朝、ユウナは目を覚ました。カーテンの隙間から、日の光が差しこんでくる。ここのところ、朝の気温が一気に下がり、布団から出たくないという気持ちが衝動的に大きくなっていた。ユウナは思いきって体を起こすと、充電器につながれている自分のスマホを見つめ、夜中の出来事を思い出した。
正体不明の生物が突然スマホから飛びだし、勝手に部屋の戸を開けて一階に下りていったのだ。ユウナは急いで追いかけたが、正体はつかめなかった。あれは一体、何だったのだろうか。もしかすると、ずっと夢を見ていたのかもしれない。ユウナはそう考えながら、歯を磨いた。リビングでは、いつものように母の百合子が朝食の用意をしている。その横で、弟の義輝はカバンにユニフォームや着替えを詰めこんでいる。ユウナも制服に着替えると、席に着いた。百合子が目玉焼きを置きながら、
「勉強してる? でも、あんまり睡眠は削っちゃだめよ。試験の日、頭が回らないと意味ないんだから」
と言った。
「わかってるよ」
ユウナはそう言って、食べ始めた。
「行ってきます!」
義輝は元気よくそう言うと、家を出ていった。
「行ってらっしゃい!」
百合子もそう言いながら、玄関に見送りにいった。そうしていると、ユウナの頭の中をふとあの日のことが過ぎった。
『夢を見つけ、その夢に向かって今できることをやる。それこそが、未来に求められる最良の道だと、私は思う』
十年ほど前、ユウナに福引券を譲ってくれたあの男、有名大学の教授である横大路正彦。正彦の言葉のおかげで、ユウナは夢を見つけられたのだ。それを思うと、なんとか現役で受かってみせたい。でも、現実はそう甘くはないだろう。勉強は続けているが、まるで受かる気がしない。吉崎はまだ三ヶ月あると言っていたが、ユウナの不安は日を重ねるごとに増していく。過去問をやっていても、なかなか合格ラインまで点数が伸びない。このままでは、現役合格は不可能に等しいだろう。でも、後悔しないためにもできるだけのことはやりたい。そう思いながらユウナは、朝食をとった。
そして学校に着くと……。
「え? あたしも見たよ」
ミカがそう言うので、ユウナは目を丸くした。
「え? どういうこと?」
「なんかさ、急にケータイから丸っこい変なのが飛びだしてきて」
ユウナは信じてもらえるはずないと思い、話すことをためらったが、昨夜の不思議な体験をミカとアカリに話した。すると、ミカにも同じようなことが起こったのだという。
「それ、何色だった?」
ユウナがきくと、ミカが答えた。
「う~ん。暗くてよくわかんなかったけど、たぶん水色」
ユウナは、昨夜のことを思い出した。ユウナも暗くてよく見えなかったが、たしか赤色のような気がした。するとアカリが、こう言いだした。
「そういえばうちも同じようなん見たよ」
「え?」
「なんかね、夢かな~って思っとったんやけど、二人が見たっていうけん、驚いとったんよ」
「それ、何色?」
「え~と、パズドラに出てくるモンスターにちょっと似とった」
それをきいて、ユウナは思い出した。暗くて気づかなかったが、よく見ればパズドラに登場する、あるモンスターそっくりだったのだ。これはどういうことか、その時のユウナには理解できなかった。
「そういえばさ、前もそんなことあったくない?」
ミカが突然言い出した。
『何がじゃないわよ、あんなことって普通あり得る!?』
『じゃあやっぱり、二人も見たんだ』
『ユウナちゃんも?』
以前、ユウナの目の前に突然、巨人のようなモンスターが現れ、しかもそれを他の二人も見ていたという奇妙な出来事があった。そして、今回の一件。アカリとミカは、気持ち悪がっている様子だった。ユウナはふと窓を見ると、窓の外は強い風が吹いているのか、木がなびき、葉が次々に散ってゆく。冬が近い、そのことを自然は教えてくれているようだった。そして、高校最後の冬が始まろうとしていたのだ。
第七回
ユウナは電車の中で、溜息をついた。
「なんだお前、元気ないじゃん」
そう話しかけてくるのは、大輝だった。今日は部活がオフで、久々にユウナは大輝と一緒に電車で帰っていた。
「大ちゃんは、入試、終わったんでしょ?」
「まぁ、明日発表だからまだなんとも言えねぇけど」
「受かるといいね」
「あぁ」
