その晩、ユウナは悠二郎に今日の出来事を話した。
「えっ? 母さんの師匠って、前に話した人?」
「はい。お姉さんは今、それに向けて修行中だそうで……」
「でもあの人、辛口だって世間じゃ評判だぞ?」
「そうなんですか?」
悠二郎が言うのをきき、ユウナはますます千年のことが心配になった。果たして、認めてもらえるのだろうか。ユウナはあくまで素人なため、千年の作品は素晴らしいと思ってしまった。しかし、果たしてプロの目に留めることはできるのだろうか。自分で持ち出した話であるため、少なからず責任を感じていたのは、言うまでもない。
「で、姉貴は何て言ってたの?」
「はい。どうなるかわからないけど、自分なりに頑張ってみるそうです」
「相変わらず、素直だなぁ」
ユウナの話をきいて、悠二郎は笑っていた。しかしユウナには、まだ悩みの種があったのだ。それは、雅美のことだ。
「それより、お母様とは、あれから何か話したんですか?」
「話してないよ」
すぐに、悠二郎は答える。案の定、こちらの修復も、まだ不完全のようだった。ユウナは悠二郎を見つめ、
「今度、一緒に話しに行きませんか? お母様もきっと、悠二郎さんのことを心配しているはずですから」
そう言うが悠二郎は、
「どうだかねぇ〜」
と言いながら、布団の中に入ってしまった。それを見ていると、悠二郎と千年、どちらにも反発されている雅美のことが、ユウナはだんだんと気の毒に思えてくるのだった。
場面変わって、ダークネス・キャッスルでは、ユウナたちがいなくなったのをいいことに、征服の計画が着々と進められていた。フギンとミーサは、とある研究室の中に入った。そこには、生成されたモンスターたちが、実験台のように巨大なカプセルに閉じこめられ、並べられていた。ミーサはそれらを見ながら、
「うわ、こいつら全員解放すんのかよ」
と、声を出した。すると、フギンは説明する。
「オヤジの話では、こいつらはそれぞれのダンジョンの守護神にするんだと。ダンジョンごとの、ラスボスってとこかなぁ」
「でも、あいつらいなくなったから、必要ないんじゃね?」
ミーサが尋ねると、フギンは言った。
「いや。オヤジが言うには、あいつらは必ず戻ってくるらしい。どこまでほんとかわかんねえけど。何か、訳がありそうな顔してたしな……」
「まあ、こっちには関係ないけどな」
ミーサは、涼しい顔をしている。すると、フギンは思い出したような顔をし、
「あ、そうだ」
と言ってふり向くと、ミーサの方を見て言った。
「もし、おじさんがまたあいつらに召集かけたら、お前が迎えに行ってやれ」
「はぁ? なんで俺がそんな面倒なこと……」
「まぁ、その方が面白いからな。どうせ戦うことになるなら、そういうのもアリだと思うぜ? そうなるかどうかは、今のところわからねえけどさ」
フギンが言うのをききながら、ミーサは不満そうな顔をしていた。
同じ頃、正彦もSPの中の様子を調べていた。その様子を、ドアの向こうから美千子も心配そうに見つめている。そして、後ろから声をかけた。
「あなた、また昨日から何も口にしていませんけど、大丈夫なんですか?」
「あぁ、もうすぐひと段落つく」
正彦はそう答えながら、指を動かし続けている。その横では、SPへ続くセイントドアのランプが忙しなく点滅していた。
一方、ユウナは千年と一緒に、活け花の特訓をしていた。千年が、
「なんで、あんたまでやってんの?」
と、不思議そうにきく。するとユウナは、こう答えるのだ。
「お姉さんだけに、負担をかけるわけにはいきませんから。発案したのは私ですし、それに、一緒にやった方が楽しいですよ」
「……やっぱり、あんたは変わってんな」
「えっ?」
ユウナは手を止めて千年の方を見ると、千年が言った。
「他人のために一生懸命になるし、慣れへんことにも思いきり打つかっていくし。うちには、わからん領域や。でも、そんなあんた見てると、なんかめっちゃ刺激になんねんな。それも不思議やけど」
