時間が過ぎ、ユウナはミカと一緒に帰った。ミカは何食わぬ表情で、ユウナの少し前を歩いている。するとミカはふり返って、
「そうだ! ユウナ、今日うち来るんだよね?」
ときいてきた。
「あぁ……、うん」
ミカが、珍しい宝石を見せてくれると朝に言っていたのを思い出した。
「ユウナって家どこだっけ。たしか結構近くなかった?」
ミカも、電車の最寄駅はユウナや大輝と一緒だった。ミカの家に行った後、そのまま歩いて帰れる距離にユウナの家はあった。
そして二人は電車に乗り、その駅へと向かった。
「ユウナはさ、なんでバスで通ってんだっけ」
ミカが窓の外を流れゆく景色を見ながら、そうきいてきた。
「あ、バス停の方が近いから」
「そっか。じゃああたしの方が家近いんだ」
そんな会話をしている間に、降車駅に到着した。
二人は改札を出て、ユウナはミカについていった。
「あたしのうち、すぐそこだから」
そう言ってミカは、指差した。向こうに、大きな建物が見える。ユウナは、実際にミカの家を訪れるのは初めてだったため、想像もしていなかった。家の前に着くと、ユウナは瞬きも忘れてミカの家に釘づけとなった。門が二メーターくらいある。それをミカが、番号を押して開けた。
「さっ、入って」
ミカがユウナを案内した。長い庭の中を歩き、ようやく玄関にたどり着いた。ミカが玄関の扉の鍵を開け、
「ただいまー!」
と、中に声をかけた。すると、
「お帰りなさい」
という声がきこえ、母親らしき人が出てきた。
「おかえり。あら、お友達?」
「うん、高校の」
「そう。さぁ、上がって」
「お邪魔します」
ユウナはそう言ってお辞儀をし、ミカと一緒に靴を脱いで中に入った。ミカの母親(
「あなた、お客さんよ」
千香子がそう言い、ユウナを手で差した。すると、克美が顔を上げた。
「おぉ、いらっしゃい」
「あ、お邪魔します」
ユウナは、また頭を下げた。ミカは接客用のソファーを指差して、
「座って」
と言うのでユウナはそこに行き、戸惑いながらもゆっくりと腰を下ろした。するとすぐに、千香子が紅茶を運んできた。千香子は紅茶をユウナの前に置くと、
「ミカが友達を連れてくるなんて、すごく久しぶりなの。だからちょっと落ち着かないかもしれないけど、許してね」
そう言った。
「いえ。こちらこそ急にお邪魔してしまって」
「そんなに硬くならなくていいのよ」
千香子は優しくそう言うと、キッチンに戻っていった。ミカはユウナの隣に座って、
「もうすぐお父さんが例のヤツ持ってきてくれるって」
と言うので、ユウナがこうきいた。
「宝石って、全部お父さんが管理してるの?」
「そうだよ。いっても代理店だからさ、うち」
すると、克美が小さめのガラスケースを持ってきた。
「これだ」
そう言って二人の前に置くと、ガラスの中で紫色の鉱物が光った。
「これが、タンザナイトだ」
「タンザナイト?」
「アフリカで発見されて、一昔前にブームになってたの。ダイヤの千倍の価値があるやつもあるんだって」
ミカがそう説明した。タンザナイトは
「じゃあもういいな」
克美がそう言って持っていこうとした時、ユウナが、
「それ、売るんですか?」
とつい、いつもの癖できいてしまった。
「あぁ。買い手が見つかればな」
克美はそう答えると、部屋を出ていった。ユウナは、
「どんなに綺麗なものでも、値段ってつくんだね」
と言うと隣にいたミカが、
「まぁね。そうだ、あたしの部屋行こ」
そう言い、ユウナの腕を引いた。
ユウナは、ミカの部屋にもきっと宝石がたくさんあり、セレブ感満載の部屋だと想像していたが、そうではなかった。ユウナの部屋と変わらず、いたって普通の部屋であった。部屋に入るとミカが、
「宝石が置いてあるのって、基本お父さんの仕事部屋だけだから」
と言ってベッドに座ると、こう呟いた。
「ユウナはいいなぁ、親に優しくしてもらえて」
「ミカのご両親だって、優しそうだったじゃない」
