一時間後、一人ひとり士郎に作品を見せていた。士郎は、それぞれにコメントを残している。見せに来た女性は、それをきいて喜びの表情を浮かべたりしていた。そして最後、千年の番になった。千年は花瓶を持ってくると、それを士郎の前に置いた。士郎は、それをまじまじと見つめている。その時、千年が言った。
「これには、私の経験すべてをかけました。これがもし、先生のお目に留まったなら、母から結婚の許しをもらうとの約束をしております。どうか入念に見てください。嘘はいりません。見たままを、教えてください」
千年の目は、真剣だった。それを、母の雅美も見つめている。そして士郎は、
「わかった」
と言うと、千年の活けた作品をチェックし始めた。しばらくの沈黙が流れ、士郎が花瓶から目を話すと、千年の目を見て言った。
「ほんまに、努力しはったんやな」
「……はい」
「素晴らしいわ。幸せそうな色の花ばかりやけど、なぜかその中に寂しさもある。見てる人を切なくするような、恋の気持ちがそのまま伝わってくる。ほんま、よう考えはったと思うわ。今までに、いろんな人の作品を見てきたけど、こんなんは初めてや。これからも、その気持ちを忘れんといてほしい」
それをきき、千年は嬉しくなった。ユウナも、すぐにでも拍手を送りたくなるような、そんな心持ちだった。しかし、それには雅美の了解を得なければならない。士郎は雅美の方を向き直り、こう言った。
「どうです? 娘さんの花、私は好きです。あんたさんも、そうと違いますか?」
しかし、雅美は言うのだった。
「私は……、認めません」
「なんでですか!」
思わず、千年が身を乗り出した。
「約束、したやないですか! お師匠さんに認められたら、結婚は許すって!」
「それは、嫁が勝手に言い出したこと。私は、そんなん一言も言ってません」
雅美が頑なに言うので、ユウナは千年を見た。千年の目には、涙が潤んでいる。ユウナは、それを見て責任を感じた。自分があのような話をしなければ、千年はこのような思いをしなくて済んだのだ。ユウナが、何とかしようと思った時、扉が開く音がした。そして、なんと悠二郎が入ってきたのだ。
「母さん、いい加減にしてよ!」
「悠二郎さん……?」
ユウナは思わず、声に出してしまった。悠二郎は、雅美の前に座ると言った。
「母さんの、姉貴に家元を継いでほしいっていう気持ちはわかるよ。けど、いつまでもこの家に縛りつけておいて、ほんとにそれでいいの? 娘の自由を奪って、ほんとにそれでいいと思ってるの?」
「あんたには、関係ないやないの。千年がおらんようになったら、誰が継ぐって言うのよ」
「……わかった。じゃあ、彼にも話してもらうよ」
「彼?」
雅美は、不思議そうに悠二郎を見つめている。悠二郎はふり返り、
「入ってきていいよ」
と、誰かを部屋に呼んだ。すると、その部屋に入ってきた男がいた。見たところ、三十代前半くらいだろう。ユウナは、それを見てハッとした。それは、庭で千年と会っていたあの男だったのだ。千年も、
「勝さん……」
と、その男の名を呼んだ。勝という男は、悠二郎の隣に座った。そして、雅美に言った。
「お母さん、お久しぶりです。勝手なことをして、本当に申し訳ありません。でも、千年さんを思う気持ちは、本物なんです。必ず幸せにします。だから、どうか、どうか結婚をお許しください! お願いします!」
勝は、深々と頭を下げる。それでも、雅美は勝を見ようとしない。そうすると、士郎が隣から声をかける。
「意地を張るのは、親の特質というもんや。でも、ずっと張り続けるのは、子を苦しめることにもなる。それは、あんたさんもわかってはるんとちゃいますか?」
「先生……」
「娘さんの作品を見て、何も感じひんことあらへんがな。心のどこかに、認めたくないという気持ちがあったんでしょう。ですが、面白いことに手は正直です。ちゃんと、触れてはるやないですか」
雅美の右手を見ると、千年が活けた花に伸びている。どうやら、雅美も無意識のうちに触っていたようだ。そして、雅美も考えた。もう一度、勝も願いを伝える。
「どうか、お願いします」
すると、ようやく雅美は答えた。
「せやな。意地を張ってたんは、私の方やったんかもな。勝さん。娘を、頼みます」
「認めて……、くれはるんですか?」
「えぇ。断ってもあんた、しつこく娘に付きまとうやろ? せやから、不束な娘やけど、この子をどうか幸せにしてやってください」
「あ……、ありがとうございます!」
そして勝は、また頭を深々と下げる。それを見ていた一同は、拍手を送った。勝は顔を上げると、千年を見た。千年も、笑顔で見つめ返してくる。それを見て、勝も嬉しそうに笑い返していた。ユウナと悠二郎も、顔を見合わせて微笑み合った。これほどまで、幸せそうな恋人をかつて見たことがあっただろうか。ユウナはそう思いながら、拍手を二人に対して送り続けていた。
