そして帰り道、バス停ではまた智美と会った。
「先生」
「あぁ、こんにちは」
「娘さんと、解かり合えたのですね」
「じゃあ、やっぱりあなたがあの子に行くよう勧めたのね。ありがとう」
それをきいてユウナは首を振り、
「いえ、私はべつに。あれは、鶴ケ崎さん自身の意志ですから」
そう言うので智美は、
「そう……」
と答えた。
「私、もうすぐ受験なんです。ダメかもしれませんが、どうしても行きたい大学があるんです。私、人の役に立ちたくて、そしてそれを教えてくれる人のもとで学びたいと思っています。ある人が言ったんです。自然を愛する者は、人も愛すると。私はそれをきいて、そんな思いやりのある人間になりたい、そう思ったんです。今年はもう無理かもしれないけど、でも私はその人のところで学びたい、そう思えたんです」
「あなたなら受かるわ」
ユウナは、智美の顔を見た。智美は、
「なぜだか知らないけど、そう思えるの。もしダメだったらごめんなさいね」
そう言うのをきいて、ユウナは嬉しくなった。智美は続けて、
「いつも私たちのこと、すごく応援してくれていたから、今度は私が応援する。頑張って」
と言った。ユウナは、
「はい」
そう答えると同時に、バスの音がきこえてきた。そしてバスが停車すると、二人はそれに乗って帰っていった。
智美が向かった先は、よくあるファミレスだった。そこで待っていたのは夫であり、レイカの父、圭介だった。智美は、圭介の前に座った。
「遅れてごめんなさい」
智美が言うと、圭介もこう言った。
「いや、俺も今来たとこだ。それより、何か頼むか?」
圭介はメニューを開き、適当に目についたものを注文した。しばらくして智美が、
「久しぶりね、こうして話するの」
と言うので圭介も、
「そうだなぁ、あの日以来だな」
そう言った。すると智美が、こう言いだした。
「そうだ、レイカのことなんだけど、ちゃんと話したの」
「それなら、本人からも聞いてるよ」
「えっ?」
智美は、意外そうな顔をした。
「あいつも、反省してた。もっと早くに、ちゃんと話しておくべきだったとも言ってた。レイカはお前を恨んでたんじゃない、自分の殻に閉じこもってただけなんだ。心の底では、お前と一緒にいたい、そう思っていたはずだ。それだけはわかってほしい」
圭介がそう言うのをきいて、智美は少し下を向いて微笑した。
「それはわかっていたわ。あの子も、あの子なりに考えていたんでしょう? 意地を張ってたのは、私の方だったのかも」
「智美……」
「でも私、これで諦めないから。もっと距離を縮めて、いつかは家族そろって生活できるようにしたい。今までの時間を、すべて取り戻したいの。それが、私にできる、唯一の償いだと思ってるから」
顔を上げて智美が言うと、圭介も笑って答えた。
「そうだな」
すると、智美はこう言った。
「もしよかったら、今度みんなで食事に行きましょう。今なら、あの子も許してくれそうだから」
それをきいて圭介も、
「あぁ、いいと思う。“アイツ”も、今年度中には日本に戻ってくるらしいからな」
と言うのをきき、智美は一瞬少し驚いた表情を見せた。そして、
「そう。わかったわ、なんだかまた賑やかになりそう」
そう笑顔で言っていた。圭介も智美の表情を見て、嬉しそうに笑っていたのだった。
2013年1月12日、ユウナは勉強の合間を縫ってサッカーの決勝が行われる競技場へ出向いた。あと一勝すれば、全国一位という栄光を手にすることができ、たちまち地元民から栄誉を称えられる。競技場は、試合開始数十分前から客席が埋めつくされた。ユウナはいつもの二人と一緒に、客席からエールを送った。
「あぁ、緊張してきた」
ミカは、まるで自分のことのように体を震わせていた。あと一勝という緊迫感は、ユウナもまた、選手たちと同等に感じていた。アカリは、
「あぁ、いいな〜。楽器で応援できて。こっちからじゃと、フィールドまで声届かんのよね〜」
と言いながら、吹部専用の客席に目をやった。
「でも、自分から辞めたんでしょ?」
ミカが言った。するとユウナが、
「でも、いい表情してる」
と言うのでミカが、
「え? どこどこ?」
そう言って見ていると、ユウナは続けた。
「鶴ケ崎先生、前よりずっと、表情が豊かになった気がする。それにつられてみんなも、楽しめるんだと思う」
よく見てみると、指揮をしている智美はたしかに穏やかな顔つきをしている。まるで重かった荷物を下ろしたかのように、透き通った笑顔は部員全体までも笑顔にしているようだった。ユウナは試合が始まるまで、その練習風景を遠くから見守っていた。
