高校三年の冬休みが始まるころ、ユウナはミカやアカリと一緒に吹奏楽部のコンクールを見に行った。
コンクール終了後、レイカは廊下の椅子に座っていた。一人、スマホを触っていると、声がかかった。
「隣、いいかしら?」
レイカは見ると、前には智美が立っていた。レイカは頷くと、智美はレイカの隣に座ってこう言った。
「あなたの方から連絡くれるなんて、初めてじゃないかしら」
「べつに」
「今日、来てくれてありがとう」
「ただの気まぐれよ」
智美はレイカを見つめているが、レイカは目を合わせようとはしない。それでも智美は構わず、
「どう思ってるの? これからのこと」
ときくと、レイカは何も答えなかった。
「私ね、ずっとあなたに謝りたかったの。許してもらえるとは思ってないけど、それでもずっと謝りたかった。寂しい思いばかりさせてしまって、ごめんなさい。あなたの名前つけたの私なのに、一緒にいてあげられなくて」
「え?」
レイカは、智美を見た。レイカは父親から、智美は自分が生まれてすぐに家を出たときいていたため、自分の名づけ親はてっきり父の方だと思っていたからだ。
「でも私、やっぱりこの仕事が好きなの。だからついつい仕事を優先させてしまって、お化粧もほとんどしてなくて。でもあなたには、綺麗になってほしいから、その名前にしたの。今思えば、あなたには少し可愛すぎたかしらね。あなたが嫌いになるのもわかるわ」
智美が笑いながらそう言っていると、レイカは口を開いた。
「私は、一度も嫌いになったことないけど」
それをきき、智美はレイカを見つめた。レイカは続けて、
「私も、いつの間にか何も信じなくなってたみたい。集団から逃げて、一人になって、しかもそれを人のせいにして、言い訳ばっかりだった。そして少しでも自分を楽にしようとして、私バカだった。ちゃんと話せば、解かりあえるってわかってたのに。意地張ってて、それでも時々、これ以上距離が開いたらどうしようって、ずっと思ってた」
と言うのをきき、
「レイカ……」
と、智美は呟いた。レイカはさらに続け、
「私の方こそ、ちょっと避けすぎてたみたい。素直になれなくて、ごめんなさい」
そう言った。初めてレイカに謝られ、智美は無意識に涙をこぼした。
「ごめん。私、この年になると、涙もろくなって……」
それを見て、レイカは少し笑った。ぼやける視界の中、レイカの笑顔だけがくっきりと見えた。智美はハンカチで涙を拭うと、こう言った。
「まだすぐにはできないと思うけど、あなたのお父さんとも話したいの。これからのこと」
それをきいたレイカは、
「ええ。父さんは初めからわかってる。昔みたいに暮らしたいって」
と言った。智美は、
「あなたと話せてよかった。これで、お互い、また明日から頑張れる」
そう言うと、立ち上がった。
「受験、頑張ってね。応援してるわ」
智美はそう言うと、帰っていった。それを見つめて、レイカも悔いのない表情をしていた。それを遠くで、ユウナも見ていたのだった。
2013年1月4日。ユウナは受験勉強のため、予備校で講義を受けていた。ユウナはその帰り、
「どっちがいい?」
田中がそう言ってユウナにきくと、ユウナは片方を受け取った。そしてユウナがポケットに手を入れ、財布を取りだそうとするのを見て、田中はこう言った。
「あぁ、いいよ。俺の奢りだから……」
「でも……」
「いいって、気にしないで」
ユウナはそれをきき、缶のプルトップを開けてコーヒーを飲んだ。するとユウナの横に田中が座り、こうきいてきた。
「ねぇ、ユウナちゃんはなんで龍大受けるの?」
「あ、自分でもよくわからないけど、なんか自分に合ってるかなぁって思って。私、人の役に立つ仕事がしたいんです。いろんな人を助けたり、喜ばせられるような、そんな仕事に就きたいんです」
「ふーん、個性があっていいと思うな。俺には、そんな考えはないけど」
「田中君は?」
ユウナがきくと、田中がこう言った。
「俺も、特に理由はないや。そこのとこは、君と一緒」
そして、しばらく沈黙が流れた。すると、田中がユウナに声をかけてきた。
「ねぇ」
「え?」
「もしもさ、今度の前期日程、二人とも合格したら……」
田中がそう言いかけると、すぐ近くを電車が通った。ユウナは、不思議そうに田中を見つめた。田中は、目を合わせようとはしない。
「なんですか?」
ユウナは、続きが気になっていた。すると田中は思いきったように顔を上げ、ユウナを見た。そして田中は立ち上がり、
「もし二人とも合格できたら、俺と、つ、付き合ってほしいんだ」
そう言うのをきいてユウナは、驚いて何も言えなかった。
「返事は、試験が済んだらきかせてほしい。それまでは、忘れて。じゃあ」
田中はそう言うと、前の通りを走っていった。ユウナは呼び止めることもできず、ただ唖然としてそれを見ていた。今日初めてあった男に、まさか告白されるなど誰も思いもしないだろう。ユウナは今までにないくらい動揺し、しばらくその場から動けなかった。
三学期が始まり、昼休みにユウナはそのことを二人に話した。
「え? 告られたの?」
案の定、二人は驚いている。無理もないだろう。
「私、すごく気になってて、忘れてって言われたけど、忘れようにも忘れられなくて……」
ユウナがそう言うと、ミカは言った。
「初めての人に告白するなんて絶対おかしいよ。それさ、ライバルを落とすための戦法なのかも。気がないのにわざと言って、相手を困惑させるとか、そういう系じゃない?」
「そう、なのかな……」
ユウナはそれをきいて、少し戸惑った。
