2006年10月、ここは東京都のとある公立高校。
「あ〜、今回もランキング載らなかったな〜」
掲示板に張り出された、中間テスト上位者の名前が書かれた紙を見ながら、溜息を吐く者が若干一名いた。高校三年の、鶴ケ崎雅也である。雅也は、国立大学を目指していた。しかし、状況は厳しく、半ば諦め状態だった。その時、雅也の後頭部に衝撃が走る。誰かに、カバンで軽く殴られたみたいだ。
「どうしたんだ、こんなところでボサッと突っ立って。さてはお前、またランキング載れなかったんだな」
「わ、悪かったな! 俺だって、今回こそはって勉強したんだぞ!」
「はいはい、また今度頑張れや。また俺も教えてやるから」
「お前はいいよな、真司。また二位を突き放して一位とか、羨ましいよ」
雅也は、また紙を見上げる。一位のところに、「横大路真司」とある。それを見て真司も、
「まあな……」
と、呟いている。
「やっぱり、天賦の才って言うのかな。俺もそんくらい賢かったら、国立行けるのになぁ」
「ははは、お前が国立? 無理無理」
「な、何だと! 俺だって、本気なんだからな!」
「わかってますって、旦那」
「お前、バカにしてるよな? 絶対、バカにしてるよな!?」
雅也と真司は、互いに啀み合った。それを制するかのように、別の男子生徒からも声がかかった。
「おい、やめろ。お前ら、また喧嘩してんのか? ほんとに、仲がいいんだな」
「仲がいいように見えるか? お前だって、わかって言ってるんだろ?」
雅也は慎一郎の言動に対し、不満な様子で言った。それをきくと、慎一郎は呆れたように言った。
「ったく、しょうがねぇなぁ。お前らはいつもいつも……」
「気が合わねえんだ、それだけは仕方ねえよ」
真司も、そう言っている。その時、チャイムが鳴った。
「おい、お前らそろそろ教室戻るぞ!」
慎一郎は、そう言いながら二人の背中を押した。この三人が初めて出会ったのは、入学して間もないころだった。新しい環境になかなか馴染めず、互いに孤立していた。そんな時、この三人は出会ったのだ。
第三十九回
2019年正月、横大路研究所。京都に雪が降り積もり、外は正月ならではの賑わいを見せているが、ここでは正月を祝う者は一人としていない。皆、ユウナに遠慮して自粛しているのだ。
ユウナは部屋で一人、机に座って大輝のことを思い出していた。年寄りを火災から救うために、大輝は自ら火の中に飛びこみ、そして命を落とした。それは、正義感のある大輝だったからこそ、できたことかもしれない。それならば、褒めてあげるべきではないかと思ったが、ユウナは大輝の訃報をきいて以来、誰とも話そうとしない。魂が抜けたような顔で、ただぼうっと椅子に腰かけていた。
そんなユウナを、皆は心配していた。研究所のリビングには真司や美千子を始め、数人が集まっていた。そこに、悠二郎も入ってきた。雅也が心配そうに、
「どうだった?」
と尋ねると、悠二郎は首を横に振るだけだった。
「話しかけても、返事をするだけで、全然きいてる様子じゃなかった」
「そうか……」
「心配ね……」
真司と美千子も、それぞれに言った。それでも、これは誰もが予想していたことだった。アカネが、
「兎に角、もうちょっと様子を見てみましょう。彼女も、もう少ししたら元気になるかもしれませんので」
と、的確な判断を下した。ヒロインも、
「そうですね。先輩なら、きっと大丈夫ですよ」
と言い、アカネの意見に同調した。その後、皆は解散した。
ユウナはその頃、また大輝のことを思い出していた。
『人助けだっていっても、自分が死んじまったら洒落になんねえからな』
大輝の父親も、人を助けるために命を落としてしまった。もしかしたら、これは必然的なことだったのかもしれない。それでもユウナは、大輝の死をまだ受け入れられないのだ。すると、部屋のドアが開いた。そして中に、悠二郎が入ってきた。
「ユウナ、調子はどう?」
「悠二郎さん……?」
悠二郎は、ユウナの隣に腰を下ろすと、話を切り出した。
「彼、ユウナのこと、とても心配してたからな。俺も、一回しか会ったことなかったけど、それだけはわかったよ」
ユウナは黙ったまま、ただその話をきいていた。さらに、悠二郎は続けた。
「でも……、いつまでも悲しんでたら、彼、安心して成仏できないんじゃないかな。もちろん、ユウナが受け入れたくないのはわかる。けど親友なら、笑って見送ってあげるべきじゃないか? 俺は君みたいに、彼を昔から知ってるわけじゃないけど、なぜかそう思えるんだ」
悠二郎は立ち上がり、
「じゃあ、落ち着いたら出てきて。みんな、ユウナのこと心配してるんだぞ?」
そう言うと、また部屋を出ていった。その時、ユウナは悠二郎の優しさを改めて感じていた。
その頃、リビングでは雅也、真司、慎一郎が残り、話をしていた。
「俺たちも、ずっと迷宮の中だったもんな……」
