「先輩……?」
真宏は、ユウナの隣に座った。
「先輩は、どうしてここに?」
「あぁ。ちょっと思い出してな、様子見に来たんだ。で、調子はどうなんだよ?」
「あ、はい。それが……」
ユウナは、正彦からきいたことをある程度話した。ダンジョンの一部が封鎖されたこと、そして宝玉の話もした。それをきいて、真宏も危機を察したような表情になった。
「なるほどな~、宝玉か……。そういや、あったなぁ、そんなアイテム。進化専用じゃなかったっけか?」
「はい。イベントガチャでしか手に入らない、レアアイテムでした。でも、そこは正直、今回は関係ないと思います」
「そうだよな」
真宏は、笑顔に戻った。
「で、ユウナはそいつを探すのか? そこに封印されてる剣を集めたら、あの世界を支配できる力が備わるんだろ?」
「あの、それが……」
「何だ?」
真宏は、不思議そうにユウナを見つめる。ユウナは、思いきって言うことにした。
「先輩……、私……」
なかなか言い出さないユウナに対し、
「何だよ、言いたいことがあったら、早く言えよ。お前らしくねえぞ」
と真宏が促してくるので、ユウナは勇気を振り絞って話した。
「はい、すみません……。実は私、今妊娠してて……」
「え、マジ!?」
真宏も、やはりといった反応だ。驚くのも無理はない。しかし、悠二郎と結婚してから今年で二年になる。そのため、いつこの時が来てもおかしくはなかったのかもしれない。真宏はユウナの腹を見つめながら、
「へぇ……、お前がなぁ……。なんか、感慨深いな」
そう言ってくるので、
「え?」
と、ユウナは思わずきいてしまった。すると、真宏は答えた。
「お前と出会ってから、もう六年だろ?」
「そういえば、そうですね。早い、ですね……」
「あぁ。あのお前が母親になるなんて、信じられなくてさ。まぁ、俺も人のこと言えねえんだけど」
「あの、どういう意味ですか?」
今度はユウナが尋ねると、真宏は顔を少し赤くした。それにより、ユウナもある程度のことを察した。
「先輩、もしかして……」
「あぁ。俺も、もうすぐ父親になるんだ。去年、結婚してさ……」
「そうだったんですか……。式に呼んでくれたら、行ったのに」
「それなんだけど、連絡つかなくてさ。ここ来たら、旦那の実家に帰ったとか言うし」
それをきいて、ユウナも思い出した。去年の今ごろは、たしかに悠二郎の実家に帰っている時だ。自分のスマホも研究所に置いており、真宏とも連絡が取れなかった。ユウナは、少しだけ後悔した。しかし、真宏はこう言うのだ。
「でも、俺もやっと吹っ切れたから」
「えっ……?」
「俺の相手さ……、恵なんだ」
「……、えっ!?」
ユウナは思わず、立ち上がった。ユウナの反応を予想していたように、真宏は笑った。ユウナは座り直し、
「それって、長谷川さん?」
ときくと、真宏が答えた。
「あぁ。今もそうだけど、お前らがあの世界を必死に守ろうとしてた時さ、俺にも何かできることないかって考えて。そんで、元アニ研部員にも手伝いをお願いしたんだ。そんで、あいつにも手伝いに来てもらってさ。その時に、恵に告白されて。結婚前提に付き合うのもまどろっこしいだろ? だから、交際ゼロヶ月でいきなり結婚しようってことになってさ……」
「先輩、らしいですね」
「そうか?」
「はい。それで、長谷川さんは今どこに?」
「あぁ、家にいるよ。もうすぐ生まれるんだ。今は、アイツの両親が家に来てる。陣痛がいつ来てもいいように、身構えてるんだ」
笑って話す真宏につられて、ユウナも笑っていた。あの恵が、まさか真宏と一緒になるなど、学生時代は思いもしなかった。
『長谷川恵です。よろしくお願いします』
『私……、部長のことが好きなの』
『二人を見ていて、思ったの。私なんかじゃ、勝てそうにないって。だからその代わり、あなたに夢を叶えてほしい』
『先輩に、思いを伝えて。じゃないと、きっと後悔する』
恵のことを思い出していると、自然と涙が出てくる。あの後、二人は仲良くなったが、今では連絡のひとつも取り合っていない。ユウナは、あとで連絡してみてもいいかもしれないと思った。久しぶりに、恵と話したくなった。すると真宏は、
「じゃあ俺、もうそろそろ行くわ。あ、そうだ。これ、オッサンに渡しといてくれないか?」
と、立ち上がりながらユウナに紙袋を渡した。
「これは……?」
「差し入れ。あっちもいろいろ、大変な時期なんだろ?」
「はい……。でも、これは先輩が渡してください」
