一方、現実世界ではなく、ここはセインツ・パラダイス、通称SPと呼ばれる仮想世界。その中に聳え立つ、ダークネス・キャッスル。そこの王として君臨しているのは、サタール(本名は横大路隆文)だった。サタールは、いつものように城のベランダから下の風景を見下ろしていた。そこに、何かのサイレンのような音がきこえてくる。それをきいて、サタールはあるところに向かった。
サタールが向かったのは、同じくSPの中にある研究所だった。サタールが中に入ると、数人の研究員がそこで働いていた。サタールを見て、一人の研究者が近づいてきた。それは、その研究所の第一責任者、コサカという男だ。コサカは、
「サタール様、お待ちしておりました」
と言い、頭を下げた。
「調子はどうだ?」
「いえ、お陰様で私も好きな研究をさせていただいております。すべては、サタール様のおかげです。本当に、感謝しております」
「堅苦しい挨拶はいい。ところで、進展をきかせてもらいたい」
サタールが言うと、コサカも答えた。
「はい。ダンジョンのモンスターはすべて、サタール様の命令にのみ従うよう、データを書き換えました」
「ほぅ」
「それから、ダンジョン以外に生息するモンスターにも、同じプログラムを組みこむ予定です」
コサカが説明していると、助手の金色ルリが来て言った。
「サタール様のご命令通り、我々は動きます。この後も、目障りな小娘たちがやってくる可能性が窺えます。そのため、計画を取り次ぎ急いでおります」
「うむ、ご苦労」
サタールが言うと、ルリは一礼して、再び持ち場に戻っていった。その後、サタールは小声でコサカにきいた。
「例のメールは、もう届けたのか?」
「はい。本当に、あれでよろしかったのですか?」
「あぁ、あれはほかならぬ事実のようだからな。それに、私はやはり奴らと決着をつけたいんだ。それ以外に、理由などない」
「そうですか……」
コサカは呟いていると、サタールは研究室の中を見渡していた。ここで働いている研究員たちは、いわばサタールの支配下だ。正彦に対応するため、サタールは手段を選ばない。それを、物語っているような光景だった。
その正彦も、自分の研究室で頭を捻っていた。そこには美千子や真司のほかに、アカネとヒロインもいた。
「教授、大丈夫ですか?」
ヒロインが、正彦の様子を見て心配そうに言う。
「いや、大丈夫だ。ありがとう」
「でも、急にうちらを集めてどうされたんですか?」
アカネが質問すると、正彦は答えるのだった。
「あの子たちを、もう一度呼び集めようと思う。だが安心してほしい。これで最後にするつもりだ」
正彦の話をきいて、誰も声を上げようとはしなかった。正彦の言う「あの子たち」とは、ユウナを含むあの四人だ。その四人を再び集めて、正彦はサタールとの最終戦をしようと言うのだろう。すると、ヒロインが質問した。
「でも、先輩たち散らばってしまって、どこにいるのかわかりませんよ?」
「それなら、大丈夫だ。ここに、あの子たちのスマートフォンがある。それに、解散する時に替えのものを渡した。それについているGPS機能を使えば、居場所がわかる」
「でも、もう巻きこまないんじゃ……」
美千子もまた、心配そうな顔をしている。正彦も、申し訳ないと思っていた。自分から追い出しておいて、もう一度集めるのは流石に気が引けるのだろう。すると……。
「呼びましょう」
その声の主は、真司だった。
「真司……」
「戦いに勝つためには、彼女たちが必要なんでしょう。お父さんもそれを知っていたから、必要以上に彼女たちを使役したんじゃないですか?」
「そうだが……」
「だったら、今はそうするしかありませんよ。本当の意味で、あの世界を守りたいのなら、そうするしかない。彼女たちも、きっと最後まで戦ってくれるはずです!」
すると続いて、アカネとヒロインも言った。
「うちも賛成。理由があるって言っても、せっかく教授が創った世界を乗っとられるのは、やっぱり悔しい」
「そうですよ。私も、できるだけのことはします! いえ、させてください!」
どの言葉にも、嘘はないようだ。正彦も、
「本当にいいのか?」
