異聞 艦隊これくしょん~艦これ~ 横鎮近衛艦隊奮戦録   作:フリードリヒ提督

66 / 66
2022年最初の投稿が5月の真ん中になってしまいました、どうも天の声です。

青葉「随分とかかってしまいましたね、青葉です~。」

本当なら1か月早くに投稿出来る筈だったのですが、身内の不幸があり気持ちがそれどころではなくなってしまい、結局ここまでズレ込んでしまいました。

青葉「心中、お察しします。」

で、そんな中執筆を急ぎ始めた頃に叱咤のリプがありまして、こうして今月中に上げることが出来ますが先に白状します。

大分端折りました!

青葉「えぇっ!?」

正確に言うと後半の展開について一部プロットを端折りました。そのせいでちょっと駆け足気味になってしまっているかに思います。
なので正直今回のお話は後日修正になる確率は比較的高い方です。(この部分の記述もその際に変更になると思います。)

青葉「前例のない事ですね・・・。」

 無いよ、ちゃんと今までは全部書いて来たもの。確かに今年に入って全く新しいストーリーをお届けできなかった事については反省しておりますが、他所で受けた支援に報いる為に払った努力が大きく、こちらにまで手が回らなかったと言うのが真相です。
今後もそう言った事態は起こり得るので、ご了承とご理解の程、宜しくお願いします。一つ言える事は、別に飽きたとかではないです、今後も続けていく所存です。出来れば物書きで生計立てたいとか考えたりもしますが、それはまた別の話です。

青葉「選択と集中は発生する、という事ですね?」

そう言う事だね。では、今回遅れた事情も説明し終えた所で、本編行っちゃおう。

青葉「スタートです!」

(今回は許そう。)


第4部6章~マレー沖の攻防―オトギリソウ舞い散る戦場―~

「―――愚かな人々ね。でも、巻き込まれる者達もまた、たまったものではないわね。」

 

「艦娘を取り巻く情勢も一枚岩ではありません。これも、それが表出しただけではないでしょうか?」

 

「かもしれないわね・・・さて、私達はまだ、見守りましょう。今は、時ではないわ―――」

 

 

1

 

「ま、待って下さい! 我々に、反乱軍の相手をせよと仰るのですか!?」

 

 2055年2月11日夜、横鎮本庁で息つく間もなく新たな任務を告げられた横鎮近衛艦隊司令官紀伊 直人は、その内容の異様さに驚愕と困惑を隠せなかった。

リンガ泊地に燻っていた不平分子の蜂起。他の誰にも予見する事の出来なかったこの事態こそは、現在日本列島で行われている防衛計画そのものを、根本から崩壊させかねない事象であって、しかもその鎮圧を命じられたのは、他ならぬ横鎮近衛艦隊であったのだ。

「直人、分かっている筈だ。今の状況で、動けるのは他にいない。」

 彼が「反乱軍」と言った事を訂正もせず、釘を刺す様に言ったのは大迫一佐である。彼は横鎮近衛艦隊の物資供給を一手に担う補給担当だが、同時に補給と言う観点から今の現実をつぶさに知るが故にこそ、彼の言葉はいつにも増して手厳しい。

「紀伊君、君の言いたい事は十分に理解しているつもりだ。だがその上で、今回は君の力を借りねばならん。」

土方海将もまた、直人の目を見据えてそう言った。その表情には、苦悩の跡が見て取れた。

提督「しかし、一体部下達に何と説明すればよいのですか。反乱したからとは言え、元は彼らも含め、我々人類を守る為の存在です。その庇護対象に弓を引けとは―――!」

 

土方「分かっている。だが心苦しいが、我々にとっては今、ここを守る事で精一杯なのだ。これ以上通常戦力を回す余裕もなければ、彼らに時間的余裕を与える余裕もない。紀伊君と共に向かう5個護衛隊はいずれも、予備として待機していた部隊だ。通常戦力の予備兵力は全て使い切った事にもなるな。

だが相手は4個護衛隊12隻。まともに戦った場合、勝ったとしても損害は甚大なものになるだろう。しかし一方で艦娘部隊は動けないし、動かす訳にはいかん。君にしか出来ん事なのだよ。影の存在である君達にしか。」

 

提督「土方海将・・・。」

 この時彼は、貧乏くじをまたも引かされたのだと言う事を悟った。影の艦隊(シャドウ・フリート)と言う名の響きは、それ相応の汚れ役を担わされる事をもまた暗示していた、と言う訳である。

しかも彼らは艦娘部隊である以上、人類軍と戦う事は当初から想定されていないが、それは直人が一方的かつ恣意的に無視しているだけの事であり、近衛艦隊にはそうした性質の任務が与えられたとしても、何ら不思議はないのである。

それでも彼らは以前、ヒューマントレーダーの検挙に際して、その時彼に帯同していた艦娘総出で協力した前歴こそある。だが今度はそうはいかないだろう、なにしろ、艦娘達の陰に隠れざるを得ない、自分達の現在の立場に(いきどお)った将校達の反乱なのだから・・・。

「それに何も、君に無関係な話ではないのだ。」

土方海将はそう前置きした上で続ける。

「奴らはあろう事か、君ら近衛艦隊が錨泊地として使用しているペナン島をも占拠し、どうやら施設に手をかけたらしい。このままでは、君達の作戦行動に大きな影響が出かねんのだ。」

 

「・・・確かにあそこには艦艇用の停泊地があり、簡易的ながら艦娘用の設備もあります。管理はリンガ泊地の管轄ですから、彼らは存在を知っていても不思議ではない。」

 

「そう言う事だ。君達にとってもこの鎮圧は、焦眉の急、と言う事だ。」

 土方海将はそう締めくくる。ペナン秘密補給港は表向きマラッカ海峡内に設けられた洋上監視所という事になっており、管理は北村海将補がリンガ泊地の指揮権者として自ら担当している。この為リンガ泊地ではこの地に人員を少数ながら配置はしており、施設の概要を彼らが何らかの方法で知っていても可笑しくはない訳である。

「・・・分かりました。状況が状況です、我儘も言ってはいられませんな。」

直人もその事情を知って遂に腹をくくる。

「すまない。元はと言えば我々の身内の起こした事態だ。それを―――」

土方海将がそう言うと

「いえ。私も一端の軍人として、分は弁えているつもりです、尻拭いとは思わぬ様にします。艦娘達に何と言えばいいか、それだけが不安ですが・・・。」

と述べたに留まる。

土方「山本海幕長からの言伝も含め、全権は君に一任する。説得するなり強硬手段に出るか、方法は君が判断してくれ。護衛隊にはなるべく戦闘は避ける様に申し伝えておくが、いざとなれば一戦交える事は覚悟して貰いたい。」

 

提督「ハッ。」

 

土方「艦の補修については、明日1日かけて突貫でこちらでやらせて貰う。君の所からも技官を出してくれ。」

 

提督「分かりました。では、私はこれで。考えねばならぬ事が幾つもありますので。」

 そう言って去る彼の瞳には、何とも言えぬ鈍い光が宿っていたと言う。大迫一佐(当時)の回想によれば、「強いて言うなら“寂しそう”な目だった」と語る。

山本海幕長からは、土方海将の選んだ信任者に自己の全権を一任するとの言伝があった事もあり、直人は横鎮はもとより大本営の全権を担って、この任に当たる事となったのだ。直人にとって余りに不本意な任務であったが、彼にも関わり合いのある話故に、結局引き受ける事にしたのである・・・。

 

 その晩、彼は艦長室で一人物思いに耽っていたと言う。余りにも急な命令、艦隊も疲労が回復しきっているとは言えず、しかも次の相手は、深海棲艦ではなく人間達と来ている。

彼がこの時何を想ったのか、証言は無い。だが一方でこの彼にとって不本意でしかない現実を前に、この時彼の心の内で、ある種悲壮な決意が芽生えたのは間違いないだろう。その事は、この後の彼の行動にも大いに影響する事となるのだ。

ともあれ、横鎮近衛艦隊の面々に彼が事態と次の任務を説明する事となったのは、この翌日の朝であった。

 

 

2月12日 日本時間7時42分 横鎮支庁1階・第1会議室

 

 横鎮近衛艦隊はこの日、鈴谷が丸一日ドックへ入渠するため艦を降りており、間借りしている横鎮支庁の一隅にある会議室に参集していた。

「いつも通り座ってくれ。始めるとしよう。」

会議室に広げられたテーブルと椅子の、中央列に一水打群、その後ろ第二艦隊、向かって右に第一艦隊と特別任務群、左に第三艦隊と夕張の混成部隊所属艦娘がそれぞれ座る形で着座し、会議はつつがなく開始された。直人自身、異様な雰囲気を漲らせて居る事を自覚しつつ・・・。

「まずは決一号作戦前哨戦への参戦、ご苦労だった。情報によれば敵艦隊は今頃になって漸く指揮系統を整え、進撃を再開したそうだ。我が人類軍は稼働全戦力を北海道東方沖へ集結させつつあり、間もなく大決戦の火蓋が切って落とされる筈だ。

それもこれも、君らが忠実に私の指揮に従ってくれたからだ。礼を言う。」

 

「提督、私達も、決戦に参加出来るのですね!?」

勿体ぶる様に言う直人に、勇んでそう言ったのは比叡である。第三艦隊所属艦として空母護衛に当たる彼女であるが、決戦参加と言えば勇み立つのは自然な事だった。だが彼は(かぶり)を振った。

「―――残念だが、我が艦隊はこれには参加出来ない事となった。」

その一言に室内は騒然となる。

那智「何故だ提督!」

 

大井「疲労は問題ありません、再出撃して敵に更に一撃を!」

 

瑞鶴「一航戦以下、航空戦力は消耗激しいけど、まだ戦える兵力があるわ!」

 

長門「我ら戦艦部隊も同様だ。弾薬は補給した、すぐにも出撃出来るぞ!」

 瑞鶴などは先輩である赤城と加賀に目をやった後発言したが、赤城は軽く頷き、加賀は瞑目していた。彼女らの言い分も尤もであり、直人も過去に自分達が予備兵力として留め置かれた事も思い出しつつ、それを心から是としてやりたかった。『その意気や良し』と言ってやりたかったし、彼女らの反発もその時の記憶からに他ならないだろうと思ったからだ。

だが直人は今、それを言う事は許されない身であった。彼は静かに言う。

「静かに。我々は予備兵力としてではなく、別命によって動く事となった―――」

しかしそこまで言った所で会議室のドアがノックされた。

「少し待て。」

 彼はそう言うと講壇を中座してドアの向こうを見る。そうするとそこには息を切らした大迫一佐がそこに立っていた。彼は慌ててするりと這い出す様に隙間から会議室前に出ると、

「どうしたんです、そんなに慌てて。」

と声をかけた。

「どうしたも何も、お前が今の状況を教えて欲しいだろうと思って、忙しい中予定空けてきたんだよ。ありったけ資料持ってな。そしたらお前達は会議中と来たもんだから、慌ててこっちへ飛んできたんだ。」

 見ると大迫一佐の右肩にはショルダーバッグが提げられ、乱雑に紙束が突っ込まれていた。それでもクシャっとは殆どなっていないのは、書類仕事の達人故であろうか。

しかし様子から察するに、鈴谷に一度来艦した後明石に会ってここへ飛んできたようだ。息が上がっているのも納得である。

「それはご足労ありがとうございます。それなら大迫さんの口からもついでにご説明頂きたいのですが、大丈夫ですか?」

と直人が言うと

()()()、か。ついでと言う言葉の響きが気に入らんが、まぁいいだろう。」

と大迫一佐は若干不満をにじませつつも承諾した。その様子を見た直人は、

「・・・分かりました、後でブランデー2杯奢らせて頂きます。」

と言い、それに大迫一佐は

「では今日中に頂くとしよう。以前の3杯の貸しもまだ返して貰ってないからな。」

と、きっちりせしめにかかるのだった。

「私もいますよ、提督。」

との声と共に大迫一佐の背後から、鏑木二佐が現れた。

「おぉ、戻ったか。」

 

「はい。今回は大本営も、抜き差しならない事態であると認識しています。私も前線へ参加し、鎮圧に尽力せよとの事です。」

 

「承知した。」

そう言って会議室に2人を伴って戻った直人は、

「すまない、待たせた。たった今、横鎮本庁から担当官が来た所だ。」

と説明し、

「そのままでいい―――横須賀鎮守府後方参謀兼、横鎮防備艦隊補給担当として、君達の業務に関わっている、大迫 尚弥一等海佐だ。」

と軽い自己紹介をした。本当は担当官、と言う訳ではないのだが、そんな形式ばった事を置いておけるのは、大人の余裕だろう。

提督「どこまで話したかな―――」

 

大迫「別命で動く所までだろう。」

 

提督「大迫さん、あなた来て早々盗み聞きしてタイミング測ってましたね?」

 

大迫「おっと、バレたか。」

そのお茶目なやり取りに場に笑いが起こった。

「まぁ、いい。我々は横鎮―――いや、大本営からの命令により、本決戦には参加しない。それは、我々でなければ解決困難な事象が発生した為だ。」

直人のその言葉に大和が反応する。

「“敵”、ですか。」

その言葉に直人は言葉を選ぶそぶりをしつつも、

「そうだな・・・敵と言えば、敵かもしれん。」

と曖昧に答えた。大迫一佐も彼の心中を知っている為敢えて口は出さなかったが。

「何よ、今日は随分と歯切れが悪いじゃない。敵なら敵と、ハッキリと仰いな。」

霞がそんな声を上げると、それでようやく直人が口を開いた。

「・・・今回受けた命令は、反乱の鎮圧だ。情報は封止されているが、リンガ泊地の自衛軍幕僚が部下を率い、中央に造反した。」

その言葉に室内は一気に言葉を失った。その答えは間違いなく、彼女らの意表を突いたに違いない。何せ敵が現れたと思えば、表出した事象は敵の出現ではなく、人類同士の争いだったからだ。波紋が広がる様な静寂に彼はさもあろうと思い続けた。

「大本営から受けた我々に対する命令はこうだ。“リンガ泊地を中心に展開する造反者達を、どうにかして鎮静化せよ。従わぬなら、実力行使を辞さない。”こう言う事だ。」

 

その言葉に震える声で反応したのは、霧島であった。

「・・・それでは、私達がこれから戦うのは―――」

 

「・・・()()、と言う事だ。」

 沈痛な面持ちで、しかし目を逸らす事無く、彼はその一言を吐き出した。その余りのいたたまれなさからか、室内からは二の句を告げる者は居なかった。

当然だろう。この場にいる者で、彼がどれ程人々を守るべく尽力したか。その功績を知らぬ者は存在しない。そんな彼が、血を吐く様にその言葉を吐き出したのだろう事が、想像出来ぬ筈は無かった。

「―――大迫さん、俺もまだ聞いてないですし、現在までの説明を、お願い出来ますか。」

彼がそう言うと大迫一佐は手際よく取り出していた資料から抜粋して説明を始めた。

「では、提督にはおさらいと言う部分だが、まず、3日前にリンガ・ブルネイ・タウイタウイからなる南西方面艦隊の幕僚の内、反艦娘派に属すると思われる将校らが造反を起こした。彼らは3基地から合計4個護衛隊を糾合している。予備として同地に残されていた通常戦力の内、海上兵力の2/3に当たる兵力だ。

 彼らは在地の武器庫を襲撃し、艦娘関連施設を破壊するなどの破壊活動に出た上、リンガ泊地留守の同司令部幕僚、橋見二等海佐を拘禁し、更に協定により中立化したシンガポールへも散発的な攻撃を行い、これは現在も続いている。これについては大本営の方で対応中だが、恐らくこの造反は、艦娘艦隊の勢力伸長に伴い、蚊帳の外に置かれる、とでも思った一部の跳ね上がり者達の仕業だろう。

だが、反艦娘派の勢力は未だ根強い。恐らく、造反者の大半は自らの意思で従っていると見てよいだろう。しかも彼らの攻撃により、シンガポールの深海棲艦隊中立派の一部に、動員の動きが見え始めた。早急に鎮圧しなければ、いらぬ戦火を招く恐れが高い。」

 

此処まで説明したところで、高雄が挙手し発言する。

「では、自衛軍で処理する、と言う訳には行かないのですか?」

これに対する大迫一佐の回答は、昨晩の直人に対する答えと似たり寄ったりであった。

「現在の状況で我々がシンガポールに接近すれば、無条件に攻撃を受けかねない。それに現在決一号作戦を実施中の我々が持てる戦力の都合上、今回の作戦に派出する予備戦力の5個護衛隊以上に割き得ない以上は、損害を少しでも避ける為、君達の支援を乞いたい。」

ここで一度直人が言葉を引き継ぎ、

「大本営の山本軍令部総長の名代は私が引き受ける事になった。つまりこれは、軍令部総長直々の内命という事だ。なるべく穏便に済ませる事も含め、対応する必要がある訳だが、彼らだけでは心許ない、そう言う事だ。」

この言葉は艦娘達を納得させる為に直人が引き継いだものだが、それを言い終わると一つ頷いて再び大迫一佐が話し始めた。

「君達にやって貰いたい事は概ね3つに集約される。

 1つ、人質となっている橋見二佐を含むリンガ基地とその関連施設を解放する事、2つ、造反部隊を鎮圧する事。必要なら実力での排除も辞さないが、判断は君達に委ねる。

3つ、シンガポールの中立派が抜こうとしている剣を、穏便に鞘に戻させる事。事情を話せば、分かって貰える筈だ。」

ここで引っ掛かった艦娘は勿論居た。朝潮がここで挙手し大迫一佐に質問を飛ばす。

「リンガ基地関連施設に、ペナン島の施設は含まれているのでしょうか?」

 

「答えはYESだ。彼らは一部戦力をペナンに回し占拠、そこにあった施設にも手をかけたらしい。君達にとってもこれを見過ごせば、インド洋での作戦に向け、抜き差しならぬ事態に陥る事になる。」

それを聞き何人かの艦娘は思案を始めた様であった。彼らが単に造反したのなら兎も角、やはり自分達の行動さえ阻害されたのでは、影響は無視出来ない。

「君達にはこのペナン島施設も奪還して貰いたい。可能な限り無傷でだ。そして何より問題なのは、これらによって生じる戦力の空白に敵が付け入らぬよう、暫くの間はペナンに駐留して貰いたい。」

その言葉に質問を投げたのは他ならぬ直人だった。

「それは具体的に、どの程度ですか?」

その問いかけに大迫一佐は具体的な期間の明言を避け、

「少なくともリンガ司令部が戻ってくるまでだ。必要ならばそちらの判断で出撃してもいいとの事だった。」

と言った。この発言内容により、その指示が土方海将から出たものである事が、少なくとも彼の中でははっきりしたので、直人も納得して引き下がった。

提督「皆。聞いての通りだ。俺達がこれから当たらねばならない相手は、同じ人間だ。人身売買摘発の時のようにではなく、本当に戦う事になるかもしれん。

 だが、我が艦隊は鈴谷の補修完了次第出撃する。今回は、人員を取捨する余裕は、多分無いだろう。もしもシンガポールの中立派が手向かってきた場合、我々だけで対応する必要があるからだ。特にプリンツ・オイゲンやイタリアら独伊からの派遣組には申し訳ないが、今回も君らには出て貰う。今の内に、覚悟は決めてくれ。」

 

イタリア「分かりました・・・。」

 

提督「基本的には交渉でどうにかする。だがそれで早期決着が狙えない場合は、実力行使に打って出る。戦場到着が即時交戦になる可能性は低いと考えていい。

我々には実の所、思っているほど時間は無い。鈴谷の方には24時間以内に直せる部分を直す様に指示してある。完全な補給をする余裕もない。不完全尽くしだが、それでも我々は明朝出撃する。特別任務群も今回連れて行く。もう一働きを頼む。」

 

あきづき「でも、私達も弾薬は無いし、ここじゃ補給は受けられないわよ?」

その言葉に直人はこう答えた。

「君らはシンガポールとの交渉役だ。それなら、出来るだろう?」

紀伊 直人とあきづき―――戦場で、またその(よしみ)を通じて、短い付き合いながら互いをよく知る二人にとって、その言葉だけで理解するには十分だった。

「・・・分かったわ。それなら付き合ってあげる。播磨、そっちはどうなの?」

 

「心許ないですが、旗艦殿をお守りするには十分かと。」

 

