2022年7月1日、ユウナは宝玉がある場所に向け、森の中を走り続けていた。前を走っていたミカがふと足を止め、
「これ、何だろ?」
と、落ちていた花弁を拾いながら言った。それは、鮮やかなピンク色をした花だった。
「どうかしたの?」
ユウナが尋ねると、ミカは答えた。
「これ、この辺に生えてる花だっけ?」
それをきき、ユウナは辺りを見渡した。言われてみれば、それと同じ花は近くに一本も生えていない。花弁の大きさから、風でここまで飛んできたとは考え難かった。ミカは、さらに続けた。
「私、この花見覚えある」
「えっ?」
「なんか、洞窟っぽいとこの近くに生えてなかった?」
「それ、本当?」
ユウナがきき返すと、ミカは頷く。ミカの言う通り、この辺の花でないことは確かだ。だとすると、誰かが故意でここへ持ってきたということになる。ユウナは、ミカの持っている花弁をまじまじと見つめていた。
第四十八回
レイカは、霧の中を歩いていた。深く、一寸先も見えないほどだ。やがて、霧が晴れていく。完全に晴れると、そこはなんと京都の街だったのだ。何度も歩いた歩道橋が、懐かしく感じられる。車の通る音、近くを通る人の話し声、何もかもが懐かしかった。そして、目の前に立っていた人物に、レイカは目を奪われる。そこにはレイカの母、智美の後ろ姿があった。歩道橋の上で、智美はゆっくりと後ろをふり返る。そして、レイカに微笑んだ。それはまるで時間が停止したように、あの頃のままだった。
「母さん……」
「レイカ、元気だった?」
相変わらず、優しく声をかけてくれる母に、レイカは駆けよった。
「……久しぶり」
智美は、レイカを見つめながら言った。それをきいてレイカも、
「いつ帰ってきたの」
と、きいた。
「ついさっきよ。ごめんなさいね、ろくに連絡も寄こさずに。でも、もう安心して。私は、もうあなたの側から離れない」
「母さん、兄さんが……」
レイカは智美に、兄の訃報を伝えようとした。しかし智美は、
「知っているわ。私も、悲しい……。だからこそ、あなたにはこれ以上寂しい思いはさせたくない。だから、イギリスから帰ってきたの」
と言った。それをきいたレイカも、嬉しそうに微笑んだ。これは、レイカがずっと待ち望んでいた光景だった。すると、また霧が濃くなっていく。そして、智美の姿がレイカの目の前から消えた。レイカは戸惑い、
「母さん……? どこにいるの……? 返事して、母さん……!」
そう言いながら、智美を呼んだ。そしてまた、レイカを不安が襲う。
「もう私の側から離れないって、言ったじゃない……。どこにいるの?」
レイカの視界が、だんだんと暗くなっていった。
目を開けると、そこは薄暗い部屋の中だった。部屋と言うよりは、洞窟のように見える。レイカは動こうとすると、身体が動かない。ふと見ると、両手が鎖によって岩に繋がれていた。今まで見ていたのは、夢だったのだ。しかもそれは、誰かに見せられた夢であると、レイカは悟った。そこに、ある足音がきこえてきた。その足音は、ゆっくりとレイカの方へ近づいてくる。顔を上げると、そこに立っていたのはフギンだった。
「やぁ、やっとお目覚めか」
「あなた、私をどうするつもり?」
レイカが言うと、フギンは笑い出した。
「サタール様のご命令でな、フィフス・フォリアの一人を捕らえるように言われたんだ。意外にも、すんなりといって大助かりだぜ」
フギンの様子から、レイカは事情を察した。
「あなた……、操られてるのね」
「操られてる? それは、あんたらも同じじゃねーのか?」
「どういうことよ」
「あの教授って人にさ、指示されてここに入ったんだろ? だったら、あんたらはあの男に操られてる。俺と、同じようにな」
そう言いながら、フギンはレイカに近づいてくるので、レイカは咄嗟に大声を上げた。
「来ないで!」
しかし、フギンは確実にレイカに迫ってくる。レイカは、フギンから顔をそむけた。
「いい夢、見れたかよ……?」
フギンの言葉をきき、レイカは恐る恐る顔を上げるとそこにはフギンの顔があった。先ほど見たものは、やはり夢だったのだ。レイカにとって、あれはいい夢だった。しかし、改めて夢だと悟った瞬間、レイカは何かが失われたような感覚に陥った。
「俺が、見させてあげたんだぜ」
フギンの視線を感じながら、レイカはフギンの目を見ないように努めた。見てしまうと、どうにかなってしまいそうに思えたからだ。恐る恐る顔を上げると、フギンの後ろに様々なものが転がっているのが見えた。その中に、懐中電灯のようなものも見える。その時、フギンはグイッとレイカの顔を上げた。
