「俺と……、デートしてほしいんだ」
「えっ?」
「俺、なんであんなこと言ったのか、自分でもよくわからないんだ。もし、時間があったら、今度一緒に、どっか行かないか?」
相場の急な誘いに、ユウナは若干しどろもどろになった。
「あ、いや……。ごめん、なんか突然で……」
「あ、俺の方こそ、ごめんな。言い方が悪かった、訂正する」
相場はユウナとは違い、冷静だった。
「相場君は、行きたいところあるの?」
「いや、俺はべつにどこでもいいかな。合格祝いも兼ねて、中谷の好きなところでいい」
「うん、じゃあ……」
ユウナは、そう言いながらカレンダーの方を目にした。まさか相場と二人きりで出かける日が来るなど、夢にも思っていなかった。それは、相場らしい罪滅ぼしだったのかもしれない。ユウナはあまり気にしていなかったが、今は相場の気づかいを素直に受け止めるだけだと思うのだった。
第十回
翌朝、ユウナは少し早く起きた。歯を磨いて朝食を済ますと、立ち上がった。
「入学の手続きしてくる」
すると母・百合子が、
「一人で大丈夫?」
と言うのでユウナは、
「うん、平気」
そう笑顔で答えた。それを見た百合子は、
「何かいいことでもあったの?」
と尋ねるとユウナは、
「べつに何も」
そう言った。しかし、ユウナからは笑顔があふれていた。
ユウナはカバンを取りに二階へ行き、自分の部屋に入った。そしてカバンを肩にかけると、出ていく際にふとカレンダーが目に入った。2月23日のところに、しっかりと赤でしるしがつけられている。ユウナはそれを見て嬉しそうに微笑むと階段を下り、百合子に声をかけてから家を出たのだった。
まだ風が寒く、春にはまだほど遠いように感じられた。この地域は早朝出勤の人が多いためか、ユウナの出る時間には人はあまり家の前を通らなかった。ユウナは駅まで歩き、電車で銀行へと向かい、入学手続きを済ませた。因みに、大学入試には地方入試という、受験生の負担を少しでも減らすために、各地方で入試が行われるという制度がある。学外入試またはサテライト入試ともいい、たとえば関東の生徒は、わざわざ地方に出向かず東京で受験できるというものだった。
ユウナは帰る途中、コンビニへ立ちよった。ユウナはドリンクを買って店から出ようとした時、窓側で本を立ち読みしている女子を見つけた。それはよく見ると、レイカだった。そしてユウナは、
「あの……」
と、声をかけた。すると、レイカはふり返った。
「偶然、だね。何してるの、そんなとこで」
ユウナが言うと、レイカは本をもとの場所に置きながら言った。
「べつにいいでしょ。何してても」
「そうだけど……。あ、そうだ。先生、とても嬉しそうだったよ。やっぱり、鶴ケ崎さんと解かり合えたことが、何より嬉しかったんだと思う」
「べつにあなたのおかげだなんて思ってないから。それより、あなたこそこんなところにいて大丈夫なの? 受かったんでしょ、大学」
「え? どうしてそれを……」
「昨日、学校で月見里さんがはしゃいでたから」
「ミカが?」
「自分のことみたいに喜ぶ人って、私には到底理解できないけど。それにもう一人もよく絡んでくるわ」
「それって……、アカリのこと?」
「あの二人、変わってるけどあなたのこと、大切に思ってるみたいよ。それに……」
「それに?」
レイカは、不意に大輝のことを思い出した。
『やめときなさい』
『誰が何言おうと、俺は俺の意志で行動する!』
「やっぱり何もないわ」
「えっ?」
「私はまだ終わってないから、帰るわね」
レイカはそう言って、コンビニを出ていった。ユウナは、気になったように窓からレイカの後姿を目で追っていたのだった。
そして数週間が流れるように過ぎ、2013年2月23日。ユウナと相場は駅の近くで待ち合わせ、遊園地へ向かった。週末ということもあって、親子連れや高校生たちでにぎわっていた。ユウナは、歩きながら相場に言った。
「久しぶり、こんな賑やかなとこ来るの」
「なんか、悪ぃな」
相場が急に謝った。
「何のこと?」
「結局、俺が勝手に選んじゃって。もっと、ほかのとこがよかったか?」
「いいよ、楽しければどこだっていい。私も、せっかく相場君がスケジュール練ってくれたんだから、不満なんかないよ」
「よかった」
相場は、笑顔でユウナを見た。
