研究所に着くと、ユウナたちは真っ先にメールのことを、正彦に報告した。話をきいた正彦は難しい顔をし、しばらく間を置いたあとにこう言うのだった。
「まぁ、気にすることはないと思う」
「でももし、万が一のことがあれば……」
「いや、あとは私で調べておくよ。ありがとう」
そう言うと、正彦は立ち上がった。
「では、また明日から続きを頼む」
正彦が言うので、
「はい」
と、ユウナたちは返事をした。正彦の役に立ちたい、それだけを考えて予定より早くに帰ってきたのだ。
翌日、正彦は部屋に皆を集めた。
「では、本日の作業に取りかかる。アカネ君はレア・テミスに、ユウナ君はオケアーノ、アカリ君はクローノスにそれぞれ行ってくれ。そして、ミカ君とレイカ君はちょっと私について来てもらえるか」
正彦は、それぞれに指示を出した。その話をきき、ミカは不思議な顔をする。ユウナも、なぜこの二人なのかと、少しの疑問を抱いていた。
それでもユウナは、正彦に指定されたダンジョンに行き、そこで自分のモンスターを敵と戦わせ、そして攻略に努めた。敵モンスターは「リヴァイアサン」という名で、とても強力なモンスターだ。ユウナはコンボを上手く使い、苦戦しつつもそれを倒した。
一方、アカリとアカネも、それぞれにダンジョンを攻略していた。
さらにその一方では、ミカとレイカは正彦によって、SPのある場所に連れてこられた。そこは、物置のような場所だった。すると正彦は、倉庫からあるものを取り出してきた。それはバイクのような形をしているが、車輪が付いていない。
「何ですか、それ?」
ミカが尋ねると、正彦は答えた。
「これは、ダンジョン攻略に役に立つようにと、私が開発したものだ」
「これが?」
ミカは、怪訝そうな顔をする。いったい、何に役立つのか見当もつかない。そして正彦が、さらに説明を加える。
「ダンジョンの中には、マグマや絶対零度など、人が生身で入れば危険なところもいくつか存在する。だが、それがあれば大丈夫というわけだ。是非、乗ってみてくれたまえ」
すると、レイカは言った。
「どうでもいいけど、私これから用事あるから、早くしてくれるかしら」
「でも、これどうやって使うの? 普通に乗ればいいわけ?」
ミカもそう言いながら、それに跨った。正彦はそれを見ると、
「では、電源を入れてみてくれ。そこの、赤いボタンだ」
と言った。見ると、ハンドルのすぐ下に赤色のボタンがある。ミカは、そこを押した。すると、低い音とともにエンジンがかかり、宙に浮いた。それにはミカも驚き、
「何これ、すごい!」
と、声を上げる。レイカも、それを特に表情を変えずに見ていた。さらに正彦が、
「因みに、これには様々な機能が付いている。今度は、真ん中の青いボタンを押してくれないか」
そう言うので、ミカは言われた通り青いボタンを押した。しかし、何も変わった様子は見られない。
「何も変わらないけど?」
「いや、そいつの周りに、目に見えないシールドが張られたんだ」
正彦の言葉をきき、ミカは自分の周りを触って確かめる。すると、正彦の言った通り、見えない何かがその機械の周りを覆っていた。
「すごい! これって、バリアーじゃん!」
「何興奮してんのよ、小学生じゃあるまいし」
「だって、すごくない? こんなの、普通の人にはできないよ!」
レイカの煽りも、この時のミカには関係なかった。まさに、ここまで来たかという気持ちでいっぱいだったのかもしれない。最後に、正彦は言った。
「君たちはこれに乗って、攻略を進めてくれないか。因みに、名前は‘万能太郎くん’だ」
『ダサッ』
偶然にも、ミカとレイカの声が重なった。それを感じ、思わず二人は互いの顔を見る。気の合わない二人だが、実のところ気が合うのかもしれない。
その後、レイカも「万能太郎くん」に乗って、SPの中を探索していた。隣でミカが、未だに感動しているのか、こんなことを言っている。
「ほんとすごいよね〜、あの人。もしかしたら、常識なんて通用しないのかも」
「何よ、今さら」
「でも、普通にすごくない? こんなの、生きてる間に乗れるなんて思ってもみなかったよ。これからよろしくね〜、キー太」
ミカは、万能太郎くんを撫でながら言った。
「誰よそれ」
「ほら、ここに鍵があるでしょ?」
ミカは、そう言いながら指差した。たしかに、ボタンの近くに鍵がついている。正彦のつけた名前が「ダサい」ため、ミカは自分なりの呼び方を決めたのだ。スピードもかなりのものであり、どんどんと周りの景色が流れていく。二人は森を抜け、ダンジョンの中に入った。それに乗りながら、スマホを操作しなければならないため、器用でなければならないのだ。そのため、正彦はこの二人を選んだのだろう。
