夜になり、父・
「へぇ、龍山大学か」
「最近、有名になってきてるらしいの」
ユウナは資料を見せながら、そう言って説明した。それを近くできいていた母の百合子は、
「でも……、目指すにしては遅すぎないかしら。一般まで、あと三ヶ月しかないのよ」
と、不安げに言った。ユウナは、
「まだ、目指すって決めたわけじゃないよ。ただ、このままいくと確実に浪人だし、一応、視野には入れとこうかなって」
そう言った。惟英はそれをきくと、
「ユウナはこれまでに、いろんな問題を解いてきたからな。過去問さえ攻略できれば、現役で入ることも可能じゃないか?」
と、優しく言ってくれた。
「でも、そうは言っても時期が時期だから、よく考えた方がいいんじゃない?」
百合子は、若干反対気味の意見を示した。ユウナ自身も、それはよく理解していた。実際、一般入試まであと三ヶ月しかないのだから。龍山は、今のユウナの学力ではかなり厳しかった。本当に行きたい理由があるわけでもないし、ユウナはもう少し考えてみることにした。今までもそうして、時間だけが過ぎていった。焦りを隠そうとしても、さすがにこの時期になっては無理があった。
翌日、ユウナはもう一度ミカとアカリに相談してみることにした。
「龍山って、あの変人がいるところでしょ?」
「ユウナちゃん、行きたいの?」
二人にそう言われ、ユウナはすぐには答えられなかった。
「いや、行きたいっていうか……、ちょっと気になるって感じかな」
するとミカが言った。
「やめといたら? どうせあのパラダイス何とかってとこでしょ? 見るからに怪しいもんねー。てゆうか、あの人自体怪しすぎっしょ」
そしてアカリもこう言った。
「うち、あの人苦手。人を犬のフンと一緒にするなんて、どうなんじゃろね」
「ほんとだよ。てか、みんな一斉にはぁ? ってなったとこ、マジウケだったんだけど」
ミカはそう言うと、一人で笑っていた。
『今すべきことは何か。それは、夢を見つけることだ! 夢を見つけ、その夢に向かって今できることをやる。それこそが、未来に求められる最良の道だと、私は思う』
ユウナは、あの時の正彦の言葉を思い出していた。夢を見つけること、それはすなわち、未来への前進なのだ。でも、肝心の夢が見当たらない。自分は今、何をやりたいのか、何をするべきなのか、それがわからなかった。
すると、教室に担任の吉崎が入ってきた。
「言っていたように、今日から二者面談をやるぞ。今日は、秋山と池田だったな」
そう、三年において二回目の二者面談が始まっていた。
「うわぁ、始まっちゃったか」
ミカがそう呟いた。二者面談は、担任と生徒が一対一で行う面談であり、ユウナはそれがとても不安だった。言うまでもなく、クラスのほとんどの生徒が受ける大学を決めていた。中には、推薦などでもうすでに進学が決まっている者もいた。これから十一月になろうというのに、進路がはっきり決まっていないのは、かなりまずかった。このままでは、担任から進路を強制的に決められる可能性もわずかながら出てくる。
「ちょっとごめん。トイレ行ってくる」
ユウナはそう言うと、立ちあがって教室を出ていった。そしてユウナは、風に当たって気持ちを落ち着かせるために、屋上にあがった。屋上といっても校舎は三階建てなので、その一つ上ということになる。
ユウナは一人、風に吹かれていた。そしてなんとなく、ふと下を目にした。中庭の木の側に、人影が見える。ユウナは、目を凝らしてその人影を見つめた。所詮は三階の上からなので、顔くらいはわかった。それは、正彦だった。何故まだこの校内にいるのか、よくわからないでいた。しばらくして正彦は、校舎内に入っていった。ユウナはそれを見つめていると、背後から声がかかった。
「あれ、ユウナじゃん。何してんだ?」
ユウナはそれをきいてふり返ると、そこには大輝がいた。屋上に設置されているごみ箱に、ごみを捨てに来たのだ。
「大ちゃん、面談は?」