「何だよ、急に」
雅也が言うので、真司が怪訝そうにきいた。
「あ、いや、べつに。俺らが初めて話した時のこと、思い出してた」
「あれって、たしか入学してから一週間ぐらい後だったよな?」
「最近は忙しくて忘れてたけど、今思えば壮絶だったよな……」
慎一郎と真司も、そう言いながら思い出していた。
三人が互いのことを知ったのは、2004年春のことだった。
「あ、いけね。宿題忘れてきちゃったよ……」
雅也は、現代文の宿題を忘れてきてしまった。すると、隣で同じクラスの男子生徒たちが会話しているのが視界に入る。雅也は、その男子たちに見せてもらおうと声をかけた。
「ねぇ、宿題やってきた? 実は俺、忘れちゃってさ。よかったら、見せてほしいんだけど」
しかし、男子たちからは素っ気ない返事が返ってくるのだった。
「あ、ごめん」
「俺たちも、やってきてなくてさ……」
そして、男子たちは向こうに行ってしまった。しかし、その男子たちはやってきていたのだ。雅也のことをあまりよく知らないが故に、嘘をついたのだ。結局、雅也は罰として教師から別の課題を出されてしまった。雅也は、また深く溜息を吐いた。
放課後、雅也は教室で一人、課題をしていた。しかし、内容が一年生にしては難しく、雅也は頭を掻き毟った。教室には、オレンジ色の夕日が眩しく射しこんでくる。最初から、このようなことがあっては先が思いやられる。雅也には、憂鬱がのしかかっていた。日が暮れ、外は真っ暗になったが、課題は終わっていない。雅也の貧乏揺すりは、だんだんと激しくなっていく。その時、誰かがノートを差し出してきた。集中していた雅也は、教室に人が入ってきたことに気づかなかった。見上げると、そこには真司の姿があった。
「これに、全部書いてる」
「あ、ありがとう……」
雅也は、真司からノートを受け取ると開いた。そこには、わかりやすく文法などがまとめられている。
「へぇ、頭いいんだな……」
雅也は感心しながら、ページをめくる。
「お前、仲良いやついないのかよ」
不意に、真司が尋ねてきた。
「あ……、うん。中学の時一緒だったやつはみんな、ほかのとこ受験してさ。よかったら勉強、教えてくれないか?」
雅也は、真司を見つめた。しかし、真司は言った。
「断る」
「なんでだよ!」
「俺、人に教えるの得意じゃないから」
「冷たいなー。じゃあ、今日だけ教えてくれよ」
雅也がしつこく言うので、真司は仕方なく頷いた。
その後、教室で雅也は真司と話した。
「え、君部活入ってないの? 意外だなー」
「人の顔で判断すんじゃねえよ。それに、特に合いそうな部活がなかったからな」
「じゃ、今度一緒に体験入部できそうな部活探そうぜ。もしかしたら、合うとこ見つかるかもしれないし」
「俺はべつに、部活がやりたくてこの高校来たわけじゃないんだがな……」
「じゃ、なんで来たんだ?」
雅也がきくと、真司は口ごもった。
「俺の父さん、理系大学の教授なんだよ。俺、そこを目指してて、この高校って理系に力入れてるってきいたからさ」
「そっか……。でも、折角だし部活はやった方がいいと思うぞ? だってほら、経験値とか就職で重要になってくるだろ」
雅也は、真司を体験入部に誘った。体験入部といっても、特に決まっていたわけではないが、一人より二人という言葉があるように、雅也も相手を探していたのだ。
次の日の放課後、二人は廊下を歩いていた。
「あ〜、新聞部も将棋部もイメージと違ったな……」
雅也は、メモ帳を見ながら呟いた。
「お前、記者になりたいのか?」
「あ、うん。前から、少し憧れててさ。大学も、そっち方面で考えてるんだよ」
真司の問いかけに、雅也は生き生きと話した。すると、雅也の足がふと止まった。ある教室のドアに貼られた、一枚の紙を眺めている。「友の和同好会」と書かれている。
「ここって、部活かな?」
「でも、怪しくね?」
「でも、一応見ておきたいし」
雅也はそう言って、その部屋のドアを開ける。
「失礼します」
しかし、中には誰もおらず、机と椅子が並べられているだけだった。
「やってないのかな?」
そう言いながら、雅也は中に入った。
「おい、なんか胡散臭いぞ? もっと真面なとこ探そうぜ?」
真司は、不安そうに言った。たしかに、「同好会」と「部活動」は違うのだ。同好会は、部活として承認されているところに比べ、資金が学校から下りない。これは、この高校の制度なのだが、同好会の部員は自腹で資金を出さなければならないのだ。
「戻ろうか……」
雅也がふり返り、真司に言った。そして、二人が部屋から出ようとした時だった。中に、部員らしき生徒が一人入ってきたのだ。
「あれ、もしかして入部希望?」
「あ、いや……」
雅也は困惑したように、その部員を見つめる。その時、あることに気がついた。
「あれ? もしかして、同じクラスの……」
「あ、お前ら……!」
