その日は、家族揃って食事をした。父親も帰宅し、皆で食卓を囲った。悠二郎の父、
「いやあ、悠二郎が結婚か。目出度い目出度い!」
と、言った。悠二郎の話から、想像していた人物像よりも、遥かに人がよさそうに見えた。ユウナは、孝太郎に酒のお替わりを勧めた。すると、
「おぉ、気が利くなぁ。よろしゅう頼むわ」
そう言いながら、孝太郎は笑ってユウナの酌を受けていた。悠二郎が孝太郎に、
「そういえば、兄さんは?」
ときくと、孝太郎は答えた。
「あぁ。当分、忙しいて帰って来ん言うてるわ。まだ見習いやのに、無理してんのや」
「そっか……」
悠二郎は、少し残念そうな表情になった。ユウナも、心配そうにそれを見ていた。そこへ、悠二郎の姪に当たる由希が、ユウナに煮物を勧めてきた。ユウナは、
「ありがとう」
と言い、それを食べた。その様子を、雅美も見ていた。ユウナはこの時、雅美の本当の目的をまだ知らない。そして、その日は何事もなく終わった。
食べ終わると、ユウナは悠二郎とともに寝室へと向かう。布団を並べ、悠二郎も寝間着に着替えた。ユウナは今日のことをふり返りながら、
「とてもよさそうな人たちで、安心しました」
と、言った。しかし、
「あ、うん……」
と、悠二郎は少し微妙な顔をする。不思議に思ったユウナは、悠二郎に尋ねた。
「どうしたんですか?」
「あ、いや。何でもない。さ、今日は遅いから、もう休もう。機会があったら、今度兄貴も紹介するから。うちの家族で一番、話しやすいと思うよ」
「はい……」
ユウナは答え、悠二郎が電気を消した。ユウナは布団に入ると、目を閉じた。すると、悠二郎が話しかけてきた。
「そうだ……、ユウナ」
「はい」
「俺、明日また仕事なんだ」
「え、でも、有休取ったって……」
「それが、最近景気悪いからさ、取らせてもらえなかったんだ。でも、ここからでも十分通える範囲だから、そんなに心配してないよ。ごめん、母さんとかにはちゃんと話しとくから。おやすみ」
「おやすみなさい……」
本音を言えば、ずっと悠二郎といたかったが、わがままを言っても仕方がないだろう。ユウナはその夜、何も言わずに眠ることにした。それでも内心、残念だったのは隠しようのない事実であった。
ユウナは、朝陽で目が覚めた。その時、襖が激しく開く音がし、ユウナは飛び起きた。そこにいたのは、雅美だった。
「お義母さん……」
「ほら、もうみんな起きてるで!」
「す、すみません……」
ユウナは雅美に謝り、布団を畳んで居間に向かった。居間では、すでに子供たちが起きてきて朝食をとっている。朝食の用意は、仲居の美子がしていた。ユウナは美子に、
「あの、すみません。何か、お手伝いできることはありますか?」
ときくと、美子は答えた。
「そんな、奥様は何もしなくていいですよ。これらはすべて、私たちの役目ですから」
美子が言うと、ニコッと笑った。ユウナも申し訳なさそうにしながら、美子が用意してくれた朝食を食べた。美子の手料理は定食屋並に美味で、ユウナは思わず、
「美味しいです」
と言うと、美子も嬉しそうにしながら台所に戻っていった。そこに足音がきこえたので、ユウナはふり向くと、雅美が入ってきた。
「ユウナさん、朝食が済んだらちょっと来てくださる?」
雅美に言われ、ユウナは訳もわからぬまま頷いた。
「は、はい」
「ほな、待ってるわ」
雅美が言うと、また慌ただしく出ていった。ユウナはそれを、何事だろうと不思議そうに見ていた。
その後、ユウナは言われた通り、雅美の部屋に行った。ユウナは、
「失礼します」
と声をかけ、その戸を開けた。すると中では、雅美が正座している。ユウナも、それを見て中に入った。
「あの、お義母さん、どうしたんですか?」
「あんた、お花活けたことある?」
「いえ、ありません……」
「じゃあ、ちょっと見本見せたるわ」
雅美が言うと、花を活け始めた。ユウナも目を凝らし、それを見ていた。すると、見る見るうちに、花瓶の中は美しく彩られていく。次第に、ユウナは興味津々に身を乗り出し、それを眺めていた。終わると、雅美が言った。
「ほな、あんたが活けてみ」
「え……、でも、本当に私初心者なので……」
「構へん。来週のお花会までに、できるようになってくれたら」
「お花会……?」
「えぇ、週に一度、地元の人たちを集めてな、活け花教室をやるんよ。そこに、あんたも出席してほしいねん」
「え……」
ユウナが突然のことで戸惑っていると、雅美が千年を呼んだ。
「千年、千年ー!」
すると悠二郎の姉、千年が部屋に来た。そして、雅美は言った。
「ちょっとお願いけど、この子を指導してやってくれへん?」
「はい」
千年も答えると、ユウナを見た。
「じゃあ、こっち来て」
千年が言うので、ユウナもついていった。
その後、別の部屋でユウナは千年から花の活け方を習った。そこで、ユウナは千年から様々な話をきいたのだ。
「じゃあ、弟さんが二人いるんですね」
ユウナが花を活けながら千年に尋ねると、千年は答えた。
「うん。でも女はうちだけやから、お母様はてっきりうちが継ぐもんやと思ってる。代々受け継いできた教室やからって。家元を、ここで終わらせたないって。うちも、ほんまは家庭とか持ちたいんやけど……」
