一方、ミカとアカリは正彦の研究室を訪ねた。部屋をノックし、
「ユウナ、いる〜?」
と言いながら、そっとドアを開けた。そうすると、誰かがセイントドアの前に立っている。それは、ユウナだった。ユウナはふり向き、二人を見た。
「どうしたの……?」
ユウナがきくと、ミカは駆けよった。
「それはこっちのセリフよ! ユウナ、どこ行ってたの?」
「そうじゃよ、すごい心配したんやけん!」
アカリも、ユウナに向かって言った。その時に、二人に心配をかけていたことを知り、謝った。
「ごめん……」
「ところでさ、何なの、それ」
ミカが、ユウナの手にしている分厚い本を指差しながら言った。
「あ、これは……」
ユウナもそう言われて初めて気がつき、その本を見た。サタールから渡されたものの、これが何なのかはきいていなかったのだ。
その後、部屋に戻り、三人はその本を広げた。ユウナが開くと、新聞記事の切り抜きが貼ってあった。その中にはテロや暴力団事件など、反社会主義に関する記事が多く見受けられた。ユウナは一ページずつめくっていき、二人も中に書かれてあることを見ていた。
「なんか、これ切り抜きした人の悪意が感じられるよね」
ミカが呟くとアカリも、
「そうやね。でもなんか、昔のことを今に伝えるっていいかもしれんよね」
と言った。すると、不意にユウナの手が止まった。
「これ……」
「どうしたの?」
二人も気になって、そのページを覗きこんだ。そこには、こう見出しがあった。
『キャンプ場崖崩れ 五歳児行方不明』
ミカは、その新聞記事に書かれていることを読み上げた。
「昭和三十九年十月十日。キャンプ場付近を震源とする地震により、巨大な崖崩れがあった。家族とキャンプに来ていた横大路隆文君(五歳)が崖から転落し、行方不明。生存は無謀に近いと判断し、捜査を断念した……。ってあれ、これって教授と同じ苗字じゃない?」
「ほんとじゃ! 偶然かな?」
アカリもそう言って、不思議そうな顔をしている。すると、ユウナは言った。
「これ……、教授の弟さんなの」
『えぇっ!?』
二人は、驚きの声を上げた。ユウナは話を続け、
「さっき、SPでその人と会って話してきたの。教授が助けるふりをして、わざと崖から落としたんだって……」
と言うと、ミカはまた声を上げる。
「嘘でしょ……?」
「その本も、その人からもらったの。私、やっぱり教授と話してくる。その話をすれば、きっと教授も話してくれると思うから……」
そう言ってユウナは立ち上がり、思い切りドアを開けると走っていってしまった。
「ちょっと、ユウナ!」
ミカもそう言ってユウナを追いかけようとしたが、間に合わなかった。
ユウナは、正彦のいる仮眠室のドアを開けた。ベッドに座っていた正彦は驚いたように、
「どうしたんだね?」
と、きいてきた。すると、ユウナは正彦に近づいてこう言った。
「どうして……、言ってくださらなかったんですか?」
「何をだ?」
正彦は、何が何だかわからないという顔でユウナのことを見ている。それでもユウナは、話を続けた。
「今から、およそ五十年前。教授は、弟さんをわざと崖に落としたんですか?」
その瞬間、正彦は何かを食らったような激しい動揺を見せた。
「なぜ……、君がそれを……」
「今日、SPでその方に会ってきました。教授を、いえ、お兄さんをひどく恨んでおられました。教授は、本当に弟さんを……」
「待て、違う! 私は、あいつを助けようとしただけなんだ! 決して、わざとじゃない」
正彦は急いで、ユウナの言葉を遮った。しかし、ユウナは怯むことなく続ける。
「じゃあ、なぜそう言わなかったんですか? メールが送られてきた時に、なぜもっと喜んであげなかったんですか? ご両親に、弟さんとは違う扱いを受けていたとはいえ、教授のやったことは、決して許されることではありません」
それをきき、正彦は完全に黙ってしまった。一瞬、部屋が静まり返り、きこえるのは窓を叩く雨の音だけだった。見ると、正彦は膝の上で拳を握りしめている。
「すまなかった……。いつか、君たちにも話さなければと思っていたのだが、ずっと言えずにいたんだ。言ってしまえば、きっと皆、私のところから離れていってしまう。それが、すごく怖かったんだ……」
