横大路正彦「君たちは……、フンだ」
全校生徒「はぁっ!?」
会場は、騒然となった。講演会に大学教授が出てきたと思ったら、いきなり「フン」だと言われたのだ。
「はっ? 何?」
「フンって、犬のフンとかのフンだよね?」
生徒たちは、ささやき合った。今、ステージに立っているのは、
「今、自分が何をやりたいかわからなくて、迷っている人も多いだろう。そういう人は、糞だ」
ユウナの隣でミカが、
「なんかバカにされてるんですけど」
と呟いた。正彦は会場全体を見渡しながら、話を続けた。
「例えば、君たちは犬のフンだとしよう。そしてその校舎は、犬だ。犬は可愛がられても、道端に落ちているフンは気に留められるどころか、避けられる存在だ。みんな、そうはなりたくないだろう。このままでも、君たちは必然的にこの場所から出られる。しかし、大学や企業を受験していない生徒は行き場がない。そうなるとどうなるか? 周りから哀れな目で見られ、居場所がなくなっていく。そうなれば、あの時にああしていればよかったなど、後悔する者もいるだろう。そうならぬよう、今すべきことは何か。それは、夢を見つけることだ! 夢を見つけ、その夢に向かって今できることをやる。それこそが、未来に求められる最良の道だと、私は思う。そうすれば、今はフンだとしても、いつか犬のように輝ける日が来るだろう。みんなも、それを忘れないでほしい」
ユウナはその話を、余すところなくきいていた。ユウナも、夢を見つけられず、周りを気にしながら焦っていた。だが、その言葉はユウナの心に深くつき刺さった。今しかできないこと、それは今できることなのだ。できることはできる時にやる、そうしないといつかきっと後悔する日が来るだろう。それを、幼き日に出会った人物から教わったのだ。目の前に立っていたのは、間違いなく、あの時に十枚の福引券をくれた男だった。
講演会も終わり、生徒たちは教室に引き返した。
「あー、疲れた。てかさ、さっきの人誰だったんだろうね。例えるの、下手すぎじゃない?」
ユウナの隣でミカは、文句を言っている。
「変わった人じゃったね」
アカリも同じく、正彦に対してあまり良い印象を持っていないようだった。しかし、ユウナは正彦のことを気にしていた。あの日、福引券をくれ、その券で見事一等を当てたのだ。そして十年以上が経ち、家の近所からユウナの部屋を見あげていた。そして、高校での講演会。これは、どういうことなのだろうか。これが運命というものなのか。もしそうだとしたら、これは何を意味するのか。ユウナは考えていると、不意にミカが声をかけてきた。
「ユウナ? どうしたの?」
ユウナは気がつき、
「あ、ううん。何でもない」
と、適当にごまかした。しかし、ユウナは考えることをやめなかった。いや、やめられなかった。今日の出来事は、神様が自分を安心させるために仕向けたことなのか、あるいはいつまでも進路を決めずにいる自分の背中を押してくれているのか、時にそれは不安へと変貌していった。
第四回
ユウナは、その日もまっすぐ家に帰り、部屋に入った。見ると、机の近くの壁に一枚の赤い福引券が貼ってあった。
『はい、十枚。これで、何か当ててくれ』
そう言って、ユウナに福引券をくれたあの男。顔、体型、服装、何もかもそのままで、間違いなく本人だった。こんなことが現実にあるものなのかと、何度も疑った。
ユウナはパソコンで、龍山大学について検索してみた。そこには、正彦のことも書かれてあった。正彦は去年新しくできた、「パラダイス開発研究科」という学科の教授だった。ユウナはそれに興味を持ち、その学科のことを詳しく見ていった。しかし、授業内容はいたって普通で、ただプログラムを組んだり、情報処理の技術を磨いたりする授業がほとんどだ。その学科は去年、正彦自ら申請し、設立されたものだった。学科自体が新しいためか、情報があまりなく、学科名の由来やどのようなことが研究テーマになっているのかは謎だった。
月曜日。ユウナは昼休み、そのことをミカとアカリに話した。
「うわ、怪しすぎでしょ、それ。しかも名前ダサっ」
ミカは名前をきくなり、早くも批判した。アカリも、
「どんなことするんじゃろうね」
と、不可解な表情をした。
「てかさ、みんな受験勉強どうやってしてんのかな?」
ミカは、話をそらした。
