大輝は、相場を中庭に呼びだした。大輝は、自分のスマホを見た。
「午後四時に高校の中庭に来てくれ」
というメッセージに対し、既読はついているが返信はない。四時を少し回ったころ、相場は現れた。壁にもたれかかっていた大輝は、ゆっくりと起き上がった。
「遅かったな」
「ごめん、電車が遅れてて」
「なんで呼びだしたか、わかるよな?」
「……、中谷のことか?」
相場は、薄々勘づいているようだ。
「お前、ユウナの飲みもんに何入れたんだよ」
大輝がそうきくと、相場は黙っていた。しかし、大輝は更にこう言った。
「ユウナは、お前が酒で酔わせてホテルに連れこんだって言ってた。でも、お前のことは責めないでやってほしいって。でも、やっぱ俺もそこまで人間できてねぇわ。一発ぶん殴ってやりたいほど、俺は今、お前にムカついてる。正直に……、話してくれるよな」
すると相場は、大輝の目を見つめた。もう言い逃れはできないと悟ったのか、一瞬相場の表情が緩んだ。
「大輝には、言わなきゃいけないって思ってた。あいつが話したこと、全部本当だ」
大輝は、それをきいて愕然とした。少しだけ、嘘だと言ってくれることを期待したが、裏切られてしまったのだ。
その頃、ミカとアカリが高校から出てきた。
「あ~あ。今日なんか疲れちゃった」
ミカは両手を後ろに伸ばし、大きく息を吐いた。
「ミカちゃん、頑張ったんやね」
隣でアカリも、そう言った。
「それよりさ、向こうへはいつ帰るの?」
「う~ん。まだ決めとらんけど、大学にも受からんと思うし。しばらくは東京かなぁ」
「ふ~ん」
「ねぇ、ミカちゃん」
不意に、アカリが足を止めた。
「何?」
ミカがきくと、アカリは向こうを指さして言った。
「あの二人、何しよるんじゃろ」
アカリが指さす方には、大輝と相場がいたのだ。二人は校舎の陰に隠れ、二人の様子を窺うことにした。
「自分でも、よくわからなかったんだ。自分が今、何をしているのかも。誰かに、操られてるみたいに、勝手に身体が動いて……」
相場は言った。
「それが、お前の言い訳かよ」
「あの時、実は俺、取り返しのつかないことをしたってすごく後悔して。このまま、なかったことにできればなぁって思ったりもして。けどあいつ、優しいから話せば秘密にしてくれるんじゃないかって思っ……」
そう言いかけた瞬間、横から思いっきり顔を殴られ、相場は倒れた。そして大輝は相場の襟をつかみ、強制的に立たせた。それを見ていたミカが飛び出し、
「ちょっ、何やってんの!」
と言い、アカリも駆けよってきた。大輝は二人をまったく無視し、相場を睨みつけた。
「お前、アイツのことフったよな? 二回も。なのになんだ? あいつのこと散々傷つけといて口止めしようってか? 最低だよお前ほんと!」
大輝はそう言って相場を激しく放すと、相場はまたその場に倒れこんだ。
「もういい……。お前ってそういうやつだったんだな。わかった、もう二度とユウナには近づくな。次あいつに何かしたら、俺お前のこと一生恨むわ」
大輝はそう言い放つと、帰ろうと背を向けた。その様子を、ミカとアカリも心配そうな表情で見つめている。すると、相場は血の滲んだ口を拭い、こう呟いた。
「俺だってなぁ……、いろいろあんだよ……」
「あ?」
大輝は、そう言ってふり返った。
「何にも知らねえくせに、彼氏気取りで、知ったような口きいてんじゃねぇよ」
相場が小声でそう言うと、大輝が戻ってきて再び相場の襟をつかんだ。
「んだよ……、もう一回言ってみろよ!」
それを見かねたミカが、
「ちょっと、やめなさいって!」
と言って止めに入っても、大輝はその手を離さなかった。相場も大輝を見つめ、
「俺は、あいつのこと、少ししか知らない。けどお前も、全部知ってるわけじゃないだろ?」
そう言うので大輝の怒りは頂点に達し、拳をふり上げた。しかしその時、
「待って!」
という声がきこえた。大輝はふり返ると、後ろにユウナが立っていた。
「お前、なんでここに……」
「私、やっぱり気になって、来てみたの」
大輝は、ゆっくりと相場を離した。ユウナは大輝の前に来て、
「私がいけなかったの。もっと早くに、相場君の心の傷に気づいてあげてたら、こんなことにはならなかったと思う。だから相場君は悪くない。それだけは、わかってほしいの」
と、言うのだった。
「……わかったよ」
大輝は寂しそうに答えると、背を向けて向こうへ歩いていった。
「大ちゃん!」
ユウナがそう言って追いかけようとすると、不意に誰かに肩をつかまれた。するとミカが、
「そっとしといてあげよ。ねっ」
