届けられるのは、子供達が寝静まった時ですからね。」

 

提督「もうすぐ起きる時間だが。」

 

明石「細かい事は言いっこなしです! さぁ、こちらへ。」

 屁理屈ではないかと思いはしたものの、その元気な様子に押し切られて、直人は苦笑しながらその後に続いて造兵廠の裏からドックの方に出る。造兵廠にある4つのドックは、造兵廠の表口からは陰になっていて見えないのだが、直人はそのドックの様子が、祭りの後のような状況であるのにすぐ気づいた。

提督「これは・・・」

 

明石「提督、あちらをご覧ください。」

 

 明石が差した方を見ると、注水された1番ドックに、1隻の船が新品同然の輝きと共に浮かんでいた。塗りたての塗料で化粧をしたその船は、鈴谷を艤装したドックに対して不釣り合いなほど小さな船型だったが、前後に1門づつ搭載された単装砲が、その船が確かに「軍艦」である事を示していた。

 

提督「あれは・・・駆逐艦では無いな。」

彼がそう言うと、明石は彼の疑問に答えた。

「はい、あれは海防艦です。」

 

提督「海防艦・・・。」

 

明石「提督がグァムに行かれる時にお使いになれるよう、提督には内緒で建造していたんです。」

 グァムへの直人の往来は確かに重要な問題だった。一々空路を使う訳にもいかないし、三胴内火艇はとうの昔にスクラップにした後だった事もある。*6

それ故に直人は何か方法を考えようと思っていたのだが、その方法の方から転がり込んできた形になった訳である。

 

提督「そりゃぁありがたいが、それじゃぁあの要望書は・・・?」

 

明石「あー、アレは装備品の製造に必要な資材ですね。いざと言う時に足りなくなっちゃいまして・・・。」

そう言って明石は舌を出した。どうやら珍しく勘定を誤ったようだ。

「成程な。」

直人も得心がいったようだ。

 

明石「丁型海防艦1隻、横鎮近衛艦隊にお引渡しします。ご自由にお使い下さい!」

 

提督「ありがとう、助かるよ。そういえば、対潜兵装の方は?」

 

明石「はい、細工は流々です。舶来のドイツ製アクティブ・パッシブソナーを装備しました。」

 

提督「ドイツ製か・・・。」

それを聞いて彼は満足げにそう言った。

 

 ドイツ海軍は第二次大戦中、パッシブソナー(*7)であるGruppenhorchgerät(グルッペンホルヒゲレット)と、アクティブソナー(*8)であるS-Gerät(ゲレット)と言う2つの装備を広範に渡って採用していた。

前者はマイクロフォンにロッシェル塩(*9)を採用しており、最大で単一目標に対して20㎞、船団に対して100㎞も離れた場所からの音を聞く事が出来たとされるが、解像度が悪いと言う問題もあった。

後者は一般的なアクティブソナーで、少なくとも4000m以上先の目標を確実に捉える事が出来たとされている。いずれも日本の同時期の物を遥かに凌ぐ性能であるが、S-Gerätの方は当時のドイツ潜水艦乗りからは評判が悪かったとされている。その理由は、発振した音が当然相手のパッシブソナーにも聞こえてしまうからで、それによって自分達の位置を暴露してしまう恐れがあった為である。

 目の前の海防艦には、以前彼らが無事に本土へ送り届け、また彼らの元へ届けられたドイツ製の2種類のソナーが取り付けられているのだと言う。当時の日本の海上護衛総隊から見れば、喉から手が出るほど欲しい1隻なのは間違いないだろう。

 

提督「―――よいクリスマスプレゼントだ、有り難く受け取っておこう。公試運転は?」

 

明石「問題なく済ませてあります。鏑木三佐の御協力で図面通り仕上がっています。」

 

提督「こいつめ、完全に俺を出し抜いているな。だがソナーの方は? 艤装は万全なんだろうな?」

 

明石「はい、Z 1(レーベ)さんに御協力頂きました。問題なく仕様通りの性能が出ましたから、ご心配には及びません。」

 

「やれやれ、そこまで連帯されていたか・・・。」

 驚きを通り越して呆れたように直人は言った。全く彼の与り知らない所で、密かに造船計画を進めるだけの要素が、この艦隊にあった事は確かに間違いないのだが、明石がここのところ造兵廠に籠もり切った挙句、パーティーにすら出なかった理由が、彼へのこのサプライズが理由だった訳である。

「そう言えば・・・操艦は誰がするんだ?」

一つ忘れていたその事を明石に問う直人、その答えは彼が思っているのと少し違っていた。

 

明石「提督お一人で操艦出来るようになっていますよ。」

 

提督「・・・あ、私一人でするのね。」

思わず一人称が「私」になる彼である。

明石「一応補助でもう一人は入れるようにはなっていますが、基本的には提督が全て操艦する形になりますね。サイズ的にも艦娘の母艦となるようには設計されていませんが、便乗する位であれば出来ると思いますよ。」

 

提督「うーん・・・そっか。まぁ仕方ないね。あくまで俺の移動用、そうだろう?」

 

明石「そうなりますね。」

 

提督「心しておこう、いつもすまないな、明石。」

そう感謝の意を表した直人に明石は、

「良いんですよ。私は提督からお預かりした資材で、これを作っていたんですから。」

と言った後、こう続けた。

「それともう一つ、お伝えしないといけない事が。」

 

提督「ん? 何かな?」

 

明石「以前から進めていた、対光学兵装用の防御手段について、実用化の目途が立ちました。」

 それは、吹雪が戦没して以来、直人の指示で明石が肝いりで進めていたプロジェクトである。吹雪の戦没理由は、レーザー戦艦である超兵器級深海棲艦、戦艦棲姫改「グロース・シュトラール」の放った光学兵器「βレーザー(*10)」を、艦娘の身体防護障壁が防げなかった事にある。更に言えば、翔鶴が大破し手酷くやられてしまったベーリング海での一件も、この問題に起因するものであった事は明白である。

この為吹雪の戦没直後から、直人は明石に命じて、この問題の解決策を探らせていたのだ。

「本当か!?」

直人がそう言ったのも無理はなかった。随分と待たされたのだから。

明石「三技研と協力する形にはなりましたが、これまで微弱なエネルギー光線しか防げなかった状態を、大きく改善出来そうです。」

 

提督「具体的には、どのレベルまで行けそうだ?」

 

明石「少なくとも、翔鶴さんが受けた様なダメージは、初弾では回避出来るでしょう。勿論受け続ける事は出来ないので、細心の注意が必要になります。」

 

「それは承知したが、一体どういう手品だ?」

と直人が言うと、明石は胸を張ってこう言った。

「具体的には正面から防ぎ切るのではなく、正の霊力をぶつけるような形で逸らします。以前霧の方から提供を受けたデータは勿論、過去の超兵器に搭載されていた機構等も参考にして、現在ある霊力技術を結集して完成させました。」

 

提督「やる事はクラインフィールドと同じ、という訳か。」

 

明石「光学兵器と言えど、負の霊力を用いている事に違いはありません。しかし現時点で全艦が発現する身体防護能力は、物理攻撃に対する防御にのみ対応しています。この為強力な深海棲艦を正面から低練度で相手取る事となっていた、我々の初期の戦いでは被害が甚大でした。」

 

提督「一時を境に被害が減ったのは、敵が配置を転換したから、とも言えそうだな。」

 艦娘艦隊発足直後に行われたハワイ方面への攻勢では、敵にも大きな打撃を与えはしたものの、同地に駐在した超兵器級によって大きな打撃を受け、多数の喪失艦を艦娘艦隊から出している。

その中には光学兵器を受けて沈んだ艦が多数含まれていたが、当時の大本営は特に関心を示さなかった(*11)し、山本海将に軍令部の主導権が移った頃には、光学兵器による被害がそもそもなくなっていた為、明石が研究を始めなかったら、この件は何も進展していない所だったのだ。

「それで、いつ頃から使えそうだ?」

直人がそう聞くと明石は

「ここから三技研が保有する柱島第444艦隊で実用試験を開始し、順調なら3月頃に我が艦隊にフィードバックデータが送られてくるでしょう。戦力化にはもう少し時間がかかりますね。」

と言った。まだこの技術は、目途が立っただけなのだ。

 

提督「そうか・・・そうだろうな。小松所長なら、良いものを仕上げてくれるに違いない。」

彼は目前の海防艦を眺めながらそう言い、昔を懐かしむのであった―――。

 

 

 丁型海防艦とは、太平洋戦争後期に日本海軍が量産に移した海防艦、その最期のクラスの片割れである。

日本海軍は開戦後、占守をベースとして、択捉型や御蔵型を初め、量産性を徐々に高めつつ、船団護衛用の小型艦を建造していたが、尤もバランスのとれた鵜来型でさえ、生産性では不十分と見做されていた。

その為生産性の比較的いいディーゼル機関を用い、ブロック工法も全面採用し、極限まで設計を簡略化した丙型海防艦が設計されることになるが、その機関の生産能力が低かった事から、ほぼ同規模の船体に蒸気タービン推進を用いて建造されたのが、この丁型海防艦である。建造は100隻規模で計画され、丙型は奇数、丁型は偶数番が割り当てられた。

 丁型海防艦は基準排水量740トン、全長69.5m、全幅8.6mと言う小艦であり、四十五口径十年式十二(センチ)単装高角砲を2基、25㎜3連装機銃を2基装備して対空火力としつつ、三式迫撃砲(*12)1基、三式爆雷投射機12基、爆雷投下軌条1基、爆雷120個を搭載して、対潜攻撃能力を充実させた船団護衛用の量産艦である。

兵装は丙型と同じであるが、蒸気タービンはディーゼルと比較して燃費が悪く、丙型より多くの燃料を搭載する事で補っているが、馬力は2,500馬力と600馬力ほど向上し、最高速力は17.5ノットで丙型より1ノット早いなど、細かな差異が存在する。

 史実では第2号型海防艦として143隻が計画され、1944年2月28日の第2号以下64隻が完成して船団護衛に従事した。その戦歴は後期の様相に沿って激しいものとなり、船団護衛や対潜掃討、そして敵の空襲などで25隻が失われた他、復員船として進捗が最も進んでいたものの中から3隻が追加で完成して、延べ67隻が就役した。戦後も英国やソ連、中華民国などの手に渡り、一部は国共内戦の渦中で中華人民共和国軍に鹵獲される等、多難な運命を辿ったものもある。

 

 

 思いもよらないプレゼントを貰った直人は、その翌日、思い切ってグァムへ行く事にした。勿論用件なしで行く訳では無く、情報交換の為であった。その為に造兵廠から戻り一度仮眠を取ってから、彼はグァムヘアポを入れて置いた上で、26日の朝8時頃にサイパンを出発、最大速力で7時間半程度の行程でグァムに到着した。

引き渡された海防艦は、丁型で最初に欠番となった番号を取って「第70号海防艦」と命名されており、引き渡し後最初の航海だけに特に問題も発生せず、無事アプラ港に入港を果たした。

なんだかんだでグァムの土を踏むのはこれが三度目である。

 

12月26日15時47分 グァム島アプラ港深海棲艦基地

 

「あら、来たわね。」

 アプラ港の埠頭で彼を出迎えたのは、ヴィルベルヴィント級巡洋戦艦4番艦、ワールウィンドである。

 

 厳密に言うと彼女自身は4番艦などではなく、北アフリカで行動不能となり放棄された1番艦ヴィルベルヴィントを米海軍が回収、応急修理の上で本国に回航、改修後に再就役させたものだ。

ただ、損傷状態がそれなりに悪かったためかなりの部分にアメリカ製の部品が入り、改修前後で艦容が大きく変わった事と、事実上建造したのと変わらないとも言われる上、当の米海軍も「事実上別物と言ってよい」と胸を張ったと言うエピソードから、4番艦として扱われる事が多いのだ。

 

「1月以来だな。」

直人がそう言い、

「えぇ、そうね。」

とワールウィンドは言う。2人が会ったのはこの年の1月、ポートモレスビー攻略戦を承諾する前の検討を行う際、オブザーバーとして直人がサイパンに呼んだ時(*13)以来である。

提督「本当に久しぶりだ。元気だったか?」

 

ワール「えぇ、何度か戦場にも出たわ。」

 

提督「そうか。今日はアイダホはどうしてるんだ?」

彼がそう聞いたのは、彼が来る時は大体アイダホが出迎えに来ていたからだ。これにワールウィンドはこう答えた。

「北方棲姫様が、貴方に会いたがっているそうよ。それで一緒に待つらしいわ。」

 

提督「・・・成程な。」

 

ワール「さ、行きましょ。」

 

「あぁ。」

 ワールウィンドに促され、直人は案内されるがまま北方棲姫の待つ総司令部に向かった。講和派の総司令部にはとりわけ北方棲姫の為に特別にしつらえられた、と言うような場所はない。直人らで例えれば、北方棲姫の居室と、執務室に相当する玉座の部屋が一つある位であった。この辺りはシンプルに文化の差だろう。

 

 

「直人!」

彼が北方棲姫の前に姿を見せると、北方棲姫は嬉しそうに駆け寄って来た。今時彼を呼び捨てにするのも、彼女と大迫一佐位であろう。

「おー、ほっぽちゃん、少し背も伸びたか?」

と直人は何やら娘を見るような感じで言った。

ほっぽ「うん、伸びた!」

 

提督「そうか~、良かったなぁ~。」

 

キャッキャと楽しそうに会話をする二人を見て、ワールウィンドは二人に聞こえない様にアイダホに言った。

「ねぇ、あの二人、いつもああなの?」

 

ル級改Flag(アイダホ)「いえ、かなり久しぶりなので・・・積もる話もあるんだと思いますよ。」

 

ワール「そうだったわ・・・。」

 

