パズル&ドラゴンズ~もうひとつの旅~   作:葉之和 駆刃

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第3話 母の贖罪~マザー・エクスピエイト~(その弐)

 そのまま家に帰ると、ユウナはノートを開いた。微分や積分、関数といった表やグラフが目につく。体育祭が終われば、中間テストまであと一週間となる。ユウナは幸い、部活はやっていなかったが、多少の焦りはあった。理系クラスは数学以外にも物理や化学といった教科が主要となってくる。それを理解するには、授業だけだと到底足りなかった。だから皆、二、三週間前からテスト勉強を始めなければならなかった。部活をやっているともっと悲惨で、ユウナが通う高校の部活動は一週間前でも普通に活動しているところが多く、特に運動部がその類である。テスト期間になるとオフのところがほとんどだが、試合や大会が近かったりすると、中には活動している部活もある。

 ユウナはまだいい方だったが、時間というものは時として恐ろしいほど短く感じるものだ。今日習ったところを復習し、さぁ始めようとした瞬間。母が一階から、夕食だとユウナを呼ぶのだった。時計を見ると、もうすでに七時を回っている。この日は、ミカたちとコンボ祭りで遊んでいたため、帰宅するのが一時間以上遅かった。しかし、それでも時間が過ぎるのが早く感じられた。

 

 この日も父の帰りが遅かったため、母と弟と三人で夕飯をとった。急いでそれを済ませ、片付けも終わると、また急いで二階に上がった。そして、再び机に向かう。

 ユウナは、かなり焦っていた。周りがどんどん志望校を見つけ、勉強に専念しているからだ。ユウナは、自分が本当にやりたいことが何かわからず、一人で悩んでいた。もうすぐ公募入試の募集が始まるというのに、これからどうしていいのかわからない。こればかりは、最後に決めるのは自分自身なので、誰かに頼るということはできなかった。

 

 あっという間に十時となり、その日は風呂に入って寝ることにした。ユウナは今まで、遅刻したことがなく、休んだこともほとんどなかった。小学校の頃、一部の男子からは「もやし」と呼ばれていたが、体は健康な方だった。この時も一応受験生ということで、体調管理には十分に気をつけていた。しかし、このままいくと浪人することになるのは目に見えていた。ユウナはなかなか寝つけず、そればかりを考えていた。しばらくは、パズドラはやめようと思った。ほかのゲームはもってのほかだが、スマホアプリの方も大学が決まるまでは封印しようと心に決めたのだった。

 

 そして、あっという間に一週間が過ぎた。

 

「あー、明日は体育祭か〜」

 

 帰り道、ミカはだるそうに呟いた。

 

「でも、高校で思い出作れるのってきっとこれが最後だよね」

 

 ユウナたちにとって、これが高校最後の行事だった。これが終われば次に待っているのは、いよいよ受験だけとなった。

 

「そうだけどさー、それどころじゃないんだよね。十月とか、一番大事な時期じゃない?ま、あたしもまだはっきりとは決まってないんだけどねー」

 

 ミカは、投げやりな目でユウナを見た。

 

「ユウナは、まだ相変わらず決まってないの?」

「あ、うん」

「そろそろ決めないと、浪人確定だよ? あたしもだけど」

 

 ユウナは、できるなら浪人は避けたいと思っていた。しかし、自分のレベルにあった大学を適当に選ぶなら、一年待って慎重に決めた方がいい気もした。

 

「推薦とかって受けないの?」

「えっ? あ、うん」

「そっか、もうだいぶ前に終わってるのか」

 

 この夏、私学の推薦入試があった。しかし、ユウナは出願しなかった。推薦は条件を満たしているならば、多少学力が下でも受けられる。ユウナは、あくまでも自力で受験したかったのだ。推薦に頼るのはフェアじゃない、自分の実力で合格を手にしたい、そう思っていた。それが良かったのか悪かったのか、結果的にはまだどこにも出願できていなかった。

 

 ミカと別れ、ユウナはバス停でバスを待った。すると、後ろから誰かに声をかけられた。

 

「あら、こんにちは」

 

 ユウナはふり向くと、吹奏楽部顧問の鶴ケ崎(つるがさき)智美(あけみ)が笑顔で立っていた。ユウナは不思議そうに智美を見つめると、

 

「あの、部活はないんですか?」

 

 と尋ねると、智美は笑って答えた。

 

「今日は用事があって。部活の方は、副顧問の先生に見てもらってるわ」

「そうですか……」

 

 ユウナは、この機会に話をしようと思った。レイカと仲直りをしてほしい、ただそれだけだった。

 バスが来ると、二人は乗り、並んで座った。

 

「あの」

「何?」

「娘さんの、ことなんですが……」

 

 気まずそうに、ユウナは話した。

 

「あぁ。心配してくれていたの。ごめんね、でも何も心配しないで」

 

 智美は、変わらず笑顔だった。しかし、ユウナはきかずにはいられなかった。

 

「先生。部外者の私がきくのはおかしいと思いますが、本当はどう思われてるんですか? 娘さんのこと」

 

