実家に着き、父親の代わりに悠二郎が、ユウナに家族を紹介した。
「じゃあ、ユウナ。紹介するよ。こちらが、俺の母さん」
「雅美です」
「そして、こちらが俺の姉、千年」
それをきいて、千年も軽く頭を下げる。続いて、悠二郎は近くにいた二人の子を連れた女性を指し、
「で、こちらが俺の兄の奥さんの、
と言うと、絵美里と子供二人も、頭を下げる。
「因みに、由希ちゃんは今年で七歳、大雅君は五歳になる」
そして、全員の紹介が終わると、ユウナは雅美の方を向いた。
「お義母さん、どうぞよろしくお願いします」
ユウナも、雅美に頭を下げた。雅美はそれを見ると、
「こちらこそ」
と言い、ニッコリと笑う。ユウナは、それを見て安心するのだった。
しかし……。
「あんた、お花活けたことある?」
「いえ、ありません……」
「じゃあ、ちょっと見本見せたるわ」
ユウナは活け花を教えこまれ、花会という会に出席させられた。しかし、それを悠二郎に見つかってしまった。雅美の部屋で、悠二郎は雅美の向かいに座り、こう言った。
「母さん、僕はがっかりだよ。あんなに言っていたのに、なんで言うことを守ってくれなかったの? 家元は姉貴が継ぐから、心配ないって!」
「せやけどな、あの子が継がへんって言い張ってる以上、この子しかおらへんのよ」
「それが目的で……、結婚を許したの?」
「えぇ、せや。それ以外に理由がありますかいな。どこの子かもわからせえへんのに」
「兎も角、もう二度とユウナに、僕の妻に、手を出さないでください!」
悠二郎がそう言い放つと、またユウナの手を引き、部屋を後にした。
翌朝、ユウナは悠二郎の姉、千年が一人の男と会っているのを目撃した。その後、本人に話をきくと、千年はこう言うのだ。
「お父様の会社にお勤めしてる方なんやけど、お父様の紹介で、交際することになったんよ。それで意気投合して、結婚しようって話まで出てん。でも、私が嫁ぐってきいた瞬間、家元を継ぐ思てたお母様が、猛烈に反対して……。昔から、お父様よりお母様の方が気ぃ強いから、お父様は何も言ってくれへんで……。それで、結果的に別れることになって。それでも最近、また向こうから会いに来てくれるようになったんよ。でも、それをお母様は知らはらへん。もしも知られたらって思うと、すごい怖いんよ……」
「そうだったんですか……」
ユウナが言うと、千年がまた、ユウナの方を向いて言った。
「だから、あんたも絶対に言うたらあかんで。もしもそのこと、お母様に教えたりなんかしたら、許さへんから!」
千年は強気にそう言うと、向こうに歩いていってしまった。ユウナはそれを見て、千年が不憫に思えて仕方がなかった。しかし、ここは千年の言うことに従わざるを得なかった。
ユウナは考え、千年を花会に参加させることにした。雅美の師匠、
「幸せそうな色の花ばかりやけど、なぜかその中に寂しさもある。見てる人を切なくするような、恋の気持ちがそのまま伝わってくる。ほんま、よう考えはったと思うわ。今までに、いろんな人の作品を見てきたけど、こんなんは初めてや。これからも、その気持ちを忘れんといてほしい」
それをきき、千年は嬉しくなった。ユウナも、すぐにでも拍手を送りたくなるような、そんな心持ちだった。しかし、それには雅美の了解を得なければならない。士郎は雅美の方を向き直り、こう言った。
「どうです? 娘さんの花、私は好きです。あんたさんも、そうと違いますか?」
しかし、雅美は言うのだった。
「私は……、認めません」
「なんでですか!」
思わず、千年が身を乗り出した。
「約束、したやないですか! お師匠さんに認められたら、結婚は許すって!」
「それは、嫁が勝手に言い出したこと。私は、そんなん一言も言ってません」