「絶対そうだよ。もう忘れるしかないって!」
ミカにそう言われ、ユウナはあのことはもう忘れることにした。でも、もしそうだとしたら、悔しくも思えた。相手の戦略に軽く乗せられてしまった自分が、恥ずかしかった。
その後日、ユウナたちはサッカーの決勝戦が行われる競技場へ応援に出向いた。しかし、上禅高校はPK戦で惜しくも敗れ、準優勝という結果に終わった。
そしてさらに数日が過ぎ、ユウナは龍山大学の入試に臨んだ。八十分という短い時間だったが、ユウナにとってはとても長く感じられた。そして三教科が終わり、その日の試験は終了した。
そして合格発表の日。無理だとはわかっていたが、ユウナは一応見にいってみることにした。ユウナは試験を受けた大学に行くと、「理工学部パラダイス開発研究学科」を探した。そして雑踏をくぐり抜けて、前に出るとスマホに表示される番号と同じ番号を探した。上から順番に見ていき、自分のスマホと見比べる。そして、ユウナは驚いた。その番号が、ちゃんと掲示板の紙に表示されていたのだ。まさか前期日程で合格するとは思っていなかった。ユウナは、すぐにでも叫びたいという気持ちになった。ラインで両親に報告し、帰路につくとまたあのことを思い出した。
『もし二人とも合格できたら、付き合ってほしいんだ』
駅に着くと、ベンチに田中が腰かけているのが見えた。ユウナは、ゆっくりと近づいた。ある程度近くまで行くと、向こうも気がついたらしい。
「あぁ、来てたんだね。どうだった?」
相手がきいてきた。
「合格でした。でも……」
ユウナが言いかけるとそれを待たずに、
「俺、落ちた」
と、田中は言った。
「えっ?」
「やっぱり、無理してたんだな。理由もなく、ただなんとなく大学行こうとして、それで受かるわけないよな……」
すると田中はユウナを見て、
「前に、言ったこと覚えてる? うまくいったら、付き合いたいって」
ときくと、ユウナは頷いた。
「勘違いしてるかもしれないけど、あれは、本当にそう思ったんだ。なぜなら、君は俺と少し似てると思ったから……」
「似てる……?」
「あぁ。人を喜ばせたいって、君言ってたよね? 俺それきいて、すごいなって思ったんだよ。俺の周りには、そんなやつは一人もいないのに、そう思えるってやっぱすごいと思う。君なら、絶対合格するって思ってたよ」
ユウナは、何も言わずに田中を見つめていた。
「君の、気持ちをきかせてほしいんだ」
田中は、真剣な顔でそう言った。それをきいて、ユウナは言った。
「ごめんなさい。私、好きな人がいて……」
ユウナが言うと田中は、
「わかってる。そう言われると思った」
と言い、立ち上がった。
「これ、俺の奢りな。いろいろ悩ませてしまったお詫び」
田中はそう言うと、ユウナに缶コーヒーをくれた。
「後期試験も、頑張ってみる。まぁ、無理だと思うけど」
田中がそう言うので、ユウナはこう言った。
「大丈夫ですよ。自分を信じてれば、きっと受かります。なぜだかわからないけど、そんな気がするんです」
田中はそれをきき、微笑んだ。どこか寂しいような、それでいて安心したような、そんな複雑な表情だった。
ユウナはベッドに転がって、久しぶりにパズドラをしていた。いくつかのダンジョンをクリアし、アプリを落とした。そして疲れて目を閉じた瞬間、電話がかかった。ユウナは目を開けて画面を確認すると、それは相場からだった。そして、慌てて電話に出た。
「もしもし?」
「あぁ、起きてた?」
「うん。今から寝ようと思ってたとこ」
「あ、今日はほんとごめん。合格、おめでとう」
「ありがとう」
ユウナは内心、ものすごく嬉しかった。もしかすると、相場から電話が来るのを無意識に待っていたのかもしれないと自分でも思った。
「それで……、話があるんだ」
「何?」
ユウナは若干、淡い期待を覚えた。まさか、いや、そんなことあるはずがない、そう心の中でくり返した。しかし耳に入った言葉は、その期待をはるかに超越してユウナを混乱に陥れた。
「今度、俺と……、デートしてほしいんだ」
「えっ?」
ユウナはわけもわからず、スマホを耳に当て続けた。
2013年2月23日。ユウナは、遊園地で相場と初めてのデートをした。陽が沈み、ユウナは相場に言った。
「私、今でも相場君のことが好きだよ。頑張ってる姿、優しくしてくれること、どれをとっても好きなの。相場君と話してると、嫌なことも嫌じゃなくなる気がして、そして私が私でいられるの。前に、相場君言ったよね? お互いに落ち着いたら、また話そうって。だから私、それまで一生懸命に頑張ってきた。待ってたんだよ、ずっと。だからもう一度言わせて。こんな私と、付き合ってください」
相場はしばらく目を閉じ、考えた。ユウナは、不思議とドキドキしなかった。それは、結果がわかりきっていたからなのかもしれない。それでも、ずっと待ち続けた。そして、相場がとうとう目を開け、こう言った。
「ごめん。やっぱり今はまだ、付き合えない」
ユウナは、黙って相場を見つめていた。すると相場は続けて、
「でも、今日お前に言われて、少し自分に自信が持てた。人をまだ信じられていないってことも、お前が気づかせてくれた。これで、少し心が軽くなった気がする。ありがとう」
そう言うので、ユウナは笑顔で頷いた。しかしその後、事件は起きる。
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
-
中谷優奈
-
鶴ケ崎麗菓
-
月見里美香
-
夢野あかり
-
池谷大輝
-
相場善秀