「俺明日。今日、池田までだろ?」
「そっか」
ユウナは、少し安心した。大輝と話すと、不思議と気持ちが落ち着いた。
「でもなぁ、面談つっても話すことないんだよなぁ。入試は十一月だし」
「大ちゃんは、救命士になりたいんだよね」
「まあな。それより中入らねぇ? 最近、寒くなってきたしな」
「うん」
二人は、教室に戻ることにした。
戻る途中、人通りの少ない廊下で大輝がこう言った。
「なあ、お前って好きな奴とかいないの?」
「え? 何、突然」
ユウナは、困惑しながら尋ねた。大輝も、
「あ、いや。ごめん、何でもねぇ。あ、先行っててくれ。俺、ちょっと購買行ってくるわ!」
そう言うと、今来た道を走って引き返していった。ユウナは、しばらくそれを見ていた。それは、初めて大輝の口からきいた言葉だった。まさか、大輝は自分が相場のことが気になっていることを知っているのだろうか、と一瞬不安になったが、ユウナは誰にも話していなかった。それはないかと思い、また歩き出した。
教室に戻ると、ユウナは席に着いた。横を見ると、相場は移動教室の用意をしていた。ユウナはしばらく見つめていると、相場は気づいた。
「どうした?」
不意に声をかけられ、ユウナは焦った。
「あ、ううん。何でもない」
ユウナも急いで机の中から教科書とノートを取り出し、次の教室に向かった。
大輝が知っているはずがない。相場にさえ、話していないのだ。ユウナは、あれは気のせいだと信じた。途中でミカたちと合流し、いつもの三人で教室に行った。五限目の授業は、化学だった。そういえば正彦も講演会、そしてユウナの家の近くまで来た時も、白衣を着ていた。彼は一体、何者なのだろうか。その疑問は、いつ何をしても予告なく脳裏に現れた。
そして一日が終わり、ユウナは疲れた表情で家に帰った。その日は百合子がいた。二階に上がろうとすると百合子がリビングから出てきて、
「あ、お帰りユウナ。さっき買い物して帰ったんだけど、卵買うの忘れちゃった。ちょっとスーパー行ってきてくれないかしら」
ユウナは少し疲れ気味だったが、べつに断る理由もないので、頷いた。ユウナは部屋にカバンを置いてから、制服のまま家を出て庭にある自転車を出した。スーパーは家から自転車を五分も漕げば、着ける距離だった。ユウナは自転車に乗り、スーパーに向かった。秋が深まり、向かい風は思った以上に冷たかった。紅葉が風に舞い、ユウナの目の前をかすっていく。ユウナはそれらの光景を見つめながら、自転車を漕ぎ続けた。その時だった。ポケットに入れていたスマホから、フレグランスの着信音が流れた。
ユウナは自転車を止めると、ポケットに手を入れ、スマホを取り出して名前を見た。アカリからだった。普段は、アカリとはラインでやり取りしていることが多く、電話がかかってくるのは初めてだった。よほど緊急のことなのかと直感的に思い、電話に出た。
「もしもし、アカリ?」
ユウナが話すと、アカリの震えた声が返ってきた。
「ユウナちゃん、これって、うちがどうかしとるだけよね……?」
「えっ?」
急に不可解なことを言われ、ユウナは動揺した。
「うちが見とるのって……、幻よね……? ゲームの中にしか……、おらんもんね」
アカリは、完全に怯えている。何か、目の前に怖いものでもいるような、そんな声だった。
「ねぇ、アカリ? 何があったの?」
ユウナがそうきいた瞬間、電話は切れた。
「アカリ!?」
ユウナは、どうして良いのかわからなくなった。ひとまず、自転車を押して近くの公園まで行くと、もう一度アカリに電話をかけようとした。だが、一向に出る気配がない。アカリに、一体何があったのだろうか。アカリは、部活でないとすれば、高校の敷地内にある、学生寮にいるはずだ。ユウナは、様子を見に戻ろうかとさえ考えた。悩み、しばらくどうしようか迷っていると、近くの草むらが激しく揺れた。その公園は、周りが草で覆われ、その先には林がある。ユウナは、その林に何かの気配を感じた。ユウナは揺れた草むらを目にすると、何かが林に入るのが一瞬見えた。人か動物かはわからない。ユウナは、意を決して草をよけ、林に向かった。
