校庭では、野球部やサッカー部などが主に活動を行っている。その様子を、網の外から真司は眺めていた。その後ろから、声がかかる。
「真司!」
ふり向くと、雅也が息を切らしながら真司を見つめている。そして、雅也は真司の隣に立った。
「真司ってさ、スポーツとかやるの?」
突然、雅也がきいてきた。
「べつに……。不得意でもないけどな」
「俺も。体力は人並みにあるって自負してるけど、動き回るのとか好きじゃないからな」
「でも記者になるなら、やっておいて損はないと思うぞ」
「そうかな……」
真司は、雅也と普通に話しているのに気がついたのか、雅也の方を見た。
「あ……、あのさ、雅也……」
「ん?」
「さっきは、ごめんな……。俺、自分のことしか考えてなかった」
真司が謝るので、雅也も答えた。
「あぁ。俺の方こそ、ごめん。励ましてやろうと思ってたら、逆に傷つけちゃった」
すると真司が突然、手を差し出してきた。
「仲直りしようぜ」
それをきいて、雅也も笑顔を取り戻した。
「あぁ!」
そして、二人は互いに手を握り合った。すると近くから、
「おい、ズルいぞ!」
と、別の声がきこえた。見ると、慎一郎が笑いながら二人を見ている。きっと慎一郎も、雅也の後を追ってきたのだろう。それから三人は集まり、互いに笑い合っていた。青春と呼ぶには程遠いかもしれないが、この三人にとっては、それは十分すぎる青春だったのかもしれない。
時は流れ行き、2006年、秋。高校三年になった三人は、同じ帰り道を歩いていた。雅也が空を見上げながら、こう呟いた。
「あ〜、もうすぐ卒業か〜」
「その前に受験があるぞ」
真司が言うので慎一郎も、
「そう言えば、お前らってどこ受けるんだ?」
と、二人に尋ねた。
「俺は、国立は無理でも、まだ狙えるとこはあるから」
雅也は言った。
「真司はどこ受けるんだっけ」
「俺は、父さんの大学。推薦は、もうもらってるから」
「そっか。まだ決めてないのは、俺だけなんだな……」
慎一郎は、少し焦ったように呟いている。
「でも、そろそろ決めないと浪人するぞ?」
「お前も、まだ浪人しないとは決まってないがな」
「なんだと〜」
またいつもの如く、雅也と真司の喧嘩が始まった。すると、真司の携帯が鳴った。真司は、急いでその電話に出た。
「もしもし。あ、母さんですか? どうしましたか?」
二人も、それを少し心配そうに見つめた。
「はい……、はい。わかりました」
真司が電話を切ると、雅也が尋ねた。
「何だって?」
「母さん、今日は遅くなるらしいから、晩飯は俺一人で何とかしてくれってさ」
すると、雅也がこんな提案をした。
「じゃあ、俺らが手伝いに行ってやろうか?」
「は? いいよ、べつに」
「遠慮すんなよ、仲間なんだしな」
慎一郎も、真司に優しく言った。
「お前ら……」
「よし、決定。真司の家にレッツゴー」
雅也は、真司の背中を押した。雅也と慎一郎が笑っているので、真司もそれにつられて笑っていた。こうして、その日は三人一緒に真司宅に帰ることにしたのだった。
三人は横大路家の炬燵に入り、今後を話し合った。
「なぁ、お前ら将来はどこ就職するんだ?」
雅也が、二人に尋ねた。すると、真司が答えた。
「俺は、留学でもしようかな。父さんみたいな、技術者になるためにも、海外のこととか知らなくちゃいけないからな」
「あ、そう。で、慎一郎は?」
「お前、興味ないな……」
雅也に尋ねられ、慎一郎は少し戸惑ったような表情を見せる。それを察したのか、
「さてはお前、まだ将来何になるとか決めてないだろ」
と、雅也が言った。
「俺、将来はやっぱり親父の店継ぐことになるかな」
「けど、ほかにやりたいことないのか?」
真司も、そうきいてくるので、慎一郎はこう話した。
「これ、話すの初めてだと思うけどさ、俺やっぱり、真司と同じ技術者になりたいんだ。そのために、理系に進んだわけだしさ」