「やっぱわからないか。普段、全っ然あんな感じじゃないから。自分のことしか考えてないからさ。あたし長女だし、男の兄弟いないし、きっと店継ぐものだとばっか思ってんじゃん。あたしもみんなみたいに夢見たいのに」
思わず出てしまったのだろう。それが、ミカの本音なのだろうとユウナにも理解できた。
「やっぱり……、言ってなかったんだ。受験したいって」
ユウナも、そんなミカを見るのは好きではなかった。
「ミカは、大学行きたいって思ってるんだよね? お店継ぐより、自分の好きな生き方をしたいって」
ミカはそれをきき、しばらく黙っていた。するとふりきったように笑い、
「あたし、お茶入れてくるね。あ、座ってていいよ」
と言って立ち上がると、部屋を出ていった。
階段を下り、ミカはさっきの部屋を通りがかった。すると、中から父と母の会話がもれてくる。
「やっぱり、ミカの気持ちも少しはきいてあげた方がいいんじゃない?」
「いや、あいつからは何も言ってこない。本人も店を継ぐと思ってるのだろう」
「でも、受験するにしてもまだ間に合うと思いますよ」
「いいや、将来何の役にも立たないことをするよりは、こっちの方がいいに決まってる。あいつのために言ってるんだ。それに今の成績じゃ、どうせろくなところに行けないだろう」
ミカは扉に耳をあて、それを余すところなくきいていたのだ。
ユウナはミカのベッドに座り、ミカが戻ってくるのを待っていた。しかし、十分以上経ってもまだ戻らなかった。心配になり、一階に降りた。ユウナはリビングのドアを開けようとドアノブに手をかけた瞬間、こんな会話が耳に入ってきた。
「中学の時は、学年トップだったんだ。なのに高校に入った途端、十位にも入れなくなったじゃないか。あいつの学力は所詮、そんなものだったんだ」
「じゃあ、大学には行かない方があの子のためなのかしらね」
それをきいたユウナは、まさかと思って玄関を飛び出した。
ユウナは走り、ミカの名を呼んだ。ミカも両親のあのような会話を聞いて、飛び出してしまったのだろう。ユウナはミカの気持ちを全身で受け止めながら、探した。案の定、近くの公園のベンチにミカが座っているのが見えた。ユウナは、息を整えながらミカに近づいた。
「ミカ」
ユウナが声をかけると、それをきいてミカがふり向いた。
「あ、ごめん。うち飛び出しちゃった」
「何か……、あったの?」
ユウナは、知らないふりをして一応きいてみることにした。
「うん、ちょっとね」
その反応を見て、やはりミカもあの会話をきいたのだと思った。
「でももう大丈夫。ユウナももう帰っていいよ。勉強あるんでしょ? お父さんたちにはちゃんと言っとくから」
ミカはそう言って立ち上がった。でもユウナは、言わずにはいられなかった。
「ねぇ、ミカ。本当に、何もないの?悩みがあるんだったら、遠慮せずに言って。私たち、友達なんだから」
「うん、わかった。じゃね」
ミカはそう言って手を振り、家の方に歩いていった。ユウナはそれを見送りながら、親に期待をされていないミカを、哀れに思った。やりたいことがあるにもかかわらず、我慢しなければならないことがどれほど辛いものだろうか。ミカの気持ちを考えれば考えるほど、ユウナは苦しくなるのだった。
それから数日が過ぎ、ユウナはミカに声をかけづらくなっていた。何を話せばいいかわからない、余計なことを話せば関係が悪くなってしまうのではないかとさえ思うのだった。
そしてその日も、いつものように朝のホームルームから始まる。二者面談も、あと数名しか残っていなかった。そして吉崎がこう言った。
「明後日はいよいよ公募入試だな。これを本命にしている者も多いと思う。先生も、みんなが本領を発揮できることを願ってるぞ。あと、二者面談、今日は月見里と夢野。昼休み、空いてるか?」
吉崎は、二人を交互に見た。するとアカリが、
「あ、先生。うち、昼休みはちょっとミーティングが……」
と言う。すると吉崎は、
「そうか」
と答えると、今度はミカを見て言った。
「じゃあ月見里、昼休み来れるな?」
するとミカは少し焦ったように、
「あ、うん」
