正彦が目を覚ますと、そこは病室だった。その周りには美千子をはじめ、真司や慎一郎、そして悠二郎もいた。それを見て正彦も状況を把握したのか、申し訳なさそうに話した。
「みんな、すまんね。また、このようなことになってしまって」
すると、美千子は首を振った。
「いいの。あなたは、今はゆっくり休んでください」
「研究所は、どうなってる?」
「今、ヒロインちゃんが残って何とかしてくれてるわ。だから、安心して」
「そうか……」
正彦は呟くと、天井を見つめていた。どうしても、気になるといった顔だ。それを感じとったのか、真司は言った。
「お父さん、安心してください。彼女たちなら、きっと大丈夫ですから。今は、ご自分の身体のことだけを考えてくださいね」
「……わかった。そうする」
「ありがとうございます。では、看護師さんを呼んできますね」
真司が正彦に告げると、部屋を出ていった。部屋を出てから、真司はふと立ち止まった。そして、拳を握りしめる。このようなことになるのは、初めからわかっていた。しかし、それを防げなかった自分に腹が立ったのだ。しばらくの間、病院の廊下で真司は悔しさに支配されていた。
その後、悠二郎も慎一郎とともに病室を去った。
「お医者さん、何か言ってた?」
悠二郎が尋ねると、慎一郎は少しくぐもった表情になる。
「……そんなに、深刻なの?」
「……ガンだそうだ」
「えっ……?」
悠二郎は、言葉に詰まった。それは、流石の悠二郎も想像していなかった。慎一郎は、さらに続けた。
「それも、かなり末期のものらしい」
「そんな……、こんな大事な時期に……。そのこと、本人には伝えたの?」
「……とてもじゃないけど、言えそうにないな。美千子さんも知ってるけど、しばらくは言わない方向でいこうって話してた」
次に悠二郎の脳裏に浮かんだのは、やはりユウナのことだ。大学時代から一緒に大半の時間を過ごしてきた恩師が、あと僅かしか生きられないと知ったらきっと動揺してしまう。
「ユウナたちには……、言わないでおこっか」
「それがいい。今は、目の前のことだけに集中させるべきだな」
悠二郎の意見に、慎一郎も賛成した。ユウナがもし、正彦の病気のことを知れば、あの世界を抜け出してきっと正彦に会いに来るだろう。その間に、サタールが攻撃を開始したらほかのメンバーだけでは太刀打ちできなくなるかもしれない。そうならぬよう、ユウナには伏せておくべきだと考えた。
二人がしばらく足を進めると、ベンチに真司が腰かけているのを見つけた。それを見て、慎一郎は声をかける。
「お~い、真司。お前、まだいたのか?」
真司は顔を上げ、二人を見るが、元気がない様子だ。
「どうしたんだ?」
慎一郎が隣に座り、心配そうに尋ねた。
「俺、どこで間違えたんだろな……」
「は?」
「父さんが倒れることくらい、最初から見抜いてたはずなのに……。なんで、もっと早くに……、病院へ行けって言えなかったんだろ……」
それをきいた二人は、真司の心中を察した。真司も、今回の件に関して少なからず責任を感じているのだ。それを励まそうと、慎一郎が真司の肩に手を回す。
「お前がそんなに落ちこむ必要なんてない。全体の責任だ。俺たちだって、ちゃんと見てたら気づけたはずだから」
そう言われ、真司は慎一郎を見る。すると、真司は少しだけ笑顔を取り戻した。
「そうだな、悪い」
それをきいて、慎一郎も安心して手を離す。そして今度は悠二郎の方を見て、
「おい、次男坊。一緒に飯でも食ってくか?」
と、真司は言った。
「あ、えっと……、次男坊?」
いきなりすぎて悠二郎は少しだけ困惑したが、それでも真司が元気になってよかったと思うのだった。その後、三人は病院を出て外食することにした。
一方、ユウナたちにはヒロインが状況を伝えていた。
「え? 宝玉が破壊されるってどういうことよ?」
「わ、私もよくわからないんです。でも、教授が言うには可能性は高いらしいです」
ミカにきかれ、ヒロインは少し焦燥感に駆られたように言った。次に、ユウナが尋ねた。
「それで、教授は今どこにいるの?」
「それが……、また倒れてしまって……」
「えっ?」
「でも、安心してください。また働きすぎで倒れてしまっただけだと思いますから」
ヒロインも、事情はメールできいていたが、事実を教えてはならないと言われたため、嘘を吐いたのだ。しかしこの時、ユウナはなぜか予感していた。正彦に、また何かあったのではないかと。一方、ミカは本当だと信じきっているようだ。