その後、ジェットコースター、お化け屋敷など、園内をひと通り回ることにした。そうしているうちに、二人は知らぬ間に手をつないでいた。ユウナが先に気づき、
「あ……。なんか、カップルみたいだね」
と言って手を離そうとすると、相場はユウナの手をつかんだ。それにはユウナも驚き、思わず立ち止まった。そして相場は、ユウナを見つめた。ユウナも相場を見つめ返し、しばらく沈黙が流れた。すると相場は手を離し、
「……腹減ったな。どっか入るか?」
そうきいてくるのでユウナはわけもわからないまま、
「あ、うん」
とだけ答えた。
しばらく歩くと、園内にあるレストランが見えてきた。中は、主に昼食をとっている家族が多かった。この時間はやはり、レストランやカフェが混むのだろう。待ち時間、店内の様子を見ると従業員が忙しなく走り回っている。やっと席が空き、二人は中に入った。席に着くと、
「ご注文はお決まりでしょうか」
と従業員が言うので、ユウナはメニューを手に取り、従業員を見上げた。すると、ユウナは驚いた顔をした。
「ミカ?」
なんと注文をきいてきた従業員は、ミカだったのだ。相場も、驚いた様子でそれを見ていた。
昼食のピークが過ぎると、客があまり来なくなり、店に余裕ができた。その隙を狙って、ミカはユウナの隣に座り、こう話した。
「うちって宝石扱ってるわけじゃない? だから一々お金にうるさくてさ~。店継がないんなら今すぐにでも稼いでこいだってさ。てかもう、言ってよ~。二人が来てるなんて知らなかったし」
ミカは両手のすべての指をクロスさせると、腕を伸ばしてテーブルに置いた。相場は、
「でも、まさかお前がバイトしてるなんてな」
そう言うとユウナも、
「そうだよ。なんで言ってくれなかったの?」
ときいた。するとミカは、
「そりゃそうよ。だって、まさか会うなんて思わないじゃん。それより、二人どうなったの? 付き合ってんの?」
と、話をそらしてきき返した。
「いや、今はべつに……」
「なんでよ。付き合ってもないのに二人だけっておかしくない?」
「それは……」
「相場君はどうなの?」
ミカは、身を乗りだして向かいの席の相場にも質問を投げかけた。
「俺は……」
ユウナは、心配そうに相場を見ていた。
「俺は、機会があれば付き合いたいと思ってる。中途半端なままじゃ、示しがつかないから……」
ユウナはそれをきいて、驚きのほかに、不安さもあった。
「それに、もっと中谷のこと知りたいって、そう思えたんだ。だから、中谷がもしいいって思ってるなら、付き合いたいと思う」
「おぉ~!」
ミカは感心した。ユウナもそれをきき、嬉しそうに相場を見つめていた。
その帰り道、日は今にも落ちようとしていた。ユウナは、相場の隣を歩きながら言った。
「相場君、ちゃんと考えてくれてたんだね、私のこと。なんか、意外だった」
すると相場は、ふと足を止めた。
「……ごめん。あれ、嘘なんだ」
「え?」
相場の言葉をきき、ユウナも自然に足が止まっていた。そして、相場が続けた。
「俺、やっぱり自信ないんだよ」
「自信?」
「一年のころ、一度だけほかの女子と付き合ったんだ。だけどなかなか言いたいことも言えなくてさ。何もかも自分で抱えこむことが多かったんだ。そしたら、ある日突然彼女にキレられて、それでもうやめようってことになったんだ」
「そう、だったんだ……。私てっきり、その子がほかの子から妬まれてたってきいてたから、それで……」
ユウナがそう言っていると、相場はこう言うのだった。
「それは、後から誰かが流したただのうわさだよ。結局俺は、何かあっても誰にも相談できない。きっとお前にも、心配ばかりかけると思う。それを思ったら、俺となんて付き合いたくないって思うだろ?」
相場は、無理に笑顔を作った。それを見てユウナはたまらず、こう言った。
「相場君がそう思ってるのは、自分に自信がないからじゃない。人を信じることができないからだよ。だってあの時、サッカーの試合、相場君、とってもかっこよかったもん。私もあれがあったから、好きな大学に行けたんだと思う。相場君たちのおかげ。みんな知ってるよ、相場君が頑張ってること。みんな応援してた。君自身が心を開けば、きっとみんなもわかってくれる。だから、もう一度言わせて。これが、最後になるかもしれないから」
「中谷……」