「―――だそうよ。戦艦棲姫2隻は出せないけど、私たち4人なら出られるわ。」

 

「・・・大いに頼みにさせて貰う事にするよ。」

あきづきの言葉に、彼はそう答えた。すまない、と言うのも失礼だと思ったからであったが、その言葉こそが、彼のあきづきらに対する無形の信頼を示す何よりの証であっただろう。

「今回は作戦なんてものはない。戦わないに越した事は無いし、護衛艦同士の撃ち合いでは多分、出番はないからだ。我々はあくまで、対応部隊を深海棲艦から守ってやる事が目的と、今は心得ろ。その上で、交渉によってなんとか穏便に済ませる。」

その直人の言葉に金剛が口を開いた。

「・・・もし、それが出来なかったら、どうするネー?」

それに対する彼の答えは、粛然としたものだった。

「それが叶わなかった時は、海上自衛軍同士が、骨肉の戦いを繰り広げる事になるだろう。我々はミサイルの撃ち合いに加われる訳ではないが、砲撃戦となれば当然我々の出番だ。ないとは思うが、その覚悟はしてくれ。

それと、敵がペナンに籠城の構えを見せた場合、開城の目が無ければ艦砲射撃による力攻めとなるだろう。そうなれば多くの人が死ぬ。最悪の事態だが、それでもやらねばならないかもしれんとだけは、覚えておいて欲しい。」

 

グラーフ「・・・我々はこれから“人殺し”になりに行く、と言う事だな。」

 グラーフ・ツェッペリンのその発言は室内をどよめかせた。だが同時にそれは、ここにいる全員が直視しなければならない現実でもあった。

彼の言い方からすれば、造反者との戦いは最早避けがたい事は明白である。戦わぬ方法を模索はするが、覚悟はして欲しいなどと言う言葉は、およそ戦いを回避する者の発言ではないからだ。グラーフ・ツェッペリンはそれをハッキリとさせた訳だった。

「・・・そうだ。俺達はこれから人殺しになりに行く。なりたくないと、心底願いながらな。」

直人は拳を握り締めながらそう言った。彼にしても、それは認めざるを得ない事であった。

「恨むなら、お前達にこれを命じる俺を恨んでくれて構わない。俺も命令権者として恨まれて当然だと思っているし、だから許して貰おうなどとは思わない。だがこれは、我々がやらねばならん事だ。今ここで俺達がやらなきゃ、どうなるか分からんからやるんだ。それだけは、忘れないで貰いたい―――」

 

 

2

 

 艦娘艦隊が今回の様な事態に於いて、行動する事が出来ない事には理由が2点存在する。

1つは心理面での問題であり、艦娘達は押しなべて、自分達が人類を守る為に生まれて来たという意識を持っている。それが、『自分達でなければ守れない』のか、『自分達が守らなければならない』のかなど、程度や認識は様々な形態を取るが、大筋でこの点は一致している。

その様な彼女らが守るべきと信ずる人々を手にかけねばならないのだと聞けば、どの様な影響を与えるかなど自ずと明らかであり、それがどんな結果を齎すかなど、誰にも予想する事は出来ない。その点からも艦娘達をこの鎮圧に充てる事は現実的ではないのだが、もう一つ、この問題を複雑にしているのが、艦娘艦隊を取り巻く法制上の問題であった。

 そもそもの話として、軍事組織とは国家の立法の下に結成されて初めて正規軍として認められるのであって、軍事組織が国軍となる為にはそうした法学的拘束を受け入れる必要がある訳だが、ではこの時日本の状況はどうであったのだろうか。日本の艦娘艦隊基本法では、あくまでも「深海棲艦と戦う事」を前提として法整備が急速に為されたと言う背景があり、ここにも「平和国家日本」の息遣いが残っていたのであるが、この事が今回の事態と結びつくとどの様な化学反応を起こすだろうか?

―――そう、艦娘艦隊には、この様な人類同士の争いに於いて取るべきスタンスも含めて、法に明記されていないのだ。これだけならばまだ、現場の解釈如何でいくらでも辻褄を合わせる『日本的』法運用が可能であるように見えるが、一方で艦娘艦隊基本法では、この法律に明文化されていない事態状況に於いて、みだりに火器使用をしてはならないと記述されている。

 

 これは艦娘艦隊基本法第2編「艦娘艦隊の定義」の第3節「艦娘艦隊の用途」の第4章にこの様な記述がある事が根拠となる。

曰く、「―――艦娘艦隊は係る窮乏せる時局を打開するべく編成されたるを以て、その運用に際して、艦娘艦隊基本法に定められたる任務を外れる事態に際しては、その力を行使する事を禁ずる。」とされており、これに背いた者は軍法により処罰するとの記述もある。これが意味する所は、『艦娘艦隊は深海棲艦を退ける為の存在なのであり、決して他国に弓引く存在などではない』と言う事なのだが、これには大きな陥穽が存在していた。それは即ち今、この状況である。

 現在進行しているリンガ泊地での事件は、自衛軍の不平分子による事実上の反乱であり、しかもその理由が艦娘艦隊にあるという事もあって、現実問題として説得に窮していたのだが、それ以上に大きな問題となっていたのが、自国内での不平分子の反乱に際して艦娘艦隊が取るべきスタンスが、この法文では明確になっていなかった事なのである。

艦娘艦隊の任務の中には確かに「担当地区の治安維持」と言う任務は明記されていたが、これはあくまで警察権力の代行と言う範囲に留まっており、今回の様な武力蜂起、とりわけ正規軍による反乱と言う事態に対しては何らの明記も為されていなかった。そう言った事態にはそもそも自衛軍や憲兵隊が当たればよい、と言うのが制定当時の自衛軍と政府の一致した見解であり、あまつさえ身内の造反など起こりえないと信じ切っていた事こそが、この(ささ)やかな抜け道を作り出してしまった大きな遠因でもあった。

 

 ではこの治安維持を拡大解釈すればよいのではないか、と言う理論は通用しない。なぜなら、拡大解釈してもそれは、先述の「艦娘艦隊の用途」第4章の規定が邪魔をしているからである。ここに明記された内容はかつて、暴走の挙句に戦争に突入せざるを得なかったかつての日本を反省して明記されたものだったが、軍事力運用に際して事細かに明記する事で細心の注意を払ってきた日本国に於いて、当然とも言える突き詰められたこの法の中で拡大解釈をする余地は、ほぼゼロと言って差し支えは無かった。

よしんば強引な拡大解釈で出動したとしても、その先に待ち構えているのは軍法による裁きだった。ここに記述された軍法の適用範囲には提督すら含まれているし、その監督責任者である基地司令部にすら責任問題が発生する様になっている。それを考慮する時、例え中央が命じたとしても動く事は不可能であったし、大本営の命令で動かす事もまた不可能と言う、がんじがらめに近い状況に陥ってしまっていたのだった。

 更に法学的なもの以上に、決一号作戦の発令中の彼らにはそれら戦力を南方に回す余裕もなければ、敵の襲来に際して対応する力を残す為にも、同地に残留した部隊を動かす訳には行かなかったし、心理的な作用も含めれば動かす事が出来なかった。即ち動けるのは自衛軍だけなのだが、現地に居残っていた海上自衛軍の半数以上が造反してしまったからには、本土からの予備戦力の到着を待って処置する他なく、急を要する状況であるにも関わらず、すぐには動きようがなかった。

しかも本土からの予備戦力と言ってみたところで、合計しても多少の数的優位が生まれるだけで大きなアドバンテージにはならない。これを鑑みると、遊撃に適した横鎮近衛艦隊も動員し、残りの近衛艦隊は本土防衛に参戦させる、と言う運用は、大本営にとっては最善の動きであった。なぜなら近衛艦隊は公には存在しない部隊、法学的な縛りはあってない様なものであるからだ。

それに大本営にとってみれば、この事は一つの実験でもあった。艦娘達が人類を相手に砲口を向ける時、どの様な影響が現れるのかと言う、貴重なサンプルケースであったのだから・・・。

 

 その日の夜、直人は大迫一佐に伴われて、横須賀市内のバーの一つにいた。勿論菓子を返す為なのだが、そこの個室の中で珍しく直人は愚痴を吐く事になる。

「―――大迫さん。なんで俺達は、こんなにも貧乏くじを引かされるんでしょうね。」

 

「貧乏くじだと?」

 

「そうじゃないですか。自分達だけの力で、一体何が出来るって言うんです。単に運が良かっただけで、それに見放されたら結局、一敗地に塗れるしかない。それが今度と来たら、造反した自衛軍と戦えと来てるんです。とうとう、部下達にまで恨まれそうですよ。」

 

「成程な、確かに一理あるかもしれん・・・。」

大迫一佐はブランデーの入ったグラスを揺らしながらそう言った後、グラスを置いて続けた。

「なぁ直人。お前達近衛艦隊と言うのは、表舞台には存在しない、法に縛られん存在と言う意味で特別だ。だからこそ様々な便宜を得られている。一方でお前さん達は、運をも味方に付け瞬く間に頭角を現し、様々な無茶を押し通して見せた。

 他の連中にとっては無茶でも、お前さん達なら出来るって事を、お偉方は信じてるのさ。少なくとも艦娘艦隊の実力が未知数だった時期とは、命令の質が異なる。ちゃんと合理的で、的確な指示が与えられている筈だ。」

 

「確かにそうですし、側面からの援護はありました。ですが我々の作戦は常に綱渡りだ、いつ下に落ちるかも分からない危うさの中で戦っているんです。その中で事実として、吹雪の命を奪われてしまった・・・。」

 直人のその言葉には、横鎮近衛艦隊司令官として命令に従わなければならない義務の中に潜む、部下たる艦娘達への責任感や、失う事への恐怖心、孤独な戦いに身を置かなければならなかった者特有の張りつめた感情が満ちていた。

そしてそれは大迫一佐にも理解出来ない訳ではなかった。失う事への恐怖を知らぬ者などこの時代の日本に存在しないなどと言えば嘘であったし、余りに厳しい戦況、余りに厳しい現実を潜り抜けてきたからこそ、今の戦局ですら、どれ程厳しいかは彼も理解していた。

「―――そうだな。俺達大人がもっとしっかりしていれば、お前達がこんな事にならずに済んだのかもしれん。だがな直人、俺達はそれもこれも全部飲み込んだ上で、最善を尽くすしかない。

俺の同期も大勢死んだ。これ以上そんな話は聞きたくないし、リンガにだって、俺の同期の連中が大勢いる。一体何人アレに加わってるのかまでは知らんが、そんな事にばかり構っていたら、俺達の明日がないんだ。

俺達には今の所、お前さんを頼る他にいい手を思いつけん。だから頼むんだ。」

 

「分かっています。軍人として、筋は通します。それでも、思わずにはいられないんですよ。部下達に恨まれてまで、戦い続けないといけないこの身の上の事を・・・。」

彼は一献傾けてから続ける。

「・・・大迫さん。俺達は一体、いつまで戦い続けなきゃならないんですかね。この戦争の終わりがどこにあるのか、俺には到底、分からないんですよ。」

それは、この長すぎる戦いの難局にある者にとって、当然の疑問だったとも言えるだろう。だが大迫一佐には答える術を持たなかった。ただ、

「どうだろうな、どちらかが音を上げるまで、やるしかないのかもしれん。」

と答えたのみであった。

 

 紀伊 直人と言う男は時々愚痴っぽくなる。彼に必要なのは、その愚痴を聞いてやれる相手であった。大迫一佐は当時から、こうして彼の愚痴を個人的に聞いてやる事で、そのはけ口となってやっていたのである。

大迫一佐なりに、彼は年長者として彼の様な当時学生でしかない身を戦場へ送り込んだ事に対する引け目があり、直人は直人で、年長者であり理解者でもあった大迫一佐に対し、かなりの敬意を持って接していた。この事を鑑みた時、彼が近衛艦隊のバックアップに当たっていたのは、中々どうして運命的でもあり、適任であった。彼以上に自衛軍内で直人の事をよく知る者は居ないのだから―――

 

 夜半帰庁した直人は、心なしか少しすっきりしたような面持ちで床に就き、翌朝早く、横須賀軍港の6号岸壁に横付けされた鈴谷に飛び乗った。既に半数程度の艦娘達は鈴谷に戻っており、残る半数も随時戻ってきつつあった。明石は夜通しで艦の整備に当たっており、目にクマは出来ていたがそこは技術屋としての性なのか、人型フォームを取った副長妖精と共に生き生きとした様子で彼を出迎えた。

 

2月12日4時49分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

「提督、おはようございます!」

 

「おはようございます艦長!」

 

「おはよう・・・明石、まさか、寝てないのか?」

 

「寝てません!」

寝て無さ過ぎてテンションがおかしくなっている明石であった。どこかの巡洋戦艦が聞けば思わず声を出しそうだが長くなりそうなので無視しよう。

「すまないな、夜通し任せてしまって。状態はどうだ?」

 

「この位ならへっちゃらです! ですが、良いとは言えませんね。」

そう言いながら明石は端末を操作し始めた。

「取り敢えず、燃料の補給と弾薬の方は何とか手配を付けて頂きましたし、破損した兵装は取り換え、空中線は張り替えました。ですが、装甲板の方はどうにもなりませんね。切った張ったで辻褄を合わせて、後は妖精さんの手での修復を待った形なので、換装するよりも強度は落ちています。」

 この艦は妖精さんが乗っている船なので、彼らが突貫で修復してくれる事によってある程度の損害なら独力で修復出来るし、その為に予備の鋼材を搭載しているのだが、壊された防弾板などは直せても、厚さ100mmにもなる装甲板を完全に治すのは、流石の彼らでも荷が重いのだ。

「それ以外は損害軽微で良かったですよ。魚雷発射管に当たっていたら、そのままドック直行だったかもしれませんから。」

 明石は心底安心した様に言った。魚雷発射管周辺は特に防御装甲がある訳ではなく、ここにあの時敵駆逐艦の砲弾が入り込みでもしたら大惨事になっているところだったのだ。

酸素魚雷は大型の弾頭を有するが故に、一度誘爆すると当時の艦艇では手が付けられないを通り越して致命傷となりうる。重巡三隈などはミッドウェー沖海戦の終盤、度重なる敵機の空襲にも耐えていたが、魚雷発射管が誘爆した事が原因で沈んだのだ。

 横鎮近衛艦隊が建造した重巡鈴谷は、魚雷誘爆が大きな損害に発展しないよう、空間を周囲に配置して防御する様にこそなっているし、1度耐えてはいる。それでも中甲板程度までの損害は避けられないし、爆発の衝撃で船体そのものが破損する事に変わりはない。単に、現代の技術と考え方を取り入れているだけなのだ。

「では、最大速力は出せないのか?」

 

「いえ、そこは何とか辻褄を合わせてくれたみたいで、どうにか。」

 

「そうか、そいつは良かった。」

 

「ですがやはり弾薬の供給は追いついていません。機銃弾は定数の7割強、主砲弾はそれ程使ってなかったので充足していますが、副砲弾と高角砲弾はそれぞれ7割強と6割弱です。」

 重巡鈴谷は弾薬の量も燃料の量も、並の重巡艦娘より数段多く要求されている。無論艦娘と比較して艦艇であるが故の燃費の悪さもあるが、それ以上に搭載している兵装の量が段違いに多いのだ。いくら艦娘、例えば大和級と言ったって、機銃を100丁以上携行出来る訳ではない。それは艦艇であればこそであり、その点この重巡鈴谷は、横鎮近衛艦隊屈指の重武装と呼んで差し支えないのだった。

その代償として得たのが、要求されるランニングコストの高さであったが、彼らはこれを受け入れてでもこの船を使い続けていたのだった。

「艦娘への弾薬補給は?」

 

「こちらも芳しくありません。どうにか物資を回して貰っていますが、何分急なので・・・。」

 

「―――まぁどうにか、1.5会戦分は確保した。戦艦用の砲弾は4割に満たないが、どうにかする他無かろうな。」

 

「魚雷も半数に届かず、重巡以下の砲弾は平均5割強です。艦載機の方も補給しましたが、それでも定数の1/3に満たない数です。まともな戦闘行動は難しいでしょう。」

 明石の知らせは直人の予想通りであるが、事実その通りになったとなると、憂慮せざるを得なかった。もし仮にシンガポールの深海棲艦一党と戦うとなれば、その総勢はシンガポール棲地を形成していた敵2個艦隊20万余となる。

しかもこの根拠地には潜水艦戦力が多数配されていた事で、かつては南シナ海を脅かした存在であった。重巡鈴谷はもとより、海上自衛軍自衛艦隊でさえ容易に近づく事が出来ない魔の海域と化してしまう恐れもあるから、シンガポール棲地を侮る事は、弾薬不足も相まって潰滅の危険を孕んでいた。

ある種、彼らは北海道東方沖海戦の時以上に危険な戦いとなる恐れを抱く事になっていたのだ。

 しかもこの時、横鎮近衛艦隊の士気は高くはない。下手をすれば人類との戦いともなるかもしれぬと言う話は、高い士気と練度を以て各地を転戦した歴戦の彼らを以てしてなお、彼女らの心に重く暗い影を落として余りあった。

「余計に、戦う事が出来なくなったな。」

 

「・・・提督、残念がってます?」

声に出ていたようで、明石はそう聞いた。直人はそれに対して、

「そんな事は無い。彼らは中立だし、戦う訳には行かないが、どの位強いのか、それは気になるな。」

と答えた。彼とて武人であり、本質的には戦う事を善しとした武人肌の将である。だが彼は同時に戦略に精通した事もあり、軽率な行動が身を亡ぼす事を自ずから良く知っていた。

 彼はあくまで調略により、シンガポールの深海棲艦隊を鎮静化するつもりであった。

「あ、そう言えば、新装備も受領してます。」

明石がそう言うと直人は

「新装備? 聞いていないが、どんな代物なんだ?」

と尋ねた。

「はい、深海棲艦用に開発されたIFF装置です。『DWB-1 霊力波波長解析/識別装置』、工員さん達は『サイキックビーコン』と呼んでいました。」

 

「ほーう? と言うと、彼らの霊力波を検知し、解析・識別してデータベースと照合する事で、敵味方の識別が容易になる訳だ。」

 

「その様な説明でした。三技研の手になる物らしく、まだデータは揃っていませんが、収集と運用は並行して行うそうです。」

明石のその説明に直人も納得する。どうやら怪しい物では無さそうだと思った直人は、改めて明石に告げる。

「分かった。ひとまず出港準備だ、まだ陸上に残っている艦娘は全員呼び戻せ。」

 

明石「はい。」

 

提督「エンジン回転数上げろ。副長、全艦出港準備、配置に着かせろ。」

 

副長「はいっ!」

 彼はこの時既に腹はくくっていた。なる様になるしかないと言う、諦めにも似た境地だったが、それでも彼は、為すべき事を見定める為に、出撃する事を決意したのだった。

5時32分、重巡鈴谷は全艦娘と深海棲艦を乗せると、横須賀軍港港外で待機していた第1・31護衛隊と合流し、浦賀水道を下っていくのである。

 

 第1護衛隊は、23中期防によって建造された航空護衛艦「いずも(DDH-183)」が配備されて以来長らく、このいずもを中心に編成されて来た、海上自衛軍第1護衛隊群の構成部隊であると共に、海上自衛軍の主力部隊である。現在の編成はいずもの他、第31護衛隊旗艦ばんだいの同型艦であるいわき型イージス護衛艦「いわき」と、あさひ型護衛艦「あさひ」「しらぬい」から編成されている。

第1護衛隊群と言えば、「いずも」の旧式化こそ顕著なものの横須賀基地の主力部隊であるが、なぜ後方に残置されていたのか。理由は艦載機搭乗員の練度にあった。

 第1護衛隊群は艦娘部隊と共にしばしばウェーク島方面に進出しては戦闘を繰り返していたが、2か月程前に艦載機部隊が壊滅的打撃を受け、戦闘能力を喪失してしまったばかりであったのだ。この穴を塞ぐ為、いずもは浦賀水道で艦載機の発着訓練を始めとする訓練を繰り返していた、と言う訳であった。

