「来てほしくないって……、どういうことですか?」
ユウナが正彦に尋ねると、正彦はこう言うのだ。
「君たちは、よくやってくれた。これ以上、君たちの人生の邪魔はしたくないんだ」
「邪魔なんて、そんな……」
「いや、いいんだ。今まで何の役にも立たない、私の研究を手伝ってくれて、ありがとう。後は、私たちに任せてほしい」
正彦の顔は、真剣だった。ここで反論しても、どうしようもないということはユウナにもわかった。それでも、正彦から出た言葉が信じられなかったのだ。
部屋に戻った三人は、いつでも来られるように置いていた、本や菓子をカバンに詰めていた。アカリは物悲しそうに、
「いろいろ、あったね……」
そう呟いた。ミカも、
「てか、あの教授、ほんとに大丈夫なの?」
と、心配そうに言う。ユウナもまた、最後にできることはないかと考えていたが、何も思い浮かんでこない。もうSPのダンジョンに行けなくなるのだと思うと、やはり寂しくなった。そうすると、ある考えが浮かんだ。ユウナは、二人を見て言った。
「ねぇ。今度、お別れ言いに来よう」
「お別れ?」
ミカがきくと、ユウナは答えた。
「うん。ずっと私たちと一緒に戦ってくれた、モンスターたちに」
それをきいてミカとアカリは、ほっこりしたような表情を見せる。二人も、自分のモンスターたちと別れるのは、辛いようだ。そして三人は、次の週末にまたここに集まろうという約束を交わしたのだった。
第三十五回
三人は研究所を出たあと、定食屋に入った。ミカはメニューを眺めながら、
「いやぁ〜、そういえば初めてだよね? 三人で一緒に食事すんの」
と言うので、アカリもこう言った。
「そうじゃね。高校の時も、なんだかんだでお互い部活とかあって、行かんかったけんね」
「そうだ、二人何飲む? あたしビールね」
「あ、うちも。ユウナちゃんは?」
アカリがユウナにきくと、
「あ、私お酒はちょっと……」
と、ユウナは返した。
「そっか。じゃああたしもビールやめとこうかな……」
「あ、私のことはいいから、二人は好きなもの頼んで」
「そう?」
ユウナの言葉をきき、ミカは再びメニューに目を落としていた。
その後、三人は料理を食べながら話しこんだ。
「なんつーか、急に現実引き戻された感じじゃない?」
「仕方ないよ。逃げても、ずっと逃げ続けられるわけじゃないんやけん」
酔ったミカは、テーブルに突っ伏しながら呟いた。
「あ〜、どうしよ〜。これから、就職採ってくれるのかな……」
そんなミカを、優しい言葉でアカリが宥めていた。ユウナはそれを見て、自分も他人事ではないのだと悟った。ユウナも今、就職活動中である。ユウナは今年で二十四になり、今年雇ってもらえなくなると、だいぶ厳しくなる。それ故に、気が気ではなかった。
「ユウナちゃん、うちもお仕事なかなか見つからんのよ。父ちゃんがおらん分、うちが頑張って稼がなあかんのに、もうどうしたらええか……」
酒のせいか、アカリも不満をぶち撒けている。ユウナはそれをきき、ひどく同情した。すると、ミカがまた声を上げる。
「あ〜、ゲームの中住みてぇ〜!」
「ちょっと、ミカちゃん! 周りの人にきこえるけん!」
アカリが言っても、もう手遅れだった。それをきいていた人が、不思議そうな目で三人のことを見ている。それに気づいたミカが、
「あ、いえ。じょ、冗談ですよ?」
と言い、笑って誤魔化す。すると、見ていた人は目を逸らし、また仲間との話を再開させていた。ミカは、
「あ〜、厨二病だって思われたかな……」
と言いながら、また顔をテーブルにつける。アカリも、
「仕方ないよ。うちも実際、そんな気分やけん」
そう言うのだった。ユウナも、ミカの言ったことがわかる気がした。世間的に、それは現実逃避だが、そう思うまでにあの世界が、ユウナの居場所になりつつあったからだ。
同じ時分、レイカは自分の部屋にいた。しばらく何もせず、ただ窓の外を見つめていた。すると、インターホンが鳴る。レイカが戸を開けると、そこには雅也が立っていた。
「やぁ、遅くなってごめん。仕事が長引いちゃってさ」
「結局来たのね」
「そりゃあ来るだろ、約束したんだから」