「どうした? そんなに、俺が怖いのか?」
フギンの目は、赤く充血している。それを見ていると、レイカは突然の吐き気に襲われた。まるで、自分の脳を誰かにかき混ぜられているような、不快感を味わった。さらに、フギンは続ける。
「ここには誰も来ない。大人しく、俺たちの仲間になるんだ」
レイカは、また目を逸らそうとするが、フギンに頭をつかまれて強制的に視線の位置を戻される。今のフギンは、自分の目を見た人間を洗脳できる能力を持っているのだろう。もしかしたら、目に強い光を当てれば元に戻すことができるかもしれない。しかし、懐中電灯まで距離がある。レイカは、必死に思考を巡らせた。きっと皆は、レイカが監禁されていることなど知らないだろう。それならば、自分で何とかしなければと思いきりフギンに蹴りを入れる。フギンは、その衝撃で後ろ向きに倒れた。しかし、フギンはすぐに起き上がると、レイカの両肩を乱暴につかみ、後ろに押しつけた。
「いい度胸してるじゃねえか、お嬢さんよう。だが、お遊びはここまでだ。俺たちの仲間に加わって、ほかの四人を潰すんだ。この世界と一緒にな!」
レイカは、だんだんと力が抜けていくのがわかった。次第に、意識が朦朧としてくる。いったい自分の人生は、どこで間違ってしまったのだろう。本来ならば、京大を卒業したあと、それなりの職についていたはずだ。それなのに、なぜなのだろう。レイカは、そのようなことを考えていた。そして、すべての感情を投げ捨てた。どうにでもなればいい、そう思った瞬間だった。
思いきり、部屋のドアが開かれる。そこに、あるモンスターが侵入してきた。それは、アイスオーガという水属性のモンスターだ。アイスオーガは、フギンに対して攻撃を開始する。フギンは、アイスオーガの攻撃をすべて避け、そして剣を出すとそれを突き刺した。次の瞬間、アイスオーガは消えてしまった。
「どこから入ってきやがったんだ……」
フギンは周りを警戒すると、部屋に誰かが入ってきた。それは、なんとミカだったのだ。
「やっぱりあんただったのね」
ミカは、フギンを見つめながら言った。
「なぜ、ここがわかった」
「この花、落としていったのあんたでしょ」
ミカはそう言うと、フギンに森で拾った一枚の花弁を見せた。その花弁は、もう原形をとどめるどころか枯れ果てていた。
「もしかしたらって思って来てみたら、やっぱりそういうことだったのね。どうせ、彼女を自分たちの仲間にでもしようとしてたんでしょ」
「あぁ、そうだよ。サタール様のご命令は絶対だ」
「……見損なったよ」
「何?」
フギンが怪訝そうな顔をすると、ミカは続けた。
「見損なったよ、あんたのこと。洗脳されてるからって、妹をこの世界から追放したり、自分を見失うなんて、情けないと思わないの?」
「うるせえ!」
フギンが剣を振り落とそうとすると、ミカの前にモンスターが出現し、それを防いだ。「氷塊龍・プレシオス」というモンスターだ。
「私だったら、たとえ洗脳されたとしても、絶対に仲間を裏切ったりしない」
ミカが言うので、
「じゃあ、試してみるか?」
とフギンは言うと、ミカにも近づいてきた。そして、ミカの目を見つめ始めた。レイカも、その様子をただ見ていることしかできなかった。フギンは自分の目から、ミカの目に念波を送る。見ると、ミカの目は赤く変色している。念波がきいたと思ったフギンは、
「じゃあ、あいつも同じようにしてくれ」
と、レイカの方を指さした。すると、ミカはレイカのところに近づいてくる。やはり、ミカはフギンによって洗脳されてしまったのだろうか。ゆっくりとこちらに近づいてくるミカを見て、レイカは目を瞑った。その時、プレシオスは氷の礫を繰り出し、フギンの方目がけて発射した。フギンは咄嗟にバリアーを張り、それを回避する。ミカはふり返り、フギンに告げた。
「言ったでしょ? 私は、仲間を絶対に裏切らないって」
「へぇ、まさかこれがきかないなんてな」
感心したように、フギンはミカを見つめる。
「でも、それでお前らの勝ちが決定したわけじゃない」
また、フギンがミカに歩みよってくる。ミカは、少しずつ後退りするが、やがて足が壁に当たった。もう逃げ場はない。フギンとの距離が、急速に縮まってくるように感じた。その時、レイカがミカに叫んだ。
「目よ!」
「えっ?」
「そこに、小型の電灯があるでしょ?」
ミカが目を配ると、懐中電灯が転がっているのが見える。レイカは続けて、
「それで、そいつの目を照らして!」