 そう、直人と北方棲姫「ダッチハーバー」が会うのはまたも数か月ぶりなのだった。背も少し伸び、表情にはほんの少し凛々しさが垣間見える様になっていた。彼女には部下は沢山いたが、友達と呼べる者は本当に少ない。彼はそんな数少ない「お友達」の一人なのだった。互いに数多の兵力を率いる身であったが、北方棲姫としては、その前に友達の欲しいお年頃である訳だった。

 

 

6

 

北方棲姫との暖かい歓談を終えた直人は、アイダホにアルウスの元へ案内されるところだった。

 

提督「アルウスは元気そうか?」

 

アイダホ「はい、“ここでなら武人の本懐を遂げられるかもしれん”と張り切っておられます。」

 

提督「ほう・・・。」

 

居心地が良い様だなどと考えている内に、2人はアルウスの待つ応接間に辿り着く。

 

コンコン

 

アイダホ「提督が参られました。」

 

「“入れてくれ。”」

 

アイダホ「どうぞ。」

 

提督「ありがとう。」

彼はそう言って応接間の扉を開ける。

「おぉ! 久しいな、()()()()。またしてもインディアナが居ないのが残念だ。私の副官と言う役柄上、彼女は忙しいからな・・・。」

 その言葉と共ににこやかに出迎えたのは、この時期既に講和派深海棲艦のカリスマ的指揮官としての地位を確立しつつあった、講和派深海棲艦隊総司令官、空母棲姫「アルウス」である。かつては宿敵として何度も戦場で刃を交え、その実力を認め合った間柄であり、現在はこれ以上ない共闘相手として、互いに胸襟を開く仲なのだった。

 

提督「その名で覚えているのはいいが、外の者には漏らしてくれるなよ? 私はこれでも一応、死んだ事になっている身なんだからな。」

 

アルウス「あぁ、承知しているよ。さぁ、座ってくれ。」

 

提督「ありがとう。」

彼は招かれるままソファに腰掛け、体面にアルウスが陣取った。

 

アルウス「しかし、そちらから来るとは珍しいな。情報交換がしたいと言う事だったが・・・。」

 

提督「あぁ、そうなんだ。今一度情報を整理したいと思ってな、今の時期に。」

 

アルウス「成程、今は両軍共に動けないからな。承知した―――」

 

 深海講和派の情勢は良いかと言われれば微妙な立ち位置である。1年と2か月ほど前、北方棲姫の引き連れてきた25万隻程で発足した講和派深海棲艦隊は、これまでに150万を超す大艦隊へ成長し、歴戦の勇士であるロフトンやアルウスなどがこれらを高度に組織化して運用していた。中にはポナペ基地を統括する分遣隊指揮官の様に、棲地非形成型の分屯部隊指揮官の経験を持つ者もあり、彼等も講和派の統率に一役買っていた。

一方でシンガポールとの人材交流にも力を入れ、講和派の窓口としても期待されている所でもある。

規模としてはウェークに匹敵かともすれば上回る彼等であったが、ウェーク棲地からくる偵察艦隊との間で制海権争いをしている状況であり、まだ勢力が定着しているとは言い難い情勢であった。一方ラモトレックアトールなどの南方に近い基地の部隊は、ニューギニア方面の敵勢力に対する作戦で既に成果を挙げており、未だ根深い人類側の反対の声を他所にして、この共闘が有効な事を早くも証明しつつあった。

 制海権争いの方は優勢であり、高度に組織化された講和派が、ウェーク棲地の派遣艦隊を再三打ち破っていると言う状況である。しかしもう暫くはこの膠着が続くと考えると、余り楽観出来ないのは事実だった。ただ横鎮近衛艦隊は特に手助けしているという訳でもない。その理由は、艦娘艦隊に守られてばかりいる訳にもいかないと言う事情も一因だったが、それ以前に直人が必要だとは考えていない事に理由があった。精々哨戒結果だけ共有する程度である。ただウェーク棲地側はそうは考えていないらしく、サイパンの航空基地を狙って空襲を仕掛けてくるのだが、それを防ぐ為、横鎮艦娘艦隊や講和派の潜水艦隊と協力してウェークの海上封鎖に当たっていると言うのも事実であった。

 

要約すれば、講和派も難しい舵取りを強いられているのだ。

 

提督「―――お互い、厳しいのは変わらんな。」

 

アルウス「そうだな・・・。」

彼女も人類軍の情勢を聞き、未だ厳しい情勢である事を認識するしかなかった。

「しかし、ここで軽挙してはならん。それは互いに分かっているから、今は平穏だろう。」

直人が言うと、アルウスは同意したように一つ頷いた後言った。

「我々が地盤を固めるとしても、それは今しかない。そうだな?」

 

提督「そう言う事だ。我々も太平洋地域の安定には全力を尽くすつもりだ。大本営も、きっと同じ腹積もりには違いない。」

 

アルウス「当面目指すところは、同じという訳だな。」

 

提督「そうだ。」

 

 太平洋戦線の拮抗は、深海講和派の存在感もかなり大きい。しかもその本拠地の近くには、サイパンに駐留する「例の艦隊」や、北は日本、南はパラオ・トラックの両泊地に囲まれたグァムと言う好条件を揃えている。無論その戦力も、複数の超兵器級を擁する侮れない物量を誇ってもいる。

彼等の戦略が奈辺にあるかはこの時期、深海の強硬派にも測りかねていた。故にその出方を図る為のウェーク棲地艦隊による強行偵察、と言う一側面もあったのだが、この事もあり、深海側としては慎重にならざるを得なかった。何よりそこまで手を広げられるだけの態勢に無かったのが大きいのだが。

 

提督「艦隊はいつでも出動が可能だ。必要があればいつでも言ってくれ。我が艦隊だけなら、命令なしで動けるからな。」

 

アルウス「心強い言葉だ、肝に銘じておこう。」

 彼女にとって彼のその言葉は、掛け値なしのありがたみを持って受け入れられた。何せかつては己の宿敵として、その力を肌身に感じてよく知る相手だ。それが今、無条件で力を貸してくれるその好意は、何者の助勢にも勝るからだった。むしろ彼を敵にする強硬派に付いた者達こそ、哀れまれても良いだろうとさえ、彼女は考えていた。

 

提督「ところで、アルティは元気か?」

 彼がそう案じた相手は、かつて彼の下で捕虜の管理を行っていた超兵器級深海棲艦、アルティメイトストームの事である。彼女も講和派であり、かつては深海を石もて追われた身であったが、今は自ら講和派に合流して共に戦っていた。

アルウス「あぁ、元気だと思うぞ。今はニューギニアでの掃討戦に従事している筈だ。彼女の地上でも移動出来る力は、貴重だからな。」

 

 

 アルティの生前持っていた肩書は「超巨大ホバー戦艦」というものだ。エアクッション艇*14と同様の原理で、数万トンの鉄塊を超兵器機関の莫大な出力で水面から完全に持ち上げ、海上でも地表でも難なく行動出来てしまう、驚異的な行動能力を持ったアメリカの戦艦だったのだ。

エアクッション艇は本来大型化が難しいと言う問題や、斜面や凹凸での極度の行動能力の制限、悪天候に対する脆性、燃費の悪さと言った多くの問題を抱えるカテゴリーだが、アルティメイトストームは燃費を永久機関である超兵器機関で、行動能力を自前の大きさやそれに伴う慣性と重量で、難しい大型化もその莫大な機関出力でカバーしてしまうと言う、なんともアメリカナイズな方法でクリアしてしまい、その高速性能と長門型をも凌ぐ砲撃力で、日本軍も散々手を焼かされたのである。主に数々の上陸作戦に従軍し、上陸支援任務や艦砲射撃、そして時にある日本海軍との交戦に従事していた。

もっとも、さしものアルティメイトストームも、第七艦隊所属として参戦したサマール沖海戦にて、唯一馳せ参じた第七艦隊主力艦でありながら、その相手が播磨では流石に勝ち目が無く、その上この頃までには弱点が下部のスカートである事を見抜かれていた為、播磨の一斉射でスカートがズタズタになって行動不能となり、その後僅か二斉射で撃沈されている・・・。

 深海棲艦となった彼女も、戦闘時には水面から浮揚して高速で動き回るというとてつもない能力があり、浅瀬や陸の上だろうが問答無用で動く事が出来る。元は深海太平洋艦隊中部太平洋方面艦隊強襲揚陸集団の指揮官であったと言い、同方面艦隊司令部はトラックにあったから、もし彼女が深海側に居ればかなり脅威になっただろう事は間違いない。

 

 

提督「そうか、久しぶりに会いたかったがね。それなら仕方がない、日を改める事にするよ。」

 

アルウス「済まないな。」

 

提督「―――ところで、一つつかぬ事を伺うが、宜しいか?」

 

アルウス「どうした改まって、貴官と私の仲じゃないか。」

そう彼女が言うと、彼はふと考えていた事を口に出した。

 

提督「もし、もし仮にだ。我が方の艦娘が鹵獲されたとして、それが送られるのは何処か、貴官には見当は付くだろうか?」

これでも彼は言葉を選んでいた。“鹵獲された艦娘”が誰の事であるかは、読者諸兄には言わずもがなであるだろう。これについてアルウスも慎重に言葉を選ぶ。何せ彼女は、深海棲艦隊の中でもかなり上位の個体であり、様々な事を見聞きしたからでもある。

「そうだな・・・実際例の無かった話ではない。講和派が勢力を持つ前、そちらに僅かに亡命者が行っていた様に、我々も僅かではあるが、捕虜を得た事はある。私もその経験者だ。」

 

提督「そうなのか?」

 

「あぁ。だが・・・。」

アルウスは表情を曇らせ黙り込んでしまう。直人の立場を鑑みれば、俄かには口に出しづらかった為だったが、直人も自分が気を使われている事を察して助け舟を出した。

「―――教えて欲しい。事と次第では、私も覚悟を決めねばならん。」

その言葉にアルウスは意を決したように

「・・・分かった。」

と言うと、直人に告げた。

「鹵獲された艦娘の行方、それは概ね3つに区別されると言っていい。非常に言いにくいのだが・・・」

直人は静かに、次の言葉を待った。

「―――ひとつは、人型の素体として、輸送ワ級にする事だ。我々の側での強制労働に近いものだな。外観はそれこそ他のワ級とほぼ変わらない、肌の色を除けばだが・・・。輸送ワ級が頭部に装着しているあの物体は、我々は“ヘルメット”と呼んでいるが、命令と経路を伝達する役割がある。しかしもう一つ、これには機能がある。」

 

提督「・・・その機能と言うのは?」

 

アルウス「・・・命令に“従わせる”機能、殆ど刷り込み(インプリンティング)に近いものだ。深海で建造された輸送ワ級にこの機能が使われる事はないが、艦娘などを素体にする場合のみ有効とされ、最終的には脳細胞の摩耗で素体が死ぬか、生きていても、元の人格を留めていないだろうな。抜け殻になってしまうかもしれん。」

 

提督「・・・。」

彼も深海側がそうした精神面での技術に長ける事はある程度理解していたが、ここまで来るとそのレベルが如何に桁外れかが良く理解出来た。如月と共に局長がいとも容易くマインドコントロール装置を作り出せたのも頷けるというものだ。

 

アルウス「ふたつ目は研究目的の実験体。考えている事は、貴官らと大して変わらん。」

 

提督「・・・具体的には、どんな実験なんだ? 知っている範囲で良い、教えて貰えないだろうか。」

 

アルウス「・・・艦娘はその特性は兎も角、肉体的には人間と同じだ。それを研究する事は艦娘と人間の双方を研究する事に繋がる。殆ど人体実験に近いものもあると聞いた。それこそ痛覚や味覚、聴覚などから、性感帯に至るまでな。」

 

提督「―――!」

 深海強硬派は、人類を対等の相手と認識していない節もある。その事からすれば納得出来る事だが、肉体に対する実験と言う事は、とても挙げられたものでは無い内容の実験も含まれると言う事だ。しかもそんな実験に供された個体が、五体満足でいられる保証など何処にもない。しかも稼働可能な艤装ごと鹵獲されてしまえば、そう簡単に死ねたものではない。地獄とは、かく言う事を指すのだろう。

「艦娘の能力に対する実験というものもある。中には砲撃訓練に供されて、どの程度耐えるのか実験したものもあったらしい。当然艦娘の方に弾などはない。惨い事だが、研究する側にとっては大いに役立ったのだろうな。」

 吐き捨てるようにアルウスは言った。アルウスにとっては唾棄すべき行いだったのは間違いなかっただろう。

だが直人とて、人類がそれを笑えるかと問われれば、断じて「否」である事を知っている。事実、それを目の当たりにしたばかりであった。

 

アルウス「・・・最後のひとつは更に痛ましい事実だ。」

 

提督「痛ましい・・・?」

 

アルウス「・・・一言で言い表せば、“愛玩動物”と言うのが正しかろう。」

 

提督「なっ・・・!?」

彼は絶句した。いや、そうならざるを得ない。言葉を選んで尚そうならざるを得ない実態が、そこにはあったのだ。アルウスは言葉を続ける。

「それを手にした者によって、扱い方はやはり異なるな。単なるペット、嗜虐心を満たす対象、給仕扱い、見世物、そして一番多いのは、やはり―――」

 

「・・・慰み者にする、か。」

 

「それも、()()にな。」

 それを聞いて直人は大きく息を吐いた。概ね予想通りの答えだったからだ。そうなってしまった艦娘の、精神的打撃は計り知れないだろう。死を望んだとしても、艦娘はそう簡単に死ねる様に出来ていないし、何より引き取り手がそれを望まない。しかもその先にその艦娘にあるのは、死か、さもなくば「裏切り者」のレッテルなのだった。かつてナチス武装親衛隊に加わった多国籍の多くの人々が、戦後祖国でどの様に扱われたかなど、引き合いに出すまでもないだろう。

アルウス「上位の者達にとっては今や、一種のステータスとして見る向きもあるようだ。」

 

提督「かつて富豪が奴隷を連れるのと、感覚的には同じ、という訳だな。」

 