それをきいたユウナは、
「それ、何度か言われたことがあります。でも私は、好きでやってるだけですので。嫌でしたら、どうか言ってください。私、昔から空回りする癖があって……」
と、言った。
「べつに嫌ちゃうけど、でもなんでそんな
千年は、ユウナに尋ねた。
「私、これでも昔は引っこみ思案で、なかなか外に出られなかったんです。それで家族にも迷惑かけっぱなしで……。自分で自分がわからなくなってたんです。でも、一人の友達がそんな私のために、毎日家に足を運んでくれて。それでも、最初は全然素直になれなくて、放っておいてほしいって思ってました。だけどそんな時、その人が言ってくれたんです。こんな私でも、側にいてくれる人が必ずいる、それを証明してみせるって。それきいて、すごく嬉しくなって、部屋から出てこれるようになったんです。だから私、困った人や、何か悩みを抱えている人がいたら、進んで助けてあげようって、そう思ったんです。それで迷惑がられることも何度かありましたけど、後悔はしていません。それが、私の生き方だと思っているので」
ユウナが話すのを、花を活けながらきいていた千年は言った。
「うちも、そんな友達がほしかったな。なんか、羨ましい」
千年は、薄っすらと笑みを浮かべている。それを見て、ユウナも言った。
「でも、お姉さんもいろいろな人に支えられて、とても幸せそうに見えますよ」
「それ、ほんまに言ってるんやったら、しらこいわぁ。そんなこと全然あらへんよ。お母様はあんなんやし、お父様も、全然うちに構ってきてくれへん。だから、全然恵まれてなんか……」
「でも、それは心の持ちようだと思います」
ユウナが言うので、千年は再びユウナの顔を見た。
「例えば貧しい人がいたとして、それでも毎日が楽しかったとしたら、それは恵まれていると思います。だから、お姉さんも恵まれていないのではなく、ご自身に自信を持てていないから、そう思えるんだと思います。生意気言ってすみません。でも、今のお姉さんを見ていると、そんな気がして……」
それをきくと、千年が急に声を出して笑い出した。
「ど、どうしたんですか……?」
「ごめんごめん。あんたは、人の心を見抜くんも上手いなぁって思って。あんたの言う通りや。うち、自分自身を信じきれてへんかっただけかもしれへん。格好よく理屈つけて、逃げ出してただけかもしれへん。ありがとうな、気づかせてくれて」
「そんな……」
ユウナは、急に恥ずかしくなった。さらに千年は続け、
「これで、ちょっと自信が持てた。今度の花会、頑張ってみる。それで、師匠さんが認めてくれはらへんかったとしても、絶対に後悔はせえへん。だから、応援しててな」
と言うので、ユウナも答えた。
「はい。お姉さんなら、きっと認めてもらえますよ。私、お花の知識はまだまだ未熟ですが、お姉さんの活けたお花を見てると、そんな気がしてくるんです」
ユウナの言葉には、やはり偽りは一字も含まれていない。千年にもそれがわかったのか、ユウナを見て頷いた。そしてその後も、千年は日が暮れるまで、花を活け続けた。ユウナも、遠くからその様子を見守った。
雅美もまた、趣味で花を活けていた。夕日が差しこみ、一日の終わりを告げようとしている。すると、障子の向こうに人の影が見えた。
「母さん、入るよ」
悠二郎が戸を開けると、雅美は目もくれなかった。悠二郎は雅美の後ろに座り、
「まだ、怒ってる?」
ときいても、雅美は口を開こうとしない。しばらく沈黙が続き、悠二郎は諦めて立ち上がろうとすると、ようやく雅美が声をかけた。
「あんた、士郎さんって覚えてる?」
「あぁ、母さんの花道の師匠だった人でしょ? 今度、花会に来るって」
「その方が、千年の花も見てくれはるんよ」
「そうみたいだね。でも、姉貴の腕は確かだし、姉貴も今、それのために試行錯誤しながら自分の作品を仕上げている。母さんも、そろそろ認めてあげなよ」
