「ミカ!」
ユウナは、ミカの手をつかもうと手を伸ばしたが、届かなかった。ミカは、木の隙間に吸いこまれていった。
「ミカー!」
ユウナはアカネと一緒に、岩崩をどうにか回避した。やがて、岩崩は治まった。周りを見回すと、レイカやアカリとも逸れてしまったようだ。
「どうやら、治まったようやな……」
「私、みんなを探しに行ってきます!」
「ちょい待って!」
ユウナが行こうとするのを、アカネが服をつかんで止める。
「今は、あんま動かん方がいい。また、いつ敵に見つかるかわからへんから」
「でも……」
「安心しぃ。みんな、きっと無事やから大丈夫」
アカネは、ユウナを励ますように微笑んだ。ユウナもそれを見て、少し落ち着きを取り戻した。
「はい」
そうして、二人はしばらくその場で待機することにした。それでも、やはり不安に思う気持ちは深まった。ほかの三人も、今ごろ無事なのだろうか。それだけが、何よりも案じられるのだった。
第四十九回
レイカとアカリは、同じ場所にいた。二人も、岩崩を何とか回避して森の中にいた。
「逸れちゃったね。ユウナちゃんたち、大丈夫かな……」
アカリは、歩きながら呟いた。その前を、レイカが黙って歩いている。アカリは、
「ねぇ、どこ行くの?」
と、レイカに尋ねた。
「出口を探してるのよ。ずっと迷い続けるなんて、ごめんだから」
「でも、わかるの?」
「わからないけど、何もしないよりはマシでしょ?」
そう言いながら、レイカは只管足を進めた。しばらく歩くと、出口が見える。アカリはそれを見て、目を輝かせた。
「見て、出口!」
二人が森を抜けると、広い場所に出た。しかし、安心したのも束の間。向こうには崖が広がっている。もう、これ以上先には進めない。
「ねぇ、どうする?」
「どうするって……、引き返すしかないでしょ」
レイカは不安そうに言うアカリの質問に答えると、また森の中に入ろうとした。その時、人が歩いてくるような音がきこえた。音からして、二人以上だろう。アカリは、怖がって足を踏み出せなかった。
「ねぇ……、誰か来てるよ……」
やがて、森の奥からふたつの影が見える。形や大きさからしても、ユウナやアカネではないことは確かだ。とすると、敵の可能性が高くなってくる。
「に、逃げよう……!」
「逃げるってどこによ。もう逃げ場なんてないじゃない」
レイカは、どうにでもなれといった様子で言う。その影は、だんだんと二人に近づいてきた。もうだめだ、そう思った時……。
「よかった、もう会えないんじゃないかって思ったよ」
どこかで、きいたことのある声だ。よく見ると、慎一郎が手を振りながら歩いてくる。その隣には、真司もいた。二人を見ると、アカリが真っ先に駆け出した。そして慎一郎に飛びつくと、
「怖かったよ~」
と言い、胸に顔を埋めた。アカリの頬を、無数の涙が伝う。
「よしよし、もう安心していいぞ」
慎一郎は、そう言ってアカリの頭を撫でている。まるで、小さい子を宥めているようだ。アカリは低身長のため、尚更そのように見えた。真司もレイカのところに来て、
「怖かった?」
ときくとレイカは目を逸らし、
「べつに」
そう答えた。アカリと比べて、態度が冷たい。真司は最初から予想していたのか、フッと笑った。
「じゃ……、戻ろうか」
真司が手を差し出してくるので、レイカはその手を素通りして歩き始めた。真司も仕方なく、それについていった。そして四人は、現実世界との出入り口がある建物に戻ることにした。一旦そこに戻り、敵の様子を探るのだ。敵に見つかる前に、速やかに森を抜けた。二人が来なければ、どうなっていたのだろう。レイカは、珍しく弱気になっていたのだ。
一方、森の奥ではミカが気を失っていた。岩崩に巻きこまれたものの、辛うじて下敷きにはならなかったのだ。ミカは気がつき、ゆっくりと目を開けた。ぼやけた視界に、人の影が見える。ミカは起き上がると、上を見上げた。
「やっと気がついたか?」
それは、なんとフギンだったのだ。
「あんた、こんなとこで何してんのよ?」
「助けてやったのに、その言い草は何だ? まぁ、いいけどよ」
どうやら、フギンが助けてくれたらしい。それにしても、フギンが今までどうしていたのか、気になるところだ。
「あんた、今までどこにいたのよ?」
「ちょっとな……。それよりも、仲間のところに帰らなくても大丈夫なのか?」
「逸れちゃったの。わかってたら、すぐに帰るっつーの」
ミカがプイッと向こうを向くと、フギンが隣に座った。
「あたしたち、これからどうなっちゃうんだろ……」
ミカは、溜息混じりに呟いた。
「お前は、何になりたかったんだ?」
フギンがきいてくるので、ミカは少し間を置いてから話した。
「IT技術者になりたかったの。でも、もう遅いかなぁ。せっかく学校出たのに、なんか損した気分」