アルウス「そうなる。扱いが人道的であるとも、必ずしも言えん。私にそんな趣味は無かったがね。」

彼女がそう言うと直人は

「分かっているとも、そう弁解がましく言われるまでも無いさ。」

と言った。事実彼女の為人を知る者からすれば、この反応は真っ当であると言えるだろう。

「これらに漏れた者は、強硬派の手によって殺されている。だがその様子だと、艤装を作っても、その者の建造が出来ないようだな。」

 

提督「あぁ・・・。」

 

アルウス「ではまだ生きているだろうな。尤も、1と3の選択肢となると、どこにいるかなど見当もつかない。だが2なら、ある程度は分かる。」

 

提督「本当か!?」

彼がそう言うと、アルウスはこう答えた。

「艦娘を研究している場所と言えば2か所だけ、ベーリング海棲地と大西洋海嶺棲地だけだ。セクションが違うから、太平洋から大西洋へ、とは考えにくい。大凡、ベーリング海棲地にいるだろうな。」

 

提督「但し五体満足とは保証出来ない、か・・・。」

 

アルウス「そうだな・・・。」

それは彼にとって重い現実だった。どの選択肢を取ってみた所で、彼にとっても吹雪にとっても、愉快な道理が無い。

「参考に、なっただろうか?」

と、控えめにアルウスが聞くと直人は、

「あぁ、勿論だ。我々の知り得ない情報だったからな。これである程度あても絞れそうだ。助かるよ。」

と、精一杯の元気を振り絞って言ったのだった。様々な意味で、彼もある種の覚悟を以て今後望む必要がありそうだと思いを馳せたのも事実である。が、ここで一つ、鎌首をもたげた疑問があった。それこそ彼の言い出しにくい質問ではあったが、元々それなりに好奇心の強い彼は、思い切って聞いてみる事にし、意を決して口に出す。

 

提督「アルウス、もう一つ聞きたい事が出来たんだが・・・。」

 

アルウス「ん? 今度はなんだ?」

 

提督「さっき、()()()()と言う話が出たが・・・深海棲艦は、その・・・」

そこまで言って流石に言葉を選ぼうと苦慮している様子を見たアルウスは、言わんとする所を察して同時に赤面した。

「―――っ!? えっと、その・・・」

 

提督「す、済まない! 気に障ったなら謝る。」

流石にまずかったかと慌てて言うと、

アルウス「い、いや、いいんだ。そうだな、流石に気になるか・・・。」

と納得した様子の彼女だが、流石に恥ずかしい様子で言葉が出ない様だった。考えても見れば、深海棲艦の上位知能体や大型艦と言えば女性ばかりだ。それが同じく女性しかいない艦娘を、しかも性的に慰み者にするとは、些か理解に苦しむのも考えてみれば当然なのだ。方法は多々あれど、だ。

ただ、アルウスの回答はと言うと・・・

「ううむ・・・そうだ、モンタナ辺りに聞くといい! 彼女なら教えてくれるかもしれん。」

 

提督「ん、あぁ・・・分かった、そうしてみよう。」

と、体よく押し付けたのである。彼も流石に気まずかった事もあり、なし崩しに頷くのだった。

 

 

7

 

 その後、久しぶりの歓談を暫く楽しんだ2人は、頃合いを見て別れ、直人は第70号海防艦に乗りグァムを後にした。本来ならそのまま帰る予定だったが、思う所もあり、途中テニアンに寄る事にした。此方の方はアポは取っておらず、行って駄目なら帰ると言う程度だったが、基地司令のロフトンは快くこれを迎え入れたのだった。

 

21時37分 テニアン島ラム・ラム港

 

 テニアンにロフトンが来る直前、テニアン島の捕虜収容所がそのまま拡張されるような形で基地建設が開始され、当時簡易な揚陸機能しかなかったこの場所に、強力な揚収能力と基地を備えた港がこの時期漸く出来上がりつつあった。元々はビーチであった場所が、今や長期の土木工事の末に活況の深海講和派の軍港となった訳である。

第70号海防艦はこの時空いていた第7埠頭に入港管制通り接岸すると、下艦した直人はテニアン島司令部にそのまま通された。司令部は埠頭から歩いて数分の距離にあり、直ぐにロフトンの元へと通された。

「おぉ、来たか。」

「多分、帰る事には日付が変わってるだろうがね。大淀に大目玉を食らってしまいそうだ。」

「あの副官殿か、()()()が上がらぬとはこの事だな。」

「どっちかと言えば()()()が上がらぬだよ。それに、大淀の仕事ぶりにはむしろ頭の下がる思いだ。優秀な部下がいて、大いに助かっているのさ。」

「それは失礼した―――」

 

 飛行場姫「ロフトン・ヘンダーソン」と直人は、互いの存在を認識していなかったので、ライバルでは無かったものの、競争相手として何度も矛を交えた間柄と言う点では、アルウスと共通する。彼女もまた、30万もの手勢を率いて亡命して来た時は、北方棲姫の際を超える大事件として取り上げられたものである。現在は直人が率いる特別任務群に対して、母港提供と補給の責を負う傍ら、アルウス本隊の片翼として、自身の手勢の半数近くを再編成して指揮する身であった。彼にとってなくてはならないパートナーである。

提督「元気そうで何よりだ、ロフトン。どうせ近くを通るならと、顔を見に来たんだ。」

 

ロフトン「貴官こそ、変わらんな。来てくれて嬉しいよ。」

 

提督「どうだ、ここの居心地は。」

 

ロフトン「蒸し暑いガタルカナルに比べれば、抜群だな。」

そりゃぁそうだと直人もはにかむ。彼も熱帯特有の蒸し暑さは余り好まないが、やはり寒さよりはマシと考えていた。

「それに良い基地が出来上がって来ている。これならば、私も十全に戦えるだろう。これも貴官のおかげだな。」

 

提督「そうかな・・・私は、私に出来る事をしただけさ。」

 

ロフトン「それが、今日のこの様な情勢を生み出した。そうだろう?」

 

提督「買い被り過ぎだよ。私だって、駒の一つに過ぎないのだから。」

 

ロフトン「それも、間違いなくジョーカーの類だ。」

 直人はその言葉を素直に肯定した。何より、そのジョーカーとして大きな手傷を何度も彼女に及ぼした彼であり、その相手から受けるその言葉は些か重かった。

「そうだ、防空棲姫達の所には顔を見せるか?」

 

提督「うん、そのつもりだ。まだ起きてるかい?」

 

ロフトン「この時間はまだ起きている筈だ、案内しよう。」

 

「済まない、助かるよ。」

直人はロフトンに案内され、司令部の中を少し歩くと、その先に防空棲姫と播磨の後ろ姿が見えた。

「あきづき!」

そうロフトンが声を掛けると二人が振り返る。

防空棲姫「提督!」

 

提督「やぁ、元気そうだね。」

 

播磨「こんばんわ、提督。」

 

提督「こんばんわ。」

 

 防空棲姫「あきづき」は、かつてこの世界へ訪れた“霧の艦隊”の技術を、一部活用して建造された深海棲艦だ。その為、霧と同質の防御壁「クラインフィールド」を展開出来る。その隣に立つ播磨は、日本海軍が誇った伝説の塊とも言うべき超兵器、その生まれ変わりなのだった。

「どうしたの、急に。」

そうあきづきが聞くと、

「久しぶりに顔を見たくなったのさ。」

と直人は述べた。

播磨「まぁ、ありがとうございます。」

 

提督「暫く出番も無かったからな、顔を見せられず申し訳ない。」

 

防空棲姫「気にしなくていいわ。責任ある者は、忙しいものだしね。」

 

播磨「お気遣い、ありがとうございます。」

 

「うん。そのつもりがあれば、いつでもサイパンに来てくれて構わんぞ。君達も、我が艦隊の一員なのだからな。特に播磨とは、色々と話をしてみたいと思ってたんだ。」

と直人が言うと、

「あら、それじゃぁ私は余禄という訳かしら?」

とあきづきがむくれて見せ、

「まぁまぁ、ではいずれ、お伺いしますわ。」

と播磨が言った。

提督「余禄なものか。お前の話も、色々と聞いてみたい。いつでも歓迎するよ。」

 

「そう・・・。」

あきづきは少し嬉しそうにそう返事したのであった。

 

 

 その後案の定深夜過ぎに帰着した直人はその翌日、執務を終えた後に技術局を訪れていた。この技術局は司令部前ドックと資材用倉庫に挟まれた小さな平屋の建物で、実験や製作用の作業場と局長自身の居住スペース、雷の為に作られた5床の病床を含む医療ブロックで構成されている。

 

12月27日15時48分 司令部前ドック西側・技術局

 

提督「よっ!」

 彼がその作業場に現れると、そこにはテーブルに腰かけておやつを食べている局長(モンタナ)と、椅子に腰かけて相伴に与る如月と荒潮の姿があった。如月は薬品管理の担当で局長と仲が良く、荒潮は着任経緯の関係で局長とは懇意にしている間柄である。

「よぉ。」

その局長はと言うと、この数か月日本語の勉強をしたらしく、随分と流暢に話せる様になっていた。

提督「随分不自然さが抜けたな。」

 

局長「そりゃどうも。」

 

「またバラックセットかい?」

直人の前には、何やらいくつかの機器がコードでセットされた実験機械が設置されていた。

「まぁな。」

と局長は答える。

「そう言う司令官は、何してるの?」

と聞いたのは如月である。

提督「こっちのセリフじゃい。三時のおやつ?」

 

如月「そうよ~。」

その返事を聞くと直人はにこやかに一つ頷き、局長に視線を戻す。

「ちょっと局長に用事があってな。」

 

局長「ほう、最近全然来なかったのに、珍しいな。」

意外そうにそう言うと直人は、

「用事が特に無かったし、あればそっちから来てくれたからな。忙しかったのもある。」

と答えた。

提督「それより2人で話したい。いいか?」

 

局長「構わないが、この二人に聞かれるとまずい話なのか?」

 

提督「大いにまずい。」

 

局長「・・・。」

いつになく真剣にそう言う直人に、モンタナは怪訝な表情をしつつも、局長は一度別室に直人を案内するのである。

 

「で、何の話だ?」

とモンタナが聞くと、直人は一晩で整理してきた質問を局長にぶつけた。

「うん、別に答えにくければ答えなくていいのだが・・・深海棲艦の生殖器って、どうなってるんだ?」

 

局長「・・・っ! ど、どうした藪から棒に。」

モンタナにとってはその質問は羞恥ではなく驚きを以て迎えられた。直人がその様な質問をしてくるとは思わなかった新鮮さと、突然ぶつけてきた事に対する驚きであったが、事と次第を彼から聞いた彼女は、

「成程な、そう言う話か・・・」

と納得した。

「流石に不味かったよな。」

と彼が聞くと、

「相手によるだろうな、それは。」

と穏当に返してから彼の質問に答えた。

「深海棲艦はクローン生成で個体を爆発的に増やすのは知っているな?」

 

提督「勿論だ。それによって、多少の損耗は直ぐ埋め合わせてしまう。驚異的、と言っていいだろうな。」

 

局長「だが我々も元はと言えば船だった事に変わりはない。だから女性しかいない訳なのだが、ある時期、こう考えた者がいた。“もしクローンが作れなくなったら如何にするか”とな。

我々のオリジナルは建造と似たような手順で製造を行う事で誕生する。私もその一人だが、製造は建造と違い、生成される前の肉体に対して干渉する事が出来るんだ。それによって現在製造されるオリジナルは、そこから生まれるクローンも含め、全て接合(*15)を伴う繁殖が可能になっている。多少強引にではあるがな。」

そこまで聞いて直人はピンと来ていた。

 

「―――と言う事は、深海棲艦の生殖器は・・・」

「そう、所謂雌雄同体と言う奴だ。アルウスが恥じらったのはそう言う背景あっての事だろうな。」

 

 雌雄同体、つまりオスとメスの生殖器を同一の個体が持ち合わせ、それぞれ機能している生態を差す。動物では「雌雄異体(いたい)*16」が多いが、雌雄同体も多様な分類群に見られる形態で、代表的なものにミミズやカタツムリ、アメフラシがある。

因みに似たような言葉に「単為(たんい)生殖」があるが、こちらは接合を伴わない。

「・・・言い換えたら半陰陽(*17)、両性具有と言う事か。」

 

局長「後者が正しいな。男性器と女性器の両方を持ち合わせているんだ。何の問題も無く、な。」

 

提督「・・・まるで神話の時代だな。」

 

局長「彼等はクローン生産だけでは、もしそれが出来なくなった時どう戦力を増やすかと言う問題に行き当たった訳だ。製造でも限界がある。だから生物であると言う特性を生かし、生殖が可能な改良型を生み出したんだ。」

 直人はその説明でようやく合点がいった。生物の繁栄と存続の為に「代を重ねる」と言う事がどれほど重要であるか、それは今更説明するまでもない。戦争が長期化し、だらだらと戦力を消耗し続けた果てに、そう言った思考に至った事は特段可笑しな事ではなく、それに対する解決法は一種合理的でさえあった。

「アルウスは建造時期的には改良型だ、だから恥じらいがあったのかもしれん。しかし奴にそんな所があるとはなぁ・・・。」ニヤニヤ

と言うモンタナに、

「成程な・・・。」

と直人が言い、顎に手を当てて考えていると、

「―――見てみるか?」

と言う衝撃的なワードがモンタナの口から飛び出した。

「―――ほあっ!?」

と驚きの余り彼が思わずモンタナの顔を見ると、これまでになく不敵な笑みを満面に浮かべていた。その言葉が冗談でないのは、その時点で彼の方が悟ってしまった。

「・・・いいのか?」

 

「どうぞ?」

そう言うとモンタナはおもむろにスーツのズボンを降ろし、下着を降ろして見せる。

「・・・ほんとだ。」

 と、いつになくドキドキしながら思わずモンタナの股間を観察してしまう直人。はたから見れば生身を使った保健の授業であったが、結論から言えば、モンタナは()()()であった。

