パズル&ドラゴンズ~もうひとつの旅~   作:葉之和 駆刃

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第9話 それぞれの戦地〜イーチ・オブ・ザ・フロンツ〜(その壱)

 2013年1月4日。年が明けてすぐ、ユウナは予備校に向かった。三が日も、ユウナは年末以上に勉強に集中していた。受験生には、お盆も正月休みも関係ない。冬休みから、一般入試対策講座が本格的に始まり、ユウナはそのほとんどを受講した。前期試験は、わずか半月後まで迫ってきていた。それ以前にも、ユウナは模擬試験を何度も受験し、着実に成果を上げてきている。二カ月前はDだった判定も、今はBとなっていた。学校が始まれば、またほかの授業に時間を割かなくてはならなくなる。でも授業によっては、受験対策をしてくれるので、あまり気にはしていなかった。

 

 ユウナはこの日、「龍山大学数学対策講座」を受講した。講義が始まる前から、部屋は粛然とし、筆を動かす音だけが教室内に響いた。ユウナは指定された席に座り、辺りを見渡したが、誰一人として顔を上げる者はいない。そんな中、ユウナも参考書を開く。たった数分間が、何時間にも感じられた。

 

 しばらくして、足に何かが当たったような感覚がした。ユウナは下を見ると、自分の足元に消しゴムが転がっている。

 

「すみません」

 

 誰かが、小さい声で言った。ユウナはふり向くと、後ろの席の男子が下に落ちている消しゴムを指さした。ユウナはそれを拾い、その男子に手渡した。このようなことがあっても、誰も気に留めはしない。

 

 やがて教師が中に入ってきて、授業が開始された。すると、思いもよらぬ出来事が起きた。開始からしばらくして、ユウナのすぐ後ろの席からペン回しの音がきこえてきたのだ。ユウナはそれをきき、意を決して後ろをふり向いた。するとさっきの男子が、ペンを回しながら頬杖をついていた。それに教師も気がつき、その男子の席の前へ来ると、

 

「何をやっている、やめなさい」

 

 と、注意した。すると、その男子がこう言った。

 

「すみません。でも、もっと応用的なことやってくれるのかと思ったら、これただの基本問題じゃないですか。せっかく高い受講料払ってるんですから、もっとちゃんとした対策をやってほしいものです。退屈すぎて、時間の無駄ですよ」

 

 それをきいて、教室がザワザワし始めた。するとその教師は、

 

「静かに」

 

 と、周りに言った。そしてその男子を見ると、こう言った。

 

「だったら、出ていきなさい」

 

 そうするとその男子も、

 

「失礼します」

 

 と言い、荷物をまとめて教室を出ていった。ユウナはそれを見て、ただ愕然としていた。ユウナにとって、ただでさえよく考えないと解けない問題をもっと難しくしてくれと言ったことよりも、授業中に教師に対してあんな口をきくという度胸が、何より信じ難かったのである。

 

 その後、何事もなかったかのように授業がまた再開された。ユウナは空席になった後ろの席を見て、さっきの出来事がしばらく頭から離れなかった。彼はいったい、なぜあんなことを言ったのだろうかと。

 

 

 

第九回 それぞれの戦地(イーチ・オブ・ザ・フロンツ)

 

 

 講座の最後には、確認のためのテストがあった。それが終わると、その日の講義は終了した。ユウナは予備校を出ると、ある光景が目についた。向こうの木の下に、さっきの男子がいた。勿論、ユウナ以外に気に留めている者はいない。ユウナは、その男子のところへ行った。確かめたいことがあったからだ。

 ユウナが近づいてくると、相手も気がついた。

 

「やぁ、どうだった?」

「えっ?」

「テスト、あったんでしょ?」

「あ、はい」

 

 すると、その男子はこう言った。

 

「あ。そうだ。俺、田中(たなか)善喜(よしき)。龍大の理工受けるんだ。君は?」

「私も、理工。最近できた学科に、興味持って……」

「あぁ、パラダイスなんとかってとこだっけ」

 

 ユウナは、今日のことを尋ねた。

 

「あの。どうして、あんなこと言ったんですか? 簡単だったのはわかりますけど、なにもあんな風に言わなくてもよかったんじゃないかな……。他にも受験生がいっぱいいたわけだし、みんなの気に障ることは……」

「嫌だったんだよ」

「え?」

 

 田中は、続けてこう言った。

 

「俺、一人でいることが多くてさ。ずっと一人で勉強してたんだ。でも親に行けって言われて、仕方なく来てたんだ。でもやっぱり人が近くにいると、集中できなくてさ。黙って抜けるのも不自然だと思ったからわざとみんなを刺激して、さっきまであそこのカフェで勉強してた」