そんな中でリンガ泊地の造反部隊鎮圧の任に出る部隊を選定するに当たって、後方で余暇を持て余していた彼らに白羽の矢が立った、と言う次第であった。

一方第31護衛隊は「ばんだい」を旗艦とした自衛艦隊司令部直属部隊であり、北海道東方沖海戦では横鎮近衛艦隊を強力にアシストした事も記憶に新しい。彼らは目立った損害は被っておらず、慌ただしく補給を済ませ鎮圧部隊として赴く手筈となったのだった。

「あやなみ」「しきなみ」「いそなみ」の3隻も意気軒昂に「ばんだい」の後方に単縦陣で後続している。

 

 浦賀水道に入って直ぐ、鈴谷の左舷側を進む護衛艦「いずも」から通信が入った。

「発信者は何と名乗っている。」

直人がそう尋ねると

「第1護衛隊群司令官、御堂(みどう) 健匡(たけまさ)を名乗っています。」

と明石が答えた。

「―――よし、こちらに回せ。」

そう言うと彼のサークルデバイスに、痩せてごつごつとした顔の将官が映し出される。50後半と言った所だろうか、直人は面識がない。画面越しに2人は挙手の礼で応じてから口を開く。

「“―――第1護衛隊群司令、御堂だ。今回、山本海幕長から全権を預かる貴官をバックアップする事になった。”」

 

「横鎮防備艦隊サイパン分遣隊司令官、石川少将であります。土方海将より本艦『鈴谷』をお預かりしております。」

 

「“宜しく頼む。直接指揮下に入る訳ではないが、今回、鎮圧部隊に参集予定の指揮官では、私が最先任の将校だ。司令部からは、貴艦の後に続くよう申し付かっている。

現地到着後は貴官の方針に従う様命じられているから、用向きがあれば、遠慮なく、我々に言って貰いたい。”」

 

「ありがとうございます。」

直人がそう答えると御堂海将補は「うむ」とだけ答えて通信を切った。

「―――純粋な武人、と言った感じだな。今の日本では一周回って珍しいかもしれん。」

直人がそんな感想を述べると明石も賛同した。

「信用して良かろう。明石、艦隊の航路設定、頼むぞ。」

 

「了解しました!」

 

「副長! まだ本土は戦闘の只中だ。友軍が哨戒している筈だが潜水艦が潜んでいるやもしれん。対潜警戒を厳とせよ。艦内は第二種戦闘配置のまま待機とする。」

 

「分かりました!」

 こうして重巡鈴谷は8隻の護衛艦を後ろに従え、14ノットの巡航速度で一路南西諸島方面へと舵を切る。余談だが、重巡鈴谷は公的には、大本営が直轄する艦娘艦隊の統括旗艦のテストモデルという事になっており、管轄は横須賀鎮守府が所掌し、その横鎮がサイパン分遣隊向けに送り出している―――と言う事になっているから、一応公的には艦籍を有している。

但し、その任務は潜水艦と同じく極秘とされており、今どこでどんな事をしているのかまでは公開されていない。この点この船は横鎮近衛艦隊同様秘匿されていた事を示しているが、同時にこの船は艦娘専用母艦のプロトタイプとして密かに三技研で研究されている時期でもあり、そう言った意味でも機密を守る必要があったのだった。

なぜならこの頃になっても在日米軍の指揮系統は健在であり、本国から半ば孤立を強いられた存在ながら、原子力空母「エンタープライズ(CVN-80)」を擁するその勢力は依然として強力で、アメリカでも模索が続く艦娘艦隊の運用について、日本が何かしている事を気取られてはならない、と言う訳であった。

 

 

3

 

 重巡鈴谷はその後、日本の南の海上を西へと進み、順調に航海を続けていた。だがこの時、直人には心配事が一つだけ存在した。それは医務室の事である。

「雷、例の艦の容体は?」

出港3日目の午前、彼は医務室に赴いて雷にそう問い質していた。勿論例の艦と言うのは先の戦いで鹵獲した深海棲艦、重巡棲姫の事である。

雷「まだ意識が戻ってないわ。バイタル・呼吸共に問題は無いのだけれど・・・。」

 

「そうか・・・。」

既に収容されてから1週間は経過しており、肌の色見も大方元通りと言った所なのだが、肝心の意識は未だに回復しないまま、結局横鎮にも申告しない状態で乗せっぱなしと言う状態だったのだ。

「こんな事初めてだから、ごく普通の方法以外に取りようがないの。ごめんね、司令官。」

 

「雷が謝る事じゃぁない。それに、上手く行けば、今後にも生かせるかもしれないからな。」

 

「そうね、そう思う事にするわ。」

 悔み節も、今は言いっこなし、と言う所であった。一応無力化こそしてあるものの相手は姫級、何が起きても可笑しくはないのだが、そんな爆弾を抱えた状態で、直人は次なる任務に赴こうと言うのだから、大した肝の座り方である。

「雷は引き続き患者の方を頼む。だが、ちゃんと休むように、いいな。」

 

「分かってるわ、心配性ね、司令官は。」

 

「お互い様さ。正直な所、確実に助かる、なんてアテを持って助けた訳じゃぁない。だからこそ、雷や皆の知恵を借りたいんだ。頼むぞ。」

 

「了解。」

 雷はそう笑顔で返した。いつも直人の為に力を尽くす雷だが、彼女にしてみれば今の仕事も十二分にやりがいのある仕事であったし、何よりどんな役目であっても彼の役に立てる事が、雷にとっては望外の喜びであったのだ。

艦隊の医務を一手に引き受ける彼女は、妖精さん達や白雪と力を合わせる事で、直人の命すら一度は救って見せたのであるから、彼女の献身無くしてはこの艦隊は成り立たないし、今回の役目も彼女以外には不可能だった。直人はそんな雷を信頼していたし、きっと上手く行くと信じてもいた。

 雷も直人から受けるその思いは満更でもない。比較的幼いメンタリティが目立ちがちな駆逐艦娘達の中でも大人びた精神性を持つこの雷は、自分に与えられた役割を果たそうと必死にこの難題に取り組んでいたのだった。

まぁ、その根底に「司令官に褒めて貰えるから」という思いが秘められている辺りは、まだまだ幼い事に変わりはないのだったが。

 

 

明石「―――来ました! 第33護衛隊です!」

 その声で直人は右舷の双眼鏡の一つに取り付く。2月14日15時52分、沖縄本島南東沖にて、鎮圧部隊は佐世保を出港後九州西岸から南下してきた第33護衛隊と無事合流を果たしたのだ。

この部隊は2020年代まで一線運用されてきた護衛艦を、現役復帰と多少の改修を施した上で戦時編成した二線級の部隊で、はたかぜ型ミサイル護衛艦しまかぜ(DDG-172)を旗艦に、あさぎり型護衛艦せとぎり(DD-156)、ゆうぎり(DD-153)、うみぎり(DD-158)から構成されている。

 現在編成されている護衛隊は、1桁番が機動運用部隊(主力部隊)、10番台が地域配備部隊なのは自衛隊時代から変わらずそのままだが、自衛軍への昇格後、深海大戦勃発後に、戦況に対応すべく創設されたのが20番台と30番台である。

20番台は艦娘艦隊創設に伴い各基地に配備する為に3隻1隊として再編・創設された部隊であり、特に南西方面へは2個護衛隊づつが新設されていた一方、30番台は第31護衛隊を除いて、戦時中の第一線部隊の損耗を埋める為にモスボールされていた艦艇の中から、状態の良い艦を再就役させた二線級部隊となる。その為隊によって3隻編成であったり4隻編成であったりする。

二線級部隊としての30番台の部隊は艦娘艦隊創設以前から存在しており、精鋭部隊として区分する為の第31護衛隊も含め、二線級・エリート部隊として区分する為30番台のナンバーを用いている。また20番台の部隊は10個では部隊が足りない為、40番台の部隊も存在しているが、役割は同じである。

 

 これに加えて佐世保に配備されていた補給艦「まんごく」も加わって、本土からの派出部隊は全て合流を終えた事になった鎮圧部隊は、予定通り南シナ海へ向け転進する事となる。目的地はブルネイ湾沖、そこで、現地合流となる部隊が待っている筈だからである。

「やれやれ、まさか鈴谷が艦隊を編成する事になるとは。しかも全艦隊の先頭を預かるとは、何とも光栄じゃないか。こんな身分でもなければ、だがね。」

 直人はそう自嘲気味に言ってのけた。確かに、総勢13隻の艦艇を従えるように鈴谷は西太平洋を南西にひた走っていた。新旧相見える事のない筈のデザインの軍艦が共に隊列を組んでいるのは些か奇異な光景でもあったが、こんな時世でもなければ実現しなかったろう事だけは確かだ。

「そ、そうですねぇ。ずっとこんな事には縁がないものかと思っていましたから、私も驚いています。」

 明石も率直にそう述べた。彼女の言う通り、人の目を憚って動いてきた横鎮近衛艦隊にとって、艦列を敷いて航行する事など普段は有り得ない事だ。だがその光景が今、目の前で現実のものとなっている事に対し、明石は妙な感慨を覚えていたのだった。

「副長、明石、本艦が艦隊の先頭という事は、本艦の舵に全艦が倣うという事だ。改めて言うが、責任は重大だぞ。」

 

「「はいっ!」」

2人は努めて明るく返事を返す。これから向かう先に愉快な事が待っている道理など無かったが、せめてそうでもしなければ、提督がまた顔を曇らせてしまうかもしれない。2人に共通したのはそんな思いであった。

 

 その後艦橋を後にした直人は、艦の各部を自ら見て回り、不具合がないかを点検した後、艦長室へ戻ろうとした。その途中、艦尾居住区の通路と中央通路を繋ぐ連絡通路で、金剛にばったり遭遇する。

「Oh! 提督ゥ、こんな所でどうしたんデース?」

 

「艦の見回りが終わったところ。そっちは?」

 

「艤装の手入れをしてきたところネ。」

その言葉に直人は金剛もストイックだなと感じ入るところがあった。

「―――ちょっと話がある。甲板に上がらないか?」

 

「OKネー。」

金剛は直人の言葉に物珍しさを感じつつも、二つ返事で直人の後に続くのだった。

 

~重巡鈴谷後甲板・4番砲塔下~

 

「それで、話ってなんデース?」

そう聞かれると直人は4番砲塔のバーベットにもたれかかりながらこう切り出した。

「―――金剛。お前は今回の出兵、どう思ってるんだ?」

 

「・・・提督?」

金剛がこの反応をしたのは、直人がここにきてまで殊更本気でする質問だと一瞬思えなかったからだと言う。だが直人が念を押す様に、

「取り繕わなくていい。思っている事を話して欲しい。」

 と言うに至り、金剛は直人が本気なのだと悟った。金剛から慮っても、直人が今回の出兵が本意でない事は分かっていたし、金剛もそれは同様であった。

金剛はこの時、直人が未だに迷っていると思ってこう言ったのだと言う。

「・・・思う所はあるネー。でも、私達がやるしかない、そう思ってるヨ。」

だが直人から帰ってきた言葉は、金剛の思ったものとは違うものだった。

「―――やりたくないよ、俺は。」

 

「テ、提督!?」

直人の言葉に思わず金剛がそう呼びかけると直人も答える。

「分かってる! やらなきゃいけない、それは頭では分かってる。でも―――俺は()()、人殺しにならなきゃいけないのか!? お前達を全員、巻き込んでまで・・・。」

 

「・・・!」

 そう叫ぶ直人の目から幾粒かの涙が、艦上を吹き抜ける合成風に吹かれ、艦の後方へ飛び去った。彼の中で、理想と現実、常識と非常識の間で苛まれ、葛藤し続けたこの数日間。普段、人前で涙を見せる事のない彼が、泣いていたのだ。

いや、本当は今までもずっと、今すぐにでも泣き出したかったに違いない。本心から己の役目を投げ出したかったに違いないのだ。だが彼にそれは許されなかったし、涙したところで何かが変わると言う訳でもなかった。

近衛艦隊は影の存在、それを知りながら逃げ出せば、彼の明日など、誰が保証してくれるだろうか。故に彼は、彼の心の内に様々な感情を押し込み、涙を見せることなく任務に邁進して来たのだ。戦力不足と言う負の側面を長く押し付けられてきた身であるし、様々な黒い仕事にも手を染めた彼が、何も思わなかった筈が無いのだった。

 

 彼が流す事の稀なその涙を見た金剛は金剛で、少し前の横須賀での事を思い出していた。あの時、世の為とはいえ彼はその銃口を人に向けて自らその引き金を引き絞った。何度も、何度でも、終わるまでずっと。その事実に、あの時彼は打ちひしがれていた。

しかも彼は好き好んでそれをしたのではないし、金剛ら艦娘達は知らない事だが、サイパンで陰ながら潜入してきた暗殺部隊をその手で消したのとはまた事情が異なる。彼らは、己を害しようとした訳ではないからだ。

 相手が直人を殺そうとしたのならば、彼は遠慮なく引き金を引いただろう。それは金剛自身もその精神性からよく知っている。だがあの時の彼の行動は、彼の事さえ知らぬ相手を、自分達の手前勝手で殺したのに等しい。それは正当防衛など成立しようがない一方的な暴力であり、殺人でしかない。

 その点直人は一民間人でしかなかった。彼には軍人としての覚悟はあっても、その本質まで軍人として鍛え上げられた訳ではないのだ。

直人が生きるのは社会の一般通念上に於ける正義の上なのであり、軍隊と言う不条理さの中ではない。深海棲艦が相手であれば、世を脅かす敵でもあろう、彼にとっては喜んで成敗する相手である。だが、人を殺める事は彼にとってはれっきとした罪なのだ。

 

 そんな彼が、いくら任務とは言え人の生を奪わなければならない。それも、一度ならず二度までもである。この任務がどの様な努力を払おうが、いずれ血を見ずには済まされない事など、命じた彼が一番理解している事であったのだ。

人間の身勝手さなど、今に始まった事ではない。歴史を紐解けば、この程度の事など幾らでも繰り返されてきた。なまじ、彼にのみ与えられた任務であったのなら、幾分気が楽であったかもしれない。だが、この任務は彼の艦隊に対して発令されているのだ。

 直人は、自分だけならば良いと考えていた。既に何十人も手にかけて来たし、数多の深海棲艦をその手で沈めてきたのだ。今更血に塗れた手に、また何十人、何百人かの血が加わろうが大差はない。だが自分だけではなく、自分の部下達であり、人々を守る為に生まれて来た艦娘達を巻き込まねばならない。

思い描いた理想と、この世の不条理さの狭間で、直人はこの時もがき苦しんでいたのだった。

「・・・提督、私も、思う所はあるネー。でも、私達は、ただ提督についていく、そこに深海棲艦も人間もない。」

 

「金剛・・・?」

彼女の言葉に、直人がその名を呼ぶと、金剛は言った。

「大丈夫ネー。私達は最初から()()()()()身、提督と、心は共に在るネ。それに・・・」

金剛は一度言葉を切った後、こう言った。

「私達はどこまでもついていくデース。例え、地獄の果てまでも、私達のした事を、皆で背負って。きっと、皆納得してくれるヨー。」

そう言って金剛は、精一杯の笑顔を作って見せた。へなへなの、どう見ても無理して作った笑いであったが、それを見た直人は、彼なりに感じるものがあった。

「金剛・・・分かった、もう言うまい。俺は一人ではないのだな・・・。」

 

「そうネー。私達はどこまでも、提督の味方ヨー? だから・・・」

そこまで言って金剛は直人に歩み寄り、その身を抱き締めた。

「一人で背負おうとするのは、ナシですよ。」

 

「・・・あぁ、心得ておく。」

 その腕の中で涙を溢れさせながら直人は言った。彼がこの言葉で救われた訳ではない、根本的に何も解決してもいない、どちらかと言えば気休めにも近い。だがそれでも、直人にとっては縋りたい言葉ではあった。

こんな薄汚れた任務に艦娘達を巻き込まざるを得ない事への罪悪感は彼の中に確実にあり、それを和らげる事にはなったからである。

 その後、直人はうんと泣いた。今まで抱え込んできたものを、目一杯吐き出すように。考えてみれば、彼はその心の奥底に、実に多くのものを沈めていたのだろう。望まぬ状況、受け入れ難い現実、どこまで行こうが陰に日本の走狗となり、戦場巡りをする他にない彼らである。艦娘達はそれで本望であろうが、直人は違う。

彼は確かに用兵に於いて天性の才覚とセンスを持ってはいた。だが所詮は民間人であり、平和な時代であれば、群衆の中に埋没したまま、花開く事のない才能であったが、時代は不幸にも彼を必要とし、彼はそれに引き回される様にして、敵に回せば恐るべきその才能を()()()()()()()()()のだと言えよう。当人が望んだか否かは、この際関係ないのだ。

例え元海自軍の軍籍を持とうとも、例え従軍歴があろうとも、彼はどこまで行っても軍人にはなれなかったのだ。彼が軍を嫌っていると言う事ではなく、そうした訓練を受けていないが為である。

 ひとしきり泣いた後、彼は顔を上げて

「・・・すまん、みっともないところを見せた。」

と言うと金剛は

「私の前だけにするネー。」

と返したのだった。

 

 

4

 

 2月19日、ブルネイ時間5時57分、日本から南下してきた総勢14隻の部隊は予定通りブルネイ港外に到着した。そこには既にブルネイとタウイタウイから合流予定の各部隊が集まっており、新たに7隻の護衛艦と4隻の補助艦艇が加わっていた。

彼らは投錨するや否や早速発行信号で召集を送り、護衛艦「いずも」のブリーフィングルームで全体会合が行われた。ひな壇へは元の所属である空自軍一等海佐として随行した鏑木 音羽を伴って直人が立ち、第1護衛隊群司令の御堂海将補も共に登壇して始まった。

「今回、大本営からの全権代理を務めます、横鎮防備艦隊サイパン分遣隊指揮官、石川少将であります。軍令部長でもあられます山本海幕長の命に従い参集頂いた各部隊に対し、まずはご足労感謝致します。」

その様な直人の言葉から始まった会議、直人の言葉は次のように続いた。

「今回、かかる状況に陥った事に対し、統合幕僚監部並びに大本営は強く遺憾でありつつも、現在、決一号作戦の作戦途上にあり、こちらへ兵を回せない事は、各々承知おきの事と思いますが、鎮圧までの間、この両組織はこの事に対し沈黙の意思を持っています。よって、本官を全権代理人とする鎮圧部隊を組織し、可及的速やかにこれを鎮圧する事に決し、現在へと至っております。

ここに、リンガ造反部隊鎮圧部隊の結成を宣言します。」

そこまで言い終えると御堂海将補が簡潔に自己紹介をした後発言する。

「今回の鎮圧行動では本官がここにいる石川少将も含め最先任となる。各隊は本官の指揮下に入る事となるが、山本海幕長より『全権代理人の指示に従う様に』と言う命令を拝受している。石川少将、責任は重大だぞ。」

 

提督「承知しております、その為にも策は考えてありますので、ご安心を。」

 

御堂「うむ。では本時刻を以て、鎮圧部隊自衛軍所属隊は石川少将の指揮系統内に編入される。各護衛隊指揮官、石川少将に官性名を申告せよ。」

その言葉を受けて、6人の将校が起立する。

「第1護衛隊司令、武士沢(ぶしざわ) 清治(きよはる)一等海佐です。」

「第31護衛隊司令、砺波(となみ) 浩二(こうじ)一等海佐です。」

「第33護衛隊司令、木名瀬(きなせ) 久嗣(ひさつぐ)一等海佐です。」

「第21護衛隊司令、佐橋(さはし) 祥雄(よしお)一等海佐です。」

「第4護衛隊司令、松原(まつばら) 裕次郎(ゆうじろう)一等海佐であります。」

「陸上自衛軍第22旅団旅団長、伊丹(いたみ)誠定(のぶさだ)陸将補です。お世話になります。」

各々が申告を終えると、直人は挙手の礼と共に

「宜しくお願いします。」

と答え、6人もそれぞれ挙手の礼で返し着席した。

「では早速現在の状況について最新の情報があれば伺いたい。何分無線封止でこちらに来た次第で、正確な情報が知りたいのですが、ブルネイ・タウイタウイ側で持っている情報があればお伝え頂きたい。」

直人がそう問いかけると、右手に座る松原一佐が目配せした人物が起立する。

「第4護衛隊通信長の河本です。この数日の間に、状況はある程度推移しています。具体的には―――」

河本三佐の説明した状況は次の様なものであり、この時点で起きていた事は全て網羅されていた。

 

