研究所に着くと、ドアの前にミカが立っているのが見えた。ミカはユウナが走ってくるのを見つけると、
「あ、ユウナ! こっちこっち!」
と言いながら、手を振っている。
「何があったの?」
ユウナは、ミカの前まで行くとそうきいた。
「いいから、早く入って!」
ミカはユウナの手を引き、中に入れた。
そして、ミカは正彦の部屋をノックした。返事が返ってくるとともに、ミカはその部屋の戸を開ける。中には、正彦のほかにも研究所の人員全員が集まっていた。正彦はユウナを見ると、
「やぁ、やっぱり来てくれたか」
と、言った。ユウナが正彦に、
「あの……、教授。モンスターに襲われたって……」
そう言うと、正彦は答えた。
「何、大したことではないよ」
「でも、どうしてこんなことに……」
ユウナが呟くと、それについてはアカネが解説する。
「実は教授、あんたの代わりに自らSPの中に入って、調査してたんよ。そしたら、突然モンスターに襲われて……」
「そんな……」
ユウナは、ひどい罪悪感に苛まれた。自分のせいで正彦を危険な目に遭わせてしまったことが、遣る瀬無かったのだ。ユウナの表情から気持ちを察したのか、
「君が気にすることではないよ。私も、不注意だった」
と、正彦は言った。それでも、ユウナは少なからず責任を感じていた。
「でも……」
「実を言うと、初めてわかった気がするよ。これまで、君たちにどんなことをさせてきたのか。それを知るいい機会になった。だから、私の方が謝るべきなんだ」
「教授……」
「身をもって知ったよ。だから、もう君たちを危険な目に遭わせるわけにはいかない」
正彦は、下を向いた。それがどのような意味を示しているのか、ユウナには考える間もなくわかった。
「……諦めるんですか?」
「諦める……、か。そういうことになるな」
正彦は言った。しかし、言うまでもなくユウナは納得できない。あの世界を守るために、これまで頑張ってきた日々は何だったのか。
「教授、なんでそんな簡単に諦めちゃうんですか? 教授、ずっとあの世界を守るために、努力してきたじゃないですか。それらを、すべて無駄にするんですか!?」
ユウナは、目に涙をためながら訴えた。しかし、正彦から返答は返ってこない。その時、ユウナはあることを思いついた。
「私……、これからあの世界で暮らします」
それをきいて、周りが騒然となった。正彦も、驚きに満ち溢れたような顔で、ユウナを見つめてくる。しかし、ユウナの決心は揺るがない。
「私は、戦い続けます。誰に反対されても、私はあの世界を守りたい! だから、教授も簡単に諦めるなんて言わないでください!」
これは、ユウナの本心だ。ユウナが初めてセインツ・パラダイスに入ったのは、大学に入学して間もないころだった。あの時の感動は、今でも覚えている。それ故に、諦められなかったのだ。
その思いは正彦にも伝わったのか、先ほどよりもにこやかな表情をする。しかし正彦が話すより先に、反発の声を上げた者がいた。
「ちょっと待ってよ」
ユウナが声の方をふり向くと、そこにはなんとレイカがいた。
「鶴ケ崎さん……?」
今まで無関心だったレイカが、自発的に声を発することは、今までに一度もなかった。そのためユウナは、驚きながらレイカを見つめた。レイカもユウナを見つめながら、こう続ける。
「あなた、子どもがいるんでしょ? いったい、どうするつもりなの?」
レイカの疑問は、理にかなっている。ユウナは大毅や悠二郎のことを思い出し、俯いた。あの世界は守りたい。しかしユウナには現在、かけがえのない家族がいるのだ。なぜそれを今まで忘れていたのだろうと、自分自身を責めた。
「もっと、よく考えてから言いなさいよ。あなたに何かあったら、悲しむ人だっているのよ? 何が守りたいよ。生きてく上で必要のないものよりも、ほかに守るべきもんがあるでしょうが!」
レイカのその言葉は、ユウナの心に大きく音を立て、そして奥の方まで響いた。ユウナも、今まで忘れてしまっていた。自分自身、守らなければならない人たちがいる。レイカは、それを教えてくれたのだ。ユウナは再び正彦の方を向くと、こう言った。
「しばらく、考えさせてください。彼と、よく相談してみます」
「……わかった」