 智美の顔から、ついに笑みが消えた。智美は窓の外を見つめると、

 

「後悔しているわ」

 

 と、力のない声で言った。

 

「全部、私が悪かったの。あの子を一人にさせてしまった。あの子も、きっと許してくれるはずない。何度も会って話そうとしたけど、だめだった。わかっていたのに、それが親というものかもしれないわね」

 

 智美は、ユウナに無理に作った笑みを見せた。ユウナは智美を見つめ、

 

「それは……、本当は、一緒に住みたいと思っているからじゃないですか?」

 

 ときいた。すると智美はフッと笑い、こう言った。

 

「そうかもしれないわね。できることなら、そうしたい。それが私の唯一の、罪滅ぼしだから。でも……、あの子は嫌がるでしょうね」

 

 ユウナには、智美が哀れに思えた。たった一度の間違いで恨まれる、それがどれほど辛いことか、よくわかったからだ。

 

「お願いです、先生」

 

 智美は、そう言うユウナを見た。

 

「もっと、娘さんを信じてあげてください。口には出さないけど、きっと心の中では一緒にいたいと思っていると思います。だから……」

「もういいわ、ありがとう。そう言ってくれる人がいて、よかったわ。それだけでも、とても嬉しい」

「先生……」

「あなた、名前は何ていったかしら?」

「あ、中谷です。中谷、優奈」

「中谷さん、あなたに会えてよかった。三年生、色々と大変だけど頑張ってね」

 

 智美は、また優しく微笑んだ。それを見て、ユウナは返す言葉を失った。本当は寂しいはずなのに、人はここまで優しくなれるのか、そう思った。しばらく行くと智美は、

 

「今日はここで降りるわね」

 

 と言い、ユウナの一つ前の駅で降りた。ユウナはそれを見送り、レイカの冷たい態度を思い出した。他人が口出しすべきことではないとはわかっていた。でも、どうしても放ってはおけなかった。気になる、それだけの理由だった。ユウナは二人のことが頭から離れないまま、家に帰った。

 

 智美はその夜、八王子市のレストランに行った。そこで待っていたのは、レイカの父であり、智美の夫である圭介(けいすけ)だった。智美が中に入ると、圭介が立ち上がって声をかけた。智美は、そこに向かい、ゆっくりと席に着いた。

 

「急に呼び出してすまん」

 

 圭介は、申し訳なさそうにそう言った。

 

「調子はどう?」

 

 智美がきくと圭介が、

 

「あぁ、うまくいってるよ」

 

 と答えた。智美は圭介の顔を見ずに、俯いていた。

 

「そっちはどうだ?」

「えぇ、こっちはこっちでなんとかやってるわ」

「そうか」

 

 智美は、少しためらっていた。圭介が自分を呼んだのは、きっとレイカのことだろうと察していたからだ。でも、きくべきかどうか迷っていた。最近、レイカに会いに行ったことを圭介は聞いているのだろうか。もし聞いていたのだとしたら、智美を気にして呼んだのだろうか。智美は、思いきってきいた。

 

「あの、レイカは……」

 

 圭介が、智美を見つめる。智美は、

 

「レイカは、今どうしてる?」

 

 ときいた。圭介は、微笑んで言った。

 

「大丈夫。俺がついてるから」

 

 圭介は、すべてを理解したようだった。今更、一緒に住みたいと言ってもレイカが認めるはずはない。それは、わかりきっていた。

 

「そう……、よかった。私も、できるだけのサポートはしたいと思ってる。あなたに、今以上の苦労はさせたくないの。だから、困ったらいつでも言って。陰ながらでも、あの子を守りたい」

「レイカにとっても、その方がいいだろう。大丈夫、本人には言わないでおくから」

「それと……」

 

 智美が言いかけて黙った。ずっと迷っていたことが、少し口から出てしまったのだ。ここまできたら引き返せないと思い、智美は言った。

 

「それから、私、レイカと話そうと思って」

「話す……?」

「ちゃんと話しあって、これからのことを決めようと思うの。でも、やっぱり無理かしら。今日、ある生徒に言われたの。もっとレイカのことも信じてやってくれって。心の中では、きっと一緒にいたい、そう思ってるって」

「あぁ。それがいいかもしれないな」

 

 圭介も、笑ってそう答えた。智美を唯一支えているのは、圭介だった。家を出てからも、圭介だけは智美を気遣い、手紙を送ってきたりしていた。そして、智美はやっと自分からレイカに話す決心をした。

 

 そして翌日、高校では体育祭が行われた。ユウナの出番は最初二種目だけであり、クラス対抗リレーとも関係がなかったため、それが終わるとシートからクラスメイトを応援することに専念した。ユウナの隣にはミカもいて、一緒に仲間を応援した。アカリは吹奏楽部専用の場所にいるため、ここにはいなかった。

 

「あ、あれ鶴ケ崎さんじゃない?」

 

 ミカがそう言って、指さした。ユウナも言われた方を見ると、向こうの列の最後尾にレイカが控えている。

 

「次は、三年女子色別対抗リレーです」

 

