その頃、正彦は病室で治療を受けていた。美千子が、ご飯を正彦の口元に運んでいた。
「病院のご飯は、どうしてこう不味いのかね」
「贅沢言わないの。食べさせてもらってるだけでも、有り難く思わないと」
そんな会話を、近くで真司もきいていた。
真司は部屋を出ると、後方から声をかけられた。
「あのぉ〜」
ふり返ると、そこにはヒロインがいた。ヒロインは花束を抱えながら、不思議そうに真司を見つめている。
「あの、どこに行くんですか?」
「あぁ、これから研究所に帰るんだ」
「でも、もう少しいてあげてくださいよ。私も、これ渡したらすぐに帰りますから」
これは、父親の傍に少しでも長くいてあげてほしいという、ヒロインなりの願いだったのだろう。ヒロインは早くに両親を亡くし、このような経験はもうできない。それ故に、真司にはそうしてほしかったのかもしれない。
「……わかった、そうするよ。幸い、研究所にはあいつらがいるしな」
「はい!」
真司の言葉に、ヒロインも笑って頷いた。そして二人は、再び病室の中へ入っていった。
因みに、あいつらとは慎一郎と悠二郎のことだ。二人は、研究所の一室で話していた。美千子が不在のため、二人はカップ麺に湯を注いで食べていた。
「で、教授の事あの子に話したのか?」
「あぁ、うん。隠し事はしないって、最初にそう決めたからさ。なんか、言わなきゃって感じがしたんだ。でも、失敗だったのかな……。そのせいで、ユウナの気持ちが不安定になっちゃったら、相手の思う壺だ」
悠二郎が話すのを見て、慎一郎が言った。
「お前は間違ってなんかない。言わなかったら、逆にあの子を傷つけてた。何があっても、支え合っていくのが夫婦ってやつだろ? 実を言うと、俺も羨ましいんだ。お前らのこと」
「兄貴のとこは、連絡とか取り合ってないの?」
「最近、やっとゆっくり電話で話す機会ができてきてさ。それでも、まだ距離があるっていうか、二人にも何話せばいいのかわかんなくって。俺のこと、ずっと待ってるっぽいし」
「いつ帰ってくるの、とかきいてくるんだ?」
「まぁ、そんな感じかな」
慎一郎は溜息を吐くと、椅子の背もたれに背中をつけ、天井を見ながら呟いた。
「今が今だし、会いにいけないからなぁ」
「じゃあ、せめて毎日電話くらいしてやれよ。子供たち、寂しがってんだろ?」
悠二郎が言うのをきいて、
「そうだな」
と、慎一郎も答えると立ち上がった。
「じゃあ、ま、電話でもしてくるか」
慎一郎は、そのまま部屋を出ていった。それを、悠二郎も笑顔で見ていた。家族はいつでも、心配してくれる存在なのだ。心配をかけてばかりではいられない。悠二郎もまた、ユウナや大毅のことを思い浮かべていたのだった。
一方、ユウナたちは無事、それぞれの剣を手にして戻ってきていた。これで、すべての剣が揃った。剣を並べると、赤い剣、緑の剣、水色の剣、黄色の剣、そして紫の剣がある。それは、それぞれ火属性、木属性、水属性、光属性、闇属性の力が秘められているという。
「これで、本当に黄金の剣が手に入るの?」
ミカは、剣を眺めながら怪訝そうに言う。
「でも、せっかく集めたんだし、試してみようよ」
アカリが言うので皆、それぞれの剣を手にした。そして輪になり、一斉に剣を天に翳した。しかし、しばらく経ったが何も起こらない。
「何も起きないじゃん! 教授の言ってたこと、本当なの?」
また、ミカが疑いの声を上げる。正彦が提示した紙には、五つの剣を天に翳せば黄金の剣が生成されると書かれていた。しかし実際、黄金の剣など現れなかったのだ。アカネが紙を見つめながら、
「何か、根本的なところで間違ってるかもしれへんな」
と呟くので、ユウナも尋ねた。
「どういうことですか?」
「教授がまだ元気やったころ、この世界のどこかに神王妃の不夜城っていうダンジョンを創ったんよ。というか、それがすべての始まりやった」
「え、どういうことですか……?」
「SPの土台となるデータベースは、どこに格納されてると思う?」
不意にアカネに質問され、ユウナは困ってしまった。急にそのようなことをきかれても、答えられるはずがない。そして、アカネは言った。
「これ、まだ言ってなかったけど、教授が最初に創ったダンジョンは、神王妃の不夜城」
それにはユウナだけでなく、ほかの三人も驚きの眼差しをアカネに向ける。アカネは、さらに話を続ける。
「だから、そのダンジョンがこの世界の言わば心臓部分やねん。まぁ、ダンジョンいうてもほかと違うから、攻略とかはできへんけどな。教授はこの世界を創る際、すべてのプログラムをそこに眠るモンスター、神王妃・ヘラの脳の中に格納してんやんか。もし、そこのデータが書き換えられた場合、この世界は完全に動作が停止して、動かんようになる。うちらも、もう外には出られへん」