ユウナも立ち上がって、真宏に紙袋を返した。そして、こう続けた。
「教授も、きっと先輩に会いたがってると思いますから。会って、さっき私に言ったことも報告してきてください」
「いや、でも……」
真宏は、少し戸惑っているようだった。実際、この研究所に来るのは一年ぶりのため、無理もない。しかし、ユウナに譲るつもりはなかった。あの真宏が、今では立派な家庭を築き上げているという事実が、他人ながらも嬉しくて仕方ないのだ。真宏も理解したのか、
「わかった、ありがとな」
と言うと、袋を持って中に入っていった。それを、ユウナも嬉しそうに見ていた。自分も、頑張らねばいけない。そのことを、改めて誓った瞬間でもあった。
ユウナは自宅に戻った。悠二郎はまだ帰ってきていなかったが、ユウナのために昼食が用意されてあった。握り飯にラップがかけられ、テーブルの上に置いてあった。その横には、置き手紙が置かれてあった。
『帰ったら、あたためて食べてね』
ユウナはそれを読みながら、微笑んだ。これは悠二郎が朝、出る前に用意していったのだろう。些細な気遣いが愛を育てるということは、やはり明白だった。悠二郎の優しさが、いつまでも部屋にこもっているように感じられた。
ユウナは昼食を食べ、自分の部屋で横になった。そして知らない間に、眠ってしまっていた。気がついたころには、眩しかった日差しがなくなっていた。ユウナは起き上がり、カーテンの開け、外を見ると真っ暗だった。その時、部屋の扉が開いた。
「あ、目が覚めた?」
悠二郎が顔を覗かせ、ユウナに尋ねた。
「あ、はい。お帰りなさい」
「ただいま。今、みんなでご飯食べてるんだけど、ユウナも一緒にどう?」
「みんな……?」
ユウナは、きょとんとしながら悠二郎を見つめていた。
リビングに行くと、何やら部屋の中が騒がしかった。ドアを開けると、ミカがユウナに気づいて手を振った。
「あ、ユウナ! おはよ~」
「ミカちゃん、もう夜」
ミカの隣にいたアカリも、そうツッコんだ。
「どうしたの?」
ユウナは、二人のところに行って尋ねた。
「なんか、最近みんなでこうやって一緒に食事してないな~って思って。あ、もしかして迷惑だったりする?」
ミカが言うのをきき、ユウナは首を横に振った。ユウナにとって、こんなに幸せなことはない。
「嬉しい。ありがとう、来てくれて」
ユウナの言葉に、二人も嬉しそうに互いを見る。そこには、慎一郎の姿もあった。
「実は、この二人に頼まれたんだよ。君を、元気づけたいって」
慎一郎の話をきいて、
「そうだったんですか。ありがとうございます、お兄さん」
と、ユウナは慎一郎にも礼を言った。すると悠二郎が、テーブルに夕食の皿を置きながら話した。
「兄貴も此間、実家帰って奥さんや子どもたちと会ってきたんだよ」
「そうなんですか? 元気にされてましたか?」
「あぁ。久々に会ったから、最初は気まずかったけどな」
「でも、喜んでたんじゃないですか?」
「まぁな」
慎一郎は、少し照れたように話す。それを見て、ユウナも微笑ましくなった。
「また、ご一緒に暮らさないんですか?」
ユウナがきくと、慎一郎は答えた。
「あいつらとも話したんだ。落ち着いたら、必ず戻るからって。俺もOBとして、あの人の手伝いをしたいんだ。だから、もう少しだけ待ってくれって言ったら、いいよって答えてくれた。子供たちも、最初は嫌がってたけど、その後結局納得してくれたみたいだったからさ」
「いい、ご家族ですね……」
「あぁ。流石に、二人には負けるけどな」
慎一郎が言うと、ユウナと悠二郎を交互に見た。すると二人も互いを見つめ、恥ずかしそうに笑った。
「やっぱり、リア充じゃん」
「ミカちゃん、やめたげて」
ミカとアカリも、二人をからかうように言っている。それを見て、ユウナたちも笑っていた。今まで悪いように考えていた自分が、ユウナはバカバカしく思えた。やはり、ありふれた幸せに勝るものはない。ユウナはこの時、今を大事にしようと思ったのだった。
そして、ついにその日が来た。雪が舞う、2019年12月24日。ユウナは病室にて、出産を果たした。陣痛から数時間後、部屋には産声が響き渡った。部屋の外で待っていた悠二郎は、その声をきくなり立ち上がった。するとドアが開いて、看護婦が出てきた。
「おめでとうございます。元気な、男の子ですよ」
それをきくと悠二郎は嬉しさのあまり、
「あ、ありがとうございます!」
と、大袈裟すぎるくらいに深く頭を下げた。それを見て、看護婦も笑っていた。