「お義母様には、相談しなかったんですか?」
「しても無駄や。きく耳持ってはらへん。だから、逆らえへんのよ」
その話をきき、ユウナは気の毒に思った。その時、ユウナは花の重要な部分を間違えて切りそうになった。それを見た千年は、
「待って!」
と言い、
「貸して」
そう言ってユウナからハサミを受け取ると、代わりに花を活けてくれた。それを見て、ユウナはすごいと感心した。雅美と同じかそれ以上に、手付きが慣れている。それくらい、華道に愛情を持っているのだろう。それが、その様子からも窺えた。
夜になり、悠二郎たちが帰宅した。食卓を囲みながら、悠二郎がユウナに尋ねる。
「今日は、何してたの?」
「はい、お姉さんから……」
ユウナが言いかけると、雅美がそれを遮った。
「あぁ、あんな、今日は料理を仕込んでたんよ」
「そう……」
悠二郎は少し戸惑いつつも、納得していた。ユウナはそれをきいて、不思議に思った。活け花を教えていたことを、悠二郎に知られたらまずいことでもあるのだろうか。ユウナは思ったが、その後は何も言わずにいた。
寝室に行くと、悠二郎がユウナにきいてきた。
「ねえ。今日、母さんユウナに何か変なこと言ってこなかった?」
「いえ、特には……」
「そう……」
結局話せないまま、その日は寝ることになった。雅美はあの時、なぜ悠二郎に教えるのを止めたのだろう。ユウナは、そのことがずっと気になっていた。
時間は過ぎ、週末になった。ユウナは、千年ら数人の女性とともに、活け花教室に出席した。講師の雅美が、全員に挨拶をする。
「今日も、ご足労ありがとうございます」
そして一同は一礼すると、活け花を始めた。ユウナも、千年に教わった通り、花を活け始める。活け花には、それなりの思考が必要なため、ユウナも自分の考えを巡らせながら、花を活けていった。教室が終盤に近づく頃、雅美が言った。
「では、最後に一人ずつ活けた花を見せて、どのように工夫したのかを、教えていただきましょう」
ユウナは緊張した。皆の前で、自分の活けた花を説明しなければならない。ユウナは、目の前の花を眺めていると、
「では、ユウナさん」
と、いきなり名前を呼ばれた。ユウナは驚きながらも、
「は、はい」
そう言って、前に出ようとした。その時だった。突然、その部屋の戸が思いきり開かれた。すると、なんと悠二郎が入ってきたのだ。
「悠二郎さん……!」
雅美が、驚きの目を悠二郎に向ける。すると、悠二郎は雅美のところに歩いてきた。
「何かおかしいと思ったら、やっぱりユウナにこんなことをさせていたのか!」
「いえ、これは……」
「言い訳は結構。ユウナ、行こう」
悠二郎はユウナの手を引き、その部屋から連れ出した。ユウナは、いまいち状況がつかめずに、
「あの、何があったんですか?」
ときいても、悠二郎は答えなかった。
その後、二人は雅美の部屋に行った。悠二郎は雅美の向かいに座り、こう言った。
「母さん、僕はがっかりだよ。あんなに言っていたのに、なんで言うことを守ってくれなかったの? 家元は姉貴が継ぐから、心配ないって!」
「せやけどな、あの子が継がへんって言い張ってる以上、この子しかおらへんのよ」
「それが目的で……、結婚を許したの?」
「えぇ、せや。それ以外に理由がありますかいな。どこの子かもわからせえへんのに」
「兎も角、もう二度とユウナに、僕の妻に、手を出さないでください!」
悠二郎がそう言い放つと、またユウナの手を引き、部屋を後にした。
廊下で、ユウナは悠二郎を呼び止めた。
「あの、本当にいいんですか? お義母さんは、きっと家元を存続させたいんだと思います。それは、悠二郎さんもわかってるんじゃないですか?」
「じゃあ、君はそうなってもいいのか?」
「……え?」
「家元を継ぐことになったら、この家から出られなくなるんだぞ?」
「それは……」
「もっと、よく考えてから発言するべきだ」
悠二郎は冷たく言うと、向こうに歩いていってしまった。ユウナは、何もかける言葉が見つけられなかった。だが、このままでは悠二郎と雅美の関係が悪くなってしまう。どうにかできないものかと、ユウナは思考を巡らせていたのだった。
第三十五回「
次回予告
ユウナ「お姉さんは、どう思ってるんですか? お母様のこと」
千年「もしもそのこと、お母様に教えたりなんかしたら、許さへんから!」
雅美「今すぐにでもこの家を出ていきなさい」
ユウナ「それが、私の生き方だと思っているので」
悠二郎「母さんも、そろそろ認めてあげなよ」
ユウナ「悠二郎さん……?」
磯ケ谷士郎「きっと素晴らしいもんを見せてくれはるんやろなぁ」
千年「うち、自分自身を信じきれてへんかっただけかもしれへん」
士郎「今までに、いろんな人の作品を見てきたけど、こんなんは初めてや。これからも、その気持ちを忘れんといてほしい」
ユウナ「これからは、隠し事はしません。だから、悠二郎さんも遠慮なく私に言ってきてください」
次回(第三十六回)
「
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
-
中谷優奈
-
鶴ケ崎麗菓
-
月見里美香
-
夢野あかり
-
池谷大輝
-
相場善秀