敵が目の前に現れると、ミカがまずモンスターを召喚し、そして攻撃を指示する。レイカも続いて、モンスターを召喚した。スピードに逆らわず、一瞬で敵を片付ける。最後のボス戦の時も、二人はそれぞれのモンスターを使い、瞬殺した。
そして二人は、スピードを緩めることなく突き進み、やがてダンジョンを抜けた。
「ふぅ……。なんか、呆気なかったね」
ミカはダンジョンの方をふり返りながら、レイカに言った。レイカも疲れた表情で、
「結局、付き合っちゃったじゃない」
と言うので、ミカは言った。
「でも、あんた結構やるじゃない。ゲームとか、興味ないと思ってたけど」
「見た目で決めつけないでほしいわ。まぁ、あなたにはわからないでしょうけど」
「はいはい、わかりませんよ〜」
ミカも、そう言って流した。レイカも、ようやくこの世界に馴染めてきたのだろうか。役に立たない、得にならない、そればかり考えてきた。だが、そこに楽しみもある。それがわかると、意味がなくても夢中になってしまうものだ。レイカも、それは同じだったのかもしれない。
一方、ユウナはアカリとともに研究室に戻ってきていた。
「今日も、面白かったね〜」
「うん」
「あれ、ミカちゃんたち、まだ帰って来とらんみたいやね」
アカリは、セイントドアを潜ると部屋を見渡しながら言った。ユウナもそれを見て、
「先に部屋、行ってようか」
と言うとアカリも、
「そうやね」
そう答え、二人は先に部屋へ戻ることにした。その時、部屋のドアが思いきり開かれた。中に入ってきたのは、悠二郎だ。ユウナも、驚いた目で悠二郎に尋ねる。
「ど、どうしたの?」
「ユウナ、ちょっと来てくれるか?」
悠二郎が言うので、ユウナは嫌な予感を施した。そして、悠二郎についていった。
ある部屋まで来ると、悠二郎がドアを開ける。そこは、研究所の応接室だ。中に入ると、ユウナは目を疑った。部屋で座っていたのは、悠二郎の姉・千年だったからだ。
「お姉さん……」
見ると、その部屋にもう一人、慎一郎もいた。姉弟揃って、何を話していたのだろうかと、ユウナは気になった。悠二郎に促され、ユウナは千年の前の席に座った。その隣に、悠二郎も座る。ユウナは千年を見つめるが、千年はなかなか口を開こうとはしない。
「おい、何しに来たんだ。早く話せよ。ユウナも、暇じゃないんだから」
悠二郎が、千年に言った。
「あ、いいんです。私は……」
ユウナも言おうとすると、千年が話し始めた。
「私な……」
「えっ?」
ユウナは、千年の顔を見た。何か、恥ずかしげな表情だ。そして、千年は言った。
「私、子供できたんよ」
見ると、千年は自分の腹の辺りを触っている。それをきいたユウナは顔を輝かせ、
「そうなんですか? おめでとうございます!」
と、祝いの言葉を述べた。それにしても、結婚したのが三ヶ月ほど前なのに、もう子供ができたというのは、かなり早い。それでも、目出度いことに変わりはない。ユウナも、我が事のように嬉しかった。
「それだけじゃないだろ?」
悠二郎は、千年にそう言うのだ。千年は頷き、ユウナを見て続ける。
「うちが、こうして子を授かったんは……、思い返せばあんたのおかげやなぁって思って」
「私の……?」
ユウナが尋ねると、千年はまた頷く。
「あんたが、お母様を説得してくれた。だから、うちは今こうして、幸せな日々を送れてる。全部、あんたのおかげやねんで? 今日は、それを言いたくて……」
「でも、お姉さんの意志がお義母さんに通じたから……」
「ううん。私一人やったら、お母様は諾かへんかったと思う。せやから、これだけは伝えようと思ってたのに、急におらんようになんねんもん」
千年はユウナを見つめながら、
「ありがとう」
と、言うのだった。その言葉は、ユウナの心の奥にまで響いた。それにしても、なぜ今になって言おうと思ったのだろう。そう思っていると、悠二郎が付け加える。
「俺が言えって言ったんだよ。ずっと、後悔してたみたいだったからさ。自分の口から、伝えた方がいいって」
「そうだったんですか……」
ユウナも顔を上げ、千年に言った。
「私も、ずっとお姉さんにお礼を言いたかったんです」
「えっ?」
「活け花を教わったりしたので。あんな体験、もう二度とできないと思いますし」
すると、千年は言った。
「そうやな……。まぁ、最終的にうちの足元にも及ばへんかったけどな」
それをきいた悠二郎たちは、笑い出した。それにつられて、ユウナと千年も笑っていた。幸せは、そこら中に転がっている。そう思えた瞬間でもあった。
「それで、姉貴はこれからどうするんだ?」