彼が観察を終え、モンタナがズボンを穿き直すと、彼女はおもむろに、

「参考になったか?」

と聞いた。

「あぁ、大いに参考になった、ありがとう。」

と言ってから直人は、

「そう言えば、この部屋って防音は・・・」

と今更な事を聞いた。

 

局長「完全防音仕様だ、気にするな。それに別に恥ずかしくも無いしな。」

 

提督「そ、そうか・・・。」

 

局長「―――だが、今の所はお前だけだ。こんな真似をするのはな。」

 

提督「―――!!」

涼しい横顔でそう言われてしまい、不覚にもドキッとしてしまう、そんな直人なのだった。

 

 

8

 

 2054年が終わり、2055年が明けた。今年も戦争の一年になるだろうと言う確信を民衆に抱かせる夜明けは、何事も無く過ぎ去った。横鎮近衛艦隊も例年通り新年の訓示を終え、正月の料理に興じていた。艦隊は体勢を既に立て直した後と言う事もあり、大して滞りなく任務をこなしながらも余裕のある正月であった。

その正月三が日を終えた1月4日、横鎮司令部に早速客人が訪れた。

 

1月4日13時41分 サイパン島司令部前ドック

 

「あけましておめでとう、提督。」

 特別任務群指揮官のあきづきである。新年の挨拶にとテニアン島の基地から司令部を訪れたのは、あきづきと播磨の2人であった。が、この時直人は少し渋い顔をしていた。

「あー、おめでとう。」

そう返す直人の腰には二振りの木刀が提げられていた。その格好も普段の第二種軍服ではなく、カーキの第三種軍服である。

「・・・どうしたのよ、その格好。」

とあきづきが聞いたのも無理はなかっただろう。客人の出迎えには物々しすぎるからである。直人はこう答えたと言う。

「あぁ、今から近接戦闘訓練だからさ。普段の軍服傷物にしたらやばいし、エキシビジョンは全力でやるのがお決まりだからね。」

近接戦闘訓練も今回が実は7回目になる。積み重ねられた訓練の甲斐あって、艦娘達の技量は着実に向上しつつあり、直人もその成果の程を実感している所なのだ。ただエキシビションの時時折使っていた霊力刀に関しては、直人の手で強化された木刀に一元化する措置が取られているなどしたが。

「成程・・・。」

あきづきも理由を聞いて納得した。

 

播磨「提督も、剣術をなさるのですか?」

 

提督「あぁ、まぁね。タイ捨流の皆伝も持ってるけど、基本的には我流剣術なの。一番得意なのは袈裟懸けだけどね。」

 

 袈裟懸(けさが)け、即ち袈裟切りとは斜めに切る太刀筋を指す言葉で、特に肩から斜めに斬り降ろすものを差す。上からか下からかを問わず袈裟懸けと呼ぶ。

タイ捨流剣術は実戦剣術であるが故に独特であり、蹴りや飛び、目潰し等の体術や暗器等も許容する雑食性で知られている。それ故一般にイメージされる剣とはかけ離れた存在であるが、元となった新陰流などからも影響を受けている。

 その独特さの一つに、「袈裟切りに始まり、袈裟切りに終始する」と言う独特の形が挙げられる。即ち斜めにのみ斬り結び続ける特有の形を持っている。これはこの剣術の基本として、鎧の弱点に攻撃を集中すると言う考えを持つ為で、袈裟や脛、脇下、籠手などを狙い撃ちにするのであるが、袈裟や脇下を狙うのであれば、やはり斜めに斬った方が確実に入る為である。

 そうした流派を学んだ彼にとっても、やはり袈裟懸けは最も得意とする所な訳である。しかも九段の傳位(でんい)を20代を過ぎた頃に全て納めた上で、免許皆伝までも受けている彼は、十分天才的な資質を持ち合わせているのだ。尤も、21世紀にもなって剣術の達人とは皮肉ではあるが、型に囚われないタイ捨流と言う流派故に、彼の自由な発想というものが生まれる訳である。

 

話を戻し、その言葉を聞いた播磨は感心したように、

「お若いのに凄いですね。」

と率直に褒めた。

 

提督「うん、ありがとう。」

 

防空棲姫「でも、と言う事は今は忙しかったかしら。」

 

提督「いや、別にいいさ。どうだ、一つ見学していくかい?」

その言葉にあきづきが

「いや、私は―――」

と言いかけた所で

「良いですね、是非拝見したく思います!」

と播磨が言った。

 

提督「よし分かった。では訓練場の方に行こう、案内するよ。」

 

播磨「はい!」

 

防空棲姫(帰りたい・・・。)

あきづきとしては帰りたいのは山々であるが、播磨は止められそうにないし、自分の部下への責任もあり、渋々その気持ちを押し殺し、2人の後に続くしかなかった。

 

13時57分 サイパン島訓練場

 

「ふぅ、間に合ったか。」

と直人が大仰に言うと大淀がすかさず言う。

「いやいや、ギリギリみたいな雰囲気出さなくて大丈夫ですよ。後、防空棲姫さん達がなぜここに?」

その当然の質問に当の2人はこう言った。

防空棲姫「あぁ、私は―――」

 

播磨「私が見たいと言ったんです。それでお連れ頂きまして・・・。」

 

防空棲姫「・・・私はその御守よ。」

 

提督「・・・と、言う次第だ。」

それを聞いた大淀は、

「成程。ごゆるりとして行ってくださいね。」

と納得した後、パイプ椅子を2つ、2人の為に出した。勿論天幕の下にである。

「大淀よ、主も慣れて来たな。」

と直人が言うと、

「色々ありましたから。」

と涼しい顔をして大淀が言った。この艦隊の最初期メンバー故に様々な場面に遭遇して来た為か、大淀もこの位の事には慣れてしまっていたのだった。

 

提督「さて、行きますかね。」

 

大淀「了解です。」

 

明石「お気をつけて。」

 

提督「うん。」

 天幕に残るのは明石と青葉、そしてあきづきと播磨、最後にいつもの局長ことモンタナである。大淀も艦隊のメンバーであるから、近接戦闘訓練には要参加なのである。そして青葉は今回もどこかで聞きつけたようだ。

そして直人が向かう先には、既に全艦娘が集合を終えていた。あとは直人の一声を待つばかりである。

「よし、では第7回近接戦闘訓練を始める!」

 

 

「あてて・・・」

夕暮れ時、直人は食堂で傷の手当てを雷から受けていた。流石と言うべきかどれもかすり傷程度ではあるが、傷の数はと言えば2つや3つでは無い。ついでに鳳翔から護身術の手解きも受けているのだが、上達したとはいえ打撲痕は相変わらずである。

「大丈夫ですか、提督?」

と声を掛けるのは、対面に座っている播磨だった。

提督「あぁ、大丈夫だよ。」

 

防空棲姫「・・・いつもこんな感じ?」

 

提督「流石に訓練で本気出す訳にもいかないから手を抜くんだけど、最近筋のいい奴らは普通に打ち込んで来る様になってね。」

 

播磨「あら、それでは油断出来ませんね。」

 

 全くだ、と唸るように直人は答えた。

電や足柄、最近は大和もだが、刀剣類の扱いに長ける様になってきた艦娘達は、メキメキとその才覚を伸ばしている。腕や脛に負った傷は、彼が皆伝しているタイ捨流を教えているのも手伝い、彼の隙を的確に打ち込んできている事を意味していた。

彼もそれだけは全力で躱すのだが、躱しきれなかった太刀筋が、彼の皮膚を裂く訳である。

 

提督「改めて、明けましておめでとう。今年1年、宜しく頼むよ。」

 

防空棲姫「勿論よ。私の力が必要な時は、いつでも呼んで頂戴。」

 

播磨「私も、提督の御力になれるよう、努力します。」

 

提督「帝国海軍が誇る伝説の体現者にそう言って貰えるのは、頼もしい限りだ。そして霧の力を携えたあきづきにも。きっとこれからも、君達の力が必要になる時が来る。多分、そう遠くない日に。」

その最後の言葉に、あきづきが尋ねる。

防空棲姫「・・・それは、歴戦の勘と言う奴かしら?」

 

提督「どうだろうね、俺も確証はない。だが・・・そんな気がするんだ。」

それは歴戦の士に特有の、予感に近いものだったかもしれない。それを聞いたあきづきは、

「そう・・・じゃぁそれまで、私達は待ってるわ。」

と述べるに留めた。しかしてこの予感は、横鎮近衛艦隊は勿論、人類にとって最も悪い形で的中してしまう事となるのである。

 

その後、その日は2人とも基地に帰り、暫しの時が流れることとなる―――

 

 

9

 

 1月7日、この日は特に変わった予定は入っておらず、艦隊は平常通り、各所への出動要請に応える形で、様々な任務を遂行する、そんな1日である筈であった。

それが激変したのは、一通りの執務に終わりが見えてきた10時12分の事である。

「よし、十六駆は出撃したか。」

「さっき予定通りネー。」

直人と金剛がそんなやり取りをしていると、執務室にノックの音が響く。

「入れ!」

直人がそう言うと、急ぐ足取りで大淀が駆け込んできた。手には通信紙が握られている。

「提督! タウイタウイから大本営宛の緊急電をキャッチしました!」

大淀はそう言ってその通信紙を直人に手渡した。

 

目を通した内容は、現在開示されている内容に基づけば次の様なものである。

 

“発:タウイタウイ泊地司令官

 宛:艦娘艦隊大本営軍令部総長

 

本文

 フィリピン中部ミンドロ島及び、その周辺海域にて、大規模な浸食と見られる異変を観測せり。

目下情報及び事象について調査中。”

 

提督「―――ミンドロ島と言えば、南シナ海側ではないか。哨戒網は何をしていたんだ?」

と首を捻ると大淀はこう答えた。

「現時点では不明です。照会、なさいますか?」

これに対する直人の回答は明確だった。

「それは出来んだろう。それよりも、出動した艦隊を全て呼び戻せ、第二種臨戦体制に移行する。」

 

大淀「―――大本営の指示を待たないのですね?」

 

提督「こっちは平時のスケジュールに則って既に艦娘の展開を始めてしまっている。呼び戻さなければ出撃命令が来ても間に合わない恐れがあるからな。それとこの件で受信出来た情報は逐次私に回す様に。」

 

「分かりました。」

それだけ言って大淀は必要な処理に取り掛かる。各戦隊の呼び戻し、それに伴う必要各所への連絡、基地防衛を担当する香取への連絡などなど、やる事は多い。と同時に、全館放送で直人は自らマイクを取った。

「全艦隊へ、我が艦隊はこれより、第二種臨戦体制に移行する。総員直ちにマニュアル通りに作業を開始せよ。繰り返す我が艦隊はこれより―――」

 

 第二種臨戦態勢で行う事は、通常の艦娘艦隊では全遠征部隊の呼び戻し、艦娘への実弾の補給、場合によっては一部艦娘の洋上展開も含む場合があるが、横鎮近衛艦隊ではこれに加え、今回の場合一部艦娘の鈴谷乗艦や基地航空隊に対する対艦攻撃装備の用意、水上哨戒の全廃と航空哨戒、空中警戒の大幅な強化を実施する。

これによって出動命令に備えるのが目的であり、場合によっては防衛戦闘となる為、それに向けた備えも同時に行う訳である。

 

提督「・・・敵が失地回復に向けて、動き始めたと言う事かな。」

 

金剛「ともあれ、私達は、私達の出来る事をするネー。」

 

提督「勿論だ。金剛はひとまず一水打群を率いて乗艦を。」

 

金剛「OKデース!」

横鎮近衛艦隊の動きは、この時大本営より遥かに早かったと言える。それは彼らの経験による所も大きいが、何より最初の情報を手に出来たと言う幸運に恵まれたのが大きいだろう。

 こうしてサイパン島周縁部は俄かに慌ただしくなる。サイパン飛行場からは多数の哨戒機がローテーションを組んで発進を始め、即応待機に移る攻撃機には魚雷や水平/急降下爆撃用の爆弾が搭載される。

水上哨戒に出ていた艦娘艦隊の哨戒班も呼び戻され、訓練中や残留していた者達の艤装には、次々と実弾が補給された。

 

次の動きは正午に齎された第二報である。彼は執務室で大淀からその通信の内容を聞かされることになる。

「“航空偵察の結果、ミンドロ島付近に、棲地と見られる領域が、急速に形成されつつあるを認む。かなり大なる規模と見られる為、迅速な対応を希望す。”これは・・・。」

 

提督「やはり、敵の反撃か・・・?」

 

大淀「恐らくそうであるかと。」

 

提督「ふむ・・・こういう時は―――」

直人がそう言って呼び出させたのは、モンタナであった。

()()()()()()()、な。」

局長は直人から聞かされた内容の内、その部分に注目した。

提督「やはり、これは作為的なものか?」

 

局長「間違いないな。しかもこの話を聞く限りは、基地―――つまり棲地の扱いに長けた者がここにいると見て間違いない。例を挙げれば集積地棲姫や、港湾棲姫と言った基地級深海棲艦だな。」

 

提督「そうか、基地級と言えども、別に動けない訳では無いものな。」

 

局長「それどころか戦闘に専念すれば、その辺の姫級より遥かに強力だ。」

 基地級深海棲艦は、その等級上は超兵器級に準ずるものとして扱われている。しかし普段は深海棲艦の策源地である棲地の維持に回っている為、著しくその能力が制限されている。しかしこれは裏を返すと、それさえなければ通常の深海棲艦と同じであると言う事であり、通常航行能力も有していれば、超兵器級に匹敵する戦闘能力さえある。

あまつさえ、洋上で大規模な補給や修理すら可能な、所謂()()()()()()()()の真似事すら可能なのだから、本来の実力が分かるというものだろう。

 要約すれば基地級深海棲艦とは、裏を返せば超巨大な工作艦と補給艦を合わせた様なものであり、その武装は正に基地級、一つ一つはそれほど強力でないにしても、艦娘、深海棲艦問わず砲門数では文句なしに抜きん出ている事は間違いない。しかも物によっては航空機すら運用出来るから、正に動く要塞と言えるだろう。沈黙させる事は容易な事ではない。

