数日後、ユウナは友達と「コンボ祭り」という遊びをやった。パズドラのアプリで、より多くのパズルを消した方が勝ちというゲームだ。
「さーて、第一戦、いきまーす!」
ミカが、張りきって言った。それぞれ決めたダンジョンで、ドロップ(パズル)を動かしていく。ミカのほかには、
三人は盛り上がっていると、公園の前を誰かが通った。ユウナはそれを見て、
「あれって……」
そう呟くと、ミカとアカリもふり返った。するとアカリが、こう言った。
「あ、鶴ケ崎先生」
「吹部の顧問だっけ? 帰るのかな。って、あのバスだったんだ……」
ミカもそう言いながら見ていた。吹奏楽部の顧問、
「家庭の問題、結構抱えとるらしいよ」
アカリが言った。ユウナにも、智美の立ち姿を見て、それは予想できた。やがてバスが来て、智美は乗車し、そして発車していった。それを見ていると、
「もうそろそろ帰ろっか」
と、ミカが言いだした。
「うん」
とユウナも答えると、三人は立ち上がってそれぞれ解散した。
智美の抱えている問題は、娘の
「鶴ケ崎先生とバスが同じで、ちょっと話したんだけど」
「あなたには関係ないでしょ」
ユウナが言おうとしていることを察したかのように、レイカは冷たく返した。
「そうだけど、でもちょっと気になったから」
それをきいて、レイカはため息をついた。
「べつに、あなたが気にしなくてもいいことよ。私はあの人が許せないだけ。今更仲良くなんてなれない。そういうことだから」
レイカはそう言って教室へ行こうとすると、ユウナは言った。
「でも、先生も反省してた。だから、もっと信じてみてもいいんじゃない?」
するとレイカはふり返り、こう言った。
「前にも言ったわね。私、あなたみたいなタイプが一番嫌いなの。自分は関係ないくせにいい人ぶって、ほんっと呆れるわ。もう私の前であの人の話はしないでね」
レイカはそう言って、教室に入った。その時、ユウナはバスの中で智美が言ったことを思い出した。
『全部、私が悪かったの。あの子を一人にさせてしまった。あの子も、きっと許してくれるはずない。何度も会って話そうとしたけど、だめだった。わかっていたのに、それが親というものかもしれないわね』
他人が口出しすることではないとはわかっていた。が、なぜだかユウナは、二人が幸せになることを望んだ。それは、人の役に立ちたいという思いの表れだったのかもしれない。
それから試験が始まり、帰る途中にユウナは、同じ高校に進学していた大輝と話した。
「公園のことなんだけど……」
「もう少し、待ってからでいい? お互いに、進路が決まってから掘り出したいの」
「いいぜ」
大輝も、笑って答えた。ユウナも笑顔で頷くと、帰っていった。
その後、ホールで講演会が開かれた。招かれた
「えー、みなさん、はじめまして。今日まで、テストだったかな。話を始める前に、一つだけ言っておきたい。君たちは……、フンだ」
それをきき、全校生徒は一斉に声をあげた。
「はぁっ!?」
ユウナはもう一度、その男の顔を凝視した。ライトが当たり、今度ははっきりと見えた。間違いない、あの時、ユウナに福引券をくれた男だった。
「今、自分が何をやりたいかわからなくて、迷っている人も多いだろう。そういう人は、糞だ」
正彦は会場全体を見渡しながら、話を続けた。
「このままでも、君たちは必然的にこの場所から出られる。しかし、大学や企業を受験していない生徒は行き場がない。そうなるとどうなるか? 周りから哀れな目で見られ、居場所がなくなっていく。そうなれば、あの時にああしていればよかったなど、後悔する者もいるだろう。そうならぬよう、今すべきことは何か。それは、夢を見つけることだ! 夢を見つけ、その夢に向かって今できることをやる。それこそが、未来に求められる最良の道だと、私は思う」
ユウナはその話を、余すところなくきいていた。目の前に立っていたのは、間違いなく、あの時に十枚の福引券をくれた男だった。
「あの、私のこと、覚えていますか?」
中庭で、ユウナは正彦に尋ねた。正彦は、ふり向くと怪訝そうにユウナを見た。ユウナは、真剣な目をして続けた。
「あの時、頂いた十枚の福引券。あれで、一等を当てることができました」
「あっ、君があの時の。それはよかった」
「私、ずっとききたかったんです。何故、私にくれたんですか?」
ユウナは、この十年間の疑問を、正彦にぶつけた。しかし正彦は、
「君は……、自然は好きか?」
と、ユウナにきいた。正彦はユウナを見つめたまま、
「私は、自然を守り、そして人のために何かをする、そんな人材が好きだ。君はあの日、そんな目をしていた」
と、言った。正彦は更に、