起きた事を要約すれば、

1.造反部隊からの声明発表

2.周辺地域の情勢

3.シンガポールの状況

4.造反部隊の動き

5.本土の状況

の5点に大別される。

 

 まず一つ目の造反部隊からの声明については、これまでの事のあらましを自己中心的におさらいしつつ、次の様に主張していた。

即ち、艦娘艦隊の自衛軍指揮系統への統合、それに伴う各基地と大本営の解体及び艦隊司令官らの解任、通常戦力を主体とする自衛軍再建計画の強力な推進、有体に言えば、艦娘が出現する以前の構造に戻し、艦娘は補助戦力にすると言う復古的な主張であった。

「―――これについて政府、大本営及び統幕からの見解は発表されていません。恐らくは黙殺されているものかと。」

 

「当然ですね。その様な前線部隊の一方的な見解など受け入れられる筈がない。現実的にも考えられない選択肢でもある。」

 事実大本営も政府もこの要求は黙殺していた。尤も、本土近傍で大規模な戦闘を遂行中の彼らに、その様なたわ言を聞いてやれるほどの余裕が無かったのも事実であったが。

二つ目の点について言えば、余り状況は芳しくなかった。

「タウイタウイやボルネオ方面では不穏な動きはありませんが、スマトラ島では、地元の反政府勢力と反乱部隊が手を組もうとしていると言う情報があります。」

 

「反政府勢力?」

 

「―――アチェ人民戦線です。」

 この地域に於いて、その名が出てくるのは最悪であった。アチェ人民戦線はこの戦乱のどさくさにまぎれ、インドネシアに存在した「アチェ王国」の再興を掲げて武力闘争を行う極右組織の名であったからだ。

 

 元々インドネシアも東南アジア諸国連合(A S E A N)の一員として東南アジア地域で深海棲艦に対する防衛を行っていた*1が、一時は国土の半分以上を占領され、しかも海上戦闘でインドネシア海軍は殆ど為す術無く撃破された海軍の一つとして不名誉な名を残していた。

そうした情勢下で生まれたアチェ人民戦線は元々、地上戦が避けられなくなったスマトラ島北部の民衆が結集し、武装して成立した民兵組織「スマトラ民衆兵団」を前身としている。だが、彼らが乏しい装備ながら深海棲艦相手に地上戦で戦果を挙げ続けた事が、組織の変質を招く事となった。

 彼らは国軍とは別に戦闘を続ける中で、政府の無策が国軍の敗退を招いたと考え始め、その上インドネシアにも存在する『ジェマ・イスラミア』の様なイスラム過激派の思想にも影響を受け、更にはそんな折に『自由アチェ運動』過激派の流れを汲む地下組織が彼らに合流した事で、組織的には殆ど別物となり、現在のアチェ人民戦線に繋がる事となる。彼らは現在の自由アチェ運動とも対立する分派であり、アチェ州やその周辺で深海棲艦との戦闘を行う一方で、政府に対してアチェ州を含むスマトラ島北部の独立を画策して、武力闘争路線へ舵を切っていたのである。

 現在アチェ人民戦線はスマトラ島北部の殆どを事実上支配下に置いており、当該地域は政府の統治が及ばない地域と化していた。だが一方でアチェ州の北半分はアチェ州の与党である自由アチェ運動の支配下にあり、彼らは国軍に代わって自ら民兵組織として州軍を立ち上げて抵抗している、と言う状況であった。アチェ人民戦線と言う名称ではあるが、活動基盤はアチェにはなく、単なる方便と化しているのだ。

 

提督「敵の敵は味方、と言う訳か・・・。」

 

河本「どうやら造反部隊は彼らと連絡を取り、我々に対する共闘を謀っているようです。」

 

提督「時を置けば我々が不利になる、と言う訳ですね。」

 

河本「そうです。」

 

 アチェ人民戦線は、自衛軍と日本艦娘艦隊が国内に駐屯しているのにも不満を抱いている。彼らにしてみれば所詮他国の軍隊であり、他国の軍隊に自国領土への駐屯を許すなどと言う事態は、国家の怠慢であると主張してやまないのだ。

だがその()()()()()である自衛軍が仲違いを起こしたという事であれば、自衛軍の勢力を国内から排除するチャンスであると言えない事もないのだ。上手くすれば、自分達の目的を達するのに一役買うかもしれない事も含め、この両勢力が手を組む事は十分に考えられたのだった。

 3つ目についても同じく状況は芳しくない。

「次にシンガポールについてですが、こちらは態度をより硬化させているようです。大本営は代表を派遣すると回答していますが、シンガポールの深海中立派は、度重なる攻撃にいよいよ堪忍袋の緒が切れつつあるようで、艦隊の一部が出撃準備に入っています。また、潜水艦がセレターを出撃したとの情報も入っています。」

 

「まずいですね、我々の置かれた状況も考慮すると、余り望ましい状況ではありません。」

 

「その通りで、こちらについても早急に対応する事を求められるでしょう。お話を伺った上での事にはなりますが最悪の場合は、実戦も想定せねばならないでしょう。」

 

「そうでしょうね、その為に我が艦隊主力の全てを引き連れて来ています。」

 尤も、それだけの事でどれ程対抗出来るかは怪しかった。高々100隻強の艦娘で、10万を超す深海棲艦と正面からぶつかり合えば、不利は明確に明らかであった。精々足止めが関の山だろう。

直人はもとより河本三佐もそこには触れず、三佐は4つ目の件に触れた。

「造反部隊のその後についてですが、彼らは戦力を半数ずつに分け、ペナンとリンガに分散配置しているようです。その為現在、リンガには6隻しか造反部隊側の艦艇は存在しません。」

 

「しかしペナンとリンガは1日と経たず辿り着ける場所、分散しているとはいえ、油断出来る距離ではありませんな。」

 

「正にその通りで、余り楽観出来る状況ではありません。もし戦闘となるのであれば、造反部隊が分散している今しかないでしょう。」

 この話は艦娘達が聞けば小首を傾げるだろう内容だったが、現代の対艦戦闘は100㎞先の敵とミサイルを撃ち合うものであり、自衛軍の有する艦対艦誘導弾(S S M)も最低150㎞の射程がある。ペナンとリンガの距離は直線距離で800㎞弱、直接攻撃出来るような距離でこそないが、油断が出来る様な距離でもないのだ。

「最後に本土の状況ですが、こちらは好転しています。既に敵の攻勢は頓挫している模様で、幌筵泊地の包囲も間もなく解囲出来るとの情報が入っています。

また確定情報ではありませんが、敵超兵器級を撃沈したと言う戦果報告も入っており、事実なら金字塔を打ち立てるものでありましょう。」

最後の一言は、艦娘艦隊の指揮官である直人に向けての言葉であったが、当の本人は、

「どうでしょうな、確定出ないなら誤報もある。喜ぶのは、確定してからにしましょう。」

と述べてからこう言った。

「本土防衛が成功しつつあるのは喜ばしい事です。敵の動きが些か不可解ではあるが、迅速な行動と前線の各部隊が一丸となって奮闘した事が、功を奏したのでしょう。

今度は、我々の番です。本土での戦闘が終結する前にこれを鎮め、爾後の行動を円滑に行えるよう取り計らわねばなりません。」

 その思いは、ここに集まった全員が抱いていた共通認識であった。彼らからすればこのような事態は茶番も茶番であり、悪くすれば東南アジア諸国連合軍(S E A N A F)の介入を招きかねない事態である。

そうなればここまで築き上げてきた日本のプレゼンス力は弱まり、戦中戦後を問わず、日本の発言力を低下させかねない状況であった。到底国家の先を見据えたとは考えられないこの軽挙妄動に対して、この場に集まった男達は、一丸となって対抗する事となった訳であった。

 

「情報ありがとうございました、では、方針をお伝えします。」

全ての情報を聞き終えた直人はそう前置きした上で今後についてを話し始めた。

「兎に角最初にせねばならないのは、シンガポールの中立派深海棲艦隊を鎮静化させる事です。その為に交渉役として、講和派の深海棲艦を同伴していますが、ここが上手く行かなければ、その後の事は考え直さねばなりません。彼らを鎮静化出来なければ、造反部隊との戦闘中背後を狙われかねません。

 これが成功すれば、いよいよ造反部隊の対応に移る訳ですが、大本営としても多分、戦いは望んでいないでしょう。そうですよね、御堂海将補殿。」

 

「恐らくそうだろう。でなければ、土方海将からあのような命令があった説明にならん。」

 そう頷いた内容と言うのは言うまでもなく、「極力戦闘を避ける様に」と言う命令の事であった。土方海将からその内容が彼に伝えられた事も照らし合わせると、土方海将が護衛艦隊司令官として大本営と密接につながっている事と併せ、大本営が今回の一件に関して、本質的に戦いを望んでいないと言う事の裏返しでもあったのだ。

 ただ、彼が殊更にこの事を御堂海将補に聞いたのは、あくまで彼が全権者として海自軍の力を借りると言う体裁を取る事で、海自軍の顔を立てる為であった。

「であれば、交渉を最初にするべきでしょう。ですが、事前交渉に時を費やす事も出来ないでしょうし、彼らの動機が動機です、そんなものは望んでいないでしょう。会談要請は出さざるを得ませんが、黙殺される事も含めてこちらから動きます。」

 その彼の態度に将官達は驚いた。と言うのも艦娘艦隊の提督達は、民間人上がり故に少なくない割合で後手に回りがちであり、しかも分析と判断を誤りがちである、と言うのが一般通念と化していた。

当然艦娘艦隊側でもその傾向を改めるよう八方手を尽くしてはいるのだが、中々効果は上がらないと言う情勢の中、彼ほど賢明な提督は得難い存在でもあった訳である。

「我々はここを発った後、リンガやペナンで談判するまで前進し続ける覚悟で臨まねばなりませんし、事実我々の為す事は、自然直談判しかありません。その時には全権者とは言え私も艦娘艦隊の身ですから、御堂海将補にもご助力を乞う事にもなりましょう。そこまで事を運ぶのが、私の役割です。」

そこまで語って彼は一度言葉を切った。息を入れる必要があったのだが、一度考えを纏める必要もあったのだ。どう取り繕おうと彼らの方が、戦場でも人生でも先達なのだから、彼もガラになく緊張していたのだった。

「造反部隊に対する対応も対話を軸として行います。ですが、彼らが戦闘を望むのならば、我々は断固これに反撃する事になるでしょう。その場合、事と次第によっては艦娘艦隊も投入して一挙にこれを制圧し、事態の早期収拾を図ります。」

それを聞いた第21護衛隊司令の佐橋一佐が質問する。

「艦娘艦隊を、我々のいざこざに投入すると言うのか?!」

 

「我々が最も恐れなければならない事は、インド洋から敵がこの事態を嗅ぎ付けてやってくる事です。最悪、三つ巴の戦いになりかねませんから、そうならぬよう、事は迅速に運ぶ必要があります。

艦娘達を人類同士に投入する事の可否を論じている暇は、ない筈です。本意であるかは別として、貴重な戦力である以上使わざるを得ないでしょう。」

 直人の言葉に嘘はない。なまじ彼らは急がねばならない立場にいる。であれば、事この期に及んで、手段を自ら局限するの愚は避けねばならなかったし、事態の解決に感情を差し挟む余裕にも乏しかったのであった。

そして彼のその的確かつ合理的な発言は、目の前にいる艦娘艦隊の指揮官が、たった1個艦隊の指揮官であったにせよ、得難く優秀なものと認めざるを得なかった。我が身可愛さの発言をするような男が、この様な場で受け入れられる筈もなかったから当然ではあるが、だとしても彼は彼らの一般通念としての“提督”とはかけ離れていたし、この会議に参加し、この鎮圧に従軍した将校の中には「あの器量は1個艦隊の指揮官に留めるのは惜しい」と評する者まであったと言う。

 前述した様に海自軍には未だに、『艦娘艦隊の提督達は民間人上がり故に保身が目立ち、また提督ら自身は能力が欠けている』と言う認識があった。これは即ち艦娘艦隊は艦娘達の裁量によって機能しているという事でもあり、そしてそれは大勢に於いては事実であったが故に払拭する事は未だ出来ずにいたし、この問題解決は結局最後まで果たされる事無く終わった。

直人自身は方針や作戦の説明に当たってそれ程口数が多いタイプではないのだが、これ程までに自説を展開したのはこの風潮を知っていたが故であり、彼らを納得させて、彼の方針に従って貰えるようにする為でもあった。彼らが急がねばならない立場である以上、事実上この作戦を指揮する彼の手を離れて行動される様な事が、あってはならなかったからだ。

こうして見られる様な奇妙な二面性もまた、直人の人柄を現す端的な要素の一つであったのだろう。しかしこうした発想を可能とする頭脳と、それを行動に移せるだけの実行力が、彼を名将たらしめたのは間違いない。

 

 それから暫くして方針は決した。正式に発足したリンガ造反部隊鎮圧部隊は、簡単な整備・補給と休息の後、ブルネイ時間15時25分にブルネイ沖を抜錨し、最初の目的地へと向かった。

編成された鎮圧部隊は次の様になっていた。

 

〇海上自衛軍

第1護衛隊(横須賀):いずも(DDH-183 いずも型DDH) いわき(いわき型DDG) あさひ(DD-119) しらぬい(DD-120)(2艦ともあさひ型DD)

第31護衛隊(横須賀):ばんだい(いわき型DDG) あやなみ しきなみ いそなみ(以上2代あやなみ型DD)

第33護衛隊(佐世保):おおなみ(DD-111) まきなみ(DD-112) さざなみ(DD-113) すずなみ(DD-114)(4艦ともたかなみ型DD)

第21護衛隊(ブルネイ):のしろ(FFM-3) すずか(FFM-5) あがの(FFM-6)(3艦とももがみ型FFM)

第4護衛隊(タウイタウイ):かが(DDH-183 いずも型) みねぐも なつぐも むらくも(3艦とも2代みねぐも型DD)

 

付随:補給艦「はくりゅう」「まんごく」「ひるが」(民間船徴用補給艦) 輸送艦「くにさき(LST-4003 おおすみ型LST)」 掃海母艦「いき(なると型)」

 

〇陸上自衛軍

第22旅団主力(4個中隊欠)

 

〇自衛軍憲兵隊

佐世保・横須賀・ブルネイ憲兵隊総勢620名

 

〇艦娘艦隊

横鎮防備艦隊サイパン分遣隊(横鎮付属近衛第4艦隊)

 

 艦隊の内付随していた補給艦3隻はいずれも、臨時に輸送艦として使用出来るだけの能力が付与されており、その腹の中には参加する第22旅団の将兵が乗り組んでいた。唯一の専用輸送艦である「くにさき」は、ここに参集した艦の中では最も旧式ながら深海大戦をここまで潜り抜けた強運の艦であり、同型艦はいずれも敵潜水艦の毒牙に掛かりあえない最期を遂げていたが、この中では唯一エアクッション型揚陸艇を運用可能な揚陸艦として編入されていた。

 陸上自衛軍第22旅団は、ミクロネシア及び東南アジア地域への艦娘部隊創設と同時に、自衛軍部隊駐留が決定した際に編成された部隊の一つで、ブルネイ及びタウイタウイを含むスールー諸島地域を担当する部隊である。

2個普通科連隊とその他支援・後方部隊から成る軽装部隊であり、急速編成されたものである為機甲・機械化装備及び高度自動車化装備は保有しておらず、一般的な自動車化部隊となっている。その為戦闘能力では既存の部隊に劣るものの、主に外地に於ける治安維持を目的として編成されたものであり、元より二線級部隊として認識された存在であった。

しかしその旅団内からも造反者が続発、合計で4個中隊が武器弾薬を奪って海自軍の護衛艦で合流したのであった。

 一方の航空自衛軍はどうであったのかと言うと、部隊はリンガ泊地の対岸であるスマトラ島側に配備されていた上に、今回の事態に対して中立を宣言して以降だんまりを続けていた。対応としては、一番賢明であったと言えるだろう。

 

 

5

 

直人はその日の晩、タイランド湾方面に向かう鈴谷の艦橋で、状況をおさらいしていた。

明石「予断を許さない、とはこの事ですね。」

 

提督「あぁ、そう思う。しかも現地には造反者共と対峙する憲兵隊が各所で立て籠もっているとの情報もある。」

 

大淀「それらを救い出すのも目的の一つ、ですね。」

 

提督「そうだな、目下救援要請は出されていないが、多勢に無勢と言う奴だ。時間が経てば、彼らは完全武装の地上部隊に為す術も無かろう。」

 この前代未聞の状況下にあって、最も苦しい立場に立たされていたのが、リンガ憲兵隊であった。リンガ憲兵隊は170名ほどで構成されており、軽度ながら武装も与えられているが、約800人の完全装備した歩兵が相手では為す術がない。鎮圧部隊に憲兵隊が帯同していたのは、造反者の拘束もあるがこういった背景もあり、横須賀・佐世保・ブルネイの3つの憲兵隊から各護衛艦に分乗して参加していた。

「だがひとまずは、シンガポールから先にどうにかせねばなるまい。さもなくば我々は、同胞同士の殴り合いの果てに、背後から深海棲艦に襲われて、諸共に死出の行進をする事になりかねん。」

直人の口にした懸念は尤もであり、だからこそこの方針に決したのだ。

「その為のあきづきさん、と言う訳ですね。」

大淀のその言葉に彼は軽く頷いて答えた。

「“後部電探室より艦橋!”」

 

「こちら艦橋、どうした?」

直人が応えると、電探妖精が一つの報告を返してきた。

「“対空電探に感あり、方位232、距離七〇!”」

 

「なんだと? 単機か?」

 

「“反応から敵機は単機です。”」

 

「分かった、ご苦労。」

直人がそう言って会話を打ち切ると大淀らに向き直る。

「どう思う?」

その問いかけに答えたのは大淀である。

「恐らく深海棲艦の夜間哨戒機かと。彼らは機載レーダーを搭載している事が確認出来ていますから、恐らくこちらの位置は気取られているでしょう。」

 

「だろうな、参ったぞ・・・。」

 そう言って直人は頭をかいた。今から交渉に向かう相手であろう事は海域から考えて十中八九明らかで、推測するまでもなくシンガポールの哨戒艦隊から発進した水偵であろう。そうなると触接されても撃つ訳には行かない。

「『いずも』より通信!」

 

「繋げ。」

この早さで通信を要請してくるという事は要件は一つで、それは直人の予想通りであった。

(やはりな。だが交渉に不利な材料は作れない。)

御堂海将補の口から出た言葉を聞いた直人はそう考えてこう述べた。

「こちらからは手出しはしないで下さい。これから交渉に向かう相手を恫喝したとは取られたくありません。代わりに、監視は厳とする様伝達をお願いします。

恐らくこちらの位置は向こうに割れています。万が一強硬派の機体であった時の事を考えて、警戒は怠らないで下さい。」

 

「“承知した。”」

御堂海将補はそれだけ答えて通信を切った。

「流石は歴戦の雄、と言う所だ。判断も早い。」

 

「それだけ戦闘になった時には信頼出来そうですね。」

 

「うん、そうだな・・・。」

 戦闘にならないならそれに越した事は無い―――この作戦で一貫して交わされていたのはその様な言葉だった。『同じ日本人同士、同じ人間同士で、なぜこの様な時に殺し合わねばならないのか。』その様な空気は常にあり、それが自然、全権を担う彼の方針に自衛軍が従う下地になっていたのだ。

だがその一方で、誰しも戦闘が避けられるなどと思っている訳ではなかった。全権とはいっても彼の役割は、投降してきた者の処遇を決める事位であり、会談になれば、御堂海将補に依るところが大きい。自然、火器兵装の確認を行うのは当然の流れであったと言える。

提督「せめて、この戦いにも意味がある事を祈ろう。」

 

明石「そうですね・・・。」

 

大淀「はい。」

 金剛にその思いを吐露した事である程度気持ちが楽になった彼は、ようやく無理やりにではあるが、今回の状況を割り切る事が出来ていた。夜の南シナ海を、艦列の先頭に立ち西へとひた走る鈴谷は、必ずしも明るい雰囲気とは言い難かった。軍事組織にとって明るい雰囲気と言うものの方がイメージにそぐわないのだが、横鎮近衛艦隊にはそんな相反するものが同居しているかのようなところがあった。

