「ヘルヘイム?」
ミーサも、フギンから話をきかされた。
「五年くらい前、親父がドラゴンタイプのモンスターを生成したって言ってただろ。けど、結局解放させることはなかった。今回、そいつを復活させようとしてんだ」
フギンの説明をききながら、ミーサは腑に落ちないといった表情をする。
「でも、今さらそんなの復活させて、何しようとしてんだ? アマテラスだって、あの件以来お蔵入りになったし」
「けど、親父は本気でやつを復活させるつもりらしいぜ。俺なりに探りを入れてみたけど、まだ何となくしかわからねえ」
「じゃあ、どうしようもねえじゃないか」
「だから、ちょっと考えたことがあってな」
「何だよ」
「親父にきかれるとマズイことなんだけど」
「はぁ?」
ミーサは、怪訝そうにフギンを見つめる。フギンの考えとはいったい何なのか、ミーサは気になるのだった。
「落ち着いてきいてくれ」
「だから何なんだよ、勿体ぶってねえで早く言えよ」
するとフギンは、自分の口をミーサの耳元に近づける。そして、ミーサに耳打ちをした。
「なっ!!」
ミーサは、青ざめたようにフギンを見つめる。
「それって……、嘘だよな。アンタ……、何、言ってんだよ……」
「悪い、それが今の俺の考えだ。このゲームを終わらせるための、唯一の秘策だと思ってる」
「でも、なんで……」
「あの時、あいつらは俺らの正体を知った。これ以上、あいつらと敵対する理由はねえ」
意味深長な発言をするフギン。それには、ミーサも理解したような顔をする。フギンは、早くすべてを終わらせたいと考えているのだ。そして二人は、サタールに内緒である計画を実行することにした。
その頃、ユウナはまたバルコニーで一人、考え事をしていた。言うまでもなく、SPをどのようにして救うかだ。ダンジョンをすべてクリアすれば、この世界のデータは跡形もなく消去される。しかし、それが悪用されると考えると、そうした方がよいだろう。
今思えば、この世界に住を置いてもう二年以上だ。あの時は、まだこのような長丁場になるなど、想像もしていなかった。その時、ユウナはなぜか相場のあの言葉を思い出した。
『俺もう、お前の無理してる顔見るのが、辛くてさ。我慢して、自分の感情抑えこんで、それでも幸せっていえるのか? 俺は、違うと思うんだ。だから、お前にはずっと笑っていてほしい。お前には、ずっと笑顔でいてほしいんだ』
果たして自分は今、笑えているのだろうか。上を見上げると、雲が風に流されていくのがわかる。それは、まるでどこかへ行くために、急いでいるようにも見えた。
『昔は俺がついていないと何もできなかったけど、今はちゃんと自分の考え持って、そんなお前見てると俺、なんか嬉しくなって……』
大輝も、最期までユウナのことを気遣ってくれていた。これ以上思い出すと、また涙が溢れ出てきそうだ。次に思い浮かんだのが、もう何年も会っていない友人たちだ。
『ユウナは、どんな仕事がしたいの?』
『私、デザイナーになりたいんです。だから、そのために留学しようと思っていて。出発は明日なんですけど』
リンは今ごろ、どうしているのだろう。まだイタリアにいるのか、それとももう日本に帰ってきているのか、それもわからない。久しぶりに連絡しようとも思ったが、驚かせてしまわないだろうか。そのような想像をしているうち、ユウナの心は少しずつ晴れていた。そう言えば、弟の義輝もイタリアに留学した。
『疲れてんだよ。もう、ほっといてくれよ』
『大学卒業したらすぐ、向こうに行くことにした。だから、しばらくは日本に帰ってこれないと思う』
もしかしたら、二人は向こうで出会ったのかもしれない。そうならば、ユウナもリンとまたどこかで会えるかもしれない。人は、繋がりを辿っていけば誰にでも行きつくことができる。そういうものなのかもしれない、とユウナは感じていた。
時に、リカは何をしているのだろう。
『困ってる時、助けてくれる人とか、色んなこと、教えてくれる人が側にいてくれる、そんなユウナちゃんたちが羨ましかったんだ』