「私は、争いがなく、人や自然が仲良く暮らしていける、そんな世界を作りたい。笑顔が絶えることない、そんな世界を作りたい。そのために、大切なものは何だと思う」
と言い、ユウナに質問した。ユウナは黙っていると、正彦はこう言った。
「思いやる心だ」
「思いやる、心……?」
「それは、人も自然も同じだ。自然を愛する者は、人も愛する。その心なくして、平和な国は築けない。思いやりがあれば、争いは生まれない。私は、そう信じている」
「はい」
ありきたりな言葉だが、正彦の目は確かだった。心から、それを願っている。ユウナには、それがわかった。
「私も……、そう思います。そうなってほしいと思います」
正彦も笑い、
「君がこの高校の生徒でよかった。自分の夢を見つけ、それに向かってまっすぐ進みなさい。後ろをふり返らず、ただ前に進むんだ。たとえそれが間違いだったとしても、歩くことを止めてはならない。それだけは、心に留めておいてもらいたい」
そう言った。それをきいたユウナは笑顔で、
「はい」
と答えた。そしてユウナは、龍山大学を受験する決意をした。
ユウナはバス停に向けて歩いていると、
「中谷!」
という声がした。それは、部活動中に校外をランニングしていた、相場だった。
「相場君……」
相場はユウナの前まで走ってくると、
「進路、決まったんだって?」
と、きいてきた。
「うん。龍山大にしようと思って」
「龍山って、あの変な先生がいるところだろ?」
「あ、うん。でも私、決めたんだ。一般入試まであと三ヶ月しかないけど、できるかぎりのことはするって」
それをきいて、相場は笑顔になった。
「……そっか。じゃ、頑張れよ」
相場はユウナの肩を軽くたたくと、公園の方に走っていった。そして、ユウナの鼓動は高鳴りだした。自分の体は、自分の心よりも正直だった。
その時、リカの言葉が脳裏を過ぎった。
『相場君のことが、好き……』
ユウナは、心の中で呟いた。
(私も、相場君が……、好き……)
その後、ユウナは相場のことを意識するようになっていった。
「あのね、相場君。五時になったら、正門前のバス停に来てほしいの」
「え、なんで……」
「話があるの。待ってるね」
帰り、ユウナは相場に伝えた。果たして、相場は来てくれるのだろうか。
ユウナは、公園のベンチに座っていた。手に水滴が当たり、ユウナは空を見あげると、にわか雨が降ってきた。しかしユウナはその日、傘を持っていなかった。雨宿りできそうな場所もなく、一人ただ座っていた。すると、自分の周りだけ薄暗くなった。後ろをふり返ると、相場がユウナに傘を差し出していた。
「何やってんだ?」
「相場君……。あ、山本さんは?」
「もう帰ったよ。お前の話、気になってさ」
ユウナはそれをきき、安心して立ちあがった。一つの傘の中で、二人は向き合った。ユウナの緊張は、いつの間にか治まっていた。
「私、相場君のことが好きなの。ずっと伝えたくて、でも、リカのこと考えると、言えなくて……。でも、後悔はしたくなかったの。ある人に言われたんだ。自分で決めた道なら、後悔はないって。私も、未来に悔いは残したくない。だから今日、伝えようって」
しばらくして、相場が言った。
「ありがとうな。お前のその気持ちだけで、嬉しい。でも、ごめん。今は、付きあえないんだ。お互い、受験とかいろいろあるだろ? だから、もう少し待ってほしい。お互いに落ち着いたら、また話そう」
「そっか……。そうだよね。私が間違ってた。ありがとう。なんか、気持ちが軽くなった気がする。これでやっと、夢に向かって頑張れる」
ユウナの言葉に、相場も微笑み返した。そして、こう言った。
「よし、じゃあ帰るか。お前、傘は?」
「いつもは折り畳み入れてるんだけど、今日は忘れちゃったみたい」
「じゃあ、俺のに入れよ。今日は俺もバスで帰るからさ」
「いいの?」
「気まずいか?」
「ううん。ただ、ちょっと悪いなって」
「なんか、お前と話してると、やなこととか忘れられるな」
その言葉をきいて、ユウナは相場を見つめた。
「いや、何でもない。行こっか」
相場は少し赤くなりながら、歩きだした。ユウナも傘からはみ出ないように、隣を歩いていた。
ある日の深夜、不可解な事件が起きた。午前二時を回ったころ、突然スマホのアラームが鳴りだしたのだ。それをきいて、ユウナは飛び起きた。聴いたことのない音楽だ。もちろん、ユウナは設定などしていない。ユウナはそのスマホに、恐る恐る近づいた。そして手を伸ばした瞬間。本体から、何かが飛び出した。ユウナは、驚きのあまり尻餅をついた。暗くてよく見えないが、生き物のようだった。丸い生物は、飛び跳ねながらユウナの周りをまわっていた。
「リン、リン!」