その一方、ロッカーでは出場するサッカー部員が集まっていた。選手たちは円陣を組み、その中央に立っているのはキャプテン、西城佑希だった。
「俺たち三年は、勝っても負けても、これが最後だ。これまで、辛いこと、悔しいこと、たくさんあったと思う。でもお前らがいてくれたから、俺も部長として、ここまでやってこられた。みんなも一人じゃないということを、これからもずっと、忘れないでほしい。俺は、できる限り悔いは残したくない。それはみんなも思ってることだと思う。だから今日は全力で勝ちにいく!」
西城がそう言いきった瞬間、オォー! という歓声がロッカー中に響き渡った。副キャプテンの相場は手を叩いて他の選手を鼓舞し、エースの大輝も自分を落ち着かせるために深呼吸をしていた。ついに最後の決戦が始まる。そして選手たちは、フィールドに姿を現した。
「ほら、出てきたよ!」
ミカが、ユウナを促すように指差した。ユウナには、選手たちがこれまでとは目つきが違っているように思えた。相手は、古くからの強豪。ここ数年で強くなった上禅とは、格が違う。それでも皆、意地でも優勝しようという意思を固めてきていた。
「指揮は俺がとる。お前は少しでもボールに近づけ」
西城が大輝に言った。
「あぁ、了解」
大輝はそう答えると、フィールドの中央に入っていった。そして西城とすれ違う際、腰の辺りでグーを作り、西城の拳とタッチを交わした。
そして観客が見守る中、ホイッスルが鳴り響く。西城に言われた通り、大輝はボールを追い続け、パスがくるのを待った。そして前半終了間際、大輝がゴールの少し手前で相場からパスをもらい、そのまま走っていって自らシュートを決めた。その瞬間、ユウナたちがいる観客席ではほとんどの人が立ち上がり、大歓声を上げた。そして前半は守りきり、一対〇で終了となった。
ベンチで大輝が水を飲んでいると、目の前に相場が来て手を差し伸べた。大輝はペットボトルを横に置くと立ち上がり、相場の手をつかんだ。
「後半も頼んだぞ」
相場が言うと大輝は、
「任せとけ」
と言い、笑った。
しかし後半戦は思うように事が運ばず、開始間際にあっさり一点返されてしまった。その後も、相手のペースで何度もゴールを決められそうになり、辛うじて防いでいた。ユウナたちは、それを不安そうに見ていた。その後、どちらも点が入らずに、PK戦に持ちこまれることとなった。PK戦では、ゴール前にキーパーが立ち、選手が一人ずつ出てゴールを決めていく。そして最後は、キャプテンの西城がゴール前のフィールドに立った。西城はボールを前に置き、ゴールを睨むようにして見つめ、焦点を合わせた。そして、力強く蹴る。しかし、そこに緊張が入ったのか、焦点が大きくずれてしまった。結果、ボールはゴールの縁に当たり、失敗してしまった。西城は、がっくりと膝を落とした。ただ呆然としていると、大輝が西城のところに来て言った。
「まだ終わってないぞ」
そして西城の腕をつかんで立たせると、皆のところへ連れていった。勝つためには、相手も二度ほどミスをしてくれないといけない。選手たちは、不本意にもそれを望んだ。しかし、相手チームはパーフェクトにゴールを決め、上禅はPK戦の末、敗れ去った。
沸き立つ向こう側の観客席を見ながら、上禅の生徒たちはがっくりと肩を落としていた。
西城は選手たちを集め、こう言った。
「今日のことは、全部、俺の責任だ。すまない」
そして、頭を下げた。顔を上げる選手は一人もいない。そう思ったが、大輝だけが進み出てきてこう言った。
「誰が悪いとか関係ねぇよ。お前の責任は、みんなの責任だ」
すると、それに同調する声が選手たちからも上がった。それをきき、西城の目から堪えていた涙があふれ出した。大輝は、そんな西城を支えた。そしてまた、相場が拍手を送るとそれに伴って選手たちから、そして客席からも盛大な拍手が起こった。それは、まるで突然の嵐のようだった。ユウナたちも、選手たちに向けて拍手を送り続けた。感動をくれたその試合は、ユウナにとっても励みとなった。その一番後ろに立ち、腕を組み、上からフィールドを見下ろしている女子生徒がいた。レイカだ。彼女もまた、拍手はしていないものの、いろいろと思うことがあったのかもしれない。そして、大輝たちの部活動はこれで終わった。
夕方、大輝はカバンを抱え、会場を後にしようとした。すると後ろから走ってくる足音がきこえたと思うと、声をかけられた。
「大ちゃん!」
それはユウナだった。
「なんだ、来てたのか。ったく、言えよ」
大輝はユウナを見るとそう言った。ユウナは、
「ごめん、でも今日逃したらもう大ちゃんがサッカーしてる姿見れないから」