「損はしてねえんじゃないか?」
「えっ?」
「ネタができただろ? ここでいろんな冒険したって、面接の時に言えるじゃんよ」
「ちょっと、そんなことしたら教授の研究がバレちゃうじゃん」
ミカが言うと、
「……どの道、この世界はもうすぐなくなる。それは、避けられない事実だ」
と、フギンは言うのだ。その顔は、少し悲しそうにも見えた。
「でもさ……、誰も信じてくれないでしょ。この世界に来た人間にしか、信じられないと思う」
「でも、この経験をネタにして、小説でも書けば売れるんじゃねえの?」
「無事に帰って来れたら、ね。もしもこの戦いで負けちゃったら、二度とここから出られなくなるかもしれないし」
「そうだよな……。でも、もったいないと思うぜ。せっかくこんな体験ができたんだから、それを多くの人間に知ってもらわないと。もしもそれでお前が成功したら、俺も食わせてもらうかな」
「……え? どういうこと?」
ミカは、不思議そうにフギンを見つめる。フギンは、何を言いたいのだろう。そして、フギンは身体ごとミカの方を向くと言った。
「この戦いが終わったら……、俺と、結婚してほしい」
それをきいた瞬間、ミカの顔は赤く染まる。
「え? 何? フラグ?」
「違う。好きなんだよ、お前のこと。これだけは、どうしても伝えておきたかった」
「私も……」
ミカは、フギンと目を合わせることができなかった。それでも、フギンの視線を感じる。そしてミカは思いきって顔を上げると、やはりフギンと目が合った。その瞬間、フギンがミカに口づけをする。ミカも目を閉じて、フギンの熱を感じていた。ずっと望んでいた、誰かと恋をするということ。それがようやく叶ったのだ。もっとフギンと一緒にいたい、それだけが頭の中に浮かんだ。しかし、フギンは立ち上がると告げた。
「それじゃ、俺はもう行くぜ」
「え、どこに?」
「また、オヤジの動向を探ってくる。すまん、どうしても行かなきゃならねえんだ。安心しろ、気づかれないように上手いことやる。お前は、仲間が来てくれるまでここを動くんじゃねえぞ」
フギンは身を翻すと、歩き始めた。ミカも立ち上がり、声をかけようとしたが無駄だと悟った。ここで呼び止めたところで、フギンは考えを変えることはしないだろう。言葉にできない切なさを噛みしめながら、ミカはただフギンの後ろ姿を見送っていたのだった。
ユウナとアカネは、ずっと待っているわけにもいかず、一旦森を抜けようと歩いていた。二人が歩いていると、モンスターの鳴き声のようなものがあちらこちらからきこえてくる。前を歩いていたアカネはユウナに対し、ふり向きざまに言った。
「離れたらあかんで。今のSPでは、何があるかわからへんからな」
「はい」
ユウナも答えると、またモンスターらしき鳴き声がきこえる。しかし、それはどこかで何度もきいた鳴き声だった。ユウナは、それをきいてすぐに主がわかった。
「レッド……?」
それは、ユウナが「レッド」と名づけているホノりんだったのだ。前を向くと、レッドが飛び跳ねながらこちらに向かってくる。レッドは、ユウナの胸に勢いよく飛びこんだ。
「レッド、どうしたの?」
ユウナはレッドを撫でながら言ったが、もちろん返事はない。きっとユウナにだけ懐くようにプログラミングされているのだろうが、改めて考えるとやはりすごい。アカネが、
「この子も、きっと何かから逃げてきたんやろな」
そう言うので、
「何か……?」
と、ユウナは顔を上げて尋ねた。
「あの黒い炎も、きっとプログラムでできてる。それも、悪性のウイルスで。飲みこまれたもんは、きっとファイルごと分解されて消されてしまう。この子は、それを理解してるんやと思う。最悪、すべてのモンスターをファイアウォールにでも入れるしかないわな」
「ファイアウォール……」
レッドを抱えながら、ユウナはアカネの言葉を繰り返す。「ファイアウォール」とは、ウイルス対策としてデータを一時的に保管しておく場所だ。ユウナは再びレッドを見ると、レッドも笑いかけてくる。本当に心が入っているのかと疑うほど、感情が伝わってくる。
「この子を……、どこか安全な場所に移せますか?」
「せやな……、でもまずはこの森を抜けることが先や。急ごう」
「はい」
二人は、また歩き始めた。ユウナはレッドを抱えたまま、アカネについていった。正彦のためにも、必ず解決策を見つけ出さなければならない。サタールが次に何をしてこようと、必ず勝ってみせる。それだけは、揺るがなかった。
研究室では、悠二郎たちが画面越しにSPの様子を見ていた。空はどんよりとし、青空が広がっていた時の面影すら残してはいない。皆、暗い顔をしている。
「あ……、あの。私、お茶入れてきましょうか?」
