リビングのドアを開けると、中には父の克美と千香子がいた。ミカが克美に、
「きいてほしい話があるの」
そう言った。すると一瞬にして、その部屋は緊迫感に包まれた。克美は読んでいた新聞を閉じ、横にあったテーブルに置くと、
「なんだ?」
と、ミカを見つめた。ドアの側で、ユウナもそれを見守った。ミカは息をのむと、口を開いた。
「私、やっぱり受験したい」
「なに?」
克美は、怪訝そうな顔でミカを見た。
「私、IT技術者になりたいの。そのために私、専門学校に行って、勉強したいと思ってるの。今からでも遅くないって先生に言わ……」
「だめだ!」
克美の怒鳴り声が響いた。
「なんでよ……」
ミカが言うと、克美が立ち上がった。
「お前は高校に入ってから、いい成績を残せたか? たかが十何位で、専門学校に行きたい? そんなの、だめに決まってるだろ!!」
克美は、テーブルの上の新聞を右手で払いのけた。
「店の手伝いもろくにせずに、やりたいことをしたい、大学に行きたい、世の中お前が考えてるほど甘くないんだよ! この店を継げば、就職なんかしなくても一生食べていける。お前のために言ってるんだぞ、ここで働け。そうすることが、最善の道なんだ!」
克美がそう言うので、ミカはこう返した。
「もういい。話にならないから」
「なんだと?」
「いっつもそう。何かにつけ、自分の主張ばっかりでこっちの意見なんて見向きもしない。親として恥ずかしくないの?」
「まだわからんのか!」
「あたしだって悩んでんだよ! それなのに、当たり前のことみたいに言われて、こっちの気持ちなんにもわかってないのはそっちじゃない!」
克美はカッとなったのか、ミカの頬を叩いた。それを見て、ユウナは驚いた。するとミカは、頬に手を当てながら走ってその部屋を出ていった。
「おい、どこへ行く!」
克美がそう呼んでも、ミカはふり返らずに、玄関まで行って靴を履き、ドアを乱暴に開けると走って外へ飛び出していった。千香子は心配そうに、
「あなた……」
と言うと克美は、
「ほっとけ!」
そう言い、床に落ちた新聞を拾いあげると、また椅子に座って読み始めた。ユウナは今目の前で起こった出来事に困惑していると、千香子はこう言った。
「ごめんなさいね。せっかく来てくれたのに、こんなことに巻き込んでしまって」
「いえ……、私、探してきます!」
ユウナはそう言うと、玄関に向かった。すると千香子が後ろから、
「待って!」
と、声をかけた。ユウナはふり返ると、千香子はユウナにこうきいた。
「あの子、学校でどうなの? 家にいても、何も話してくれないから」
ミカは、クラスでは明るく振る舞っているが、内心はどう思っているのかわからない。家族に何も話さないのも、少しわかるような気がした。でもユウナは笑顔で、
「明るく元気でやってます」
と答え、千香子を安心させようと思った。それをきいて千香子も、
「そう。何をするにも、元気が一番ね」
と、少し安堵したような表情を見せた。ユウナは軽く頭を下げると、靴を履いてミカを探しにいった。ユウナには、ミカがどこに向かったのかわかった。きっと、あの公園だろう。
ユウナはまたあの公園に行くと、ベンチにミカが座っているのが見えた。ユウナはそこへ走っていき、
「ミカ!」
と声をかけた。ユウナはミカの隣に座り、
「戻ろう。お家の人、心配してたよ」
そう言うと、ミカが言った。
「嘘。心配なんてしてるわけないじゃん」
「でも、帰らないと」
「もう帰れない。あんな親大っ嫌い。死ねばいいのに」
ユウナは、ミカの気持ちは十分に理解できた。しかし、解かり合えないことには何も始まらないと思った。
「でも、やっぱり心配すると思うから」
「心配なんかしない!」
ミカはそう言いきった。完全に、心を閉ざしてしまったように見えた。これ以上無理だと悟ったユウナは、何も言わずに立ち上がった。そして、ミカの家に引き返した。
リビングに戻ると、千香子と克美が椅子に座っていた。千香子は立ち上がって、
「ミカは、どこにいたの?」
ときくと、ユウナは正直に答えた。
「公園に、いました。でも、本人は帰りたくないって言ってて……」
「そう……、心配かけてごめんなさいね」
「いえ、私こそ、説得できなかったんです。すみません」
ユウナはそう言いながら、克美の方を見た。克美は新聞に目を落とし、二人の話をきいても顔を上げようともせず、無言を貫いていた。話しかけにくいオーラを放っていたが、ユウナは勇気をもって克美に近づいていった。そして、声をかけた。
「あの、お話してもいいですか?」