大輝は恥ずかしそうに、指で目の下あたりをかいた。
「思えば、私がこうして学校行けてるのって、大ちゃんのおかげだよね」
「なんだよ、急に」
ユウナの言葉に、大輝はまた更に赤くなった。
「でもまぁ、お前昔は全然心開いてくれなかったもんな」
「そんなことないよ」
「いや、でも引きこもってた時さ、何度声かけても全然返事してくれなかったじゃん」
「あの時は、ほんとに、誰とも話したくなくて。学校にいけないくらいだったからたぶん、相当病んでたんだと思う。でもあの時、大ちゃんはそれにもかかわらず、毎日家に来てくれた。そのおかげで、学校に行けるようになった。今でもずっと、感謝してるから」
ユウナがそう言うと、大輝を見上げた。大輝は焦って、目線をそらした。
「大ちゃんなら、きっと受かるよ。人を助けたいって思えるなんて、すごいことだと思う。だから……」
「相場も同じとこ受けたんだ」
「えっ……」
大輝は顔を上げると、こう言うのだった。
「あいつも、将来救命士になりたいって。俺と同じ
ユウナはそれをきいて、思い出したことがあった。
『うち親が厳しくてさ。親父なんか最初の年は、ろくに口きいてもくれなかったんだ』
相場が話していたのは、父親の話で、母親のことは出てこなかった。
「それで……、あの時……」
「どうした?」
「え、べつに。でも、相場君何も言ってくれなかったから、知らなくて……」
「そっか。それよりさぁ、告ったんだろ? 相場に」
ユウナは大輝に不意をつかれ、赤くなった。
「え? あ、うん。ダメだったけど」
すると大輝が、
「でもまぁ、よかったんじゃね?」
そう言うのでユウナは、
「どういうこと?」
ときくと、大輝が言った。
「あいつ、女子に人気あるだろ? だから付きあってることが周りに知れたら、たぶん相当妬まれるぜ。一年の頃、あいつ彼女いたらしいけど、その子も周りから結構陰口とか散々言われてたみたいでさ。それに耐えきれなくって結局別れたんだってさ」
「そうだったんだ……」
ユウナは、大輝は自分の知らないことまでよく知っているのだと感心した。
改札を出て、ユウナは大輝の隣を歩いた。
「今日はありがと」
「あ?」
「私、相場君のことなんにもわかってなかった。それなのに告白して、バカみたいよね。自分で自分の首絞めてたみたい。ありがとう、気づかせてくれて」
「いや。大げさだな、お前」
大輝がそう言うと、少し照れたように笑った。それでもユウナは、笑顔で大輝を見つめた。大輝もそれを見て、また少し赤くなった。それに気がつき、大輝はまた顔をそらした。
大輝と別れ、ユウナは自分の家に帰っていった。それを見送りながら、大輝の心は少しずつユウナのところに揺れ始めていた。
ユウナは家に帰ると、玄関を開け、いつも通り自分の部屋へ上がった。ドアを開けた時、ユウナはいつもとは違う、異様な光景を見た。部屋が荒らされ、本棚からは本が数冊床に落ちている。ベッドも何かが飛び跳ねたような痕跡があり、ちゃんと閉めていたはずのクローゼットも開いていて中のポスターが見える。ユウナは几帳面で、ちょっとしたズレも見落とさなかった。だから毎朝、部屋を出る時には丹念にチェックを入れているのだ。そのため、それを見たユウナは言葉を失った。一体誰がこんなことをしたのか。義輝は、ユウナが家を出る前にすでに家を出ていた。かといって、百合子がそのようなことをするはずもない。もしかして、空き巣でも入ったのかと思い、窓の鍵を確かめるが、しっかりとかかっており、何も盗られた形跡はなかった。
ユウナは怖くなり、一階に降りてリビングに行くとそこは何もなかった。特に荒らされた跡はなく、ユウナは少し安堵した。少し落ち着いたユウナは、何か飲もうと冷蔵庫のドアを開けた。すると、ユウナは固まった。冷蔵庫の中身がすべてなくなっている。それだけでなく、赤色の生物が一番下の段で背を向け、動いている。ユウナは何も考えることができずに、それだけを見ていた。間違いなく、昨日見たものとまったく同じ生物だとわかった。しかもそれはアカリの言う通り、パズドラに登場するモンスターだった。赤くて丸い、体長四十センチほどのモンスターだった。するとそのモンスターは気がつき、冷蔵庫の中から飛びだしてきた。ユウナも驚き、飛びあがって退いた。そのモンスターは手足がないため、ピョンピョンと跳ねながら部屋を出ていった。
