定食屋は、その日は元クラスメイトたちの貸し切りだった。そして店の戸を潜り、最初に目に入ったのはきれいに彩られた仏壇だった。大輝がまだ中にいる。ユウナはゆっくり、足を前に進める。店には、すでにミカやアカリ、相場もいた。ユウナは前に座ると、仏壇の中にある大輝の遺影を見つめながら、話し始めた。
「大ちゃん、みんな来てるよ。同じクラスになった人たち、部活で一緒だった人たちも、みんな大ちゃんを送り出そうとしてる。だから、安心して。こっちのことは、心配しなくてもいいから。私も、もう十分強いから」
ユウナが大輝に話しかけている最中、全体の約七割の人々が、やはり涙を流している。それでもユウナは泣かず、話し続けた。
「それから、もうひとつきいてほしいことがあるの。知ってると思うけど、私、結婚して、心から愛せる人ができたの。だから、大ちゃんにも、私と同じ幸せを味わってほしかった。それはもう叶わなくなっちゃったけど、でもね、みんな大ちゃんのことが大好きなんだよ。みんな、大ちゃんのために泣いてくれてる。だから、それだけはわかってほしい。時間はかかったけど、私も素直に伝えられるようになったから。だから、安心して見守っててね」
それが皆の涙腺にとどめを刺したのか、号泣する者も現れた。しかし、ユウナは最後に大輝に心配をかけまいと、笑顔を貫いた。その様子を、近くから相場も見守っていた。
その後、クラス会が始まり、皆は談笑しながら食事をした。ユウナは手洗いから戻ってくると、偶然レイカの姿を見つけた。そして、迷わずに声をかける。
「鶴ケ崎さん!」
レイカがふり向くと、ユウナは言った。
「相場君からきいた。相場君に、大ちゃんの代わりに私のことを励ましてあげてくれって、そう言ったんでしょ? 私、嬉しかった。だから……」
ユウナが言いかけると、レイカは言うのだった。
「これであの時の借りは返したわね」
「あの時……?」
ユウナはその言葉をきいて、咄嗟に思い出したことがあった。
『あの時の借りは、いつか必ず返すわ』
「まだ、覚えてたんだ……」
「言ったでしょ? 他人からただ恩を着せられたくないって。それに、私には、あなたに負けてるところがある。それに気づかせてくれたのが、あの人だったから」
「何? 負けてることって……」
「そのくらい、自分で考えなさい」
レイカはそう言うと、店を出ていってしまった。その言葉は時に、ユウナの背中を強く押した。レイカなりに、ユウナを励ましたのだろう。ユウナも、それによって元気を取り戻せたような気がした。
外を歩きながら、レイカも大輝のことを思い出していたのである。
『あの子の勉強、邪魔したくないなら、ちゃんと管理してあげたら?』
『管理?』
『ちょっと誰かが困ってたら、入試がすぐそこにあるにもかかわらず、すぐ世話焼かないようにね。あなたにならできるんじゃない?』
『誰が何言おうと、俺は俺の意志で行動する!』
レイカはふと立ち止まり、夜空を見上げていた。それは、レイカの目にも美しく映ったことは間違いない。
ユウナは席に戻ると、すでにミカが酔っ払っていた。アカリが横で、
「もう、ミカちゃん不謹慎よ」
と言いながら、タオルで机の飲みこぼしを拭いている。千花も、
「はい。てる君、どうぞ」
そう言って、義輝にビールを注いでいる。義輝も今年で二十二歳になり、あと三ヶ月で大学卒業となる。今は、誰とも話せるような雰囲気ではない。ユウナはしばらく百合子に持っていくよう言われたアルバムを見ていたが、
「私、お手洗い行ってくるね」
と言い、また席を立った。
外に出たユウナは、店の前の段差に腰掛けた。しばらく、星たちを眺めていると、後ろから声がかかる。
「姉ちゃん、そんなとこいたら風邪引くぞ?」
ふり向くと、そこには義輝がいた。ユウナを心配して、店から出てきたようだ。
「ごめん、とってもきれいだったから」
「そうだな……」
ユウナが言うと、義輝も上を見上げる。星空は、どこにいても全く違って見えるものだ。しかし、どこから見てもきれいだと改めて思った。そうすると、義輝が話し始める。
「俺、今度イタリアに留学するんだ」
「えっ?」
ユウナには初耳で、少々戸惑ってしまった。それに気づいたのか、義輝は笑いながら、こう話すのだった。
「俺、前にも言ったじゃん? 昔から絵描くの好きだから、デザイナーになりたいって。それを親に話したらさ、いいよって言ってくれた。だから大学卒業したらすぐ、向こうに行くことにした。だから、しばらくは日本に帰ってこれないと思う」
「そう、だったんだ……」