月日は経ち、その年の12月2日。喜多村家ではその日、祝言の準備が執り行われた。千年は白装束に見を包み、仲居たちが化粧を手伝ったり、着付けをしたりしている。その様子を見ていた仲居の
「なんと、お美しい……」
と、泣きながら言った。すると千年が呆れたような笑みを浮かべ、
「頼むから、うちに恥かかさんといてな。泣くんは、式が終わってからにして」
そう言うと、美子は泣き止んだ。その様子を部屋の外から、ユウナも見ていたのだった。ユウナは、
「失礼します」
と言い、戸を開けた。
「何か、お手伝いできることは?」
「ありがとう。でももういいから、早く部屋行っとき」
千年が言うが、それでもユウナは落ち着かなかった。
「でも、せっかくなので何かお手伝いしたいですし……」
すると美子が立ち上がり、
「じゃあ、お赤飯炊くの手伝ってもらいましょか。こちらです」
そう言い、ユウナを案内した。ユウナも笑顔で、
「はい」
と言うと、美子についていった。
厨房では、ユウナは米を研いだ。すると美子が来て、
「奥さん、先に部屋行ってお皿並べといてもらえます?」
と言うので、ユウナは返事をしてそこに行った。部屋には、すでに大勢の人が集まっていた。ユウナと悠二郎の時とは一味違い、皆和服を着ている。ユウナもその日は、着物を来て出向いた。皿を並べていると、こんな会話がきこえてきた。
「いやぁ。これで、三人とも相手を見つけたゆうことになりますなぁ」
そう言ったのは、千年や悠二郎の父、孝太郎だった。それに答えたのは、士郎だ。
「それにしても、一番年上やのに、意外でしたなぁ」
「まぁ、長女はいくら年とってもきれい言いますしな。わはは!」
「そんな言葉、初めてききましたわ」
二人はそう言い合いながら、愉快に笑っている。その場にいた人も、クスクスと笑っていた。それを見て、ユウナも嬉しくなった。すると、士郎が今度はユウナにも話しかけた。
「ユウナさん、でしたっけ」
「はい」
「今回の件は、あんたさんのおかげや。千年さんも、きっと感謝してると思いますで」
「そんな……。私は何も」
「そない謙遜せんくても、みんな知ってはるわ。ユウナさんが、雅美さんに提案したことも。たいした度胸どすなぁ」
士郎が言うと、またユウナに笑いかけてくる。それを見て、ユウナも軽く頭を下げた。やはり、感謝されるほど気持ちのよいことはない。そう思えた瞬間でもあった。
そして、いよいよ式が始まる。先に勝が部屋に入ってきて、前に座った。そして後から、仲居たちに連れられて、千年が入ってきた。初々しい装束に身を包み、誰が見ても惚れてしまいそうな、そんな姿にも見えた。千年は、ゆっくりと勝の隣に座る。勝も千年を見て、小声で言った。
「……きれいやで」
「ありがとう」
千年も、笑顔で返した。その様子を、ユウナも笑顔で見ていた。このような場面に遭遇したことを、ユウナは誇りに思った。二人はそのまま、互いを見つめ合った。
その後、孝太郎が、
「さぁさぁ、皆さん。今日はご来席くださり、誠にありがとうございます! では二人のこれからを願って、乾杯!」
と言いながら、猪口を掲げた。それを合図に、皆は乾杯した。それから、皆は楽しそうに談笑をし始める。それを、部屋の外からユウナも見ていた。そうすると、
「入らないのかい?」
という声がした。
「悠二郎さん……」
ユウナが言うと、悠二郎もユウナの隣に座った。
「ユウナのおかげで、今日を迎えることができた。姉貴が、そう言ってたよ。代わりに、礼を言ってほしいんだってさ」
「お姉さんが?」
ユウナがきくと悠二郎は頷き、
「自分で言えばいいのにね」
と、笑いながら言うのだった。
「でも私、お二人の幸せそうな笑顔を見てると、少し羨ましいなって……。あ、でも私も、悠二郎さんと一緒にいる時は幸せですから」
ユウナは口を滑らせてしまったことを反省し、なんとか弁解しようとした。それをきき、悠二郎は笑顔を見せた。
「たしかに俺たちって、あんなに笑ってない気がする」
悠二郎が言うので、ユウナは悠二郎を見つめた。そして、悠二郎は続ける。
「俺たちも、もう少し距離を詰めていこうか。なんだかんだ言って、もう一周年だもんな」
「はい」
それをきいて、ユウナも笑顔で答えた。
「よし、じゃあ入ろう」
そして、悠二郎は戸を開ける。ユウナも、悠二郎に続いて中に入った。そこで、孝太郎などに酒を注いだり、士郎から様々な思い出話などをきいたりした。そして時間は流れ、気がつけば夜中に近い時間となっていた。
