乗り物から降りた五人は、走って出口に向かった。そして、研究室に続くセイントドアを潜った。異空間を走り抜けると、研究室に出た。部屋には、ミーサだけがいた。アカネは五人全員が研究室に入るのを見計らい、機械を操作してセイントドアにシールドを張る。モンスターが、外の世界に飛び出してこないようにするためだ。
ミーサは、フギンやサタールがいないことに気づいた。
「おい、兄貴とオヤジは!?」
それをきいて、ユウナは首を振った。それを見るとミーサは、セイントドアに突っこんでいこうとした。それを、アカネが止めに入る。
「離せよ!」
「待って、もうあかんって! あんたも、消されてしまうねんで!? 第一あんた、もうこの中入れへんやん」
「いやぁ~! オヤジ、兄貴~!!」
ミーサは、暴れながら泣き叫ぶ。
「離せ、離せよ~! 兄貴が死ぬんなら、私も死んでやる!」
その時、誰かがミーサを突き飛ばした。ミーサは倒れこみ、顔を上げるとそこにミカが立っている。
「あんたの気持ちは……、わかるよ。でも……、もう無理なの。それだけは、わかって。私だって……、私だって辛いのよ!!」
ミカが怒鳴ると、ミーサはすべてを察したように泣き始める。
「約束したの……。この戦いが終わったら、結婚しようって……。私も、本当は辛いの。だから、わかってよ……」
ミカも、そう言いながら涙を流していた。その直後、シールド越しに沢山のモンスターたちが集まってきた。その中にはユウナが所持していた、レッドの姿もある。ユウナは、セイントドアに近づいた。
「レッド……、ごめんね……」
「ユウナ……、離れて」
アカネは、レバーを握っている。それを引くと、完全にSPは消去されてしまうのだ。
「待ってください、もう少しだけ……」
ユウナがレッドを見つめると、レッドもユウナを見つめながら、涙を流しているように見えた。レッドもきっと、寂しいのだろう。SPが消えてしまうと、勿論レッドやほかのモンスターも皆、消去される。
「ごめんね……。君は、現実の世界では生きていけない。でも、このままにしておくと、大変なことが起こるの。だから、許して」
ユウナの目から、また涙があふれ落ちる。ミカやアカリは勿論、アカネも泣いている。これまで無表情を貫いていたレイカでさえも、目を兎のように赤く染めている。
「……いくで?」
アカネが言うと、ユウナは立ち上がってドアから離れる。アカネは、思いきりレバーを手前に引いた。その瞬間、ドアが爆発し、その爆音が研究室だけでなく、建物全体にまで及んだ。部屋中に煙が立ちこめ、それが治まると壊れた機械が顔を出す。ユウナはそれを見て、また涙を流した。
「レッド……、ごめんね……」
ユウナは、初めてレッドと会った時のことを思い出していた。急にスマホから飛び出し、家の中を無邪気に駆け回っていた。次に、突然家を訪ねてきた正彦から「育ててほしい」と言われ、スマホで飼うことになった。あの時も、大層驚いたものだ。
室内に、暗い空気が流れる。それを変えたのは、レイカだった。
「いいじゃない。どうせ、魂なんて宿ってなかったんだから」
しかし、ユウナは言った。
「魂は……、宿ってたよ。私にはわかった。だから、レッドは私の気持ちもわかってくれたの」
ユウナは、顔を上げた。その顔は、もう泣いてはいない。いつまでも悲しんでいたら、レッドたちに申し訳ない、そう思ったのだ。ユウナは笑顔で皆を見渡すと、
「教授に、報告しにいこう。全部、終わったって。あの世界は汚されることなく、終わりを迎えたんだって、教授に言いにいこう」
と、言った。それをきいたミカも、
「よし、じゃあそうしようか」
そう言って笑った。その反応は、ユウナにとって予想外だった。それ故に、嬉しかったのだ。アカリやアカネも、笑顔で頷いていた。そして皆は、正彦へ報告に行くことにした。
しかし、正彦の意識はなかったのである。ユウナたちは、看護師から説明を受けた。
「横大路様は少し前から声をかけても反応がなく、あとどのくらいもつか……」
「そうですか……」
ユウナは正彦を見ると、まるで眠っているようだった。あと少ししか余命がないと言われても、実感がない。アカリは、看護師の話をきいて泣き出している。ユウナもこれから、できるだけ正彦の側にいてあげようと心に決めたのだった。
病院の廊下では、真司と慎一郎が椅子に腰かけ、話していた。
「それで、相手の目的はあの世界を征服することだけだったのか?」
慎一郎がきくと、真司は答えた。
「わからん。叔父さんが死んだことにより、本当の目的が何だったのか、不明のままだ。検証しようにも、もうあの世界はどこにも存在しない。プログラムが、完全に破壊されたからな。そのプログラムを構築した本人である父さんも、いつどうなるかわからない状態だ」
