ここはサッカー部の部室。パンを食べながら、相場がドアを開ける。中には大輝、キャプテンの
「遅い! もうみんなグラウンド行ったぜ」
西城は相場に注意した。
「ごめん、ちょっと教室戻ってたから」
相場はそう言いながら、自分のロッカーを開けた。大輝は少し、気になるような視線を相場に当てていた。そして、大輝は相場の近くまで行き、それとなく話しかけた。
「なぁ。あのさ、お前最近、ユウナと何か話した?」
「は?」
相場はそれをきき、不思議そうに大輝を見つめた。
「なんかあいつ、最近お前ばっかり見てるなぁって思ってさ」
大輝がそう言うと相場は、
「気のせいだろ? べつに何もねぇよ」
と、微笑した。すると、それをきいていた西城も興味を持ったように、つっかかってきた。
「え? なにお前ら、もしかして修羅場?」
『ちげぇよ!』
二人の声が重なった。そしてその場は、気まずい雰囲気に変わった。大輝と相場は、しばらく互いの顔も見ることができなかった。大輝は、いつもユウナを何気に観察していたのだ。西城は二人の反応があまりにもわかりやすく、逆に戸惑ってしまった。
「え? マジで?」
西城は、レイカと同じ三組だった。気まずい雰囲気の中、相場が言った。
「あ、でも俺、こいつみたいによく知らないから」
相場は、大輝を指さすと西城は、
「それって、お前らの同じクラスの女子?」
ときくと、相場は答えた。
「あぁ。でも大輝は幼馴染だから、よく知ってるんだ」
「うるっせぇよ。それだけでべつに俺は……」
大輝は、不意に言うのを止めた。すると西城が、
「でも、相場はその子のこと好きなのか?」
と、質問をした。それに相場も少し戸惑い、
「いや、ただのクラスメイトで、友達、というか……」
と言い、くぐもった。それを見ていた大輝が、
「あ、俺先行ってるわ。お前らも早く来いよ」
そう言い、ドアの方に向かった。そしてドアノブに手をかけた時、大輝はふり返って相場にこう言った。
「お前はっきりしろよ。そんなんだから試合の時、みんなの足引っ張るんだよ」
大輝は激しくドアを開け、そしてまた強く閉めた。それを見ていた西城は、
「あいつって、怒ると怖いよな」
と、呟いた。相場は大輝に言われ、反省した。何をやっても迷ってばかりで、焦ると前が見えなくなる。大輝がなぜ怒ったのか、相場はわかっていた。大輝は何事にも真っ直ぐ進むタイプであったため、しばしばすれ違うこともあった。でも今日の大輝は、なぜかそれだけではない気がした。あのような怒り方をする大輝を、相場はこの日、初めて見たのだ。
午後の授業、ユウナは隣の席にいる相場を見ると、相場は上の空で、授業に集中していないのが一目でわかった。気になったユウナは、小声で声をかけた。
「相場君?」
「ん?」
相場はふと我に返り、ユウナを見た。
「どうしたの?」
「あ、ごめん。何でもない」
ユウナは心配そうにきくと、相場はそう答えた。そしてその二人を、前の席から大輝も何気に見ていた。それに気づかないユウナは、また黒板に目を戻していた。
その日の授業が終わり、ユウナは教室を出た。下駄箱まで行くと、ユウナは足を止めた。向こうに、相場がいたのだった。サッカー部キャプテンの西城と何やら話をしている。ユウナはしばらくそれをぼうっと眺めていると、
「何してんだ?」
という声とともに、後頭部に軽い痛みを感じた。大輝が気づかせるために、ユウナの頭にわざとカバンを当ててきたのだ。
「大ちゃん……?」
「お前、あいつのこと気になってるんだろ?」
「えっ?なんで……」
「わかるわ! お前昔っからわかりやすいからな」
ユウナは大輝から呆れたようにそう言われ、恥ずかしく思った。
「いつ告白すんの?」
ミカが不意に、顔を覗かせてそう言った。ユウナは驚きながらも、
「え? いや、その、告白までは……」
と言い、ためらった。
「大輝君も、早くしないと先超されるよ?」
「はぁ?べつに俺は関係ねぇし」
そして大輝は、二人のところへ歩いていった。
「もう、強がっちゃって」
ミカは、大輝を見ながらそう言っていた。ユウナは、ミカが少し羨ましいと思った。言いたいことをすぐ言える、自分もそのようになりたいと思った。
そしてミカと別れた後、ユウナはいつものようにバス停に向かう。前を見ると、バス停に人が立っているのが見えた。吹部顧問、鶴ケ崎
「あの、こんにちは」
ユウナが声をかけると、智美はふり向いた。
「あら、中谷さん。今帰り?」
「はい」
「夢野さんからきいたんだけど、進路が決まったそうね。担任じゃないからあまり偉そうには言えないけど、受かるといいわね。応援してる」