そう言った。ユウナは、大輝を心配そうに見つめていた。その後ろ姿は、まるで魂が抜けたように頼りなくも見えた。
その後、相場は水道で顔を洗っていた。タオルで拭いたあと、ユウナは相場の唇にバンソーコを貼った。
「大丈夫?」
ユウナが尋ねると相場は、
「あぁ、平気」
と言った。その顔には、少しの微笑みがあった。
「じゃあ、私これで帰るね」
ユウナはそう言ってカバンを持つと、それを相場が呼び止めた。
「あ、中谷」
ユウナはそれをきいてふり向くと、相場がこう言った。
「ごめんな。許してくれないかもしれないけど、ほんとにごめん」
「いいんだよ」
「ただ、卒業までに、これだけは言おうと思って」
「何?」
「俺、中谷のこと、好きだ」
「えっ……」
突然のことで、ユウナは驚いてしまった。
「だから……、だからこそ、付き合うことはできない」
「どういうこと……?」
ユウナは相場の前に来て言った。
「今の俺じゃ、絶対幸せにできないんだ」
「そんなことないよ、相場君ならきっと……」
「ごめん。俺もう、お前の無理してる顔見るのが、辛くてさ。我慢して、自分の感情抑えこんで、それでも幸せっていえるのか? 俺は、違うと思うんだ。だから、お前にはずっと笑っていてほしい。お前には、ずっと笑顔でいてほしいんだ。俺も、いつか追いつくから。きっと心から笑えるようになって、お前を、元気にしたい」
「相場君……」
ユウナの目から、涙があふれた。これはただの失恋ではない、そう思えた。悲しくもあるが、どこか嬉しいような、そんな不思議な感覚だった。
「私、頑張るから。大学でいろんなこと勉強して、いろんな知識身につけて、そして人の役に立つことを考えられるようになるから、相場君も、頑張ってね」
ユウナが言うと相場も笑顔になり、
「あぁ、約束な」
と言うので、ユウナも嬉しそうに頷いた。
「恋」、それは時に人を狂わせ、脳を支配する恐ろしい病である。しかし、そのすべてが悪いというわけではない。心を穏やかにし、そして前進するいい機会を与えてくれる時もある。ユウナもまた、一時の支配から解放され、自ら前に進む決意をした。
そして何より、相場との思い出ができたのである。もしも好きにならなかったら、ただの友達で終わっていたかもしれない。ユウナは、卒業してもこの日のことは忘れずにいようと思った。辛いことでも、それもまた、思い出なのである。世の中、いいことばかりではない。嫌なことや、悲しいことも受け止めてやっと、前に進めるのだ。ユウナは、それが改めてわかった気がした。そして相場に手を振り、ユウナは帰っていった。
家に着くと、いろいろなことを考えた。高校でのこと、友情、恋愛、様々な出来事が懐かしく思えてくる。そして最後に浮かんだのが、今日の大輝の顔だった。もしもユウナのことを気にしていなかったら、あそこまで相場を責めることはしなかっただろう。でもユウナは、何も知らずに相場を庇ってしまったのだ。大輝のあの寂しそうな表情を思い出していると、ユウナはあることに気づき始めた。もしかすると大輝は、ユウナを友達としてではなく、一人の女として見てくれていたのではないかと。
そう考えているうちに、不思議ともどかしくなった。今ごろ、大輝はどこで何をしているのだろう。会いたい。その時、自分に新たな気持ちが芽生え始めていることを、ユウナは無理やり悟らされた。ベッドに横になりながら、じっともどかしさに耐え続けた。
するとしばらくして、部屋をノックする音がきこえた。
「ユウナ、いる?」
百合子が入ってきたのだ。
「お客さんよ」
ユウナは起き上がり、
「誰?」
と尋ねた。そして、百合子に部屋に入るよう促され、入ってきた人がいた。大輝だった。ユウナは驚き、大輝を見つめた。百合子が一階に下りていくと、二人きりになった。
「大ちゃん……、どうしたの?」
ユウナはきいた。
「ちょっと気になってな。あれからどうなった。付き合うことになったのか?」
「ううん、もういいの」
「そっか……」
「あのね、私……」
思わず、ユウナは言いかけて止まった。できるだけ早く伝えなければならない気持ちと、今までの関係が壊れてしまうのではないかという危惧が、互いにぶつかり合った。
「なんだよ」
大輝にきかれ、ユウナは言うべきか迷った。
「あ、大ちゃん、今日は、私のためにしてくれたんだよね。なのに私、何も知らなくて。ほんとに、ごめん」
結局、言えなかった。大輝はユウナの言葉をきくと、
「べつにいいよ。俺も、あいつに謝ってきたから」
と言った。
「大ちゃんは……、ずっと私のこと、心配してくれてたの?」
「当たり前じゃん。なんだよ急に」