「え、ミカちゃんしとらんの?」
アカリは驚くと、ミカはこう言った。
「だってさ、わかんないんだもん、何やっていいかとか。定期テストと違って、一年からの勉強も入るでしょ?」
「賢い人は、どうやって勉強しとるんじゃろうね。うちもよう知らんのよ。そうじゃ、鶴ケ崎さんくらい賢い人は、どういう風に勉強しとるか、これからききにいかん?」
アカリが提案すると、
「えー? あの子苦手だもん」
と、ミカは難色を示した。
「ユウナちゃんは?」
アカリがきくと、ユウナも賛成した。ミカは、しぶしぶ腰をあげた。
三組に行くと、まず最初にユウナが
「ちょっときいていいかな」
「何よ」
「鶴ケ崎さんって、普段どうやって勉強してるの?」
「べつに普通にしてるけど」
レイカが答えると、今度はミカがこう言った。
「もっと変わった勉強法とかないの? みんながやってないようなさぁ」
「別に教えることじゃないわ」
レイカは、面倒臭そうに答えた。ユウナは、
「参考にしたいの。もしよかったら、普段どうやって勉強してるか、教えてほしいんだけど」
と言うのでレイカは、こう答えた。
「そんなこと、人それぞれでいいんじゃない? 一々ききに来ないでよ、うっとうしいから」
「なんでそんな言い方すんのよ!」
ミカも、言い返した。
「それなら、他の人にききにいけばいいでしょ。私なんかより、参考になると思うけど。まったく、そんなこともわからないのかしら?」
「はぁ? あなたの言ってる意味、ワーカリマセーン」
するとレイカは立ちあがり、
「とにかく、もう来ないでね」
と言うと、教室を出ていった。それを見てミカが、
「何よあれ、絡めば絡むほどムカつくんですけどっ!」
そう言った。たしかに、レイカの言う通りかもしれない。わざわざレイカにきかなくても、他の人にきけば、それはそれで参考になる。ユウナは少し後悔していた。
その日の授業が終わり、廊下をユウナとミカは歩いていた。ミカの話の内容は案の定、レイカに対する愚痴だった。
「いつも思うんだけどさ、なんであんなに人煽ってくるんだろうね。ユウナもほっときなよ、あんなやつ」
ユウナは黙って、それを適当に受け流す程度にきいていた。
「そうだ! 今日コンボ祭りやらない?」
「あ、ごめん、進路が決まるまで、しばらくやらないことにしたんだ」
ユウナはやっと危機感を感じ始め、スマホアプリはメールとライン以外は開かないことにしていた。それは、ほんの気休めにすぎないが、もし失敗して浪人することにでもなったら、きっと原因にされるだろうと思った。なるべくなら後悔はしたくない、そう感じていた。するとミカが、
「あ、相場君だ」
と呟いた。ユウナは前を見ると、下駄箱の前に相場が立っていた。ミカが駆け寄ると、ユウナも後に続いた。
「これから部活?」
ミカは、相場にきいた。
「あぁ、お前ら今から帰るのか?」
相場はそう言い、二人を交互に見ると、ミカがこう言った。
「うん、でも今日は寝たい気分」
「勉強しろよ」
相場は呆れていた。すると今度はユウナに、
「中谷はさ、もう大学決まったの?」
ときいてきた。ユウナはドキッとしたように、
「ううん、まだ……」
そう答えると相場は、
「そうか。じゃ、頑張れよ」
と言い、部活へ行ってしまった。そう言われた瞬間、ユウナは胸のあたりを強く打ったような感覚を覚えた。そのことを知らないミカが、
「あー。やっぱかっこいいなぁ、相場君って」
と、呟いていた。ユウナもそれをきいて、気づかれないようにそっと胸に手を当てた。明らかに、鼓動が速くなっているのを感じた。もしや顔も赤くなっているのではないかと思い、ミカに顔を見せないように急いで靴を履き替え、走り抜けた。
「どうしたの?」
というミカの声がきこえたような気がしたが、ユウナはふり返らずバス停まで走り続けた。
それは今までに感じたことのない感覚だった。バス停に着くと、もう一度胸に手を当ててみる。やはり、まだ鼓動は高鳴っている。走ったことも原因としてはあるかもしれないが、それだけではないとユウナは直感的に思った。