正彦が言うので、ユウナはこう答えた。
「私は、どこにも行きません」
すると、正彦が顔を上げる。ユウナはさらに続け、
「教授が、罪を償ってくださるなら、私はずっとここで、教授の手伝いをしたいです」
と、言った。
「ユウナ君……」
「今から、その人のところに会いにいってくれませんか? 弟さんに謝って許してもらえれば、きっとSPは今の姿のまま残ると思います。だから、お願いします。罪を、償ってください」
すると、正彦は立ち上がった。
「……わかった。案内してもらえるか?」
それをきいて、ユウナも嬉しく思った。これで、きっとうまくいくだろう。サタールも、きっと許してくれるだろう。そうなれば、セインツ・パラダイスは永遠に仮想世界に存在できるかもしれない。ユウナはこの時、そんな淡い期待を抱いていたのだった。
SPの中に入ると、入り口の前で二人が来るのを待っていたかのように、フギンが待機していた。ユウナは、驚きの眼差しをフギンに向けた。
「来ると思ったぜ」
「どうしてですか?」
「ちょっとそんな気がしてな。乗れよ」
フギンの隣には、「ムニン」と名付けられたモンスター・プテラドスがいた。フギンは、ユウナが正彦を連れて戻ってくることを、予測していたのだろうか。ユウナは正彦とともに、プテラドスに乗って再びダークネス・キャッスルへと向かった。
その頃、ユウナが出ていった部屋では、アカリがミカに話しかけた。
「ねぇ、ミカちゃん」
「何?」
「ユウナちゃんの言っとったこと、ほんとやと思う?」
「さぁ。でも、ユウナが言うんだからそうなんじゃないの?」
ミカが答えるとしばらく黙りこみ、突然声を上げた。
「……そうだ!」
「どしたん?」
アカリも、驚いたようにきいた。すると、ミカがパソコンを起動させながら言った。
「もしかしたら、これ使えるんじゃないかと思って。アカリ、そこの本棚から何でもいいから一冊取ってくれない? なるべく自分の指紋つけないようにね」
ミカが言うのは、指紋でその人物のデータを読み取れるソフトだった。これさえあれば、二人の関係がわかるかもしれない。アカリが言われた通り、傍の本棚から写真集を一冊手に取ると、あまり自分の指紋がつかないようにミカに渡した。それには、正彦の指紋がついているはずだ。そしてミカは、ユウナがサタールからもらった本から、サタールの指紋だけを摂取した。その後、写真集からも正彦らしき指紋を摂取し、パソコンにデータとして取りこむのだった。ミカが必死に手を動かしていると、アカリも画面を覗きこむ。
「……わかる?」
「しっ」
ミカは集中し、解析していく。そうすると、ある鑑定結果が出た。それを見たミカは、
「うん、間違いない。兄弟だって!」
と、言うのだ。アカリもそれを見て、
「じゃあ、ユウナちゃんの言ってたことは、ほんまやったってこと?」
そう言い、ただ画面を見ていた。その画面には二つの指紋、そして「兄弟」という赤い文字が、はっきり表示されていたのだった。
一方、ユウナは正彦とともにダークネス・キャッスルの最上階へと進んでいた。前には、フギンが乗っている。三人は、プテラドスに乗って上空を飛んでいた。すると、フギンは前を見つめたまま、
「アンタが顔を出すと、オヤジは何をするかわからない。覚悟しておいたほうがいいぜ?」
と言うが、正彦は答えた。
「それでいい。私は、あいつに謝りたいだけだ」
やがて、城が見えてくる。窓から中に入り、降りると目の前には大きな扉がある。この中に、サタールがいる。ユウナはここへ来るのは二度目だが、一度目は訳もわからぬまま連れてこられたので、中の様子はよく見えていなかったのだ。よって、その扉を見た瞬間、ユウナは息を飲んだ。
そして、フギンが扉の横のスイッチを押すと、鈍い音とともに扉がゆっくり開き始める。完全に開くと、フギンは二人を案内した。中に入ると、急に光明が差した。光の先には、人影が見える。それは言うまでもなく、サタールだった。それを見るなり、正彦は進んだ。
「隆文……、なのか?」
正彦が言うと、サタールも正彦の方へ進み出てきた。
「……よく来たな」
正彦はその時、思いのままサタールに言おうと決心した。