ヒロインは言うが、誰も何も答えない。悠二郎の隣には、二歳半の大毅がいる。大毅は、正彦の部屋にある機械を興味津々に眺めている。大毅は椅子によじ登り、正彦のパソコンのキーボードなどを叩いている。それを見た悠二郎が大毅を抱きかかえると、
「こら。じっとしてなきゃダメだろ。今、母さんたちが戦ってくれてるんだから」
と、注意した。すると、悠二郎は不意にミーサと目が合った。
「大毅、最近どうも落ち着きがなくてさ。どうやら、ユウナに会いたがってるらしい」
悠二郎は、そう言うとミーサに笑いかけた。
「あんたらって、ほんとに仲いいんだな……」
ミーサも、悠二郎を見ながら言った。
「あぁ……、うん。でも、君もお兄さんと仲いいんでしょ?」
「兄さんは……、俺の知ってる兄さんは、もうどこにもいない」
「そんなことない。そう思うのは、君が君自身を殺してしまってるからだ」
ミーサの言葉を、悠二郎は否定した。
「どういうことだよ?」
「ユウナからきいたよ。君、小さいころは素直だったんでしょ? だから、もうちょっと可愛くしてみてもいいんじゃないかと思うんだ。自分のことを“俺”なんて言わずに、“私”って言ってごらん」
「私……? なんで、今さら……」
ミーサが恥ずかしそうにすると、
「そんなことない。今からでも、十分変えられる。みんなそうだから」
と、悠二郎は言った。
「今からでも……、変えられる……」
ミーサが呟いていると、さらに悠二郎は続けた。
「じゃあさ、笑ってみてよ。女の子らしく、笑顔で」
「いや、そんなことできねえよ……」
「昔を思い出して。恥ずかしがらずに、笑って」
すると、ミーサは口許を吊り上げる。
「こ……、こんな感じか?」
ミーサは恥ずかしそうに、頬を赤く染めている。
「そうそう。もっと柔らかくすれば、いい笑顔だよ」
悠二郎も、そう言って微笑んだ。ミーサはまた、恥ずかしくなって下を向いてしまった。その様子を、ヒロインと美千子も見ていた。美千子は椅子に座りながら、微笑ましそうに見守っていた。すると、部屋の電話が鳴った。美千子は立ち上がり、急いでそこに行った。
「はい、もしもし?」
美千子は、電話を取った。そして相手から何かをきいた瞬間、
「えっ……?」
と声を上げ、受話器から手を離した。それを、悠二郎やヒロインも驚いた目で見ていた。いったい、何があったのだろうか。
美千子は、急いで病院に駆けつけた。病室に入ると、看護婦が美千子に気づいた。
「奥さん……」
「主人に、何があったんでしょう」
「いえ……。今は、だいぶ落ち着いていらっしゃいます」
ベッドの方を向くと、正彦が眠っている。
「抗がん剤の治療を続けておりますが、いつどうなるか……」
看護婦の話をきくに、状態は深刻のようだ。美千子はベッドの横に座って、正彦の手を握った。そして、涙を流している。美千子にとっても、これは辛い現実だった。すると、看護婦は言った。
「奥さん、お辛いでしょうけど、先生のお話しではあと半年もつかどうかだそうです」
それをきいて、美千子はさらに涙を流した。しかし、看護師はこう言うのだ。
「ですが、考えようによってはあと半年も時間があります。その間、是非ともご主人の傍にいてあげてくださいね」
「はい……」
美千子も、そう返事をした。そして、また正彦の手を強く握る。美千子は正彦の寝顔を見つめながら、どうにか笑顔を作ろうと努めた。それを見て看護婦も微笑すると、病室を出ていった。落ち着いた美千子は、一旦研究所へ帰ろうと思った。立ち上がったその時、
「美千子……。来ていたのか……」
という声がするので、美千子がふり向くと正彦がこちらを見ている。正彦は痩せ細っているが、穏やかな表情をしていた。
「あなた、今日病院から電話がかかってきて、様態が急変したって……。私、それきいて心臓が止まるかと思ったわ。でも……、大したことなくてよかった……」
美千子は、正彦に事情を教えた。すると正彦が美千子に、こう尋ねてくる。
「私は……、あとどのくらい生きられる?」
すると美千子は、また椅子に座って正彦を見つめた。
「大丈夫。必ず治るって、先生仰ってたわ。あなた、今年で定年でしょ? あとちょっとよ。それに、退職パーティの時に主役がいなかったら、寂しいでしょ? だからそれまでに、必ずよくするって。だから、諦めちゃダメ」
美千子の話をきいて、正彦は微笑した。それを見ると、美千子も安心して笑い返した。この時、正彦は気づいていたのかもしれない。もう自分が、あと少ししか生きられないということを。それでも美千子を悲しませぬよう、笑顔を保っていたのだ。
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
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