「危ない!」
そう言いながら、フギンはミカに覆いかぶさった。近くの火山が噴火し、地響きがSPに響いた。モンスターたちが、激しく逃げ惑う。
一方、その波動は正彦の研究所にも届いた。衝撃波を感じ、SPへの入り口が遮断されたのだ。そして戻って来たユウナに、アカリが告げる。
「ミカちゃんが、SPの中に閉じこめられたみたい」
「ミカ、ミカ!」
ユウナはセイントドアを叩きながら、中に呼びかけたが、返答はない。ユウナは、不安を抑えきれなくなった。
ミカは目を開けた。目の前には、空が広がっている。ふと横を見ると、フギンが倒れていた。ミカは起き上がると、それとほぼ同時にフギンも起き上がって言った。
「大丈夫か?」
「うん……」
噴火は治まり、周りは静かだった。何が起きたのか、ミカは記憶を手繰り寄せる。あの時、フギンは自分を助けてくれたのだ。
「ひょっとして……、助けてくれたの?」
ミカが、フギンに尋ねた。フギンも遠くを目にしながら、
「SPの出入り口が遮断されたみたいだ。このままじゃ、現実世界には帰れないな。もうちょい様子見るか」
と、言っている。そして立ち上がり、ミカに告げた。
「じゃあ、回復するまでここにいるんだぞ」
「ちょっ、もう行っちゃうの?」
「あぁ。さっきの噴火も、オヤジが仕向けたことかもしれないからな。戻って、確かめてみる必要がある。じゃあな」
フギンが笛を吹く前に、プテラドスがこちらに飛んできた。
「おぉ……、早いな」
フギンは呟くと、プテラドスに乗った。そして、城の方に向けて飛んでいってしまった。ミカは、呆然とその様子を見つめていた。フギンの体に触れた時、ミカはこれまで以上に胸が熱くなった。やはり、自分にはもう誤魔化すことはできないのだろう。ミカは、そう悟っていた。
数十分後、障害が回復し、セイントドアが開いた。それと同時に、ユウナたちがSPに駆けこんできた。ユウナは座っているミカを見つけ、
「ミカ!」
と、呼びかけながら駆けよった。
「ユウナ……」
「よかった!」
ユウナは、泣きそうになりながらミカに抱きついた。ミカもユウナの気持ちを察し、
「ごめんね……」
と言った。ユウナは離れ、ミカを見つめた。その顔を見ると、ミカもユウナがどれほど心配していたのか、一目でわかった。そして申し訳ないと思う反面、安心したのだった。
第四十二回
部屋に戻ったユウナたちは、正彦に状況を確かめた。すると、正彦は言った。
「詳しいことはまだわからないが、恐らく誰かが意図的にやったのだろう」
「あそこには、ダンジョンが設置されてるんですよね?」
ヒロインがきくと、
「あぁ。様子を見に行くべきだが、現在はそのエリア周辺がシャットダウンされている。言わば、ユーザーが入れない状態だ」
そう正彦は言うのだった。それをきいてユウナも、
「そんな……」
と、呟いていた。様子を見に行けないとなると、中のモンスターたちが心配だ。誰かが意図的に行ったとすれば、考えられるのはサタールしかいない。サタールはなぜ、このようなことを続けるのだろうか。SPを潰したところで、サタールには何の特にもならないはずなのに、ユウナはその心理が理解できなかった。やはり、それほどまでに正彦のことを恨んでいるということだろう。ユウナがそんなことを考えていると、不意に正彦から声をかけられる。
「ユウナ君、どうかしたのか?」
「あ、いえ。何でもありません」
ユウナは答えると、部屋を出ていった。
部屋に戻り、これからのことを考えた。もうすぐ、子どもが生まれる。正彦が指揮する今回のプロジェクトが、これから生まれてくる子どもに、悪い影響を与えないという保証はどこにもない。それにより、ユウナは真剣に考えた。自分は産休を取り、あとのことはミカやアカリに任せることが得策だ。幸い、今までもアカネがちゃんと指揮を執ってくれていた。子どものためにも、今は産むことに専念すべきだろう。
その時、ドアが開いて悠二郎が中に入ってきた。
「ユウナ。調子はどう?」
「うん、平気。そっちは? お仕事、あるんでしょ?」
「あぁ、早退してきた。ユウナのことが心配だったから……」
「ごめん……」
「いいって」
