ユウナは一呼吸おいて、正彦に近づいた。
「あの、すみません」
声をかけられ、正彦はゆっくりふり返った。
「龍山大学の、横大路先生ですよね?」
「ああ、そうだが」
「まだ、この高校にご用があったんですか」
「あ、いや。そういうわけではないが、なんだかこの校舎が妙に気に入ってな」
正彦はそう言うと、また木を見あげた。するとユウナは、正彦にこうきいた。
「あの、私のこと、覚えていますか?」
正彦は、ふり向くと怪訝そうにユウナを見た。ユウナは、真剣な目をして続けた。
「あの時、頂いた十枚の福引券。あれで、一等を当てることができました」
それをきいた正彦は笑いながら、こう言った。
「あっ、君があの時の。それはよかった」
「私、ずっとききたかったんです。何故、私にくれたんですか?」
ユウナは、この十年間の疑問を、正彦にぶつけた。しかし正彦は、
「君は……、自然は好きか?」
とユウナにきいた。正彦は、また木を見つめた。すると正彦は、こう話し始めた。
「私は、好きだ。この木は、この学校が建てられる前から生えてあったときいた。植物というのは、たとえ攻撃されても、自分の力では何もできない。それでも、ずっしりと構えている。倒れることなく、いつも君たちを見守ってくれている。そんなこの木を見ていると、私はこいつを守りたくなるんだ。君もそう思わないか?」
正彦はふり返った。ユウナは、何も答えることができなかった。そしてミカとアカリが、ようやく追いついてきた。そして数メートル離れたところから、二人を見ていた。
正彦はユウナを見つめたまま、
「私は、自然を守り、そして人のために何かをする、そんな人材が好きだ。君はあの日、そんな目をしていた」
と、言った。正彦は更に、
「私は、争いがなく、人や自然が仲良く暮らしていける、そんな世界を作りたい。笑顔が絶えることない、そんな世界を作りたい。そのために、大切なものは何だと思う」
と言い、ユウナに質問した。ユウナは黙っていると、正彦はこう言った。
「思いやる心だ」
「思いやる、心……?」
「それは、人も自然も同じだ。自然を愛する者は、人も愛する。その心なくして、平和な国は築けない。思いやりがあれば、争いは生まれない。私は、そう信じている」
「はい」
ユウナは何故か、感動を覚えた。ありきたりな言葉だが、正彦の目は確かだった。心から、それを願っている。ユウナには、それがわかった。
「私も……、そう思います。そうなってほしいと思います」
正彦も笑い、
「君がこの高校の生徒でよかった。自分の夢を見つけ、それに向かってまっすぐ進みなさい。後ろをふり返らず、ただ前に進むんだ。たとえそれが間違いだったとしても、歩くことを止めてはならない。それだけは、心に留めておいてもらいたい」
そう言った。それをきいたユウナは笑顔で、
「はい」
と答えた。正彦も笑顔を見せ、校舎の中に入っていった。すると、後ろでその会話をきいていた二人が、走ってきた。
「ねぇ、何の話? あの日って何のこと?」
ミカがきくと、ユウナは正彦が歩いていった方を見つめながら、こう言った。
「私、進路決めた」
「ユウナ?」
「私、龍山大学に行きたい。あの人のところで、勉強したいの」
それをきいて、ミカとアカリは顔を見合わせた。そして、ユウナは続けた。
「私、人の役に立ちたい。そして、人の笑顔が見たい」
「ちょっと、大丈夫?」
ミカは、不安そうに言った。しかし、ユウナはただ一直線に、前だけを見つめていた。これは、ユウナなりの決意であった。ずっと優柔不断だった自分を変えようと、努力してきた結果がこれまでだった。でも途中で挫折し、周りの意見に流されてばかりの日々を送ってきた。この出来事は、ユウナの人生を大きく変え、そして狂わせていく。それは、この時は誰も知りようがなかったのだ。
その夜、ユウナは父と母に相談した。
「私、やっぱり決めた。龍山に行きたいの」
それをきいて、両親は顔を見合わせた。その反応は、ユウナは予想済みだった。そして、しばらく沈黙が流れたあと、惟英はこう言った。
「自分で決めたのなら、俺たちは反対しない」
すると百合子も、
「その代わり、目指すと決めたら、最後までしっかりやりなさい。それでだめだったとしても、また来年があるじゃない。諦めずやれば、きっと夢は叶うはずよ」
と言ってくれた。その言葉だけで、ユウナは嬉しかった。
「私……、頑張る。そして、絶対に合格してみせる」
ユウナがそう言うと、惟英は言った。
「ああ、頑張りなさい。俺らは、ずっとユウナの味方だ。応援してる」
ユウナは、嬉しそうに頷いた。その眼には、かすかながらも涙が浮かんでいた。
「ほんと、安心したわ。やっと、決意してくれたのね」
百合子は、一気に肩の重荷が下りたように笑顔を見せた。
「ほんとだな。このままだと、浪人になるんじゃないかと思ってたよ」
「あら、受からないと大学には行けないわよ」
両親がそう言っていると、ユウナは言った。
「これから気を引きしめて、頑張るから」
すると百合子は笑顔で、
「そうしなさい」
そう言うと、惟英もこう言った。
「まずは、受ける学科の入試日時や科目も調べなくちゃな。まあ、今日はもう遅いから、早く寝なさい」
ユウナも、
「はい」
と言い、二階に上がっていった。
ユウナは着替え、布団に入り、正彦の言葉を何度も思い出した。ユウナはその時、正彦のところで学びたいと強く思った。
『私は、争いがなく、人や自然が仲良く暮らしていける、そんな世界を作りたい。笑顔が絶えることない、そんな世界を作りたい。そのために、大切なものは何だと思う』
『思いやる心だ』
「思いやる心……」
布団の中で、ユウナはまたそう呟いた。