正彦も、納得してくれた。この時、ユウナも驚いていた。まさか、レイカに説諭されるなど思ってもいなかった。しかしその分、嬉しさもあったのはたしかだ。
自宅に戻ったユウナは、悠二郎に相談した。そして、
「私、やっぱり自分勝手なのかな……」
と言うと、悠二郎は首を振った。
「いや、ユウナは自分勝手なんかじゃないよ。その子も、きっとユウナのことを心配してくれたんじゃないか? だから、何も気にすることなんてない」
「でも、私これからどうしたらいいんだろう……。大毅とも一緒にいたいし、あの世界も守りたい。どうしたら……」
ユウナは、頭を抱える。こればかりは、どうしようもない。すると、悠二郎がユウナに言った。
「じゃあ、こうしようか。俺も、ユウナたちと一緒にあの世界に行くよ。大毅も連れて」
「えっ……」
これは、予想外の言葉だ。
「でも、中は危ないよ。洗脳されたモンスターも、いつ襲ってくるかわからないし……」
しかし、悠二郎は言うのだ。
「大丈夫。大毅は、俺が必ず守るから。だから、あんまり心配しないでくれ」
悠二郎は笑顔だった。その時、どこかできいた言葉だとユウナは思った。あの夏の日、大輝はユウナに言った。
『何かあったら、絶対俺に言えよ。俺が守ってやるから』
ジャングルジムから、手を差し延べた大輝の笑顔が脳裏を過ぎる。それを思い出すと、自然に涙があふれ出てきた。
「大ちゃん……、今度は私が大ちゃんを守る番だよ」
「えっ?」
ユウナが呟くと、悠二郎も不思議そうにユウナを見つめてくる。そしてユウナは悠二郎を見ると、
「私、必ずこの戦いに勝ってみせる。みんなで、笑って戻って来られるように」
と、笑顔で言った。それを見て、悠二郎も笑い返していた。
「そうだな」
それだけ言うと、悠二郎は立ち上がった。
「じゃあ……、明日にでも報告するか。決意表明ってやつだ」
それをきくと、ユウナもさらに嬉しくなった。今まで、何度も悠二郎の優しさに甘えてきた。だが、このままではいけない。今度は、自分が悠二郎の支えになろう。ユウナは、そう決心したのだった。
その頃、研究所の一室にレイカはいた。縁側に腰かけ、星空を眺めながら、今日のことを思い返していた。すると、また後ろから声がかかる。
「おい、風邪ひくぞ?」
ふり向くと、そこには真司が立っていた。真司は仕方なさそうに笑うと、レイカの隣に腰を下ろす。
「今日は正直、驚いたよ」
「何がよ」
「まさか、君があんなこと言うなんてな。今まで、父さんが創った世界がどうなろうと、知ったこっちゃないって思ってたけど、ちゃんと考えてくれてたんじゃないか?」
「今も思ってるわよ。あの世界がなくなったからって、こっちの世界が滅んだりしないでしょ?」
レイカが言うのをきいて、真司は息を吐いた。その白い息は、空中に虚しく消えていく。そして、こう言うのだ。
「そうとも言いきれない」
「……どういうこと?」
「奴らは、あの世界を乗っ取ることが目的じゃない。あの世界を利用して、父さんを陥れること。それこそが、あいつらの目的なんだ。最悪の場合、現実世界にモンスターを放出するかもしれない。そして、父さんの研究を世間の人間に知らしめる。よって、父さんは危険なものを開発したとして書類送検されるだろう。それは、俺らの世界が滅ぶのと同じことだよ」
レイカは、真司の話を黙ってきいていた。本当にそんなことが起きれば、大変なことになる。レイカも、少なからず危機感を感じたのは言うまでもない。
「じゃあ、俺はもう寝るから。君も、温かくして寝ろよ」
真司は立ち上がると、自分の部屋に戻っていってしまった。しかしレイカはしばらく、そこから動かなかった。レイカ自身も、迷っていたのかもしれない。
翌日、ユウナは悠二郎とともに研究所に足を運んだ。悠二郎は、幼い大毅を抱えている。そして二人は、前日に話し合った内容を正彦に伝えた。それをきいた正彦は驚きの表情を浮かべながらも、
「わかった。君たちがそう言うなら、私は構わない」
と、快く了承してくれた。次に、正彦はほかのメンバーにも答えを求めた。
「君たちは、どうしたいんだ?」
正彦の質問に、ミカとアカリは答える。
「私らも、あれから考えてさ……」
「ユウナちゃんが行くって言ってくれたら、うちらも行こうって決めたんよ」