と念を押すと、三人は頷いた。美千子も、仕方なさそうに最後の最後に頷いた。それを見て正彦は嬉しくなり、涙が出そうになるのをぐっと堪えた。大切な助手や家族の前で、情けない姿を晒すわけにはいかない。そう思ったのだろう。そして、正彦は椅子から立ち上がった。
「わかった。では、それぞれに頼みたいことがある」
「はい」
「と、その前にこれを見てくれ」
正彦はそう言うと、手元にあったパソコンを開き、ある画面を皆に見せた。それを見て、皆は固まった。
「これ……」
そこに書かれていたものが、ユウナたちのこれからを大きく変えていくことになる。
年末が近づき、喜多村家では忙しさが増していた。そんな中、悠二郎は姉の千年の部屋に行った。千年もまた、部屋の片付けなどをしている。
「あの子も、大変みたいやけど、あんたが支えてあげたらなあかんよ」
本棚の整理をしながら、千年が言った。
「わかってるって。それより、お願いしたいことがあるんだ」
「何よ」
「姉貴も、ユウナのこと応援してやってるんだろ? だから、手伝ってほしいんだ」
千年が悠二郎の方を見ると、悠二郎は真面目な顔をしている。
「だから、何をすればいいんよ」
千年は、何のことだかさっぱりわからないといった表情をしている。そして、悠二郎は千年にある話をした。
夜。ユウナは部屋の縁側に腰掛け、星々を眺めていた。都会とは違って、明るくきれいな星空だった。そういえば、悠二郎はどこへ行ったのだろうか。夕飯の席にも、姿を見せなかった。そのようなことを考えながら、ユウナは夜空を見ていた。
もう十二月も後半になり、世間ではクリスマスだと騒がれるが、喜多村家にはもちろん関係ない。ユウナも、小さいころのクリスマスの出来事を順番に思い出していた。
しばらく回想に耽っていると、どこからか声がきこえた。それはまるで、ユウナのことを呼んでいるようだった。ユウナも耳を澄まし、何とかその声を拾おうとした。
「ユウナ……、中谷ユウナ!」
それは女性のような声で、次第に大きくなっていた。なぜ自分の旧姓を知っているのだろうかと、少し不気味に思いながら靴を履き、声がする方に行ってみた。その声は、庭の茂みからきこえてくる。その時、茂みから何かが飛び出した。ユウナは驚き、前を向いたまま数歩戻った。そして、よくよく前を見てみると、そこにはミーサがいたのだ。声の主は、なんとミーサだったのだ。ユウナは、驚きを隠せなかった。
「あの、なんでこんなところに……」
「しっ! 理由はあとで説明する。それより、ちょっと来い」
「あの、どこへ……」
ユウナが言いかけると、ミーサはユウナの腕をつかんで、強引に連れていこうとした。ユウナは戸惑いつつも、ミーサのあとに続く。SPで何かがあったのだろうか。その時、そんなことが頭の中を過ぎった。
しかし庭を抜けた時、それを偶然雅美に目撃されてしまった。
「ちょっと! あんたらそこで何してんの!」
「やべ!」
ミーサが声を上げる。それを見た雅美は、
「誰やのあんた、誰か、誰か来てー!」
と言いながら、家の中の人間を呼んだ。ミーサは急いで、ユウナの手を引いた。ユウナは何が何だかわからなかったが、流されるままに身を委ねた。すると家の中から孝太郎が出てきて、ミーサを発見すると声を上げる。
「誰や! うちの嫁に何すんのや!」
そして、物凄い剣幕で走ってくる。二人は、急いで逃げた。やがて追いつかれそうになると、近くからガンガンという、ドラム缶を叩くような音がきこえた。その瞬間、孝太郎は速度を落とした。それとほぼ同時に、遠くで花火が上がった。雅美も足を止め、それを呆気にとられながら見ている。どういうことなのか、その時のユウナには皆目見当がつかなかった。なぜここにミーサがいるのか、そして、あの音と花火は何だったのか、次々と疑問が湧いてくる。
無事に二人から逃げきれたユウナは、ミーサに尋ねた。
「あの、何かあったの? あの世界で……」
「おい、あれに乗れ」
ユウナの質問を無視し、ミーサが言った。前を向くと、向こうの道路に一台の車が待機している。その側で、誰かが手を振っているのが見えた。
「こっちこっち! 早く乗って!」
それは、見たことのない男だった。ユウナは戸惑いながらも、ミーサがいるのならばと信じて車に乗りこんだ。ミーサも隣に座り、男は車のエンジンをかける。そしてその車は、ゆっくりと発車した。
