外に出ると、向こうの山から煙が上がっている。何が起きているのか、咄嗟にはわからない。それでも、ユウナは行かなければという衝動に駆られた。
その音をきいたのは、勿論その三人だけではなかった。中からミカやアカリ、アカネと慎一郎も飛び出してきた。
「何が起こってるんだ?」
慎一郎が、真司にきいた。
「わからん。あそこは、マルースクレーターの辺りだろう」
真司は、煙が上がっているところを見ながら言う。マルースクレーターは、SPに設置されているダンジョンのひとつだ。ユウナはそれをきき、またダンジョンで何かあったのかと不安を隠しきれなかった。
「私、行ってみます」
「大丈夫か?」
「はい。きっとまた、早くしないと取り返しのつかないことになる気がするんです」
ユウナが必死に訴えると、真司が言った。
「じゃあ、ここは二手に分かれよう。君とあとの二人は、向こうの様子を見てきてくれ。残りのメンバーは、今のことを父さんに報告するんだ」
「はい」
ユウナは答えると、次にミカが言った。
「でも、あとの二人って?」
「うちも行く」
先に、アカネが名乗りを上げた。残るは、あと一人だ。その時、ユウナはレイカの方を見ると言った。
「鶴ケ崎さん、一緒に来てほしいの」
それにはレイカ本人どころか、周りからも驚きの視線が向けられる。さらに、ユウナは言った。
「私、知ってる。鶴ケ崎さんが、まだ乗り気じゃないってことくらい。でも、あそこは木属性のモンスターたちが多くいるの。鶴ケ崎さん、ウッド・マスターだったよね。だから今回だけは、鶴ケ崎さんの力がどうしても必要なの! お願い!」
ユウナは、必死に懇願する。しばらくユウナを見つめていたレイカは、
「わかったわよ」
と、折れたように言った。それをきいて、ユウナも嬉しそうな笑みを浮かべる。そして、ユウナたちはマルースクレーターに行くことになった。
そのマルースクレーターでは、二人がルリに居場所を特定され、見つかってしまっていた。ルリはニヤリと笑いながら、二人に近づいた。
「まさか、こんなに可愛い子たちがSPにいたなんて~」
兄は木の棒を両手で持ち、ルリを睨みつけている。
「そんなに睨まないで。どうやってここに入ったか教えてくれたら、すぐに帰してあげるから」
ルリはそう言うが、兄にはわかっていた。ルリには、毛頭そのような気持ちなどなく、自分たちを捕まえる気なのだと。兄の両足は、ガクガクと震えている。その後ろで、妹が今にも泣きそうな顔で座っている。
「私だって、できるだけ手荒な真似はしたくないの。だから、ねぇ、教えてくれない?」
「し、知らない!」
「そんなこと言って。じゃあ、どうしてあなたたちはここにいるの?」
「気がついたら、知らないところにいたんだ。だから、何も知らない!」
「ふ~ん。そんなことがあるのね……。まぁ、いいわ。ギガンテス、やっちゃいな」
ルリは、ギガンテスに命令した。すると、ギガンテスは斧を振り落としてきた。兄は、それをすれすれで交わした。その時に、手に斧が少しかすった。兄は痛さのあまり、その場に倒れこんでしまった。
「お兄ちゃん!」
兄を心配した妹が駆けよろうとすると、
「来るな!」
と、兄はそれを拒んだ。
「ふふ、意外にしぶといのね。まぁ、次で終わりにしてあげるからいいけどね」
するとまた、ギガンテスは斧を振り上げる。その瞬間、兄は目を瞑った。その時、
「待って!」
という声がした。ルリはふり向くと、そこにユウナとレイカ、そしてアカネが駆けてきた。それを見たルリは、笑いながら言った。
「まぁ、これはフィフス・フォリアの皆様。やっぱり来たのね」
「は、早くここから立ち退いてください!」
ユウナが言うと、レイカは呆れたように言った。
「敵に敬語なんて使わなくていいでしょ。それで、何が目的なの?」
すると、ルリが答える。
「何って、知ってるくせに。我々は、サタール様に雇われた研究者。この世界をサタール様の指示通りに改造する、それこそが、私たちの目的なのよ!」
「そのサタールって人、教授の弟さんやねん。もう一度、教授と話し合う気ないん?」
今度はアカネが尋ねると、ルリは高笑いをした。