雅也は、顔をしかめながら言った。そして、中に入った。
「引越し、手伝ってあげられなくてごめんな。でも真司のやつ、来てくれてよかっただろ」
「一人でやっても、変わらなかったけど」
「あいつもそう言ってたよ」
雅也は笑いながら、部屋に入る。部屋の中は、すでに片付けられてある。それを見渡すと雅也は、感心したように言った。
「おぉ、もうすっかり片付いてるじゃないか。今日、片付いてなかったら俺が手伝おうと思ってたんだけど、想定外だった」
「悪かったわね」
レイカは、そっぽを向いた。それを、雅也は微笑ましそうに眺めている。すると雅也が、レイカにきいた。
「そう言えば、真司のやつ、何か言ってたか?」
「私には、兄さんみたいにならないでほしいって言ったわ」
「あいつ……、また余計なこと言ったな」
雅也は言うと、頭の裏を掻いた。レイカは、無表情を貫いている。次に雅也は、レイカに別の話を振った。
「そう言えば、母さんから何か連絡あったか? あれからもう、三年になるわけだし」
「特に何も来てないわよ。向こうでも、忙しいんじゃない?」
「そっか……。それなら、まだ当分帰って来れそうにないかな……」
すると、また二人は黙りこむ。それに見兼ねたのか、今度はレイカから先に口を切った。
「で、今日は何しに来たのよ? 話、あるんじゃないの?」
レイカは最初から、雅也が大事な話をするため、ここを訪れたのだということを見抜いていた。それでも、雅也から進んで話そうとしなかったのだ。雅也は、戸惑った様子を見せつつも、
「そうだ。ユウナちゃん、最近また就活始めたらしいね。横大路先生の研究も手伝いながら、よくやると思うよ。お前も、今年から就活だろ? どこ受けるか決めてるのか?」
と、きいた。
「一応、目星はあるわ。でも、まだ考え中。それより、本当にそんなくだらない話をするために来たの? さっき、研究がどうとかきこえたんだけど」
「あぁ。真司から頼まれてさ。お前も、一度研究所に来てほしいそうだ。気が進まないのはわかってる。でも、あの素晴らしい世界がなくなるのは、やっぱり惜しいと思わないか? 俺は、そう思う。現実世界と何の変わりもない、雲や木や草があって、本当に素晴らしい世界だと思うよ。俺も、できることなら毎日だって行きたいくらいだ」
雅也が言うので、レイカは返した。
「私は、そんなことに時間を割く気なんてない。なくしたくないなら、あの子たちでどうにかすればいい話でしょ? 私には、関係ない」
そして、レイカはその部屋を出ていった。やはり駄目だったかと、雅也は溜息を漏らす。こうなることはわかっていた。それ故に、話したくなかったのだ。しかしレイカも、あの世界の魅力に取り憑かれていることには違いない。雅也は、そう思うのだった。
一方、ユウナは悠二郎のところに帰っていた。そこで、正彦からきいたことを悠二郎に伝えた。
「そっか……。でも、その後どうするんだろう。その教授は、そのセインツ……って世界を守りたがってるんだよね?」
悠二郎は、確かめるように尋ねた。
「はい。でも、これ以上は私たちの邪魔はしたくないって」
「そういや兄貴も、教授は自分より人の立場を尊重するタイプだって話してたな」
悠二郎の言葉をきいて、ユウナはふと疑問に思った。そして、悠二郎に尋ねてみた。
「あの。悠二郎さんのお兄さんって、どんな方なんですか?」
「どんなって言われても……。あっ、じゃあこうしよう。今度、俺の実家に行こう。俺も、家族に紹介したかったし。ユウナも、まだ会ってなかっただろ?」
「はい……。結婚式にもいらっしゃらなかったので、私も会ってみたかったんです」
「うちの親、二人とも西洋かぶれならぬ和風かぶれだからね。だから、教会での結婚式とか好きじゃないんだよ。宗教も仏教だし、クリスマスとかのイベントなんかも、子供時代じゃ味わったことがない。だから俺、ほかの子がすごい羨ましくてさ。友達と、こっそりプレゼント交換してもらったりしたら、取り上げられてすぐに返させるんだよ。遅れてるんだ、今の親ってみんなそんなんじゃないだろ?」