国道沿いを走りながら、ユウナは運転している男に尋ねた。
「あの、どこに行くんですか?」
「あぁ、まだ説明してなかったな。横大路先生が、君を呼んでいる」
「教授が?」
「詳しい話は、研究所に着いたら話すから」
その男の話をきいて、ユウナは自分の予感は当たっていたのだと納得した。すると今度はミーサの方を見て、
「ねえ……」
と、話しかけた。ミーサにも、なぜ協力してくれたのかききたかったのだ。ミーサは、サタール側であるため、ユウナとは敵同士のはずだ。それなのに、どういうわけかユウナを連れ出してくれた。その訳を、知りたかったのだ。すると、ユウナがきく前にミーサは言った。
「べつに、あんたを助けるためじゃねえよ。バカ兄貴が、敵とは少しでも借りを作っとけとか言うもんだからさ、仕方なく来てやったんだ」
「……ありがとう」
「言っておくけど、私はあんたの敵だから。気安く話しかけるんじゃねえ」
そう言うとミーサは、そっぽを向いてしまった。ユウナは、それ以上は何も話しかけなかった。そうすると、やがて正彦の研究所がある町に入る。そして、建物が見えた。また帰ってきたのだという、そんな喜びをユウナは味わった。
男がブレーキをかけ、車が停車する。ユウナは降りると、そこはあの研究所の前だった。半年ぶりの景色に、ユウナはその場に立ったまま嬉しさを抱いた。すると、研究所の扉が開く。出てきたのは、真司だった。
「あぁ、やっと来たか」
真司が言うと、ユウナを連れてきた男が車から降りてきた。
「すまんすまん、予想外の渋滞に遭っちゃってさ」
「ったく、しょうがねぇなぁ」
口ぶりから察するに、その男と真司は知り合いらしい。ユウナが不思議そうに見ていると、近くに別の車が止まった。その白い車は、どこかで見覚えがある。するとドアが開き、なんと雅也が降りてきた。それは、雅也の車だったのだ。
「やぁ、遅くなってごめん」
「お前もか。約束は三十分前だぞ?」
真司は、雅也にも注意した。
「そう言うけどねぇ、こっちだって急だったんだぞ?」
「で、お目当ては連れてきたのかよ?」
「うん……、なんとかね。でも、折れてくれるまでにだいぶかかったよ」
雅也がそう言って、後ろをふり返った。そして車の後ろのドアが開き、レイカが降りてきたのだ。それにはユウナも驚きを隠せず、
「え……、鶴ケ崎さん?」
と、呟いた。その直後、研究所の中からミカが飛び出してきた。
「ユウナ〜!」
「ミカ? なんで……」
ユウナは、話についていけなかった。ミカに続いて、アカリも外に出てきて言った。
「ユウナちゃん、無事に来れたんじゃね」
「アカリ、これってどういうこと?」
ユウナがきくと、ミカは答えた。
「これから、教授が詳しい話してくれるって。中入ろ」
三人が中に入ろうとすると、また向こうから別の車が走ってきて、目の前で停車した。それは、悠二郎の車だった。悠二郎が出てくると、
「やぁ、遅れてごめん。兄貴」
と、言った。するとさっきの男が、
「あぁ、俺も今到着したところだ」
そう言うので、ユウナはますます混乱した。たしかに、悠二郎は「兄貴」と口にしたのだ。ユウナは悠二郎のところに走っていくと、
「あの、どういうことですか?」
と、尋ねた。
「あぁ、まだ話してなかったっけ。君を迎えに来てくれたのが、うちの兄貴だ」
それをきいてユウナはふり向き、その男を見た。すると悠二郎の兄、
「まさか、ユウナちゃんの結婚相手が、お前の弟だったとはなぁ」
「お前ってば相変わらずだなぁ。俺も、最近になって知ったんだよ」
そこで、ユウナは先ほど抱いていた疑問について思い出す。
「あの……、皆さんは、どんなご関係なのですか?」
「あ〜、ちょっと話すと長くなるな」
真司は、少し困ったように言うのだった。すると雅也が、
「外はもう寒いからさ、中入って一服入れようよ。みんなも、今日は疲れてるでしょ?」
そう提案するので、皆も賛成した。流石に十二月ともなれば、夜は急激に冷えこむものだ。そこにいた皆は、研究所の中に入った。
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