「先生は、どう思いますか?今目指しても、きっと受からないと思うし。それに、私、人の役に立ちたいって大雑把な理由で決めたんです。笑っちゃいますよね」
それをきき、智美は前を向いた。
「でもあなたが自分で決めたのなら、それでいいと思うわ。私は、学力だけで決めるタイプだったから。大学なんて、行けさえすればどこだっていいって思ってた。けどあなたは、ちゃんとした理由があるじゃない。だから自分を信じて」
智美はそう言うと、再びユウナを見つめた。ユウナはその言葉をきいて、心が熱くなるのを覚えた。バスが停車し、扉が開くと二人はそれに乗った。
「また横、いいですか?」
「えぇ」
ユウナは、智美の隣に座った。ユウナは、窓の外を淡々と流れゆく景色をただ見つめていた。すると智美が、こうきいてきた。
「最近はどう? 何か悩みがあるの?」
「えっ?」
ユウナは、一瞬戸惑った。それを見た智美は微笑し、
「私でよければ、相談に乗るけど」
とまで言ってくれた。
「そんな、でも……」
「気を遣わないで、私も一応上禅の教師だから」
ユウナは、少し遠回しに言ってみた。
「先生は、高校時代、恋愛とかされましたか?」
二人の間に、少しの沈黙が流れた。気がついたユウナは、なにを馬鹿なことをきいてしまったのかと、急激に恥ずかしくなった。すると智美は答えた。
「えぇ、あるわ。でも話すに足りないくらい、つまらない恋だったけど」
「きかせてください」
ユウナがお願いすると、智美は前を向いて話しだした。
「最初に好きになったのは私。彼は運動系の部活だったんだけど、女子からの人気もそれなりに高かったの。私のいた高校には、可愛い子がたくさんいたから、私なんか見向きもされなかったけど。でもね、同じクラスということもあって、その彼だけは優しく声をかけてくれてたの。でもある日、本当に突然だった。友達でいるのが、急にもどかしくなったの。でね、卒業式の直前、告白しに行ったの。まぁ、結果は残念だったけどね。付きあってる人がいることも、その時初めて知った。でもね、もっと驚いたのは、卒業したらすぐに海外に引っ越すんだって。彼女とも、別れることにしたって言ってたわ。彼は、本当に遠くへ行ってしまったの。でも、そのおかげで諦めがついた。そして、もっときれいになろうって思うようにもなった。そして大学に入って、違う男の人と出会って、結婚したの。子どももできて、幸せな家庭を作りたいって思った。でもそれも叶わなかった。自分で選んだ道だから、仕方ないと言えば仕方ないわね」
ユウナはその話をきいて、
「それが……、レイカさん?」
ときくと、智美は言った。
「えぇ、あの子が生まれたのも、もしかすると彼のおかげかもしれないわね」
「いい、お話ですね。私も今、好きな人がいて、今は友達なんですけど、告白しようか、このままの関係でいようか決められなくて。でも今の話で、決心がつきました。結果がよくても悪くても、後悔はしないと思います」
「そう、よかった」
智美もそう言って、優しく微笑んだ。
ユウナはバスから降りると、さっきよりも足取りが軽くなったような気がした。そして智美に感謝し、帰路についた。
翌日の放課後、ユウナは担任と二者面談を行った。吉崎はユウナの中間テストの結果を眺めながら、
「はっきり言うと、英語辺りがもうちょいほしいかなぁ」
そう言うと、机に紙を置いてユウナを見つめた。
「どうした? 勉強に身が入らないか?」
吉崎は、ユウナの顔色を見て言った。
「あ、はい……」
ユウナは、そうとだけ答えた。
「数学は今のところ問題ないが、一般は三教科がメインだからな。英語と国語、どっちも今のままじゃ厳しいところがあるな」
「そう、ですか……」
ユウナにとって、わかりすぎている結果だった。
「まあ、あと三ヶ月といっても、考えようによっては三ヶ月与えられてるんだ。それをどう使うかが、一番大事になってくると思うぞ。明日の模試も、今の実力を出しきるように」
「はい、頑張ります」
ユウナは、その日の学校を後にした。ユウナはバスの中、ずっと焦りを感じていた。こうしている間にも、時間は風のように過ぎていく。なかなか勉強に専念できない自分に、苛立ちさえ覚え始めていた。
勉強か告白か。どちらを選んでも、必ずどれか一つは後悔することになる。でも、どちらも中途半端なままでは後悔してもしきれなくなるだろう。
『自分で選んだ道だから、仕方ないと言えば仕方ないわね』
不意に、智美の言葉が脳裏を過ぎった。できるだけ、後悔はしたくない。かといって、「仕方ない」で割りきることだけはしたくない、そう思った。