すると克美は顔を上げると、ユウナを見つめた。
「なんだね?」
「さっき、ミカの前でお店を継げば、就職しなくてもやっていける、世の中はそんなに甘くない、とおっしゃってましたよね」
「あぁ、それが何か?」
「私には、それがわからないんです。たしかに、おっしゃる通りかもしれません。でも、やりたいことがあれば、人は真剣になれるものだと思うんです。好きだからこそ、人一倍努力して、たとえ失敗したとしても、仕方ないって思えるんだと思います。だから、他人ながら厚かましいとは思いますが、ミカに、好きな道を選ばせてあげてほしいんです。ミカは、授業も真剣に聞いて、頑張ってるんです。お二人なら、それが私以上にわかると思います。だから、お願いします。ミカに、好きなことをさせてあげてください!」
ユウナは、そう言って頭を下げた。千香子も、涙をこらえてそれを見ている。すると、克美はゆっくりと立ち上がった。そして背を向けると、溜息をついた。ユウナはそれをきいて、恐る恐る顔を上げた。そうすると、克美が話し始めた。
「あいつは、昔から友達を作るのだけはうまかった」
それをきいて、ユウナは克美の背中を見つめた。克美は続け、こう言うのだった。
「あいつの一番の取り柄は、やはりコミュニケーション力だ。正直言って、人の人格までは学力では測れない。あいつの長所を生かせる場所を決められるのは、あいつ自身だ」
克美はふり返り、ユウナを見てこう言った。
「冷静さがなかったのは、私自身だったのかもな。気づかせてくれてありがとう」
それをきき、ユウナは嬉しくなった。その時、玄関の方から音がきこえた。ユウナはふり向くと、部屋にミカが入ってきた。すると克美はミカの前に行き、
「すまなかった! お前の気持ちまで、考えてやれなかった。許してくれ」
と言うのでミカは、
「もういいよ。私の方こそ、ごめんなさい」
そう言うと、克美はこう言った。
「お前の好きなようにやればいい。俺は、もう反対しない」
それをきいたミカは、笑顔で頷いた。克美は、
「彼女が、教えてくれたんだ。お前のこと」
と言い、ユウナを見た。するとミカが、
「ユウナ、ありがとう!」
そう言うと、ユウナに抱きついた。ユウナは慌てて、
「私は何も……」
と言うと、ミカは言った。
「ううん、ユウナなら本当だよ。あたしの友達だもん!」
それをきくと、ユウナは嬉しくなった。誰にも縛られることなく、自分の選んだ道を進むことは危険だが、その分面白いこともある。誰もが一度はつまずき、その痛みを知る。そして自分の未熟さに気づいた時、光が見えるものだ。タンザナイトのように、見る角度を変えてみれば同じことであってもまるで違うことのように思えるのだろう。そのことを、ユウナはこの時改めて心に刻んだ。
その後、二人はガラスケースの中のタンザナイトを見つめていた。宝石が飾ってある近くには、両親の名前が書かれた札が置いてあった。すると、ミカが宝石を見つめながらこう言った。
「タンザナイト、別名
それをきいていたユウナは、微笑みながら言った。
「ミカに、ぴったりの言葉だね」
「そう?」
ミカがそう言うと、二人は笑い出した。
更にその後、ミカはユウナを玄関まで見送りに出た。
「またいつでも来てね。今度アカリも誘ってさ」
「うん、そうする」
二人はまた笑いあった。するとユウナは話を変え、こう言った。
「そうだ。ミカの名前って、ご両親から一文字ずつ取ってるんだね」
「なんで知ってんの?」
「さっき、見ちゃったから」
あの時、両親の名が書かれた札をユウナは見ていた。ミカは、
「あたしも自分で気づくまで知らなかったな。でもなんか最近、それもいいなって思えてきた」
そう言うのでユウナも、
「そっか。じゃあ、また明日」
と言い、ドアを開けた。ミカはそれを見て、
「バイバイ!」
そう言いながら、手を振った。門を出ると、ユウナは自宅に向かった。親に認められることは、それなりに大きな喜びである。それは、きっとミカも同じ気持ちだったのだろう。ユウナは歩きながら何度もふり返り、ミカの家を見つめていた。
ユウナは帰宅し、母と弟と夕食をとったあと、いつものように自分の部屋の机に向かい、勉強に励んだ。高校受験の時に、学校から帰ると部屋に閉じこもり、ひたすら問題を解いていたことを思い出した。ただ、あの時はまだ時間に余裕があった。だが、出願まであと二ヶ月、試験日まであと二ヶ月半を切ろうとしていた。ユウナの頭の中は、不安と集中が入り混じった。しかも恐ろしいことに、あっという間に時間が流れていく。ふと時計を見ると、もう三時間ほどが経過していた。母、百合子が風呂が空いたことを告げに来た。ユウナは過去問に付箋を貼ると本を閉じ、下に降りた。