「そっか……。本当に、終わったんだよな。何もかも……」
「まぁな」
真司は窓の外を見ると、青空が広がっている。真司はそれを、数日ぶりに見たような気がした。
「そういえばさ、お前、告ったんだっけ。あの子に」
慎一郎が、急に話を変えてきた。それをきき、真司は顔を朱く染める。その顔を見ると、慎一郎は笑いながら言った。
「ははぁ~ん、さてはフラれたのか」
すると、
「そうだよ……」
と、真司は呆気なく答えるのだった。
「でもまぁ、それには理由があるんだけどな」
「理由?」
「あぁ。あいつ、これから外国に留学に行くんだってさ」
「へぇ……」
慎一郎は立ち上がり、真司の肩に手を置いた。
「でもま、よかったじゃないか。相手もお前のこと、嫌いじゃなかったんだろ?」
「そうか?」
「そうだよ。お前のおかげで、素直になれたようなもんだしな。だから、向こう行ってもやっていけると思う。だったら、応援してやれよ。いい年したおっさんが、六つも下の子を好きになったんだからな」
それをきいて、真司も笑みを浮かべる。そして真司も立ち上がり、慎一郎に言った。
「じゃあ、今度は俺がお前の恋を応援するぜ」
そして真司は、向こうに歩いていってしまった。
「おい、どういうことだよ!」
慎一郎も、そう言いながら真司を追いかけた。しかし真司は、
「そんなの、自分にきけ」
などと、はぐらかしていた。
一方、ユウナは病院前のベンチに腰を下ろしていた。七月特有の生暖かい風が、頬を掠めていく。道行く人が、忙しなく流れていくように感じられた。すべて、終わったのだ。そのことが、ユウナにそう感じさせていたのかもしれない。
しばらくして、誰かがユウナの隣に座った。ユウナはふと横を見ると、そこにはレイカがいた。
「鶴ケ崎さん……?」
ユウナは、不思議そうにレイカを見つめた。
「あなたはどうするつもり? これから」
「えっ……?」
急にレイカにきかれ、ユウナは戸惑った。
「私は……、新しい仕事見つけようかな。悠二郎さんと大毅のためにも、頑張らないと」
「そう……」
「鶴ケ崎さんは? これから、どうするの?」
今度は、ユウナがレイカに尋ねた。すると、レイカは言うのだ。
「私、留学しようと思って」
「留、学……?」
それは、ユウナにとって予想もしていなかった返答だった。
「まだ何をやるかは決めてないけど、京大で語学やってたから、向こうに行って、教師をしようと思ってる」
「小説家の夢は、もういいの?」
「叶えられない夢に一生懸命になるより、叶えられそうな夢を選んだ方がいいでしょ?」
「そうだね」
ユウナは微笑むと、また前を見つめた。その時、不意に不安が襲ってきた。
「でも……、私も日本じゃもうろくな職に就けないかも。もうすぐ二十八になるし、どこもとってくれない気がするの」
「そんなことないわ」
その言葉に、ユウナは再びレイカの方を見る。
「あなたなら、どこか就けるところがあると思うわ。そんな気がするの。だって、あなた優しいじゃない」
レイカも、ユウナを見つめながら話した。それをきき、ユウナは嬉しくなった。レイカにそのようなことを言われる日が来ようなど、思ってもみなかった。
「ありがとう。私、頑張ってみる。会えるといいね、向こうで、お母さんに」
「えぇ、そうね」
そして、レイカは立ち上がった。
「帰るの?」
「これから、手続きに行くのよ」
「もう、行くの?」
「今度の週末」
「見送りに行ってもいい?」
「結構よ、それじゃ」
レイカは、そう返事をすると足を進めた。ユウナは立ち上がり、レイカを呼んだ。
「鶴ケ崎さん!」
レイカがふり向くと、ユウナは言った。
「頑張ってね!」
「あなたも頑張りなさい」
レイカが答えると、ユウナは手を振りながら、
「じゃあね!」
そう言うのでレイカも、
「えぇ、さよなら」
と言い、再び前を向いて歩いていった。ユウナは、ずっと今日という日が来るのを待っていたのかもしれない。レイカとこのような会話ができるのが、ユウナの夢だったのだ。ユウナは、レイカが見えなくなるまで手を振り続けた。
レイカはしばらく歩き、ふと足を止めた。そして、高校時代に母からきいた言葉を思い出していた。
『私ね、ずっとあなたに謝りたかったの。許してもらえるとは思ってないけど、それでもずっと謝りたかった。寂しい思いばかりさせてしまって、ごめんなさい。あなたの名前つけたの私なのに、一緒にいてあげられなくて』
あの言葉を思い出して微笑したのち、レイカはまた歩き出したのだった。その一週間後、ロンドンに向けて出発していったのである。
時間は進み、2022年12月25日。ユウナは実家にて、仕事を探していた。下の階から、母の呼ぶ声がきこえる。
「ユウナ~、ちょっといいかしら」