「しっかりと、抱っこしてあげてくださいね!」
「はい!」
悠二郎は、顔を上げて答えた。看護婦が去ると、悠二郎は病室の中に入った。我が子と初めて対面する。悠二郎は緊張のあまり、手に汗を握った。しかし、ユウナの表情を見てその緊張は吹き飛んだ。ユウナは穏やかな表情で、
「悠ちゃん……。頑張ったよ、この子も」
と言うので、悠二郎も頷いた。ユウナの横には、丸顔の赤ん坊が眠っている。悠二郎は、その子を抱きかかえた。その時、なぜか悠二郎の頬を涙が伝った。
「やっと、会えたんだ……」
そう呟くのを、ユウナも見ていた。こんなに泣いている悠二郎を、ユウナは初めて見た。しかし、ユウナは不思議と違和感を覚えなかった。ユウナ自身も、悠二郎の気持ちは理解していたのかもしれない。
その後、その病室でユウナは悠二郎と一緒に子どもの名前について相談した。
「ユウナ、覚えてる? 男の子だったら、俺が名前つけるからって」
「うん。悠ちゃん、どんな名前考えたの?」
ユウナがきくと、悠二郎はしばらく間を置いたあと、こう言うのだった。
「
「大、毅……?」
「あぁ。『大きい』に、『
「それって、もしかして……」
悠二郎の話をきいて、ユウナはあることに気づく。そして悠二郎も、話を続ける。
「今日ってたしか、ユウナの友達の命日だったよな? なんか、偶然とは思えなくてさ」
「それで……、大毅……」
ユウナは呟くと、溢れんばかりの涙を流した。それを見た悠二郎は焦り、
「あ、ごめん。辛いこと思い出させちゃって。名前、違うのにしよっか」
と言うが、ユウナは首を振った。そして、悠二郎を見つめながら言った。
「とてもいい名前」
「えっ……?」
「もしかしたら、その子は大ちゃんの生まれ変わりなのかもしれない。そんな気がするの」
ユウナはそう言うと、また笑顔に戻った。
「ユウナ……」
「だから、この名前でいい。悠ちゃんも、一生懸命考えてくれたんでしょ? だから私は、この子をその名前に似合う立派な男の子に育ててみせる。時間はかかるかもしれないけど、大ちゃんみたいな、人を守れるような立派な人に、育てたいの」
ユウナが話すのをきいて、悠二郎は何度も頷いた。そして、
「よかった……。てっきり、怒られるのかと思っちゃったよ」
と、安心したような笑みを浮かべる。それを、ユウナも微笑みながら見ていた。思えば、今日は大輝の一回忌だった。悠二郎も、そのことを覚えてくれていた。これは、ユウナにとってもただの偶然だとは思えなかった。きっと、天国にいる大輝からの贈り物なのだ。病室の窓辺には、幼いころに撮った大輝とのツーショットが飾られていた。
間もなくユウナは退院し、子育てに専念した。正彦の研究所にも行かず、ほとんどの時間を大毅といる時間に費やした。悠二郎も仕事を早退してくる日が増え、自宅にいる時が多くなった。そのような日常が一ヶ月ほど続いたころ、ユウナのところに思わぬ知らせが舞いこんだ。
ユウナは大毅を寝かしつけ、自分もその横でウトウトしていた。その時、手元にあったユウナの携帯が鳴った。ユウナは慌てて、部屋から電話を持ち出した。幸い、大毅は目を覚まさなかった。ユウナは、そっと電話に出る。
「もしもし……」
『あ、ユウナ? 今大丈夫だった?』
「ミカ? どうしたの?」
電話の相手は、ミカだった。しかし、ミカは慌てているように話した。
『ちょっと、大変なことになって……』
「……大変なこと?」
『教授がセイパラの中に入って、モンスターに襲われたの!』
「えっ……?」
ユウナは、それ以外何も声に出せなかった。いったい、何があったというのだろうか。ミカの話し方から察するに、緊急事態のようだ。しかし今家にいるのは、ユウナと生まれて間もない大毅だけだ。
ユウナは急いで悠二郎の会社に連絡を取り、悠二郎に帰ってきてもらった。悠二郎が扉を開け、ユウナにきいた。
「ユウナ、何があったの?」
「わからない。でも、やっぱり気になるから行った方がいいと思って」
「そっか。じゃあ、大毅は俺が面倒見るから、ユウナは早く行きなさい」
「わかった、ごめんね」
「いいよ」
ユウナは悠二郎にバトンタッチし、正彦の研究所へ急いだ。ミカは、正彦がモンスターに襲われたと言っていた。それが本当だとしたら、正彦はなぜSPの中に入ったのだろう。そんなことを考えながら、ユウナは走り続けた。
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