ユウナは、少し寂しそうに呟く。それでも、姉として弟の背中を押してやりたい、そのような気持ちが芽生えた。その時に、大学時代の親友だったリンの存在を思い出す。
『私、やっぱりデザイナー目指そうかと思って』
『あそこなら、そういう学校いろいろあると思うから』
『また会おうね!』
リンは今ごろ、どうしているのだろう。果たして、夢はつかみとれたのだろうか。友達として、そうなっていてほしいとユウナは思うのだった。ユウナは立ち上がる時に、義輝の方を向いて言った。
「イタリアの学校にね、神坂リンって子がいるの。私の、大学時代の親友。もし、向こうでその子に会ったら、伝えてほしい。私は、夢に向かって精一杯頑張ってるって」
その言葉をきき、義輝も笑顔を見せる。
「あぁ、もし会えたら伝えておくよ」
「ありがとう。義輝も、頑張ってね。応援してるから」
「うん、そっちも頑張れよ」
義輝は、笑顔で答えた。ユウナも、嬉しそうに義輝を見つめた。この時、ユウナは予感していたのかもしれない。向こうの地で、義輝とリンが偶然出会うかもしれないことを。今までの経験からも、人はそれぞれ、何かしらの繋がりを持っているものだと感じていた。
「じゃあ、俺はもう戻るけど、風邪引かないうちに来いよ」
「わかってる」
義輝は、先に店の中に入ってしまった。ユウナはその後、しばらくまた空を眺めていた。いくら見つめても、飽きることはない。それを、店の中から見ていた者がいた。
「何してんだ」
ビクッとし、ユウナはまたふり向いた。そこには、相場が立っていたのだ。
「相場君……」
「きれいだな……」
相場もユウナの隣に立つと、星空を見上げながら呟いた。
「そういえば、大輝って大きく輝くって書くんだよな。なんか、羨ましいよ」
「でも、相場君だってかっこいいじゃない、下の名前」
「そうか? 俺的には、古臭いと思うけどな」
それをきいて、ユウナから笑顔が漏れた。相場の下の名前は、「善秀」というのだ。相場の両親は、どんな思いでその名前をつけたのか、ユウナは黙って想像していた。すると、不意に相場の口が開く。
「なぁ、中谷」
「何?」
「俺、迷ってたんだけど、でもお前にはどうしても伝えておきたくてさ……。大輝が死ぬ前、俺、あいつと話したんだよ」
「えっ……?」
ユウナは、不思議そうな眼差しを相場に向ける。すると、相場はユウナに正面を向けた。ユウナもまた、相場と向かい合った。今から、何を話そうというのか。そして、相場が話を始める。
それは、大輝が亡くなる約三ヶ月まで遡る。まだ、一緒に研修に励んでいた時のことだ。休憩時間、相場が水を飲んでいると大輝が近よってきた。相場の隣に腰を下ろすと、大輝は言った。
「お前、異動決まったんだってな」
「あぁ。でも、それでいいと思ってる。何ができるかわかんねえけど」
「お前ならできるよ」
大輝が言うので、相場は大輝の顔を見た。さらに、大輝は続けた。
「もっと自信持てって。今までだって、散々そう言われてきたじゃねえか」
「そうだよな……」
相場も、笑顔で答えた。その次に、大輝から思わぬ言葉が出た。
「そういえば、まだお前に謝ってなかったよな……」
「何の話だ?」
「ほら、お前がユウナをホテルに連れこんだ時さ、俺、お前の事情もきかずに、一方的に責めただろ? 俺、ずっとお前に謝りたかったんだよ。ごめん」
急に大輝からそう言われ、相場は少し動揺した。大輝が相場に謝るのは、初めてのことだった。しかし相場も平然さを取り戻し、こう言った。
「俺の方こそ、ごめん」
「なんでお前が謝るんだよ?」
「お前が怒ったのって、あいつのためだよな? だったら、お前が謝る必要なんてない。全部、俺が悪かったんだ」
すると大輝が立ち上がり、相場の前に立った。相場がそれを見上げると、
「全部自分のせいにすれば、納得するやつはいるかもしれない。でも、俺は納得しない。それは全部お前の自惚れだ。だから、遠慮せずに自分の意見言ってこいよ。俺はあの時とは違う。どんな時でも、どんな事情でも、きいてやるからさ」
と、大輝は言うのだった。
その言葉は、今でも相場の中で鮮明に記憶されていた。言葉だけでなく、波長、表情、すべてが昨日のことのように思い出される。
その話をきいてユウナも、嬉しくなった。たしかにあの時、二人の関係はギクシャクとしていた。まだ、あの時の熱りが冷めていないのではないかと疑っていたが、実際はそうではなかったのだ。ユウナは嬉しさのあまり、涙が出そうになった。
「俺、あいつと知り合ってすごくよかったと思ってる。これから、あいつに恥じないように、俺も生きていく」
相場は、淡々と話した。ユウナも、それをきいて頷いた。その瞬間、相場の顔が曇ったように映った。ユウナは気になり、