悠二郎は立ち上がると、部屋を出ていってしまった。雅美はその後、手を止めていた。そしてそのまま、部屋で一人考えていたのだった。雅美にも、僅かな葛藤が芽生え始めていたのかもしれない。
そして、いよいよ週末になり、喜多村家では花会が開かれた。その日、家を訪れたのは雅美のかつての師匠、
「久しぶりにお呼びいただき、誠に有り難い」
と言うと雅美も手をつき、
「こちらこそ、嫁が無理言ってすみません」
そう言って、頭を下げた。それを見て、士郎は笑った。
「ははは。構いませんよ。それにしても、悠二郎君が嫁をもろうたやなんて、初耳でしたわ。この家でまだ結婚してへんのは、千年さんだけになりましたなぁ」
それをきくと、雅美も具合悪そうに苦笑いした。
「今日は、その千年さんが活けた花を拝見させてもらうゆうて、とても楽しみにしてたんや。雅美さんの娘さんやったら、きっと素晴らしいもんを見せてくれはるんやろなぁ」
「いえ、娘はまだ半人前ですから」
「雅美さん。そない自分の娘を過小評価したらあきまへんで? 幼い時からあんたさんの活け花を見て、そして必死に背中を追って来はったんや。だから、もっと腕を信じてあげなあかん」
「せやけど……」
雅美は、少し口ごもってしまった。何も、返す言葉が見つからない。雅美は、たしかに士郎の言う通りかもしれないと、認めざるを得なくなった。
「では、そろそろ部屋に案内してもらいましょか」
「はい、ではこちらに」
二人は立ち上がり、花会が行われる部屋に行った。
部屋の戸を開けると、教室に通う数人の女性たちが二人を迎えた。その中には、ユウナと千年の姿もある。この日は、士郎が特別講師として招かれていたため、部屋の一番奥に腰を下ろし、雅美はその隣に座った。
「皆さん、初めまして。私、昔は雅美さんの師匠を務めておりました、磯ケ谷士郎といいます。この活け花教室もたいへん繁盛やときいて、安心しきっている今日この頃でございます。では、早速始めましょか」
最初に士郎がそう挨拶すると、
「よろしくお願いします」
と、女性たちは一斉に頭を下げた。ユウナは顔を上げた時に、士郎と目が合った。そうすると、士郎がユウナを見て気づいたのか、
「もしや、あんたさんが悠二郎君の奥さんか?」
ときいてきたのでユウナは、
「は、はい……」
そう、緊張したように返事をした。
「そない固くなりなさんな。花道ゆうんは、気楽にやるもんです。緊張していたら、いい作品は生まれません」
「わかりました」
「それでええ」
ユウナが答えると、士郎も笑顔で頷いた。その後ろにいた千年にも、士郎は声をかける。
「千年さん。今日は、期待しておりますで。雅美さんの血を引き継ぐ者として、誠心誠意愛情を持って取り組んでください」
「はい、わかっております」
千年も返事をし、頭を下げた。それを見て、ユウナも安心していた。
その後、いつも通り皆は花を活け始める。士郎も上座に座り、その様子を見守っていた。そして、雅美に小声で話した。
「皆さん、えらい手つきが立派ですなぁ。これも、あんたさんの教育の賜物やな」
「お言葉、痛み入ります」
雅美も、嬉しそうに返した。そして、次第にその視線は千年に向いている。千年もまた、士郎に見せるための花を活けていた。
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中谷優奈
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鶴ケ崎麗菓
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月見里美香
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夢野あかり
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池谷大輝
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相場善秀