「それが、黄金の剣と何か関係してるんですか?」
ユウナが尋ねると、アカネはこう言うのだった。
「うん。データが書き換えられるたび、ヘラはその信号を受け取ってた。本来なら、宝玉なんてSPには存在せえへんかった。だから、その書き換えたデータもその時に読みこんでるはずやねん」
「じゃあ、そこに行けば何か教えてくれるってこと?」
ミカがきくと、アカネは頷く。ユウナも、そのような大事なことを今になってきくとは思ってもみなかった。アカネも、
「今まで黙ってて、本当にごめん。うちも、助手として研究所で働いてる時はそんなこと知らんかった。それくらい、敵に知られたらまずいことやねん。わかってほしい」
と、四人に対して弁解を求める。しかし、その理由ならユウナにも納得できた。そしてユウナは、アカネを見つめながら言った。
「アカネさん。私は、そのダンジョンに行きます。そこで何かわかるのなら、私はそれを知りたいんです。お願いします、私をそこへ連れていってください!」
ユウナが頭を下げて懇願すると、アカネはやはりかと言わんばかりに溜息を吐いた。
「あんたやったら、そう言うと思った。わかった、ついてきて」
それをきき、ユウナは顔を上げる。
「ほんとですか?」
アカネは頷き、
「この世界を救えるのは、あんたしかおらん気がするから」
と言い、ほかの三人を見た。
「あんたらは、どうする? 一人か二人、留守番しててもらわんとあかんねんけど……」
すると、手が挙がった。それはレイカだった。
「私は残る」
「じゃ、うちも!」
次に、アカリも手を挙げる。残るは、ミカだけだ。
「私は、ついてくよ。二人に」
結局、三人が神王妃の不夜城に出向き、二人がその場に残って番をすることになった。三人が出発していくと、その様子を見送りながらアカリがレイカに尋ねた。
「ねぇ、本当についていかなくてよかったの?」
「私は、こっちの方が合ってる気がしたから。あなたこそ、ついていきたかったんじゃないの?」
「だって、レイカちゃんを一人にさせられないから」
アカリの言葉をきき流しながら、レイカは三人の後ろ姿を見つめていた。
「あれ、もしかしてスルーしてる?」
「べつに」
二人は、その後も建物の外で見張りを続けていた。
その頃、正彦の研究室ではミーサが代わりにSPの様子をチェックしていた。その時、不意に誰かからの信号をキャッチした。しかし、ミーサはそれに気づかなかった。ずっと、フギンのことを気にしていたのだ。あれから、どうなったのだろう。中からの情報が完全にシャットされ、何もする気になれない。様子を調べているといっても、実際はただ椅子に座っているだけだ。そんなミーサの耳に、ある声が入ってきた。
「……おい、ミーサ! ……きこえるか、ミーサ!」
雑音に混じった声が、ミーサに顔を上げさせる。目の前の画面に、フギンが映っている。それを見たミーサは激しく立ち上がり、
「兄貴! 何してたんだよ、あんた!」
と、大声で言った。
「あぁ、悪い。でも、もう大丈夫だから。心配かけて悪かったな」
その言葉をきいて、ミーサはホッとしたように再び椅子に腰を落とす。どれほど心配したことか、言葉ではとても言い表せそうにない。
「俺、これから行くところがあるから。じゃあな」
フギンが通信を切ろうとすると、ミーサは呼び止める。
「おい、行くってどこにだよ!」
「……ちょっとな」
「ちょっとってどこだ……」
ミーサが言い終わらないうちに、フギンとの通信が途絶える。どうやってここへ電波を送ってきたのか、今まで何をしていたのかきき出せないうちに、通信が切れてしまったのだ。それでも、ミーサにとっては嬉しかった。フギンが無事でいてくれたことが、何よりの励みになったからだ。
一方、ユウナたちは神王妃の不夜城を目指して森の中を歩いていた。やがて、アカネは足を止め、
「うちも久々に来たけど……、ここだけ何も変わってへんな」
と、上を見上げながら呟いていた。ユウナとミカも同じようにそこを見上げると、崖の中心辺りに城の塔の部分が見える。
「この崖全部が城、つまりダンジョンな」
アカネは、二人に説明してくれた。
「でもさ、神王妃自体はどうやって呼び出すの?」
ミカがきくと、アカネは言った。
「ヘラは、誰かの強い意思によって呼び起こされるらしい」
「強い、意思……?」
「そう。何事にも左右されへん、強い意思」
その時、後ろから爆音がきこえた。何かとふり返ると、モンスターが暴れている。それは、ギガンテスだった。以前、対峙したことがある。まさかと思い、ユウナはその周りを見回していると、
「何を探しているのかしら〜」