明日は模試があった。帰って予習をしなければならない。でもなぜか、足がなかなか前に進まなかった。そういえば、サッカー部はもう練習は終わったのだろうか。そのようなことばかりを考えてしまう。大輝にも、わかりやすいと言われてしまった。ユウナは首を横にふり、歩きだした。
翌々日。ユウナは最寄駅から八王子へ出ると、ミカとアカリとの待ちあわせ場所、渋谷へと向かった。駅を出ると、ユウナは辺りを見回した。家族連れや、若い男女など、どこを見ても隙間なく人が歩いていた。このような人ごみの中へ来るのは、ユウナの十八年間では数えるほどしかなかった。ユウナが戸惑っていると、
「あ、いたいた!」
という、きき覚えのある声がするのでふり向くと、ハチ公の像の前でミカとアカリが両手を振っている。運よく見つけてくれたのだと、ユウナは安心した。
「昨日の模試どうだった?」
歩きながら、ミカがきいた。遊びに来てミカが勉強のことを口にするのはかなり珍しかったが、ユウナは答えた。
「ちょっと悪いかも」
「だよね。あたしも適当にやっといた」
「うちも。それよりイベントってどこであるん?」
アカリがきくとミカがまたスマホを触りながら、
「ちょっと待って。って、あれじゃない?」
そう言って、向こうを指さした。人だかりが目に入った。三人はそこへ行くと、ステージが用意されていて、何かが始まるような雰囲気だった。
「もうちょっと早くこればよかったかな」
ミカはそう言って、背伸びをした。
「もうちょっと前行く?」
「うん」
ユウナが答えた直後、前方から声がした。
「うわぁ、思った以上に混んでんじゃん」
「人多くてマジうざい、レイカこんなの行きたかったの?」
「べつに、ただの気まぐれよ」
「へぇ」
ユウナは、自分の前にいる三人をよく見てみた。真ん中にいた赤茶色の髪をした背の高い高校生らしき少女、視線を感じたのかふり向いた。ユウナが予想した通り、それはレイカだった。それには二人も驚き、
「え? 鶴ケ崎さん?」
と、ミカは声を上げた。
「え、レイカ知り合い?」
隣にいた女子が、レイカに尋ねた。ユウナはレイカを見つめて、
「鶴ケ崎さんも、結構こういうとこ行くの?」
ときくと、レイカは前を向いて、
「場所を変えましょ」
そう言って、歩いていった。仲間の女子たちも、それに続いていった。
「なんか意外やったね」
アカリがそう言うので、ミカも頷いた。ユウナは、しばらくレイカの後姿を見ていた。
イベントが終わると、三人は喫茶店に入り、そこで話をした。
「えぇ!? もう決めたの?」
ミカが紅茶の入ったティーカップを持ちながら、驚いたように言った。
「ごめん、せっかく相談に乗ってくれるって言ってたのに」
ユウナが申し訳なさそうに謝るとミカが、
「そっかぁ、自分で決めたんなら仕方ないよね」
と言い、カップをテーブルに置いた。
「あぁ、でもアドバイスしたかったな~」
「ミカちゃん、付きあったことあるんやっけ」
「失礼ね! ないけど」
ミカはユウナを見ると、
「じゃあ、もう今日はいっか。ここで解散ってことで」
と言って、今日買ったグッズが入った袋を持ち、立ちあがった。すると、
「ちょっと待って」
そう言い、ユウナが呼び止めた。
「あ、あの……、やっぱり、どうやって打ちあけたらいいか、自分でもわからなくて」
ユウナが言うと、
「そんなの適当でいいんじゃない?」
とミカは言った。それでも、ユウナは不安だった。
「じゃあ、まずは何気に誘ってみるとか」
ミカがそう言って助言すると、ユウナは思った。しかしそれでは、かえって相場に変な気を与えてしまうのではないかという気がしたのだ。でも、相談に乗ってくれただけでもユウナにとっては有り難かった。ユウナはその日、二人に感謝し、家に帰った。
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中谷優奈
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鶴ケ崎麗菓
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月見里美香
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夢野あかり
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池谷大輝
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相場善秀