悠二郎は以前、父親は引越し屋で母親は花道をしていると言っていた。ユウナはそれを思い出し、どのような人物か是非とも会っておきたいと思うのだった。そして、
「私、会ってみたいです。悠二郎さんのご両親が、どんな方なのか」
とユウナが言うと、悠二郎はそれを予想していたのか、柔らかい表情になった。
「じゃあ、そうだな……。夏ごろ、帰ることにしよう。それまでは、ユウナは就活、やるんだろ?」
「はい」
「俺も、実は久々に顔見せるんだ。どんな顔するのか、今から楽しみだよ」
「私もです……」
ユウナも、楽しみそうに笑った。この時、まだユウナは知らなかった。悠二郎の実家で、どのような試練が待ち受けているのかを。
その夜、ユウナは悠二郎と布団を並べて横になった。久しぶりに、二人同時に休める。そう思うと、なんだか嬉しくなってくるのだ。ユウナはそっと横を向くと、悠二郎の横顔が見える。それに気づいたのか、悠二郎は言った。
「明日、また朝早いから、先に出るよ」
「……わかりました」
先ほどまでとは違い、ユウナの心はまた徐々に曇っていく。それでも、悠二郎と一緒にいられるこの時間が、何より幸せだったのかもしれない。気がつくと、自然に瞼は閉じていた。ユウナはそのまま、幸せを噛みしめながら意識を手放すのだった。
その一方、救命士の資格を得た大輝は、東京で訓練に励んでいた。更衣室で防具服に着替えると、隣から相場が話しかける。
「いよいよだな」
「お前、怖くなって逃げ出すなよな」
「ねえよ。一緒に頑張ろうな!」
「あぁ、立派な救命士になってやるぜ!」
大輝は相場に言うと、先に更衣室を後にした。相場も、それに続いて外に出た。
夏に近い日差しのもと、過酷な訓練が行われる。体力が人一倍ある人でないと、クリアできない課題も多い。それでも、大輝や相場は元運動部ということもあり、難なくクリアしていった。それを、教官は感心しながら見ているのだった。
その頃、ユウナは正彦に最後の挨拶に行っていた。ユウナが、
「教授、今までお世話になりました。私、ここが大好きだったんです。教授のおかげで、頼もしい仲間にも巡り会えました。本当に、ありがとうございました」
と言い、正彦に頭を下げる。それを見て、正彦は言った。
「私は、礼を言われるほどのことは何もしていない。だから、そんなに畏まらないでくれ」
ユウナは顔を上げると、今度はアカネが言った。
「また、気が向いたらいつでも来てええねんで? べつに来るなって言ってへんねんし」
「ありがとうございます。また機会があれば、寄らせてもらいます」
ユウナは、アカネにも笑顔で感謝を述べる。ユウナの後ろでは、ミカとアカリが感慨深そうな表情をしている。二人もやはり、名残惜しいのだろう。
「あの、教授。最後に、ひとつだけお願いがあるのですが……」
「何だ?」
正彦がきくと、ユウナは言った。
「みんなに、お別れが言いたいんです」
「みんな?」
「はい」
「みんな」というのは、レッドたちのことだ。短い間だったが、あの世界でともに戦ったモンスターたちにも、やはり会えなくなるのは寂しい。そこでユウナたちは、正彦からSPに入る許可を得ると、レッドたちに会いに行った。ユウナが「レッド」と名付けたモンスター、ホノりんが飛び跳ねながらやってくる。ユウナはそれを抱き上げ、
「今まで、ありがとう。元気でね」
と言うと、ニコッとホノりんは笑った。ユウナも、それを見て笑い返していた。すべて、プログラムでできているとはいえ、やはり本物の生き物のようだ。ホノりんを下に降ろすと、ユウナはほかのモンスターたちにも別れを言った。そのように設定されていたのか、ユウナが別れの台詞を口にすると、皆悲しそうな顔をする。それを見ると、さらに名残が増してくる。ほかの二人はどうだろうか。ユウナはふり返って見ると、ミカもまた、自分のモンスターたちに別れを告げている。アカリに至っては、泣きながら抱きしめている。それを見ていると、かなり切なくなる。それでも、今はこうするしかないのだと、ユウナは自分に言い聞かせるのだった。
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