こんな鳴き声だっただろうか。次に、跳ねて部屋のドアを開けると、部屋の外に出ていった。ユウナは訳もわからぬまま、それを追いかけた。どうやら、一階に行ったようだ。ユウナはそっと階段を下りると、何かがリビングに入っていくのが見えた。ユウナは追いかけ、そっと中を覗いた。その生命体は、部屋を約一周したあと、冷蔵庫の陰に隠れた。それを見ていたユウナは、足音を立てないよう近づき、冷蔵庫に触れようとした時だった。急に部屋の灯りがつき、ユウナはふり返った。見ると、ドアのところに弟の
「何してんだよ?」
「あ、いや。ちょっと……」
「さっき変な曲聞こえてさ。気になって見てみたら、姉ちゃんの部屋のドア開いてたから」
「それより、冷蔵庫の裏に変なのがいるの!」
ユウナは、冷蔵庫の側を指さした。
「は?」
義輝はそう言うと、冷蔵庫の裏を見た。
「何もいねぇじゃん」
「え?」
ユウナも冷蔵庫の裏を覗くと、義輝の言う通り何もいなかった。
「気のせいじゃね?」
しかしユウナは、たしかに見たのだ。あの生命体は、一体何だったのか。そして、どこへ消えたのか。
「疲れてそんな夢でも見たんじゃねぇの?」
弟はそう言って、バカにしたように笑っている。
「でも、たしかに見たの!」
ユウナはそう言い張った。しかし、義輝は信じているようではなかった。
「だって、いなかったじゃん。絶対気のせいだって」
たしかに、見たと証明できるものはなかった。義輝が部屋に戻っていくと、ユウナはしばらくその部屋を探した。しかし、どこにもそれらしき影は見当たらなかった。やはり、夢だったのだろうか。いや、違う。夢にしては、意識がはっきりとしすぎていた。スマホから突然出てきた謎の生命体、あれは一体何を意味していたのか、これから自分の身に何かが起こるのではないか、ユウナは一人、その部屋に立ったまま考えていた。
「え? あたしも見たよ」
翌朝、ミカがそう言うので、ユウナは目を丸くした。
「え? どういうこと?」
「なんかさ、急にケータイから丸っこい変なのが飛びだしてきて」
ユウナは信じてもらえるはずないと思い、話すことをためらったが、昨夜の不思議な体験をミカとアカリに話した。すると、ミカにも同じようなことが起こったのだという。
「それ、何色だった?」
ユウナがきくと、ミカが答えた。
「う~ん。暗くてよくわかんなかったけど、たぶん水色」
ユウナは、昨夜のことを思い出した。ユウナも暗くてよく見えなかったが、たしか赤色のような気がした。するとアカリが、こう言いだした。
「そういえばうちも同じようなん見たよ」
「え?」
「なんかね、夢かな~って思っとったんやけど、二人が見たっていうけん、驚いとったんよ」
「それ、何色?」
「え~と、パズドラに出てくるモンスターにちょっと似とった」
それをきいて、ユウナは思い出した。暗くて気づかなかったが、よく見ればパズドラに登場する、あるモンスターそっくりだったのだ。これはどういうことか、その時のユウナには理解できなかった。
「そういえばさ、前もそんなことあったくない?」
ミカが突然言い出した。
『何がじゃないわよ、あんなことって普通あり得る!?』
『じゃあやっぱり、二人も見たんだ』
『ユウナちゃんも?』
以前、ユウナの目の前に突然、巨人のようなモンスターが現れ、しかもそれを他の二人も見ていたという奇妙な出来事があった。そして、今回の一件。アカリとミカは、気持ち悪がっている様子だった。
一方、京都の私立大学、龍山大学のキャンパスから少し離れた場所に、小さい研究施設がまるで隔離されたように孤独に立っていた。その中で、正彦は熱心にキーボードをたたき、複雑なプログラムを書いている。その音が室内に響き渡り、あとは機械の音だけが鳴っていた。するとドアがノックされ、年配の女性が入ってきた。
「あなた、お客様よ」
それは正彦の妻であり、秘書の横大路
「あなた!」
と、強く呼んだ。それに正彦はようやく気がつき、手を止めてふり返った。
「おぉ、なんだ」
正彦がそうきくと、また美千子は呆れ返った。
「お客様が」
「あぁ、すまんすまん。いやぁ、何かに集中するとつい夢中になってしまってな」
「何の研究か知りませんけど、世の中の役に立つ研究をしてくださいな」
「いや、でもこれは素晴らしい研究だぞ! うまくいけば、世の中に革命が起こる」
正彦は、自信たっぷりに言った。美千子は、何も言う気になれなかった。正彦は、また画面を見つめた。今、正彦がしようとしていることが近い将来、ユウナたちをも巻きこんでしまうことになるのだが、まだそれは誰も知らなかった。
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