「相場君、どうしたの?」
と、尋ねてみた。すると、相場はユウナを見つめながら話すのだ。
「実は、もうひとつきいてほしいことがあるんだ」
「えっ?」
「俺、今度海外に行くことになってさ」
「それって……、留学ってこと?」
ユウナがきくと、相場は答えた。
「いや、違う。今、内戦やってるとこあるよな? そこに、軍隊として派遣されることになったんだ」
それをきいた瞬間、ユウナに嫌な予感が走る。
「相場君……。もしかして、相場君が異動になったところって……」
「自衛隊だよ」
相場は、視線を逸らしながら答える。
「仕方ないんだ。上からの命令には逆らえない。だから、俺は行く」
ユウナは、何も言えなかった。次に、これ以上大切な人を失いたくない、その思いだけが脳裏を支配していく。相場が、
「じゃあな」
と言い、中に入ろうとした瞬間、ユウナは相場の腕をつかんだ。
「行かないで!」
その声は、相場の耳にはっきりと入った。
「相場君までいなくなったら、私どうすればいいの……? あれだけ平和を願って、人を助けたいって思ってた相場君の心は、どこに行ったの?」
ユウナの声は、次第に震えていく。相場は下を向き、何も答えなかった。しばらく沈黙が続いた。そして、相場はユウナの方を向くと、こう言った。
「大丈夫。俺は死なない」
「えっ……?」
「たしかに、向こうは危険だ。でも、俺は必ず生きてみせる。俺の帰りを、待ってくれているやつがいる。そう思えるだけで、頑張れる気がするんだ。だから、俺を信じてほしい。初めて、自信を持って言える。必ず、またここに戻ってくるから」
それをきいて、ユウナはとうとう堪えきれずに涙を零した。嬉しさと不安が入り混じり、何とも言えない気持ちだった。それを察したのか、なんと相場がユウナを抱きしめたのだ。ユウナは焦り、相場に言った。
「あの……、相場君。私今、リア充なんだけど……」
「あぁ、わかってる。でも、そのリア充を悲しませたくないんだ」
相場は言い、ユウナを離した。その目には、涙が滲んでいた。相場も、ずっと我慢していたのだろう。二人は、しばらく見つめ合った。
その後、ユウナは一人で駅に向かった。最終電車の時刻となり、駅の中はしんと静まり返っている。ユウナは、そこで電車が来るのを待った。その時、あの時の相場の顔が頭に浮かんだ。泣いているが、笑顔だった。そしてまた、大輝との思い出が頭の中で繰り返し再生される。
『何かあったら、絶対俺に言えよ。俺が守ってやるから』
『じゃあ、戻ろうぜ』
大輝は、もうどこにもいない。それは、ちゃんと受け入れなければならない。しかし、それを心のどこかで、拒絶している自分がいた。会えない、会いたい……。そのふたつの事象が、交互にユウナの心に現れては消えていく。
ユウナは膝を落とし、声を上げて泣いた。誰かにきかれていたとしても、もはやどうでもよい、そんな気さえした。その上では、流れ星が一筋の線を作っていた。それは時に、涙のようでもあった。
第三十八回「
次回予告
雅也「同盟組まない?」
慎一郎「同盟?」
レイカ「明日帰るわ」
真司「俺はお前とは違うんだよ!」
雅也「お前なんかもう友達じゃない!」
悠二郎「今まで、俺に敬語使ってたのは、彼に遠慮していたからじゃないのか?」
女性「彼、私にこう言ったんです。あなたに、己の生き方を貫いてくれと伝えてくれって」
ユウナ「己の、生き方……」
慎一郎「明日から、俺たち離れていくのかな……」
雅也「何言ってんだ! 俺たちの友情は不滅だ!」
ミカ「ユウナ……?」
ユウナ「私は、この世界を守りたいの!」
「私、大ちゃんにも幸せになってほしかったんです」
次回(第三十九回)
「
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
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中谷優奈
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鶴ケ崎麗菓
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月見里美香
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夢野あかり
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池谷大輝
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相場善秀