そんな彼らが、らしくもなく動揺していた。と言うよりも、地に足がついていないと言う表現の方が正確であったかもしれない。これから直面しなければならなかったのは、艦娘達自身の存在故に人類が引き起こしてしまった事象そのものであり、それ故に彼女らはほぼ確実に、その人類と矛を交えなければならない。

 人々を守る為に戦ってきた彼女らにとって、その事実は重くのしかかった。直人の予見通り、艦隊の士気はいつにも増して低かったが、彼女らはそんな中でただ一つ、自分達を率いる提督の為に引き金を引く事を、徐々に心中で決意しつつあった。

 

2月21日マレー時間5時02分 リアウ諸島西部海域

 

 重巡鈴谷を先頭とする鎮圧部隊は、最初の目的地に予定しているリアウ諸島の西端を指呼の間に収めつつあった。

提督「よし、艦隊出撃準備。両舷及び艦尾発進口開放。」

 

明石「両舷発進口、開きます。艦尾ウェルドック注水。」

 

提督「全艦隊発進準備! 全艦通常装備、実弾携行、編成変更なし、準備出来次第発進せよ!」

 夜明け前に横鎮近衛艦隊も出撃体勢に入った。遂に来るところまで来たのだが、ひとまずは深海棲艦が予想される敵ではあったから、全員気は楽ではあった。が、そんな事を言っている間に事態が動き始めた。

「“水上電探に感あり! 方位230、距離三○!”」

 

「何!?」

 直人は慌てて双眼鏡を覗き込んだ。元々鈴谷にはかつて搭載されていた日本光学製のものを、艦娘技術で復刻した双眼鏡が搭載されていたが、横須賀入港時に土方海将の計らいで換装され、護衛艦も採用しているニコン・ビクセン製の最新式20×80倍双眼鏡が搭載されている。

その視野内に映り込んだのは、深海棲艦隊の姿であった。殆ど芥子粒ほどの大きさではあったが、数が多い故に辛うじて視認出来るのだ。

「ずっと触接を受けっぱなしだったからな、向こうも艦隊を出してきたか。」

 

「“どうするデース?”」

金剛も前部電探室からの報告を聞いていたのだろう、即座にお伺いを立ててきた。態々そうしたのも、彼女がこの任務の特殊性を理解していたからである。

「まだ撃つな、こちらから呼びかける。」

 

「“OKデース、金剛、行くネー!”」

 

明石「発進どうぞ!」

直人は金剛にそう指示を出してから、すぐさま講和派や中立派と人類が交信する際に用いる共用周波数帯に合わせ、呼び掛けを始める。

「こちらは日本国艦娘艦隊並びに海上自衛軍である、前方の深海棲艦隊に告ぐ。本艦は大本営からの全権特使が乗艦している。可及的速やかに、シンガポールへの通行許可を願う。」

直人はこの内容を2度繰り返した。届く事を祈りながらの呼びかけであり、その間に一水打群は発進を終えて臨戦態勢に入っていた。

「良いか、艦載機はまだ出すな。攻撃態勢と取られる恐れがある。」

 

「“了解!”」

瑞鶴からの返事を待って明石からも報告が入る。

「前方の深海棲艦隊、進軍を停止しました!」

 

「頼む、届いてくれ・・・。」

 こうして、深海棲艦隊と人類軍の間で、奇妙な対陣が始まった。一般的に「リアウの対陣」として知られるこの出来事に於いては従来、自衛軍と4,000隻ほどの深海棲艦隊が睨み合ったとして知られていたが、その先頭に立っていたのは他ならぬ艦娘母艦「鈴谷」であり、横鎮近衛艦隊であったという事である。

両軍は距離25,000mを置いて停止し、横鎮近衛艦隊が特別任務群を前方に送りながらも、互いに砲を向け時を送った。この事から分かるのは、例え下位の相手でも深海棲艦にはある程度話は通じるし、無条件に砲門を開く事は、講和派や中立派、強硬派に分かれていたこの時期には、既に多くはなかったと言う事である。

 10分、20分と時が過ぎていく。ある当事者曰く『あの時はどんな戦闘よりも肝が冷えた。こちらからは撃ってはならず、こちらが撃つ時は向こうが撃った後。先制攻撃されるかもしれないと言う疑念と懸念が付き纏いながら、我々はあの時間を過ごした。』と語るこの状況は、およそ通常の海上戦闘では見られない光景であっただろう。

 

 この時の事を、後に当事者の一人ともなった紀伊元提督は、

『あの時程、部下の統制に腐心した事は無かった。那智や大井の様に、目の前に敵がいるのに何故撃たせないのかと言う突き上げは1度や2度では無かったし、納得させる事は遂に出来なかったが、ともあれ我々は、不毛な戦闘を避ける事が出来た。

我々の課された役割を想えば、あの時の腐心は無駄では無かったと今でも思っている。』

と語っている。

 これは、講和派深海棲艦が現れて暫く経ったこの時期に至っても尚、その事に納得していない艦娘が多かった事を示している。彼らも決して一枚岩ではなく、深海棲艦に対するスタンスは必ずしも一致していないのは、既に過去の出来事で示された通りだが、その傾向は未だに根強く残っていたのだ。

なまじ、そんな部下達を統制する事は並大抵の精神力で出来る事ではないのだが、直人はこの時も見事、それを果たして見せたのだった。

 

「“双方矛を収めよ!”」

6時17分になってやっと状況は動きを見せる。敵艦隊の後方から、数隻の深海棲艦が全速力で向かってきてそう告げたのである。

「あれは・・・。」

直人も小首を傾げる事態に鎮圧部隊側に困惑が広がる中、次に送られてきた通信で事態が把握される事となる。

「“こちらは深海棲艦隊東洋艦隊所属、重巡夏姫(かき)コーンウォールである。人類軍全権特使、応答願いたい!”」

 

明石「前方の艦隊も含め、サイキックビーコンにもデータありました、間違いありません。」

 

「成程、やはりと言うべきかシンガポールの中立派だったか。」

直人もそう言って納得すると通信回線を開いた。

「こちらは日本国大本営の全権特使、石川少将である。当方に交戦の意思はない。事態の説明の為、シンガポールへの通行許可を願いたい。」

 

「“―――通行許可については了承されている。但し、特使の乗った艦1隻のみ、艦娘も4隻までのみ認めるとの指示である。如何に。”」

 

「了解した。本艦鈴谷がシンガポールへ向かう。水先案内を乞う。」

 

「“心得た。”」

その声と共に通信は切られた。

「ここからは、提督の腕の見せ所ですね。」

 

「とは言うものの、実際の折衝は防空棲姫の方がやり易かろう。兎に角、指示には従おうか。伊勢、日向。」

 

「「“はい!”」」

 

「2人に護衛を頼みたい。行けるか?」

直人がそう言うと2人は二つ返事で了解し、重巡鈴谷は他の艦娘達を護衛に護衛艦隊をその場に残すと、重巡夏姫の艦隊に周囲を固められながら、単艦シンガポールへ向かった。

「―――やはりと言うべきか、あれが本隊では無かったようだな。」

周囲を見渡しながらそう言ったのも無理は無かった。何せ鈴谷の周囲にはその数16,000隻に上る東洋艦隊所属の深海棲艦がいたからだ。

「重巡夏姫の高速打撃部隊か、訓練もよく行き届いている様だな。」

 

「でも、何故その重巡夏姫はその・・・薄着なんですかね?」

 確かに重巡夏姫の出で立ちを見ると、水着の様なものを着ているように見えるのだが、明石が口にしたその疑問に答えたのは、一度鈴谷に戻って艦橋にいたあきづきであった。

「重巡夏姫は、深海棲艦隊でも珍しい“局地戦仕様”の深海棲艦なの。彼女に限らず東洋艦隊に多く配備されていたのは、この赤道近い環境で何の問題もなく行動が可能な、“熱帯仕様”の深海棲艦だった筈よ。」

 

「局地戦仕様・・・成程、そう言うのもあるのか。」

 直人もその説明で納得した。同じ洋上と言っても温度や湿度は千差万別であり、極端に違う地域であると居住性はもとより、艦艇の稼働状況にすら影響を及ぼす。深海棲艦はなまじ兵器と生物の両方の性質を兼ね備えるが故に、艦艇よりもその影響を強く受けるのだ。

「一応私も熱帯仕様ね。テストベッドだったからコストの増加は気にしなくても良かったって訳。」

 

「それでお前も薄着な訳か、道理で。でもその場合寒冷地で動く時はどうするんだ?」

 

「その時は流石に着込むわよ。寒冷地仕様の深海棲艦なら生身でも耐えられるかもしれないけど。」

それを聞いて確かにベーリング海では着込んで居たなと気付くと共に、それはそれで凄い話だと本気で思う直人なのであった。

「そう言えば提督、伊勢さんと日向さん、お二人だけで良かったんですか?」

明石のその質問に対する直人の答えは明確だった。

「何かあった時、ああ言う場所では白兵戦になるだろうから人数は少なくていいし、この艦を制御するお前も要る。3人だ、何か質問は?」

 

「・・・いいえ、納得しました。」

 

「結構だ。シンガポールに着いたら、艦を離れる間の留守は頼む。」

 

「了解しました!」

 この言葉を聞いた明石はこの時、「こんな時にも自分は頼りにされているのだ」と感じ入り、気合を入れ直したのだと言う。ともあれ鈴谷は深海棲艦隊に守られながらと言う些か不思議な状況で、シンガポールに直行したのである。

 

 

6

 

「―――ソナーエコーに海底障害物無し。本当にここまでやっちゃっていいんでしょうか?」

 

「別に構わんだろう。我々からして見りゃぁ、実際問題この辺りは海図が更新されなくなって久しい、どうなってるかなんて想像も付かんからな。」

 シンガポール島にある旧セレター軍港への水路を進む鈴谷は、アクティブソナーで海底を走査しながら慎重に水路を進んでいた。コーンウォールの水先案内もあったが、もし仮に港が整備されていると言ってもそれが深海棲艦基準のものであるとしたら、艦艇が通行出来ない可能性もあった為である。

ただ、明石が心配したのは、その行為が当方に害意ありと見做されないか、と言う部分である。尤もこの心配は杞憂ではあったのだが。

「さて、問題はだ。ここの主が話の通じる相手であるかどうか、と言う所だろう。」

 

「そ、そうですね・・・。」

 直人の危惧は尤もであった。戦艦夏姫『ウォースパイト』は、北村海将補との間に協議の場を持つ程の行動力と、自身が不利な情勢にあって尚互角に交渉をやり遂げる程の胆力の持ち主と見做されている。そんな彼女が実際の所は、単なる頑固者であったとしたらと言う危惧は、この時彼の中に付き纏っていたと言える。

しかもその評価の真偽を確認するには実際に会う他ないと言う部分が猶の事厄介極まりなく、自衛艦隊も置いて来ざるを得なかった事も鑑みれば、孤立無援で敵中に乗り込んだに等しい。流石に腹こそ括っていたが、脱出せざるを得なくなった時には骨が折れるだろうと彼は見込んでいた。

「アルウスの様に、話の分かる相手ならばよいのだが・・・。」

 不安感が少しばかり漂う中、鈴谷は残存していたセレター軍港の岸壁の一つに横付けした。ボラードにもやいがかけられ、タラップが下ろされる中、コーンウォールは律義にタラップの下まで彼を出迎えに来ていた。

重巡夏姫「ようこそ、セレターへ。と言っても、間借り人の我らが言うセリフではないのでしょうが。」

コーンウォールはそう言って直人らに挨拶した。思ったより丁重だなと思いかけたその想念を振り払い、直人は帽子を被り直す。

「大本営全権代表、石川少将です。こうして無事にここまで送り届けて頂き、ありがとうございます。」

 

「私に与えられた任務でしたので。それよりも、“閣下のご武勇”については私も些か聞き及んでおります。お会い出来て光栄です。」

 

「いやいや、私如きのやった事など、大した事ではありません。ただ、命じられるがままに任を果たしたまでの事。」

 

「それであっても、我が同胞でも一、二を争う実力者達や()()()()()()()()()()()あれほどの御活躍、やはり只者では無いと、感じ入る次第です。」

 この言葉を聞いた時、直人はコーンウォールが口にしているのが「石川少将」へのものでは無く、「紀伊 直人」への賛辞である事に気が付いた。つまり、それだけ深海側では彼の顔と名は通っている、という事でもあったのだろうが。

「ご案内します、こちらに我らの旗艦がおられます。」

 コーンウォールに案内されて、直人と伊勢、日向、あきづきの合わせて4人は、深海棲艦の一大拠点と化したセレター軍港内を歩く。

やがて辿り着いたのは、グァムにも存在した黒い大型ドームのような構造物であった。この構造物は人類軍で言う所の()()()に相当するものであり、深海では「中枢」と呼称する建物である。これは現在であればこそ分かっている事であり、直人もこの後あきづきらからこの事を聞くまで知らなかった様に、当時の人類にはこの様な事の理解も無かった事が伺える。

「戦艦夏姫様、“お客人”をお連れしました。」

北方棲姫の中枢と同じ構造のドーム内を通された彼らは、大広間まで通された。

「ご苦労、下がっていい。」

 

「はっ。」

コーンウォールはそれを受けて一礼した後辞去する。

「―――貴官が、戦艦夏姫、ウォースパイトか。」

 

「如何にも。ここの深海棲艦隊を統括している。後ろの艦娘は、差し詰め護衛、と言った所か。」

 

「そうだ。不味ければ下がらせる。」

 

「構わんよ。」

 二、三言葉を交わして直人が感じた所感は、この戦艦夏姫は、指揮官らしい風格、能力と、それに見劣りしない自信とを兼ね備えた武人であるという事であった。

だが直人は一方で、彼自身が直接交渉させて貰えると言う状況に内心驚いてもいたが、おもむろに彼の側から切り出す。

「大本営の全権特使、石川 好弘少将です。今回は―――」

 

「此度の事について説明をしに来たのだろう、“紀伊提督”。」

 

「―――!」

深海棲艦である戦艦夏姫からその名が出てきた時、彼はコーンウォールの時に感じた事が誤りでなかった事を感じ取ったと言う。

「石川 好弘、か。身分を偽らねばならない立場と言うのは、辛いものだな。同情するが、ここは身分を騙らねばならない場では無かろう?」

 

「―――確かに、私は貴官らの知る『紀伊 直人』であるかもしれない。しかし、『紀伊 直人』と言う男は3()()()()()()()のです。ご承知置き願いましょう。」

その言葉にウォースパイトは内心驚きながらも、

「―――それは失礼した。確かに、他人の空似であったかもしれん。」

と謝した。

「揶揄うのはその辺りにしてあげて頂戴。この人は遊びに来た訳じゃないのだから。」

そうあきづきが言うと、ウォースパイトもまた

「貴官は貴官で、遊びに来た訳でもあるまい。そもそもサモアで死んだと聞いていたが、生きていたとはな。結構な事だ。」

とやり返す。

「―――今回私は、貴官らと我々との間に不幸な行き違いが発生せぬよう、大本営から委任を受けて派遣されて来た身です。」

直人があきづきから引き継いでそう言うと、ウォースパイトは声色厳しくこう言い放った。

「どこがどう行き違っていると言うんだ? 我々は現に継続的な攻撃を受けつつある。それを加えているのは、貴官らの同胞だ。」

その声色は厳然たる今を厳しく突き付けるものでしかなかった。だが直人もまた礼節を欠く事無く言葉を重ねた。

「それについては、我々の本意ではありません。現在の状況に反対する一部の造反者がリンガで蜂起し、中央の統制を離れた結果です。

我々は、その鎮圧の為に、こうしてここまで来ました。大本営及び、日本国の方針は、昨年の停戦協定発効後、何一つ変更されてはいないのです。」

 

「・・・どこまで、信じて良いものかな。」

なおも訝しげにそう返すウォースパイトに対して、直人はきっぱりとこう言ってのけた。

「もし変更されているのなら、私がここに来た理由は説明ではなく、城下の誓いをさせる為の筈です。」

その言葉は直人に付いて来た3人に大いに冷や汗をかかせた。何せその言葉はまかり間違えば、相手の逆鱗に触れかねなかったからだ。現にウォースパイトの目は、より険しさを増していた。

「“ちょ、ちょっと、いきなり何言い出してるのよ!?”」

あのあきづきでさえこの慌て様である。だが直人は構わずこう続けた。

「もしそうであるなら今頃、このシンガポールは艦娘艦隊によって幾重にも再び包囲され、今造反部隊によって行われているそれの比ではない、苛烈な攻撃が加えられ、ここの施設群は跡形もないでしょう。ですが現に、我が方の戦力はシンガポール沖に展開してはおりません。

 そもそもリンガ泊地の艦隊は主力を含む半数以上がリンガを離れ、それはブルネイも似たり寄ったりの状況であります。もし貴官らを害する意思が我々にあるならば、その様な事にはなっていない筈です。これで、ご納得頂けませんか?」

直人のその態度、言葉運びはそれ一つ一つが至って堂々としたものであった。へりくだった姿勢など微塵も感じさせないその口調は、ウォースパイトを納得させるのには十分であった。

「―――確かに、これは一本取られてしまったか。試す様な事をした非礼を詫びよう、()()()()。」

 

「お分かり頂けたのであれば、結構です。」

 

「うん、貴官らも大変だろう。だが、艦隊への出動準備は解く訳にもいかん。もし彼らが本格的侵攻を始めた時には防がねばならんからな。」

 

「我々としては、その抜きかけた剣を再び鞘に戻して頂けるだけで十分なのです。その御身に降りかかる火の粉を払う分には、ご自由にして頂いて結構です。」

その言葉を聞いてウォースパイトは直人にこう述べたと言う。

「承知した。事情を理解したからには、貴官らに害意はないものとして扱う。シンガポールの沖合も安心して通ると良かろう。」

 

「ありがとうございます。」

直人が礼を言った後、おもむろにウォースパイトが切り出す。

「――時にあきづき、お前と部下達の補給は十分なのか?」

 

「あら、気にしてくれるの? 生憎と基地に戻れてなくてね、弾薬は乏しいのよ。」

 

「そうか・・・補給して行けと言いたいが、協定の都合それは出来ん。許せよ。」

 

「仕方ないわよ。それじゃ行きましょ、急ぐんでしょう?」

あきづきにそう促されると直人はウォースパイトに挙手の礼を捧げつつ、

「では、小官らはこれにて。」

と言って辞去した。

「またどこかで会おう。」

ウォースパイトはそんな言葉を直人に投げかけたのだった。

 

「ちょっと提督、今回ばかりは寿命が縮まったかと思ったわよ!?」

後ろを付いてくる伊勢が安心した様にそう詰めてきた。

「ハッハッハ、すまん。だが、あの位言わなければ、多分納得してはくれなかった。」

 

「もう、後ろで聞いてる私達の身にもなってよね。」

 

「まぁ、そうなるな。」

 

「そうだな、今度なんか埋め合わせはするよ。」

そんなやり取りをしながら、彼らは自分達のみで鈴谷へと戻って行った。

 

「―――コーンウォール。」

 

「―――ここに。」

直人らが去った広間で、2人きりになった彼女らは言葉を交わす。

「案内は良かったのか?」

「道は分かるから、と。」

「成程、講和派の基地かな。」

「恐らくは。」

それを聞いたウォースパイトは話題を変えた。

「堂々とした男だ。あのような武人は、世界で5人とはおるまいな。」

 

「お試しになられたのですか?」

 

「あぁ、だが奴は他の人間共とは違い、我々を恐れてはいない。あの程度では怯むどころか、却って噛みついてくる様な所を感じる。流石は我が同胞を手玉に取り続けるだけの事はあるな、敵にはしたくないものだ。」

 

「そう思います。」

 コーンウォールもウォースパイトも、自分達の会った相手が()()紀伊 直人である事は分かっていた。しかし、その本人から「紀伊 直人は死んだのだ」と言われては、そう言うものなのだと納得する他無かったのだった。

何より2人は初めてその為人(ひととなり)に触れ、人類側にも深海側にも稀有なその才気に溢れた風采と、人間も深海もない、風聞に恥じない威風堂々としたその立ち振る舞いに、ただただ感じ入るばかりであったと言う。

 

 

「おかえりなさい、提督!」

鈴谷艦橋に戻った直人は、留守番をしていた明石に出迎えられた。

提督「ただいま。思ったより早く上手く行ったよ。」

 