次に、慎一郎が千年に尋ねる。
「家元は、うちが継ぐことになってる」
「でも、大丈夫なのか?」
「うん。ちゃんと両立するからって話したら、お母様もすぐに納得してくれたし」
千年が言うのをきいて、ユウナも安心した。千年も、以前のような葛藤がなくなって、ホッとしているのだろう。他人のユウナから見ても、それがわかるような、穏やかな表情だった。
その後、ユウナは千年を見送りに出た。千年が、
「じゃあ、あの子らのこと、よろしくな」
と言うので、
「あの子ら?」
ユウナは、そう尋ねた。
「うちの弟。二人とも、気が利かんところあるから、ちゃんと面倒みたってや!」
「はい!」
千年の言葉に、ユウナも笑顔で答えると、千年は嬉しそうに背を向ける。その時に、
「あの!」
と、ユウナは千年を呼び止めた。千年もそれをきき、ふり向いた。
「何やの?」
「あ、あの……。私が、ここの研究所に戻る時、お母様たちの気を逸らすのに、協力してくださったとききました。それについて、まだお礼が言えてなくて……」
「ええよ」
「えっ」
ユウナは、千年を見つめた。千年は笑顔のまま、
「うちは、あんたをうちみたいにしたくなかっただけ。じゃ」
と言うと再び背を向け、駅の方へ向けて歩き出した。ユウナは、それがどういう意味かわからなかった。でも、なぜだか嬉しくもあった。ユウナは、千年が見えなくなるまで、研究所の前に立って見送っていた。
その夜、ユウナは寝室で悠二郎と話をした。
「今日は、びっくりしただろ。急に、姉貴が現れて」
「うん。でも、嬉しかった。お姉さん、とってもいい表情してたから」
笑顔で話すユウナを見て、悠二郎も笑っていた。すると悠二郎は、ユウナにこんな話を始めるのだった。
「そういえばさ、なんで姉貴や母さんが京都弁なのに、俺と兄貴が標準語なのかって考えたことある?」
「え、あんまり……」
ユウナが答えると、悠二郎は立ち上がり、窓の前に立つとカーテンを開けた。悠二郎は外の景色を眺めながら、こう話し始める。
「俺の家系ではさ、基本男の兄弟は父親が面倒見るって決まってるんだよ。でもまだ俺が小さい時、お父さんが忙しくてさ。教育係を雇って、その人が兄貴や俺の面倒みてくれてたんだ。最初は兄貴の方を世話してたんだけど、俺が生まれて、二人同時に世話することになったんだ。だけどその人、急に辞めちゃって。兄貴が中学生で、俺が小学生。詳しい理由はきいてないけど、親が病気になったんだって。だから、別の職を探してたみたい」
悠二郎が言い終えると、またカーテンを閉めた。そして、再びユウナのところに戻ってくると、
「その人が、関東出身だったから、俺も兄貴も、そっちの方に愛着持っちゃって、だから関西弁はあんまし喋らないんだ」
と、言った。ユウナが黙っているのを見て悠二郎が、
「どうした?」
そうきくと、ユウナは答えた。
「なんか、知らないことばかりあるなと思って……」
「そりゃ、人の過去をいちいち生まれた時から話してたら、キリがないからね」
「でも、悠二郎さんがもし、関西弁を話してたら、ちょっと印象が変わってたかも……」
「ハハ、そうだよな」
悠二郎も、ユウナの言葉をきいて笑っていた。そして、
「よし、そろそろ寝るか」
と言いながら立ち上がると、悠二郎は電気を消した。二人は互いに横になると、悠二郎がまた、ユウナに話しかけてきた。
「ユウナはさ、あの人のどこに惹かれたの?」
急なことをきかれ、ユウナは思わずきき返した。
「あの人?」
「うん。教授のこと」
悠二郎は、正彦の何に惹かれたのかときいていたのだ。ユウナは、しばらく考えた。今思い返せば、それこそキリがない。
「私が初めて教授に会ったのは、小学生の時だったの」
「え? そんなに前だったの?」
「うん。お母さんに頼まれて、商店街の福引きに行ってきたの。そうしたら、そこに教授がいて、なぜか何枚も福引券を持ってて……。その余った券を、小さかった私にくれたの」
ユウナは、あの時の光景を思い出した。正彦は笑いながら、ユウナの頭を撫でていた。あれが、すべての始まりだったのだ。
「その券で私、一等を当てることができたの。だから、もしかしたらゲームの世界に興味を持ったのも、教授のおかげなのかなって思って……」
「だから、あんなに真剣なんだな……」
悠二郎は、感心しているようだ。今まで、そこまで深く考えたことはない。しかし今日初めて、そう思えたのだ。あの出会いが、自分を変えてくれた。そしてユウナはこの日、いつもより穏やかな気持ちで夢の中に入った。
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