ユウナは、いつものように教室に入った。
席に着くと、なんとなく周りを見渡した。いつもと変わらぬ光景だが、なぜかユウナは違和感を覚えた。ふと、隣の席を見つめる。今は空席だが、もう少ししたら朝練習から相場が帰ってくる。
「おはよう」
突然、後ろから声をかけられた。ユウナはドキッとして、ふり返った。相場はユウナの反応に少し呆れたように笑うと、席に着いた。
「お、おはよう」
ユウナも、そう言って前を向いた。すると、
「そういや、もうすぐ模試だったよな」
と、相場が話しかけてきた。そうだ、もうすぐ最後になるであろう学力模試があったのだ。ユウナは、それをすっかり忘れていた。それは学内ではなく、ほかの学校へ受験しにいき、他校の生徒と一緒に受ける、いわば完全アウェイの模試だった。
「判定、よくなるといいな」
相場が言うので、ユウナはゆっくりとふり向き、それを見た。その時、相場と目が合った。その瞬間、またドキッとした。ユウナは慌てて、また前を向いた。相場に対し、これは恋なのかもしれないと認めざるを得なくなったのは、初めてではなかった。
第五回
ユウナは朝起き、寝巻のまま下に下りると、歯を磨き、部屋に戻って制服に着替えた。そして、髪をセットする。ユウナは無意識のうち、いつもよりそれに時間をかけていた。
終わると一階に下り、席に着いた。百合子は、
「何してたの。早く食べないと、遅刻するわよ。義輝はもうとっくに出ちゃったわよ」
と言って、目玉焼きをユウナの席に置いた。ユウナは時計を見ると、すでに七時五十分を回っていた。するとユウナは、
「ごめん、今日はいい」
と言って急いで立ち上がると、カバンを持って玄関に走っていった。百合子が呆れ、
「だから言ったじゃない。余裕を持って起きなさいって」
そう言いながら、見送りに出た。
「ごめんなさい、行ってきます」
ユウナはそう言い、ドアを開けて外に飛び出した。
学校に着くと、上履きに履き替え、教室に向かった。そこへミカが走ってきて、
「おはよ! ねぇ、昨日のあのドラマ見た?」
ときいてきた。ユウナは少し戸惑い、
「あ、いや……」
そう言っていると、ミカは気がついたように言った。
「それどころじゃないかぁ。面白かったのになぁ。恋愛系ってハマるやつと、すぐ飽きるやつあるけど、あれはハマるなぁ。あたしなんかもう気になって、ついつい毎週見ちゃうんだよ。受験生なのにね」
しかしユウナは、ミカの話が耳に入ってこなかった。そして、相場のことを思い出していた。相場のことが好き、それはユウナ自身にとってどうすることもできない事実だった。それはもちろん、ミカやまして本人にも教えてはいない。このまま胸にしまっておくべきか、リカと同じように告白するべきか、ユウナは迷っていた。しかし受験が迫っているので、それが終わるまでは忘れようとさえ思った。それでも残された時間を考えると、切なくなっているのも感じとれた。
二人は廊下で朝練習終わりのアカリに会うと、そのまま三人で教室へ向かった。
ホームルームでは吉崎が、
「もう今日から十一月だな。中には、もうすでに部活を引退して、勉強に専念している者、まだ部活を続けている者、それぞれいると思うが、部活も勉強も、高校生活ではあと少しだ。どちらも、全力で取り組むように」
と、全員の顔を見渡しながら言った。二学期が始まり、もうすでに二ヶ月が経過していた。それにより、二ヶ月前はあんなにウキウキしていた皆が、顔色を変えて受験と向き合っていた。ユウナも周りを見渡すと、それがよくわかった。ホームルームが終わり、皆は授業の準備を始めた。この日、一限目は体育だった。ユウナはそれとなく横を見ると、相場も体操着を持って立ちあがった。その時、また二人は目が合った。ユウナは咄嗟に下を向くと、相場はユウナの右肩をポンとたたき、笑顔を残して教室を出ていった。ユウナはその時、身体に電気が走ったような感覚を覚え、廊下にいる相場を見ていた。それとは裏腹に、こんなに大事な時期に、自分は何をしているのかと憤りを感じるもう一人の自分がいた。
体操服に着替え、体育館に向かう途中、ミカが言った。
「いつもは嫌いだけど、この時期になると唯一の癒し教科かもしれないよね」
するとアカリも、こう言った。
「ほんまやね。体育は苦手やけど、ほかがきつすぎるけんね。特に数学、今回の範囲、むずかろ?」
「ほんとそれ」
ユウナのクラスは、理系ということもあって、数学はひたすら演習地獄であり、物理や化学などは一回でも休んでしまうと、まったくついていけなくなる。文系科目でも、国語はセンター試験の過去問などをただ解く授業がほとんどである。そんな中、体育は皆の唯一の息抜きなのかもしれないと、ユウナは思った。
それにしても、先程の相場の行動がどうしても気になった。知らぬ間に、気がつけば相場のことを考えている、自分がよくわからなかった。相手はどう思っているのだろう、そればかりをつい考えてしまう。
「ユウナちゃん、どうしたの?」
不意にアカリに声をかけられ、ユウナは我に返った。
「え? あ、何でもないよ」
ユウナはそう答えると、笑ってごまかそうとしたが、アカリは不思議そうにユウナの顔をじっと見つめていた。
そして、昼休み。またいつものように、三人で机を囲んで弁当を広げていた。ミカがスマホを片手で触りながら、
「あぁもう、なんで理系来ちゃったんだろ」
と呟いているとアカリも、
「みんなそう言うとるがね」