明石「本当ですか!?」

 

提督「あぁ、急いで本隊と合流しよう。」

 

明石「そう言えば、シンガポールの補給担当者と言う深海棲艦が先程来まして、深海棲艦用の弾薬と艦載機の補給物資を置いて行かれました。」

それを聞いた直人は些か狼狽えた様に、

「協定違反の物資じゃないか、一体何故?」

と言った。その答えはと言うと―――

「あきづきさん達に細やかながら役立てて欲しい、との事でした。どうやら戦艦夏姫の支持の様ですね。」

 

「・・・はぁ、バレない程度の量を、と言う事か。世渡りが上手だな。」

 

「どうされますか?」

 

「―――受け取ってしまったものは仕方あるまい。特別任務群に渡しておこう。」

半ば諦めた様に直人も受け取る事にしたのであった。重巡鈴谷も直ちに抜錨すると、待機する艦隊に合流指示を与え、足早にセレター軍港を出たのであった。

 

「“石川少将、これ程の短時間で交渉を纏めて来るとは、一体どの様に?”」

合流後、御堂海将補に追及を受ける羽目にはなったのだが。

「どの様にも何も、ありのままをお伝えしただけです。人間、誠実に受け答えをすれば、分かってくれるものです。それは、深海棲艦とて同じ事。嘘偽りなく、真心から相手に向き合えば、話の通じる相手には分かって頂けると言うものでしょう?」

 

「“・・・その通りだ。”」

 

「それより、こちらの動きは恐らく造反部隊でも掴んでいる筈です。シンガポールに入港したので手が出せなかったのでしょうが、本艦の進路から逆算して、合流地点の目星は付けられているでしょう。応戦の準備を。」

 

「“了解した。”」

そこで御堂海将補とのやり取りは終わった。

「・・・提督。」

 

「泣き言は聞かんぞ、明石。」

 

「ですが、駆逐艦娘達にまで撃たせるのですか!?」

その明石の言葉に対する直人の言葉は、およそ彼らしくはないものだった。

「お前達の我儘を聞く為にここまで連れてきた訳ではないぞ。俺達はあくまで、造反部隊を鎮圧する為に来たんだ。バカンスじゃないんだ、これは!」

 

「提督・・・。」

 

「もし相手が投降してこなければ、撃つ他あるまい! 我々は軍人である以上、敵であれば何でも退けるのが仕事なのだからな。我が艦隊は完全装備のままリンガへ向かう、方針に変更はない。」

 

「―――分かりました。」

その時、展開している艦隊からも通信が入る。

「“提督ゥー、艦隊を鈴谷に戻さないのデスカー?”」

 

「戻さない、このまま向かうぞ。」

 

「“OKデース。”」

 直人はその様な言葉を交わしながら、心の中で詫びていた。彼だって、心にもない事を言っている自覚はあった。だが、そうとでも言わなければ、自分自身の決意が揺らいでしまいそうな感覚が確かにあった。

もう、決めた事であり、やるしかないのであれば、手段は選ばない。その余裕は、無い筈であった。

 

 

7

 

「“いずも”より至急! レーダーに感、数―――およそ500!」

23時09分、リンガへ向け航行中の鈴谷艦上で明石の齎したその報告は、直人を却って驚かせた。数が多すぎるからである。

「500だと!?」

 

「いずもより通信です!」

 

「―――こちらに出せ!」

直人がそう言うと、彼のサークルデバイスに御堂海将補が出た。

「“少将。IFFの信号から、相手は護衛艦隊の艦艇6隻、造反部隊のものの内、2個護衛隊がこちらに向かっているが・・・どうやら、それ以外のものがいる。”」

 

「それ以外? まさか、例の・・・?」

 

「“いや、分からない。データには無かったが・・・どうする?”」

 

「―――分かりました、偵察機を出しましょう。」

判断を委ねられた直人がそう言うと、御堂海将補は用意されていたかのように言った。

「“では、いずもから1機出す。”」

 

「分かりました、お願いします。」

 直人もそう応えると、御堂海将補は通信を切った。それと同時に後方を追走するいずも艦上から、発進待機中のF-35Bが発進する姿が確認出来た。

海上自衛軍はこの頃、現行の艦載機としてアメリカから導入したF-35Bをベースに三菱が改良したF-35Bとその改修型のF-35BJをいずも型で運用しつつ、ほうしょう型空母ではF-35Cを日本向けにマイナーチェンジしたF-35CJを運用している。だがF-35BJはこの時補充が追いついておらず、予備機扱いのF-35Bを航空自衛軍から返却して貰い搭載している有様であった。

「こちらで偵察機を出さなくても良かったのですか?」

明石がそう言うと直人は、

「それでも良かったが、彩雲を出すと撃墜される可能性があるんでな。同じ海自軍の機体なら、向こうも遭遇、即撃墜にはならんと思ったんだ。」

 と言った。先方は現在の軍の体制に不満を持っている相手であり、艦娘を軸とした体制が不満なのだから、艦娘艦隊の偵察機、それも鎮圧部隊からのものであるならば、容赦なく撃墜されかねない。だが同じ海自軍の機体であれば、問題なく接近出来るだろうと踏んだのだ。

第一、普通の艦娘では、第5世代ジェット機を止める事は出来ない。万が一敵に艦娘が随伴していても大丈夫な様にする為の措置でもあった。

「こちらのレーダーにも反応が出始めました。距離35,000m、これは―――艦娘の反応でしょうか? 艦艇にしては像が小さいものが多いです。」

 

「―――全艦戦闘配備、各母艦は艦載機発進準備。」

直人は意を決してそう命じる。

「提督・・・。」

 

「これも、戦いだ。全艦戦闘配備! 艦載機発進用意を為せ!」

直人が重ねて命じると、いずもに回線を繋ぐ。

「御堂海将補。護衛隊の指揮はお任せします。その前に交渉は行いますが、決裂の際には。」

 

「“・・・了解した。”」

了解を得た彼は通信を切ると、前方の艦隊に向けて呼びかけを行った。

「前方の護衛隊に告ぐ。こちらは日本国海上自衛軍である。当艦隊は現在リンガへ向かって航行中である。航路を譲られたし。」

直人の送ったこの通信に対し、前方の艦隊からも返答があった。

「“第25護衛隊、堂島である。我々は現在、自衛艦隊司令部とは別の意思に基づき、日本国の下で行動している。今貴官らをリンガへ通す訳には行かない。”」

この返答を聞いてすかさず通信を送ったのは、いずもの御堂海将補である。

「“堂島一佐、第一護衛隊群司令、御堂だ。貴官らの行動は、日本国の意思にも反している。直ちに参加部隊を原隊に復帰させて貰いたい。”」

その呼びかけに対し、堂島一等海佐はこう答えた。

「“御堂海将補殿、お分かりになりませんか。我々職業軍人は今や、艦娘艦隊に乗っ取られ、国軍としての存在意義が損なわれています。我々が求めるのは、自衛軍を軸とした軍備の再編成であり、これが容れられるまで、我々は決起を続けるつもりです。”」

 

「“分かっていないのは貴官だ、堂島一佐。今のこの措置はあくまで一時の事だ。我々はかつて、永納の愚行の為に大きく兵を損ない、艦娘艦隊がいなければ防衛線を構築する事さえ出来ない。今内地では、新造艦の建造と、旧式艦のアップグレードも進められている。

それを待ってもらう事は出来んか?”」

 

「“どうやらお分かりになっていないようですね。最早それが出来上がった所で、艦に乗せる人すら足りないのです。艦娘艦隊はそれを補う為の手足として活用するべき時です。人的資源としても、これ以上ない選択肢であり、補助戦力としても極めて有用です。”」

 

「“現在の国情を考えれば、現在の体制はベストな手段だ。我々が最善を尽くしている様に、貴官らも、この情勢に対する最善と責任を果たすべきでは無いか?”」

そこまで語りかけた所で、堂島一佐は会話を打ち切った。

「“お互い、接点は見出せそうにありませんね。この上は実力を以て、己の正しさを証明します。”」

 

「通信、切断されました! 前方の艦隊は艦娘と通常艦隊の混成、戦闘態勢です!」

明石のその声に対して直人の対応は早かった。

「来るぞ、艦載機発進! 金剛と大和は直ちに砲撃開始!」

 

「“ほ、本当に撃つネー!?”」

 

「当たり前だ! 向こうは全て実包なんだ、こっちも実包で撃ち返すしかない。今回ばかりは加減すると死ぬぞ!!」

 

「“―――OK!”」

 かつて金剛は、当時居た艦娘達と共に、グァムに発足した講和派に対し無断出撃した艦娘艦隊を、演習用実包で撃退した事がある。あの時はそれぞれが小部隊であった事に加え、士気も低かった為良かったが、今度はそうであるとは考えにくかった。

今度の相手は数百隻から成る艦娘艦隊であり、あのような連中に付き従う以上覚悟と決意を持って来る筈である。であるならば、今度は加減すると言う訳にも行かず、全て沈める覚悟が必要であった。例え、相手が同じ艦娘であっても、である。

「水雷戦隊を前に出せ! 前進してくるならば全て沈めろ!」

 

「“提督!”」

直人の下した命令に異議を申し立てようとしたのは、二水戦の能代であった。が―――

()()!!」

 

「“ッ―――!?”」

 

「―――敵は容赦はしてくれんぞ。彼らは我々の敵になったんだ! 命令だ、前進し、我々に接敵機動を行う敵水雷戦隊を、全て沈めろ!!」

 

「“・・・了解。”」

 能代は渋々承服した。能代はこの艦隊にいる旗艦の軽巡では最も着任が早く、故に直人の心境をこの時、理解するには至らなかった。だが彼女も後にこの時の直人の心境を知るに付き、この時抗命しようとした事を反省したと言う。

「いいか! 艦娘であろうと容赦はするな! 奴らは艦娘艦隊を巻き込み、我らに内憂を招いたれっきとした敵だ! 降らぬならば、討ち取るの止む無し!!」

 

「「“了解!!”」」

 

「敵艦より、ミサイル発射を確認!」

 

「迎撃用意!」

鈴谷でも次々と命令が下されていく。慌ただしく夜戦に移行していく一方、いずも率いる護衛艦隊側も慌ただしく動き続けていた。

 

~護衛艦『いずも』CIC~

「“あさぎり”他よりハープーン発射を確認。数8。」

 

艦対空誘導弾(SAM)、CIWS発射用意。」

 

「“01から08に各艦へ目標割り当て、SAM発射。”」

 

「“いわき”より目標指示、トラックナンバー03へSAM発射。」

データリンクパネルには、自衛軍所属の6隻の護衛艦の現在位置と針路、発射されたミサイルが図示されている。相互の距離は約40,000mしかない。

「近過ぎる位だな。」

 

「ですが間には艦娘艦隊が相打つ状況です。楽観は出来ませんな。」

 御堂海将補は幕僚と情勢を見つつ、“石川少将”が自分達の戦いが出来る様に手を打ちつつあった。御堂海将補も、艦娘艦隊が現用艦との戦闘では分が悪い事を知っている。ならば、護衛艦の相手は自分達が引き受け、彼らは彼らの戦をした方が良いと考えていたのだ。

それをそうとは知らない直人ではあったが、彼は彼で護衛艦の相手は御堂海将補に委ねるつもりではいた。所詮彼から見ても“餅は餅屋”であり、この時ばかりは『何故深海棲艦で出来る事が艦娘には出来ぬのだろうか』と本気で思ったのだと言う。

「各母艦の艦載機、発艦急がせろ!」

 

明石「敵機接近!」

 

「対空戦闘用意! 直掩隊を向かわせろ!」

 

瑞鶴「“了解!”」

 横鎮近衛艦隊、総数120隻ほど、修理こそ終えてはいるものの補給は十分ではなく、1.5会戦分の砲弾は瞬く間に撃ち尽くしてしまう。艦載機も定数3分の1に過ぎず、それに対し敵軍は40隻を超える航空母艦から、満載の艦載機を次々発艦させている。

どう考えても劣勢は明らか、であるならば、練度を以てこれに代えるの他無かった。しかし、艦載機隊は補充のみを終えただけで練度は乏しく、艦娘らは練度のみにして補給少なく、よってこれを防ぐ事は極めて困難と言わざるを得なかった。なまじ、赤城や加賀の人造艤装すら出す余裕は無かったのである。

最後に残された巨大艤装も使う事は出来ない。それこそ超が付く程の機密事項であり、彼ら自体が機密の塊である所を横鎮防備艦隊を騙っているのだから、直人の切り札もこの時だけは使う事が出来なかった。

 

正に八方塞がり―――これを以て難問と言わずんば何とするか、と言った風情であった。

 

「全艦へ、近接戦闘用意! 弾が切れれば当然突入するしかない。組み伏せてでもこれを撃破せよ!」

直人がその様な命令を下した時、後方にいる護衛艦隊が遂に動く。

「目標、トラックナンバー2301、艦対艦誘導弾(SSM)、発射!」

各護衛艦から、対艦ミサイルが発射されたのだ。対艦ミサイル搭載艦は6対14、2倍以上の戦力差故に、敵の1射目は全て叩き落されていたので、全艦がお返しとばかりにミサイルを発射した。が、それに反応するように敵も第2射を発射する。そしてこの時は先程とは様相が違っていた。

「敵艦全艦、ミサイルを連続発射、残弾を全て使い切るつもりの様です!」

 

「何だと?!」

 海上自衛隊時代から、護衛艦は基本として、対艦誘導弾発射筒を8本搭載している。即ち搭載している艦対艦誘導弾の数は8発、6隻合計で48発を搭載している。目の前の敵艦は、それを連続発射しつつあると言うのだ。

「ミサイル接近、2発です!」

当然その矛先は鈴谷にも向けられた。

「迎撃! 落ち着いて狙え!」

 直人も迎撃の指示を出すが、当然この艦の兵装はミサイルを迎撃する様には出来ていない。艦娘艤装と言うアドバンテージのみが、彼らの寄る辺であった。

鈴谷の船体各所から25㎜機銃弾が発射される。高角砲は味方への誤射を恐れて発射されなかったが、濃密な弾幕がミサイルの進路上に展開され、幸いにもそれに絡め取られる形で2発の対艦ミサイルは到達する事無く爆散した。

「敵ミサイル、迎撃成功!」

明石も喜びの声を上げたがそれも束の間、彼らの様に幸運に恵まれた艦ばかりでは無かった。鈴谷の後方から黒煙が立ち昇ったのである。数は3つ―――

 

「“すずか”被弾! 格納庫付近で火災発生の模様!」

「“すずなみ”被弾! 短魚雷発射管が誘爆したとの事!」

「“さざなみ”被弾! 舷側に着弾し浸水発生、ダメージコントロール中の模様!」

 

「損傷艦を後方に下がらせろ、このいずもを盾にしてでも守り抜くぞ!」

 

「司令官殿―――!」

 

「―――彼らが奮闘しているのだ、ここで退く訳にもいかんだろうが。」

 

「―――ハッ! 両舷前進一杯、艦隊の前に出るぞ!」

 

 

「そうか、3隻が被弾か。状況は?」

同じ頃、直人も海自軍側の状況を知った。

「すずかの損害は大事無い模様です。火災は幸い小規模であり、艦載機を破損したのみで、鎮火に向かっています。すずなみに関しては、魚雷誘爆の衝撃で船体の一部に亀裂が発生、現在ダメージコントロール中との連絡が。」

 

「―――もう1艦は、どうなった?」

 

「それが・・・喫水線付近に被弾した為大破孔が発生、右舷に傾斜しつつも、何とか持ち堪えてはいるようです。」

 

「・・・最終的には、持つまいな。」

 直人の予測は悲観的でこそあったが冷静ではあった。このままでは遅かれ早かれ『さざなみ』が沈む事は予想に難くは無かったからだ。

さざなみは2031年に一度退役した、たかなみ型と言う旧式艦であり、深海大戦の勃発に伴って、省人員化と新装備の搭載と言う2つの改修を経て再就役した艦である。艦番号DD-131の数字は、この時期既に過去の遺物と化した事を雄弁に物語る数字となっていた。

だがモスボール保存されていた同型艦3隻と共に、佐世保を定係港とする第33護衛隊を新たに編成し、東シナ海方面から来寇する深海棲艦をよく食い止めて来た、歴戦の部隊である。この点、如何に旧式と言えども他の部隊に些かも後れを取る事は無いと、自他共に認める存在であった。

 その武勲艦が今や沈みかけている。現代の艦艇は装甲で防ぐのではなく、そもそも当たらない事、到達されない事を目的に設計されている為、一度強力な弾頭を装備する艦対艦誘導弾をその身に受ければ、被弾箇所によっては一撃で沈みかねない。さざなみもダメージコントロールによって持ち堪えてこそいたが、この先は分からない。

「敵艦隊にミサイル着弾!」

 

「やったか!?」

 直人が双眼鏡を覗き込むと、水平線付近から黒煙が立ち昇っているのが見えた。それより手前では艦娘艦隊が激しい戦いを繰り広げており、劣勢に立たされていた。

「―――よし、本艦も前に出るぞ。」

 

「提督!?」

 

「麾下の部隊が苦戦しているのだ。我々のみ座している訳には行かん!」

 

「そうですね、了解しました!」

直人は帽子を被り直して命令を発する。

「後部マストに不関旗一流! いずもに対し発光信号!」

 

「何と送りますか?」

副長の問い掛けに直人は次の様に答えた。

「―――“本艦は艦娘艦隊と共同し、独自戦闘に移る”と。」

 

「・・・承知しました。」

 

「重巡鈴谷、砲雷撃戦用意! 艦載機も全て出し、攻撃に参加せしめよ! 出し惜しみは最早なしだ、行くぞ!」

 

「「了解!」」

 明石と副長妖精が同時に応える。鈴谷の機関は最大出力を発揮し、隊列を離れ始める。主砲は直ちに目標選定に入り、副砲は保護扉を開け放ち、中から片舷4門の14㎝砲が顔を出し、魚雷発射管も格納位置のまま信管調定に入る。

そして旋回したカタパルトからは爆装した零式水偵が発進し、敵潜水艦の出現に備えて艦隊周辺をKMXを使用しながら飛び回り始める。

一方『いずも』座上の御堂海将補も鈴谷からの信号旗と発光信号を受け取っていた。

「―――よし、艦隊を前進せよ。速射砲も用い敵艦娘艦隊を攻撃する。」

 

「宜しいのですか、海将補殿。」

 

「艦娘艦隊が苦戦しておるのだ。補給が万全な我々が戦わずしてどうする。」

 

「―――了解。」

こうして、御堂海将補と横鎮近衛艦隊は、それぞれが別々に指揮を執る形で連携を開始する。

「艦隊前進、いずも艦載機は対艦攻撃装備にて緊急発艦せよ!」

 

「本艦は如何しますか?」

 

「いずもは艦隊の先頭に立ち、艦隊防空に当たれ。」

 

「ハッ。」

この指示が出された頃、鎮圧部隊の放った艦対艦誘導弾の第2波が、造反部隊の護衛艦に到達した。

「―――前方で新たに6条の煙を確認!」

 

「全艦に命中、か。素直に喜べんな。」

明石の観測データを聞いた直人は溜息交じりにそう言った。

「提督・・・。」

 

「行くぞ、ここで手を緩めてはならん! 恐らく奴らはあの護衛艦を母艦としていた筈だ。補給が望めぬとなれば、どこかで退く筈だ。徹底的に攻め立てろ! 弾薬はリンガ泊地で補給するものと心得ろ!」

 

「「“了解!”」」

 直人の指示に各艦隊の旗艦が応える。彼女らとて同じ艦娘と戦っている。直人がここで弱気になる訳には行かなった。

「主砲射撃用意、目標、敵先鋒駆逐艦級()()、接近軌道を取る敵を蹴散らせ! 慌てず事を運べ、いつも通り撃てばいい!」

 

「目標、敵先鋒駆逐艦級。艦影から、白露クラスと推定、主砲諸元急げ!」

 

「対空警戒を怠るなよ、いつ来ても可笑しくはない。上空では味方も頑張っているが・・・。」

 