雅美が頑なに言うので、ユウナは千年を見た。千年の目には、涙が潤んでいる。ユウナは、それを見て責任を感じた。自分があのような話をしなければ、千年はこのような思いをしなくて済んだのだ。ユウナが、何とかしようと思った時、扉が開く音がした。そして、なんと悠二郎が入ってきたのだ。
「母さん、いい加減にしてよ!」
「悠二郎さん……?」
ユウナは思わず、声に出してしまった。悠二郎は、雅美の前に座ると言った。
「母さんの、姉貴に家元を継いでほしいっていう気持ちはわかるよ。けど、いつまでもこの家に縛りつけておいて、ほんとにそれでいいの? 娘の自由を奪って、ほんとにそれでいいと思ってるの?」
「あんたには、関係ないやないの。千年がおらんようになったら、誰が継ぐって言うのよ」
「……わかった。じゃあ、彼にも話してもらうよ」
「彼?」
雅美は、不思議そうに悠二郎を見つめている。悠二郎はふり返り、
「入ってきていいよ」
と、誰かを部屋に呼んだ。すると、その部屋に入ってきた男がいた。見たところ、三十代前半くらいだろう。ユウナは、それを見てハッとした。それは、庭で千年と会っていたあの男だったのだ。千年も、
「勝さん……」
と、その男の名を呼んだ。勝という男は、悠二郎の隣に座った。そして、雅美に言った。
「お母さん、お久しぶりです。勝手なことをして、本当に申し訳ありません。でも、千年さんを思う気持ちは、本物なんです。必ず幸せにします。だから、どうか、どうか結婚をお許しください! お願いします!」
すると、ようやく雅美は答えた。
「勝さん。娘を、頼みます」
「あ……、ありがとうございます!」
そして勝は、また頭を深々と下げる。それを見ていた一同は、拍手を送った。勝は顔を上げると、千年を見た。千年も、笑顔で見つめ返してくる。それを見て、勝も嬉しそうに笑い返していた。ユウナと悠二郎も、顔を見合わせて微笑み合った。これほどまで、幸せそうな恋人をかつて見たことがあっただろうか。ユウナはそう思いながら、拍手を二人に対して送り続けていた。
ある夜。ユウナは部屋の縁側に腰掛け、星々を眺めていた。都会とは違って、明るくきれいな星空だった。そういえば、悠二郎はどこへ行ったのだろうか。夕飯の席にも、姿を見せなかった。そのようなことを考えながら、ユウナは夜空を見ていた。
しばらく回想に耽っていると、どこからか声がきこえた。それはまるで、ユウナのことを呼んでいるようだった。ユウナも耳を澄まし、何とかその声を拾おうとした。
「ユウナ……、中谷ユウナ!」
それは女性のような声で、次第に大きくなっていた。なぜ自分の旧姓を知っているのだろうかと、少し不気味に思いながら靴を履き、声がする方に行ってみた。その声は、庭の茂みからきこえてくる。その時、茂みから何かが飛び出した。ユウナは驚き、前を向いたまま数歩戻った。そして、よくよく前を見てみると、そこにはミーサがいたのだ。声の主は、なんとミーサだったのだ。ユウナは、驚きを隠せなかった。
「あの、なんでこんなところに……」
「しっ! 理由はあとで説明する。それより、ちょっと来い」
「あの、どこへ……」
ユウナが言いかけると、ミーサはユウナの腕をつかんで、強引に連れていこうとした。ユウナは戸惑いつつも、ミーサのあとに続く。SPで何かがあったのだろうか。その時、そんなことが頭の中を過ぎった。
しかし庭を抜けた時、それを偶然雅美に目撃されてしまった。
「ちょっと! あんたらそこで何してんの!」
「やべ!」
ミーサが声を上げる。それを見た雅美は、
「誰やのあんた、誰か、誰か来てー!」
と言いながら、家の中の人間を呼んだ。ミーサは急いで、ユウナの手を引いた。ユウナは何が何だかわからなかったが、流されるままに身を委ねた。すると家の中から悠二郎の父・孝太郎が出てきて、ミーサを発見すると声を上げる。
「誰や! うちの嫁に何すんのや!」