ユウナが謝ると、そう言いながら悠二郎も隣に座った。そして、悠二郎はいつものように笑顔を見せた。その笑顔に、何度助けられたか知れない。それを見ると、ユウナも少し元気を取り戻せたような気がした。
「私……、これからどうしたらいいかな……」
「何が?」
「これからが大変な時期なのに、私だけ結婚して、子ども作って……」
ユウナが言うので悠二郎は呆れたように、
「何言ってんだ。それでいいじゃないか。自分だけ何とかって言ってたら、きりがないぞ? みんなも、それはわかってると思う。だから、お前を受け入れてくれてるんだ」
と、言った。
「悠ちゃん……」
「だから、元気な子を産んでくれよ」
悠二郎はまた、笑顔で言った。そして、ユウナの腹に触れた。すると、ユウナも嬉しくなって、その手に触れた。次の瞬間、二人はまるで心で会話するかのように見つめ合った。幸せはいつでも目の前にある、そう思えた瞬間だった。その時、部屋の電気が突然消えた。悠二郎は、
「停電か?」
と言い、立ち上がってカーテンを開けた。するとユウナは、安易に想像がついた。これは、ただの停電ではない。前に一度、同じような出来事があった。あれは大学時代、リンと一緒に授業を受けていた時だった。大学周辺の電気が突然、消えたのだ。
ユウナは立ち上がり、部屋を出た。再び正彦の研究室に戻ると、正彦に尋ねる。
「教授、何があったんですか?」
すると、正彦は答えた。
「また、SP内の火山が噴火したんだ」
「えっ……」
そしてアカネもまた、こう付け加える。
「それも、さっきのやつとは規模が違い過ぎる。このままじゃ、ダンジョンを全部クリアする前に……」
「そんな……!」
停電を不自然に思ってか、真司と慎一郎も部屋に入ってきた。
「お父さん、SPの様子は?」
「それが、またログインエラーが出ている。恐らく、これも奴らの仕業だろう」
「やっぱり、しばらく中には入れないか……」
慎一郎も、真顔で呟く。しかし、ユウナはどうしても原因をつき止めたかった。
「あの、教授」
「ん、何だ?」
「私を、そこへ行かせてください」
「何?」
正彦は、怪訝そうな顔できいた。ユウナの希望は、実際に火山に近づいて原因を調べることだ。それには流石の正彦も、簡単には頷けない。
「もう少し、私に任せてくれないか。それに、何があるかわからない。君は、今は自分の体のことを気にかけたまえ」
正彦も、ユウナが妊娠していることは知っている。それ故に、ユウナの体のことを気にしているのだろう。ユウナも、それには従うしかなかった。もしもユウナに何かあれば、中にいる胎児も危険に晒されることになるからだ。
ユウナは、悠二郎のいる部屋に戻った。
「どうだった?」
悠二郎に尋ねられ、ユウナは答えた。
「また、一時的なログインエラーが起きてるって。それも、さっきのエラーよりも長引きそうだって……」
「そっか……」
悠二郎が呟いていると、横に座ったユウナが言った。
「でも私、すごく心配なの。早く原因をつき止めて、教授たちを安心させたいの」
その言葉をきき、悠二郎はユウナの手を強く握った。
「大丈夫。あの人なら、きっと解明してくれる。今は、それを信じよう」
「悠ちゃん……?」
ユウナが悠二郎の顔を見ると、悠二郎もまた頷いた。そうすると、ユウナの心は自然に落ち着きを取り戻していった。その後、ユウナは悠二郎の肩に寄り添っていた。
その頃、サタールは部屋にフギンとミーサを呼んだ。
「奴らが未攻略のダンジョンをいくつか封鎖した。これにより、我らの計画が本格始動される時が来たのだ。今、研究者たちが宝玉のありかを探っているところだ」
「宝玉?」
フギンが尋ねると、サタールは答えた。
「このSPのどこかに、五つの巨大な宝玉がある。それぞれの属性を持ち、そこには剣が封印してある。それをすべて回収するのだ」
「その剣とやらを回収して、いったいどうするんだ?」
今度は、ミーサが尋ねた。それについても、サタールは答えた。
「それぞれの剣が五つ集まれば、黄金の剣が生成されるという。それを手にした者が、この世界の支配者となれるのだ」
「で、誰がそう設定したんだよ?」
「……私だ」
「なんでそんなまどろっこしいことしたんだ? 簡単に、その黄金の剣を生成しちゃえばいいじゃん」
フギンもミーサも、呆れている。しかし、サタールはこう言うのだ。