ユウナはそれを追いかけ、部屋を出たが見失ってしまった。しかしユウナは、一体どこへ行ったのかよりも、なぜ現実の世界にゲームのモンスターが存在しているのかが謎だった。以前見た、巨人のようなモンスターのことも気になっていた。
ちょうどその時、義輝が帰宅した。義輝は空の冷蔵庫を見て、こう言った。
「あ、俺のプリンがねぇ! 姉ちゃん、食っただろ」
疑いをかけられたユウナは、
「違うって! それより、また見たの。昨日の変な生物」
と言った。
「は? 夢じゃなかったの? どんなやつだよ?」
「それがね、パズドラに出てくる、赤いキャラクターに似てたの」
それをきいて、義輝は大笑いした。
「ゲームのしすぎで幻見んのかよ! そりゃあ、知らなかったわ! てか、もっとマトモな言い訳考えろよ。ウケるわー」
「だから違うってば! 冷蔵庫の中、空っぽになってるでしょ?」
義輝は、改めて冷蔵庫の中をのぞいた。
「あっ! ほんとだ!」
プリンのことで頭がいっぱいで、よく見えていなかったらしい。
「ったく、誰だよこんなことしたの」
「やっぱりモンスターが……」
「いや見間違いだろ? ゲームの中のやつが、本当にいるわけないじゃん」
義輝は、微塵も信じようとしなかった。当たり前だろう。目撃したはずのユウナでさえ、目の前で起こったことがいまだに信じられなかったのだ。
ユウナは部屋を片付け、忘れようと思った。今は考えるのをやめ、勉強にとりかかった。そして区切りがつき、一息入れる時にアカリに電話をかけた。そろそろ寮に帰っているころだと思ったからだ。
『あ、ユウナちゃん?』
アカリは、いつもと同じような感じで電話に出た。
「あ、アカリ? ごめん、急に電話して」
『かまんよ。で、何があったん?』
「アカリ、言ってたよね、パズドラに出てくるモンスターに似てる何かを見たって」
『うん』
「私、今日また見たの。やっぱり、おかしいよね。そんなこと、あるはずないもんね。きっと疲れて、おかしくなってるだけだよね」
ユウナは、アカリがイエスと言ってくれることを大いに望んだ。そうなれば、特に気にしなくていいと思った。だが、アカリの口から出た言葉は完全にユウナの予想を上回った。
『それが……、あたしも見たんよ、今日学校で』
ユウナは、何も声にできなかった。
『楽器運んでたらね、向こうの廊下を何かが通ったのが見えて……。その時、間違いない、昨日見たあれやって思ったんよ』
「それって、赤いやつ?」
『ううん、黄色いの』
アカリは答えた。どうやらミカとアカリが見たものは、それぞれ少し違っているらしい。でも、パズドラのダンジョンに出てくるモンスターであることに違いはないだろう。ユウナは幼いころから様々なゲームをしてきたので、幻覚が見えるのかと思ったが、アカリはこのパズドラが初めてプレイするゲームであり、小さいころは主に外で遊んでいたと言っていた。ならばなぜ見えるのか。あれは、本当に実体があるものなのだろうか。もしそうならば、なぜユウナのスマホから飛びでてきたのだろう。ユウナには、いくつもの疑問が生まれた。
ユウナは、勉強している間はそのことをできるだけ忘れようとしたが、食事中や入浴中はずっとそのことが頭から離れなかった。
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
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中谷優奈
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鶴ケ崎麗菓
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月見里美香
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夢野あかり
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池谷大輝
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相場善秀