局長「何処の誰だかは分からないが、中々鋭いポイントへの布陣でもある。ここを抑えれば東南アジア一帯の制海権が危機に瀕する、そうだな?」

 

提督「そうだ。ひいてはこれが南東方面の3基地やインド洋方面への進路を失う事にもなり、東南アジア諸国の存立にも重大な影響を及ぼすだろう。しかしいつの間にこんな事まで覚えたんだ?」

 

局長「まぁ、こんな艦隊に居ればな。だが1点だけ解せない点がある。」

 

提督「と言うと?」

そう問うとモンタナは簡潔に一言、こう述べた。

「今ここに来る意味が無い。」

 

提督「―――確かに。この膠着した戦局を打開する為の策としては、余りにも突拍子もない。しかし有効ではある。」

 

局長「あぁ。だが、仕掛けるなら今しかない。棲地構築中はその規模が大きければ大きい程、より多くの力を継続的に必要とするから、その分その力を供給する者は弱体化する。構築が終わるまでもたもたとしている場合ではない。」

 

提督「―――分かった、早速土方海将に掛け合ってみよう。大淀、リアルタイム通信は繋げるか?」

直人のその問いに、傍らで控える大淀は、

「いつでも行けると思います。」

と答えた。

提督「珍しく歯切れが悪いな。」

 

大淀「何分、妨害される恐れもありますので。」

 

提督「成程な。だが、今のお前なら出来る。そうだな?」

 

大淀「お任せ下さい、提督。」

 その答えに満足そうに直人が頷くと、大淀は執務室を出て通信室へと向かった。直人は3D投影コンソールを起動して待機し、大淀からのインカムを通じた合図を受けて回線を繋いだ。

「おぉ、繋がったか。」

 

「壮健そうで、何よりです。」

と直人が言うと、当の土方海将は当惑した様に言った。

「こっちは混乱しているよ、急にあんな事になったのだからな。」

 

提督「お察しします。我が艦隊でも出動準備を進めてはいますが、その前に海将の方から、軍令部に打診して頂きたい事がありまして。」

 

土方「言ってみたまえ。」

 彼は許しを得ると早速、局長から聞いた話を、意味合いを損ねない様にして要約して伝える。土方海将もまた、海自軍の名将と名高い男であり、凡愚の士では無い。直人から伝えられた事に対して、彼が過不足なくその事を理解した後、彼は付け加えてこう言った。

「―――私が申し上げて置きたいのは、早急に、かつ大胆な兵力投入により、この敵性勢力を叩くべきであると言う事です。必要であれば、我が艦隊も馳せ参じる事は勿論ながら、もしこれが本格的進駐であった時を考慮し、大兵力を投入するを是とするべきと考えます。

この事を、海幕長以下軍令部にお伝え頂きたいのです。勿論、閣下のお名前で、ですが。」

これを聞いて土方海将は少し考えて

「ふむ・・・良かろう。しかも早い方が良かろうな。」

と言った。

提督「勿論です。」

 

土方「うむ。ではその旨急ぎ具申する事にしよう。では切るぞ、そうなるとやる事は多い。」

 

提督「ありがとうございます。では。」

そう言うと土方海将から通信が切られた。

 

局長「・・・良い上司を持っているようだ。」

 

提督「あぁ、まぁな。」

 

局長「私もその位恵まれていれば、今頃はここにいないのだろうな。」

昔日の横須賀戦を思い出すようにモンタナは言う。

提督「この短い間に色々あった。だが過去を想い、感傷に浸る余裕は今はない。今は我々のすべき事をしよう。」

 

局長「真面目だな。」

 

提督「明日の自分達のかかっている我々だ。普段は伊達と酔狂でも、こればかりは真面目にもなるさ。」

 

局長「フッ。そう言う所も興味深い。」

そう言って局長も執務室を立ち去った。一人残された直人は、この事態に敵の意思を考えてみるのである。

(・・・俺ならば敢えてこんな戦力投入はしないだろう。だが連中がそうしないとは限らない。俺ならばこれを陽動にして、別戦線に主力を集めて攻勢に出るだろう。これが正しいならば、ミンドロ島に於ける敵の行動は完全な陽動且つ牽制で、本命は別にある事になる。従って敵戦力も少なかろう。

 しかしこれが本命であれば、南シナ海の制海権はおろか、東シナ海の交易路すら危機に瀕するだろう。パラオへの補給路も無論断たれるばかりか、1年前に奪回したばかりのフィリピンは再び疎開を余儀なくされる事は明白だ。

どちらにしろ厳しい事に違いはない。故にどちらと断定出来るような一手では無い。両方を考慮に入れる必要があるだろうな・・・。)

 

「考え事? 司令官。」

そう声を掛けられて目線を上げると、覗き込むように直人を見る清霜の姿があった。

「おぉ、清霜か。まぁね。」

と彼は肩を竦めて言った後、姿勢を正して言った。

「何かあったのかい?」

 

清霜「イタリアさんから、“第二艦隊はどうすればいい?”って。」

これを聞いた直人は、清霜が伝令だった事を理解しつつ言った。

「第二艦隊も即応態勢で待機、いつでも乗艦できる様にして置く様に。」

 

清霜「・・・じゃぁ、清霜も出撃!?」

 

提督「うん、多分ね。」

 

清霜「やったぁ! 伝えて来るね!」

そう言うと清霜はびしっと敬礼した後、彼が声を掛ける暇も無くバタバタと執務室を出て行った。

「・・・元気なやっちゃ。」

そんな風に思った直人なのであった。

 

 

10

 

その後特にこれと言った動きも無く、直人はその後普段通りに過ごし、21時半に床に就いた。その()()が起きたのは、その約30分後の22時18分の事であった。

 

22時18分 サイパン島司令部中央棟1階・通信室

 

「―――!」

 大淀のつけていたヘッドホンに通信文が入電し始める。第二種臨戦態勢と言う事で、大淀も普段はこの時間寝ているがこの日は起きていた。しかしよくよく考えれば方式がアナログこの上ないが、暗号の作り方など、ずっと前から変わってはいないから、特に問題は起きないのだ。

大淀は函数暗号の解読手順を正確に通り、通信を解読、それを手に2階へと走る。

 

22時22分 サイパン島司令部中央棟2階・提督私室

 

コンコンコンコン!

 

提督「・・・んう?」

 

大淀「“入ります!”」

 

提督「ん・・・。」ムクリ

 

ガチャッ

 

急ぎで入って来た大淀に対し、ノックの音で気が付いた直人は何とか体を起こす。

「どうした・・・?」

と眠そうに言うと、大淀はまくし立てる様に言った。

大淀「軍令部より命令が届きました。」

 

提督「ん、見せてくれ。」

彼がそう言うと大淀は今しがた解読した電文を彼に手交し、直人はそれに目を通した。

 

発:軍令部総長

宛:横鎮防備艦隊サイパン分遣隊司令官

 

本文

 貴艦隊は作戦「礼」発令に伴い直ちに南シナ海に進出し、作戦に参加すべし。

なお鈴谷へ別送の指示以降の詳細は、カムラン湾に回航される補給艦「おんど」より受け取ること。”

 

提督「―――第六艦隊メンバー以外に非常呼集、直ちに出撃の命令を・・・ふあぁぁ~。」

 

大淀「―――了解しました!」

 言い切れずあくびをしてしまった直人ではあるが、それでも大淀は即座に命令を実行に移す。その直人は立ち上がると顔を洗い、急ぎ軍服に着替えると自室を出た。その時には既に第一艦隊から第三艦隊の艦娘にも非常呼集が掛かり、乗船作業が始まっていた。何はともあれ、賽は投げられた、と言う所である。

 軍令部が発動した作戦「礼」は、この様な大規模な敵出現に際し、2パターンに則して立案された作戦の片割れである。この「礼」は、日本列島線とそれに連なる地域(フィリピンから東南アジアの島々までを含む)に、敵の拠点形成を伴う攻勢が発生した場合に備えられていたものである。

因みにもう片方が作戦「捷」であり、こちらは大規模な敵艦隊の攻撃行動があった場合に備え、地域毎に作戦を立案されているものだった。

 

直人が鈴谷にやって来たのは22時47分。その時には既に鈴谷は出港準備が大詰めとなり、ドックの隔壁は開放されていた。

 彼は直ぐにタラップを駆け上がると、艦内通路から羅針艦橋に辿り着く。22時51分の事である。

 

提督「明石!」

 

明石「はっ! 乗船は間もなく完了します!」

 

提督「出港準備はどうか?」

 

明石「御心配なく、いつでも行けます。機関も快調です!」

直人は満足げに頷いた。が、明石の言葉が気になり一つ質問はした。

「あと誰が来ていないんだ?」

 

明石「二水戦三十一駆の3人と、十一駆の初雪さんですね。朝霜さんは来ていましたが、清霜さんと高波さんが来ていないと知り、慌てて起こしに戻りました。初雪さんは叢雲さんが行ってます。」

 

 

~艦娘寮四号棟・清霜の部屋~

 

朝霜「急げ急げ!!」

 

清霜「う、うん・・・!」バタバタ

 

高波「・・・。」←眠そうに立っている

 

 

~同三号棟・初雪の部屋~

 

叢雲「急ぎなさいったら!!」

 

初雪「うん・・・。」ノソノソ

 

 

提督「あぁ、まぁその二人は仕方ないが、初雪は相変わらずか!」

呆れたようにそう言う直人だったが、無視する訳にもいかない。

「最悪出航予定は23時半まで先延ばしだ。さっさと来い・・・!」

 祈る様にそう言う直人であったが、何とかギリギリのところで5人が慌てて乗艦した事で、直人も胸を撫で下ろした。

そうして鈴谷は23時丁度に予定通り出航すると、進路をフィリピン方面に取り、灯火管制を敷いて航行し始めるのである。

 

余談だが・・・

朝霜「司令済まねぇ、手間取っちまって!」

 

叢雲「また寝坊しちゃったみたい・・・。」

と陳謝する2人に

「ご苦労様。」

と短く声を掛けてから直人は言う。

「三人とも遅いぞ!」

 

高波・清霜「「す、すみません!」」

 

初雪「こんな夜中に出撃、無理あると思う。」

 

提督「阿呆、軍隊に夜も昼もあるものか。特に初雪はもう4回目だぞ。今度遅れたら置いていくからな!」

と彼は初雪にぴしゃりと言い置くのだった。

提督「高波は初実戦だから仕方があるまい。清霜は少々意外だったが、以後気を付ける様に。」

 

高波・清霜「「はい。」」

 

提督「宜しい、三人とも下がってよし。翌朝まで休め。」

清霜は兎も角高波に関しては、着任して日が浅いし、清霜も暫く第二艦隊の所属で実戦に出た事はない為、これに関しては不問に付すのであった・・・。

 

その翌朝、彼はブリーフィングルームに艦隊の主要な幕僚を集めた。集まったのは第一から第三艦隊と一水打群の司令官とその副官である。

 

1月8日午前7時58分 重巡鈴谷中甲板・ブリーフィングルーム

 

「さて、集まって貰ったのは他でもない。各艦隊、特に旗艦に対して現在の状況を共有する為だ。」

と慇懃な口調でそう言う直人。だが殊更にその様な言葉で始めたのにも理由があった。

 出航してからまだ数時間、事態が発生してから24時間も経過していないにも拘らず、状況は急速に悪化しつつあった。状況を把握すべくミンドロ島周辺部で行動中の部隊が威力偵察を行ったところ、棲地は急速に直径300㎞に渡る超大型棲地への発展が予測され、しかも交戦した幾つかの部隊からは「戦艦を含む強力な打撃部隊と遭遇した」「敵艦載機による攻撃を受けた」と言う報告まで上がってくる始末である。

この出来事は昨日の第一報からこの時点までに段階的に起こっている、つまり出航後から今までの間に起こった訳では無い。作戦「礼」、この時までには通称である「礼号作戦」と呼称されているが、これが発令された経緯は、この敵の主力部隊が現れた事に端を発しているのだが、ここからが、事態が容易では無い事を具体的に示していた。

 

提督「―――軍令部はこの礼号作戦に備え、本土にいる艦娘艦隊の半数を派遣する事を決定した。これに伴い、ベトナム領カムラン湾に物資を集積し、一時的な作戦行動に使用するそうだ。が、ここで一つ問題が発生している。それも無視出来る類のものでは無い問題だ。

その航路が敵潜水艦に脅かされている。既に3隻が失われている事から事態は重大だ。」

 

瑞鶴「え、と言う事は私達の役割って?」

 

提督「不明だ。」

 

大和「不明!? 私たちがこうしている目的が、分からないと言う事ですか?」

 

提督「そうなんだ。だが先立つ形で命令を受領している。その潜水艦を退治しろ、との事だ。」

その言葉に艦娘達の反応は「またか」と言うような具合だった。どうやら以前に()()を追った時のことを思い出したようである。

「それで、そのルートと言うのは?」

と言う矢矧の質問に直人は端的に答えた。

「君らのよく知るシナ海ルートだ。厳密にはバシー海峡を通過した辺りから、敵潜水艦の跳梁激しく、護衛艦にも損害が発生している模様だ。これがもう一つの問題、という訳だな。」

 

榛名「・・・つまり、ミンドロ島が既に、敵の基地として機能している、と言う事ですか?」

 

提督「推測ではあるがな、これだけ特定海域に大規模なアクションを起こし得るとしたら、シンガポールの中立化と言う条件を加味して、ミンドロ島だけだ。艦隊の集結に大きく影響が予想される為、作戦に先立って行うように、との事だ。」

 

能代「・・・と言う事は、その後はどうするのですか?」

その二水戦旗艦からの当然過ぎる質問に、直人は答えた。

「カムラン湾外で待機、との事だ。爾後の指示を待て、という訳だな。」

 