「そっか……」
雅也が感心していると、真司は慎一郎に言った。
「じゃあ、俺と同じとこ受けないか?」
「それって、龍山だっけ?」
「あぁ。父さんの学科では、いろんな分野の技術者を育成しているらしい。だから、俺もそこに行くことに決めた。お前も、そこ目指してみないか? お前の頭なら、今からでも遅くないだろ」
それをきいて、慎一郎も納得したような顔をする。
「あぁ! 俺もなんか、楽しみになってきた」
「だろ?」
「おいおい、俺を置いて話を進めるなよ」
雅也も、二人の話になんとかついていこうとした。雅也は文系のため、二年から二人とはクラスが違うのだ。
「あ、ごめんごめん。お前も、頑張れよ」
真司は申し訳程度に、雅也を鼓舞した。その後、三人はまた笑い合った。
「じゃあ、やっと三人の進むべき道が定まったってことか」
「そうなるな」
「明日から、俺たち離れていくのかな……」
最後に慎一郎が呟くと、雅也は立ち上がった。
「何言ってんだ! 俺たちの友情は不滅だ! な、そうだろ?」
それを見た慎一郎と真司も笑顔で、
「あぁ!」
「そうだな」
と言い、立ち上がった。それから三人は、また手を合わせていた。この日々はいつまでも続かないが、それでも今を精一杯生きよう、三人はそう誓ったのだ。
そして、2007年3月。三人は、高校を卒業した。卒業式当日、三人は友の和同好会の元部室に集まっていた。三年間世話になった机や椅子を前に、
「寂しくなるな……」
と、雅也は呟いた。その目には、涙が溜まっている。すると隣にいた真司が、その背中を強く叩いた。
「まったく、泣くなよ。お前らしくないぞ」
「う、うるさいな〜」
すると慎一郎も、
「恋しくなったら、またいつでも集まろうぜ! お互い、落ち着いたらな」
と、提案した。
「あぁ、そうしよう!」
「いつかな!」
二人も、笑顔で答えていた。
そして次の日から、互いの未来に向けて歩き出したのだった。この後、その三人に壮絶な未来が訪れることなど、この時はまだ誰一人として知らなかった。しかしその悲しみは、この出来事があったからこそ、乗り越えられたのかもしれない。
今年で三十を迎えた三人は、ボーッと天井を眺めていた。雅也は、
「あれから、いろんなことがあったよな……」
と、呟いている。雅也は友人を一人失い、真司はアメリカに留学を果たした。慎一郎は、結婚して二人の子を授かった。
「ていうか俺たち、なんでこんなところいるんだろうな」
不意に、真司も呟く。
「途轍もなくでかい夢を抱いていた、あの時の俺たちはどこ行ったんだろな」
慎一郎も、そう言っていた。三人はその後しばらく、沈黙した。すると、不意に部屋の戸が開かれた。中に入ってきたのは、レイカだ。
「レイカ、どうしたの?」
雅也がきくと、レイカは言った。
「私、明日帰るわ」
「どこに?」
「家に決まってるじゃない。なんでこんなとこいるのか、自分でもわからないし」
「でも、お前も彼女たちに協力するんだろ? ここに来る時、そう言ったじゃないか」
雅也は説得しようとするが、レイカが言った。
「だって、みんな何もしてないじゃない。私だって、暇じゃないのよ?」
レイカが出ていこうとすると、雅也が呼び止めた。
「ユウナちゃんなら、もうすぐ元気になるから」
「……なんでそんなことが言えるの?」
レイカはふり向き、雅也にきいた。
「わからないけど……、そんな気がするんだ。彼女、どんな時でも一生懸命だから。流石に俺でも、そのくらいわかるよ。何があっても、どんなことに悩まされても、背を向けず、頑張ってきたんだ。それだけは、お前だってわかってるだろ?」
雅也が言うので、レイカは黙って部屋を出た。自分の部屋まで戻ると、座りこんで考えていた。レイカにも、それはわかっていた。たしかに、ユウナは何事に対しても一生懸命だ。たとえ自分の得にならないことであっても、誰かのために真剣になっていた。しかし、レイカはどうしてもユウナのことが気に入らなかった。ユウナのことを認めてしまうなら、それは今まで面倒事から逃げ続けてきた自分を認めることに等しいからだ。