士郎が帰ろうとすると、雅美が呼び止める。
「先生、今日は泊まっていってください」
「いいや。早う帰らんと、家内がうるさいもんで……。今日は、ほんまおおきにな。これからも、娘さんを支えてやってください」
「はい……」
雅美は玄関に手をつき、一礼した。それを見届けてから、士郎は帰っていった。雅美も顔を上げ、ただ玄関の扉を見つめていた。その様子を、さらに近くから千年も見ていたのだった。
その頃、ユウナは悠二郎とともに寝室にいた。悠二郎は首筋を掻きながら、ユウナに言った。
「姉貴、結局家元は継ぎたいってさ」
「そうなんですか?」
「うん。だから表面上、勝さんがうちに婿に来たってことになってる」
「そうですか……」
「まぁ、これで母さんも納得してくれるだろ」
悠二郎はそう言い、布団に入った。
「あの……」
「何?」
ユウナが声をかけると、悠二郎はまた起き上がった。
「お義母さんとは、最近どうなんですか? あまり、お二人が話してるのを見ないので」
「……普通だよ。でも、最近はちょっと喋るかな。向こうも、わかってるみたい。ユウナを、いつまでもこの家に縛りつける気もないって、そう言ってたから。だから、ユウナも、好きなことしていいんだよ」
それをきくと、ユウナは嬉しくなった。あの雅美が、そのように思っていたと知って、安心したのだ。
「よかった……」
その時、悠二郎が完全に起き上がると、突然ユウナを抱きしめてきた。それにはユウナも驚きを隠せず、
「悠二郎さん……? どうしたんですか?」
ときくと、悠二郎は言った。
「約束、覚えてる? 一人で何でも抱えこまず、困ったら何でも話すって。だから辛い時、逃げ出したい時、遠慮せずに何でも言ってきていいんだぞ?」
「はい……。これからは、隠し事はしません。だから、悠二郎さんも遠慮なく私に言ってきてください」
「……わかってる」
悠二郎はユウナから離れると、再び床についた。ユウナもそれを見て、これが夫の仕事なのだろうと思い、自分も布団の中に入った。そして目を閉じた。これは、ありきたりな幸せなのだろう。このような当たり前が、ユウナにとっては何よりも愛おしく感じられた。この幸せがいつまでも続くように、そう願いながら意識を手放していった。
ユウナに再び意識が戻ったのは、深夜四時を回ったころだった。目を開け、横を見るとそこに悠二郎の姿はなかった。こんな夜中にどこに行ったのだろうと、心配になって起き上がった。そうすると、庭から話し声のようなものがきこえる。ユウナは障子を開けて、庭を確かめた。すると、向こうに悠二郎の姿が見える。電話で、誰かと話しているようだ。
「兄貴、そっちはどう? こっちは、なんとかやれてるよ。例のこと、ほんとに言わなくて大丈夫なのか? うん、わかった。じゃあ、待ってる」
そして、悠二郎は電源を切った。その様子を、ユウナは部屋の中からこっそり見ていた。そして、なぜだかその時、妙に嫌な予感を感じてしまったのだった。
第三十六回「
次回予告
ユウナ「私、やっぱり不安なんです」
正彦「あの子たちを、もう一度呼び集めようと思う」
雅美「うちで働いた方が、あの子のためやと思うんよ」
悠二郎「ユウナはどうしたい? これから」
千年「大丈夫。あんたやったら、なんとかなる」
サタール「あれはほかならぬ事実のようだからな」
真司「彼女たちも、きっと最後まで戦ってくれるはずです!」
正彦「『神に選ばれし勇者たちよ。今こそ、己の勇気と誇りを信じ、セインツ・パラダイスの中の悪を滅ぼすのだ』」
ミーサ「言っておくけど、私はあんたの敵だから」
正彦「もう一度、ダンジョン攻略に力を貸してほしい」
ユウナ「相場君……?」
相場「大輝が……」
「死んだ」
次回(第三十七回)
「
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
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中谷優奈
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鶴ケ崎麗菓
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月見里美香
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夢野あかり
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池谷大輝
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相場善秀