ユウナは、階段を降りて百合子のところに行った。
「どうしたの?」
「義輝から、手紙が来たの。年明けに帰ってくるんですって」
百合子は、ユウナに手紙を渡した。それには、英語で文章が綴られている。ユウナは、それを微笑ましく思いながら読んだ。また、手紙と一緒に写真も添えられていた。ユウナは、そっと写真を取り出した。その写真は、現地で義輝が撮った写真だった。その写真に写っていたのは義輝のほかにもう一人、リンの姿があった。リンとユウナは、大学で同じ学科に所属していた。
「会えたんだ……」
『イタリアの学校にね、神坂リンって子がいるの。私の、大学時代の親友。もし、向こうでその子に会ったら、伝えてほしい。私は、夢に向かって精一杯頑張ってるって』
『あぁ、もし会えたら伝えておくよ』
あの夜、ユウナが言うと義輝も笑顔でそう言ってくれた。あれから、ちょうど四年ほどになる。それでも、ユウナにとっては懐かしく思えた。
次に、ユウナはリンについても思い出していた。
『ねぇねぇ、どこの出身?』
『えっ、私? あ、東京』
『え、ホントに? 私も東京!』
初めて会った時、リンは気さくに話しかけてくれた。それだけで、ユウナは緊張が和らいだものだ。その後も、いろいろなことがあった。
『せっかく理転までしてきたから、卒業はしようと思う。帰って来いって言うなら帰るけど、でもそれはちょいもったいない気がするから』
『私だけ好きなことやってたら、結局それかって思われるじゃん。まぁ、私が苦労したって知って、向こうもスッキリしたんだと思う』
リンが家出をして、偽名を使って大学に通っていると知った時は、衝撃的だった。父の隆吉と仲直りできたことで、家にも帰れるようになった。そんなリンを見て、応援したい気持ちになったことは、ユウナにとってはいい思い出だ。いつの間にか、ユウナはリンとまた会いたいという気持ちになっていた。
すると、インターホンが鳴った。ソファーで義輝からの手紙を読んでいたユウナは立ち上がり、玄関にいった。ドアを開けると、ミカとアカリが立っていた。
「ユウナ、メリークリスマス!」
そう言いながら、ミカは持ってきた紙袋を掲げる。それを見て、ユウナは思わず笑ってしまった。また、昔に戻ったような気がしたのだ。
その後、ユウナは二人を部屋に入れた。
「ごめんね、遅くなっちゃって」
「ううん。そっちも、今忙しいんでしょ?」
「まぁね。でも、もうすぐ内定もらえると思うし」
ミカは、そう言いながら腰を下ろす。
「そうだ、高校時代のアルバム持ってきたんだけど、見る?」
続いて、ミカは紙袋から一冊のアルバムを取り出した。それを見てアカリも、
「うわぁ~、懐かし~」
と、声を上げた。思えば、あれは運命だったのだろう。たまたま同じ高校を選び、同じ理系を選択した。もしもあの時、互いに違う道を選んでいたら、一緒にあのような冒険をすることもなかったかもしれない。
三人はしばらく、アルバムを見て懐かしがっていた。
「うわ、私写真写り悪すぎでしょ!」
「わ~、鶴ケ崎さんきれい~」
「ユウナもほら、写ってるよ?」
そんな会話をしながら、三人は笑い合った。ようやく、平和が訪れた。あの世界にいたころは皆、笑う余裕などなかった。しかし、今は思いきり笑っていられる。当たり前こそが、奇跡なのだとユウナは思った。
そしてユウナは、二人にあることを提案する。
「今度、美千子さんのところに行くんだけど、よかったら二人もどう?」
「あ、行く行く!」
ミカが、真っ先に答えた。
「うちも行きたい。一度、教授にお線香上げに行かなきゃって思ってたの」
アカリも、賛成してくれた。それをきき、ユウナは嬉しそうに頷いた。
「あれ? そういえばアカリ、彼氏といつデート行くの?」
「もー、ミカちゃんは」
ミカの不意打ちに、アカリは少し恥ずかしそうに言った。
「私も、気になる……」
「もう、ユウナちゃんまで~」
「言っちゃいなよ、どうなってんの? 今」
「今夜、食事行くの……。クリスマスだから……」
「お~!」
ミカは、両手で口を押えながら言う。アカリは、スマホの写真を二人に見せた。そこには、アカリと一緒に一人の青年が写っている。アカリは今、慎一郎と付き合っているのだ。
「で、で、プロポーズは?」
「……まだ」
「今日辺り、来るんじゃないの? クリスマスだし!」
「ちょっと、意識しちゃうじゃん!」
「いいじゃん、だって好きなんでしょ?」
ミカの発言に、またアカリは頬を赤く染める。そんな二人のやり取りを見て、ユウナも微笑ましく思った。そして、これからも親友でいようと改めて誓ったのだ。
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