 

 そう言って、向こうのカフェを指した。

 

「そう……、だったんですね」

「そうだ、君名前なんていうの?」

「中谷優奈です」

「へぇ、いい名前だね。駅まで一緒に帰らない?」

 

 急に誘われてユウナは少し戸惑ったが、田中が笑いかけてくるのを見て頷いた。

 駅の前に着くと、田中は自販機で違う種類のコーヒーをふたつ買った。

 

「どっちがいい?」

 

 田中がそう言ってユウナにきくと、ユウナは片方を受け取った。そしてユウナがポケットに手を入れ、財布を取りだそうとするのを見て、田中はこう言った。

 

「あぁ、いいよ。俺の奢りだから……」

「でも……」

「いいって、気にしないで」

 

 ユウナはそれをきき、缶のプルトップを開けてコーヒーを飲んだ。するとユウナの横に田中が座り、こうきいてきた。

 

「ねぇ、ユウナちゃんはなんで龍大受けるの?」

「あ、自分でもよくわからないけど、なんか自分に合ってるかなぁって思って。私、人の役に立つ仕事がしたいんです。いろんな人を助けたり、喜ばせられるような、そんな仕事に就きたいんです」

「ふーん、個性があっていいと思うな。俺には、そんな考えはないけど」

「田中君は?」

 

 ユウナがきくと、田中がこう言った。

 

「俺も、特に理由はないや。そこのとこは、君と一緒」

 

 そして、しばらく沈黙が流れた。すると、田中がユウナに声をかけてきた。

 

「ねぇ」

「え?」

「もしもさ、今度の前期日程、二人とも合格したら……」

 

 田中がそう言いかけると、すぐ近くを電車が通った。ユウナは、不思議そうに田中を見つめた。田中は、目を合わせようとはしない。

 

「なんですか?」

 

 ユウナは、続きが気になっていた。すると田中は思いきったように顔を上げ、ユウナを見た。そして田中は立ち上がり、

 

「もし二人とも合格できたら、俺と、つ、付き合ってほしいんだ」

 

 そう言うのをきいてユウナは、驚いて何も言えなかった。

 

「返事は、試験が済んだらきかせてほしい。それまでは、忘れて。じゃあ」

 

 田中はそう言うと、前の通りを走っていった。ユウナは呼び止めることもできず、ただ唖然としてそれを見ていた。今日初めてあった男に、まさか告白されるなど誰も思いもしないだろう。ユウナは今までにないくらい動揺し、しばらくその場から動けなかった。

 

 

 数日後、冬休みが明け、三学期が始まった。ユウナは教室に入ると、皆、久しぶりに会ったことを喜びあったりしていて、わりと賑やかだった。ミカが来て、

 

「ユウナおはよ」

 

 と言うのでユウナも、

 

「おはよう」

 

 と返していると、サッカー部がいないことに気づいた。

 

「相場君たちは?」

 

 ユウナがきくと、ミカがこう言った。

 

「ユウナ知らない? 遠征よ、全国大会。初戦突破した勢いで二回戦も快勝。すごかったんだから!」

「あ、ごめん。見てなかった」

「忙しかったんだもんね。でも大輝君のシュート、見せたかったなぁ」

「大ちゃんが?」

「うん。決勝戦まで行ったら、見に行かない? あ、でもそれどころじゃないかなぁ」

 

 ユウナは、話を変えてミカにきいた。

 

「ミカは? 専門学校、受けるんでしょ?」

 

 それをきいたミカは、得意げにこう言った。

 

「エッヘン。合格しましたー!」

 

 ミカはそう言うと、ブイサインをした。ユウナはそれを見て、

 

「えぇ!?」

 

 と、驚きの声を上げた。すると、ミカはこう言った。

 

「専門系の学校って、結構ぎりぎりまでいけるじゃん? でも親がさ、なるべくなら早い方がいいって言ってきたから、冬休みに受けに行ったの。まぁ、余裕だったけど?」

 

 ミカが得意げに話すのをきいてユウナは嬉しそうに、

 

「おめでとう!」

 

 と言った。そこへ、アカリが入ってきた。

 

「おはよう、ユウナちゃん、ミカちゃん。これ見て、模試の結果」

 

 そう言って、アカリは紙を見せた。二人は、それを覗き込んだ。

 

「あれ、でも判定Eじゃん」

 

 ミカが言った。

 

「そこ違うんよ。偏差値のとこ。全体で十以上上がっとるやろ?」

「ほんとだ、すごーい!」

 

