午後、ユウナは会場に向かった。ミカとアカリは、先に座席に着いてユウナが来るのを待っていた。
「ユウナ遅いなぁ」
ミカは、時計を気にしていた。間もなく、開演の時刻だ。
一方、バレーの決勝は両者一歩も譲らず、フルセットまで持ちこまれた。しかし、逆転されて徐々に相手のペースになってしまい、上禅高校は惜しくも敗れた。レイカはしばらく呆然とコートに立ちすくむと、がっくりと膝を落とした。レイカの高校での部活動は、これで終わりを告げた。しかし今回は仲間が駆けよってきて、レイカを立たせてくれた。コートを出ると、レイカは顧問である田中の前に行った。
「あの……」
すると田中は、レイカを優しい表情で迎えてくれた。
「大丈夫。負けはしたけど、いい試合だったわ」
俯いていたレイカは、顔を上げてその顔を見た。
「あなたは、今まで自分一人でやっていたこともあった。でも今日は、仲間をよく見て、ちゃんと気を配って動いてくれていた。何があっても、一人でするんじゃない。仲間を信じて、そして栄光をつかむの。キャプテンとして、あなたはよくやったと思うわ。ありがとう、そして、お疲れ様」
すると、レイカの周りで拍手が起こった。ふり向くと、部活の同級生や後輩がレイカに拍手を送っていた。レイカはまた田中の方を見ると、田中も笑顔で手をたたいた。レイカは、やっと自由になれた気がした。信じることの大切さ、それが少しわかったような気がした。後輩たちからの労わりの言葉、そして感謝の言葉、すべてがレイカを受け入れ、優しく包みこんでくれるような、そんな感覚がした。レイカは涙を堪え、田中に一礼すると仲間たちとともに戻っていった。
その後、レイカは体育館を後にした。前には、部活の同期が数人歩いている。彼女たちもまた、高校生活における最後の大会を終えた。
「打ち上げどこにするー?」
そんな他愛もない会話、時間が何よりも愛おしく感じた。孤独だと思っていたのは自分だけで、気がつけばそこに多くの仲間がいて、そして一人じゃないと言ってくれる。そうしてくれたのは、レイカに生きる時間を与えてくれた父と母なのかもしれない。母の代わりに、男手ひとつで育ててくれた父、そして生んでくれた母。その二人に感謝しなければならない、レイカは初めてそう思えた。すると、不意にある思考が浮かんできた。智美は今どうしているのだろう。今日はたしか、コンクールの日だった。会わなければならない。
前を歩いていた一人が、レイカに問いかける。
「ねえ、レイカどこがいい?」
レイカは足を止め、こう言った。
「ごめんなさい。私、今日行かなきゃならないところがあるの」
そう言うと、レイカは方向を変えて走り出した。
新宿のとある会場では、吹奏楽のコンクールがすでに始まっていた。ユウナはようやく到着し、二人を見つけて隣に座った。
「どこ行ってたの?」
ミカがきくとユウナは、
「ちょっとね……」
と言い、笑って誤魔化した。
しばらく他校の演奏が続き、そしてユウナたちの高校の出番が回ってきた。
「続きましては、上禅高校吹奏楽部です」
というアナウンスが鳴り、楽器を抱えた上禅の生徒が出てきた。それぞれの位置に着くと、最後に顧問である智美が指揮者として登場した。檀上に上がる前に、智美は客席に向かって礼をした。そして顔を上げると、あるものを目にした。客席の一番上に、荷物を抱えた女子生徒が立っていた。智美は、それがレイカであると一目でわかった。そして智美は壇上に上がり、手を上げると曲が静かに始まった。曲が始まると同時に、客席は異世界へワープした。どこか遠くに、一輪の花が孤独に咲いている、そんな切ないような曲にも聴こえた。孤独と闘いながら、立ち止まってくれる人を探している。そのような花の健気さは、まるで智美とレイカのようだと、ユウナは心の中でふと思った。
曲が終盤に差しかかった時、智美の前で演奏している生徒が、智美の表情に異変があることに気づいた。曲が終わり、智美は檀上から降り、客席に向かって頭を下げた。そして会場は、拍手に包まれた。その時、智美の頬を無数の水滴が流れていた。それに気づいていた部員は智美が舞台から姿を消した後、
「先生、泣いてなかった?」
と、囁きあっていた。ユウナも、それを見逃さなかった。ユウナは後ろをふり返ると、レイカが静かにステージを見つめている。それをユウナは、笑顔で見つめていた。するとレイカはそれに気がついたのか、会場から出ていってしまった。
「入賞おめでとう!」
コンクールが終わると、アカリは部活の同期にそう言った。
「アカリ、なんで辞めちゃったの?」
「もったいなかったなぁ」
同期たちは、残念そうに言った。
「ちょっといろいろあったんよ」
アカリがそう言うと、そのうちの一人がこう言った。
「てか、鶴ケ崎先生泣いてたよね?」
「それ、うちも見たわ」
「え? 全然気づかんかったけど……」
「アカリは目悪いもん」
アカリは、きょとんとしていた。
「感動したのかな?」
「いや、あれは異常だったし、そんなことくらいであそこまで泣かないと思う」
生徒たちは、そのような話をくり返していた。
一方、レイカは廊下の椅子に座っていた。一人、スマホを触っていると、声がかかった。
「隣、いいかしら?」
レイカは見ると、前には智美が立っていた。レイカは頷くと、智美はレイカの隣に座ってこう言った。
「あなたの方から連絡くれるなんて、初めてじゃないかしら」
「べつに」
「今日、来てくれてありがとう」
「ただの気まぐれよ」
智美はレイカを見つめているが、レイカは目を合わせようとはしない。それでも智美は構わず、
「どう思ってるの? これからのこと」
ときくと、レイカは何も答えなかった。
「私ね、ずっとあなたに謝りたかったの。許してもらえるとは思ってないけど、それでもずっと謝りたかった。寂しい思いばかりさせてしまって、ごめんなさい。あなたの名前つけたの私なのに、一緒にいてあげられなくて」