そして、物凄い剣幕で走ってくる。二人は、急いで逃げた。やがて追いつかれそうになると、近くからガンガンという、ドラム缶を叩くような音がきこえた。その瞬間、孝太郎は速度を落とした。それとほぼ同時に、遠くで花火が上がった。雅美も足を止め、それを呆気にとられながら見ている。どういうことなのか、その時のユウナには皆目見当がつかなかった。なぜここにミーサがいるのか、そして、あの音と花火は何だったのか、次々と疑問が湧いてくる。
無事に二人から逃げきれたユウナは、ミーサに尋ねた。
「あの、何かあったの? あの世界で……」
「おい、あれに乗れ」
ユウナの質問を無視し、ミーサが言った。前を向くと、向こうの道路に一台の車が待機している。その側で、誰かが手を振っているのが見えた。
「こっちこっち! 早く乗って!」
それは、見たことのない男だった。ユウナは戸惑いながらも、ミーサがいるのならばと信じて車に乗りこんだ。ミーサも隣に座り、男は車のエンジンをかける。そしてその車は、ゆっくりと発車した。
国道沿いを走りながら、ユウナは運転している男に尋ねた。
「あの、どこに行くんですか?」
「あぁ、まだ説明してなかったな。横大路先生が、君を呼んでいる」
「教授が?」
「詳しい話は、研究所に着いたら話すから」
その男の話をきいて、ユウナは自分の予感は当たっていたのだと納得した。
研究所に行き、正彦が部屋にいる皆を見渡しながら言った。
「諸君、急に召集をかけてすまない。なぜ呼び出されたか、薄々気づいているだろう。私も、これで終わりにするつもりだ。君たちの自由を奪った償いは、必ずする。だから今は、話をきいてほしい」
その場にいる全員は、何も言わずにただ黙ってそれをきいている。その中に、悠二郎の兄・
「実はこの間、このようなメールが届けられてね。宛先が書かれていないんだ」
正彦はそう言うと、白衣のポケットから一枚の紙を取り出す。紙を広げると、書かれている内容を読み上げ始めた。
「『神に選ばれし勇者たちよ。今こそ、己の勇気と誇りを信じ、セインツ・パラダイスの中の悪を滅ぼすのだ。火を操る者、木を愛する者、水の心を持つ者、光を解き放つ者、そして闇に生きる者。皆で協力し合い、この危機を乗り越えていってほしい。君たちになら、できると信じている』」
正彦は、紙を再び折り畳んだ。
「ここに書かれていることは、恐らく君たちのことだろう。もう一度、ダンジョン攻略に力を貸してほしい。この通りだ!」
正彦はそう言い、頭を下げた。ユウナはそれをきいて、すべてを理解した。正彦は今度こそ、あの世界を終わらせるつもりなのだということを。ダンジョンをすべてクリアしてしまえば、あの世界は自動的になくなってしまう。それでも、誰かに悪用されるのであれば、その方がよいだろう。ユウナは立ち上がり、
「教授。私は、最後の最後まで教授についていきたいです。だから、もう一度決心させてください。私は、あの世界でもう一度戦います」
と言うと、正彦は顔を上げた。
「本当に、いいのか? 拒否権はあるんだぞ」
「……いえ、私もあの世界が大好きだから。これ以上、荒らされるのを黙って見ているなんてできません」
すると、ミカとアカリも立ち上がった。
「ユウナがそこまで言うなら、あたしも戦う。どの道、あの世界がなくなっちゃうのは嫌だけど、悪用されるよりマシだから」
「うちも、そう思う。みんないるけん、大丈夫やと思う」
「ミカ……、アカリ……」
ユウナが二人の方をふり向くと、二人もユウナを見て頷いた。
翌日、研究所の外に出ると、ユウナは電話に出た。
「もしもし、相場君?」
『あ、中谷。よかった、繋がった。久しぶりだな』
「あ、うん。久しぶり……、どうしたの?」
数秒後、ユウナの耳に予期せぬ言葉が飛びこんできた。
「大輝が……」
「大ちゃんが、何?」
「……、死んだ」
その瞬間、ユウナの頭の中が真っ白になった。
母の用意してくれた服を着てユウナは葬式に臨んだ。会場は静まり返り、これが現実だと、受け入れなければならない。そう、ユウナは自分に言い聞かせていた。