そう答えていた。ユウナも後ろから、心配そうにそれを見つめていた。
次の休み時間、三人はまた中庭の隅に集まっていた。ミカは、大きく溜息をついた。
「そんな落ち込んでも仕方ないよ、自業自得なんやけん」
「そうだけどさぁ」
「ご両親には、あれから話したの?」
ユウナがきくとミカは、
「ううん、まだ」
そう答えるのだった。
「ちゃんと打ち明けた方がいいよ、ミカのためにも。まだ、間に合うと思うから」
「もう無理だよぉ〜」
ミカは頭を抱えた。
「だってわかってくれないんだもん! こっちはこっちで真剣に考えてるのにさ、真面目にきこうともしてくれないし。わかってるの、今までもそうだったから。高校卒業したら店継ぐのがフツーみたいなさ。お前の頭じゃろくな仕事に就けないみたいなこと言われて、精神的に追いつめて、今回も絶対に押しきられちゃうよ」
ミカの言葉に、ユウナは何も返す言葉が見つからなかった。親子との関係は、一度壊れてしまったら簡単には修復できない。それは、レイカの時にも経験している。だがユウナは、どうしても見過ごせなかった。友達だから、ずっと一緒にいた友達だからこそ、今度はちゃんと助けてあげたいと心から思った。
「ミカ……、今日また、家に行ってもいいかな」
ユウナはそっと尋ねてみた。ミカが顔を上げ、
「いいけど」
と答え、不思議そうな顔をしていた。ユウナはそれを見て、心配しないように笑いかけた。
放課後。ユウナとミカは、並んで校舎を出た。
「どうだった? 面談」
「なんか、先生もわかってたみたい」
「え?」
「店を継ぐか、大学行くか早く決めろってさ。お前の学力なら今からでも十分狙えるところあるからって。レベル的にちょっと下がっちゃうけどね」
「そっか……」
「ユウナは? ユウナこそ勉強大丈夫なの?てか、今日なんでうち来ようと思ったの?」
「あ、いや……。また、あの宝石見たいなぁって」
「あぁ、タンザナイト?」
「うん、すごいきれいだったから」
「そっかなぁ。あたしあの色あんま好きじゃないんだよなぁー」
「なんで?」
「え〜、だって紫だよ? 欲求不満の色じゃん」
「でも、見る角度によって色が変化するんでしょ?」
「まあね。でも珍しくもないっしょ、そういうのって」
ミカはそう言うと、少しスキップをした。ユウナはそれを見て、少し安堵した。一瞬だが、いつもの明るいミカに戻ってくれた、そう感じた。
ミカの家に着くと、案内されるままユウナは家に上がった。千香子も出てきて、
「あらいらっしゃい、また来てくれたのね」
と言うとユウナも、
「お邪魔します」
そう言って頭を下げた。千香子がユウナをリビングに案内しようとすると、急にミカがユウナに自分の部屋に来るよう促し、連れていった。ミカが部屋のドアを開けると、ユウナを中に入れ、自分も入って戸を閉めた。ユウナは、
「どうしたの?」
と、少し気になったようにきいた。するとミカがふり返って、
「ううん、べつに」
そう笑顔で言った。ミカはベッドに腰かけ、
「うちの親、お節介でちょっと友達連れてくるといつも執拗にもてなそうとするの」
と言うと、ユウナはこう言った。
「大事に、してもらってるんだね」
「え?」
「友達を大事にするのは、ミカ自身を大事にしてくれているからだと思う。だから、きっとミカの気持ちもわかってもらえるんじゃないかな」
「ユウナ……」
「私にも一つだけ、お節介させてほしい。両親に、ミカが進路をどう思ってるのか、打ち明けるべきだと思う。それによって、もしかすると考えを変えてくれるかもしれない。なんだか、そんな気がするの」
ミカはそれをきいて、目をつむって考えた。そして目を開けると、
「わかった。ユウナの言う通りかもしれない。私、思いきって話してみる。それで無理なら、しょうがないけどね」
と言い、ユウナに目を向けると、立ち上がった。ユウナも笑顔で頷くと、ミカはドアを開け、下へと降りた。ユウナも、それについていった。
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