正彦が言った、「争いのない世界」とは何だったのだろうか。国を作るのは、あくまで政府の役割である。正彦の言った「世界」は、また別のものなのだろうか。そんなことを考えながら、ユウナは目を閉じた。
翌日、ユウナは朝のホームルーム後、担任の吉崎に進路のことを言いにいった。
「龍山か……」
吉崎は、そう呟いた。
「はい。私、決めたんです」
ユウナも、真剣な顔でそう答えた。そして吉崎はユウナを見つめ、口を開いた。
「そうか、ようやく決まったか。俺も正直言って、心配してたんだ。推薦もAOも受けず、どうするのだろって。でも、とにかくよかった。二者面談の時に、これからのことを考えよう。それまでに、できるだけのことはやれるな」
それをきいたユウナは、
「はい」
と、嬉しそうに答えた。吉崎も、笑顔で教室を出ていった。
一般入試まであと三ヶ月。それに間に合うかなどは、ユウナは考えなかった。よって、目の前にあることだけに集中しようと思った。
そして場所は変わり、ある実験室では……。
一人の女性が部屋の前に来て、ノックをした。
「あなた、入るわよ」
そして、ガチャリとドアを開けた。中は、多くの機械が部屋の面積の七割以上を占めている。そこは、正彦の研究室だった。正彦はデスクに向かい、なにやら分解した機械をドライバーで修理している。それを後ろから見ていたのは、妻の
「まだやってるの?」
美千子は呆れながら言うと、正彦からは返事がなく、機械をいじる音だけが部屋の中に響いていた。美千子は、
「仕方ないわね」
と言い、机にコーヒーを置くと、部屋を出ていった。しばらくして正彦は、
「できたぞ!」
そう声をあげた。そしてコーヒーを一口飲んで立ちあがった瞬間、一枚の紙がデスクから舞い降りた。
「あぁ、いかんいかん」
正彦が、その紙を拾いあげた。そこに書かれていたのはなんと、ユウナの顔写真と学歴だった。それが何を意味しているのか、その時は正彦以外、誰一人として知らなかった。
一方、ユウナはミカと二人で下校していた。すると、ミカはこう呟いた。
「あー。進路決まってないの、クラスであたしだけかぁ」
「ミカも、専門学校受けるんじゃないの?」
「そうしたいんだけどさ、親は店継ぐものだと思ってるみたいだし。相談しにくいなぁ」
ミカはそう言って、背伸びをした。
「これじゃ、恋もできないし。そうだ、ユウナは好きな人とかいる?」
ミカが突然尋ねてきたので、
「何の話?」
と、ユウナは笑いながらきいた。ミカは、ユウナが好きなのは大輝だと思っているらしい。しかし、ユウナの頭に浮かんだのは……。
「……いないよ」
「ふーん」
そしてようやく、校門を出た。
「じゃあね!」
ミカはそう言うと、駅に向かってスキップしながら走っていった。いつも通りの光景である。ユウナも背を向け、足早にバス停まで歩いていった。すると、
「中谷!」
という声がするので、ユウナはまさかと思ってふり返った。それは、部活動中に校外をランニングしていた、相場だった。
「相場君……」
相場はユウナの前まで走ってくると、
「進路、決まったんだって?」
と、きいてきた。吉崎かミカが誰かに話したらしく、それは相場にまで伝わっていた。
「うん。龍山大にしようと思って」
「龍山って、あの変な先生がいるところだろ?」
「あ、うん。でも私、決めたんだ。一般入試まであと三ヶ月しかないけど、できるかぎりのことはするって」
それをきいて、相場は笑顔になった。
「……そっか。じゃ、頑張れよ」
相場はユウナの肩を軽くたたくと、公園の方に走っていった。そして、ユウナの鼓動はまた高鳴りだした。あれは気のせいだと決めていたが、この瞬間にもうそれはきかないと悟った。自分の体は、自分の心よりも正直だった。
その言葉をきき、あの時以上に心臓が激しく動いていた。ユウナの脳裏には、またしてもリカの言葉が過ぎった。
『相場君のことが、好き……』
ユウナは、相場が走っていった方を見つめた。そして、これはリカへの裏切りにならないだろうかと戸惑いつつ、心の中でこう呟いた。
(私も、相場君が……、好き……)
第四回「
次回予告
アカリ「ユウナちゃん、相場君のことが好きなん?」
ミカ「え? そうなの?」
ユウナ「話があるの」
大輝「お前最近、ユウナと何か話した?」
ミカ「ねぇ、ユウナは誰が好きなの?」
ユウナ「どうやって打ちあけたらいいか、自分でもわからなくて」
大輝「お前、あいつのこと気になってるんだろ?」
智美「自分で選んだ道だから、仕方ないと言えば仕方ないわね」
ユウナ「私、相場君のことが好きなの」
百合子「ユウナには、自分で決めた道を進んでほしいの」
「実は私、今転職を考えているの」
ユウナ・義輝「転職!?」
ユウナ「私も、未来に悔いは残したくない」
次回(第五回)
「
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
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中谷優奈
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鶴ケ崎麗菓
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月見里美香
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夢野あかり
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池谷大輝
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相場善秀