と、上方からきき覚えのある声がきこえた。すると案の定、ルリが降りてきた。ルリは三人の目の前に着地すると、
「今日こそ、決着を着けるわよ」
そう言ってくるので、三人は身構えた。すると、さらに後ろから別のモンスターの鳴き声がきこえる。見ると、地面からクラーケンが召喚されるところだ。それにも、見覚えがある。コサカが部下たちを引き連れ、こちらに歩いてきた。
「これはこれは、またお会いできましたね」
「何の用ですか?」
アカネが尋ねると、コサカは笑った。
「あなた方は、これから神王妃を呼び起こそうとしていますね?」
「どうして、それを……」
ユウナが言うと、
「そのくらい、わかりますよ。研究者ですからね」
とコサカは言い、また高笑いをした。また邪魔をされるのか、とユウナは不安になった。その時、アカネが先ほど言った言葉を思い出した。
『何事にも左右されへん、強い意思』
「何事にも左右されない、強い意思……」
ユウナは、小さく繰り返した。
「何をブツブツ言ってるの! そっちが来ないなら、こちらから行くわよ!」
ルリはそう言って、ギガンテスに命令を送った。ギガンテスは、真っ直ぐユウナたちの方に走ってくる。今から、自分のモンスターを召喚している余裕などない。その時、後ろの崖が突然輝きを放った。やがてその輝きは一筋の閃光に変わり、ギガンテスを攻撃した。その衝撃で、ギガンテスは倒された。
「なっ!」
次に、その光はクラーケンも攻撃し、一撃で倒してしまった。それには流石のコサカも、
「な、なんと……」
と言って、顔を青ざめさせている。このままでは、自分たちも攻撃されかねない。そう思ったのか、
「て、撤収!」
そう言いながら、部下たちと一緒に逃げ去っていった。ルリも舌打ちをし、その場から姿を消した。しかし、まだ閃光は消えていない。この光は、ユウナたちの味方なのだろうか。どちらにせよ、ユウナたちにも攻撃してこないとは限らない。
「ここはひとまず、引き上げんで!」
アカネが言うので、二人もそれに従うことにした。その時、ユウナは何かに気づいた。
「あの、待ってください!」
それをきき、二人も足を止める。ユウナの視線の先には、複数の閃光が飛び交っていた。やがてそれらの閃光は一箇所に集まり、やがて人の形を創った。そして姿を見せたのは、神王妃・ヘラだった。
「もしかして……、これが神王妃……?」
ミカもそれを見ながら、驚いたように呟く。すると、ヘラが言葉を話し始めたのだ。
「お前たちか。私を、目覚めさせたのは」
それをきくと、ユウナは前に進み出て言った。
「はい。どうしても、教えてほしいことがあるんです。黄金の剣を、知っていますか」
「あぁ、知っている」
ヘラは、すぐに答えた。
「私たち、宝玉をすべて見つけ、剣もすべて集めました。ですが、黄金の剣はまだ手に入れられていません。それは、なぜなんでしょうか」
ユウナが尋ねると、ヘラはこう言うのだ。
「黄金の剣は……、ほかのところにある」
「ほかのところ……?」
「それはお前たちが剣を生成しようとした時に、何者かが剣の力を、予め指定しておいた場所に呼びよせたのだ」
「剣の力を、呼びよせた……? 誰がそんなことを……」
「私が答えられるのは、ここまでだ。あとは神か、自分の心にきくがよかろう」
そう諭すと、ヘラは消えていってしまった。
「待ってください!」
ユウナが呼び止めても、無意味にほかならなかった。何者かとは、一体誰のことなのか、そしてヘラが言っていた「神」とは、何のことなのだろう。考えたが、頭が混乱して何も思いつかない。その時、誰かがユウナの肩に手を置いた。
「ミカ……」
「ユウナ、大丈夫」
ミカは、ゆっくりと頷いた。それを見ると、ユウナは少し落ち着きを取り戻せた。
「ヘラが言ってた、神って誰のことだろう……」
ユウナが呟くとアカネも、
「せやな……。それがわからんと、次どこに行けばいいかもわからへんし……」
と言って、真剣に考えている。その時、ミカがこんなことを言い出した。
「ねぇ、もしかしてあれじゃない?」
「何か、心当たりがあるの?」
「だって、ユウナ言ってたじゃん。高校の時!」
「高校……?」
あれは、高校の卒業式から帰る電車の中……。
『攻撃を受けたターンに体力が満タンだと、ダメージを少ししか受けないの。まさに神モンスターって感じ』
ユウナはパズドラのガチャを回す度、オーディンが出ることを祈っていた。オーディンのことを、神のように強いモンスターであると信じこんでいた。そんなユウナを、ミカは覚えていたのだ。それをきいてユウナもあることを思い出し、走り出した。二人も、それを追いかけていった。
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