と、言った。レイカも競技場から出ようとすると、出口のすぐそこで二人が話しているのが見えた。すぐ近くを通るのをためらい、しばらく出口で隠れていることにした。それに気づかないユウナは、大輝にこう言うのだった。
「今日は残念だったけど、でもかっこよかったよ。大ちゃんのあんな真剣な姿見るの、久々な気がする」
「そっかなぁ」
大輝は、いつものクセで頭の後ろをかいた。
「すごかったよ! ずっと同じクラスだったのに、まだまだ知らないことがいろいろあるんだって。大学では初めて離れ離れになっちゃうけど、大ちゃんならきっと、誰かの役に立てると思う! いい救命士になれるよ、きっと」
「プレッシャーになること言うなって。たしかにお前とは幼稚園の時から一緒だからな、卒業したら初めて離れ離れになるな……。でも俺はべつに平気だけど」
「え?」
「ユウナが元気でいてくれるなら、俺はそれでいい。お前のことだから、あっちに行ってもうまくやれそうな気がする」
「まだ受かってないんだけど……」
「まぁ、受かったらの話だけどな。早く帰って勉強頑張れよ。ほら、もう日が暮れんぞ?」
「うん。じゃあ、またね」
ユウナがそう言って手を振ると、駅に向かって走っていった。大輝も帰ろうとすると、
「ふ〜ん、幼馴染だったんだ」
と言う声がするので、ふり返ると競技場の壁に腕を組みながらレイカがもたれている。
「なんだよ、べつにいいだろ」
大輝が言うとレイカは体を起こし、こう言った。
「えぇ、私にはどうでもいいけど」
「じゃあなんで……」
「あの子お節介でしょ? 私も散々つきまとわれたのよ。自分より他人、自分のことなんか後回し、そんな心情、私にはとても理解できないけど、あなたにならわかるんじゃない? ずっと見てたんでしょ?」
「なっ……」
「あの子の勉強、邪魔したくないなら、ちゃんと管理してあげたら?」
「管理?」
大輝が怪訝そうにきいた。
「ちょっと誰かが困ってたら、入試がすぐそこにあるにもかかわらず、すぐ世話焼かないようにね。あなたにならできるんじゃない?」
レイカはそう言って嘲笑したような表情を見せると、駅の方に歩いていった。
「んだよアイツ」
大輝は、それを見ながらそう呟いていた。
それから数日が過ぎ、期末試験も終わると三年は休校期間に入った。前期日程入試前日、ユウナは学校に来て教室で夕方まで勉強した。その横で、進路が決まったミカも一緒に勉強していた。その教室には今のところ、二人のほかには誰もいない。アカリもユウナと同じくまだ進路が決まっていないため、今は夜遅くまで予備校に通っていた。
「ごめんね、つき合わせちゃって」
ユウナがミカに言うとミカは首を振り、
「ううん。友達として、ユウナには合格してほしいもん」
と言うので、ユウナは笑顔になった。その様子を、廊下から大輝が見ていた。大輝はまだ、レイカに言われたことが引っかかっていた。すると不意に誰かに肩をたたかれ、ふり向くとそこに相場がいた。
「どうした?」
「いや、何でもねぇよ」
相場にきかれると、大輝は答えた。その様子にミカが気づいて、
「あ、お〜い、二人も手伝ってよ!」
と、中から手を振った。すると相場は中に入り、
「明日、試験なのか?」
そうユウナにきいた。
「あ、うん。できるだけのことはやったけど、少し不安」
ユウナが答えると相場は、
「大丈夫、もっと自分を信じろ。わからないところがあったら、教えてやるから」
そう言い、ユウナの前に座った。そして、ユウナは過去問の中のわからないところを、相場から教わった。その様子を、部屋の外から大輝は黙って見ていた。するとミカが来て、こう言った。
「ねぇ、あの二人、ものすごくいい感じじゃない?」
「あいつ、まだ相場のこと諦めてないのかな」
大輝が言った。ミカもそれをきいてふり返ると、嬉しそうなユウナの顔が目に入った。
「でも、ユウナなら大丈夫そう。ちゃんと勉強して、成績だって上がったんだから」
ミカはそう言うと、大輝の耳元で言った。
「とられる前に動いた方がいいかもよ。ユウナの受験がすんだら、告ってみたら?」
「あ?」
大輝が何か言う前に、ミカはノリノリで戻っていった。大輝はしばらく、そこからまた三人を見ていたのだった。大輝は、少し悩んでいた。ユウナには、自分がどう見えているのだろう。ただの幼馴染か、それとも友達か。考えれば考えるほど、頭がおかしくなりそうだった。大輝は気づかれぬよう、静かにそこを離れた。
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