「あら・・・随分と、煮え切らないと言いますか、曖昧な表現ですねぇ。」

そう言ったのは第二艦隊旗艦であるイタリアである。

「いつもこの様な感じなのですか?」

と彼女が尋ねると、直人は

「いや、殊更今回だけ、持って回したような感じだ。恐らく我々と言う機密を保持する為だろうな。」

 

イタリア「成程・・・。」

 

提督「だが我が艦隊は現時点で“集結するよう”命令を受けている。従って潜水艦を掃討するにしても、時間は限られていると言っていい。」

 

金剛「向かいながら掃討もする、と言う事ネー?」

 

「流石は金剛だな、そう言う事になる。」

直人に率直に褒められた金剛は、まんざらでもなさそうにはにかんでから真剣な表情に戻る。

 だが横鎮近衛艦隊に課せられた役割自体は、そう楽観的でも無ければ、簡単でもない。多数の潜水艦が跳梁する海域に突っ込んでいき、その潜水艦を撃沈せねばならないのだ。しかもそれだけならば良いが、カムラン湾になるべく早く行かねばならない都合上、時間は余りないのだ。

更に言えば、艦娘艦隊の通行に際しては、鈴谷の姿を見られる事もなるべく避ける必要がある。この船は船籍が無く、あくまで防備艦隊の装備品と言う扱いを受けていると言う裏事情があり、臨検でもされた日には不審船呼ばわりをされてしまうのだ。しかも多数の船舶が短期に必要である為、中国や東南アジアなどの船籍の船舶などの助力している状況下にあり、そうなれば情報統制が途端に難しくなる事は想像に難くない。

「まぁ、我が艦隊が真っ先に行うべき事は潜水艦の掃討。だが、カムラン湾への集結も同時に急がねばならん。と言う訳で、どの様に事を運ぶか今回はそこが会議のメインだ。」

と直人は内容説明を締めくくった。

 急な出動であった為作戦立案はされていない。そう言った場合にはこうして作戦会議をするのは最早通例とはなっているが、今回の場合その主目標が明確にされていないと言う事で、普段と違いふわふわしている事この上ないブリーフィングとなってしまうのであった。

 

 ここで、シナ海ルートに関しては少々説明が必要だろう。

このシナ海ルートと通称される交易航路は、日本のシーレーンではかなり重要な位置を長らく占めている航路で、関門港*18や長崎港などを起点として、中国などの大陸沿岸から、シナ海周縁の国家、東南アジア方面へと連なる一大シーレーンである。そしてそれを抜けた先はアラビア海航路と呼ばれている。

 古くは江戸時代の昔、平戸へ向かうオランダ東インド会社の船舶によって利用され、日本の開国以降は日本と欧州を繋ぐ航路の一部としてや、東アジア貿易のルートのひとつとしても用いられた。そして今日でもその重要度は高く、南西方面艦隊への補給路として活用されてもいる。東南アジア諸国にとっては基幹海域と呼べる地域なだけに、このルートの確保は死活問題であると言えた。

横鎮近衛艦隊にこの命令が出たのも、そうした切実な理由によるものであった事は、最早言うまでもないだろう。

 

 ただ、この時の横鎮近衛艦隊に出来る事など、考えてみればたかが知れている。横鎮近衛艦隊は直ちにカムラン湾に向かわなければならないと言う重要な課題があり、対潜掃討命令にも付記として「カムラン回航を最優先とする」と記されていた。

これは横鎮近衛艦隊が作戦部隊として展開する事を最優先すると言う事であり、猫の手も借りたい状況とはいえ、その行動を妨げる事で作戦決行を遅らせる訳にはいかない、と言う事でもあった。

 よって横鎮近衛艦隊に於けるこの命令に対する作戦実施概要は、彼ららしからぬ消極的なものにならざるを得なかった。

要約すればその内容は、「重巡鈴谷は予定通りカムランに回航する。この回航中に一部の艦娘を対潜掃討に充て、航行中にローテーションを組んで対潜掃討に充てる」というものであった。

 この方法は本格的な対潜水艦戦闘には根本的に向いておらず、従って実効性が高いとは言えない。なぜなら第二次大戦中の対潜水艦戦闘では、ソナーなどの未熟さから一度探知した潜水艦でも見失う事が多く、従って綿密な探知と攻撃が必須と言う要件があるのだが、速力8~10ノット程度の船団護衛中はいざ知らず、10~15ノット程度の艦隊での通常航行中では、船が起こす水の抵抗が雑音を発生させ、パッシブソナーがこれを捉えてしまい、探知能力が落ちると言うデメリットがある。実際日本のソナーでも、敵潜水艦を攻撃する為に増速した途端、ソナーが使い物にならなくなると言う話も、当時の兵士の話としてしばしば聞かれる。

アクティブソナーもこの頃の音波の発信能力の都合上探知可能距離が長いとは言えず、速力が早ければ反射した音にも誤差が生じてしまう。

よって通常、対潜掃討任務では10ノット前後の低速航行が求められるのだが、横鎮近衛艦隊にはその様な悠長な事をする時間はなかったのだった。

 

 

11

 

 しかしその激しさは、彼らが身を以って体感する所となった。

重巡鈴谷はベトナム時間1月15日20時31分にカムラン湾外のランデブーポイントに到着したのだが、その時の鈴谷の状態は芳しいとは言えなかった。

鈴谷の艦首には不発魚雷が左右1本づつ2本、艦中央部右舷バルジにも2本、艦尾左舷に1本と言う、文字通り()()()()状態になっており、彼らの豪運ぶりもさる事ながら、敵潜水艦の跳梁が如何に激しいかを物語っていた。

当然抵抗の増大で燃費も悪化しており、合同した海自軍の補給艦「おんど」が余分に物資を積載していたから良かったものの、後述する理由もあり、到底作戦に耐えうる状態では無かったのだ。余談だが魚雷は合同後浮きドックを用いた簡易的な修理で取り除かれ、破口も綺麗に元に戻されている。

 その理由とは、艦娘艦隊の損耗の激しさであった。ローテーションで出撃した艦娘は、駆逐艦と軽巡洋艦、その補助に空母や軽空母と少々の護衛を付け、2昼夜合わせて延べ327隻に上るが、大破艦5、その他大小損傷諸々合わせて65隻と言う、ただならぬ損害を出していたのだ。

彼女らも普段の任務で潜水艦とは一度ならずやり合っており、この時の新参である高波や風雲らごく少数を除き、その点練度に関して何一つ問題はない筈であった。

しかしながらその戦術は徹底してかつ洗練されており、複数の潜水艦から攻撃を受けた事も一再ではないどころかしばしばあった。この為参加した駆逐艦娘の内、風雲を含む4隻が大破して戦闘不能に、残る1隻は航空機での対潜掃討に出た飛鷹が被害者となっている。雪風ですらあわや被弾寸前と言うところまで追いつめられており、たまたま攻撃態勢への遷移中でその前方に大潮が居た為、敵潜水艦の反撃により大潮が被雷した事で辛うじて難を逃れたと言う有様であったのだ。

 そんな事情もあり、カムラン湾へ彼らが一番乗りした時、鈴谷の艦内工場はフル稼働で動かさねばならない状態にあったのだ。だがそれと引き換えに、少なくとも23隻の潜水艦を撃沈確実、37隻にダメージを与えたと、横鎮近衛艦隊は結論付けていた。これだけでも、十分な成果は挙げ得たといえるだろう。なおこの時期の深海棲艦潜水艦部隊は、この2昼夜の間に該当海域に向かったものの内、39隻が未帰還になったとしている。

 

1月16日6時17分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

「―――修理の進捗は!」

この日艦橋に上がるなり、直人は先に来ていた明石にそう言った。まぁ明石もこれについては予想していたのだが。

「おはようございます。何とか補給を受けて4割程は完了しています。」

 

提督「鈴谷の状態は?」

 

明石「今の所、漏水等はありません。かなり綺麗に直して頂けたので、戦闘に影響はないと思いますが、仮にも応急修理なので、戻ったら修理は必要ですね。」

 

提督「よし・・・艦娘への補給の方はどうなってる?」

 

明石「そちらはほぼ完了しています。艦載機の一部に不足が発生してますけど、数回補給を受ける予定ですので、問題はないかと。」

 

「よし・・・。」

 直人のその頷きは満足げである。彼の内には、この分ならばどうにか作戦始動までには間に合いそうだと言う手応えがあった。今の状態は決して良くはないが、まだカムラン湾への戦力集結は先発隊が到着し出したばかりであるため、その間に修理を進めていけば、十二分に間に合うだろうと考えられたわけだ。

 2055年1月時点で日本国が擁する艦娘艦隊の数は6万程で、このうち日本本土にある12の諸基地に、4鎮守府に5000個、他に2500個艦隊の合計4万個艦隊がある。1個艦隊が擁する戦力は概ね100から150隻程であり、日本本土にある艦娘艦隊の総艦娘数は大凡420万艦であったと言われている。

この内の半数、2万個艦隊210万隻をカムラン湾へ集結させ、タウイタウイ、リンガ、ブルネイの3基地からの艦隊を合わせ、ミンドロ島へ逆襲を仕掛けると言うのが、今作戦の全貌であった。ただ、南西方面艦隊の3基地に関しては、人類生存圏の外縁部に位置する基地である事もあり、他方面への警戒の必要性から半数は出せず、2割から3割程度の来援に留まる事となっていた。

 

 余談であるが、艦娘艦隊の建制は1つの基地毎に一定数の艦隊が配備される形で行われている。この定数は徐々に拡充されていたが、この時期は各鎮守府に5000個、各基地、警備府、泊地にそれぞれ2500個艦隊を配する形となっていた。

当初はあくまで海自軍に於ける補助戦力であった為、その総数は25,000個艦隊程度に過ぎず、しかもさしたる発展方針も無ければ管理の程度も基地毎にまちまち、一部では密かに無法地帯と化した程であったとされている。

これは大本営がその内実として、自衛軍と艦娘艦隊の連携の為に設立された、単なる連絡組織、言い換えれば動脈に過ぎず、作戦は統幕*19が立てればよいと言う風になっていたからであった。

 この事を表す例として、初代総長の永納海将の前職は統幕運用部長であり、これと兼任する形でこのポストに座っていたのだ。

これは彼の下で第1部第1課長だった春原海将補や、第3部長だった東園海将補なども似たり寄ったりで、賀美2等海佐に至っては海幕*20防衛部の一幕僚に過ぎず、永納海将の個人的寵愛の結果第1部第1課に連座しているなど、人事が杜撰であった側面が否めない。

結局の所これは、当時出現したばかりの艦娘に対する懐疑的な目線が、海自軍全体にあった事をよく示しているし、悪く言うならば、「()()()()()()()()()我々は十分戦える」という、自衛軍が日本を守り抜いた実績が驕りとなった結果であった。

 

 しかし第1次SN作戦でその海自軍の通常艦隊が致命的損害を出し、艦娘艦隊にも少なくない損害が生じる。

同時に尊大な保守派が軍令部から一掃されると、開明的な山本新総長の元で方針が180度転換され、減少した通常戦力に代えるべく艦娘艦隊の大幅な戦力拡充が実施され、同時に発展を見据えた方針と、各基地に於ける統一された管理方針が決定されるに至り、艦娘艦隊は大幅に戦力を強化するに至る。この頃から軍令部の作戦立案が重視されるようになり、それに伴い権限も強化されている。これにはやはり、“餅は餅屋”式の思考が物を言った。

 この時期の艦娘艦隊は、風紀面と素行面の2点いずれかにでも不適とされた提督が解役され、新提督の厳正な審査による任命や一部改編、新規編成等を行った関係で混乱が避けられず、全体としては弱体化した。

しかしその間を横鎮近衛艦隊を初めとして近衛艦隊や各防備艦隊の他、再編されず残った各基地の生え抜きの精鋭部隊が戦線を支え、2054年の中盤頃までにはこれらの混乱はほぼ終息する一方で、それら新編、再編の艦隊は実戦投入が可能なレベルにまで短期間で到達し、この時期までには大きな戦果を出す様になりつつあったのである。

この軍政面での一大改革は、短期的な戦力の補強を如何に()()に繋げ、かつ発展性を持たせるかにフォーカスを当てた結果であり、この方針転換は的外れどころか結果を鑑みれば正しいものであったと言えるが、この頃は自衛軍内にも懐疑的な声が多く、海自軍の再建計画が大真面目に唱えられ、事実一部は遂行された程である。

 

―――話を戻そう。

横鎮近衛艦隊は、その後都合3昼夜カムラン湾外の航路外水域に隠匿される形で留まり、「おんど」から数回補給を受けつつ、自艦隊の戦力を引き続き展開し続け、船団護衛と対潜掃討に従事した。

結果、殆どの輸送船が目的地であるカムラン湾に到達し、物資集積は急速に進行する一方、次々と到着する艦娘艦隊は、来たるべき作戦に備えて万全に体制を整備しつつあった。横鎮近衛艦隊も終盤は泊地周辺警備のみに行動を絞って戦力を温存し、態勢は整いつつあった。

そして、その温存された理由こそ、作戦の内容が「おんど」経由で知らされたからであった。と言うのも大本営からの武官がカムラン湾に設けられる臨時指揮所に向かう前に「おんど」に来艦し、横鎮近衛艦隊宛の命令書を直接直人に手交したのだった。

 

1月17日10時26分 カムラン湾外航路外水域・重巡鈴谷中甲板・ブリーフィングルーム

 

「さて、急に集まって貰った訳だが、先程大本営より作戦命令が来た。」

と切り出した直人から、集まった主要メンバーが明かされたその内容はシンプルで、更に要約すると「全軍の先駆けとなり突入せよ」というものだった。

金剛「久しぶりに、分かりやすい任務デース。」

 

瑞鶴「でもそうなると、夜襲が一番賢いね。航空隊はあんまり出番ないかも?」

 