「これは、私から奴らへの最後の挑戦状だ。そのゲームに勝ったものが、このSPを支配できる。奴らのところには、すでにメールを送っている。これからが、本番だ」
サタールがニヤリと笑うのを見て、二人は顔を見合わせていた。サタールからのメールは、正彦のところに届けられていた。
ユウナたちは、正彦の研究室に集められた。ユウナ含む五人は、「フィフス・フォリア」という戦士としての称号をもらい、それぞれの呼称で呼ばれることになったが、誰がどの称号をもらうかはまだ決まっていなかった。
「SPに宝玉を設置し、そこにそれぞれの剣を隠した。それらをすべて見つけ、黄金の剣を手にした者だけが、この世界の支配者となれる……」
正彦が、皆の前でメールを読み上げた。それには、皆もわからないといった表情をし、互いに顔を見合わせていた。しかし正彦だけは冷静に、
「きっと、これはやつから仕かけられたゲームだろう」
と、言うのだ。
「ゲーム……」
ユウナも呟くと、正彦は続けた。
「皆で手分けして、その宝玉を見つけてほしい。もしここに書かれていることが本当だとしたら、セインツ・パラダイスを救うにはそれしかないと考えている」
「でも……、どこにあるんですか?」
部屋にいたヒロインが尋ねた。それについて、正彦は俯くと横に首を振る。正彦ですらわからないのに、自分たちに見つけることなどできるのだろうかと、ユウナは内心不安に思った。すると、正彦が言った。
「しかし未攻略のダンジョンが封鎖されてしまった以上、もはやこれしかあの世界を守る方法がない。皆、明日までに考えてきてくれ。では、今日はこれにて解散とする」
皆はいつも以上に、不安そうな顔をして部屋から出ていった。ユウナは、しばらくその場を動くことができなかった。次から次へと、問題が降り積もっていく。対処しようにも、対処が追いつかない。
その時、誰かがポンとユウナの肩に手を置いた。
「アカネさん……」
それは、アカネだったのだ。アカネはユウナを見ると、
「大丈夫。あとは、うちらだけで何とかするから。あんたは、ちゃんと休んでな」
と、優しく言ってくれた。
「でも……」
それでもユウナは、正彦やSPのことが心配でならなかった。
「あんたの気持ちはようわかる。一回生のころから、ずっと手伝ってきてくれたんやもんな。でも、これはあんただけの問題じゃない。ちゃんと相手と今後のこと話して、それで納得してくれたらいつでも戻ってきていいから。お腹にいる子にも、負担をかけるようなことはしたらあかん」
「アカネさん……」
「大丈夫。みんな、あんたのこと心配してるから。それだけは、嘘と違う」
「はい……」
ユウナは何気に前を向くと、まだ部屋に残っていたヒロインや真司、そして正彦もユウナのことを見つめている。それを見ると、ユウナは心が温まる感覚を味わった。今度は、自分が心配される番なのかもしれない。そう思えたのだ。そしてユウナは、
「ありがとうございます」
と、アカネに礼を言った。すると、正彦がユウナに近づいてきて、
「今、君にとって最も大切なことは、休むことだ。どうか、こっちのことは気にしないでいてくれ」
そう言うのだった。
「……わかりました」
それをきいて、正彦も嬉しそうに頷いた。こんなに自分のことを考えてくれる正彦たちに、これ以上心配をかけるわけにはいかない。今はSPのことは忘れ、休養に専念しようとユウナは思った。元気な子を産んで、また帰って来ればいい。ユウナはしばらくの間、これからのことはアカネたちに託すことにした。
その後、ユウナは研究所の外に出て風に当たった。壁にもたれかかるように座り、ふと空を見上げた。雲が忙しなく流れていく。この時、またSPの空を思い出した。決心したばかりなのに、どうしても思い出してしまうのだ。しかし、こんな状態で子を産むわけにはいかない。悠二郎、そしてこれから生まれてくる自分の子に申し訳がない。どうすればよいか、本気でわからなくなっていった。その時、
「よう、こんなとこで何してんだ?」
と、きき覚えのある声がする。ユウナは上を見上げると、そこには真宏が立っていた。
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