『私たち、友達だよね?』
『私もユウナちゃんを見習って、やりたいことをする、言いたいことを言う、そんな生き方をしてみたいって思ったの』
リカとは、様々な会話をした。大学で再会し、そしてまた、それぞれの道へと歩き出した。今ごろ、きっと幸せな人生を歩んでいることだろう。そう思いたかった。
民宿を経営していた初子にも、この間は会いそびれてしまったが、元気なら一度会いに行こうと思った。
『私は、ここにあんたを住まわすつもりはないよ。わかったら、もう帰んな』
『これで、私が喜ぶとでも思ったかい』
初子が倒れた時、この世界で写真をプログラム化した亡き夫と対面させたことも、今ではよい思い出だった。
その時、ユウナを呼ぶ声がきこえる。
「ユウナ~!」
見ると、ミカとアカリが手を振っている。ユウナもそれを見て、二人のところに走っていった。
「どうしたの?」
「ユウナこそ、何してたの?」
「ちょっと……、考え事。それより、二人はここで何してたの?」
「ユウナと同じ」
「えっ?」
ミカの言葉に、ユウナは思わずきき返してしまった。そして、ミカが続けて言うのだ。
「なんか、落ち着かなくて。あの様子だと、今回も何かありそうだなって思ってさ」
「どういうこと?」
すると、アカリが説明した。
「うちにもよくわからないけど、裏があるってミカちゃんが言い張ってるんだ」
「裏?」
ユウナがミカを見ると、
「私も、わかんないけど、なんかそういう気がするの。あれ、直感的なやつ」
と、言うのだった。
「だから、すごく不安で動いてないと落ち着かなくてさ。何かできることはないかなって二人で考えてたんだ」
「合成もしたけど、戦ったことない相手だから、どの子を強化したらいいかわからなくて」
ミカに加え、アカリも不安気な顔をする。ユウナも、二人の話には納得するしかない。ユウナ自身も、そのようなことばかり考えてしまうため、今まである種の現実逃避をしていたのだ。すると、
「取り敢えず、中、戻ろっか」
とミカが言うので、ユウナとアカリもそうすることにした。それにしても、ここ最近は「不安」というワードが頭の中から消えた日はない。それだけ、今のSPは危険に溢れているということなのだろう。
その後、三人は縁側に座り、ただ黙りこんでいた。何を話しても、幸せを感じられない。いったいこの先、どうなってしまうのだろう。そればかりが、彼女たちの脳裏を支配していく。
「これから、どうなるんだろうね。私たち」
ついに、ミカが言葉を発する。しかし二人とも、それには答えられなかった。今までの場合、ここで鼓舞し合うところだが、そのような気持ちには到底なれなかった。その時、上の方から声がきこえた。
「おう、お前ら、不貞腐れてんな」
三人が声のした方を向くと、プテラドスに乗ってフギンが降りてきたのだ。三人とも、それには驚きを隠せなかった。
「ちょっと、何しに来たのよ!」
真っ先に突っかかったのはミカである。フギンもそれを読んでいたのか、真面目な顔で三人を見ていた。ユウナは冷静に、フギンに質問した。
「あの。何か、ご用ですか?」
「あぁ。ヘルヘイムのことは、知ってると思ってな」
「はい」
「俺らは、そいつが目覚める時刻をお前らに伝えに来たんだ」
それをきいて、三人は固まってしまった。敵であるフギンが、なぜ自分たちに情報提供をするのか、全く理解できない。無論、ミカは信用していないようだった。
「ちょっと、また何か企んでるんじゃない? わざと私らが有利な方向に仕向けて、自分たちは美味しいとこだけ持ってこうとしてない? それに何よ、俺らって。あんた、一人じゃない」
ミカが言うと、すぐさま返答が返ってきた。
「俺もいるぜ」
そして、目の前にキマイラに乗ったミーサが現れた。
「だから言っただろ、信用されねえからやめとけって」
ミーサはキマイラから飛び降りると、フギンに言った。その言葉をきき、ユウナは疑問に思った。
「あの、どういうことですか?」