「流石に、状況は劣勢の様です。」

 明石の返答に、「そうだろうな」と直人も頷いた。機材も、練度も、何もかもが足りていない。そんな彼らに負わせるには余りにも酷な状況。

だが航空隊員達は必死にこの場を支えるべく戦っている。そんな妖精さん達の頑張りにせめて報いるべく、重巡鈴谷は全速力で疾駆し、主砲を旋回していた。

「“こちら射撃指揮所、諸元宜し!”」

 

恨むなよ、これも戦争なんだ。直人はそう思いながら命令を伝達する。

 

「目標、敵先鋒白露級、距離9,500、交互打方、打ちー方始めーッ!」

 

「“打ちー方始めーッ!”」

号令一下、艦首主砲3基の左砲が同時に火を噴く。日本海軍伝統の“交互打方(うちかた)”である。

 この方法は弾着修正にかかる時間を短縮する為に編み出された方法であり、連装砲の砲を交互に撃ち、例えば装填に10秒かかるとして、10秒間隔で行う事になる弾着観測を、5秒置きに射撃・実施する事で、素早く敵に有効打を送り込む、と言うものである。

この時鈴谷が装備している20.3㎝2号砲の艦首3基の左砲身は射撃後水平付近まで倒されて、装填を始める一方、右砲身は新たな諸元が到着するまで待ち、第2射を送り込むと、入れ替わって装填を完了した左砲身が持ち上げられ、右砲身が倒され装填に入る、と言う作業を延々と繰り返すのだ。勿論これが連動して行われる訳ではなく、弾着修正中の砲弾の節約と言う部分に効果があるし、諸元修正が終われば一斉打方に移るか、交互打方で連続射撃する事も出来る。

 

「初弾、左に逸れたな。」

 砲撃結果を冷静に見る直人。直ちに諸元の修正が行われており、左砲身は水平近くまで倒されている。

五十口径三年式二〇糎砲は初期モデルの砲塔を除いて固定角装填方式を採用している。これは設定された角度で装填を行うもので、鈴谷搭載の最上型砲塔では他の重巡用連装砲塔と同様の5度に固定して装填を行うものとなっている。しかし装填する為に一々方針を倒さなければならない固定角装填方式は対空射撃には不向きで、対空射撃を考慮された両用砲ではどんな角度でも装填が可能な自由角装填方式を用いるのが常識である。

 高雄型で採用されたE型連装砲塔は対空射撃を行うべく高い仰角を取る事が出来るが、一々降ろしてそこから装填作業を行なう為高高度の敵に射撃を行うには不便である事が分かり、その後のE1型砲塔以降は最大仰角を55度までに抑えている。

が、元々水上艦艇を射撃する為の砲、この時その問題は発生していない。修正された諸元に従い、右砲が一斉に火を噴いた。

「“命中!”」

 

「よし、続けて撃て! 副砲及び高角砲も射撃用意整えてるな?」

 

「はい!」

副長の威勢の良い返答を受けて直人は更に重ねて命令を下す。

「よし! 副砲及び高角砲は各々射撃指揮装置の指示に従い砲撃を開始せよ! 魚雷は指示あるまで待て!」

 

「了解!」

 そこからが、横鎮近衛艦隊、猛反撃の開始であった。

母艦である鈴谷も弾薬は乏しかったが、主砲から果ては機銃に至るまで出し惜しみする事無く、徹底的に火力を投射し続け、それを見た艦隊も母艦に続いて攻勢に転じる。敵艦隊の練度も相当のものであったが、そこは百戦錬磨の横鎮近衛艦隊、訓練のみで日を費やした艦娘とはレベルが違い、相手が砲撃を当てる前にこちら側の砲撃が直撃し、戦線離脱させてしまう為、状態に比して圧倒的優勢で状況は進展する。

なまじ回避と射撃諸元の当日修正*2に於いては、実戦経験豊富な彼らと敵艦娘とでは精度や速度が余りにも違うので、横鎮近衛艦隊の艦娘達はいとも容易く回避するし、横鎮近衛艦隊の砲撃は完璧な諸元と回避も織り込んで殆ど一撃で致命打を与える事が出来る。そこへ護衛艦隊も駆け付け、速射砲とミサイルで敵機や敵艦娘を蹴散らしていくと言う光景が現出した。

 

 ぶつかった当初こそ劣勢を覚悟した鎮圧部隊であったが、艦隊は良く戦って敵を圧倒し、各所で敵隊列を崩し始めていた。流石に士気旺盛とは行かないまでも、歴戦の艦娘達と艦隊は、リンガへの道を着実に切り開きつつあった。

だが、同じ正の霊力を使う者同士、本来は互いに相殺してしまう性質を持っているのだが、この時両軍の艦娘艦隊は砲弾の装填時に霊力を注入する工程をスキップしている為、投射しているものは「ただの砲弾」である。つまり正も負もないものであるが、故に正の霊力を用いている身体防護障壁では浄化も干渉も難しく、1発直撃すればその時点でほぼ撃沈が確定してしまうのだ。

結果として、横鎮近衛艦隊は喪失艦なしでこの戦いを乗り切る事となるが、それも結局の所、彼女らの練度が全てであり、直人が課した猛訓練と、数多くの過酷な実戦経験が齎した成果であったと言ってよい。

「“敵艦隊、退却していきます!”」

磯波からの報告を受け取った直人は指示を出す。

「よし、全艦隊帰投し後、上陸戦闘用意!」

 

「「“了解!”」」

戦闘開始から僅か20分ほどの間で、母艦を失った事も手伝い敵艦隊は敗走した。敵の士気は高かったが、それでも練度に勝り、効果的な戦闘を行った横鎮近衛艦隊が、数で勝る敵艦娘艦隊を退けたのだった。

「明石、“いずも”に通信を。」

 

「はい。」

明石が通信を繋ぐと、御堂海将補が直ちにスクリーンに現れた。

「御堂海将補。我々はこれより直ちに敵艦娘艦隊を追って、リンガ泊地へ強行突入します。そちらの損害状況はどうですか?」

 

「“さざなみの方はダメージコントロールが難しい。そう言う事であれば、リンガ泊地内で擱座させる事としよう。我々も後続する。”」

 

「了解しました、直ちに実行します。」

そう言って通信を切った後、直人は直ちに命令を出す。

「重巡鈴谷、最大戦速! 敵が体勢を立て直す前に、リンガを抑えるぞ!!」

 

「はいっ! 最大戦速、リンガに向け舵を取ります!」

 やる事はこの時明確だった。敵の本拠地であるリンガ泊地を抑える事で、ペナンに派遣された戦力を無力化、ないし孤立させる事である。しかもこの時リンガ正面へ展開した戦力は敗走中であり、これが体勢を整える前にこれを制圧する必要があった為、彼らは進軍速度を早めた訳である。

重巡鈴谷を先頭にする鎮圧部隊は、御堂海将補の指示で何隻かの護衛艦を漂流者救助に充てると、全艦がリンガ泊地へ向け突入コースを取った。

 

 

8

 

 そこからの状況推移は、余りに呆気無かった。

強行突入した重巡鈴谷に対し、地上から多少の応射はあったものの反撃により沈黙を余儀なくされ、横鎮近衛艦隊の艦娘達を先頭に上陸を開始した第22旅団は、リンガ泊地の主要施設と市街地を瞬く間に武装解除する事に成功、捕縛されていたリンガ泊地の留守指揮官橋見二佐も無事救出され、包囲されていた憲兵隊もほぼ全員が五体満足と言う状態であった。

一方で甚大な損傷を被った護衛艦『さざなみ』は無事にリンガ泊地内の浅瀬へ擱座させる事に成功し、完全喪失は免れたが、造反部隊側の護衛艦6隻を一時に失ったのは、深海大戦が始まって以来護衛艦隊が受けた損害としては、第2次SN作戦を除けば五指に入る有様であった。

「何? 第26護衛隊から?」

 

「はい、降伏勧告を受け入れるとの事です。」

 直人が大淀から受け取ったその報告は、艦隊に補給を受けている最中齎されたものであり、直人を拍子抜けさせるには十分なものであった。

「―――強硬手段が実を結んだ、という事にしておこうか。御堂海将補からは何か来ているか?」

 

「いえ―――あ、通信要請が来ています。」

 

「よし、こっちに出せ。」

通信を入れて来た御堂海将補は、安堵の表情を浮かべて直人にこう告げた。

「“どうやらこれ以上、同胞との撃ち合いを避ける事は出来そうだな。”」

 

「全くです。」

 この一言には、彼らの万感の思いが込められていたと言ってよい。同じ日本人同士で殺し合いをしてしまったと言う意識が、この二人の間にもあったのだ。深海棲艦との熾烈な生存競争の最中にあって、人類同士での仲違いは全世界に蔓延していた。あの中国も共産党のリーダーシップが健在であったが、反体制派による小規模な反乱は頻発していたから、日本がそれについて例外であるかどうか、答えは否であったと言わざるを得ない。

現在の日本を支持する側に立った直人ら鎮圧部隊にとって、同士討ちの悪夢など、最初からない方が良い類のものであった事は言うまでもなく、早く終わってくれるのならそれ以上の事は無いのだった。

「“ついてはペナンの武装解除に際し、貴官に一任したい。第22旅団の一部と護衛艦も付ける。頼めるか?”」

 

「お任せください。必ず成し遂げて見せましょう。」

 

「“心強い限りだ、頼むぞ。”」

 御堂海将補は通信を切った。翌日、横鎮近衛艦隊はリンガを出港すると、6隻の護衛艦と輸送艦『くにさき』、補給艦『まんりょう』と共にペナンへ向かい、2月23日11時前にペナンへの入港を果たし、鎮圧部隊の派遣部隊と共に武装解除を監督した。

かくしてこの造反事件は、同士討ちと言う最悪の事態を招きながらも、戦力を分散すると言う愚を犯した造反部隊側が降伏すると言う結末で幕を下ろす事となる。

「これで、終わりだな。」

ペナン島の地上施設内にある仮設指揮所で、椅子に腰を下ろしながら彼はそう言った。外では造反に参加した将兵らが、持ち込んだ装備を撤収しようとしていた。

「―――まったく、なんでまた、こんな事をせねばならんかったのか。」

そう呟きたくもなる心境であった。余りにも、無駄な戦いであったと言うのが正直な所である。

「提督、宜しいですか?」

そう言って訪ねてきたのは大淀であった。

「うん、どうした?」

 

「大本営から、爾後の行動について指示がありましたので。」

 

「ほう・・・して、大本営は何と?」

 

「はい、横鎮防備艦隊はペナン島に留まり、泊地司令部がリンガへ帰還するまでの間、同地の防衛とアンダマン海の警戒監視に当たる様にとの事です。」

それを聞いた直人は一つ溜息をついてから行った。

「やれやれ。まぁ、仕方ないな。暫く帰れそうもないか。」

 

「そうですね。」

 

「ま、軽いバカンスだと思って、諦める事にしよう。」

 

「では、その様に取り計らいましょう。」

 横鎮近衛艦隊は結局、暫くはサイパンに戻る事は出来ないと言う事が確定した。リンガでの反乱騒ぎが軍内部に齎した衝撃の大きさを物語る一事でもあるが、本土防衛戦が佳境に差し迫る中、ここで兵力を割く訳にも行かないと言う判断が働いたのは言うまでもない。

幸いな事に補給を十全に受け取る事が出来るのは確定していたが、肝心の設備が一部損壊している為、その修繕も行わなければならないと言う始末であった。

「後始末もせねばならんな、やれやれ。」

 嘆息する直人であったが、一歩づつ前に進まない事には状況が好転しない事もまた事実であった。

命令を受け取った2月24日以降、横鎮近衛艦隊は艦隊を一部再編成した上で、マラッカ海峡のアンダマン海正面へ哨戒部隊を出し、本隊はペナンに駐留すると言う日々を過ごす事となった。この状況でコロンボ棲地が健在であれば、敵はこの混乱を目敏く嗅ぎ付けていたかもしれない。だが敵はスリランカ南方のアッドゥ環礁からも駆逐された後と言う事もあって潜水艦網が縮小しており、この事を察知するには至らなかった。

結局深海棲艦はこれに付け込む形での動きを取る事が出来ず、当面の危機は回避されたのであった。他方で日本本土方面では、指揮系統を回復した深海棲艦隊と、到着した艦娘艦隊等との間で激闘が繰り広げられていたが、当初の劣勢も日を追う毎に挽回され、今や人類側優勢で事態は進んでいたのだった。

 

それから2日、直人は仮説指揮所で哨戒部隊からの報告を受けていた。

「そうか、今日も静かか・・・ご苦労、下がっていい。」

 

「はい!」

朝潮は報告を終えると挙手の礼をし、直人の元を離れた。

「やれやれ、何事もないな。」

 

「施設の修繕もひとまずは目途が付きました。後は本土での戦闘が落ち着けば、私達の役割も終わりですね。」

 明石は損壊した設備の修復に従事していたのだが、艦娘整備用の設備が一部壊された程度で大きく損壊はしていなかった。どちらかと言えばリンガで破壊された艦娘艦隊用設備の方が被害は大きく、艦娘艦隊用の資材倉庫や一部の建造設備など関連設備が破壊され、元に戻す為には1か月以上はかかると試算されていた。

反乱の爪痕は大きく、特に従軍した横鎮近衛艦隊では精神的影響は深刻であった。

「金剛。」

 

「―――あぁ、テイトク・・・。」

その日の夕方、直人は鈴谷の停泊する岸壁付近で佇む金剛を見かけ、足を運んでいた。

「やはり、今度の戦いは堪えたか。」

 

「ワタシは・・・って、取り繕っても、仕方ないネー。」

流石の金剛も、今度ばかりは気分が落ち窪んでいた。

「―――俺も、艦娘達も、お互い、本意ではない戦いをした。覚悟は、していたつもりだったが・・・。」

 

「私はまだ、いい方ネー。前にも、演習弾だったとしても、旗艦として、経験してきた事デース。でも他の子達は・・・。」

 

「そう、だな・・・。」

 そう、鎮圧部隊発足前から危惧していた事は、戦っている最中より、むしろその後の事である。本来なら守らねばならない筈の人々に、ましてや同じ艦娘に砲口を向けねばならないと言う事実。そして、引き金を引く事を躊躇ってはならないと言う現実。精神的に変調をきたさない方が、おかしいとさえ言えたかもしれない。

「全く、貧乏くじも、ここに極まれり、か。よりにもよって、同胞殺しの片棒を担がねばならんとはな、クソッ―――!」

 彼は傍らに転がっていた小石を海に向かって蹴り飛ばした。小石は放物線を描きながら、水面に僅かばかりの波紋を残したが、それで彼の気分が晴れる訳でもなかった。分かっていたが、そうしないではいられなかったのだ。

「すまん、こう言う時、俺が励まして回ってやらねばならんのだろうが、俺もお前達と同じ立場だし、何より・・・気の利いた言葉が、今は思い付かん。」

 

「フフッ。提督にも、そう言う時があるんデスネー。」

 

「そりゃそうとも、俺だって、完璧超人でも八方美人でもない。司令官と言うのは、こう言う時に辛い役回りだよ。」

 

「だからこそ、提督がビシッとしないとネー?」

金剛のその言葉に彼は流石に苦笑いして言った。

「無茶言うなよ、対面を取り繕うので精一杯なのにさ。」

 彼にとってこの時吐き出せる、これが最大限の弱音であっただろう。大半の艦娘達の心が揺らいでいるこの時、彼までもが弱気な言葉を発する訳には行かなかったからだ。

彼にしてもこの時の事については、「我ながらよく破れかぶれにならなかったものだ」とすら評している様な状態であり、直人ですらその様な所、艦娘達の方はなまじ深刻であった。

 

「―――私達は、何の為に闘っているのでしょうか。」

同じ頃、鈴谷艦内の第八駆逐隊の居室で、朝潮はそんな言葉を吐き出していた。

「朝潮・・・。」

それを受けた荒潮の表情も、普段の柔らかいものでは無く、不安を一杯に湛えていた。

「私達はずっと、提督や、守らなければならない人々の為に戦ってきた。その為に私達は、深海棲艦を沈め続けて来た。でも今回私達が沈めたのは、その艦娘で・・・。」

 

「えぇ―――提督の命令とは言え、私達は・・・。」

 第八駆逐隊のメンバーと言えば、艦隊創設の比較的初期から直人を支え、朝潮などは思う所を巡って直人と対立すら起こしながらも、艦隊の精兵として常に突撃の先鋒を承る存在でもあった。その旗艦である朝潮と荒潮までもが、意気消沈している。

精神的に未熟な者達が多い駆逐艦娘も、精神的には成熟していると言って良い他の艦娘達も、それぞれに受けた影響は甚大だった。士気も目に見えて落ち、底抜けに元気な艦娘達も、今度ばかりは静まり返っていた。調子を崩していない艦娘がいるとすればそれは―――

 

「提督~。」

 

「川内か。」

直人の元に姿を見せたのは、“元”独立監査隊所属であった川内である。

「皆しょげ返ってるね。」

 

「・・・そうだな。」

 

「―――この調子だと、提督もか。」

 

「そうみたいねぇ~。」

川内の更に後ろから現れたのは、やはり“元”独立監査隊の龍田だった。

「―――お前達が揃って俺の所に来るのも、久しぶりだな。」

 

「そうだね、こんな時に平静を保てるのは多分、私達だけだから。」

 

「・・・そうだったな。」

 

「私達はかつては独立監査隊、必要ならば誰であっても容赦しない。それが、()()()()。」

 この点のみを切り抜くとすれば、独立監査隊が艦娘を有したと言うのは、史上初めての対艦娘・対人類艦娘艦隊であったという事なのだろう。無論それに際して艦娘達に施された、数々の非人道的()()は記憶されるべきとは言えど、この事実は確かに揺るがない筈である。

「何だか、私が提督を暗殺しようとしたあの夜も、気付けば懐かしいと思えるくらい前になっちゃったね。」

 

「ハハハ、あの時は流石に肝が冷えた。多分、要素が一つ欠けていれば、俺は負けていたかもしれん。」

 直人があの夜川内に勝てたのは、Fデバイスの存在とそれを使って生み出した技が最大の要因であり、それを除けば互角と言う部分を鑑みた時、直人が勝てた要因は単に運が良かった、もしくは勝つ要素が少しでもあった事に他ならない。

そんな力を提督相手でも平然と振るった前科がある川内や龍田であればこそ、今回の様な状況でも平静を保つ事が出来たのである。

「―――私達の力は、この戦いが終わった後、必ず人類同士の戦いに動員される。そうなった時、一体どれだけの子達が()()()()いられるか、私達は、それだけの力を持って生まれた存在なんだ。」

 

「・・・いつか、こんな未来はやってくる、と言う事か。」

 

「そう。人間は今でさえ争っている。強力な兵器は、強力であるだけ戦争の具にされる。」

 

「・・・そうだな、古今、ありとあらゆるものが、戦争に使われてきた。木の枝から核兵器まで。人々を豊かにしたいと願ったものも、結局は人を殺す為に使われた。艦娘も、例外ではない、と言う事だな。」

 人間とは、原罪を背負った存在であるとはよく言われる言葉だ。我々人類は遥かな昔から、ありとあらゆるものを争いに用いた事は確かである。それに関わった人々の意思すら捻じ曲げてまで、である。

例えば、後にスポーツカーの設計者として大成するフェルディナンド・ポルシェ博士は第二次大戦中、ドイツ政府の命令で戦車の設計に携わった。宇宙の平和的探検を夢見てロケット研究を行っていたヴェルナー・フォン・ブラウン博士も、軍用ロケットの開発を強いられ、初の弾道ミサイルであるV2ロケットに携わる事になる。

これらもほんの一例に過ぎず、歴史を紐解けば、数多の人々が輝かしい未来を夢見て生み出したものが流血を招くと言う悲劇が、幾度となく繰り返され続けたのだ。艦娘達がその例外足り得るなど、誰も断言出来はしないし、事実その様になった事は、歴史が証明している。

「私達はまだいい。元々、その為に生み出されたのだから。でもこの先、その為に生み出されなかった艦娘達が、人間同士の殺し合いに巻き込まれるかもしれない。提督にとっても不本意かもしれないし、それは、提督になった人達の大多数がそうだと思う。

でも、他の殆どの艦娘達はそうじゃない。そんなに割り切りのいい子達でもなければ、受け入れられるだけの成長もまだしていない子達だって多分いる。でもきっと、そうなる未来を止める事も出来ない。そう言うものだと提督達が受け止めたとしても、艦娘達は受け止められない子達が大勢出る。」