その男子生徒も、二人を見て気づいた。
「あ、いや。ごめんごめん。俺、喜多村慎一郎っていうんだ。最近、申請してさ。まだ、俺以外に部員ゼロなんだ」
「で、何をする部活なんだ?」
真司がきくと、慎一郎は答えた。
「実は、友達作ろうと思って。まだ、活動内容は決めてないけど。よかったら、お前たちも入ってくれよ」
「でもなぁ、内容が決まってないんじゃ……」
「俺、入るよ!」
真司は言いかけると、目を輝かせた雅也が言った。
「おい! 本気なのか?」
「俺も、そういうのに入ってみたかったんだよ。なぁ真司、お前も入ろうぜ!」
雅也は、真司に言った。真司は、仕方なさそうに溜息を吐いた。これが、初めて三人が言葉を交わした瞬間だった。
それから三人は、その部屋で互いに勉強を教え合ったりした。
「え、君って京都人なの?」
雅也が、驚いた様子で慎一郎にきいた。
「あぁ。実家が引越し屋と花道の家元でさ、半分喧嘩別れで家飛び出してきちゃったんだ。どうしても、東京行くんだって。でもいざ来てみると、考えていたのと少し違って……。でも今さら帰れないし。バカだよな、俺」
慎一郎は、苦笑いしながら話した。
「そっか。いろいろ、大変だったんだな」
「俺、昔から親の手伝いばっかりしてたから、友達もあんまいなくてさ。高校入ったら、絶対いろんなやつと仲良くなるんだって、そう決めてたから」
「じゃ、同盟組まない?」
「同盟?」
「そうだ。俺たち三人で、これからいろんなことするんだ! な、いいよな、真司」
雅也が真司の方を見ると、
「好きにしろよ」
と、真司も言うのだった。
「じゃ、今から誓約書作るわ」
雅也は、カバンから一枚の紙を取り出した。そして、その上に「誓約書」と書き、その下に自分の名前を記した。それを真司に渡すと、真司も同じようにサインをした。最後は慎一郎がサインをし、雅也に返した。
「よし、今日から俺たちは同志だ。だから、言いたいことはバンバン言い合おう! 隠し事はNG、禁止だ」
「それ、同じ意味だろ」
雅也に真司がツッコむと、三人は笑っていた。誰とも話せず、それぞれ孤立していた者が集まったことにより、新たな光が生まれたのだ。友達がいないのならば、その者同士で仲良くすればいい。それが、雅也の考えだった。
それから三人はよく一緒に行動をとるようになり、やがて一年が過ぎた。高校二年の夏、部室で真司が落ちこんでいた。それを気にした雅也が、真司に声をかける。
「どうした? 元気がないじゃないか」
「期末の結果が悪かったんだよ。校内順位も、かなり下がった」
真司が言うので、雅也は励まそうとした。
「でも、次また頑張ればいいよ。気持ちを切り替えることが、大事だと思うぞ。俺なんか、しょっちゅう欠点とるから……」
しかし、それが逆に真司の不興を買ったようだ。
「うるせーな、俺はお前とは違うんだよ! わかったら、もう放っておいてくれないか」
「なんだよ、人がせっかく心配してやってるのに!」
「それがお節介だって言ってるんだよ!」
二人は、互いに睨み合った。そこに慎一郎が来ると、すぐに二人の様子がおかしいことに気づく。
「おい、どうしたんだ」
慎一郎は言うが、雅也はきこえていないように真司に言った。
「辛いことがあったら、なんでも相談するって、最初にそう決めたじゃないか。お前も、これにサインしただろ?」
雅也は真司に、一年前に書いた誓約書を見せた。真司もそれを受け取ると、まじまじと眺めていた。
「何でも話すって、そう約束したじゃないか。どんな痛みでも、共有し合ったら、少しは楽になれるだろ?」
「うるせーよ、お前のそういうところが嫌なんだよ!」
そう言うと、真司はその紙を破った。そうすると、ついに雅也も怒り出した。
「何するんだよ!」
雅也が真司につかみかかろうとすると、慎一郎が止めに入る。
「お前なんかもう友達じゃない! 絶交だ!」
「ああ、いいよ。こんな部活でもない同好会、こっちから辞めてやる!」
真司も言うと、その部屋を出ていってしまった。
「待てよ!」
「おい、落ち着け!」
雅也が真司を追いかけようとすると、慎一郎が雅也を強引に椅子に座らせた。それから、雅也は少し頭を冷やした。しばらくして、不意にため息が漏れる。すると雅也に、慎一郎は言った。
「お前の気持ちはよくわかる。けど、あいつにもあいつの事情ってもんがあるんだろ」
「それはわかってるけど……」
雅也もそう言いながら、手で顔を覆った。雅也にも、わかっていたのだ。真司が、本心であんなことを言うはずがないと。雅也は、黙って立ち上がった。
「……俺、謝ってくるよ。あいつに」
そして、真司を追っていった。慎一郎も、黙ってそれを見ていた。これが、雅也の友情を大切にしたいという気持ちの現れだったのだろう。
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