 ユウナもよくよく見てみると、六十台後半とかなり高偏差値になっている。冬休みの間、皆それぞれの方面で頑張っていたのだと、改めて感じた。こうなれば自分も絶対に合格したい、そう思った矢先、思い浮かんだのはあの言葉だった。

 

『もし二人とも合格できたら、俺と、つ、付き合ってほしいんだ』

 

 田中はなぜ、あの日初めて会ったユウナにそう言ったのだろうか。あれから数日経ったが、忘れることができず、それが解決できないままだった。

 

 昼休み、ユウナはそのことを二人に話した。

 

「え? 告られたの?」

 

 案の定、二人は驚いている。無理もないだろう。

 

「私、すごく気になってて、忘れてって言われたけど、忘れようにも忘れられなくて……」

 

 ユウナがそう言うと、ミカは言った。

 

「初めて会った人に告白するなんて絶対おかしいよ。それさ、ライバルを落とすための戦法なのかも。気がないのにわざと言って、相手を困惑させるとか、そういう系じゃない?」

「そう、なのかな……」

 

 ユウナはそれをきいて、少し戸惑った。

 

「絶対そうだよ。もう忘れるしかないって!」

 

 ミカにそう言われ、ユウナはあのことはもう忘れることにした。でも、もしそうだとしたら、悔しくも思えた。相手の戦略に軽く乗せられてしまった自分が、恥ずかしかった。アカリは、そんなユウナの心情をとらえ、同情していた。

 

 昼休みが終了する間際、レイカは図書館を後にした。教室では集中できないため、静かな図書館が受験生には最適だった。レイカもまた、勉強に図書館の自習室を利用していた。教室に戻ろうと外に出て、しばらく歩くと誰かが呼んだ。

 

「鶴ケ崎さん!」

 

 レイカはふり向くと、後ろにアカリが立っていた。

 その後、少しだけ二人は立ち話をした。

 

「え? 鶴ケ崎さん、京大受けるの?」

 

 アカリは驚きながらきいた。

 

「悪い?」

 

 レイカがそう言うと、アカリはこう言った。

 

「ううん。でも、鶴ケ崎さんなら東大とか受けるんかなぁって思とったけど」

 

 すると、レイカは向こうを向いてこう言った。

 

「もう周りに縛られるのはいや。自分の好きなように、生きていきたいの。誰にどう思われても、私は気にしない。学年トップだから東大受けるなんて誰が決めたの? そう言う固定概念しか持ってない人間は、いつか破綻する。私は、自分のなりたい仕事に就ければ、それでいい」

「立派な考え持っとるんやね」

 

 アカリは感心した。レイカは、

 

「で、用件は何?」

 

 と、アカリにきいた。アカリは思い出したように、

 

「あ、そうやった。鶴ケ崎さんには、例えばライバルがいて、その人が同じライバルの子を落とすために気がないのにわざと告白したりして、相手が集中できんようにしとったらどう思う?」

 

 ときくと、レイカがこう言った。

 

「何言ってるのかわからないけど、一応答えておくわ。そんな人……、同じ人間として、絶対に許さない!」

 

 レイカは、怒りがこみ上げたように鋭い目をした。

 

「そんなやつ、ただのゴミじゃない。自分が受かりたいからって周りを巻きこんで、よっぽど自分に自信がないのね。努力のかけらもない、ただ逃げてばっかのダメ人間だと思うわ。そんな人がいたら、私は人間として認めたくない。まさかいないと思うけど」

 

 レイカはアカリの方を向いて、

 

「話はそれだけ?」

 

 ときくとアカリは嬉しそうに、

 

「うん」

 

 そう言って頷いた。そしてレイカは教室に戻ろうとすると、またアカリが後ろから話しかけた。

 

「鶴ケ崎さん、ありがとう。ユウナちゃん、安心させてくるね!」

 

 アカリはそう言うと、走っていった。レイカはふり向き、それを見つめていたのだった。

 

「鶴ケ崎さんが?」

 

 ユウナがきくとアカリがユウナの手を握り、

 

「うん。ほじゃけん、安心してええ思うよ」

 

 と言った。するとユウナは、レイカの言葉を思い出すのだった。

 

『あの時、あなたがあそこまでしつこく言ってこなかったら、私今日はここに来なかったかもしれない。それについては、ほんの少しだけ感謝してるから』

 

 そしてユウナは、微笑した。やはりレイカは、内面は素直なのかもしれない。智美との和解が、レイカにとっては大きかったのだろう。ユウナはそれを思うと、少し安堵していたのかもしれない。

序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?

  • 中谷優奈
  • 鶴ケ崎麗菓
  • 月見里美香
  • 夢野あかり
  • 池谷大輝
  • 相場善秀
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