陽が沈んだあと、アカリは慎一郎のところに行ってしまったため、ユウナはミカと二人で街を歩いていた。街は、クリスマス一色に彩られている。外を歩けば、多くの恋人たちとすれ違う。その時、ミカは呟いた。
「あ~、私も誰か見つけたいな~」
「ミカだったら、そのうち見つかると思うよ」
「そう?」
「うん、なんかそんな気がする」
「そう言ってくれんのは、ユウナだけだよ」
ミカは、ユウナの肩に手を置いた。ユウナも、それを見て微笑した。繁華街の中央には、巨大なクリスマスツリーが飾られている。
「あれ……、プログラムじゃないんだよね」
「えっ……?」
ユウナの発言に、ミカは戸惑いを見せる。するとユウナは首を横に振って、
「何でもないよ」
と言い、また歩き出した。そして、ミカもユウナの後についていった。正彦が創った、あの「セインツ・パラダイス」という世界を、この先も決して忘れることはないだろう。その確信だけが、ユウナの胸中にはあったのだ。
さらに、約八年の月日が流れた。2030年暮れ、ユウナとミカは京都に赴いた。墓地に行き、墓の手入れをした。その中に、正彦は眠っている。
「こんなもんかな……」
ミカが言うと、手を合わせた。それを見て、ユウナもミカの横で手を合わせる。
「教授、また来てくれたんだって喜んでると思う」
「そうだね。アカリも来ればよかったのにね」
二人は、用事を済ますと帰ることにした。歩きながら、ミカがきいてきた。
「ユウナは、今日はもう用事ないの?」
「うん、これから美千子さんのとこに挨拶に行かないと」
「そっかぁ~」
「ミカは、行かないの?」
「私、これから仕事なんだ。もうすぐ大晦日だってのに」
ミカがぼやいているのをきいて、ユウナは思わず笑ってしまった。
「そういや、アカリは愛媛の飲食店を転々としてるらしいよ? 親孝行するために、敢えて地元選んだんだってさ。旦那さんはSEだから単身赴任だけど」
「そうだったんだ。私も、年始辺りは実家に帰ろうと思って。お父さんに新年のご挨拶しなきゃいけないし、お母さんも寂しがってると思うから」
「ふ~ん」
二人がそんな会話をしていると、ユウナのスマホが鳴った。この頃のスマホは、テレビ電話が主流である。
「悠ちゃん、どうしたの?」
電話の相手は、悠二郎だった。
『あ、ユウナ。今日、ちょっと夜用事できたから、先に大毅と一緒に食べててほしいんだ』
「うん、わかった」
悠二郎は、家から電話をかけていた。一軒家を買い、ローンを返している途中だった。
「あ、そうそう。大毅の試合、俺仕事入っちゃったから、代わりに行ってくれるか?」
「あ、うん。残念だね」
「しょうがないんだ。社長からの頼みだし」
すると家の戸が開いて、サッカーボールを持った大毅が駆けこんできた。
「ただいま!」
大毅は、小学五年生になっていた。
『あ、じゃあ、そういうことだから。よろしくな』
「うん、お仕事頑張ってね」
ユウナがそう言うと、電話が切れた。それを見ていたミカが、
「やっぱり、仲いいな~」
と、羨ましそうに言う。
「ミカは、気になる人とかいないの?」
「そうだなぁ~。できれば、趣味の合う人がいいんだけど……。あぁ~、もうアラフォーだもんな~。ユウナはいいよね、好きな人いるし」
「あ、うん……」
ユウナが顔を朱く染めていると、ミカは肘でユウナの腕を突きながら言った。
「もう、このリア充!」
「あ、懐かしい、その言葉!」
二人は、笑いながら歩いていた。ユウナとミカの関係は、この先も決して終わることはない。そのことを、象徴しているような光景だった。
その後、ユウナは一人で美千子が住んでいるアパートに向かった。インターホンを鳴らすと、美千子がドアを開けた。
「あら、ユウナちゃん。また来てくれたの?」
「あ、はい」
「さぁ、上がって」
美千子は、ユウナを中に入れた。
「お仕事はどんな感じ?」
「はい。ちゃんとやれてます。あ……」
「いいのよ、座って」
ユウナはテーブルの前の椅子に腰かけると、
「あの、これ……」