「よかった~。教授が重い病気にでもなっちゃったのかと思った」
「ミカちゃん、不吉なこと言わないで」
アカリは、少々不安気だ。
「それで、しばらくは私が教授の代わりに指令塔をしなければいけないのですが、誰も、私の指示なんてきいてくれませんよね……?」
「当たり前でしょ? なんで私たちがアンタの言うこときかなきゃなんないのよ」
ミカは、ヒロインに言った。しかし、ユウナは冷静に皆を見ると、
「でも……、教授がいない以上、誰かが代わりをしなければいけない。だから私は、信じようと思うの」
と言って皆を納得させたあと、またヒロインの方を向いた。
「私たちに何かできることがあったら、何でも言ってきて」
「は、はい。わかりました!」
ヒロインも、予想していなかったように答えた。事態は深刻だ。少し脇見をした途端、すべてを失いかねない。この世界を守るために、最後まで戦い抜かなければならないのだ。
「それで、宝玉の場所はわかってんの?」
ミカがきくとヒロインは、
「あ、はい。ちょっと待っててくださいね」
そう言って席を立つと、研究室を出ていった。ヒロインは、ミーサを探しにいったのだ。宝玉の場所を知っているのは、サタールとその手下、そしてフギンとミーサだけだったからだ。今は、ミーサにきくしかない。ヒロインが、
「ミーサさん、ちょっといいですか?」
と言いながら、部屋の戸を開けた。しかし、そこにミーサの姿はなかった。
「あれ……、いない……」
先ほどまでは、たしかにこの部屋にいたはずなのだが、どこにもいない。ヒロインは、急いで研究室に戻るとユウナたちに言った。
「すみません。どこかへ行ってしまったようで……」
「誰が?」
ミカは、不思議そうに尋ねるのだった。
そのミーサは、研究所の庭にいた。そこに座り、野生の花々を眺めていた。穏やかな風が吹いているが、ミーサの心は穏やかではない。何より、兄のことが気がかりだったのだ。フギンは、間違いなくサタールによって洗脳されていた。それ故に、ミーサを二度とあの世界に入れないようにしたのだ。ミーサは、自分の右手首につけられた銀の輪っかをただ眺めていたのだった。
ヒロインの話をきいたユウナたちは、騒然としていた。
「じゃあ……、やっぱり裏切りがバレたんだ……」
「はい。だから、もうSP内には入れないようにしたんだと思います」
「なんか、可哀想だね……」
ミカとアカリは、ミーサのことを心配していた。いや、二人だけではなくユウナも同じ気持ちだった。ミーサの今の気持ちを想像するだけでも、胸が痛む。アカネも、もの悲しそうな表情をしている。ヒロインは続け、
「でも、彼女ならすべての宝玉のありかを知っていると思うんです。教授も、そんなことを言ってましたから」
と、言った。それをきいたユウナも、
「……わかった。じゃあ、あの子が話せるようになったら、私たちに引き合わせてほしい。教授が元気になるまでに、私たちはほかの宝玉を探し出すから」
そうヒロインに伝えた。
「了解です。それでは、お願いしますね!」
ヒロインが言い終えると、そこで通信は終了した。
「あの子、ほんとに状況理解してんの?」
ミカは、今も不安そうだ。しかし正彦が倒れてしまった以上、仕方のない状況と言えるだろう。ユウナは、自分がもっとしっかりしなければならないと自分に言い聞かせ、立ち上がるのだった。
「大丈夫! みんなで協力し合えば、きっとうまくいくから」
それをきいたアカリは、
「そうだね」
と、笑顔で言う。
「今は、そうするしかないよね……」
ミカも、ユウナの言葉を理解しているようだった。次に、ユウナはアカネを見た。
「アカネさん。前に、モンスターたちの健康診断で使っていた機械はありますか?」
「あぁ、ビルズ・パリティのこと? けど、何に使うん?」
「私、思ったんですが、宝玉ってゲームで言うと進化合成用のモンスターじゃないですか。それなら、何か反応があるかもしれないと思って」
「でも、そんなん言うてもモンスターなんてSPにはいっぱいおるしなぁ。まぁ、やってみるだけ、やってみよか」
「ありがとうございます!」
ユウナは、笑顔でアカネに礼を言った。
「ユウナちゃん、賢いね」
「こういう時だけ、頭回るんだ」
アカリに続いて、ミカも何気にユウナをからかった。しかしユウナは気にせず、今できることはほかにないかと考えていた。そんな中、あまり気乗りしない表情をしている者もいる。レイカだ。レイカもまた、ほかのことで悩んでいたのだ。異なる二つの事象に圧し潰されそうな閉塞感を、誰にも相談できずに一人で味わっていたのである。