「私はこれまで、お前に謝りたかった。五十三年前のあの日、たしかに私は、お前の手を故意で離した。だが、今ではとても反省しているんだ」
そう言うと正彦は、その場に膝をつき、手をついた。
「本当に、すまない!」
そして、床に額がつくまでに頭を下げた。それを見ていたユウナも、正彦の心中を察した。五十年以上も、辛い思いを抱えていたにも拘わらず、それを誰にも言えずにいた正彦を、可哀想に思った。正彦が顔を上げると、
「お前の望みは、何でもきく。その代わり、もう私の世界に手を加えるのはやめてくれ。この世界は、私が初めて作った財産なんだ。二次元のゲームを三次元化した、画期的な研究なんだ。だから、どうかこの世界を潰さないでくれ! この通りだ!」
と言い、再び頭を下げる。しかし、サタールから出た言葉ですべてが払われた。
「断る」
正彦が顔を上げると、サタールは正彦を見下ろしながら言った。
「お前のしたことは、悪魔よりも醜い。それだけは、忘れるな。私は、この世界を完全に潰し、そしてお前の人生を終わらせる。覚悟しておくんだな」
サタールはそう言うと、背を向けて奥へ去っていこうとした。
「待ってくれ!」
正彦が呼び止めるが、サタールはふり向かなかった。それを見て、正彦は泣き崩れた。ユウナも、自分の考えの甘さを思い知らされたような気がした。そして正彦に駆けより、必死に呼びかけていた。しかし、正彦はしばらく立ち上がろうとしなかった。
二人が帰った後の城では、フギンがサタールに話しかけた。
「まぁ、結果は見えてたけどな」
「それでも、やつを連れてきたのか」
「まぁ、俺も全然無関係じゃねえからな。一度くらいは、会っておきたかったし」
サタールは、黙っていた。フギンはそれを見て、話しかけない方がよいと察した。
「さぁて、また妹のところにでも行こっかな」
フギンはプテラドスに乗ると、飛び去ってしまった。一方、サタールは表情を変えずに前だけを見据えていたのだった。
戻ってきた正彦は、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。その表情は、無に近かった。それを心配したユウナが、
「教授、お茶淹れましょうか?」
ときくと、正彦は言った。
「しばらく、一人にさせてくれないか」
ユウナはそれをきいて、部屋を出ていくことにした。部屋を出たあとも、ユウナは気になり、しきりに後ろをふり返っていた。これから、あの世界はどうなっていくのか、それはこの時、誰にもわからなかった。
第三十二回「
次回予告
ユウナ「あの人と一緒になって、本当によかったと思う」
悠二郎「何でも一人で抱えこまないって約束してほしい」
正彦「ダンジョンが設置されている、クローノスという森に行ってほしいんだ」
アカリ「ねぇ、あれ見て!」
正彦「どうやらそこから悪質な電波が流れているようなんだ」
ミーサ「親父から話はきいてたけど、まさかこんなとこで会えるなんてな」
真宏「俺も、お前には借りがあるからな」
サタール「二人を対面させたかったのかもしれんな」
アカリ「出ていかなあかんのんは、そっちじゃろうが!!」
雅也「君は、今でもレイカとは会ってるの?」
ミーサ「中谷ユウナ、俺と勝負しろ!」
ユウナ「勝負……?」
次回(第三十三回)
「
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
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中谷優奈
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鶴ケ崎麗菓
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月見里美香
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夢野あかり
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池谷大輝
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相場善秀