「あるわけないでしょ! あの人は、サタール様を殺そうとしたのよ! 立派な犯罪者! だから、話し合う気なんて毛頭ないハズよ!」
ユウナは、笑いながら話すルリを見ていた。ルリは笑うのをやめ、ユウナたちに言った。
「どう? これで諦めついた? あんたたちがいくら努力しても、結果は同じ。この世界は、どの道サタール様のものになるのよ」
「でも、すべてのダンジョンをクリアすれば、この世界は自動的になくなるって……」
「あぁ、その話ね。それならご心配なく。だって最後のダンジョンのボスは、サタール様ご自身だもの」
ルリが言うのをきき、ユウナは愕然とする。それがどういうことなのか、すぐには理解できなかった。すると、ルリは続ける。
「サタール様がここに来られた時、あなたたちにとって未知の領域にダンジョンを創ったの。それが、あのお城。だからね、そこを制覇しない限りはこの世界は永遠に存在し続ける。つまり、丸ごとサタール様のものになる。そうとわかれば、やる気なくしたでしょ? さ、悪いことは言わないからお家に帰りなさい」
そして、ルリはまた笑う。ユウナは、拳を握りしめた。こんなに人を恨めしいと思ったことは、今までに例がない。それだけ、ルリのことが許せなかった。サタールなら、まだわかってくれるだろうという気持ちがあった。ユウナはポケットに手を入れると、スマホを取り出した。それを見たルリは、
「何? やるの?」
と、言ってくる。
「私は……、この世界を守りたい。そして、あなたのことが許せない」
「ふん! 私は、サタール様の指示通りに動いてるだけ。文句があるなら、サタール様に言ってちょうだい! 八つ当たりも甚だしくてウザったらしい」
それをきいて、ユウナは我慢できずにモンスターを召喚しようとした。するとそれより数秒早く、レイカが前に出てきた。ユウナの横を通りすぎたと思うと、ルリにビンタをお見舞いしたのだ。ルリはよろけながら、自分の頬に手を当てた。ユウナにとっても、今起こったことが信じ難かった。
「ちょっと、何すんのよ!」
ルリは、鬼のような形相でレイカを睨みつける。しかし、レイカは冷静にルリを見つめ返している。
「わからない? あなたは今、自分は関係ないって言ったのよ」
「だって、そうでしょ? サタール様の本当の目的も、私たちには知らされてないんだから」
「じゃあ、なんで関係ない子供たちにも攻撃しようとしたのよ。誰かから、命令でもされたの?」
「えぇ。サタール様から、邪魔な者は誰であろうと排除しろと命を承ったの。私は、それを遂行しているだけ。本当なら、私もこんなことしたくはないんだけど」
「それにしては、随分と楽しそうだったわね」
レイカが皮肉を入れると、ルリはニヤリと笑った。
「えぇ、楽しいわ。人が苦しんでる姿を見るのって、本当に楽しい。自分では何もできずに、ただ足掻いているだけの人なんて最高じゃない」
これで、ルリの本性がはっきりとした。レイカは、わざと過激な対応をすることでルリの気持ちを探っていたのだ。そして、それは二人の会話をきいていたユウナにもわかった。
「で、どうするの? 戦うの?」
ルリは、三人を見て言った。どの道、戦うことになるだろうとユウナは身構えていた。それをルリも把握し、また笑う。
「じゃあ、仕方ないわね。教えてあげる。あなたたちの考え方が、どれほど浅はかかってことをね!」
ルリが言うと、ギガンテスが前に出てきた。ルリが口で命令しなくても、テレパシーで動いているのだ。そしてギガンテスは、また斧を振り上げる。ユウナは咄嗟に、目の前にティラノスを召喚した。火属性同士の対決だ。
「この世界で、仲間以外と
「……ありません。でも、私は勝ちます」
「そんな強気な発言も、いつまでもつかしらね」
そして、ついに対戦が始まろうとした時……。
突発的に、周りが明るくなった。そのあまりにも眩しい光に、ルリやユウナたちは目を閉じる。そして目を開けると、目の前にはプテラドスがいた。すると、プテラドスは空に向かって甲高い鳴き声を轟かせる。そうすると、また足音のような音が近づいてくるのがわかった。そして、茂みから何かが飛び出す。それは、キマイラだった。
キマイラは、ギガンテスの前に立ちはだかった。それを見て、ルリの顔色が変わる。何かに気づいたような顔だ。最後に、人間が二人飛び出してきた。