そう言うのでミカは、疑問に思ったような表情になった。
「アカリこそさ、なんで理系来たの? 音大でしょ?」
「なんでじゃろうね。自分でもようわからん」
アカリもそう言って、首を傾げた。
「そうだ、今日って木曜日? しばらくやってなかったからやらない? コンボ祭り」
ミカがそう提案すると、ユウナは申し訳なさそうに言った。
「あの、今日はちょっと……」
「あ、そうか。封印してあるんだっけ。偉いなぁ」
「うん、ごめん」
「受験やもんね」
アカリもそう言うと、ユウナは頷いた。
「みんな忙しいんだ。あたしも進路決めろってことか」
ミカも呟いた。しばらく沈黙が流れると、突然ミカはこう言いだした。
「あのさ、二人は卒業したら何したい?」
「ミカちゃん、大学まだ決まっとらんのやろ?」
「だからぁ、なんで一々現実に引き戻すのよ。現実逃避したいの、あたしは」
「そうやけど、ずっと逃げとるわけにもいかんよ」
「そうだけど……」
ミカがそう言うと、
「でもあたしは、早く自由になって、恋したいなぁ」
と、また話を戻した。
「え? ミカちゃん、好きな人おるの?」
「いるわけないでしょ、これから探すの」
「ふーん」
「なにその無理です的な言い方」
すると、ミカは今度は弁当を食べているユウナに話しかけた。
「ねぇ、ユウナは誰が好きなの?」
突然話をふられ、ユウナはご飯を喉に詰まらせた。そして水筒のお茶を飲むと、むせた。それを見ていたミカは驚き、
「すっごい動揺してんじゃん」
と、失笑したような表情をした。
「ユウナちゃん、好きな人おるの?」
アカリがきくとユウナは、
「い、いないよ」
と、答えた。
「でもさ、気になる人はいるでしょ?」
「べつに……」
「じゃあなんでさっきあんなに動揺したのよ」
ミカにそう言われ、ユウナは黙った。図星だとわかったミカは、
「いるんでしょ」
と言った。その時、この二人になら打ちあけてもいいかもしれないという気持ちが、少しだけ芽生えた。
「もぉ、言っちゃいなよ!」
ミカがそう言って急かすので、ユウナは相場のことが気になると思いきって言うことにした。そして、口を開きかけた瞬間、相場が購買から教室に戻ってきたのだった。ユウナは、またしても相場と目が合ってしまった。
「あ、お疲れ。今日も昼練?」
何も知らないミカは、相場に話しかけた。
「あぁ」
相場はそう答えると、机の横にかかっていた袋をとり、また教室を出ていった。ユウナは、何も言えずにそれをずっと見つめていた。ユウナの様子もまた、アカリは黙って見ていた。相場が完全に出ていくと、アカリはユウナにこう言った。
「もしかしてユウナちゃん、相場君のことが好きなん?」
それをきき、ユウナは焦った。
「え? そうなの?」
ミカも、意外そうな顔でユウナを見つめた。
「いや、好きっていうか、その……」
すると、アカリがこう言った。
「でも、気になるんじゃろ? 気になるけど、なかなかそれが言えんのよねぇ。一緒に話すだけで胸がドキドキって鳴って、それで告白しても同じところにおれるのはあと少しやけん、迷っとる。違う?」
アカリがそう言うのをきき、ユウナは思わず笑ってしまった。国語の論述に例えるとしたら、ほぼ満点だった。
「やっぱり、アカリにはかなわないよ」
それをきいたミカも、
「じゃ、正解なんだ。てゆうかアカリ、なんでわかったの?」
ときくと、アカリはこう言った。
「うち、人間観察が好きなんよ。だから、人の顔見て、その人が今何を考えとるか当てられるんよ」
「アカリ怖っ!」
たしかに、アカリは一年の時からの友人だが、人の顔色を窺うのが得意だった。ユウナも、気持ちを口から話すことなく、あっさり見破られてしまった。
「でもさ、どうせなら告った方がいいでしょ」
ミカも、そう言ってくれた。告白しないで卒業するより、告白した方が断られるにしても、後悔は少ないとユウナ自身も感じていた。ただ一つだけ、気がかりなことがあった。
「でも、何て言えばいいんだろ。あっちが私のこと、どう思ってるのかもわからないし」
ユウナがそう言っているとミカが、
「でも、ユウナは好きなんでしょ? 相場君のこと」
ときくので、ユウナは頷いた。
「じゃあさ、今度の日曜、相談に乗ったあげる」
「えっ?」
ミカは、カバンからチラシを出した。そこには、こう見出しが書かれていた。
『200万DL達成記念パズドラ祭』
これは、グッズ販売やショー、クイズ大会などが催されるイベントの広告だった。
「これ、行かない?」
「えっ、なんで?」
「これ行った帰りにでも、みんなで相談しない?」
「でもこれ、ミカちゃんがいきたいだけなんじゃ……」
アカリに言われ、ミカはごまかすようにして言った。
「で、でもね! こういうところでだったら、悩みとか話しやすくない?」
ユウナは了解した。ユウナにとって、ミカの気遣いは何より有り難かった。
「じゃ、うちも行く!」
アカリもそう言い、次の日曜日、三人でそこに行くことになった。不器用ながらも、相談に乗ってくれる友達がいることに、ユウナは感謝した。やはり友達が一人でもいれば心強い、それをまるで象徴しているかのような行動だった。ユウナも幼き頃、友達ができる喜びを知った。一人だったユウナに手を差し延べ、そのきっかけを作ってくれたのは……。
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