と言い、美千子に紙袋を渡した。それを受け取った美千子が、
「まぁ。こんなにたくさん。本当にいいの?」
そう言うので、
「はい」
と、ユウナは頷いた。
「じゃあ、早速お供えしてくるわね」
美千子は仏間に行き、仏壇に供えた。そしてユウナのところに戻ってくると、
「今日は、どうして来てくれたの?」
と、尋ねてきた。
「教授の、お墓参りに行ってきたんです。ミカと一緒に……」
「まぁ、そうだったの」
「でも、ミカは仕事があるみたいで、私だけここに」
「あの子も、忙しいものね。その……、ITの会社だったかしら」
「はい。ようやく夢が叶ったって、喜んでました」
笑顔で話すユウナを見て、美千子も微笑している。
「で……、ユウナちゃんのお仕事は何だったかしら?」
知っているのに、美千子はわざと質問した。それをきいて、ユウナも笑いながら答えた。
「私もSEとして、自然をプログラムで再現する仕事をしています」
「もし、まだあの人が生きていたら、いったいどんな顔をするかしらね……」
美千子の言葉をきいて、ユウナは正彦の言葉を思い出していた。
『私は、争いがなく、人や自然が仲良く暮らしていける、そんな世界を作りたい。笑顔が絶えることない、そんな世界を作りたい』
『私はそのコンピュータの技術を生かして、現実の自然界を守ることはできないかと考えている』
あの言葉に刺激され、ユウナは正彦の助手として研究を手伝っていたのだ。正彦もまた、その夢を追っていたのだろう。正彦の代わりに夢を叶えたい、ユウナはそう思ったのだ。そして、今の仕事に就いた。正彦にも、今の自分を見せたいとつくづく思うのだった。
ユウナが帰ろうとすると、美千子は後ろから声をかけた。
「もう帰るの? もう少し、ゆっくりしていけばいいのに」
美千子は年をとり、白髪が多くなってきているが、実年齢よりは若く見える。化粧品も、進化し続けているのだろう。
「はい。今日は、早く家に帰らないといけないので」
「そう……、残念ね」
「では、失礼します」
ユウナが戸を開けると、
「ユウナちゃん!」
と、美千子は呼んだ。その声をきいて、ユウナはふり向く。
「また……、来てくれるわよね?」
「もちろんです、失礼します」
ユウナは、そう言って部屋を出た。
ユウナが帰ったあと、再び美千子は仏間に向かった。仏壇の前に座り、そして語りかけた。
「あなた……、もうすぐ夢が叶いそうよ。正彦さんが夢見ていた、人とプログラムが一体となった、美しい世界。私も、それまで生きていられるかわからないけど。でも、あの子ならやってくれるって信じてる」
美千子は、笑顔のまま仏壇の前に飾られてある、正彦の遺影を眺めていたのだった。
年が明け、2031年1月。ユウナは、東京に戻ってきていた。実家に行くまでの間、ユウナは公園に立ち寄った。幼いころ、大輝と約束した場所だ。
『何かあったら、絶対俺に言えよ。俺が守ってやるから』
ユウナは、ポケットからそっとあるものを取り出す。それは、古くなったカセット型のゲームソフトだ。ユウナはそれを握りしめ、公園の中央に行った。
『そのカセットのことだけど、お前が持っててくれ。お守りにしてほしい』
『それが、これからのお前を見守ってくれるような、そんな気がするんだ』
ユウナはその場にしゃがみこみ、手で穴を掘り始める。ある程度掘れたら、そこにゲームカセットを埋める。ユウナが砂を戻していると、そこに声がかかる。
「何してるの?」
前を見ると、小学生くらいの男子が立っている。その子は、不思議そうな目でユウナのことを見つめている。そして、ユウナは答えた。
「私の、大切なお守り」
「お守りなのに、埋めちゃうの?」
「うん。私には、もう必要ないから。そうだ、じゃああと十年くらい経ったら、私の代わりに掘り出してくれる?」
「うん、わかった!」
「約束ね」
「うん!」
その子は、笑顔で答えた。ユウナも嬉しくなり、その子の頭を撫でる。すると、友達に呼ばれてその子は駆けていってしまった。ユウナも、しばらくその様子を同じところから眺めていたのだった。