風呂から上がった時には、時計の針はすでに十二時前を指していた。明日も、朝早く起きなければならない。ユウナは、部屋の灯りを消すとベッドに横になった。そして。疲れていたのか数分も経たないうちに意識が遠のいていった。眠りについて二時間、不可解な事件が起きた。
午前二時を回ったころ、突然スマホのアラームが鳴りだしたのだ。それをきいて、ユウナは飛び起きた。聴いたことのない音楽だ。もちろん、ユウナは設定などしていない。ユウナはそのスマホに、恐る恐る近づいた。そして手を伸ばした瞬間。本体から、何かが飛び出した。ユウナは、驚きのあまり尻餅をついた。暗くてよく見えないが、生き物のようだった。丸い生物は、飛び跳ねながらユウナの周りをまわっていた。
「リン、リン!」
こんな鳴き声だっただろうか。次に、跳ねて部屋のドアを開けると、部屋の外に出ていった。ユウナは訳もわからぬまま、それを追いかけた。どうやら、一階に行ったようだ。ユウナはそっと階段を下りると、何かがリビングに入っていくのが見えた。ユウナは追いかけ、そっと中を覗いた。その生命体は、部屋を約一周したあと、冷蔵庫の陰に隠れた。それを見ていたユウナは、足音を立てないよう近づき、冷蔵庫に触れようとした時だった。急に部屋の灯りがつき、ユウナはふり返った。見ると、ドアのところに義輝が立っている。
「何してんだよ?」
「あ、いや。ちょっと……」
「さっき変な曲聞こえてさ。気になって見てみたら、姉ちゃんの部屋のドア開いてたから」
「それより、冷蔵庫の裏に変なのがいるの!」
ユウナは、冷蔵庫の側を指さした。
「は?」
義輝はそう言うと、冷蔵庫の裏を見た。
「何もいねぇじゃん」
「え?」
ユウナも冷蔵庫の裏を覗くと、義輝の言う通り何もいなかった。
「気のせいじゃね?」
しかしユウナは、たしかに見たのだ。あの生命体は、一体何だったのか。そして、どこへ消えたのか。
「疲れてそんな夢でも見たんじゃねぇの?」
弟はそう言って、バカにしたように笑っている。
「でも、たしかに見たの!」
ユウナはそう言い張った。しかし、義輝は信じているようではなかった。
「だって、いなかったじゃん。絶対気のせいだって」
たしかに、見たと証明できるものはなかった。義輝が部屋に戻っていくと、ユウナはしばらくその部屋を探した。しかし、どこにもそれらしき影は見当たらなかった。やはり、夢だったのだろうか。いや、違う。夢にしては、意識がはっきりとしすぎていた。スマホから突然出てきた謎の生命体、あれは一体何を意味していたのか、これから自分の身に何かが起こるのではないか、ユウナは一人、その部屋に立ったまま考えていた。
第六回「
次回予告
ユウナ「また見たの。昨日の変な生物」
正彦「これは素晴らしい研究だぞ!」
美千子「世の中の役に立つ研究をしてくださいな」
かおり「ずっと見てたよ。ユウナのこと」
大輝「相場も同じとこ受けたんだ」
アカリ「うち、明日から実家帰ることにしたんよ」
政介「なんでお前のことを『あかり』って名付けたか知っとるか?」
アカリ「え……」
政介「どこにおってもあの月みたいに輝けるように、その名前に決めたんや」
アカリ「お父ちゃん!?」
嘉代子「アカリには言うたらあかんて、お父さんが」
アカリ「ずっと変わらないかん思とった」
「うち、やっぱり音大行かん」
ユウナ「私も、アカリの思うようにやったらいいと思う」
「頑張ってね」
次回(第七回)
「
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
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中谷優奈
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鶴ケ崎麗菓
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月見里美香
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夢野あかり
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池谷大輝
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相場善秀