葬式の後、ユウナは母の百合子から話をきいた。
「向こうのお母さんからきいた話なんだけど、大輝君、ずっとユウナのこと心配してたんですって」
「心配してた……?」
「何でも一人で背負い過ぎていないかとか、それを誰にも言えずにいるんじゃないかとか、すっごく気にしていたらしいの。家にいる時も、そればっかり言ってたって、さっき話してたわ。それをきいて私、嬉しくなっちゃった。昔から、何も変わってないなって。私と話す時は、ユウナならどうにかなってるって言ってたけど、お家では真逆だったみたいね」
「そう、なんだ……」
「だから、あなたに知ってほしかった。遠くにいても、ちゃんと見てくれてる人がいたんだってことを」
「うん……。ありがとう、教えてくれて。それに、なんだか大ちゃんらしいな……」
ユウナが呟くのを、百合子も微笑みながら見ていた。それが、大輝の「気遣い」というものだったのかもしれない。大輝自身、どこまでユウナのことを気にしてくれていたか、それは誰にも計り知れないものだったのだ。
その夜、定食屋の前でユウナは相場と話した。
「俺、今度海外に行くことになってさ」
「それって……、留学ってこと?」
ユウナがきくと、相場は答えた。
「いや、違う。今、内戦やってるとこあるよな? そこに、軍隊として派遣されることになったんだ」
それをきいた瞬間、ユウナに嫌な予感が走る。
「相場君……。もしかして、相場君が異動になったところって……」
「自衛隊だよ」
相場は、視線を逸らしながら答える。
「仕方ないんだ。上からの命令には逆らえない。だから、俺は行く」
ユウナは、何も言えなかった。次に、これ以上大切な人を失いたくない、その思いだけが脳裏を支配していく。相場が、
「じゃあな」
と言い、中に入ろうとした瞬間、ユウナは相場の腕をつかんだ。
「行かないで!」
その声は、相場の耳にはっきりと入った。
「相場君までいなくなったら、私どうすればいいの……? あれだけ平和を願って、人を助けたいって思ってた相場君の心は、どこに行ったの?」
ユウナの声は、次第に震えていく。相場は下を向き、何も答えなかった。しばらく沈黙が続いた。そして、相場はユウナの方を向くと、こう言った。
「大丈夫。俺は死なない」
「えっ……?」
「たしかに、向こうは危険だ。でも、俺は必ず生きてみせる。俺の帰りを、待ってくれているやつがいる。そう思えるだけで、頑張れる気がするんだ。だから、俺を信じてほしい。初めて、自信を持って言える。必ず、またここに戻ってくるから」
それをきいて、ユウナはとうとう堪えきれずに涙を零した。嬉しさと不安が入り混じり、何とも言えない気持ちだった。それを察したのか、なんと相場がユウナを抱きしめたのだ。
その後、ユウナは一人で駅に向かった。最終電車の時刻となり、駅の中はしんと静まり返っている。ユウナは、そこで電車が来るのを待った。その時、あの時の相場の顔が頭に浮かんだ。泣いているが、笑顔だった。そしてまた、大輝との思い出が頭の中で繰り返し再生される。
『何かあったら、絶対俺に言えよ。俺が守ってやるから』
『じゃあ、戻ろうぜ』
大輝は、もうどこにもいない。それは、ちゃんと受け入れなければならない。しかし、それを心のどこかで、拒絶している自分がいた。会えない、会いたい……。そのふたつの事象が、交互にユウナの心に現れては消えていく。
ユウナは膝を落とし、声を上げて泣いた。誰かにきかれていたとしても、もはやどうでもよい、そんな気さえした。その上では、流れ星が一筋の線を作っていた。それは時に、涙のようでもあった。
総集編第三回「愛情編」終
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
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