「二人とも……」
ユウナは、二人を見つめながら呟いた。視線を感じた二人も、ユウナに笑いかける。二人の言葉が、ユウナにとってどれだけ励みになったことだろう。そして、正彦はレイカにも尋ねた。
「君は……、どうだね?」
するとレイカは、少し間を置いてから口を開いた。
「私も……、他人事じゃないって思えてきたから、……協力してあげるわよ」
それをきいたユウナは、
「ほんとに、いいの……?」
と、レイカにきいた。
「えぇ。どうせここで拒んでも、突っかかってくるでしょ? だからいっそのこと、今は賛同してあげる」
「ありがとう!」
「勘違いしないでね、私は私で行動するから」
「それでもいいよ。鶴ケ崎さんがそう言ってくれて、ほんとに嬉しい……」
ユウナは、レイカに微笑んだ。すると、正彦は言った。
「これで決まった。皆、今日からセインツ・パラダイスに入ってくれ。食事や寝具などは、こちらで支給する」
「しばらくの間は、俺たちもそこで暮らすことにしたんだ」
続いて、慎一郎が言った。
「兄さんも……?」
「やっぱり、男は女を守れないとな」
真司も言った。
「私は、外で皆さんのステータスなどを管理します!」
ヒロインも、声を張り上げて言った。それをきくと皆は笑いながら、
「頼んだで!」
などと、声をかけている。
よって、SPの中にはユウナ、レイカ、ミカ、アカリ、アカネのほかに、悠二郎、真司、慎一郎も入ることになった。美千子やヒロインは、現実世界で正彦の手伝いをすることになった。美千子はドアの前で皆に、
「気をつけてね」
と、呼びかけていた。ユウナも、それに笑顔で答えていた。
セイントドアを潜ると、穏やかな風が吹き、SPの中でも春の訪れを告げている。その風を感じながら、ユウナは草原を眺めていた。これから何があるのか、それはまだ誰にもわからない。しかし、早くこの戦いを終わらせたい、そう改めて心に誓うのだった。
一方、その様子を見ている人物がいた。サタールだ。スクリーンで、ユウナたちの様子を眺めている。その後ろには、研究員のコサカとルリがいた。
「サタール様、やはり戻ってきましたね」
コサカが言うと、サタールは言った。
「あぁ、奴らは必ず宝玉を探そうとするだろう。これから、面白くなりそうだな」
「いよいよですね……」
ルリもそう言いながら、サタールを見つめている。そしてサタールはスクリーンに手を伸ばし、そしてまた怪しく笑っていたのだった。
第四十二回「
次回予告
ミカ「称号のことだけどさ、交換しない?」
サタール「たっぷりと思い知らせてやるがよい」
アカネ「放っておけば、現実世界にモンスターが逃げ出してくるかもしれへん」
ユウナ「私が、様子を見てきます」
正彦「第三十エリア、天上の海原だ」
真司「彼女たちを認めたくないのは、今まで逃げ続けてきた自分を認めたくないからだ」
アカリ「ノーマルスキル発動! アーマーブレイク!」
フギン「オヤジは、この世界で生涯を閉じるつもりだぜ」
ミカ「ユウナ変わったくない?」
悠二郎「ユウナはさ、人を恨んだこととかないの?」
真宏「守りたいんだよな、あの世界を」
「絶対に……、生きろ」
ユウナ「恨みはいつか消える。そう、信じてるから」
次回(第四十三回)
「
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
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中谷優奈
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鶴ケ崎麗菓
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月見里美香
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夢野あかり
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池谷大輝
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相場善秀