 そうアナウンスが流れた。レイカは、三組のアンカーだった。ピストルがなり、最初の組が走り出した。色はそれぞれ赤、白、黄、青の四色で、クラスによって色が分けられていた。因みに三年は、一、二組が赤、三組が青、四、五組が白、そして六、七組が黄色だった。順位によって点数が異なるため、一クラスしかない青は、どれだけ上につけるかが課題となってくる。その分、レイカのプレッシャーは計り知れないものだった。バトンが次々に手渡され、そしてグラウンドを何周も駆けめぐる。そして、アンカーのすぐそこまでバトンが来ようとしていた。現在、一位が一組、二位が四組、そして三位が三組だった。そしてついに、レイカにバトンが手渡される。レイカは走り出し直後、二位と並び、そして追いぬいた。

 

「頑張れー!」

 

 ユウナは思わず、声に出して叫んだ。それがきこえたのか、レイカは一瞬周りを気にした。目指すは、一位。一組のアンカーまで、あと数メーターというところまで近づいた。相手も、後ろを気にしながら走っている。ゴールはもうすぐだ。レイカは加速し、とうとう一組のアンカーと並んだ。そしてさらにスピードを上げると、追いぬくことに成功した。そのまま、ゴールまでスピードを落とすことなく突っ走った。そして、ゴールイン。それから、そのあとに続いて次々に選手がゴールインした。ユウナも、嬉しそうにレイカの方を見つめた。さすがのレイカも、息が上がっている。クラスのために、無事に走り終えたのだ。レイカは、仲間とともに喜びを分かちあっていた。それを、吹奏楽の席から見ている人物がいた。智美も、レイカの姿を嬉しそうに見つめていたのだった。

 

 その後、男子の色別対抗リレーが行われた。ユウナのクラスは、最後から二人目の大輝が追いあげ一位となり、そしてアンカーの相場が一位を守った。シートの方でも、応援は女子の時よりかなり盛り上がった。特に女子は、声を張り上げて相場を応援した。ユウナも、その様子を笑いながら見ていた。

 

 そして無事、閉会式を迎えた。レイカのクラスは優勝し、ユウナのクラスの黄組は準優勝という結果に終わった。教室に戻ったユウナは大輝に、

 

「これから部活?」

 

 ときいた。

 

「あぁ。ったく、久しぶりにガチで走ったからあんま行きたくねーけど」

 

 すると相場が、

 

「でも、お前がいなかったら勝ってなかったよ」

 

 と言った。

 

「まーな」

 

 大輝は、得意そうな顔をした。そして二人は、そのまま着替えずに部活へ行った。ユウナはミカに帰ろうと言ったが、ミカは足が痛いからもう少し休んでから帰ると言った。そしてユウナは、仕方なく先に帰ることにした。

 

 一方、レイカは水道で水を飲んでいた。水を止め、タオルで口元を拭いていると、足音がきこえてくる。レイカは、ゆっくりとふり返った。目の前には、智美が微笑みながら立っている。

 

「優勝おめでとう。ちょっと、話がしたいんだけど」

「何?」

 

 レイカの反応は、予想通り悪かった。智美を、何か汚いものでも見るような目で見つめた。

 

「私、昨日、あなたのお父さんと話したわ。あなたのことも」

 

 レイカは、黙って智美を見つめている。そして、智美も続けた。

 

「ちゃんとやってるみたいで、安心したわ。私、すごく後悔してるの。あなたを生んだのは私。でも、責任を全部あの人に押しつけて、私は家を出たわ。あなたに、母親らしいことも何もしてあげられなかった。だから、お願い。償いをしたいの。あなたが満足できることだけでいい、私が犯した過ちを、罪を、償いたいの。あなたを一人にさせた。できるかぎりのことを、私は……」

「もういいわよ」

 

 レイカは、智美の言葉を遮った。

 

「私には……、必要ない。自分から出て行ったくせに、よくそんなことが言えるわね。あなたを母親と思ったこと、一度もない。これからだって、思いたくない。もう、そのことで私に話しかけてこないで!」

 

 レイカはそう言うと、走り出した。ユウナが歩いていると、目の前をレイカが通りすぎていった。後を追ってみると、校庭にある女子トイレの壁にレイカは手をつき、そして、涙を流していた。遠くからでも、ユウナにはそれがわかった。そして、智美と話をしたということも、そのレイカの後ろ姿から理解できた。

 一人で抱えていたものが、どれほどまでに重かったのか。自ら孤独を選び、そして泣くことさえも許されなかった。それらの感情が、一気に溢れ出てきた、ユウナの目には、そのようにも映った。辛いことも、悲しいことも、すべて我慢してきたのだ。それがどれほど辛いことだったのかと思うと、想像することすら気がひけた。

 

 次の日、ユウナが勉強していると、昨日のレイカの姿が脳裏をかすっていった。考えているうちに、智美が可哀相にも思えてきた。そして、次にレイカに会った時、自身が智美と話したことを言おうと思った。

序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?

  • 中谷優奈
  • 鶴ケ崎麗菓
  • 月見里美香
  • 夢野あかり
  • 池谷大輝
  • 相場善秀
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