レイカは一人、心の中でそのような葛藤を抱き続けていた。
それからさらに数日が過ぎても、ユウナの心は晴れなかった。ユウナはこの日も、机に突っ伏して、写真を眺めていた。そこには、幼き頃の大輝と自分が写っていた。すると、また部屋のドアが開いた。中には、ミカとアカリが入ってきた。
「ユウナ、大丈夫?」
「ユウナちゃん?」
二人は、心配そうにユウナに話しかける。
「うん、大丈夫」
「あのさ、美味しいお菓子があるんだけど、食べに来ない?」
「とっても美味しかったけん!」
二人が言っても、ユウナはこう答えるのだった。
「ごめん。みんなで食べてて。私は、いらないから。ありがとう」
それをきき、二人は心配そうにしばらく顔を見合わせたあと、部屋を出ていった。研究所では、ずっとこんな日々が続いていたのだ。もはや、ここにいる意味すらわからない。そんな日々の繰り返しだった。
そんな中、研究所を訪れた謎の女性がいた。この女性が、これからユウナの運命を再び変えてくれるのである。
インターホンの音をきき、美千子が出た。
「は〜い、どなた〜?」
美千子が戸を開けると、そこには七十代前後の年老いた女性が立っている。その女性は、丁寧に頭を下げた。
ユウナはその頃、布団の上にいた。その日も、朝から何もする気が起きず、ただ部屋を暗くしていた。すると、ドアが開いて悠二郎が入ってきた。
「ユウナ、お客さんが来てる」
「お客さん……?」
「あぁ、どうしても君に会いたいんだって」
悠二郎の話をきいて、ユウナはその客人のいる部屋に行った。戸を開けると、ユウナを見た女性は立ち上がった。
「あなたが……」
「あの、どちら様ですか?」
ユウナが不審がっていると、その女性は笑顔で答えた。
「私、あなたのお友達に命を助けられたんです」
それをきいたユウナは、すぐにわかった。あの時、大輝が救った人だと。美千子はテーブルに茶を置きながら、
「わざわざ、調べて来てくださったんですって」
と、言うのだ。ユウナは、その女性の前の席に座った。その女性はユウナの顔を見つめながら、こう話し始めるのだった。
「その人のお葬式の時、話すべきでしたけど、見つけられなくて……。大輝君……、っていったかしら。私、訓練生に食事を提供する係でしたの。でも厨房が火事になって、逃げ遅れた私を、彼が助けてくれたんです。それで、全身に火傷を負った彼の入院している病院にお見舞いに行きました。その時には意識もあって、少しお話しできました。その時、あなたの連絡先を渡されて……。俺に何かあったら、会って、伝えてくれって頼まれたんです」
その話は本当の話なのだと、女性の表情からも読み取れた。ユウナは、黙ってその話をきいていた。
「今になって、申し訳ありません。ですが、これだけは伝えたいと思って……。彼、私にこう言ったんです。あなたに、己の生き方を貫いてくれと伝えてくれって」
「己の、生き方……」
ユウナは無表情のまま呟くと、自然にまた涙が流れてきた。そして、ユウナは手で自分の口を押さえた。大輝は、最後まで自分のことを心配してくれていたのだ。それを思うと、少し嬉しかった。いつまでも悲しむなという、大輝からのメッセージだったのだろうか。ユウナはそう思いながら涙を拭い、
「ありがとうございます。わざわざ来ていただいて」
と、女性に笑顔を見せた。
「最後まで、自分の生き方を貫いたのは、彼だったのかもしれませんね」
ユウナが言うと、女性も微笑していた。ユウナは、それを見て決心した。いつまでも、悲しんでなどいられない。今は、目の前のことに取り組まねばいけない。
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