日が傾き、中は薄暗かった。しばらく歩き、何かがこちらに向かってくる。ユウナは立ち止まって、その方向を見つめた。そして、全身は恐怖に包まれた。見てはいけないものを見てしまったのだ。数メートルはあろう巨人だった。薄暗いため、顔まではわからない。しかし、人でないのは確かだった。どこかで見たことのある化け物、でも思い出せない。その怪物は、じっとユウナを睨みつけている。ユウナは後退りし、相手との距離を確実に広げ、そして背を向けて走り出した。林を抜け、自転車に乗ると思いきりペダルを漕いで走り去った。無論、後ろをふり返る余裕などない。
ユウナは、駅まで一度もふり返らずに、自転車を走らせた。アカリが見たものは、きっとあれだろうとユウナは考えた。同じものを、自分は見てしまった。そして、一つ気がついたことがあった。アカリが見たものを自分も見たとすれば、もう一人危ない人物がいた。いつも一緒のもう一人、ミカが危ない。
駅に着き、ユウナは真っ先にスマホを出してミカに電話してみた。すると、ミカは出た。
「もしもし、ユウナ?」
「あ、ミカ? 今、どこにいるの?」
「学校。今、なんか変な奴に追われてて……」
「ねぇ、それって……」
「人じゃないのよ!」
それをきいた瞬間、ユウナは改札を通ると階段を駆けあがった。何かおかしい、こんなことがあるはずがない。ユウナにとっても、動揺を抑えるのは容易ではなかった。それどころか、さっき起きた現実を受け入れることも難しかった。そして何より、他の二人の安否が案じられた。
高校に着き、ユウナは教室に向かった。二人は自分たちの教室に避難している、そんな予感がしたからだ。予感は、やはり当たっていた。
ユウナが部屋の戸を開けると、ほっとしたのか、急にアカリが抱きついてきた。
「ユウナちゃん……、怖かったよぉ~」
後ろでミカも、怯えた表情をしていた。
「何が……、あったの?」
ユウナにはわかりきっていたが、一応確認しておきたかった。すると、ミカは言った。
「何がじゃないわよ、あんなことって普通あり得る!?」
「じゃあやっぱり、二人も見たんだ」
「ユウナちゃんも?」
アカリはまだ、怯えていた。ユウナはその時、この前に起こった、もう一つの奇妙な現象を思い出した。ユウナがあのゲームのアプリを開いた際、エラーが起き、そして画面にブラックホールのようなものが表示され、その中から一体のモンスターが現れた。あれは一体何だったのだろう。今回の事件と何か関係があるのだろうか。そう考えていると、ふと思い出したことがあった。あの時見たものは、同じゲームに登場するモンスターだったかもしれない。薄暗くてよく見えなかったが、そんな気がした。
「あーあ。目、疲れちゃってんのかなぁ」
「でも、三人同時に見るって、おかしいことない?」
アカリがそう言うと、ミカは下を向いた。ユウナは、
「でも、二人が無事でよかった」
と言い、何気に窓際に立った。そして下を見下ろすと、ユウナは目を見開いた。下に白衣を着た男がいた。正彦だ。正彦はまた中庭に立ち、目の前に生えている木を眺めている。そして、白衣のポケットに何かをしまった。するとユウナは、急いで教室を出た。ミカとアカリはその行動についていけず、ユウナを呼んでいた。ユウナは階段を駆け下り、正彦がいる中庭に向かった。そして、一階の渡り廊下に出た。丁度、正彦の真後ろだった。
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中谷優奈
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池谷大輝
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相場善秀