「私、今でも相場君のことが好きだよ。頑張ってる姿、優しくしてくれること、どれをとっても好きなの。相場君と話してると、嫌なことも嫌じゃなくなる気がして、そして私が私でいられるの。前に、相場君言ったよね? お互いに落ち着いたら、また話そうって。だから私、それまで一生懸命に頑張ってきた。待ってたんだよ、ずっと。だからもう一度言わせて。こんな私と、付き合ってください」
相場はしばらく目を閉じ、考えた。ユウナは、不思議とドキドキしなかった。それは、結果がわかりきっていたからなのかもしれない。それでも、ずっと待ち続けた。そして、相場がとうとう目を開け、こう言った。
「ごめん。やっぱり今はまだ、付き合えない」
ユウナは、黙って相場を見つめていた。すると相場は続けて、
「でも、今日お前に言われて、少し自分に自信が持てた。人をまだ信じられていないってことも、お前が気づかせてくれた。これで、少し心が軽くなった気がする。ありがとう」
そう言うので、ユウナは笑顔で頷いた。そして相場は、
「まぁ、お前は優しいから、きっとすぐに相手くらい見つかるよ。あと、大輝もいるしな」
と言うので、ユウナは顔を赤く染めながら言った。
「大ちゃんは、そんなんじゃないよ。ただの、幼馴染だから……」
「そういや、大輝に言われたんだ。中谷のこと、何もわかってないって」
「大ちゃんが?」
「あぁ。だから俺なんかより、お前のことしっかり見てくれるやつの方がいいと思う。俺も努力する。誰かに頼ることも、大切ってことがわかったしな。俺が今より強くなったら、その時は俺と付き合ってほしい。けどお前だから、もう誰かと付き合ってるかもな」
相場はそう言って、ただ笑っていた。ユウナもそれをきいて可笑しくなり、つい笑ってしまった。そんな日々が、きっとこの先、いい思い出として残るのだろう。ユウナはそんなことを考えながら、向こうの山に沈んでいく、幼い子供のような太陽を、静かに眺めていたのであった。
ある海岸通りでは、町のイルミネーションが一年中夜の海を照らし続けた。ユウナはベンチに腰かけ、夜景を見つめながら電話していた。
『えっ? そっちが告ったの?』
相手はミカだった。ミカは、驚きの声をあげた。昼間の相場の言動から、相場がユウナに告白するものだと思っていたのだろう。しかしユウナは、笑顔で答えた。
「うん、でもフラれちゃったよ、また」
「なんでよ? あんなこと言ったくせにって、怒んないの?」
「うん。今はまだ、付き合えないんだって」
「……そっか。じゃあ仕方ないよね」
「心配かけてごめんね。でも、大丈夫。わかってたから、全部」
「うん、ユウナらしいけど。あぁ~、もうすぐ卒業か~」
「短かったよね……」
ユウナは、夜空を見上げた。空には、無数の星たちが絵を描くように散らばっている。
「ほんとそれ。いろんなことあったのにさ。終わってみるとあっという間だよね!」
ミカも、電話ごしだが笑顔で話しているのがわかった。ユウナは、それだけで嬉しくなった。思い返せばこの三年間、様々な出会いがあった。中学にも友達は何人かいたが、高校に入学してしばらくすると、次第に連絡を取り合わなくなってしまった。でもその時、ユウナはミカやアカリと知り合い、自分の中にあった孤独感が薄れていった。たまに、引きこもっていた時の自分が嘘のように思えてくるのだった。あの頃は、友達なんかいらない、そう思っていた。しかし今となっては、仲間がいて、頼れる人がいつも近くにいてくれる。そんな当たり前が、当たり前でなかったあの時とは、何が変わったのだろう。たった小さなきっかけで、ユウナは明るくなり、そしてほかの人とも話せるようになった。人は少しのことで変わるのだと、その時、初めてわかったような気がした。
「じゃ、またね」
「うん」
ミカとユウナは、そう言って電話を切った。すると同時に、相場がこちらに歩いてきた。
「ごめん。なんとか順番とってきたけど、どうする?」
この時、時計台の針は八時に差しかかっていた。相場は、近くのレストランの順番を確保してきたようだ。ユウナは立ち上がると、
「うん。せっかくだから、一緒に食べたい」
と、返事をした。相場もそれをきいて、嬉しそうに笑った。
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
-
中谷優奈
-
鶴ケ崎麗菓
-
月見里美香
-
夢野あかり
-
池谷大輝
-
相場善秀