「言っただろ。お前らは本来、この戦いには関係のない存在だった。しかし、伯父さんによって巻きこまれた。だから、俺らはお前たちを救いに来たんだよ。今日から、お前らの味方になる」
フギンが言うので、また三人は戸惑ってしまった。まさか、サタールを裏切るというのか。さらに、フギンは続ける。
「伯父さんよりも、俺たちの方がオヤジの動向について熟知している。俺らの手を借りた方が、事をスムーズに運べると思うぜ?」
「でも、私たちに協力したことが知られたら、どうなるんですか?」
「もう、ここにはいられなくなると思う。オヤジは、マークした相手を永遠にこの世界に入れなくすることができる力を持ってる」
「じゃあ、自分の首を絞めてるみたいなもんじゃん。あの人は、四六時中いろんな方法でSPの中を監視してるんでしょ?」
「いずれは、必ずバレるだろ」
ミカの問いにも、冷静にフギンは答える。それをきいて、フギンとミーサは相当の覚悟をしてここに来ていることがユウナにも読み取れた。ユウナも、二人を信じる決心をした。
「……わかりました、お願いします。二人も、いいよね?」
ユウナが、ミカとアカリを見た。二人は顔を見合わせ、しばらく黙っていたが、やっと決心したのか、頷いた。それを見て、ユウナも嬉しくなった。それでも笑うのを抑えて、二人を中に案内した。そこで、フギンから詳細をきかされた。
「ヘルヘイムが復活する日は知ってるか?」
「はい。5月22日ですよね」
ユウナが答えると、
「あぁ、夜明けとともに目覚める。やつはそう設定しているらしい」
と、フギンは言うのだった。
「でもさ、どこから出てくんの?」
ミカがきくと、フギンは地図を示しながら答えた。
「ダンジョンは五層に分かれてる。つまり、一層ごとにボスモンスターが設置されてるんだ。やつは、そこの最上階にいる。ここからは予想なんだが、恐らく天井をつき破って外に出てくるだろう」
「それはそれは、派手なお出ましで。で、私らは何すればいいわけ?」
「たしか、教授は攻略組と待機組に分かれるようにって言ってたよね」
アカリは、正彦の言った言葉を記憶していたようだ。
「そいつは名案だ。それなら、まず待機組はダンジョンの近くで様子を窺う。あの近くは、オヤジのいる城に近いからな、多くの護衛モンスターがウロウロしてるんだ。そいつらが襲ってきたら、構わず応戦してくれ。次に攻略組は、ダンジョンの中に入って眠っているヘルヘイムを強制的に起こすんだ」
「起こすんですか?」
「そっちの方が、早く終わるからな。でも、できるだけギリギリの時間まで粘ってくれ。オヤジやその部下たちに気づかれる可能性があるからな」
「わかりました」
「で、それで誰がどの組に入るの?」
ミカがきくと、ユウナは言った。
「攻略組は、私とミカでいいと思う」
「あたし?」
「攻略には、教授が発明したあの機械を使うことになると思うから、一番乗りこなせる人がいた方がいいと思うの」
「あぁ、アレ? ていうか、それだったらあの子の方がいいんじゃない? 運転しながらちゃんと相手に攻撃できるし」
「鶴ケ崎さんは……、待機組に入ってもらおうと思って」
ミカの提案に対し、ユウナは自信なさげに言った。たしかに、レイカは戦闘には向いている。しかし、ユウナには確信を持てることがあったのだ。
そして当日、正彦は研究室でまた手を動かしていた。すると戸が開き、美千子が盆を手にして入ってきた。コーヒーを持ってきたのだ。
「あなた、休まなくて大丈夫なの?」
「あぁ、心配はいらん」
眉間に皺を寄せながら、正彦は答える。すると、美千子の後ろからヒロインも顔を出す。
「ついに今日ですもんね。でも、大丈夫ですよ。先輩たちなら、きっと何とかしてくれるはずです!」
「そうか……」
「みんなで、祈りましょう」
珍しく、美千子も正彦の計画に反対しなかった。それが正彦にも嬉しかったらしく、
「……そうだな」
と、穏やかな笑みを浮かべていたのだった。
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