 

「・・・いつかそうなる未来を、俺達は先取りした。であれば俺に出来る事は、俺達に起きた事を記録し、大本営に提出する事、と言う訳か。」

 

「未来の大勢の艦娘達を、救う為にね。」

 

「・・・そうだな。俯こうと、後味が悪かろうと、俺達がそれに目を瞑り続ける事は出来ない。川内の言う通りだ。」

 直人も頷かざるを得なかった。艦娘と言う存在がいずれ辿り着く事になる現実、彼が敢えて目を瞑ってきた可能性の話であり、宿命にも似た運命でもあった。

「今回の事については報告書を作成しよう。川内、白雪や雷と協力して、証言の聴取に取り掛かってくれ。」

 

「心理的影響について、ね。了解。」

 

「俺達に起こった事を少しでも、後に伝える為に。たとえ、俺達の名が残らずとも―――。」

彼は川内の進言を受けていっその事、この状況を利用する事にした。それが将来何かしらの役に立つ事を願って―――願わくば、その様なものが不要である様にとも祈りながら。

 

 

9

 

 横鎮近衛艦隊がペナン島に駐留して1週間、アンダマン海は平静そのものだった。横鎮近衛艦隊はマラッカ海峡での哨戒任務を継続して実施しており、リンガ泊地からの補給を受けながら、リンガに在泊中の鎮圧部隊本隊共々、リンガ泊地の派遣部隊帰還を待ち侘びていた。

「艦隊を回し始めて1週間、補給も滞りなく行われ、海も穏やか、と。」

 

「デスネー。」

 

「大淀、本土からの情報はどうなっている?」

 

「概ね好意的な情報ばかりです。我が方の優勢で推移しており、遅くとも1週間以内には敵艦隊の攻勢を撃退出来るでしょう。」

 横鎮近衛艦隊の尽力は決して無駄では無かった。彼が稼ぎ出した時間は、防衛線の再編成には十分な間敵の勢いを削ぐ事に成功し、敵が司令中枢喪失の痛手から立ち直り攻撃を再開した時には既に、艦娘艦隊による強固な防衛線が正面に形成されていた。その後激烈な戦闘が展開されていたが、艦娘艦隊は奮戦よくこれを押し返し、敵陣に対して猛攻を浴びせる所にまで来ていたのだ。

「ならばまぁ、我が艦隊がここに留まるのは1週間と言った所だな。あ、他の艦娘達には言うなよ?」

 

「えぇ、承知しております。」

 

「しかし思えば、山本海幕長も無茶を言う。このマラッカ海峡の出口をたった1個艦隊で防備せよとは。」

 

「普段は10個艦隊程度が持ち回りで警備に当たっている場所ですからね・・・」

 本来マラッカ海峡の哨戒任務はリンガ泊地の領分であり、重要地域である事から相当な数の哨戒部隊を出して厳重に警備している場所なのだが、リンガ泊地に於ける混乱の影響で艦娘艦隊の出動に影響が出ており、哨戒部隊を出せないと言う状況に陥っていたのである。具体的に言えば、本来哨戒部隊向けに残されていた予備資材が全て破壊されており、有事の際の物資は本土へ向かう部隊に全て分配した為に備蓄がない為、ここから新たに哨戒部隊を出す事は難しい情勢になっていたのだ。

横鎮近衛艦隊向けにはリンガ防備艦隊から補給物資を拠出していたが、それも短期であれば出来る事であり、長くは持たないと言うのが実情であった。資源備蓄はリンガ側でも何とかして進めていたが、それでも南西方面艦隊の中核でありただでさえ大所帯なリンガ泊地艦隊を支えるには、有体に言って不十分な量でしか無かった。

「―――まぁ、補給が来ると言うのが何より救いだろうよ。横須賀では到底間に合わなかったからな。」

 

「はい。そのせいで厳しい舵取りも強いられましたね。」

 

「全くだ、貧乏くじも、そろそろこれで最後にして欲しいものだな。」

 彼はその時の心持ちをこう吐き出したと言う。こうまで貧乏くじを引かされ続ける彼もある意味では「運のない男」ではあったかもしれないが、彼はこれまでもその逆境を命懸けで、実力と豪運で切り抜けてきた。何度命が危うかった事か分かったものでは無いが、彼はそれでも己の宿命と潔くそれを背負い込み、今この場に立っていたのである。

だがそれも、ここまで積み重なっては背負いきれないという思いが、直人にもあったのかもしれなかった。彼とて一人の人間、余りに重すぎる負担は負いかねるのもまた事実であっただろう。

 

 そんな折、このところ通信設備が充実している事を理由にペナン島に居る事が多い直人に、鈴谷から一つの知らせが舞い込んできた。

「なに、目を覚ましたのか!?」

 

「はい、雷がすぐに来て欲しいと言っています!」

 

「よし、今戻る! 行こう白雪!」

 

「はい、司令官!」

 直人は仮設指揮所を飛び出し、ペナン東岸の岸壁に向け走り出した。この所陸上に居る事が多く体力が落ちていなかったことが幸いし、彼の走りは誰に見せるでもなく白雪を従えて余りある走りを披露しつつ、彼は鈴谷に大急ぎで戻って行った。

 

3月2日17時21分 重巡鈴谷中甲板・医務室

 

「雷!」

仮設指揮所から岸壁まではおよそ500m程あるのだが、直人は僅かに肩を上下させるだけで医務室に現れた。

「あ、司令官! お仕事は良かったの?」

 

「あぁ、丁度手が空いていたからな。それで、目を覚ましたのか?」

 

「えぇ。イタリアさん達も来てるわ。」

 

「うん、俺も会って問題ないか?」

直人のその言葉に雷も頷くと、直人は雷に続いて医務室の奥に入っていく。

「あ、提督―――」

病室にはイタリアとローマが先にいた。

「そのままでいい。2人のおかげで我々は、彼女を救う事が出来た。よくぞ話してくれた。」

 

「辛い事ではありましたが、こうして再会する事が出来ました。提督には、どうお礼をすればいいか・・・。」

そう述べるイタリアの目には僅かに光るものが浮かんでいた。ローマはどこか気まずそうにはしていたものの、彼から目を離す事は無かった。

「礼か、そう言う事であれば、より一層の活躍を期待させて貰う事にしよう。」

 

「はい、提督。」

 

「提督―――そう、貴方が、今のイタリアとローマの、提督なのね・・・。」

病床の艦娘が発したその声に、直人は姿勢を正した。

「失礼、挨拶が遅れたな。この間と艦隊を指揮している石川少将だ。」

 

「イタリア海軍所属、ザラ級重巡1番艦、ザラと、申します。」

 

「あぁ、まだ無理はしなくていい。2週間以上の間寝たきりだったんだ。」

 

「そんなにも・・・。」

ザラと名乗った艦娘は、いささか当惑した様にそう言った。

「君は深海棲艦に囚われていた。その時の記憶はあるかい?」

 

「―――はい。」

ザラがそう返事したのを聞いて直人はこう言った。

「そうか・・・辛い事だったとは思うが、我々は君を敵の魔の手から救い出し、懸命の治療を行っていたんだ。」

 

「そう、みたいですね。なんとお礼を申し上げればよいか・・・。」

 

「困った時はお互い様だ。それに、イタリアのたっての願いを、無碍にする訳にもいかなかったんでな。こうしてその願いを叶える事が出来て、俺も安堵している。」

 

「イタリアが・・・そう。ありがとう、イタリア。」

その言葉の後、その場は些かの談笑の場となった。2人にとっても半ば諦めていた戦友との再会に、積もる話は多いようだったし、直人にとってもこの3人の事をより深く知る良い助けともなった。流石にザラもまだ本調子ではないから程々に打ち切る事になったのだが、彼らの去り際にザラは直人にこう問いかけた。

「あの・・・私の処遇は、どうなるのでしょうか?」

 

「―――なんとも言えない。取り敢えず大本営にこの事を報告し、然るべく取り計らって貰う事になるだろう。親善艦隊も今は日本の自衛艦隊に臨時に組み込まれて戦っている。君の処遇も、それに伴って処理されるだろうな・・・。」

 

「・・・そうですか。」

これについて直人に人事権がある話かと言われれば答えは「ノー」であり、直人はそう答えるに留まった。確かにイタリアやローマは彼の元に配備されたが、ザラがそうなるとは言えなかったからだ。

「では、お大事に。」

 そう言って直人はザラの元を後にした。思えばこの出来事は、鬱屈としたこのところの彼らにとって、唯一の明るい話題であっただろう。何せこのところ、碌なことが無かった事を思えば、必然的にそうなってしまうのだった。精々大きな魚が釣れたとかその程度の事である。

「提督・・・本当に、ありがとうございました。」

医務室を出てからイタリアがそう言って頭を下げた。これに対し直人は

「こちらこそありがとう。おかげで奴らが艦娘を活用しているという事を知る事が出来たし、艦娘殺しの汚名を着ずに済んだし、何より・・・」

 

「・・・なんですか?」

 

「―――救われなければならん者を救う事が出来た。これに尽きる。」

 

「・・・そう思います。」

イタリアはそう言って同意した。欧州から脱出した艦隊を身を挺して守り抜いた小さな英雄が、敵に囚われた挙句、敵の傀儡としてその手足と成り果てたのでは、余りに報われないと言うものだ。そのイタリアに続いてローマも口を開く。

「―――私はずっと、提督の事を疑ってた。ザラやポーラの事だって、提督に言ってもどうにもならないって。今となっては、恥じ入るばかりだわ・・・。」

 

「―――それが、普通だと思う。大変な苦労をして、命からがらここまで辿り着き、突然配備された先の提督を無条件に信じられる程、人の心はそう簡単じゃない。だから俺は何も言わず、実績で以て示してきたつもりだ。

その俺から見て、君達はこの慣れない戦場でよくやってくれている。だから俺も安心して君達を指揮できる。」

 

「えぇ、勿論よ。母国を、果たせなかったとはいえ、長く守り抜いてきたのが私達よ。」

 

「あぁ、我が艦隊の精鋭達とも引けを取らない君達の練度には感じ入る他ない。これからも、宜しく頼む。」

直人のその力強い言葉に2人は揃って頷き、

イタリア「勿論です、提督。私達はこの身の続く限り、お供させて頂きます。」

 

ローマ「私達の活躍、期待しなさい?」

とそれぞれに言ったのだった。

 

 

10

 

そしてこの2日後、事態は更に進展を見せた。

 

3月4日19時31分 ペナン島仮設指揮所

 

「提督、リンガの“いずも”から転電です!」

直人の指揮所に通信紙を片手に飛び込んできたのは大淀である。ペナン島にも通信設備はあり、鈴谷がここに在泊の間、大淀も島の通信室に詰めていたのだ。

「どうした!」

直人が振り向きながらそう言うと、大淀は顔を綻ばせていた。

「お喜び下さい、本土防衛戦は、我が方の大勝利です!」

 

「―――そうか! 勝ったか!」

 

「はいっ!」

 

 

「よし! これでじきに帰れるぞ!」

直人は勝利の報告を受けて、そちらの方に喜びを爆発させていた。彼らはこの本土防衛戦では役目を終えていた事もあり、それも無理は無かっただろう。直人は大淀から通信紙を受け取りながら続けて言う。

「その内に大本営からも何か言ってくるだろう。続報があればまた伝えてくれ!」

 

「はいっ!」

威勢良く返事をして大淀は指揮所を後にした。

「・・・ッ~!」

 一人になった後、彼は喜びを爆発させた。彼の払った努力が無駄では無かった事が、これで確定した訳であるから自然な事だっただろう。余りに困難な状況に投入された彼ら横鎮近衛艦隊は、その脅威的努力と献身で以て強大な敵を相手に綱渡り的に五分に渡り合い、敵旗艦を討ち取ると言う戦果まで上げて見せた。

これだけの事を果たして見せた彼らの努力が報われたのだ。直人をして、喜びを抑えきれなかったのは仕方のない事だっただろう。

 

 艦娘艦隊勝利の知らせは、その日の内に横鎮近衛艦隊全体に知れ渡る事となり、彼らの司令官と喜びを分かち合う艦娘達も大勢いた。その当人はと言うと取り乱していたのはほんの数秒程の事で後はいつも通り落ち着き払いながらも、言葉の端々から喜ぶ彼の気持ちが溢れていたのだと言う。

追って大本営からリンガ艦隊の帰還日時が通報されてくると、彼らは残り短い期間、任務に勤しんだ。思えば3週間以上もの期間、彼らはサイパン島を留守にしている訳で、恋しい我が家に帰れると思えば、自然と任務にも熱がこもると言うものだった。

 だがその一方で大本営としては、これ以上サイパンを空にしては置けない事情も発生していた。サイパンを出入りする艦娘が長期間減っている事で、図に乗ったウェーク島の敵艦隊がにわかに騒がしくなり始めたのである。

これ以上サイパン島を空にする事は敵艦隊の中部太平洋における跳梁、特に船舶に対する損失の増大に帰結しかねない為、大本営は急ぎこの戦力の空白を埋める必要があった。サイパン周辺部に関してはグァム・テニアンの講和派深海棲艦隊の存在もあり安全は担保されているが、船団航路に関してはそうではない。航路変更にも自ずと限界はあり、護衛戦力の欠如は可及的速やかに埋めなければならなかったのだ。

「―――だがまぁ、我々の独断で帰る訳にも行くまい。北村海将補に指示を仰がねばならん。無論、戻ってきた後にだ。他の派遣部隊は早々に引き上げるだろうが、俺達はそうもいかん。なんたって、リンガ艦娘艦隊がどうなるか、そこが分からんのだからな。」

その情勢を遠くから見ていた直人の見解はそんな所であった。彼もこんな大事な局面にサイパンに居ないどころか、決戦にも参加出来ずにこんな遠隔地に送り込まれているのは思う所こそあれ、彼の役目であれば致し方ないと言うのが彼の立場でもあった。

「あと1週間はここに居る事になりますか。」

大淀が直人にそう言うと直人も

「そうだな・・・そうなるだろう。戻ってくるまでにあと6日かかるという事だし、引き継ぎと撤収準備も考えればそんな所だ。」

と答えた。艦隊を包む空気は幾分改善していたが、メンタルケアで直人に掛かる重圧はかなりのものがあり、伊良湖も給糧艦の役割として支えてはいたものの、全体をカバーするにはやはり足りないと言うのが現実でもあった。それを思えば、早くサイパンに艦隊を帰してゆっくりさせたい所ではあったが、そこはやはり哨戒網の消失を防ぐ為に駐留している彼らの事情を考えると、そうもいかないのだった。

「しかし、あと1週間ですね。がんばりましょう。」

 

「あぁ、そうだな。頑張ろう。」

大淀に励まされて直人もそう答えたのだった。

 

 

 横鎮近衛艦隊はその後、指定区域の哨戒任務を無事完遂して1週間が経過、北村海将補に事後の業務を引き継ぐと、重巡鈴谷に展開した全てのものを撤収してペナン島を出港した。目的地は無論、サイパンである。

意識が回復した重巡ザラは経過も良好であり、撤収の際に第1護衛隊に移送され、任務を終えてそれぞれの基地に帰還する各護衛隊と共に一路日本本土に向かう事になった。マラッカ海峡を南下し南シナ海へ入った鈴谷の各所は激戦の跡が依然生々しく残り、サイパンに戻り次第一度ドック入りしなければならない事は明らかであった。

重巡鈴谷は対潜警戒を厳にしつつサイパンへの航路を進み、途中北上していく鎮圧部隊の艦列を望み見つつ、フィリピンのサンベルナルディノ海峡を通過、太平洋に無事に出ると、その後も何事もなくサイパンに帰着したのが3月12日の事であった。

 

 この間に本土での戦闘は概ね終息し、幌筵泊地の包囲は解かれ、基地は犠牲こそ多かったものの辛うじて島を守り通したのであった。北海道攻略を企図した敵の揚陸船団も警戒中の索敵機に引っかかった事で阻止され、更に敵の敗残部隊は本土基地の部隊による徹底的な掃討に遭ってかなりの数が討ち取られ、結局30万を超える深海棲艦隊は10分の1以下になって潰滅した。

日本列島攻撃作戦としては空前絶後となったこの侵攻計画は、多数の努力が実を結ぶ形で人類軍の勝利で幕を下ろし、その影響はこの後暫くベーリング海棲地の大幅な戦力低下と言う形で表出する事になって行くのである。

「さぁ、今日は久々にサイパンの空気が吸えるぞ!」

およそ5週間ぶりの本拠地を前に、彼は大淀と明石に向けてそう言ったのだと言う―――。

 

 

~次回予告~

 

 歓呼すべし! 深海棲艦隊の一大攻勢は失敗に終わった!

それによって被った打撃は、敵手にとって嫌が応にも戦力の再配置を余儀なくさせた。

これを受けて大本営は、眼前に打ち込まれた最後の(くびき)を除く事を決意する。

横鎮近衛艦隊は出撃する。

彼らにとっての決戦は、遅ればせながら今、開始される!

 

次回、横鎮近衛艦隊奮戦録第4部7章、『轟く砲声―敵の牙城を討て!―』

 

艦娘達の歴史が、また1ページ・・・

*1
ここでこの事の経緯を差し挟むと文章が長くなる為注釈とするが、元々ASEANは米ソ冷戦時代にアメリカの後押しで反共の立場を取っていた東南アジアの民主国家によって成立し、その後反共から地域協力に方針を転換しながら加盟国を増やし発展した、経済協力等を目的とした政府間組織であったものであり、軍事同盟ではないが、軍事を含む様々な分野での地域的統合を目指していた。しかしここで言う軍事的統合とは協力体制の整備のみで明確な枠組みを有したものではなかった。

 しかし2045年の深海大戦勃発により、ASEANを取り巻く情勢も急転する事となってしまう。即ち、物量戦で各国を圧した深海棲艦隊に対して、国家単位では少ない軍事力しか持ち合わせていない上に、近い将来侵攻を受ける事が確実であったASEAN諸国が、軍事面でもこれまでの臨機的な連携体制から、統一的協調へのシフトを必要としたのだ。

 この急激な国際情勢の変転に対応すべく、ASEAN加盟国は大戦勃発から3年の時間をかけて水面下で調整を行い、2048年2月に緊急首脳会議を開催、この席上で至った合意である、『ASEAN加盟国による軍事協力に関するクアラルンプール宣言』を発表する事となる。その要諦は、ASEAN加盟国軍により構成されるASEAN版NATO軍とも言える組織、『東南アジア諸国連合軍(S E A N A F)』(通称「ASEAN連合軍」「ASEAN軍」など)を成立させると言うものであり、綿密な根回しと下準備により1か月以内に臨戦体制を整えた彼らは、その年の中頃から始まった深海棲艦の東南アジア侵攻に対抗する事となった。

 しかしASEAN諸国の中で唯一内陸国であるラオスを除く、9か国が海軍を有していたが、最も大きな規模を誇るインドネシア海軍とタイ海軍は共に小艦艇が多数を占めていた様に沿岸防衛海軍としての性格が色濃く、それはそれ以外の7か国も同様だった上に練度も戦術もまちまちであった。

その結果、インド洋方面からの侵攻の際に生じたスマトラ沖海戦や、太平洋方面からの流入を防ぐ為に戦われた2049年スラバヤ沖海戦、インドネシア・シンガポール両海軍が死闘の末壊滅したシンガポール沖海戦など数度の海上決戦と敗北の後に、SEANAF単独の洋上での抵抗は断念され、爾後の戦闘は地上戦で戦う方針を固めてこの劇中冒頭に至る。

 その後日本とASEAN相互の要請により駐留を開始した日本自衛軍および艦娘艦隊の活躍によって、2053年に東南アジア一帯の制海権が回復されると、SEANAFは日本軍や在日米軍、及び当初は自国防衛が関の山だった中国海軍等と協力する形で海軍の活動を再開、2055年初頭の時点でシンガポールを除く失った国土の全てを奪還し、引き続き他国軍との協力を継続している。

*2
日本海軍の艦砲射撃手順の一つで、測距儀や射撃盤などで導出した諸元に、その日の気候条件を加えて計算する手順の事。射撃盤は機械式計算機であるが、当日修正の計算は手動、つまり人の手と頭脳によって行われる。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。