と、ミカに助言した。ミカはすぐに動き、近づいてくるフギンの脇を上手く潜り抜けると、その懐中電灯をつかんだ。フギンも危険を察知し、取り返そうと迫った。
「おい、やめろ!」
「早く戻りなさい!」
そう言いながら、ミカはフギンの目を勢いよく照らした。
「うわあぁぁぁぁ!」
その光を見たフギンが、両手で顔を覆って悲鳴を上げる。そしてその場に倒れこむと、黒い何かがフギンの体から出てきた。それは、天井に吸いこまれるようにして、どこかへ消えてしまった。ミカは咄嗟に、レイカの方に駆けよると、鎖を外し始めた。鎖が外され、レイカの両手が自由になった。そして二人は、倒れているフギンに視線を移す。
「大丈夫かな?」
ミカは、そっとフギンに手を伸ばす。すると、フギンはゆっくりと目を開けた。そして起き上がり、周りを見渡した。
「俺……、何してたんだ……」
その言葉をきいて、ミカは歓喜の笑みを浮かべた。
「よかった~」
どっと疲れが出たように、ミカもその場に座りこんだ。その手には、懐中電灯が握られている。それを見て、フギンは大体のことを察した。
「もしかして……、俺、オヤジに……」
「操られてたんだよ」
ミカに言われ、フギンは自分の記憶を辿った。しかし、サタールに会いにいった時までしか記憶にない。そして溜息を吐くと、フギンは天井を見上げながら呟いた。
「情けないな……、俺も。オヤジの考えることくらい、安易に想像できたはずなのに」
それをきいて、ミカにもフギンの気持ちがわかるような気がした。
「あんたは悪くないよ、何も。悪いのは、この世界を滅ぼそうとしてるそのサタールって人だけ。今ね、ユウナが代わりに水の宝玉のところに行ってくれてる。破壊される前に、何としてでもすべての剣を手に入れないといけないから」
「破壊される……?」
「うん。あんたの妹が言ってるんだって。教授も間違いないだろうって。だからお願い、力を貸して。今は、あんたの力が必要なんだ。この戦いに勝つために、私たちに協力してほしいの」
ミカが懇願すると、フギンは立ち上がった。
「剣は、全部集まったのか?」
「多分、まだ……」
フギンがきいてくるので、ミカも答える。すると、フギンは部屋の扉を開けた。外から、眩い光が射しこんでくる。
「じゃあ、すべての剣を集めるんだ。話は、それからだ」
フギンが歩き出すのを見て、
「……どこ行くの?」
と、ミカは尋ねた。するとフギンはふり向き、
「俺は、これから行かなきゃならないとこがある。それじゃ、行ってくる」
それだけ言い残すと、走り去っていった。
「ちょっと待ってよ!」
ミカが呼んでも、もう遅かった。フギンは、一瞬で見えなくなってしまった。しばらくその場に立ち竦んでいたミカは、レイカの方をふり向くと笑顔で言った。
「じゃあ、私らも行こっか」
その後、二人も宝玉を目指すことにした。
「どうして、あそこがわかったの? 花を見つけたから?」
走りながら、レイカはミカに尋ねた。しかしミカは、あっさりと答えた。
「勘よ、勘! あそこじゃないかって思っただけ」
「そう……。それからなんであの時、やつの攻撃がきかないって思ったの?」
それだけが、レイカの中でどうも腑に落ちなかった。すると、ミカは言った。
「教授がね、この世界に来る時、何かの役に立つかもしれないってコンタクトをくれたの。どんな念力も跳ね返すことができる代物だって、渡してくれた。でもまさか、こんなとこで役に立つなんて思わなかったけどね」
ミカの言うことが事実ならば、正彦は本当にそのことを予測していたのだろうか。そのようなことがあるはずない、ただの偶然だとレイカは考えることにした。
「私、思ったんだけど……」
「え、何?」
レイカが言うので、ミカは不思議そうに見てくる。
「今まで、こんな世界、どうにでもなればいいと思ってた。なんでみんな、そんなに必死になってるのか、私にはわからなかった。でも、それは私が無関心だったから。この世界が奪われようと、壊されようと、私には関係ないって思ってた。でも今はそんなこと言ってられない。今は、互いに協力し合うしかない。私も、みんなに協力する。ここで無駄な意地張ってても、仕方ない気がするから」
レイカが言うので、ミカは上を見ながら呟いた。
「今のセリフ、ユウナにもきかせたかったなぁ〜」
その言葉をきき、レイカもフッと笑っていた。
「そうね……」
そして二人は、宝玉を目指して走り続けるのだった。
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