帰り道、ユウナはふと空を見上げた。どこか、懐かしい東京の空だった。そうだ、あの日の空によく似ている。
『俺、中谷のこと、好きだ』
『俺もう、お前の無理してる顔見るのが、辛くてさ。我慢して、自分の感情抑えこんで、それでも幸せっていえるのか? 俺は、違うと思うんだ。だから、お前にはずっと笑っていてほしい。お前には、ずっと笑顔でいてほしいんだ』
夕焼けが美しい。相場と約束したあの日も、同じような空だった。相場は今ごろ、どこにいるのだろう。ユウナはそんなことを考えながら、実家に向けて足を進めるのだった。
さらに双月半ほどが過ぎ、2031年3月31日。ユウナは、高校時代の仲間と集まる約束をしていた。駅には、すでにミカとアカリが来ていた。
「ユウナ、こっちこっち~!」
ミカは、相変わらず元気だ。
「ごめん、先に行っててくれる?」
「え、どうして?」
「私、これから行かなくちゃならないところがあって」
「わかった、じゃあ先行ってるね」
「ごめんね」
「いいって」
ユウナは、来た電車に乗った。電車が発車していくのを見ながら、アカリが呟いた。
「ユウナちゃんも、大変なんだね」
「そうだね~」
ミカも、わざとらしく言った。二人は、ユウナがどこに向かったのか察しているのだ。ユウナは電車に乗りながら、流れゆく景色を見つめていた。そして気がつけば、今までの出来事を思い返していた。
ユウナ「リカ、リカー!」
「また、やろうね!」
リカ「うん! また!」
正彦「君たちは……、フンだ」
「自然を愛する者は、人も愛する。その心なくして、平和な国は築けない。思いやりがあれば、争いは生まれない」
吉崎「では、これにて解散だ」
惟英「もしかすると、これがその第一歩なのかもしれないな。ユウナにとっての、最初の試練だ」
大輝「俺、今までユウナのこと、妹みたいなやつだと思ってたから、今更そんな風には見れないっつーか……」
初子「かえって気を遣われる方が気分が悪くなる」
美千子「毎日同じように接してあげてるだけで、自然に外へ顔を出せるものよ」
夏姫「あった!」
アニ研部員「おぉ~!」
義輝「もう、ほっといてくれよ」
美希「待ってよ、お姉さんは関係ないでしょ!」
雅也「人は間違えてこそ成長するものだと思うんだよね」
ヒロイン「中谷先輩ってあの人のこと好きなんですか?」
恵「先輩に、思いを伝えて。じゃないと、きっと後悔する」
真宏「俺と、ずっと一緒にいろ」
リカ「たった一つの失敗で億劫になってるなんて、情けないと思います!」
フギン「オーディンは、お前さんを選んだんだ。この世界を救える、唯一の勇者として」
リン「また会おうね!」
悠二郎「僕と……、け、結婚してください!」
ミーサ「中谷ユウナ、俺と勝負しろ!」
千年「あんたやったら、なんとかなる」
相場「初めて、自信を持って言える。必ず、またここに戻ってくるから」
ミカ「ユウナにはわかんないよね、リア充だから!」
悠二郎「ユウナはさ、人を恨んだこととかない?」
フギン「お前らを傷つけたくない。ただ、それだけだ」
レイカ「こんなんじゃ、安心してこの世界を守れないじゃない!」
ユウナ『……レッド・ブレイブ・フレイマー、ユウナ!』
美千子「また……、来てくれるわよね?」
ユウナは目的地に着き、電車を降りた。降りるとすぐ、ホームに立っている女性の姿が目に入る。ピンク色のつばの広い帽子を被り、スカートが風に揺れているのが艶めかしい。すると、強風が吹いてその帽子が舞い上がり、飛ばされてユウナの足元に落ちた。ユウナは、それを拾い上げると女性を見た。長い髪が風に靡き、そして目が合う。その女性は、レイカだった。ユウナは笑顔のまま、レイカに近づいていった。その上空には、雲ひとつない春の青空が広がっていたのだった。
完
これにて、完結です。
一年間、ありがとうございました!
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