提督「俺も瑞鶴の意見に賛成だ。その辺も含めて作戦を詰めようと思う。」

 

「と言う事は、早速私達の出番、ですね?」

その発言の主は、第二艦隊旗艦のイタリアである。

「あぁ、その通りだ。」

直人はイタリアの問いに力強く頷いた。

 第二艦隊は今まで一水打群が役割として担ってきた、夜戦時の先鋒を託される部隊であり、これまでは戦力不足と、その性質上高度な連携と高い練度が求められる事から、実戦投入されずに来ていた。

今回は新参の2駆逐艦を加えた以下の20隻で、艦隊としては初出撃と相成っていた。

 

第二艦隊 20隻(水偵39機)

旗艦:イタリア

伊戦艦戦隊(イタリア/ローマ)

第七戦隊(最上/三隈/熊野)

第十三戦隊(川内/神通/阿武隈)

第二水雷戦隊

 能代

 第二駆逐隊(村雨/五月雨/夕立)

 第十駆逐隊(夕雲/巻雲/風雲/長波)

 第二十四駆逐隊(海風)

 第三十一駆逐隊(朝霜/清霜/高波)

 

 第七戦隊や第二駆逐隊を始めとした経験豊富な艦娘に、創設後新たに編入された艦娘で編成される第二艦隊は、実戦経験は全体としても申し分なく、講和派とも演習経験を複数回持つ彼女らは、艦娘の訓練を担当する一人である神通の直接指導もあり、総合的に見れば他艦隊には及ばないまでも高い練度を誇る。

今回の参戦は、直人にその戦力が十分であると見做された事が大きく、久しく前線を離れていた川内や神通、夕立と言った大半のメンバーにとっても、能代や阿武隈などの実戦未経験者にとっても、念願の初実戦となる戦いであった。

 

提督「第二艦隊の投入に関しては異論はないと思う。加えて一水打群も付ける。それでいいな? 金剛。」

 

金剛「OKデース。」

 

瑞鶴「で、私達はどうするの?」

 

大和「第三艦隊は、先制攻撃での昼間航空攻撃が、妥当なのでは無いでしょうか。突入時間が夜間となりますと―――」

 

 艦娘達が活発に意見を交わす。今回二水戦旗艦として実際上は初出撃の能代は兎も角として、他の艦娘達は各々経験を積んだ猛者揃いだ。航路もそれ程労する事なく決まり、作戦は短時間で大凡決定した。大凡、と言うのは、最終的には彼が作戦指揮を執るから、最終的には良きようにすると言う意味である。

提督「―――まとまったな。では第三艦隊がミンドロ島への往路上で空襲を仕掛け、第二艦隊が先陣を切って突入、二水戦が敵の魚雷艇に警戒しつつその後ろから一水打群を突入させる。第一艦隊は第三陣として続航し、敵の主力と遭遇した場合はこれと交戦する。なお突入時は第三艦隊は全艦出撃せず待機だ、以上の方針で行こう。」

 

一同「「了解!」」

 

提督「よし、では早速出撃準備だ。準備出来次第直ちに抜錨する。残りのメンバーもすぐに呼び戻せ。間に合わなければ洋上で回収する事とする。では各艦隊準備に入る様に、分かれ!」

こうして横鎮近衛艦隊はすぐさま準備に取り掛かったのである。

 

その後艦橋へと向かおうとした直人は、エレベーターの前で呼び止められた。

「司令官!」

振り向くと相手は清霜である。

「ん、どうした?」

と直人が聞くと清霜が言った。

「作戦準備って聞いてね。もしかして、礼号作戦?」

その質問に、隠し立てしても仕方が無いと思った直人は、「そうだ。」と短く答えた。

「やっぱりかぁ。カムラン湾から出撃した時が、懐かしいなぁ。」

 

提督「お前の久々の出撃が、まさか因縁のミンドロ島沖とはね。中々どうして、因果なもんだ。」

 

清霜「でも、うんと頑張らないと!」

 

提督「そうだな、頼むぞ。」

 駆逐艦清霜は、「日本海軍最後の勝利」と言われるミンドロ島沖海戦で戦没している。その清霜が艦娘となり、これまでそれなりに役目を果たしてきた訳であるが、その復帰戦が、その因縁の地であるミンドロ島マンガリン湾である訳だった。

清霜は清霜で、あの日への想いはあったし、鈴谷の艦上から見えた景色は、その時も見た景色であった。それで能代から話を聞いて、いてもたってもいられなくなった、という訳である。

「はい!」

清霜はその直人からの期待の言葉を一身に受け、元気に返事を返した。

 

一方、重巡鈴谷は「おんど」からの補給は既に受け終わっており、警戒と護衛に出ていた艦娘も含め消耗していた燃料と弾薬を艤装に補給すると、翌未明1時39分にカムラン湾外の鈴谷は密かに抜錨し、北東に進路を取った。

この進路はミンドロ島マンガリン湾に北方から突入する為に必要なコースであり、そのまま辿れはフィリピンの首都マニラへ向かうルートであったが、最短距離・最短時間でマンガリン湾へと向かう為早々に進路を東北東に転じる予定であり、その途上の南シナ海で航空部隊を出撃させる予定となっていた。

 そして今回彼らに与えられた役目は先陣であり、彼らが出撃した時、礼号作戦はスタートする。つまり彼らの後方からは、鈴谷出港直前に集結を終えた艦娘艦隊が逐次出撃する手筈となっており、全軍の先鋒として、一方ならぬ期待と困難を同時に背負い込む事となる訳である。

「―――給料も、出ちゃいないんだがな。」

その点に思い至った直人が、夜明け前の艦橋でそんな事をぼやいた。

明石「まぁまぁ、私達が骨を折る事で、友軍が勝てるなら、いい事じゃぁないですか。」

 

提督「軍令部も軍令部さ。給料も出ちゃいないのに、給料以上に働かせようって言うんだからな。」

そんな事を言う彼に明石が

「ご不満ですか?」

と問うと直人は

「不満さ。だから後でうんと強請ってやるつもり。」

と、柄にもなく人の悪い事を言うのであった。

 実は提督である直人であるが、既に鬼籍に入っていると言う関係上給金が出ていない。提督も形式上は公務員であり、24時間基本仕事であると見做されている為、日毎固定給で給金が出るのだ。

だが直人は過去に艦娘にポケットマネーで物を贈ったりもしている。賃金も貰っていないのに一見矛盾しているように見えるが、実は横鎮の防備艦隊予算に偽装して、その固定給分のお金が、一定期間毎に補給物資に紛れ込ませてあるのである。送り主は当然土方海将である。無論満額とまではいかない。その固定給は日給2万円*21と結構な額であり、余り派手に金が消えては悟られると言う理由もある。それでも直人は細やかな恩給と言う事にしてこれを受け取って、艦娘達にお小遣いをあげたりしているのであった。

 

 

12

 

15時27分 南シナ海洋上D点付近・重巡鈴谷

 

提督「お疲れ様。」

 

瑞鶴「ん、ありがと。」

 

直人は展開していた第三艦隊を艦尾ウェルドックで出迎えていた。彼女らは一度限りとされたが故に、稼働全機を投入した攻撃を以て、ミンドロ島方面に駐在する敵に対する戦闘を完遂し、今回の役割を終えようとしていた。

「・・・提督、後でちょっと話があるんだけど、いいかな。」

と瑞鶴が直人に耳打ちする。直人がその言葉に小さく頷くと、瑞鶴は艤装格納庫の方へと歩いて行った。

 

15時50分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

その話の内容を艦橋で聞いた彼は、妙な面持ちになっていた。

「―――手応えが薄い?」

彼がそう聞き返すと瑞鶴が答える。

「そう。なんと言うか、規模に対して戦力が少なすぎるのよ。トラックでもダーウィンでも、コロンボでだってそんな事は無かった。」

 

提督「・・・水上、地上、航空戦力、そのどれもが妙に少ない、と言うんだな?」

 

瑞鶴「勿論、その辺の連中よりは多い。多いけれど―――」

 

「分かってる。大規模棲地にしては、と言う部分だろう。」

 瑞鶴が訴えているのは、攻撃に対する戦果、つまり手応えの少なさである。しかもそれが攻撃方法に手抜かりがあったのならば兎も角、万全の状態で十全な攻撃を行ったにも拘らず、普段なら挙がるような戦果の水準を割り込んだ、と言うのだ。

搭乗員の技量に問題はない。それは誤認の可能性が今回も極めて少ない事でも分かる。では何が起きているのか、搭乗員の話を纏めれば、“敵の数が思ったより少ない”と言うのだ。

明石「敵が留守だったと言う可能性はどうでしょう?」

 

瑞鶴「そうかもしれない。もしかしたら藪蛇だったんじゃないかって思ったんだけど・・・。」

 

「わざわざ告知した様なものでもあるからな・・・。」

失敗したかな、と直人は腕組みしつつ思った。

瑞鶴「戦力が分散していたか、あるいは・・・」

 

提督「そもそもそれ程兵力が居ないか、だがな。流石に前者だろう。大丈夫、どの道もうバレちゃぁいるしな。」

と彼が言った途端、艦橋が俄かに騒がしくなった。

「“こちら後部電探室、電探に感有り! 本艦正面より0時半の方向、距離6万!”」

 

提督「・・・とまぁ、この有様だしな。」

 

瑞鶴「アハハハ・・・。」

この時瑞鶴は、()()()()()()手応えが薄かったのではないか、と思い始めていたのであった。

「“六航戦、戦闘機を上げます。”」

 

提督「了解、頼むぞ。」

 この時鈴谷は第三艦隊の艦娘が交代で護衛に当たっていた。と言うのは出港2時間後に敵潜水艦に捕捉され攻撃を受けたからで、敵が早くも地固めに来ている一方、行動開始はおろか、集結も筒抜けになっているだろう事が明白だった為、鈴谷単艦では危険と判断して、どの道突入時は艦内に収容する第三艦隊を、往路の護衛に投入する事にしたのである。

基本的に遊兵を生む事をそれほど好まない、彼らしい判断ではあっただろうが、一方で大半の稼働機を投入しての航空攻撃を実施した事もあって、戦闘機の稼働機数は普段よりも少なくなっていた。これが、周囲に護衛艦を展開しなければならない要因に加わる事にもなっていた訳である。

 

 

同時刻 ミンドロ島マンガリン湾サンホセ

 

「―――どうやら()()()()()()()()な。」

 

「は、()()()()()様。」

 

()()()()様に命じられたこの策、やってみるまで分からんものだな。」

 この事態を引き起こした主犯は、集積地棲姫「ウェーク」であった。この基地級は普段、ウェーク棲地の維持・運営を一手に担っている深海棲艦であり、それが珍しくこの様な所にまで遠征してきている、という訳であった―――。

 

 

 フィリピン時間1月18日23時過ぎ、数度の空襲と、潜水艦の襲撃を掻い潜った横鎮近衛艦隊は、マンガリン湾北北西洋上で()()()()戦闘態勢を整えつつあった。と言うのも、重巡鈴谷から展開中だった22時52分に、遭遇戦と言う形で突如戦端が開かれたのである。

 

23時02分 ミンドロ島マンガリン湾北北西海上 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

ドドオオオォォォ・・・ン

 

艦首主砲の砲声が轟き渡る羅針艦橋で、直人はサークルデバイスを展開し、腕組みしながら立っていた。

「なんとかなったな。」

 

明石「そうですね・・・。」

 

大淀「艦隊の展開及び布陣は完了しつつあります。」

 今回は棲地攻略、それも夜襲と言う事で、横鎮近衛艦隊も、水上戦力の総力を挙げた態勢を取っていた。それも前述の第二艦隊に加え、下記の戦力が出撃している。

 

第一水上打撃群 25隻

旗艦:金剛

第三戦隊第一小隊(金剛/榛名)

第八戦隊(摩耶/鈴谷/利根/筑摩)

第十一戦隊(大井/北上/木曽)

独水上戦隊(グラーフ・ツェッペリン/プリンツ・オイゲン/Z1 51機)

第三水雷戦隊

 矢矧

 第四駆逐隊(舞風/野分/萩風/嵐)

 第十六駆逐隊(雪風/天津風/時津風/初風/島風)

 第十七駆逐隊(浜風/浦風/谷風)

 第十八駆逐隊(陽炎/不知火/黒潮)

 

第一艦隊 34隻

旗艦:大和

第一戦隊(大和/長門/陸奥/三笠)

第四戦隊(高雄/愛宕/鳥海)

第五戦隊(妙高/那智/足柄/羽黒)

第十二戦隊(球磨/多摩)

第四航空戦隊(扶桑/山城/伊勢/日向 96機)

 第一水雷戦隊

 阿賀野

 第六駆逐隊(暁/響/雷/電)

 第八駆逐隊(朝潮/大潮/満潮/荒潮)

 第十一駆逐隊(初雪/白雪/深雪/叢雲)

 第二十一駆逐隊(初春/子日/若葉/初霜)

 

 普段の一水打群と第一艦隊から空母戦隊を抜き、それ以外の全兵力を差し向けるこの構成は、横鎮近衛艦隊が一切の手抜きをしていない事の、何よりの証左であっただろう。同時に彼らにとっては、約80隻になるこの全力出撃は、彼らにとってはこれ以上は望むべくもない最大編成であった。

大淀の準備完了の声を受け、直人は力強く言い放つ。

「結構、では早速始めるとしよう。第二艦隊!」

彼が第二艦隊を呼び出すと、旗艦イタリアが応答する。

「“こちらイタリア!”」

 

提督「作戦開始だ、行動を開始せよ。」

 

イタリア「“了解!”」

 

 横鎮近衛艦隊は23時03分、後に“ミンドロ島沖海戦*22”と呼称される戦いに於ける、自身らの戦闘計画を実施に移す。この時点で艦娘艦隊の第一陣は、横鎮近衛艦隊の西方80㎞に先鋒が到達したばかりであり、第一陣主力は約100㎞遠方にいる。当然まだ戦端は開かれていない。無論横鎮近衛艦隊が衆目に触れないようにする為、と言う大本の理由こそあるものの、彼らは文字通り全艦隊の先頭に立ち、最も激しいであろう鉄火場に身を投じようとしているのだ。

なおこの時大淀は、第十戦隊の上位部隊である第三艦隊が出撃しない為艦橋に立っていた。

 

イタリア「金剛さん。周囲の敵艦を、お任せしてもいいですか?」

 

金剛「“勿論デース! 存分に、暴れ回るネ!”」

 

イタリア「承りました。第二艦隊前進、目標、右前方の敵艦隊!」

 

「私達も、やっと出番ね。」

 ローマがそう感慨深げに言った。イタリアから来日して以来、2人は練成中であった第二艦隊の中核として温存されていた。大和などより余程温存され続けた2人であったが、遂に太平洋での初実戦の時を迎えられたのだった。

「・・・()()()()も一緒だったら、良かったのに。」

イタリアのその声は、僅かに哀愁を帯びていた。

「―――それは言わないって決めたでしょ。今は・・・」

ローマの言葉にイタリアも

「・・・分かってる。」

と表情を切り替えた。

 

―――目標、右前方の敵水雷戦隊、距離35,000! 撃ち方、始め!