「よ~し、間に合ったな。ここは俺らに任せてくれ」
「フギン様!」
ルリは、困惑したような表情を浮かべる。出てきたのは、フギンとミーサだったからだ。
「こいつらは俺たちで何とかする。お前は、早く研究所に戻れ」
ミーサも、ルリに命令した。サタールの子であり、しもべでもある二人の言うことには、ルリも従わざるを得ない。ルリは悔しそうな顔をしながらも、
「……わかりました」
と言い、ギガンテスを消すとその場から走り去っていった。それを見たあと、ユウナはフギンの後ろ姿に声をかける。
「あ、あの……」
「さ~て、俺らも戻るかな」
フギンは伸びをすると、ミーサとともに去っていこうとした。
「待ってください!」
ユウナは、反射的に二人を呼び止める。
「何だ?」
フギンがふり向くと、ユウナは尋ねた。
「あの。どうして、助けにきてくださったんですか?」
「なんでだろうな~。たまたま、お前たちが見えたんだ。あいつにも、悪気があったわけじゃねえ。まぁ、大目に見てやってくれよ」
しかし、ユウナには腑に落ちないことがもうひとつあったのだ。
「でも、どうしてですか? お二人も、私たちの……。教授の、敵なんですよね? それなら、どうしてご自分の仲間から庇ってくれたりしたんですか?」
フギンは、しばらく考えた。そして、こう言うのだ。
「わからねえや」
それだけ言うと、二人はモンスターに乗ってまたどこかに行ってしまった。その時、フギンの右手から包帯のようなものが靡いているのが見えたが、ユウナはその時はまだ気にしなかった。二人が去ったあと、目に映ったのはルリに襲われていた子ども二人だ。兄の方は右手に深い怪我を負い、ぐったりと横たわっている。ユウナはそこへ駆けより、手を差し延べた。
「大丈夫?」
しかし先ほどの出来事もあり、警戒心が強くなっていたのか、兄はユウナの手を払った。この子供たちが誰なのか、どこから来たのか、それはユウナにもわからない。そしてもう一度、声をかけてみる。
「安心して。私たちは、あなたたちの味方だから。信じてほしい」
ユウナは、二人の目を見て必死に伝えた。それが通じたのか、兄の目は穏やかになっていった。
その後、ユウナは兄を負ぶって山を下りた。アカネが妹の方の手を引き、レイカもその後に続く。山を下りると、ユウナはあるものに目を留めた。それは、石室のようなものだ。洞窟の前には岩の扉があり、それを見るとハッとあの出来事を思い出す。
『こいつで、オーディンを呼ぶことができる』
『こいつは、オーディンの心自身。こいつをどうコントロールできるかが、この世界の命運を揺るがす』
あの時、ここでフギンはユウナに水晶のようなものを見せながら語った。あの水晶は、今でもまだあの石室の中にあるのだろうか。そして、あの時フギンが自分に言ったことが何だったのか、ユウナは未だに理解できずにいた。
そして、三人は子供たちを連れて皆のところに戻った。部屋では、兄が手当てを受けた。アカネが包帯をペチンと叩き、
「よし、完了!」
と言った。それを見て、妹も嬉しそうな表情になった。妹が笑うのを初めて見たユウナは、それを微笑ましそうに見つめた。
ユウナの話を大体きき終わったミカは、
「でもさ、その二人なんで助けてくれたんだろうね」
と、不思議そうに言う。それはユウナも、ずっと疑問に思っていたことだ。するとミカは、さらに続ける。
「何年か前にも思ったけどさ、なんかあたしらに協力してくれること多くない?」
「たしかに……」
アカリも、不思議そうに呟いた。その疑問はユウナだけでなく、ほかの皆も抱いていることだったのだ。ユウナは、落ち着きを取り戻しつつある兄に質問した。
「ねぇ。君たちは、どうしてあそこにいたの?」
すると、兄は首を横に振りながら答える。
「わからない。気がついたら、あの場所にいて……」
それ以外、兄は何も答えようとしなかった。ユウナは、どうにか二人を元の場所に帰してあげたいと考えた。こうなれば、正彦に直接相談するしかない。
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