明日、相場の顔を見るのが怖いとさえも感じた。相場は、他の男子と比べて大人びたところがあった。それゆえに、女子からの好感度は絶大だった。彼女がいるとの噂が立ったこともあったが、本人は否定していたのだという。ユウナとは二年から同じクラスであり、同じ班になったことがきっかけで親しくなった。どちらかというと尊敬できるタイプで、よくテスト前などに勉強を見てもらうこともあったが、あのような感情を抱くことはなかった。なのに何故今突然、そうなってしまったのか、自分でもよくわからなかった。でもあの言葉を聞いた瞬間、急に息苦しくなったのだ。
ユウナは気持ちを落ち着かせ、帰宅した。家にいるのは、弟の
ユウナは台所で、インスタントのコーヒーを落としていた。弟はまだテスト期間ということにもかかわらず、ソファーに寝そべって漫画を読んでいた。
「勉強しなくていいの?」
「あとでやるよ」
ユウナが心配そうにきくと、義輝は顔をあげずに答えた。
そしてユウナは、コーヒーを持って二階に上がった。コーヒーを自分の机に置くと、一旦ベッドに座った。ユウナは、まだ相場のことが気になっていた。
『頑張れよ』
という、相場の声が頭の中でこだましている。
『相場君のことが、好き……』
その時に思い出したのは、親友のリカの言葉だった。転校する直前、リカは勇気をふり絞ってユウナに打ち明けた。しかしその恋が実らないまま、京都へと引っ越していった。そのことを考えると、ユウナは自分が相場を好きになってはいけないのだと思っていた。そうなることが、リカに対する裏切りのような気がしていたからだ。考えていても仕方がない。今日のところは忘れよう、あれは気のせいだったのだ。ユウナは自分にそう言いきかせ、ようやく立ちあがった。
そして机に向かうと気持ちを切り替え、パソコンを開いた。そして、また例の学科についていろいろと調べることにした。が、案の定、新たな情報はつかめなかった。『パラダイス開発研究科』という名前にも、引っかかるところが多少あった。何故この名前にしたのか、本当は何をする学科なのか、考えれば考えるほどわからなくなった。斬新といえば斬新だが、ミカには「ダサい」と言われてしまった。
入試科目の欄を見ても、よくある構成だった。二科目の場合、数学が必修で、国語と英語が選択で選べるようになっていた。しかし、まだ気になるという段階であったため、この学科を受けようとまではこの時は考えていなかった。
ユウナはしばらく画面を見つめていると、ドアが開いた。
「姉ちゃん」
ユウナを呼んだのは、義輝だった。ユウナはふり返ると、
「ポストに、こんなのが入ってたんだけど……」
義輝はそう言って、封筒をユウナに見せた。ユウナが手に取ると、表に「龍山大学」と書かれ、中身はパンフレットだった。もちろん、資料請求をした覚えはない。だとしたら、ユウナがこの大学についていろいろと調べていることを、相手は知っているのだろうか。ユウナは、少し不気味に思った。
「これって、龍山大学だろ? 理工系はかなり難易度高いって。それに今、結構有名になってきてるよな」
義輝が言うのをきき、ユウナは資料をめくっていった。義輝の言うように、関西の大学においてかなりの人気を誇り、全国からも支持を集めていた。外国語学科などは、毎年のように留学生を何人も出し、新聞記事にも取りあげられることがよくある。
その中で、理工学部など理系が、近年になってレベルを上げてきているという話は、高校でも何度か耳にしていた。その主力者ともいうべき人物が、あの横大路正彦なのであった。しかしその時、ユウナはまだそれを知らない。
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
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中谷優奈
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鶴ケ崎麗菓
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月見里美香
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夢野あかり
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池谷大輝
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相場善秀