―――撃て!

 

 

1月19日0時20分 ミンドロ島マンガリン湾サンホセ北西近海

 

グラーフ「空母が夜戦とは、提督も人使いが荒いが、まずは快勝・・・だな。」

 

レーベ「うん、そうだね。」

 

 

イタリア「あとは敵泊地さえ叩けば・・・!」

 

ローマ「口ほどにも無かったわね。」

 

 

金剛「・・・。」

 

榛名「姉さん、どうかしましたか?」

 

 

提督「・・・おかしい。」

 

大淀「えっ・・・?」

 

 グラーフ・ツェッペリンとイタリア、そして大半の艦娘は気づいていなかったがこの時、少なくとも金剛と直人は同じ様な疑念を抱えていた。ここまでで起きた戦闘と言えば、最初の突発戦闘を抜きにすれば、2度の水雷戦隊との交戦以外は全て数度の魚雷艇による襲撃に対する対応位であったのだ。

大規模な棲地であるならこの程度である筈が無い。その事は彼ら自身が一番熟知している事実である筈で、それに基づけば、この戦力は余りにも少ない。普段護衛任務や諸島部戦闘で見かける程度の、低強度戦闘の域を出ないのだ。おかしいと言うより、奇妙ですらある。彼らにとってみれば、余りにも()()()()()という訳である。

 

提督「―――明石、周囲状況の数値変動に留意。逐次記録は取ってるな?」

 

明石「取っていますが・・・何故ですか?」

 

提督「確証はない、が、何かがおかしい。」

 

大淀「確かに、敵の戦力が少ないですが、出払っているのでは?」

大淀のその推測に対する直人の答えは「否」であった。

「そんな事があるか? 大規模棲地とされる敵棲地はどれも20万を超える深海棲艦と超兵器級を1隻は抱えている。しかもそれは少なく見積もっての話だ。その内のいくらかを我が方に回したとしても、防衛計画にさしたる綻びが生じるとは思えん。もし仮にその仮説が正しいなら、ここにいる戦力は10万にも満たない事になる。」

 

大淀「確かに・・・。」

 

金剛「“テイトクー、ここ、何か変ネ。”」

 

提督「あぁ、俺もそう思っていた所だ。金剛は一水打群を率いて、サンホセ付近の敵情偵察を実施してくれ。敵が居れば、既定の戦闘計画の何れかを実施に移す。」

 

「“OKネ。”」

金剛はそう言って通信を切り、艦橋は再び3人の話し合いに戻る。

「金剛が行って、その目で見たものが事態を物語っている筈だ。」

 

明石「そうですね・・・。」

 

大淀「もし敵が居れば戦いますが・・・居なかった時、私達はどうしますか?」

 

提督「・・・その場合俺達は、突かんでもいい藪を、突きに行った事になる。滑稽にも程がある状況だ。兎も角艦娘艦隊は我が艦隊の西方で、大規模な戦闘を繰り広げているらしい。我々だけが独断で、ここを離れる訳にもいかないだろう。」

 結局の所、大本営からの指示で動いている以上、彼らには独断専権の余地は無かった。むしろ事態が当初考えられていたもので無かったとしたら、彼らにはそれを確かめる必要があったのである。

ただ直人はこの時、本当に敵が居ない等と言う事自体、有り得ないと踏んでいた。この為金剛らによる威力偵察は、敵の待ち伏せを探る意味合いが彼の中で大きかった。

そしてその答えは9分後に直人の元に届けられる。

「―――()()()、だと!?」

 

金剛「“レーダーの反応はダミーだったネ、どこにも敵影は・・・。”」

 

提督「―――明石、数値はどうなってる!」

 

「それが・・・先程から、回復傾向に向かっているようです。」

 明石のその言葉が事態を物語っていた。敵がいると思って向かった先はもぬけの殻、棲地が形成されつつあると言う前提は、数値が回復へ向かっている事で瓦解した。海域は艦娘達の狼狽する声以外は静寂を保っており、敵がいた唯一の痕跡となり得る赤色化した水だけが、さざ波と共に残されているに過ぎなかった。それですら棲地形成が行われて無ければなかったに違いない。

「一体・・・どう言う事だ?」

直人ですら思考が凍結するほど、この状況は明らかにおかしかった。横鎮近衛艦隊が前提としていた全てが、彼らの目の前から唐突に、忽然と姿を消してしまったのであったから、否応なく納得しうるところだろう。

「どう致しますか? 報告、しますか?」

その氷を融解させたのは大淀の一言だった。その言葉を受けた直人は、少し思考を巡らせてから指示を出す。

提督「―――そうだな、この異常な状態だ。報告は入れるべきだろう。作戦司令部に至急電で送れ。」

 

大淀「承知しました、艦隊は如何しますか?」

 

提督「敵の誘因策は警戒すべきだろう。この状況が我々を誘い込む罠である事もあり得る。艦隊は引き続き展開して警戒態勢だ。体勢を崩すなよ。」

 

金剛「“OKデース!”」

直人は指示を出しながら、「本当に敵が居なかった時」、敵の目的は何か、と言う問題に気が付いた。いや―――思い出した、と言う言葉が適当だろう。

 

―――今ここに来る意味が無い―――

 

提督「―――大淀、末尾に追加してくれ!」

 

大淀「はい、なんと?」

その至極当然の問いに、直人はこう伝えたと言う。

「“この一連の敵の行動は、敵の大規模な陽動作戦の可能性あり、警戒を求む”と。」

 

大淀「分かりました。」

 

「じゃ、じゃぁここまでの戦闘は・・・!」

明石のその言葉に直人は一つ頷くとこう答えた。

「可能性はゼロじゃない。これが、我々の戦力をここに集める為の罠である可能性がだ。勿論俺達の動きを拘置する、と言う極めて限定的な誘いである可能性もある。敵の目的は依然不明だから、確証はないがね。」

 

大淀「サイパン分遣隊の名で送信を終えました。これが役立てば、宜しいですね。」

 

提督「だが、主力部隊は既に戦闘中だ、これが終わらん限り、動きづらいだろうな・・・。」

 

 

13

 

 その後状況は、2時49分に艦娘艦隊が多大な損耗を追いながらも夜戦に勝利し、作戦は表面上順調に進展しつつあった。しかしこの時既に状況は、抜き差しならない段階に差し掛かりつつあったのだ。横鎮近衛艦隊からの通信は大本営に届いており、敵の真の意図について、激しい議論が巻き起こっている真っ只中の、日本時間5時02分、後にこの深海と日本の再戦後最大規模とも言える本土戦が、北海道方面で惹起した。

 

フィリピン時間3時23分―――

 

提督「本土が空襲されただと!?」

 

大淀「はい、現在状況を確認中との事ですが、来襲機は艦載機であったとの事です。」

 

提督「・・・謀られたぞ。やはりこの敵の動きは、敵の陽動作戦だ。我々は揃いも揃って敵の術中に嵌ってしまったのかも知れん。」

 

大淀「如何致しますか?」

 そう問われた直人ではあったが、現状では彼に出来る事は、目の前の状況に他ならない。それに直人も言うべき事は既に言い終えていた事もあって、横鎮近衛艦隊はこの時は動かず、残敵の捜索と銘打って索敵態勢に入っている。但し鈴谷の燃料を温存する為速力は落とし、いつでも北上出来る体制を整えての残敵掃討となった。

 

 そして案の定日本時間5時41分に、礼号作戦中止と派遣艦隊の引き上げ命令が発出され、更に南西方面艦隊に対し、可能な限りの戦力を本土へ向かわせるように訓令が行われた。

これを横鎮近衛艦隊ではフィリピン時間4時43分に、おんどからの転電で命令文と共に受信し、礼号作戦は、唐突に打ち切られる事となるのだった。

この後作戦部隊から内地の司令部に至るまで、上へ下への大騒ぎとなった、“最後の日本本土決戦”と言われる戦い―――「決一号作戦」の発動であった。

 

 

~次回予告~

 

 横鎮近衛艦隊は事態を見越し、直ちに転進を開始する。

その途上、戦艦イタリアが紀伊 直人に漏らしたのは、彼女の悲しい過去―――

 一方北海道への大規模空襲と共に始まった大攻勢は、留める者も無く鉄の嵐を吹き荒れさせた。

戦力の不足にあえぐ中、孤軍奮闘する幌筵泊地を救援すべく、大本営も可能な限りの戦力を結集する!

“来援”は果たして間に合うのか、深海の壮大な戦略に抗う術は―――!?

 

次回、横鎮近衛艦隊奮戦録第4部5章、『決一号作戦発動―夏の嵐は涙と共に!―』

艦娘達の歴史が、また一ページ・・・

*1
この宮内庁の判断の内には更に、かつての米軍とは異なり、深海棲艦隊が天皇の御座所であろうと容赦なく空爆する危険があった事も含まれていた事が、後年明らかになっている。

*2
その一家は既に魔術回路が衰退して魔道を諦めている為、この事は隔世遺伝であると言う事以外に、この時は彼自身も把握していない

*3
と後に彼が名づける事となるもの

*4
魔術協会内で言えば、隣り合う研究室であっても、研究者レベルでは壁の向こうで何をしているのかすらわからないと言った事態も数多くあったとされる。

*5
要約すれば広義における内部情報、より踏み込んで言えば、艦娘艦隊は勿論自衛軍内部までに渡る内務情報の収集

*6
内火艇自体は、運搬方法のない巨大艤装を何とか持ち出しつつ、稼働させないようにしまう為の器であった事から、鈴谷が就役した後は用途廃止となっていた

*7
マイクロフォンを舷側水中部に配置して水中の音を聞く装置

*8
舷側水中部に装備した発振器から超短波の音を発射し、その音の跳ね返りで対象物体との距離を測る装置で、その性質から海中のマッピングにも使用される。

*9
酒石酸(しゅせきさん)カリウムナトリウムの結晶の事。1921年に強誘電体であると発表された事で、クリスタルマイクやクリスタルイヤホンに広く使用されていた。湿気に弱いと言う欠点もあり、現在では殆ど使用されない。

*10
超兵器機関から取り出したエネルギーを特殊な収束法を用いて3方向に発射、目標地点で収束させる光学兵器

*11
この様な認識の背景には、永納海将時代の幕僚達が、通常戦力による戦闘を、艦娘出現後も重視していたからだと言われている。

*12
陸軍が採用していた迫撃砲である九七式曲射歩兵砲を一部簡略化して採用したもの。音響弾を発射する対潜威嚇用の兵装として使われた。

*13
第3部8章参照

*14
ACV、空気浮揚艇。一般的にはホバークラフトと言う商標名で知られるもの

*15
ここでは性行為の事

*16
雌雄で生殖器を別に持つ形態

*17
医学的に性分化疾患(DSD)とも言われるもの。日本では「性発達障害」などと呼ばれていた

*18
下関港と北九州港(旧名:門司港)を総称した名称で、国際拠点港湾及び中枢国際港湾に指定されている。

*19
統合幕僚監部の略称

*20
同じく海上幕僚監部の略称

*21
基本給15,000円、危険手当5,000円

*22
公称ではフィリピン西方海戦




艦娘ファイルNo.152

夕雲型駆逐艦 風雲

装備1:12.7㎝連装砲
装備2:25㎜連装機銃

 コモリン岬沖海戦後に着任した4人の筆頭。
夕雲の第二艦隊二水戦第十駆逐隊に編入され、ミンドロ島沖海戦で初陣を飾る。
4人の中では最も筋が良かった為、さして歴戦の勇士たちに後れを取る事は無かった。


艦娘ファイルNo.153

夕雲型駆逐艦 高波

装備1:12.7㎝連装砲
装備2:25㎜連装機銃

 コモリン岬沖海戦後に着任した4人の艦娘の一人。
「艦隊のエース」こと朝霜の第二艦隊二水戦第三十一駆逐隊に編入され、風雲と共に初陣を飾る。
隊旗艦の朝霜から何度か檄が飛んだ。


艦娘ファイルNo.154

白露型駆逐艦 海風

装備1:12.7㎝連装砲

 コモリン岬沖海戦後に着任した4人の艦娘の一人。
村雨の第二駆逐隊の教導を受ける形で第二十四駆逐隊を発足し、第二艦隊二水戦の所属でミンドロ島沖へ出撃した。
素質に問題はないが経験不足が祟り中破した。


艦娘ファイルNo.155

陽炎型駆逐艦 初風

装備1:12.7㎝連装砲
装備2:25㎜連装機銃

 コモリン岬沖海戦後に着任した4人の艦娘の一人。
雪風の一水打群三水戦第十六駆逐隊に編入され、一水打群唯一の新人としてミンドロ島沖海戦に参加した。
初風の参加により、十六駆の増強編成が完成した。
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