「今思うと、私、恵まれてたんだなぁって。昔は、一人でもいいって思ってた。でも一緒にいてくれることで、一人じゃないって思えたから。今まで、ありがとう」
大輝は、ユウナの隣に座った。そして、手を握った。すると、ユウナは赤くなった。
「お前、変わったよな」
「えっ?」
「昔は俺がついていないと何もできなかったけど、今はちゃんと自分の考え持って、そんなお前見てると俺、なんか嬉しくなって……」
「大ちゃん……?」
「悪い、俺もうそろそろ帰るわ」
大輝がそう言うと、立ち上がった。大輝がドアノブに手をかけ、呟いた。
「もうすぐ、卒業だな……」
そしてふり返ると、ユウナにこう言った。
「最後に、いい思い出作ろうな」
大輝が笑うとユウナも嬉しそうに、
「うん」
と、頷いた。
大輝が帰ると、ユウナは部屋で幼いころ、一緒に撮った写真を見つめた。そして、もしかするとユウナの初恋の相手は相場ではなく、大輝だったのかもしれないと思った。ユウナは東京を出る前に、やはり伝えなければならないと心に決めたのだった。
一方その頃、公園でレイカがある男と会っていた。レイカは、ベンチに座っている男の横に座った。
「早かったのね」
レイカが先にきりだした。
「あぁ。思ったより、仕事が早く終わってな。それより、母さんと仲直りしたんだって? すごいなぁ、もっと時間がかかるものだと思ってたけど」
「そんなに感心するほどのことでもないでしょ? それより、そっちはどうなの? どうせすぐに帰るんでしょ?」
「その話だけど……。先輩が、京都に事務所構えることになったらしくて、一緒にやらないかって誘われてるんだ。そのことで、父さんにも相談しようかと思って」
「そう……」
「それより、レイカ。受験、まだなんだってな」
「えぇ」
「お前なら、てっきり東大とか受けるものだと思ってたけど」
「べつにどこ受けようが、私の勝手でしょ。じゃあ私、帰るから」
レイカはそう言って立ちあがると、歩いていった。それを後ろから見つめながら、その男は笑みを浮かべていた。
2013年2月28日、最後の登校日。生徒たちは、教室の飾りつけをしたり、記念写真を撮ったりしている。大輝もまた、元サッカー部で集まって集合写真を撮ったりしていた。その後、友人の西城とともに三年の廊下を歩いていた。
「早かったなぁ、もう卒業なのか」
西城は、歩きながら呟いた。
「大輝ってさ、結構モテてたけど、結局誰とも付き合わなかったよな」
突然西城が言うので大輝は少し赤くなり、
「はぁ? お前こそフラれてばっかだったけどな」
と、言い返した。すると、三組の教室からレイカが出てきた。それを見て西城が、
「おぅ、鶴ケ崎! どうだ? 俺たちと記念撮影しねえ?」
そう言うとレイカは、
「遠慮しとくわ」
と言い、二人を通りすぎていった。
「なんだよ、最後の最後まで愛想のないやつ。行こうぜ!」
西城がそう言って歩きだすと、大輝もついていった。それを、後ろからレイカは何気に見ていたのだった。
一方、ユウナは教室で担任に渡す色紙を書いていた。三年間の思い出が、今、終わろうとしていたのだった。
第十回「
次回予告
ユウナ「みんな、それぞれ夢持ってるんだね」
ミカ「卒業しても、私たち親友だからさ」
惟英「大学からだ」
ユウナ「二人にこれ以上負担はかけたくないの」
校長「どうか自分を信じて」
吉崎「高校は、あくまで通過点にすぎない」
惟英「高校生活、最後の晴れ舞台だからな」
ユウナ「私、知らないところで鶴ケ崎さんに助けられてた」
レイカ「べつにあなたのためじゃないわ」
ユウナ「私も、もう大人だから」
相場「じゃあな」
惟英「お前がしたいようにやればいい」
ユウナ「これが、私が自立できる証だから」
次回(第十一回)
「
序盤のキャラで、最も印象深い登場人物は?
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中谷優奈
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鶴ケ崎麗菓
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月見里美香
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夢野あかり
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池谷大輝
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相場善秀