病院では、正彦が美千子にご飯を食べさせてもらっていた。状況は深刻であり、自分で何かをするにしても誰かの手を借りることが多くなっていた。すると、部屋にまた真司が入ってきた。
「父さん、具合はどうですか?」
「あぁ、もうだいぶ落ち着いたよ」
「……そうですか。今日は、これを持ってきましたよ」
そう言いながら、真司は正彦にタブレットを見せる。それを見て、正彦も嬉しそうな顔をした。これがあれば、病室にいてもユウナたちと連絡が取れるというわけだ。美千子が、
「ほんとに、この人のために何でもしてもらって悪いわね」
と言うと、真司も笑った。
「いえいえ。そのくらいのことは、助手として当然ですよ。それに、親子じゃないですか」
「そうね……」
美千子も、そう言って正彦を見つめていた。真司は、電線にコードを繋いでいる。誰かのために何かをするということは、どのようなことであっても素晴らしいものだ。それをまるで、象徴するかのような光景であった。繋ぎ終えると、真司は正彦に告げた。
「父さん、終わりましたよ」
そして、正彦にタブレットを渡す。正彦はそれを受け取ると、
「ありがとう」
と、真司に言った。それを見て、真司も笑い返していた。その時、真司のスマホがなる。真司は、
「失礼します」
と告げ、病室を出て電話に出た。
「もしもし? はい、そうですが……。えっ?」
真司は、目を丸くする。いったい、何があったのだろうか。真司から流れ落ちる、冷汗。それが意味していたことは、想像を遥かに超えるものだった。
SPでは、とっくに日が暮れていた。現実世界とほぼ同じ速さで、時間が過ぎていく。その日は宝玉を探しにいったが、見つけることはできなかった。
「今日はダメだったね、また明日探しに行こうね」
アカリが、ユウナたちを鼓舞するように言った。ユウナも、
「そうだね」
と答えるが、内心非常に焦っていた。早くしないと、手遅れになってしまうかもしれない。気になって、今夜は眠れなくなりそうだ。しかし夜になると、森の中は真っ暗になるため、昼よりも危険なのは明白だ。夜行性で危険なモンスターも、活動を始める。流石に、夜は敵も動かないだろう。そう信じて、皆はそれぞれの部屋に戻ることにした。
ユウナはミカやアカリとともに、部屋に戻った。
「今日も疲れた~!」
ミカはそう言いながら、布団の上にダイブした。それを、アカリも呆れながら見ている。ユウナは、悠二郎が帰ってしまったあと、二人と一緒の部屋で寝ることにしていた。
「ちょっと、手洗い行ってくるね」
ユウナは二人に告げると、部屋を出ていった。因みに、レイカは別室で一人で寝ていた。ユウナが何度も一緒に寝ようと誘ったのだが、誘った回数だけ断られている。ユウナは、レイカの部屋の前を偶然通りかかった。中を覗くと、レイカは縁側に腰かけ、空を眺めている。声をかけようとも思ったが、また冷たい返答をされるのではないかと躊躇っていた。
ユウナの存在に気づいていないレイカは、まだ夜空を見上げていた。それは、後ろから見ていても寂しそうに見える。その時、レイカのスマホが鳴った。電話がかかってきたのだ。レイカは、
「もしもし?」
と、力ない声でその電話に出た。
『あ、起きてた?』
その声は、真司だった。どうやら、現実世界からでも電波が届くらしい。そのことには触れずに、
「どうかしたの?」
と、レイカは真司に尋ねた。すると、真司が言った。
『落ち着いてきいてほしいんだ。君の兄さんが……』
「兄さんが?」
『取材中、銃弾に巻きこまれて、死亡した』
しばらく、その部屋は静寂に包まれた。物音ひとつしない。
「何、言ってるのかわからないんだけど……」
『俺も、初めは信じられなかった。でも、残念だが本当らしいんだ。それで、君に……』
真司が言い終わらないうちに、レイカはその場にスマホを置いて立ち去った。
『おい、もしもし! きこえる?』
電話越しに真司が呼びかけるが、レイカはふり返らずにどこかへ行ってしまった。その一部始終を見ていたユウナは、急いで彼女のスマホに駆けよると、電話に出てみた。
「もしもし……?」
そこで、ユウナは真司からすべてをきいた。仲間のことを、ユウナは何も知らなかった。そんな自分に対して羞恥と憤りを感じつつ、レイカを探しにいったのだ。
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
-
中谷優奈
-
鶴ケ崎麗菓
-
月見里美香
-
夢野あかり
-
池谷大輝
-
相場善秀