「え?」
レイカは、智美を見た。レイカは父親から、智美は自分が生まれてすぐに家を出たときいていたため、自分の名づけ親はてっきり父の方だと思っていたからだ。
「でも私、やっぱりこの仕事が好きなの。だからついつい仕事を優先させてしまって、お化粧もほとんどしてなくて。でもあなたには、綺麗になってほしいから、その名前にしたの。今思えば、あなたには少し可愛すぎたかしらね。あなたが嫌いになるのもわかるわ」
智美が笑いながらそう言っていると、レイカは口を開いた。
「私は、一度も嫌いになったことないけど」
それをきき、智美はレイカを見つめた。レイカは続けて、
「私も、いつの間にか何も信じなくなってたみたい。集団から逃げて、一人になって、しかもそれを人のせいにして、言い訳ばっかりだった。そして少しでも自分を楽にしようとして、私バカだった。ちゃんと話せば、解かりあえるってわかってたのに。意地張ってて、それでも時々、これ以上距離が開いたらどうしようって、ずっと思ってた」
と言うのをきき、
「レイカ……」
と、智美は呟いた。レイカはさらに続け、
「私の方こそ、ちょっと避けすぎてたみたい。素直になれなくて、ごめんなさい」
そう言った。初めてレイカに謝られ、智美は無意識に涙をこぼした。
「ごめん。私、この年になると、涙もろくなって……」
それを見て、レイカは少し笑った。ぼやける視界の中、レイカの笑顔だけがくっきりと見えた。智美はハンカチで涙を拭うと、こう言った。
「まだすぐにはできないと思うけど、あなたのお父さんとも話したいの。これからのこと」
それをきいたレイカは、
「ええ。父さんは初めからわかってる。昔みたいに暮らしたいって」
と言った。智美は、
「あなたと話せてよかった。これで、お互い、また明日から頑張れる」
そう言うと、立ち上がった。
「受験、頑張ってね。応援してるわ」
智美はそう言うと、帰っていった。それを見つめて、レイカも悔いのない表情をしていた。それを遠くで、ユウナも見ていたのだった。
夕方、ユウナは外でレイカに声をかけた。
「鶴ケ崎さん!」
レイカはふり向くと、ユウナはこう言った。
「今日は、ありがとう。先生も、喜んでたと思う」
すると、レイカが言った。
「べつに、あなたのために行ったわけじゃないわ」
「わかってるよ。でも、鶴ケ崎さんや、先生の悲しい顔見てたら、こっちまで悲しくなってきちゃって、二人に仲直りしてほしいってずっと思ってたの。それに、鶴ケ崎さんが期末で順位落としたの、私のせいかもしれない。私が動揺させてしまったから、だから……」
「もういいわよ」
レイカは、ユウナの言葉を遮った。
「あれは、私がただ勉強不足だっただけ。自分が悪いみたいな言い方されると、まるで私が貶めたみたいで気分悪いのよ。疲れるのよねぇ、最近。周りから天才だとか完璧だとか散々言われて、しかも内輪の話に勝手に入ってきてつきまとってくるやついるし。言っとくけど、あれは私の意志だから。これで気がすんだでしょ? もう私に関わらないでいい、あなたも自分の好きなことをやれるんだから。それに私、あなたとは一生解かりあえる気がしない。だってあなたウザいんだもの。それじゃ、私は行くから」
そしてレイカが向こうへ歩いていくと、足を止めた。
「それから……、言い忘れてたけど、一つだけ言っておくわ。あの時、あなたがあそこまでしつこく言ってこなかったら、私今日はここに来なかったかもしれない。それについては、ほんの少しだけ感謝してるから。この借りはいつか返すわ。言っとくけど、こんなことで他人から恩着せられたくないだけだから、誤解しないでね」
レイカがそう言うのでユウナも笑顔で、
「わかってる」
と言うと、レイカはそのまま歩いていった。ユウナは、遠くからそれを見つめていた。この二人が数年後、ある世界で仲間としてともに戦うことになるなど、この時は誰が想像しただろうか。
日が沈み、ユウナは家の近くまで帰ってきていた。クリスマスのイルミネーションが街の商店街を彩り、まるでユウナの一日を祝福しているようだった。空には無数の星が散らばり、冷たい風がユウナの頬をかすめてゆく。そしてユウナは、マフラーに顔をうずめながら家へと歩いていくのだった。
第八回「
次回予告
ユウナ「合格、したの」
ミカ「合格しましたー!」
ユウナ「私、人の役に立つ仕事がしたいんです」
田中善喜「俺と、付き合ってほしいんだ」
ユウナ「すごく気になってて」
ミカ「もう忘れるしかないって!」
レイカ「絶対に許さない!」
西城「全部、俺の責任だ」
大輝「ユウナが元気でいてくれるなら、俺はそれでいい」
「てめぇ!!」
田中善喜「やっぱり、無理してたんだな」
レイカ「やめときなさい」
ユウナ「どうしても、諦めきれない人がいるんです」
相場「俺と……、デートしてほしいんだ」
次回(第九回)
「
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
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中谷優奈
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鶴ケ崎麗菓
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月見里美香
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夢野あかり
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池谷大輝
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相場善秀